研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

Collins

ノート1改訂版:どんな研究が必要なのか

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点

研究開発は通常、「テーマの設定」、つまり、何に取り組むかを決めることから始まりますが、ここではまず、どんな研究を行なう場合にも認識しておくべき基本的な事項について考えたうえで、具体的なテーマの設定についての議論に移るようにしたいと思います。

1.1研究活動における基本的な注意点

基本的な事項として考えておきたいのは、以下のポイントです。

1)研究の必要性:なぜ研究をしなければならないのか、どんな研究が必要なのか

2)研究の不確実性:すべての研究が克服しなければならない課題

3)競争相手の存在:環境要因として忘れてはならないこと

1)はテーマ設定の方向を誤らないために、さらには研究に対する支援を受けるために、2)は成功率の高いテーマを設定し、実行段階での研究の成功率を高めるために、3)はアイデアを選択する上で特に重要と思われるポイントで、どんな研究行なうにしてもおろそかにできないことだと思っています。今回はまず1)について考えます。

1)研究の必要性:なぜ研究をしなければならないのか、どんな研究が必要なのか

民間企業における研究の場合、研究の目的は最終的には何らかの形で企業活動に貢献すること、と言ってよいでしょう。企業が保有する資源を用いて研究する以上、研究の結果はその企業にとって何らかの価値を生む必要があるはずです。ただし、ここで言う価値には、一般に期待される直接的な経済的利益だけではなく間接的利益、例えば社会への貢献もその企業の社会的地位を高める意味でその企業にとっての価値に含まれると考えられます。しかし、研究だけが企業活動に貢献しているわけではありません。極論を言えば、技術開発や研究を行なわなくても企業への貢献は達成できるかもしれません。となると、企業への貢献における技術や研究の存在意義はどうなるのでしょうか?。

Schumpeterは資本主義社会を発展させる源としてイノベーションを考察し、「経済活動の慣行軌道の変更、すなわち、非連続的変化が経済を発展させ」といい[文献1、上p.171-180(文献2p.112]、「非連続変化は新結合の遂行によって起き」[文献1、上p.180-184(文献2p.113]、「新結合が新しい軌道を確立していく過程を『創造的破壊』」[文献3、上p.130(文献2p.113]と呼んだといいます。また、Druckerは「イノベーションとは、従来とは違う新しく価値ある事業やサービスを起こすことであり、それを行なう企業家の責務はSchumpeterが明らかにしたように『創造的破壊』である」[文献4p.26-29(文献2p.116]とし、「企業の基本機能は、マーケティング(財やサービスを市場で売ること)とイノベーション(より優れた、より経済的な財やサービスを作ること)の2つだけである」[文献5p.37,39(文献2p.8]と言っているということです。

イノベーションが企業活動を通じて、企業と社会の発展に貢献する、ということは以上のように広く認められていることのようです。しかし、これらの活動と、技術や研究との結びつきは必ずしも自明のことではありません。技術者としては、経済や会社の発展に技術が深く関与していると信じたい面もありますが、現実には魅力的な技術を持った会社が必ずしも成功するわけではありませんし、パッとした技術もないように見えるのに、業績をあげる会社もあるのは事実のように思います。ということは、イノベーションと技術開発は同義ではない、ということをまず確認すべきでしょう。

実際、後藤は「イノベーションとは『新しい製品や生産の方法を成功裏に導入すること』を意味している」とし、「技術開発はそのなかの(重要な)一部分」とした上で、さらに「イノベーションには(中略)組織革新なども含まれる場合がある」「(上述の『製品』には)液晶ディスプレイのような財と、宅急便のようなサービスの両方が含まれる」と述べています[文献6p.22]。また、Tiddらは「技術のイノベーションのマネジメントは単なる生産や研究開発の効率性の改善といった次元を超え、技術を利益をあげる製品やサービスに変換するという技術開発の効率性の次元までをも含んでいる」と述べています[文献7p.ii]。また、丹羽は「激しい競争に勝ち、社会や顧客に貢献して生き続けるためには企業は何をすべきか、それは、他社にはまねのできない、従来とはまったく異なる新しい価値を生み出す製品やサービス、そして事業を提供することだ。これをイノベーション(革新)という。」[文献2p.111]と述べています。

大胆に要約してしまえば、企業活動に貢献するためにはイノベーションが重要であり、技術がイノベーションに貢献できる可能性がある(必須ではないかもしれない)、ということになると思います。このような考え方は、技術的な優秀性だけで成功が保証されるわけではないという経験からしても納得しやすいものではないでしょうか。さらに、技術と企業への貢献の関係について、Christensenらは、業界をリードしていた優良な企業がある種の市場や技術の変化に直面したとき、(特段の経営上の失敗もないのに)その地位を守ることに失敗した例の分析を通じて、「刺激的な成長事業に乗り出そうと奮闘する企業にとっての根本的な問題が、優れたアイデアの不足であることはほとんどない」[文献8p.19]、「成長を維持できなくなる恐れのある企業にとって、刺激的な成長を生み出すアイデアが不足していることが問題なのではない」[文献8p.338]と述べています。また、Collinsは、良い企業が偉大な企業に飛躍する過程を分析した結果に基づき、「技術そのものが偉大な企業への飛躍や企業の没落の主因になることはない」[文献9p.253]と述べ、さらに、不確実なできごとに遭遇しても躍進しつづける企業の分析においても、「どんな環境下でも、脱落せずに競争し続けるために最低限達成しなければならない『イノベーションの閾値』がある。閾値が低い業界もあれば、閾値が高い業界もある。だが、いったん閾値を超えれば、それ以上のイノベーションにこだわってもあまり意味がない[文献10p.179]」と述べています。技術的な成功を華々しく取り上げて企業の成功に結び付けようとする考え方はたしかにわかりやすいのですが、こうした事例を常に成り立つ真理であるかのごとく単純化して理解しまうことは危険なことと思います。つまり、技術者は技術の進歩のみに関わるだけではなく、技術を効果的に利用し製品やサービスを販売して社会に貢献するところまで視野に入れて活動する必要があり、イノベーションは研究部隊だけの仕事ではない、ということを認識すべきなのでしょう。その意味で「研究、技術開発」よりも広い意味での「イノベーション」を念頭におくことが企業への貢献を目指す上では必要になるものと考えられます。

