紺碧の空が青をより一層色濃くし始める午後三時過ぎの東京の街。

ツリーを形取るLEDの煌きは、若者達にとって一年で一番楽しくてわくわくするような夜の到来を演出する定番の光景。まだ明るいにも関わらず、光度を全開にしたイルミネーションを眺めていると、誰もが満ち足りた幸せを感じずにはいられない、そんなイブの日に彼は故郷の国に降り立った。

スーツケースを転がしながら、その街並みを瞼に焼き付けるように歩く有二。予定よりも相当早く到着してしまったが、渋谷の煌びやかな世界はそれもあながち無駄ではなかったと思わせるには十分な威光を放っていた。

NYのクリスマスは、宗教国としては当たり前なのだが、歴史と規律をベースとした厳かな雰囲気がそこかしこに感じられるが、日本のそれは難しいことは抜きにして兎に角楽しむ為のイベントとして成立しており、完全に種を異にしている。以前の有二なら、本来の意味を重視するが故に、軽薄と言えなくもない日本のクリスマスの風習をどこか斜に構えて見ていたかもしれない。

しかし、今ではこの軽いだけのクリスマスについて、それはそれで良いと思えるようになったのは、背景に企業人としての合理性を思考と行動で体現する術に慣れてしまった自分がいるからなのだろう。或いは「大人の余裕」と言い換える事も出来るかもしれない。

目の前の学生カップルが子供っぽく見える。

後ろを歩く有二は、慈愛という言葉がぴったりな眼差しで他人である二人を温かく見つめていた。

心身が充実期を迎えていた成年男子として、触れるもの、目に入るもの全てを優しく受け入れる度量を持った有二にも、しかしただ一つだけ我を失う程に夢中になれる存在がある。

言わずもがな、紗綺という存在。

この人には合理的なアプローチは無理。

今も昔も泥臭く、何度も同じ失敗を繰り返しながら、手探りで、愚直にならざるを得ない存在。口下手で無口だった少年時代に想いの欠片すら表現する事が出来なかった有二は、重役やクライアントが唸るプレゼン資料を難なく拵える優秀な人材として重宝される今でさえ、彼女のことを思うと一歩先んじた行動を取る事に躊躇する瞬間がある。

それ程までに大切な存在。

触れると壊れてしまう、とまでは思わないまでも、紗綺の隣にいる時ですら、どこかに彼女が飛んで行ってしまいそうな錯覚に呆然とする事もしばしば。僅か数ヶ月会わなかっただけで、彼女の美し過ぎる瞳を直視する事が出来なかったのが、未だその部分だけ男として成長出来ていない証だろう。

 

一週間前、紗綺にさりげなくイブの予定を聞いた時、日中は友人と買い物に出掛けていると言っていた。だから僕のサプライズは、彼女が部屋に戻る夜から始まる。

コートのポッケに入った小さなケースを握る。

彼女の為に考えていたプレゼント、紗綺は喜んでくれるだろうか?一般的な若い女性が夢中になる貴金属にあまり興味を示さない紗綺だけれど、ネックレスはどんなシチュエーションでも合わせやすいと、お店の人も言っていた。持っていて損はないはず。

 

早く夜にならないかな・・・・・

 

そう思ってまだ明るい空を恨めしく見上げた時、もう一人の幼馴染の事を思い出した。

 

武瑠・・・もう何ヶ月も会ってないな・・・元気にしているだろうか?

 

20年近く一緒に過ごした友人の事を、僕がいない間に大切なフィアンセの事をお願いした彼の事を、今の今まで思い出せなかった自分の頭を軽く殴ると、僕は彼が住む町へと足を向けた。

駅を出て武瑠の部屋へ向かう道程は、どこか心が弾む。男同士、友情というものは良いものだ。早く日本に着いてしまったのは、フィアンセの事で頭が一杯で何も気付かない僕の為に、神様が武瑠と会う時間を作ってくれたという事なのかもしれない。

武瑠の部屋が見えてきた。

以前はいつも傍らに停まっていたスクーターが見当たらない。出かけているのだろうか?

いや、あれから半年以上も経っているのだから、色々と生活スタイルも変わっている事だろう。売ってしまったのかも。

呼び鈴を押す。

懐かしい音が中から聞こえた。

けど、それだけ。

・・・・・もう一度押す。

相変わらず聞こえるのは呼び鈴の音だけで、誰かがいる気配は全く感じられない。

よく考えれば今日はイブだ。あの武瑠の事だから、女の子と出かけているのかもしれない。寧ろそう考える方が自然だろう・・・

諦めた僕は、帰りしなに自然とドアノブを回していた。

ガチャリと開くドア・・・

僕は恐る恐る中に向けて声を掛けてみた。

でもやっぱり返答は無し。

思えば武瑠の場合、こういう事はしばしばあった。鍵をかけ忘れる事はしょっちゅうで、僕は中に勝手に入ってよく一人で彼の帰りを待っていたもんだ。

変わらぬ親友の事を思い、思わず苦笑いしてしまった。こういうの、本当に気が安らぐ。おっちょこちょいで、大らかで、イケメンなのにそれを鼻にかけず、僕に持っていないものを沢山持っている、そんな愛すべき親友。僕と紗綺が卒業し、一人で大学院に通っているけれど、うまくやっているのだろうか?まさか僕達の秘伝の試験対策ノートがないと言って、留年の危機に瀕しているとか?

数か月の歳月が僕を躊躇させたけれど、結局はかつてのように部屋の中に入っていって、帰ってくるかどうかも分からない親友を待つことにした。

一応、LINEに連絡を入れてみたけれど、ベッドサイドに置かれた武瑠のスマホが鳴るのを聞いて思わず漏れる溜息、そして僕は彼と連絡を取ることを諦めた。

若干レイアウトは変わっていたものの、基本的には以前と変わらぬ武瑠の部屋。悪いと思いつつ、やはり30分も人の部屋に居れば自然と視線はあちこちと物色するように彷徨ってしまう。

講義で使うのであろうか、以前は見かけなかった難しい本の山。無造作に床に置かれたJポップのCDが数枚。可愛らしいクッションまであった。

無機質で無頓着、事務的とも言える学部時代の武瑠の部屋と比較すると、やはり大分趣味が変わっていたような気がした。

 

あ、そういうことか・・・・

 

トイレを借りた後に、洗面所でふと目に留まった二本の歯ブラシ。

一本は明らかに女もの。

沢山の女性にチヤホヤされていた武瑠は、ある意味一人の女性に染まる事はなく、ずっと「彼らしさ」を失う事は無かったのに、今のこの部屋の現状はいよいよ彼も本気になった女性がいるという事なのだろう。

