研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

Govindarajan

「[実践]リバース・イノベーション」(ウィンター、ゴビンダラジャン著、DHBR2015年12月号)に学ぶ

リバース・イノベーションは、「新興国で製品開発し、これを先進国に展開する」イノベーション(2009年発表のゴビンダラジャンによる論文の定義)として可能性が期待される手法だと思います(本ブログでも、最初の論文とその後2012年に出た本の内容をとりあげました)。ただ、その後の発展の状況や、どの程度の可能性があるのか、どうやったらリバース・イノベーションがうまく進められるのかについてはあまり取り上げられる機会がなかったように思います。

最近発表された、ウィンター、ゴビンダラジャンによる論文「[実践]リバース・イノベーション」(DHBR201512月号)[文献1]では、「リバース・イノベーションがなかなか浸透しない理由」として「妨げとなる観念的な落とし穴」を挙げ、その落とし穴を避けるための設計原則が紹介されており、最近の状況およびイノベーションにおける意味を知る上でも参考になる点が多いと感じましたので、今回はその内容のポイントをまとめておきたいと思います。

新興国市場における多国籍企業の失敗
・多国籍企業の「経営幹部たちは新興国市場の制約条件を克服する方法、もしくは、途上国ならではの自由な発想を巧みに活かす方法をなかなか見極められないでいる。彼らは前進させる方法を見いだせず、リバース・イノベーションを首尾よく展開するうえで妨げとなる観念的な落とし穴にはまる傾向がある」。
・「多国籍企業はたいてい、あらゆる製品について3つのバリエーションを設定している。最高性能でプレミアム価格の最高級品と、その80%の性能および価格の上級品、そして70%の性能および価格の良品である。非常に高い期待を抱きつつも極めて財力の乏しい消費者がいる新興国市場に食い込むために、多国籍企業は通常、先行投資リスクを最小化する設計哲学に従う。良品のバリュー・エンジニアリング(価値の最大化)に励み、50%の価格で50%の性能を提供する『適正な』製品へとダウングレードするのだ。これは十中八九うまくいかない。途上国では、『適正な』(十分なレベルの)製品は中間層にとって高すぎることが判明するばかりか、懐に余裕のある高所得層が好むのは最高級品なのである。それと同時に、規模の経済やサプライチェーンのグローバル化のおかげで、地元企業はいまや、高価値の製品を比較的安価に、以前よりも早いスピードで生み出しつつある。その結果、大半の多国籍企業はごくわずかなローカル市場しか獲得できていない。多国籍企業が途上国の消費者を取り込むには、既存の製品やサービスの性能と同等かそれを上回りつつ、コストを抑えなくてはならない。言い換えると、10%の価格で100%の性能を実現しなくてはならないのだ。」
・「前述の落とし穴のせいで、企業はこの難問に対処できずにいる。そのような落とし穴を避けるためには、次の5つの設計原則に従わなくではならない。」

落とし穴1、市場セグメントを既存製品に合わせようとする
・「多国籍企業が途上国向け製品をつくり始める際に、既存の製品やプロセスが大きな影響を及ぼしている。当初は、既存製品を適応させたほうが一から開発するよりも手っ取り早く、安価で、リスクも少ないように見える。・・・設計担当者は既存のテクノロジーから抜け出せずに苦労する。」
設計原則1、解決策から離れて、問題を定義する
・「あらかじめ考えていた解決策を捨て去れば、最初の落とし穴を避けられ、既存の製品ポートフォリオの外側にあるチャンスを見極めやすくなる。」「経営幹部は問題を明確にする際、はっきりと言葉には出さなかったもののニーズを示すような顧客の行動に目を向け、耳を澄まさなくてはならない。」

落とし穴2、機能を省いて価格を下げようとする
・「途上国の人々がより低い品質や旧式のテクノロジーに基づく製品を喜んで受け入れるというのは、議論を呼ぶ点である。このアプローチは往々にして間違った意志決定やお粗末な製品設計につながってしまう。」
設計原則2、新興国市場たから得られる自由度の高い設計を使って、骨抜きの解決策ではなく、最適な解決策を生み出す
・「新興国市場には制約条件が多いが、新興国ならではの自由度の高い設計も利用可能である。」(例えば、人件費の安さを活用するなど)
・「企業は利用者のニーズだけでなくウォンツにも訴求しなければならない」

落とし穴3、新興国市場における技術要件すべてについて熟慮することを忘れる
・「科学法則はどこでも共通だとしても、新興国市場の技術インフラはまったく異なる。・・・問題の背後にある技術的要因を理解し、厳密に分析し、取りうる解決策の実現可能性を判断しなくてはならない。」
設計原則3、消費者の問題の背後にある技術的状況を分析する
・「社会的、経済的な要因によって製品の技術要件が決まることも多い。」
・「エンジニアが技術的状況を研究することにより、周囲の創造的道筋だけでなく、ペインポイント(悩みの種)も確認することができる。エネルギー、力、熱伝導などの要件を理解すれば、それらを満たす斬新な方法が浮かび上がってくる。」

落とし穴4、利害関係を顧みない
・「消費者のニーズや要望について製品設計担当者を教育するには、・・・数日間、新興国市場に送り込み、いくつかの都市や村落、スラム街を車で回り、現地の様子を観察させればいいと思っている多国籍企業が多いようだ。・・・そんなことが真実であろうはずがない。」
設計原則4、なるべく多くの利害関係者を交えて製品をテストする
・「企業は設計プロセスの最初に、製品の成功を左右する一連の利害関係者をすべて洗い出すとよいだろう。誰がエンドユーザーか、どのようなニーズかと尋ねることに加えて、誰がその製品の生産、流通、販売、支払い、修理、廃棄をするかについても考慮しなくてはならない。これは製品のみならず、拡張可能なビジネスモデルの開発にも役立つだろう。利害関係者のためではなく、利害関係者と一緒に設計しているという態度を取るのがベストである。」
・「エンジニアがどれほど完璧主義だったとしても、ユーザーは使い手でなければ気づかない設計上の不備を明らかにしてくれる。」
・「設計は繰り返しであることを忘れてはいけない。最初から正しく理解するのは不可能なので、多くのプロトタイプをテストする準備をすることだ。」

落とし穴5、新興国市場向けの製品が、グローバルに訴求できる可能性を信じようとしない
・「欧米企業は先進国市場の消費者は・・・新興市場からの製品などけっしてほしがらないと思い込みがちだ。たとえそうした製品に人気があったとしても、高価格で高利益率の製品やサービスとのカニバライゼーションを起こすので危険ではないかと懸念する。」
設計原則5、新興国市場の制約条件を生かしてグローバルで勝てるものをつくり出す
・「企業は解決策を計画する前に、新製品やサービスに影響を及ぼす固有の制約条件を確認すべきである。・・・リストアップしていくと、価格、耐久性、素材など、新しい設計で満たさなくてはならない要件が確定する。途上国の制約条件によって通常、技術的ブレークスルーを迫られ、それがイノベーションでグローバル市場をこじ開けるのに役立つ。新製品がプラットフォームとなって、企業はそこに、世界中のさまざまなタイプの消費者が喜ぶ特徴や性能を追加することができるのだ。」


新興国市場の意味についての著者のコメント
・「欧米企業のほとんどは、過去15年でビジネスの世界が劇的に変化してきたことを知っているが、その重心が新興国市場にほぼシフトしていることにはまだ気づいていない。・・・市場リーダーの座を維持したいと思う企業であれば、そうした国々の消費者を重視する必要がある。経営陣にとって、新興国市場で製品開発に必要なインフラ、プロセス、人材への投資を始める以外に選択肢はない。投資により、多国籍企業も新興国ならではの『フルーガル・エンジニアリング』の恩恵にあずかることができる。こうした国々では熟練の人材(特にエンジニア)が豊富におり、比較的低賃金なので、先進国よりも製品をつくるコストを低く抑えられることが多いのだ。」
―――

この論文を読むと、リバース・イノベーションには次の2つの側面があるように感じられます。1つめは、新興国での新興国消費者向け製品開発であり、2つめは、新興国で開発された成果の先進国への展開です。もちろん、最初の新興国での製品開発がなければ、次の先進国への展開もありませんので、新興国での開発ノウハウが重要であることは言うまでもありませんが、それだけではイノベーションの成果が新興国内に留まってしまうでしょう。成果をさらに大きなものにするために重要なのが先進国への展開、と言えるのではないでしょうか。

著者は、多国籍企業がリバース・イノベーションを行うことの重要性を強調していますが、実際には新興国の企業が自国内で起こしたイノベーションの成果を先進国向けに改良して輸出してくる、そんなシナリオも考えられるように思います。多国籍企業にとってのリバース・イノベーションの意味は、単に新興国市場から利益を得ることだけではなく、新興国企業からの技術輸入をうまくコントロールする意味もあるのではないか、という気がしました。

この論文に述べられた5つの設計原則は、単に新興国での開発に特有の指針というわけではないように思います。5つの設計原則を、もう少し一般的な言葉で言い換えると以下のようになるのではないでしょうか。
1、既存製品や既存製品の改良にとらわれない発想が必要な場合がある。根本的な問題を認識し、解決策を提供することが必要。そのためには、想定顧客が欲していることは何か、既存の製品やサービスをどのように使っているのか、環境条件(使用環境、メンテナンス環境など)はどうか、などを参考に解決すべき問題を見直すことも必要。
2、制約条件はアイデアの源にもなり得る。環境上の条件を制約としてではなく資源として使う発想もできる。イノベーションを進める方法、ビジネスモデルを構築する方法にとっても、異なる環境は選択肢の幅を広げる上で役に立つ可能性がある。

3、イノベーションをとりまく様々な技術要件をできるだけ検討することが必要。先入観を捨て、当たり前と思っている前提を疑ってみることも必要。
4、イノベーションは、想定どおりには(特に先進国にいて考えた想定どおりには)進まない。様々な利害関係者の理解を得る努力と、テスト、フィードバックによる改良が必要。
5、開発された製品のアイデアは、当初の目的だけではなく異なる環境にも使える可能性があることを考えなければならない。
これらは、何か新しいイノベーションを起こそうとする時に考えるべき基本的なことのように思います。しかし、普通に研究開発をしていると気づきにくいこともあるでしょう。「新興国」という環境は、こうした点に気づかせてくれる刺激になっているのではないかと思うと、「リバース・イノベーション」の進め方を知る、ということは、新興国での研究開発を考えていない人にとっても、あらゆるイノベーションに必要な観点を再認識するよい機会でもあるといえるように思います。


文献1:Amos Winter, Vijay Govindarajan、エイモス・ウィンター、ビジャイ・ゴビンダラジャン著、渡部典子訳、「[実践]リバース・イノベーション 5つの設計原則が新興国での製品開発を促す」、Diamond Harvard Business Review, December 2015, p.98.
原著:”Engineering Reverse Innovations”, Harvard Business Review, July-August 2015.