技術者はとかく、自分の担当である技術の部分に集中するあまり回りが見えなくなることがよくあり、その結果「役に立たない研究」「興味本位の研究」「自己満足」などの批判を受けることがあります。実際、研究がこうした状態に陥ってしまうこともありますが、高度な技術の開発では回りが見えなくなるほど集中しなければ解決できない問題があるのも事実でしょう。企業における研究者として、研究の最終の目的は企業への貢献であることを忘れないようにすることはもちろん重要ですが、研究部門以外の方はイノベーションを技術陣だけに任せきりにしない、ということも現代におけるイノベーションの成功には必要なことではないかと思います。

考察:研究の必要性と役割を理解しておくべきもうひとつの理由

イノベーションや研究開発の必要性など、改めて考えなくても研究はできる、という意見もあるでしょう。実は私もそう思います。このブログでは実際に使う立場から研究マネジメントに関する知識をまとめようとしているわけですから、今回のような総論的な議論は不要と思われる方もあるかもしれません。しかし、現実にはイノベーションや研究開発に懐疑的な人々もいます。もちろん、イノベーションが不要だと声高にいう人は少数かもしれませんが、内心は必要だと思っていない人、あった方がよい程度にしか考えていない人もいるのではないでしょうか(例えば、研究は売り上げをあげていないとか、研究は利益処分の手段のひとつだと言う人はそういう気持ちを持っていると思います)。こうした懐疑論に立ち向かうため、研究の意義や必要性を考えておくことは実践的にも必要なことだと私は考えています。

考える際のポイントは2つ、第一は自らも懐疑的になって考えてみること、第二は懐疑論に対抗できるような研究の意義を考えておくことです。本稿でSchumpeterDruckerを取り上げ、研究開発よりも広い意味でのイノベーションを考える必要があると述べたのはそのためなのですが、SchumpeterDruckerを信じない人、イノベーションの必要性にすら懐疑的な人に対しては、十分ではないかもしれません。様々なイノベーション論においても、イノベーションの必要性は当たり前のこととされているものが多く(中には、「苦しいときの技術開発頼み」になっているものもあるように思います)、懐疑的な人々を説得するためには、もっと強くイノベーションの必要性を納得させる根拠が必要なのではないかと感じます。現時点ではSchumpeterDruckerに頼らなければならないところがイノベーション論の限界であり、より有効な理論の出現を待つしかないのかもしれませんが、実践的な立場からするとそう言ってはいられませんので、私はイノベーションの概念をより広げて、何らかの新しいことに取り組むこと自体が本質的に重要なことである、と考えるようにしています(これなら懐疑論は出にくいので)。

第二のポイントについては、研究が具体的に何を行ない、どう企業に貢献できるのかを明確にすることが必要と考えます。この点に関連して重要だと思うのは、「製品開発は、情報を生み出す非定形の業務」とするThomke、Reinertsenの考え方[文献11]で、その考え方に従えば、研究開発はモノやカネを生んでいるのではなく、判断の拠りどころとなる「情報」を生んでいるのだ、ということになります。具体的には、「こうしたら、こうなるはずだ」という未来予測のための情報を提供すること、そのために、アイデア出し、情報収集、理論の適用、試行錯誤など様々な手法を磨き、活用することが研究開発部隊の役割、存在意義と言えるのではないでしょうか。現場のちょっとした改善であっても、未知のことに関する新たな情報を生んでいるならそれは研究の一部、ただし、それを専門の研究部隊が行なうかどうかは、課題の困難さなどの状況に応じて決める、と考えれば、研究不要論には対抗できる(ただし、専門の研究部隊不要論に対しては、別の検討が必要ですが)と思います。

イノベーションを実現するためには、研究部隊だけでなく様々な人々との協力が必要です。懐疑的な人も含めた様々な人々とうまく協力していくために、研究者自身が研究の必要性と役割を認識しておくことは実務的に役立つのではないか、というのが私の考える、研究の必要性と役割を理解しておくべきもうひとつの理由です。



文献1Schumpeter, J.A., 1926、塩野谷祐一、中山伊知郎、東畑精一訳、「経済発展の理論」岩波書店、1977.

文献2:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.

文献3Schumpeter, J.A., 1950、中山伊知郎、東畑精一訳、「資本主義・社会主義・民主主義」東洋経済新報社、1995.

文献4Drucker, P.F., 1985、上田惇生訳、「(新訳)イノベーションと企業家精神」、ダイヤモンド社、1997.

文献5Drucker, P.F., 1954、上田惇生訳、「(新訳)現代の経営」、ダイヤモンド社、1996.

