純愛とNTRのblog

NTR(寝取られ)、たまに純愛の小説を書いていくブログです。18歳未満の方は閲覧禁止ですよ!

~曇り後晴れ、ときどきストロベリーキャンドル 外伝~  安河内浩智の憂鬱な日々(前編)

五月

 

穏やかな陽だまりの中、俺は新しい生活に期待感しか持てないでいた。真新しい制服、真新しい革靴、そして何よりも死ぬ程勉強して勝ち取ったこの高校への入学資格。

入試の時には周りの皆がこの上なく理知的に見えた。野球しかやってこなかった坊主頭の俺が、押し出しの強さに絶対の自信を持っていた筈のこの俺が、人生で初めてびびっていたあの日が懐かしい。そいつらと同窓になる事がこんなにも嬉しくて、優越的な事だという事を今になって噛みしめている。

中学ではキャッチャーで四番を張っていた俺、見た目はずんぐりとした如何にも、な風だけど、生まれ持った図々しさ、いや、押しの強さからクラスの中では知らない内にリーダー的な立場になっていた。

別にそれはいい。

偉ぶるつもりは更々無いし、祭り上げられるのにも慣れている。それにはっきり言って気分が悪いはずもない。だけどな、俺の坊主頭を見て、或いは俺が中学時代に野球で活躍していた過去を知っている奴らから、毎日のように野球部へ入らなかった理由を問われるのにはさすがに少々飽きてきた。

「野球が嫌いになったのか?」そう聞いてくる奴もいた。

嫌いなわけがない。寧ろいまだに大好きだ。大甲子園に憧れた気持ちは今でも心の奥に残っている。

でも、それよりもやりたいことが見つかったんだよ。夜遅くまで泥だらけになって白球を追いかける事よりもやりたいことがな。

そんな俺が選んだ部活は、PC研究部。野球よりもパソコンが好きだから、なわけがない。

一番緩くて、放課後の時間を沢山作れる倶楽部だから。そしてなんと言っても女子が多い倶楽部だから。

不謹慎?軟弱?

何とでも言えばいい。

俺が出したこの結論に対し、溜息や期待外れ的な態度をする奴もいたが、放っておく事に決めた。そいつらに俺の何が分かる。俺が今までどういう生活をして何を考えてきたのか、知りもしないであれこれ言う奴には言わせておけばいい。

俺は決めたんだ、可愛い彼女を作って楽しい高校生活を送るってな。そうだよ、不謹慎だし軟弱だよ俺は。皆の言っている通りだ。イガクリ頭で背も低い、縦よりも横に太いがこれは筋肉だ。でもやっぱり見た目はごついし、全然格好良くもない。

それが、どうした。

男は見た目じゃないだろ?人を惹きつける巧みな話法、そして頼りがいとか強さとか、そういう方が大切だろ?中身で勝負なんだよ。別に妄想を言っているわけじゃない。実体験に基づいた理論的思考の結果だ。

俺は知ってしまったんだよ、女の身体を。

中三になった時、下級生から告白されて彼女が出来たんだ。中体連の大会が迫ってきている時だったな。俺がチームを纏めている姿をずっと遠くで見て憧れていたんだと。色が白くてちっちゃくて、本当に可愛い子だった。吹奏楽部の彼女と部活が終わってから校門で待ち合わせて毎日一緒に帰ってたな。お互い、若かったから・・・やっとの思いで手を繋いだ時は飛び上がるくらい嬉しかったっけ。家までの僅か15分間だったけど、そんな小さな幸せが色々なことを前向きに俺の背中を後押ししてくれたんだ。

結局部活を引退して間もなく、彼女に振られちゃったけどな。

でも彼女の柔らかい手の感触、甘い匂い、優しい声。女って何でこんなにいいんだろう、って、ただ単にそう思えただけでも良かったんだよ。女の存在で男はいくらでも頑張れるって、本当に身をもって感じたんだ。

正直言うと、キスくらいはしても良かったけど、な・・・いや、本当は絶対にしたかったんだけど、それはさ、彼女真面目だったからさ、俺は遠慮したっていうか・・・

振られた理由は、彼女らしいというか、俺の受験の邪魔をしたくなかったんだって。俺はそんなの両立できるって思ったけど、彼女の優しさに甘える事にしたんだ。本当に最後までいい子だったな。

それからさ、俺が猛勉強し始めたのは。

彼女の存在が俺をこの高校へ入学させる原動力になったんだよ。

可愛い子が多いってだけで志望したんだけど、こんなに偏差値が高いなんて知らなかったから、そりゃ勉強したよ、死に物狂いで。野球部での実績もあったから先生も頑張ってくれたしな。

実際に合格してこうして学園生活を満喫していると、本当にあの頃全ての煩悩を捨てて受験勉強を頑張った甲斐があったと確信している。当時の俺、NICEって感じだよ。

男子はいい奴ばっかだし、女子は思った通り皆可愛い。可愛いだけじゃなくて、家柄が良いのか、性格も穏やかで男を立てるのか上手いって感じなんだよな。

確かに俺なんかギリギリで合格したクチなんだろうけど、入ってしまえばこっちのもの。スタートラインは一緒なんだから、勉強だって何一つ心配していない。

 

ああ、俺、本当にこの高校に入学してよかった

あとは・・・俺の隣に居るべき人を探せばいいだけだ。これが一番難しい?なんて思わないよ、俺は

男はさ、押しだよ、押し

 

 

 

 

翌年四月

 

ポカポカと暖かい日が多くなったな。

 

もう春か・・・・

 

丁度一年前の自分達がそうだったとは思えない位、新入生のあどけなさと言ったらないな。中坊丸出しでまだまだ全然ガキ。たまに大人びた?というか、俺よりも背の高い生意気な一年生もいるけれど、そのキョロキョロする視線がなんとも可愛らしいよな。

て言うかさ、そんなに恐々と俺の顔を見るなよ。文化系に染まった俺は一年前みたいにイケイケの筋肉男じゃあ無いんだから。優しく指導してやるぜ。何でも俺に聞いて来いよ。PC研究部はいつでも大歓迎だ。特に女子は、な。

しかし二年になるという事は、高校生活もあと二年しかない、という事だよな。

そろそろ本気出さないと。

そうだよ、俺は宮條先輩しか眼中に無かったから。先輩に彼氏がいると直前に知ったから告るの諦めたんだから。その気になれば彼女なんかすぐ作れたのに、反則的に可愛い宮條先輩の存在があるからこの一年全くその気になれなかっただけなんだ。

 

本気出せば彼女なんかすぐ出来るさ・・・

 

「安河内君、悪いけどうちの部室のPC、ちょっと見てくれないかな。すぐフリーズするんだよね」

 

今朝廊下ですれ違った吉富先生に仰せつかった仕事。競技の記録や連絡手段として各部に一台づつPCが置いてあるんだけど、このPCがまた古い。すぐにフリーズする。つい先日も陸上部、サッカー部のPCを直したばかりだ。

教師からの頼みとはいえ、さすがにこう毎日雑用を押し付けられてはウンザリだ。

 

・・・・けど、吉富先生なら、まあいいか。可愛いしな

さてと・・・お、・・・綺麗な部室だな。やっぱ野球部と違って泥臭さが全く無いわ。水泳って全然汗臭く無いし、なんかちょっと同じ体育系とは思えないな

 

「あ、君ひょっとして安河内君?」

「うっ!うわ・・・そ、そ、そうです、よ、吉富先生に言われて・・・」

「うん、聞いてるよ。ごめんね、あそこの机にある奴、お願いね」

「う、うっす・・・」

 

やべえ・・・何が「うっす」だよ、俺・・・いきなり宮條先輩がいるって、凄え焦ったじゃねえかよ・・・・・

てかさ・・・なんだこれ・・・緊張し過ぎて全っ然目も合わせられなかったのに、ほんの二言三言の会話でフル勃起してるわ・・・・・

い、いや・・・・・目は合わせられなかったけど・・・・・やばいって・・・・ヤバイよ、あの身体・・・こんな近くで宮條先輩の水着姿見ちまった俺って、もう・・・・・

あの青の水着、パンパンに張り付いて、胸の所なんかもう・・・・・それに、その、股の切れ目というか、柔らかそうで・・・・・お尻も・・・丸くて・・・柔らかそう・・・

ああ、ぶっこきてぇ・・・目に焼き付いている今、ここで今すぐぶっこきてぇよ・・・・

・・・・・

待て待て、ちょっと待て・・・

もっと冷静になれって、俺・・・

まずはやる事やらないと、だろ・・・

 

 

 

 

五月

 

ここの所、一日置きに水泳部の部室に通っている。もうメーカーの保証も無くなった古いPCは不安定過ぎて、しょっちゅうフリーズするんだ。その度に俄かメンテで俺がしこしこ弄ってるというわけ。先生から部室のスペアキーまで渡される始末。

本当はもうここには来たくない。水泳部には関わりたくないんだよ。なぜならたまに宮條先輩を見かけてしまうからな。

ダメなんだよ。

至近距離で見る先輩は、たとえ水着だろうが制服姿だろうが、あまりに刺激的過ぎて、こんなんじゃ俺、次に行けないって思うんだわ。俺なりに前向きに行かなきゃって考えてんのにさ・・・

ああ、もう・・・・・水泳部の皆が戻る前にとっとと戻んねえと。

 

「お姉ちゃんー!ちょっと待って!」

 

部室を出た時、誰かを呼ぶ声の方を何気に見た。

 

あ、宮條先輩だ・・・

くそ・・・相変わらず凄え可愛い・・・・・それに何だよあの大きい胸・・・足も長いし・・・・

い、いや、見るな!俺!ダメだって!

 

「お姉ちゃん、ちょっと待ってってば!」

 

お姉ちゃん?

え?

あ、あの、追いかけてくる女子って、え?宮條先輩の妹?

先輩って、妹いたの?

 

俺はその場で立ち竦んでしまった。

初めて見る宮條先輩の妹。背丈も姉と一緒位で、身体つきも似ている。明確に違うのは、黒髪ロングの姉に対し、やや茶髪気味の肩までの髪型くらいか。超美形の姉と、愛らしさ溢れる可愛い顔立ちの妹は、どちらも飛び抜けて目立っている。

 

そう言えば、同じクラスの奴が異常に可愛い新入生がいるって騒いでいたけど・・・

これも運命、なのか?

何でも都合よく解釈出来るのは、言い換えれば前向きって事だろう。姉がダメなら妹の方、てか?いやいや、さすがにそんなんはよろしくないような気がする。

でも・・・

 

 

 

 

六月

 

夏の足音が聞こえてきた。

 

よし、行くぞ!

 

俺は決めたら早いんだ。この勢いこそが、押しの強さにも結び付いている。もう毎日二回も三回もオナニーばっかしていると、いい加減頭が馬鹿になったのかと嫌気がさしてきたところだ。夏は水泳部の季節、彼女も忙しくなってくるはず。だからその前に、俺は決める。

 

今日俺は、葉月ちゃんに告る!

 

部室のPCを自由に触れる俺の特権で、彼女の名前は中に入っている名簿で確認済みだ。あとは部活が終わった頃を見計らって門で待ち伏せするだけ。

 

しかし門の所で告白って・・・

俺がそんなアニメチックな事をするなんて、中学の同級生は絶対信じないだろうな

 

最近筋トレばっかしている俺は、一年前に比べても筋肉質な身体は遜色なく維持している。いや、寧ろ余計な筋肉までつけてしまったから、以前よりも太くなっているかもしれない。身長は全然伸びていないけど。

とにかく、中坊の頃と違って何の肩書のない俺は、もう押しの一手で行くしかない。今日断わられても、また一週間後がある。それもだめならその一週間後にまた告ればいい。

怖気ずくな。怯むな。堂々としていろ。今までの俺らしく。

 

 日が長くなってきた。夕方6時を回ろうとしているのに、余裕で明るい。出来れば人生初の告白は、もう少し暗い方が気が楽なような気もするけど・・・

 

いや、弱気になるなって・・・

 

一時間以上前に終わった我がPC研究部の部活。こんなにも時間が早く感じる事は今まで無かったかもしれない。やっぱり緊張、しているんだ。前の夜、あれこれと気の利いたセリフを考えたけれども、全部白紙に戻し、そしてまた一から考えている。水泳部の部活が終わって皆が部室から出てくる6時まであと5分。

 

えーい、出たとこ勝負だ!あれこれ考えるの辞めた!面倒くせえっ!気合いだっつうの!今まで通り、いつもの俺で行けば大丈夫だっつうの!!

