純愛とNTRのblog

NTR(寝取られ)、たまに純愛の小説を書いていくブログです。18歳未満の方は閲覧禁止ですよ!

美しい音色に混ざる雑音のあざとさ 前編

「僕は反対だ」
「私も・・・冴ちゃんと同じかな」

 遼が自習室の窓から差し込む夕焼けをやけに眩しく感じていたのは、彼の提案を頑なに拒絶する彼女達に対する引け目から、なのかもしれない。

「でも今のままじゃこの先ステップアップはできな・・・」
「だからといって誰でもいいわけじゃないだろ?」

 彼が言い終わる前に被せてきた冴子の言葉には苛立ちが混ざっていた。

「遼ちゃん、私も正直言うと、あの人・・・ちょっと苦手・・・・」

 冴子の隣で申し訳無さげに遼を見上げるまひろ。普段はくりくりと愛らしく表情を変える瞳が伏せ目がちなのは、かつての恋人の提案を否定する後ろめたさから。

「そんなに慌てて探す必要もないだろ?なにを焦ってるんだよ、遼は」
「俺ら約束したじゃないか、二十歳までには表舞台に立つって」
「僕だって諦めたわけじゃない。ただ、あいつが加入する事がその目標を達成する為に必要な事だとは全く思わない。寧ろ逆だ」
「色々噂がある事は知ってるよ、俺だって」
「じゃあなんで!」

 腰掛けていた椅子が後ろに倒れるほど勢いよく冴子が立ち上がった。腰にぶら下がる鎖のアクセサリーが揺れる。
 帰国子女である冴子、ウェーブがかかった明るい栗色の髪の毛と彫りの深い美しい顔立ちはロシア人の祖父譲り。長い睫毛の大きな瞳で見つめられた瞬間、誰もが息を止め、微動だにできなくなる。
怒りが滲んだ眼差しが遼に向けられ、ほんの1秒かそこら視線が絡んだ後、耐えきれぬ遼の方から目を逸らした。

「彼のドラムは、絶対に俺らのバンドには必要だと思うからさ」
「でもそれ以上に大切なものがあるだろ?上手けりゃ誰でもいいのか?そういうのは違うって、遼はずっと言ってたじゃないか!自分が言ってた事、忘れたのかよ!」
「そうだよ遼ちゃん、バンドは心が通じ合うもの同士じなきゃダメだって、ハーモニーが大事だって、ずっと言ってたよね?私、あの人が、かなめさんが私たちの音を理解できる人だとは思えない」
「二人の言ってることは・・・・・よく、分かる、けど・・・・・噂が本当かどうかなんて分からないだろ」
「そこまで言うなら、遼はあの男の事を知ってるって事だよな?」
「俺は彼のドラムを一度聞いただけだ・・・でも噂で人を判断していいのかって、少なくともドラムを叩いている時の彼の姿勢や目は真剣そのものだったから」
「くっ・・・」
「一度でいいから、一度だけ、彼の演奏を聞いてはくれないだろうか?」

 冴子はバンドの皆で作ったお揃いの黒のスタジャンのポッケに両手を入れると、黄金色に染まる西の雲々に目をやった。まひろはそんな彼女と彼を交互に、心配そうに見つめる事しかできないでいる。
 これは緩やかに暖かくなってきた、とある地方の初春の出来事。



 共通の音楽の趣味を持っていた遼とまひろは、高校に入学して程なく恋人同士になった。バンド結成の夢を語るどこにでもいるありふれたカップルだった二人は、高一の夏にクラスメイトと4人でバンドの立ち上げに成功した。が、意識せざるとも流れ始めた微妙な空気感を理由に、彼女の方から距離を取り始め、そして二人は別れた。
 しかし別れてからもバンドは続けた。単純だ。二人が立ち上げた大切なバンドだったから。とは言っても、まひろよりも音楽を優先する覚悟が出来てなかった当時の遼にとっては、未だしこりの残る出来事ではあったのだけれど、4月になって吹き込んだ新しい風が淀み始めた空気を彩り豊かに変えてくれた。
 新しい風、それが冴子だった。
 冴子がバンドのメンバーになったのは高二の春、彼女が日本に帰国して遼とまひろの高校に編入してきた時だった。

「君たちの音、いいよね」

 音楽準備室の、さらにその隣にある小さな部屋で練習していた彼らをドアの外から眺めていた彼女の一声。ギターが得意な彼女はその翌日からメンバーになっていた。
 男勝りの口調に竹を割ったような性格、でも見た目同様彼女が作る詩は繊細で美しかった。英語が堪能な彼女らしく、二か国語で綴られた唄をまひろとのツインボーカルで奏でる彼らのバンドは、地元の高校生の間では有名な存在だった。

「20歳までにはメジャーデビュー」

 その誓いの元、めくるめく青春を駆け抜けた五人に訪れた最初の困難。夢を語るより現実を捨てられなかったメンバーの二人が大学進学で遠くへ引っ越したのだ。志を一つにした三人は、身体の半分がもぎ取られたような喪失感に打ち拉がれていたが、エスカレーター式に進学した大学で彼らはバンド活動を続け、そのチャンスを伺っていたのだ。メロディアスなロックを基調とするバンドに不可欠なドラマーが不在のまま。




「今日、来るんだよね?かなめさん」
「ああ、うん・・・・」

 いつもの並木道を並んで歩く俺とまひろは、微妙な距離を保ちつつ彼女の次の講義がある教室へ向かっていた。

「まひろはどう思う?」
「うん・・・・」
「嫌、か?」
「そんな事ないけど、でも、どうだろ・・・・・不安?みたいなのはあるかな」

 苦笑いする彼女の視線が向こう側へ向けられた。

「うん、ありがとう、じゃあ後で」

 そう言って小走りで講義棟の入り口の階段を駆け上がるまひろ。教室のドアの前に立って彼女を待っていた男子学生を見上げるまひろの笑顔は、高校時代に付き合っていた俺に向けられていたそれと、何一つ変わらないものだった。バンド、学業共に優等生だった彼女は、恋愛に対しても決して奥手な方ではなかった。次の恋を見つけた彼女は輝いていたし、俺はそれを微笑ましく思える自分に成長していたのだ。

「俺よりも格好いいんじゃね?」

 元カノの恋愛の成就を願う気持ちに嘘はない。思わず口に出た言葉に苦笑いした時、まひろとすれ違うように冴子が教室から出てきた。
 茶化した笑顔が心からの笑顔に変わったのを自覚する。8頭身の彼女が歩く姿は、いつだって人目を引き、異性のみならず同性にも溜息の連鎖を発生させる。たとえ彼女の表情が曇っていようとも、視線を集めるその存在感は変わらない。

「冴子、授業終わり?」
「・・・遼・・・まあ、な」

 彼女は俺の目の前で立ち止まり、次の一言を飲み込んだように見えた。ほとんど毎日顔を合わせているのに、こうして外で会う冴子にかける一言目は、いつもほんの少しだけ心臓が高鳴ってしまう。

「あと1時間あるけど、一緒に喫茶室にでも行く?」
「いや、僕は・・・」
「あ、用あるんだ」
「そういうわけじゃないけど・・・後で行くから・・・て言うかさ、まひろはいいの?」
 
 既に姿の見えない彼女とパートナーの方を一瞥しながら冴子が言った。

「授業が終わったら部室にくる事になってるけど」
「そうじゃなくて」
「え?何?」
「いや、いいんだ・・・・あの、部室には後で行くから・・・」
 
 冴子は無理矢理笑顔を作ると、そのまま俺とは別の方向へ歩いて行った。その後ろ姿はどこか寂し気だ。
 
 本当に・・・・・これで良かったのだろうか?
 
 今になってかなめさんを誘った事が自分達にとって正しかったことなのかと、一瞬でも考えてしまっていた。まひろはともかく、あんなに悩む冴子の姿を見た事がない。
 もしかなめさんのドラムを見て、それでも冴子が納得しなかった時は、その時はきっぱりと諦めるつもりではいたけれど。




 狭い部室に鳴り響くビートの数々。防音設備が整ってるとはいえ、廊下にとどまらず校舎全体に地鳴りのように襲いかかるその迫力に圧倒されている自分がいた。ツインペダルや華やかなスティックトリックまで、自由自在に四肢を操って奏でる打音は、既にそれだけでメロディを生み出す音色にさえ聞こえてくる。久しぶりに間近で聞くドラムの音は、今後訪れる自分たちのサクセスストーリーを嫌でも想像させる完成度を誇っていた。

 この人がうちのバンドに入ってくれたなら・・・・・

 足が震えるほどの感動だった。隣で聞いているまひろも同じようで、その瞳は潤んでいた。
 でも、向こう側の壁にもたれながら聴いていた冴子は始終俯いたまま。その音を吟味しているというよりも、早く時間が過ぎるのを待っているような表情。

「まあこんな感じ、かな」

 スティックケースを無造作に鞄に放り込むと、かなめさんはさらさらの髪の毛を軽く掻き上げて笑っていた。アイドル的な風貌の彼が冴子とまひろの間に立つと、まるでどこかのビジュアル系バンドのような華やかさを醸し出す。どこをどう切っても成功する要素しか見当たらない、本気でそう思っていた。巷の噂話に怯えていたまひろも、興奮冷めやらぬ面持ちでかなめさんに話しかけていた。なのに、やはり冴子だけは表情を崩さない。寧ろ苦虫を潰すような悔しさを滲ませていた。

「俺の演奏はお気に召さなかったのかな?」
「・・・・・」

 かなめさんの問い掛けを無視しようとする冴子を見て、さすがにまずいと思った俺は二人の間に割って入っていった。

「さすがですよ、かなめさんのドラム。聞いていて足が震えてきましたって」

 場の空気を悪くしたくなかったのもあるけれど、本心には違いなかった。

「あんがとさん。君らの噂も聞くよ、本当に良いバンドだってさ」

 その後、俺とまひろとかなめさんで今後の事を話し合った。すぐにバンドに加入とはならなかったが、前向きに検討してもらえることにはなった。始終俯いたままの冴子は、反対するわけでもなく、ただその場で俺らの話を聞いていただけ。
 かなめさんが帰った後、猛烈な拒否反応を示すであろう冴子の事を考えている時、まひろから食事を提案された。かなめさんを呼んで軽く一杯やりながら親睦を深めたいという彼女の配慮だった。当然、冴子は渋ったが、俺とまひろが押し切った。ここで二人の距離を縮めなければ、絶対にこの先はないと思ったから必死だった。
 
「本当に食事だけ、だからな」

 その言葉が終わらないうちに、まひろは既に交換していたアドレスでかなめさんに連絡を入れていた。




「本当はさ、君らのバンド、好きだから力になりたいとは思ってたんだよね」

 年上のかなめさんは、ジョッキを二杯開けた後で呟いた。3年になれば就活を意識しなければならず、彼も今後の進路を決める大事な時期に差し掛かっていたのだ。お洒落な洋風居酒屋での「食事会」が始まってから既に1時間が経過していたが、ほろ酔い気分のかなめさんの口から出るのは、俺らのバンドへの称賛と期待、そしてほんの少しの羨望。彼の加入でメジャーデビューを現実的に狙えるバンドに成長する事を確信した俺は、かなめさんの話に没頭し、前のめりになって聞いていた。

「て言うかさ・・・」

 彼はスマホを取り出すとほんの数行のメールを送っていた。

「彼女さん、ですか?」

 アルコールで頬を赤らめたまひろが聞いた。

「まあそんなところかな、この後飲み直そうかと思って」
「あ、すみません、もう出ますか?」
「の方がいいんじゃない?だってさ・・・」

 彼が目配せした先には、俯いたままの冴子がいた。

「なんか具合悪そうだし、ね」
「冴ちゃん?大丈夫?」
「ごめん・・・ちょっと先に出るよ」

 サワーを一杯飲んだだけの冴子が、浮かない表情で席を立とうとしたので、俺はその後を追った。

「遼は残ってくれよ。3人ともまだ飲み足りないだろ・・・・・」
「大丈夫か?送るよ」
「いいって、一人で帰れるから」
「そう・・・・・」

 申し訳なさ気に笑うと、彼女は踵を返し、そしてドアの前でもう一度こちらを振り返った。

「ごめんな、遼・・・今日、上手くできなくて」

 彼女なりに苦しんでいるのかもしれない。確かにかなめさんの女癖の噂は俺も聞いたことがある。ミュージシャンなら浮いた話の一つや二つは当たり前の世界かもしれないけれど、自分達はまだ普通に学生だし、常識や節度にこだわる冴子なら我慢ならないレベルの話だと思う。
 再び自らの立ち位置が覚束なくなる。本当に、これで良いのだろうか、と。自分が進もうとしている道は正しいのだろうか、と。
 肩までの髪の毛を無造作に掻き上げる冴子の後ろ姿からは、いつもの自信に溢れる凛々しさは感じられなかった。




 壁の時計のアラームが22時を知らせていた。とっくに酔いが覚めているはずなのに、今ひとつ時間の感覚を掴み切れないでいる。
 ぼんやりと、まるで穏やかに揺れる方舟に乗せられているような心地良さに身を委ねていたいのに、不意に忙しくなる動きが自分の意思とは無関係に声をあげさせた。

「我慢すんなって」

 顔の隣に置かれていた両手が私の首筋を撫で、その指先がなめくじのように纏わり付く。耳の後ろを擽り、鎖骨に触れ、胸の弾力を楽しむと、そのままお腹の真ん中を滑り落ち、そして両方から腰を支えるように掴まれた。私の中で不愉快に存在感を示すそれが、一層奥まで、激しく、力強く私を犯し始めた瞬間だ。
 
「稀代のボーカリストの喘ぐ声って、やっぱ最高だわ」

 血が出るほど歯を食いしばっても、すぐに甘美な感覚に口が開いてしまう。ニヤニヤと笑う目の前の顔を睨み付けても、女の部分を完全に支配された状態では目を開けていられるのも束の間。

「くっ・・・・・あ、・・・ああっ!・・・・くぅっ・・・・・」
「えっろ」

 死に物狂いで抗おうとしても、強制的に頂上に持っていかれる身体は否応なしに震えた。折れる程に弓なりに反った背中とベッドの隙間に両腕を通したこの男は、そのまま軽々と私の上半身を持ち上げると、無造作に下から胸を揉み上げた。

「凄えボリューム」

 中に収まったペニスがビクンと脈打ったのが分かった。

「なんであんたなんかと・・・」
「もう何度も聞いてるから、それ」
「・・・・・」
「それでも別れられないんだって、俺達」

 再び彼を睨む。心からの敵意をもって、ありったけの侮蔑の目で。

「その怒った顔も最高だって、何度も言ったよな?」

 この男に一瞬でも全てを任せようとした半年前の自分を呪った。あの一瞬の油断さえなければ、こんな事にはならなかったのに。

「いつもみたいに動いてよ、な?冴子」
「う・・・うるさい・・・気安く僕の名前を呼ぶな」

 大学に進学した私がかなめを初めて見たのは、各サークルが合同で開催した新歓コンサートでの事だった。他の誰もがそうであったように、私も彼のとびきりのドラムに心を奪われた。凄い人がいると、素直に感動した。自分達のバンドのドラマーがいなくなった直後の事だったから尚更だ。

「ああ、凄え・・・そう、それ、いいわ」

 そんな時に当の本人から声をかけられて、私は単純に舞い上がってしまったんだ。二年に渡る一方通行の秘めた恋にケジメをつけようとしていた当時のタイミングも相まって、私達はすぐに深い仲になってしまった。今思うとお笑い種だが、大学生の色恋沙汰のキッカケなんて、こんなもんだと斜に構えて見ていた自分が悪いのだ。

「最高・・・・お前の、やっぱ最高だよ」
「お前なんか・・・・かなめなんか・・・・・くぅっ、あっ!あっ!あっ!いやっ、あんっ!」
 
 かなめの腕の中に包まれていても忘れられない想いに気付いた時、同時に彼に女の影がある事にも気付いてしまった。
 でも、別に動揺は無かった。この人なら、そんなもんだろうと。そもそも正式に付き合っていたのかも疑わしい間柄だったし。
 そんな事よりも、寧ろ忘れられないあの人への想いがどんどん大きくなっている事に危機感を感じた。

「やべ・・・いきそう・・・・・ほら、な?下になれよ」
「はぁ、はぁ、はぉ・・・・勝手な・・・・・  やつだな・・・・はぁ、はぁ、」

 私はすぐにかなめとの関係を断ち切った。この人といても私は次に進む事ができないし、女を女と思わないこんな人間と少しでも一緒にいたくなかったから。
 軽蔑すべき相手なのに・・・・・何故私は・・・・・

「ああ、冴子・・・気持ち良過ぎるって、お前の身体・・・・・」
「あっ・・・・・んっ!あんっ!ダメっ・・・あんっ!・・・・んっ、やだっ!あっ、ああん!ああっ!んっ、くっ、・・・あっ、あっ、あっ、あんっ・・・ああっ!」

 差し出された手を握り、そして指を絡める私達。太腿の裏を激しく打ち付ける彼の腰に翻弄されつつも、深く深く奥に差し込まれたペニスの存在感で、今日数度目のアクメの予感に思考が止まる。