「はじめる戦略」(ゴビンダラジャン、トリンブル著)に学ぶイノベーションの進め方

イノベーションを興す方法は、スタートアップ企業と、すでに何らかの事業を行っている既存企業とでは区別して考えなければならない、という指摘は近年多くなってきていると思います。しかし、どう違うか、という具体論になると、既存企業ではイノベーションは困難であるという考え方から、既存企業こそ保有するポテンシャルを有効に活用してイノベーションを興す可能性があるという考え方まで様々のように思われます。

本ブログでも以前に、ゴビンダラジャン、トリンブル著「イノベーションを実行する」に基づいて、既存企業においてイノベーションをうまく進める方法を考えました。今回は、同じ著者による「はじめる戦略 ビジネスで『新しいこと』をするために知っておくべきことのすべて」[文献1]を取り上げます。その主題は、前著「イノベーションを実行する」と同じですが、本書ではイノベーションを実行する過程が「寓話」という形で語られていて、前著の理解を補完し、異なる気づきも得られるように思われるところが興味深く感じました。

寓話は、動物が経営する農場の経営を改善するために、イノベーションに取り組む、という物語です。ストーリーの詳細は本書を読んでいただくとして、以下では、最低限の物語の内容と、その過程で起こることから得られる示唆や著者の指摘のうちで重要と思われる点をまとめます。

物語とポイント
第1章、小さい規模で闘う方法:規模の小さな動物ファームは、規模の拡大と機械化により経費を抑えるライバル(人間が経営するファーム)の影響で苦境に立たされている。「『効率性の追求』だけでは解決策にならない」、「創造力があって、勇気があって、ファームを新しい方向に導いていけるリーダーが」必要。
第2章、「カギ」となる存在を口説く:リーダーが交代する。後継者と目されていた、「より速く、より安定的に、より効率よく」をモットーとする従来のナンバー2にはCOOのポジションがオファーされる。
第3章、「時代の変化」に対応する:動物によるファーム経営を世界に先駆けて立ち上げた創業者の時代に比べて、ライバルの効率化が進んでいる。
第4章、あなたなら、どう改善する?:ファームのあらゆる生産物の価格が下がっている。マネジャーたちの提案は、効率化。
第5章、「まったく新しいこと」をはじめる:コストダウンはできているが、価格低下の方が大きい。新しい経営者は新しいビジネスのアイデアを募る。効率化を提案したマネジャーは新ビジネスに反対しており、プレッシャーを感じている。
第6章、すべては「ひらめき」からはじまる:様々な新ビジネスのアイデアが提案される。「一般に、アイデアを実際に製品や商売にすることよりも、アイデアコンテストへの参加にエネルギーを注ぐビジネスマンの方が多い。」
第7章、「決める」ことは簡単。ではその「次」は?:評価されたのは、投資額が少なく、限られたファームの資金で実現できる、高級ウールビジネス。ただし、リスクがあるとの指摘あり。「一番のリスクは何もしないこと」。「どんなに偉大なイノベーションも、アイデアはそのはじまりにすぎないのだ」。
第8章、「未知の仕事」を前に進める:新ビジネスに新マネジャーを選ぶ。「新ビジネスは前途有望だ。・・・将来的にはファームを支えてくれるようになるかもしれない。しかし、いまやっている仕事をおろそかにはできない。稼働中のビジネスのコスト削減はこれからも続けていく。」
第9章、なぜ「協力」が得られないのか?:「給与の差はトラブルのもと」。「『いまの仕事』という障壁」。「ビジネスを軌道に乗せるために、どこまでルールを破るつもりなのだ?」。
第10章、ゼロからチームをつくる:協力しないのは、「怠けているのでも、変化に抵抗を感じているのでもない。自分に課せられた仕事に真面目に取り組んでいるだけなのだ」。「彼らはみな、いま稼働しているビジネスの業績にもとづいて評価され、給料が支払われ、昇進する」。ビジネス書のどの著者も必ず、「新規ビジネスを立ち上げるときは、それに専念するチームをつくり、経営者はそのチームの『スポンサー』としてふるまう必要があると強調している」。「独創的なアイデアを前に進めるためには、『一人のリーダーに任せておけばいい』という態度では話にならない。」
第11章、「いまの仕事」と「これからの仕事」を同時に動かす:新しい「ビジネスを成長させるためには、ある程度の自由と時間を与えることが重要」。「新しい事業には新しい指揮系統をつくる」。新ビジネスチームは特別扱いされているという反感も。
第12章、必要なリソースを巻き込んでいく:新ビジネスのチームは、既存ビジネスから資源の協力を得られない。新チームは「ファームの他部門から独立した状態では機能しない」。「共有できるものを探す」。
第13章、「予見できなかった問題」に対応する:「共通点を意識」し互いに理解しあうことが効果的。予想外にうまくいくことも、うまくいかない(動き出してから見えてくる)問題もある。追加コストが発生することも。
第14章、これまでの「常識」を疑う:「誰もが『未経験』では乗り切れない」。「新規ビジネスの専任チームをつくるということは、ゼロから違う会社を新たに築くようなもの・・・チームに適したメンバーを巻き込んで、成功につながる状態をつくってやることしかできない」。「新しいことをはじめると必ず対立が起こる」。
第15章、急成長に追いつけない:「報酬は真の『解決策』にはならない」。「衝突が起きるのは避けられない。でも、・・・専任チームと既存部門とのあいだで、健全な協力体制を育むことが不可欠」、それが経営陣の役割。
第16章、「利益」より「学び」を優先する:「プランとの『差』を確認する」。「新規ビジネスは『実験』である」。「実験をするときは、秩序をもって行い、それを通じて学ぶことをいちばんに考えれば、的確な決断が下せるようになり、それに伴い利益もついてくる」。「実験からどうやって学べばいいのか、・・・1つ、まずは仮説を立てよ、2つ、何が起こるか予測せよ、3つ、結果を測定せよ、4つ、仮説と実際の結果を比較し、そこからわかったことを分析せよ」。
第17章、「小さな実験」を実行する:新ビジネスは「これまで使ってきたプラン作成の雛型は使えない」。「あらゆる結果を『動向』として書きだす・・・それを見れば、新たな兆候や学ぶべき教訓がすぐにわかる」。「大きな実験の中には小さな実験がいくつかある・・・その実験を通じて、活動の是非がわかる証拠を集める」。
第18章、「予測できること」と「予測できないこと」を分ける:「新規事業の評価は2つに分ける」。「十分に予測できる部分であれば、結果を出す責任を負わせればよい」。未知のことについては、「どの程度プランに忠実に実験を行っているかを確認」する。
第19章、成功を維持する唯一の方法:「成功を維持していくには、新しいことをやっていくしかない」ことを経営者が納得させる。

イノベーションを実現するための心得p.188
・はじめるにあたって:「どんな偉大なイノベーションでも、アイデアは単なるはじまりにすぎない。」「画期的なアイデアを実現するにあたり、1人のリーダーに任せきりにするのはとんでもない間違いである。」
・チームづくり:
1、「既存の枠に収まらないことを行うときは、どんなかつどうでも専任チームをつくる。」
2、「専任チームは、ゼロからまったく違う会社を新しく立ち上げるつもりでつくる。」
3、「専任チームとほかの部署とのあいだで対立が生じるのは避けられない。それでも、健全な協力関係を育まないといけない。」
・プランづくりと進捗評価:
4、「学ぶことを第一とし、プランに忠実に実験を行いながら学ぶ。そうすれば、よりよい決断が下せるようになり、利益が出る日も早まる。」
5、「大きな支出項目ごとに、検証する材料を集める。」
6、「新規ビジネスのリーダーを評価するときは、プランという秩序に従って“実験”を行っているかを評価する。」
・上記1~6の項目は、「イノベーションを実行する」の6つの章に準じている。
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寓話から何を学ぶかは人それぞれでしょう。著者にとって都合のよい作り話という解釈も可能ですし、論理的に構成されたものでもないため、その価値に疑問を持たれることもあると思います。しかし、本書の寓話は、著者が調査したイノベーションの事例を凝縮したものと考えれば、ケーススタディよりも示唆的な面もあるかもしれません。例えば、人間の本音の部分はインタビューではなかなか明らかにすることが難しいかもしれませんし、成功事例や失敗事例の調査には後付けの解釈がつきまとうことがよくあります。イノベーションの方法論については、成功事例の分析がよく行われますが、成功事例では語られることの少ない裏話にもスポットを当てることが可能な寓話には、従来の事例調査を補うという価値もあるように思います。

本書の寓話のエピソードは、前著「イノベーションを実行する」にほぼ基づいたものになっています。従って、本書の寓話からは示唆される著者の意図や、著者の考え方、イノベーション実践における具体的な対応策などは、前著と合わせて読めば理解が深まるでしょう。また、前著で著者が強調したかったことも寓話から推察できるのではないかと思います。

私が特に重要だと思う指摘は、上記「イノベーションを実現するための心得」に加えて次の点です。
・既存企業にとっては、既存事業の能力を活用したイノベーションが重要であり、その可能性は決して小さくない。
・イノベーションの過程では寓話で挙げられたことをはじめとして様々なことが起こる。
・イノベーションチームと既存部署の間で必然的に起こる対立をマネジメントする必要がある。対立の原因には、感情的な要因も含まれる。寓話では、ケーススタディでは見えにくい様々な関係者の「感情」が表現されており、このような対立が起こり得ることを覚悟し、他の予想外の出来事への対策とともに感情面での対策をとることはイノベーションの成功にとって意味のあることと考えられる。なお、この「感情」に関わるエピソードについては、私の個人的実務経験に照らしてもいいところを突いていると思います。ちなみに、イノベーションの過程で対立が起こることは、豊田義博らによるレポート「イノベーターはどこにいる?」でも、イノベーションストーリーにおいてイノベーションに反対する「官僚」が現れることが指摘されています。
・イノベーションの具体的進め方のうち、実験による学びを重視する考え方の有効性については、今後の課題のように思います(著者による一つの仮説と考えるべき内容と思われます)。ただし、未知の課題に挑戦する場合のやり方として、さまざまな思いつきを散発的に試行錯誤するのではなく、「実験」結果から(失敗に終わった結果からも)学ぶことが重要なこと、学ぶためには系統的に計画して評価することが必要である、という著者の考え方は、実務的にも有効と考えます(ただ、実際には、思いつきによる試行錯誤にのみ頼る、系統的に学ぼうとしないアプローチは未だによく行われているように思いますが)。

イノベーションのストーリーについて、このような寓話を書けるようになったこと自体、イノベーションのプロセスがかなりわかってきたことの証左かもしれません。イノベーションの研究自体にとっても有意義で面白く、かつ実用的なアプローチかもしれないと思いますが、いかがでしょうか。


文献1:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2013、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、花塚恵訳、「世界トップ3の経営思想家による 始める戦略 ビジネスで『新しいこと』をするために知っておくべきことのすべて」、大和書房、2014.
原著表題:How Stella Saved the Farm

参考リンク<2015.2.8追加>



「シリアル・イノベーター」(グリフィン、プライス、ボジャック著)を活かす

イノベーションを起こす人はどんな人なのか。天才的なイノベーターが世の中にいるのは疑いないと思いますが、天才がいなければイノベーションはできないのか、マネジメントや環境によってイノベーションがうまくいったりいかなかったりすることがあるのか、といった問題は、研究開発マネジメントを考える上での重要なポイントのひとつだと思います。

イノベーションにおける人の役割を考える際には、成功したイノベーターの調査、分析がよく行なわれます。今回取り上げる本(グリフィン、プライス、ボジャック著、「シリアル・イノベーター」[文献1])も、そうしたアプローチによる研究成果をまとめたものですが、その特徴的な点は、スティーブ・ジョブズのようにベンチャー企業の創業者として大きな権限を持っているわけではない、成熟した大企業内のイノベーターに焦点を当てているところでしょう。本書の調査対象となっている「シリアル・イノベーター」とは、「一つだけではなく、複数のイノベーションを連続的(シリアル)に生み出す人物[p.31]」であって、「彼らが所属するような成熟した大企業では、イノベーションはサポートされるよりも、阻まれることの方が多い。しかし彼らはそんな逆境をものともせず、画期的なイノベーションを実現させている[p.32]」という人たちです。シリアル・イノベーターとはどんな人たちなのか、どうマネジメントすればその能力を引き出せるか、についての本書の指摘は、なかなか示唆に富んだものと感じましたので、以下にその要点をまとめておきたいと思います。

企業が起こすべき2種類のイノベーション
1、段階的なイノベーション(incremental innovation):「既存の製品や製品群を継続的に改善する[p.50]」
2、ブレークスルー・イノベーション(breakthrough innovation):「既存製品のパフォーマンスを格段に向上させる」「あるいはまったく新たな機能を提供し、市場の空白部分に進出できるような革新的な製品を生み出す」[p.51-52
・「この2種類のイノベーションには、それぞれ異なる開発プロセスが必要[p.51]」。
・「ステージゲート・プロセスは、市場や技術上の不確実性がほぼ存在しない段階的なイノベーションでは非常によく機能するが、ブレークスルー製品の創造ではうまく機能しない。・・・ステージゲート・プロセスは技術的イノベーションの方向性が明快で、企業が開発を承認して初めて適用できるのであり、イノベーションの曖昧な初期段階(FFE:Fuzzy Front-end)での展開や、プロジェクトの承認および資金確保では活用できない[p.55-56]」。
・「技術主導型からイノベーションを行おうとして失敗する場合、そこにはまったく異なる2つの理由がある。1つは、技術主導型の多くが技術の有効な応用の仕方を探し出せず、またすぐには企業に利益をもたらさない『打つ釘がない金槌』をつくっているからだ。・・・2つ目の理由は、技術組織から生まれたブレークスルー・イノベーションが、いわゆる『死の谷』を越えられないために事業化されないというものだ。・・・『死の谷』とは、技術開発と事業化における人材と組織構造の間に存在するギャップのことである。製品を事業化するには、マーケティング、営業、製造、流通などの人材を必要とする。だが、彼らは新技術の開発に必要な人材とは異なり、また両者は分断されているため、もっとも重要なブレークスルーも両者の間にある死の谷に落ちてしまい、事業化されないのだ。[p.59-60]」

