2010年07月12日

ずっと。

貢ぐ男の後談です。




「芦屋くんと何話してたの?」


二人の地元駅を降りた帰り、菜津の問いかけに対し"言えるわけないよな"、と心中で言いつつおもむろに菜津の頭に手を乗せわしゃわしゃっとした。


「ちょっ、何…!」

「菜津って勘鋭いようですっげー鈍い、って話。」

「はぁ!?あたしのどこが鈍いって!?」

「あぁ鈍いね、すっげー鈍い。」


頭の上の手を取り払うと、菜津はムキになって反論する。だが健も健で撤回はしない。


「鈍くない!」

「証明できるか?」

「出来るね!出来ますとも!!」


自信ありげに言う菜津。やってみろと言わんばかりの視線を向ける健。


「ずばり、健ちゃんの好きな子を当ててみせようぞ!」

「・・・。」

「ふふふ…って、あ、アレ?」


健は逃げるように早歩きで進み始めた。菜津も置いて行かれないようにと早歩きで付いて行く。


「あ、あのね、健ちゃんの、好きな子はね、健ちゃんと、すごく仲が良い子なの!」


早歩きというか若干小走りになっている菜津は少し喋りにくそうにしつつも、証明の続きをしようとしていた。健はそれを聞いてか聞かずか、ただ黙って歩き続ける。


「それで健ちゃん、その子には優しいの!特別!相変わらず、ぶっきらぼうだけど!」

「…普通仲良くなかったら滅多に好きにならないし、好きでもなかったら特別優しくもしないだろ。」

「じゃあ、核心に迫ってくよ!」


健が言葉を返したことで、自分の話を聞いていると確認した菜津はニンマリとした顔をして話を続けた。


「健ちゃんは、その子のことを誰より理解してるの!親なんかよりも!好きなもの、嫌いなもの、何でも知ってる!それでその子が喜ぶこと、色々してあげてて、すっごい尽くしてるよね!ちなみに、いつから好きかっていうと、小さい頃からずーっと!本当健ちゃんって一途だよね!だから彼女作らないんでしょ?」


核心に迫るというだけあって、迫る前もそうだったが、健の心中は図星を指されまくりだった。そうであるなら、菜津が考えている健の片思いの相手もわかっているはずなのではないか、そんな予感が沸々と健の脳裏を埋めていく。そしてそれは、次に菜津から出る言葉で確定されたものとなった。


「あんまりに一途で、一緒にいるから、時々その子と噂されるよね、付き合ってるって!」


健の足が止まった。止まったと同時に、それまで感じていたどしようもない恥ずかしさと焦りとが一気に湧きあがって、軽いパニック状態になっていた。菜津は最初からわかっていた、と。
足が止まった健の後についていた菜津は、健の背中に「わぶっ」とぶつかり、やっと落ち着けると上がっていた呼吸を整えていた。そして、ある程度整ってから、再び話をしだした。


「にしても健ちゃんも年季の入った奥手だよねー。二人っきりになる機会なんて数えられないほどあったのに、なーんにもしてこないんだもん。」

「・・・。」


何も言葉が出ない。身体中が熱くなるだけで、健は何も言葉が出てこなかった。菜津の話を否定するか肯定するか、どうするか。仮に否定したならほぼこの思いが成就するのは難しくなるのは頭でわかっているが、今まで隠し通してきた分の躊躇いが邪魔をして、肯定するのに踏み出せないでいた。たった一言を言えばいいだけなのに。


「ねぇ健ちゃん。その子にいつ告白するの…?」


今、一番自分が聞かれたくないこと。


「このままでいいの…?」


今、一番自分がわかっていること。


「他の人に、取られちゃうよ…?」


今、一番自分が恐れていること。


「俺に、どうしろっていうんだよ。」


今、健の口から出る言葉はこれが精一杯だった。


「フられるの怖い?」

「怖いに決まってんだろ!ずっと今まで一緒で、それが当たり前で、失くしたくないもんになってて!もし全部壊れたら、たった一言で壊れるぐらいならこのままでいい!!!」


珍しく語気を上げる健に気後れする菜津だったが、大きく深呼吸をして自分に気合を入れた。


「じゃあその子の気持ち教えてあげる!その子だって健ちゃんと同じで、ずっと今まで一緒で、それが当たり前で、失くしたくないものだって思ってる!嬉しい時も楽しい時も寂しい時も悲しい時もずっとずっと傍にいて、これからも一緒だって思ってる!だけど健ちゃんと違うのは、このまんまじゃイヤだってこと!」


