サザンオールスターズ「さくら」 タイシタレーベル 1998年10月21日発売
(収録曲)
1.NO-NO-YEAH/GO-GO-YEAH ★★★★
2.YARLEN SHUFFLE~子羊達へのレクイエム~ ★★★★
3.マイフェラレディ ★★★★★
4.LOVE AFFAIR~秘密のデート~ ★★★★★+2
5.爆笑アイランド ★★★★★
6.BLUE HEAVEN ★★★★
7.哀 CRY 哀 ★★★★
8.唐人物語(ラシャメンのうた) ★★★★
9.湘南SEPTEMBER ★★★★★+2
10.PARADISE ★★★★
11.私の世紀末カルテ ★★★★★
12.SAUDADE~真冬の蜃気楼~★★★☆☆
13.GIMME SOME LOVIN'~生命(いのち)果てるまで~ ★★★★
14.SEA SIDE WOMAN BLUES ★★★☆☆
15.(The return of)01 MESSENGER~電子狂の詩(うた)~(Album Version) ★★★★
16.素敵な夢を叶えましょう ★★★★
総評: ★★★★
本作はサザンオールスターズ(以下サザン)の13枚目のオリジナルアルバム。デビュー20周年のアニバーサリーイヤーに発売されたアルバムだが、自身の作品の中では最もバンドサウンドが前面に出ていてロック色も強い。このアルバムの発売時期~翌年発売のシングル「イエローマン~星の王子様~」の発売時期までは平成以降では最も人気が低迷していた時期とも取れる。その原因として考えられるのは大きく、2点考えられる。1つは世代交代。本作が発売された1998年はGLAYやラルクなどのV系ブーム全盛期。その他にELT、ブリグリ、小松未歩などの新機軸の台頭も要因に考えられる。そして2つ目にはやはり本作のポップ色の薄い作風も影響していると考えられる。本作のうち2000年発売のベストアルバム「バラッド3~the album of LOVE~」に収録された「LOVE AFFAIR~秘密のデート」、「BLUE HEAVEN」、「唐人物語(ラシャメンのうた)」「湘南SEPTEMBER」、「素敵な夢を叶えましょう」は比較的一般的なサザンのイメージに近いが、「バラッド3」に未収録となった楽曲はロック色が強かったり、シュールで初めて聴いた際は取っつきにくい楽曲が多い。そしてCDの最大収録時間は80分であるが、本作は収録時間が78分を超えていて、曲間の時間も短くなっている。そのため、時間的な制約も発生し曲の演奏が終了するとすぐに次の曲の演奏が開始される。ちなみに収録シングル「BLUE HEAVEN」のカップリング曲である「世界の屋根を撃つ雨のリズム」も元々本作に収録される予定であったが、前述の時間的制約により収録が見送られた。この作品は以上のような理由でリスナーによっては「迷盤」でもあり「名盤」でもあると言える。
ちなみに本作はボーカル桑田佳祐、キーボード原由子、ベース関口弘之、ドラム松田弘、パーカッション野沢秀行、・・・そしてギター大森隆志の6人体制のサザンとして制作された最後のオリジナルアルバムでもある。

では、収録曲別レビューに。1曲目の「NO-NO-YEAH/GO-GO-YEAH」は本作の作風に沿ったロックナンバー。イントロもエレキギターが前面に出ていて激しいサウンドとなっている。桑田の声も加工が施されている。そしてプロデューサーとしては表記されていないが、小林武史も関わっているという。Wikipedia情報によると、サビにどのようにコーラスを加えるか悩んでいたところ、小林がたまたま同じビクタースタジオにいたため、アドバイスを依頼したという。そしてラスサビの前では迫力のある桑田のシャウトも醍醐味である。そして歌詞の方は非常に難解である。初期のサザンを彷彿とさせるような意味不明さ(いい意味で)で、遊び心満載の1曲である。

