mikononegai



続きは屁みたいな被害の私の話です



今私が住んでる実家は関東です。が、南東北といっても過言ではない辺りです。

不具合インテルNEWPCのチップセットを店頭持ち込みで交換してもらい、
車のシートに敷いて座ると天井に頭がつくという理由でトランクにしまいこんでいたブ厚いクッションと、
去年クリスマスにお姉ちゃんがプレゼントしてくれたニトリの羽毛布団で、
バックミラーで後ろが見えにくくなる程過剰包装されたPCを後部座席に積んで、超安全運転で帰る途中。
5車線の国道から裏道へ入ろうと右折レーンの先頭で青矢印待ちをしていた時のこと。


あの日私が遭遇した震度は6強でした。


車がおかしくなって跳ねている。 (前に故障でよくあった)

あ、違うw 左右をデカいトラックが走ってるからかw (あまりに揺れるので半笑い)

やけに長いうえに周りの車が止まりだした。 (え、うそ地震?)

周囲の電柱や電線がうねり、対向車線のトラックがポンコポンコ跳ねている。 

な、なに…え…?車だめ?降りる?安全?PCが!青矢印赤になっちゃう!あれ、信号黒い…? (混乱)


周りの車も皆止まり、信じられない揺れの大きさに戸惑っている様子。
しばらく(何秒くらいか不明だけど凄く長く感じた)して揺れがおさまる。
どうしていいかわからなかったけど、右折する先から車が一台走ってきたのを見て右折する。

何が起こったのかまだちゃんと理解できていなかったけど、既に私の頭の中にはポチがいて。
一刻も早く帰らなきゃとしか考えてなかった。

走っているうちに、今までの地震とは違うということが少しずつわかってきた。
道路沿いの民家の塀や壁が見事に崩れている。
来るときにはなかった隆起や亀裂がある。
道路の真ん中から水が高々と噴き出している。
電柱が別の電柱に倒れ掛かっている。

そして何度も来るデカい余震。
道沿いの大きな病院のロータリーに看護師やストレッチャーに乗せられた患者が集まっている。
それを見て、家で一人留守番をして寝ているハズのポチのことを考え、半泣きで車を走らせる。
途中、ガルカから電話が来て何が起こっているのかを知り、
メールで職場の母と姉の無事を知る。
『大丈夫!?母は無事、お姉ちゃんも無事だって!ポチが心配だから○○(私)帰ったらよろしくね!』

早く、速く! ポチ!

信号が消えた交差点を慎重に越え、
道路を塞ぐ崩れた塀のガレキが散らばる道を迂回し、
事故か何かで詰まっている道を更に迂回し、
北の惨劇を次々と吐き続けるツイッターを信じられない思いで時々眺め、
やっと家に着いた。

よかった家は崩れてない!
と、思った瞬間、家の中にいるはずのポチが少しびっこを引きながら庭の端から駆け寄ってきた!
珍しくピーピー鼻を鳴らしながら嬉しさで耳とシッポをパタパタさせつつちょっと腰砕けなポチ。

あはぁぁぁぁぁぁああぽちぃぃぃぃいぃいいいいよかったぁぁっぁぁぁ!!!!!

とギュッと抱きしめようとしたけどよけられた。(ギュッとされるの嫌い)




家の中は結構メチャクチャでした。
冷蔵庫がバッタリと倒れ、固定された棚から落ちたグラスの破片が床に散らばり、
鍋やフライパンやなんやらが散乱。仏壇は無事。でも内壁に所々ヒビが。
家中の鍵のかかっていなかったサッシや窓が半開き。
ポチはそのサッシから外に出たようでした。足はどこかにぶつけたのかも知れません。
何か物が当たったりはしたかも知れないけど、ポチが無傷で本当によかった。

その日の夜は勿論停電で、寒さと余震に怯えながら韓国語が混ざったラジオを聞き寝ずに過ごしました。

次の日の朝6時頃電力が復旧してテレビを見て、日本が今どんな状況なのかを目の当たりにしました。
夢のようでした。(悪い意味で)
もし海が近くにあったら…と思うと(略


10日経ち、行き過ぎな報道バカや鵜呑みバカ、買い貯めのバカ共には怒りを覚えますが
警告ランプが点いた車で仕事に通い、計画停電に踊らされ、節電しつつ毎日を送っています。
原発から逃れて来た方達も多く見かけます。

皆さんは大丈夫ですか?私は早く、動くタルタルに会いたいです。
被災地の方々にかける励ましの言葉はいくらでもあるでしょうが、
言葉にすると安っぽくなってしまう気がするので心の中で毎日祈ってます。
祈って祈って応援しながら、自分ができることをします。


ひとつだけ言うなら

お父さん、ポチを守ってくれてありがとう。
サッシ開けたのってもしかして…?


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