研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

FFE

イノベーションのスタート段階とアイデア(ウルフェン著「スタート・イノベーション!」より)

イノベーションはどのように始めるのがよいのでしょうか。多くの場合、「これをやってみよう」というアイデアがまず必要になるでしょう。顧客や市場のニーズ、トレンドからアイデアが出てくることもあるでしょうし、すでにシーズ技術があってそれを何らかの形でビジネスに生かせるのではないか、というアイデアもあるでしょう。また、「とにかく何か新しいことを始めたい」という社内的必要性があって、アイデアを一から考える場合もあるかもしれません。

このような「アイデア」は、イノベーションの課題を選定するアイデアということになると思いますが、これは、何らかの問題を解決するための知恵や工夫という意味の「アイデア」とは少し異なる気がします。問題解決のためのアイデアの場合、そのアイデアの良し悪しは、問題解決に寄与するかという点で評価ができるのですが、問題も明確になっていないような場合や解決すべき問題の特定から始めなければいけない場合、アイデア出しやアイデア評価はどのようにすればよいのでしょうか。イノベーションを成功させる、ということが課題だとすれば、成功するようなアイデアというのはどのようにしたら出せるのでしょうか。

ウルフェン著、「スタート・イノベーション!」[文献1]では、イノベーションをどのように始めたらよいか、特に新たなビジネスを起こすためのアイデアをどうやって出し、成長させていけばよいのかについての著者の提案する手法が解説されています。著者は「イノベーションプロジェクトの80パーセントは途中で頓挫してしまう。多くがプロジェクトの序盤でつまずいてしまうのだ。本書『START INNOVATION!(スタート・イノベーション!)』は、アイデア創出のインスピレーション(ひらめき)を得るための実用ツールを提供し、プロジェクトの効果的なスタートの切り方を教えることを目的としている[p.6]」と述べていますが、インタビュー[資料2]では、「保守的な会社でイノベーションを起こす必要があり、内部のサポートも得られないなら本書が役に立つ」というようなことも述べていますので、その内容は多分に既存企業(スタートアップ企業ではなく)におけるイノベーションを念頭においているようです。そうした視点での手法は少し珍しいですし、イノベーションの方法全般においても役立つ指摘も含まれていると思いますので、以下にその内容の要点をまとめてみたいと思います。

1章、イノベーションを起こした偉大な探検家Famous Explorers Innovate

著者は、「この本では、イノベーションの起こし方を『探検の道筋』に見立てて解説するという、独自の方法を採用している[p.6]」とし、コロンブスの新大陸発見、マゼランの世界一周、アムンセンの南極探検、ヒラリーのエベレスト登頂、アームストロングの月面着陸の事例から、次の教訓が得られるとしています。
・イノベーションの10の教訓[p.47]:1情熱、2危機感、3目的、4チームワーク、5計画、6準備、7専念、8粘り強さ、9新技術、10共感。

2章、探検の出発前にInnovate the Expedition Way
・「探検に乗りだすべきでない21のシチュエーション[p.51]」:各項目は割愛しますが、イノベーションを始める段階の注意点を次のようにまとめています。「まずは視野を広げ、これまでの意見や、習慣や、やり方に疑問を持つことが大切だ。」「アイデアをひらめくのはひとりでもできるが、組織の中でのイノベーションは、ひとりでは起こせない」「スタートすべき適切なタイミングを待とう。いちどスタートしてしまえば、もう後戻りはきかないのだから。」
・「イノベーションをふいにする6つのパターン[p.52-53]」:1、必要ないのに始める、2、最初にイノベーターを選ぶ、3、あなたのアイデアを出発点にする(批判的な意見が出るのは「アイデアがあなたのものであって、彼らのものではないから」)、4、ひとつのアイデアに掛けてしまう、5、ブレーンストーミングから始めてしまう(ブレーンストーミングがうまくいかないのは古いものを捨てられないから)、6、顧客を無視して初めてしまう。
・「イノベーションのスタートで起こる10の問題[p.62-63]」:1、方向性の欠如、2、アイデアの固定化、3、常識への固執、4、仕切り屋の存在(参加者のあいだに力関係があるとよくない)、5、負のスパイラル(ネガティブ発言で黙ってしまう)、6、付せんはたまった、じゃあ次は?(どう活用したらいいかわからない)、7、アイデアのあいまいさ、8、上層部による封殺、9、開発チームによる改変(開発チームに受け渡された後)、10、生産ラインからの抵抗
・「アイデア創出の5つのジレンマ[p.64-65]」:1、いつ(「財政と文化の両面で、社内にイノベーションの機運が高まらない限り成功しない」、2、誰が(内部か外部か)、3、何を(革新的か発展的か)、4、どの基準を採用すべきか(クリアすべき明確な基準は?)、5、どうやって(自由に行くか理詰めでいくか)
・本書で提案するイノベーションメソッド「FORTH」の概要[p.69]:STEP1「全速前進でスタート」(専念すべき目標をはっきりさせる)、STEP2「観察と学び」(顧客の不満を発見し、理解する)、STEP3「アイデアを出す」(ブレーンストーミングでアイデアを出し、評価し、具体的コンセプトへ昇華させる)、STEP4「アイデアをテストする」(コンセプトを想定顧客がテストする)、STEP5「帰還」(上層部にいちばん有望なコンセプトを新ミニ・ビジネスケースとして提示する)。(なお、「FORTH」という名前は、STEP1~5(3章~7章)の頭文字をつなげたものです)

