2008年07月

2008年07月27日

呼ばれる

仕事でほぼ毎日書店に行く。
書店に行くと、最近はポニョがいる。ポニョのぬいぐるみである。
もともとそんなにかわいくない(とわたしはおもう)ポニョだが、
ぬいぐるみになるとますますかわいくない。

そのポニョに似ていると、
何人からも言われた。
律儀にメールをくれた人も四人いた。
うれしくもなんともないが、
ポニョに愛着がわいてきたきょうこのごろである。



児童書コーナーで作業をしていると、
こどもが母親に駆け寄り、
「ぽにょがいる!」
と指さす。
指さすほうを、わたしも見る。なるほど、ポニョがいる。

そしてこどもたちはポニョの歌をうたいだす。
いつも感心するのだが、
こどものうたうポニョの歌は完璧である。
わたしもためしに小さくうたってみたが、
あの微妙なメロディをどうしても再現できない。




ちょっぴり怖いな、とおもっていた書店員さんと話をしていると、

「いまはポニョがいるから」

と、言われた。
うちの商品を入口近くに置いてほしいなあという希望を断られたわけであるが、
そのことばをきいたとたんに
一気にその書店員さんに対し親しみがわいた。

断られたくせに、うれしくなって言う。
「ああ、ポニョがいますもんね」

「うん、あの場所はポニョがいるから。まだまだ」

「そうですか、まだまだいますか」

「うん、当分ねポニョがね」

「残念ですが、ポニョですもんね」

「うん、悪いけど」

「そうかあポニョか」

「うん…」


もっとポニョと言ってほしいとおもったが、
調子の乗ってあまりねばると訝しがられるであろうから自粛した。

ポニョと発音すれば、それだけでだれでもかわいくなってしまう。
魔法のことばだ、ポニョ。




小学生たちは夏休みである。
書店では課題図書がつまれている。

わたしはこの課題図書というのがほんとうに苦手で、
読むのが苦痛でしょうがなかった。

読書は好きだったのである。
外で遊ぶのがあまり得意でなかったので、
休みになれば本を読んでばかりいた。
だけど課題図書はきらいだった。
読書感想文で褒められたことなんか一度もない。
おもしろかった、とか、たのしかった、とか、
自分が先生であれば失笑してしまうほど適当な感想文であった。

みんなと同じ本を読むのがいやだったのだろう、
教訓を押し付けられるのがいやだったのだろう、
とおもっていたが、
それだけではなかった。

今、内田樹の『子供はわかってくれない』を読んでいるのだけど、
その中に「本が読む」という章がある。
以下引用。

  人間は必ずその人が必要とするときに必要とする本と出会う、
  というのはこのときに私が得た確信である。
  (中略)
  本が私を選び、本が私を呼び寄せ、本が私を読める主体へと
  構築する。
  本に呼び寄せられること、本に選ばれること、
  本の「呼び声」を感知できること。
  それがたぶん本と読者のあいだに成立する
  いちばん幸福で豊かな関係ではないかと私は思う。




電車の中で、
うーんとうなりそうになった。

だから課題図書がいやだったんだなとおもったし、
これは現状の自分のあらゆることにあてはまるとおもったから。

必要だな、とおもうようなにおいがしないのに、
それを与えられる。
苦痛はなはだしい。




本に限らない。

しごとにしろ恋人にしろ友人にしろ、

服にしろ部屋にしろ土地にしろ食べ物にしろ、

呼ぶ声が聴こえるときがある。
聴こえてしまうとさいごである。
突進あるのみ。愉快愉快。



だから
良い耳でいたい。

一時間後に、
もしかしたら引越しの手続きをしているかもしれない。
誰かを口説いているかもしれない。
ばか高い絵を購入しているかもしれない。

愉快だから、良い耳でいたい。



もしかしたらポニョがわたしの人生を変えるかもなあ
と、少しおもっている。
この夏、観にいってみようか。

ていうか、
これから出かけよう。

きょうまだ外に出ていないので、
本屋へ行こう。

日曜日はまだ残っているし
きょうはたっぷり眠ったし。



    ◆

久しぶりに更新した。
読書日記である。
http://yorusuberu.buzzlog.jp/
最近書店ばかり行くせいか本に呼ばれることがやたら多い。
そして「あたる」確率が非常に高いので、
やるじゃないかと自分の聴力を自賛している。

文学部のゼミの先生は、
「社会人になったら読書なんかまったくしなくなるよ
 ましてや文学なんか、一切関わりなくなる」
と言っていたが、
(だから院に行けというわけでもなく、
 就職の決まったわたしをただあわれんでいた)
そんなことない。



社会人になってからのほうが
読書が必要になっている。

すぐに道に迷っちゃうから、
耳をそばだてていなくちゃいけない。
社会はおもったよりずうっと広くてややこしくてさんざめいていて、
不安になったり泣きたくなったりする。
そんなときに頼もしい本があると、
わたしは勇敢に外に出ることができる。



いつか読書が必要にならないときがくるのかな。

そのときは悟ってしまったときか、
不感症になってしまったときか。








rasen816 at 16:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日々