文献6:後藤晃、「イノベーションと日本経済」、岩波書店、2000.

文献7Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.

文献8Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.

文献9Collins, J., 2001、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則」、日経BP社、2001.

文献10Collins, J., Hansen, M. T., 2011、牧野洋訳、「ビジョナリーカンパニー4 自分の意志で偉大になる」、日経BP社、2012.

文献11Thomke, S., Reinertsen, D.、有賀裕子訳、「製品開発をめぐる6つの誤解 製造プロセスでの効率性は通用しない」、Diamond Harvard Business Review, 2012, 8月号、p.76.

参考リンク

ノート目次へのリンク



 


 

「ビジョナリーカンパニー4」(コリンズ、ハンセン著)より

Collinsらによるビジョナリーカンパニーシリーズといえば、世界的に著名なベストセラーですが、今回はその最新刊(2012年邦訳刊行)の「ビジョナリーカンパニー4 自分の意思で偉大になる」(コリンズ、ハンセン著)[文献1]を取り上げたいと思います。著者らはこのシリーズで、「永続する偉大な企業を構築するという問題[p.317]」をテーマとして継続して取り上げていますが、本書では、「不確実な時代に突入しても躍進する企業が存在するのはなぜか。不確実な時代どころか、カオス(混沌・無秩序)の時代に直面しても成長し続ける企業が存在するのはなぜか。[p.19]」という疑問がテーマとしてとりあげられ、似たような環境にありながら、躍進した企業と躍進できなかった企業を分析することにより、上記の疑問に答えようとしています。

本書の特徴は不確実性や運などが考慮されていることでしょう。これらをどう扱うかは研究マネジメントにとって不可避的に重要ですし、加えて、「技術そのものが偉大な企業への飛躍や企業の没落の主因になることはない」[文献2、p.253]という著者の見解が、今回の研究によって変化するのかどうかも興味のある点でした。

本書で取り上げられている勝者は、次の3つの条件に当てはまる企業であり、著者らは、これらの企業が、業界の株価指数を少なくとも10倍以上上回る株価パフォーマンスを挙げたことに基づいて「10X(十倍)型企業(10X company)」と呼んでいます。その3つの条件とは、「(1)経営基盤が脆弱な状況でスタートした、(2)不安定な環境下で目覚ましい成長を遂げ、偉大な企業になった、(3)不安定な環境を特徴づけるのは、制御不能で猛スピード、しかも破壊的な威力を持って押し寄せる嵐[p.20]」です。そして、その企業をリードする人物を「10X型リーダー(10Xer、テンエクサー)」と呼んで、躍進できなかった企業(比較対象企業)との比較により浮かび上がった、10X型企業やリーダーの特徴が述べられています。以下、本書の内容に沿って、特に研究開発に関連しそうなところを中心に著者の主張をまとめたいと思います。

10X型リーダー[第2章]

・「生真面目で洞察力に優れる10X型リーダーは、不平を言わずに『不可抗力に必ず直面する』『正確に先行きを予測できない』『何事も確実ではない』という現実を受け入れる。しかしながら、運や混乱など外部要因によって成否が決まるという考えははなから否定する。[p.79]」

・以下の主要行動パターンを備えている。[p.79-80

1)狂信的規律(fanatic discipline):価値観、目標、評価基準、方法をはじめ、徹底した「行動の一貫性」を示す。この規律は、組織の統制や権力への追従、官僚的規制の順守とは異なり、精神的な独立性を求められる。

2)実証的創造力(empirical creativity):他人や社会通念、権威筋、職場の同僚ではなく、科学的に実証できる根拠を頼りにする。観察、実験を重ね具体的事実と向き合う。実証的なデータ分析をバネにして断固たる行動に出る。

3)建設的パラノイア(productive paranoia):最悪の状況を想定して日ごろから準備を怠らず、有事対応策を練り、衝撃緩和の仕組みをつくり、安全余裕率を高める。

・上記1)~3)を活性化させるのが、やる気を起こす原動力「レベルファイブ(第5水準)野心」。エゴを自己利益の拡大ではなく大義などの大目標達成に振り向ける。

20マイル行進[第3章][p.98-100,p.126-129

「10X型企業は、われわれが『20マイル行進』と呼ぶモデルを体現している。長期にわたって並外れた一貫性を保ちながら、工程表に従って着々と進むのだ。[p.93]」。これが狂信的規律の重要ポイント。(何があっても1日20マイル進む、というイメージ)

・良い20マイル行進の特徴は、1)明確な工程表(超えなければならない最低限のハードルを明示)、2)自制心(魅力的なチャンスや有利な状況が訪れたときにも行進の上限を定める)、3)企業ごとの独自仕様、4)自力達成型(他力本願、運まかせではない)、5)ゴールディロックス時間(無理がかからないほどゆっくり進むが、厳しさを伴うほど速く進む)、6)企業が自らに課す規律(自主的に考える)、7)並はずれた一貫性

・20マイル行進は自信を生み出す。20マイル行進を怠ると、無防備な状態で大混乱の状況に放り込まれかねない。

・成長の極大化追求と10X型成功は逆相関。10X型企業はいたずらに成長を追い求めない。

銃撃に続いて大砲発射[第4章][p.177-180

実証的創造力を支える考え方。

・「銃弾は『低コスト』『低リスク』『低ディストラクション(気の散ること)』の3条件を満たす実証的テスト(実験)。」「実証的な有効性を確認したうえで大砲を発射し、そこに経営資源を集中させる。このように大きな賭けに出ることで大きな成果を狙う。」