3章、全速前進でスタートFull Steam Ahead
・アクティビティー[p.83-84]:1、方針設定ワークショップ、2、中核メンバーによる事前ミーティング(最初から最後までかかわる中核メンバーと、通常上層部の人間が務める大枠メンバーからなる)、3、Kick-Offワークショップ
・「たった1つのアイデアからイノベーションをスタートさせるのは厳禁![p.90]」:「夢のようなアイデアではなく、ビジネスとしての目標を達成できるアイデアを持たなければならない」「チームみんなでアイデアを出そう。そうすれば、全員の心に『これは自分のアイデアだ』という愛着が生まれる。」「代替案はあるだろうか?」
・「すべてはタイミング次第![p.92]」:「上層部が本物のイノベーションにゴーサインを出すのは、リスクの低いコンセプトの成長が軒並み止まったときだけである」
・「使命をはっきりさせるには、上層部もターゲット顧客層を絞り、クリアすべき基準を具体的に設定しなければならない[p.96]」

4章、観察と学びObserve & Learn
・アクティビティー[p.105]:4、最終確認ワークショップ、5、トレンドとテクノロジーの調査、6、顧客の不満を見つけ出す、7、イノベーションの実例を調査する、8、観察と学びワークショップ(特に参考になる実例と、特に狙っていくべき顧客の不満を選定する)
・「不況の今、企業はオペレーショナル・エクセレンスの意味をコストカットにすり替えがちだ。コストを減らせば確かに利益は上がるが、それは一時的なことで、長期的には、コストカットだけでは事業は生き残れない。・・・オペレーショナル・エクセレンスではトレンドを逆転させることはできない。[p.108]」
・「デザイン・シンキングの5つのポイント[p.110-111]」:1、共感(デザイン・シンキングの達人は、他人が気づかないことに気づき、その情報をイノベーションのヒントにする)、2、統合的な思考(分析だけに頼らず、複雑な問題をさまざまな面から捉える)、3、楽観主義、4、試したがり(微調整だけではイノベーションは起こせないとわかっている)、5、コラボレーション(ひとりのクリエイティブな天才がひとりでイノベーションを起こすやり方は、過去のものになりつつある・・・一流のデザイン・シンカーの多くは、多分野の人間と協力するだけでなく、自らがさまざまなことに造詣が深い)
・「オープンイノベーションの文化を支える10の要素[p.114-115]」:1、顧客やパートナーとの関係構築がうまい人間、2、スマートな人材がすべて社内で揃う『わけがない』という認識、3、失敗は学習機会だという認識、4、社内教育(アイデアやテクノロジーをビジネスへ転換する方法)、5、『うちの発案じゃない』症候群の撲滅、6、内外の研究開発のバランス、7、リスクを避けるのではなく、取ろうとする意志、8、トラブルに対する覚悟(オープン・イノベーションほぼ必ず知的財産所有権の問題を引き起こす)、9、オープンなコミュニケーション(信頼に基づいた関係をつくり出し、秘密主義と知的財産の問題の克服に努めよう)、10、必ずしも、第一人者になる必要はないという心の余裕
・「顧客の不満の見つけ方[p.126-127]」:顧客層を特定する(イニシエーター、インフルエンサー、ディサイダー、バイヤー、ユーザー、使い方による分類)、顧客の不満をあぶり出す(個人インタビュー、フォーカスグループ)、不満を言葉で表現する。「何よりも大切なのは、あなたがイノベーションを起こしたい分野に、今どんな製品やサービスがあるかを知り、一般市場であればどう使われているか、B2B市場であれば生産工程でどんな役割を果たしているかを理解することだ。」

