2010年06月18日

よかったら、一緒に行かないか?

そのひと言は、とても大きな一言だった。





カリカリカリ、と文字を書く音が響く。

静寂。

教室はその広さを持て余したように、2人の男子生徒と女生徒だけにしか提供されていない。時折聞こえる廊下を歩く音。それ以外はカリカリカリ、パラリ、文字を書く音と紙を捲る音しか響いていなかった。けれども、教室にいる二人にはそれ以外の音が、しっかりと確かに響いていた。

鼓動。

自分にしか聞こえない、普通より早く強いドクンドクンという音。お互いそれに気付くわけもなく、ただ自分のその音を紛らわすかのように、必死となって手元と頭をフル活動させていた。まるで目の前の物しか目に入らないといった様子で。

集中。

そうすることでしか、お互いこの空間に居座ることは出来なかった。本当は今すぐにでも落ち着きたい、この胸の音を消し去りたい。居心地が悪いが心地よいこの空間。ほんの少し前までは、ただ気まずかっただけだったのに。

自習。

二人しかいない、二人だけの教室。いつも数十人の生徒がひしめき合っていた教室が、長期休みに入った途端ガラリと、見渡すといつもより広く感じさせる教室へと様変わりした。初めの頃はまだ十人近くの生徒が思い思いに足を運んでいたが、それも次第に減っていき、休みも中頃になった今は自習場所を求めた二人だけ。

密室。

鍵が掛るわけではないが、確かに密室と呼べる場所だった。そしてそれは、二人の気まずさを変化させる大きな要因でもあった。別段勉強が好きではないが、さっさと課題を終わらせたかった。そのために選んだ勉強場所が自分らの教室だった。この教室が二人だけの場所になったのは意外と早く、気付いたら二人だけで勉強をしていた。特に話すこともなく、黙々と。

意識。

ただ、二人は二人きりということだけは気にかかっていた。特に仲が良いわけでもなく、話したことも数える程度あるかどうかわからないクラスメイトと二人きり。確かに気まずかった。だからこそ余計に気を向けてしまう。だがそれも課題が終わるまでと思っていた。思っていたが、日中の大半をずっと一緒にいた。その時間だけお互いを意識し続けていた。

錯覚。

今では単純に"気になってしょうがない"と思える相手になっていた。そして別の言葉で表すなら"好き"と思える相手になっていた。他人から見れば、ただの錯覚としか思われないだろう。それは仕方がない、実際に錯覚なのだから。数週間密室に二人きりという状況は、お互いを気にしすぎる要因には十分だった。

閉鎖。

課題も疾うに終わって、本当にただ自習のため−という建前−で毎日休みだというのに学校へ来ていた二人。だが、長期休みには閉鎖時期がある。そして今日が、その前日であった。しばらく学校へ来ない日が続く。また入れるようになったなら、ここへ来よう。二人はそう考えていた。だが、相手はどうだろうか。いい加減面倒になって来なくなってしまうのではないか。そんな不安がよぎって仕方がない。

思案。

そして二人は、その不安を打ち消そうと思った。そうだ、ちょうど今週末に大きなお祭りがある。思い切って誘ってみようか。いやでも、大した話もしたこともないのに、不思議と思われないだろうか。頭の中で同じ問答を繰り返し繰り返ししていると、既に時間は夕方を過ぎていた。帰宅をしなければならない。これ以上考えていられない。

行動と期待。

誘うならこのチャンスしかない。帰宅準備をする二人の頭は"どうしよう"それだけが巡っていた。だが、なかなか踏み出せない。一歩が踏み出せない。そして先に帰り仕度を終えてしまった女生徒は、ここまでかと思い、教室を後にしようとした。その時、聞きなれないようで聞きなれた男子生徒の声が、女生徒のことを呼び止めた。

最後の最後で、男子生徒は行動を起こした。

一気にお互いの胸が高鳴る。

女子生徒はほんの少しの期待を持って、男子生徒の方へ、ゆっくりと振り向いた。

今週末の予定を聞く男子生徒。

否定で答える女生徒。

祭りの話題を振る男子生徒。

次の言葉を待つ女生徒。






「よかったら、一緒に行かないか?」






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red2moment at 23:05│Comments(0) 短編 

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