・「10X型企業は標的に命中しない銃弾を大量に撃つ。どの銃弾が命中するのか、命中した銃弾のうちどれが成功するのか、事前に分からないから」

・銃撃により命中精度を調整して大砲を放つ。大砲を放たなければ平凡な結果しか出せない。

・規律が創造力を阻害してはならないし、創造力が規律を阻害してもならない。創造力と規律を融合すると、並外れた一貫性を持ってイノベーションを展開できる。

イノベーションについて

・10X型企業は比較対象企業よりもイノベーション志向であるとは限らない。

・どんな環境下でも、脱落せずに競争し続けるために最低限達成しなければならない「イノベーションの閾値」がある。いったん閾値を超えれば、それ以上のイノベーションにこだわってもあまり意味がない。

・10X型リーダーが変化や出来事を予測できるわけではない。10X型リーダーは予言者ではなく、実証主義者。

死線を避けるリーダーシップ[第5章][p.216-220

建設的パラノイアを支える。

・前もって突発的出来事と悪運に備えるために、十分な手元資金を積み上げ「バッファー」を用意する。

・リスクを抑える。リスクには「死線リスク(企業をつぶすほど)」「非対称リスク(潜在的損失が潜在的利益よりも大きいリスク)」「制御不能リスク(自力で管理・抑制できない不可抗力)」がある。

・危機を察知すると直ちにズームアウトし、危機がやってくるスピード、計画変更の必要性を自問、続いてズームインし、目標達成を目指して全エネルギーを注ぎ込む。

・10X型リーダーは、状況悪化を常に心配する建設的パラノイア。一攫千金を狙って大きなリスクを取ろうとする起業家とはまったく異なる。

・10X型リーダーはスピードに特別な思い入れを持っていない。変化や脅威を早期に認識し、リスク許容度が変わるまでにどのぐらい時間があるか、に基づいて限られた時間内で用心深く厳格な判断を下す[p.199-200]。そうすることで性急に決断する場合よりも良い結果を出せる。

具体的で整然とした一貫レシピ[第6章][p.258-261

10X型企業は、狂信的規律で永続性のある実践法、業務改善法を守り容易には変更しない。著者らはこれを「SMaC(具体的でありSpecific、整然としてMethodicaland一貫しているConsistentの頭文字から)」と呼び、「確かなSMaCレシピは、戦略上の概念を現実の世界へ適用するための業務手順」であり、「SMaC実践法は何十年にもわたって有効であり、広範な状況下で適用できる[p.226]」「着実な成功を可能にする基盤になる[p.258]」としています。

・レシピ内容は明確・具体的。「何をやるべきか」「何をやってはならないのか」について明示しており、会社全体が業務改善に取り組めるように作られている。

・比較対象企業の多くも全盛期には確かなレシピを持っているものの、創造力を働かせて一貫してレシピを厳守する規律を欠く。荒々しい環境下に放り込まれると、しばしば衝動的に反応してレシピから外れる。10X型企業はレシピをたまにしか変更しない。

・レシピは一部材料だけを変更して残りはそのままにしておく形で修正できる。劇的に変化しながらも並はずれた一貫性を維持する。変更する正攻法は、実証的創造力(銃撃に続いて大砲発射)を働かせること、建設的パラノイア(ズームアウトに続くズームインを行なう)になること。

運の利益率[第7章]

・良い悪いにかかわらず、運は必ず訪れるが、10X型企業が比較対象企業よりも幸運に恵まれているわけではなく、同じように不運にも襲われている。1回だけの突出した「運スパイク」では10X型成功のすべてを説明できない。

・「10X型成功者は自分の運を最大限に生かす[p.289]」。つまりROL(リターン・オン・ラック、運の利益率)が高い。一方、比較対象企業ではROLが低い。「幸運不足で失敗したのではなく、やるべきことをきちんと遂行できずに失敗した[294]」。10X型リーダーのなかには、不運なのに、それを(教訓として)生かして高リターンを得たものがいる。

・運の非対称性:一度だけ途方もない幸運に恵まれたとしても、それだけで偉大な企業を築けるわけではない。しかし、一度だけ途方もない不運に遭遇し、死線へたたきつけられたら偉大な企業を目指す旅は終わる。[p.303

・本書で示された、リーダーシップ概念はすべて高いROL達成に直結する。

以上が、著者らの考え方のポイントですが、企業が置かれた経営環境も考慮した上での結論は、「偉大さを決定づけるのは環境ではなく、何にもまして自分自身の意志と規律である。[p.316]」、「企業が真に偉大になるかどうか決定づけるカギは人間の手の中にある。[p.317]」です。そして著者は、「(われわれには)自分の意志で偉大になる自由がある。[p.318]」という、本書の表題で本書を締めくくっています。

---

以上のように、本書は経営全般についての示唆を与えてくれるものですが、今回は、不確実性や運の問題にも取り組んでおり、研究開発マネジメントの立場からも極めて示唆に富むものと言えるでしょう。以下、特に研究開発の視点から興味深く思われた点を書いておきたいと思います。