「ああっ、出るっ!・・・・・お、おぉぉ・・・うおっ」

 射精の直前にそれを抜いてコンドームを素早く外し、そして私の身体に向けて精を放つ。熱い感触が私のお腹や胸を焦がすように染める感覚は嫌いではない。寧ろ、好きかも。
 かなめはセックスをする時には必ずコンドームを付けてくれるが、その中途半端な誠実さが身体の関係を立ち切れない理由のひとつでもあるのだろう。
 私は彼に促され、中に残った精液を絞るようにペニスを扱く。ヌルヌルになった肉の棒は、いつものように全く衰える事なく硬さを保ったまま。大嫌いなはずの男に、過去のステディな男からは与えられなかった性的な絶頂を何度も経験させられ、私の身体はおかしくなってしまった。じゃなきゃ、嫌いな男のペニスにこんなに心がときめくはずがない。それを口に含んで労いたいなど、思うはずがない。

「ああ・・・またしたくなるって・・・そこ、よく分かってるじゃん」

 ベッドに仰向けになるかなめの下半身に身を重ね、ペニスの裏側を舌で突くようになぞる。この行為が彼を喜こばせる事だと分かっていて私はそれをしている。この上ない安心感を与えてくれる筋肉質な太腿に頬擦りしながら、睾丸を持ち上げ、尿道を圧迫すると溢れ出てくる精液の滴も舐め取る。彼の長い指でさえ届かない膣の奥を嫌になる程蕩けさせた亀頭を口に含み、唇を使って扱きたてた。
 私は何をしているんだろう・・・・・いつもそう思い、自己嫌悪しているはずなのに・・・・
 叶わぬ恋、叶えてはいけない恋に疲れてしまった心を、一瞬でも癒してくれるような錯覚に縋るしかないのだろうか。

「まひろちゃん、だっけ?あの童顔の子」

 中身が入っていない使い古しのコンドームをベッド下に捨てながら、かなめは私の親友の名前を、あの人が愛している彼女の名前を呟いた。

「彼女も可愛いよな。なんか、色々と擽られるわ、俺」
「ダメ」
「は?何が?」
「まひろは・・・駄目だ」
「なんで?焼き餅焼いてんの?」
「そんな事、ある訳がない」
「じゃあなんでだよ」
「彼女はかなめが関わっていい女の子ではないからだ」
「なんだよ、それ。なんで冴子に決められなきゃなんねえの?」

 私はこんな男の為にこれまでの二年間の想いを封印したのではない。彼女には・・・まひろと、あの人には幸せになってもらわねばならないんだ。

「え?なに、冴子って、女もいける方なの?」
「ば、馬鹿を言え」
「冗談だって、ごめん」
 
 ヘラヘラと笑うかなめに殺意を抱く。かなめとはこういう男だったと、この半年間で何百回と気づかされてはその都度憤怒のやり場を探し、そして結局は抱かれ続けるという矛盾を繰り返してきた。無様に長いこのペニスを噛み切ってやりたいのに、先端から溢れる白濁した液体を見ると、結局は優しく口に含んでしまっている。

「はい、冴子」

 かなめは当然のように2つ目の小さなパッケージを手渡してきた。心では拒否しているのに、左手で自然にそれを受け取ってしまっている。普通よりも大き目のサイズを示すロゴが書かれた包装を破り、中身を彼の先端に合わせたけれど、その前にもう一度そこに唇を寄せてしまった。これからこの醜くて黒くて無駄に大きいペニスが私の中に入ってくると思うと、筆舌し難い嫌悪で頭がおかしくなりそう。なのに、私は亀頭に唾を塗すように唇を押し当てている。カリをなぞるように舌を巻き付かせてる。硬い勃起を助長するように根本を扱いている。

「それ以上されると出しちゃうぞ・・・・・」

 口の中を窮屈に押し広げていた熱い肉棒の感触が無くなる。名残惜しい、わけがない。でも、そうなのかも・・・・・

「自分で股広げてよ」

 なんて下劣な言葉。本当に最低。

「早くしろって」

 苛立ち混じりの命令に、私は苦渋に満ちた表情で両脚を抱え、恥ずかしい部分を彼に晒した。

「その表情、たまんねえわ」

 だったら私はどうしたら良いのか?
 睨んでも、罵っても、無視しても、その全てがこの男の欲情を駆り立てるだけなら、私はいっそ彼を受け入れてしまえば良いのだろうか?いや、そんな馬鹿な話はない。もっと冷静に、冷静にならなければ・・・・・

「なんかさ、難しい事色々考えてるみたいだけど、もっと素直にエッチ楽しもうよ」
「うる、さい・・・」
「ははは、その強気、いつまでも続くわけじゃないのにさ」

 かなめが顔を近づけてきた。反射的に顔を横に背けたけれど、彼はそっと私の頬に触れ、正対させる。どんなに端正なマスクをしていようと、数々の女を騙してきた男に興味などない。

「キス、好きだろ」
「嫌い・・・・」

 言い終わる前に近づいて来た唇を迎え入れてしまっている。目を瞑り、触れ合う柔らかい感触に意識を集中してしまっている。何度も繰り返し行われてきた悔悟のローテーション。侵入してくる長い舌を押し返そうとしても上手くかわされるばかりか、根こそぎ絡め、唾液を流し込んでくる。握り合った右手に力が入り、思考が再び曖昧になる。
 今この場面を誰かに見られたなら、きっと恋人同士の逢瀬だと思われるに違いない。心のどこかで抵抗のチャンスを捨てきれずにいたとしても、大きく開いた下半身の間に男を迎え入れ、なお引き入れようと両脚で挟み込んでいる姿は、嫌々やらされている事だとは到底思われないはず。
 情けない思いも、乳房を押し潰す胸板の温かさと女の敏感な部分を舐るペニスの硬さになし崩しになろうとしていた。

「お前の舌、柔らかくて気持ちいい」
「・・・・・」

 ペニスの先端がクリトリスを何度も突く。中に入りそうで入らない。歯茎の裏までも舐め合い、爪の跡が残るほど五指を絡め合い、体温が行き来するほど肌を密着させているのに、男と女の部分は微妙なすれ違いのまま。硬く大きく張り出たカリの段差で私の敏感な突起を何度も何度も擦るだけで、一向にその先へ進もうとしない。焦ったいどころか、不完全な接合のまま昂まって行く自分の身体に苛立ちすら感じていた。

「切ない顔してるね、なんで?」

 笑みを浮かべている。余裕綽綽のかなめが憎い。

「・・・・早く・・・」
「え?早く?なに?」

 彼を睨む。そしてその行為が無駄であることをすぐに思い出す。

「あんた、すっごくムカつく・・・・・」
「ははは、意地っ張りだな冴子は」

 小刻みに腰を振り始めたかなめは、私の頭を抱き締めるようにキスをしてきた。

「どうして欲しい?」

 彼のペニスがクリトリスを押し潰す。

「ちゃんと言ったら最後までしてやるって」

 押し潰したまま、ゴリゴリと前後に擦り付ける。途端に昂まる性感が、素直にそれを口にさせた。

「・・・・中に、入れて欲しい・・・」

 かなめ自身も余裕が無かったのだろう。額に汗してやや眉尻を下げた目の前の男からは、それまで浮かべていた笑みがすっかり消えていた。

「やっぱ俺、冴子だけいればいいわ・・・」

 彼の両腕が私を抱き締める。そして、やっと本来収まるべき場所に彼のペニスが入ってきた。高まり過ぎた身体が大きな亀頭が中の壁を巻き込みながらゆっくりと侵入してくる様をリアルに感じながら、私は夢中で彼の唇を貪っていた。




「じゃあ、ここでいいかな?」
「うん、ありがとう」

 まひろが50メートル先にあるアパートに向かって歩き出す。通りに面した彼女の部屋の窓から漏れる灯りを見て、誰もいないはずなのに、と思うのは野暮なのかもしれないと思いつつ、長年の付き合いが色々なハードルを極端に下げてしまっていた。

「商学部のあいつ?」
「気になる?」

 デリカシーのない質問に戯けて見せる彼女。

「お前らって付き合ってるの?」
「んー、まだ、かな」
「なんで?いい奴そうじゃん、あいつって」
「彼のこと元彼に褒められるって、なんか複雑なんですけど」

 少し饒舌なのは酒のせいなのだろう。二ヒヒと笑いつつ、彼女は表情豊かな綺麗な目で下から俺の顔を見上げてきた。

「人のことよりさ、遼ちゃんもちゃんとしないとね」
「なんだそれ」
「その方がバンドとしてもより結束が強まるし、言うことなしだよ、うんうん」
「意味分かんないんだけど」
「私達も成長してるって事だよ」

 わざとらしく大袈裟に溜息をつくまひろ。

「ま、なんでも細かい事まで気が付く男よりも、私は好きだけどね、鈍感くんの方が」
「俺が鈍感だって言うのかよ」

 つい昔の調子でまひろのほっぺを摘もうとしたけれど、彼女はほんの一瞬マジな表情になって俺の手を振り払うように避けた。

「だめだよぉー、彼氏しか私に触れちゃいけないんだから」

 ニコニコとあくまで楽しそうに振る舞うまひろ。彼女が高校生の頃の俺の彼女、ではなく、今は他の男のものである事を改めて認識すると同時に、些細なその行為に俺は図々しくも少しだけ落胆してしまっていた。

「てかさぁ、気付かないふり?なのかな?ん?どうなの?言ってみ?」
「全然意味わかんないよ」
「あんな綺麗な子、いないからね?」
「だからなんだよ、それ」
「あんなスタイルのいい子、いないからね?」
「はぁ?」
「遼ちゃんの作った曲、あんなに好きになって唄ってくれる子、世界中探してもいないよ?」
「・・・・・!?」

 まひろはアカンベーすると、大きく手を振って向こうへ駆けて行った。
 心臓が高鳴り、酔いが一気に冷める感覚。気がつくと、目で追っていたはずのまひろの姿など完全に消えてしまうほど、俺の心は掻き乱されていた。
 まひろが言った言葉を反復する。
 うまい話など、この世の中にそう転がっているものではない。寧ろ贔屓目に見ても上出来の学園生活を送ってきた俺にとっては、これ以上何も望んではいけないとさえ思っていた。バンドの事を考えるからこそ、我慢してきた想いがあるのは確かだ。なのに、彼女の言葉はそんな俺の二年に渡る自制心を打ち砕く破壊力を持っていた。

まじ・・・・で?・・・・・

 右手でスマホを握る。
 衝動的に動く事が期待された結果を招く事などなかった俺にとって、今これからしようとしている事が正しい事なのか、判断がつかない。
 酔いの残る肌を夜風が冷まそうとする。
 そして、電話帳のお気に入り登録から選んだ冴子の電話番号を見つめ、自問自答を繰り返していた。




「いつも使ってるマイクより大きいから大変だろ」

 ほんの少しだけ中で歯を立てたみたいだけど、全然痛くない。痛くないどころか、前歯でカリを緩く擽るテクニックは他の女ではあり得ない。この子は必ず自分が教えた以上の事を俺にしてくれる。勉強熱心というか、単にスケベなんだろう。時々睨むように見上げてくるけど、そのくせ舌は高速回転させてるし、金玉だって同時に揉んでくれてる。俺の股の間でわざわざ四つん這いになって尻を高くしてる姿なんざ、俺を誘ってるアピール全開だろ。

「前よりも上手くなってるよな。誰で練習した?」
「・・・・最っ低」
「ははは、冗談だって」

 しっかし、ホントエロい身体だわ。背骨のラインや腰から尻までの曲線なんざ、純日本人では絶対あり得ねえよ。
 髪の毛を撫でてみる。思った通り、睨んでくる。睨むくせに、手と口は休まない。寧ろ熱を帯びたようにさえ感じる。頭を撫でられて嬉しくない女などいない。その定説は冴子にも十分当てはまるという事だ。
 そもそも飲んでる時に送ったメールが既読になったのはかなり経ってからだったよな。なのに、ちゃんと俺の部屋で待ってくれてるって、やっぱ冴子は可愛いよ。

「ホント、色々と冴子は最高だよ」
「・・・・・は?」
「いや、独り言」
「・・・・・」

 その時、不意に鳴ったメール着信音。片手で冴子の手を握りつつ、テーブルの上のスマホを確認した。

「遼からだわ」

 握り合った手が一瞬緩む。

「いま部屋に着いたってよ。また一緒に飲みましょう、だってさ」

 スマホを床に投げ捨てて、その手で冴子の頭を撫でた。再び力が籠る彼女の左手。そして一度深く喉の奥まで飲み込むと、それを吐き出して目尻を拭っていた。
 一瞬流れた微妙な空気感。

「どした?」
「・・・・・」

 何も喋らない冴子。
 頭の中で浮ついていたパズルの一片が、パチンと嵌った音がした。皆近過ぎで分かっていなかったんだ。

 ・・・・そうか・・・・そういうことか・・・・・

「泣いてんの?」
「・・・・・」

 彼女の右手を握ってみた。嫌がるそぶりは無い。

「今日俺の部屋に泊まってけよ」

 冴子から返事はなかったが、両手を繋いだまま顔を近づけると、素直に唇を委ねてきた。半年間セフレとして付き合ってきたけれど、こんな表情の冴子は初めてだ。好きでもない男に抱かれながら、好きな男の事を考えて涙を流しているのだろう。

「まひろなんか関係ねえよ。俺は冴子だけだから」

 この時の俺にとって、ある意味本心には違いなかった。




 「また今度な」

 かなめさんからの短い返信は、次の行動を俺に急かすプレッシャーでもあった。学生の自分たちにとってはまだまだ寝てはいない時間帯だが、一般的には深夜であることには間違いない。何度も押しかけた電話番号を眺め、大きく深呼吸。大丈夫、頑張れる。
 忘れかけていた恋のときめきに張り裂けそうな胸の鼓動。平静を保ちながら、俺はやっとスマホを耳に当てた。

「・・・もしもし?」
「ごめん、俺・・・寝てた?」
「ううん、そんなことないよ・・・・どしたの?」
「いや、どうしてるかなって思ってさ」
「うん・・・」

 そこには男勝りの冴子の面影はなかった。臆病で、疑心暗鬼な細い声は、一瞬相手が冴子である事を疑うレベル。勇んだ心が少しだけ折れそうになる。

「今日は無理に誘ってごめんな」
「そんな事ないよ・・・僕だって、なんか、ごめん・・・」

 どこか余所余所しい冴子の声。

「まひろ・・・・少し酔ってたみたいだけど、ちゃんと帰れた?」
「え?・・・・あ、ああ、部屋まで送ってきたよ」
「え?部屋まで?・・・・・そうなんだ・・・」
「あいつ、酔ったらふにゃふにゃになってダメだからな、ちゃんと最後まで面倒見ないとさ」
「まひろは遼がいないと駄目だね」
「世話が焼けるよな」
「・・・・・あのさ」
「うん」
「いや、ごめん、何でもない」
「あ、ごめんな、眠いよな」
「うん・・・・・かな」
「・・・・・」
「もう、切るね」
「・・・・・分かった」
「まひろのこと、お願いだよ」
「まひろ?・・・ああ、うん、もう大丈夫なはずだけど・・・・」
「じゃあ、ね」
「・・・・・うん」

 ほんの2〜3分の短い電話、結局何も伝えられずに終わった。


 明日また会える。
 そう思っては自分を慰める事を繰り返す内に夜が明けていた。一講目まではまだ時間があるが、少し早めに部屋を出て、今まで見向きもしなかった駅近くの公園のベンチに座った。駅に向かう人、駅からそれぞれの場所へ向かう人、その皆が言葉もなく足速に過ぎて行く。
 スポーツドリンクを片手に、昨夜の自分の大胆な行動を振り返っていた。もしあの時交際を申し込んで断られたならと思うと、バンドを結成し直そうとしている自分にとっては難しい立場になったかもしれない。今考えるべきはバンドの事、仲間の事なのに、思わせぶりなまひろの一言で完全に浮き足立ってしまっている。
 でも、もうこの気持ちは抑えられない所まで来てしまっている。これは多分、バンドよりも冴子の方が俺にとって大切だという事だろう。ここまで衝動を抑えられないのは生まれて初めてかもしれない。もう一度、もう一度今日彼女に会ったなら、何があろうとこの気持ちは絶対に伝えよう、そう思った時だった。目の前を明らかに他の人より遅い速度で歩く男の姿を見た。

「かなめさん?」

 一瞬眠そうにこちらを見るかなめさん。

「遼か・・・何してんのこんな所で」
「ちょっと早起きしちゃったんで時間潰してました」
「一講目ってだりぃよな。超眠いわ」

 人目を憚らず、かなめさんは大きく欠伸をしていた。昨夜は結局あの後遅くまで飲んだのだろう。

「昨日はお疲れまでした。遅くまでありがとうございます」
「ん?ああ、まあ、な・・・」
「徹夜明けっぽいすね」
「別に飲んでたわけじゃないけどさ、これだよこれ」

 そう言って両手で何かを掴んで腰に当てる仕草をしていた。そしてすぐにそれがあの行為を示すものだと分かった。

「全然寝てないんだよな」
「彼女さんですか?」
「ああ・・・・まあ、ちょっと違うけどな」
「すごいっすね・・・・」
「やってる時に男から電話きてさ、嫌がるのを無理矢理出させたんだよ。そしたら振られたみたいでさ、その男に。フェラしながらだったから、相手に伝わったんじゃないのかな」