そんな目で改めて部屋を見回してみると、確かにそこかしこに微かに感じるその女性の存在。

ソファーの手すりに掛かっていた淡い色のカーディガンは女性もの。テーブルの上には髪を結わえる為の大きなヘアピンが二つ。そういえば、トイレの便座カバーとタオルもピンクのお揃いになっていた。

 

ついに武瑠も身の回りの世話を任せられる女の子ができたんだろうな・・・

こんな部屋には彼女以外、上げられないもんね

 

整理された机の前の椅子に座った。ふと目に入った正面のPCの電源は入ったまま。

 

このPCって・・・・・

 

右手がマウスに触れた時、静かなモーター音と共に起動するPC。

僕の心臓は高鳴った。

数年前のあの日の事を思い出す。この部屋で、二人で試験勉強をしていたあの日の事を。

額から滲み出る汗を拭いながら僕は席を立った。

 

ダメだよ・・・人の部屋に勝手に入って、しかもPCを覗くなんて・・・・

ただの犯罪者じゃないか・・・・

 

部屋を出ようとしたけれど、まだまだ時間は有り余るほどある。もう、諦めるしかなかった。そう、僕は自分の欲望に素直に従うことにしたんだ。

 

ごめん、武瑠・・・

ちょっとだけ、いいよな・・・

本当にごめん

 

僕は紗綺にあげる筈だった手土産の一つをテーブルに置くと、震える指先でフォルダをクリックした。

 

あった・・・・

 

Dドライブにある「SECRET」と書かれたフォルダはあの日のまま。

それを更にクリックすると、ずらりと画面を埋め尽くす動画ファイルの数々。一見でかつて見たそれよりも多くなっていた事が分かった。その数恐らく100以上。

 

いつのまにこんなに・・・・

 

妙な期待感で既に下半身が熱くなっていたのを恥じながら、でも湧き上がる黒い感情のまま、僕は知らない名前が書かれたその一つをクリックした。

やはり思っていた通りの動画。巧みに隠されたカメラが捉えた、武瑠と女性の逢瀬の場面。

小柄な相手の女性は、僕も大学で見かけた事のあった人。確か一年後輩だった思う。

印象としては大人し目だったその女の子が、武瑠の猛烈なピストン運動の下で身体が壊れてしまいそうな程揺り動かされていた。あんなに激しく、辛い体勢にも関わらず、その子は、「気持ちいいっ!」「もっとしてっ!」とこちらの心配をよそに悩ましい嬌声を何度も何度も上げていた。

以前と同じような親友の激しいセックスを見て、パンツの前が濡れてくる不快感で僕はファイルを閉じてしまった。

罪悪感と欲望の狭間で揺れ動いていた僕は、100以上並ぶフォルダに付けられた名前をボーッと見つめていた。

 

男を加えても、僕は大学に100人もの友人がいただろうか・・・・

武瑠は、やっぱり凄いな・・・・いつの間にこんなに沢山の人と知り合いになっていたんだろう・・・・

 

人を惹きつける魅力に溢れた親友の事を羨ましく思いつつ、そんな武瑠と幼馴染である事に何故か優越感に似た感情を抱いていた。

武瑠のそういうところをもっと見習わなくては、と思った矢先、「彼女」と書かれたフォルダを見つけた。100以上もの名前付きのフォルダの中でそれを見つけ、僕は単なる好奇心からそれを開かずにはいられなかったんだ。

 

武瑠が彼女とちゃんと呼べる相手・・・これは見てはいけないかもしれない

 

そう思ったのは一瞬で、興味が圧倒的に勝った邪な僕は、躊躇しながらも結局フォルダを開いてしまった。

それは他のどれとも違うアングルから撮られていた動画。

上下左右が狭くてより一層窮屈な構図は、武瑠が人一倍用心して撮った事を連想させるもの。オートフォーカスは、時折対象との距離感に機敏に対応できず、ぼやけてしまう。

そこに現れた一人の女性。

男物?の大きなシャツだけを羽織った長い髪の女性は、ベッドへ向かうとそのまま毛布に包まれるように入ってしまった。一瞬見えたその後ろ姿ですら、十二分に伝わってくるスタイルの良さ。さすが武瑠が彼女と言うだけあって、今まで見てきたどの女性よりも気品に溢れている。

ただ一つだけの違和感は、武瑠に対して満面の笑顔を投げかけてくる他の女性達と違い、彼女は彼がベッドに腰かけようともそちらを見ようともしない事。寧ろ、武瑠が彼女の気を引こうと躍起になっているようにも見えるくらい。彼女の冷たいとも言えるその態度から、本当に「彼女」なのだろうか、と疑ってしまいそうだ。

何やら話しかけながらパンツ一枚の武瑠がゆっくりと毛布を剥いでゆく。そしてシャツを、彼女の機嫌を損なう事を危惧する注意深さで脱がせていった。カメラのセット位置の関係なのか、残念ながら音声は殆ど聞こえない。

惚れ惚れするような背中が見えたが、すぐに添い寝して横になった武瑠の大きな背中の影に隠れてしまった。

彼が彼女の耳元で何かを囁く。

そして彼の左腕が前に回り、もぞもぞと動いている。

気難しい彼女を気遣う繊細な駆け引きが続くように思えたが、武瑠が片手でパンツを器用に脱いだ時、向こう側から彼女の腕が彼の背中に回された。やっと彼女が武瑠を受け入れた、という事なのだろう。

女性に関しては常に堂々として強気で推す武瑠が、こんなにも慎重に事を運ぶ姿は意外だった。今まで彼がこんなに恐々と接する女性がいただろうか?

 

・・・いや、一人いた・・・・・

 

僕達二人にとって、絶対に逆らう事の出来ない幼馴染。そう、武瑠にとってこの世で唯一思うように出来ない母親以外の女性。

しかし、僕が思うその人とは似ても似つかぬ振る舞いを、画面の中の彼女は武瑠に仕掛けていった。

武瑠の背中に回った手は、すぐに彼の頭を抱きかかえるように後頭部を抑え、二人は悩まし気に顔を左右に擦り合わせるようにしていた。そして彼女の脚が武瑠の脚に絡まり、まるで蜘蛛の巣にかかった獲物を逃がさないかのような積極性。それは、武瑠に抱かれた他の女性同様に、彼を貪欲に求める雌の様相を呈していた。

武瑠の髪の毛を掻き毟るようにしてキスに没頭していた彼女は、次第にその手を背中へ滑らせ、腰へ回し、そして前方へ。その刹那、やや腰が引けた武瑠の背中は、彼女の右手が彼の大事な部分へ伸ばされていた事を物語る。そしてそれに呼応するように武瑠も左手を彼女の股間へ伸ばす。

