March 21, 2006

最近

最近、部屋とか自分の大掃除をしてるのだげども、
昔、自分が作った、変な文章などを見つけたので
載っけておきます。


退化の車窓から


なんでかしら、その頃僕は毎日電車に乗っていた。
電車は走る事自体楽しくて、
風景が通りすぎて行くのだけども、
だけども、僕の関心ごとはが車内の乗客達だった。
あの当時、人間という物が初めて不思議に
思えてきてしょうがなかった。
今まで当たり前に、人という物に取り囲まれて生活してきた僕だが
初めてその状況に疑問抱いた時期だったワケだ。
車内の中の人たちは格好のサンプルであった。
そして世の中を僕は車内で少しづつ吸収していた。

その頃僕は初めて音楽といういうものの
素晴らしさを知った年頃であった。
ウォークマンを手にして以来毎日爆音で耳元から頭を刺激して、
その感覚に酔いしれながら、辺りをきょろきょろ見回し、勝手な妄想は
とどまることを知らなかった。
きれいな女の人を見回しては、
「この人はこの素晴らしさを気づいてるのかな?」
「もし気づいてないんだとしたら、どうしたら
このすばらしさに気づいてくれるのかな』
と、気をもみ、気をもみ続けた結果、
ヘッドバンキングという行動をとることが、日課になってしまった。
おまけに難聴にもなった。

その頃僕は、あまりまともに学校に通ってなかった。
昼過ぎに乗る電車は閑散としてて、子供の僕は、多少奇異の目を
持って迎えられたように思う。
あの頃、まだまだ、子供は昼間外を出歩いちゃ行けなくて、
「学校行かないでなにやってんだ」みたいな、のりがあったようだ。
僕はその時間帯の電車が好きだった。
じーっとシートに座りながら過ぎ行く景色を眺め、瞑想する時間は
何にも代え難かった。学校がある駅を乗り過ごし、そのまま海の前の駅まで
小旅行に行くこともあった。
思考はとどまるとこを知らなかった、当時、考えることが沢山あって
何を見ても新鮮で、飽きずに考えることができたものだから、
何時間でも電車に乗ってられた。

その頃僕はけんかを覚えた。
ボンタンとか汚い言葉とか、そんなのに怖いと思いながら
引き寄せられて行く自分がいた。
ある日僕は、喧嘩を売ってみようと思った。
いわゆるガンをつけるという奴だ。
目をそらした方が負けだということで、
全く他人である相手の目を直視するが、
これがなかなか難しくて、恥ずかしかった。
相手に意識を集中しないと、すぐに目がそれてしまう。
それにしてもナンのかかわり合いも無く腹がたってもいない奴の
目を相手にするのはなかなか難しい作業だ、というより、
かなり無意味な作業だが、男なら、一度くらいはやるべきだと
どこかで吹き込まれ、やらなきゃ行けないということになっていた。
僕はそういうのに不慣れな人間なので、やっぱり向いていないなと思い。
人の目を見るのがすっかり苦手になってしまった。

その頃僕は大人を馬鹿にしていた。
僕のいつも乗っている電車でかっこいいな
と思える大人は一人もいなかった。
ああいう大人にはなりたくないなと思い、
ナンでみんなバカみたいに我慢して、立ってるんだろうと思いながら
我慢して立っていた。かなりふにゃふにゃなりながら。
僕がかっこいいと思える人は車内にはいなくて、
いつも耳元で歌ってるテープの中に住んでいた。
テープの中の世界と、外の世界はまるで違ったけど、
ウォークマンを聴きながら覗くこちら側の車内が好きだった。
いつも、大人とか社会をバカにしながら覗いていた。
覗いてる車内に僕が存在していることなど全く考えられぬのだった。

その頃僕は悩みだらけだった。
自分が今いる世界で小さいことがいやでいやで仕方なかったし、
将来に漠然とした、不安しかなかったように思う。
大人を見るにつけ、俺もああなるのかと思うと、全然楽しくなかった。
この悩みは毎日電車に乗る時代が終わっても、終わることが無く、
いまでもほんの少し続いている。

それにしても、僕は大人になったのだろうか??
全然あの当時と、あんまり変わらないのだけれどもなー。
年とったけど、全然成長してない、むしろ退化してるところも沢山ある。
子供のまま退化してるんだから事態は深刻だ。
ああはやく大人になりたい。でも子供のままでもいいかなー、というより
今その中間。です。
  
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February 24, 2006

音楽 = マイライフ?

ba82ce60.jpgヒドく私事なので、恐縮なのだけど、俺はやっぱり音楽が好きだ。
一時期は聞くだけになってしまった音楽だけど、最近ようやく演奏する機会にも恵まれ、久しぶりに自分の中での音楽熱が高まってきた。
この前、カオサンナイトというイベントをやったのだけど、演奏した事自体が、ヒドく楽しかった。
昔は、ライブってあまり好きじゃなかったんだけど、今回は思いっきり、のびのびとやれて自分的にもとても楽しかった。
よーし、次回も楽しむよ〜。  
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February 20, 2006

この前の続き

この前の日記で、触れていた電気用品安全法の反対署名のページを見つけた。
「どうすればいいの?」とこの前書いたが、これが一つの答えかもしれない。
http://www.jspa.gr.jp/pse/  
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はるちかし?