5章、アイデアを出すRaise Ideas
・アクティビティー[p.137]:9、新製品ブレーンストーミング(ブレーンストーミングで、500~750個の新しいアイデアを出し、それを30~40の異なる方向性にまとめ、12の方向性を選び新コンセプトをつくる)、10、コンセプト改善ワークショップ(1回目)。
・心理学者の科学的なデータによると「プレーンストーミングをするよりも、個々に取り組んだほうが、人はたくさんのアイデアを出せる[p.144]」。そこで、「FORTHではプレーンストーミングの手法に微調整を加えている。・・・チームのメンバーはまず、完璧に静かな環境で、アイデアを出す時間を与えられる。一斉にしゃべるのではなく、まずは付せんにアイデアを書きつけるのだ。それからメンバーは順番に、書いたアイデアをテンポよく読み上げる。[p.144-145]」

6章、アイデアをテストするTest Ideas
・アクティビティー[p.161]:11、コンセプトテスト(コンセプトの魅力度をターゲット顧客がテストする)、12コンセプト改善ワークショップ(コンセプトを改善し3~5個の有望なコンセプトを選ぶ)
・チェックのポイント[p.170]:1、顧客:顧客に気にいられるか?、2、ビジネスモデル:利益は出せるか?、3、技術:製品化は可能か?
・「顧客からのダメ出しこそが、アイデアをふるいにかける最高の手段なのだ。[p.170]」
・コンセプト検証のための実用チェックリスト[p.172]:1、顧客の不満と関係があるか?、2、顧客の不満の解決策になっているか?、3、コンセプトの特徴は顧客にとってわかりやすいか?、4、顧客にとって試してみやすいか?、5、新コンセプトへ切り替える際、顧客に何かリスクはないか?、6、売上・利益目標をクリアできる見込みはあるか?、7、その際、自社の現行製品、サービスの売上と利益を食いはしないか?、8、ブランドの立ち位置にフィットしているか?、9、自分たちで作れるか(パートナーの助けは必要か)?、10.大規模な投資をせずに作れるか?

7章、帰還Homecoming
・アクティビティー[p.183]:13、4回の新ミニ・ビジネスケース・ワークショップ(プレゼンのための資料としてビジネスケースを作る。ビジネスケースとは、イニシアティブや投資などの概要を商業面・技術面・財政面から明確にまとめた企画書を言う。)、14、最終プレゼンテーション(これまでのプロセスにさほど深く関わってこなかった上層部の人間を、新コンセプトのとりこにする)、15、コンセプト受け渡しワークショップ(次のステップである開発ステージへの受け渡し)
・「本当に大切なのは、無数に出たアイデアをどうまとめるかだ。・・・正しいアイデアを『選ぶ』ほうに少なくとも3分の2の時間をかけ、アイデアを『出す』ほうは3分の1にとどめる。[p.188]」

8章、その後の展開Get It Done
・「イノベーションプロセスにおいては、『あいまいな初期段階(ファジーフロントエンド。イノベーションのスタート段階ははっきり構造化するのが難しいことから、こう呼ばれている)』と『やっかいな後半段階(スティッキーバックエンド)』とのあいだには、大きな隔たりがあると言われている。[p.204]」
・「アイデアの具現化に役立つ便利な3Cp.204-205]」:Connect(つながり)→「FORTHでは、チームに中核メンバーだけでなく、大枠メンバーが加わる。そして大枠メンバーには必ず意志決定者、つまり会社のビジネス面を象徴する人物を選ぶ。・・・アイデア創出以後のステージでも上層部の人間が引き続きチームに加わるようにすれば、プロジェクトが生き残る確率はぐんと上がるはずだ。」、Customer(顧客)→「イノベーションでいちばん難しいのは、組織での生き残りだ。・・・顧客の声という『世論』を背景に、社内でのプロジェクトの優先順位を高め、より多くのリソースを勝ち取るのだ。」、Creativity(クリエイティビティー)→「フレキシビリティーとクリエイティビティーはプロセス全体を通して失ってはならない。・・・フロントエンドで使ったアイデア創出テクニックを、バックエンドでも活用していこう。」

