研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

Christensen

破壊的イノベーションとは何か?(「What Is Disruptive Innovation?」(Christensen他著HBR2015Dec.)より

破壊的イノベーションという言葉が様々に使われ、混乱を招いているのではないかということについては別稿(「日本のイノベーションのジレンマ」(玉田俊平太著)より)でも述べました。この点について、この概念の提唱者であるChristensen氏がどう考えているのかを知りたいと思っていたところ、最近「What Is Disruptive Innovation?」[文献1]という論文(ChristensenRaynorMcDonald氏の共著)がHBR誌に発表されました。この論文で著者らは、破壊的イノベーションの概念を正しく理解することの重要性を述べるとともにあらためて著者の考えを提示し、さらに発表後約20年を経たこの概念がどう発展、検証されているかについても述べています。実務家にとっても非常に参考になる内容だと感じましたので、今回はその中の重要と思われるポイントをまとめておきたいと思います。(なお、本稿には、原文に比較的沿って訳した部分(「 」で表示)と、かなり省略したり意訳したりしている部分があります。全体の構成は原文に沿っていますが、本記事は筆者の理解をまとめたものとご解釈いただければ幸いです。)

破壊的イノベーションの概念を正しく理解することの意味
・「破壊的イノベーション理論の中心的概念の誤解は広く見られ、基本的な考え方はしばしば誤って用いられている。」
・「多くの人はこの言葉を自分に都合のよいようにいい加減に使っている。多くの研究者、ライター、コンサルタントも、状況を問わずある業界が大きく変化し、従来成功してきた既存企業がつまずいてしまうことを説明するために『破壊的イノベーション』を使っている。これは広すぎる使い方である。」
・「異なるタイプのイノベーションには異なる戦略が必要であり、破壊的イノベーションを、業界の競争環境を変えてしまうブレークスルーと混同することは問題である。言い換えれば、成功した破壊者や破壊を斥けるのに成功した事例から学べることは変化する市場の中の全ての企業に適用可能なものではない。」

破壊的イノベーションの要点
・「『破壊(Disruption)』というのは、少ない資源しかもたない小さな会社が、確立された既存企業にうまく挑戦するプロセスである。既存企業はその最も要求の高い(多くは最も利益の出る)顧客のために製品やサービスを改良していくと、いくつかのセグメントのニーズを越えてしまい、その他のニーズを無視するようになる。新規参入者はそうした見過ごされたセグメントを対象に、よりサステイナブルな機能やしばしば低価格で足がかりを作る。要求の高いセグメントを追っている既存企業は激しくは抵抗しない。参入者は初期のアドバンテージを維持したまま上位の市場に移動し、既存企業の主要顧客の要求に応える。主要顧客が参入者が提供するものを大量に採用するようになった時、破壊が起こる。」

Uber
は破壊的イノベーションか?
・「2009年に創業したUberは、モバイルアプリケーションを活用して大きな成長を遂げている。Uberは明らかにタクシー業界を変えつつあるが、これはタクシー業界を破壊しているのだろうか?。理論に従えば答えは『ノー』だ。」その理由は以下の2つ。
破壊的イノベーションは、ローエンドか、新市場を足がかりに生まれる
・「破壊的イノベーションは、既存企業が見過ごす2種類の市場からスタートすることで起こる。ローエンドは、既存企業が要求も収益性も高い顧客に対して、製品やサービスの品質を上げ、要求の低い顧客にあまり注意を払わないために生まれる。既存企業の提供する価値は、しばしは要求の低い顧客の要求を越えてしまい、破壊者は『十分によい(good enough)製品で破壊を始める。

・「新市場では、破壊者は今までに存在しない市場を創造する。非消費者を顧客に変える方法を見出す。」例えば、パーソナルコピー機は、1970年代、Xeroxが見過ごしていた個人顧客向けに製品を提供することで、個人や小企業向けの新市場を創造した。
・「Uberはどちらでもない。タクシー業界の品質が過剰だったわけでもないし、非消費者をターゲットにしたわけでもない。」破壊者はローエンドか非消費者へのアピールでスタートし、メインストリームへ移動していくが、Uberはまずメインストリームで地位を築き、続いて見過ごされたセグメントにアピールしている。
破壊的イノベーションは、その品質がメインストリーム顧客の基準に達するまでは、メインストリーム顧客に採用されない
・「破壊の理論では、破壊的イノベーションと持続的イノベーションを区別する。後者は、既存企業の顧客の立場からみてよい製品をよりよくする。」「進歩は段階的なこともあれば、大きなブレークスルーのこともあるが、最も収益性の高い顧客により多くの製品を売ることを可能にするものだ。」「破壊的イノベーションはほとんどの既存顧客にとって、劣ったものとみなされる。通常、顧客は安いからといって新しいものを採用するわけではなく、その品質が満足できる水準に達するまで待っている。それが起こって初めて、彼らは新しい製品の安い価格を受け入れる。」
・「Uberの戦略のほとんどの要素は、持続的イノベーションのように思われる。Uberのサービスは既存のタクシーより劣っていることはまずない。」「さらに、通常、既存企業が持続的イノベーションの脅威に直面したときと同様、多くのタクシー会社は対抗しようとしている。」

正しい理解の必要性
・「理論を正しく適用することは、その利益を享受するために不可欠だ。」例えば、あなたのビジネスの周辺に小さな競合企業が食いこんできたとしよう。それが破壊的軌道に乗っているのでない限り、無視してよい。しかし破壊的であれば致命的な脅威となりうる。

破壊的イノベーションについて見過ごされたり誤解されたりする4つの点
1、破壊はプロセスである

・「『破壊的イノベーション』は、特定の時点での製品やサービスについて言う場合に誤解を受けやすい。」「最初のミニコンピュータが破壊的なのは、登場したときにローエンドだったからではなく、後にメインフレームを凌駕するようになったからでもない。破壊的だったのは、周辺からメインストリームへという過程をたどったことだ。」
・「周辺からメインストリームに至る過程には時間を要するので、既存企業は既得権を守ることもできるが、しばしば破壊者を見逃してしまう。」

2、破壊者はしばしば既存企業とは大きく異なるビジネスモデルをつくりあげる
・「アップルのiPhoneは、最初はスマートフォン市場における持続的イノベーションだった。」その後のiPhoneの成長は、スマートフォンの破壊ではなく、インターネットのアクセスポイントとしてのラップトップの破壊として説明できる。これは単なる製品の改良ではなく、新しいビジネスモデルの導入である。iPhoneはインターネットアクセスにおける新市場を創造した。

3、成功する破壊者もそうでない破壊者もいる
・「成功したかどうかで破壊的かどうかを判断するのはよくある誤りである。すべての破壊的過程が成功するわけではないし、すべての成功した参入者が破壊的過程に従ったわけではない。」
・破壊の理論は、足がかりの市場でどうしたら勝てるかについて、可能性の予測と、資源豊富な既存企業との正面衝突を避ける方法以外のことはほとんど何も言っていない。

4、「破壊するか破壊されるか」という考え方は誤解を招く
・「破壊が起こっているなら、既存企業はそれに対応しなければならない。しかし、利益をあげているビジネスをやめてしまうような過剰反応をすべきではない。既存企業は持続的イノベーションに投資しつつ、破壊から生まれる新たな成長機会に焦点をあてた新たな部門をつくることができる。時には、この2つの大きく異なる運営をおこなうことになるだろう。破壊的ビジネスが成長すればコア事業から顧客を奪うかもしれない。しかし、リーダーは、その問題が現実のものとなるまでは、その問題を解決しようとすべきではない。」

破壊的イノベーションの視点が明らかにすること
・「ある技術や製品が本来的に破壊的か持続的かであることは稀である。また新技術が開発された時、破壊の理論はマネジャーがどうするべきかを指示してはくれない。そうではなく、持続的な道か破壊的な道かを選ぶヒントを与えてくれる。」

破壊の概念の進化

・破壊的イノベーションの理論は、持続的イノベーションの環境では既存企業が新規参入企業より好成績を収め、破壊的イノベーションの環境では好成績をあげられないという単純な相関関係だった。その背景には、既存企業が既存顧客に目を向け、破壊的イノベーションに投資しにくいことがある。当初、破壊的イノベーションは最下層の段階から起こると考えていたが、その後、ローエンドと新市場の区別に気づいた。破壊的イノベーションのこの2種類の足がかりを仮定することで、この理論はより強力で実際的なものとなった。
・一方、高等教育においては破壊はあまり進んでいない。その原因は既存企業も新規参入者も同じゲームプランに従っているためのようだ。現在の疑問は、新規参入者が既存企業の高コスト体質から離れて上位市場に移ることを可能にするような新技術やビジネスモデルが存在するのかどうか、ということだ。どうやらその答えはイエスのようだ。
・破壊的技術の向上速度を決めるのは、それを可能にする技術改善の速度だ。破壊の速度を支配する原因を理解することは、結果を予測するのには役立つが、破壊の速度は違っても、どう破壊をマネジメントすべきかは変わらない。

もっと学ばなければならない
・「破壊的イノベーションの理論を拡張し、精緻なものとするためにはまだ研究すべきことは多い。例えば、破壊的脅威への一般的、効果的な対応は不明確なままだ。今のところ、上級幹部の保護のもと、破壊的モデルを追求する独立した部門を設けるべきだと考えているが、これはうまくいく場合もいかない場合もある。既存企業が同時に参入者となることによる困難に対処する方法はまだ見つかっていない。」
・「破壊的理論は、イノベーションやビジネスの成功の全てを説明するものではないし、将来もできないだろう。」「しかし、破壊の理論は、どんな新しいビジネスが成功するかをより正確に予測してくれる。」破壊の理論の進化によって、企業のイノベーションを成功させるのに何が役立つかをよりよく理解できるようになるだろう。
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破壊的イノベーションの概念を正しく理解することの重要性は著者の指摘するとおりだと思います。誤解しやすい点もたしかにあると思いますが、何よりその有効性は、提唱依頼20年の検証を経てもその概念が生き残っており、発展しつつあることで証明されているように思います。従来の経営理論や経営思想の中には単なる流行に過ぎなかったり、時代の変化に耐えられず消えてしまったものも多いと思いますが、破壊的イノベーションの考え方は、より信頼性の高い理論であるような気がします。

本論文を読んで、破壊的イノベーションのメカニズムにおいて特に重要なのは以下の2点だと感じました。
・既存企業が破壊者を見過ごしたり、対応を怠ってしまうこと
・技術の進歩の速度は、顧客の要求が高まる速度を超えてしまいがちなこと
既存企業が破壊者を見過ごしてしまうことは、競争を考える上で重要なことだと思いますし、技術進歩の速度についての傾向は、競争優位を得るために忘れてはならないことのように思います。また、この論文では破壊的イノベーションにおける技術の役割が指摘されていることも興味深く感じました。「イノベーションのジレンマ」とそれに続く一連の著作では、破壊的イノベーションにおける技術の役割はあまり強調されておらず、ビジネスモデルの方が重視されているような印象でしたが、その後の研究によって技術の役割が見直されてきているのか、あるいは、時代が変化しているのか、興味のある点です。破壊的イノベーションについてその本質がより明らかになり、その理論が実務家にとってより使いやすくなることをこれからも期待したいと思います。


文献1:Clayton M. Christensen, Michael E. Raynor, Rory McDonald, “What Is Disruptive Innovation?”, Harvard Business Review, December 2015, p.44.
https://hbr.org/2015/12/what-is-disruptive-innovation

参考リンク



「日本のイノベーションのジレンマ」(玉田俊平太著)より

クレイトン・クリステンセン氏が提唱した破壊的イノベーションとイノベーションのジレンマの考え方の重要性については、本ブログでもたびたび取り上げてきました(ノート4破壊的イノベーションの現在、など)。ただ、「破壊的イノベーション」という言葉がクリステンセン氏の意図から離れた意味合いで使われているケースもあり、そのせいで混乱が生じている場合もあるように思います。

そこで、今回は、日本企業の事例を多く取り上げて破壊的イノベーションのポイントを解説している、玉田俊平太著「日本のイノベーションのジレンマ 破壊的イノベーターになるための7つのステップ」[文献1]を取り上げたいと思います。本書で著者は、「クリステンセン教授の『イノベーションのジレンマ』や『イノベーションへの解』などでは、事例が欧米企業中心で文章もやや難解であり、しかもメッセージが複数の書物にまたがっているため、破壊的イノベーションの理論とそのための戦略を多くの人にきちんと理解してもらうためのハードルが高かった。実際、私が接した人々の多くは、クリステンセン先生の一連の著作を読了しているにもかかわらず、破壊的イノベーションの理論を正しく理解していなかった[p.8-9]」と述べています。確かに、クリステンセン氏の理論には多くの示唆が含まれていてポイントが掴みにくいことはあるように思いますし、その結果「破壊」という言葉が単なる大きな変化や、既存の優位性や秩序の破壊という意味で使われてしまうこともあるように思います。ある考え方や理論についての理解を深めるためには、その理論をさまざまな角度から見直してみることも有効だと思いますので、イノベーションのジレンマと破壊的イノベーションの理論のポイントを再確認する意味も含めて、本書の重要と思われるところをまとめてみたいと思います。

PART
 I、破壊的イノベーションとは何か
1章、破壊的イノベーターだった日本企業

・事例:トランジスタラジオで真空管ラジオを破壊したソニー、業務用ゲームを家庭で遊べるようにした任天堂のファミコン、キャノンのバブルジェット方式インクジェットプリンタ

2章、イノベーションとはそもそも何か
・「現在、多くの学者の議論により、①アイディアが新しい(=発明)だけでなく、②それが広く社会に広く受け入れられる(=商業的に成功する)、という二つの条件が揃って初めてイノベーションと呼び得る、というのが定説となっている[p.41]」
・何が変わるかによるイノベーションの分類[p.43-45]:プロダクト・イノベーション(「製品やサービスが変わる」)、プロセス・イノベーション(「製品やサービスは変わらないが、それを作る方法や届ける方法が変化する」)、メンタルモデル・イノベーション(「顧客の『認識(メンタルモデル)』が変わる」「認識が変化したことで顧客が製品やサービスを消費した際に感じる『価値』が増大」)。

3章、破壊的イノベーションとは何か
・持続的イノベーション:「今ある製品・サービスをより良くする=従来よりも優れた性能を実現して、既存顧客のさらなる満足向上を狙う・・・徐々に性能を向上させる『漸進的なもの』もあれば、一気に性能を向上させてライバル企業を突き放す『画期的なもの』ものある。[p.52]」
・破壊的イノベーション:「既存の主要顧客には性能が低すぎて魅力的に映らないが、新しい顧客やそれほど要求が厳しくない顧客にアピールする、シンプルで使い勝手が良く、安上がりな製品やサービスをもたらす。[p.54]」「二つのパターンに分類できる。一つは、これまで製品やサービスをまったく使っていなかった顧客にアピールする・・・これは新市場型破壊と呼ばれる。そしてもう一つは、既存製品の主要性能が過剰なまでに進歩したために一般消費者が求める水準を超えてしまっている状況で、一部のローエンド顧客にアピールする・・・これはローエンド型破壊と呼ばれる。[p.55]」
・「無消費(nonconsumption)とは『顧客が何も持たない状態』のこと[p.56]」
・「破壊的イノベーションが起きている市場において、既存企業が陥るジレンマを、クリステンセン教授はイノベーターのジレンマと名づけた。既存顧客を満足させる持続的イノベーションでは無敵に近い大企業が、破壊的イノベーションには『なすすべもなく打ち負かされてしまう』ジレンマである。[p.70]」「企業は顧客と投資家に資源を依存している。企業は生き残るた顧客が必要とする製品やサービス、投資家が必要とする収益を提供しなければならない。そして、優れた企業には、顧客が求めないアイディアは切り捨てるシステムが整備されている[p.74]」。