イノベーションにおける担当者の役割
・技術開発者(Inventor):「技術開発者はFFEにおいて、イノベーションにつながる技術やアイデアの発案者となる場合が多い。彼らは、製品に必要な技術や顧客の課題、市場ニーズを解決する製品機能をつくり出す。[p.63]」
・チャンピオン(Champion):「チャンピオンは新技術や大きなポテンシャルのある市場機会を認識し、そのプロジェクトを自身のものとして主体的に行動する。・・・事業やマーケティングに関する手腕に優れ、組織内で生まれた技術を見出し、その技術の潜在力を理解する。[p.64]」
・製品開発担当者(implementer):「プロジェクトが正式に承認されるとプロジェクトを統括し、それぞれの業務や各段階が時間通りに、また予算内に進められるよう取り計らう[p.65]」。
・「技術開発者、チャンピオン、製品開発担当者は、それぞれブレークスルー・イノベーションの異なる段階を担当するが、誰ひとりとしてFFEにおいてニーズの把握に責任を持たない。そして、この状況が『打つ釘がない金槌』のようなブレークスルー・イノベーションにつながるのである。[p.66]」
・(シリアル・イノベーターは)「ニーズを把握し、研究開発を牽引し、チャンピオンとなり、遂行段階においては自らプロジェクトを指揮する。[p.67]」
・(シリアル・イノベーターの)「存在は希少だ。筆者の調査によれば、一企業の技術専門スタップ50人に1人から200人に1人ぐらいしかいない。[p.67]」

シリアル・イノベーターが主導するプロセス[第2章]
・「シリアル・イノベーターによるブレークスルー・イノベーションでは、開発において以下のポイントに重点が置かれている。
FFE
:興味深い課題を発見し、把握する。
その課題に対する解決策を開発し、評価する。
プロセス全体を通じて顧客との接点を持つ。
製品開発チームを編成し、リードし、支援する。
顧客に受け入れられ、市場で普及するよう最後まで努力する。」[p.138
・「シリアル・イノベーターは『適切な課題』を探すために、多大な時間を使う[p.139]」。「そして一度製品開発が開始されると・・・(それまでとは異なり)会社の標準のプロセスを活用する。そのほうが効率がよいからだ。そして最後に、製品が市場に普及するよう活動する。曖昧な初期段階(FFE)にかかる時間がもっとも長いとしても、顧客はプロセスの各段階で不可欠な存在である。[p.145]」
・「シリアル・イノベーターは顧客との深く細部にまでわたる関わり合いを通じて洞察を得るが、組織のマーケティング機能からそうした洞察は得られないという。[p.148]」「シリアル・イノベーターは顧客ニーズを細部にいたるまで理解すべく、顧客没入型のアプローチをとる。[p.149]」「シリアル・イノベーターはラポール、つまり、顧客との間に精神的に確固とした人間関係の基盤を築く。・・・シリアル・イノベーターは、自分の仕事は顧客の夢を製品開発で実現することだと考えている。[p.151]」
・「ブレークスルー・イノベーションは企業を未開拓の市場へと導いてくれるものではあるが、こうした環境の中でその開発を社内に承認してもらおうとすると、政治的にさまざまな問題を引き起こすことになる。[p.176]」、(シリアル・イノベーターは)「ブレークスルー・イノベーションを開発まで持っていくには、政治的な駆け引きを学ばなければならないことに気付く。[p.179]」、「組織において、日々の業務を成し遂げるのに欠かせない人間関係は信頼から生まれる。・・・信頼関係の構築には、不可欠な要素が4つある。1、能力、2、信頼性(有言実行か)、3、オープンかつ誠実である、4、気遣い[p.182]」である。

シリアル・イノベーターのMP5モデル(シリアル・イノベーターの特性と行動)
モチベーション(Motivation):外的要因(緊急かつ重要な課題を抱えた顧客や企業の存在)、内的要因(創造への欲求、達成感)が関わる。「シリアル・イノベーターのモチベーションの源泉は、課題解決への好奇心や技術分野での熟達、発見の喜び、そして新しいものを創造することで人々の暮らしをよくしたいという内発的報酬である。[p.218]」
パーソナリティ(Personality):比較的変化しにくい。「パーソナリティには2つのグループがあり、そのうちの一つは、『好奇心』『直感』『創造力』『システム思考』である。いずれも斬新な技術やプロセスを創造する源となる。もう一つのグループは『自立心』『自信』『リスクの選択能力』『忍耐力』だ。これらは、いずれも長期にわたってプロジェクトを続けるうえで重要となってくる。[p.217]」システム思考とは、個々の事象に目を奪われずに、各要素間の関連性に注目して全体像を捉えようとする考え方。
パースペクティブ(Perspective):仕事中心で理想主義者という世界観が顕著。「シリアル・イノベーターのパースペクティブには、次のような特徴がある。1、顧客や企業、チームといった関係者全員に共通する価値(共通善)を尊重し、自分自身よりも優先させる。2、技術はあくまでも事業の成功のための手段と捉える。3、複数の事象の関係性を見出し、システム全体を見通してシンプルに書き換えることで、目に見える結果を追求する。[p.217-218]」
構え(Preparation):仕事をしながら学び続け、知識領域を拡大する。「シリアル・イノベーターは、強力な観察者であると同時に学習者でもある。・・・好奇心が幅広くかつ深いので、複数のテーマや課題に興味を持ち、それらを完全に理解しようと、その渦中へと深く飛び込んでいく。しかし、一方で彼らはシステム思考を行うので、対象としているシステム・・・全体を理解しようと努める。[p.248]」
プロセス(Process):顧客と技術、市場の間を行き来する。直線的ではなく、重複や反復フィードバックが発生する。製品の発売後も続く。
社内政治(Politics):社内で政治的駆け引きを行い、解決しようとする顧客の課題に関して承認を得なければならない。

シリアル・イノベーターを見つけるには

・「潜在的シリアル・イノベーターを特定するには、一人の人物に以下の重要な5つの特性がすべて表れていることを認識する。1、システム思考(一見無関係に見える点同士を結びつける能力)、2、平均以上の創造力(極端に高い必要はない)、3、複数の知識分野にまたがる生来的な好奇心、4、深い専門知識をベースに直感を働かせる力、5、物事を『よりよく』したいという生来的なモチベーション[p.256]」。

シリアル・イノベーターのマネジメント
・「シリアル・イノベーターをさまざまな外的制約から解き放ち、力を発揮させられるのは直属のマネジャーだけなのだ。・・・有能なマネジャーは、シリアル・イノベーターが物事を深く理解するために必要な時間を提供する。その時間は、もっとも重要な課題を見定め、その最善の解決策を見いだすために必要なものだ。[p.297]」
・「自我の強いマネジャーや注目を集めたいマネジャーは、シリアル・イノベーターを効果的にマネージできない・・・。シリアル・イノベーターのマネジャーとしてもっとも成功するのは、自我をうまくコントロールし、シリアル・イノベーターひいては自分たちの会社を成功へと導くことができる人物である[p.301]」。
・「シリアル・イノベーターが転属や転職を考える理由の一つが、『わかっていない』マネジャー、つまり彼らを効果的に管理できないマネジャーのもとへの配属である。以下に・・・『わかっていない』マネジャーの特徴を挙げる。1、細かく管理する、2、シリアル・イノベーターとの人間関係を構築せず、交換条件をもちかける、3、忍耐力がない、4、リソースを出し惜しみする、5、シリアル・イノベーターの成功を横取りする。[p.303]」
・「クリステンセンによれば、ブレークスルー・イノベーションが既存の事業部内で生まれても、成功する可能性は低いという。成功率を高めるために彼が推奨するのは、独立した組織をつくることだ。・・・大企業でブレークスルー・イノベーションを支援する難しさについて、筆者はクリステンセンと同意見である。しかし、社内の障壁を克服する方法としては、別の解決策も提示したい。クリステンセンの提案に欠けているのは、成熟企業のリソースの活用から生じる莫大な価値だ。こうしたリソースは、通常は既存顧客のニーズに対応するために用いられる。しかし、その一部をブレークスルー・イノベーションに向けることにも価値があると、筆者は考える。クリステンセンと同じ前提に立つすべてのケースで、啓蒙された積極的な経営層とブレークスルー・シリアル・イノベーターが組むことで、会社が活性化された例が見られた。[p.307-308]」
―――

大企業においてイノベーションを起こすことが難しいことは、もはや周知のことかもしれません。しかし、なぜ難しいかがわかれば、対応策を考えることができます。Govindarajanをはじめとして大企業におけるイノベーションの可能性を見直す指摘も増えていると思いますが、本書が着目した大企業におけるシリアル・イノベーターの活躍も、その可能性の一つと考えることができると思います。特に、ジョブズのような起業家的イノベーターでない、大企業内イノベーターがどのようにイノベーションを成功させているのかを知ることは、これからのイノベーションのやり方を考える上で、示唆に富むものと言えると思います。

具体的には、例えば、イノベーターにはどの程度裁量権を与えるべきなのか、社内の既存部署と分担してイノベーションを進めた方がよいのか、それともイノベーションは専属の部署に任せるべきなのか、イノベーターが初期段階に関与して可能性を示した後は、実用化を目指す別組織が引き継いでイノベーションを進めるべきなのか、それともイノベーターは最後まで関わるべきなのか、といった問題に対する一つのヒントを与えてくれているように思います。シリアル・イノベーターの活動は、ブレークスルー・イノベーションにおいて、イノベーションの初期段階から実用化後に至るまでの様々な過程でずっと関わり続けることが特徴のようです。してみると、イノベーションの進め方は、そのイノベーションが段階的イノベーションなのか、ブレークスルー・イノベーションなのか、シリアル・イノベーターの素養をもった人が能力を発揮できる環境でイノベーションに関わっているのかどうかに基づいて判断する必要がある、ということなのだろうと思います。もう一点、シリアル・イノベーターが苦労しているポイント、例えば、適切な課題の探索と理解や社内政治プロセスは、そのまま現在の企業の課題を示しているのではないか、ということも指摘しておきたいと思います。こうした困難を楽に乗り越えられるようなマネジメントや仕組み作りができれば、もっとイノベーションを活発化できるのではないか、というヒントも与えてくれているように思います。

ジョブズのような天才的イノベーターは、おそらく滅多にいないでしょう。従って、比較的普通の人でもイノベーションができる仕組みを構築することが重要なはずだ、という考え方自体は原則的に正しいと思います。しかし、稀有の天才ではなくても、シリアル・イノベーターは50人~200人に1人ぐらいの割合でいるようです。であれば、そういう人材を有効に活用しない手はないでしょう。本書に示唆された、シリアル・イノベーターの成功のメカニズムや活躍のための環境づくりの方法を理解することによって、今まで十分に活用されていたとはいえないシリアル・イノベーターによるイノベーションのチャンスを広げられるのではないでしょうか。シリアル・イノベーターが活躍しやすい企業、そんな企業になれば段階的イノベーションの成功確率も上がるのではないかと思いますが、いかがでしょうか。


文献1:Abbie Griffin, Raymond L. Price, Bruce Vojak, 2012、アビー・グリフィン、レイモンド・L・プライス、ブルース・A・ボジャック著、市川文子、田村大監訳、東方雅美訳、「シリアル・イノベーター 『非シリコンバレー型』イノベーションの流儀」、プレジデント社、2014.
原題:Serial Innovators: How Individuals Create and Deliver Breakthrough Innovations in Mature Firms

