中村敏射

2013年10月10日

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取材日:2013年10月上旬
聞き手:REBELSプロモーション

――今回(10月20日「REBELS.21」)の中村敏射×ヤスユキは、マニアの間で裏メインと評判が高まっています。

nakamurayukiya-1中村 ありがとうございます。

――どこか素っ気ない声色ですね。タイの中部、バンコクの東、ちょうど東京から千葉あたりの距離にある名門ジム、プライアナンに所属し、在タイ日本人のムエタイ選手として活躍する中村選手は、サッカーで言うと欧州のクラブで活躍する日本人選手、香川真司などに類する最先端のファイターであると思います。

中村 そんなに良いもんじゃないですけれど、ムエタイのファイトマネーだけで食えているので、プロフェッショナルのナックムエ(タイ語:ムエタイ選手)だという自負はあります。

――次の対戦相手であるヤスユキ選手は、1年半ほどタイに滞留し、その後も渡タイを繰り返しながらタイで20戦16勝4敗(日本で発表している公式戦績に含めていない)という好戦績を残し、今年からREBELS中心に活躍。6月2日に日本フェザー級最強選手の一角、駿太選手を倒し、“ムエタイ都市伝説”として非常に注目されているファイターです。地元の滋賀県でしっかりと就職しながら練習し、試合をする、日本では多い兼業型のプロ。それだけに専業型の中村選手を尊敬し、「もうひとつ人生があるならば、ああいう生活をしてみたかった(※1)」と憧れを抱いていると明言しています。

中村 その発言があったインタビューは読みました。その前に日本人記者の方から「ヤスユキ選手が僕と試合したいと言っている」と聞いた時は「オッ!」と思って注目してみたんです。そうしたら、その発言……正直、気分良くありません。

――試合以外、終始温和な中村選手が口にするには珍しい言葉です。

中村 こういう生活がしたいならすればいいじゃないですか。それをしなかったのは自分の選択でしょう?

――確かに。

中村 カレーを食べた後に「やっぱラーメンにすればよかった」って、「最初からラーメン食べればいいでしょ」ってことです。

――的確な例えです。

中村 そんな他人に聞かせる必要もないくだらないこだわりで僕の名前を出してほしくないです。

――ヤスユキ選手が中村選手の気を悪くしようとして言ったわけではなく、詳細を尋ねられたから答えてくれたまでではありますが。

0424_rebels_13中村 それはそうでしょう。それをヤスユキ選手が言うのも、僕が気分を害するのもそれぞれの勝手です。

――では、ヤスユキ選手の試合は、ご覧になったことはありますか?

中村 YouTubeにあるものを見ました。

――誰との試合を?

中村 名前とかわからないですねえ。REBELSだった気がするけど。

――すると4月14日の梅原ユウジ戦(※2)でしょう。ヤスユキ選手は、自身のFacebookにリンクしているカノンスック・ウィラサクレック戦(※3)を自信作と言っています。

中村 それもインタビュー記事にリンクされていたので見ました。

――都市伝説とまで煽られている実力はいかがでしょう?

中村 どうなんですかね。強いとは思いませんでした。というか、恐いと思えなかった。

――カノンスック戦の完全無欠に思える動きを見ると只者ではない感がありますが。

中村 ほとんど負けなしの戦績なわけですから強いんじゃないですかね。VTRと実際の動きを目の当たりにするのとでは、違うことが多いので、フタを開けてみなくては分かりませんね。勝負は、結果がすべて。負けが少ないということは、強い。だから、警戒する。それだけです。

――ヤスユキ戦、どんな試合展開になるでしょう?

中村 わかりません。自分次第なところが大きいでしょう。開始早々、僕が寝ちゃえば1ラウンドKO負けなんですから。

――そんな試合放棄同然の動きをすることがありますか?