4章、優良企業がジレンマに陥るメカニズム
・「顧客が製品に求める性能(ニーズ)には、生理的・物理的・制度的な理由などから利用可能な上限があり、その上限は時間が経っても変化しないか、ゆっくりとしか上昇しない[p.82]」。
・「既存の顧客が求める性能を向上させる持続的イノベーションにおいては、取り組むインセンティブやそのための資源を持つ既存大企業が圧倒的に有利だ。技術者は真面目なので、放っておくと今日よりは明日、明日よりは明後日と性能の向上にひた走る。そして、あるとき、供給している製品の性能が、顧客が『これ以上は要らない』と思う技術の需要曲線を超えてしまう。このようなときにしばしば、別の市場で使われていた技術や工夫、あるいは新しい技術や工夫によって低価格化を実現した製品・サービスが現れる。これらの製品・サービスの性能は、既存の主要顧客が求める性能よりもはるかに低いことが多く、当初、彼らには見向きもされない。・・・しかし、当初こそ性能が低いものの、こうした製品やサービスも持続的イノベーションの波に乗って徐々に性能を向上させ、市場をローエンドから浸食していく。[p.86]」
・「クリステンセン教授は、・・・企業の製品やサービスを取り巻く状況を持続的イノベーションの状況と破壊的イノベーションの状況の二つに分け、それぞれ異なる経営が必要だとしている。持続的イノベーションの状況とは、・・・自社の提供する製品の性能が、主要顧客の要求水準に追い付けていない状況だ。・・・この状況では、実績ある既存企業は積極的に競争に参加し、勝てるだけの資源も持っているため、ほぼ必ず勝つ。一方、破壊的イノベーションの状況とは、・・・自社が提供する製品の性能が、主要顧客の要求水準を超えてしまっている状況だ。この状況にある企業には、新規顧客や安価な製品を求める顧客をターゲットにした、シンプルで便利だが安くしか売れない製品やサービスの開発・提供が求められる。この状況では、新規参入者が既存企業を打ち負かす確率が高い。[p.88-89]」
・「要求の厳しいハイエンドの顧客獲得を狙う持続的イノベーションでは、既存企業がほとんど勝ち、既存の主要顧客には性能が低すぎて魅力的に映らない破壊的イノベーションでは、新規参入してきた破壊的イノベーターが勝つ[p.96]」。

PART II
、なぜ、日本の優良企業が破壊されてしまうのか
5章、テレビに見るイノベーションの歴史

・「据え置き型テレビの性能向上は、・・・普通の消費者にとって『十分以上に良い』性能に達してしまっている。・・・テレビを取り巻く環境は、2000年代半ば以降、『持続的イノベーションの状況』から『破壊的イノベーションの状況』へと変化してしまった[p.115-116]」

6章、ガラパゴスケータイを「破壊」したスマートフォン
・「欧米のシンプルな携帯電話を使っていた顧客から見ると、スマートフォンはこれまでの携帯電話より欲しい機能が増えた『持続的イノベーション』であると言える。[p.130]」「スマートフォンはそれまでの日本のガラケーよりも機能が低かった・・・ため、ガラケーの主要顧客には魅力的に映らなかった。・・・つまりスマートフォンは日本市場では破壊的イノベーションであったと言って差し支えないだろう。[p.134]」

7章、自らを破壊するものだけが生き残るデジタルカメラの世界
・「ミラーレス一眼は、コンパクトデジタルカメラしか作っていなかったパナソニックやオリンパス、富士フィルムなどのメーカーにとっては製品の性能が向上する『持続的イノベーション』だったが、一眼レフメーカーのニコンやキャノンにとっては『破壊的イノベーション』となる。[p.167]」

PART III
、破壊的イノベーターになるための7つのステップ
8章、破壊的イノベーション3つの基本戦略

・「クリステンセン教授が一番推奨するイノベーションは、これまでに何も使っていない『無消費』の顧客をターゲットにした新市場型破壊だ。[p.179]」
・「新市場型の破壊の機会が見出せない場合には、『ローエンド型の破壊のチャンスを探す』のが第二のアプローチだ。特に、現在供給されている製品やサービスの性能が、多くの消費者にとって十分以上に良い、『過剰満足』の状況にあるとき、この戦略は特に有効である。[p.180]」
・「最後に残る道が、あくまでハイエンドを目指す持続的イノベーションのアプローチだ。だが、単に製品の性能を向上させたり、機能を増やしたりするのはお勧めできない。なぜなら、前述のように顧客が受け入れ可能な性能には上限があるからだ。『客観的価値』が飽和状況であれば、顧客が製品やサービスを受けたときに感じる『メンタルモデル』を変化させることで『主観的価値』を向上させるのがよいだろう。[p.182]」

9章、アイディアを生み出す「苗床」とは
・「ヤングは、実際のアイディアが生み出されるプロセスは、次の5つの段階を経ると述べている。[p.192-193]」:①資料集め、②資料の咀嚼、③腑化段階(咀嚼したデータをいったん意識の外に出し、脳が無意識下でそれらを組み合わせるのに任せるのが良い)、④アイディアの誕生、⑤アイディアの具体化・展開
・「イノベーションは基本的にチームワークの産物だ。個人がまったく独力でイノベーションを成し遂げられたケースは少ない。[p.200]」
・「フレミングの論文によれば、非常に似通った学問分野の人々で構成されるチームから生まれるイノベーションは『平均値』こそ高いが、飛びぬけて価値の高い『ブレークスルー』は生まれにくい。[p.203]」

10章、「用事」と「制約」を探すニーズ・ファインディング
・「多様な人材で構成されるチームができたら、次は、『顧客がどんな用事を片付けたいか(ニーズ)』を見つけ、『それを妨げるものは何か』を洞察しよう。[p.205]」
・「ルーク・ウィリアムスは、すぐに見つかるペイン(痛い)ポイントよりも、小さくて一見支障がないテンション(緊張)ポイント、つまりイライラがたまっている点を探して改善することに、イノベーションの可能性が豊富に眠っていると述べている。[p.207]」
・「無消費者は、既存の製品やサービスがまったく使えないか、あるいは既存の製品やサービスをやりくりして『用事』を片付けている。これは、無消費者がフラストレーション(テンション)を感じている状況だ。[p.215]」「無消費の状況では、製品やサービスの消費が何らかの『制約』によって妨げられている。・・・クリステンセン教授は、『スキル』『資力』『アクセス』『時間』の4つをあげている。[p.216]」

11章、破壊的アイディアを生み出すブレインストーミング
IDEOによる7つのルール:1、価値判断は後回しに、2、ワイルドなアイディアを促す、3、他人のアイディアの尻馬に乗る、4、数を求める、5、一度に一人が話す、6、テーマに集中する、7、可視化する。

12章、破壊度、実現可能性による破壊的アイディアの選定
・「数百のアイディアの中から、『適切な』アイディアを『選ぶ』ことは極めて重要なプロセスだ。[p.240]」
・アイディアの破壊的イノベーションとしての可能性(アイディア・レジュメ[p.242-243]、チェックすべき項目[p.244-252]、破壊度評価[p.252-254]で評価)、自社の戦略との整合性、収益可能性、確信度に基づいて評価する。

13章、破壊的イノベーションを起こす組織とは
・「クリステンセン教授の理論から導かれる『定跡』のうち、最も重要なものの一つが破壊的イノベーションは独立した別組織に任せよというものだ。[p.257]」
・既存組織の価値基準との適合度、既存組織のプロセスとの適合度によりどのような組織で行われるべきかが決まる。[p.257-259

14章、破壊的買収4つのハードル
・破壊的買収の4つのハードル[p.269-283]:①資源を買うのかビジネスモデルを買うのかを明確にする、②買収先企業の価値を正確に見極める、③妥当な条件で買収契約を結ぶ、④買収した企業を適切にマネージする。
・「破壊的イノベーションに既存企業が対抗する手段は、『破壊的イノベーター企業を自ら外部に独立した組織として設立する』か、『破壊的イノベーター企業を買収する』の二つしかない。[p.284-285]」
―――

破壊的イノベーションの視点から日本企業の事例を見てみると、日本企業が新興企業だった時代に成功を収めた理由、現在既存企業として壁にぶつかっている理由のいくつかは破壊的イノベーションの理論で説明できるように思います。もちろん、すべてのイノベーションが成功するかしないかをこの理論で説明できるものではないでしょうし、あるイノベーションが破壊的なのかどうかを明確に特定できない場合もあるとは思いますが、少なくとも、典型的な例については、破壊的イノベーションが辿るだいたいの傾向というものはかなり明らかだと思います。

実務的には、おそらく、典型的な破壊的イノベーションと持続的イノベーションの特徴をおさえた上で、その背景にある既存企業におけるイノベーションのジレンマのメカニズムを認識しておくことが重要でしょう。そして、自らが取り組む課題について、破壊的イノベーションの理論から示唆される結果を予測するとともに、実際に起きている状況を観察してその課題が破壊的(あるいは持続的)イノベーションの特徴をどの程度備えているかをチェックし、将来予測の軌道修正を行うことが必要なのではないでしょうか。本書に示された破壊的イノベーションの考え方の要点は、そんな際の実務上の指針となりうるように思います。

著者は、クリステンセン氏が著書「イノベーションのジレンマ」において、「本書の理論から考えて、現在のシステムが続くなら、日本経済が勢いを取り戻すことは二度とないかもしれない[p.8]」と予想していることを紹介し、破壊的イノベーションの理論を理解することで、日本経済の再活性化につながることを期待しています。一技術者としては日本経済の先行きにまで貢献することは難しいかもしれませんが、少なくとも自分たちが取り組んでいる研究開発の成功確率を高めるために、破壊的イノベーションについての理解を深めることは意味のあることではないか、という気がします。


文献1:玉田俊平太、「日本のイノベーションのジレンマ 破壊的イノベーターになるための7つのステップ」、翔泳社、2015.


Thinkers50 -経営思想家ベスト50(2015年)

2年に一度発表される経営思想家のランキングThinkers50については本ブログでも2011年のリスト2013年のリストを紹介しましたが、2015年の結果が発表されました[文献1]。順位の決め方は前回同様、アイデアの妥当性、研究の厳密さ、アイデアのプレゼンテーション、アイデアの普及、国際的展望、アイデアの独創性、アイデアのインパクト、アイデアの実用性、ビジネスセンス、影響力を評価項目とし、webサイトでの投票と、Stuart CrainerDes Dearloveをリーダーとするアドバイザーチームの意見によってランキング化しているとのことです。

ベスト50のリストは以下のとおりです。以前のブログ記事同様、独断ですが、イノベーションに関する貢献が大きいと考えられる思想家に、◎(極めて重要)、○(重要)をつけてみました。なお、以下のコメントは、主にThinkers50webページの紹介に基づいていますが、それ以外の情報を加えているところもあります。

Thinkers502015年の結果(カッコ内は2013年順位、2011年の順位)
1、Michael Porter(7、5):5つの力のフレームワークで有名ですが、その後提唱したshared valueの概念は資本主義の再評価につながると期待されているそうです。
2、Clayton Christensen(1、1):◎、「破壊的イノベーション」理論の提唱者。2012年刊の「イノベーション・オブ・ライフ」は、本ブログでも紹介しました。
3、W. Chan Kim & Renée Mauborgne(2、2):○、「ブルーオーシャン戦略」の提唱者。現在はINSEAD Blue Ocean Strategy Instituteを展開。2015 Breakthrough Idea Award候補。
4、Don Tapscott4、9):○、デジタルネイティブ、ウィキノミクスで有名。ビジネスや社会への技術の影響に関する権威。新著「Blockchain Revolution」は2016年刊行予定。2015 Digital Thinking Award候補。
5、Marshall Goldsmith(10、7):エグゼクティブコーチ。360度フィードバック、MOJOで有名。近著はベストセラーの「Triggers:
Creating Behavior That Lasts--Becoming the Person You Want to Be」。
6、Linda Hill(8、16):○、ハーバードビジネススクール教授。専門はリーダーシップ。近著は「Collective Genius」。HBR掲載の同名論文(集合天才)は本ブログでも紹介しました。Innovation Award受賞。
7、Roger Martin(3、6):○、インテグレーティブシンキングで有名。A.G.Lafleyとの共著「Playing to WinP&G式『勝つために戦う』戦略(2013)」は本ブログで紹介しました。2015 Social Enterprise Award受賞(Sally Osbergと共同)。
8、Herminia Ibarra(9、28):INSEAD教授。リーダーシップを研究。近書は「Act Like a Leader, Think Like a Leader (2015)」。2015 Leadership Award候補。
9、Rita McGrath(6、19):○、「仮説のマネジメント」「仮説指向計画法(Discovery-Driven Planning)」で有名。2015 Strategy Award候補。近著は「The End of Competitive Advantage (2013)」。
10、Daniel Pink(13、29):「ハイ・コンセプト」「モチベーション3.0」で有名。近著は「To Sell is Human(人を動かす、新たな3原則)(2012)」。
11、Richard D’Aveni(17、21):戦略論が専門。Dartmouth大学教授。ハイパーコンペティションやコモディティ化などを検討。2015 Strategy Award候補。近著は「Strategic Capitalism (2012)」。
12、Eric Ries(-、-):◎、シリコンバレーの起業家でもある。リーン・スタートアップで有名。本ブログでも著書(「リーン・スタートアップ」、邦訳2012)を紹介しました。
13、Vijay Govindarajan(5、3):◎、本ブログでも、「リバースイノベーション」、「イノベーションを実行する」、「はじめる戦略」を取り上げています。2015 Innovation Award候補者。
14、Richard Florida(25、-):○、「The Rise of the Creative Class」著者。トロント大学Martin Prosterity Instituteディレクター。
15、Alexander Osterwalder and Yves Pigneur(-、-):◎、2015 Strategy Award受賞。「ビジネスモデル・ジェネレーション」でBusiness Model Canvasというツールを紹介。この本および近著の「バリュー・プロポジション・デザイン」を本ブログで紹介しました。
16、Amy Edmondson(15、35):ハーバードビジネススクール教授。チームワークを研究。近著の「Teamingチームが機能するとはどういうことか)」(2012)は本ブログで取り上げました。
17、Jeffrey Pfeffer(24、22):スタンフォード大学教授。権力の研究、事実に基づく経営、resource dependence theoryなどで有名。
18、Martin Lindstrom(-、-):ブランドのエキスパート。新著は「Small Data2016)」。
19、Pankaj Ghemawat(11、27):専門はグローバリゼーション。Stern school (New York)IESEビジネススクール(スペイン)教授。2015 Strategy Award候補。
20、Steve Blank(-、-):◎、リーン・スタートアップの基礎を築き、UCバークレー校で教え始めた起業家。共著に「The Startup Owner’s Manual (2012)」がある。
21、Teresa Amabile(22、18):○、ハーバードビジネススクール教授。創造性、モチベーションなどを研究。
22、Daniel Goleman(36、39):心の知能指数EQ(原著ではEIEmotional Intelligence)で有名。近著は「Focus: Hidden Driver of Excellence (2013)」。
23、Seth Godin(-、17):マーケティングのエキスパート。パーミッションマーケティングで有名。近著は「The Icarus Deception: How High Will You Fly? (2012)
24、Henry Chesbrough(37、38):◎、「オープンイノベーション」提唱。UCバークレー校外部教授。
25、Adam Grant(-、-):ペンシルバニア大(Wharton)教授。「GIVE & TAKE2013)」著者。
26、Erik Brynjolfsson & Andrew McAfee(-、-):MIT教授と研究員。デジタル技術の経済や社会への影響を研究。「機械競争」は本ブログでも紹介しました。
27、David Ulrich(30、23):人事、人材育成戦略が専門。2015 Breakthrough Idea Award候補。
28、Jim Collins(12、4):○、「ビジョナリーカンパニー」シリーズの著者。「Great by Choiceビジョナリー・カンパニー4 自分の意志で偉大になる)」は本ブログでも紹介しました。
29、Stewart Friedman(27、45):リーダーシップ、work/lifeの統合などの専門家。2015 Talent Award受賞。新著は「Leading the Life You Want: Skills for Integration Work and Life (2014)」。
30、Gary Hamel(19、15):プラハラードとの共著「コア・コンピタンス経営」で有名。
31、Lynda Gratton(14、12):ロンドンビジネススクール教授。近著は「Shift2011)」。
32、Sylvia Ann Hewlett(16、11): Center for Work-Life Policy(非営利シンクタンク)代表。
33、Fons Trompenaars(41、42):異文化間グローバル人材戦略を研究。
34、Morten Hansen(28、-):○、J.Collinsとの共著「Great by Choiceビジョナリー・カンパニー4 自分の意志で偉大になる)」を本ブログで紹介しました。
35、Tammy Erickson(29、33):職場における世代ギャップ、協力、イノベーションが専門。
36、Jennifer Aaker(-、-):社会心理学者。意思決定、ネットワークを通じたアイデアの移転を研究。
37、John Kotter(32、34):変革のマネジメント、リーダーシップ論で有名。近著は「Accelerate: Building Strategic Agility for a Faster-Moving World (2014)」。
38、Zhang Ruimin(-、-):HaierグループCEO2015 Ideas-Practice Award受賞。
39、Subir Chowdhury(40、50):シックスシグマの著書あり。ASI Consulting GroupCEOChairman
40、Nirmalya Kumar(20、26):タタグループのDirector of strategy。近著は「Brand Breakout (2013)
41、Sydney Finkelstein(43、-):リーダーシップ、戦略が専門。有能な経営者の失敗分析で有名。
42、Julian Birkinshaw(39、-):ロンドンビジネススクール教授。近著は「Becoming a Better Boss」。
43、Liz Wiseman(48、-):リーダーシップ研究のWiseman Group代表。2015 Leadership Award候補。
44、Doug Ready(49、-):International Consortium for Executive Development Research創立者。2015 Talent Award候補。
45、Umair Haque(35、49):コンサルタント。2015 Digital Thinking Award候補。
46、Hal Gregersen(-、-):◎、「イノベーションのDNA」共著者。2015 Leadership Award候補。
47、Anil Gupta(44、-):メリーランド大学教授。China India Instituteのアドバイザー。
48、Nilofer Merchant(-、-):○、近著は「11 Rules for Creating Value in the #SocialEra (2012)」。2015 Digital Thinking Award候補。スタンフォード大(Santa Clara)で教えている。
49、Whitney Johnson(-、-):Springboard Fund設立者兼Managing Director。「Disrupt Yourself (R): Putting the Power of Disruptive Innovation to Work」が2015年刊行予定。2015 Talent Award候補。
50、Amy Cuddy(-、-):社会心理学者。近著は「Presence: Bringing Your Boldest Self to Your Biggest Challenges (2015)」。2015 Leadership Award候補。