参考リンク<2015.2.8追加>


Thinkers50 -経営思想家ベスト50(2013年)

Thinkers50は、2年に一度発表される存命中の経営思想家のランキングです。本ブログでも2011リストを紹介しましたが、先日2013年の調査結果が発表されました[文献1]。評価項目は、アイデアの妥当性、研究の厳密さ、アイデアのプレゼンテーション、アイデアの普及、国際的展望、アイデアの独創性、アイデアのインパクト、アイデアの実用性、ビジネスセンス、影響力で、前回同様webサイトでの投票と、Stuart CrainerDes Dearloveをリーダーとするアドバイザーチームの意見によって順位が決定されています。

学問的な観点からの経営学者の評価ではありませんが、実務家から見た評価や最新の考え方の動向を知る上で参考になるのではないかと思います。前のブログ記事同様、独断ですが、イノベーションに関する貢献が大きいと考えられる思想家に、◎(極めて重要)、○(重要)をつけてみました。以下のコメントは、主にThinkers50webページの紹介に基づいていますが、若干追記させていただいたところがあります。ベスト50のリストは以下のとおりです。

Thinkers502013年の結果(カッコ内は2011年の順位)
1、Clayton Christensen(1):◎、「破壊的イノベーション」理論の提唱者。2011年につづく連続第1位。2012年刊の「イノベーション・オブ・ライフ」は、Thinkers50 Best Book Award候補。
2、W. Chan Kim & Renée Mauborgne(2):○、「ブルーオーシャン戦略」の提唱者。現在はINSEAD Blue Ocean Strategy Instituteをマレーシア、南ア等に展開。Thinkers50 Global Solutions Award候補者。
3、Roger Martin(6):○、インテグレーティブシンキングで有名。A.G.Lafleyとの共著「Playing to Win(邦訳、P&G式『勝つために戦う』戦略)(2013)」がThinkers50 Book Award受賞。
4、Don Tapscott(9):○、デジタルネイティブ、ウィキノミクスで有名。ビジネスや社会への技術の影響、イノベーション、メディア、国際化などに関する権威の一人。Thinkers50 Global Solutions Award受賞。

5、Vijay Govindarajan(3):◎、近著「リバースイノベーション」については本ブログでも取り上げました。Thinkers50 Innovation Award候補者。
6、Rita McGrath(19):○、「仮説のマネジメント」「仮説指向計画法(Discovery-Driven Planning)」で有名。Strategy Award受賞。近著「The End of Competitive Advantage (2013)」がBook Award候補。
7、Michael Porter(5):5つの力のフレームワークで有名。2005年のThinkers50トップ。最近では、shared valueの概念を提唱、企業は株主だけでなく社会にとっての価値創造も行なうべきと主張。
8、Linda Hill(16):○、ハーバードビジネススクール教授。Thinkers50 Leadership Award候補者。管理職、リーダーシップを研究。近著は「Collective Genius: The Art and Practice of Leading Innovation」。
9、Herminia Ibarra(28):「キャリア・チェンジ」で有名。Thinkers50 Leadership Award受賞。
10、Marshall Goldsmith(7):エグゼクティブコーチ、360度フィードバック、MOJOで有名。
11、Pankaj Ghemawat(27):Global Connectedness Indexにより、Global Solutions Award候補者に選出。
12、Jim Collins(4):○、「ビジョナリーカンパニー」シリーズの著者。最新の著作「Great by Choiceビジョナリー・カンパニー4 自分の意志で偉大になる)」がBook Award候補。
13、Daniel Pink(29):「ハイ・コンセプト」「モチベーション3.0」で有名。新著「To Sell is Human(人を動かす、新たな3原則)(2012)」がBook Award候補。
14、Lynda Gratton(12):ロンドンビジネススクール教授。新著は新しい働き方を提示した2011年発表の「The Shift(ワーク・シフト)」。Global Solutions Award候補者。
15、Amy Edmondson(35):チームワークを研究。新著は「Teaming」(2012)。Leadership Award候補者。ハーバードビジネススクール教授。
16、Sylvia Ann Hewlett(11): Center for Work-Life Policy(非営利シンクタンク)代表。新著は「Forget a Mentor, Find a Sponsor」(2013)。
17、Richard D’Aveni(21):戦略論が専門。ハイパーコンペティションやコモディティ化などを検討。Strategy Awardの候補者。新著「Strategic Capitalism (2012)」がBook Award候補。
18、Marcus Buckingham(8):自分の強みを発揮する、という考え方で有名。新著は「Stand Out」。
19、Gary Hamel(15):プラハラードとの共著「コア・コンピタンス経営」で有名。
20、Nirmalya Kumar(26):ロンドンビジネススクール教授(マーケティング)から最近タタグループへ。
21、Nitin Nohria(13):ハーバードビジネススクール学部長。リーダーシップの研究者。
22、Teresa Amabile(18):○、ハーバードビジネススクール教授。創造性、モチベーションなどを研究。
23、Richard Rumelt(20):経営戦略論、多角化戦略、RBVResource Based View)で有名。Strategy Award候補者。新著は「良い戦略、悪い戦略」(2012年)。
24、Jeffrey Pfeffer(22):「権力」「事実に基づく経営」などが有名。
25、Richard Florida(-):○、「The Rise of the Creative Class」著者。トロント大学。
26、A.G. Lafley(-):○、P&GCEOを2010年に引退、R.Martinとの共著「Playing to Win(邦訳、P&G式『勝つために戦う』戦略」がThinkers50 Book Award受賞。2013年5月にP&Gに復帰。
27、Stewart Friedman(45):リーダーシップ、work/lifeの統合などの専門家。Leadership Award候補者。新著は「Baby Bust: New Choices for Men and Women in Work and Family (2013)」。
28、Morten Hansen(-):○、J.Collinsとの共著「Great by Choiceビジョナリー・カンパニー4 自分の意志で偉大になる)」がBook Award候補。UCBerkeleyおよびINSEAD教授。ボストンコンサルティング出身。
29、Tammy Erickson(33):職場における世代ギャップ、世代交代、労働力変化を研究。
30、David Ulrich(23):人事、人材育成戦略が専門。新著は「The Why of Work (2011)」。
31、Liu Chuanzhi(-):LENOVOの創業者。Leadership Award候補者。
32、John Kotter(34):変革のマネジメント、リーダーシップ論で有名。
33、Chip Heath & Dan Heath(-):本ブログでも「アイデアのちから」「スイッチ!」を取り上げました。
34、Sheryl Sandberg(-):FacebookCOO。「Lean In」でBook Award候補。
35、Umair Haque(49):コンサルタント。「The New Capitalist Manifesto (2011)」の著者。
36、Daniel Goleman(39):心の知能指数EQ(原著ではEIEmotional Intelligence)で有名。
37、Henry Chesbrough(38):◎、「オープンイノベーション」提唱。Innovation Awardの候補者。
38、Rosabeth Moss Kanter(25):企業変革、リーダーシップ、responsible capitalismなどを研究。
39、Julian Birkinshaw(-):ロンドンビジネススクール教授。HamelManagement Innovation Lab設立。
40、Subir Chowdhury(50):The Economics of Qualityの考え方でBreakthrough Idea Award候補。
41、Fons Trompenaars(42):異文化間グローバル人材戦略を研究。
42、Chris Zook(-):Bain & Coパートナー。新著「Repeatability (2012)」などで単純化の重要性を指摘。
43、Sydney Finkelstein(-):なぜ有能な経営者が失敗するかなどを研究。
44、Anil Gupta(-):H.Wangとの共著「Getting China and India Right」でGlobal Solutions Award候補。
45、Andrew Kakabadse(44):企業トップ層、取締役会、ガバナンス等を研究。Leadership Award候補。
46、Rakesh Khurana(41):リーダーシップ、CEO、カリスマなどを研究。
47、Celia De Anca(-):イスラム圏を含むグローバル化を研究。Global Solutions Award候補。
48、Liz Wiseman(-):Oracleの前役員。近著は「Multipliers」など。Leadership Award候補。
49、Doug Ready(-):International Consortium for Executive development Research創立者。
50、Wang Shi(-):中国の世界最大の住宅デベロッパーVanke(万科)創設者。

なお、野中郁次郎氏が、Lifetime Achievement Awardを受賞されました。また、今回から、Hall of Fameが設けられ、そこに選出されるとリストには載らなくなりました。今回発表されたHall of Fameメンバーは、Chris ArgyrisWarren BennisHoward GardnerCharles HandyRobert Kaplan and David NortonPhilip KotlerHenry Mintzberg、野中郁次郎、大前研一、Tom Petersです。Hall of Fameメンバー以外で、前回リストに選出されながら、今回選に漏れた人々の中には、Malcolm GladwellSeth GodinAdrian SlywotzkyStephen Coveyなどが含まれています。今回は実証的、実践的な思想家が高く評価されたということかもしれません。

今回の傾向として、前回よりもさらにイノベーションの重要性が評価されている印象を受けました。上位ランクの思想家にイノベーションを研究対象にしている人が多く選ばれたことは、その表れのように思われます。また、新興国を含めたグローバル化が注目されていることも今回の特徴でしょう。新興国への注目は前回リストでも見られましたが、今回は、中国の思想家が2人リスト入りしています。どちらも思想家というより、経営者としての実践面での評価が大きかったと思われますが、経営思想のグローバル化が今後も進んでいくことを示唆しているのかもしれません。これに対して、日本の思想家がHall of Fameの2名しかリストアップされていない、というのはやや寂しく感じられます。もちろん、思想が注目されることと、実践面で成功することは同一ではないとは思いますが、日本での成果を世界につなげていくことも期待したいところです。

なお、Innovation Awardの受賞者と候補者リストは以下のとおりです。上記の50名のリストには入っていない人もいますが、研究開発を考える上で要注目だと思います。
受賞者:
Navi Radjouthe Centre for India & Global Businessの前所長、Jaideep PrabhuSimone Ahujaとの共著「Jugaad Innovation: Think Frugal, Be Flexible, Generate Breakthrough Growth (2012)」、Prasad Kaipaとの共著「From Smart to Wise (2013)」が注目されています。
候補者:
Ron Adner:「The Wide Lens: A New Strategy for Innovation (2012)」著者。
Henry Chesbrough(上記参照)
Vijay Govindarajan(上記参照)
Hal GregersenChristensenとの共著「Innovator’s DNA: Mastering the Five Skills of Disruptive Innovators (2011)」著者。
Matt Kingdon:「The Science of Serendipity: How to Unlock the Promise of Innovation in Large Organizations (2012)」著者。
Kai-Fu Lee:北京のベンチャーキャピタリスト。「Making a World of Difference (2011)」著者。
Alexander Osterwalder & Yves Pigneur:「Business Model Generation: A Handbook for Visionaries, Gamechangers and Challengers (2010)」著者。


文献1:「The Thinkers50webページ
http://www.thinkers50.com/




「イノベーションを実行する」(ゴビンダラジャン、トリンブル著)より

イノベーションを成功させるためには、アイデアだけではなくそのアイデアをどのように事業化するかも重要です。しかし、事業化段階において、どんな点に注意してどのように実行すればよいのかについてはそれほど明確ではありません。今回は、事業化に向けてのイノベーションの実行段階に焦点を当て、どのようにすれば障害を乗り越えられるかを述べた、ゴビンダラジャン、トリンブル著、「イノベーションを実行する」[文献1]の内容をまとめておきたいと思います。

本書の原題は「The Other Side of Innovation, Solving the Execution Challenge」です。著者らは、「確かにアイデアなしではイノベーションは始まらないが、『ビッグアイデア探し』の重要性はあまりにも強調されすぎている。だからわたしたちは・・・イノベーションの向こう側、つまり『実行』を取り上げることにした。[p.284]」と述べています。原題にあるthe other sideは、もう一つの側面(向こう側)、すなわち「アイデア」とは異なる側面=「実行」の側面、でありこれが主題ということでしょう。