キスの水音と悩まし気な吐息が断続的に聞こえてきそうな画の中で、武瑠は上半身を起こして彼女の両脚を大きく開き、その中心へ顔を埋める。

僕は無意識に画面に顔を近付かせ、幼馴染が大切に想う相手の顔を見ようとした。

が、武瑠から口での愛撫を受ける彼女は恥ずかしそうに両手で顔を覆っており、加えて頻繁に変わるピントのお陰ではっきりと見ることができない。

悶々としながら見ていると、その女性は大きく一度腰をビクつかせ、そして自ら高く広げていた両脚をばったりと下してしまった。

恐らく彼女を一度目のアクメに導いた武瑠は、口元を拭いながらそのまま立ち膝となる。

自分と比べて極端に大きな武瑠のペニスは、ギラギラと滾る男の象徴として、まさに天を貫かんとする猛々しさを誇っていた。

 

で、でかい・・・武瑠の、やっぱりでか過ぎだよ・・・・

 

同じ男として畏怖の念とも羨慕ともおぼつかぬ複雑な気分で画面を見つめていると、彼女が気怠そうに身体を起こし、四つん這いになってそこに顔を近付けていった。

 

え?・・・・・

 

左手で長い髪の毛を耳にかけた時に見えたその横顔。

潤んだ瞳に、すっと通った美しい鼻筋・・・・・その綺麗な横顔は見覚えのある面影。

 

さ、紗綺?・・・・・・・

 

大きく口を開けて、ゆっくりと武瑠のペニスを頬張ってゆく横顔。背中を折れそうなほどに反らし、その反動で肉付きの良いぷりんとしたお尻を高く掲げながらフェラチオに没頭する姿は、破滅的なエロスと美しさを同居させていた。

激しく顔を前後に揺する度に乱れる髪の毛、そして重たそうに揺れる見事な造形の乳房。100人以上もの女性を抱いてきたであろう武瑠が、余裕なさげに苦しそうな表情で天を仰いでいるのは、この美しい彼女の奉仕に耐えている証拠。

画面の中で弱々しく何か語り掛ける武瑠を一瞬見上げると、ベッドサイドの引き出しを開けてコンドームを取り出した彼女は、一緒に立ち膝になってキスをしながらそこを見る事もなく器用にゴムを装着していった。その手慣れた動き、恐らく何度も何度もこの部屋で抱き合ってきたのだろう。

頻繁に変わるフォーカスが悩ましい。彼女の顔を中々確認することができない。

さっきの横顔や仕草、僕の愛するフィアンセに似ているような気がした。全体的な立ち振る舞いや、完璧な身体のラインも紗綺と一緒。もう少しズームアップで見る事が出来たなら、僕しか知らない彼女の特徴を見分ける事ができるのに・・・・

いや、あり得ない。

そもそも、武瑠と紗綺がこんな関係になっている事を想像している時点で僕はどうかしている。

 

ほら、画面の中の彼女、全然紗綺とは違うじゃないか

紗綺はあんなに激しく腰を振ったりしない

あんなに切なげにキスをねだったりしない

あんなに取り乱したりしない・・・・・

 

遠くに隠されたカメラが、画面の中の彼女の嬌声を微かに拾っていた。

 

「い、イクッ!・・・武瑠っ!もっと!もっと!あっ!あっ!あっ!あっ!イクッ!・・・ああっ!ああああっ!・・・」

 

紗綺は、あんな大きな声をあげたりしないよ・・・・・

 

マシンガンのようなピストン運動の後、武瑠がペニスを抜いてゴムを外していた。そして阿吽の呼吸で彼女は彼の反り返るペニスを激しく扱き、大量に射精された精液が彼女のお腹、胸、顔、そして髪の毛までをも汚してゆく。

僕のフィアンセは、こんなにはしたなく喘ぎながら、一心不乱に男のペニスを扱くような女じゃない。僕と繋がっている時でさえ、恥じらって声を我慢している紗綺は、絶対にこんな事はしない。

 

ごめん、紗綺・・・・武瑠・・・・一瞬でも君らの事を疑ってしまった・・・・・

僕は・・・僕は何をしているんだ・・・・

ごめん・・・・

 

画面を閉じた。

気が付けば、部屋が真っ暗になるほど日は沈んでいた。

武瑠はやっぱり帰ってこない。

台所に行って水道の蛇口から水を飲む。

僕は二人の事を信用しているはずなのに、動画を見終わった後フォルダの日付を確認し、それが僕達が大学2年の時のものだと知り、そして最悪万が一二人がその頃付き合っていたとしても、それはもう過去の事だと自らを言い聞かせようとしている逃げ腰の自分が嫌になる。

いや、だから、そもそも画面の人は別人だ。紗綺ではない。

僕が今感じているやるせなさは、世界一信用している幼馴染を疑った罪悪感に違いないはず。

 

「もう、6時か・・・・紗綺の部屋に、僕達の部屋に行かなきゃ・・・・」

 

不埒な僕は、あの二人が交わる場面を妄想した瞬間、不謹慎にも勃起していた事実にショックを受けていた。僕にとってあの二人の存在は一体何なのか。遠く離れていた数か月の間に、僕は大事な何かを失いかけていたのかもしれない。僕が欲しかったのは、会社人としての名声や成功ではない。紗綺との未来だ。今日帰国したのは、成長した自分が彼女にとって相応しい人間である事を再確認する意味もある。

そう、くだらない事を考えている場合ではない。

僕達の未来のため、今夜は二人で語り明かすんだから。

一週間あれば色んな事が出来るはず。結婚式の事だって具体的に詰めていけるよな。そうそう、指輪の事も聞いとかなきゃ。

 

・・・・うん、楽しい

やっぱり紗綺の事を考えていると、この上ない幸せな気持ちになれる

 

僕は電車を降り、二人の部屋までの道のりを足早に歩いて行った。

早く逢いたい。紗綺の笑顔が見たい。

 

僕が玄関に立っていたら、彼女はどんな顔をするんだろう・・・・

 

はやる気持ちを抑える必要もない。

右手に合鍵を握り締め、マンションのエントランスから中に入っていった。

高揚したこの気持ち、大きなプレゼンの前夜にも似たような心境になるのだが、明らかに種類が違う。仕事で成功を収めたいと思うのは、僕達の将来の為、いや、紗綺の為。そもそも仕事をする理由それ自体が紗綺の為と言っても良いくらいだ。

僕は封を開ける前のクリスマスプレゼントを前にした子供のように、ワクワクした気分で玄関のドアの前でインターホンを鳴らした。

 