Lifetime Achievement Award
Henry Mintzberg氏に授与されています。また、今回新たにHall of Fameメンバーになったのは、Edger H Schein, Edward E. Lawler III, Andrew Kakabadse, Rosabeth Moss Kanter, Richard Rumelt, Ram Charanの各氏となっています(これらの諸氏はランキングには載りません)。
また、Distinguished Achievement Award受賞者のうち、上記ランキングに含まれていない方々は以下の通り。
Rader Thinker Award: Erin Meyer
(「Culture Map (2014)」著者)
Breakthrough Idea Award: Rachel Botsman
Collaborative Consumption

今回のランキングで注目すべきことは、イノベーションの方法論を議論した人々が高く評価されていることでしょう。リーン・スタートアップのBlankRies、ビジネスモデルキャンバスのOsterwalderPigneurはいずれもランキング初登場ですが、かなり高位にランキングされています。イノベーションに適した仕事の進め方が明らかになってきているということかもしれません。

ちなみに、Innovation Awardの受賞者と候補者リストは以下のとおりです。今回ランキング入りしたOsterwalderPigneur2013Innovation Award候補者に入っていましたので、要注目かもしれません。
受賞者:
Linda Hill(上記参照)
候補者:
Scott Anthony:「The First Mile」著者。
Alexa Clay & Kyra Maya Phillips:「Misfit Economy (2015)」著者。
Rowan Gibson:「Four Lenses of Innovation (2015)」著者。
Vijay Govindarajan(上記参照)
Gary Pisano:「Producing Prosperity (2012)」著者。
Alf Rehn:「Trendspotting (2013)」共著者。
Juan Pablo Vazquez SampereIEビジネススクール教授。


文献1:「The Thinkers50webページ
http://www.thinkers50.com/



「資本家のジレンマ」(クリステンセン、ビーバー著)より

既存企業は革新的なイノベーションが苦手、ということはChristensenの「イノベーションのジレンマ」での指摘で広く知られるようになったと言っていいでしょう。一方、近年では企業が利益を上げてもそれが雇用に結びつかない傾向も指摘されています(例えば、アメリカ企業の例が「機械との競争」(ブリニョルフソン、マカフィー著)で述べられています)。既存企業はイノベーションが苦手なせいで雇用を生みだすことができていないのか、それとも、イノベーションへの投資自体を渋るようになっているのかは興味のあるところです。

クリステンセン、ビーバーによる論文、「資本家のジレンマ なぜイノベーションへの投資を過小評価してしまうのか」[文献1]では、なぜ既存企業はイノベーションへの投資を渋る傾向があるのか、という問題が取り上げられています。述べられている内容はひとつの仮説と理解すべきものでしょうが、研究者にとっても投資を得やすくするために知っておいて損のないことが書かれている気がしましたので、以下にその内容をまとめておきたいと思います。

状況認識
・「2008年に景気が後退して以降、世界経済の回復の足取りは鈍い。」
・「金利が歴史的な低水準にあるにもかかわらず、企業が多額のキャッシュを溜め込み、成長に寄与しそうなイノベーションへの投資を怠る、という現象も見受けられる。」
・「幸いにも筆者たちは、経営者やマネジャーがなぜ、リスクを伴いそうなイノベーションの追求に尻込みし、手をこまねいているのか、その理由を探り当てることができた。」
・「問題の革新は、イノベーションの種類ごとに経済(そして企業)に及ぼす影響が大きく異なるにもかかわらず、投資可否を評価するに当たっては、共通の、しかも欠点のある尺度を用いている点にある。より具体的には、金融市場と個別企業は、雇用を創造するイノベーションよりも、雇用減につながるイノベーションに高評価を与える評価尺度を使っているのである。なぜこの種の尺度に頼るのかといえば、資本は『稀少な資源』(経済学者ジョージ・ギルダーによる表現)であるから何としてでも温存すべきだ、という時代遅れの前提を置いているからである。」

イノベーションの3形態(成長に及ぼす作用の違いによる分類)
・業績向上型イノベーション:「よりよい新製品を創造して旧来の製品を駆逐する。新製品を購入する顧客は一般に旧来製品の購入を止めるため、この種のイノベーションが引き起こすのは代替であり、通常は新規雇用の創出効果は小さい」。クリステンセンらは、「業績向上型イノベーションを持続的イノベーションとして扱い、高業績を保つ既存企業は皆、持続的イノベーションを安定的に繰り返すことに重点を置いたリソース配分を行う、と指摘している」。
・効率向上型イノベーション:「市場に定着して久しい成熟製品を低価格で製造し、従来と同じ顧客層に販売するうえで寄与する。いわゆるローエンド型破壊は効率向上型イノベーションの一種であり、新しいビジネスモデルの創造を伴う。・・・効率向上型イノベーションは2つの重要な役割を果たす。第一の役割である生産性向上は、競争力の維持に不可欠だが、雇用減少という痛みを伴う副作用がある。第二の役割として、資本をより生産的な用途に振り向けることを可能にする。」
・市場開拓型イノベーション:「複雑な製品や高コストの製品を大胆に革新し、新しい顧客層や市場を開拓する。・・・『専門技能を持った顧客や資金力のある顧客しか購入できない製品やサービスに関しては、市場開拓機会があると考えてまず間違いない』と述べてかまわないだろう。市場開拓型イノベーションには2つの重要な要素がある。一つは、生産量の拡大に伴って単位当たりのコストの低減を可能にする技術である。もう一つは、非顧客層(従来製品に手の届かなかった層など)を取り込むための新しいビジネスモデルである。効率向上型イノベーションに、非顧客層を取り込むよう適切な方向付けを行うと、市場開拓型イノベーションへと変質する、と考えればよい。・・・市場開拓型イノベーションを実践する企業は一般に、社内に新たな雇用を生み出す。・・・コストの低減を可能にする技術と、顧客層をとことん広げて新しい顧客に奉仕しようという野心。この2つが結びつくと革命的な作用が起きる可能性がある。・・・市場拡大型イノベーションには成長資金が欠かせず、時には巨額が必要となるが、多数の雇用創出という意図せざる好ましい副産物がある。」

なぜ企業は、雇用創造に寄与する市場開拓型イノベーションではなく、雇用削減につながる効率向上型イノベーションを、主な投資対象とするのか
・「稀少な資源の管理には細心の注意を払うべきだが、資本はもはや稀少ではない。・・・資本はあふれ返っているのだ」。にもかかわらず、「資本家は資本の効率を崇め奉るよう教育されているため、収益性を絶対値ではなく、RONA(純資産利益率)、ROIC(投下資本利益率)、IRR(内部収益率)などの比率で測るようになった。・・・RONAROICを向上させるには、当然ながら分子の利益を増やせばよかった。しかし、それが難しそうだったら、アウトソーシングの増加や資産の圧縮などによって分母を小さくすることに重点を置けばよい。・・・同様にIRRを押し上げるには、増益を通して分子を大きくするか、収益が実現するまでの期間を短縮して分母を小さくすればよい。投資回収期間の短いプロジェクトだけに案件を絞れば、IRRは向上するのである。これらの事情により、市場開拓型イノベーションの投資妙味が小さくなっている。一般に、効率向上型の投資回収期間が1~2年であるのに対して、市場開拓型では5年ないし10年を要する。・・・RONAROICIRRなどを基に投資案件を評価すると、どこからどう見ても、効率向上型のほうが常に魅力的に映るのだ」。「こうして、効率向上型イノベーションが最優先の選択肢、何もしないのが次善の策となり、成長や雇用創出に有効なイノベーションへの投資は、3番手に甘んじている。」
・「高収益と高成長が見込まれる新興市場での事業機会にリソースが回らず、既存顧客に重点を置いた予測可能性の高い投資案件が好まれる・・・。この状況は、たとえ競争が熾烈であっても、既存市場で少しでも市場シェアの獲得を目指すほうが容易に見える、という逆説を引き起こす。
・「こうして資本家のジレンマが生じる。つまり、投資判断ツールに従うなら、大多数の投資家にとっては長期的な繁栄につながる行いはすべきではないことになるのだ。資本収益率の最大化を目指していながら、狙いとは逆の結果を生んでしまう。」
・「もはや資本を節約すべきではない。資本は潤沢でコストも低いのだから、退蔵せずに活用すべきである。企業のリソース配分プロセスは、経済と資本市場の新たな現実を反映していない可能性が高い。ハードル・レート(必要とされる最低限の利回り)は絶対的なものではなく、資本コストの変化に合わせて変えればよいし、変えるべきである。」

探究に値する4つの解決策の提案
・「この問題に簡単な解があるかというとそうではない。探究に値する4つの解決策」は次のとおり。
1、資本の目的を修正する:「今日では資本のほとんどは『放浪者タイプ(migratory)』である。・・・何かに投下された後、できるだけ多くの追加資本を手にしてそこから脱出したいと願う。これとは別に、リスクを嫌う『臆病者タイプ(timid)』の資本もある。・・・失敗しそうな案件に投資するよりは温存しておいたほうがよい、というわけである。さらには、いったん企業に投じられたなら、いつまでもそこに留まっていたい、『冒険者タイプ(enterprise)』の資本もある。資本家のジレンマを解消するには、必然的に放浪者タイプと臆病者タイプの資本を『説得』して、冒険者タイプへと転換してもらうことになる。」
2、ビジネス・スクール改革:「資本家のジレンマを生み出した原因のかなりの部分は、HBSを含む一流ビジネス・スクールにある。・・・よく言えば表層的、悪く言えば有害な成功指標を開発してきた。大半のビジネス・スクールでは、ファイナンスを独立科目として教えている。戦略論も同様である。戦略はあたかも、資金調達や財務管理などとは無関係に立案、実行できるかのように扱われているのだ。ところが現実には、ファイナンスの論理をかざせばいつでも戦略上の至上命題を打ち破り、戦略を葬り去ることができる。これを防ぐには、企業の投資判断に対して各分野が最大限の貢献を果たすよう、手法やモデルを開発するほかない。・・・ビジネス・スクールでは、リソース配分プロセスの機微をまったく取り上げない例も多い。・・・成長可能性の高い長期投資の機会をうかがわせる状況は、どう見分ければよいのだろう。新規市場を対象とした投資案件を評価するには、将来キャッシュフローの予測の代わりに何を用いればよいのか。未開拓の顧客層の業務を支援するために、イノベーション機会を見つけて推進するには、どういった方法があるのか。IRRNPV(正味現在価値)など従来からの評価指標は、どのような場合に最も適し、どのような場合にやっかいを引き起こすのか・・・。企業の各職能は互いに依存関係にあるため、ビジネス・スクールの講義にもそれを反映させるべきである。」
3、戦略とリソース配分のベクトルをそろえる:例えば、「事業機会の評価にはリスク調整後の資本コストを用いる」とか、「R&D支出をガラス張りにする」、「イノベーション案件とそれによる事業成長見通しを分析するために、リーダー向けの社内ツールを用意すること」など。
4、マネジメントの自由度を高める:「出発点としては、表計算ソフトを、戦略上の意思決定を下すための有用なツールとして活かしながらも、意思決定を肩代わりさせるのは避けるのがよいだろう。・・・問題は、これら指標をどう理解、応用するかである。ピーター・ドラッカーやセオドア・レビットはかつて何十年にもわたり、『事業領域を製品や標準産業分類によって分けるのをやめ、事業の核心は顧客の創造にあることを思い起こすように』と説き続けたが、私たちは当時と比べてむしろ退化してしまった。」
―――


研究開発に限らず、投資判断は何らかの根拠に基づいて行われるのが普通でしょう。投資がどのように決定されるかはそれぞれの企業によって異なるでしょうが、多くの投資案件を抱えてその優先順位づけをしなければならない場合には、将来の収益見通しや投資とのバランスが数値化されて考慮されることが多いのではないでしょうか。しかし、判断の根拠としてその数値を採用することの妥当性はあまり問われることはないと思います(それを決定するのは経営者の仕事かもしれませんが)。資本コストが下がっている近年の状況においては、従来の評価のための数値が適正なものではない、という著者らの主張は、なるほどもっともだと思います。

適正でない数値なら改めればよい、はずなのですが、そう簡単ではないようです。人間には現状維持バイアスや損失回避バイアスがありますし、数値の持つ分かりやすさは、恣意的な判断を防ぐ歯止めとしても重要でしょう。ただし、経営判断を「省力化」するための手段として数値が使われているのだとすれば、まずはその点を反省しなければならないと思います。

著者らも述べているように、「資本家のジレンマ」を解決するための簡単な方法はまだないようです。研究開発の実務家の立場からは、まずは、投資に積極的になれない要因をよく理解し、その中で、なるべく投資してもらいやすい環境を作ることが重要だと思います。本論文から得られる示唆を、投資を受ける研究実務家の立場から整理すると以下のようになると思います。
資本家のジレンマの問題点
・リスクのある不確実なプロジェクトへの投資に消極的になってしまう。
・短期的な結果を重視しすぎる。
・評価軸が画一化され、ポートフォリオの発想が失われる。
このように理解すると、以下の対応策が思いつきます。これは投資家のジレンマを解決する方法とは言えませんが、投資家のジレンマがあることを前提として、少しでも事態を改善することにはつながるのではないでしょうか。
・うまくいかないリスクおよび、うまくいく可能性をなるべく定量化し、さらに、リスクを減らすことを考える。少なくとも、リスクを考慮対象とすることは必要でしょう。リスクの低減に寄与する研究開発の意義を強調することもよいかもしれません。
・リスクとして、何もしないことにで発生するリスクも評価する。
・なるべく小さい投資で多くのことを学ぶ(リスクおよびリターンの予測の精度を上げる)計画とする。進捗評価による計画見直しを前提として、その頻度を上げてもよいかもしれません。
・段階的投資、リアルオプション(「世界の経営学者はいま何を考えているのか」りあ記事で紹介しました(第12章))の考え方に基づく計画とする。
・研究プロジェクトのポートフォリオを考える。短期か長期か、リスクの高さ、リターンの大きさ、投資の大きさなど、さまざまな因子でプロジェクトを評価し、ポートフォリオに基づいた投資を行う。

こう考えると、研究開発行為によって情報を得て、リスクやリターンの予測の精度を上げること自体が、投資の獲得に寄与するのではないかと思えます。投資をした結果として設備が残るならまだ理解されやすいかもしれませんが、研究への投資から得られるのは情報という無形の資産が主だとなると、資本の無駄遣いという印象を与えてしまうかもしれません。それが原因でいよいよ投資意欲を殺いでしまう可能性もあると思います。投資に見合う無形資産を蓄積すること、その資産をうまく活用し経営者の先入観を変えさせることが、研究に対する投資の獲得に有効だと思うのですが、いかがでしょうか。


文献1:Clayton M. Christensen, Derek van Bever、クレイトン・M・クリステンセン、デレク・バン・ビーバー著、有賀裕子訳、「資本家のジレンマ なぜイノベーションへの投資を過小評価してしまうのか」、Diamond Harvard Business Review, December 2014, p.24.
原著:The Capitalist’s Dilemma, Harvard Business Review, June 2014.