 

気合を入れ直した時、校庭の奥の方から数人がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。水泳部の部員達だ。

 

・・・・来た、のか?・・・・

 

心臓が爆裂する。

大勝負の一言目を遮ろうとするように、喉元に感じる鼓動が煩わしい。

乾いた唾を飲み、向こう側を凝視した。

 

いた・・・宮條先輩と、葉月ちゃんだ・・・・

 

二人が一緒なのは想定内。余計な事だが、名簿で調べた住所が頭を過る。

 

ああ・・・やっぱ二人とも凄え可愛い・・・滅茶苦茶輝いている・・・オーラが、半端ねえよ・・・

 

あんな雲の上にいるような美少女に告白できるという事だけで名誉だと思った。玉砕上等、もう、迷いはない。

 

「え、えっと・・・宮條さん・・・ちょっと・・・いいですか」

「はい?」

 

二人とも立ち止まり、俺の方を見た。

当たり前だ。二人とも宮條さんなんだから。

 

もっと、はっきり言わないと・・・・・あ、やべ・・・足が・・・震えてる・・・

 

次の言葉が出ない俺は、ただ葉月ちゃんの方に視線を投げかけるだけで精一杯。もう、死に物狂いだ。

 

念力でもいい、超能力でもいい、とにかく、伝わってくれ。頼む、なんでもいいから・・・

 

「あ、じゃあ、私、先に行ってるね?」

 

宮條先輩はニッコリ微笑むと、俺に軽く会釈して校門を一人で出て行った。

 

伝わった!やった!・・・やった・・・あ、有難うございます、宮條先輩!

 

ここからだ。ここからが本当の勝負なんだ。

微妙に立ち位置を調整し、葉月ちゃんに正対した。脇を歩いて行く他の生徒達の熱い視線を気にする余裕などあるわけがない。

 

「宮條さん・・・あの俺・・・二年の安河内って、言うんだけど・・・」

「知ってます」

 

俺は驚いて彼女の顔を見た。

 

「S中の野球部にいた安河内先輩、ですよね?」

「そ、そうだけど・・・」

「安河内先輩、有名人だから知っていますよ。先輩がいた頃のS中って、凄く強かったですもんね」

 

はにかむ様な彼女の仕草が可憐過ぎて・・・・・もう、どうなっても良いと思った。二人きりで話す事が出来るだけでこれほど幸せに感じるなんて思いもしなかった。心が満たされた気分になり、ふわふわと暖かい綿あめに包まれたような心地よさに、完全に意識が弾けそうになっている。

 

「あの・・・私に何か御用、ですか?」

 

鞄を前で両手で持ち替えて、恥ずかしそうに俯く葉月ちゃん。薄暗くても、その頬がほんのり赤く染まっているのが分かった。

 

「その・・・俺と・・・あの、・・・えっと」

 

みっともない姿を晒すな!はっきり言え!お前は中学屈指のスラッガーと言われた男じゃないか!

 

「俺と・・・付き合ってください!」

 

ああ・・・言った・・・言ってしまった・・・・

 

その瞬間、涙が出そうな程、俺は感極まっていた。理由は分からない。だけど、この清々しさは一体何なんだ・・・・まだ彼女から答えを聞いていないというのに・・・世の中にこんなにも晴れやかになる瞬間があるなんて、知らなかった。これがひょっとして、一世一代の晴れ舞台?ってやつなのか?

もうこのま死んでしまっても悔いはないとさえ思った。

・・・い、いや、やっぱ死んじゃだめだ。

 

「安河内先輩・・・あの・・・」

 

言い淀む葉月ちゃん。

 

なんなんだ・・・・

 

ついさっきまで勝手に一人で感じていた高揚感が冷め、サーッと血の気が引く思いがした。

多分こうなるのでは、と思っていたものの、現実となるとやっぱり文字通り頭が真っ白になるようだ。多分この数秒後に訪れるであろう猛烈な絶望の予兆が、頭の片隅でその存在感を増したような気がしただけ。

人生はそうそう上手く行くわけがない。山あり谷あり、だ。分かっていた事じゃないか。だから押しの強さだけではなく、しつこい位の粘り強さの重要性を身をもって理解し、実行してきたんだから。

 

大丈夫、大丈夫だ。まだどんな断られ方をするか分からないけれど、また来週告ればいい。それで駄目だったなら、その翌週に三度目の正直だ。元々そう考えていたじゃないか・・・

 

「あの・・・友達から・・・よろしくお願いします」

 

ペコリと頭を下げる彼女をぼーっと見つめた。そして反射的に答えた。

 

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

今度はあっけに取られてしまった。僅か数分の間に目まぐるしく変わる心境に、身体が上手く適応できていない。

これって、うまくいったって事?・・・だよな?

 

「私、あの、安河内先輩の事、もっと知ってから・・・」

 

俺の事、もっと知ってから、ちゃんと恋人同士になるって、事だよな?

そ、そりゃそうだ・・・お互いろくに話した事もないのに、いきなり付き合うって、そりゃ無理だよな・・・ははは、てか、何俺いきなり付き合ってくれって、言ってんの?いや、葉月ちゃんの言う通りだわ

 

「よっしゃーーーーーっ!」

 

校庭に響く雄たけびを、まるで他人事にように俺は聞いていた。

 

 

 

 

十月

 

あれから四か月が経とうとしている。

「あれから」というのは、「俺と葉月ちゃんが恋人になる事を前提とした友達として出発した日」の事だ。日程が合う限り、PCメンテ後に俺たちは一緒に帰り、そして朝は駅で待ち合わせをして一緒に登校している。周りには恋人同士と思っている奴も多い事だろう。

「安河内、お前あの可愛い一年と付き合ってんの?」なんて言葉はうんざりする程かけられた。いちいち否定するのにも疲れてしまうくらいに。野球部に入部せずにPC部に入った一年前のデジャブのようだ。ただ、葉月ちゃんの立場もあるので、ここははっきりと「ただの友達だよ」と言っているけれど。

 

ただの友達・・・いつまで、なんだろう?・・・

 

もう彼女の事は名前で呼んでいるし、実際登下校が一緒ってのは、どう考えても付き合っている間柄かと思うけど・・・やはりケジメは必要だよな・・・・

 

よし。もう一度告ろう

 

勇猛果敢。単純明快。男らしく、潔く。

丁度来週が友達付き合いを始めて四か月目になる。その記念日に改めて告白しよう。「俺の彼女になってください」と。

そう考えると、何故か心がウキウキとしてくる。本当に俺自身、単純な男なんだなと気付かされる瞬間だ。

思えばこの四か月、葉月ちゃんと一緒にいて、色々な自分を発見できたような気がする。中学時代に付き合っていた彼女では得られなかったものが、この子と一緒にいれば両手に抱えきれないほど与えてもらえる。

 

人を好きになるって事は、自分も好きになる、って事なのかも・・・

 

今日はまだ吉富先生からお呼びがかかっていない。水泳部のPCも順調という事だろう。

さて、水泳部の練習が終わるまでの二時間、何をして時間を潰そうか・・・

そう思っていた矢先、葉月ちゃんからLINEが届いた。

 

「今日、部活休みになりました。安河内先輩、もう帰れますか?」

 

俺は彼女の事を葉月ちゃん、と呼ぶけれど、彼女が俺を呼ぶ呼称はまだ四か月前のまま。敬語が直らないのも、その方がしっくりくるから、という事だったと思う。ここだけは前の彼女と一緒で、葉月ちゃんの生真面目さの一端を表していると思う。

すぐにLINEを返信し、校門へ向かった。

 

せっかくだから今日はどこかでお茶でもしていこうかな・・・

て言うかさ、なんか気持ちが昂まってきてんだけど。こんなに早く一緒に帰るって、今まで無かったよな?もう来週なんて言わずに、今日告っちまおうかな・・・うん、どっか気の利いたお店にいって、そこで告っちまうか・・・

 

校門に行くまでの僅か10分で俺は決意した。同級生に聞いて駅前の洒落た喫茶店も頭にインプットした。

 

よっしゃ、今日告る。そして、明日からは恋人同士、だ・・・・

 

思わずにやけてしまった。

 

恋人同士・・・恋人同士なら、手を繋いでも・・・いいよな・・・てかまだ早いか・・・

 

馬鹿な妄想で一人盛り上がる。すれ違う学友が訝しげに俺の顔をチラ見していた。

 

いかん、気を引き締めなきゃ。男のくせに女の前でにやけるなんて、みっともねえったらありゃしねえ

 

上履きを履き替え、意気揚々と外へ出た。

十月の夕映えの中、彼女は校門の横に立っていた。明日から俺の彼女になる筈の女の子は、初めて会った四か月前と何ら変わりなく輝いており、未だ俺は彼女を前にすると胸の高鳴りを抑えられないままだ。

駅までに道のりは、まだ時間が早いから人の流れもいつもよりは少ないような気がした。予定していたお店が入っているビルのエレベーターの中、いよいよ訪れる歴史的瞬間を前に、久しぶりの心臓の爆鳴りを葉月ちゃんに勘繰られぬよう努めて平静を保つ。

 

「コーヒー、ブラックで」

「あ、私は紅茶で・・・ミルクもお願いします」

 

葉月ちゃんと付き合って・・・いや、友達になってからというもの、ブラックコーヒーばっか飲んでいる。それまでは同じコーヒーでも、コーヒー牛乳をがぶ飲みしていた俺なのに。

 

「あの・・・安河内先輩・・・」

 

もじもじする仕草が反則的に可愛い。抱き締めたくなるけど、あと数日、待つんだ・・・

 

「実は今日、大事なお話があって・・・」

 

え?マジ?これって、なんか凄え偶然?葉月ちゃんも、同じ事考えてたって事か?

 

「あ、丁度俺も、話、あるんだよね・・・ははは、偶然だね」

 

葉月ちゃんが顔を上げて、その大きな瞳で俺を見つめる。

 

ヤバイ・・・やっぱ超可愛い・・・いいのだろうか、俺みたいなのと付き合っても・・・

い、いやいや、また何を考えているんだ俺は!これから付き合う女の子になるんだから、いい加減この被虐的な考え方をやめろっつうの

 

「あ、じゃあ安河内先輩から、どうぞ・・・」

「ん?いや、葉月ちゃんからどうぞ」

 

言ったそばから後悔した。

告白なんて、男からするものだから。なんで女の子に言わせようとしているんだ俺は。

 

「じゃあ、まず私から・・・言いますね・・・」

 

彼女の瞳が少しばかり潤んでいるような気がした。そんな目で見つめないでくれよ・・・今すぐ抱き締めたくなるじゃないか・・・

 

葉月ちゃんに言わせるのは気が引けるけど、思えば中学時代のあの子もそうだった。あの時も彼女の方から告ってくれたっけ・・・・・俺って、結局自分から告る前に、女の方から告られる運命なのかもな・・・・罪な男だぜ・・・

 

「安河内先輩・・・・私・・・・多分・・・好きな人が出来ました・・・」

 

・・・・・・・・え?