 鼻で笑うかなめさんを見て、やはり住む世界が違うと思った。

「彼女じゃないんですね・・・・」
「振られて少しヤケになったみたいでさ、もう0時過ぎてるのに、そっから4回も搾り取られたよ」
「えぇ?・・・」
「その子、訳わかんないくらいイキまくって、最終的には俺と付き合うって言わせたからな」
「可愛いんですか?」

 かなめさんは目を擦りながらサムズアップした。

「顔も身体も最高。たぶん、あんないい女もう今後一生出会えないわ」
「良かったじゃないすか・・・」
「どうかな、付き合うって言っても、正気に戻ったらまた違うんじゃね?てかさ、こんな話してたらまたムラムラしてきたわ」
「そんなに何回もしてるのに?」
「そんだけいい女なんだって、マジで」

 彼は立ち上がって腕時計を見た。少しのため息と、視線をやや遠くに投げると踵を返そうとする。

「やっぱ部屋戻るわ」
「授業は?」
「いいや、今日は。てかさ、さ・・・いや、あいつ、授業は午後からだって言って俺の部屋でまだグッスリ寝てんだよ。なんかムカつくから起こしに行く」
「・・・・・マジっすか・・・・」
「昼までまだ時間あるしさ、今朝の続きやるわ」

 スマホを片手に代返を誰かに頼みながらかなめさんは今きた道を戻っていった。本当、音楽の才能は天才的なのに・・・・英雄色を好む、てことなのか?・・・・・
 今朝冴子に送ったLINEの既読がいまだに付かないのを確認して、俺は大学へと向かった。心なしか、さっきよりも重く感じる足取りは、きっと現実離れした話を朝っぱらから言ってきたかなめさんの所為なのだろう。
 早く冴子の顔が見たいな・・・・彼女に会ったなら、昨日の夜の電話を詫びなきゃ・・・・
 どこまでも青い春の空を眺めながら、俺は大好きな人の笑顔を想像し、そして両想いなのにすれ違ってきた日々に、そう遠くはない未来に終止符を打つことを誓った。





続く

















僕は君、君は僕  ~妹に夢中~

妹に夢中

 夏休みが終わっても酷い暑さは続いていた。直射日光の照り返しで上から下からと容赦無く焚き付ける熱波は、就活を目前とした俺の意欲を色々な意味で削いでゆく。
 そこを曲がれば目の前は我が家。部屋に入ったならば、いつものようにエアコンを全開にして昼間っからビールを煽る・・・と行きたいところだけど。

・・・今日は、やめておこう・・・・

 俺の名前は豊土。都内に住む大学生で、間も無く就活という人生の大イベントを控えた、ごく普通の男。やりたい仕事も無く、業界研究すら何もできていないのに、この体たらく。いや、これには理由がちゃんとある。あると思いたい。
 勉強以外取り柄のなかった俺は、高校三年間を学業で全うし、その結果結構な、いや、かなり難関の大学に入学する事が出来たんだ。超難関といっても良いだろう。都内の国立大学なんて、皆そんなもんだし。
 いまだに残る学歴社会、諸先輩方の「エントリーシート出しただけで内定が出たようなもん」という話は巷にゴロゴロしている、そんな大学だから、文学部と言えども個人的には売り手市場だと思っている。今日はどんなゲームをして時間を潰そうかな、そんな事ばっかり考えてる毎日でも許される身分なんだと。
 そんな俺が自宅を前になぜか緊張している。マンションのエントランスを抜けてエレベーターに乗り、自宅のドアを開けて中に誰もいない事が分かった時になってやっと感じる安堵。俺はドアの鍵をかけると自分の靴を持って自室に篭った。
 自宅なのに不審者のような行動の所以は、一ヶ月前のある出来事に起因している。
 あの日、いつものように秋葉で買い物をして自宅に帰ってきた時の事。新しいゲームをする事に心が逸って仕方がなかった俺は、玄関から自室に一直線、そしてPCの電源が立ち上がるまでの僅かな時間の中でその「変化」に気が付いたんだ。
 誰もいないと思っていた自宅なのに、微かに聞こえる物音。
 ゴキブリか?と思いつつ、いや、一応高級マンションと言われてる我が家。頑強で蟻一匹通る隙間も無いこの部屋で、あんな気持ち悪いものが出るはずがないと分かっていた俺は、その音の方向へと足を向け、そしてこれが廊下を挟んだ隣にある妹の部屋からだと気付くのに時間はかからなかった。バグやら何やらで起動にそれなりに時間がかかるPCよりも速かったくらい。
 同級生の彼氏と思われる相方との談笑の片鱗は、普遍的な女子高生の日常に他ならないのだろう。微笑ましく妹のそれを見守る度量に欠ける俺は、無理やり苦笑いしつつ、飲み込もうとした。
 けど、ほんの一瞬、本当に僅かだけど、妹の感嘆の声が聞こえてしまったんだ。日頃イヤホンでゲームに没頭している俺に聞き逃しなどあり得ない。間違い無く、何らかのスキンシップがあったと推察される妹の悩ましい声。
 それから1時間、二人が家から出て行くまで俺は自室で布団にくるまっていた。心穏やかではいられなかったんだ。贔屓目に見ても可愛らしい顔立ち、コンパクトグラマーを体現したような身体つきだから、モテないはずがない。中学生になった頃から、母親と今日は誰それにコクられた、というような話をしていたのを頻繁に聞いていたから分かる。
 いつかはこんな日も来るんだろうと思っていたが、いざその事実に触れただけで動揺してしまった俺は夕食もろくに食べられず感傷に浸っていた。情けない限りだ。
 でも、喉元過ぎれば何とやらで、寝る頃にはそれが例えようのない激情となって心を騒めつかせ始めたんだ。罪悪感?タブー感?よく分からないが、日頃俺を敵視する可愛い妹を思えばこそ、なのかもしれない。その射精感のなんと甘美な事か。出しても出しても治らない我がちんこのタフネスさに恐れをなしつつ、それでもあの僅かな「あん・・・」という妹の声が耳の奥から離れる気配などなく、欲望のまま赤く腫れあがるまで扱き続けたんだ。
 あの日があってこその今日、なのだ。
 冷蔵庫に貼ってある母親のパートのスケジュールを確認し、夕方もいない日はこうして不審者の如く自室で息を潜める日々が始まった。勿論、妹と彼氏のイチャつきを覗くためだ。我ながら酷い兄貴だと思う。でも普段から妹に、「キモい」だの「こっち見ないで」等々罵詈雑言を受けていることを差し引けば、これくらい良いだろう・・・・と、自分勝手に正当化しているのだ。
 こんな事をする兄貴なんて、確かにキモいし、JKからしてみれば見つめられたりもしたくないだろう。でも、こうして妹が家に居ないことで安堵している自分は、本意ではないこの状況に納得してしまっているのは、やはり根が善人だからだと思う。
 なんて事を考えながら学習机に座っていた時の事。

「ただいま・・・って誰も居ないか」

うわっ・・・・本当に・・・・・きた・・・・

 いきなり楽しげな妹の声が聞こえた。その瞬間、見えるわけもないのにベッドの下に逃げ込む俺。勿論、人の部屋を覗くなんて無作法は、この家の誰もするはずがない。もとい、俺を除いては。
 絡み合う妹と男の声は、俺の部屋が我が家には存在しないかのような歩調で目の前をスルーすると、そのままリビングのソファに座り、そして話し始めた。
 会話の内容までは分からないが、ドアに耳を付ければジュースを飲みつつ、笑いつつ、じゃれ合う様子がまるで目の前で起きている現実のように鮮明に脳裏に浮かぶ。ゲームの達人の域に達していると、これくらいの妄想は朝飯前の事。
 やがて二人は妹の部屋に入っていくと、途端に静まり返る我が家。誰もいないのなら、そのままリビングで話せばいいのに、そうしない理由は明らかだ。
 これから二人は部屋に篭って、セックス、するのだ。
 可愛くて憎らしい17歳の妹は、同い年の男の前で裸を晒し、両脚を広げ、その中に男のちんこを迎い入れるのだ。
 足が震えた。
 期待した事なのに、鼓動が止めろと言わんばかりに胸を内側から強く叩く。普段は乾いた掌も、手汗で酷い事になっている。
 勇気を出して、蝶番の鉄の軋み音を立てないように注意しながらドアを開けた。見慣れた我が家のはずが、まるで他人の家のような余所余所しさ。
 不思議な気分だった。足が地についていないような浮遊感といい、色々と現実感がない。
 妹の部屋の方を見る。
 薄暗い廊下の横に、子グマの表札が掛けられた妹の部屋のドア。今出てきたら鉢合わせだ。目論見は砕け散るどころか、兄妹としての絆も今度こそ木っ端微塵になくなるだろう。
 一瞬足が竦んだけど、その刹那中から聞こえたあの時と同じ妹の声が決意を固くした。
 重厚な作りの割に、部屋のドアは見た目とは裏腹に物音をよく通す。恐らく設計上の配慮?らしいが、若い二人の声は数メートル離れていてもハッキリと聞こえた。

「ね?・・・はい・・・ふふふ」

 猫撫で声とまではいかないまでも、およそこの5年間妹の口からは聞いた事もないような優しくて可愛い声。

「や・・・すっごい膨らんでる」
「苺ちゃんが魅力的だから・・・」

 妹の名前は苺。そして俺の名前は豊土。つまり、豊かな土があってこそ、美味しく育つ苺の実。裏方の土と、誰からも好かれる表舞台の苺。俺が生まれた瞬間、その三年後の妹の誕生を見据えて名付けられたような気がするが、多分そうなのだろう。実際、俺は裏方としては優秀な功績を残してきている。学業だけだが。そして甘やかす程に溺愛してきた妹は、家族の期待通り華やかで皆に愛される女に成長している。両親からすれば予定通りの子育てといったところか。

「あん・・・・・・・・凄い・・成也君、やっぱ上手・・・」

 なのに、何故そんな男に身体を許してるんだ?確かにイケメンかもしれないけど、兄さんはちょっと残念だよ・・・・と言いつつ、妹の逢瀬に勃起させていては説得力のかけらもないか。
でも、

「そこ・・あっ!・・・あっ、あっ、あっ、・・・・・・・・ああっ!」

という声を聞いて、平常心でいられる男などいないはず。ましてその相手が妹であれば尚更。
 廊下の真ん中で妹の嬌声を聞いて勃起させる兄貴。これ以上に情けない画があるだろうか?邪な興味と同じくらいのこの悔しい気持ちは、そのまま非常識で危険極まりない行動を俺に取らせた。
 一歩、二歩とドアに近付き、そしてノブに手を掛けた。ダメだ、絶対ダメだ!と叫ぶ心の声にたじろぐも、ドアの隙間から聞こえる溜息交じりの苺の声が背中を押した。
 ゆっくり、本当にゆっくり、1秒で1ミリの速度でドアを開ける。ミリ単位の攻防は再び足を震わせ、激しい心臓の高鳴りは喉から飛び出ようとする。これそこ禁断の扉、ゲームではこんなシチュエーションには慣れたもんだが、現実は寿命を縮めるような緊張感で目眩がしそうだ。
 隙間から差し込む明るい光は、部屋のカーテンが開け放たれている事を示し、僅かに流れ出てくる暖かい空気は、若い二人の身体から発せられた情欲の熱を示していた。

「あっ、あっ、あっ、あぁぁ、んっ、成也、君・・・」

 妹の甘い声と共に俺の網膜に最初に投影されたのは、下半身裸の彼氏のお尻。思った通りの映像ではなかったが、剥き出しの尻の割れ目からぶら下がる睾丸の揺らめきが俺の妄想を現実のものとして確定させた。
 今、自分が生まれ育った我が家で、妹と彼氏がセックスしようとしているのだ。家族全員の美しい思い出が詰まったこの家で、見知らぬ他人が醜い裸を曝け出し、家族の寵愛を受けた妹と交尾をしようとしているのだ。
 明るい部屋に対して暗い廊下。この明暗の差はこちらに有利だ。向こうからは恐らく俺の姿までは見れないはず。
 1センチまで開けた隙間に眼球を押し付けるようにして妹の存在を探した。立ち膝になり、余計な物音を立てないように中を覗く。すると前傾した彼氏の頭が苺の股間付近に埋もれている様子が次第に見えてきた。下半身裸でワイシャツ姿の彼氏は、同じく制服の上着だけで下半身を露出させて寝そべる妹の両脚を広げ、その中心部に顔を埋めていたその全貌が見えたのだ。
 この時点で、本当はほんの少し、ほんの少しだけ勘違いであって欲しいと願っていた心の片隅の期待が、完全に霧散した。向こう側にいる男と女は、紛れもなく単なる友人としての一線を超えた関係にあり、俺が未経験の領域に、いとも簡単に、それも何度もこなしてきたであろうことは容易に思える技量と段取りをもって事に至ろうとしていたのだ。
 21年間彼女のいない俺。最後に女の身体に触れたのは、俺が小6の時、小3の妹と一緒に風呂に入って背中を流してあげた頃まで遡る。華奢で小さな幼児体型の妹の背中は、今思うとすべすべという表現では到底物足りない、清らかで滑らかで柔らかかったものだ。純粋に妹として、兄としてスキンシップが図られていた当時は本当に仲が良くて、苺はいつも俺の後をついて来たっけ・・・・
 あの日の温もりは、微かにこの手に残っている。が、すっかりネットの動画に毒されてしまった今の俺に、妹とのかつてのスキンシップを純粋に回顧する資格はもう無いのかもしれない。画面から溢れる性の捌け口は、一切の過程を蔑ろにして股間を直撃、数擦りで昇天させてくれる。そんな日常に慣れてしまった俺にとって、彼氏が妹の太腿を押し上げ、秘密の部分に口付けする行程が煩わしくもあり羨ましくもあった。あの日の感触を思い出しながら、彼氏の指が柔らかく埋もれてゆく苺の裏腿の柔らかさを想像する。

きっと、滅茶苦茶柔らかいんだろうな・・・

 スポーツで鍛えられた苺の太腿はハリがあり、それでいて実に柔和に彼氏のゴツゴツとした指先を埋もれさす。時折彼氏の手に手を重ねる妹は、顎を上に向けて背中を弓なりにした。
 ガタガタと震えるその身体は、絶頂を極めた証。いとも簡単に、俺の妹は女として喜びの頂上を極めたのだ。

「気持ち、いい?」
「あ、ん・・・だ・・・ダメ・・・まだイッてる・・・」

 彼氏が口を離した後でさえ、彼氏の両手に縋り付き、そして腰を上下にバウンドさせていた。あの可愛い妹が、絶頂の余韻で忙しなく腰をくねらせていたのだ。
 思わず腰を引く。パンツに僅かな空間を作り、そこに擦れて暴発しないようにする為に。それ程までの圧倒的なエロス。動画を見て、勃起させて、出す、という単純行為がいかに陳腐で勿体ない行為かという事を痛感した。妹のような可憐な相手であればこそ、セックスは過程を楽しむものなのだろうと思った。
 やっと痙攣が収まった時、彼氏が身体を離した瞬間、苺のあそこが見えそうになって思わず目を伏せた。これは、紛れも無く家族としての拒絶反応。血の繋がった妹の尊厳に関わる事態なのだと瞬間的に悟った。妹の逢瀬を覗こうとする人でなしの俺にでさえ、さすがにこの一線を越える悪魔は潜んでいなかったのだろう。

危なかったわ・・・・うん・・・・
まあ、駄目だよな・・・・これはさ、兄としての、家族としての・・・・・・いや、駄目だって、やっぱさ・・・・マナーというか、人としてのさ・・・・てかさ・・・・
いや、やっぱ・・・・駄目だよな・・・・うん、駄目だわ

 結局これだ。
 なんの言い訳も思いつかなかった俺は、「前を向け」と背中に欲望という名の銃口を突き付けられた絶体絶命の保安官のように、忸怩たる思いで顔をあげた。
 すぐに焦点はそこを捉えた。だらしなく両脚を開いていた妹の股間の中心を。
 ふっさりと恥骨に乗った薄目のヘアーと、赤く充血した縦長の割れ目・・・

違う・・・・・・駄目だろ、俺、なぁ、これ、駄目なやつだろ・・・・

 綺麗なピンク色で毛など皆無の卵のようなそれを想像していたのに、現実はあまりにも「女」だったなんて・・・・
 込み上げる下腹部の射精感。ギリギリの所で食い止めるも、あまりに力んだ大臀筋辺りの引き攣りが、痛みとなって俺の集中力を削ぐ。お陰で僅かに遠のく射精感を良い事に、たった今戒めたはずの行動を再び繰り返していた。が、既に苺は脚を閉じ、身体を起こすとはにかんで上目遣いに彼氏を見つめているところだった。
 そこを見れない事よりも、一度気をやった後の妹のこのなんとも言えない表情に戸惑った。

苺にあんな表情で見つめられたら・・・・

 家族に向けられるべくもない、恋路の乙女の眼差しからは、ピンク色の光線が放たれているようだった。
 見つめられている相手の男が妬ましく、恨めしい。こんなにも大切にしてきた妹を、知り合って僅か数ヶ月の男が独り占めしているこの状況はなんなのか?恋愛って、家族の絆以上に重大事なのか?
 彼氏はいとも容易く妹の可愛い唇にキスをすると、自らシャツを脱ぎ捨て、ベッドの上で正座のまま後ろ手に身体を支えて腰を突き出すようにした。