9章、イノベーションのツールキット
ワークショップやブレーンストーミングなどで使えるツールの紹介
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本書で提案されているFORTHプロセスは、実現性の高そうなアイデアを上層部に承認させて、イノベーションのスタートを切る段階で終わっています。その後の実行段階にも様々な障害があることは多くの人が指摘しており、実行段階をうまく進めていく方法も様々に提案されていますが、著者の考え方は、まずはスタート段階をうまくくぐりぬける必要があるということ、そしてそのためにスタート段階で十分な検討と準備を行えば、実行段階での成功確率もあがるのではないか、ということのように思います。確かに、既存事業を運営している企業では、よさそうなアイデアを思いついたにもかかわらず、社内でその開発承認が得られず、みすみすチャンスを逃してしまうことがあります。今までのイノベーションの手法では、その段階へのうまい対処法はあまり提案されていなかったと思いますので、本書の手法は実務家にとって(特に、企業内で研究開発をしている人にとって)有用な示唆を与えてくれるのではないでしょうか。もちろん、この手法を用いて、社内承認を得てもその後がうまく進むとは限りません。懸念点をあげるとすれば、社内受けのよいアイデアが市場で受け入れられるとは限らないこと、上層部を大枠メンバーとして参加させて社内承認を通りやすくしたことで、実行段階での方針転換が難しくなる可能性が出てきたり、上層部の思い入れが強くなりすぎて現実に基づく正しい判断が行なわれなくなる可能性などが容易に想像できます。実務家としては、それぞれの状況に合わせて本書の手法の良いところをうまく使っていくことが必要なのだろうと思います。


文献1:Gijs van Wulfen, 2013、ハイス・ファン・ウルフェン著、高崎拓哉訳、「スタート・イノベーション! ビジネスイノベーションをはじめるための実践ビジュアルガイド&思考ツールキット START INNOVATION! with this visual toolkit.」、ビー・エヌ・エヌ新社、2015.
原著表題:The Innovation Expedition: a visual toolkit to start innovation
資料2:ビー・エヌ・エヌ新社webページより、「『START INNOVATION!』 著者ファン・ウルフェン氏来日記念イベント レポート」、2015.7.23
http://www.bnn.co.jp/articles/7707/

参考リンク


「シリアル・イノベーター」(グリフィン、プライス、ボジャック著)を活かす

イノベーションを起こす人はどんな人なのか。天才的なイノベーターが世の中にいるのは疑いないと思いますが、天才がいなければイノベーションはできないのか、マネジメントや環境によってイノベーションがうまくいったりいかなかったりすることがあるのか、といった問題は、研究開発マネジメントを考える上での重要なポイントのひとつだと思います。

イノベーションにおける人の役割を考える際には、成功したイノベーターの調査、分析がよく行なわれます。今回取り上げる本(グリフィン、プライス、ボジャック著、「シリアル・イノベーター」[文献1])も、そうしたアプローチによる研究成果をまとめたものですが、その特徴的な点は、スティーブ・ジョブズのようにベンチャー企業の創業者として大きな権限を持っているわけではない、成熟した大企業内のイノベーターに焦点を当てているところでしょう。本書の調査対象となっている「シリアル・イノベーター」とは、「一つだけではなく、複数のイノベーションを連続的(シリアル)に生み出す人物[p.31]」であって、「彼らが所属するような成熟した大企業では、イノベーションはサポートされるよりも、阻まれることの方が多い。しかし彼らはそんな逆境をものともせず、画期的なイノベーションを実現させている[p.32]」という人たちです。シリアル・イノベーターとはどんな人たちなのか、どうマネジメントすればその能力を引き出せるか、についての本書の指摘は、なかなか示唆に富んだものと感じましたので、以下にその要点をまとめておきたいと思います。