中村 仕事として僕は、相手が誰でも、国がどこでも、プロモーションがどこでも全力を出すことに変わりはありません。それを約束した上で、僕次第で何が起こるかわからないってことです。

――深く謎めいた話になってきました。

中村 僕は常に全力で頑張ります。その試合が接戦になるか、圧倒できるかは、マッチメイカーやプロモーターの胸先三寸です。

――マッチメイカーやプロモーター?

中村 接戦でいい試合になるマッチメイクができて、その試合で充分に力を発揮できる環境を作れるかということです。僕は、常に与えられた条件の中で全力を尽くしますから。

――非常に辛辣な運営サイドへの皮肉のように受け取れます。

0424_rebels_14中村 REBELSプロモーションに不満があるわけでは決してないですよ。逆のことを言うと、日本の選手は、ルールのこととか細かくこだわり過ぎると思います。

――というと?

中村 ヒジ打ちの有無とか首相撲のあるなしとかラウンド数とか。

――そこは選手サイドからすると死活問題では?

中村 練習でやったことのない“寝技あり”でMMAをやれというのは無理ですけど、ムエタイとK-1ルールに大きな違いやこだわりはありません。それは僕やタイ人だけじゃなくて、日本人以外の選手は、おおむねそれほど細かく考えていないと思います。ムエタイルールの5回戦だということで(タイ以外の)外国に試合しに行って、実際は3回戦だったり、ヒジなしだったりしたことは、これまで何回も経験しています。蹴りとパンチで戦うことにそんな大きな違いはないですから、どうってことないです。

――では、中村選手が60kg級のREBELSルールで戦うことも可能?

中村 全然かまいませんよ。ただ、僕はムエタイの選手ですからその持ち味を削げば、その分、弱くもなりますし、試合が面白くなる確率も減ります。

――なるほど、それが前言の「マッチメイカーとプロモーターによる」につながるわけですね。

中村 僕の力がちゃんと出る相手で、ルールやファイトマネーを含む環境が整っていれば、まずもって良い試合をしますよってことです。そこでREBELSさんに不服はありません。あとは相手とちゃんと噛み合えば最高の試合になるでしょう。そこからの責任は、(選手と運営サイドと)五分五分ですよ。

――そこで改めてヤスユキ戦がどんな試合になりますか?

中村 ヤスユキ選手次第のところもあります。きっと良い選手なのでしょう。その彼がどれほどの覚悟でかかってきて、それを僕がどう受け取れるか。両者の気持ちが充実すれば、それがプラスアルファとなって最高の試合にだってなります。なんかイライラさせられるだけだったら、僕はいつも通りでも噛み合わなくてつまらないでしょうし。

――これもまた深い話です。マニアから注目を集めている試合ですが、「凄い名勝負になる」か「ムエタイ的にマニアックな攻防に終始してレベルは高いけどポカーン」のどちらかかと両極端な予想があります。

中村 どうなるでしょうね。

――勝敗予想は?

中村 僕が勝つでしょう。

――よくあるのは、日本とタイの判定基準の違いで「キックボクシングで負けたけどムエタイなら勝っていた」という展開です。

中村 それを選手自身が口にするのを見かけますが、ダサいですよ。僕にはない考え方です。

――2011年4月14日「REBELS.7」で今やムエタイルール外のキックボクシングでは、文句ない世界一となった山本真弘選手(※4)との一戦は、高度な技術戦が交錯する好勝負となって、結果判定ドローとなりましたが、「ムエタイなら勝っていた」とも見える典型の試合でした。

中村 あれはドローですよ。試合直後、「負けはないな」とは思いました。判定を待つ間、「どうせ日本的に負けでしょ」とも。ですから引き分けは納得です。

――キック史上に残るグレイテスト、山本選手の実力はいかがでしたか?

中村 強い。日本人なら一番でしょう。やれば分かる強さです。

――中村選手がタイに本拠を置く前、新人時代に2敗はしていますが、来日して試合をする(外国人扱い)ようになってから、日本人選手戦では、この1分が唯一の白星外ですから、中村選手の実力も推して知るべしです。ちなみに今までの88戦の中で一番強かったのは、誰でしょう?