 

「あの、こんな中途半端な気持ちのまま・・・今の関係を続けるって・・・その、絶対悪いから・・・・」

 

葉月ちゃんの瞳から涙が溢れ、頬を伝い、テーブルの上に落ちた。

それなのに、顔を背けることなくしっかりと俺を見つめている。

 

透明で、なんて綺麗な涙なんだろう・・・

 

「ごめんなさい・・・本当にごめんなさい・・・先輩・・・・」

 

そこからの記憶が曖昧だ。

何となく、くだらないギャグを交えながら彼女を元気付けるような話を振って、場を保とうと四苦八苦していたような気がする。結局彼女は笑う事はなかったような気もするけど。

 

まあ、我を失った、って感じかな・・・・・本当に何をどう喋っていたのか分からない

ただ、最後に彼女から俺の話は何だったのかを聞かれ、何もない、と答えた時、彼女がもっと泣き顔になっていたような・・・

あれかな・・・・俺が何を言おうとしていたのか、分かってしまったのかもな・・・・葉月ちゃん、色々と気が付く女の子だったから・・・・

 

 自分の家にどうやって帰ったのかも分からない。夕飯何を食べたのかも。自分の部屋に籠って、普通に参考書を開いて、そして翌日の予習をこなして・・・・一応、普通に過ごしていたはず・・・なのに、何も思い出せない・・・・

 

これって、失恋、したんだよな・・・・・

 

超前向き男の俺らしくもなく、一人布団の中に入った時、驚くほど沢山の涙がとめどなく溢れてきた。拭っても拭っても全然追いつかない位に・・・野球以外の事で泣いたのはあまり記憶がない。

 

葉月ちゃん・・・・葉月ちゃん・・・・

 

苦しかった。

何度その名前を呼んでも、もう隣に彼女が居ることはない。もう俺たちはただの同じ高校の生徒というだけ。

 

畜生・・・・悔しいな・・・・もう、ダメなんだよ、な・・・・・・

 

多分、今が一番彼女の事を好きなような気がする。振られたばかりなのに、一番彼女の事を想っているような気がする。

 

なんか、残酷だよ・・・・本当・・・・・

 

気が付けば東の空が明るくなっていた。

濡れた枕は乾く暇もない。

涙の数だけ強くなれる・・・誰かが言っていたような気がするけど、絶対に嘘だと思った。

 

また一日が始まる。

なんの変哲もない毎日が、始まるんだ。

 

 

 

 

それから一か月後の事。

そろそろ冬支度を始めようとする肌寒い季節に入った頃。

葉月ちゃんが転校生の男子と一緒に歩いていたとか何とか、そんな噂が耳に入ってきた。聞かないようにする自分が許せなくて、あるがままを受け入れようとした。幸せになってくれよ・・・心の中で彼女に伝えた俺を支えるのは、男としてのプライドのみ。変に気を使っているのがみえみえの友人達に感謝しつつ、それを笑い話として跳ね返したいと思っていてもそれが出来ない歯痒さを感じていた。俺らしくもない。

 

やっぱ・・・・まだ・・・・好きなんだよな・・・・

 

それを自覚していたから、吉富先生の声が掛かるのが嫌だった。結構本気で新しいPCを買うよう迫ったりもした。叶わぬ願いだと分かっていたけれど。

 

 

 

 

そして12月。

全く動かなくなった水泳部のPCの修理を仰せつかったある日の事。

翌日に大会を控え、軽いミーティングのみで練習の無かった水泳部の部室に向かったのは、夕方5時を過ぎていたと思う。正直全く気乗りしないから、最近ではかなり手抜きになっていた。手抜きするから以前よりも頻繁に壊れるようになり、そしてまた頻繁にお呼びがかかるという悪循環にも陥っていたのだが、それにすら反目する気概もない。つまりはやる気も何もないくだらない「生徒その一」になってしまっていたって事。

 

ああ、面倒くせえ・・・・

 

そうやって強がる裏腹で、できれば彼女に会いたくないという不甲斐なさに溜息を漏らしていた。認めたくないけど、いまだ彼女を忘れることができないという事だろう。

 

もう全員帰ってるから、今日は別にいいけどさ・・・いつまでやんのかな、こんな事・・・

 

校庭を横切り、部室がある独立した建物へ向かう。既に暗い空は、渡り廊下の足元を覚束なくし、一層歩みを遅らせたその時だった。

 

あれ?・・・・あ・・・・

 

建物の影から出てきた二人。

僅か数メートル前に現れたその後ろ姿を見て、俺は思わず身を物陰に隠してしまった。

 

誰?

 

左目だけでその影を追う。

やがて二人は立ち止まり、周りを一瞥すると素早く部室に入っていった。

 

え?・・・葉月、ちゃん?

 

一瞬見えたその横顔は、間違いなく彼女のものだった。

 

部室で、何、するの?・・・・

 

待てど暮らせど、その窓から明かりが漏れてくる事はなかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     

彼女の海 ~後編~ (2)

 

夕闇迫る透き通るような夏空の爽やかさに気が付かない二人。

それもそのはず。

昼前から夢中になって裸で絡み合う二人には、時間の感覚などとうに無くなっていたのだから。

薄暗くなり始めた部屋の中には散らかったティッシュの塊。二人の体液に塗れたそれは、ゴミ箱に捨てるのも億劫な二人が野放図に肉欲に溺れている証拠。それ程までに深い快楽に魅了されている二人は、未だ片時も分かつ事なく、繋がったまま。

ベッドに腰掛けている彼の前には、床に正座する彼女の姿。薄明かりの中の彼女の身体は、陰影に富んだエロティシズムの象徴のよう。

その彼女が没頭しているのは、彼の足指への奉仕。親指から小指まで、一本づつ丹念に口に含み、舌で愛で、指の間への慈しみも忘れない。そして小指まで行ったらもう一度親指まで戻り、またもう一方への足へと移る。

彼はその様子をじっと見つめ、ただただペニスを勃起させるだけ。赤黒く勃起するそこに早く触れられたいと思いながら、一方で足指への愛撫は男としてこれ以上にない名誉だと考えていた。

口に含みながら時折自らの手を股間に持って行き、ハッとしては恥ずかしそうにチラリとこちらを一瞥する。

この彼女の表情。

もう、たまらないといった様子で彼の眉が下がっている。

全ての指への愛撫が終わると、彼は躊躇なくベッドの上で四つん這いになった。そして同じく彼女もその後ろに這い上がって四つん這いに。まるで示し合わせたような二人の動きは、もう何年も前からルーティーンとなっている愛の駆け引きのよう。

四つん這いになった彼の尻に彼女は両手を置くと、そこを開く。硬い毛に覆われた男のアナルが丸出しになり、そこに躊躇なくキスをする彼女。

普遍的なセックスの行程で見られる性器への愛撫を、男女の役割を逆にしたようなタブー感に溢れる行為。それをこの二人は難なくこなしていた。

久し振りに触れられたそこへのキスに、彼は顔を突っ伏して唸り声をあげていた。そうして益々尻を高く掲げるような形になった所で、彼女はより強く両側に広げる。毛の奥から幾重の皺を刻む肛門が露わになり、無理矢理広げられた皮膚の張りで、そこはぷっくりと盛り上がっていた。

彼女は口をすぼめてそこにキスを仕掛け、舌で撫で回し、唇を密着させては強く吸引した。チロチロと擽り、時には唾液が睾丸まで垂れ落ちる程塗りたくっては吸い尽くす。亀頭の先から重力に従って垂れ落ちる透明な液体を掌で受け止め、それをペニスに塗りこむようにして扱く。

慣れていない男なら、1秒で果ててしまいそうな究極の愛撫かもしれない。

やがて解れた肛門に、舌を硬く尖らせて突くように刺激する彼女。時々ぬるりと内部に侵入させてはまるでセックスのように出し入れさせる。

 

ああ・・・だめだ・・・やっぱりこれ、刺激強すぎだ・・・・・

あ、そんな吸われたら、ああ、ヤバイって・・・・麻里・・・・

 

遮るように彼は左手を後ろに伸ばすと、意に反して彼女はその手を握り、恋人繋ぎにした。指と指を絡めながら、一方の手では竿を扱き、口で肛門を舐め回す。耐えきれなくなった彼が恋人繋ぎを強め、ギリギリと指が軋んだ時、やっとペニスを解放してくれた。何もしなければ、彼女は永遠に愛撫を辞めない。そんな女だった。

 

口元を拭いながら、やはり阿吽の呼吸で後ろ向きになって無言でお尻を突き出す彼女。むき卵のようなくすみひとつない丸いお尻を両手で揉む。たわわな胸の感触と違い、肉がみっちり詰まったような弾力と柔らかさを兼ね備えたそこを只管揉む。指が食い込む程強く掴み、開き、回す。彼女は羞恥の甘い声と共に一層背中を反らせ、惜しげも無く不浄の穴を天に向けて晒す。

僅か数本の皺しか見られないそこにざらつく舌の腹を押し付け、ずるりと舐め上げる。ビクッと震える尻の肉の脈動。更に舌を尖らせて穴の中にこじ入れ、ペニスの如く犯す。

彼女の股の間から向こう側を伺うと、狭い間隔で呼吸する腹の丸さと、突っ伏した胸が潰れている様子が見えた。手を伸ばして不規則に膨らむお腹を撫で、臍に指を入れ、そしてシーツの間に無理矢理指を差し込んで乳首を抓るように潰す。

 

「ああっ!やだっ!・・・い、いぐぅっっ!・・・・・」

 

顔と胸だけで支えながら逆立ちするような極めて不自然な体勢で、腰は俺に支えられながらこの日何度目か分からないアクメを迎えた。

 

高校の頃を、また思い出しちまったよ・・・・・

 

全身を痙攣させているうつ伏せの麻里に覆い被さり、ペニスの先を穴に添えながら思いを馳せる。

麻里が高校へ進学した直後、彼女からの2回目の告白で始まった俺達の付き合い。俺が中3、麻里が高1の時に初めて結ばれてからというもの、毎日毎日セックスばっかりしていたあの頃。

無尽蔵に溢れ出るセックスのアイデアを無限の体力に任せて行動に移す毎日。何度やっても飽きることなどなかった。それは麻里も同じだと言っていた。抱けば抱くほど深まる快楽の波。尽きぬ性欲とどんどん強くなる快感に戸惑い、怖さすら感じたあの頃の俺達。でも彼女に言わしめると、その理由は「愛が強くなっているから」。抱いた直後にまた抱きたくなる。別れた直後にまた会いたくなる。抱き合いたいという思いが一緒なら、いつでもどこでも無責任に一つになり、会いたいと思う気持ちが一緒なら、どんなに遠くにいようと会いに行った。

そして一緒の時はいつだって麻里は愛を囁いてくれた。俺の事が好きで好きでたまらないと何度も何度も言ってくれた。そして俺も同じだけ、いやそれ以上に好きだと返した。

あの頃の俺たちには怖いものなんか無かった。

愛を打ち明けながら一つになって弾ける瞬間のなんと幸せなことか。僅か156歳にしてそれに気づいてしまった俺達に、ブレーキなんか効くわけがない。効かせるつもりもなかった。

避妊しないセックスも怖くなかったし、アナルセックスだって何度とやった。そして俺の分身を無駄にしたくないと言った麻里は、たとえゴムの中に出そうと、必ずそれも全て飲み干してくれた。精液の一滴すら、無駄にしたくないと言っていた。

 

あんなにも愛し合っていたのに・・・・・

世界中を敵に回したとしても、お前を守れるのはこの俺だけだと思っていたのに・・・・・

 

ゆっくりと麻里の中に入っていく。当時のまだあどけなさの残る麻里を思い出しながら、成熟した大人になりつつある今の麻里の子宮に向けて、ペニスを挿し入れて行く。

何度してもその都度溜息が漏れる程の感動と快楽をもたらしてくれる麻里の身体。心が窮屈になるくらいにお前の事を愛しているのに・・・・・

 

「俺の・・・ところに戻ってこい」

 

ゆっくりと腰を進める。

 

「全部捨てて、俺と一緒になろう・・・・な?麻里」

 

亀頭の先が奥に当たる。そこから更に押し込むと、軽い悲鳴と共に彼女の身体が上に逃げる。

 

「だから・・・もう、遅い・・・・・よ・・・・・ああぁ・・・そこ・・・・やだぁ・・・・・」

 

逃げる麻里の腰を抑え、奥の奥を突いてから腰を引く。纏わりつく白濁液がペニスを染めていた。

 

「なぁ、俺達・・・こんなに愛し合ってるのに・・・・・」

「私は、あの人の事を、愛してる・・・・貴方じゃ、・・・・・ない・・・・」

 

涙声。

また泣かせてしまったのか・・・・

 

「良文とは、もう終わったの・・・終わっているの・・・・・」

「じゃあなんで俺に抱かれているんだ?」

 

尻の肉が赤くなる位に強く掴み、粗雑に腰を突き上げた。

 

「ああんっ!あ・・・だ、だめ!・・・そんなに奥、しないで・・・・」

「まだ俺の事が好きなんだろ?分かるよ、俺には分かる。だってこんなに最高に幸せな気持ちになれるのは、今も昔もお前だけだし、なぁ?お前だってそうだろ?な?」

「違う・・・もう決めた事、ずっと前に、決めた事だから・・・・ねぇ、もう、本当に・・・あんっ、んんっ・・・・・お願いだから・・・お願い・・・・」

 

男と女の交わりの水音が激しくなっていく。

紛れもなく最高のセックスをしているのに、背中に忍び寄る喪失感は何なんだ?こんなに近くにいるのに、この不安な気持ちは何なんだ?