今日はあいにくと寒い天気だけど、ここ何日か暖かい日々が続いた。
たまたま、お昼に空いた時間ができたので、久しぶりにお昼の時間帯を
自分のアパートで過ごすことにした。

それにしても、この日は暖かかった。二週間ぶりに普段つけられることのないテレビの電源を入れ、ニュースを見ていると、今日の最高気温は22度くらいあるらしい。
暖かいのはいいことだけど、ちょっと二月にしては暖かすぎるな、、、今年も地球は異常気象ぶりをはっきしているなぁ、と思っていたら、ドンドンとドアがなった。

滅多に人が訪れることのない部屋なので、どうせこんな時間に来るのは悪友くらいなものだろうと気楽に、
「あー、なにー?こんな時間にだれよ?」
と、返したら
「あー、兄さんちょっといい?」
と言っている。どうやら友達ではないらしいので、ドアを開けると
やつれた新聞勧誘のおじさんがたっていた。
「お兄さんサンスポとらない?サンスポ??」のたまっているので、
ちょっとからかってやることにした。
「何言ってんだよ、おじさん、今はインターネットの時代だよ、知らないの?」
おじさんは、かなり面食らったカオをしている。
「ロッテの試合の結果だってね、知りたいと思った瞬間に、ポンとキーボードを押せばすぐわかっちゃうんだよ。そおゆう時代なの、わかるおじさん?」
「お兄さん、そんな難しいこと言わないでさ、とってよサンスポ、ね?結構面白いよサンスポ。ね?」
む、こやつ、なかなか手強い、、、、。かくなるうえは、、、
「とにかく僕はいらないよ、いらないったらいりませんよ!!」バターン

ふー、せっかくの空いた時間に無駄な体力使っちまったぜ。
それにしても、今ドアを開けてわかったことだが、今日はかなり暖かい。
うーん、久しぶりに部屋の空気の入れ替えをしてみるか。
家中の窓を全部開けてみる。
全然寒くない!!うーんなんだか新鮮な空気が入ってきて気持ちいいな〜
もうこうなったら、ベランダに出て日光浴をしてみよう。
(なぜか僕のアパートはぼろアパートのくせに、ベランダがついている。とはいっても、物干し場と言ったほうがいいような代物だが、、、)

ゴミ捨て場と化しているベランだを片付け、椅子をセッティングし、ラジカセを持ってベランダに出てみた。
うーん最高の気分だ。それにしても僕の住んでる高円寺は、完全に都会化した場所だと思っていたが、こうやってベランダでくつろいでみると、なんていうか、季節の変わり目をかすかに感じられる。
こうやってまちを見渡してみると確かに家やアパートだらけだけど、庭や空いたスペースには木が几帳面に植えられていて、意外と緑が豊富なように見える。

そういえば京都から来た人とお酒を飲んでいたとき、その人が「東京は緑のまちだと思った」と言っていたが、それもあながちはずれではないのかなぁ。
たしかに、これだけ建物が多い割には、木が結構あるよな。うーんなかなか、東京の人もやるじゃないかと少しうれしくなってしまった。
しかし、部屋の中のサボテンはすべて枯らしてしまったことを思い出し、少しブルーになってしまう二月の東京なのであった。
  
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February 08, 2006

ひ、ひどい、、、


今日たまたま見てた、mixiのふみおくんの日記より。
今日初めて知ったが、こんな法律がちゃくちゃくと進行してるんです。
これはヤバい、そしてヒドい。こんな法律がまかり通っていいのか?
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マイミクのNA-GA氏からのコピペ。
クソ法律が4月から施行するんだと。
まったくザケやがって(怒



フェンダーやマーシャル、メサブギー、ハイワット、ダンブルのアンプ
ローズ、ウーリーツァーなどのエレピ
ミニムーグ、プロフェット5、アープオデッセイなどのシンセ
UREIやNEVEなどのアウトボード、コンソール
ハモンドオルガン、テルミン、オンドマルトノ、その他すべてのヴィンテージ電子、電気楽器

例えばストロベリーフィールズフォーエヴァーのメロトロン
マーヴィンゲイのウーリーツァー
EL&Pのハモンドやミニムーグ
チックコリアのローズ
ジミヘンのマーシャル
レディオヘッドのツインリヴァーブ VOX AC-30
その他コンパクトエフェクター類


             全  て  死  亡



直接電源の無いエレキ楽器類は平気っぽいが。
上記のものはネット販売、オークション、さらには個人間の売買すら禁止!!


2001年4月に施行された電気用品安全法によって、過去に発売された電気機器の販売がいっさいできなくなります。現在は猶予期間中につき販売は可能ですが、猶予期間は2006年3月31日で終わります。つまり、今年の4月1日からは、古いゲーム機や、ビンテージアンプ、シンセサイザー、オーディオ機器、レーザーディスクプレーヤー等の売買ができなくなるのです。

この法律によって、

楽器を弾く人やDTMをする人は、各種アンプ、シンセサイザー、電気オルガン、DTM機材などが
音楽を聴くことが好きな人は、レコードプレイヤーやCDプレーヤー、アンプ、コンポなどが
アニメや映画などAV鑑賞が趣味の人は、レーザーディスクプレーヤーやベータ規格のビデオデッキなどが
ちょっと昔のゲームが好きな人はプレステやドリキャスなどが


