工作員派遣型 少年がハムを刺した

日本各地に送り込んだ工作員たちが派遣先の地域の情報をお届けいたします

2008年07月

1日だけの遺産

1日間だけ、ボクの車検の切れたミラ号
REGACYに変わってた。

急いで、世界で一番カッコイイ車検の切れたミラ号
取り返したけどね。

ファッキン

ファッキンで検索しても、ファーストキッチンはでてこないのか。。。

焼とうもろこしポテト






ただ、ファッキンの焼とうもろこしポテト
やみつきになる。
カラダに悪いものは、美味いねぇ

真の考古学は、図書館には用はない!!

観ちゃいました。『インディー・ジョーンズ』
期待通り、やっちゃってました。ダメ映画です。

インディー・ジョーンズ












ファミリーで、冒険したのだけが見所じゃないかな。

2008年を盛り上げる場所

えっ NOVA友 ってもう作ることできないのっ?

礼状












ハハハッ、ナイスタウン

2008年を盛り上げる場所

山○優って、どこがかわいいんだろう?

さておき、ひこにゃんに会ってきました。
彦根のひこにゃん











サンドバックにちょうど良いね

久々に書きましょうか…  インターホンの方もあるよ?

今回はマイセンが久々に書き散らかして頂きます。

乱文、記憶違いは申し訳ありませんと謝ります。
まあ、あくまで所感の、いい加減なんで…



まあ、下らない事なのですが、ソフトバンクから発売と言うのを見ながら、マイクロソフトがYAHOO!を買収と言うのを読みながら、急激に何か変わっていっているんだなぁと感慨に耽っている訳です。

ちょいと、書きますと、WINDOWS95が発売されたのが、今から13年前で、僕が高校生だった頃かと思います。
その前にはパソコンと言えばDOSか98だった気がします。
フロッピーを二枚入れて動くのが当たり前エの時代でした。

家には、文豪が有ったのは覚えてますが、パソコンと言う言葉は学校で習いました。
確か、その頃の田舎の学校としては珍しく、パソコンが有る学校でして、BASICを習った記憶が有ります。

その程度だったのに、95が発売されてから、急激にパソコンの通信(最初はISDNとか電話線をダイヤルアップで繋いでた… あのFAXに電話をかけてしまったような音が懐かしい…)が来ました。
その頃の田舎と言うと、パソコンは影も形も無く、プレステで手一杯でした…
しかし、東京に行くと、漫画喫茶(田舎には無かったので、漫画喫茶が珍しかった)とは別にネットカフェと言うのが出来ておりまして(まあ、漫画も読めたんですがね…)、インターネットが出来ると言う環境になってました。

その頃、高校にもパソコン=WINDOWS98が置かれて、高校生がいじれない様になっていた所を無理矢理(思春期の力はスゴイ!)に裏サイトを見たりしながら、掲示板を見たりYAHOO!と言う言葉を覚えたのも、この辺からでした。
時代はポケベルから携帯にシフトし始めた頃で、僕は携帯電話も持って無くて、その辺には疎かった気がします。
(僕が個人のパソコンを買うのは、高校を卒業してからです。 …と言うか親のお下がりの98のVAIOだった…)

で、何が言いたいかと言うと、その頃に今の生活とか環境とかは、想像も出来ない程の速度で、ネットやパソコンが進化していったって事ですね。
初めはショートメール(死後になりつつある…)でも、感動してたのに、今ではメールは当たり前ですからね。(未だに、ポケベルの番号の入れ方を覚えていた人々は、ある意味、スゴイと思います。)

で、懐かしい事をだらだらと書きまして、今の話に戻すと、携帯がインターネットマシンになると言っている方が居る訳です。
と言うか、パソコンが値下がって、通信のインフラが整った、この状況では、至極まともな発言です。

と、言うかコレから伸びるのは、モバイル市場だと言う事が言われ続けて、どのくらいか解りませんが、それが本格的になったんだなぁと、今回の行列とWINDOWS95の行列を比べた記事を読みながら思いました。

さて、もうちょっとだけ、昔話の続きです。
大学に入りまして、周りはパソコンを使うのが、と言うかインターネットを使うのが当たり前の人達ばかりの中に放り込まれて、必死にWINDOWSとインターネットを覚えました。(代償に、VAIOのHDDを壊しました…)
アンチYAHOOとか有ったなぁと覚えてます。(YAHOOが当時は嫌いでしたが、今では、どうとも思いません… 僕が大人になったのか、ググッたのかって所かと思います。)

それで、就職活動を始め、某大手の携帯メーカーの就職説明会に行った時に、携帯電話を売れなくても赤字でも作り続けるのは、仕事が無くなって困る人達が要るからだと言っていました… 今回、それを思い出しながら最近の電気の業界を見てみると、日本の技術は本当に終わってしまうのかと思ってしまいますね…

特に、今回の記事郡(まあ、煽り過ぎとも思いますが…)を見てると、WINDOWS95が発売されて駆逐されたPC-98を思い出すのは気の所為じゃ無い気がします。


京の一曲は明和電機で「地球のプレゼント」です。


※ここまで持ち上げといて何だけど、僕自身はitunesが好きじゃない。
あと、曲を取り出そうとして、ipodのデータを消した事もあるので、ipodも好きじゃない。
その辺が自由なのがmp3プレーヤー(sansa)の好きな所なんで、管理されるのが好きでは無い。
まあ、32GBの大容量に憧れるし、インターネットの速さも試してみたいんだが、容量はμSDが、どんどん容量が大きく安くなって来てるんで、動画とか、曲とかがもっと自由になれば、他の携帯の機種でも良い感じの物が出てくるのでは? 
と思っている。

その辺のmp3を、そのまま聴ける携帯電話のきっかけになって欲しいと言うのは有るので期待はしてるけどね。
海外では、そのまま聴ける携帯電話が人気なのに、日本には権利の関係とかで入って来ない…
その辺がミュージック携帯って何? って思ってしまう所ですね。

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