「うふっ、すっごい・・・」

 思わず声が漏れてしまった、ような体で誤魔化そうとするも、期待感に溢れた妖艶さを纏った妹の表情は嘘をつかない。真上を向くように勃起したちんこが目の前にある非日常は、ついさっきまで女として一番恥ずかしい部分を口で愛撫されるという究極の辱めを受けた後でも、頬を赤らめる程に煽情的なのだろう。口元を抑える仕草は恥ずかしさの所以、でももう片方の手を相手の股間に伸ばす矛盾。やがて妹の指は優しく彼氏のちんこを握った。

それにしても・・・・これぞまさにペニス、という感じだな・・・・

 生で他人の勃起ちんこなど見るのは初めてだが、単純に「凄い」と思ってしまった。別に規格外に大きいとかではない。多分、サイズは普通であり、俺と比べても長さ、太さ共にそれほど違いはないように見受けられるが・・・・完全に露出した亀頭の存在感が半端無かったんだ。余分な皮など全く無く、当たり前だが見事な一枚皮で滑るようにそそり立ついちもつは、単純に凄いとしか俺には思えなかった。
 ジーンズに押し込められた俺のものを思い浮かべる。中身よりも外身の方が先に育った俺のものは、フル勃起した今でさえ余分な皮が過保護に先端を覆い尽くしている。バイトをして小金を貯めては手術を試みようとするも、目の前の新作のゲームに消えて行く日々の繰り返し。オナニーする時に悪戯に包皮を剥いては、中身が外気に触れる瞬間の痛みに似た快感とも苦痛とも言えぬ敏感さを楽しんできた結果がこの圧倒的な差なのだろう。3歳年下のガキに負けている。この事実は、明日にでも親にお金を借りて病院へ向かう原動力に直結した。今目の前で、まさに妹の指が亀頭に絡もうとするのを見て、俺は強く決心した。

「凄い・・・・溢れてる・・・・」
「苺ちゃんが、上手だから」

 ペニスの先端からとめどなく湧き出る透明な液体は、興奮の真っ只中にいる男子の生理現象の証。妹の細くて長い指がパンパンに張り詰めた亀頭を撫でていた。五本の指の腹で摘むように撫で回し、先端から垂れる液体をツルツルと塗す。そして抉れたカリ首をクリクリと刺激し、彼氏の腰がビクつくたびに視線を絡め合う。
 動画を見て瞬間勃起したちんこを荒々しく右手で扱いてあっという間に射精するオナニーとは明らかに違う。違うどころか、見ているだけで出てしまいそうな気持ち良さが伝わってくる巧みな愛撫。

妹よ・・・・お前はいつの間に・・・・

 仲が良かった俺たちがすれ違うようになったキッカケを思い出していた。あれは俺が高校に入学して間も無く、部屋でオナニーしているところを、妹に見られてしまったんだ。ノックもなく俺の部屋に入ってこようとした妹が悪い、と言ってしまえばその通りだが、だからといってその時に刻まれた嫌悪感が彼女から消えるわけがない。

「ごめんなさい・・・・」

 蚊の鳴くような妹の声が背後から聞こえたが、時既に遅し、だ。中学生になったばかりの妹に、俺はどう映ったのだろうか。アニメのキャラクターを画面一杯に映し出しながら、「きりの〜」と呻き声を発しながら包茎ちんこを扱く兄の姿を見て。勿論、普通でいられるわけがない。その日から一週間も経った頃には、「キモい」「汚い」のオンパレード、その内最低限の意思疎通意外には口もきいてくれなくなってしまったのだ。
 女の子の思春期なんて、そんなもんだ、なんて悠長な気分では無かったが、落とした評判を取り戻す事にこの5年間成功していない。年頃の女になったのだから、男の生理現象に理解を示してくれても良いのに・・・・と自分勝手に思っていたのだが・・・・・・ある意味、理解はとうにしているのかもしれない。くにくにと器用に指を使って彼氏のペニスを愛撫する様は、まさに男の性器の仕組みを理解していなければ出来ない手技だと思うから。男の俺でさえ、手を逆手にして唾液で滑らす、なんてのを考えた事もなかったし。

「ああ、気持ちいい・・・」
「ほんと?ここ、いい?」
「うん・・・・苺ちゃん・・・お口で・・・」
「ん、分かった」

お、おい・・・・やっぱり・・・そうなるのかよ・・・・

 彼氏の前に伏せるようにして、妹はついにそこを口に含んだのだ。赤黒く、醜く起立するその先に、チュッとキス、そして照れ隠しの笑顔の後、ヌルッと音がしそうな勢いで一気に喉奥まで咥えると、ゆっくり吐き出していく・・・子供だと思っていた妹が、兄のオナニーを嫌悪していたはずの妹が、彼氏のオナニーを手伝っている。手と口を使って、彼氏を喜ばそうと卑猥の限りを尽くして奉仕している。

「苺、マジ気持ちいい」
「ふふふ、大っき」

 彼氏に頭を撫でられ、嬉しそうにグロテスクなペニスを頬張る妹は、舌先でカリ首の周囲を突き、窄めた唇を押し付けては唾液を擦り付けるように上下にスライドさせ、同時に親指の腹で亀頭の裏側をマッサージする。そしていよいよフェラチオ動作に拍車をかけ、口と手を総動員して射精に導こうとしていた。
 軋むベッドの音。唾液が飛沫をあげる音。生で聞く逢瀬のリアルなサウンドを耳にし、パンツの中で空を切っていたはずが、ついに暴発する俺のちんこ。ガクガクと腰が勝手に動き、かつて経験した事がない長い時間、それが続いていたように思う。

「もういいよ、・・・・もう出そうだから・・・・苺」

 俺はもう出ている。しかも一切の刺激なしに。
 この境遇の差。万里の長城、いや、昔存在したペルリンの壁、並に超えられない隔たりを感じた。
 下腹部が熱く湿る不快感を他所に、隔絶された世界を唯一繋げる希望の隙間から、更に眼球が飛び出そうなくらいに顔を押し付けて中を覗いた。一度出しているにも関わらず、全く衰えることのない性欲は、相手が妹だからこそ、なのだろうか。
 中の彼氏は妹の上着を脱がせようとしていた。恥ずかしがる素振りを見せる妹だが、その両手は積極的に彼氏の作業を手伝っているように見えた。

「万歳して」
「恥ずかしいよ」

 彼氏のちんこを口で愛撫していたのに、今更恥ずかしいとか・・・・女子の嗜みってやつか?
しかし苦笑いする俺の頬の強張りは、次の瞬間溶けてしまった。何故ならば、8年ぶりに妹の手脚以外の素肌が見えてしまったから。
 自宅では割とラフな普段着の苺。中二の頃から急激に育った胸が巨乳と言われるレベルにまで達したのは知っていたが、だからこそ背の低い妹の自宅での全身像は、誤解のない言い方で言えば昔の「樽ドル」の様相を呈していた。
 勿論、兄としての立場を抜きにしても、そのムッチムチの身体は世の中の男の視線を釘付けにする健康的な卑猥さに溢れていた。
 しかし、俺の妄想は妄想に終わったようだ。ゲームの達人の俺は、現実の女体の情報が著しく欠けている限りは、やはり妄想癖の自閉オタクに過ぎないのだろう。
 ブラだけになった妹、露わになった、ほっそりとした腰のライン。完全に大人の曲線。わずかに力を失っていたちんこが瞬間フル勃起。元々手脚が細く長いのは知っていたけれど、樽を想像した胴体は綺麗に括れ、肌の艶が若々しさに拍車を掛けていたのだ。グラドルどころの話じゃない。

なんてエロい・・・綺麗な体をしているんだ・・・

 しかし、その後があった。よく見ると、いや、敢えて見るまでもなく、その上半身のアンバランスさの正体が、俺の予想をはるかに超えた実りを見せている双丘にあるのだと気付いてしまったんだ。
 ブラジャーをしているのに両腕で隠そうとする苺。押し込め感満載のそれは、果たしてサイズが合っているのかと疑いたくなる程中身が溢れ出しそうになっていた。

「苺の、見たい」

 その一言で、妹は何も言わずに背中に両手を回した。パチンと音がして、そしてボヨンと躍り出る乳房。すげえ・・・と思わず呟く。ネットでスイカップなる俗語を幾度か見ているが、現実に存在する事をこの時初めて知った。見事なお椀型の胸。中にみっちりと肉が詰まったような充実感。そして 瑞々しくピンク色に艶めく可愛い乳首。
 完璧だった。
 我が妹は、俺に対する攻撃的な性格以外は、完璧な女だった。こんな身近に、理想以上の女性がいた事に奇跡すら感じた。

「綺麗な胸だよね・・・本当に好き」

 そう言って彼氏が両手で持ち上げるようにゆっくりと、揉む。たまに女っぽい言葉を発する彼氏だが、それは多分妹に対する優しさなのだろう。男っぽい奴がタイプかと思っていたから、これも新たな発見だ。
 グッと持ち上げ、離す、と重量のまま、ぷるんと震えながら落ちる。でも殆ど形を変えないのは、はち切れそうな若さの為だろう。彼氏の指を第二関節まで余裕で埋める柔らかさと、頑なまでに形を保とうとする弾力の矛盾。

ああ、また出したくなってきた・・・・

 無になる。
 頭を空にして、無我の境地を探す。すると次第に収まる下半身の疼き。でも、「あっ・・・」という不意に出される妹の溜息が、俺の努力を台無しにしようとする。負けるもんか。あんな彼氏に、ガキに負けるもんか。
 意味不明な対抗心は、目を開けた瞬間白旗を上げようとする。
 両手を駆使してむにゅり、むにゅりと揉みしだく彼氏の愛撫に、背中を弓なりにして耐える妹。その眉間に皺を寄せ、耐えている姿は、目眩く快楽に逆らおうとしているようにも見えた。膝の上で握られていた両手は彼氏の膝の上へ移動し、そして腰まで上がり、抱き寄せようとする。

「気持ち良い?」
「成也君・・・」

 泣くのか?と思うほどの切なげな表情で彼氏を見上げる妹。
 二人は心持ち顔を寄せると、チュッと啄ばむようにキスをした。そしてすぐに顔を伏せて恥ずかしそうにする妹。でも彼氏に言外に促され、またチュッと可愛いキス。今度は顔を伏せない。体温が伝わりそうな距離のまま見つめ合う。苺の表情に恥ずかしさはなく、その眼差しは真剣に彼氏の瞳を見つめていた。
 彼氏がちろりと舌を出す。それをヌメッと咥える。
 また見つめ合う。
 今度は苺がちろりと舌を出し、それを彼氏が舌先で弄び、ジュルッと音を立てて吸う。
 そして阿吽の呼吸でお互い右方向に10度頭を傾けると、半開きにした唇を、まるで歯車を噛み合わせるように交接した。キスと言うよりも、口と口を合わせる行為。その時微かに漏れた妹の吐息混じりの声。
 これこそ、甘い甘い恋人同士の逢瀬。
 多分人が世に生まれ、誰からも教えられる事なく、それでも誰もが欲求する行為。俺がいまだ経験したことの無い世界。
 泣きたくなった。
 自分には一生縁のない世界のように思えた。
 大学に入ったなら、可愛い彼女を作って毎日デートして、時には図書館で一緒に試験勉強して、そして時にはそのまま校舎のトイレでセックスして、なんて妄想をしていたのに、多分あと一年の学園生活で、もう望むべくもない夢に終わるはず。そう思うと本当に泣きたくなった。
 目の前では、そんな俺の思いなど知るはずもない別世界の二人が、ベッドの上で膝を付き合わせるように正座して向き合い、忙しなく唇の感触を確かめ合っていた。
彼氏が時折、ピン、と弾くように乳首を摘むと、ガクっと背中を丸める妹。彼女の手もまた彼氏の腰を引き寄せるように抱いていた。
 唇を一瞬でも離す瞬間など無い二人。彼氏の左手はより強く妹の乳房を揉みしだき、右手は次第に下へ向かおうとする。苺の柔らかいお腹に縦に走る緩やかな窪を、ツーっと人差し指でなぞり、そして深いヘソの穴をほじる様に突く。身をよじる妹の両手の親指は、彼氏の乳首を優しく、控え目にクリクリと刺激し始めていた。
 二人の顎から透明な唾液が糸を引いて落ちたが、それも拭う素振りは全くない。
 彼氏は人差し指に代えて親指でヘソを穿り、腰のくびれを掌で確認するように撫で回す。そして胸同様にたわわな丸みを帯びたお尻をギュ二っと掴むと、その手を大切な部分に滑り込ませた。

「んはぁっ!・・・」

 一瞬離れたキス、でも彼氏がすぐに妹のやや厚めの唇を追い掛ける。

グチャ、グチョ、グチョ、グッチャ、グチョグチョ

 AVではなく、実際の女の股間から奏でられる卑猥な音は、これだけ離れていても鮮明に聞こえるものだという事を知った。
 いつしか妹の両手も彼氏の下半身に伸び、お返しとばかりに臨戦態勢の大きく肥大したペニスを愛撫し始めていた。

グチョ、ヌチ、グチュ、ヌチュ、グチョグチュ、ヌチャヌチョ・・・・

 半開きの隙間から垣間見える二人の舌が、レロレロと高速で絡み合っていた。こちらから見ても明らかに勃起している苺の乳首を摘み、股間に吸い込まれた片方の手を緩やかに前後にスライドさせている。妹も右手でシコシコとペニスを扱き、もう片方の手で金玉を揉みほぐすように優しく掌で包み込んでいた。

「苺・・・気持ちいい?」
「さっきから小さいの、何回も来てる・・・成也君、は?」
「苺の手、温かくて気持ちいい」
「出そう?」
「出してもいいの?」
「うふふっ、ダメ(笑)・・・・抱いてくれなきゃ、いや」
「さっきから抱き合ってるじゃん」
「そうだけど・・・・・・ちゃんと・・・抱いて欲しい」
「どんな風に?」
「もう、意地悪(笑)」

ペニスを扱く右手が激しくなる。

「成也君と、セックス、したい・・・」
「俺も・・・したい」
「ん・・しよ?・・・・・これ、挿れて?・・・」

 二人はクスッと笑うと軽くキス、そして妹は彼氏の耳元に口を寄せて何かを呟いていた。
 彼氏は少し笑いながら、そしてまた見つめ合う。
 苺はベッドの下から小さな包みを取り出すと封を開け、再び立ち膝のままキスを交わし、同時に彼女はそこを見ることもなく器用にコンドームを被せていく。細くしなやかな10本の指がはち切れそうに起立したペニスに絡みつき、根本までしっかりと嵌めると、もう一度名残惜しそうにゴムの上から扱き、袋を揉み、そして彼氏に押し倒されるままベッドに横になった。
 寝そべっていても妹の胸の谷間は広がることもなく、豊満な形を保ったまま。それが彼氏の胸板に潰されて、ムニュ、と横にはみ出す。
 下から両手を伸ばして彼氏を引き寄せ、両脚で蟹挟むように下半身を密着させた。位置を確かめるように彼氏の腰つきが微妙に左右に揺れ、そして前へ進んだ。

「あん・・・」
「熱いよ、凄く熱い、苺の中」
「入ってきた」
「動いていい?」
「うん」

 彼氏の首に回した苺の両腕に力が入る。彼氏は上から優しく彼女の頭を抱えるように抱く。
 ゆっくりとうねり始める彼氏の背中。中を労わりつつ、その甘美な感触を味わうような慎重な動きは、ある意味優し過ぎる程に穏やか。

「大丈夫?痛くない?」
「ん、あっ、あっ、大丈夫、あっ、あっ、あっ」

 あんな気持ち良い肉の穴にちんこを入れているのに、何故そこまで優しくできるんだ?余裕なのか?・・・・二人を覗いているだけの俺ですらエアーセックスさながら、空を相手に腰が勝手にガックンガックン動いているというのに・・・・

 宙を泳ぐ妹の脚がピストンの度に揺れる。その揺れの10倍速の速さで動く俺の腰。止めようにも止まらないエアーピストンで、危うく射精しそうになっては額に脂汗を浮かべてじっと堪える、を繰り返す。

「少し、強くしてもいいよ?」
「本当に?」
「成也君と、もっともっとエッチな事したい」
「・・・・」

 彼氏はおもむろに妹の両脚を抱えると、腰が浮く程彼女の身体を二つ折りにした。彼氏の二の腕に縋り付く妹の両手に力が入る。
 さっきまでの優しい動きがまるで嘘のよう。別人と見間違うその男の動きはアグレッシブそのもの。抱えた両脚を極限まで左右に広げ、その中心に真上から叩き込むようにペニスを深く深く打ち込む姿は、性欲に忠実に行動する若いカップルの交尾行動に他ならなかった。