今年の4月から二度と手に入らなくなるのです。


ひとごとではありません。この法律によって影響を受けるのはあなたです。
これらの文化的損失を許さないためにも、少しでもこの法律のことを知って広めてください。
今ならまだなんとかできるかもしれません。法律が本格的に施行されてからでは遅いのです。


石橋楽器買取販売終了のお知らせ
http://www.ishibashi.co.jp/nagoya-sakae/used/used.htm
電気用品安全法(法令データ提供システム)
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S36/S36HO234.html
電気用品安全法のページ(経済産業省)
http://www.meti.go.jp/policy/consumer/seian/denan/
電気用品安全法の概要(経済産業省)
http://www.meti.go.jp/policy/consumer/seian/denan/outline/hou_outline.htm
電気用品安全法
http://homepage3.nifty.com/tsato/terms/denan.html


これは大変な事です。
ローズピアノやヴィンテージアンプが闇取引される時代・・・・
しまいにゃ中古エフェクター類全部死亡・・・・・・

シューゲイザーというジャンルが日本から消えるのはまず間違いない。
次にアンプが欲しくなっても誰も買い取ってくれないし、友達に売ることすらできない。
フェンダーやVOXのヴィンテージトーンは日本では一生得る事が出来なくなるし
NEVE等のミキサーアウトプットプリアンプで作られるレコーディングサウンドプロダクションも日本では不可能になる
ローズピアノをメインに据えているバンド達は、そのローズが修理不可能な状態になったら解散?????

これは大変な事です。

一人でも多くのバンドマンに知ってもらうために、これを見た人はコピペして自分の日記でも載せてあげてください。
あまりに知られていないこの事態をまず世間に広める事が必要です。
よろしくお願いします。
??????????????????????????????
ヒドすぎて言いたいことが山ほどあるのに、何から言っていいかわからない。
輸入CDの販売禁止のときも、なんでこんなことを国は思いつくのか、と思ったが、
今回も全く同じ。そんなに日本の文化活動を停止させたいのか、国は!!
そしてロボットのように、一日中働けというのか、国は!!
新品しか売らなければ、経済が活性化するとでも思ってるのか、国は!!
まだ、使い捨て文化の経済成長信仰にしかすがれないのか、国は!!
中古電気用品の売買ってこれってようはリサイクルじゃないか、
口では、ゴミを減らしましょうとか、リサイクルを進めましょうなんて言って、
やることはこれかよ、まったくあきれます。

こんな法律はなくしたいと思う。
でもどうやって?  
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January 25, 2006

自転車、チャリンコ、サイクリング

やばい、これは面白すぎる。マジで気分爽快。
これは何かって言うと、自転車である。最近ちょっとはやりのメッセンジャーバイクって奴である。
金ためてー買っちゃいましたよ、bianchi!!
いままで、ママチャリとぼろぼろのスポーツサイクルしか知らなかった俺だが
こいつはマジでビビった。だって全然一生懸命こがなくても、
原付バイクに対抗できるぐらいのスピードが出るのだ!!
おまけにガソリンはいらないし、免許もいらないし、赤信号も無視しまくれる。(注、危険)
朝などはバイクなどで通勤するより全然早いし、何より気分爽快。
いやぁちょっと高かったがこいつはいい買い物をした。

カリーナにまたがってやんないと一日が始まらない毎日である。(注、自転車の名前)
うーん新しい恋人出現って感じですな。
こんど山まで行ってみよーっと。

  
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November 10, 2005

夢の景色

先日僕は、東八道路を免許センターに行くため、てくてく歩いていた。
こっちに超してきてから、初めての免許更新。初めて歩く道だった。
緑が増えて広々した風景が広がっていて、ごちゃごちゃしたところから来るとなんだかそれだけで嬉しくなってくる。
ああ、ここなんだか見たなぁ。そう一年ぐらい前に見た夢の景色そっくりだ。
その夢の中でも僕は車に関係したなにかをやろうと広々した景色をさまよっていた。
ああ、もしかしてあの時も更新しようとしてたのかなぁ。
今までも、初めて見る景色のはずなのに、あ、これ夢で見たような気がするというのはあった。
デジャブなのかな。
その夢だって特別印象に残ってた夢というわけではなくて、この風景を見なければ、思い出される事のない夢の一つだったかもしれない。
何かの本で、夢を見ないという人がいるけどそれは誤りで、人は誰でも夢を見るのだけどただ思い出せないだけなのだ、という話を読んだ事がある。
その夢の風景が今見てる風景に似てただけなのか、それとも今見てる風景を夢で先に見てしまったのかはよく判らないけど、とつぜん大昔の夢を思い出したのだから、記憶の回路は不思議なものなんだな、自分でも全然制御しきれてないんだな、ということを実感した。

でも逆にそれは自分にとっては嬉しい事でもあった。わからない事ほど面白い。
人間の記憶の扉は不思議だ。  
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October 31, 2005