不確実性の取り扱いについて

研究開発は分野にもよりますが、ある程度の技術蓄積が求められるため、長期的な視野に立ったマネジメントが必要になると考えられます。従って、本書で示された長期にわたる運、不運を乗り越えた成功を目指すことは、特に研究にとって意義深いことなのではないでしょうか。本書に示された個別の指摘については、似たようなことがすでに指摘されていたりもしますが、10X企業において実際にその役割が確認された意味は大きいですし、独特な考え方も示されているように思いました。例えば、20マイル行進で述べられている、好調な時に進捗を自制する必要があるという考え方は興味深いと思います。銃撃に続いて大砲発射というやり方は比較的当たり前のように思われますが、飛躍のためにはその両者が必要なことは認識を新たにすべきでしょうし、人によってどちらかの視点が抜けていたり、志向が偏ってしまったりすることもあるかもしれませんので、このような整理は使えるのではないかと思いました。また、スピードが速ければよいとは限らないことを、リスク許容度の変化速度と関連づける視点も興味深いと思います。運の取り扱いについては、ROLの最大化、死線リスクの抑止が特に重要ではないかと思います。不確実性の取り扱いについて事前準備が有効であることはわかっていても、研究開発ではすべての準備をすることが不可能なため、ともすると準備を怠りがちになることがありますので、そういう視点も忘れてはいけないと思います。いずれにしろ、具体的なマネジメントの取り組み方については、使える指摘が多いと感じました。

イノベーションの役割について

企業の長期的な成功にとって、イノベーションが決定的な要因ではないことは、以前から著者が指摘していますが、本書によって、その理解が深められたと思います。まず、成功に必要な最低限のイノベーションレベル(閾値)があることが示され、イノベーションは不要である、という考え方ではないことが明確になりました。また、閾値以上のイノベーションにこだわる必要がない、というのはChristensenによるイノベーションのジレンマの指摘とも重なるところがあります。結局のところ、イノベーション自体ではなく、イノベーションをどう使うかが成功の決定的な要因、と考えれば偉大な企業におけるイノベーションの役割がはっきりするのではないでしょうか。

以前、著者の手法に対するRosenzweigの批判と、ビジョナリーカンパニー3における著者の反論を取り上げたことがありますが、著者の主張は完璧な理論、論証とは言えなくても、著者の手法を前提として理解すれば、実用的に十分に重要な示唆が得られると思います。さらに、実用的な意義もさることながら、不確実性の取り扱いと不確実性を伴う環境の企業業績への影響についての考え方が示され、イノベーションの本質の理解がさらに深まったという点で本書の意義は大きいと思います。



文献1:Collins, J., Hansen, M. T., 2011、ジム・コリンズ、モートン・T・ハンセン著、牧野洋訳、「ビジョナリーカンパニー4 自分の意志で偉大になる」、日経BP社、2012.

原著:Jim Collins, Morten T. Hansen, “Great by Choice: Uncertainty, Chaos, and Luck--Why Some Thrive Despite Them All”, HarperBusiness, 2011.

文献2:Collins, J., 2001、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー2 飛躍の法則」、日経BP社、2001.



(参考)

Jim Collinswebページ

http://www.jimcollins.com/

Morten T. Hansenwebページ

http://www.mortenhansen.com/

牧野洋、「コリンズとドラッカー 2人を取材した唯一の日本人が語るその思想と人物」、日経ビジネスオンライン、2012.8.24

http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120822/235899/?mlp


参考リンク<2013.7.21追加>

 


 


 

Thinkers50 -経営思想家ベスト50(2011年)

2011年のThinkers50リストが発表されました[文献1]Thinkers50は、2年に一度発表される経営思想家のランキングです。これは、webサイトでの投票と、Stuart CrainerDes Dearloveをリーダーとするアドバイザーチームの意見によって決定されるもので、アイデアの独創性、アイデアの実用性、プレゼンテーションスタイル、著作物、支持の強さ、ビジネスセンス、国際的展望、研究の厳密さ、アイデアのインパクト、教祖的な力に基づいて評価されるとされています。

単なる人気投票、流行を反映しただけのランキングと見ることもできるかもしれませんが、経営思想の最新の動向を知る上で参考になるのではないかと思いますので、以下にそのリストをまとめます。なお、独断ですが、イノベーションに関する貢献が大きいと考えられる思想家には◎(極めて重要)、○(重要)をつけてみました。独断のコメントもつけていますが、私の勉強不足で知らない点も多く、そういう方のコメントはThinkers50webページの紹介を参考にさせていただいいています。

Thinkers502011年の結果)

1、Clayton Christensen:◎、言わずと知れた「破壊的イノベーション」理論の提唱者。Thinkers50 Innovation Award受賞。

2、W. Chan Kim & Renée Mauborgne:○、「ブルーオーシャン戦略」の提唱者。Thinkers50 Strategy Award受賞。

3、Vijay Govindarajan:◎、GEとともに「リバースイノベーション」の考え方を発表。Thinkers50 Breakthrough Idea Award受賞。

4、Jim Collins:○、「ビジョナリーカンパニー」シリーズの著者。最新の著作では、不安定な環境で生き残れる会社を分析しているらしいです。

5、Michael Porter:5つの力のフレームワークで有名。Strategy Awardの最終選考候補者。2005年のThinkers50トップ。

6、Roger Martin:インテグレーティブシンキングで有名。Book AwardBreakthrough Idea Awardの最終選考候補者。最近ではデザインシンキングを提唱しているらしいです。

7、Marshall Goldsmith:エグゼクティブコーチ、360度フィードバック、MOJOで有名。Thinkers50 Leadership Award受賞。

8、Marcus Buckingham:自分の強みを発揮する、という考え方で有名。Leadership Awardの最終選考候補者。

9、Don Tapscott:○、デジタルネイティブ、ウィキノミクスで有名。Book AwardGlobal Village Awardの最終選考候補者。オープンイノベーションとの関連も。

