人の行動や思考を知り、予測することはマネジメントにとって重要です。従って、経営学でも人に関わる問題は様々に検討され、多くの知見が蓄積されていると言ってよいでしょう。でも、それは経営分野だけにしか使えない知見なのでしょうか。

クリステンセン、アルワース、ディロン著「イノベーション・オブ・ライフ」[文献1]では人生における様々な場面において、経営学の理論がよりよい人生を送るうえで役立つことが述べられています。もちろん、本書に示された考え方だけでよい人生が保証されるわけではありませんし、よりよい人生のためのハウツーを伝授するという類の本ではありませんが、経営学における人間理解を人生に活かすとしたらどんな点が役にたつのかという視点で考えてみることは無駄なことではないでしょうし、人生というケーススタディをとおして経営理論が身近なものとして理解しやすくなるという意味も感じられる本だと思いますので、今回はその内容をまとめてみたいと思います。

なお、筆頭著者のクリステンセン氏は、本ブログでもたびたび取り上げている「破壊的イノベーション」理論の提唱者です。邦訳表題に「イノベーション」が含まれているのもそのためでしょうが、原著の表題である「How Will You Measure Your Life?」は、「自分の人生を評価するものさしは何か?[p.8]」という問いかけであり、本書はそうした問題提起のための本としての意味があるように思われました。以下、本書の構成に沿ってポイントをまとめます。

序講:第1講
・理論とは:「人生の状況に応じて賢明な選択をする手助けとなるツール[p.11]」、「『何が、何を、なぜ引き起こすのか』を説明する、一般的な言明[p.14]」。
・「過去からはできる限りのことを学ぶべきだ。・・・だがそれでは、未来へ向けて船出するとき、どの情報や助言を受け入れ、どれを聞き流すべきかという、根本的な問題の解決にはならない。これに対して、確かな理論を使ってこれから起きることを予測できれば、成功するチャンスを格段に高められる。[p.19]」

第1部:幸せなキャリアを歩む
第2講:私たちを動かすもの
・誘因(インセンティブ)理論:エージェンシー理論とも呼ばれる。仕事に取り組ませるには例えば金銭的な報酬を与えればよい、という考え方。ただし、この理論には、お金で動機づけられない人々の存在といった強力なアノマリー(理論で説明できない事象)がある。
・二要因理論、別名動機づけ理論(モチベーション理論):「誘因は動機づけとは違う。真の動機づけとは、人に本心から何かをしたいと思わせること」。ハーズバーグの理論では、衛生要因(少しでも欠ければ不満につながる要因)と動機づけ要因(仕事への愛情を生み出す要因)を区別する。金銭的報酬は衛生要因。「問題が起きるのは、金銭がほかのどの要素よりも優先されるとき、つまり衛生要因は満たされているのに、さらに多くの金銭を得ることだけが目的になるとき」。「動機づけ理論は、ふだん自分に問いかけないような問題について考えよと、わたしたちを諭している。この仕事は、自分にとって意味があるだろうか?、成長する機会を与えてくれるだろうか?、何か新しいことを学べるだろうか?、だれかに評価され、何かを成し遂げる機械を与えてくれるだろうか?、責任を任されるだろうか?、これらがあなたを本当の意味で動機づける要因だ。これを正しく理解すれば、仕事の数値化しやすい側面にはそれほど意味を感じなくなるだろう。」[p.35-45
第3講
・意図的戦略(予期された機会から生まれる)と創発的戦略(予期されない機会から生まれる):ミンツバーグによる考え方。「的を絞った計画は、実は特定の状況でしか意味をなさない。・・・戦略がこの2つの異なる要素からできていること、そして状況によってどちらを選ぶべきかが決まることを、しっかり理解しよう。」[p.51-54
・発見志向計画法:マクミラン、マグラスによる。「意図的戦略や新たな創発的戦略が有効かどうかを考える際に、役に立つ」。「『これが成り立つためには、何が言えればいいのか?』と考えるとわかりやすい。」「プロジェクトが失敗する原因は、ほぼ例外なく、予測や決定のもとになった重要な仮定の一つ以上が間違っていることにある。」[p.59-61
・「創発的戦略と意図的戦略の概念を理解すれば、自分のキャリアでこれという仕事がまだ見つかっていない状況で、人生の向かう先がはっきり見えるようになるのをただ漫然と待っているのは、時間の無駄だとわかる。いやそれどころか、予期されない機会に心を閉ざしてしまうおそれがある。自分のキャリアについてまだ考えがまとまらないうちは、人生の窓を開け放しておこう。状況に応じて、さまざまな機会を試し、方向転換し、戦略を調整し続ければ、いつか衛生要因を満たすとともに動機づけ要因を与えてくれる仕事が見つかるはずだ。このときようやく、意図的戦略が意味をもってくる。[p.67-68]」
第4講
・「実際の戦略は、限られた資源を何に費やすかという、日々の無数の決定から生まれる。・・・資源配分の方法が、自分の決めた戦略を支えていなければ、その戦略をまったく実行していないのと同じだ。」[p.70
・「資源配分プロセスは、意識して管理しなければ、脳と心にもともと備わった『デフォルト』基準に沿って、勝手に資源をふり分けてしまう。」「達成動機の高い人たちが陥りやすい危険は、いますぐ目に見える成果を生む活動に、無意識のうちに資源を配分してしまうことだ。」[p.80-81