中村 ガンワーンレックですね。

――2010年2月26日のムエマラソン(ムエタイのワンデイトーナメント企画)決勝戦で判定負けしたガンワーンレック・ペッティンディー戦ですね。

中村 もう全盛期は過ぎた35、6歳でしたけど、とにかく攻撃が痛かったです。今年夏にやったルンラウィー戦は、ローでKO負けでしたけれど、これも痛かった。

――7月26日のルンラウィー・サシプラパージム戦、中村選手ほどのレベルがローキックでやられるとはと驚きました。

中村 現地でやるタイ人は、皆、強いですけど、この二人は特別でした。

――現在も中村選手は、タイ人と同じようなハイペースで試合をされていますか?

0424_rebels_12中村 そうですね。月1回くらい。

――最近の試合は?

中村 9月17日、ルンピニーでタイ人とやってKO勝ちです。

――ここで閑話休題、中村選手のことをよく知らないファンの為に「中村元気がナカムラ・オーピリヤピンヨーに至るまで(※5)」を振り返らせてください。東京都練馬区生まれの中村選手が最初に格闘技に触れたのは?

中村 小四で日本拳法です。そこから2年で松井派の極真空手に入門して、中学いっぱいまで続けました。

――大会でも実績を残されたと聞いています。

中村 中一の学年別全日本(選手権)で準優勝とかですね。

――そこまでやり込んでいたら、大人の日本や世界王者を狙うことはもちろん、それで身を立てようなどと考えておられましたか?

中村 将来的にカラテで食べられればと思ってはいました。

――それがいつからどうしてキックに?

中村 受験勉強で空手稽古を中断していて高校入学が決まって道場で練習したら、なんか急に魅力がなくなったんです。理由は分かりません。何となくというか。

――当時、流行っていたK-1の影響とか?

中村 アンディ・フグとか好きでしたし、見ていました。多少はあるかもしれませんけど、だから空手からキックに行きたくなったわけではないと思います。学校から近いジムがクロスポイント吉祥寺だったから、キックボクシングだったのもたまたまで、それがシュートボクシングや修斗のジムだったら、シュートボクシングや総合をやっていたかもしれません。

――初めて体験するグローブ着用の顔面パンチはいかがでしたか?

中村 難しかったですが純粋に面白かったです。

――空手の基礎があっただけに、入門からプロデビューまで間もないですよね?

中村 15歳の中卒間際に入門して、16歳でデビューです。

――デビューは意外と非ムエタイのRISEでJ-NETWORK、全日本キックボクシング連盟、M-1など色々なリングに上がり、それぞれのルールを経験しています。その頃の目標は?

中村 ルールは関係なく、ただ「強くなる」ことが一番でした。

――それがムエタイに傾倒していくのは?

中村 ちょいちょいソムデートさん(ソムデート・M16)が来てくれたり、トレーナーでハムさんが常駐していて、彼らは、教える動きを全部実践して見せてくれて、それがすごい説得力があって。プロデビュー後に16歳で初めてタイに行ったら、もう何もかもが凄くて、カルチャーショックを受けて。全てが感動でした。

――それが初めての海外だからではなく?

0424_rebels_15中村 空手の大会でロシアに行ったりはしました。それでもタイは特別でした。

――そこからタイにぞっこん?

中村 それから1カ月、2ヶ月単位で行くようになるんですが、その頃は、練習はきついし、生活環境はあわないしで、すぐに帰りたくなってストレスだらけでした。

――それが変わったのは?

中村 19歳の時、今のプライアナンに辿り着いてからです。「ここならずっとやっていける」と思えたんです。

――タイの生活はいかがでしょう?

中村 日本に比べたらずっと住みづらいです。ムエタイで食っているからここにいるってだけで。

――ジムや会場で自分が一流選手であると感じたりはしますか?