10、Malcolm Gladwell:「The Tipping Point(急に売れはじめる~)」「Blink(第1感~)」「Outliers(天才~)」で有名なライター。

11、Sylvia Ann Hewlett:女性の能力活用や、才能を生かすマネジメントの専門家。Center for Work-Life Policy(非営利シンクタンク)代表。

12、Lynda Gratton:ロンドンビジネススクール教授。競争から協働に変わっていく、という主張。

13、Nitin Nohria:ハーバードビジネススクール学部長。リーダーシップの研究者。

14、Robert Kaplan & David Norton:「バランスト・スコアカード」の開発者。

15、Gary Hamel:プラハラードとの共著「コア・コンピタンス経営」で有名。

16、Linda Hill:ハーバードビジネススクール教授。管理職のあり方などを研究。

17、Seth Godin:「パーミッションマーケティング」「バイラルマーケティング」などで有名。

18、Teresa Amabile:○、ハーバードビジネススクール教授。創造性、モチベーションなどを研究。Breakthrough Idea AwardInnovation Awardの最終選考候補者。

19、Rita McGrath:○、コロンビア大学教授。「仮説のマネジメント」「仮説指向計画法(Discovery-Driven Planning)」で有名。Strategy Awardの最終選考候補者。

20、Richard Rumelt:経営戦略論、多角化戦略、RBVResource Based View)で有名。Strategy AwardBook Awardの最終選考候補者。

21、Richard D’Aveni:競争戦略が専門。最近では「脱コモディティ」など。Strategy Awardの最終選考候補者。

22、Jeffrey Pfeffer:「権力」「事実に基づく経営」などが有名。Leadership Awardの最終選考候補者。

23、David Ulrich:人材戦略が専門。GEWorkoutなどにも関わっていたそうです。

24、Tom Peters:「エクセレント・カンパニー」で有名。

25、Rosabeth Moss Kanter:ハーバードビジネススクール教授。企業変革、リーダーシップなどを研究。

26、Nirmalya Kumar:マーケティング、最近ではインドの経済発展を研究。Thinkers50 Global Village Award受賞。

27、Pankaj Ghemawat:「セミ・グローバリゼーション」(世界はフラットではなくローカル性も重要)を主張。Thinkers50 Book Award受賞。

28、Herminia Ibarra:「キャリア・チェンジ」で有名。Leadership Awardの最終選考候補者。

29、Daniel Pink:「ハイ・コンセプト」「モチベーション3.0」で有名。

30、Henry Mintzberg:「マネージャーの仕事」「組織の構造」などで有名。Strategy Awardの最終選考候補者。

31、Costas Markides:○、企業のイノベーションを研究、最近では社会問題への適用なども。Strategy Awardの最終選考候補者。

32、Thomas Friedman:コラムニスト。「フラット化する世界」が有名。

33、Tammy Erickson:職場における世代ギャップを研究。

34、John Kotter:変革のマネジメント、リーダーシップ論で有名。

35、Amy Edmondson:「チーム」の機能、「チーム」での仕事について研究。

36、Kjell Nordström & Jonas Ridderstråle:「ファンキービジネス」で有名。

37、Howard Gardner:「多重知能理論(Multiple Intelligences)」で有名。

38、Henry Chesbrough:◎、「オープンイノベーション」提唱。Innovation Awardの最終選考候補者。

39、Daniel Goleman:心の知能指数EQ(原著ではEIEmotional Intelligence)で有名。

40、Vineet Nayar:インドHCLテクノロジーCEO。従業員第一主義で成功。Book Awardの最終選考候補者。

41、Rakesh Khurana:リーダーシップ、CEO、カリスマなどを研究。

42、Fons Trompenaars:異文化経営論を研究。Global Village Awardの最終選考候補者。

43、Ken Robinson:創造性、教育論などを研究。

44、Andrew Kakabadse:企業トップ層、取締役会、ガバナンスなどを研究。

45、Stewart Friedman:リーダーシップ、work/lifeの統合などの専門家。

46、Adrian Slywotzky:「ザ・プロフィット」で有名。ビジネスモデルイノベーションなども。

47、Stephen Covey:「7つの習慣」で有名。

48、Sheena Iyengar:「決断」に関する研究で有名。

49、Umair Haque:新たな資本主義を研究。Breakthrough Idea AwardFuture Thinker Awardの最終選考候補者。

50、Subir Chowdhury:シックスシグマの入門書を出しています。

ベスト50のリストは以上です。どんな考え方の持ち主、どんな本を書いた人が支持されているのかはそれなりに面白いと思いますし、勉強にもなりました。ただ、ここで強調しておきたいのは、前回2009ランキングとの比較です。ちなみに、2009年ランキングでは、1位がプラハラード、2位がグラッドウェル(今回10位)、3位がポール・クルーグマン、4位がスティーブ・ジョブズ、5位がキム&モボルニュ(今回2位)でした。それと比較すると、今回はイノベーションに関連した研究者が上位に来ているのが特徴と言えるのではないでしょうか。今回1位のクリステンセンは前回28位、2位のキム&モボルニュは前回も5位でしたが、今回3位のゴビンダラジャンは前回24位、今回4位のコリンズは前回17位です。また、AmabileMcGrathChesbroughは前回はランクインしていません。つまり、イノベーションがマネジメントの重要課題として世の中の注目を集めるようになってきたのではないか、ということが今回のランキングから言えるのではないかと思います。