最近僕は毎日酒を飲んでる、ほとんどは仕事のため今日は遊びの酒。
しかし、酒を飲むとなんでこんなくだらない事を馬鹿みたいにはなせるんだと自分でも不思議に思う。
馬鹿な事を話すために酒を飲んでいるのじゃないかとも思う。
でも僕はあまり強くないので、すぐに戻す事もある。すぐに頭ががんがん痛くなってくる。
酒なんか飲まなくてもオープンに自分がなれれば一番いいんじゃないかとも思う。
でも、ふだんからそんなだったら周りに迷惑をかけすぎるのかなとも思う。
とにかく日本の合法ドラックは酒なんだ。
酒の文化はとても深くて、自分はまだとうてい理解し得ない。沖縄では一人づつ口上を述べていつまでも回しのみし続けるという。
僕の酒はまだまだ遊びの酒だ。勝手に酔っぱらって酔いつぶれてるだけだ。
みんなとなぜかペースがあわない。相手を酔わす事も出来ない。勝手に飲んでいる。
人間の本質について酔っぱらうと考える。道を歩くときなぜか道の模様が気になってしまう。今日はタイル張りだった。
結局、人間は動物なのかなと思う。理屈を言ったり嘘をついたり相手を勘ぐったり、そういうところをすべて外すと喜怒哀楽だけが残る。あと愛もあるか、、、でも愛はほ乳類にもあると思う。
今日北極シロクマのドキュメンタリーを見ていたが、母親は立派に子育てをしていた。
人間よりも愛のある子育てをしていた。天敵についてや水の中の潜り方や狩りの仕方を子供にレクチャーし、餌がなく自分がやせ細っても母乳をあげ続けていた、とにかく立派なのでびっくりした。
シロクマの赤ちゃんがかわいすぎて、思わずブラウン管ごしに抱きしめたくなってしまった。

僕は言いたい事がいえればそれだけで幸せだ。その点酒のパワーを借りる事が多い。
これは良くない事だと思う。僕は酒に強くないので改めないといけないなと思う。

  
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October 24, 2005

沖縄へいったよ

5676b824.JPGこんなブログの存在など忘れ生活していた私だたたが、久しぶりにやったインターネットで東京キッドの水道橋博士のブログを読んでいるうちに思い出したのであった。
もうリーダーズのルールも忘れたし、一緒にやっていたハルちゃんも完全に存在を忘れてるようなので、これからは、ひどく個人的な僕の日記的なブログにしていこうと勝手に決めた。そゆうことではるちゃんよろしく。


先日僕は沖縄から帰ってきた。沖縄には2週間ほどいた。
沖縄でなにしていたかというと、前半戦は夜遊び。後半戦は反対運動であった。
なんでそんな事をしたのかというと、夏に仕事を辞め、ぶらぶらしてた僕を母が見かね、「沖縄の辺野古でも行ってみなさい」と言ったからだ。辺野古とはアメリカの海上基地の予定地となってる、浜辺の小さい町で去年から基地建設反対の座り込み運動をやっている場所である。
僕は正直言って反対運動とか座り込みとかその言葉自体のイメージでもって拒絶反応を起こしてしまうタイプで、デモ行進とかに喜んで参加する母を幼少時代から冷ややかな目で見てきたものなのだが、沖縄という響きに負けてしまい、「まぁ、海で泳いで、沖縄料理でも食べて帰ってくればいいのか」などど、安易に飛行機に乗り込んでしまった。
実に書きにくいことなのだが、那覇で遊ぶことも無くなったので、「そろそろ辺野古でも行くか」という感じで僕はテント村を訪れたのだった。

だが予想に反して、辺野古での体験はエキセントリックで面白く、勉強になった。

僕は歴史が好きで、昔の日本の事や、第二次世界大戦の話など、結構興味があるのだが、政治については全く無関心で、投票にも行った事がないし、自分にはまるで関係ない世界だと思ってる。
だから、自衛隊やアメリカについてだとか左翼や右翼については発言するするこなどないし、たいした考えも意見も持ってない。けど沖縄の悲しい歴史や横暴なアメリカのことは知っている。

沖縄の人々はおおらかだった。那覇で行った三味線の店では買う気のない僕にも店主が「お兄さんもせっかくだから弾いていきな」と三味線の稽古をつけてくれた。一時間ばかし練習していると、手ぶらで来た様々の年齢層の男女が店に遊びに来て、店にある楽器をめいめい手にとって店主を交えて大合唱が始まった。
店主も商売っ気が全然ない感じで三味線を弾いて歌っていられればそれで幸せ、という感じで、そのお店には、楽器の相談だけではなく、歌の相談に来ている人もいて、お金を取るわけでもないのに、こうやって声を出したらいいのサと店主は大声を出して歌い、相談に乗っていた。東京ではまずこんな夢のような楽器屋はないだろうなと思いながら、僕は三味線を弾いていた。