 

「ねぇ、良文・・・もうお願いだから、ねぇ、お願い・・・貴方を、忘れたくないから・・・私が世界一愛した、貴方のままでいて欲しいから・・・・・」

「麻里・・・なんで・・・だよ・・・・・」

 

がむしゃらに腰を叩きつけた。

結合部から飛沫が飛ぶ程、強く、深く打ち付けた。

麻里の緩やかにしなる背骨のくぼみに汗が溜まり、俺の腰がぶつかる度にたゆやかな彼女の尻が波紋を作って揺れていた。

 

やっぱり、無理なのか・・・遅過ぎたのか・・・・

 

昂まる性感。

下腹部のむず痒さがこみ上げてきた時、俺は雄の本能のまま、全てを滅却して今目の前にある雌を我が物にする性に従った。これこそ紛れもない全身全霊の愛情表現に他ならなかった。

 

「・・・・くっ、ああんっ!良文っ!いいっ!凄く気持ちいいっ!あああっ!凄いっ!良文の、そこっ、いいっ!あああっ、もうだめっ!ああっ、あっ、あっ、いくぅっ!良文ぃ!いくぅっ!んああっ、貴方ので、またいくっ!いくっ!いくっ!いくっ!」

 

身体中の毛穴が開き、全ての毛が逆立つ感覚。ゾクゾクするような爆流が爪の先から髪の毛の先まで突き抜け、雄のシンボルが熱い槍となって雌の子宮を貫いた。

背骨が折れそうな程仰け反る麻里の背中。痙攣するふくよかな尻が射精を強烈に促す。

言葉が出ない。

ややもすると気を失いそうになる悦楽の中で、必死に記憶に焼き付けるように自我を奮い立たせ、人生最高の射精を果たした瞬間だった。

麻里の体内に無限に吸い込まれていくような不思議な感覚の中で、情けない俺は結局気を失ってしまったんだ。

 

 

 

目を覚ました時、俺達は繋がったままだった。

温かい真綿の中を漂うような夢心地の世界にいたのは、きっと麻里と一緒だったからなのだろう。

 

一緒に果て、気を失うのも一緒って・・・・・

 

後ろから抱き締める。

温かくて、柔らかくて、そして甘い良い匂いがした。

何年も前から知っている麻里の身体が、こんなにも愛しいと思えたことは無かったかもしれない。

硬度を失ったペニスがずるりと抜けた。

余程奥で射精したからなのか、麻里の中からは一滴も外には出てこない。

壁の時計から、失神した時間がそれほどでもない事が分かった。

夕方には帰ると言っていた彼女。起こすべきかどうか迷っているのは、その寝顔が余りにも穏やかだから。

俺はゆっくりと起き上がり、麻里の寝顔を見つめていた。これが最後になるのかもと、心の何処かで思っている事に我ながら不思議な気分だった。

 

折り合いがつけられたのか?

 

自問自答しても、その答えは分からない。

はっきりしているのは、これ以上彼女の泣き顔は見たくないという事だけ。

窓の外は夕映えのオレンジ色。

一番星が見えそうな雲ひとつない空を久しぶりに見たような気がした。

 

俺の町にもこんな綺麗な空があったんだ・・・

 

まるで余所者のような独り言に自嘲気味に笑った時、肩に感じた心地良い重み。

 

「明日も晴れかな・・・・・」

 

後ろから麻里がちょこんと顔を乗せてきた。

 

「だろうな・・・・」

 

彼女の手を握る。

彼女も握り返してくれた。

そこにいるのが当たり前の空気感。

以前から続いていたようなこの暖かい日常がいつまでも続けば良いと思った。

 

「もう行かなきゃ・・・・・」

「うん・・・シャワー、浴びてけよ」

「ありがとう」

 

脱ぎ散らかした服を掻き集め、恥ずかしげに身体を隠しながら浴室に向かう麻里の後ろ姿を見ていた。ついさっきまでドロドロになるまで抱き合った女の姿とは一線を画したその後ろ姿。もう彼女は次に歩みを進めたという事なのか・・・・・

心が少しだけ軽くなる。

うん、これは終わりではないはず。

寧ろ彼女との縁は深まったはずだ。

そう、これは・・・・友人として・・・・・俺達の進むべきもう一つの道として・・・・・

 

 

 

「送ろうか?」

「うん・・・じゃあ、バス停まで」

 

身支度を終えて軽く化粧を直した麻里。

部屋の隅にある小さな鏡の前で髪をアップに結っている姿は、良文にとってはもう手の届かない人になってしまった寂しさの象徴。

白く、伸びやかなうなじ。凛とした背筋からは、肉欲の奴隷となっていたさっきの女性とはまるで別人の高貴な佇まいすら匂わせていた。

 

もう麻里をこの腕の中に抱きしめる事は出来ないんだな・・・

 

彼は現実から逃げるように目を瞑り、首を横に振っていた。

 

約束したじゃないか

彼女の結婚を祝福するって

 

両手で頰をパンパンと叩く。

驚いてこちらを振り向いた彼女がクスリと笑っていた。

 

この笑顔が無くなったら・・・・・それは麻里じゃなくなる

 

「降りよっか」

「うん!」

 

彼は彼女の手を引き、階段を降りる。

少し急で、狭い階段。暗いから、二人はしっかりと手を握り合っていた。

 

もうこの部屋に来る事もないんだろうな・・・

 

あと二段というところで、彼女の足元がよろめいた。

 

「大丈夫か?」

「えへへ、ゴメン」

 

ガクガクと震えている麻里の両脚。

あれだけ激しいセックスを何時間も続ければ無理もない話だろう。

 

「お互い、歳をとったって事か?」

「やだ、もう」

 

狭い踊り場で笑い合う二人。

彼は彼女の頭をポンポンと撫でた時、彼女がニッコリと見上げて作った笑顔に嘘はないはず。

サンダルの踵の紐のボタンを留めるのも辛そう。膝が笑っている彼女の肩を支えた。

やっとの思いで靴を履き、立ち上がった時に再びよろめく麻里。今度は後ろから支えていた彼も一緒にふらついてしまっていた。

 

「結構、きてるな・・・」

「うん・・・」

 

壁に前から寄り掛かかる麻里を彼が後ろから押し付ける形になっている。

薄暗い店の奥の、ほんの僅かなスペース。時間にしてたった数秒のはず。

密着した身体が、その時間を止めた。

止めてしまった。

二人の鼓動が相手に聞こえるほど、静まり返る店の中。

彼女の肩に置いた両腕を、そのまま前に回し、彼女を強く抱き締めた。

そして彼女は彼のその腕を優しく掴む。

 

「良文・・・私、もう行かなきゃ・・・・・」

「・・・・・・・・」

 

首にかかる彼の吐息。服の上からでも心臓の音が響いてきているのが分かる

 

「麻里・・・俺達、もう会えないのか?・・・・」

 

ダメだよ、良文

私達、大人なんだから・・・

 

彼を咎める言葉を飲み込んだ。

彼が泣いていたから。

私だって辛い、幼馴染の貴方と会えなくなるなんて。

でも、私はあの人の為にも、もう貴方とは会わない。絶対に、会わない。

 

じゃないと、私・・・・・

 

「もう、終わった事なんだよ、良文・・・」

「ん・・・分かってるけど・・・・・分かってるけどさ・・・・・」

 

私は何も言えずにいた。

言ってしまったなら、この時間が終わると思ったから。

 

これは名残惜しさとか、そんな事では決してない・・・・・

 

夜が迫るお店の中は、私を無意味に急き立てる。

そして最後の時間が過ぎる寂しさに、この掛け替えのない瞬間を心に刻む行動を私は自然と起こしていた。心の全てを彼で満たして生きてきたこれまでの歴史が、涙を流している彼の期待に応えてあげたいと私に取らせた最後の愚挙。

彼の両腕をゆっくりと振りほどき、私は振り返って彼の前に跪いた。そして明らかに前が盛り上がっているズボンを下ろす。

 

・・・良文・・・

 

声が漏れてしまったかもしれない。

それは急角度で上を向く硬いペニスが目に飛び込んできたから。あれだけ抱いてくれたにも関わらず、未だ自分自身を欲してくれている象徴に、胸がときめかない訳がない。

私の指が周らない程太くて、両手で握っても余る程長くて、そして不釣り合いに大きい亀頭。何度も何度も抱き合った筈なのに、今にも襲いかかろうとする凶暴な形状のそれは、とてもこの数時間私の中であの目眩く快楽をもたらしてくれたものとは思えない獰猛さ。

 

もう貴方には抱かれない

だから、本当にこれが最後

 

「麻里・・・麻里・・・」

 

私を呼び捨てにして良いのも、これが最後だよ・・・

 

「ああ・・・気持ちいい・・・麻里・・・ありがとう・・・麻里・・・」

 

うん・・・今だけは、もっと・・・もっと私の名前を・・・呼んでほしい・・・もっと、もっと・・・・・

 

「麻里・・・聞いていいか?・・・・」

「ん・・・」

 

裏側の盛り上がった筋に沿って舌で舐めあげる。

 

「俺と出逢って、良かったか?」

「・・・当たり前じゃん・・・・」

 

亀頭の下の括れた所に唇を這わせる。

 

「お前の青春、お前の大事なもの、全部もらったつもりなんだけど・・・後悔してないか?」

「後悔なんか、してない・・・良文で・・・貴方で良かったって、ずっとずっと思ってる・・・」

 

彼のペニスが、私の中でビクンと跳ねた。

 

「なぁ、麻里・・・お前と数えきれない位、抱き合ってきたけど・・・・その・・・・」

「最高・・・だった・・・」

「ほ、本当に?」

「貴方に抱かれている時が、私の全てだった・・・・・」

 

唇の裏側に意識を集中させてゆっくりとスライドさせているのは、彼の形を記憶に止める為なのかもしれない。私を愛して止まない男の温もりは、常識や社会性とかの及ばない所で私に訴えかけてくる、尊くてあざとい物。何も考えられなくなる程夢中になれる、貴重で罪深い経験。

もう、私達は別の路を歩み始めているのだから。

 

「俺が一番か?」

「良文が・・・一番だよ・・・・」

 

少しづつ動きを早めて行くと、それと比例して鈍感になってゆく唇の感触。私の身体が彼の排泄行為を促す為だけに存在していると錯覚してしまいそうなこの状態が名誉だと思えるのは、相手が貴方だから。本来なら屈辱的な行為も、貴方が喜んでくれるなら本望。足を口に含んだり、お尻にキスしたり。全て貴方だからできる事。

 

「良文の・・・セックス・・・一番だから」

「麻里・・・」

 

益々高度を増す彼のペニスが私の喉を突く。

苦しいのに、嬉しい。

喉を締めながら、無理矢理飲み込もうとする。

 

「ああ、麻里、あああっ」

 

あまりに奥まで飲み込み過ぎて、咳き込む私の頭を撫でてくれた良文を見上げる。

 

「良文の、大きくて硬いおちんちん・・・大好きだったよ」

「フィアンセよりも・・・か?」

「あの人よりも・・・」

 

彰の事を思った瞬間、止めどなく溢れ出した涙。

 

ごめん・・・

ごめんなさい・・・・彰・・・・・

愛してるから・・・・彰の事・・・・世界一だから・・・・

 

私の気持ちと裏腹に、言葉は目の前の男を賞賛する事を選んだ。

 

「彰よりも・・・良文とのセックスの方が、ずっとずっと気持ち良いから・・・・」

 

滝のように流れる涙の味と、鼻腔を擽る良文の匂いで頭がクラクラしてきたその時だった。

 

「あっ、まずいっ!」

 

良文が叫びながら私を強引にカウンターの陰に押しやった。

 

お客さん?

 

彼に問い掛ける間も無く、カウンターの下に蹲って息を潜めた。ズボンを上げる事も出来ず、下半身裸のまま辛うじてカウンターの前に立つ良文。微動だにせず来訪者を待っている間、私の目と鼻の先にある彼のペニスが、緊張の為かやや角度を緩め始めていた。天を衝くようにそそり立っていたそれが元気を失う姿を見て僅かに感じた切なさが、自分でも信じられないほど大胆な行動を取らせていた。そこをペロリと舐めてしまったんだ。殆ど無意識に。

彼の手が私を咎めるような動きをする。

やがてドアが開く音が聞こえた時、私の身体は固まった。

 

 

 

 

「ああ、明かりが点いてる。店、始まったのかな・・・・・」

 

メットの中で呟きながら、僕は店の前にバイクを止めた。

暖簾が掛かっていなかったけれど、中の店主がカウンターの向こう側に立っているのが見えたので、そのまま中に入ることにした。

 

「こんにちは」

「あ、こ、こんにちわ」

 

どこか硬い表情の店主。

まだ準備中なのかな?

