一月十九日(金)晴れ
半身浴中。
はぁ〜、休みはヨカねぇ〜、ビバビバ。

今日も今日とて、
ニュースは書き替えられております。
今年は異常だ。
井の頭通りは何か乱れてる。
クワバラクワバラ。

まったく、何が人を凶行に走らせるんやろか?
もちろん理由は犯罪の数だけあるんやろうけど、、、。

何度も書きましたが、
僕は早くに親父を亡くし、
「死」について考えるのは日課になっているので、
死は親しい友人のような話相手でもあります。
まぁ、守るべき「子供」がいないので、
そう言った意味では不完全な思考なのかも知れませんが、
今置かれている立場で認識を深める事が必要だ。
「子持ち」の事は子持ちにまかせる。

そして何度も書きましたが、
僕は貧乏生活が長いので、
欲しいモノが、ほぼ無い。
あきらめている訳ではなく、
ん〜、ここ十年で六回引っ越ししてまして、
内四年はいまのアパートなんで、
まぁつまるところ六年で六回引っ越ししたわけですな。
引っ越し貧乏ですよ。
礼金敷金考えたら、いくらになんねん!て話なんですが、
まぁ「女性」が関わっとるからねぇ、
仕方ないんす。
友人にもご迷惑おかけしたりして、
ごめんね、、、。

なにやら話がしんみりしてしまいましたが、何が言いたいかっつーと、
「モノは、かさばる」
と言う悟りですな。
その時欲しくても、「未来込み」での欲求に照らし合わせると
ほとんどいらん。
てな訳で、
女性とショッピングに行くのに、こんなつまらん男はおらん訳です。
「これかわいくない?」
「いらん」
「これ便利じゃない?」
「便利はすかん。」
「これは?」
「ずっと使うなら買うがヨカ。」
「、、、もぅ!いいっ!」
ってなもんで、
「捨てる時、手間も心も面倒でないならば、くれるんならもらうけど、別に無いなら無いで困らないし、逆にあればあったほうが困る事が多い。」
という長ったらしいのが
僕の「モノ」に対するスタンスなんです。

諸行無常、てやつですね。

で!
今回ここに引っ掛かっとるわけですよ。

「諸行無常」
こいつは、「嬉しい」「楽しい」系の感情からは導き出しにくい物件のような気がします。
どっちかっつーと、
「悲しい」「惜しい」「淋しい」「辛い」などの
いわゆるマイナス感情へのバランス装置としてのカウンター行為から結晶化されたフレーズやないやろか?
ほな
「嬉しい」「楽しい」と言う、
現在現世でいわゆるプラス感情と呼ばれとる物件からは、どんなフレーズが導き出されるんやろか?

わかった人!?

はいっ!

右山君!

、、、いらんかったね、これこそ。
うん。
「嬉しい、楽しい」からは
「永遠」「無限」系なフレーズが生まれる気がするの。

「諸行無常」と「永遠、無限」
正反対のそっくりさん。

今の社会の匂い的に
どっちが需要高いか、っつーたら
やっぱ「永遠、無限」チームでしょう。
無限の財をなしたい。
永遠の愛が欲しい。
君の可能性は無限だ。
っつってね。
今時なら親御さんも喜ぶ口当たりの良い、社会に公認されたフレーズですな。

ちっ。

いや、いーんすよ?
素晴らしい「コトバ」だな、と心底思うんですが
天の邪鬼なもんで
そうやって「エイエーン!ムゲーン!」って盛り上がってんの見ると、
ズカズカ入って行って
「諸行無常、、、。」
って言いたくなっちゃうんだなぁコレ。チーン。

つまり永遠、無限チームは
「絶対有」
諸行無常は
「絶対無」
みたいなもんで、エントロピーな話をすりゃ双子な訳です。
ピースキーパーソンな訳です。
ピースサインはニホンの指を立てる訳です。

さて、
本題です。
今回も長ぇぞ?

どうしたってこの星の現状、
基本「肉体、物質界」な訳ですから
まず食欲と言う基本段階に於いて
「絶対有」が求められるのが必然ですわな。
食わな死ぬんやし。
原始自体も「有」を求めて猟にいそしんだ事でしょう。
でもそれじゃその日暮らしだ。
んで、保存食の発見、発明が来ます。
ちょいと「永遠、無限」の匂いがしますな。
ここで「捕れなくても食える」事が判明してくる。
とくれば
物々交換、
とくれば
通貨制度
と行きそうなもんですが、
僕ね、
この物々交換と通貨制度の間には、だいぶ葛藤があったんやないやろか?と想像する。
例えば
海族と山族で物々交換するとすんじゃん。
干物は干物でしょ?
毛皮は毛皮じゃん?
そのまんま等身大の価値じゃん?
さらに言えば
干物を作った人が自作の干物に対するプライド、
またそれと等価値をもって交換された毛皮や毛皮を作った人に対するリスペクトって、
むちゃくちゃ強かったんやないやろか?

通貨制度ってさ
「この干物は名産品でモノも良いから五枚で壱万円、この毛皮もいい塩梅だから壱万円。」
って、
干物も毛皮も「壱万円」って価値に変換されるわけやんか。
こーれ、毛皮職人干物職人やっとられんかったんやないやろか?
モノに対するリスペクトとプライドも込みで
「壱万円」って価値に変換されんだもん。

うん。
ほんでね、

干物もさ、毛皮もさ
痛むじゃん。
出来たては新品やけどさ、
月日が経ちゃあダメになんじゃん。
諸行無常じゃん。

でもさ、
「壱万円」ってさ、
物価の問題はあるにせよ、
ずっと壱万円でしょ?
通貨制度が続く限り、
万札一枚持とうが、百円玉百枚持とうが
ずっと壱万円じゃん。

「永遠」の立場に立って
「諸行無常」の世の中のモノ(干物、毛皮)に、値段っつー価値を与えて「意味」を均一化する。

金って、神の振る舞いに似てね?

「意味の均一化」

怖ぇえーーーーーーっ!!
「お父さんはお前のことをいつまでも十万円分気にしてるぞ」

「ねぇ、あたしの事どのくらい好き?」
「三十八万円分だよ!税抜きだぜ?」
「嬉しい!」

「今回の事故で最愛の息子さんを亡くしたわけですが、今息子さんになんとおっしゃりたいですか?」
「、、、天国で、、、大好きなサッカーを、、、五千万円分やりなさい、と、、、うぅっ。、、、すいません。」
なんてな。

これ、上に書いたのは
まだ冗談になっとるけど、
その手前までは来てるよ。
今年。


かしこ