本書のもう一つの特徴は、著者らが、いわゆる起業家ではなく大企業におけるイノベーションを想定している点です。著者は、「現実問題としては、多くのイノベーションはゼロからの起業家の手には届かないところにある。しっかりと確立した大企業にしか、取り組めないのだ・・・。わたしたちは、大企業こそ、人類が直面している・・・最大の、そして複雑な問題解決に最も貢献できると考えている。[p.295]」と述べています。これは、Christensenがイノベーションのジレンマで指摘した「実績ある企業の成功のかぎとなる意思決定プロセスと資源配分プロセスこそが、・・・破壊的イノベーションに直面したときに優良企業がつまずき、失敗する理由である[文献2、p.139-140]」、「初期の破壊的技術によって生じるチャンスが動機づけになるほど小規模な組織に、プロジェクトを任せる方法を選ぶべきである[文献2、p.192-193]という考え方に逆らうもののように思われます。しかし、著者らは、破壊的であるかどうかにかかわらず大企業にイノベーション実行上の問題点があるなら、その問題点が取り除かれれば小規模な組織でなくてもイノベーションが可能になる、と主張しているようにも思われます。以下、本書の内容をまとめます。

はじめに:イノベーションを実行する
・「イノベーションのほんとうの課題はアイデアの先にある。そこには――創意から影響力をもつ現実への――長く厳しい道程がある。[p.51]」
・「『パフォーマンス・エンジン』は強力で有能だ。生産性と効率を実現し、成長に導く力があるし、ある程度のイノベーションの能力もある。継続的な改善のプロセスや過去と類似商品の開発イニシアチブには取り組むことができる[p.51]」。ここで「パフォーマンス・エンジン」とは、「成長し成熟していく企業は毎四半期に安定した利益を上げるというプレッシャーによってかたちづくられ、型にはめられる。組織は不可避的に、わたしたちが『パフォーマンス・エンジン』と呼ぶものに進化する[p.30]」、というものです。
・(パフォーマンス・エンジンの能力を)「超えた部分では、イノベーションと継続事業のあいだには基本的な矛盾があり、『パフォーマンス・エンジン』だけではイノベーションは不可能になる。[p.51]」
・「イノベーション・リーダーは自分たちが既存の体制と闘う反逆児だと思いこむ場合が多い。だが、官僚的な怪物に一人で立ち向かっても勝ち目はほとんどない[p.52]」
・「本書の基本的な処方箋:どのイノベーション・イニシアチブ(取り組み)にもそれ専用のモデルで編成されたチームと、綿密な学習プロセスを通じてのみ修正される計画が必要である。[p.52]」
・『パフォーマンス・エンジン』との緊張は避けられないにしても、イノベーション・リーダーは『パフォーマンス・エンジン』と相互に尊重し合う関係を築く努力をすべきである[p.52]」

第1部:チームづくり
第1章、分業
:専任チーム(フルタイムでイノベーション・イニシアチブの実行に専念する)と共通スタッフ(「パフォーマンス・エンジン」の一部で、パートタイムで一部のイノベーション・イニシアチブの実行や支援にあたる)のあいだで、イノベーション・イニシアチブ実行の責任をどう分担するかを決める。
・「業務上の関係から生じる限界は、個人のスキルの組み合わせから生じる限界よりもずっと厳しい[p.70]」。「問題は、『パフォーマンス・エンジン』が継続事業をうまく維持したうえで、何ができるかということだ。・・・『パフォーマンス・エンジン』内部の作業編成がイノベーション・イニシアチブのある部分の必要性と矛盾するなら、その部分は専任チームに任せなければならない[p.61]」。「イノベーション・イニシアチブを支援する『パフォーマンス・エンジン』が取り組む仕事は、継続事業と並行して流れるものでなければならない・・・。それならイノベーション・イニシアチブの支援が追加されても、『パフォーマンス・エンジン』を流れる仕事の量が変化するだけですむ。[p.72]」
・「パフォーマンス・エンジン」の作業編成がイノベーション・イニシアチブの要求に適合するかどうかは、作業編成の3つの基本的側面(深さ、パワーバランス、作業リズム)から判断する。深さとは、例えば同じ部品を担当するなどの場合に密接に協力するなど、業務上の関係の深さのこと。パワーバランスとは、例えば権威や主導権を持つなどのこと。作業リズムは、開発期間、予算規模などのこと。[p.62-88

第2章、専任チームの人材集め:誰を専任チームに入れるか、またその役割と責任を決める。
・専任チームを結成するときのアドバイス:1)必要なスキルを明確にする、2)可能な限り最高の人材を採用する、3)専任チームの組織モデルを仕事の内容に合致させる。[p.93
・よくある7つの間違い
第1の罠、インサイダー重視のバイアス:プライド、なじみ、気楽さ、便利さ、報酬規定、社内の人間にチャンスを与えたいという思いなどから内部の人間をチームに入れたくなるが、スキル不足のリスク、組織の記憶に妨げられて失敗するリスクがある。組織の記憶とは、いわゆる、古いやり方、慣れ親しんだやり方、習慣やバイアス、行動パターン、思考パターンなど。「専任チームには内部の人間と外部の人間の両方が必要だし、『パフォーマンス・エンジン』との健全な共同事業が必要[p.103]」。ゼロベースの組織デザイン(専任チーム独特の役割と結びつくもの)が必要。[p.95-106
第2の罠、役割や責任について、それまでの規定を援用する:これを防ぐには、新しい肩書、過去の知識を一掃する業務分担、専用スペースなどが効果的。[p.106-108
第3の罠、パフォーマンス・エンジンのパワーセンターの支配を再強化する:力を持っている部署の影響力を変化させるために、外に見える形式的な手段などを用いるとよい。[p.108-109
第4の罠、それまでどおりの数値目標で業績評価を行う:「パフォーマンス・エンジンではとても意義のある数値目標でも、専任チームにも同じように意義があるという場合はごく少ない[p.109-110]」。
第5の罠、異なる社風の創造に失敗する:「イノベーション・リーダーは新たな価値観を表現する新しいストーリーを創造し、広めたほうがいい。」「専任チームは自分たちだけにイノベーションの気風があると主張してはいけない。」[p.111
第6の罠、できあがったプロセスを使う:「専任チームがパフォーマンス・エンジンをコピーすべきだという状況はありえない。[p.112]」
第7の罠、同質化圧力に負ける:「あらゆる手段で効率を最大化しようとするサポート機能のリーダーがいると、専任チームは組織の記憶を克服することがほぼ不可能になるだろう。こういう面では自分たちを例外扱いしてもらいたい、と強く主張しなくてはいけない。[p.112-113]」

第3章、共同事業のマネジメント:求められるものを明確にし、必ず起こる対立を調整する。
第1の課題、稀少なリソースの取り合い:リソース配分は、1つのプラン、1つのプロセスを通じて行う、共通スタッフに十分な支払いをする、配分されたリソースに支払いをする、パフォーマンス・エンジンの業績評価を、不確実なイノベーション・イニシアチブとできる限り切り離す、事前に緊急事態に備えて対策を考えておくことなどで回避できる。
第2の課題、共通スタッフの関心の分裂:「専任チームにとってはイノベーション・イニシアチブがすべてだが、共通スタップにとってはたくさんのことのなかの一つにすぎない。[p.142]」「イノベーション・イニシアチブがパフォーマンス・エンジンの立場や生き残りを脅かすと感じる理由があれば、共通スタッフのエネルギーを向けてもらうのは非常に困難だろう。・・・いままでのアセットを弱体化させるか、継続中のオペレーションを食い荒らすのではないか、とパフォーマンス・エンジンが不安を感じているときには、とりわけ難しい[p.144]。」こうした場合には上級エグゼクティブの積極的な関与が重要。
第3の課題、パートナーの不調和:「パフォーマンス・エンジンと共通スタッフが専任チームに不満を抱くのにはさまざまな理由がある。要するに、『あなたがたはわれわれとは違うから、われわれに優越感を抱いているように見えるから、もっと楽しそうだから、あなたがたにばかり日が当たるから、特別待遇をされているから、何より、われわれの縄張りに侵入しているから、気に入らない』というわけだ。[p.149]」これに対しては、責任分担の明確化、共通の価値観の強化、共通スタップの積極的協力が欠かせない役割はインサイダーのメンバーに任せる、専任チームを共通スタップの重要メンバーの近くに置く、協力できることの重要性を強調する、などが役に立つ。[p.149-150

第2部、規律ある実験
第4章、実験の整理と形式化:
実験から学習するための基本原則
・「わたしたちの目的にとっての学習とは、憶測に基づく予想を信頼できる予測に変えていくプロセス[p.171]」
・実験の形式化:「実験開始前に、何をしようとしているのか、何を期待しているのか、その理由は何かを書き出しておく。そして起こると考えたことと実際に起こったことの違いを分析して、教訓を引き出す。それから学習に基づいて、プランを練り直す。[p.176]」という科学的手法を採用すべき。
・実験指針の10原則
原則1、プランニングへの重点投資:不確実性が増すほどプランニングの価値は減少すると考えがちだが、「予測の価値は正確性にあるのではなく、その後の結果の解釈の目安になれるかどうかにある。[p.181-182]。」
原則2、一から作り上げるプランとスコアカード:「イノベーション・イニシアチブは過去からの意図的な決別だ。標準的なプランニング・プロセスやコスト項目、業績評価の数値指標が当てはまることはめったにない。」[p.182-183
原則3、データと想定の議論:「大胆なイノベーション・イニシアチブは・・・10%がデータで90%は未知の世界かもしれない。このような状況でデータの話しかできないなら、大事なことの10%しか語れない。それよりも未知のことに目を向けて、予測のもとになっている想定の具体的な輪郭を明らかにして話し合う方がずっとうまくいくだろう[p.184]」
原則4、仮説を明確にし、文書化する:「土台となる仮説をきちんと明確な文書にしておかなくてはいけない。この原則を守っていないと、・・・何が起こったのか、それはなぜなのかについての説明をでっちあげてしまうかもしれない。・・・バイアスと政治的駆け引きが学習を排除してしまう。[p.185-186]」
原則5、わずかなコストで多くを学習する:「大規模な実験を開始する前に、もっと小型の実験でも同じ情報が得られるのではないかと問いかけたほうがいい。[p.186]」
原則6、結果の検討は別の会議で:「イノベーションの検討と継続事業の検討を同じ会議で行うのは難しい。検討すべき内容がまるで違っているからだ。[p.187-188]」
原則7、プランを頻繁に見直す:「頻繁に見直すことが重要なのは、学習のペースはプランを見直して改訂するペースに制約されるから[p.189]」
原則8、趨勢を分析する:「イノベーション・イニシアチブの評価の場合、・・・黒白がはっきりしていない。目を向けるべきは結果ではなくて、趨勢(トレンド)なのだ。[p.189]」
原則9、予想の正式な見直し:イノベーションの場合、「当初の予想はほとんどの場合、間違っている。さらに、学習プロセスは予想改善のプロセスである。したがって予想が変更不能であれば、学習は不可能になる。」ただし、「予想の見直しは厳密な学習プロセスを経てのみ、行われるべきだ。学習された結果に対する関係者たちの同意が必要」[p.191
原則10、イノベーション・リーダーの評価は主観的に:「イノベーション・リーダーに説明責任を求めることは、いくつかの悪影響を及ぼす。」予想を低めに設定する、努力を放棄してあっさりあきらめる、情報を隠す、プランどおりに運ぼうとして、不必要なリスクを冒す、等が考えられる。数値ではなく、「学習し適応する能力で評価」すべき。[p.191-193

第5章、仮説のブレークダウン:
・「イノベーションの土台となる仮説は、行動と結果、その後の結果の因果関係に関する想定からできあがっている[p.231]」。「因果関係のマップを作ったら、それぞれのつながりを検討しよう。それぞれの想定はどこまで不確実か?想定が違っていた場合、どんな結果になるか?最も重要な未知数は何であるかを明らかにして、スピーディーに低コストでその未知数をつきとめる方法を見つけること[p.232]」