2曲目の「YARLEN SHUFFLE~子羊達へのレクイエム~」は日本の安全神話の崩壊をテーマにした社会風刺曲。発売直後のインターネットの投票では1位になった。歌詞中では教師が疲弊しきった教育現場、倒産しそうな企業、崩壊一歩手前の一般家庭が風刺されている。「祭壇の前の立ち笑いをこらえて泣いていたYARLEN SHUFFLE」「悲しみの歌声は飼い慣らされた者たちのYARLEN SHUFFLE」は現代社会への最高の皮肉だと解釈する。なんだか歌詞を読んでいるとサザンというより桑田ソロの「孤独の太陽」や「ROCK AND ROLL HERO」あたりに収録されていても違和感がない。というか本作自体サザンというより桑田ソロのイメージに近いように感じる。そしてサビの歌詞は非常に難解である。曲の内容と関係ないが「Oh,サラバ☆サラバ愛☆スクリーム」というフレーズを夏に聴くと無性にアイスクリームが食べたくなってしまう。

3曲目の「マイフェラレディ」の曲名はアメリカ映画「マイ・フェア・レディ」のパロディ。歌詞は性的な表現が連発していてサザン史上最高レベルの問題曲である。1997年8月24日にCSスペースシャワーTVで「01MESSAGE」という番組が放送された。その番組内ではこの曲が「美しく青きドナウ―とは程遠い音楽(仮題)」としてほぼ完成形が披露された。こんな淫乱曲を披露するサザンは流石である。ちなみにWikipedia情報によると、桑田はタモリに「マイ フェア レディ」という楽曲を提供しているが、この曲はタモリを喜ばせるために作られたとも言われているらしい。
さて、ここではわかり切っているフレーズも含め生々しい過激な表現をクローズアップしていきたいと思う。この曲は細かく分類すると1番Aメロ①→1番Bメロ①→1番Aメロ②→1番Bメロ②→1番サビ→2番Aメロ→2番Bメロ→2番サビ→Aメロ→Bメロという特殊な構成になっている。
歌詞で描写されている場面はご存知の通り男性と女性が汗ばむ儀式を繰り広げる夜のシーンである。1番Aメロ①の「舌の根を勃て舐め加えろ」はタイトルにもなったフェラチオを示している。そして1番Bメロ①の「飲ます精でちと鼻炎」は女性がフェラチオによって口にした白濁した精液が鼻腔内に逆流したことが伺える。精液は通常の液体よりも粘性が強い分、冷静に想像するとこの女性は非常に痛い思いをしていると推測できる。そして、何とサビの「闇の土手、下の毛、増えるといい子丸刈りだ。俺知らんど裂けめ見えるど」という表現のインパクトは凄まじい。おそらく登場する女性は陰毛を剃って「パイパン」状態になっていることが窺える。個人的にはそれだと大人の色気が欠け少し寂しい気もしてしまう。少し濃いくらいが丁度いい。ちなみにTwitterでは語れなかったが、顔が可愛くて陰毛が少し濃いと興奮してしまう性癖がある。所謂ギャップ萌えである。・・・おっと、ブレーキが利かなくなるので私の性癖の話題はこのくらいにしておこう。。さらには、2番Bメロには「入れさせと願う慕情」とある。このフレーズを冷静に読むとこの男のドSっぷりが窺える。フェラチオによって鼻腔内に精液が逆流していて痛い思いをしている女性に対し、さらには陰茎を女性器に挿入したいとは何事なんだ(怒)。この男の性交技術が不足していればこの相手の女性は上(鼻)も下(女性器)も同時に痛い思いをすることになるかもしれないというのに。最早ドSを通り越してDV一歩手前と言っても全く過言ではない。
少し話は変わるが、この曲は仲の良い友人とカラオケに行った際に何度か歌ったことがある。その際はとてもイヤらしく歌っていたところ友人に「マイフェラのスぺシャリスト」と呼ばれたのが思い出深い。したがって、単に淫乱な歌詞というだけではなく、友人との思い出を作るきっかけにもなっているため、この曲を抜きにしてサザンを語ることは私にとって不可能である。

4曲目の「LOVE AFFAIR~秘密のデート~」はサザン41枚目のシングルとして1998年2月11日に発売され、TBS系ドラマ「Sweet Season」主題歌のタイアップがついた。本作中では最も聴きやすいポップバラードナンバーで「さくら期」の代表曲と言えばこの曲を列挙する方が多いかもしれない。