・・・・・これは、悪い冗談に違いない・・・・

 

ついさっきの武瑠の部屋の時と同じ状況に、肩から力が抜ける思いでその場でしゃがみこんでしまった。

限界まで高まった期待感が頭のてっぺんから抜けて行くような喪失感は、別に不快なものではない。寧ろ高まり過ぎた気持ちをクールダウンしてくれる、今の僕には丁度良い調整弁的な役割を果たしてくれたようなものだし。

うん、そう思うことにしよう。

僕は自分のカギでドアを開けた。

玄関には紗綺のサンダルが一足だけ。靴を出しっ放しにしておく事を嫌う紗綺らしい、相変わらずの光景がどこか懐かしい。

勿論、僕のサプライズはまだ終わってはいない。

脱いだ靴を下駄箱の奥にしまうと、大きなスーツケースを抱えて部屋の中に入り、周りを見回す。

 

あった

ここしかないよな

 

壁一面のクローゼットを開けて、そこに持っていた全ての荷物入れて、着ていたコートも一緒に押し込んだ。

 

よし、完璧だ

これで僕が部屋に居る痕跡はどこにもないはず

後は彼女が帰ってくるのを待つだけ

 

真っ暗な部屋で待つわけにもいかず、僕は最低限の灯りをつけて紗綺の帰りを待つことにした。

二か月ぶりの自分たちの部屋は、以前のまま。

勝手知ったるこの部屋とはいえ、今はまだ紗綺の部屋。不躾な態度はほんの少しだけ憚れるけど、でも近い将来の新婚生活を妄想しては新たな家具の置き場所をあれこれと考えてみた。

 

すぐにでも子供を作りたいから・・・テーブルはもう少し大きめのを新調して・・・食器棚も今のでは少し小さいかな

 

白の木目調の食器棚を開けた。

綺麗に揃ったお皿は、やはりブランドものではないけれど、紗綺らしいセンスの良いものばかり。

 

ここに子供用のお皿とか・・・・あ・・・・食器、増えてるのかな?お客さん用かな・・・

 

お茶碗やお椀、大きな取り皿とか、丁度一人分の食器類が増えていることに気が付いた。紗綺なりに色々と考えて準備を進めてくれているのかもしれない。

そういえば、さっき洗面所にも新しいタオルが何枚もかけられていたし。

 

やっぱ絶対にいい奥さんになるよ、紗綺は

僕も仕事だけじゃなく、イクメンとしても頑張らなきゃ

 

心が弾む。

今すぐにでも、紗綺をこの腕で抱きしめたい。 

僕は何度も何度も時計を見ながら、フィアンセの帰りを心待ちにした。

そしてテーブルに置かれた二人の写真を手に取り、その中の笑顔の紗綺に語り掛けた。

 

帰国が決まったら、僕たちはすぐに同じ苗字になるんだ

そして僕たちの子供を授かり、育て、二人は一緒に歳を取っていくんだ・・・・

素晴らしい人生の始まりなんだよ

僕は死んでも僕たちの家族を守ってみせる

絶対に、絶対に幸せになろう・・・・

 

深々と降りだした窓の外の雪。

より具体化してきた二人の将来への想いが僕の視界を滲ませた時、玄関のドアが開く音が聞こえた。

 

紗綺だ!・・・紗綺が帰ってきた!・・・

 

思わず声を上げそうになるのをすんでのところで堪えると、ソファーから勢いよく立ち上がり、でも用心深く息を殺して玄関へと続くドアの方へそろりと歩み寄っていった。どんなに我慢しようとも滲み出る笑顔。おかしな話だけれど、今のこの状態でさえ、いや、こんな状況だからこそ、自分は本当に紗綺の事を好きなんだという事を強く意識した。

どうにも止める事の出来ない笑顔のまま、第一声を同時に放とうとそこのドアノブに手をかけた、まさにその時だった。

 

「あれ~?電気つけたままだったかな?」

「おっちょこちょいだな、紗綺は」

 

身体が完全に固まった。

愛するフィアンセの声と、それに重なる男の声。

ドアノブにかけた左手は震え、ドアの曇り硝子から隠れるように反射的に身を翻してしまった。

 

と、友達って、男?・・・・い、いや、お義父さんが一緒?・・・・え?・・・え?・・・

 

青天の霹靂。

虚を衝かれる、とはまさにこの事。

全身の毛穴が開き、同時に鳥肌も立っていた事だろう。

近付いてくる足音に、何故僕は怯えているのか?

 

「おかしいなー」

 

楽し気な紗綺の声がそこまで近づいた時、頭が混濁した状態の僕の身体は、完全に意志とは無関係に、自身の存在を消すことを最良の選択と判断した。

 

「意外と暖かい・・・」

「お、本当だ」

 

僕はリビングに入ってきた二人の声を、狭いクローゼットの中で聞いていた。

  

武瑠か?

なんだ・・・武瑠が一緒だったのか・・・・・じゃあ・・・・

 

僕はクローゼットから出ようとしたけれど、よく考えれば今のこの状況、逆に二人に不信に思われるかもしれない。良い歳をしてかくれんぼみたいな事をして・・・

恥ずかしさで扉を開けるのを躊躇していた時。

 

・・・・・

う、ん・・・なんだろう・・・二人の雰囲気、なんか以前と違うように感じるのは気のせいか?

・・・そっか・・・さっき武瑠の部屋で変なことを考えたからだ・・・俺ってば・・・

・・・・・

え?・・・・なんで?なんで二人が抱き合ってるの?

 

「俺、もう我慢できない」

 

は?・・・・・何言ってんの?

なんだよ、それ。まるで恋人同士みないな

あ・・・嘘だろ・・・・紗綺、だよな?それにお前は・・・武瑠だろ?

嘘だろ?なんの罰ゲーム?

そ、そうだよ、お前ら、なんかの罰ゲームで無理やりやらされてんだろ?

おかしいよ、こんなの

嘘だって、言えよ・・・言ってくれよ・・・・

頼む、もう、いいから・・・、もうそんなキス、みたいなこと、するなよ・・・

 

「朝からずっと一緒だったから、我慢し過ぎておかしくなりそうだ」

 

朝からって、紗綺、友達と買い物って言ってたじゃないか

今更武瑠の事、友達なんて他人行儀な言い方しないよな?