第6章、真実を見つける:「結果を解釈する際には、分析的で客観的な解釈ではなく、心地よくて都合がよい解釈に向けて組織から無数の圧力がかかる。これらの圧力を理解し、克服しなくてはならない。[p.167]」
・判断に影響する7つのバイアス
バイアス1、予測の過信:「失敗は予測の間違いではなく実行の欠陥にあると説明したがる傾向は、イノベーションにとって普遍的な、そして最も危険な敵であるとわたしたちは考えている[p.238]。」GEのような「強烈な業績重視の社風がプラスに働くのは、信頼できる予測が可能な環境だけである。・・・パフォーマンス・エンジンでは予測は正しいとみなされる。イノベーションでは予測は間違っているとみなさなくてはならない。[p.240]」「わたしたちは長年、計画に対する責任を厳しく問うことがイノベーションを妨げると繰り返してきた。[p.241]」「因果関係をたどっていくと、前例がはっきりせず、予測が信頼できないところにぶつかるだろう。そうなれば、結果責任はもうリーズナブルでも効果的でもない。責任のモードを結果から学習へと変える必要がある。リーダーは結果に基づいて評価されるのではなく、厳密な学習プロセスに従ったかどうかで評価されなければならない[p.249]」「イノベーション・イニシアチブは・・・会社の賭けであり、リーダーの第一の仕事は制御実験を行うことである[p.258-259]」。
バイアス2、エゴ・バイアス:「人は実験に成功したときには計画して実行した行動のおかげだと考え、失敗すると外部の影響のせいと考える傾向がある[p.261]
バイアス3、新近性バイアス:「実験の結論を出すときには直前の出来事に注目してしまい、実験の最初から終わりまでの出来事をトータルに検討するのを怠るという過ちを犯す傾向がある。[p.262]
バイアス4、慣れのバイアス:「慣れ親しんだ説明に流れる[p.262]
バイアス5、サイズのバイアス:「大きな結果は大きな行動によって生まれると頭から思いこむ[p.262]

バイアス6、単純性バイアス:「いちばんよくある――そして危険でもある――拙速な評価方法は、単純にパフォーマンス・エンジンの数値指標と基準をイノベーション・イニシアチブに適用することだろう[p.263]
バイアス7、政治的バイアス:社内の競争に基づくバイアス。

結論:前進、そして上昇
・「監督役のエグゼクティブの責任は、四つに分類できる。まずイノベーション・イニシアチブに良いスタートを切らせること、パフォーマンス・エンジンとの関係を監視すること、厳密な学習プロセスを進行させること、そしてイノベーション・イニシアチブの幕引きをすることだ。[p.269]
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本書の第一の意義は、既存事業を持つ企業が、事業化に向けてイノベーションを実行しようとする際に、社内の資源を有効に活用する上での障害と、その障害を乗り越えるためにはどうしたらよいかがまとめられていることでしょう。既存事業を営む企業が、破壊的イノベーションに対してうまく対応できないこと、自ら破壊的イノベーションに乗り出し難いことは、Christensenの指摘のとおりだと思いますが、本書の著者らにより、具体的に既存企業の何がイノベーションの障害になりうるかが明らかにされたことにより、その障害への対応が取れる可能性が示されたのではないでしょうか。もちろん、既存企業の社風や社内力学に基づく障害を克服することは容易ではないでしょうが、うまく実行さえできれば、既存企業の強みを生かしたイノベーションを生み出す可能性が示唆されていると思います。既存企業の強みと弱み(障害)を認識することで、イノベーションの特性に合わせて様々な実行上の選択肢を検討することができるようになると思います。

著者らの述べているイノベーションの障害とその回避策については、私の個人的経験に照らしても理解しやすいものです。もちろん、イノベーションを進める上での困難は、これだけにとどまりませんし、その回避策も著者らの提示した方法以外のやり方もありうるでしょう。イノベーションの内容や、その企業の状況に応じて、変えていく必要がある場合もあるでしょう。例えば、著者らはイノベーションにおける上級経営陣の積極的な支援を重要視していますが、そうした支援が得られない場合には、どうしたらよいのか、という疑問もわいてくるわけですが、そのような疑問に対しては、そうした障害を生み出すメカニズムについての著者らの示唆に基づいて、個別に対応を考えることが可能だと思います。それは我々に与えられた課題なのでしょう。

イノベーション成功の方法を探ることは本ブログの主題でもあります。そのためにどのような実行の方法をすべきかについては様々に考えてきましたが、その視点は研究グループをどう運営するか、という点にやや偏っていたかもしれません。著者らの指摘するような、イノベーションを達成する手段としての社内連携についても、しっかりと考慮する必要があることを認識させられた点、その内容に加えて有意義だったと思います。

文献1:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2010、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.
文献2:Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションへのジレンマ」、翔泳社、2000.

参考リンク<2014.1.26追加>


「リバース・イノベーション」(ゴビンダラジャン、トリンブル著)より

リバース・イノベーションについては、以前にHBR誌に発表された論文に基づいてご紹介させていただいたことがありますが、最近、その詳細が書籍[文献1]として出版されました。書籍でも基本的な考え方は同じなのですが、取り上げられている事例が増え、実践的な手法の整理も進んでいて、概念の深化や若干の変化もあるように感じられました。これからのイノベーションを考える上で、重要な考え方だと思いますので、再度取り上げておきたいと思います。

まず、リバース・イノベーションの定義ですが、本書では、「リバース・イノベーションとは、簡単に言うと、途上国で最初に採用されたイノベーションのことだ。こうしたイノベーションは意外にも、重力に逆らって川上へと逆流していくことがある。」[p.6]とし、論文での「新興国で製品開発し、これを先進国に展開する」という定義よりも、広い内容となっているように思います。原著の題名は「Reverse Innovation: Create Far from Home, Win Everywhere」(リバース・イノベーション:本拠地から遠く離れた場所で開発し、世界中で勝て、というところでしょうか)ですので、先進国から途上国へという従来の流れとは逆の意味でのリバースという視点とともに、どうやって新興国で世界的に展開可能なイノベーションを実現するか、という意味合いが濃くなっているように思います。

著者らは、リバース・イノベーションについて、「ベスト・プラクティスというよりもむしろ、新たな試みである。」[p.x]と述べています。しかし、グローカリゼーション(「富裕国の顧客向けに開発されたグローバル製品にわずかな修正を加え、主に機能を落とした低価格モデルを輸出するだけ」)で「新興国市場を開拓できると考えている」ことは「完全な誤り」とし、「富裕国で有効なものが自動的に、顧客ニーズがまったく異なる新興国市場でも幅広く受け入れられるわけではない。リバース・イノベーションが急速に勢いを増している理由はそこにあり、そうした動向は今後も続いていくだろう[以上p.7]」としています。「途上国の経済は大きく、とてつもないスピードで成長を遂げている[p.13]」、従って、「富裕国と有力な多国籍企業が成功を持続したければ、次世代のリーダーやイノベータは、(中略)途上国におけるニーズや機会にも関心を向けなければならない。」「未来は本国から遠く離れたところにある」[p.11]」、さらに、「いわゆる『新興国の巨人』と呼ばれる、途上国を本拠とする新世代の多国籍企業」との競争を考えるなら、「リバース・イノベーションを無視することは、(中略)海外での機会を逃すこと以上に高くつくおそれがある」、つまり「リバース・イノベーションは選択肢というよりも、酸素のように必要不可欠なもの」[以上p.12]、というのが著者らの基本的な考え方です。なお、著者は、「本書の読者には、富裕国を本拠とする多国籍企業のリーダーが多数含まれると想定しているので、本書では主に、そうした企業が強さを維持し、未来をかたちづくっていくための要件について取り上げていく」という立場で書き進めています。そのため、我々富裕国企業の実態に沿ったアドバイスが豊富に述べられていますが、「新興国の巨人はまた、本書の概念を用いて、世界進出の際にリバース・イノベーション戦略を活用できるだろう」[p.15]とも述べていますので、リバース・イノベーションをどちらかの視点に偏った考え方とは見ていないようです。以下、本稿では、本書前半で述べられているリバース・イノベーションの基礎理論、戦略策定と行動(実行方法)の内容を中心にまとめてみたいと思います(本書後半のケーススタディについては本書をご参照ください)。

富裕国と途上国の間にある5つのニーズのギャップ

以下のギャップが、リバース・イノベーションの機会を考える上での出発点。

・性能のギャップ:「途上国の人々は、私たちが富裕国で慣れ親しんできたような高いレベルの性能を求めることはできない。」「超割安なのにそこそこ良い性能を持つ画期的な新技術を待ち望んでいる」(わずか15%の価格で、50%のソリューションのような)[p.24-25

・インフラのギャップ:「富裕国ではインフラが広範に行き届いているが、途上国はそうではない」。ただし、富裕国には既存のインフラという制約がある。[p.26-27

・持続可能性のギャップ:新興国には環境に優しいソリューションを用いるニーズがある[p.28

・規制のギャップ:「規制による影響を受けない途上国のほうが、より早くイノベーションが進展する可能性がある。」[p.29

・好みのギャップ:「国ごとに存在する味覚、習慣、儀式などの豊かな多様性」[p.30

このような違いは、富裕国がいまだ解決したことのない問題であったり、富裕国が数十年前に似たようなニーズに対処した際にはまだ利用できなかった最新技術を用いて対応することになるため、「貧困国で機会をつかむことは、一から始めることを意味する。」(「白紙状態のイノベーション)。「イノベーションを行う企業が勝ち、輸出する企業は負ける」[p.32

川上へとさかのぼるパターン

富裕国でリバース・イノベーションが魅力を持つのは次の場合。

・今日の取り残された市場:「富裕国には、無視されたり、サービスが不十分だったりする『取り残された市場』がある。そうした市場でイノベーションが起きなかったのは、それが必要ないからではなく、市場が小さすぎて多額のイノベーション投資を正当化できないから」。[p.33

・明日の主流市場:富裕国と途上国の間のニーズの「ギャップがある間は、富裕国の主流市場では魅力を出せないイノベーションも、ひとたびギャップが解消傾向に転じれば、最終的には魅力的なものとなる。」[p.36

リバース・イノベーションのためのマインドセット

著者は、「リバース・イノベーションの規律を熟知するうえで、過去にとらわれることは唯一最大の弊害」[p.53]と述べています。貧困国のニーズを無視したり、貧困国がいずれは成長して富裕国と同じ製品を求めるようになるはず、という考え方が新興国での成功に結びつかないことは容易に想像できますが、グローバル企業の次のような思考がリバース・イノベーションの障害となると指摘しています。

・グローカリゼーション:「グローカリゼーションは富裕国間の違いには効果的」。しかし、「新興国市場の真の成長機会は大衆市場にある。そしてそれはグローカリゼーションが壁に突き当たるところ」。「グローカリゼーションが無効になったのではない。」「グローバル企業はリバース・イノベーションとグローカリゼーションを同時に実行することを学ばなければならない。」[p.62-63]。「グローカリゼーションとリバース・イノベーションは、ただ共存していればよいわけではなく、両者が協力しあう必要がある。[p.95]」

・思考の罠:1)貧困国の顧客は古い技術で満足というような、「貧困国の市場を斜陽技術のゴミ捨て場のごとく見ることは、重大な間違い」[p.64]。2)リバース・イノベーションでは、「必ずしも徹底的に低価格にしなくてはいけないわけでもない。」[p.65]。3)「リバース・イノベーションの可能性は、ただ製品設計をいじるだけの問題ではなく、(中略)多くはビジネスモデルのイノベーション」。[p.66

・妨げとなる不安:1)新興国では利益率が低いと考えがちだが、「たとえ、粗利益率が低かったとしても、新興国の固定費は比較的低く、潜在的なボリュームははるかに大きいので、営業利益率とROI(投資収益率)は同等かそれ以上になるかもしれない。」[p.68]。2)低価格市場での競争は自社の高級ブランドを危険にさらすか、自社製品に対するカニバリゼーション(共食い)をもたらす危険があるが、「何もしないことのリスクに比べれば、(中略)比べものにならないほど小さい。」[p.69]。3)技術リーダーとして優れているから超低価格とは相容れない、というのは間違い。

CEOのとるべきステップ:まずは、このような隠された前提、罠、不安を認識した上で、CEOは次の3つのステップをとる必要がある。1)組織の重心を新興国市場に移す。2)新興国市場の知識と専門性を深める。3)個人として象徴的な行動をとることで雰囲気を変える。[p.73-80