沖縄の人は反戦とか反米は言わない(まぁそれはこっちも同じだけど)あまり口でものを語ろうとはしない。なにも言わず、なにも説明せず、僕をいろんなところに連れて行ってくれた。
辺野古に着いたとき、ワケのわからないうちに小さいボートで海に連れて行かれた。波が体にかかり、小さい船はよく揺れるので、気持ち悪くなった。ただエメラルドブルーの海はひたすらきれいで、すぐ近くの海を水陸両用戦車が走っていった。
金武のバーに連れて行かれた(僕が行きたいと言ったのだが)メニューは英語とドルで、黒人が一杯いて殺気立っていた。スピーカーから鳴り響くラップは全然低音がなくていい音だった。日本人の娼婦がたくさんいて、僕には目もくれなかった。
やんばる(北部の山間)に連れて行かれた、山羊料理を食べに。一人一芸だぞと言われ、日本語にはとても聞こえない、沖縄語を話す人々の前で本州のみんなとカントリーロードを演った。一度も名前を自己紹介することなく、みなうち解け、夜遅くまでのどんちゃん騒ぎとなった。沖縄の古くからの歌や踊りを初めて目の前で見た。
結局向こうでは僕は全てにおいて見てきただけだった、誰にも、だからアメリカが悪いんだとか、ヤマトの連中がとか、そんな考えを説かれる事はなかった。まあ僕という人間を見てそういう難しい話はわかりそうもないナと、思われてただけかもしれないけど。
僕は意外とむこうではいろいろと仕事を手伝った、基地反対の看板を町に貼り付けたりしていた。ゆったりとしたリズムで毎日が過ぎていったが、とても充実した日々だった。

沖縄さいこ〜!!  
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July 29, 2005

なんでもいい

しかし書く事あんまないよなぁ。
最近モチベーションが足りないと思う。

なので散歩をしてきた。そこら辺の近所を。
熱い日差しに脳みそは沸騰しながら、一つの考えに自分はとらわれていた。
俺はいったい何をしにこの町へやって来たのだろう、そしてここはどこなんだろう?
気がつくと裏路地から裏路地へとこの巨大な町の内部に入り込んでいるうちに俺は全く自分がどこを歩いているのか見当さえつかなかった。
多分昔はドブ川だった、ところへフタをして出来た、人が一人歩くのが精一杯の裏路地を熱に浮かされながら歩いて行くと、小さな小学校に着いた。朝鮮初級学校って書いてあった。
ボロボロの一輪車が立て掛けてあった。
こんなものが近所にあるなんて知らなかった。でもなんだっていうんだ、俺はどうしたいのだろう?俺は自分の事をどれだけ知っているのだろう?
俺は誰なのだろう?どうしたらここから出られるんだろう?
ますます、歩き回る事によって、異常な暑さが俺の頭をだめにしてきたようだった。
それから妙にゆがんだ道に出た、そこだけ妙に広くて、生活臭があんまりない、強い日差しが一面を支配していて、道が溶けてるみたいだった。
向こうから女性が二人、ベビーカーを押して歩いきて、そのまま道を突っ切って材木置き場のような私有地へ消えて行った。
近道なのかな、と思った。そのまま付いて行けば表通りに出られるかと思ったが、俺はそうしなかった。
さっき頭の中で思いついたメロディーを反復してるうちに、勇気が湧いてきたみたいだった。
大丈夫、、まっすぐ進んでけば、必ず表通りに着くはずなんだ。
そして、5分も経たないうちにそれは実現した、俺はいつもの見なれた風景に溶け込んで、いつもの店でアイスコーヒーにありつくことが出来たってわけ。
以上近所で遭難しかけた話でした。

  
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June 01, 2005

マイブーム

最近、ぼくは進化にはまっている。ほ乳類とか有袋類とかにはまっている。偶蹄目や奇蹄目にもはまっている。僕は歩くとき主に親指を使って歩くから、もしかして奇蹄目なんじゃねぇかと最近心配している。
それにしても亀の話には驚いた。奴らはなんと恐竜が登場する頃にはすでにほぼ今の形で存在していたというのだ。そして現在に至る数億年の過程で獲得した進化はただひとつ、、、首が引っ込められるようになった!!ただそれだけ。
この亀のゆったりとしたペースに比べればちょっとの間でネズミから人間にまで進化してしまった我々ほ乳類はなんてめまぐるしく変わってきたのだろう。牙や爪や速く走れる足や何でも溶かす胃袋、異常に臭いおならなどあらゆる武器に姿を変え、一時は繁栄し滅ぶということを繰り返してきた、ほ乳類や恐竜などの主に肉食獣。それに引き替え亀は身を守るというただ一点にのみ特化し2億4千万年も形を変えずに生きながらえてきたのだ。
そのことを考えると防御ってのもなかなか素敵な事なんだなと思えてきた。いままで、強ければ生き残れると考えてきたが、それはどうやら間違いだったみたいだ。
そういえば、むかし屋台で買ってきたミドリガメが買ってきてすぐに脱走した事があった。もうそんな亀の事なんて忘れて暮らしていたある日、玄関を出たら石みたいのが横切った。でっかくなったミドリガメがけっこうな早さで走り抜けていった。脱走してから何年かたっていたある日だった。スゲーサバイバルな奴ってそんときは思ったけど、今思えばこれが熾烈な進化競争で勝ち残った亀の生命力って奴なのだろう。
人間も長生きすれば首が引っ込むようになるのかな。  
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May 29, 2005