中村 全然ないです。僕なんてまだまだ。

――在日外国人選手としては、ルンピニースタジアム認定スーパーライト級王者となったフランスのダミアン・アラモスやラジャダムナンスタジアム認定ウェルター級王者のブラジル人、ジョイシー・イングラムジムと並んで、三大実力派在日外国人ナックムエと見る向きもあります。

中村 ダミアンは凄いですよ。ジョイシーだってバンコクのラジャで(祖国の地元開催興行ではなく)ベルトを獲ったんだから大変なことです。そんな二人に並んでなんかいませんよ。

――二大殿堂のタイトルに届かないのは、中村選手のスーパーフェザー級やライト級で外国人選手が頂点に触れるなど不可能なほどの高レベルだからなのでは? ヨードウィチャー・ポー・ブンシット(※6)などがいる階級ですから。

中村 ジムの住み込みから近くのアパートを借りて独立することを許されたことくらいが少し出世した実感ですかね。

――最近また日本で殿堂のタイトルマッチが盛ん(※7)になってきていますが、この風潮をどう思われますか?

中村 昔、否定的だったこともあります。「タイにいて挑戦してこその本物だろう」「現地で試合を重ねてランキングを上げる苦労なしに一発勝負でタイトルマッチなんて」って。今はすっかりそんな考えはないです。それだけの舞台が用意される環境も含めて実力なんです。てんで弱いのにその位置まで来れるわけないんですから。

――実力確かな日本人選手と中村選手の試合は、ヤスユキ戦のみならず夢が広がります。

中村 僕は別にやらなくていいです。梅野源治選手なんて、そんな対象として見たことないし、応援しているくらいです。凄い頑張ってるのが伝わるじゃないですか。石井宏樹選手だって強いですし。

――そんな中村選手が希望する対戦相手は?

中村 誰とやりたいというのはないです。あえて言えば、有名で弱い選手(笑)。

――すると中村選手の目標は?

中村 戦うことを仕事として続けること……ですかね。

――チャンピオンになることや「最強を目指す」といったことではない?

中村 ルンピニーのランキングに入ることはやはり目標ですし、強くなる為に毎日練習しています。勝った者が強い。だから、結果を知る為に試合をする。そんなところもあります。

――ムエタイヒーローとして歴史に名を残すとかは?

中村 日本で有名にはなりたいとは思っていません。日本で試合をすることだって、昔と違って家族や友達に見せたいとかもなくて、他の外国で試合をするのと変わりません。それがあるならクロスポイント吉祥寺をやめるわけないですよ。僕は、タイや世界で活躍して名前を上げていきたいです。

――なるほど。

中村 ファイトマネーで生活しているし、その額が自分の評価でもあるのだから、少しでも高くしてほしいです。だけど、お金が目的ならこんな生活できません。ムエタイが一番強いと思ったから、本場のタイに渡った。そこで練習して試合をすることが一番強くなる近道だと信じてここにいる。やっぱ、強くなりたいってことなんでしょうね。

――現在、どこまで強くなれたでしょう?

中村 旬はもう過ぎたと思います。

――もう旬ではない?

中村 鮮度というか、ないですね。

――ならば、数年前の旬だった頃の方が強い?

nakamurayukiya-2中村 それはないです。旬だった5年くらい前の自分と戦ったら、簡単に今が勝ちます。スピードやパワーはともかく、ポカをすることがどんどん少なくなっているので。旬であればいいということではありません。

――では、今が経験の蓄積もあり最も強い中村選手だと言っていいでしょうか?

中村 そうですね。

――そんな中村選手がどうヤスユキ選手を仕留めますか?

中村 「これで倒す」というような決め技は考えていません。日本の一発必殺主義みたいなものは僕にはありません。「これが当たれば倒れる」ってよく聞きますが、当てるまで持っていくプロセスが技術ですから、その“流れ”を見てほしいです。

――KO決着は?