健は菜津の言葉を聞きながら、今自分が何をするべきか、何を言うべきか明確にわかっていた。わかっていたが踏み出せない。年季の入った奥手と言われてもしょうがないと思った。情けない。


「前に一度だけ他の男の子と付き合ってみたけどダメだった。何か足りなかった。キスされそうになった時なんて、健ちゃんじゃないのがすごくイヤだった。それから彼氏作んないで、ずっといるんだよ?二人っきりの時だって、何かあるんじゃないかって期待してるのに、何にもないし。…あんまり何もないから、本当は自分の自意識過剰なんじゃないかって、どっかで思ってるんだよね。」

「…なぁ、菜津。」


キタ。菜津は瞬時にそう思った。


「その子って、誰?」


ズルイ。菜津の期待は予想外の言葉で崩され、気付いた時にはパシンッと小気味良い音を立てて健の頬を叩いていた。


「鈍いのは健ちゃんの方じゃん!!!」


健は涙ぐみながら走って行く菜津を見て、自分が何をしたかイヤというほど理解していた。

"菜津に嫌われる"

本来の菜津は自分の感情を表に出すことが苦手で、それを隠す癖を持っていた。告白なんてもっての外な臆病な人間だった。だからこそ、バレるような態度を取るぐらいなら、さっさと暴露してしまうか徹底的に隠し通せ、という考えを持っていた。
その彼女がここまで健の気持ちに気付いていて、なお且つ自分の気持ちもほとんど暴露するようなことをした。なのに健は菜津の思い切った行動を踏みにじるような言葉を投げてしまった。
頬の痛みから、文字通り痛い程理解していた。


「菜津!」


走り去った菜津に追いつくのは簡単なことだった。
健は追いついた菜津の手を取ると自分の元へ引き寄せて、逃げないようにしっかりと抱きしめた。壊れてしまいそうなほどにしっかりと。


「はなっ、離して!離してよっ!!」

「イヤだ。今離したら、それこそ全部壊れる気がする。」


菜津は必死に離れようとするが、しっかりと自分を包む腕は簡単に緩みはしなかった。


「ずるい、健ちゃんずるいよ!」

「ごめん。」


抵抗の無駄と思い始めたのか、もがいていた腕は次第に大人しくなり、その手は
健の背中を掴んでいた。


「俺、菜津の嫌いなことしたよな。何でも知ってるはずなのに、何やってんだろ。」

「・・・。」

「いや、何でもは知らないな。菜津の好きな奴、さっきまで知らなかった。」

「・・・。」

「自惚れていいんだよな?」


菜津は何も言わないかわりに、健の背中をぎゅっと掴んだ。
もうこれ以上、恥ずかしくて何も言えなくなっていた。


「俺、菜津のこと好きだ。だからずっと一緒にいたし、ずっと一緒にいたい。」


僅かに震えている菜津はこくこくと頷く。
そんな菜津の頭を優しく撫でる健。


「菜津が欲しい。」


そのひと言で、菜津から堰を切ったように嗚咽が漏れ始めた。


「・・・ひっく・・もっかい、っん、もっかい言って・・・!」

「菜津が好きだ、菜津が、俺は菜津が欲しい…!」


それからしばらく菜津が泣きやむことはなかった。
ただひたすら泣きながら「好き」と「健ちゃん」という単語を嗚咽の中に織り交ぜていた。
そんな菜津を健はただ黙って抱きしめていた。

菜津が泣きやむまでずっと。
手放さないようにずっと。
傍にいられるようずっと。

ずっと、ずっと.....





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red2moment at 00:46│Comments(0) 短編 

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