僕のDDRの思い出を語る際に外せない存在の一つがBeForUである。BeForUはDDR 5thMIXのときに一般からのオーディションにより結成された4名の女性ボーカルユニットであるが、僕は結成時からかなり応援していた。当時の僕は中学2年生で、モーニング娘。などを好んで聴いていたお年頃であり、DDRにもそういったアイドル的な(と言うと語弊があるが)ユニットが登場したことに関しては「いいやんけ」という感想を抱いた。BeForUは活動途中にメンバーの入れ替えなどもあったが、メジャーデビューするくらいの時期までは、BeForU関係のCDはほぼ全て購入していた。

BeForUはメンバー自体が好きだったことにくわえ、そもそも作曲がほとんどNAOKIだったため、NAOKI曲が好きだった自分にとってはBeForU曲も最高であった。5thMIXに収録されたデビュー曲であるDIVEと、その次のDDRMAXに収録されたFireflyは、どちらも曲・譜面ともにすごく好きなのだが、残念ながらそのどちらも現行のDDRにおいては削除されてしまっている。他に好きなのはKI・SE・KIあたりだろうか(これも削除されているが……)。

BeForUの中でも特に好きだった(というか今でも好きだが)メンバーが、Noriaである。何が好きだったかって、まあ見た目も声もめちゃくちゃ可愛かったからだ。どのくらい好きだったかというと、デビュー曲のDIVEの時期からNoria宛てにファンメールを何度か送ったことがあるくらいだ。


BeForUはDDR以外にも活動の幅を広げ、時にはソロでの曲もリリースされたりするのだが、その中でも特に衝撃的な曲があった。それがbeatmaniaIIDX 9th styleに収録された、Silvia Driveである。この曲はdj TAKA作曲のNoriaソロ曲であり、曲の良さもさることながら、一番の衝撃は終始Noriaが実写で登場するムービーであった。まあ今見ると少し地味なムービーなのだけど、Noriaが好きだった当時の思春期の僕にとって、そのNoriaの可愛さには凄まじい破壊力があった。ゲーセンでIIDXをプレイするときは必ずと言っていいほどこの曲を選曲した。さらに、当時IIDXのムービー集がDVDとして発売されたので、僕は迷わずそれを購入し、ニヤニヤしながら何度も何度もそれを鑑賞したのであった。

また、これもSilvia Driveのムービーにニヤニヤしていた頃とそう離れていない時期だったと思うが、アーケード版DDR EXTREMEが稼動を開始してから1年弱経った頃、家庭用DDR EXTREMEと、DDR Party Collection(ベスト盤的位置づけの家庭用DDR)が立て続けに発売された。その時期に、公式サイト上で、アーティストのサイン入り生写真プレゼント企画とやらをやっていた。全部で9名のアーティストの写真がそれぞれ1名様に当たるという企画で、僕はNoriaの写真に応募したのだったが、なんとなんとそれが当選してしまったのだ。これはほんっとうに嬉しかった。15年経った今でも大事に保管してあるので、その写真を以下に掲載する。

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(※画像クリックで拡大できます)


ちなみに、ここから少しずつ話は逸れていくのだが、このプレゼント企画の当選者発表ページは現在も残っていて、ここに載っている「一葵」という名前の当選者がまさしく僕である。DDR EXTREMEの稼動開始から1年近く経った当時、僕はようやく自分のハンドルネームというものを模索し始めていた。そして最初に付けたハンドルネームがこの「一葵」なのである。昔の自分のハンドルネームの話をするというのは、黒歴史を掘り返すようで言ってる本人はめちゃくちゃ恥ずかしいのだが、面白いので話すことにする。

この「一葵」という名前だが、「イッキ」と読ませるつもりで設定した。由来は、当時週刊少年マガジンで連載されていた漫画「エア・ギア」の主人公のニックネームそのままである。漫画のキャラの名前をそのまま付けるという安直かつ恥ずかしい名付け方は、今に始まったことではなかったのだ。なお、余談ではあるが、「エア・ギア」の作者である大暮維人先生は、県どころか市まで僕と出身地が同じである。地元の小さい古本屋で大暮維人先生のサイン色紙を見かけたこともあった。まあそういった縁もあって、「エア・ギア」から名前を引っ張ってこようと思ったところもあったと思う。

次にこの「一葵」という漢字だが、察しの良い人なら気づいているかもしれないが、これは僕が大好きだった「elemental-6C」のきりくさん(@ele6c)が、当時は「葵六」という漢字を当てていたため、それをパク……リスペクトしたものである。

この「一葵」というハンドルネーム、しばらくは気に入っていたのだが、次第に使わなくなっていった。その理由には、まず、「イッキ」という響きがあまりしっくりこなかったというのと、きりくさんからのパク……インスパイアが強すぎたというのがあった。また、一番の大きな理由は、当時自分の周りの友人たちは誰もハンドルネームなんて名乗っていなかったため、突然僕だけ自分で考えたハンドルネームを使い始めるのが恥ずかしかったというものであった。そういうわけで、せっかく考えた自分のハンドルネームは一度うやむやになってしまった。「Raye」という名前を名乗り始めるのはもう少し先のことである。


最後に、話をBeForUに戻すと、上京後すでにDDR SuperNOVAが稼動している時期だったと思うが、都内で開催されたBeForUのミニライブに足を運んだことがあった。ライブが良かったのもさることながら、ライブ終了後に会場を出る際、メンバー全員が出口付近で見送ってくれるという仕様だったため、めちゃくちゃ間近でNoriaを見ることができ、本当に舞い上がってしまった。それで僕は思わず「握手してください」と頼んだのだが、隣にいたスタッフに「握手はダメです」と言われたことを覚えている。


以上、こうして思い返すと、本当にBeForUが好きだったんだなあというか、特にNoriaへの思いが自分でも引くくらい強かったなと感じる。結局BeForUはなんかよくわからんまま音ゲーから離れていってしまったが、最近また、りゆやNoriaの活躍をちらほら耳にするので嬉しく思う。これからも陰ながら応援していきたい。


続く。