今回の一ヶ月近いオーストラリア出張の中で、驚いた事がある。町に溢れる中国人の数である。私が学生の頃は、大陸系中国人といえば実に数が少なかった。キャンベラにあるオーストラリア国立大学の場合、かつて大陸系中国人と言えば、不法入国らしい僅かな者以外は、ほとんどが共産党関係であった。 しかし今回来てみたら、シドニーはかつての「カメラをぶら下げた日本人旅行者」の数は激減し、どこに行っても「香港並み」に中国人が溢れかえっていたし、人口都市キャンベラも、昔と違って今は中国人だらけだ。これには本当に驚かされた。

 

そんな中で、いくつもの非常に興味深い話を聞いた。中でも非常に興味深かったのが、キャンベラ大学の日本語講座が非常に不可思議な理由廃止の危機に瀕している、という話である。表向きは「財政難」+「これからは中国研究が大事」という事らしい。最初に話を聞いたときは、「え?」という感じであった。日本語はオーストラリアではいつも一番人気の学科であった。それがここ数年でいきなり人気減少でもしたのだろうか、と思ったのである。しかしそんな事はなかった。キャンベラ大学日本語科では、実際には生徒も非常に多く、学科としてはどう考えても資金はあるという。日本語科には学生は100人近くいるが、講師は少なく、従って学科としての財政事情はかなり優秀である。一方の中国語は40人弱の学生数らしく、どこからどう見ても「財政難」ではあり得ないのである。「これからは中国研究が大事」という理由も、抽象的過ぎてよく判らない。

 

そこでいろいろと教育関係者のみならず、オーストラリア政府の関係者など様々な人たちに話を聞いてみると、彼らが一様に口にしたのは、「中国政府の暗躍」という事であった。つまり、今回のキャンベラ大学日本語講座閉鎖の裏には、中国の影が見え隠れする、というのだ。シドニーでも聞いた話であるが、ここしばらくオーストラリアの大学に対し、中国政府機関である「孔子学院」が積極的にアプローチし、金をばらまく形で中国語の講座を増やそうとしているのである。

 

「孔子学院」とは、中国語や中国文化の教育及び宣伝 を目的に設立された政府機関であり、中国文部省(教育部)傘下の「国家漢語国際推広領導小組弁公室」が管轄している。彼らは北京市に本部を設置し、世界中で中国の宣伝機関として活動をし始めている。ジョセフ・ナイの「ソフトパワー」論を地でいく国家機関である。実際、アフリカやアジアでは、この「孔子学院」によって多くの教育機関が設立されており、現地人をして中国に親近感を持たせるために各種工作が行われているのである。

 

さて、今回のキャンベラ大学の日本語科廃止の件であるが、手続きも非常におかしいらしい。普通なら、キャンベラ大の日本語科における何らかの大きな変更があるときは、必ず上位大学であるオーストラリア国立大学の方に対して事前に通知があり、専門講師がそこからキャンベラ大学に派遣されて統合会議が開かれるのであるが、今回のケースでは、オーストラリア国立大学には何の通知もなかったらしい。国立大学関係者の誰に聞いても、今回のケースは非常に「摩訶不思議」なのだそうだ。そこで、自分なりにいくつかのソースから情報を取ってみたところ、どうやら裏で動いているのはやはり「孔子学院」であるらしく、彼らはキャンベラ大学の経営陣に対し、「日本語学科を廃止したら、それ以上に良いもの(金)を出す」というようは条件を提示しているらしいのだ。そして、キャンベラ大学の上層部の一部は、この中国の甘言に乗せられる形ですべてを了承したのであろう。かなり物事を一方的に進める形で、キャンベラ大学の日本語科廃止はほぼ決まりのようだ。複数のルートから聞いた話なので、ほぼ間違いないだろう。

 

もちろん、日本大使館はこれに対しては流石にいろいろと動いているようであるが、いずれにせよ、後手後手の状態で「やられっ放し」である。日本政府に「政策」なり「戦略」がないのだから、致し方あるまい。しかしこのままだと、これまで第二次大戦やら何やらいろいろとある中で、とにかくそれらの問題を乗り越えて築き上げて来た、大資源国オーストラリアと日本の友好信頼関係の土台は、すべて中国のソフトパワー戦略に飲み込まれてしまう事にもなりかねない。ボヤボヤしていると、このキャンベラ大学のケースは、その「終わりの始まり」となるかも知れないのである。

 

ただいくつか「救い」となる話がある。ある優秀な研究者が語った所によると、日本研究をやっているオーストラリア人学生や研究者のほとんどは、「日本が大好き」でやっているのに、一方で中国研究者のほとんどは、「中国が大嫌い」なことだ、という。この点で、中国のソフトパワー戦略は、まだまだ「ソフト」なのかもしれない。実際、学生たちの様子を見聞しても、最近急激に増えた中国人学生らは、論文を書かせてもほとんど第三者の研究をそのまま「盗作」してきて、平気な顔で提出するのだという。これには、大学の教員らのみならず、他の学生たちも完全にあきれ顔だ。オーストラリアの大学では、これら「盗作」については非常に厳しい態度で臨んでおり、2回やったらイエローカードであり、3回目になると大学追放という処分になる。かつて、これをやった大学院生が大学追放とそれ以上の厳しい処分を受けてニュースになっていたのを覚えているが、この「盗作」をギリギリまでやる中国人学生が非常に多いのだという。彼らはそんな「盗作」行為を咎められると「一体、何がいけないのか?」と逆に教員に食って掛かる連中も多いそうだから、みんな頭を抱えている。つまり、他人のコピーがどこまでも違法だとかルール違反と思えない連中であるから、いくら「ソフトパワー」で頑張っても、こんな連中が国際社会で信頼される訳もない、という事でもある。

 

また、オーストラリア国立大学に対しても、「孔子学院」はここ何年も「資金」をぶら下げて積極的にアプローチをかけてきているが、大学側はことごとくそれを拒否しているという。我が母校であるだけに、個人的にはその誇り高き態度を喜んでいるが、さすがに世界に冠たる「英連邦(コモンウェルス)」の一員として、しかも国内唯一の国立大学として、その辺りだけは譲れないのであろうし、今後も譲る気はないであろう(ことを祈る)。ことの善し悪しは抜きにして、過去何世紀にもわたって世界中を植民地にして「支配」の限りを尽くして来た英連邦系には、多少台所事情が悪くなったとしても、そのくらいお高く止まった「スノビーさ」を維持してもらわないと困る。

 

そして、一方の日本政府には、もっと国際戦略を「真面目に」「積極的に」考えていただき、行動してほしいと思う。いつも部屋の隅で指を咥えてぼんやり見ているだけが能ではない。世界一優秀だとも言われる日本の官僚が「本気」になれば、国際社会で勝ち抜くことくらい朝飯前のはずではないか。それがなぜ、「草食系」を気取っているのか、まったく理解に苦しむ次第である。何度も言うけれども、日本の若い人の中には、泥を食ってでも国のために戦いたい、という人は沢山居る。私の周りにもいる。目玉をひんむいてよく見渡せば、素晴らしい若者は世に溢れている。勝海舟ではないが、「男児世に処する、ただ誠心誠意をもって現在に応ずるだけのこと。あてにもならない後世の歴史が、狂と言おうが、賊と言おうが、そんな事は構うものか」ということではないか。

 

(続く)