それにしてもイケメンだな・・・

 

「まだ仕込みの最中、とか?」

「え、ええ、まだちょっと・・・」

「そうですか・・・・・あとどのくらい?」

「えっと、あと30分位?です・・・・」

 

俯き加減で言う店主。この横顔、何処かで見覚えがある。

 

会社の人に似ている?いや、違うか・・・

 

「それにしても良い匂いですね」

「ありがとうございます」

「あと30分か・・・」

「・・・・・」

 

あわよくば店の中で待たせてもらおうと思って言ったんだけど、思いの外店主の反応は鈍いな。やっぱり居られるとやりづらいのかな。なんか、ソワソワしてるし

 

「分かりました。また出直してきますね」

「すいません・・・」

 

面倒だけど、もう一回りしてから来ようと思った。

 

明日帰る前に、どうしてもこのラーメンは食べておきたいなぁ

あ、そういえば麻里は食べたことあるのかな・・・・・て言うか、もう帰ってきてるかも。だとしたら一緒に来てもいいか

 

バイクのキーを捻る前に麻里の携帯に電話をかけた。

コール一回、二回・・・

また出ない。

まだ友達と一緒なのかも。

落胆と言えばそうかもしれない。朝から何度も電話をかけているのに。

気持ちが少しだけ落ちたような気がした。

今日は諦めよう・・・

そう思って電話を切ろうとした時、今日一日渇望していた恋人の優しい声が僕を生き返らせた。

 

「もしもし・・・」

「あ、麻里?」

「・・・・うん」

 

ああ、麻里の声だ・・・

 

大袈裟ではなく、目頭が熱くなるような安堵感。

いつも一緒なのに、話したい事が山のようにある。けれどもそれでいて具体的には何も頭に浮かばない矛盾。僕の奥さんになる人が愛しくて、溢れる愛情が手から溢れそうな拙さに苛立ちにも似た焦ったさで身悶えする。

 

「ごめんね、今いいかい?」

「ん・・・少しなら」

 

恐々とした麻里の声。きっと皆と盛り上がってる最中なのだろう。

 

「朝結構雨降ってたけど、大丈夫だった?」

「あ、うん・・・・大丈夫だったよ」

「昼くらいから晴れたからさ、性懲りも無くバイク乗ってるんだよ」

「ふふ、気を付けて」

「あの・・・今日も遅くなりそう?」

「ん?・・・ん・・・・あっ・・・」

「え?どうしたの?大丈夫?」

「・・・・・」

「麻里?」

「あ、ごめん・・・」

「周りに友達いるんでしょ?ごめんね」

「・・・・ううん、大丈夫」

「邪魔しちゃったね」

「そんな事・・・ないよ・・・・」

「遅くなりそうなら連絡くれよ。向かいに行くから」

「ありがとう・・・でも遅くならないよ」

「分かった・・・・」

「・・・・・」

「皆によろしく伝えといてね」

「・・・・・ん・・・・ん」

「え?何?」

「・・・・・」

「麻里?」

「・・・・ん、あの・・・じゃあ連絡するね」

「麻里」

「え?」

「愛してる」

「え・・・うん・・・・私も・・・愛してる・・・・・」

 

キーを捻ると前方が明るく照らされた。もうライト無しでは走れない夕刻の町。

 

あ、いっけね・・・・ラーメン屋の事聞くの忘れてた・・・・・ま・・・いっか・・・

 

僕は満たされた気分で30分間のショートツーリングへ向けてアクセルを捻った。

 

 

 

 

店の駐車場からゆっくりと出て行く横浜ナンバーのバイクを見送ると、俺はコンロの火を消した。そしてそのままドアに鍵を掛けてブラインドを全て下すと中の灯りも消してしまった。

 

あいつが麻里のフィアンセなのか・・・・・

店に入ってきて挨拶をした瞬間、俺のペニスを扱いていた麻里の右手が離れ、両手で顔を覆いながら息を潜めていたから、様子がおかしいと思ったら・・・・・

麻里の家の店先に止まっていたバイク、そしてあの峠道で食い下がってきたバイクも、今思えば同じようなネイキッドタイプだったはず

あいつは俺の事を知っていてここに来たのか?どういうつもりなんだ?

 

「どうして灯りを消すの?」

 

口元を拭いながら上目遣いで聞いてくる麻里。その目は怯えていた。

 

フィアンセからの・・・あいつからの電話に中々出ようとしなかったくせに、俺が出ろと命令したら渋々出たよな?

よっぽど心細かったのか、お前はあいつと喋りながら縋るように俺のペニスを握っていたよな?

そんなお前の矛盾した行動に、俺らしくもなくあっという間に射精しちまったけど、お前、慌てて扱きながら、そして携帯を耳から離して一生懸命フェラで綺麗にしてくれたよな?

お前の表情、最高にエロかったよ

・・・・なあ、麻里・・・・・

もう、俺は決めたわ

たかが紙だけの話。結婚という契約事に何の意味があるんだ?俺達にはそんなもの、必要ないってはっきり分かったから・・・・・

 

 

 

 

まだ頭が少し痛い。

完全に飲み過ぎた。

滅多に手に入らない高価な日本酒、最後の夜だからと、お義父さんが注いでくれたそばから全て飲み干していった結果、僕は足元が立たなくなる程酔ってしまった。

いつもの僕ならこんなに深酔いする事がないのに。

 

「ごめん、遅くなる。先に寝てて」

 

臨時休業の札の掛けられたラーメン屋に軽い怒りを感じながら家に戻ると、今度は麻里からこのメール。

ヤケ酒になるのも仕方がないと我ながら思う。楽しみにしていたラーメン屋に騙され、すぐに帰ると言っていた麻里にも肩透かしを食らったのだから。

幸いな事に、酒の巧名で嫌な事を忘れてお義父さんとくだらない話に夢中になれた昨晩。夜中の零時を余裕で回っていた記憶ははっきりとある。その後、風呂に入っている時からの記憶が曖昧だ。麻里に何度か電話を入れたような気もするけど定かではないし、どうやって布団を敷いたのかも分からない。

枕元の携帯に手を伸ばす。

音声、メール、いずれも着信履歴はない。

まだ朝六時前、僕は階下のトイレに向かおうと階段を降りると、目の前の茶の間のソファーに人影を見つけた。

目を擦る。

ボヤけた視界が鮮明になった時。

 

ま、麻里?

 

朦朧とした意識の中で、ソファーの上で服を着たまま眠る彼女の姿を見つけた。

 

「麻里?大丈夫?」

 

肩を軽く揺するとすぐに目を覚ます麻里。

 

「あ、ご、ごめん・・・彰」

 

おいたをした少女のように慌てて起きようとするけれど、すぐに動けない様子。

 

「こんな所で寝てないで、布団で寝なよ」

「う、ん・・・・ごめんね・・・起こしちゃ悪いと思ってこのままここで・・・寝ちゃった・・・・」

 

しきりに謝る彼女は、バツが悪いのか、僕の目を見ようとしない。伏せ目がちに苦笑いすると、慌てて浴室へ向かっていってしまった。

用を足して布団に入った僕は、彼女が戻るのを待った。

昨夜は一体何時に帰ってきたのか?

誰に会っていたのか?

 

・・・・元彼のところか?

 

ふと頭を過る元彼の存在。

疑っていてはキリがないと思っていても、拭い去る事の出来ない不安は色々な決心を鈍らせる。

小姑のような詮索を思いついては諦めて、潔い器の大きい男であろうとしたり。

微かに残る頭痛が巡らせる思いを遮断した時、再び強烈な睡魔が襲ってきた。

隣に麻里がいない朝は久し振りだ。

こんなに切なくて、寂しい思いをするとは思ってもいなかった。

冷たいシーツを撫でる。

 

早く戻ってこい・・・麻里

 

安堵の微睡で、僕はすぐに寝落ちしてしまっていた。

 

 

 

 

三時間後。

午後の出発を前に、会社の人達へのお土産を買うために僕達は繁華街のショッピングモールにいた。

家族連れで賑わう中央のホールのテーブル席。両手に紙袋を下げた笑顔の麻里がゆっくりとこちらに近寄ってくる。

 

「これ全部持って帰れないね」

「宅急便で送ろうよ」

「バイクじゃ無理か」

 

ストローを口に含んで恥ずかしそうに笑いかけてくる麻里。

瞳がキラキラと輝いている。

そしてその先に映るのは僕だけ。

 

これでいい・・・・僕達は近い内に結婚する。それが答えじゃないか

 

「彰?なんか私の顔についてる?」

「あ、いや、なにも・・・・」

「もうっ、そんなにジッと見つめないでよ・・・恥ずかしいよ・・・」

 

誰がどう見たって僕達は幸せなカップルに違いない。

さらさらの長い髪、涼し気な目元に、ハッとするような色白の綺麗な肌。一緒に歩いていると誰もが振り向く女性を僕は射止めたんだ。幼馴染の元彼よりも、麻里は僕を選んでくれたんだ。これ以上何を求めるのか?

 

「あ・・・ごめん」

 

彼女がマナーモードにしていた携帯を見ていた。

一瞬笑顔になって、そしてすぐに困ったような表情。

数え挙げたらキリがないけれど、くるくると変わる表情も彼女の大きな魅力の一つだ。これが僕が純粋に彼女を喜ばせたいと一途に思う理由なんだ。日常のほんの些細な言葉にも、麻里はそれこそ抱えきれない幸せを爆発させるように喜んでくれるし、悲しい事があったなら、人前で涙を流す事に些かの躊躇もない。

だからこそ、この帰省中に時折見せた彼女の困惑した様子が気掛かりだった。勿論、その理由は分かっていたけれど。

 

でも、もう大丈夫みたいだな・・・

 

朝彼女に起こされてからというもの、まさに天真爛漫といった彼女の振る舞いに、僕は横浜に戻ってからの同棲生活に今まで以上に期待をしてしまっている。結婚を地元の友人達に知らせ、あとは式を迎えるだけなんだ。

 

もう、僕等は絶対に離れない

死ぬまで一緒だ

 

「ごめん、彰・・・ちょっと行ってきていい?」

「友達?」

「うん・・・・」

「行っといでよ、最後なんだから。僕は荷物をサービスカウンターに持ってって手続きしてくるから」

 「ごめんね」

 

申し訳無さそうに麻里は携帯をバッグにしまい、立ち上がった時に見せた横顔には、ほんの一瞬だけど、堪え切れない笑顔が垣間見えた。

 

僕は小走りで去って行く麻里の後ろ姿に語り掛けた。

 

「何があろうと、僕は君を幸せにするからね」

 

 

 

お終い

 

 

 

 

 









 

後日談

 

 

「これもいいよね?」

「ああ、可愛いね」

「迷うなぁ、どれにしようかなぁ」

「本番でも全部着ればいいじゃん」

「ダメよそんなの、時間もないし、大体お色直しは一回だから」

 

みなとみらいにある某ホテルのブライダルコーナーの奥の部屋に僕等はいた。

一週間後の披露宴を前に、数十種類のイブニングドレスの中からお気に入りを探す麻里。

 

「こんなに綺麗なお嫁さんなんだから、何を着てもお似合いですよね」

 

係りの人が僕の方を見て話しかけているけれど、実はそう言われてもピンと来ていない。目の前で試着する彼女を見て、ちょっと信じられないくらいに綺麗だと、多分ここにいる誰よりも僕は思っているはずだから。

改めて僕のお嫁さんになる人の綺麗さを思い知った気がした。眩しくてまともに見れないなんて初めてだ。

 

「ねえ彰、これにしようかな?」

「うん、いいんじゃない」

「もう!ちゃんと見てよね!」

 

麻里、君は何を着ても最高だよ

 

例え二人きりだとしても恥ずかし過ぎて言えない言葉を飲み込んで、僕はニコニコと彼女に笑いかけるだけで精一杯。

 

「ああ、でもこれ、ちょっとお腹がキツイかな・・・」

「まだ大丈夫かと思いますけど・・・でもお腹の赤ちゃんが気になるなら他のドレスにしますか?」

 

 

 

あれから三ヶ月が経った。

湯河原での出来事は、僕にとっても麻里にとってもターニングポイントになったのは間違いない。僕は彼女の過去に触れ、彼女への愛情をより一層強くし、彼女は彼女でその過去と完全に決別できたようだし。色々あったけれど、結果として今こうしていられるのだから、全てはこの幸せの瞬間の為に欠かせないパーツの一つだったと思っている。

そして横浜に戻ってから間もなく、婚前の妊娠を頑なに拒んでいた麻里からの提案で、僕等は子作りに励む事になった。180度考え方が変わった彼女の心の変化は察するに及ばず。

