研究開発は不確実なものであること、従って、不確実性の存在を前提としたマネジメントが求められることについては本ブログでもたびたび取り上げてきました(ノート2試行錯誤のプロ、など)。しかし、明確な目標を設定し、その目標を達成するための方法を熟考して周到な計画を立て、計画どおり実行して当初の目標を達成しようとするマネジメントはいまだに人気があるように思います。

ジョン・ケイ著「想定外 なぜ物事は思わぬところでうまくいくのか」[文献1]では、目標が当初の目論見どおりの方法で達成されるとは限らないこと、目標の設定によっては破滅的な結果に至る場合もあることなど、一般に「合理的」と言われるアプローチの問題点が指摘され、回り道的なアプローチの重要性が述べられています。ちなみに、本書の原題は、「Obliquity, Why Our Goals Are Best Achieved Indirectly」であり、「想定外」とはややニュアンスが異なるように思いますが、Obliquity(回り道)についての厳密な議論をすることが目的ではないでしょうから、本書の主題は「簡単には思いつかない方法、試行錯誤的方法、そこからの学習を活かす方法」と考えておけばよいのではないかと思います。以下、3つの部分に分かれた本書の構成に従い、内容をまとめます。

第1部:回り道の世界

第1部では「回り道」の役割について述べられています。
第2章、幸福:なぜ、幸福を追求しない人のほうが幸福になるのか?(原著では、Happiness(米版はFulfillment - How the Happiest People Do Not Pursue Happinessなので少しニュアンスが違うと思います)
・「幸福は幸福の追求によっては達成されない。[原著p.12]、」「幸福とは、そこにあることに気づく類のものであり、どこかへ探しに行くものではない。[p.41]」。
第3章、利益追求のパラドクス:なぜ、利益を追求しない会社のほうが利益をあげるのか?The Profit Seeking Paradox - How the Most Profitable Companies Are Not the Most Profit Oriented
・「最も利益の出るビジネスは、最も利益を求めたわけではない[原著p.12]」。例えばICIでは「『社会的責任を持って化学を製品に取り入れる』という、回り道的なミッションのほうが、(「市場牽引」「世界最高のコスト体質」を目指す)新しい直接的なミッション以上に株主価値を創造していた[p.45]」。
第4章、ビジネスは芸術である:なぜ、お金を追求しない人のほうがお金持ちになるのか?The Art of the Deal - How the Wealthiest People Are Not the Most Materialistic
・「最も豊かな人は、富の追求を最も重要と考える人ではない[原著p.12]」。「ビジネスを成功へ導く動機は仕事に対する情熱であり、金銭に対する執着とはまったく別のものである[p.76]」。「金銭はステータスを表わすもの、賢明に働いてきた証明、あるいは権力やビジネスに対する情熱の副産物に過ぎない[p.77]」

・「利益を追うだけの企業文化では、従業員が経営方針に必ず従うとは限らないし、業績が悪化した場合には社会の共感が得られないのだ。[p.76]」。「富の獲得も幸福の実現と同じように、回り道をたどるものであり、極端に直接的なアプローチに走れば、その行き着く先は破産裁判所、もしくは刑事裁判所ということになる[p.78]」として、利益追求が破滅的な結果を招いたとされる例をあげています。
第5章、目的、目標、行動:なぜ、目的より先に手段がわかることがあるのか?Objectives, Goals and Actions – How the Means Help Us Discover the End
・「目標は多面性を持ち、ひと言では言い表せない。そして、目的、目標、行動は相互に関係しながら変化する。さらに、第三者や外部組織との接触により、世界は思いもかけない影響を蒙る。複雑過ぎて正確な分析も計測も不可能であり、問題が起きても、この不確実な世界ではその内容も完全には把握できない。したがってビジネスの環境において・・・、目的を明確に定義し、分析し、それを目標に置き換え、さらに具体的な行動に分解したうえで意思決定をするなど土台無理な話である。・・・正確な把握が不可能なこの世界で高い次元の目的を実現したければ、互いに矛盾し、同じ基準で測れない要素のバランスを図り続けるしかないのだ。それは、まさに回り道的なやり方である。[p.88-89]」
第6章、回り道のユビキタス:なぜ、生活のあらゆる面に回り道があるのか?The Ubiquity of Obliquity – How Obliquity is relevant to Many Aspects of Our Lives
・回り道的なやり方が有効な例をあげ、「回り道による解決は、一見問題を複雑にするが、結果としては単純化することになる[p.98]」。「答えが突然姿を現すという恩恵に浴せるのは、長い間、回り道をたどりながら考え続けた人間だけだろう[p.105]」、と述べています。