 

「夕ご飯は?」

「いらない・・・今すぐお前を抱きたい」

 

紗綺もそんな困ったような顔してるくせに・・・どこ行くんだ・・・武瑠の手を引っ張って、お前らどこ・・・行くんだよ・・・

 

僕は寝室へ向かう二人の後ろ姿を扉に刻まれたスリットの隙間から見ていた。

悪夢・・・

夢なら覚めてほしい。

でも、これは紛れもない現実。

この現実離れした光景は、すぐに僕の身体に変調を及ぼし始めた。

視界が狭まり、嫌な汗がとまらないのは涙の代わりなのかもしれない。こみ上げるものを必死に堪え、僕はやっとクローゼットから出ることができた。

それでもなお、音を立てないようにしている自分はいったい何に気を使っているのだろうか?

今すぐ僕達の寝室に怒鳴り込んで、武瑠を・・・・子供のころから一番に信用していた幼馴染を、殴ったっていいはずなのに・・・・

いや・・・・・違う

何かの間違いだ

こんなのあり得ないって

違う・・・・・

絶対に違う・・・・・

武瑠と紗綺が、なんて・・・・・

 

僕の膝はガクガクと震え、天地が逆転したような朦朧とした意識の中、そこから一歩も動く事が出来ないでいた。

 

 

 

 

武瑠に突然手を引かれて入った海外ブランドのお店。会社の先輩と何度か入った事のあるそのお店、武瑠は隣で始終そわそわしていたように見えた。

後で聞いてみると、人生初のTiffanyらしく、どうりで挙動不審だったはずと納得がいった。

勇ましく店内に入ってアレコレ品定めする彼の後ろ姿が頼もしくもあり、でもやっぱりどこか可笑しくて。私はずっと微笑みながら彼の振る舞いをつぶさに見つめていたと思う。

彼が何も言わずに私の胸元にあてがったネックレス。

え?私に?買ってくれるの?

まさか学生の武瑠が、と思ったけれど、こういう時に男の人に恥をかかせてはいけないと思い、咄嗟に「ありがとう」と言ってしまったけれど・・・・・

 

もう・・・・・無理しないで

変な汗かいてるよ?

ごめん、声も上ずっているから、ちょっと笑っちゃった

ねえ、武瑠・・・・

貴方には、もう十分もらっているから

大丈夫だから

 

そう思って結局私はやんわりと彼からの高価なプレゼントを断った。

ちょっと残念そうな表情の彼を見ていると、胸がキュンと切なくなった。

ケーキだけで良いから。

貴方はちょっと納得してないようだったけれど、

「だけど銀座のお店で売っている高級なケーキだけどね。凄く高いよ」

そう言ったらやっと笑ってくれたよね。

 

あのね・・・・

正直、朝からずっとドキドキしていたんだ

貴方とただ一緒に歩いている時でさえドキドキしていた

私、歩いている時、あなたの横顔をずっと見ていたような気がする

もう最後だから?

それとも武瑠と特別な日に会っているから?

今日初めて本当の恋人同士みたいに手を繋いでいたから?

 

あと数時間でこの人との関係はすべて終わる。高校生の頃から続いていたこの関係が。

寂しいと少しでも思ってしまっているのは、きっと最近毎日こうして逢っていたから。

 

この部屋に帰るや否や、武瑠に抱きしめれらた

あまりにも性急なその態度に少し驚いたけれど・・・

正直嬉しかった

凄く嬉しかった

私も早く武瑠と二人きりになりたかったから

それに・・・今日も貴方の彼女になってあげるつもりだったし

クリスマスだもんね

武瑠の好きにしていいから、今日は

今日で・・・最後だから

 

武瑠とこれまで何度も愛し合った寝室に入ると、彼は後ろから私の胸を鷲掴みにしてきた。少し痛いくらいに揉みしだかれて、こんなにも私を求めてくれている事が嬉しくて、そしてその思いに応えたくて、私は振り返って彼の唇を貪った。

柔らかくて熱い彼の唇の感触は、いつでもどこでも私の心を昂らせてくれる。甘い唾液の味、お互いの口中を弄り合う感触は、私の思考を根こそぎ奪い、彼しか見えなくしてしまう。

キスしながら私の服や下着を器用に脱がせてくれたそのお返しに、私も彼の服を脱がせようとしたけれど、シャツの小さなボタンが煩わしくていくつか飛ばしてしまったような気がする。けど、そんなのどうでも良いと思えるほどに無我夢中の私は、気づいたらはだけたシャツの間から覗く彼の逞しい胸元に舌を這わせていた。

武瑠の乳首を口に含んで舌で転がしていると、彼はいつも私の頭を優しく撫でてくれる。それが凄く嬉しくて、私は舌を割れた腹筋の溝をなぞるように蠢かせ、そして同時に彼のズボンとパンツをゆっくりと脱がせて行く。

反り返ったペニスがいつも引っかかるから大変だけれど、武瑠の一番男らしいその部分が目の前に飛び出すと、私はいまだに心が高鳴るのを抑える事ができない。十代の頃から何度も何度も、数えきれない位に見てきている筈なのに。

正直、そこを見ているだけで、その・・・イッてしまいそうになる事がある。絶対に武瑠には言えないけれど・・・・彼に私の気持ちを告白してから、彼とのセックスがどうしようもなく良過ぎて・・・・

彼の亀頭にチュッとキスして、透明な液体を音を立てて吸う。びくっとする武瑠の腰つきが可愛い。右手でペニスの根元を抑え、左手でたっぷりとした睾丸を包み込み、そして私は唾液を乗せた舌をカリ首に巻きつかせた。硬い硬い鋼鉄のようなペニスを愛撫していると、私のあそこから太腿の内側を伝う暖かい感触。その中心に触れられたいと思いつつ、でも彼の指ではなくて、この硬いペニスで貫かれたいと願う私の身体は、彼を高まらせようと激しいフェラチオを無意識の内に仕掛けていた。

 

「ああ、紗綺・・・出ちゃうよ・・・」

 

彼の腰が逃げてゆくと、私は両手で彼のお尻を抱きかかえ、そして唇が捲れるほどに一心不乱にスライドさせる。私の唾液が顎を伝い、下に垂れ落ちようとも構っていられないほど、愛する男の男たる所以のその部分が愛しくて堪らないから。

 

「あっ!・・・うぐっ・・・・」

 

彼は呻きながら一瞬腰を引いた直後、私の喉を突き破らんばかりに腰を押し出す。ガクガクと震える彼の身体、私の十指が彼のお尻に食い込むほど強く抱き締め、断続的に射精される暖かい精液を直接喉にかけられる感触で、私は一度目のアクメに達してしまっていた。

虚ろな思考のまま、一滴たりとも無駄にしまいと武瑠の精液を飲みつくした後、彼は鬼気迫る表情で私を押し倒すと、いきり立ったままのそこにアッという間にスキンを被せて私の中に入ってきた。いつもの流れるような作業は、私に一切のストレスを与えることもなく、実にスムーズに、的確に、私の身体を高みへと押し上げてくれる。

