こんにちは。
神谷敦彦です。 

「俺たちがカッコイイと思うことだけをする」というのは
V系の方のインタビューでもよく見られる言葉です。
ということで、この「カッコイイ」を
哲学レベルまで掘り下げてみたいと思いました。

「カッコイイ」を哲学レベルまで掘り下げるために参考になったのは
Acid Black Cherryのyasuさん、
メガマソ時代の涼平さんの言葉です。
お二人ともV系の文化にも紐づけてお話されています。


さらにはTHE YELLOW MONKEYの吉井和哉さんと美輪明宏さんの対談でも
カッコつけること、というと語弊がありそうですが
「ヴィジュアル系」についてお話されています。
自分を商品にするという考え方です。

V系の中では「カッコイイこと」は当たり前になって特徴でもなくなっています。
しかもV系的なカッコよさ、このカッコよさはV系っぽいものまで確立されています。
もう一度「カッコイイ」ことを掘り下げることで、カッコイイの種類が増えますように。

【目次】 
(1)V系は変身願望を追求した結果
(2)対する自然体のカッコよさの強さ
(3)編集後記

(1)V系は変身願望を追求した結果
yasuさんをはじめV系の方を見ていると
メイクでさらにかっこよくなっているけれど
元々カッコ良さそうと思うことは多々あります。
ファンとしての補正は多分に入っている可能性は高いですが(笑)

そんなもとから花を持っていそうな方が
さらにカッコつけることを考え始めたら、それはさらにカッコよくなるという
当たり前の結論に達しますね(笑)
yasuさんのカッコよくある理由のお話は
着飾ることを超えてロック観にも結びつくため、
内面のカッコよさにもつながってしまいます。ずるい。
■Acid Black Cherryのyasuさんの「CD&DLでーた 2016年10月号」インタビューからの引用
自分を飾ることとか、カッコつけることっていうのを否定した時点で、
俺はもうロックじゃないと思うというかね。
(中略)
カッコ良くあろうと思わなくなった時点で終わりなんじゃないかっていうかね。
もちろん、見た目じゃなくて、音楽こそがすべてっていうのもわけるけど、
そこも含めロックなんじゃないかな?って思ってるからね。
このロックが実現する変身願望をさらに追求したのがV系という
yasuさんの考え方も説得力があります。
ヴィジュアルも音も歌詞も、過剰であることがV系の魅力のひとつです。
■Acid Black Cherryのyasuさんの「CD&DLでーた 2016年10月号」インタビューからの引用
自分が変身できるというかね。
そういうところへのあこがれもあってバンドを始める子も多いと思うねん。
その最たるものがビジュアル系文化やったりすると思うからね。
メガマソ時代の涼平さんもV系の特徴について
「大げさ」であることを挙げていらっしゃいました。
何事も大げさに表現しているのを見ると
「誰の評価も気にせず自分に従っていそう」と自由を感じることができました。
■メガマソの涼平さんの「ROCK AND READ 047」インタビューからの引用
僕はヴィジュアル系ってなんでも大げさにやるべきだと思ってるんですね。
化粧だってステージ映えするために大げさにやるじゃないですか?
Stuppy編集長の鈴木邦明さんは「ロックミュージシャンってアイドルだった」、
さらに「V系はその原点に近い」と仰っています。
これを俗な言葉で言い表わせば、カッコつけることや着飾ることで
夢を見せる存在としてステージに立つのがロックミュージシャンということでしょうか。
■Stuppy編集長の鈴木邦明さんの「Cure Vol.173」インタビューからの引用
ヴィジュアル系の(※「の」ではなく「は」でしょうか)
ロックの流れの中の亜流であるかのように言われるんですけど、
でもよく辿ると、そういうロックの政治性とかメッセージ性とかっていう前に、
やっぱロックミュージシャンってアイドルだったんですよね。
だから、ほんとうはヴィジュアル系は
そういうポップミュージックの亜流じゃなくて、
割と原点に近い感じだとすごい思うんですよ。
音楽はもちろんカッコつけることも含めてロックというyasuさんの考え方は、
Stuppy編集長の鈴木さんとも近しい考え方といえそうです。
どちらも生活感のある素の姿よりも、見たひとが夢や願望を持てる姿を重視しています。