参考リンク



創造性考(「創造性と生産性」DHBR誌2014年11月号特集より)

新しいものを「創造」することは、研究開発の大きな役割のひとつです。従って、「創造性」をどう考え、どう扱うかは、研究開発マネジメントを考える上での重要な課題のひとつと言えるでしょう。今回は、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2014年11月号の特集「創造性vs.生産性」[文献1]の中の2編の論文に基づいて、「創造性」について考えてみたいと思います。

1編目は、琴坂将広著「企業は創造性と生産性を両立できるか」、2編目は、トム・ケリー、デイビッド・ケリー著「IDEO流創造性を取り戻す4つの方法」です。一口に「創造性」と言っても、その意味には幅がありますが、琴坂氏の論文では、企業の立場から、組織として新たなものを生みだす能力としての創造性が議論され、ケリー氏の論文では、個人が創造性を発揮するための条件が議論されているところが大きな違いでしょう。以下、それぞれの論文から興味深く感じた点をまとめたいと思います。

琴坂将広著「企業は創造性と生産性を両立できるか 組織の意味を再定義する時」
・「企業はいま、創造性と生産性を求められている。新しい技術やアイデアを基に市場を創造し、競争優位を築くために、創造性は不可欠である。一方、既存の事業やサービスの生産性をいっそう高めることは、永遠の課題でもある」。しかし、「創造性を高めることにより提供価値を高めながらも、生産性を高めることにより生産費用を低減させるという困難に、企業は直面している」。「新たな型を創り出すことと、見つけた型を磨き込むことは、技術的に見て相容れない努力を企業に求めるのである。」
・創造性と生産性を両立させ続けるための代表的な議論
1)独立した小さな組織群に創造性を発揮させる:バウワーとクリステンセンが提案。「より抽象化すれば、創造性を発揮する組織(独立した小さな組織群)を、生産性を追求する組織(成熟した既存の組織)から隔離するという打ち手」。「既存の資源を活用できないことにもつながりうる・・・、創造性を追求させるがあまり、逆に実用性に乏しい、利益を生まないアイデアが無作為に量産される危険を常にはらんでいる。したがって隔離するという打ち手は、広く用いられる一方で、万能の策ではない」。
2)製品やサービス自体を創造性と生産性が共存できるよう設計する:ギャルドとクマラスワミーがサン・マイクロシステムズの事例で論じた。「同社は、製品にモジュラー構造を用いることによって、同社が確立した技術的なプラットフォームに対する知見と、それを開発する能力を自社内に囲い込んだ。それとともに、多様な企業が製品革新に参加でき、特定の構成要素を常に新しい部品で置き換え、新たな商品群を投入していける柔軟性を担保した」。「しかし、この可能性が情報技術産業以外の他の産業や業務で、どの程度適用可能かは議論がある。そしていったん確立させた創造性と生産性を共存させる設計も、いわゆる『破壊的』な設計思想や商品コンセプトの登場により瓦解する可能性が常にある」。
3)創造性ある技術と人材は外部から購入する:「シスコシステムズ・・・は比較的小規模な企業を継続的に買収し続けている。これは単に技術や製品を手に入れるためだけではなく、新たな発想や創造性を持つ人材とそのチームを、社内に取り入れ続けるためでもある」。「しかしその獲得した人材が継続的に創造性を発揮する能力を失わないように、一定以上の自治を保証するという絶妙なバランスを取る必要がある。・・・こうした外部資源へのアクセスが限られる産業や業務分野では、継続的に創造性を外部から購入し続けるのは敷居が高い打ち手ともいえる」。
4)適切な評価指標と報酬制度を運用する:「ダブラらが述べるように、生産性を向上させていくような漸進的イノベーションと、創造性がカギとなるような破壊的イノベーションでは、その目標設定の特性や適切な報酬システムの傾向が異なるのは想像にかたくない」。「もし、異なる目的に対応した適切な評価指標と報酬制度を両立させることができるのであれば、創造性と生産性を両立させるインセンティブ設計が可能であろう」。「しかし、両者を共存させる目標の設定も、成果の計測も、報酬の算定も、こうすればよいという明確な手法は確立されておらず、いまだ試行錯誤の段階を突破できていない」。
5)組織的なシステムやプロセスを整備する:「クリステンセンは、意図的戦略策定プロセスと創発的戦略策定プロセスの2種類を効果的に使い分けることが戦略策定の成否を分けると言う」。「しかし彼も認めるように、この根本的に異なる両者を使い分けるのは難しい。なぜなら、そこには創造性と生産性の対立があり、一方に最適なプロセスが、他方には最適となりえないからである」。
・「現代では、これら5つの代表的な打ち手以外にも、無数の打ち手の可能性が主張され、検証されている。しかしこの課題が根源的であるがゆえに、我々はいま現在もこの問いに対する確たる答えを探し求めている。」
・著者は、この課題に対し、「自社の関わる価値連鎖全体に視野を広げるという考え方と、企業境界を複層的にとらえるという考え方」を仮説として提示しています。価値連鎖の戦略を磨き込むとは、「付加価値創造の連鎖構造全体を『企業体』として認識し、それ全体での創造性と生産性の共存を図る」ということであり、企業の境界を複層的にとらえるとは、「企業が所有権を保持する範囲である所有の境界、統治権を及ぼせる範囲である統治の境界、そして目的を共有し協業する範囲である協業の境界の3つの複層的な境界をとらえる」こととされています。
・著者は上記の仮説に基づいて、「自社と他社、社内と社外という二元論を捨て、複層的な組織の境界を明確に意識し、それを自社のビジョンや戦略に最適な形にデザインし直すことが、創造性と生産性を共存させるための近道なのではないだろうか」、と述べています。

トム・ケリー、デイビッド・ケリー著「IDEO流創造性を取り戻す4つの方法 恐れを克服し、自由な発想を生みだす」
・「創造性は天賦の才能だけではなく、修練するものである」。「創造性への自信を『再発見』するための支援が求められている。新しいアイデアを生み出す生得の能力と、それを試す勇気を引き出すのだ。そのために、ほとんどの人を尻込みさせる、やっかいな未知なるものへの恐れ、評価されることへの恐れ、第一歩を踏み出すことへの恐れ、制御できなくなることへの恐れという4つの恐れを克服する戦略を授けている。」
・やっかいな未知なるものへの恐れの克服:「ビジネスにおける創造的思考は、顧客(社内外を問わない)への共感とともに始まる。机に座っていては得ることはできない。たしかに、オフィスのなかは快適である。すべて安心感のある慣れ親しんだものばかりだ。ありきたりの情報源から情報を集め、矛盾するデータは排除され無視される。外の世界はもっと混沌としている。・・・そのような場所でこそ、インサイトや創造的なブレークスルーが見つかる。何かを学ぼうと思い切って足を踏み出せば、仮説を立てなくても、新たな情報に目を向けられるようになり、曖昧だったニーズを発見する助けを得られる。そうでなければ、既存のアイデアを追認するか、顧客や上司、あるいはライバルからすべきことを教えられるのを、ただ待つことになりかねない。」
・評価させることへの恐れの克服:「上司や同僚に失敗する姿を見られまいと、自分を曲げて、創造性を秘めたアイデアを押し殺す。『安全な』解決法や提案にしがみつくのである。そして後ろに下がって、他の人々がリスクを取るのを眺めている。しかし、常に自分を検閲しているようでは、創造的になれるはずがない。」、「頭に浮かんだ考えが消えていくままにせず、メモ帳に書き留めるなどして体系的にキャッチする。・・・評価は後回しにすれば、・・・自分がどれだけ多くのアイデアを持っているか、どれだけ気に入るアイデアがあるかに驚くことだろう。またフィードバックする場合も、月並みな言葉は使わないようにし、協働者にも同じことを勧めるとよい。・・・否定的評価をただ伝えるようなことはしない。・・・最初は肯定的なフィードバックで始め、次に一人称を使い、・・・聞き手がアイデアをより受け入れやすい形で提案するのである。」
・第一歩を踏み出すことへの恐れの克服:「これもまた、新たな道を示すことや、予想可能な作業の流れから抜け出すことへの恐れといえる。この惰性を克服するには、よいアイデアがあるだけでは十分ではない。計画を立てるのはやめて、ただちに始める必要がある。最善の方法は、大きな課題全体に照準を合わせるのではなく、すぐに取り組める小さな断片を見つけることだ。」、「ビジネスの文脈では、次のような問いかけで最初の一歩を踏み出せばよい。低コストの実験はどんなものか。より大きな目標に近づく最短かつ最も安価な方法はどれだろうか。」、「我々の合言葉は『準備などはやめで、始めよう!』だ。ごく小さな一歩にして、ただちに始めるようみずからに強いる。そうすれば、最初の一歩ははるかに恐ろしいものではなくなる。」
・制御できなくなることへの恐れの克服:「自信とは、単純に自分のアイデアがよいものだと信じることではない。うまくいかないアイデアは捨て去り、他者のよいアイデアを受け入れる謙虚さを持つということだ。現状維持を捨て去り、協力して取り組めば、自分の製品やチーム、事業のコントロールを断念することになる。しかし、それによって創造的な面で得るものは大きい。・・・主導権を譲って異なる視点を活用するチャンスを探すのである。」
―――

企業にとって、既存事業の効率を高めコストダウンを図ることと、新たな製品やサービスを創造して付加価値を高めることの両方が必要であることは、(特に先進国の企業にあっては)改めて言うまでもないでしょう。しかし、それを「創造性」と「生産性」の二者択一の問題であると捉えることが適当かどうかについては議論の余地があると思います。生産性の向上を、同じ作業の繰り返しによる習熟とスキルアップ、単なる努力や無駄の排除で達成するものととらえるならば、確かに生産性と創造性とは異なる要素が多いかもしれません。しかし実際には、方法やプロセスの改善によって生産性を向上させる場合には、創造的な解決策が求められることが多いものです。そう考えると、企業活動における創造性と生産性の問題とは、創造性をどの分野に活用するか、新規分野の創造に活用するのか、あるいは既存分野の改善に活用するのかという違い、とも考えられるのではないでしょうか。だとすれば、創造性を高めるにせよ、生産性を高めるにせよ、ケリー氏が示唆するような個人の創造性を高めることはどちらにも有効に作用するのではないかと思われます。

ただし、企業活動においては、資源配分の問題があります。資金をはじめとする経営資源を、既存事業の生産性向上に振り向けるのか、新規事業の創造に振り向けるのか。加えて、人的資源のうちの「創造的能力」をどちらに振り向けるのかによって、その企業の方針が決まるでしょう。さらに、振り向けた資源から、いかに効率良く創造的成果を得るか、という問題もあります。琴坂氏が指摘する創造性と生産性を共存させる環境づくりの難しさは、この資源配分の方法と、その資源を効率的に創造的成果に結び付ける方法(つまり、創造的成果の「生産性」を上げる方法)が未確立である、ということと考えます。

もちろん、この課題は容易に解決できるものではないと思いますが、ケリー氏の論文がヒントになるかもしれません。ケリー氏の指摘は、個人は、新しいことの実行に対する恐れがあると、「自分の時間」という資源を創造的な活動に振り向けにくくなることを示唆しているとも考えられるでしょう。そうした恐れを取り除くことで、個人が創造的活動に時間を使いやすくなるとすれば、企業レベルにおいても、同じような「恐れ」を取り除くことで、効果的な資源配分が可能になるかもしれません。加えて、個人のレベルで、自分の時間を創造的活動により多く注ぎ込めるとすれば、創造的成果の生産性が上がることへの寄与も期待できるでしょう。

つまり、創造的活動に注力する、ということは、企業における場合でも個人の活動を想定した場合でも、創造的活動に振り向ける資源を増やすことと、その資源から成果を得る効率を上げるということに帰着すると思います。琴坂氏の分析や提案をはじめとする様々な事例を参考に、ケリー氏が指摘する創造的活動への恐れを緩和するシステムを考え出すことができれば、創造性の高い組織の構築に近づけるのではないか、と思いますがいかがでしょうか。


文献1:特集「創造性vs.生産性」Diamond Harvard Business Review November 2014, p.27-82.
琴坂将広著、「企業は創造性と生産性を両立できるか 組織の意味を再定義する時」、Diamond Harvard Business Review November 2014, p.38-51.
Tom Kelley, David Kelley
、トム・ケリー、デイビッド・ケリー著、飯野由美子訳、「IDEO流創造性を取り戻す4つの方法 恐れを克服し、自由な発想を生みだす」、Diamond Harvard Business Review November 2014, p.62-71.(原著:”Reclaim Your Creative Confidence”, Harvard Business Review December 2012.

参考リンク<2015.3.8追加>


「シリアル・イノベーター」(グリフィン、プライス、ボジャック著)を活かす

イノベーションを起こす人はどんな人なのか。天才的なイノベーターが世の中にいるのは疑いないと思いますが、天才がいなければイノベーションはできないのか、マネジメントや環境によってイノベーションがうまくいったりいかなかったりすることがあるのか、といった問題は、研究開発マネジメントを考える上での重要なポイントのひとつだと思います。

イノベーションにおける人の役割を考える際には、成功したイノベーターの調査、分析がよく行なわれます。今回取り上げる本(グリフィン、プライス、ボジャック著、「シリアル・イノベーター」[文献1])も、そうしたアプローチによる研究成果をまとめたものですが、その特徴的な点は、スティーブ・ジョブズのようにベンチャー企業の創業者として大きな権限を持っているわけではない、成熟した大企業内のイノベーターに焦点を当てているところでしょう。本書の調査対象となっている「シリアル・イノベーター」とは、「一つだけではなく、複数のイノベーションを連続的(シリアル)に生み出す人物[p.31]」であって、「彼らが所属するような成熟した大企業では、イノベーションはサポートされるよりも、阻まれることの方が多い。しかし彼らはそんな逆境をものともせず、画期的なイノベーションを実現させている[p.32]」という人たちです。シリアル・イノベーターとはどんな人たちなのか、どうマネジメントすればその能力を引き出せるか、についての本書の指摘は、なかなか示唆に富んだものと感じましたので、以下にその要点をまとめておきたいと思います。

企業が起こすべき2種類のイノベーション
1、段階的なイノベーション(incremental innovation):「既存の製品や製品群を継続的に改善する[p.50]」
2、ブレークスルー・イノベーション(breakthrough innovation):「既存製品のパフォーマンスを格段に向上させる」「あるいはまったく新たな機能を提供し、市場の空白部分に進出できるような革新的な製品を生み出す」[p.51-52
・「この2種類のイノベーションには、それぞれ異なる開発プロセスが必要[p.51]」。
・「ステージゲート・プロセスは、市場や技術上の不確実性がほぼ存在しない段階的なイノベーションでは非常によく機能するが、ブレークスルー製品の創造ではうまく機能しない。・・・ステージゲート・プロセスは技術的イノベーションの方向性が明快で、企業が開発を承認して初めて適用できるのであり、イノベーションの曖昧な初期段階(FFE:Fuzzy Front-end)での展開や、プロジェクトの承認および資金確保では活用できない[p.55-56]」。
・「技術主導型からイノベーションを行おうとして失敗する場合、そこにはまったく異なる2つの理由がある。1つは、技術主導型の多くが技術の有効な応用の仕方を探し出せず、またすぐには企業に利益をもたらさない『打つ釘がない金槌』をつくっているからだ。・・・2つ目の理由は、技術組織から生まれたブレークスルー・イノベーションが、いわゆる『死の谷』を越えられないために事業化されないというものだ。・・・『死の谷』とは、技術開発と事業化における人材と組織構造の間に存在するギャップのことである。製品を事業化するには、マーケティング、営業、製造、流通などの人材を必要とする。だが、彼らは新技術の開発に必要な人材とは異なり、また両者は分断されているため、もっとも重要なブレークスルーも両者の間にある死の谷に落ちてしまい、事業化されないのだ。[p.59-60]」