「あっ!やばいっ、これっ・・・・あっ!あっ、な、成也君、あっ、ひっ、それっ!ああっ!ああっ!んっ!ああっ、あっ、やばいっ!だめっ!ああんっ!」

 途端に激しく喘ぎ出す苺。彼氏の腰と苺の腰がぶつかる度に波紋を伴ってプルンプルンと揺れる丸いお尻。その接合部が曝け出されていたが、今や当初感じた理性の欠片も残っていない俺には、その部分を凝視する以外の選択肢はなかった。
 黒々として皺だらけの、それでいて丸く引き締まった金玉が、そこから取れてしまいそうな勢いで過激に上下に暴れ、妹の肛門をペチンペチンと叩く。

「凄く気持ちいい、苺の中」
「成也君のだって」
「入ってるの、分かる?」
「すっごく分かる、ビンビンだもんね」
「いやらしい、苺ちゃん」
「だっていやらしい事してるもん」

 クスクス笑う二人は、チュッとキスしては見つめ合い、意味もなく楽しそうに笑うとまたチュッとキス、を繰り返す。
 ゆっくりと太い幹が彼女の小さな穴からぬらぬらと引き出され、亀頭がそこに差し掛かると、柔軟な入口が大きく広がって逃さまいとする。そしてまた侵入して行くと、性器の接合部分から白濁した液体がとぷっと溢れ出しては妹の肛門を濡らす。
 ぴっちりと隙間なく密着する性器からは、一体どれほどの快楽が生まれるのだろうか?空気に触れただけで出す自信のある今の俺には、愛し合う二人が天井人のように思えた。

「成也君の・・・ああっ、奥まで、来てるから・・・・私、もう・・・・」
「イってもいいんだよ?」
「ああ、凄い・・・本当、凄いよ・・・・成也君・・・・」

 彼氏が大きく腰を引いて亀頭ギリギリまで抜いて、そしてゆっくりと、深々とペニスを挿し込んでいった。

「だ、だめ、それ、成也、君・・・あっ!あああっ、んっ、ん・・・・」

 最後に大きく喘いだ妹は、彼氏に押し付けるように心持ち腰を上げるると、晒された肛門がその僅かな皺が伸び切るまで丸く盛り上がり、そして急激に窄まってクレーターの如く陥没した。それを何度も何度も繰り返す妹は、押さえ付けられた上半身をもどかしそうに捻りながら必死に彼氏の唇を求めていた。
 ヒクつく肛門はまるで別の生き物のように突出と陥没を繰り返すと、やがて妹の溜息と共に落ち着きを取り戻した。

「後ろから、いい?」
「う、ん・・・大丈夫かな・・・」
「なんで?」
「なんか、凄いから・・・成也君の・・・」
「苺のお尻、ちゃんと見たいから、いいでしょ?」
「ん・・・恥ずかしいけど・・・」

 彼氏が奥までズッポリと嵌ったペニスを抜いて行くと、それに引きずられてまるでタコの口のように妹のあそこが吸い付いてきていた。緑色のコンドームに包まれた亀頭が穴から抜けた時、一瞬ぽっかりと口を開けた妹の穴が、すぐにぴたりとその入り口を閉じる様は一種の海洋生物のよう。そしてその卑猥な事象を観察しながら、俺はパンツの中に二度目の射精をする。思わず声が漏れそうになる。
 何という悦楽。下衆の極みとは俺の事だろう。人として外れているからこその、このドロドロに絡みつくように下腹部を覆う底なしの射精感は、数千回と繰り返されてきた今までのオナニの比ではなかった。
 パンツの中は果たして修復可能か?と思わせる惨状になっていたが、無駄打ちされた精液の中でなおも萎える事なく硬いままのちんこ。俺は腰を引いた情けない態勢で覗き見を続行する。
 妹は四つん這いになり、恐々と振り返って恋人の反応を見ていた。
 やや大きめのお尻は、胸同様つきたてのお餅のような瑞々しさを保ち、彼氏の指がそこに触れるたびにぷるんぷるんと震える。

「本当に可愛いお尻だよ」
「あんま、見ないで」

 彼氏にいいようにされても一切それを拒絶する事なく、寧ろ開いた股を更に広げるようにして両肘で身体を支える妹。弓なりにしなる背中は尻の造形を殊更強調し、美しくも卑猥な女体の曲線を窓から射し込む光の中に浮かび上がらせていた。

「凄く綺麗だよ」
「本当?」
「綺麗だし、滅茶苦茶エロいわ・・・」
「・・・一言、余計だし」

 一瞬腰を引いた妹は、頰を赤らめて彼氏と笑い合っていた。
 しかしすぐに彼氏の両手に尻を鷲掴みにされて引き寄せられると、「あん・・・」と何とも可愛らしい溜息をつき、そのまま顔をシーツに押し付けて高々と秘部を天井に向けていた。
 完全にこちら側を向いている妹の尻。
 パックリと開いたあそこ。
 濡れた淫毛はセックスを実行した証。
 そこは彼氏にしか見せたことのない秘密の場所。まさか嫌悪している兄に見られているとも知らず、俺が大好きな苺はその部分を強調するように、腰を思いっきり反らして尻全てを好きな人に見せつけていた。
 彼氏が両手で円を描くように揉む。そして指が離れるといちいちぷるんぷるんと揺れる柔らかい尻の肉。

「もう、入れるね」
「うん」

 その刹那、妹の肛門がキュッと締まった、ように見えた。

「勃ち過ぎて、やばい」
「どうしたらいい?」
「ん、大丈夫、うまくできるから」

 お腹に張り付く勢いで勃起しているペニスを何とか垂直方向に押し下げると、彼氏はやや身体を前倒しにしながら腰を密着させていった。
 二人の後背位は最初から激しかった。
 バチンバチンと肌を叩く音の感覚が狭く、重力のままに重たく揺れる乳房が前後左右に激しく暴れまわっていた。
 二人の股の間からは、妹のへそ、揉みくちゃにされる胸、淫らな嬌声を発する唇が見え隠れする。やばい・・・・また・・・・

「ああ、なんかもう・・・いきそうかも」
「んっ、・・・あっ、気持ち、いいのっ?」
「苺ちゃんの、全部柔らかいから・・・ああ、いきそう・・・」
「もう我慢・・できない?っ!」

 勢いあまって前につんのめった二人。けど彼氏の腰は止まらない。壊れた玩具のように、うつ伏せの妹に激しいピストン運動を仕掛けるのみ。背骨に沿って流れ落ちる汗の玉が、彼氏の尻の割れ目に吸い込まれ、睾丸を伝い、妹との接合部に絡みつくと一緒くたになって引き込まれていく。
 縋るように振り向いた妹は、左手を伸ばして彼氏と指を絡め合う。やや下がった眉尻、潤んだ瞳で泣きそうになりながら彼氏を見上げる妹。恋人と繋がる喜びに溢れた彼女の表情は、どんなAVやアニメよりもいやらしかった。

「成也君の、顔・・見たい、ね?お願い・・・」
「普通のがいい?」
「うん、ごめんね?・・・いく時は、成也君の顔見ていたいから・・・」
「恥ずかしいんだけど」
「へへ、ごめんね」

 身体の柔らかい妹の片脚を不自然なほどに押し上げると、繋がったまま裏返し、正常位に。再び好きな人の顔を体温が伝わるほどの間近にとらえ、今更ながら恥ずかしがる二人。妹は彼氏の首に両腕を回すと、心持ち顔を上げた。その意図に気付いた彼氏は、チュッ、と可愛くキス。唇が離れた時の妹の恥ずかしげな表情に泣きたくなった。あんな可愛い表情は、まだあどけない子供の頃の苺にしかその面影を思い出せない。サプライズでアイスクリームを買ってきた時に、それが自分に対してのものと理解した瞬間のはにかんだ笑顔。一瞬だけど、今の妹と10数年前の妹が重なった。たとえそれがアイスを頬張る苺と、男のグロテスクなペニスを膣にはめ込んだままの苺であろうと。

「いつものチュー、して」

 妹が言い終わる前に彼氏は身体を密着させると、むちゅうっ、とキスをした。唇と唇の隙間から時折舌をはみ出させる下品で欲深いキスを。妹の両手は忙しなく彼氏の頭を抱えたり、背中をさするように抱きしめたり。同時に彼氏の腰がグチュグチュとその部分から水音を響かせる強さで上下し始めていた。
 妹の両脚が高らかにVの字を描くと、彼氏の腰をロックするように絡め、ピストンの動きに相反して腰をグラインドさせる。スライドが増幅される摩擦感に、唇を強く接合したまま彼氏が呻いていた。
 妹に蟹挟みを振り解く勢いでピストンすると、深く深くペニスを奥まで挿入し、果てた。陰嚢の中の金玉が交互に上下し、彼氏の肛門がギュと閉じたり開いたりする様は、彼の彼女に対する想い同様に、大量で強い射精を示していた。
 こんなに激しくて濃いセックスがあるのだろうか・・・・
 勿論、その場面を生で見ることなどなかったからかもしれないが、スクリーンを通した映像がどんなに過激なものであったとしても、この興奮以上に心を湧き立たせるものにはならないだろう。三度無駄打ちを犯した後でさえ、萎えることの無い欲求は今までではあり得なかった。
 目の前では愛の行為を終えた若い二人が並んで横になっていた。二人とも汗だく、荒い呼吸でお腹を激しく膨らんだり凹んだりさせながらも、繋いだ手は絶対に離さない。

「すっごく、良かった・・・」
「苺ちゃん、顔ガン見してくるから恥ずかしかった」
「ごめん、でもどうしても見たくて」
「俺、変な顔してなかった?」
「ううん、最高に可愛かった」
「可愛いのかい」
「ふふ、ごめん・・・・あの、格好良かった・・・本当、すっごくすっごく格好良かったよ」
「苺ちゃんも」
「え?」
「超エロかった」
「・・・・もう・・・・」

 彼氏の肩に頭を乗せて、その頰をキスする苺の右手は器用にコンドームを外そうとしていた。
 妹はベッドの上に正座すると、溢れないように慎重にゴムを抜き取り、それを窓の外の明かりに透かしながらケラケラと笑っていた。

「凄い出てるね」
「マジで?」
「マジマジ」

 まだ勃起したままのペニスを緩やかに扱きながら、視線は頭上に持ち上げたコンドームに向けたまま。

「ね・・・・こないだの、する?」

赤らめた頰と僅かな悪戯眼。

「こないだの?」
「うん、あれ・・・・ここ?に、挟むやつ?」
「・・・・あ、いいの?」
「成也君が、したいなら、だけど」
「するする、したい」
「じゃあ、はい!」

 妹は恥ずかしそうに口元を手で隠しながらコンドームを彼氏に渡すと、そのまま寝転んでしまった。
一体何をするのか?ここ?に挟むって・・・まさか、とは思うけど・・・・やっぱ・・・・だよな・・・
 こちら側に頭を向けて横になる妹は、その時を待ってるような沈黙。そして同じく無言の彼氏は、渡されたコンドームを妹の胸元に持っていくと、そのまま逆さにした。
 だらっと落ちる精液の塊。そう、塊、と呼んでも差し支えない濃度。そしてその後に糸を引きながら次々と注がれる精液が、妹の乳房を白く染めていった。汗の瑞々しさが精液を弾こうとする度に、妹はそれを溢すまいと掌で掬い上げ、自分で胸に擦り込む。

「やっぱ凄い量だ」

 茶化すように笑う妹の上半身に彼氏が跨ると、やはり、思った通り、の行為を始める二人。

「すっごく、いやらしい・・・」
「苺ちゃんがいいって言うから」
「へへへ、だよね」

 ムニュリ、ムニュリ、と音がしそうなパイズリ。
 大きな胸に完全に埋没する彼氏のペニスの先端が現れる度に、一応舌を伸ばす妹。しかし、ピストン運動に没頭する彼氏の速度について行けず、ぺろぺろと出し入れするだけの赤い舌は滑稽でもあった。

「ああ、気持ちいい・・・」
「こんな事・・・・しないんだから・・・・」
「ん?何?」
「こんな事、成也君にしか、しないんだから、ね」
「彼氏には?」
「しない」
「なんで?嫌われるから?」
「そんなんじゃない・・・・」

何となく感じた違和感。
彼氏?・・・・・・・・は?・・・・どういう事なんだ?なんか言葉、おかしくね?

「じゃあなんで?」
「成也君がしたいって言うから・・・」
「彼氏がしたいって言ったらは?」
「ダメ」
「ひどい」

 笑いながら腰の動きを加速させる彼氏?のはずの男。
 そういえば、ベッドの下に脱ぎ散らかされた制服を改めて見てみると、どうも種類の違うものが混ざっているような気がした。今の二人と同じように絡まりあった制服、彼氏のものと思われるスラックスの模様は、妹の学校のものとは明らかに違っている事に気が付いた。
 あれは、都立のものではない。私立だ。◯◯高のものだ。
 思い違いかもしれないが、妹の彼氏は確かクラスメイトのはず。親から聞いて、無意味に対抗心を燃やした記憶があるから、たぶん間違いない。

「もう・・・・出そうなんだけど」
「ん・・・いいよ・・・」

妹よ・・・これは、浮気、なのか?・・・

 反り返ったペニスが粘り気が増した精液という潤滑油によって真っ白になる。みっちりと肉が詰まった双丘を真ん中に向けて寄せる妹の両手にも力が入り、同時にその人差し指は勃起した乳首をヌルヌルと上下に小刻みに弾いていた。
 可憐で、か弱くて、そして清楚であったはずの妹が、不埒な横恋慕を犯す術を知っている・・・
 俺のちんこが僅かに勢いを失ったのは、血が繋がった家族の想像もしなかった一面を知ってしまったからなのだろうか。

「ああ!出るっ!」

 前屈みに倒れ込むと、まるで犬の後尾のように妹の頭を抱え込み、背中を丸めてガクガクと腰を振るその男。
 直前までそこに嵌っていた硬く熱い存在の損失感を紛らわすように、妹は指の間から肉がはみ出す強さで自分の乳房を揉みくちゃにし、そして喉の奥に吐精される息苦しさに身悶えするように細い脚を忙しなく交互に絡め合っていた。
 既に30分以上二人の行為を見ているが、この期に及んで後悔が興奮を上回る兆しを感じていた。 破滅的なエロスにより直接的な接触無しで数回の無駄撃ちを果たすも、尚も硬くあり続けた肉棒は、抜かれようとするペニスを追って唇を伸ばし、それをドリルのように舌に絡める痴態を見ている 今でさえ萎えようとしているのだ。
 妹の性器を見た時の罪悪感よりも強い後悔。
 恐らく、俺は見たくなかったのだと思う。不道理を犯してまでも貫こうとする妹の激情を。全てを覗き見た後だから都合の良い事が言えるのかもしれないけれど、今俺の心に潜むのは嫉妬と軽蔑の混ざり合った黒い感情。異性を好き勝手出来る大学生活を妄想していた俺からすれば、それを実行している妹の存在が羨ましくもあり、しかし家族の不徳を積極的に許す気にもなれないでいる。

苺よ・・・人の道を外れてまでも、その男のことが好きなのか?

陳腐なフレーズが頭の中を巡る。萎え始めたと思ったちんこがいきなり勃起したり、また萎えたり、を繰り返す。

「彼女にこういうの、してもらったことある?」
「いや、ないよ」

 どこか嬉しそうな妹は、再び横になる男の側に縋り付いていた。大きな胸の肉が男の胸板に潰され、そして粘度が増した精液が二人の間に幾重もの糸の橋を渡す。

「一緒にシャワー浴びよっか?」
「だね」

 その一言でハッと我に帰った俺は、その場を離れようと立ち上がるも、固まった膝の関節はポキポキと音を立てるだけで素早い行動を取れないでいる。この状態で存在を消して部屋に戻る事は無理だと感じた俺は、そのままリビングのソファの影に身を隠した。
 もし、万が一、二人がこちらに来たら、お終いだ。二度目の危機に変な汗が滲み出る。

「まだ帰ってこない?」
「大丈夫大丈夫、皆遅いから」

 裸の二人は仲良く手を繋いでいた。
 部活で鍛えたであろう引き締まった後ろ姿は、散々打ちのめされた俺の劣等意識を更に増幅させる。
 二人がバスルームの扉を閉めた後、そこから聞こえる楽しげな声は、ふざけ合い、笑い合い、まるで恋人同士のじゃれ合いそのもの。恋人同士・・・ではないはずなのに。
 冷たいパンツの中身に気を付けながら、ゆっくりと浴室へ向かう。曇りガラスの向こう側で蠢く肌色の影は、萎えては勃起、を繰り返すちんこに淀みなく血液を送り込む。
 またフル勃起。
 そして復活する欲求。
 さっきまでの後悔の気持ちは何だったのか?ついたり離れたりを繰り返す二人の姿は、ドス黒くヘドロのように纏わりつく性欲という、俺にとっては受け入れてくれる相手がいない煩悩。それが音を立てて肥大化する。

「なんか、ドキドキするね」
「だね」
「・・・・」
「成也君・・・」
「・・・・」
「あん・・・・だめ・・・・」

 はしゃいだ後の静けさの中、二人のやり取りを、今残っているありったけの精神力を使って聞いていた。

「彼氏と入った事ある?」
「シャワー?・・・んー、どうかな」
「あるんだね?」
「おうちではない、かな」
「じゃあ何処で?」
「ラブホ」

クスクス笑う二人。これが高校生の会話なのか?