第2部、回り道の必要性:なぜ問題が直接的に解決できないことがよく起きるのか?
第2部では、多くの問題において、直接的アプローチが現実的でないことが述べられています。
第7章、「ごちゃまぜ検討」:なぜ、回り道のアプローチが成功するのか?Muddling Through – Why Oblique Approaches Succeed、注)Muddling Throughは「計画もなくなんとか切り抜ける」という意味ではないかと思います。本文中でリンドブロムが引用されていますので、インクリメンタリズム(漸増主義)に関係する考え方とすると「ごちゃまぜ検討」という言葉はそのように理解したほうがよいと思います。)
・「計画としても、ガイドラインとしても、根本から考えるやり方が『最良』ではある。しかし、このやり方は複雑な課題を解決する場合には使いものにならない。当事者は限られた範囲内での比較をくり返すしかないのである(リンドブロム)[p.109]」。これは「『回り道』と言ったほうが適切かと思う。回り道は、検証と発見のプロセスであり、その過程における失敗や成功、知識の獲得により、目標や目的、そして行動が再評価されていくことになる[p.114]」。「目的が単純明快で方針と実行計画が簡単に区別できる、他者の影響は限られ、予想が可能、オプションやリスクを特定する能力がある、課題の内容が理解できる、そして、理論化に自信を持っている。こんな場合なら直接的なアプローチが有効だろう[p.120]」。
第8章、多元論:なぜ、一つの問題に複数の回答が存在するのか?Pluralism – Why There Is Usually More Than One Answer to a Problem
・バーリンは「社会的、政治的な目標は多元的であり、どの目標も相容れず、同じ次元では測れないとした。・・・こうしたバーリンの考え方は、多元論であり、その骨子は『一つの問題に対し、複数の答えがあるという概念』に基づいている。・・・多元論は、その性格からして回り道を取らざるを得ず、その反対の一元論は直線的に進むことになる。[p.134-135]」
第9章、相互作用:なぜ、行動の成果がやり方に左右されるのか?Interaction – Why the Outcome of What We Do Depends on How We Do It
・「日常の課題では目的が曖昧であり、当事者が置かれる状況も複雑である。問題の把握が完璧になることはないし、環境の変化もとらえにくい。さらに重要なのは、当事者が動いた結果が問題の本質まで変えてしまうということだ。[p.152]」
・設定した目標が、必要なデータをねじ曲げてしまうことがある(グッドハートの法則)[p.152]。
第10章、複雑性:なぜ、直接的なやり方が複雑すぎるのか?Complexity – How the World Is Too Complex for Directness to be Direct
・「我々はその構造を不完全にしか理解できない複雑系を扱う。[原著p.13]」
・フランクリンの言い訳:「一度決めた内容がどんなものであれ、そこにそれなりの理由を後付けすることができる[p.163]」。正確な値を出すのが難しく可能な限りの推定値を出す場合、それは上層部の聞きたい数値に向けてゆがめられることがある。
第11章、不完全性:なぜ、われわれは問題の本質がわからないのか?Incompleteness – How We Rarely Know Enough About the Nature of Our Problems
・「将来、何が大切になるか。それはわれわれの知識の届く範囲の外にあり、未来にしか存在し得ない。直接的なアプローチは未来を予想する力を必要とするものであり、それはわれわれが保持する能力を超えたものである[p.187]」
12章、抽象化:なぜ抽象化は完璧にできないのか?Abstraction – Why Models are Imperfect Description of Reality
・「抽象化とは、説明の難しい複雑な問題を解決できそうな単純なものに置き換えるプロセスのことである。ただし、どの程度の単純化がよいかを決めるには、適切な判断力と経験を要する。われわれが行う抽象化には特殊なものが多いが、通常はどうしても当人の主観が反映されたものにならざるを得ない[p.188]」