もうひとつ、インドの重要性が高まっているように思われる点が気になりました。インドに関係しているからという理由だけで「思想」の面で重要ということにはならないと思いますが、少なくともこのアンケートの投票者がインドに着目していること、また、中国や韓国にも着目していることが感じられるような気がします。今回は「イノベーション」が特徴になっていると思いましたが、次回は「新興国」がポイントになるのかもしれません。

こうした経営思想について、最先端の流行を追うことの自体の意味はそれほど大きくないかもしれません。ただ、リストの中に日本であまり大きくとりあげられていない思想家がいることなど(1位のクリステンセン自体、技術に関わる人以外では重要性の認識が低いように感じられますが)、世界の考え方のトレンドのようなものは知っておく必要はあるように思います。

なお、参考までに上記リストに含まれていない受賞者、最終ノミネート者も付記しておきます。将来注目を集めるようになるかもしれません。

Lucy P MarcusMarcus Venture Consulting CEOThinkers50 Future Thinker Award受賞。

・伊藤穣一:MITメディアラボ所長。Innovation Awardの最終選考候補者。

Linda Scott:オックスフォード大学教授。Breakthrough Idea Awardの最終選考候補者。

Ranjay Gulati:ハーバードビジネススクール教授。Future Thinker Awardの最終選考候補者。

Chip and Dan Heath:コラムニスト。Future Thinker Awardの最終選考候補者。

Sung-Joo KimSUNGJOO Group CEOFuture Thinker Awardの最終選考候補者。

Dong MingzhuGree Electric Appliancesプレジデント。Future Thinker Awardの最終選考候補者。

Haiyan WangThe China India Institute パートナー。Global Village Awardの最終選考候補者。


文献1:「The Thinkers50webページ

http://www.thinkers50.com/home

参考リンク

 

「ビジョナリーカンパニー3 衰退の五段階」:批判には応えたか?

ベストセラーになったビジョナリーカンパニーシリーズ[文献12]Rosenzweigによる批判本[文献3](単なる批判を目的とした本ではないですが)をここのブログで取り上げた後、ビジョナリーカンパニーシリーズの続編が出版されたことを知りましたので、以下の本を読んでみました。

 

Collins, J., 2009、ジェームズ・C・コリンズ著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー③衰退の五段階」、日経BP社、2010. [文献4]

 

原著の題名は、「How the mighty fall: and why some companies never give in」です。なお、このシリーズのどの本[文献124]の原著の表題にも「ビジョナリーカンパニー」という言葉は含まれていません。とは言っても、著者も「『ビジョナリー・カンパニー』と『ビジョナリー・カンパニー2飛躍の法則』で調査したかつての偉大な企業のいくつかが衰退したのはなぜなのかを知りたくなった」[文献4p.8]と述べているとおり、前2作の続編であることは明らかです。

 

さて、内容以前に興味があったのが、Rosenzweigの指摘にどう応えたか、でした。RosenzweigCollinsの調査手法を問題にし、企業の成功要因を科学的に結論づけることは不可能としています(ストーリーとしての意味はある、としていますが)。これに対し、この本ではRosenzweigの批判について明示的には記述していないものの、調査方法について第1章と第2章で述べ、以下のようにRosenzweigへの反論と受け取れる考え方を示しています。

・偉大だった企業が没落しても以前の研究の結果は無効にならない:ビジョナリー・カンパニー2では、良好な企業から偉大な業績に飛躍した企業について成功の原則を導いているが、その後偉大さを維持するかどうかは予測しようとしていない[文献4p.22]

・われわれの研究の要点はどの企業が現在、偉大なのか、あるいはどの企業が将来、偉大になるか、偉大な状態を維持するのか、偉大な状態から転落するのかをあきらかにすることではない。われわれの研究は過去のある時期を対象としており、偉大な企業の構築(あるいは偉大だった企業の没落)と相関する基礎的な要因を理解することが目的である[文献4p.38]

・「成功企業と衰退企業の違いを調査して学べる点は何か」こそが決定的な問いである[文献4p.39]

・われわれが調査で見つけだす要因は、実績のパターンと相関しているものではあるが、確かに原因結果の関係であるとは主張できない。比較対照法を使うことで、成功企業だけ、あるいは衰退企業だけを対象にした場合より、調査結果に強い自信がもてる[文献4p.40]

・資料は財務報告書、年次報告書、主要な記事、書籍、事例研究、アナリストレポートなどであるが、結果がどうなるかが分かる前の時点に書かれた資料に基づいているので、結果を知っていることによるバイアスが避けられる(事後に書かれた論評や当時を振り返るインタビューだけに頼った場合、間違った結論に達する可能性が高い)[文献4p.42-43]

 

要するに、今までの調査手法は基本的に踏襲するが、Rosenzweigの指摘するハロー効果にまみれバイアスのかかる可能性がある事後のインタビューなどは用いないように注意し、結論についても因果関係は主張するつもりはなく、相関が認められる基礎的な要因を理解し、学べる材料を探すだけだとしています。受け取り方によっては「開き直り」ともとれる記述だとも思いますが、この本では、自らの主張のスタンスとして、企業の成功や飛躍、没落の秘密を解き明かしたなどと主張するつもりはない、と宣言しているのだと思います。上記の反論が、いちいちRosenzweigの批判した項目に合っているように思われる点(ハロー効果という言葉は使っていませんが)、Collinsなりの批判への反論だと受け取りました。

 