「成也君も、行きたい?」
「いや、さすがにそれは・・・」
「だね、私も成也君とは自分の部屋がいいかな」
「でも彼氏ともあの部屋でしてたりするんでしょ?」
「ん・・・ごめん」
「いや、そりゃそうだよね・・・・」
「あ、でもね、成也君とこうして会うようになってからは、そういうの、無いから」
「そういうのって、エッチのこと?やっぱしてるんだ・・」
「成也君・・・・ちょっと意地悪、してる?」
「ごめん、そんなつもりじゃ無いんだけど、困った顔見てるともっと困らせたくなった」
「もう!やっぱ意地悪じゃん!」

二人の影が重なり、口腔粘液を接する時に発する音が反響した。

「でもさ、やっぱ違うもん、だよね?」
「うん、全然」
「どこが?」
「ええー?言わせる?普通」
「ごめん、言いたく無いよね?ごめんね?」
「・・・・・・・」
「え?本当に?」
「う、ん・・・」

そこに二人しかいないのに、何故か耳元で囁くような用心深さで為される二人の会話。

「彼女さんとは?一緒に入った事、ある?」
「ない、な」
「本当?女の子とはこれが初めて?」
「うん」
「嬉しいなっ、たら嬉しいな」
「何その変な歌」
「だってすっごく嬉しいんだもん」

肌色の一体がしゃがみ込むのが見えた。

「また、大きくなってきてる・・・・」
「・・・・・・・」

 俺はその場を後にし、自室に戻った。
 もう聞いていられなかったんだ。
 このままでは、俺の妹は妹で無くなる、どう顔を合わせたら良いのか分からなくなる、と思ったから。
 いや、もう既に遅いのかもしれない。なぜなら、桃のようなツルツルでぷっくりとしたあそこを妄想していたのに、現実は赤味がかった周りに毛まで生やした生々しい女そのもの、だったし、フェラチオだって男のちんこの知覚神経の位置をミリ単位で熟知しているような的確で大胆なものだったし。
 俺は部屋の隅で両足を抱えて座っていた。座ってただ、時間が過ぎるのを待っていた。
 やがて浴室の方からドライヤーの音が聞こえ、二人の足音が目の前を通って妹の部屋に入り、そして彼の見送りをする為に玄関まで歩く歩調まで仲の良さを表すように一緒だったのをボーっと聞いていた。その玄関では別れを惜しむように話しに花を咲かせ、黙り込んだと思ったら何故かリズミカルな振動が伝わり、それが15分以上も続いていたのだが、終いには両耳を塞いでいた俺は壁を激しく叩く一定の間隔の振動が空気を伝わってくるのを感じていただけ。
 もう、やめてくれ
 築き上げた妹像がグラグラと揺れ始め、崩れ落ちる前に・・・
 ドアが閉まり、少しだけ開けたカーテンの隙間から二人が出ていくのを確認してから俺は部屋を出て、まるで今帰ってきたように靴を並べるとリビングのティッシュを大量に摘まみ取り、ベト付く股間に突っ込んで無駄撃ちの痕跡をぬぐい始めていた。
 虚しさと後悔、そして自身に対する情けなさで言葉がない。この一時間強で見せつけられた妹の秘めたる一面は、これまでの十数年間の幻想を打ち砕くには余りある破壊力を持っていた。
 いや、これが成長する、という事なのだろうか?
 何もかも分からない。
 気怠さと、冷たいパンツの布地の感触に、テンションは下がる一方。無意識につけたテレビの映像も、目を通して後ろの壁に届いているような無機質感。

「あ、・・・帰ってたんだ・・・・・」

 戻ってきた妹の顔を見ることが出来なかった。でも、たった一言発した彼女のその言葉には、動揺を抑え込もうとする抵抗が感じられた。
 俺は一言の言葉も発することが出来ず、部屋に入ってゆく妹の後ろ姿を眺める事しか出来なかった。





















トライアングル・トラップ〜for whom the bell tolls〜 後編

 万人にとって一秒の長さは同じはず。ただ、一人として同じ人間など存在しない世の中なれば、この一秒の定義は場合によっては崩壊するのかもしれない。
目を覆う程の明るい日差しに包まれた二人は、時間の流れの中で己の存在を見失いかけていた。
一秒の刻印が不明瞭になる中で、昨日から続いている今日が信じられないでいた。
そればかりか、幼馴染と過ごしたこの十数年間が幻のように現実感を無くして行く。

「まだ、こっちにいるのかな・・・」

 武瑠の声が震えていた。いつもなら、彼女の苦境を打ち砕く頼もしい一言を連発する筈の彼の蒼ざめた表情が、この時間軸を一層不確かにする。

「俺・・・・・有二に電話してみる」

 彼が取ろうとする行動は全て彼女の為。呼吸さえ疑う程に微動だに出来ないでいる紗綺の為に、武瑠は率先して状況の打開に向けて、取り敢えず前へ進もうとする。
 裸のまま背中を丸くして携帯を操る彼の手元がおぼつかないのか、やや苛立ち混じりの後ろ姿からは小さな舌打ちの音も聞こえてきた。
 人面獣心。
 この二人が犯した罪は、山よりも高く海よりも深い。愛があれば全て乗り越えられる、という彼の考え方は稚拙な行動の言い訳でしか無い事に、今その時になって薄々と気付いても、もう時は戻らない。

「無駄・・・だよ・・・・」

蚊の鳴くような声の主は、後悔より先に自閉しようとする心のままに、その場に座り込んだ。

「そんな事、言うなよ・・・紗綺・・・そんな事を・・・・」

 それでもなお何かに縋ろうとする武瑠はその手を止めない。友人の携帯の電源が切られている旨を説明する音声が耳に入っていても、それを理解する事すら出来ない彼は、何度も何度も同じ操作を繰り返していた。

落ち着け・・・落ち着くんだ
有二は昨日、間違いなくこの部屋に来た
だから、そう遠くには行ってないはず・・・・まだ国内にいるはずだから・・・・

携帯を握る指が止まった。

だけど俺・・・有二に連絡して、何がしたいんだ?
謝る?
謝って・・・済む問題なのか?

 武瑠が後ろを振り返ると、そこには正気を失って座り込んだ紗綺が虚ろな視線を真っ白な壁に向けていた。
 握り締めた携帯と紗綺の横顔を交互に見た彼は、結局何度も試みた懺悔すべき相手へのコールを中断し、それを床に捨て、そして彼女のか細い肩を抱く事を選んだ。
 後ろから回された彼の腕の体温を感じることも出来ない彼女から、バスタオルがはだけ落ちる。

「お、俺が・・・・俺がなんとか・・・する、から・・・」

 既に冷たくなり始めていた二人の身体は、互いの温もりを伝播する事もなく、言い様のない不安が音もなく心を蝕む瞬間に怯え、震えていた。




 庭先の木の枝に積もった雪が、気温の上昇とともに水気がその重さを助長する。
 小さな野鳥が足跡をそこにつけるそばから折れて行く枝を見ている彼の眼には、綺麗な日本画の如く存在感を増す縁側からの風景すら色褪せて見えていた。

「有二のお陰で豪華な部屋に泊まれて、本当に良かったな」
「ですね・・・」

 冗談交じりに談笑する両親の言葉が近くで聞こえていた。彼は二人を一瞥し、優しげな笑みを浮かべると視線を窓の外に向けた。

この山の向こう側で、あの二人は同じ空を一緒に見ているのかも・・・

 新居になるはずの部屋の中で見た残酷な世界。アイデンティティとかイデオロギーとか、人として成す為の大事な全てが崩れ落ちそうな心理状態の中で、この肉親の存在が辛うじて自分を自分自身でいさせてくれる。
 正しい事は、何なのか?間違いが間違いであると声を大にして言っても、人の世界ではそれ以上に大切なことがあるのかもしれない。昨夜眠れずに思いを馳せた帰結先は、必ずしも人の道理にはそぐわない別の何か。それに気付きたく無くても、彼の明晰かつ、同僚曰く老獪な判断力と思考能力は、まるで澄んだ水面のようにくっきりと答えを導き出そうとする。
1+1+1=3であり、3ー1=2である事に間違いはないが、3ー1=0も一つの答えなのだろうと。

僕らは昨日、何もかも失ってしまったのかもしれない
3人で一つ、という考え方は、大人になった僕らには所詮通用しない、無理な理論だったのだろう
そして武瑠が紗綺に好意を持つなんて事態を考えた事も無かった僕の想像力も欠けていた。あんなに魅力的な女性を放っておいた僕が悪い、のかもしれない。あんなに女の子に人気のある武瑠を人畜無害な気の良い男友達としか考えられなかった僕が悪い、のかもしれない

「有二、朝ごはん前にひと風呂入っていくか?」
「ああ・・・・だね」

 煮え切らず、うだついていた僕の中の蟠りは、父親の一言であっという間にどこかに吹き飛んでしまった。
 熟慮する事よりも行動する事。僕に足りないものを、僕よりも知っている父親の存在は、いつだって正しくて優しかった。
 それ以上ものを言わぬ父親の背中を見ながら、長い廊下を歩いて行く。

僕一人だけ、大人になれなかったのかな・・・・

 小さいけれど頼もしい父親の背中を見ていると、暫く忘れていたあの懐かしい郷愁が僕の中の時間を巻き戻して行った。




 仕事納めの日の夕方。
 一ヶ月以上も前から街を彩るイルミネーションの煌めきは、クリスマスが過ぎても一向に減ることはなく、むしろカウントダウンに向けた高揚感を煽るようにその輝きを増していた。
 この絢爛豪華な街並みに溶け込むのに躊躇する事を忘れてしまっていた私達は、つい先日まで街の光のシャワーの中で手を繋ぎ、顔を寄せて囁き合うのが当たり前の毎日を過ごしていた。
 ワクワクするような都会の夜の雰囲気。
 幼馴染の心地よい手の温もりは、時折あの人がいない寂しさを、いや、あの人の事を、この賑やかな喧騒に溶け込ませ、忘れさせてくれた。
 束の間のはずの武瑠との慰み事。いつしかそれが当たり前になり、私にとって生活の一部になっていた。それは紛れもなく武瑠を単なる幼馴染として見ていなかった証拠。彼に抱かれる罪悪感が次第に薄れ、気が付けば積極的に彼を許容しようとしていた私の身体。あれから何年も、そうやって有二を裏切り続けてきた報いがこれなのだと分かっているけれど・・・・
 あの人の心の傷を考えれば、今の私の苦しみなんか取るに足らない。寧ろ、自分を蔑む憂鬱な気持ちは彼に対する抗弁とさえ思えてくる。
 汚くて、浅ましい私の心。
 それでも許されたいと思う気持ちの欠片が心の隅にある事に悍ましさすら感じる。
 部屋までの道の最後の角を曲がる。そして、入口の前に立っている見慣れた姿。武瑠は、あれから毎日私の帰りを待っていてくれる。

連絡、あった?
ない
 
 この三日間、同じやり取りを言葉に出さずに交わす私達。そして彼は憔悴した表情で軽く手をあげてその場から立ち去ろうとする。
 いつも私の事を気にかけていてくれる武瑠が毎日私の帰りを待っているのは、有二からの連絡を確認する為だけじゃない事は分かっている。
 寂しそうに踵を返す彼に思わず声をかけた。
 お茶くらいなら良いだろう。

「少し、部屋に寄っていく?」

歩を止めた武瑠。

「寒いでしょ?お茶飲んでいきなよ」

 彼は向こうを向いたまま、顔を上げて暗い夜空を見上げた。

「いや、やめとくわ」
「そう・・・・・」
「ごめんな・・・・・」
「ううん・・・いいよ」

 再び彼が歩き出そうとした時だった。
 同時に私達の携帯が鳴った。あの人からのラインの着信を知らせる音だ。
 振り返る彼の表情が硬い。多分、私も。
 急激に高鳴る鼓動。喉元でそれが爆発しそうになる。目眩すら感じる程の激情の嵐が身体を駆け巡り、突然訪れた浮遊感にバランスを保てなくなる。気がつくと私はいつものように武瑠に支えられていた。
 待ち焦がれた人からの連絡なのに、言い知れぬ恐怖が襲いかかる。
 私達は顔を見合わせ、そして彼の携帯を二人で覗き込んだ。

「明日、三人で話せないだろうか?」

 たった1行のこのメールが、ついさっき感じた恐怖を瞬時に溶かす。彼は弱い人間ではない事を私が一番よく知っている。でも、この1行の重みは、彼が彼である事を、有二が無事でいた事を証明してくれた。わずか三日間でも、私が彼の安否を知らず知らずに気遣っていた証。

「有二・・・・・」

 泣き出す私を支えてくれている武瑠を見上げる事は出来なかったけれど、私の肩に伝わる彼の手の震えは多分、女の私とは、フィアンセの私のものとは違う筈。



 翌日。
 駅を出ると小雨が降っていた。朝の天気予報では雨の確率は20パーセントだったけれど、年末を前にインフルエンザが流行りだしそうな晴天続きの東京では久し振りの降雨予想。心配性だと笑っていた母親の顔を思い浮かべながら、僕は念の為用意していた折り畳み傘を開いた。
 駅から1分もすると、そこは人もまばらな師走の住宅街。 所々に出来始めた小さな水溜りを避けるようにゆっくりと彼女の部屋へ向けて歩いて行く。
 努めて頭の中を無にしようとしても、勝手知ったる民家の庭から伸びる立派なコナラの木や、特徴的な造形の街灯がそれを許さない。紗綺と手を繋いで何度も往来したこの道は、当時の二人に戻れと言わんばかりに僕の視界に容赦なく飛び込んでくる。

君達は、僕の味方をしてくれるんだな・・・・

 反応を示さぬ相手に話しかけている自分に呆れ笑いつつ、マンションのエントランスの前に立った。

「た、武瑠?」
「あ、ああ・・・有二・・・」

 エントランスのドアの前、両手に息を吐きかけながら背中を丸くした武瑠が立っていた。
 一瞬頰を緩めかけた武瑠は、すぐに強張った表情で僕に正対した。そしてその場で腰を屈め、膝を地面につこうとしたところで僕はそれを止めた。

「そういう事じゃないよ、武瑠」
「でも・・・・俺」
「僕が今日来たのは、三人で話し合いをする為だ。いきなりそんな事をされても困る」
「・・・・ごめん」

 彼は僕の目を見れないでいる。弱々しく、猫背のままの武瑠は、堂々と、清々しく歩いていたあの頃の武瑠とはまるで別人だ。
 でも、不思議と何の感情も湧かない。武瑠と紗綺に会ってもきっと自分は冷静でいられるという自信はあったけれど、ここまで平坦な気持ちでこの時を迎えるとは思ってもいなかった。俯く武瑠の横顔を見て、もっとしっかりしなよ、と口が滑りそうになる。

「有二・・・俺・・・・」
「さあ、中に入ろう。紗綺、いるんだよね?」
「うん・・・・」

 部屋に入ろうと右手をポッケに入れたところで、そこにあるはずの鍵が無いのを思い出してその手でインターホンを押した。
ほとんど間を空けずに応対してくれた彼女の声は、どこかよそよそしく、頼りなく感じた。




「どうぞ・・・」

 ドアを開けた時、目の前に立って僕等を中へ案内する紗綺。
 勿論、何かドラマチックな展開を予想していたわけではない。が、以前彼女と同棲していたこの部屋に足を踏み入れた瞬間の違和感は何なんだろう。

僕の居場所ではない?
いや・・・・僕は、僕の名前を最初に呼んでくれなかった彼女の態度に落胆している?
目の前のフィアンセは、僕の後ろで首を垂れたままの親友と、この部屋で抱き合っていた。そう考えると、冷静なはずの僕の心の中が漣をたて始める。食器棚の中に並んだペアのカップ。これは当時僕達が買ったものだろうか・・・・それすら思い出せない。差し出された白い椅子。これは武瑠が買ったものなのか?ついさっきまでの穏やかな心の波動が脆くも乱れ始める。

「お茶で・・・・・いいですか?」

 隣に立つ紗綺の足は震えていた。
 他人行儀な振る舞いに感じる居心地の悪さ。やはりここはもう僕の居る場所ではないのかも。
 温かいお茶は僕の分だけ。それをテーブルの上に置く彼女の指先はまだ震えていた。
 紗綺はお盆を両手で抱えたまま、その床に正座した。そして、それを見た武瑠も慌ててその隣に微妙な距離を開けて正座した。

「本当に・・・ごめんなさい・・・・・有二・・・・」
「すまない・・・・すまなかった・・・・・」

 深々と頭を下げ、文字通り床におでこを擦り付ける二人。鼻をすする音は紗綺のもの。武瑠の大きな背中は小刻みに震えている。
 異様な光景だった。
 小さい頃から一緒だった僕達に序列なんて考え方があるわけがない。そこにあるのは信頼と思いやりだけ。二人のことを自分のことのように考えられる掛け替えのない存在だったはずなのに・・・
 こんな姿は見たくなかったのに、身体が動かない。
 落胆と後悔、憎しみと羨望。
 並んで土下座する二人を見下ろす僕、という構図は、何故か劣等感に似た不可思議な感情を僕に抱かせる。三人で一つ、が既に成り立たなくなっている証なのだろう。
 少なくとも、もう元には戻れない。そう確信するには十分な光景だった。そもそも、今この時になって改めて覚悟ができるなんて、今の今まで僕は再構築を心の中で僅かでも願っていたという事なのだろうか。
 自分が分からなくなる。
 幼馴染とフィアンセが並んで謝罪する姿は、恐らくあの場面を目の当たりにした時の衝撃に近いものがある。

「君らが謝っている、という事は・・・・そういう事なんだね」
「・・・・・」

 押し黙ったままの二人。顔を上げた紗綺の瞳からは大粒の涙が、握り締めた拳の上にポタポタと落ちていた。武瑠は口を真一文字にしたまま項垂れている。
 沈黙が流れる。
 三人でいる時にはあり得なかった、重くて苦しい空気感。時計の針の音だけが頭の中で反響するような、なんとも気味の悪い感覚。
 何らかの反論が欲しかった。認めて欲しくなかった。否定して欲しかった。

「不躾だけど、二人は・・・いつから?」
「・・・・・あの」
「いや、俺から言う」

 微笑ましい筈の、フィアンセを気遣う親友の姿。でも、今の僕にとっては心を騒つかせる行為にしか映らなかった。そして、そんな自分が悲しかった。

「武瑠、やっぱりいいよ」
「・・・・・」
「ごめん、聞きたくないや・・・・」

 紗綺が顔を上げた。この日初めて視線を合わせてくれた僕のフィアンセ。でも、その瞳は悲しみに暮れ、輝きを失っていた。

「モテモテだったからね、武瑠は昔から」

 唐突に出た僕の言葉に、キョトンとした表情を向ける二人。

「女の子にチヤホヤされて浮き足立つ武瑠を、紗綺と二人で心配したもんだよね」
「有二・・・」
「でも意外としっかりしたもんでさ、変なトラブルとかも無かったし。それはやっぱり、あれかな、草葉の陰から僕と紗綺が支えてあげたからかな」
「・・・・・」
「三人で同じ大学に進学出来たのが、本当に嬉しかった・・・うん、嬉しかったよ・・・・」

 頬を伝う熱い感触。
 これは、涙、なのか?