イノベーションにおける担当者の役割
・技術開発者(Inventor):「技術開発者はFFEにおいて、イノベーションにつながる技術やアイデアの発案者となる場合が多い。彼らは、製品に必要な技術や顧客の課題、市場ニーズを解決する製品機能をつくり出す。[p.63]」
・チャンピオン(Champion):「チャンピオンは新技術や大きなポテンシャルのある市場機会を認識し、そのプロジェクトを自身のものとして主体的に行動する。・・・事業やマーケティングに関する手腕に優れ、組織内で生まれた技術を見出し、その技術の潜在力を理解する。[p.64]」
・製品開発担当者(implementer):「プロジェクトが正式に承認されるとプロジェクトを統括し、それぞれの業務や各段階が時間通りに、また予算内に進められるよう取り計らう[p.65]」。
・「技術開発者、チャンピオン、製品開発担当者は、それぞれブレークスルー・イノベーションの異なる段階を担当するが、誰ひとりとしてFFEにおいてニーズの把握に責任を持たない。そして、この状況が『打つ釘がない金槌』のようなブレークスルー・イノベーションにつながるのである。[p.66]」
・(シリアル・イノベーターは)「ニーズを把握し、研究開発を牽引し、チャンピオンとなり、遂行段階においては自らプロジェクトを指揮する。[p.67]」
・(シリアル・イノベーターの)「存在は希少だ。筆者の調査によれば、一企業の技術専門スタップ50人に1人から200人に1人ぐらいしかいない。[p.67]」

シリアル・イノベーターが主導するプロセス[第2章]
・「シリアル・イノベーターによるブレークスルー・イノベーションでは、開発において以下のポイントに重点が置かれている。
FFE
:興味深い課題を発見し、把握する。
その課題に対する解決策を開発し、評価する。
プロセス全体を通じて顧客との接点を持つ。
製品開発チームを編成し、リードし、支援する。
顧客に受け入れられ、市場で普及するよう最後まで努力する。」[p.138
・「シリアル・イノベーターは『適切な課題』を探すために、多大な時間を使う[p.139]」。「そして一度製品開発が開始されると・・・(それまでとは異なり)会社の標準のプロセスを活用する。そのほうが効率がよいからだ。そして最後に、製品が市場に普及するよう活動する。曖昧な初期段階(FFE)にかかる時間がもっとも長いとしても、顧客はプロセスの各段階で不可欠な存在である。[p.145]」
・「シリアル・イノベーターは顧客との深く細部にまでわたる関わり合いを通じて洞察を得るが、組織のマーケティング機能からそうした洞察は得られないという。[p.148]」「シリアル・イノベーターは顧客ニーズを細部にいたるまで理解すべく、顧客没入型のアプローチをとる。[p.149]」「シリアル・イノベーターはラポール、つまり、顧客との間に精神的に確固とした人間関係の基盤を築く。・・・シリアル・イノベーターは、自分の仕事は顧客の夢を製品開発で実現することだと考えている。[p.151]」
・「ブレークスルー・イノベーションは企業を未開拓の市場へと導いてくれるものではあるが、こうした環境の中でその開発を社内に承認してもらおうとすると、政治的にさまざまな問題を引き起こすことになる。[p.176]」、(シリアル・イノベーターは)「ブレークスルー・イノベーションを開発まで持っていくには、政治的な駆け引きを学ばなければならないことに気付く。[p.179]」、「組織において、日々の業務を成し遂げるのに欠かせない人間関係は信頼から生まれる。・・・信頼関係の構築には、不可欠な要素が4つある。1、能力、2、信頼性(有言実行か)、3、オープンかつ誠実である、4、気遣い[p.182]」である。

シリアル・イノベーターのMP5モデル(シリアル・イノベーターの特性と行動)
モチベーション(Motivation):外的要因(緊急かつ重要な課題を抱えた顧客や企業の存在)、内的要因(創造への欲求、達成感)が関わる。「シリアル・イノベーターのモチベーションの源泉は、課題解決への好奇心や技術分野での熟達、発見の喜び、そして新しいものを創造することで人々の暮らしをよくしたいという内発的報酬である。[p.218]」
パーソナリティ(Personality):比較的変化しにくい。「パーソナリティには2つのグループがあり、そのうちの一つは、『好奇心』『直感』『創造力』『システム思考』である。いずれも斬新な技術やプロセスを創造する源となる。もう一つのグループは『自立心』『自信』『リスクの選択能力』『忍耐力』だ。これらは、いずれも長期にわたってプロジェクトを続けるうえで重要となってくる。[p.217]」システム思考とは、個々の事象に目を奪われずに、各要素間の関連性に注目して全体像を捉えようとする考え方。
パースペクティブ(Perspective):仕事中心で理想主義者という世界観が顕著。「シリアル・イノベーターのパースペクティブには、次のような特徴がある。1、顧客や企業、チームといった関係者全員に共通する価値(共通善)を尊重し、自分自身よりも優先させる。2、技術はあくまでも事業の成功のための手段と捉える。3、複数の事象の関係性を見出し、システム全体を見通してシンプルに書き換えることで、目に見える結果を追求する。[p.217-218]」
構え(Preparation):仕事をしながら学び続け、知識領域を拡大する。「シリアル・イノベーターは、強力な観察者であると同時に学習者でもある。・・・好奇心が幅広くかつ深いので、複数のテーマや課題に興味を持ち、それらを完全に理解しようと、その渦中へと深く飛び込んでいく。しかし、一方で彼らはシステム思考を行うので、対象としているシステム・・・全体を理解しようと努める。[p.248]」
プロセス(Process):顧客と技術、市場の間を行き来する。直線的ではなく、重複や反復フィードバックが発生する。製品の発売後も続く。
社内政治(Politics):社内で政治的駆け引きを行い、解決しようとする顧客の課題に関して承認を得なければならない。

シリアル・イノベーターを見つけるには

・「潜在的シリアル・イノベーターを特定するには、一人の人物に以下の重要な5つの特性がすべて表れていることを認識する。1、システム思考(一見無関係に見える点同士を結びつける能力)、2、平均以上の創造力(極端に高い必要はない)、3、複数の知識分野にまたがる生来的な好奇心、4、深い専門知識をベースに直感を働かせる力、5、物事を『よりよく』したいという生来的なモチベーション[p.256]」。

シリアル・イノベーターのマネジメント
・「シリアル・イノベーターをさまざまな外的制約から解き放ち、力を発揮させられるのは直属のマネジャーだけなのだ。・・・有能なマネジャーは、シリアル・イノベーターが物事を深く理解するために必要な時間を提供する。その時間は、もっとも重要な課題を見定め、その最善の解決策を見いだすために必要なものだ。[p.297]」
・「自我の強いマネジャーや注目を集めたいマネジャーは、シリアル・イノベーターを効果的にマネージできない・・・。シリアル・イノベーターのマネジャーとしてもっとも成功するのは、自我をうまくコントロールし、シリアル・イノベーターひいては自分たちの会社を成功へと導くことができる人物である[p.301]」。
・「シリアル・イノベーターが転属や転職を考える理由の一つが、『わかっていない』マネジャー、つまり彼らを効果的に管理できないマネジャーのもとへの配属である。以下に・・・『わかっていない』マネジャーの特徴を挙げる。1、細かく管理する、2、シリアル・イノベーターとの人間関係を構築せず、交換条件をもちかける、3、忍耐力がない、4、リソースを出し惜しみする、5、シリアル・イノベーターの成功を横取りする。[p.303]」
・「クリステンセンによれば、ブレークスルー・イノベーションが既存の事業部内で生まれても、成功する可能性は低いという。成功率を高めるために彼が推奨するのは、独立した組織をつくることだ。・・・大企業でブレークスルー・イノベーションを支援する難しさについて、筆者はクリステンセンと同意見である。しかし、社内の障壁を克服する方法としては、別の解決策も提示したい。クリステンセンの提案に欠けているのは、成熟企業のリソースの活用から生じる莫大な価値だ。こうしたリソースは、通常は既存顧客のニーズに対応するために用いられる。しかし、その一部をブレークスルー・イノベーションに向けることにも価値があると、筆者は考える。クリステンセンと同じ前提に立つすべてのケースで、啓蒙された積極的な経営層とブレークスルー・シリアル・イノベーターが組むことで、会社が活性化された例が見られた。[p.307-308]」
―――

大企業においてイノベーションを起こすことが難しいことは、もはや周知のことかもしれません。しかし、なぜ難しいかがわかれば、対応策を考えることができます。Govindarajanをはじめとして大企業におけるイノベーションの可能性を見直す指摘も増えていると思いますが、本書が着目した大企業におけるシリアル・イノベーターの活躍も、その可能性の一つと考えることができると思います。特に、ジョブズのような起業家的イノベーターでない、大企業内イノベーターがどのようにイノベーションを成功させているのかを知ることは、これからのイノベーションのやり方を考える上で、示唆に富むものと言えると思います。

具体的には、例えば、イノベーターにはどの程度裁量権を与えるべきなのか、社内の既存部署と分担してイノベーションを進めた方がよいのか、それともイノベーションは専属の部署に任せるべきなのか、イノベーターが初期段階に関与して可能性を示した後は、実用化を目指す別組織が引き継いでイノベーションを進めるべきなのか、それともイノベーターは最後まで関わるべきなのか、といった問題に対する一つのヒントを与えてくれているように思います。シリアル・イノベーターの活動は、ブレークスルー・イノベーションにおいて、イノベーションの初期段階から実用化後に至るまでの様々な過程でずっと関わり続けることが特徴のようです。してみると、イノベーションの進め方は、そのイノベーションが段階的イノベーションなのか、ブレークスルー・イノベーションなのか、シリアル・イノベーターの素養をもった人が能力を発揮できる環境でイノベーションに関わっているのかどうかに基づいて判断する必要がある、ということなのだろうと思います。もう一点、シリアル・イノベーターが苦労しているポイント、例えば、適切な課題の探索と理解や社内政治プロセスは、そのまま現在の企業の課題を示しているのではないか、ということも指摘しておきたいと思います。こうした困難を楽に乗り越えられるようなマネジメントや仕組み作りができれば、もっとイノベーションを活発化できるのではないか、というヒントも与えてくれているように思います。

ジョブズのような天才的イノベーターは、おそらく滅多にいないでしょう。従って、比較的普通の人でもイノベーションができる仕組みを構築することが重要なはずだ、という考え方自体は原則的に正しいと思います。しかし、稀有の天才ではなくても、シリアル・イノベーターは50人~200人に1人ぐらいの割合でいるようです。であれば、そういう人材を有効に活用しない手はないでしょう。本書に示唆された、シリアル・イノベーターの成功のメカニズムや活躍のための環境づくりの方法を理解することによって、今まで十分に活用されていたとはいえないシリアル・イノベーターによるイノベーションのチャンスを広げられるのではないでしょうか。シリアル・イノベーターが活躍しやすい企業、そんな企業になれば段階的イノベーションの成功確率も上がるのではないかと思いますが、いかがでしょうか。


文献1:Abbie Griffin, Raymond L. Price, Bruce Vojak, 2012、アビー・グリフィン、レイモンド・L・プライス、ブルース・A・ボジャック著、市川文子、田村大監訳、東方雅美訳、「シリアル・イノベーター 『非シリコンバレー型』イノベーションの流儀」、プレジデント社、2014.
原題:Serial Innovators: How Individuals Create and Deliver Breakthrough Innovations in Mature Firms

参考リンク<2015.2.8追加>


「イノベーション・オブ・ライフ」(クリステンセン著)とマネジメント理論

人の行動や思考を知り、予測することはマネジメントにとって重要です。従って、経営学でも人に関わる問題は様々に検討され、多くの知見が蓄積されていると言ってよいでしょう。でも、それは経営分野だけにしか使えない知見なのでしょうか。

クリステンセン、アルワース、ディロン著「イノベーション・オブ・ライフ」[文献1]では人生における様々な場面において、経営学の理論がよりよい人生を送るうえで役立つことが述べられています。もちろん、本書に示された考え方だけでよい人生が保証されるわけではありませんし、よりよい人生のためのハウツーを伝授するという類の本ではありませんが、経営学における人間理解を人生に活かすとしたらどんな点が役にたつのかという視点で考えてみることは無駄なことではないでしょうし、人生というケーススタディをとおして経営理論が身近なものとして理解しやすくなるという意味も感じられる本だと思いますので、今回はその内容をまとめてみたいと思います。

なお、筆頭著者のクリステンセン氏は、本ブログでもたびたび取り上げている「破壊的イノベーション」理論の提唱者です。邦訳表題に「イノベーション」が含まれているのもそのためでしょうが、原著の表題である「How Will You Measure Your Life?」は、「自分の人生を評価するものさしは何か?[p.8]」という問いかけであり、本書はそうした問題提起のための本としての意味があるように思われました。以下、本書の構成に沿ってポイントをまとめます。

序講:第1講
・理論とは:「人生の状況に応じて賢明な選択をする手助けとなるツール[p.11]」、「『何が、何を、なぜ引き起こすのか』を説明する、一般的な言明[p.14]」。
・「過去からはできる限りのことを学ぶべきだ。・・・だがそれでは、未来へ向けて船出するとき、どの情報や助言を受け入れ、どれを聞き流すべきかという、根本的な問題の解決にはならない。これに対して、確かな理論を使ってこれから起きることを予測できれば、成功するチャンスを格段に高められる。[p.19]」

第1部:幸せなキャリアを歩む
第2講:私たちを動かすもの
・誘因(インセンティブ)理論:エージェンシー理論とも呼ばれる。仕事に取り組ませるには例えば金銭的な報酬を与えればよい、という考え方。ただし、この理論には、お金で動機づけられない人々の存在といった強力なアノマリー(理論で説明できない事象)がある。
・二要因理論、別名動機づけ理論(モチベーション理論):「誘因は動機づけとは違う。真の動機づけとは、人に本心から何かをしたいと思わせること」。ハーズバーグの理論では、衛生要因(少しでも欠ければ不満につながる要因)と動機づけ要因(仕事への愛情を生み出す要因)を区別する。金銭的報酬は衛生要因。「問題が起きるのは、金銭がほかのどの要素よりも優先されるとき、つまり衛生要因は満たされているのに、さらに多くの金銭を得ることだけが目的になるとき」。「動機づけ理論は、ふだん自分に問いかけないような問題について考えよと、わたしたちを諭している。この仕事は、自分にとって意味があるだろうか?、成長する機会を与えてくれるだろうか?、何か新しいことを学べるだろうか?、だれかに評価され、何かを成し遂げる機械を与えてくれるだろうか?、責任を任されるだろうか?、これらがあなたを本当の意味で動機づける要因だ。これを正しく理解すれば、仕事の数値化しやすい側面にはそれほど意味を感じなくなるだろう。」[p.35-45
第3講
・意図的戦略(予期された機会から生まれる)と創発的戦略(予期されない機会から生まれる):ミンツバーグによる考え方。「的を絞った計画は、実は特定の状況でしか意味をなさない。・・・戦略がこの2つの異なる要素からできていること、そして状況によってどちらを選ぶべきかが決まることを、しっかり理解しよう。」[p.51-54
・発見志向計画法:マクミラン、マグラスによる。「意図的戦略や新たな創発的戦略が有効かどうかを考える際に、役に立つ」。「『これが成り立つためには、何が言えればいいのか?』と考えるとわかりやすい。」「プロジェクトが失敗する原因は、ほぼ例外なく、予測や決定のもとになった重要な仮定の一つ以上が間違っていることにある。」[p.59-61
・「創発的戦略と意図的戦略の概念を理解すれば、自分のキャリアでこれという仕事がまだ見つかっていない状況で、人生の向かう先がはっきり見えるようになるのをただ漫然と待っているのは、時間の無駄だとわかる。いやそれどころか、予期されない機会に心を閉ざしてしまうおそれがある。自分のキャリアについてまだ考えがまとまらないうちは、人生の窓を開け放しておこう。状況に応じて、さまざまな機会を試し、方向転換し、戦略を調整し続ければ、いつか衛生要因を満たすとともに動機づけ要因を与えてくれる仕事が見つかるはずだ。このときようやく、意図的戦略が意味をもってくる。[p.67-68]」
第4講
・「実際の戦略は、限られた資源を何に費やすかという、日々の無数の決定から生まれる。・・・資源配分の方法が、自分の決めた戦略を支えていなければ、その戦略をまったく実行していないのと同じだ。」[p.70
・「資源配分プロセスは、意識して管理しなければ、脳と心にもともと備わった『デフォルト』基準に沿って、勝手に資源をふり分けてしまう。」「達成動機の高い人たちが陥りやすい危険は、いますぐ目に見える成果を生む活動に、無意識のうちに資源を配分してしまうことだ。」[p.80-81