「彰との子供が一日も早くほしい」

ベッドの中でそう言われて奮起しない男など存在するわけがない。

毎日毎日、僕は麻里を抱き、そして子供を授かった。仕事中に掛かってきた麻里からの妊娠報告、僕は間違いなく人生の最高潮にいた。避妊をしないセックスを始めて僅か一か月かそこらでの妊娠に驚きつつ、二人の相性の良さを改めて認識した瞬間だった。僕達の運命は定まっていたんだって。

正直に言うと・・・本当は麻里との真の意味でのセックスをもう少し楽しみたかったという気持ちはある。願わくば、あの日覗き見た情熱的なセックスを僕も・・・とか。

 

「ねえ彰、これはどお?」

「それもいいね・・・」

 

あの麻里の表情、なんて幸せそうなんだろう・・・

やっぱり子供を作ったのは正解だった。

妊娠が分かってから彼女も変わった。巷で言われている、妊娠しらた旦那には目もくれず子供オンリーになるのが普通、というのは麻里には当てはまらない。彼女は以前にも増して僕にベッタリだ。セックスこそ無くなったものの、部屋にいる時は決して僕から離れようとはしない。一緒に目覚め、一緒にご飯を食べ、一緒にお風呂に入り、一緒に寝る。油断をするとトイレにまでついてきそうな勢いだ。ある日の夜中には、「私たちの事、捨てないでね」と感極まって言っていた事もある。ちょっと笑ってしまうくらい馬鹿げた事だけど、妊婦は色々と不安定になる事もあるみたいだから。

それにお腹に赤ちゃんがいると防衛本能まで強くなるようだ。以前は考えられなかったけれど、携帯にロックを掛けるようになった。当然僕ですらそのパスワードは知らない。

 

「これに決めた!」

 

一着のドレスを選ぶのに1時間弱。

一生に一度の晴れ舞台なんだから、これくらいはご愛敬だ。

 

「彰、いいでしょ、これ」

 

彼女が選んだのは、淡いブルーのイブニングドレス。

 

そう言えば、麻里は以前こんな事を言ってたっけ・・・・・

 

「私、彰と付き合うようになってから彰と同じ青が好きになった。空と海の色だよね」

 

滲んだ視界の向こう側で、ドレスを纏った彼女がクルクルと回っていた。













彼女の海 ~後編~ (1)

恋人の海

 

 

 

天気予報が外れた。

横浜へ戻る前の日は、朝からシトシトと雨が降っていた。昨夜の予報では降水確率0パーセントだったのに。

ずっと晴れ続きで乾燥していたからたまには良いのかもしれないけれど、彼がバイク乗りだとそれも素直には喜べない「癖」がついてしまっている。

バス停の小さな屋根の下から見上げる鉛色の空は、晴れ女の私の気分を鬱々とさせる。

 

鬱々としているのは、雨のせい?

 

違う。そんな事分かってる。分かっていて私は今日ここにいるんだ。

街外れに向かうバスに乗り、15分程揺られて降りたその場所は、まだ未整地の歩道がそこかしこに残る、言わば田舎道。踵の高いサンダルだから、水たまりを避けようとも多少は足が濡れてしまう。

傘を片手に慎重に道の端を歩いていると、ふと床屋の店先のウィンドウに映った自分の姿に目が止まった。

白いタンクトップにワイン色のミニスカート。

学生の頃着ていた服を引っ張り出したは良いけれど、今になって見るとスカートの丈がかなり短い。それに合わせた訳でもないが、髪の毛もアップしているから本当に高校生のよう。

若返った気がして少し嬉しかったりもするけれど、でもそれも今日一日だけの事。明日からは落ち着いたデザインを好むあの人の為だけに着飾れば良いのだから。

人目を気にしながらその場でクルリと回ってみた。あの頃に比べるとすこし痩せたと思う。ちょっとだけ余裕のあるウエストは、油断すると中に入れた上着がだらしなく外に出てしまいそう。

 

これで、最後だから・・・

 

先日から何度も繰り返しているこの言葉。

今日、私は良文の家に行く。

以前恋人だったあの人の家に。

こないだの彼の言葉、別に信用していない訳ではないけれど、かつて恋人だった人の立ち直った姿はきっと私を勇気づけてくれるはず。

それに・・・彼に抱かれた時に感じた郷愁の蟠りを心に溜めたまま郷里を後にする事など、出来ない。出来るわけがない。

彼と決別して彰とのこれからの人生を歩む為に、私は彼に会いに行くんだ。

彼の家への近道になっている畦道を進む。ヒールでは歩くのも大変なこの道は、当時何度も何度も通った道。

 

私が踏み外しそうになった時、良文はいつも強く手を握ってくれたっけ・・・・・

 

彼と過ごした青春の日々は本当にキラキラとした掛け替えのない私の宝物。こうして当時の事を思い出すだけで気持ちが高揚してくるのがその証拠。

だからこそお互いしっかりお話をして、夫々の道に進まなきゃいけないと思う。

彼と別れて一度は彼の事を忘れようとした。けれど、やっぱり心の何処かに彼の存在があったのは事実。既に付き合っていた彰に申し訳ないと思いつつ、幼馴染だから?喧嘩別れだったから?どうしても彼の事が気になって仕方がなかったんだ。

良文はちゃんと仕事を見つけたのだろうか?

彼を支えてくれる誰かはできたのだろうか?

綺麗に別れていればそんな風には思わなかっただろう。

目の前には自宅に併設されたラーメンショップ。地元では名の通った彼の父親が経営するラーメンチェーン店の一つを良文は任されたという。

暖簾の下げられていない半開きのドアからそっと中を覗いた。

 

「あ、約束通り来てくれたんだな」

「まあ、一応約束だから」

 

夕方からの営業に向けて仕込みをしている彼に、私はわざとぶっきらぼうに答えた。

 

「その服、相変わらず可愛いじゃん」

 

そういう事をこの人は何の躊躇いもなく言うから・・・

 

「全然変わらないね良文は」

 

溜息まじりに言ってみた。

 

「だって本当の事だからな。それにお前にしか言わないって、こんな事」

 

・・・・・だから良文なんか、大っ嫌い。

 

 

 

 

「彰君、バイクにシート被せといたよ」

「あ、お義父さんすみません、有難うございます」

 

雨の音で目を覚ました僕は、店と自宅の間の僅かなスペースにバイクを移動させていた。

ご両親と四人で朝食を終えて麻里を送り出した後、彼女の部屋で一人になった時に思い出すあの光景。まるで恋人同士のように繋がって揺らめく二人の姿は、僕達が築いてきた思い出の隙間に入り込むように爪痕を残してしまっている。拭っても拭っても消えない瘢痕のように。

セックスで嬌声を上げる彼女を思いながら何度自慰に耽ってしまっただろう。彼女の部屋、トイレ、兎に角一人になってはマグマの如く湧き上がる衝動を、とても抑える事など出来なかったんだ。

他人のペニスを口一杯に頬張っていた姿を思い出しては相手の男になりきってその感触を想像し、絶頂を与えられ続けて壊れた玩具のようになっていた彼女の姿を思い出してはまた相手の男になりきって優越感に浸ってみたり。無限に続くかのような妄想は、僕にはその経験がないからなのだろう。

心から愛している麻里が他の男によって気をやる姿は、死ぬ程辛くて、そして彼女への愛情を強固にする。

相反する感情のせめぎ合いで心の平衡感覚が保てなくなった時、単純に性的に興奮する側に傾斜する自然体の僕が自慰をする事で、全てが穏やかな大団円を迎える。

ただ一つはっきり言えるのは、何があっても僕の彼女に対する思いは変わらないという事。

不思議だけれど、これは紛れも無い事実。

再び硬くなり始めた股間に触れた時、階下のお義父さんから声が掛かった。

 

「こんな雨だとバイクに乗れんな・・・」

「気温も下がって、たまには良いんじゃないですか」

「まあそうかもしれんけど、だけどこんな日に彰君置いてわざわざ出掛けるなんて、あいつも全く・・・・・」

「ははは、いいんですよ、それは。こっちの友達も沢山いるだろうし、昨晩彼女から話聞いてますから」

 

昨夜の事。

 

「明日、朝から出掛けてもいい?」

 

彼女が一緒の布団の中で言った一言は、どこか余所余所しくて、僕はまるで夢の中でそれを聞いているような気がしたんだ。

どこに行くの?とは聞かなかった。聞いてしまったなら、彼女はきっと行くのをやめるだろうから。

 

「分かった。気を付けて行っておいで」

「うん・・・ごめん・・・友達に・・・会ってくる・・・・」

 

鼻をすするような素振りの麻里、ひょっとすると泣いていたのかもしれない。

僕は彼女の肩をそっと抱いた。

こんな弱々しい麻里を見たのは初めてのような気がした。

僕が知らない高校生の彼女、地元にいる時の彼女は、こんなにも壊れそうで危うい一面を持った女の子だったのだろうか。大学生の頃や今の職場での責任ある立場で活発艶麗としている彼女しか知らない僕には少し新鮮だった。

いつのまにか僕の腕の中で寝息を立てている女の子、無邪気で穏やかな寝顔の内に秘めた強さと弱さを、僕は全部受け止めてこの人の将来を約束した。

 

絶対に幸せにするからね

 

プロポーズしてから幾度となく口にしたそのフレーズを、寝息を立てている彼女の耳元で僕は囁いた。

 

 

 

 

「一通り終わったからさ、ちょっと上に休みに行こうぜ」

「おじさんとおばさんは?」

「いねえよ、仕事行ってるわ。なんで?」

「こっち来てからまだ挨拶してないしさ」

「俺からヨロシク言っとくよ」

 

良文はそう言って私の腕を掴もうとした。

 

「あ、ち、ちょっと!何するのよ・・・」

「なんだよ、お前・・・」

 

条件反射的に少し手荒くその腕をはらってしまったのは、貴方の手の温かさが恐かったから。

眉を下げた彼の表情に、ほんの少しだけ胸が痛む。

 

「私・・・そんなつもりで来たんじゃない」

「話をしに来たんだろ?分かってるから・・・」

「本当に?」

「本当だって」

 

ついこないだ肌を合わせた時の温もりが頭を過る。一度ならず二度も過ちを犯すわけにはいかない。そう強く自分に言い聞かせてここに来たのだから。

 

 

 

 

「取り敢えず、俺が言った事は本当だったろ?」

「うん、ちゃんと仕事してたんだ・・・」

「俺だっていい歳なんだから、いつまでもレーサーとかって夢見てらんないよ」

 

笑う良文を見ていて、彼の事を少しでも疑った自分がちょっと恥ずかしかった私は照れ笑いするしかなかった。

こうして改めて近況を話し合ってみると、やっぱり彼は変わったと思った。なし崩しで抱かれた時には気付かなかった彼の考え方とか、少し大袈裟かもしれないけれど、彼の生き方を聞いていて寧ろ尊敬の念すら抱いてしまうくらいに。

やっぱり今日会って良かった。

彼は昔の彼と違う。歳上の私に甘え、後先考えずに行動していた当時の彼とは。

 

「何ニヤニヤしてんの?」

「え?わ、私、笑ってた?」

「思いっきり」

「やだなぁ、キモいよね・・・」

「思ってたよりも俺がしっかりしてて驚いたんだろ?」

「・・・・・」

「図星だろ。顔に書いてあるよ。本当にお前は分かりやすいよな。全然変わらんわ」

 

懐かしい。

あの頃の光景が蘇るよう。

私の考えている事は全部この人にはバレていて、それを「歳上のくせに年下みたいな女だな」と馬鹿にされていた当時。そんな彼に怒っているふりをしていて本当は嬉しかった私の気持ちは、今も心の奥に大切にしまったまま。

 

今なら、聞いても良いよね・・・・・

ずっとずっと気になっていたあの事を

 

「あのさ、彼女とか、出来た?」

「はっ?」

 

懐かしさの余韻が私に大胆な発言をさせた。でもすぐに後悔した。

少なくともこちらに戻って来てからずっと復縁を求められている相手にすべき質問ではなかった。彼の表情が強張っている。

 

「そんな事、決まってるだろ・・・・」

 

慌てて話題を変えようとしても戸惑いを隠せない彼は適当に相槌を打つだけで、私を見ようとはしない。

 

「ごめん、良文・・・変な事聞いちゃって・・・・」

「まあいいわ、教えてやるよ。あの後さ・・・お前に振られた後・・・・」

 

彼は開き直ったように苦笑いをしながら私を見た。あの頃の無邪気な彼と同じ瞳で。

 

「何人かの女と付き合ったよ」

「そう、なんだ・・・」

「10人くらいかな」

「そ、そんなに?」

「もっといたかも」

「・・・良文、格好良いもんね」

「まあな。どいつもこいつも長続きしなかったけど」

 

彼の人を小馬鹿にしたような薄笑いは、人の良さの裏返し。変なところで小心者の彼がたまに強がって見せる表情、私は好きだった。

 

「正直全員、お前みたいに本気にはなれなかったしな」

 

胸が騒つき始める。

遠回しに女として褒められたから?