「紗綺と武瑠は・・・あの日だけの事じゃないよね?」
「俺、達が?・・・・」
「僕の想像だけど、きっと君達はもっと以前から・・・・ずっと前から・・・・」

 嗚咽が喉にこみ上げる。
 言葉に詰まって出来たほんの少しの静寂が恐い。

「・・・うん」

 武瑠の返事とほぼ同時に首を縦に振った紗綺。
 僅かな二人のリアクションは、一時の過ちであって欲しいと期待したその裏で、そうだったに違いないと思う自分の矛盾した気持ちに整理を付けるには充分だった。僕が愛した唯一の人には、その行動の裏付けとして常に自らの気持ちに誠実であって欲しかったから。

紗綺は、武瑠の事が好きなんだ。
多分、きっと、そうなんだ。

 確かめる勇気はなかった。いや、ひょっとすると彼女は自分の気持ちに気付いていないのかもしれない。確かめても彼女は否定するかもしれない。だから勇気がない、というよりも、聞いても無駄かも、と僕自身が考えてしまっている。
だから・・・・・

「武瑠は・・・・紗綺の事、好きなんだよね?」
「・・・・・」
「この際隠し事はなしだよ、武瑠」
「う、ん・・・・」

 彼は消え入るそうな声で返事をしたけれど、はっきりと頷いた。それは明確な意思と覚悟が伝わるもの。隣にいる紗綺の視界にもきっと入っているはず。

「俺は・・・紗綺の事が好きだ・・・愛している」

 その瞬間、隣の彼女は両手で顔を覆い、耐え切れない嗚咽を漏らした。

「よく言ってくれたよ・・・武瑠」

 やっと絞り出した言葉に嘘はない。
 僕が次に進むために、幼馴染の二人が次に進むために、恐らく相当な覚悟を持って告白した武瑠の言葉は、僕にとっても彼女にとっても、とても、とても重いもの。気が付けば涙は止まり、清々しさすら感じる程に僕の中で結論がはっきり出た。いや、既に出ていた答えに相応しい理由が出来たのだ。

「充分だよ・・・」
「ゆ、有二・・・私・・・・」

 何かを言いかけた彼女を制止した。彼女の縋るような眼差しを直視出来なかった。いや、ここで彼女の言い分を聞いたなら、僕は全てを失くしてしまいそうだったから。だから僕は無意識に彼女を止めたんだ。

「紗綺の気持ち、聞きたいけれど、君に謝罪する気持ちがあるのなら、僕は君の気持ちを言わせない・・・」

 彼女の声が、紗綺の声が聞きたい。猛烈に聞きたい。でも僕はそれを無理矢理自分の中に押し込めた。

「ごめんね紗綺・・・僕は君の気持ちを聞く耳は持たない。持ちたくないんだよ・・・・・分かるよね?」

 とめどなく溢れる涙を拭うこともしない彼女。滝のように流れる涙、肩を震わせて耐え忍ぶ様が痛々しい。

「僕はね・・・・君達がいたから今があるんだ・・・心のどこかにいつも二人がいたから、だから頑張ってこれたし、辛い事なんてこれぽっちもない人生だった」
「・・・・・」
「能天気、だったのかな」

 思わず口元が緩んだのは、あの懐かしい日々が頭を過ったから。

「君達の葛藤や、悩みなんて、全く考えた事も無かったんだ。きっと皆同じ気持ちだろうって、ずっと思ってたから」
「有二、私・・・・」
「ごめん、紗綺・・・・何も言わないで」

 少しだけ声を荒げてしまった。そしてその声に驚いた紗綺と武瑠は、一瞬身体を引いて僕の顔を見つめた。

「僕は・・・・今は君達を許せないでいる。でも、そんなのは無意味だという事も分かっている、三人にとって」

 二人は控え目に、同時に顔を横に振った。

「君達が抱き合っている姿を見て、凄く、凄くショックだった。本当に心臓が止まるかと思ったよ・・・・」

 目を伏せ、広い肩幅を窮屈に強張らせていた武瑠の隣で、僕を見つめていた紗綺は一瞬だけ目を背けた。

「正直、怒りとかそういうのは無かった。と言うよりも、多分頭がついていかなかったんだと思う。真っ白になるって、こういう事なんだなって、それを冷静に考えていたような気もするけどね。矛盾してるけど」
「お、俺は・・・」

 強い意志が感じられる武瑠の一言。反射的に紗綺が隣を振り返る程の大きな声で武瑠は言った。

「有二の事が大好きだった。尊敬もしていた・・・だって、凄えんだもん・・・・頭は良いし、良い奴だし・・・・紗綺と付き合ったって聞いて、お似合いだと思った・・・有二と紗綺なら、絶対に良いパートナーになれるって・・・・・なのに俺は・・・・」
「でも、紗綺の事は好きだったんだよね?」
「よく、分からないけど・・・・モヤモヤしていたのは、あるかもしれない・・・でもそれはマズイだろ・・・・それはやっちゃいけない事だって」
「身体だけの付き合いだったら良いと思ったとか?」
「それは・・・・」
「武瑠、悪いけど多分君以上に君の事、僕は知っているつもりだよ」
「・・・・・」
「身体だけの付き合いができるのは、紗綺以外の人に対してだけだと思う。君は、武瑠は、紗綺には同じ事ができるはずがない」
「どういう、事?」

 紗綺が僕と武瑠を交互に見ながら呟いた。

「武瑠は・・・きっと、昔から紗綺の事が好きだったんだよ」
「え・・・・・」

 悲しみに沈んだ彼女の瞳が大きく見開かれていた。

「そして、それはさ・・・・認めたくないけど・・・・紗綺も、一緒だったんじゃないのかって・・・・」
「ち、違う・・・そんなんじゃ、ない」

 否定する彼女の言葉が涙声で曇る。

「僕ら三人とも、気付いていなかったんだよ・・・・自分自身のことなのにさ」
「有二、私・・・・私は・・・」
「やめてくれ・・・」

 重くて辛くて悲しい時間が過ぎて行く。一番大切なものが壊れて行く予感。

「何も言わないでくれよ・・・もう、どうしようもないんだよ・・・・」

 呼吸の音さえも許されない沈黙。

「僕はさ・・・それでも・・・・二人のことを、悪く思いたくないんだ・・・・じゃないと、僕らの今までの記憶が・・・・思い出が、台無しになるじゃないか」
「・・・・・」
「僕のこれまでの人生まで奪う権利は・・・誰にもないはずだ」

 席を立つ僕を目で追う事すら出来ない二人。
 一度は止んだ雨が再び降り始め、窓から差し込んでいた日差しが突然途絶えた。

「明日、アメリカに戻る。本当はもっと日本に滞在する予定だったけど・・・」
「私には・・・・私には何も喋らせてくれないの?」
「・・・・・うん」

 立ち上がった時の軽い眩暈、気が遠くなる感覚は単なる生理現象ではない。この席を立ったなら、僕はもうこの部屋には永遠に来る事はないだろう。そう思うと、自分で席を立っておきながらすぐにそれを後悔している。
 だから僕は勇気を振り絞って、全てを断ち切って、思い切り後ろ髪を引かれる思いのまま、玄関のドアノブに手を掛けた。

「君達を・・・・許せる日が必ず来ると信じている。だから、もう連絡は取らないで欲しい」






終わった
終わってしまった
体を刺すような冷たい雨が降っているけれど、傘をさすのも面倒だ

・・・このまま何処かへ行ってしまおうか・・・

こんなに足が重いと感じたのは初めてだ
多分、僕はまだケジメが付けられていない
今すぐにあの部屋に戻りたいとさえ思っているのかもしれない

紗綺が僕に言葉を遮られた時の表情が思い出される
彼女に謝罪の言葉を言わせなかったのは、少しでも罪の意識を抱えて欲しかったから?
多分、半分当たっているけれど・・・・
あの時彼女の気持ちを聞いて、多少なりとも武瑠に対する想いがあると分かったなら、僕は立ち直る術を完全に失ったかもしれない
その恐怖心から、だと思う・・・・
我ながら・・・・・情けない

もう駅が見える
もう着いてしまったのか
嫌だ・・・・
あの電車に乗りたくない

遠くで光る稲光
遅れて伝わる雷鳴
降りしきる雨の冷たさに、膝が崩れそうになるのを堪えるのみ

まだまだ僕は小さい男なんだな・・・・
もっと、もっと頑張らなきゃ・・・

走ってきた電車のドアが開いた
一歩踏み出そうとして、思わず後ろを振り返る
今来た道の先を見つめながら、青春の終わりを覚悟して、そしてこれからの未来を自らに誓った。

さよなら・・・紗綺
さよなら・・・武瑠






 春の心地良い風が頰を優しく撫でる四月の終わり頃の話。
 まだ制服が肩に馴染んでいない高校生達の後ろ姿、つい先日まで感じた辿々しさは影を潜め、彼女彼らは、誰の目を気にすることもなく友人達との会話に花を咲かせていた。
 昔の自分達の姿に重ね合わせ、溢れる笑みを争わずに受け入れる事ができるのは、26歳の大人の余裕なのかもしれない。
 有二と終わった私が自ら手を挙げて今の営業部に移ってから3年が経つ。部門の中でも新規開拓を主とするこの部署は、厳しさと難しさでは群を抜いており、女性の配属は私が初めてだった。人事調書に希望を書いた時、当時の上司が親身に慰留してくれたけれど、今思えば結果が全てのこの部署は当時の私には丁度良かったのだと思う。
 寝ても覚めても仕事の事ばかり考えていた時期もあった。どうしたら結果が出せるのか、そればかり考えていた。新規開拓の仕事はこちらから相手を選ぶ事が出来るので、私には都合が良かったのだ。愛想笑いする必要もないし、邪な駆け引きを要求してくる相手の所には二度と行かなければ良いだけ。その割り切り?諦めの良さ?が功を奏したのか、私は2年連続で社長賞の表彰を受けることができた。2年目は創業以来の新記録、というおまけ付きで。
 だけど、仕事ばかりの3年間、というわけではない。それなりに何人かの男性とお付き合いもした。不思議と長続きはしなかったけれど。同僚に言わせれば適齢期で出逢うには申し分ない「ハイスペック」な人達ばかり、らしい。確かに皆優しくて、見た目も良くて収入も良くて、と、私には勿体無い人達ばかりだった。
 仕事が終わってから会う事もあったし、休暇には旅行にも行った。所謂、ごく普通の恋人同士のお付き合いをしてきたつもり。だけど・・・・
 ベッドの中で感じる相手の温もりを、どこか冷めた気持ちで受け止めていた。どんな高価なプレゼントを貰っても、口から出るのは乾いた偽りの言葉。相手に申し訳ないと、何度も本気の恋愛をしようとすればするほど、私も、そして相手も疲れていった。そんな事ばかり繰り返していた。
僅か半年だけれど、一番長く続いた5人目の彼氏と別れた時、私は恋を諦めた。私には合っていないのだ、その資格もないのだと。
 でも気持ちは前向きになれないどころか、全くその逆。恋に恋い焦がれ、人を愛し愛されたいという思いが私を苦しめ始めたのだ。
 分かっていた。
 満たされない気持ちの向こう側に、あの人がいる、という事を。
 過去の事と、とっくに区切りをつけたと思っていたのに、目を背けていただけのズルい私に突きつけられた最後の罰。私には乗り越える事すら許されない永遠の試練。一生背負って生きていくしかないのだと思った。私には、これが相応しい生き方なのだ、と。
 そんな私に届いた一通の手紙。
 それは、涙すら枯れたと思っていた私の砂漠のような心に差した一筋の光明・・・・・




 前の晩、同僚が企画した合コンに付き合わされ止むを得ず参加、遅くまで飲んだ私は、出張が続いた一週間の疲れから、翌土曜日は昼まで起きる事が出来なかった。
気怠い身体を引きずるようにしてカーテンを開け、簡単な朝食を取ったら遠くで聞こえる昼の鐘の音。特に予定はなかったけれど、あれから休みの日は極力外に出ようと決めていた私は、いつものように軽く化粧をしてパンツを履くと、3年前に肩の長さまで短くした髪の毛をかき上げながらドアを開けた。
 今日も天気がいい。
 廊下の窓から見える青い空と白い雲のコントラストに自然と気持ちも軽くなる。
いつもなら家に戻った時に確認する玄関の郵便ポスト。この日は何故か気になって、一見何も入っていないその中を覗いてみた。
 そして、そこで見つけたのは、見慣れぬデザインの手紙一通。
 別に先を急ぐわけでもない私は、その場で差出人と僅か数行の短い文面を読んだ。

これって・・・・・

 軽い動悸と共に一瞬で蘇る当時の記憶。楽しい事、辛い事、そして悲しい事、全てが混ぜこぜになりながら、その短い文面は私の秘めた心の奥をこじ開けていった。
 頭が真っ白になると同時に擡げる期待感が言い訳を上回り始めた時、私はバッグの中のスマホを取り出そうとしていた。
 けど、ふと我に帰ると氷の如く身を竦める私。硬く閉ざされた不可侵の悔恨が、僅か数行の手紙によって溶け始めた不思議な感覚に戸惑っていた。
 改めて考えた。スマホを取り出した後の行動を。私が衝動的にしようとしている事は、正しい事なのだろうか?人を傷付ける行為にはならないのか?
 冷静でいようとしても、逸る気持ちを止められない段階まで気持ちは昂り始めていた。
 そんな時だった。

「紗綺・・・」

 掛けられたその言の葉の向こう側、眩しい光の下に見た姿に一瞬目を疑った。そして、彼の手に握り締められた同じ手紙、にも。
 私はその手を握り、踵を返すと廊下を戻っていった。
 今、何故こうなっているのか分からない。その過程を考える余裕も無ければ、自制という概念すら無くなってしまっている。
 私は薄暗い玄関で、その人と痛みを伴う程の強い口づけを交わしていた。理性が効かない事に戸惑いながら、相手の存在を確かめるように只管唇を貪り合う。
 懐かしい匂い、温かくて強い腕の中。
 むき出しの欲望のままお互いの服を剥ぎ取り、弾け飛んだボタンが床を転がる音を聞きながら、私達は一糸纏わぬ姿で抱き合った。そしてドアのすぐ向こう側で人が歩く踵の音を耳にしながら、そのまま冷たくて硬いフローリングの床の上で一つになった。
 3年ぶりに会ったこの人と、言葉らしい言葉は一切交わしていない。多分、今この瞬間の私達にそんなものは必要ないのかもしれない。床に落ちた二通の手紙が私達の気持ちを再び結び付け、なるべくしてなったような気がする。
 彼は最初から激しかった。そして私も。
 抱き合う肌の温もりを実感することもできない程、一体となる事だけに夢中になる。涙が溢れそうになるけれど、その意味を考える余裕もない。盛り上がる目の前の胸筋がクライマックスを告げ、同時に私も弾けようとする。
 あまりに強くて深い絶頂の波が私達二人を同時に襲い、勢いで一瞬抜けた彼の性器が踊り狂うように暴れ、凄まじい勢いで迸りを放った。それは私の頭上を遥か越えて奥の壁に当たり、尚も狂おしく腰を暴れさす彼のペニスの先端からは、断続的な射精が私の顔、胸、お腹、脚と、ありとあらゆる部位に撒き散らされてゆく。
 慌てて私は彼のそれを掴むと、再び私の中へ導いた。戸惑った表情の彼と目が合って初めて自分のこの咄嗟の行為に気が付いた。
 本能、だった。彼が欲しい、と思った。だから自ら腰をそこに合わせ、導いた。
 再び彼が狭い道を突き進もうとする感覚に身震いする。さっきと違って、今度は彼の体温や吐息が現実のものとして実感できる。私に覆いかぶさってきた彼の肌の温もり、唇の柔らかさ、子宮の充足感。その全てがリアル。
 自分で捨てた過去。無くしたパズルのパーツを探そうともしなかった昨日までの鬱陶しい日々の積み重ね。それで良いと諦めかけた私の人生が、意識を超えたスピードで変わって行く。思量が追い付かない心地良さに身を任せ、私はこの時、荒波に飲まれる快感に身を委ねる決心をした。
彼は繋がったまま軽々と私を抱き抱えると、そのまま家の中へ入って行き、そして寝室の扉を開けた。
 あの日以来3年間、彼以外の何人かと過ごした寝室に今は二人。何故かその事に罪悪感がこみ上げる。彼に悪いと思ってしまっている。今こうして彼と二人きりのこの部屋で、彼の顔を見るのが辛いと思っている。
 ベッドに寝かせられても、私は彼の首に回した両手を解かない。罪悪感で、きっと泣きそうな顔をしているはずだ。その顔を見られるのは恥ずかしいけれど、それよりも許して欲しいと思う気持ちが大きいから、私は彼を上目遣いで見つめ、下から抱き締める事を諦めない。
他の人と付き合ってきた事実を恥じる気持ちはない。でも、この人を前にして、今は後悔しかない。