企業が起こすべき2種類のイノベーション
1、段階的なイノベーション(incremental innovation):「既存の製品や製品群を継続的に改善する[p.50]」
2、ブレークスルー・イノベーション(breakthrough innovation):「既存製品のパフォーマンスを格段に向上させる」「あるいはまったく新たな機能を提供し、市場の空白部分に進出できるような革新的な製品を生み出す」[p.51-52
・「この2種類のイノベーションには、それぞれ異なる開発プロセスが必要[p.51]」。
・「ステージゲート・プロセスは、市場や技術上の不確実性がほぼ存在しない段階的なイノベーションでは非常によく機能するが、ブレークスルー製品の創造ではうまく機能しない。・・・ステージゲート・プロセスは技術的イノベーションの方向性が明快で、企業が開発を承認して初めて適用できるのであり、イノベーションの曖昧な初期段階(FFE:Fuzzy Front-end)での展開や、プロジェクトの承認および資金確保では活用できない[p.55-56]」。
・「技術主導型からイノベーションを行おうとして失敗する場合、そこにはまったく異なる2つの理由がある。1つは、技術主導型の多くが技術の有効な応用の仕方を探し出せず、またすぐには企業に利益をもたらさない『打つ釘がない金槌』をつくっているからだ。・・・2つ目の理由は、技術組織から生まれたブレークスルー・イノベーションが、いわゆる『死の谷』を越えられないために事業化されないというものだ。・・・『死の谷』とは、技術開発と事業化における人材と組織構造の間に存在するギャップのことである。製品を事業化するには、マーケティング、営業、製造、流通などの人材を必要とする。だが、彼らは新技術の開発に必要な人材とは異なり、また両者は分断されているため、もっとも重要なブレークスルーも両者の間にある死の谷に落ちてしまい、事業化されないのだ。[p.59-60]」

イノベーションにおける担当者の役割
・技術開発者(Inventor):「技術開発者はFFEにおいて、イノベーションにつながる技術やアイデアの発案者となる場合が多い。彼らは、製品に必要な技術や顧客の課題、市場ニーズを解決する製品機能をつくり出す。[p.63]」
・チャンピオン(Champion):「チャンピオンは新技術や大きなポテンシャルのある市場機会を認識し、そのプロジェクトを自身のものとして主体的に行動する。・・・事業やマーケティングに関する手腕に優れ、組織内で生まれた技術を見出し、その技術の潜在力を理解する。[p.64]」
・製品開発担当者(implementer):「プロジェクトが正式に承認されるとプロジェクトを統括し、それぞれの業務や各段階が時間通りに、また予算内に進められるよう取り計らう[p.65]」。
・「技術開発者、チャンピオン、製品開発担当者は、それぞれブレークスルー・イノベーションの異なる段階を担当するが、誰ひとりとしてFFEにおいてニーズの把握に責任を持たない。そして、この状況が『打つ釘がない金槌』のようなブレークスルー・イノベーションにつながるのである。[p.66]」
・(シリアル・イノベーターは)「ニーズを把握し、研究開発を牽引し、チャンピオンとなり、遂行段階においては自らプロジェクトを指揮する。[p.67]」
・(シリアル・イノベーターの)「存在は希少だ。筆者の調査によれば、一企業の技術専門スタップ50人に1人から200人に1人ぐらいしかいない。[p.67]」

シリアル・イノベーターが主導するプロセス[第2章]
・「シリアル・イノベーターによるブレークスルー・イノベーションでは、開発において以下のポイントに重点が置かれている。
FFE
:興味深い課題を発見し、把握する。
その課題に対する解決策を開発し、評価する。
プロセス全体を通じて顧客との接点を持つ。
製品開発チームを編成し、リードし、支援する。
顧客に受け入れられ、市場で普及するよう最後まで努力する。」[p.138
・「シリアル・イノベーターは『適切な課題』を探すために、多大な時間を使う[p.139]」。「そして一度製品開発が開始されると・・・(それまでとは異なり)会社の標準のプロセスを活用する。そのほうが効率がよいからだ。そして最後に、製品が市場に普及するよう活動する。曖昧な初期段階(FFE)にかかる時間がもっとも長いとしても、顧客はプロセスの各段階で不可欠な存在である。[p.145]」
・「シリアル・イノベーターは顧客との深く細部にまでわたる関わり合いを通じて洞察を得るが、組織のマーケティング機能からそうした洞察は得られないという。[p.148]」「シリアル・イノベーターは顧客ニーズを細部にいたるまで理解すべく、顧客没入型のアプローチをとる。[p.149]」「シリアル・イノベーターはラポール、つまり、顧客との間に精神的に確固とした人間関係の基盤を築く。・・・シリアル・イノベーターは、自分の仕事は顧客の夢を製品開発で実現することだと考えている。[p.151]」
・「ブレークスルー・イノベーションは企業を未開拓の市場へと導いてくれるものではあるが、こうした環境の中でその開発を社内に承認してもらおうとすると、政治的にさまざまな問題を引き起こすことになる。[p.176]」、(シリアル・イノベーターは)「ブレークスルー・イノベーションを開発まで持っていくには、政治的な駆け引きを学ばなければならないことに気付く。[p.179]」、「組織において、日々の業務を成し遂げるのに欠かせない人間関係は信頼から生まれる。・・・信頼関係の構築には、不可欠な要素が4つある。1、能力、2、信頼性(有言実行か)、3、オープンかつ誠実である、4、気遣い[p.182]」である。

