浅田次郎原作の映画「壬生義士伝」冒頭の、入隊試験における永倉新八vs吉村貫一郎のシーンに対する海外の反応です。



投稿者「これは2002年の映画『When the Last Sword Is Drawn(壬生義士伝の英題)』の1シーンだ。このシーンは貫一郎の新撰組入隊試験であり、僕の最もお気に入りの場面だよ。ここが映画のピークと言っていい」

 〈↓海外の反応↓〉   
 




・この映画……うちの親父が58歳で死んでから、つまり俺が11歳のころから今みたいなジジイになるまでの期間で唯一泣いたのが……この映画を見た時だった……俺は涙をずっと堪えなきゃならなかった……妊娠中の貫一郎の妻が自殺を図ったところから……そして剣術指南役としての主人公の給金は誰かを食わせるには低すぎて……映画の撮影技術は素晴らしかったよ。この映画を嫌う人のことは否定しない……けれど……俺は本当に虜にされたんだ。



・子供はスターウォーズとかなにか非現実的なゴミでも見てればいいのさ。



・素敵だ!



・……退……屈……だった……なんだ……この……



・クラシカルな映画のクラシカルな場面だね。お気に入りの場面だよ。良い選択だ!



・今までで最も好きな映画の一つだよ!



・すごい……



・どうして6秒のシーンのサムライは現代的な本を持っているんだ?20世紀の世界のものではなく、巻物とかそういうのを持たせるべきじゃないのか。


  →たぶん尊皇派が幕府と戦った1800年代が舞台だからじゃないかな。装甲艦を持っていたことを思えば、ハンドブックを持っていないとする理由がわからないよ。

  →正確には1860年代だな……本はこの時代よりももっと前から日本に存在したよ。

  →彼らは当時ライスペーパー(和紙)を使っていた。耐久性が弱くて高価だが、まだトップクラスで手頃な価格でもあった。

(なぜ和紙のことをrice paperと書くのかは「米を包んでいた紙だから」や「単なる誤訳」など諸説あるようです。それと和綴じの本は少なくとも平安期、空海の三十帖策子が現存する最古のものだそうですので、最低でも彼の亡くなる1182年以上前までには発明されていたことが分かります)



・(日本人?)スポーツ剣士のチャンピオンは真剣による闘いにおいては強くない。この映画は1860年~1870年の、まだ銃が希少で剣がスポーツ用具だった時代の日本が舞台になっている。アメリカ人のペリー提督がこの国を開国させた。徐々に人々は剣よりも銃の方が優れていることに気付き始める。しかし剣に対して銃を持った男は臆病者だと考えられていた。



・良いサムライの殺陣を知らない子供の時は、ニンジャ・アサシンやスターウォーズみたいな下らない格闘に夢中なものよ。



・オーゥ!とても映画的だな!実際には、ほんの数秒で終わってしまうだろうな。しかし非常によく表現されている。すごく好きだよ!



・彼らが“防具”と呼んでいたあのヘッドバンドは何?なんのために使うの?


  →あれは前頭部を守る防具「額当て」だよ。実際の歴史的な例では、より範囲の広い、後ろで結ぶタイプのハーフヘルメットが用いられがちだった。

    →なるほど合点がいったよ。




昔通ってた道場では鉢金と呼んでました。

映画の壬生義士伝は音楽が久石譲で、すごく夏を感じさせる良いBGMだったことを覚えています。

この映画を先に見たせいか、佐藤浩市=斉藤一、堺雅人=沖田総司というイメージが自分の中で定着してしまい、大河ドラマの新撰組!を見た時はひどい違和感を感じてしまったものです。

大きく振りかぶる殺陣はクセがありますが、なんというか泥臭くていいですね。

あと霞の構えがかっこいい


それでは。