第2部、幸せな関係を築く
第5講

・「良い金、悪い金」の理論:「新規事業の初期段階では、投資家からの『良い金』は、『成長は気長に、しかし利益は性急に』、・・・間違った戦略を推進して多額の資金を無駄にしないよう、できるだけ早くできるだけ少ない資金で、実行可能な戦略をみつけることを要求する。」「初期段階の企業に・・・『早く大きく』成長することを求める資本は、ほぼ例外なく企業を崖に突っ込ませる」(『悪い金』)。「いったん実行可能な戦略が見つかれば、『成長は性急に、利益は気長に』だ。」[p.96-97
・既存企業の成長事業への投資で失敗する事例:「当初の計画がうまくいかない可能性がとても高いため、投資家は既存事業がまだ力強く成長している間に、次の成長の波に投資しなくてはならない。」、しかし、投資は先延ばしにされる。主力事業が成熟するとあわてて新規事業を始め「早く大きく」成長するように大きな資金を投入するが、間違った戦略を無謀かつ強引に推進して失敗する。[p.96-98]」
・「時間と労力の投資を、必要性に気づくまで後回しにしていたら、おそらくもう手遅れだろう」[p.108
第6講
・片づけるべき用事の理論:「製品・サービスを購入する直接の動機となるのは、実は自分の用事を片づけるために、その製品・サービスを雇いたいという思い[p.112]」。「間違った観点に立って開発されたせいで、失敗する製品が多い。顧客が本当に必要としているものではなく、顧客に売りたいものにしか目を向けないのだ。ここで欠けているのは共感、つまり顧客が解決しようとしている問題への深い理解だ。[p.110]」
・人生においても例えば「伴侶がどんな用事を片づけようとしているかを理解しようと心を砕く代わりに、伴侶が求めているものを、こうだと勝手に決めつけがちだ。[p.126]」
第7講
・企業の能力を決める要因:資源、プロセス、優先事項[p.141]。効率や利益を追うためのアウトソーシン
グで能力を失う場合がある。必要な能力を社内に残しておかなければ「未来を手放すことになる[p.144-145]」。
・子どもに資源を与えることで、プロセスを養う機会を損なっていないか?[p.147-150
第8講
・経験の学校のモデル(マッコール):「生まれつきの才能の有無は、仕事での成功を占う確実な指標ではないことがわかっている[p.162]。」「能力は、人生のさまざまな経験をとおして開発され、形成されていく。困難な仕事、指揮したプロジェクトの失敗、新規分野での任務――こうしたことのすべてが、経験の学校の『講座』になる。[p.164]」「マッコールのモデルはプロセス能力を測ろうとするものだ[p.164]。」(知識やスキルといった資源ではなく)
・「世の親は、よい学業成績やスポーツの実績など、子どもの経験を積み上げることにこだわる傾向がある。だが子どもが生きていくのに必要な力を養う講座をおろそかにするのは間違っている[p.178]」
第9講
・組織文化(シャイン):「文化とは、共通の目標に向かって力を合わせて取り組む方法である。その方法はきわめて頻繁に用いられ、きわめて高い成果を生むため、だれもそれ以外の方法で行おうとは思わなくなる。文化が形成されると、従業員は成功するために必要なことを、自律的に行うようになる。[p.185]」
・「文化は、自動操縦装置のようなものだ。文化が効果的に機能するには、自動操縦装置を適切にプログラミングする必要があることを、けっして忘れてはいけない。つまり家庭に求める文化を、自ら構築するということだ。[p.198]」

第3部、罪人にならない
第10講

・限界的思考の罠:「ファイナンスと経済学の基礎講座で教えられる原則」に、「投資の選択肢を評価するとき、埋没費用や固定費(すでに発生していて、どの選択肢を選んでも変化しない費用)は考慮に入れず、それぞれの投資に伴う限界費用と限界収入(新たに発生する追加費用と収入)をもとに意思決定」するという考え方がある[p.205]。「だがこれは危険な考え方だ。このような分析ではほぼ必ず、総費用よりも限界費用が低く、限界利益が高いことが導かれる。この原則は、将来必要となる能力を新たに構築するよりも、過去に成功するために構築した既存能力を活用するよう、企業にバイアスをかけるのだ。未来が過去とまったく同じになるとわかっていれば、このやり方で問題ない。だがいまとは違う未来が来るなら――ほぼ必ずそうなるのだが――このやり方は間違っている。[p.206]」「既存企業がこの理論に従って既存資産の活用を進めると、総費用をはるかに上回る代償を支払うことになる。なぜなら競争力を失う羽目に陥るからだ。[p.210]」
・「何かを『この一度だけ』行うことの限界費用は、ないに等しいように思われるが、必ずと言っていいほど、それをはるかに上回る総費用がかかる。[p.211]」「倫理的妥協が招く厄介な影響を免れる方法はひとつだけある。そもそも妥協を始めないことだ。[p.217]」
終講
・企業の目的が意味をもつためには、「自画像」(企業がいま進みつつある道を最後まで行ったとき、こんな企業になっていてほしいと思い描くイメージ)、「献身」(実現しようとしている自画像に対しての深い献身)、「尺度」(進捗を測るために用いる、一つまたは少数の尺度で、仕事と尺度を照らし合わせることで企業全体が一貫した方向に進む)が必要。「目的は、明確な意図をもって構想、選択し、追求するものだ。だが企業がいったん目的をもてば、そこに行き着くまでの方法は、一般に創発的であることが多い。[p.221-222]」
・「じっくり時間をかけて人生の目的について考えれば、あとでふり返ったとき、それが人生で発見した一番大切なことだったと必ず思うはずだ。[p.231]」
―――

人生に対するアドバイスとしての本書の価値は、読者それぞれで異なるでしょう。内容についても著者の宗教的信念に関わる部分も多いように思われますし、本書の主張をどう受け取るかは、個人のお考えに任せたいと思いますが、一点だけ、こういう考え方もありうることだけは、知っておいて無駄なことではないと思います。

マネジメントの観点からは、以下の点が重要だと思います。
・著者が選んだ経営理論:とりあげられている経営理論は、よりよい人生を築くために役立つということを主眼に選ばれているのかもしれませんが、数多くの経営理論のなかから、特に重要で、応用範囲が広い理論が選ばれているように思われます。例えばモチベーションの問題や戦略論などでも、本書で取り上げられた以外にも様々な考え方があります。その中からクリステンセンという経営学者のフィルターによって選び出された考え方が本書に述べられ、その活用のしかたのヒントも添えられているという点は、経営(や人間、組織の問題)を学ぼうとする上で、ひとつの道しるべになるように感じました。
・理論の使い方:「理論」というものの捉え方は人それぞれかもしれませんが、本書では、理論とは、未来予測、賢明な選択の助けとなるツールであって、何が、何を、なぜ引き起こしたかを説明するもの、という位置づけになっています。一般に理論には、その理論が導かれた前提、適用可能な前提というものが存在しますので、経営理論を人生の問題に安易に適用することには慎重であるべきで、本書の試みには無理があると考える人もいるでしょう(実際、経営理論と人生の問題との関係がわかりにくく感じられる部分もありました)。しかし、経営も人生も、人間の行動の予測という点では似たようなものだと考えれば、全く無効な考え方とは言えないのではないでしょうか。人生における賢明な選択の助けになることを優先して、厳密な論考ではなく理論からの暗示をあえて大胆に用いようとしている、ということなのかもしれません。経営においてはまだまだ経験主義に頼る人が多いように思いますので、こんな形でも「理論」を知り、使ってみることにもう少し積極的であってよいのかもしれないと感じました。

著者は、本書の読者として企業のマネジャーではなく、こらから社会で活躍を始める若い人々を想定していると思います。その点、若い人に薦められる本だということは間違いないと思うのですが、では、年輩者はどう読めばよいのでしょうか。おそらく、マネジャーとして若い人を指導し、若い人々を含むグループをリードしていく上で、若い人にどんなアドバイスができるのか、クリステンセン氏には及びもつかないとしても本書を参考に考えてみること、それが必要なのではないかと思います。


文献1:Clayton M. Christensen, James Allworth, Karen Dillon, 2012、クレイトン・M・クリステンセン、ジェームズ・アルワース、カレン・ディロン著、櫻井祐子訳、「イノベーション・オブ・ライフ ハーバード・ビジネススクールを巣立つ君たちへ」、翔泳社、2012.
原著表題:How Will You Measure Your Life?
原著webページ:http://www.measureyourlife.com/

参考リンク<2014.2.23追加>




Thinkers50 -経営思想家ベスト50(2013年)

Thinkers50は、2年に一度発表される存命中の経営思想家のランキングです。本ブログでも2011リストを紹介しましたが、先日2013年の調査結果が発表されました[文献1]。評価項目は、アイデアの妥当性、研究の厳密さ、アイデアのプレゼンテーション、アイデアの普及、国際的展望、アイデアの独創性、アイデアのインパクト、アイデアの実用性、ビジネスセンス、影響力で、前回同様webサイトでの投票と、Stuart CrainerDes Dearloveをリーダーとするアドバイザーチームの意見によって順位が決定されています。

学問的な観点からの経営学者の評価ではありませんが、実務家から見た評価や最新の考え方の動向を知る上で参考になるのではないかと思います。前のブログ記事同様、独断ですが、イノベーションに関する貢献が大きいと考えられる思想家に、◎(極めて重要)、○(重要)をつけてみました。以下のコメントは、主にThinkers50webページの紹介に基づいていますが、若干追記させていただいたところがあります。ベスト50のリストは以下のとおりです。

Thinkers502013年の結果(カッコ内は2011年の順位)
1、Clayton Christensen(1):◎、「破壊的イノベーション」理論の提唱者。2011年につづく連続第1位。2012年刊の「イノベーション・オブ・ライフ」は、Thinkers50 Best Book Award候補。
2、W. Chan Kim & Renée Mauborgne(2):○、「ブルーオーシャン戦略」の提唱者。現在はINSEAD Blue Ocean Strategy Instituteをマレーシア、南ア等に展開。Thinkers50 Global Solutions Award候補者。
3、Roger Martin(6):○、インテグレーティブシンキングで有名。A.G.Lafleyとの共著「Playing to Win(邦訳、P&G式『勝つために戦う』戦略)(2013)」がThinkers50 Book Award受賞。
4、Don Tapscott(9):○、デジタルネイティブ、ウィキノミクスで有名。ビジネスや社会への技術の影響、イノベーション、メディア、国際化などに関する権威の一人。Thinkers50 Global Solutions Award受賞。

5、Vijay Govindarajan(3):◎、近著「リバースイノベーション」については本ブログでも取り上げました。Thinkers50 Innovation Award候補者。
6、Rita McGrath(19):○、「仮説のマネジメント」「仮説指向計画法(Discovery-Driven Planning)」で有名。Strategy Award受賞。近著「The End of Competitive Advantage (2013)」がBook Award候補。
7、Michael Porter(5):5つの力のフレームワークで有名。2005年のThinkers50トップ。最近では、shared valueの概念を提唱、企業は株主だけでなく社会にとっての価値創造も行なうべきと主張。
8、Linda Hill(16):○、ハーバードビジネススクール教授。Thinkers50 Leadership Award候補者。管理職、リーダーシップを研究。近著は「Collective Genius: The Art and Practice of Leading Innovation」。
9、Herminia Ibarra(28):「キャリア・チェンジ」で有名。Thinkers50 Leadership Award受賞。
10、Marshall Goldsmith(7):エグゼクティブコーチ、360度フィードバック、MOJOで有名。
11、Pankaj Ghemawat(27):Global Connectedness Indexにより、Global Solutions Award候補者に選出。
12、Jim Collins(4):○、「ビジョナリーカンパニー」シリーズの著者。最新の著作「Great by Choiceビジョナリー・カンパニー4 自分の意志で偉大になる)」がBook Award候補。
13、Daniel Pink(29):「ハイ・コンセプト」「モチベーション3.0」で有名。新著「To Sell is Human(人を動かす、新たな3原則)(2012)」がBook Award候補。
14、Lynda Gratton(12):ロンドンビジネススクール教授。新著は新しい働き方を提示した2011年発表の「The Shift(ワーク・シフト)」。Global Solutions Award候補者。
15、Amy Edmondson(35):チームワークを研究。新著は「Teaming」(2012)。Leadership Award候補者。ハーバードビジネススクール教授。
16、Sylvia Ann Hewlett(11): Center for Work-Life Policy(非営利シンクタンク)代表。新著は「Forget a Mentor, Find a Sponsor」(2013)。
17、Richard D’Aveni(21):戦略論が専門。ハイパーコンペティションやコモディティ化などを検討。Strategy Awardの候補者。新著「Strategic Capitalism (2012)」がBook Award候補。
18、Marcus Buckingham(8):自分の強みを発揮する、という考え方で有名。新著は「Stand Out」。
19、Gary Hamel(15):プラハラードとの共著「コア・コンピタンス経営」で有名。
20、Nirmalya Kumar(26):ロンドンビジネススクール教授(マーケティング)から最近タタグループへ。
21、Nitin Nohria(13):ハーバードビジネススクール学部長。リーダーシップの研究者。
22、Teresa Amabile(18):○、ハーバードビジネススクール教授。創造性、モチベーションなどを研究。
23、Richard Rumelt(20):経営戦略論、多角化戦略、RBVResource Based View)で有名。Strategy Award候補者。新著は「良い戦略、悪い戦略」(2012年)。
24、Jeffrey Pfeffer(22):「権力」「事実に基づく経営」などが有名。
25、Richard Florida(-):○、「The Rise of the Creative Class」著者。トロント大学。
26、A.G. Lafley(-):○、P&GCEOを2010年に引退、R.Martinとの共著「Playing to Win(邦訳、P&G式『勝つために戦う』戦略」がThinkers50 Book Award受賞。2013年5月にP&Gに復帰。
27、Stewart Friedman(45):リーダーシップ、work/lifeの統合などの専門家。Leadership Award候補者。新著は「Baby Bust: New Choices for Men and Women in Work and Family (2013)」。
28、Morten Hansen(-):○、J.Collinsとの共著「Great by Choiceビジョナリー・カンパニー4 自分の意志で偉大になる)」がBook Award候補。UCBerkeleyおよびINSEAD教授。ボストンコンサルティング出身。
29、Tammy Erickson(33):職場における世代ギャップ、世代交代、労働力変化を研究。
30、David Ulrich(23):人事、人材育成戦略が専門。新著は「The Why of Work (2011)」。
31、Liu Chuanzhi(-):LENOVOの創業者。Leadership Award候補者。
32、John Kotter(34):変革のマネジメント、リーダーシップ論で有名。
33、Chip Heath & Dan Heath(-):本ブログでも「アイデアのちから」「スイッチ!」を取り上げました。
34、Sheryl Sandberg(-):FacebookCOO。「Lean In」でBook Award候補。
35、Umair Haque(49):コンサルタント。「The New Capitalist Manifesto (2011)」の著者。
36、Daniel Goleman(39):心の知能指数EQ(原著ではEIEmotional Intelligence)で有名。
37、Henry Chesbrough(38):◎、「オープンイノベーション」提唱。Innovation Awardの候補者。
38、Rosabeth Moss Kanter(25):企業変革、リーダーシップ、responsible capitalismなどを研究。
39、Julian Birkinshaw(-):ロンドンビジネススクール教授。HamelManagement Innovation Lab設立。
40、Subir Chowdhury(50):The Economics of Qualityの考え方でBreakthrough Idea Award候補。
41、Fons Trompenaars(42):異文化間グローバル人材戦略を研究。
42、Chris Zook(-):Bain & Coパートナー。新著「Repeatability (2012)」などで単純化の重要性を指摘。
43、Sydney Finkelstein(-):なぜ有能な経営者が失敗するかなどを研究。
44、Anil Gupta(-):H.Wangとの共著「Getting China and India Right」でGlobal Solutions Award候補。
45、Andrew Kakabadse(44):企業トップ層、取締役会、ガバナンス等を研究。Leadership Award候補。
46、Rakesh Khurana(41):リーダーシップ、CEO、カリスマなどを研究。
47、Celia De Anca(-):イスラム圏を含むグローバル化を研究。Global Solutions Award候補。
48、Liz Wiseman(-):Oracleの前役員。近著は「Multipliers」など。Leadership Award候補。
49、Doug Ready(-):International Consortium for Executive development Research創立者。
50、Wang Shi(-):中国の世界最大の住宅デベロッパーVanke(万科)創設者。