小躍りしたくなる不可解な思惑を戒め、今の立ち位置を必死に手探りで確かる。

私は彰と結婚するんだ。

こうして他の人と二人きりで会っている事自体、不自然で批難されるべき事。

本能とは正反対に、理性が私を一歩後退させた。

 

「お前の意思を尊重したいけど・・・・・でも俺だって」

 

私が一歩後ずさると彼は二歩詰め寄ってくる。

 

麻里ちゃんは意思が強いね・・・

 

子供の頃から何度も周りの大人たちから言われてきたけれど、とんだお笑い種だ。

 

最後だから・・・・・

 

心の中でリフレインするこの言葉を隠れ蓑にして明確な拒絶が出来ないでいる自分に失望した。

 

「思いつめたその表情、俺は好きだよ」

 

彼の右手が私の頬に触れた時、私は彼の厚い胸板を精一杯押し退けて、その左頬を平手打ちした。

右手と同じ痛みで胸が張り裂けそうになった瞬間だった。

 

 

 

 

雲の切れ間から顔を出した強い陽射しが、瞬く間に濡れた路面に作り出す水蒸気の靄。

灰色の重たい雲が西へと流れ、海の強い照り返しで瞼が竦む程に回復した青い空を僕は部屋の窓から見上げていた。

 

やっぱこうでなくっちゃ

 

壁に掛けられた革ジャンを掴み、ヘルメットを抱えて下へ降りると、僕の代わりにお義父さんがバイクを拭き上げてくれていた。

 

「お義父さん、すみません、自分でやりますから」

「いやいや、婚約者の女に置いてきぼりを食らった男を見ているのは不憫でな」

 

ゲラゲラと笑うお義父さん。

親父ギャグばかり言っているお義父さんを咎める人はこの家にはいない。

「言ったって聞かないし」「もう諦めてるから」

つまらな過ぎて逆に笑える、とは麻里がよく言っていたもんだ。

 

「走りに行くんだろ?」

「ええ、まあ」

「麻里のやつ、こっちに友達多いからさ、多分婚約の報告をして回ってるんだと思うわ」

「そうだと思います」

 

一瞬、先日の光景が脳裏に浮かんだ。

 

「こっちにいた時の彼氏とかにも、ちゃんと報告できたかな・・・」

「どうだかな・・・・・」

 

思わず呟いてしまった独り言に即座に返してくれたお義父さん。

 

「彰くんも知ってるみたいだから言うけど、麻里が帰ってきてからは毎日のように店に顔出してたわ。今じゃただの友達なんだろうけど、俺もあいつが子供の頃から知ってるからなぁ・・・悪い奴じゃないんだけど・・・・・」

 

言い淀んだところでそれを打ち消すように軽く苦笑い。

 

「麻里は義理堅い奴だから、友達にはちゃんと報告したいんだろうな」

 

最後にそう言うと、お義父さんは片手を上げて家に戻って行った。

僕はジャケットを着てグローブをはめる前に携帯を取り出すと麻里に電話した。お義父さんが言っていたことが気になったわけではないけれど、無性に彼女の声が聴きたくなったから。

右手で携帯を持ち、左手で器用にグローブをはめて行く。

三回、四回、五回・・・・・

いつもの麻里ならとうに出ている筈の電話は虚しくコールを繰り返すのみ。十回目を待ってから僕はバイクのキーを捻った。

並列4気筒のシルキーなエンジン音が響き渡る。レーサー仕様のマフラーのあのバイクと同じ種類の乗り物とは思えない程、ジェントルで耳障りの良い音。

シールドを下げて右手を一捻り。

砂埃が雨で綺麗に洗い流された路面は乾き始め、ほぼ真上に登ろうとする太陽の強い光を背中に受けながら、僕はいつもの道を北へ向けて走り出した。

 

 

 

 

朝からずっと薄暗かった部屋の中、窓から差し込む光は、華美な装飾を伴わないお店の二階のこの部屋を、実に健康的に明るく演出してくれている。意外と整理整頓されているな、と横目でチラリと一瞥する強がりは、破裂しそうな鼓動で目眩すら感じている自らを騙すため。だけど、彼は「よそ見するな」と言わんばかりに、より一層深く舌を入れてくる。

良文に抱き締められた時、今思えば抵抗らしい抵抗はしていなかったかもしれない。

再びこうなる事を望んでいたわけでは決して無いけれど、近付く彼の匂いが懐かしさと共に忘れ去った筈の当時の想いまでをも蘇らせてしまった。

彼が視界に入ってくると、自動的に触れられたくなる衝動。

小学生の時となんら変わっていないこの衝動をこの歳になっても感じるとは思いもしなかった。少なくとも相手の事を否定しなかったから今こうして抱き竦められているわけで、しかもそれを解こうともせずに、寧ろ彼の背中に両手を回しているこの状況は全く理解不能。

勢いだけで抱かれた数日前とは事情が違うはず。

 

「麻里、混乱しているのか」

 

彼に見透かされて何も言えない。

 

「黙って俺に預けろ。何も考えるな」

 

今の私には何て優しくて都合の良い言葉をこの人は言ってくれるんだろう。

自己弁護やフィアンセへの想いで心がパンパンになる。でもそれを丸ごと柔らかく包み込もうとする彼の囁きと温かさ。

私は縋るように彼の硬い身体を抱き締める両腕に力を入れると、彼にそれ以上の力で抱き締められた。身動きができない程に拘束される心地良さは暫く忘れていた感覚。優しいフィアンセには無い強引さと男臭さが成せる所業。

 

彰・・・

 

閉じた瞼の裏に浮かぶ、未来の伴侶の顔。

そして同時に鳴り始めた私の携帯。

この音は、あの人から。

霞みがかった頭の中が一気にクリアになった瞬間。

 

だめ・・・・出なきゃ・・・・

 

良文の肩を押した時、離れた唇の感触に寂しさを感じてしまったのは、多分気のせいに違いない。

 

「ごめんね・・・・」

 

何故謝る必要があるの?

誰に対する謝罪なの?

彰に対して?・・・・・

聞き慣れているはずの携帯の音に動揺している私の腕を、後ろから彼が強く掴んできた。

 

「出ちゃだめだ」

 

真剣な眼差し。

普段の彼らしくもなく、余裕も全く感じられない。

 

「絶対にその電話には出るな」

 

彼はそう言うと私をベッドに押し倒してしまった。

 

「あ、いやっ・・・・だ、だめ!・・・良文・・・・」

 

我ながら、抵抗する気など全く感じられない弱々しい声だと思った。寧ろ、彼にとっては滾りに火を付ける原動力になったかも

 

貪るようなキス。

そして爪が食い込むほどに強く握り合う互いの両手。

混濁する意識の中で、鳴り響く彰の音が遠く霞んでいった。

 

ごめん・・・・・彰・・・・・私、ちゃんとするから・・・・・貴方の奥さんになるためだから・・・・・

 

携帯の音が止んだ後、若い男女が奏でるキスの音と二人の呻き声だけが部屋の中で静かに響き渡っていった。

 

 

 

 

「おかしいな・・・迷ったか?」

 

いつもの国道から外れ、より海に近い路を選んだはずなのに、走れど走れど一向に海岸に辿り着く気配がない。いわくつきのあの場所を意識的に避けた結果がこれ。

 

「海というか、なんか反対方向に向かってる?」

 

ヘルメットの中で独り言。

タンデムが多くなったせいか、後ろに麻里がいる時のように自然と饒舌になる。

 

「あーあ、砂利道になっちゃったよ・・・」

 

気にせずくねくね路をそのまま進んで行くと、徐々に拓けてくるものの、いつの間にか海を背中に背負っていた。

そして民家の甍が見え始めた頃にはもう海の事は諦めかけていた。

 

「お、いいところ見つけた。丁度良かったわ」

 

風に乗ってヘルメットの隙間から入り込む良い匂いに引きつけられた僕は、そのお店の前にバイクを止めた。

小腹が空いてきた自分にこの匂いは反則過ぎる。これまで県内のそこかしこで見かけた評判のラーメン屋から漂う豚骨スープの香りは、そこを通過してほぼ絶望的な海の展望を目指すという馬鹿げた選択肢を選ばせる事などあり得なかったんだ。

 

あれ?暖簾が出てない?でも入口のドアは少し開いてるけど

 

せっかくグローブとヘルメットを脱いだのだから、取り敢えず中を覗いてみよう。

本来は自動と思われる入口のドアを手動で開けた。途端に食欲を唆る旨味成分が詰まったスープの香り。

 

ああ、マジで旨そうな匂い

でも、やっぱ誰も居ないな・・・・

 

厨房の中を見ると、トロトロと弱火で温められている大きな寸胴鍋が一つ。

 

仕込みの最中か・・・

仕方ないな

お店の人はいるのかな?

 

耳を済ますまでもなく、生活音らしき物音が天井から聞こえている。

比較的新し目の建物にしては少々耳につく軋み音。

 

あ、やばい。僕のしてる事って、ひょっとして不法侵入?

 

一定のリズムを刻む上階からの音は、まるで筋トレでもしているかのよう。店の主人と思しき上の人に声をかけるか否か迷った挙句、結局僕はお腹をさすりながら店を後にした。

 

 

 

 

彼女が部屋に上がってから1時間以上が経とうとしていた。二人にとっては長くもあり、短くも感じた1時間で、唯一の課題を解決するには必要十分な時間だったはず。

でも、結局これといった話なんかしてやいない。

したのは楽しかったあの頃の昔話だけ。

甘酸っぱい青春の望郷は二人に時間を忘れさせた。表面上は笑い合う二人。ただ違ったのは、彼は未来へ繋ぐためのプロローグと考えていたのに対し、彼女は過去と決別する為のエピローグと考えていた事。楽しそうに話す合間にふと見せる彼女の寂寞の表情は、そんな彼の琴線を刺激し、より覚悟を持った次の行動へ水を向けようとした。

そして平手打ちの乾いた音が彼の最後の決心を行動に移すきっかけになった。

あっという間に抱き締められ、抵抗する隙すら与えられない。貪るような激しく、情熱的なキスは、彼女から全ての思考を奪い取ろうとする。

誰もいない部屋。

聞こえるのは唾液を交換し合う音だけ。

いつしか彼女の腕が彼の背中に回されていた。たとえ腹に一物を抱える間柄である二人だとしても、互いの温もりを確かめ合って沸騰する情欲を治める行為に没頭するには何ら障害のない環境。

そして心が蕩けそうな誘惑は、少なくとも彼女にとっては二度目の過ちを積極的に過誤するには充分な動機にもなったのだ。

大恋愛をして多感な時代を濃密に過ごした二人にとって、他の男からの電話など雑音でしかない。いや、一度はそれに応えようとした彼女の態度は間違いなく贖罪の行動のはず。でも、その行動を彼に咎められた時、鳴り止まない携帯の音を掻き消すために二人は互いの唾液を啜り、相手の着衣を忙しなく剥ぎ取り、そして隔てるもの何一つなく肌を重ね合わせた。大切な人からの連絡が、寧ろ追い立てられるような激しい情念となって二人を突っ走らせたのだ。

舌に唾液の塊を乗せてお互いの口の中を行き来させ、喉を鳴らして嚥下する作業を何度も繰り返す。彼女の下腹に押し付けられた彼のペニスは次第に形状を変え、不規則な呼吸の乱れと共に硬く大きく勃起し始めていた。そして彼女は自分の身体で欲情してくれている彼の事を切ない程に愛しく思う感情のまま、そこに右手を伸ばし、先から溢れ出る液体ごと掌でまぶすように包み込むと、ゆっくりと上下に扱き始めた。相手の敏感な部分を触り合いながら、いつしか携帯の音が鳴り止んでいた事にも気が付かずに。

 

「お願い・・・」

 