メリメリと膣の中を突き進む彼のペニス、大きな亀頭は柔らかい中の肉を擦りあげ、そしてすぐに子宮口まで届いてしまう。私は彼の身体にしがみつき、恐ろしいまでの快楽地獄に身を落とす覚悟をするだけ。

 

「紗綺っ!・・・・紗綺っ!」

 

言って、欲しいんだよね・・・

うん、言ってあげる・・・・貴方を、喜ばせたいし、私も、すごく、良くなるから・・・

 

「武瑠!ああっ!凄いっ・・・・武瑠の・・・チ〇ポ・・・凄く大きいっ!・・・だから・・・もっと!・・・もっと!してっ!」

「おぉぉぉ・・・紗綺・・・」

 

彼の表情が変わった。

獣のような猛々しさと、それに相反した憂いのある眼差しが、私の中にある雌の滾りに炎を灯す。

 

「あんっ!いやっ・・・あっ、あっ、・・深っ・・・・武瑠のっ・・・ああっ、だめっ、そんなところまで・・・・ああっ!あっ!もうっ・・・ああっ、あっ、あんっ!あぁぁぁっ!」

「凄え・・・お前の身体、やっぱ凄えよ・・・」

 

もはや自分ではコントロール不可能な身体は、彼に100%依存するのみ。激しいピストン運動で身体がおもちゃのように翻弄され、意識せずとも発せられる卑猥な言葉は彼を喜ばせるためなのだろう。まるで自分の声が他人のもののように聞こえる世界で、私は二度目の深いアクメを迎えた。

 

「ああっ、だめっ・・・貴方のチ〇ポっ・・・で、イっちゃうっ・・・また、イっちゃうからっ!・・・」

「あっ、あっ、凄っ、紗綺、ああっ!」

 

彼の動きに合わせる余裕もなく、猛烈に下半身を襲う快感のまま、私は腰を暴れさせ、そして果てた。

意識が飛びそうになったけれど、二人揃ってベッドから落ちてしまいそうな位激しい彼の注挿運動はそれを許さない。子宮の奥を何度も押し上げ続ける圧倒的な長さと太さと質量感に溢れる彼のペニスに貫かれ続け、失神する事も出来ずアクメの絶頂が永遠に続くような錯覚に、いよいよ私の身体は悲鳴を上げ始める。

 

「あっ・・・ぐっ・・・許してっ・・・武瑠っ・・・お願い・・・あああっ!あああっ!あああああっ!死んじゃうっ!死ぬっ!武瑠っ・・・・ああああああっ!」

「出るっ!あああっ、出るっ!おおぅっ!」

 

一気にペニスを引き抜いて素早くゴムを外す彼。私の胸元に裸の亀頭が見えた時、半分意識を失いかけていても自動的に私の両手は彼のペニスを掴み、激しく上下に扱き立てる。

二回目の射精は一回目同様私の頭を軽く超えて壁にかかる程の勢いがあり、その熱い痕跡は私の顔、胸元、お腹を汚してゆく。

彼が苦痛とも快感とも言えぬ表情で射精しているところを見つめながら彼の体液で汚されてゆくこの瞬間は、この上なく幸せな瞬間でもある。

そしてそんな時、私は自分が女である事に心から感謝し、好きな人に抱かれる幸せを噛みしめる。

短距離を全力疾走した後のように汗だくになった武瑠が、乱れた髪をそのままに目を爛々と輝かせて私の胸元を跨いできた。続けて二回射精したペニスは、さすがにお腹に張り付くような猛々しさは失っていたものの、それでも通常の男性器とは比べ物にならない存在感を誇っていた。

 

通常の男性器・・・

 

ふと脳裏を掠めたその人の事を忘れる為に、私はいつものようにそれを喉の奥まで飲み込んだ。

口の中を一杯一杯に埋め尽くす圧倒的な異物感は、例ええづく程に息苦しいとしても、今では私に安心感すら与えてくれる。精液と愛液でぐちゃぐちゃになっている私の両手でペニスの根元と睾丸を優しく摩る。そして中指で武瑠のアナルを撫で回した時、ペニスがビクンと跳ねてドロリとした塊が舌の上に落ちる。アナルを弄っていた中指を、縫い目に沿って押し込みつつペニスの方へスライドさせると、尿道に残っていた精液がドロドロと私の口中に吐き出され、それを夢中になって嚥下してゆく。

何度も何度も同じ作業を繰り返して全てを吸引した後、私が両手の指に絡みついた精液を舐め取っていると、彼は私の指ごと口に含むようなディープキスをしてくれる。そしてお臍に溜まった精液や胸にかけられたそれを指で掬い取っては私の口へ運び、最後は顔にかかったのを口で吸い取って私に口移しで渡してくれる。

 

「紗綺・・・好きだよ・・・」

「私も・・・好き・・・」

 

圧倒的な情熱と快感で火傷しそうな位に熱くなっていた心に、やがて僅かばかりの隙間風が吹き始め、それがすぐに嵐となって体中を駆け巡る事を私は知っている。

そう、フィアンセの存在。

私が生涯を共にすると決めた人。

武瑠に抱かれている最中は彼以外の一切を考える事が出来ないけれど、その逢瀬の合間でふいに湧き上がる堕罪意識。

皮肉にも、有二に抱かれるようになって初めて武瑠の男としての優秀さに気付いてしまった。別に人柄とか、そういった内面的な意味ではない。そんなの、二人とも最高だって知っているし。

武瑠しか男を知らなかった私がショックだったのは、その圧倒的なセックスの差。

抱き締め方、キスの仕方、愛撫、段取り、ペニスの形状、そして何度でもできる体力。あまりにもすべてが違い過ぎたんだ。同じ男の人で、こんなにも差があるものなのかと、正直悩んだと事もあったくらいに。私は、有二とは良いセックスが出来ないのかと悲しくなったりもした。

だけど、それは別に有二が悪いわけではなく、武瑠が人とは違い過ぎるという事を知り、同時に有二とは肌を合わせるだけで安心できる術を身に着けることで、私はひとまずのけじめとする事が出来た。

何故なら、私は有二の事が好きだから。

生涯支えていきたいと思う相手が有二だから。

あの人は、私がいないと駄目な人だから・・・・・

勿論、契りを交わした相手に対する最大級の侮辱を働いている意識はある。そしてそれは武瑠も同じはず。同時に果てた後、そのセックスが良ければ良いほど、彼の表情が呻吟するのを私は知っている。