この曲のイントロは木琴楽器の演奏音から始まり、そこにシンセサイザーや桑田のコーラスが加わる。このイントロを聴くだけでも本当に虜になってしまう。私が初めてこの曲を聴いたのは小学生の頃だった。当時は後述のような歌詞の意味は理解できなかったがこの曲のメロディやサウンドを聴いて魅了されたのは今でも昨日のことのように覚えている。小学生までもメロディやサウンドで虜にする桑田を始めとするサザンのメンバーはどこまでも天才なんだろうか。歌詞中には「マリンルージュ」、「大黒埠頭」「シーガーディアン」など複数の固有名詞が登場する。このスポットはいずれも神奈川県横浜市に実在するというので今度首都圏を訪れる機会があれば聖地巡礼したい。
そして曲の内容を確認する。タイトルとなった「LOVE AFFAIR」は「不倫」を意味する。その名の通りこの曲も不倫ソングとなっている。このシングル発売当時、自身の不倫がきっかけであった離婚調停中だったと思われるミスチルの桜井和寿はこの曲を聴いていたのだろうか。もし聴いていたのならどう感じていたのかこの曲は1番Aメロ①→1番Aメロ②→1番Bメロ→1番サビ→2番Aメロ①→2番Aメロ②→2番Bメロ→サビ→ラスサビという構成になっている。まず1番Aメロ①の「二度と戻れない境界を越えた後で」は不倫のことを示しているとしか解釈できない。そして1番Bメロ②では「振りむく度に切ないけれど君の視線を背中で受けた。連れて帰れない黄昏に染まる家路。嗚呼涙隠して憂うSunday」の部分から、主人公は欺いている女性とは同居していることがわかる。そしてこのとき主人公は不倫相手を所謂「お持ち帰り」したい欲求と、そうすると本来同居している女性に不倫が発覚することへの恐れという2つの心情が葛藤していることが窺える。そこで主人公は前述の葛藤の末、愛人と先述した横浜のマリンルージュ、大黒埠頭、シーガーディアンといった観光スポットを巡る展開となる。そして1番の歌詞中にて観光スポットを巡った夜とは別の日におそらく主人公と愛人は熱い儀式を行うことが推測される。これは2番Aメロ①の「愛の雫が果てた後でも何故にこれほど優しくなれる」というフレーズが根拠である。ちなみに何故「別の日」だと考えたかというとあまり帰りが遅くなると主人公と同居している女性から怪しまれるためである。先述のように不倫が発覚することを恐れているのであれば別の日にすると考えるのが自然であるためである。
さて、話は戻すが精液を噴射したあとでも優しい態度が変わらないということは言い換えると愛人に対する「賢者タイム」がないということになる。したがって「不倫」ということを抜きにすれば、この主人公の愛人への気持ちは体目的、俗にいう「ヤリ目的」とは程遠い正真正銘の本物の愛である。そのように考えると、この曲はなんて歯痒いラブソングなんだろう。
ちなみにこのシングルはミスチルの「ニシエヒガシエ」、ELTの「Time goes by」、ジュディマリの「散歩道」、WANDSの「Brand New Love」と言った豪華シングルと同時発売になっている。ここで列挙した他アーティストのシングルも聴いたことがない方には是非聴いて頂きたい。

5曲目の「爆笑アイランド」は本作の作風に沿った社会風刺をテーマにした攻撃的なロックナンバー。本作発売当時、テレビ朝日系音楽番組「MUSIC STATION」で披露された。アルバム曲を披露するにしても後述の「湘南SEPTEMBER」など比較的キャッチーなメロディを披露するならわかるが、こんなロックな曲をテレビで披露するとは当時のサザンの路線を象徴している様に感じる。「MUSIC STATION」出演時、桑田は政治家に扮した仮装をしているが、その風貌から当時の内閣総理大臣である小渕恵三を意識しているようにも見えなくもない。ちなみに「MUSIC STATION」のこの回では活動再開直後のミスチルも出演し、「終わりなき旅」を披露している。