このように、ある批判を受けた後、その批判に対する自らの考え方を説明し、自らの主張の正当性やその有効範囲を明確にしようとすることは科学的な議論においてはよくあることなので、技術者から見ると非常に納得しやすい態度です。自説に弱点があるなら、そこを補うデータや説明を加えたり、もし批判の内容に納得するのならそれを受け入れて自説を修正したりすることは(もちろん、修正する必要がないにこしたことはありませんが)誤った態度とは思われません。論旨の根拠が少ない場合や主観的なデータに基づいた推論が議論される場合には、こうした批判と反論が水掛け論になってしまいやすいのですが、多少なりとも実証的な方向の議論を行なおうとしていること自体、議論をつうじた科学的な進歩を目指そうとする意思が感じられ、経営学の分野でもそうした進歩が期待できるという意味で重要なことと思われます。私には、Collinsの主張はデータに基づいた議論を重視したいという真摯な態度が現れているのではないかと思われ(不十分だとは思いますが)、好感が持てました。

 

批判に応えようとするCollinsの態度はよいとして、その内容については、残念ながらRosenzweigを納得させることのできるレベルには達していないように思われます。しかし、そもそもこうした分野できちんとコントロールされたデータを集めること自体が困難であることを考えれば、そのデータからできるだけの意味を読み取ろうとするCollinsの手法にも共感できるものはあります。多少の勇み足や、当たり前なことの追認でしかないという意見もあるかもしれませんが、得られた推論の信憑性と適用限界をきちんとわきまえておけば、あとはその推論をどう使うかは読み手の問題となるでしょう。その意味で、前著と同様、ストーリーとしての意義は大きいのではないかと思われます。

 

以上、前置きが長くなってしまいましたが、偉大だった企業が衰退していく過程としてCollinsが調査事例から見出したとされる結論をまとめておきましょう。彼の分析によると、偉大な企業の衰退は次の5つの段階を経て進むとされます(一部の段階は重複して進行したり、ある段階を飛ばして進行したりすることもあるそうですが)[文献4p.47-51]

第1段階、成功から生まれる傲慢:成功により現実の厳しさから隔離され、真の成功要因を見失い、成功を当然視する。成功した理由が通用しなくなる条件を理解しなくなったり、運が良かっただけで成功したという可能性を認識せず、自分たちの長所と能力を過大評価する傲慢に陥る。

第2段階、規律なき拡大路線:当初に偉大さをもたらしてきた規律ある創造性から逸脱し、偉大な実績をあげられない分野に規律なき形で進出するか、卓越性を維持しながら達成できる以上のペースでの成長を目指す。

第3段階、リスクと問題の否認:内部では警戒信号が積み重なってくるが、外見的には業績が十分に力強いため、悪いデータを小さく見せ、良いデータを強調し、曖昧なデータを良く解釈する、ということが起きる。

第4段階、一発逆転策の追求:問題点と失敗が表面化し、衰退が明らかとなり、一発逆転狙いの救済策にすがろうとする。カリスマ的指導者、大胆だが実績のない戦略、抜本的な改革、大ヒット狙いの新製品、ゲームを変える買収などに頼る。しかし、こうした策による効果は一旦業績を好転させても長続きしない。

第5段階、屈服と凡庸な企業への転落か消滅:後退を繰り返し、巨費を投じた再建策が失敗に終わったことで、財務力が衰え、士気が低下し衰退、消滅、身売りなどに至る。

 

このようなプロセスについては、特に目新しいものではないとの指摘もありうると思います。衰退している企業ではごく一般的にみられる傾向だというのは多くの人の認めるところでしょう(Millerによる衰退企業の症状をコア・リジディティと関連してすでにご紹介しました)。衰退期にある多くの企業における問題として、上記の5項目が特に重要である、とする根拠も不足しているように思いますが、結局のところ、企業運営において陥ってはいけない多くの問題のうち、特に注意を払わなければいけない症状として上記の点を認識すべきである、ということでしょう。個人的には、以下の点が他の著書ではあまり述べられていない重要なポイントだと思いました。

・衰退は、成功し高業績を挙げている時から、成功していること自体を原因として始まる。

・苦境を脱出しようとする一発逆転策はほぼ失敗する。

・第4段階までなら回復の可能性がある。

 

Rosenzweigの指摘のとおり、この本も学術的には不十分な記載は多いと思います。しかし、実務的な立場から見ると、単なる思想を語った意見よりは裏付けがあるかもしれず、主張には重要な指摘が含まれていると思いました。前著どおり、内容は信じすぎず、参考になるところを役立てていけばよいのではないかと思います。参考になる本だったとは言えるでしょう。Collinsの主張が正しいかどうかは、彼の指摘を参考に企業運営をしてみた結果に基づいて後世が検証してくれるはずです。

 

 

文献1Collins, J.C., Porras, J.I., 1994、ジェームズ・C・コリンズ、ジェリー・I・ポラス著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー」、日経BP出版センター、1995.

文献2Collins, J., 2001、ジェームズ・C・コリンズ著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則」、日経BP社、2001.

文献3Rosenzweig, P., 2007、フィル・ローゼンツワイグ著、桃井緑美子訳、「なぜビジネス書は間違うのか」、日経BP社、2008.

文献4Collins, J., 2009、ジェームズ・C・コリンズ著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー③衰退の五段階」、日経BP社、2010.

 

ビジョナリー・カンパニー3 衰退の五段階

 

記事検索
最新記事
プロフィール

元研究者

QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