猫様

ぼくは猫町を知ってる。知っているというか、今そこにいる。
猫町では人間は猫に支配されていて、猫のためにあくせく働いている。猫は何にもしない。ぼーっと人間が働く様を、気持ち良さそうに眺めている。人間は猫様にくつろいでいただき、おいしいご飯を召し上がっていただく事に喜びを感じて生きている。
僕は人間なので今この町であくせく働いている。日の差さない薄暗い部屋の中で汗を流して歯を食いしばりながら働いている。おなかが痛くなるくらい働いている。仕事に没頭しすぎて嫌になってくるとたまに窓越しに外を見る、猫様がひなたでくつろいでいらっしゃる。ニャーと鳴いて澄み切った目で僕を見つめていらっしゃる。
この町の掟でこういう時の猫様にはご飯をあげなくてはいけない。僕は手をゆっくり洗ってから、用意しておいたお肉を差し上げる。猫様はゆっくりと食べ始める。
その光景を眺めているだけで、僕は仕事の疲れも忘れ、猫様ってホントにかわいいなぁ、と思って、ニコニコしてしまう。
で、満足して、また仕事を始める。

それにしても、僕は猫なんて好きでもないはずなのにどういう訳だろう。こんな事もあった。
猫様がちかずいてくるので、なでてやるとゴロゴロと喉の辺りから妙な音を出す。最初はへんな音だと思っていったけど、最近それを聞かないと落ち着かなくなってしまった。聞いてるとなんだかこっちまで気持ちよくなってくるのだ。でもこれは錯覚でホントに気持ちいいのは猫様なのだ、猫様の気持ちよさを想像して、僕は気持ちよくなってしまう。今では寝る前の儀式としてその音を聞いてからでないと安眠出来ない。
猫様は人間を操るすべを心得ているようだ。でも、操られている僕も結構それで満ち足りていたりする、、、まずいかな、僕ももうこの町の住人になりきってしまったようだ。
退屈なこの町にはたくさんの猫様がいる。そこら中の路地、そこら中の家の中。猫様はいつでもゆったりと優雅に暮らしている。
僕たちは毎日あくせくと暮らしている。春がきたけどなんにもかわらない。いつでも必死、いつまでも働く。
僕は猫様がうらやましい。


  
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もののあはれ

大変である。
完全にこれは、大変である。
非常事態であります。
完全にやられてしまった。
私としたことが、これは大変であります。

もう、それは大変なことになってしまいました。
しかしながら、そろそろ本当に出家レベルで無味乾燥に生きる決意を固めた矢先であったので、仙人生活への突入にあたり、自ら出鼻をくじいてしまいました。

しかし、イイカゲン私だって学んだことがあります。

えてして本気な時こそウマクは行かない。

これは、恐らく真理なんだと思います。
もう、本当にこれが真理なんですよ。

だから、思いのほかテンポの良いレスポンスにも、意外なリアクションのよさにも、何一つ私を楽観させる力は持っていないのです。
冷静にならねばならない。

もう、今後三日以上は絶対にこちらから連絡等の手段に出てはいけない。
ねちっこいようでナンだが、悪いけど頭使わせてもらわないとならない。
なぜなら、実にのっぴきならない可能性だからである。
これはネタにはできないし、魂のトッププライオリティーなのです。

驚いたことに、来週末にはアポが取れてしまった。
これはどういうことだろう。
私はどのようなキャラクターで臨戦すべきなのか。

私はいつもこういう状態になると、精神年齢が中学生に戻ってしまう。
高校ではなく、あくまで中学である。
ここだけは進歩しないのです。
軽口の口上は目覚しい学習を重ねて進歩しても、ここの部分は結局は中学なのです。
参った…実際かなり参ってしまった。
参ったなぁ、ホントに。
というか、このブログ、タマにだけ更新される私の日記サイトになってはいまいか…
しかし、これだけは言わせてけじゃれ!
あ、あ、あ…愛してます!
ぼぼぼぼぼ、朴と…ぐぐぎぎけけ結婚してくだッしゃオルァ!

でもなぁ、絶対もう可能性ないんだよなぁ…
大体こういうことになると、いつも自分からワザと失敗して潰してしまうんだよなぁ…
今回もさっさと潰してしまおう。
それでさっさと楽になろう。
それだ。
明日は電話で「はぁはぁ」って言ってしまえ!
それだ!それでキまりだ。
それしかない。
どっかで生きててくれたらそれでいいや、あのシトが居るこの地球なら、
私もここで生きていきたい。
それでいい!

もう何もいうな!それでいいんだ!
よし、これでいこう。
なぁに、もともと俺なんかには何の可能性もないんだって。
良い歳して恥ずかしいからイタイ勘違いとか楽観は止めたまえ止めたまえ!
おいおい、大体なんだなんだ。最近ときたらホルモンタンクが内田有紀みたいになってるじゃあないか。そんな人は誰だって願い下げさ。
「分」を知ろうよ玉川乃守よ。

あと節操!これね。これは大事だよ。
これは大事。
…参ったよなぁ…
  
Posted by reeders at 02:56Comments(2)TrackBack(0)蚊帳ノ影絵

May 19, 2005

いわんや、おや

私は今、とてつもなく憤りを感じており候。
今日は珍しく早く会社を出たおかげと、帰りの道中に酒の誘惑に屈しなかったことと、それから、途中の本屋で収集途上の「おぼっちゃまくん」の購入を我慢して、勤めてストイックに帰路の歩を敢行した功績から、23時には自宅に帰ることができた。
…と、ここまでは非常によかった。
今週の私は家に到着しても、幾らかのToDoを帯びており、家に着いたからといって、ソッコウで好きなことして寝るわけには行かなかったのだ。
さて、PCのパワーを投入してからの起動時間と、モデムの電源投入から回線が開くまでの数十秒間を無駄にしたくないと考えた私は、ベッドの横の棚の書類から、資料を引っ張り出すべく、ガサガサと手を動かしていた。
その足元には、刹那的な重要度の低い書類をまとめて乱雑に入れておくための、木でできた箱が足元にあるのだが、私はいつものようにカードの利用明細やら、用の済んだFAX用紙やらを、その箱に押し込み、再度目線を上に向けようと思った瞬間、私は時計も気にせずに大声で悲鳴をあげてしまった。