シリアル・イノベーターのMP5モデル(シリアル・イノベーターの特性と行動)
モチベーション(Motivation):外的要因(緊急かつ重要な課題を抱えた顧客や企業の存在)、内的要因(創造への欲求、達成感)が関わる。「シリアル・イノベーターのモチベーションの源泉は、課題解決への好奇心や技術分野での熟達、発見の喜び、そして新しいものを創造することで人々の暮らしをよくしたいという内発的報酬である。[p.218]」
パーソナリティ(Personality):比較的変化しにくい。「パーソナリティには2つのグループがあり、そのうちの一つは、『好奇心』『直感』『創造力』『システム思考』である。いずれも斬新な技術やプロセスを創造する源となる。もう一つのグループは『自立心』『自信』『リスクの選択能力』『忍耐力』だ。これらは、いずれも長期にわたってプロジェクトを続けるうえで重要となってくる。[p.217]」システム思考とは、個々の事象に目を奪われずに、各要素間の関連性に注目して全体像を捉えようとする考え方。
パースペクティブ(Perspective):仕事中心で理想主義者という世界観が顕著。「シリアル・イノベーターのパースペクティブには、次のような特徴がある。1、顧客や企業、チームといった関係者全員に共通する価値(共通善)を尊重し、自分自身よりも優先させる。2、技術はあくまでも事業の成功のための手段と捉える。3、複数の事象の関係性を見出し、システム全体を見通してシンプルに書き換えることで、目に見える結果を追求する。[p.217-218]」
構え(Preparation):仕事をしながら学び続け、知識領域を拡大する。「シリアル・イノベーターは、強力な観察者であると同時に学習者でもある。・・・好奇心が幅広くかつ深いので、複数のテーマや課題に興味を持ち、それらを完全に理解しようと、その渦中へと深く飛び込んでいく。しかし、一方で彼らはシステム思考を行うので、対象としているシステム・・・全体を理解しようと努める。[p.248]」
プロセス(Process):顧客と技術、市場の間を行き来する。直線的ではなく、重複や反復フィードバックが発生する。製品の発売後も続く。
社内政治(Politics):社内で政治的駆け引きを行い、解決しようとする顧客の課題に関して承認を得なければならない。

シリアル・イノベーターを見つけるには

・「潜在的シリアル・イノベーターを特定するには、一人の人物に以下の重要な5つの特性がすべて表れていることを認識する。1、システム思考(一見無関係に見える点同士を結びつける能力)、2、平均以上の創造力(極端に高い必要はない)、3、複数の知識分野にまたがる生来的な好奇心、4、深い専門知識をベースに直感を働かせる力、5、物事を『よりよく』したいという生来的なモチベーション[p.256]」。