なお、野中郁次郎氏が、Lifetime Achievement Awardを受賞されました。また、今回から、Hall of Fameが設けられ、そこに選出されるとリストには載らなくなりました。今回発表されたHall of Fameメンバーは、Chris ArgyrisWarren BennisHoward GardnerCharles HandyRobert Kaplan and David NortonPhilip KotlerHenry Mintzberg、野中郁次郎、大前研一、Tom Petersです。Hall of Fameメンバー以外で、前回リストに選出されながら、今回選に漏れた人々の中には、Malcolm GladwellSeth GodinAdrian SlywotzkyStephen Coveyなどが含まれています。今回は実証的、実践的な思想家が高く評価されたということかもしれません。

今回の傾向として、前回よりもさらにイノベーションの重要性が評価されている印象を受けました。上位ランクの思想家にイノベーションを研究対象にしている人が多く選ばれたことは、その表れのように思われます。また、新興国を含めたグローバル化が注目されていることも今回の特徴でしょう。新興国への注目は前回リストでも見られましたが、今回は、中国の思想家が2人リスト入りしています。どちらも思想家というより、経営者としての実践面での評価が大きかったと思われますが、経営思想のグローバル化が今後も進んでいくことを示唆しているのかもしれません。これに対して、日本の思想家がHall of Fameの2名しかリストアップされていない、というのはやや寂しく感じられます。もちろん、思想が注目されることと、実践面で成功することは同一ではないとは思いますが、日本での成果を世界につなげていくことも期待したいところです。

なお、Innovation Awardの受賞者と候補者リストは以下のとおりです。上記の50名のリストには入っていない人もいますが、研究開発を考える上で要注目だと思います。
受賞者:
Navi Radjouthe Centre for India & Global Businessの前所長、Jaideep PrabhuSimone Ahujaとの共著「Jugaad Innovation: Think Frugal, Be Flexible, Generate Breakthrough Growth (2012)」、Prasad Kaipaとの共著「From Smart to Wise (2013)」が注目されています。
候補者:
Ron Adner:「The Wide Lens: A New Strategy for Innovation (2012)」著者。
Henry Chesbrough(上記参照)
Vijay Govindarajan(上記参照)
Hal GregersenChristensenとの共著「Innovator’s DNA: Mastering the Five Skills of Disruptive Innovators (2011)」著者。
Matt Kingdon:「The Science of Serendipity: How to Unlock the Promise of Innovation in Large Organizations (2012)」著者。
Kai-Fu Lee:北京のベンチャーキャピタリスト。「Making a World of Difference (2011)」著者。
Alexander Osterwalder & Yves Pigneur:「Business Model Generation: A Handbook for Visionaries, Gamechangers and Challengers (2010)」著者。


文献1:「The Thinkers50webページ
http://www.thinkers50.com/




破壊的イノベーションの現在(ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー2013年6月号より)

破壊的技術、破壊的イノベーションの概念は、1995年の発表以後、現在に至るまで、イノベーションを考える上で重要な地位を占め続けているといってよいでしょう。その概要は、本ブログでもノート4で紹介しましたが、どんなイノベーションをどのように進めれば成功しやすくなるかについての見通しを与えてくれる点は、実務家にとって特に重要な考え方だと思います。

発表以後、時の経過とともに、破壊的イノベーションの理論を裏づける事例が増えていることは感じられますが、その理論や実践手法には変化や新展開はないのでしょうか。今回は、ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビューの「破壊的イノベーション」特集(2013年6月号)に掲載された記事に基づいて、最近の破壊的イノベーションの考え方の動向を探ってみたいと思います。

「破壊的イノベーションの時代を生き抜く 『拡張可能な中核能力』を見極めよ」(ベッセル、クリステンセン、原題:Surviving Disruption)[文献1]

主に既存ビジネスの立場から破壊的イノベーションへの対処法が述べられています。

・「経営者は、自分たちの既存ビジネスを破壊するイノベーションを開発するだけではなく、旧来の事業――もしかすると今後数十年、もしくはそれ以上の期間にわたって収益を生み続ける可能性もある――についても、今後の運命を考えなければならないのだ。本稿では、破壊の起きる道筋とそのスピードを一覧するための体系的な方法を紹介する。」「こちらに向かって飛んでくるミサイルがあなたを直撃するのか、かすめるのか、それとも完全に外れるかを判断するためには、次の3つの作業を行う必要がある。」

1)破壊者のビジネスモデルの強みを見極める:「拡張可能な中核能力」(extendable core)すなわち、破壊者がさらなる顧客を求めて高級市場に忍び寄っていく際にもパフォーマンスの優位性を失わずに提供できる破壊者のビジネスモデルが判断基準となる。

2)破壊者と比較して、あなたの既存ビジネスが相対的に優位な点を見極める:人々があなたの既存ビジネスに果たしてほしいと考えているタスクは何か、そして破壊者が拡張可能な中核能力を用いて既存ビジネスよりも優れた結果を出せるタスクは何かについての理解が深まると、あなたのビジネスが持つ相対的な優位性がはっきりする。

3)破壊者が将来、あなたの既存ビジネスの優位な点を模倣しようとしたときに、容易となる条件、またはそれを妨げる条件は何か考えておく:破壊者がその欠点を将来どの程度容易に克服できるかを考える。破壊的イノベーションが直面する障壁は、克服が簡単なものから難しいものへと順に並べると、①慣性の障壁(顧客の慣れ)、②技術適用の障壁(既存技術の応用で克服できる可能性がある)、③ビジネス生態系の障壁(業界全体の環境を変化させる必要がある)、④新技術の障壁(必要な技術がまだ存在しない)、⑤ビジネスモデルの障壁、となり、「破壊者の直面する障壁が高ければ高いほど、あるいは障壁の数が多ければ多いほど、顧客は既存ビジネスから離れようとしないはずだ」。

・「破壊者に直面したマネジャーたちは、その破壊者に奪われる可能性がなさそうな顧客に対しても、通常のライバルと競争する時と同様の方法で(つまり価格を引き下げたり、ライバルと似たような商品を開発することで)つなぎ止めようと必死になる。しかし、この種の対応は、破壊者が本来持つ優位性を見逃しているだけではなく、そんな手を打たなくても問題なく守れたはずの既存事業の優位性をも無視している。」

・「既存ビジネスの経営者は、向う見ずな価格競争に手を染めたり、貴重な経営資源や努力を勝ち目のない戦いに浪費したりする前に、全体像をしっかり見積もったうえで包括的な対応をすべきだ。すなわち、みずからの破壊的イノベーションをもって破壊者と対峙するだけでなく、既存ビジネスがこの先もなるべく健全に生き残れるような舵取りをする。それが自社の株主、従業員、そして顧客に対する義務である。」

「クリステンセンが再発見したイノベーションの本質 イノベーションは技術進歩ではない」(楠木建)[文献2]

・「1911年の『経済発展の理論』においてジョゼフ・シュンペーターが示したオリジナルの議論に戻れば、イノベーションという現象を特徴づけるのは『非連続的な変化』である。これを受けて、ピーター・F・ドラッカーは『価値次元の転換』にイノベーションの非連続性の正体を求めた。」「クリステンセンが提唱した『破壊的イノベーション』の概念は、非連続性と価値次元の転換に注目しているという意味で、言葉の正確な意味でのイノベーションである(これに対して『持続的イノベーション』はむしろ『技術進歩』であり、本来の定義からすれば、『イノベーション』ではない)。別の言い方をすれば、破壊的イノベーションは、概念それ自体としてはイノベーションの古典的な議論に立ち戻るものであり、そこに新しさはない。」

・イノベーションを起こすためにやってはいけないこと:1)顧客の声を聞くこと(顧客の要求を忠実に実現しようとすればするほど、既存の文脈に固く縛りつけられ、イノベーションから遠ざかってしまう)、2)技術進歩(クリステンセンの言う『持続的イノベーション』)を追うこと、3)競合他社のベンチマーキング、4)コンセンサスを求めること。

・「戦略を立てる時に、まずは詳細なリサーチから入ろうとするような人はイノベーションに向いていない。」「個人の思いつきと失敗を許容することができない企業は、イノベーションなどという言葉を忘れて、技術進歩を成し遂げるためにがむしゃらにがんばったほうがいい。」

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感想:実務者にとっては、破壊的イノベーションの考え方がイノベーション実現に使えそうなことが特に重要と感じます。

「破壊的イノベーター:キバ・システムズ アマゾンも認める新興企業」(マウンツ、原題:Kiva the Disrupter)[文献3]

・物流センターのピッキング作業をロボットで効率化するイノベーションを達成したキバ・システムズは2012年5月にアマゾンに7億7500万ドルで買収されています。顧客リスクの低減、トータルソリューションの提供などがイノベーション成功の鍵のようです。

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感想:キバのイノベーションは必ずしも破壊的イノベーションの典型例ではないと思いますが、イノベーションの成功例として示唆に富んでいると思います。

「破壊的イノベーションを越えるビッグバン型破壊 常識を越えたスピードで市場に浸透する」(ダウンズ、ヌネシュ、原題:Big-Bang disruption)[文献4]

・「いまや、製品ライン全体、つまり市場全体が一夜にして創造されたり、破壊されたりしている。破壊者は彗星のように現れて、瞬く間に至るところへ勢力を広げる。この破壊的な動きがいったん始まると、対応するのは容易ではない。筆者たちは競争のルールを一新するこのような企業を『ビッグバン型破壊者』と呼ぶ。

・ビッグバン型破壊者の3つの特徴:1)自由奔放な開発(低コストの実験、試行)、2)とめどない成長(ロジャーズが提唱した製品ライフサイクルには従わない、極めて急速な普及)、3)枠にとらわれない戦略(従来の戦略論が通用しない)

・ビッグバン型破壊を生き抜く4つの戦略:1)予兆をとらえる、2)進行を遅らせ、時間稼ぎをして勝利をもぎ取る、3)すぐに撤退できる態勢を整えておく、4)新しい種類の多角化を試みる(拡張や実験が容易でしかも速やかに拡縮できるプラットフォームを基に戦略を築く)

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感想:ここでのビッグバン型破壊とは、変化の速度が速く大きいイノベーションのことを指しているようです。著者らは変化の速さを非常に重視しているようですが、この記事の内容からだけでは、時間軸の進み方の違い以外は、クリステンセンの破壊的イノベーションや、ロジャーズのイノベーション普及の考え方の範囲に含まれる議論のように思われます。

「相反する2つの変革を同時に進める法 既存事業のテコ入れと将来の糧づくり」(ギルバート、アイリング、フォスター、原題:Two Routes to Resilience)[文献5]

・「市場の変化、革新的な技術、“破壊的”な新興企業に対応するために、あなたの会社もおそらく遅かれ早かれ、変革する必要があるだろう。・・・しかし我々の経験では、既存市場に合わせて構築された組織がそれをやってのけることは稀である。」「本格的な変革には2つの異なる動きを並行して取っていく必要がある。」

変革A:コア事業のポジショニングを見直し、現在のビジネスモデル市場に合わせなくてはならない。「変革Aの目的は、現在のビジネスモデルが“破壊”後の市場で維持できる最強の競争優位を探り当てることである。」「顧客が依然として求めていることをどのように行うか」を考える。

変革B:別個の“破壊的”な事業を創り、将来の成長の源泉となるイノベーションを生み出していかなくてはならない。「今日の環境のなかで顧客の満たされないニーズは何か」を考える。

・「両方の変革を有効に働かせるためのカギは、『ケイパビリティ(組織的な能力)の交換』と我々が呼ぶ方法だ。これは新たな組織内のプロセスを確立し、ミッションやオペレーションを変えずに同時進行の2つの変革を実施して厳選されたリソースを共有できるようにすることである。」

・ケイパビリティの交換は5つのステップで進められる。1)リーダーシップを確立する(組織の最高レベルでリソースを配分する)、2)2つの組織が共有できる、もしくは共有する必要があるリソースを特定する、3)交換担当チームを編成する(2つの変革に取り組んでいるメンバーから何人かを指名してチームをつくり、それぞれのリソースの割り振りを担当させる)、4)境界線を守る(それぞれが自社の将来はみずからの肩にかかっていると信じて業務に当たる、両者を仲裁する責任はトップにあり、第一の責任は、既存事業の人々が破壊的な新規事業に首を突っ込もうとすることに待ったをかけること、コア事業からリソースを奪わないこと)、5)新規事業の規模を拡大し売り込む(2つの組織を平等に扱うべきではない。A組織が再ポジショニング後に単独で採算が成立し続けるようにする、破壊的事業は将来の成長の源泉)

「陳腐化した技術を延命させる戦略 『前向きな退却』を選ぶ」(アドナー、スノー、原題:Bold Retreat, A New Strategy for Old Technologies)[文献6]

・優れた新技術によってこれまで築いてきた事業が脅威にさらされている時、あまりにも多くの企業は、その新技術への移行に必要な力を実際には持ち合わせていないとみずから認めることができず、大敗を喫す。これに対し、従来の技術の改良に励む方法もある。「しかし、このような最後のあがきは、審判が下る日を先送りするだけに終わる場合が多い。」「我々は、・・・新しい技術の出現に対して成熟技術に依存する企業が取りえる第三の選択肢に気がついた。つまり、古い技術に優位性があるニッチ市場に退却し、そこを守り通せばいいのである。」この戦略が『大胆な退却(Bold Retreat)』。

・「軍隊はずいぶん以前から、退却を正当でしかも責任感のある戦略上の選択肢であると認識してきた。だが、ビジネス界はそうではない。」「退却を検討する系統だったプロセスを準備していない企業は、愚かにも戦略上取りうる貴重な選択肢を排除してしまっているのだ。」

・大胆な退却の方法には、1)ニッチ市場への『避難』(自社の創出する価値のうち、新技術が対応していない要素に対応)、2)新規市場への『移動』(従来の顧客層が新たに抱えることになった問題や、新しい顧客層が従来から抱えていた問題を旧来技術で解決する)、がある。

・「どんな場合にも、退却は大胆でなくてはならない。退却を決断すべきタイミングは、技術をめぐる戦いに負け、自社の経営資源を使い果たす前である。・・・先手を打って退却すれば、壊滅的打撃をかわすことができるはずだ。」

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以上が特集記事の概要です(この他に、クリステンセンのイノベーションのジレンマの原論文があります)。もちろん、これらの記事で破壊的イノベーションの最新の動向が網羅されているわけではありませんが、いくつかの示唆が得られると思います。まず、注意しなければならないのが、「破壊的イノベーション」、「破壊的技術」という言葉が、単に大きな変化、急激な変化、既存企業やプロセスを機能させなくする技術やイノベーションの意味で用いられる場合があることでしょう。実務的観点からは、言葉の定義はどうでも、起こりうる現象の理解と予測が可能jになればよいのですが、「破壊」という言葉が、クリステンセンの提示した破壊的イノベーションの概念とは異なって使われる場合には、その主張の理解には注意が必要だと思います。

その上で、クリステンセンの破壊的イノベーションの概念について考えるとき、まず、その概念が現在に至るまで大きな修正を受けることなく生き残ってきていることが重要であると思われます。破壊的イノベーションの概念が単なる一時の流行で終わらなかったと言ってもよいでしょう。このことは、今や破壊者も、その攻撃を受ける側も、破壊のメカニズムを考慮した上で、戦略を立案しているだろうことを考えるとより重要と考えられます。すなわち、破壊者も破壊から身を守る側も戦略が進歩しているはずなのに、相変わらず破壊的イノベーションの事例が観察されるということは、この理論の強力さ、既存企業側としては破壊への抵抗の難しさを示しているとも考えられるのではないでしょうか。

破壊的イノベーションの概念、活用の進歩という観点から、実務面において今回の記事の中で意義深く感じられたのは、ベッセルとクリステンセンの論文、ギルバートらの論文、アドナーらの論文でした。破壊的イノベーションのメカニズムが確固たるものになったことに基づいて、では、どうすべきなのか、という提言が行われている点が最近の進歩ということになるのだと思います。破壊的イノベーションの影響力が確実なものとなり、メカニズムが広く知られることとなった現在、この概念を無視しては、破壊者としては破壊者同士の競合に敗れ、既存企業の側ではこの概念が生まれる以前のように、やすやすと破壊者の餌食になってしまうのではないか、という気がしましたがいかがでしょうか。


文献1:Maxwell Wessel, Clayton M. Christensen、マックスウェル・ベッセル、クレイトン・M・クリステンセン著、鈴木立哉訳、「破壊的イノベーションの時代を生き抜く 『拡張可能な中核能力』を見極めよ」、Diamond Harvard Business Review, June 2013, p.32.