悲鳴の瞬間というものは、これは不思議である。
「理解(状況の把握、認知)」よりも先に悲鳴というものは発生する。
その瞬間における思惟とは、以下の如しである。
「うるさい!何故?叫んでるから。俺が。おちつけ、何だ?なんだ?」

果たしてその理由であるが、私の両の眼(まなこ)は一点に焦点を合わせており、その対象物体こそが惨劇の根源たる威厳を帯びて、不気味に鎮座している「それ」なのであった。

私の脳内中央にある海馬が自身のニューロンネットを辿り、その物体が「ムカデ」と呼称される昆虫だという事実を閃光の瞬きのような思索のなかに見出すことができたからといって、一体この状況をどれほど好転させてくれただろうか?
木箱の中で乱雑に立ち並ぶ不安定なる書類の一枚に鎮座する「それ」は、
私の視線を感じてか、微動ダにせず演算処理を行っているようである。
紙の角という大地に這う「それ」を固い鈍器で叩いたところで何の効果があろうか?
そもそもそんな勇気も、正直私にはなく、蛇に睨まれた蛙の気持ちを一身に感じながら学習し、横目で電話を見る。
(一瞬だけ目を離し、手を伸ばせば電話が掴める!)
電話を取った私は、高校生の妹に電話して、家中の殺虫スプレーを集めさせた。
そうこうしてる間に、「やつ」は雑踏の中に紛れて逃走を計り、不意をつかれた私は、予想よりも早い「やつ」の動作にパニックを起こし、やはり時計も気にせず、お笑い芸人のホクヨウのような悲鳴をご近所にエコーさせてしまった。
私は、女郎宿に立て篭もった裏切り者の元締めチンピラを始末するマフィアのショットガンさながら、はたまたガトリングガンを片手で持ちながら乱射したアーノルド・ショワル・ツェネガーの「うおおおおおお!」という、あのアドレナリン分泌時における鳥肌が立つような高揚と恍惚感の中で殺虫スプレーを視界の隅から隅まで放射し、煙る前線を出来るだけ広く平均的な視界を保って、視覚と聴覚を研ぎ澄ましながら、背後の木々と同化した。

何度も叫び、何度も敵を見失い、最後に「やつ」に決定的なスプレー照射を食らわせてから、再び木箱の中の物陰に隠れたやつを確認するために、多くの時間を費やして勇気を蓄積し、木箱の向きを変えて、動かなくなった「やつ」を肉眼で確認した頃には、ユウに帰宅から2時間が経過していた。
最後の始末をするべく、ピンセットをかまえた私は、どうしてもピンセットで「やつ」を摑むことができない。
もしも摑まれた感触で息を吹き返したら、どうするか?
触れた瞬間に、あの得意の不気味で早い動作で雑踏に入り込んで行ってしまったら、私は今晩からどこに寝れば良いのか?
再び電話を摑んだ私は知り合いの女子に電話した。
…留守番電話サービスセンター…
すかさず知り合いの北海道に出張中の男子にコールする。
眠い目をこすりながら、ホントによく私を勇気付けてくれた。
感謝してやまない。
戦友の壮絶な害虫駆除体験を受け、再び戦場に立ち向かう勇気を得た私は、意を決して何故か息を止め、ピンセットで、動かなくなった「やつ」を摑み、窓の外から眼下にある「ハナレ」の屋根に「やつ」を放り出すことが出来た。
これからの日々、「やつ」は死体になりながらも、太陽の業火に焼かれ続け、
容赦なく振りしきる雨の日は、全身に雨粒を浴びるだろう。
私は勝利の栄光と疲労を胸にタバコをくゆらかし、時計に目をやると、もう一時半…
私はこの事態に対する怒りで胸が一杯になった。
こうした事柄が、私を無類の春先嫌いにしていくのである。
  
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May 07, 2005

春はいつ来る?

超久しぶりの更新、、、すいません、忙しすぎました、そして自分の未熟さを思い知った一ヶ月でした。なんでこんな事になったのかというと、ええと、春という事でとりあえず桜を見た後、あたらしい仕事を始めてみました。でも、、だめなんだなぁこれが、全くうまくいかない。これでもかっつうくらい、職場の人たちには迷惑掛けどうし、客商売だからお客さんにも迷惑かけまくり。何だか反省の日々。もうこういう日々がつづくと、あれだ、そうするしかなく、ふて寝。寝たくても休みが全くないから、夜寝るしかないんだけど、いい加減にしろっつーぐらいきちんと寝てみる。熟睡。そうして、朝起きると何だかすげぇ気分爽快、昨日の失敗全部忘れてるし、覚えた仕事までついでに忘れてる。で、また失敗の繰り返し、、、猿か!俺は!!いい加減にしろ!遊ぶ時間がほしいほしいほしいほしいほしいほしいよ〜(残響音)
ああ、いつになったら、春は来るんだろう。  
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April 13, 2005