そして曲名の「爆笑アイランド」の「爆笑」は現代日本社会に対する皮肉の意味とお笑いコンビ爆笑問題の2つの意味を掛けていると思われる。Wikipedia情報によると、爆笑問題の2人(太田光・田中裕二)はTBSのサザンの20周年記念特別番組「バカ騒ぎの腰つき」や20周年記念ライブ「スーパーライブin渚園”モロ出し祭り~過剰サービスに鰻はネットリ父ウットリ~”」にゲスト出演した。これによりサザンメンバーとの交流を深めたことがこの曲のタイトルの一部になったきっかけである。
さて、曲の内容について確認する。先述したようにこの曲は現代日本社会への皮肉をテーマにしている。曲の1番の冒頭では「有名な抑止兵器と条約。民衆(ひと)の群れはBLUE。”Baby,安全なんです”と長官(ボス)は言う」をいう歌詞がある。これはアメリカによる「核の傘」とそれに対する安全神話への皮肉とも取れる。そして2番冒頭では優能な内閣総理の表明。原稿を読み国家(くに)を救う。”Baby,行革(=行政改革)なんです”とギャグを言う」と歌っていて、その後歌詞中には小渕内閣総理大臣(当時)の演説の原稿が引用されている。それは「現下の最大の問題に、国民の生の声を。私、内閣総理大臣としての責任を感じ、真摯に受け止め。情報化、国際化、少子高齢化の問題に、全身全霊を打ち込みます」というラップの部分である。この総理の台詞を引用した意図は「小渕に限らず政治家全般言っていることと、やっていることはかけ離れている」という桑田による皮肉にも解釈できる。ちなみに「音楽と政治は切り離すべきだ」という意見も見られるが、別に私自身としては切り離す必要は全くないと考えている。むしろ、アーティストこそが国民の代表になって楽曲を通し政治に意見するくらいでも良いかもしれない(何様)。何が言いたいかというと社会風刺曲は大好物である。

6曲目の「BLUE HEAVEN」はサザン40枚目のシングルとして1997年11月6日に発売され、ケンタッキーフライドチキン「ケンタッキークリスマス’97」CMソングとしてタイアップされた。この曲はミディアムテンポのバラードナンバーでかつ清涼感溢れるサウンドで個人的にはクリスマスというより夏のイメージが強い気がする。アルバム「さくら」においては、この曲の前トラックが「爆笑アイランド」、次トラックが「CRY 哀  CRY」であり、双方とも激しいロックナンバーである。したがって「BLUE HEAVEN」は激しいロックナンバーに挟まれている箸休め的な1曲だろう。他アーティストの作品に例えるならば、ミスチルの「REFLECTION」における「進化論」、スピッツの「醒めない」における「モニャモニャ」に近いポジションかもしれない。
さて、この曲の内容について確認する。主人公の男性は失恋し、1人海辺で物思いに耽っている1シーンが歌詞中にて描写されている。印象的な歌詞は2番の「孤独さえ絶望さえ全て受け止めて、惨めな恋なら二度としたくない」「忘れ得ぬ女性は波に消えたエンジェル。星降る夜は祈りの気分」「熱い涙のBlue Heaven」。本当にこの別れた恋人への未練が伝わってくる。歌詞は曲の終盤まで後ろ向きなフレーズが続いているため、端から見ると主人公はもぬけの殻のように呆然と漣を眺めていることが想像できる。何て切ないのだろうか。

7曲目の「哀 CRY 哀」は後述のシングル「PARADISE」のカップリング曲で激しいサウンドのロックナンバー。イントロからエレキギターの演奏音が前面に出ている。この曲はサビに入る前は比較的テンポが遅いが、サビでテンポが速くなり疾走感が増大することが特徴である。そしてこの曲では「CRY 哀CRY」「世は無常、汝は慕情」と韻を踏んでいる部分も数か所存在する。そのため、この曲を聴いていて、ふと我に返るとついついヘッドバウンディングをしてしまっている。