(2)対する自然体のカッコよさの強さ
カッコつけた、変身した姿を良しとする考えは
yasuさんや鈴木さんのロックミュージシャンやV系の文脈にとどまりません。
美輪明宏さんは吉井和哉さんとの対談の中で「商品価値」という考え方を示しています。
■「僕らの音楽」で吉井和哉さんとお話される美輪明宏さんの言葉
ヴィジュアルというのは大道具、小道具、衣装、全部兼ねたものなのよ。
それがなくなって普通のそこら辺の渋谷とか歌舞伎町歩いてる人と同じ格好して、
それで舞台出たって商品価値ないのよ。
魅せるという、商売になってないんだから。
yasuさんの「変身する美学」は、
美輪明宏さんの言葉で言うところの「魅せる商品価値」になるでしょうか。
舞台の上に立つ以上、普通のひとと同じ格好では商売にならないと論じています。

その「魅せる商品価値」という考え方を受け継いでいると宣言されているのが
THE YELLOW MONKEYの吉井和哉さんです。
イエモンのDNAはV系よりもグラムとして語られることが多いとは思いますが、
ヴィジュアルも含めて音楽とする考えは共通するでしょう。
年齢を重ねるごとに艶を増しています。
■「僕らの音楽」で美輪明宏さんとお話される吉井和哉さんの言葉
ヴィジュアル系みたいなのはもう嫌だと思って、
そのときにお会いして怒られたじゃないですか。
やっぱ僕はもうずっと一生ヴィジュアル系だなと思うんです。
で、もう、美輪さんの遺伝子を、まぁ恐れ多いですけども受け継いだ一人だと思うので、
それをまずは一番宣言したいと思って今日はお招きしました。
衣装を含めてカッコつける、着飾ることは
発言からすると吉井和哉さんも距離を置きたい時代があったのかもしれません。
それでも「一生ヴィジュアル系だなと思う」という考えに帰ってきたのは
ステージに立つ、街にいるひととは違うという自覚でしょうか。

最後にひっくり返すのですが、カッコつけることはカッコ悪いという考え方も当然あります。
自然体、等身大という言葉があるように、そのままの自分でいることが
最大の魅力発信ということもあります。
松任谷正隆さんは自然体の魅力をお話されています。
■松任谷正隆さんの「僕の音楽キャリア全部話します: 1971/Takuro Yoshida―2016/Yumi Matsutoya」からの引用
若い頃も、今も、等身大のものが好きなんですよ。
たとえば、ザ・バンドとボブ・ディランの魅力って、いろいろあるけれど、
僕が特に感じるのは、去勢をはっていないところです。自然体なんだよね。
(中略)
トゲをあえてるくるような音楽に魅力を感じなかった。生理的にね。
着飾るカッコよさと自然体のカッコよさ。
どちらかしか選べないとしたら、私たちは何を基準に選ぶのでしょう。
好きなミュージシャンを並べてみたら、どちらかのタイプの傾向が出るかもしれません。

「どの音楽が優れているかなんて好みの違いでしかない」と言い放ったのは
エディ・ヴァン・ヘイレンさんでした。
音楽の世界が客観的に良い悪いを言えない曖昧なものであると同時に、
誰でも楽しめることを表現した名言です。

着飾るカッコよさと自然体のカッコよさ、どっちが力が強いかというと
いまは自然体のカッコよさかもしれません。
これは無条件に愛してほしいというひとの欲求があるので、
自然体が選ばれるのかなとも思います。

着飾るカッコよさは、論理も武装しないと自然体のカッコよさに負けてしまうかもしれません(笑)
V系は内面も着飾らなければならないという修羅の道が待っています†††

(3)編集後記
音楽が客観的に論じられないとすると、
厳密な意味で解説や評論も成立しないといえるかもしれません。
あるのは解釈や感想でしかありません。
でも、それは皮肉ではなくだから音楽は自由で楽しいんだろうと思います。

これからもどんどんカッコつけていってくださいますように。

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