集団とファシズム

人は、集団になると一致団結してしまったり、その集団での「心」を形成してしまう傾向があるらしい。日本人はこの性質が強いと言われている。
確かに、そうかもな〜。例えば、職場、飲み屋の常連さん、友達関係などなど。

集団の中には、ある一定の法則がある様な気がしてならない。
着ている洋服、聴く音楽、興味のある話題が全然違っていても、共通の心の動きというか、求めるものが同じだったり、プライドの持ち方が同じだったり。
ファシズムっていうのは、こういう集団をとてつもなく大きくして、求める方向性を同じにしてあげれば、出来上がるのか。

ただ、集団の中で協力し合うことは必要だと思う。その中で目指すゴールが自分とか、自分の完成とか、個人的なものになっていればいい。
そういうものがない時というのは、焦りや、怒りとか、そういったも感情に捕われがちだ。それは、「集団」や「みんな」とかの中に絶対にゴールはありえないからだ。
  
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April 11, 2005

遠いところへ行ってきたよ

ここ一週間ばかし、すごいちかくて遠いところへ行ってきた。
その名は多摩川、上流から海まで下ってくるっていうことで半分仕事で行ってきたけど、3年前に行ったアジア一周旅行に匹敵するような、大冒険が待っていた。
まじでこんなに多摩川がワイルドだとは行く前は思ってもみなかった。
ただ、水がゆっくり流れてるんだぐらいにしか考えてなかった。
3日間悩んだあげく、いいカヌーを買ってきて良かった。
いきなり感想、、、こんな東京に近い、都会の川でも、自然はあるんだね、で、やっぱり川には神がいると思ったよ、時には優しく、時には怒り、時には励ましてくれる。
俺は少しだけど、川から色々学んだ。俺は少しだけど、鍛えられた。
で、こんな東京の中を流れてきたんだけど、川面から見れる景色ってのは、俺の知ってる東京では全然無くって、ほんと遠くまで来たみたいだな〜、と感じられた。
東京を後にする前、最後にいい土産を東京からプレゼントされたようだ。  

March 21, 2005

眠い

最近ね、むい。。  
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March 16, 2005

フリーペーパーの商品としての価値ってなに?

今日は、フリーペーパーの価値ってなんだろ〜?と思いました。

前提として、例えばキュウリは、食べ物として必要なものだから対価を払ってでも手に入れようと思う。セーターは、寒さを防ぐのに必要なものだから対価を払う人がいる。そこに、デザインや、機能性という付加価値があるから、ただのキュウリよりは値段が高い。原価もかかっている。

雑誌とうのは、情報の提供。その情報に読者がお金を払う。そして大事なのが広告、広告を企業が出す。これは、その企業がターゲットととしている人たちが読みそうだなと、思う雑誌に対してお金を払っているわけだ。宣伝になるということだ、ということは情報が、雑誌の本質。それは、デザイン、判型、情報の取捨、全て含めた上での情報。

お金の流れから行くと、情報に対してお金を払う。キュウリにお金を払うのと同じだ。
対してフリーペーパーは?これは、無料だ。読者がお金を払うことはない。読者は、情報をただで手に入れることが出来る。じゃあ、利益はどこから出るのか?と考えると、広告主ということになる。音楽系や、アルバイト募集、住宅系のフリーペーパーは、すべてのページが広告だと言っていもいい。

広告主がスポンサーなら、スポンサーの意向、意見が雑誌より介入する余地が大きいわけだ。
じゃあそれは自分たちのやりたいことが出来ないといって、お金を取らないでフリーペーパーを作ると、ただの同人誌になってしまう。

じゃあ、自分たちのやりたいことをやりつつ、広告も取るには、どうすればいいか?自分たちのやりたいことに賛同していくれる、近いことをやっている所から取ればいいんじゃないか?
ただ、まったく同じことをやっているところはないから、意見の違いは出てくるだろうし、こんな内容だったら、やめようというところも出てくるかもしれない。
どこまで、それに合わせられるか?その前に、周りがいいな、悪いなと判断してくれるスタートラインにたどり着けるかも不安だな〜。  

March 15, 2005

清掃登山の意味するところは?

野口健という人が、清掃登山をしているという話題が広まったのは、3年くらい前だろうか?
チョモランマ(エベレスト)に登って、人間の残して来た食べ物のカス、人糞などを持って帰って来るためだけに登山をするのだそうだ。すごいことだと思う。バクテリアがいないのでゴミや、排泄物と一緒で、何十年も前に登山した人間の遺体も山頂付近には数多く残されているという。
エベレストに登ることが、英雄的行為で、生還率も低かった時代と比べるとなんという差だろう。
時代の流れは、自然を征服するということから、自然を守り、管理するというふうになってきているのだろうか?私たちが自然に抱くイメージも、「森の中に蠢く正体不明の物」は消え、理解でき、共生できるクリーンなものになって来ている。
自然への知識の蓄積、科学の進歩がもたらした安心感が作り出す「クリーンで、管理された自然」、太古の人が見ていた「神が作り出した大自然」。本当の自然というものの実態とはどういうものなのだろうか?あるいは、ウイルスなどがもたらす新たな自然の恐怖が、再び暗く、支配しがたい「自然」を、この先作り出すのか?