シリアル・イノベーターのマネジメント
・「シリアル・イノベーターをさまざまな外的制約から解き放ち、力を発揮させられるのは直属のマネジャーだけなのだ。・・・有能なマネジャーは、シリアル・イノベーターが物事を深く理解するために必要な時間を提供する。その時間は、もっとも重要な課題を見定め、その最善の解決策を見いだすために必要なものだ。[p.297]」
・「自我の強いマネジャーや注目を集めたいマネジャーは、シリアル・イノベーターを効果的にマネージできない・・・。シリアル・イノベーターのマネジャーとしてもっとも成功するのは、自我をうまくコントロールし、シリアル・イノベーターひいては自分たちの会社を成功へと導くことができる人物である[p.301]」。
・「シリアル・イノベーターが転属や転職を考える理由の一つが、『わかっていない』マネジャー、つまり彼らを効果的に管理できないマネジャーのもとへの配属である。以下に・・・『わかっていない』マネジャーの特徴を挙げる。1、細かく管理する、2、シリアル・イノベーターとの人間関係を構築せず、交換条件をもちかける、3、忍耐力がない、4、リソースを出し惜しみする、5、シリアル・イノベーターの成功を横取りする。[p.303]」
・「クリステンセンによれば、ブレークスルー・イノベーションが既存の事業部内で生まれても、成功する可能性は低いという。成功率を高めるために彼が推奨するのは、独立した組織をつくることだ。・・・大企業でブレークスルー・イノベーションを支援する難しさについて、筆者はクリステンセンと同意見である。しかし、社内の障壁を克服する方法としては、別の解決策も提示したい。クリステンセンの提案に欠けているのは、成熟企業のリソースの活用から生じる莫大な価値だ。こうしたリソースは、通常は既存顧客のニーズに対応するために用いられる。しかし、その一部をブレークスルー・イノベーションに向けることにも価値があると、筆者は考える。クリステンセンと同じ前提に立つすべてのケースで、啓蒙された積極的な経営層とブレークスルー・シリアル・イノベーターが組むことで、会社が活性化された例が見られた。[p.307-308]」
―――

大企業においてイノベーションを起こすことが難しいことは、もはや周知のことかもしれません。しかし、なぜ難しいかがわかれば、対応策を考えることができます。Govindarajanをはじめとして大企業におけるイノベーションの可能性を見直す指摘も増えていると思いますが、本書が着目した大企業におけるシリアル・イノベーターの活躍も、その可能性の一つと考えることができると思います。特に、ジョブズのような起業家的イノベーターでない、大企業内イノベーターがどのようにイノベーションを成功させているのかを知ることは、これからのイノベーションのやり方を考える上で、示唆に富むものと言えると思います。

具体的には、例えば、イノベーターにはどの程度裁量権を与えるべきなのか、社内の既存部署と分担してイノベーションを進めた方がよいのか、それともイノベーションは専属の部署に任せるべきなのか、イノベーターが初期段階に関与して可能性を示した後は、実用化を目指す別組織が引き継いでイノベーションを進めるべきなのか、それともイノベーターは最後まで関わるべきなのか、といった問題に対する一つのヒントを与えてくれているように思います。シリアル・イノベーターの活動は、ブレークスルー・イノベーションにおいて、イノベーションの初期段階から実用化後に至るまでの様々な過程でずっと関わり続けることが特徴のようです。してみると、イノベーションの進め方は、そのイノベーションが段階的イノベーションなのか、ブレークスルー・イノベーションなのか、シリアル・イノベーターの素養をもった人が能力を発揮できる環境でイノベーションに関わっているのかどうかに基づいて判断する必要がある、ということなのだろうと思います。もう一点、シリアル・イノベーターが苦労しているポイント、例えば、適切な課題の探索と理解や社内政治プロセスは、そのまま現在の企業の課題を示しているのではないか、ということも指摘しておきたいと思います。こうした困難を楽に乗り越えられるようなマネジメントや仕組み作りができれば、もっとイノベーションを活発化できるのではないか、というヒントも与えてくれているように思います。

ジョブズのような天才的イノベーターは、おそらく滅多にいないでしょう。従って、比較的普通の人でもイノベーションができる仕組みを構築することが重要なはずだ、という考え方自体は原則的に正しいと思います。しかし、稀有の天才ではなくても、シリアル・イノベーターは50人~200人に1人ぐらいの割合でいるようです。であれば、そういう人材を有効に活用しない手はないでしょう。本書に示唆された、シリアル・イノベーターの成功のメカニズムや活躍のための環境づくりの方法を理解することによって、今まで十分に活用されていたとはいえないシリアル・イノベーターによるイノベーションのチャンスを広げられるのではないでしょうか。シリアル・イノベーターが活躍しやすい企業、そんな企業になれば段階的イノベーションの成功確率も上がるのではないかと思いますが、いかがでしょうか。


文献1:Abbie Griffin, Raymond L. Price, Bruce Vojak, 2012、アビー・グリフィン、レイモンド・L・プライス、ブルース・A・ボジャック著、市川文子、田村大監訳、東方雅美訳、「シリアル・イノベーター 『非シリコンバレー型』イノベーションの流儀」、プレジデント社、2014.
原題:Serial Innovators: How Individuals Create and Deliver Breakthrough Innovations in Mature Firms

参考リンク<2015.2.8追加>


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