中村 痛そうな顔されたら、そりゃあそこを攻め抜いて倒しますよ。

――今回は、かなりディープなお話をいただけました。ありがとうございました!

中村 こちらこそ。

※1 「もうひとつ人生があるならば~」 ヤスユキ2013年8月中旬収録インタビューより(http://blog.livedoor.jp/rebels_muaythai/archives/51907179.html

※2 「梅原ユウジ戦」 NKB時代、無敵無類の強さを誇ったヤスユキが、2013年4月14日、NKB外に初登場。相手は、鈴木秀明率いるSTRUGGLEの看板選手、梅原ユウジ。この試合、梅原の執拗なローキックとヤスユキの伸びやかな左ミドルキックが無数に交錯。結果、ヤスユキの判定勝ちとなった。

※3 「カノンスック・ウィラサクレック戦」 ヤスユキが自ら「現時点の最高試合」と断言する2012年11月17日の一戦。ヤスユキのfacebookページより閲覧可能。facebookにログインして(http://p.tl/pzlo)にアクセス。

※4 「山本真弘」 IT’S SHOWTIME世界61kg級王者。それ以前の初代王者、セルジオ・ヴィールセン、二代目王者、カリム・ベノーイ、三代目王者、ハヴィエル・エルナンデスの三名に打ち勝ち、キック史上に残る伝説を築きあげた。

※5 「中村元気がナカムラ・オーピリヤピンヨーに至るまで」 中村のクロスポイント吉祥寺からプロデビュー当初のリングネームは「中村元気(山口元気会長のリングネームをもらった)」、渡タイ後は「ナカムラ・オーピリヤピンヨー」となり、日本で試合をする時は本名の「中村敏射」を名乗る。

※6 「ヨードウィチャー・ポー・ブンシット」 現在、ムエタイ界でパウンドフォーパウンド最強を囁かれるスーパースター。”ムエタイの神”とまで呼ばれたセンチャイ・PKセンチャイムエタイジムまでも破っている。

※7 「殿堂のタイトルマッチが盛ん」 今年だけでも2月17日にラジャダムナンスタジアム認定スーパーバンタム級タイトルマッチに国崇が、9月16日、ラジャ認定スーパーバンタム級タイトルマッチに江幡塁が、ラジャ認定バンタム級王座決定戦に江幡睦が挑戦。11月17日、ルンピニースタジアム認定スーパーバンタム級タイトルマッチに一戸総太が挑む。

中村敏射のプロフィール

リングネーム(日本):中村敏射 Yukiya Nakamura
リングネーム(タイ):ナカムラ・オーピリヤピンヨー
所属:プライアナンジム(タイ、チョンブリー県)
生年月日:1988年1月2日
出身:東京都
身長:172cm
血液型:A
得意技:跳び蹴り
デビュー年月日:2004年2月11日
戦型:サウスポー
戦績:88戦61勝(34KO)26敗1分
ステータス:元WPMF世界スーパーフェザー級王者

【2013年9月17日現在】

尚、興行詳細につきましては「巻頭記事」をご覧ください。


rebels_muaythai at 19:42  mixiチェック

2011年04月24日

nakamurayukiya-3

リングネーム:中村敏射(なかむら・ゆきや)
所属:プライアナンジム
生年月日:1988年1月2日
出身:東京都
身長:172cm
血液型:A
得意技:跳び蹴り
デビュー年月日:2004年2月
戦型:サウスポー
戦績:61戦48勝13敗

【2011年4月23日現在】


rebels_muaythai at 03:34  mixiチェック

2011年03月24日

nakamurayukiya-3今回の4月興行が東北関東大震災チャリーティーイベントになるという事で、選手の僕自身も日本人として復興に携わり、ムエタイ・キックボクシングを通じて日本を少しでも活性化出来れば良いなと思います。

rebels_muaythai at 23:16  mixiチェック
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