文献2:楠木建「クリステンセンが再発見したイノベーションの本質 イノベーションは技術進歩ではない」、Diamond Harvard Business Review, June 2013, p.48.

文献3:Mick Mounz、ミック・マウンツ著、辻仁子訳、「破壊的イノベーター:キバ・システムズ アマゾンも認める新興企業」、Diamond Harvard Business Review, June 2013, p.78.

文献4:Larry Downes, Paul F. Nunes、ラリー・ダウンズ、ポール・F・ヌネシュ著、有賀裕子訳、「破壊的イノベーションを越えるビッグバン型破壊 常識を越えたスピードで市場に浸透する」、Diamond Harvard Business Review, June 2013, p.90.

文献5:Clark Gilbert, Matthew Eyring, Richard N. Foster、クラーク・ギルバート、マシュー・アイリング、リチャード・N・フォスター著、スコフィールド素子訳、「相反する2つの変革を同時に進める法 既存事業のテコ入れと将来の糧づくり」、Diamond Harvard Business Review, June 2013, p.110.

文献6:Ron Adner, Daniel C. Snow、ロン・アドナー、ダニエル・C・スノー著、高橋由香理訳、「陳腐化した技術を延命させる戦略 『前向きな退却』を選ぶ」、Diamond Harvard Business Review, June 2013, p.124.


(参考)

ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー2013年6月号:

http://www.diamond.co.jp/magazine/059690613.html

The Clayton Christensen Institute: http://www.christenseninstitute.org/

Clayton Christensen web page: http://www.claytonchristensen.com/

参考リンク<2014.1.26追加>


 

 

 

ノート4改訂版:企業の収益源となる研究テーマの設定

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点

1.1研究活動における基本的な注意点→ノート1~3

1.2、研究テーマの設定

ノート1~3で述べた基本的な注意点をふまえた上で、どのような研究テーマに取り組むべきかを考えてみたいと思います。ここでは、テーマ設定の考え方を以下の3つに分けて考えます。

①企業収益に結び付くテーマ(つまり、事業的に成功が期待されるテーマ)

②企業が研究部門に求めているテーマ

③研究部門が実施したいと考えるテーマ

これらは、企業活動に貢献するために、誰の、どんな望みを叶えようとするのかという観点に基づいた分類です。従来の研究テーマの分類方法、例えば、テーマの発生のしかたに基づく分類(トップダウン、ボトムアップ、ニーズ志向、シーズ志向など)とは異なりますが、企業で行われる研究テーマのほとんどはカバーできていると思います。ちなみに、①は企業全体として取り組み、成功を目指すことを念頭に置いた課題、②は企業(他部署)からの求めに応じて企業活動に貢献する課題(トップダウン、ニーズ志向と呼ばれるテーマなど)、③は研究部隊の判断によって企業活動に貢献しようとする課題(ボトムアップ、シーズ志向のテーマなど)、というイメージになりますが、それぞれについて研究の性格や注意すべきポイントが異なると思われますのでこのように分けて議論することにしました。今回は、まず①について考えてみます。

①企業の収益源となるテーマの設定

どのようなテーマに取り組めば企業活動に最も貢献できるのでしょうか。端的に言ってしまえば、研究がうまくいき、収益を挙げるテーマということになりますが、どんなテーマが成功しやすいかはそれほど明らかではありません。研究やイノベーションへの取り組み方、進め方については様々な意見が発表されていますが、なぜその方法が有効なのか、同じようなことに取り組んでいても成功と失敗が分かれるのはなぜか、といった点について実証的に十分納得できる理論は未確立といってよいのではないでしょうか。

そんな中で、Christensenの破壊的イノベーションの考え方は、研究開発・イノベーションの成功や失敗のメカニズムに関する、現状では最も有効性の高い考え方であると思います。Christensenは、業界をリードしていた優良な企業が、ある種の市場や技術の変化に直面したとき、特段の経営上の失敗もないのにその地位を守ることができなくなった事例の分析を行ない、次のようなメカニズムが存在することを示しています。[文献1に基づき要約]

・ある技術の改良の速度が技術的要求(ニーズ)の進歩の速度を上回ることがある。

・その結果、技術はオーバースペックになる。

・オーバースペック技術であっても、収益率は高いことが多いし、ハイスペックを求める顧客も存在するので、企業はその技術をさらに進歩させようとする。

・往々にして収益性の高さや、既存顧客の確保のために、オーバースペック技術の開発に資源を集中させる。

・その結果、ハイスペックを求めない市場への興味を失い、対応が手薄になる。

・ハイスペックを求めない市場に新たな企業が参入する。

その参入方法は、以下の2通りの場合があるとされます。[文献2、p.493500に基づき要約]

a)ハイスペックを求めない顧客(ローエンドにいる顧客)に対し、それまで以上の利便性か、低い価格を用意する場合

b)従来のスペックで重視される尺度から見れば限界はあるものの今までにない特性からすれば様々な恩恵を与えてくれる製品で新たなマーケットを創造する場合

・いずれの場合も既存企業から見れば利益率が低かったり、市場が小さかったりして魅力の薄い市場であるため、既存企業と新規参入企業間での競争は起こりにくく、新規参入企業の成長は妨げられない。

・新規参入企業の進歩により、既存企業は従来の市場を奪われ、限られた顧客向けのハイスペック市場に追いやられたり、新規参入企業が開拓した新たなマーケットに参入を試みても失敗したりする。

・その結果、既存企業は優位な地位を失う。

このメカニズムにおいて、新たに参入する企業が武器として活用する製品ないしビジネスモデルは「破壊的(disruptive)イノベーション」と呼ばれ、既存企業が狙うハイスペックな技術、製品、ビジネスモデルは「持続的(sustaining)イノベーション」([文献2]では「生き残りのイノベーション」と訳されています)と呼ばれます。さらに破壊的イノベーションのa)の場合が「ローエンド型破壊」、b)の場合が「新市場型破壊」と呼ばれています[文献3、p.55]

Christensenはこのメカニズムに基づき、「既存事業を成長させるためには持続的イノベーションが重要だが、新成長事業として成功する確率が高いのは破壊的戦略である」[文献3、p.125]と述べています。さらにChristensenの共同研究者らは「持続的イノベーションだけを行なっている企業は、破壊的イノベーションを行なう他社に市場奪回の機会を提供してしまったり、すばらしい成長機会が間近にあるにもかかわらずそれを逸してしまったりという結果になる」[文献4、p.9]、「学術的研究によれば、持続的イノベーションにおける戦いでは常に既存プレーヤーが勝利する」が、「破壊的イノベーションの戦いにおいては、ほとんどの既存のプレーヤーが敗れることを示唆する調査結果がある」[文献4、p.26]という見解も述べています。もちろん、破壊的イノベーションの考え方だけですべてのイノベーションの成功を予測することはできませんが、少なくとも上記のような競争の状況においては、破壊する側、破壊に対抗する側のどちらについても、その研究テーマの成功しやすさの予測はある程度可能であると思われます。

なお、破壊的イノベーションに近い考え方にリバースイノベーションがあります[文献5]。「リバース・イノベーションとは、簡単に言うと、途上国で最初に採用されたイノベーションのことだ[文献5、p.6]」とのことですが、リバースイノベーションと、ローエンドの市場に参入する破壊的イノベーションとの関連は深いと思われます。今後、破壊的イノベーションの具体的方法のひとつとして、実務的にも発展していくかもしれません。

一方、KimMauborgneはブルー・オーシャン戦略を提唱しています。これは血みどろの戦いが繰り広げられるレッド・オーシャンから抜け出して「競争のない市場空間を生み出して競争を無意味にする」ブルー・オーシャンを創造することが重要な戦略行為である、と説くものです[文献6、p.4]。破壊的イノベーションの成功の一要因は既存企業との競合が起こりにくいことであることを考えれば、両者が目指すものは近い(特に、新市場型破壊のイノベーションと近い)と言えると思います。ただし、完全に競争のない市場の確立と維持ができなければ、いずれ既存企業や競合企業との競争が発生しますので、上記のような既存企業との競争のメカニズムも念頭におくべきであると思います(その点、破壊的イノベーションの理論の方が具体的で使いやすいと思います)。

他社との競合を避ける(自然と競合が起こらない状況になる場合も含めて)ことによって成功の確率を高めようとする考え方は確かに魅力的ではありますが、すでにある事業分野でそれなりの成功を収めている企業にとっては持続的イノベーションも重要です。実際、破壊的イノベーションの提唱者らも、「一般に、地位を確立している企業であれば、イノベーション資源の少なくとも80%を持続的な改良に配分することを推奨する」[文献4、p.376]としており、持続的イノベーションの重要性もよく認識する必要があります。

どのようなイノベーションを狙い、どのようにイノベーションを進めるべきかについて、Mooreは企業、技術、市場などの状況に応じて進め方を変える必要があると述べています[文献7、8]。考慮すべき状況として挙げられているものは、イノベーションの発展段階、市場の成熟度、企業の型(コンプレックスシステム-複雑な問題を解決するコンサルティング的要素が大きい個別ソリューションが提供される、ボリュームオペレーション-標準化された製品と商取引により大量販売市場でビジネスを遂行する[文献7、p.37])、競合他社に対する長期的な優位性を企業にもたらしてくれる要素(コア)かそうでないか、ある要素がうまく稼働しなかった場合には企業に深刻な結果がもたらされる(ミッション・クリティカル)かどうか[文献7、p.268]、競合他社との競争や自社のしがらみからの脱出[文献8]といった点です。このような細かな場合分けによる戦略は実用的には煩雑にすぎると思われますが、特定の状況におけるイノベーション上の問題解決には使える可能性があるように思います。

結局のところ、企業活動に貢献可能な成功確率の高い研究テーマを設定するためには、その研究やイノベーションが企業活動にどう影響するかをしっかりと認識し、状況に応じたテーマ設定が必要になるということでしょう。破壊的イノベーションのもたらす影響は大きく、その理論による成功や失敗の予測は(少なくとも他の理論よりは)高いと思われますので、この理論を無視することは得策ではないと言えると思いますが、それだけで十分というほど、イノベーションは簡単な問題ではないと思います。Christensenも「一面的な技術戦略をとるのは賢明なことではない。企業は、破壊的技術と持続的技術のどちらに取り組むかによって、明確に異なる姿勢をとる必要がある」[文献1p.270]と述べているように、テーマの設定だけでなく、その内容や状況に応じて進め方を変えるということも必須です。そのためにも、どんなテーマを設定し、それをどのように進めれば成功に至る可能性が高まるのか、というイノベーションのメカニズムをできるだけ実証的に理解することが、イノベーションのあるべき姿の追求ととともに重要なことなのではないかと思います。

考察:破壊的イノベーション理論の意義と重要な示唆

どんな研究をどのように行なえばイノベーションがうまく実現できるのか、ということは研究者であれば誰もが考えることです。しかし、研究者はえてして技術的成功に気をとられることが多く、企業的成功まで考えが及ばないことがあります。その理由のひとつには、技術的成功と事業の成功の関係が明確になっていないことが影響しているでしょうが、イノベーションについて経営学上の検討がなされていないわけではなく、ドラッカーをはじめとして多くの重要な指摘があります。しかし、経営理念から演繹的に述べられた示唆は、それが理屈では非常に納得できるものであっても、その主張を裏付ける実績なり理論なりがなければ、技術者にとってはどうしても縁遠く感じてしまいます。そこに現れたのがChristensenによる破壊的イノベーションの理論でした。技術者にとっては、破壊的イノベーション理論で示された実証的な考え方は、従来の経営理論を補うものとして受け入れやすく感じられたものです。もちろん、実証的とは言っても、科学的な証明にはほど遠いものですが、それでも経営の世界でここまでもっともらしく思われる理論が提出されたことは大きな驚きでした。

破壊的イノベーションの理論には、上述した既存企業の地位を脅かすメカニズムの他にも、イノベーションの成否を予測する上で重要な示唆がありますので、以下にまとめておきたいと思います。

・技術進歩は消費者のニーズを越えて進みやすい→トップ企業はオーバースペック製品を生みやすい。後発企業がトップ企業に追いつくことよりも、ニーズに追いつくことの方が容易。

・消費者は自分の本当のニーズを知らないことがある。

・既存企業にとっては、参入してきたばかりの後発企業と競争する必要性が感じられにくい(不均等の意欲)

・既存企業にとっては、生まれたばかりの破壊的技術を重要視しにくい社内のバイアスがある。

これらの原理は、破壊的イノベーターの成功を説明する手がかりになっているわけですが、実際には、破壊的イノベーションに限らず既存企業の活動の様々な場面で現れてくる現象のように思います。イノベーションの成功の理由の分析は、ともすると勝った企業の成功譚に基づいて行われがちですが、実は負けた方にもそれなりの理由があること、いくつかの原理の積み重ねで成功や失敗が決まる可能性を示したことが、Christensenの貢献のひとつではないかと思います。破壊的イノベーションは、単なる事例ではなく、技術に関わる経営を支配する原則の一部かもしれないという気がしますが、いかがでしょうか。



文献1:Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションへのジレンマ」、翔泳社、2000.

文献2:Christensen, C.M, Anthony, S.D., Roth, E.A., 2004、クレイトン・M・クリステンセン、スコット・D・アンソニー、エリック・A・ロス著、宮本喜一訳、「明日は誰のものか」、ランダムハウス講談社、2005.

文献3:Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー著、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.

文献4:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.

文献5:Govindarajan, V., Trimble, C., 2012、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、渡部典子訳、「リバース・イノベーション 新興国の名もない企業が世界市場を支配するとき」、ダイヤモンド社、2012.

文献6:Kim, W.C., Mauborgne, R., 2005W・チャン・キム、レネ・モボルニュ著、有賀裕子訳、「ブルー・オーシャン戦略」、ランダムハウス講談社、2005.

文献7:Moore, G.A., 2005、ジェフリー・ムーア著、栗原潔訳、「ライフサイクルイノベーション」、翔泳社、2006.

文献8:Moore, G.A., 2011、ジェフリー・ムーア著、栗原潔訳、「エスケープ・ベロシティ キャズムを埋める成長戦略」、翔泳社、2011.



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