「ごめんなさい・・・・」
「・・・・ん?」
「私・・・他の人と、お付き合いしてきた・・・・」
「うん」
「あなた以外の人と・・・・・」
「・・・・」

 優し気な表情が一瞬曇ったけれど、すぐに彼は微笑み、ゆっくりと腰を前に進めてきた。
 3年ぶりに会った幼馴染に話し掛けた最初の言葉が謝罪になるとは思ってもいなかった。でも、僅か30分前までは一生会う事もないと思っていたこの人と今こうして重なり合っている事実は、行儀や作法といった理性的行動を超えた本能のみに突き動かされた結果。それを否定する気は毛頭ないし、寧ろ肯定したいと強く、強く感じている。

「3年は、長いよ・・・色々あるさ・・・」
「ごめん・・・あなたも?その・・・他の・・・・」
「・・・・一応、な・・・・」

 激しく交わった後なのに、再び入ってくる彼の存在が生々しく、はっきり分かる。一度出しているにも関わらず、石のように硬いのも分かるし、大きな亀頭が私の中を掻き分けてくる異物感も分かる。そして、彼しか届いたことの無い奥の奥まで達した時、私は二度目のアクメを迎えた。
 以前と同じで太くて頼り甲斐のある彼の二の腕を縋るように掴んだ。彼の大きくて暖かい掌は、ビクビクと震える私のお腹を両方から優しく包み込み、上へ逃げようとするのを押さえつける。そしていまだ私の身体の上で踊る精液を指でくるくると回し、おへそに溜まったそれを親指で掬い上げると私の胸の先端に塗りつけた。
 甘美で蕩けるような彼とのセックス。身体が思い出し始め、反応し出す。もう止まらない。止められない。

「武瑠・・・・武瑠・・・・」
「紗綺・・・・ああ、紗綺・・・・好きだ、大好きだ」

 彼の声が上ずっていた。殆ど抱き合っているだけなのに、キスを交わしているだけなのに、私の一番深い所に二度目の射精を始める武瑠。忙しなく上下する彼の背中を抱き締めて、私は彼の耳元で囁いた。

「逢いたかった・・・ずっとあなたに、逢いたかった・・・」

 身体が震えた。
 自ら発した言葉に、涙が出た。
 私はついに、言ってしまったんだ。
 その瞬間、ドクっと中で彼が脈動した。出し切ったと思っていたのに、そのままゆっくりとピストン運動を再開させる彼。精液で満たされた私の中を彼の大きなペニスが行ったり来たりする度に、掻き出された白濁液がお尻を伝ってシーツを濡らす。今まで付き合った誰よりも太くて長い彼のそれは、この3年間で慣らされた私のあそこには大き過ぎた。みっちりと隙間なく密着する性器と性器、ゴツゴツとした亀頭の段差にある深い溝にも絡みつく私の中の柔らかい肌。問答無用の甘い刺激は、私から冷静さを奪おうとする。

「ああっ、あっ、武瑠っ!あっ!あっ!あつ!あああっ!あああっ!・・・あっ、あっ、あっ!ああっ!」
「逢いたかった・・・俺だってこの3年間、ずっとお前に逢いたかった・・・・」
「やっぱり・・・ああっ、武瑠・・・・・ああっ!あっ!んんっ!あんっ!・・・あっ、いやっ!・・・・あっ、あんっ!あんっ!あんっ!」
「止まらない、紗綺・・・止まんないよっ!」

 彼が私の両脚を肩に抱えると、上から打ち込むような激しい腰使い。私達の繋がった部分が視界に入り、今セックスしているという証を見せつけられ、私は数度目のアクメを迎えた。必死に彼の頭を抱き締めて、彼の唾液を嚥下し、そして貪った。
 突き抜ける快感。
 この人と交る喜びは、女として世界一の栄誉とすら思える瞬間。

「好き・・・・好き・・・・武瑠、大好き・・・・」

 彼と見つめ合い、思わず呟いた言葉に嘘はない。

 やっと言えた
 やっと伝えられた

 ずっと言えなかった言葉。彼と出逢ってから、自分でも気付かないふりをしていた強い気持ち。

「ずっと、ずっと好きだった・・・・」
「俺だって・・・・」
「あなたが好き・・・武瑠が、大好き・・・・愛してる」
「好きだっ、紗綺・・・あぁ、紗綺・・・・紗綺っ!」
「武瑠・・・好き・・・好きぃ・・・・武瑠、大好きだから・・・愛してる・・・武瑠、愛してる・・・好き・・・好き・・・・」

 気持ちを打ち明けながら愛し合う多幸感は生まれて初めての感動。この世に生を受けたのは、この人のため、とさえ思える深い愛情が止めどなく溢れ、止めることができない。もっともっと彼と一つになりたい。いっそ彼の一部になりたい。
 両手を握りながら、瞬きを忘れて見つめ合う。両想いである事の奇跡に感謝しながら、幸せで胸が一杯になる。
 深く激しく愛されながら、彼は3度目の射精を私の中で果たした。そして当然のようにそのままセックスは続く。萎えることの無い欲求は愛情の裏付けなのだろうか。彼のペニスは衰えるどころか、益々雄としての滾りを誇り、硬く強いまま。
 飛びそうな意識と戦いながら、私達は視線を絡める事をやめなかった。後ろから愛されようと、逆さになろうと、見つめ合い、唇を重ね合わせ、そして彼の精を何度も何度も中で受けた。
 既に陽は陰り始めていたけれど、私達は時間を忘れてずっと繋がったまま。お互いの身体で口付けしていない場所は無いくらいに没頭した。
 諦めていた再会を果たしてから五時間が経っていたけれど、濃密過ぎる逢瀬の中にいる私達には僅か數十分の事としか思えない。窓から射し込む緩やかな西陽に照らされて、ベッドに腰掛ける彼の上に跨って抱き合っていた。既に数を数えることすら無意味な程に私を愛で続けた彼のペニスは、さすがに最初のような勢いは無かったけれど、それでも私の中で強い存在感を保ったまま。手を繋ぎ、見つめ合い、私は彼の上で波のようにゆったりと身体を揺すった。「愛してる」「好き」この言葉だけを何度言い合っただろう。この3年間、いや、20年近く想い続けた熱情は冷めることなく炎を灯し続け、そしてこれから益々燃え激ろうとしている事になんら疑う余地など無い。女として子を宿す大切な場所に浴びせられた世界で一番大切な人の分身、それが私の血液や細胞の隅々まで浸透する喜びでおかしくなりそう。

「もう二度と、お前を離さない・・・絶対に離さない」

 窓から差し込む僅かな街灯の灯りを頼りに、私達の揺らめきは続いていった。






 猛暑が続く中にあって、その日は珍しく夜風の涼しい一日だった。エントランスのドアが開く度に揺れるロビーに飾られた笹の葉の擦れ合う音は、そこを行き交う着飾った人達の心を優しく解して行く。
 3ヶ月後、真夏の都内某所。
 誰もが二度見する程に目立っていた二人。でもその二人はそんな事には一切無頓着に、手を繋いで会場の奥を望みながら人垣の中を歩いていた。

「凄い人だな」
「だね」
「てか外人も多くね?」
「どこかの国の大使とかも来てるらしいよ」
「まじか・・・・さすが有二だな・・・・」
「うん」
「て言うかさ、中々あいつの所に辿り着かないな」
「順番待ち?みたいね」

 顔を寄せ合って笑う姿は、誰の目から見ても仲の良いカップル。大勢の人混みをかき分けるように歩く二人は繋いだ手と手を一瞬たりとも離す事はなく、一歩一歩確実に有二の元へ近付いていった。

「有二、遠くから見ても全然変わらないね」
「ああ・・・・・相変わらずで、なんか俺、少し泣けてきそう・・・・」
「え?なんで?」
「いや、あいつもさ、頑張ってんだなって」
「そりゃそうだよ」

 ニコニコと優しい笑顔の紗綺はバッグから柔らかなハンカチを取り出して、情けない表情の武瑠の涙を拭っていた。

「おーい、武瑠!紗綺!」

 遠くで手を振る有二。その隣には、ゴールドの緩やかなウエーブが美しい女性が立っている。
二人の結婚を歓迎する輪の中から出て来ると、彼らは武瑠と紗綺の前まで歩み寄ってきた。

「結婚おめでとう、有二」
「ありがとう、紗綺」

 紗綺の隣で慌てて涙を拭う武瑠は、何も言わずに有二の手を握ると、そのまま抱きついていった。

「お、おい、どしたの、武瑠」
「いや・・・何て言うか、言葉がうまく出ないから・・・」

 抱き合う二人を見つめていた紗綺の手を握ったその人は、エクアドル出身の有二の元同僚。彼の妻となった美し過ぎる彼女、エリカは、流暢な日本語で紗綺に微笑みかけて言った。

「彼からあなた達の事は聞いています。今日は来てくれてありがとう」
「ご結婚おめでとうございます」
「まだ向こうでの生活が続きますが、是非二人で遊びに来てくださいね」

 何気ない会話。側から見ても、こういう場ではありきたりな風景。紗綺はフレンドリーな笑顔で話し掛ける元フィアンセの妻の屈託のない表情に、無論一片の疑念すら抱く事もなく会話に花を咲かせていた。有二が選んだ人なのだから、最高の女性に決まっている。泣きながら彼を祝う武瑠の姿を横目で見ながら、今会ったばかりの二人は、まるで久しぶりに会った幼馴染のようにガールズトークに夢中になっていた。

「あとでさ、もっともっと四人で話そうよ」
「有二は時間大丈夫なの?お偉いさんとか、結構来てるんじゃね?」
「君ら以上に大切な人なんているもんか。大丈夫だよ、今日の為に僕らはプライベートな時間をちゃんと取ってるから」
「うん、分かった」

 有二は周りを軽く一瞥し、妻の手を握ると武瑠と紗綺に一歩近付いた。

「君達も、そろそろだよね?」
「ん?何のこと?」
「僕は今、最高に幸せなんだ」

 隣の妻と視線を合わせ、ニッコリと微笑む二人。

「君らにも幸せになってもらわなきゃ困るんだよ」
「・・・・え?」
「有二・・・・」
「だって、僕らのストーリーはこれからも続くんだから。ずっと、ずっと続くんだからね」

 隣でさり気なくウインクするエリカ。

「じゃあまた後で」

 そう言って妻の手を取り、笑顔で向こうに戻って行く彼らの後ろ姿を見ていた。そしてたちまち人の輪の中に埋没して見えなくなる二人。
 高い天井から釣り下がるダイヤのような輝きのシャンデリアはまるで氷柱のよう。ステージの脇で演奏されるピアノと弦楽器のバックミュージック。そしてすれ違う人達は皆笑顔。華やかで厳かで楽しげな雰囲気は、子供の頃に憧れた竜宮城にどこか似ていた。

「凄く・・・・綺麗な人だったね」
「ああ・・・・」

 どちらともなく手を繋いだ二人。夢見心地の世界の中で相手の掌から伝わる温かさは、夢を現実に引き寄せる魔法のツール。

「なあ、紗綺」
「うん」
「七夕の話って、知ってる?」
「今日は七夕だもんね・・・勿論知ってるよ?なんで?」
「織姫と彦星って、働く事をやめちゃったから天の川で引き裂かれたんだってさ」
「あ、そうだったね」
「仕事が手につかないほど、強く愛し合っていたんだって」
「へぇ・・・なんか・・・・・いいね、それ」
「俺たちは大丈夫だよな」
「・・・当たり前じゃん」

 有二たちを囲むように集まった人達の数度目の乾杯の音が遠くから聞こえた。

「紗綺」
「うん」
「結婚しよう」
「うん」
「うんって、・・・返事早くね?」
「今日、なんかそんな予感してたから、心の準備はバッチリだよ」
「マジかよ・・・」

 武瑠は苦笑いしつつ紗綺の方を見ると、彼女の瞳からは涙が溢れていた。

「あのね、武瑠・・・・」
「うん」

 潤んだ目を伏せた紗綺。握った手の力が少しだけ弱くなった。

「私達・・・・・・・その・・・・・幸せになっても・・・いいのかな・・・・・」
「・・・・・ああ、いいんだよ・・・あいつらも、きっと、きっとそれを願ってくれているから」

 今度は武瑠が紗綺の涙を拭っていた。笑顔なのに、涙が止まらない彼女の肩を優しく抱くと、栗色の髪の毛に唇を寄せた。

「有二達、凄く幸せそうだったな」
「だね・・・・」
「俺達もさ、あの二人に負けないくらいに幸せになろうな」
「・・・・うん」

 肩に回された武瑠の手にそっと自分の手を重ねる紗綺。見上げた視線の先には、優しく微笑む最愛の人の笑顔。
 緩やかに流れる時間の余韻に浸っていると、満たされた心を上書きしてくる彼の次の言葉に、紗綺は吹き出してしまった。

「今度はさ、あいつらの子供と俺達の子供が歴史を繋いでいくんだよな」
「何それ、気が早くない?」
「いや、そんな事はない。善は急げ、だよ」
「言ってる意味が分かんないんだけど」
「俺、あいつらの幸せに満ち足りた表情見てからずっと我慢してる」
「なにを?」
「お前と、本気の子作りしたいって」
「はっ?」

 思わず漏れた声は、漏れたというにはあまりに大き過ぎた。周りの人達の視線が一瞬二人に集まり、そして霧散した。

「ここ、ホテルだぜ?」
「やっぱ言ってる意味、全っ然分かんないんだけど」

 彼女が言い終わる前に彼は強く彼女の手を引いて会場を出ようとした。

「嘘でしょ?ね、武瑠、冗談だよね?」
「冗談なもんか。もう、気持ち抑えらんない。紗綺だって、そうだろ?」
「いやいや、無いって、武瑠、それはないよ」
「嫌、なのか?」
「だって武瑠・・・今朝だってあんなに・・・・」

 広い廊下で武瑠は立ち止まり、紗綺の顔を覗き込んだ。その表情はどこか切羽詰まって弱り切っていたので、彼女の怒る気力は瞬時に萎えてしまっていた。

「嫌、とかじゃなくて・・・、ほら、私達、服だってさ・・・あの、落ち着いて、武瑠、ね?ね?」
「大丈夫、全部大丈夫だから」

 そう言って手を引いて前を歩いて行く武瑠の後ろ姿を見ながら、紗綺は大きく溜息をついた。

「もう・・・・・あのね・・・・・武瑠・・・・・ドレス、汚しちゃ嫌、だからね」

 呆れ顔の中に、母性を感じさせる笑顔を含ませて、紗綺は武瑠の歩調に合わせてロビーを歩いていった。
 今や一部上場企業の主任を務める武瑠はある意味なんら成長する事なく、武瑠のままだったのだ。

 遥か後方で奏で始められたオペラの生演奏も、もう二人には聞こえない。真っ赤な絨毯が敷かれた長い廊下を早歩きで進む二人の姿は、古い童話の世界から飛び出してきたように絵になっていた。

「大丈夫、あいつらに会う時間までには絶対戻ってこれるから」

 懲りない彼と優しい彼女、二人の幼馴染と紡いできたささやかな彼の半生の物語は、神のみぞ知るワクワクするような未来の序章に過ぎなかった。

「ご、ごめん・・・ちょっと、その、遅れちゃった・・・」

 幼馴染四人で会う時間に、この二人がやや遅れてきた事は言うまでもない。

「大丈夫、織り込み済みだよ、武瑠」

 ロビーに響き渡る若いカップル達の笑い声。
 これはいつまでも優しい夜風が心地よい、ある夏の日の夜のお話でした、とさ・・・・・・・





おしまい





















ギャラリー