今回は''ラジオ離れと音声認識技術''の回について書きます。
 まず、ラジオについでですが、言われてみれば実家にいたときは車の移動でたまに聴く、英語勉強のために海外のラジオをたまに聴くくらいでした。車での移動はほとんど音楽プレーヤーを流していましたし、スマホの中に英語勉強のCDを入れていたため、「ラジオをよく聴いていた」という記憶はありません。ツイキャスがラジオを配信できると聞いて驚いたのですが、顔が見えないツイキャスはラジオだったことは初めて知りました(顔見せないツイキャとして認識していたため)。歴史の勉強を中高でしていたとき、日本の昭和にラジオは欠かせない物だったことはよくわかります。しかし、現在はテレビやネットが普及し、ラジオをわざわざその時間にその場所で聴くという行為を必要としなくなりました。ラジオで聴きたい曲はYouTubeに行けばあるし、聞きたいニュースはネットで探せばラジオの倍以上のわかりやすさ、或いは情報量が出てきます。ラジオを非難するつもりはありません。でも、ネットがあるのにテレビは必要なの?と言われる今、ネットがあるのにラジオは必要なのか?と問われれば答えるのは困難です。そこでラジオしかない良いところをさがしたら、災害時、ラジオはネットとは違い、回線が混雑してショートすることがないので使えることに気づきました。今どこで何が起こっているのか。それをネットとつながなくても知ることができます。日常に必要かは置いといて、災害時に備えたラジオは良いと思います。
 また、音声認識技術については、今自分が頭の中で考えている事を音声で入力できる事は、画期的だとは思います。手を使わないで文字を打てると言う事はハンディキャップのある方々にも適応していると思いました。
 音声を自動翻訳する機能はとても便利だと思います。つい最近、バイト先に外国人の方が来ましたが英語が私は喋れませんでした。このような場面で、音声の自動翻訳する機能は役立つと思います。そしてこの機能で、言葉の壁と言う物を乗り越えられると思います。
 このレポートも音声認識で書いていますがたびたび誤字が見当たります。これからもっと性能の良い自動音声認識が開発されると思うので期待するとともに、自らの言語勉強も怠らないようにしたいと思います。

''画像認識の技術と流出問題''
 今回、画像での検索が増えており、より自分の好むものに近いものを手軽に検索、買うことが可能になっていることを学びました。この頃一人暮らしを始めたことでネットショッピングが多くなりました。このような時、実物を見られないことからインスタグラムを使用することは賢いと思いました。写真で良いと思えたものを実際持っている人に詳しく聞ける。これは私たちが見るしかできない現実のショッピングでもできないことです。店員はものを売りたいがために悪いところは言わないのがほとんどです。しかし、同じ消費者という立場であれば教えてくれることも可能です。今までインスタグラムを検索エンジンとしては使ったことがありませんでしたが、これから使ってみたいと思います。
 また、写真加工についてはとても驚きました。ピザが人間になる。技術進化とは恐ろしいもので、近未来、自分の顔、または他人の顔を認識できるのではないかと思いました。加工のあまり、脳が自分の顔を覚えなくなってしまうのではないかと思いました。女子の間ではやっている写真アプリsnow。これも顔に装飾物がつくほか顔自体が変形しています。それを自分と認識し、実際の写真(証明写真など)を見たときの残念さは自ら実証済みです。
 画像についての進化を今回理解しましたが、これからの進化を想像するだけで現実が見えなくなりそうだと思いました。

今回は''様々な動画とネット生配信''の回について書きます。
ネット生配信、私はこれがあまり好きではありません。なぜなら纏められていないものを見るのが嫌だからです。大事なところだけ見たい。ようするに、私みたいな人間には以前やったキュレーションを主に使います。なぜそんなにも生配信が人気なのか未だ私には謎のままです。
動画自体は、よく見ます。Instagramのタイムプラス、私自身は使ったことがないのですが、友人の面白い動画や美味しそうな動画を見ることがこの頃とても面白くて楽しみにしてしまいます。そのほか、ミクスチャは一時期はまっていました。同じくらいの子たちが手軽にできるダンスをしたり、好きな音楽にイラストを合わせたりして投稿できているミクスチャは飽きが来ませんでした。
動画はどんな綺麗な写真よりも、美しい文章よりも、その時間をそのまま残せる。その時間を身近ではない人とも共感できる画期的なツールだと改めて思いました。

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