収まりゆく昂りの中で、私たちは苦しさから逃れるために目の前の幼馴染にその退路を見出そうとしてしまう。

 

これで、最後だから・・・

 

いつしか私は心の中でこの言葉を繰り返すようになっていた。ひどい言い訳だ。不貞を働く女の常套句に違いないと分かっていても、それでもなお私は有二との将来を選びたいという思いに迷いはないはず。

だけど・・・・武瑠に対する積年の想いが何なのかに気付き、そしてそれを打ち明け、こうして毎日抱き合う日々の中で、寧ろ有二に相応しくない最低の私を切り捨ててほしいと思う事が、最近極たまにあるのも事実。こんな自棄になる事なんて今までは無かったのに・・・・

 

「泣いているのか?」

 

それはこっちのセリフだよ・・・

貴方がそんな風にしてくれるから私は・・・・

ごめん、貴方の所為にしている、私

貴方の優しさと、包容力の所為に

だって・・・・・だってどんなに嫌なことがあっても、貴方に包まれるこの場所に戻れば、全てはどうでもよくなってしまうから

 

「ずっと一緒にいよう」

 

武瑠はいつもそうやって思っている事を真っ直ぐに言ってくれるよね・・・

叶えられない望みだけれど、凄く嬉しいよ

 

逞しくて愛しい男の身体が私にのしかかる。

 

「武瑠の、もう勃起してる・・・・・」

 

少年のように恥ずかしそうに笑う武瑠。

絶対的な信頼感に比例する心地よい重さを感じながら、私は彼とこうして溶け合う時間が永遠に続けば良いと思ってしまっている事に落胆する。

私が添い遂げたいのは有二。彼のはず。

私は数ヶ月後には有二の苗字になって二人の家庭を築く。彼が期待するようにすぐに私達の子供を作って。

不貞の真っ只中でオレンジ色の未来を思い浮かべた時、既に硬く大きく勃起したペニスを誇張するように彼が意識的に私の下腹部にそれを押し付けてきた。そして、その行為はいとも容易く私の頭の中から有二の存在を吹き飛ばしてしまった。

 

「もっと・・・もっと一杯武瑠とセックス、したい・・・」

 

その言葉は、紛れも無い私の本心だった・・・・

 

ペニスから呆れるほど沢山の透明な液体を滴らせ、亀頭の先でそれがお臍に擦り付けられて行く感覚に身悶えしながら、私は彼から貫かれる瞬間を待ち焦がれるしか出来ないでいた。

 

 

 

三度目の射精を紗綺の背中にぶちまけた。

緩やかに、艶めかしくしなる彼女の背中、深い陰影でなぞられた背骨のくぼみに大量に溜まった精液の瘢痕は、その瑞々しい肌の上でゼリーのようにプルプルと踊っている。

紗綺はこの間何度イったことだろう。

殆ど毎日抱いているけれど、特に今日はいつもよりも乱れているような気がする。

射精が終わる度に口で丁寧に掃除してくれるのに、それも出来ないほど疲れ切っているのか・・・・・セックスの合間に俺の腕枕で寄り添いながらお互いの事を話す余裕も今日はなさそう。

 

あれから俺たち、毎日会っていたもんな・・・

俺の部屋で同棲の真似事だってやったし

なのに、今日で最後・・・なのか・・・・

 

中途半端に両脚を開いたまま、紗綺はうつ伏せの状態で気を失っていた。

ついさっきまで俺のペニスが収まっていた秘部はぽっかりと口を開けたまま。やがてその穴がゆっくりと閉じていく様は、いまだ俺の興奮を心の底から沸き立たせて止まない。

俺と繋がっている間に彼女が口にする卑猥な言葉の数々。俺が教えた事とは言え、明らかに彼女も一語一句発する度に興奮していたようだ。

特に有二との優劣を決定づける言葉の後には、奈落の底に落ちながら快楽を爆発させるような激しいアクメに塗れ、その表情は今まで見たどの女性よりも官能的で魅力的だ。もう、どうしようもない程に乱れた今日の彼女の姿は、俺は一生忘れることが出来ないし、恐らくこれからの人生でもこれほど美しいものに出会う事はないだろう。

有二の名前が彼女の口から発せられる度に、間もなく二人の新居となるこの部屋は悲痛な叫び声のごとく、大きく軋み音を立てる。それは部屋が俺を受け入れず、排除しようとしているかのようだ。騎乗位で腰をグラインドさせながら俺と有二のペニスを比較しては深いアクメに陥り、バックで犯されている間にはセックスそのものの違いを叫び、狂乱の喘ぎ声の中で世界は二人だけのものになる。激しい部屋の軋みは、廊下での不自然とも言える大きな物音となって何度も俺の耳に届いていたけれど、そんなものを一瞥する余裕もなく、目の前の世界一の肉体を貪るのみ。肉と肉がぶつかり合い、汗を同化させ、一番敏感な器官を溶け合わせる至上の快感の波に身を置きながら、外野の事など一切関知することもなく、俺と紗綺は一体となる。

 

こんな最高のセックス、あいつに出来るわけがない・・・・

 

失神したままの紗綺の両脚をそっと閉じ、俺はリビングへ向かった。

彼女が買い置いてくれている俺が好きなスポーツドリンクを飲んで喉を潤している時、テーブルに置かれた紙袋に目が行った。

Tiffanyのロゴが打たれた小さな紙袋の隣には、見覚えのある鍵。

 

なんだ、今日が最後とか言っておきながら、俺の為に鍵を用意してくれていたのか・・・

それにこの紙袋って・・・・あ・・・ネックレス?

そうか、頑なに俺からのプレゼントを断ったのって、これが理由かよ・・・

誰からもらったのか知らないけど・・・あの会社に勤める紗綺の事だから、同僚達と買ったのかもしれないな・・・・別に言ってくれても良かったのに

 

俺はドリンクと紙袋を持って寝室へ戻った。

 

「部屋の鍵、ありがとうな。それにこれ・・・・持ってたんだな」

 

俺はそう言って未だ失神したままの彼女の身体の横に紙袋を置いた。そしてティッシュを数枚取って紗綺の背中を汚したままの精液を丁寧に拭いていった。

若くてきめ細かな肌は、纏わりつく精液を馴染ませることも無く、拭き取るそばから艶やかな光沢を放つ。

そして、うつ伏せで寝ているため横に大きくはみ出している乳房に手を伸ばしてみた。

指の圧力を弾き返す弾力に、少しづつ下半身に血流が集中してゆくのを感じた。

たまらず彼女の身体を仰向けにすると、解放された大きな胸がその存在を主張する。

うっすらと光る肌がこの上なく綺麗で、上品で、そして卑猥だった。

女らしい丸みを帯びたお腹が微かに上下し、紗綺はうっすらと目を開けたようだけれど、まだ完全に意識は戻っていない。彼女の腕に触れてベッドの下に落ちたその紙袋の存在すら全く気付いていなかったし。