第2部、幸せな関係を築く
第5講

・「良い金、悪い金」の理論:「新規事業の初期段階では、投資家からの『良い金』は、『成長は気長に、しかし利益は性急に』、・・・間違った戦略を推進して多額の資金を無駄にしないよう、できるだけ早くできるだけ少ない資金で、実行可能な戦略をみつけることを要求する。」「初期段階の企業に・・・『早く大きく』成長することを求める資本は、ほぼ例外なく企業を崖に突っ込ませる」(『悪い金』)。「いったん実行可能な戦略が見つかれば、『成長は性急に、利益は気長に』だ。」[p.96-97
・既存企業の成長事業への投資で失敗する事例:「当初の計画がうまくいかない可能性がとても高いため、投資家は既存事業がまだ力強く成長している間に、次の成長の波に投資しなくてはならない。」、しかし、投資は先延ばしにされる。主力事業が成熟するとあわてて新規事業を始め「早く大きく」成長するように大きな資金を投入するが、間違った戦略を無謀かつ強引に推進して失敗する。[p.96-98]」
・「時間と労力の投資を、必要性に気づくまで後回しにしていたら、おそらくもう手遅れだろう」[p.108
第6講
・片づけるべき用事の理論:「製品・サービスを購入する直接の動機となるのは、実は自分の用事を片づけるために、その製品・サービスを雇いたいという思い[p.112]」。「間違った観点に立って開発されたせいで、失敗する製品が多い。顧客が本当に必要としているものではなく、顧客に売りたいものにしか目を向けないのだ。ここで欠けているのは共感、つまり顧客が解決しようとしている問題への深い理解だ。[p.110]」
・人生においても例えば「伴侶がどんな用事を片づけようとしているかを理解しようと心を砕く代わりに、伴侶が求めているものを、こうだと勝手に決めつけがちだ。[p.126]」
第7講
・企業の能力を決める要因:資源、プロセス、優先事項[p.141]。効率や利益を追うためのアウトソーシン
グで能力を失う場合がある。必要な能力を社内に残しておかなければ「未来を手放すことになる[p.144-145]」。
・子どもに資源を与えることで、プロセスを養う機会を損なっていないか?[p.147-150
第8講
・経験の学校のモデル(マッコール):「生まれつきの才能の有無は、仕事での成功を占う確実な指標ではないことがわかっている[p.162]。」「能力は、人生のさまざまな経験をとおして開発され、形成されていく。困難な仕事、指揮したプロジェクトの失敗、新規分野での任務――こうしたことのすべてが、経験の学校の『講座』になる。[p.164]」「マッコールのモデルはプロセス能力を測ろうとするものだ[p.164]。」(知識やスキルといった資源ではなく)
・「世の親は、よい学業成績やスポーツの実績など、子どもの経験を積み上げることにこだわる傾向がある。だが子どもが生きていくのに必要な力を養う講座をおろそかにするのは間違っている[p.178]」
第9講
・組織文化(シャイン):「文化とは、共通の目標に向かって力を合わせて取り組む方法である。その方法はきわめて頻繁に用いられ、きわめて高い成果を生むため、だれもそれ以外の方法で行おうとは思わなくなる。文化が形成されると、従業員は成功するために必要なことを、自律的に行うようになる。[p.185]」
・「文化は、自動操縦装置のようなものだ。文化が効果的に機能するには、自動操縦装置を適切にプログラミングする必要があることを、けっして忘れてはいけない。つまり家庭に求める文化を、自ら構築するということだ。[p.198]」