第3部、回り道とつきあう:複雑な世界で問題を解決する方法
第3部では、問題解決と意思決定への回り道的アプローチについて述べられます。
第13章、歴史の揺らめく光:なぜ、結果から誤った意図を推測してしまうのか?The Flickering Lamp of History – How We Mistakenly Infer Design rom Outcome
・「ビジネスチャンスは偶然の産物なのだ。しかし、われわれはそこに経営者の強靭な意志や周到な計画の存在を考えたがる。つまり、回り道をたどっていたのに、直進路を進んで来たという理解をしたがる[p.205-206]」。「原因から結果に至る過程がわからない、あるいは理解できないという場合、結果と仮定の関係に誤った推測が入り込みやすい[p.211]」。「課題への対応は常にどちらか一方ということではなく、直接的なやり方から回り道なやり方に至るまで、・・・意思決定にもバラエティがある。[p.213]」
第14章、ストックデールの逆説:なぜ、われわれの選択肢は思ったより少ないのか?The Stockdale Paradox – How We Have Less Freedom of Choice Than We Think
・目的の曖昧さや環境の複雑さを知り、第三者の反応は予測が難しい状況では、「限られた範囲の選択肢しか持ち得ない[p.225]」
第15章、ハリネズミとキツネ:なぜ、優れた意思決定者は知識の限界を悟れるのか?The Hedgehog and The Fox – How Good Decision Makers Recognize the Limit of Their Knowledge
・「人間は大事を深く知るハリネズミか、小事を多く知るキツネかに大別できる。ハリネズミはゆっくりと直接的に動き、キツネは素早く、そして回り道的に動く。・・・(テトロックによれば)判断の正確さではキツネに軍配があがるが、大衆の人気はハリネズミに集まる。[230-231]」
第16章、盲目の時計職人:なぜ、環境に適応することが知能を超えた行為なのか?The Blind Watchmaker – How Adaptation Is Smarter Than We Are
・「意図のない進化、すなわちリチャード・ドーキンス・・・の言葉を借りれば『盲目の時計職人』が、人類の理解を超えた複雑なものを創りだすことができる[p.238]」。
・「ビジネスや政治、あるいは個人の生活においても、直接的には解決できない問題が存在する。目的は常に唯一ということはなく多様であり、同じ次元では比較できない目的や矛盾する目的が共存している。行動の結果は自然現象であれ、人為的なものであれ、相手の反応次第であり、予測もできない。われわれを取り巻くシステムは、複雑過ぎて人間の理解の範囲を超えているのだ。さらに、そうした問題、そしてその将来について必要な情報を手に入れることも不可能である。そんな環境下で満足のいく対応をするには、単に行動するしかない。『計画を実行する』では無理だろう。ベストな結果とは回り道によって得られるものであり、結局は同じことの繰り返しや環境への適応、つまり、実験と発見の連続するプロセスの帰結である[p.244]」。
第17章、ベッカムのようにボールを曲げろ!:なぜわれわれは語るより多くを知っているのか?Bend It Like Beckham – How We Know More Than We Can Tell
・「われわれは語る以上に知っている(ポランニー)。本能も直感も・・・研ぎ澄まされた技術と言うしかない[p.255]」。
第18章、デザインのない秩序:なぜ、目的を把握せずに複雑な結果が出せるのか?Order Without Design – How complex Outcomes Are Achieved Without Knowledge of an Overall Purpose
・「社会組織は環境適合のくり返しにより発生するもので、明確な精神の産物ではない[p.262]」

・「ビジネスは常に社会のニーズに応える必要があり、その前提において、短期的には遵法性、長期的には存在の継続が必要なのだ。つまり、利益の追求のみが企業の目的にはなり得ない[p.264]」
第19章、「いいだろう。自己矛盾をしようではないか」:なぜ、考えが不変であることより正しいことのほうが重要なのか?Very Well Then, I Contradict Myself – How It Is More Important To Be Right Than To Be Consistent
・「合理性の証明としての判断の不変性は、われわれが暮らすこの世界より、はるかに確実性のある世界の産物であるはずだ。・・・不確実な環境下では、常に一定なものなど結局は想像の産物[p.277]」。
第20章、大量破壊兵器はあったのか:なぜ、偽の合理性がすぐれた意思決定と混同されるのか?(Dodgy Dossiers – How Spurious Rationality Is Often Confused With Good Decision Making
・「合理性についての誤った理解があるために、優れた知見や技術が見過ごされ、われわれの日常は非合理性と誤った意思決定で埋まっているように思える[p.289]」