俺はドリンクを口に含み、そして彼女の乱れた髪の毛を整えながら口づけした。

接合された唇の合間から少しずつドリンクを流し込むと、やっと目を覚ましてくれたようだ。

 

「たけ・・・る・・・・」

 

口端から溢れ出させながら、舌をねっとりと絡ませてそのままディープキス。ドリンクの代わりに唾液を流し込み、それを喉を鳴らして嚥下する彼女が愛しくて仕方がない。

俺は完全に勃起したペニスを彼女の入り口に当てがった。

コンドームが付いていないそこを、彼女は一瞬見た、ような気がしたけれど・・・いや、見ていないかもしれない・・・・分からない・・・・

けど、どっちにせよ、俺はもう止められなかった。

そのままズブズブと挿入する。

カウパー液と紗綺の愛液が同化し、隔てるもの無く一つになった。

彼女の中は熱く燃え滾り、極限まで硬くなった俺のペニスが肉襞に包まれる極上の快感に、油断すると射精してしまいそうになる。

 

「あんっ、あっ、・・・武瑠のが・・・・もう・・・・」

 

奥まで押し付けた途端、軽いアクメに達した彼女の弛緩した表情は、ゾクゾクする程美しく、俺の加虐思考に火をつけた。

 

「お前・・・・・俺と別れられるの?」

 

紗綺は少しだけ瞳を見開いたけれど、下腹部を襲う性感にもはや太刀打ちできないといった様子で、すぐに目を瞑り、深い深い本格的なアクメに身を委ねていた。

そして両脚を俺の腰に巻きつかせてくると、耳元でこう言った。

 

「わか・・・れる・・・・今日で・・・終わり、だから・・・・・」

 

俺は無我夢中で腰を動かした。

硬い鉄のペニスで、紗綺の身体が壊れてしまえばいいと思った。

子宮を突き破らんばかりに激しくピストン運動を仕掛け、乳房をきつく揉む。

そのセックスが激しければ激しい程、何故か紗綺の甘味な嬌声は一段と高くなり、俺の一方的で乱暴で攻撃的な攻めを全て体内に取り込んでしまうような深さを見せつける。

 

「もっと!もっと、武瑠!・・・凄く、いいから!・・・・貴方とのセックス、一番だからっ!」

「紗綺っ!ああっ!俺も、最高だっ・・・・紗綺っ!」

 

たゆやかな紗綺の身体に包まれながら、ペニスの根元から湧き上がる射精感で、腰が壊れた玩具のように暴れ狂う。

お互いの名前を何度呼び合っただろう。

それは叫び声に近かったかもしれない。

でも、何度その名を呼んでも、もう俺のものにはならない・・・・・

その確信が、歪んだ快感となって爆発した。

激しく痙攣する紗綺の身体に抱きつきながら、同時に俺も彼女の一番深い場所で射精した。ドクドクと永遠に続くような勢いで射精を続け、なお腰の動きを止める事が出来なかった。

ペニスと膣がぴっちりと結合しているにも関わらず、止まらない注挿運動により精液が飛沫となって飛び散っても二人はセックスを止めようとしない。

 

「紗綺・・・・俺、有二の次で・・・・・二番目でも・・・いいから・・・・」

 

ふいに口をついて出た言葉に嘘はない

後悔も、しない

何故なら、紗綺がこうして俺を抱き締めてくれているから・・・・・

 

長い射精を終えたペニスは再び紗綺の中で硬度を取り戻し、それは二人が身体を離す理由を反故にした。

 

「愛してる、紗綺」

「私だって・・・」

 

さっきまでの嵐のようなセックスとは打って変わって、今二人を虜にしているのはまるで無風状態の水面のような穏やかな交わり。二人の愛の共同作業は、この日もいつものように朝まで、飽くことなく、二人を夢中にさせた。

 

有二・・・

俺、もう紗綺の事、諦める・・・・・・

だから・・・・お前の次で、いいから・・・・

もう、そうするしかないって、分かったから・・・・・

 

交尾活動と呼ぶに相応しい、夫婦にしか認められないセックスの揺らぎは、東の空が白み始めるまで続いたのだった・・・・・

 

 

 

 



時計は9時を回ろうとしていた。

外は氷点下まで冷え込み、澄んだ空気が柔らかく降り続く雪の結晶を一面に煌めかせていた。深く積もり始めた雪は都会の喧騒を吸収し、神秘的で静かな夜を演出してくれる。

正に聖夜と呼ぶにふさわしいひと時。

 

 

 

あ・・・母さんかい?俺だよ・・・有二だよ

うん・・・今、日本にいるんだ・・・・そう、今日帰国した

これから帰ろうと思うんだけどさ、大丈夫?

え?・・・ああ、こっちは大丈夫だよ・・・うん・・・・紗綺の所には寄ってきたから

喧嘩?ははは、してないって、そんなこと・・・・

あのさ・・・明日、父さんも休みだろ?・・・

話が・・・あるんだ・・・・うん、大事な話・・・・

 

 

 

携帯を切ると、僕は夜空を見上げた。

漆黒の闇から音もなく舞い降りてくる雪の一粒が僕の頬に優しい。

後悔、妬み、軽蔑、失望・・・・

真っ黒なキャンパスに浮かんでは消える粉雪を見ていると、心を覆いつくす様々な感情が綺麗に洗われて行く気がした。

前を向くしかない・・・分かっている。

だけど・・・・

 

目の前には傘も差さずに寄り添って歩くカップル。時折彼女の頭に積もった雪を掃う彼氏の仕草が暖かい。

紗綺に直接渡す事が出来なかったネックレス。僕にはもう紗綺がつけているところを想像するしか出来ないけれど・・・

 

きっと、綺麗だろうなぁ

 

柔らかな雪は冷たいはずなのに、僕の冷え切った身体には物足りない。

 

もっともっと降り積もれ・・・・

そして全てを、僕の身体ごと真っ白に染めて、何もかも失くしてしまえ・・・

 

頬を伝う涙はすぐに冷たい塊になろうとする。

 

見たかったな・・・・せめて彼女があのネックレスを付けている所を・・・・・

 

東京駅までに道のりは、足先まで冷えた僕にはあまりにも遠すぎた。

もう、すべてを終わりにしたい・・・・・

 

 

さようなら・・・紗綺・・・・武瑠・・・・・