歌詞の方は部分的に文語体で難解である。非常に解釈しにくい歌詞だが、恐らく主人公の男が遠い昔に亡くなった愛人のことを思い出した時の心情がテーマとなっていると考えられる。歌詞中には今は亡き愛人との性交の描写も展開されているのが印象的である。特にインパクトが大きかった部分は「君よ手童の如き清けしき取りてそしのふ柔き女陰」という部分である。この愛人も先述の「マイフェラディ」で登場する女性のように「パイパン」である可能性が高い。もしや桑田佳祐は「パイパン」フェチなのかもしれない。もしそうだとすると性癖の好みは私と全く違う温度感(MCO)である。・・・と下ネタはこのくらいにしておこう。そして曲名が「哀 CRY 哀」というだけに亡き愛人に対しての寂しさを滲ませる描写もされている。「追い及かむ君へ。我が恋止まむ、嗚呼。古を思ふに眠も寝らめやも。夜泣きかへらふ、嗚呼」という部分から夜中も含め一時たりとも亡き愛人を忘れることができないことが窺える。童貞の私でも想像するだけで胸が苦しくなる。このように大変浅い解釈となってしまったがこの曲を詳細に分析できる猛者は本当に尊敬する。そして、この曲の主人公はこの後、気分をリセットし少しでも前向きな気持ちになることが出来たのかどうかも気になってしまう。

8曲目の「唐人物語(ラシャメンのうた)」はテレビ朝日系ドキュメンタリー番組「驚きももの木20世紀」テーマソングとしてタイアップがついた。この曲はキーボード担当の原がボーカルを務めている曲で当時既に40代とは思えないような可愛らしい歌声が醍醐味である。歌詞中には「了仙寺」「下田港」「唐人坂」などの地名が登場する。このうち「了仙寺」「下田港」は静岡県下田市にある観光名所である。この流れだと「唐人坂」も同じく下田に存在すると勘違いしてしまいそうになるが、実は長崎県長崎市にある。長崎市には多くの唐人が眠っている「悟真寺国際墓地」という墓地がある。唐人坂は唐人が眠るその墓地の付近にあることから、その名が付いたという。下田にあるスポットの中に遠く離れた長崎のスポットを登場させた桑田の意図は不明である。また、全く曲のイメージが変わりそうな気がするが、桑田ボーカルの「湘南SEPTEMBER(kuwata ver.)」も是非聴いてみたいものである。

9曲目の「湘南SEPTEMBER」は本作のアルバム曲の中で最もキャッチーであるように感じる。完成度も高く、シングル曲として発売されていても全く不思議ではない。ちなみにWikipedia情報によると、桑田自身は「湘南」という呼称に否定的である。しかしこの曲のタイトルを決めるにあたり「サザン=湘南」というイメージをセルフパロディ化しようとしたためこの曲名に決まった。これはGLAYが2010年に発表したセルフタイトルアルバム「GLAY」のジャケットでボーカルTERUが世間のイメージに沿い両手を広げている光景もついつい思い出してしまう。
さて「湘南SEPTEMBER」の話題に戻る。この曲では曲名の通り神奈川県湘南地域での男性の一夏の恋を描いている。ここからはこの曲のストーリーに関する全く根拠のない私の勝手な想像なので、読み飛ばして頂いても構わない。この男性は不器用な性格の持ち主で、在住の大学生で自動車免許取得のために教習所を訪れている。教習初日、この男は1人で教習所の資料を片手に休憩スペースの座椅子に腰を掛けていた。そこに「あなたも今日から通われているんですか?」と1人の女性が声を掛けてきた。これをきっかけに主人公の男性と女性は連絡先(1998年当時は固定電話またはポケベル)も交換し徐々に教習所で会ったときに微笑ましく親交を深めていった。女性とは何度も2人で食事に行く仲になり、ふと気づくとその女性に恋心を抱いてしまっていた。「👩さんのことをもっともっと知りたい。もっと近づきたい。」という気持ちが日に日に高まっていき、いつしか抑えられなくなっていた。さらに主人公の男は「これだけ2人でご飯も一緒に食べに行ったし、きっと👩さんも俺のことが好きなはずだ」と信じ、ついに相手の女性に愛の告白をした。