2011年04月03日

四月になりましたね。私の住む大阪では桜もちらほらほころびはじめていますが。

3月11日の昼間、私は職場にいました。「なんかフラフラすんな〜眩暈かな?嫌やなー」と思っていたら裏で昼食を取っていた先輩が顔を出して「これ、地震やね?」と。その時はまだ「あ?これ地震?眩暈違うかった?私、そんな体弱なかった」と苦笑したのですが、帰宅後テレビの映像を見てびっくりしました。東北の津波の映像、東京の帰宅難民の報道。画面に映し出されるものすべてがあまりにも衝撃的すぎてテレビの前から離れることができませんでした。

あれから三週間以上が経ちました。大阪でも水や乾電池など品切れの物はあり、でもテレビや新聞も通常モードに移行しつつあり…それでもまだ三週間なんだなという感覚が私は強いです。

1995年1月17日。阪神淡路大震災が起こった日。当時高校生だった私は何故かその日は妹3と一緒に寝ていました。それまで地震というものを経験したことがなかったので本当に怖くて、妹3と布団の中で抱き合って揺れがおさまるのを待ったことを覚えています。気持ちがようやく落ち着いたのは、母親が作ってくれたおにぎりを姉妹四人で食べはじめた時だったでしょうか?

あれから17年。今回の東日本大震災では、阪神淡路大震災を経験したからこそ明らかに変わったことがたくさんあるんだなということが本当によくわかりました。関西広域連合の迅速な対応、関西ローカルのニュース番組の姿勢、関西の各企業の取り組みなど、当然そういった様子は関西にとどまりませんが、そういった様子を見るにつけ「大丈夫だろう」という思いがしてきます。私個人ではちまちまとした募金程度ですが、それでも当時は募金すらままならない高校生だったことを思うと、今は「募金ができる」という気持ちです。

今もまだ余震が続いていますね。地震速報を目にする度に緊張します。完全な復興には長い時間が必要になるでしょうが、一日でも早く不安が取り除かれ、みんなが安心できる日が来ることを願ってやみません。

くみこrealorfake at 23:53│コメント(0)トラックバック(0)日常雑記 │

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