声にならない声を耳元で聞いた彼は、俯く彼女の下半身を両手で大きく割った。

真っ白でふくよかな太腿の裏側は、すべすべで柔らかいのにムチっとした若い女性特有の矛盾した感触。柔軟な股関節がグニャリと開き、ひっくり返った蛙のようにふしだらに大股を開いて大事な部分を曝け出せるのは、相手が彼だから。羞恥の極みにいる彼女は両手で顔を覆い、女の女たる所以のその部分を見られる事で、触れずともそこから透明な液体をどぷっと溢れ出させていた。

濡れた隠毛が肌に張り付ついているそこにむしゃぶりつきたいと思う衝動よりも、早く一つになる事を選ばざるを得ない程に硬く勃起したペニスを入り口に添える。

 

「大好きだ、麻里・・・・」

 

呻くように呟くと、一気に奥まで貫いた。

軽い悲鳴と共に、彼女が背中を弓なりに反らす。そして同時にぎゅっと膣が締まり、フィアンセよりも存在感のある彼のペニスを抱き締める。

 

「ああ、麻里の中・・・・凄いよ」

「ダメっ、ああ、こんなの、ああああっ・・・・」

「滅茶苦茶気持ち良い・・・やっぱお前、最高だわ・・・・」

「あっ!やだっ・・・そこ、凄いっ!ああっ、あっ!んっ、んんっ、あっ!あっ!・・・」

 

反り返るペニスには脈打つような太い血管が浮き出でおり、大きな亀頭と竿の段差には彼女の愛液が纏わりついていた。豊富な潤滑油の中で出し入れするあまりにも甘美な摩擦感は、二人を一気に高みへ登らせようとするが、いち早く突き抜けたのは彼女の方。硬く張ったエラで膣の中の柔らかい肉をゴリゴリに擦り上げられ、先日の過ちと同等かそれ以上のアクメに腰をガクガクと震わせ始めていた。

 

「はっ・・・あっ!・・・くっ!・・・・い、イクッ!・・・あああっ・・・んぐっ・・・・」

 

声も出せない程に息を詰まらせ、身体を丸めたと思えば思いっきり背中を反らす。ちょっと心配になる位の全身の痙攣の中で果てた彼女を上から見つめる。

 

「すごいな・・・」

 

乱れた前髪を整える余裕の無い彼女の表情を伺い知る事は出来ないが、わなわなと口を震わせながらイクのは昔と一緒。断続的に締まる膣圧の中でより一層硬度を増したような錯覚を覚え、彼はピストンの動きを加速させた。

 

「あんっ!・・・・あっ、あんっ!あんっ!だめっ!・・・やだっ、い、イッてる!まだ、・・・イッてるからぁ!・・・あっ!ああっ、ああっ!んっ!」

「麻里の・・・ああっ、凄え・・・」

 

麻里の訴えに耳を貸さず、深く奥を抉るように腰を打ち付ける。プリンのようにたわわに揺れる形の良い胸を両手で揉む。五指を肉に埋もれさせ、押え付けるようにして尚強く腰を叩き込む。彼女は自らの悩ましい嬌声がコントロールできない事に一瞬困惑の表情を浮かべ、隣にある枕を手繰りよせると顔に押し付けてしまった。

勃起して1センチ程隆起した乳首をギリギリと摘み捻ると、激しい呼吸でお腹を大きく膨らませたり肋が浮き立つほどに凹ませたりしながら、早くも二度目のアクメに達していた。

全身から吹き出した汗で艶やかに光る肌、深い絶頂感でうねる腰つきはこれ以上ない程に淫靡。

少し動きを止めて、つぶさに彼女の身体を眺めてみた。

形の良い胸、ピンク色で色素の薄い乳首、見事に絞られたウエストと大きく張り出した尻は、対峙する男に無限の欲望を供給する事だろう。現に俺のも痛い位に勃起しているのに、まだこの身体の奥の奥まで蹂躙したいという思いが尽きない。

 

あれ?・・・・・これって・・・・・

 

透き通るような白い肌に、微かに見つけた濃淡の境目。腰に見つけた細い紐状の跡は、多分水着の跡だろう。

 

彼氏と・・・行ったのか・・・・・

 

明らかな劣情。

自分のものにしたいのに、それが無理である事を認めさせようとする夏の日の証拠が、俺の心を掻き乱す。

 

俺だって・・・・・俺達だって、あの頃はいつも一緒だったじゃないか

 

雄としての対抗心が鮮やかに青春を回顧させる。

プールでじゃれ合いながら、わざと水着の中に手を滑り込ませたり、人目を気にする彼女を陰に追いやってキスをしたり、時にはそのままエスカレートしてフェラや、水の中でのセックスも幾度となく経験した。その都度真っ赤になって恥ずかしがるやら怒るやらで大変だったけれど、麻里だって結局は周りが目に入らなくなる位没頭していたよな。

 

フィアンセと海に行ったくらいで・・・・俺なんかもっと・・・・こいつとの思い出が・・・・・

 

麻里の腕を掴み、乱暴に引き寄せると殆ど力の入らない彼女がもたれ掛かってきた。

そのまま座位の態勢でもがくように腰を突き上げる。密着したまま動くのが多少難儀であったとしても、胸で潰れる柔らかい肉の感触を感じながら昂まって行くのも彼女は嫌いではなかったはず。喉から絞り出される悩ましい声とこちらの動きに合わせた腰のグラインドが、朦朧としていた彼女の意識が覚醒した事を知らしめる。

そして彼女の両腕が首に回された時だった。

下で来訪者を知らせるチャイムが鳴った。

その音は一瞬二人の揺らぎを止める。

 

「店開けてないのに、客か?」

 

横を向いて呟くと、上目遣いの彼女がジッと俺の顔を見つめてきた。その瞳には口惜しさというか、自分を蔑ろにされた子供のような苦々しさが浮かんでいた。

 

「・・・ちょっと、悪い」

 

そう言って立ち上がろうとした時、麻里が俺を押し倒して覆いかぶさって来た。

 

「あ、麻里・・・どした?」

「・・・・・・・」

 

呆気に取られる暇もなく上から唇を被せてくる麻里。彼女の両手が俺の身体を強く抱き締めており、身動きが出来ない。根元から絡まり合う舌と舌。強く押し付けられた乳房が潰れて横にはみ出し、荒くなった呼吸で膨らむ彼女のお腹の柔らかさを下腹部で感じていた。

下の客には悪いけど、彼女の態度で悟った俺は全てを委ねることにした。

やがて麻里の腰は勃起したペニスの硬さを膣の内壁で確認するかのように、艶かしく前後に動き出す。上半身を完全に密着させながら、腰だけを器用に動かして一番敏感な粘膜を融け合わすような動きに思わず声が漏れる。俺が彼女の細い腰に回していた両手で丸い尻を鷲掴みにすると、それを振り解く勢いでグラインドに熱がかかった。俺の首筋に顔を埋めて声を押し殺しているのは階下の客人に対する配慮だろう。手で触れている部分、身体が密着している部分全てが柔らかくて愛おしい。骨が折れる程に抱き締め合い、性器を深くはめ合わせたまま一緒に高みに向かう様は、まさに天国にも登るような快楽の極致。俺は激しく身体を波うたせる麻里の頭を優しく撫で、そして髪を結っていたゴム紐を解いた。スルスルと長い髪が解けて俺の顔にしな垂れる。

 

「もう・・・・だめ・・・・・」

 

その瞬間、潤んだ瞳で俺を見つめながら幾度目かの絶頂を迎えていた。

 

愛しい・・・・・

こんなにも愛しい女が他にいるはずがない

渡すもんか

どんな男か知らないけど、麻里は絶対に渡すもんか

 

俺の上で身体を震わせていた麻里を組み敷き、正常位で犯す。

お互いの隠毛が真っ白に泡立つ程蕩けきったそこから、ちょろちょろと透明な液体が流れていた。

怒涛のピストン。

彼女の一番深い所を突き破る勢いでズンズンと腰を動かす。

もはや迷いはない。

枕を噛んで耐えている彼女の歪んだ表情ですら、今の俺にはかけがえのない至宝。

 

「いくぞっ・・・ああっ、いくぞっ!」

「だめっ!こ、こんなの、だめぇっ!」

「で、出るっ・・・出るっ!おおおぉ!」

 

今日はだめ・・・

 

振り絞るような彼女の声は、すんでのところで暴走を食い止めた。

射精感が限界まで高まり、パンパンに張り詰めた亀頭を一気に引き抜くと、彼女の上で会心の射精を果たす。

勢い良く放たれた第一弾は麻里の顔を汚し、そして続けざまに乳房に撒き散らされる大量の精液。脳髄が痺れるような快感の爆発に顎を伝う涎にも気が付かない。

ペニスを握る彼女の右手による、残像が残る程の激しい上下運動は、相手の男に尽くしたいという態度の表れ。無限に続くように思われる射精感の中でまさに耐えるような表情をしているはずの俺の顔を、余裕無さげに見つめながら右手の動きを止める気配を全く見せない麻里。

胸元の精液が激しく上下する彼女のお腹の上に流れて行き、ゼリー状のそれが脇腹から滴り落ちたり、大きめの臍の中に溜まってはプルプルと震えていた。

 

「あが、あぐぐぐっ、ま、麻里!ああっ!麻里っ!」

 

耐え切れない快感に溺れながら思わず腰を引くと、彼女は窮屈な姿勢で追いかけてきてペニスを口に含んだ。

汗で髪が肌に張り付き、朦朧とした疲労困憊の「イキ疲れ」の様相を呈しているにも関わらず、精液でぬたぬたになった右手で睾丸を揉み、彼女の舌は亀頭に粘っこく纏わりつくように激しく蠢いていた。

 

「だめっ、駄目だ!ああっ、麻里!本当にっ、あああっ!」

 

もう階下の事を気にかける余裕はゼロ。情けない雄叫びを上げながらふと目に入った窓の外の光景。店から出て行くバイクの後ろ姿を見ながら、俺は彼女の口を膣に見立てて腰を揺すっていた。

 

 

 

 

橙に染まり始めた西の空、キラキラと揺らめく漣。

まさかこんなに海から離れた場所からそれを眺める事になるとは思いもしなかった。

 

ま、最後の海、晴れただけでも良かったかな

 

空が高い。

雲一つない天空の向こう側に、宇宙を見たような気がした。

都会では上を向いて歩く事すら、あまりなかったような気がする。

やはり外に出てきて良かった。もし今日一人で部屋に篭っていたなら、こちらの友人と会っている筈の麻里の事を思って自慰に耽るだけの1日になっていたかもしれない。

さっきまでカップル達が占領していた展望台のベンチに腰掛ける。そして僅か数日間のここでの出来事を回想する。

僅か数日、されど重い数日・・・・・恐らく、産まれて始めての人生の転換期を麻里の地元で迎えたのかもしれない。

愛する人の光と陰を見た。

普通の人なら耐えられない事実を見てしまった。

今思い出しても手足が震える。夢にうなされる事もある。死にたい、と思った事もあるかもしれない。

でも、彼女に対する怒りは皆無。それどころか、あの日以来益々愛しい存在になっている。矛盾した僕のこの感情、一生誰にも理解されないに違いない。ひょっとすると、麻里にすら理解されないかも。だから、僕はあの日の出来事は心の奥にしまっておく事にしたんだ。墓場まで持って行くだけ。それで全てが丸く収まる。

今こうして彼女の事を考えるだけで熱くなる股間。以前までの僕には考えられなかった事だ。だいたい、性器を口にする事を良しとしない彼女の考えは正しい判断だと思っていた。それがたとえ他の男にならできる行為であったとしても、それすらも形容し難い高揚となって僕の心を揺動するんだ。僕の知らない彼女は、美しくて、野蛮で、愛しい存在、僕にとっての女神になっただけ。そう、女神になったんだ・・・・・

そして、そんな彼女が最終的に選んでくれたのが僕だという事が誇らしいと、初めて思えるようにもなった。

 

腕時計を見る。

周りには人もいなくなった。

さっきまでいたカップルはどこに行ったのだろう。ひょっとすると、皆ホテルにでも行ったのかもしれない・・・・・なんて、馬鹿な事を考えてる僕って・・・・・

 

ふと笑った。

見据えるのは愛する人との未来だけ。過去なんて関係ない。それに、麻里の陰なら本望。光も陰も、全てをひっくるめて愛し続ける自信が僕にはあるのだから。

 

麻里・・・・・・・・会いたいなぁ

 

大きく背伸びをした。

森の香りを胸いっぱいに吸い込み、大空と大地のエネルギーを満身に行き渡らせる快感。人として一番大切なものを充足してくれるような気がした。

 

さて、戻るか・・・・・

 

 

 





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