リバース・イノベーションのマネジメント

リバース・イノベーションを実行する部隊が取り組むべきこととして、著者は以下の指摘をしています。

・支配的論理を覆す:経営者や組織を支配しているリバース・イノベーションの障壁となる考え方を取り除く。

・ローカル・グロース・チーム(LGT)を組織する:「組織上の障壁を取り払うための方法は、リバース・イノベーションのために特別な組織単位を作ること」[p.92]。白紙の状態で組織を設計する(外部人材の活用も有効)。

・グローバル組織の資源を活用できるようにする:グローバル企業としての資産が、ローカルの競合企業に対する優位となる。ただし、「LGTと社内の他の組織との間で、健全な協力関係を進展させることはなかなか難しい[p.104]」。対立解決のためにはLGTを上級幹部の直轄とし、橋渡し役を有効活用する。

・統制のとれたやり方で実験を行なう:計画を達成することよりも、「将来について仮説を立て、テストを行い、不確実性を知識や情報に変換し、実行可能なビジネスモデルを開発するための教訓を導き出すほうが大切[p.110]」。具体的には、重要な未知の事柄の解明への集中、LGTに適した業績評価、頻繁な計画の修正、計画の実行結果ではなく学習結果について説明責任を負わせることが重要。[p.110-114

リバース・イノベーション戦略の「9つの重要ポイント」

以上の本書前半部のまとめとして、著者は以下の9つのポイントを挙げています。[p.125を要約]

戦略レベル

1、新興国市場の成長をつかむために、単なる輸出ではなく、イノベーションに取り組む。

2、イノベーションを他の貧困国、富裕国の取り残された市場、富裕国の主流市場へと移転させる。

3、いわゆる新興国の巨人を自社のレーダーで捕捉し続ける。

グローバル組織レベル

4、人材、権限、資金を、成長している場所である途上国に移す。

5、リバース・イノベーションのマインドセットを全社的に培う。新興国市場にスポットライトを当てる。

6、グローバルとは別の損益計算書をつくり、成長性に関する指標を重視した業績評価を設ける。

プロジェクト・レベル

7、LGTに権限を委譲する。白紙の状態でニーズを評価し、ソリューションを開発し、組織を設計する。

8、LGTが自社のグローバルな経営資源の基盤を活用できるようにする。

9、迅速かつ経済的に、重要な未知の事柄の解明に注力し、統制のとれた実験として管理する。

本書の後半では、9つのケーススタディが紹介されています。もともと著者は、GEのコンサルタントとしてリバース・イノベーションを推進していたため、GEのケースについてかなり詳しく説明されていますが、その他のケースにおいても、似たようなアプローチが取られている点は興味深いと思います。特に上記の、2、4、7(特に)、8、9のポイントが複数の事例で強調されていました。

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以上が本書のまとめですが、著者の主張は軽々しく無視できるようなものではないでしょう。本書の解説では、小林喜一郎慶応義塾大学教授が日本企業にとっての課題を挙げています[p.371-372]。内向きからの脱却、新興国を生産拠点ではなくイノベーション拠点ととらえること、経営システムのユニバーサル化、投資しないリスクの大きさ、新興国における社会との互恵関係を念頭に置いた事業創造、など、いずれも日本企業にとって容易ならざる課題と言えると思いますが、小林氏も指摘されているように、かつて、日本が新興国だった時代に日本で技術開発した製品が海外進出していった状況には、リバース・イノベーションとも似たような要素があったと思います(その頃には今日のような多国籍企業がなかった点は違いますが)。もちろん新興国の動向は予測が難しい面もありますが、リバース・イノベーションの流れを念頭におき、著者の指摘するように、貧困国に対して、慈善や援助ではなく、ビジネスを通じて貢献できる[p.336]可能性もよく認識した上で、グローバル戦略を考える必要があることは間違いなさそうに思われます。


研究開発マネジメントの観点からは、Christensenによる破壊的イノベーションとの関係が重要でしょう。著者は、「リバース・イノベーションと破壊的イノベーションは一対一の関係ではないが、重なり合う部分がある。すべてではないが、リバース・イノベーションの一部は破壊的イノベーションの事例でもある。」[p.360]と述べています。リバース・イノベーションと破壊的イノベーションの類似は、リバース・イノベーションの論文を取り上げた際にも述べましたが、起きている現象、考え方、進め方のノウハウなどにかなり共通の要素が認められます。ただ、Christensenの理論では、イノベーションや技術の進歩の傾向とそれによる企業の盛衰が破壊的イノベーションの考え方で理解、予測できる、という現象面の重要性が強調されていて、実際に、どうしたら破壊的イノベーションを起こせるのか、特に、その芽を見つけるにはどうしたらよいのか、という点についてはそれほど詳しい手法が提示されているわけではないと思います。「最初の戦略は必ず間違っている」「正しい戦略を知っているかのように意図的に行動するのではなく、正しい戦略が市場から『わき出る』、つまり創発するようなアプローチを採用すべき」[文献2、p.373,236]というのが基本的な考え方になっていて、ChristensenAnthonyもその具体的な方法を提案しているわけですが、本書に示された新興国発のリバース・イノベーションについて言えば、かなりの確率で計画的に破壊的イノベーションの芽をみつけ、育てることが可能なのではないかと思われます。その意味で、リバース・イノベーションが破壊的イノベーションを効率的に生む方法になりうることを示したことは、著者らの指摘の最も重要なポイントではないでしょうか。実践的な観点からは、リバース・イノベーションの中には、新興国の中だけのイノベーションにとどまり、破壊的にもリバースにもならないものもあるでしょうが、その可能性については十分に認識しておく必要があると言ってもよいと思います。著者は日本語版への序文で「必要なのは行動することである」[p.iii]と言っています。どう行動するかが問われているということでしょう。


文献1Govindarajan, V., Trimble, C., 2012、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、渡部典子訳、「リバース・イノベーション 新興国の名もない企業が世界市場を支配するとき」、ダイヤモンド社、2012.

文献2:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.


(参考)

原著のwebページ

http://www.tuck.dartmouth.edu/people/vg/reverse-innovation/

ビジャイ・ゴビンダラジャン、小林喜一郎、渡部典子、「リバース・イノベーション講座」、ダイヤモンド社書籍オンライン、2012.10.1から

(第1回)http://diamond.jp/articles/-/25138

他の回も上記URLからたどれます。

参考リンク<2013.1.14>


 

 

 

Thinkers50 -経営思想家ベスト50(2011年)

2011年のThinkers50リストが発表されました[文献1]Thinkers50は、2年に一度発表される経営思想家のランキングです。これは、webサイトでの投票と、Stuart CrainerDes Dearloveをリーダーとするアドバイザーチームの意見によって決定されるもので、アイデアの独創性、アイデアの実用性、プレゼンテーションスタイル、著作物、支持の強さ、ビジネスセンス、国際的展望、研究の厳密さ、アイデアのインパクト、教祖的な力に基づいて評価されるとされています。

単なる人気投票、流行を反映しただけのランキングと見ることもできるかもしれませんが、経営思想の最新の動向を知る上で参考になるのではないかと思いますので、以下にそのリストをまとめます。なお、独断ですが、イノベーションに関する貢献が大きいと考えられる思想家には◎(極めて重要)、○(重要)をつけてみました。独断のコメントもつけていますが、私の勉強不足で知らない点も多く、そういう方のコメントはThinkers50webページの紹介を参考にさせていただいいています。

Thinkers502011年の結果)

1、Clayton Christensen:◎、言わずと知れた「破壊的イノベーション」理論の提唱者。Thinkers50 Innovation Award受賞。

2、W. Chan Kim & Renée Mauborgne:○、「ブルーオーシャン戦略」の提唱者。Thinkers50 Strategy Award受賞。

3、Vijay Govindarajan:◎、GEとともに「リバースイノベーション」の考え方を発表。Thinkers50 Breakthrough Idea Award受賞。

4、Jim Collins:○、「ビジョナリーカンパニー」シリーズの著者。最新の著作では、不安定な環境で生き残れる会社を分析しているらしいです。

5、Michael Porter:5つの力のフレームワークで有名。Strategy Awardの最終選考候補者。2005年のThinkers50トップ。

6、Roger Martin:インテグレーティブシンキングで有名。Book AwardBreakthrough Idea Awardの最終選考候補者。最近ではデザインシンキングを提唱しているらしいです。

7、Marshall Goldsmith:エグゼクティブコーチ、360度フィードバック、MOJOで有名。Thinkers50 Leadership Award受賞。

8、Marcus Buckingham:自分の強みを発揮する、という考え方で有名。Leadership Awardの最終選考候補者。

9、Don Tapscott:○、デジタルネイティブ、ウィキノミクスで有名。Book AwardGlobal Village Awardの最終選考候補者。オープンイノベーションとの関連も。

10、Malcolm Gladwell:「The Tipping Point(急に売れはじめる~)」「Blink(第1感~)」「Outliers(天才~)」で有名なライター。

11、Sylvia Ann Hewlett:女性の能力活用や、才能を生かすマネジメントの専門家。Center for Work-Life Policy(非営利シンクタンク)代表。

12、Lynda Gratton:ロンドンビジネススクール教授。競争から協働に変わっていく、という主張。

13、Nitin Nohria:ハーバードビジネススクール学部長。リーダーシップの研究者。

14、Robert Kaplan & David Norton:「バランスト・スコアカード」の開発者。

15、Gary Hamel:プラハラードとの共著「コア・コンピタンス経営」で有名。

16、Linda Hill:ハーバードビジネススクール教授。管理職のあり方などを研究。

17、Seth Godin:「パーミッションマーケティング」「バイラルマーケティング」などで有名。

18、Teresa Amabile:○、ハーバードビジネススクール教授。創造性、モチベーションなどを研究。Breakthrough Idea AwardInnovation Awardの最終選考候補者。

19、Rita McGrath:○、コロンビア大学教授。「仮説のマネジメント」「仮説指向計画法(Discovery-Driven Planning)」で有名。Strategy Awardの最終選考候補者。

20、Richard Rumelt:経営戦略論、多角化戦略、RBVResource Based View)で有名。Strategy AwardBook Awardの最終選考候補者。

21、Richard D’Aveni:競争戦略が専門。最近では「脱コモディティ」など。Strategy Awardの最終選考候補者。

22、Jeffrey Pfeffer:「権力」「事実に基づく経営」などが有名。Leadership Awardの最終選考候補者。

23、David Ulrich:人材戦略が専門。GEWorkoutなどにも関わっていたそうです。

24、Tom Peters:「エクセレント・カンパニー」で有名。

25、Rosabeth Moss Kanter:ハーバードビジネススクール教授。企業変革、リーダーシップなどを研究。

26、Nirmalya Kumar:マーケティング、最近ではインドの経済発展を研究。Thinkers50 Global Village Award受賞。

27、Pankaj Ghemawat:「セミ・グローバリゼーション」(世界はフラットではなくローカル性も重要)を主張。Thinkers50 Book Award受賞。