第3部、罪人にならない
第10講

・限界的思考の罠:「ファイナンスと経済学の基礎講座で教えられる原則」に、「投資の選択肢を評価するとき、埋没費用や固定費(すでに発生していて、どの選択肢を選んでも変化しない費用)は考慮に入れず、それぞれの投資に伴う限界費用と限界収入(新たに発生する追加費用と収入)をもとに意思決定」するという考え方がある[p.205]。「だがこれは危険な考え方だ。このような分析ではほぼ必ず、総費用よりも限界費用が低く、限界利益が高いことが導かれる。この原則は、将来必要となる能力を新たに構築するよりも、過去に成功するために構築した既存能力を活用するよう、企業にバイアスをかけるのだ。未来が過去とまったく同じになるとわかっていれば、このやり方で問題ない。だがいまとは違う未来が来るなら――ほぼ必ずそうなるのだが――このやり方は間違っている。[p.206]」「既存企業がこの理論に従って既存資産の活用を進めると、総費用をはるかに上回る代償を支払うことになる。なぜなら競争力を失う羽目に陥るからだ。[p.210]」
・「何かを『この一度だけ』行うことの限界費用は、ないに等しいように思われるが、必ずと言っていいほど、それをはるかに上回る総費用がかかる。[p.211]」「倫理的妥協が招く厄介な影響を免れる方法はひとつだけある。そもそも妥協を始めないことだ。[p.217]」
終講
・企業の目的が意味をもつためには、「自画像」(企業がいま進みつつある道を最後まで行ったとき、こんな企業になっていてほしいと思い描くイメージ)、「献身」(実現しようとしている自画像に対しての深い献身)、「尺度」(進捗を測るために用いる、一つまたは少数の尺度で、仕事と尺度を照らし合わせることで企業全体が一貫した方向に進む)が必要。「目的は、明確な意図をもって構想、選択し、追求するものだ。だが企業がいったん目的をもてば、そこに行き着くまでの方法は、一般に創発的であることが多い。[p.221-222]」
・「じっくり時間をかけて人生の目的について考えれば、あとでふり返ったとき、それが人生で発見した一番大切なことだったと必ず思うはずだ。[p.231]」
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人生に対するアドバイスとしての本書の価値は、読者それぞれで異なるでしょう。内容についても著者の宗教的信念に関わる部分も多いように思われますし、本書の主張をどう受け取るかは、個人のお考えに任せたいと思いますが、一点だけ、こういう考え方もありうることだけは、知っておいて無駄なことではないと思います。

マネジメントの観点からは、以下の点が重要だと思います。
・著者が選んだ経営理論:とりあげられている経営理論は、よりよい人生を築くために役立つということを主眼に選ばれているのかもしれませんが、数多くの経営理論のなかから、特に重要で、応用範囲が広い理論が選ばれているように思われます。例えばモチベーションの問題や戦略論などでも、本書で取り上げられた以外にも様々な考え方があります。その中からクリステンセンという経営学者のフィルターによって選び出された考え方が本書に述べられ、その活用のしかたのヒントも添えられているという点は、経営(や人間、組織の問題)を学ぼうとする上で、ひとつの道しるべになるように感じました。
・理論の使い方:「理論」というものの捉え方は人それぞれかもしれませんが、本書では、理論とは、未来予測、賢明な選択の助けとなるツールであって、何が、何を、なぜ引き起こしたかを説明するもの、という位置づけになっています。一般に理論には、その理論が導かれた前提、適用可能な前提というものが存在しますので、経営理論を人生の問題に安易に適用することには慎重であるべきで、本書の試みには無理があると考える人もいるでしょう(実際、経営理論と人生の問題との関係がわかりにくく感じられる部分もありました)。しかし、経営も人生も、人間の行動の予測という点では似たようなものだと考えれば、全く無効な考え方とは言えないのではないでしょうか。人生における賢明な選択の助けになることを優先して、厳密な論考ではなく理論からの暗示をあえて大胆に用いようとしている、ということなのかもしれません。経営においてはまだまだ経験主義に頼る人が多いように思いますので、こんな形でも「理論」を知り、使ってみることにもう少し積極的であってよいのかもしれないと感じました。

著者は、本書の読者として企業のマネジャーではなく、こらから社会で活躍を始める若い人々を想定していると思います。その点、若い人に薦められる本だということは間違いないと思うのですが、では、年輩者はどう読めばよいのでしょうか。おそらく、マネジャーとして若い人を指導し、若い人々を含むグループをリードしていく上で、若い人にどんなアドバイスができるのか、クリステンセン氏には及びもつかないとしても本書を参考に考えてみること、それが必要なのではないかと思います。


文献1:Clayton M. Christensen, James Allworth, Karen Dillon, 2012、クレイトン・M・クリステンセン、ジェームズ・アルワース、カレン・ディロン著、櫻井祐子訳、「イノベーション・オブ・ライフ ハーバード・ビジネススクールを巣立つ君たちへ」、翔泳社、2012.
原著表題:How Will You Measure Your Life?
原著webページ:http://www.measureyourlife.com/

参考リンク<2014.2.23追加>