結論
第21章、回り道の実践:回り道的な意思決定のアドバンテージ

・「大概のケースにおいて、われわれは回り道的なやり方で問題を解決している。試行錯誤をくり返し、その都度学んだことを吸収して先に進む。・・・選択肢は限られ、関連情報は少ないどころか、どこで得られるかの指針もない。・・・世の中は、当然のことながら一定の変化をせず、最善とされた意思決定がそのままよい結果につながるとは限らないのだ。よい結果を招いた原因が、優れた決断や有能な意思決定者の存在を示唆するものでもない。最善の解決策が前もって存在するという考えには、大きな誤解があると言ってよいだろう。」[p.295
・「問題を解決する能力は、高い次元の目的について、さまざまな角度から何度も考えてみるところにある[p.296]」。「とにかく何かに手をつけてみることだ。目的や目標に関わる小さな課題を選んでみればよい。『取りかかる前に計画を作る』という言葉は順当に聞こえるが、そんなことはまずできないだろう。目的が定義されてはいないし、問題の内容も変化する。事態は複雑極まりないし、情報も不十分というのが実情ではないだろうか。[p.300]」。「回り道的なアプローチには、単純な事例一つではなく、複数のモデルや事象が判断の道具として活用されている。世界を単一モデルや事象に当てはめてしまい、実在する不確実性や複雑さが見落とされることなどはあってはならない。[p.301]」。「われわれの判断力は、訓練によって向上する[p.303]」。「高い次元の目的が明確で、実現に必要なシステムについても熟知しているなら、直接的なやり方で課題に取り組むとよいだろう。しかし、目的が明確なことはまずないし、それに関わる要因の相関性は予知しがたく、状況は複雑という場合が多いはずだ。さらに、問題が正確に把握されているとは限らず、環境の変化も読めないというのが実情ではないだろうか。そこで、回り道的なやり方が必要になるのである。[p.304]」
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著者が指摘する、不確実な状況における回り道的、試行錯誤的アプローチの重要性については、研究者は比較的こうしたアプローチに慣れていると思います。直接的なアプローチの問題点を感じている人も多いと思いますが、不確実なプロセスを深く理解することで、確実なプロセスつまり直接的アプローチが有効な状態にもっていきたいという願望も同時に持っているかもしれません。そうした願望を持つこと自体には問題はないと思いますが、直接的なアプローチを理想的なものとしてあらゆる場合に適用しようとすることには危険が伴う、ということはよく認識しておかなければならないでしょう。一元論的な世界観の危うさについての著者の指摘は重要だと思います。

とは言うものの、本書の議論は事例中心で、異なる解釈の余地もあるように思います。著者が自分の考えに合う事例を恣意的に列挙しているという反論もありうるでしょう。議論にもやや乱暴なところもあり、直ちにそのまま受け入れにくいという印象を持つ方もいると思います。しかし、確実でないからという理由だけで否定してしまうには、あまりに重要な指摘が含まれているように思いますがいかがでしょうか。実務的にも、どんな場合、どんな課題に対して直接的または回り道的アプローチが有効なのか、何を目的、目標にすべきか、などが提示されていて、よりよいマネジメントや意思決定を実現する上で参考になると思います。研究開発には試行錯誤的、回り道的アプローチが重要だと考えるなら、直接的なアプローチを重視する人に対しては、その問題点をきちんと指摘して納得してもらう必要があります。そうした議論の第一歩として、今後こうした議論が広まり、深まっていくことを期待したいと思います。


文献1:John Kay, 2010、青木高夫訳、「想定外 なぜ物事は思わぬところでうまくいくのか」、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2012.
原著表題:Obliquity, Why Our Goals Are Best Achieved Indirectly

参考リンク<2014.2.23追加>