28、Herminia Ibarra:「キャリア・チェンジ」で有名。Leadership Awardの最終選考候補者。

29、Daniel Pink:「ハイ・コンセプト」「モチベーション3.0」で有名。

30、Henry Mintzberg:「マネージャーの仕事」「組織の構造」などで有名。Strategy Awardの最終選考候補者。

31、Costas Markides:○、企業のイノベーションを研究、最近では社会問題への適用なども。Strategy Awardの最終選考候補者。

32、Thomas Friedman:コラムニスト。「フラット化する世界」が有名。

33、Tammy Erickson:職場における世代ギャップを研究。

34、John Kotter:変革のマネジメント、リーダーシップ論で有名。

35、Amy Edmondson:「チーム」の機能、「チーム」での仕事について研究。

36、Kjell Nordström & Jonas Ridderstråle:「ファンキービジネス」で有名。

37、Howard Gardner:「多重知能理論(Multiple Intelligences)」で有名。

38、Henry Chesbrough:◎、「オープンイノベーション」提唱。Innovation Awardの最終選考候補者。

39、Daniel Goleman:心の知能指数EQ(原著ではEIEmotional Intelligence)で有名。

40、Vineet Nayar:インドHCLテクノロジーCEO。従業員第一主義で成功。Book Awardの最終選考候補者。

41、Rakesh Khurana:リーダーシップ、CEO、カリスマなどを研究。

42、Fons Trompenaars:異文化経営論を研究。Global Village Awardの最終選考候補者。

43、Ken Robinson:創造性、教育論などを研究。

44、Andrew Kakabadse:企業トップ層、取締役会、ガバナンスなどを研究。

45、Stewart Friedman:リーダーシップ、work/lifeの統合などの専門家。

46、Adrian Slywotzky:「ザ・プロフィット」で有名。ビジネスモデルイノベーションなども。

47、Stephen Covey:「7つの習慣」で有名。

48、Sheena Iyengar:「決断」に関する研究で有名。

49、Umair Haque:新たな資本主義を研究。Breakthrough Idea AwardFuture Thinker Awardの最終選考候補者。

50、Subir Chowdhury:シックスシグマの入門書を出しています。

ベスト50のリストは以上です。どんな考え方の持ち主、どんな本を書いた人が支持されているのかはそれなりに面白いと思いますし、勉強にもなりました。ただ、ここで強調しておきたいのは、前回2009ランキングとの比較です。ちなみに、2009年ランキングでは、1位がプラハラード、2位がグラッドウェル(今回10位)、3位がポール・クルーグマン、4位がスティーブ・ジョブズ、5位がキム&モボルニュ(今回2位)でした。それと比較すると、今回はイノベーションに関連した研究者が上位に来ているのが特徴と言えるのではないでしょうか。今回1位のクリステンセンは前回28位、2位のキム&モボルニュは前回も5位でしたが、今回3位のゴビンダラジャンは前回24位、今回4位のコリンズは前回17位です。また、AmabileMcGrathChesbroughは前回はランクインしていません。つまり、イノベーションがマネジメントの重要課題として世の中の注目を集めるようになってきたのではないか、ということが今回のランキングから言えるのではないかと思います。

もうひとつ、インドの重要性が高まっているように思われる点が気になりました。インドに関係しているからという理由だけで「思想」の面で重要ということにはならないと思いますが、少なくともこのアンケートの投票者がインドに着目していること、また、中国や韓国にも着目していることが感じられるような気がします。今回は「イノベーション」が特徴になっていると思いましたが、次回は「新興国」がポイントになるのかもしれません。

こうした経営思想について、最先端の流行を追うことの自体の意味はそれほど大きくないかもしれません。ただ、リストの中に日本であまり大きくとりあげられていない思想家がいることなど(1位のクリステンセン自体、技術に関わる人以外では重要性の認識が低いように感じられますが)、世界の考え方のトレンドのようなものは知っておく必要はあるように思います。

なお、参考までに上記リストに含まれていない受賞者、最終ノミネート者も付記しておきます。将来注目を集めるようになるかもしれません。

Lucy P MarcusMarcus Venture Consulting CEOThinkers50 Future Thinker Award受賞。

・伊藤穣一:MITメディアラボ所長。Innovation Awardの最終選考候補者。

Linda Scott:オックスフォード大学教授。Breakthrough Idea Awardの最終選考候補者。

Ranjay Gulati:ハーバードビジネススクール教授。Future Thinker Awardの最終選考候補者。

Chip and Dan Heath:コラムニスト。Future Thinker Awardの最終選考候補者。

Sung-Joo KimSUNGJOO Group CEOFuture Thinker Awardの最終選考候補者。

Dong MingzhuGree Electric Appliancesプレジデント。Future Thinker Awardの最終選考候補者。

Haiyan WangThe China India Institute パートナー。Global Village Awardの最終選考候補者。


文献1:「The Thinkers50webページ

http://www.thinkers50.com/home

参考リンク

 

リバース・イノベーション(DHBR2010年論文より)

 最近、リバース・イノベーションという考え方が話題になっているようです。今回は、ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー20101月号に発表された「GEリバース・イノベーション戦略」という記事[文献1]に基づいてその意味を考えてみたいと思います。なお、原論文は200910月号に発表[文献2]されており、その記事の抄訳が村永氏のブログに紹介されています[文献3]

 

リバース・イノベーション戦略とはひとことで言えば「新興国で製品開発し、これを先進国に展開する」イノベーションのやり方です。これは、今までグローバル企業が行なってきた新製品の開発の方法、すなわち、「先進国で製品開発し、これを各地域仕様にマイナー修正を施して、グローバルに販売する」やり方とは正反対のアプローチということになります。GEは、「GEの各事業が今後10年を生き残り好業績を得る」ために、「新興国で成功することは先進国で勝ち残るための必要条件」と考えてリバース・イノベーションを推進しているとのことで、この記事ではその成功事例と考え方が述べられています。

 

「リバース・イノベーションとは何か」と題するGovindarajan教授(共著者)のblog記事[文献4]には、アメリカの多国籍企業の新興市場に対するアプローチの変化が以下のようにまとめられています。

フェーズ1:グローバリゼーション-自国で開発した商品を世界に販売する。

フェーズ2:グローカリゼーション-商品は自国開発だが、新興国の市場に合わせて製品を修正する。

フェーズ3:ローカルイノベーション(リバースイノベーションの前半)-ローカルマーケットのための製品をその国で開発する。多国籍企業はその開発を支援する。

フェーズ4:リバースイノベーション-新興国で開発された製品を世界に販売する。

この、フェーズ34の段階を合わせたものがリバース・イノベーション、というわけです。

 

このようなリバース・イノベーションがなぜ必要とされるかは以下の点に集約されます。

・新興市場は先進国と同じようには発展しない。進んだ技術を一気に導入することもあるし、所得が低いため、超低価格でそれなりの性能の製品でよい場合もある。また、インフラや課題が異なるためニーズも異なる。

・新興国のニーズに対応した製品を作っても先進国では売れないというのは思いこみで、技術は進歩するし、そうした製品でも先進国で独自の市場を築く可能性がある。

・新興国でイノベーションを行なわなければ、新興国のライバル企業に先を越される可能性がある。

 

このような認識のもと、GEGEヘルスケア)はインドと中国において、その国向けの新製品を開発するチーム(ローカル・グロース・チーム:LGT)を立ち上げました。例えば、中国では、大型の高性能超音波診断装置が高価で売れないため、ポータブルな超音波診断装置の開発が進められました。GEの世界ネットワークの支援のもと、ハイエンド品の15%の価格に抑えられた中国開発品は(もちろん高性能ではありませんが)中国の農村部の診療所にも普及していき、さらに、アメリカでも可搬性が欠かせない事故現場や狭い場所での利用を目的として新たな市場を開拓しているといいます。

 

このような成功は、新興国において開発に適した組織をつくり、適切にマネジメントを行なった結果としてもたらされたものと考えられます。開発にあたったローカル・グロース・チームのマネジメント5原則を見てみましょう。

1、成長が見込める地域に権限を移転する。独自の戦略、組織、製品を開発する権限を持たせる。

2、ゼロから新製品を開発する。先進国向け製品のカスタマイズではない(もちろん、これまでの研究成果の活用はなされている)。

3、ローカル・グロース・チームは新会社と同じくゼロから立ち上げる。従来グローカリゼーションを支えた組織にはこだわらずゼロから組織を設計する。

4、独自の目的、目標、評価基準を設定する。既存事業の基準に合わせるのではなく、地域の状況にあった基準にする。

5、経営陣はローカル・グロース・チームを直属に置く。ローカル・グロース・チーム(LGT)は経営陣の強力な支援がなければ成功しない。また、LGTを監督するビジネスリーダーには、LGTとグローバル事業の対立の仲裁、LGTがグローバルR&Dセンターなどの資源を使えるようにする、LGTが開発したイノベーションを先進国に導入する際に支援に回る、という役割が求められる。

 

ただ、GEでもこれらのローカル・グロース・チームがうまく機能して成果を挙げた例はまだ少ないようで、中国やインドにおける業務の中心は実際には先進国向けのプロジェクトが大部分だそうです。従って、こうしたイノベーションの進め方もまだ道半ばというところでしょうし、マネジメントの方法についても今後変わっていくのかもしれません。ただ、少なくともこうしたアプローチが成功を生んだ事例があるということは重要なことだと思われます。

 

以上が補足、感想を含めた記事の概要ですが、このリバース・イノベーションを考える上で、Christensenの「破壊的(disruptive)イノベーション」の考え方との関連は無視できないものと考えます。原著記事の題名も「How GE is disrupting itself(直訳すれば、「GEはいかに自身を破壊したか」、でしょうか)」と、disruptiveという言葉を使っていますし、Govindarajan教授もblogで「リバース・イノベーションは、常にではないが、破壊的イノベーションでありうる」[文献4]と述べていますので、著者もその関連を認識しているはずです。

 

破壊的イノベーションについてはノート4で紹介しましたが、ひとことで言えば、技術の進歩に伴い製品がオーバースペックになると、品質を落としてもその他の特性(安価、簡便、新たな応用など)に優れた製品が開発され、新興企業がその分野に進出すると既存企業が競争に負けてしまうことがある、というような種類のイノベーションと理解することができると思います。Christensenはこのようなイノベーションには、ローエンド型破壊(ハイスペックを求めない顧客に低価格製品を提供する)と、新市場型破壊(今までその製品を使っていなかった顧客に利便性や新たな特性を提供し新市場を創造する)の2種類があると述べていますが[文献5p.55]、この記事でとりあげられた事例はまさにこの両者にあてはまっているのではないでしょうか。

 

Christensenらは、このような破壊的イノベーションを進めるためには「破壊的技術はそれを求める顧客を持つ組織に任せる」[文献6p.143]、「企業が中核事業と異なる事業を成功裏に作り出すためには、十分な組織上の自立性が必要(単に独立したベンチャー企業を作ればよいというものではない)」[文献7p.288]、破壊的イノベーションを推進できる「価値基準」[文献5p.228]を持つこと、上級役員は、経営陣とチーム間のインターフェースおよびチームと他組織間のインターフェースを管理する必要があり[文献7p.288-295]、「破壊的事業を成功に導くために必要な資源のなかで、最も重要なものの一つが、上級役員が自ら行なう監督である」、「破壊的イノベーションは、実力のある上級役員が自ら直接関与しなければならない」、上級役員の役割は「持続的世界と破壊的世界の橋渡し」[文献5p.319-325]、と指摘していますが、これらはGEのローカル・グロース・チームの5原則と極めて類似していると思います。

 

このように考えると、GEのリバース・イノベーションは、破壊的イノベーションを起こすことを狙って計画的にマネジメントを行なったものなのかもしれません。だとすれば、研究開発の不確実性をいくぶんかでもコントロールして実績に結び付けたという点で、単なる成功事例以上の意味を含んでいるのではないかと思われます。言うまでもなく、この記事の共著者のImmelt氏はGEの会長兼CEOですので、村永氏も指摘するとおり[文献3]、この記事はGEの従業員に向けてのメッセージでもあると受け取れます。新たなイノベーションの方向に果敢に挑戦して成果を挙げつつあることのアピールとともに、今後のGEの研究開発のひとつの展開を宣言したものともいえるのでしょう。

 

 

文献1Immelt, J.R., Govindarajan, V., Trimble, C.、(ジェフリー・R・イメルト、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル)、関美和/訳、「GEリバース・イノベーション戦略」、Diamond Harvard Business Review, Jan.2010, p.123, (2010).

文献2Immelt, J.R., Govindarajan, V., Trimble, C., “How GE is disrupting itself”, Harvard Business Review, Mar.2001, p.51, (2001). Oct.2009, p.56, (2009).なお、原文はGovindarajan教授のblog[文献4]で読めます(blogには要約とコメントもついています)。<注:文献の巻、号、頁を間違えているのに気付きましたので修正しました。2011.4.24>

文献3http://d.hatena.ne.jp/muranaga/20091017/p1

文献4http://www.vijaygovindarajan.com/2009/10/what_is_reverse_innovation.htm

文献5Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー著、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.

文献6Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションのジレンマ」、翔泳社、2000.

文献7Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.


参考リンク<2011.8.14追加>
上記文献へのリンクの他、イメルト氏インタビュー紹介、参考記事など。

<2012.11.25:「リバース・イノベーション」の本紹介の記事を書きましたので、この記事の題名に「(DHBR2010年論文より)」を追加しました。>

 

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