その結果、「私もそう思ってたよ!👨君は少し不器用で、頼りないところもあるけど、純粋で優しい所・・・、あと時々面白いことも言ってくれるのが本当に大好き!これからもよろしくね!」という返答が。主人公と相手の女性はこれを機に交際が始まった。交際が始まった後も幸せな期間が続いた。ところがお互い教習所を卒業する日になった8月末のとある日に女性から現実を突きつけられることになる。「もっと早く言えばよかったんだけど・・・、実はね・・・、今大学で勉強している内容が自分の将来やりたいことと合わなくて教習所を卒業したら実家にある北海道に帰ることにしたよ。」この言葉を聞き、主人公の男性は衝撃のあまり一瞬何を言われているのか理解できなかった。「俺は遠距離でも大丈夫だよ。距離なんか関係ない。」と必死になって言ったが、暖簾に腕押し状態だった。「私が無理なの。距離が遠いと単純に辛いというのもあるし、会えない期間が長くなって、恋愛も中途半端になりそうな気がするの。ってことでごめん・・・。私たちの関係は今日までにしよう。ただ、誤解しないでほしいのが👨君のことが嫌いになったわけじゃない。今も好き。これだけははっきり言えるよ。」と相手の女性は涙を流しながら話していた。不器用な性格の持ち主である主人公の男はどう返せばいいのかわからなくなっていた。「湘南SEPTEMBER」の歌詞の一節には「お互いこれから逢えなくなるだろう。なのに死ぬほど強く抱き寄せた」とある。主人公の男性は涙を流している女性への気の利いた返答が思いつかず、気づけば思いっきり女性を抱きしめていた。この日以降女性と連絡を取ることは出来なくなったが、この曲の歌詞の通り、男性は翌月以降も女性への恋心を抱き続けることになった。このように曲紹介の冒頭で述べたセルフパロディの意味だけではなく、9月(SEPTEMBER)以降も湘南の恋の思い出を忘れられない主人公を描いている点もタイトルの由来になっていると勝手に解釈している。この曲は個人的にも思い出深い。私は中学時代に湘南在住の友人に会いに行って楽しい思い出を作ることができた。そして帰りに乗車した新幹線でこの曲を聴きながら余韻に浸っていたのは社会人になった現在でもはっきりと覚えている。この曲についてももっと語りたいところだが、ここまでにしておく。

10曲目の「PARADISE」はサザン42枚目のシングルとして1998年7月29日に発売された。このシングルはサザンがデビュー20周年(1998年6月25日)を迎えて初めて発売されたシングル曲でもある。この曲はシンセサイザーや打ち込み主体のダンス調の曲で、間奏には「いとしのエリー」の一部が収録されている。曲の構成はサビ→1番Aメロ①→1番Bメロ①→1番Aメロ②→1番Bメロ②→1番サビ→2番Aメロ→2番Bメロ→2番サビ→ラップ→Cメロ→ラスサビというやや特殊な構成になっている。
間奏に収録されている「いとしのエリー」は英語で歌われているが、Wikipedia情報によると、今回のために新たに収録されたという。このように初期の楽曲の一部を収録することは先述のように20周年を迎えての初のシングル曲で、振り返りという意図も込めているのかもしれない。そして、ラスサビの前の間奏の原のラップは北原白秋の詩が元になっている。それにしても20年間の総決算のシングルにしては「さくら期」らしくキャッチーさに欠けるのが否めないが個人的に嫌いではない(何様)。
そしてこの曲はWikipedia情報によると、核戦争をテーマにしているという。実際に歌詞を確認する。印象的なフレーズは1番Bメロ①の「Amen’’愛’’はLibido’’憎’’はInsane。巨大な傘に飲み込まれそうな、ひとりぼっちの僕を見て、ここは小さな平和のパラダイス」と、1番Bメロ②の「Amen’’愛’’はLibido’’憎’’はInsane。瓦礫の中で歌う声は疲れ果てた天使のゴスペル。祈る言葉はI called your name」、2番Aメロの「忘られぬ過去がある。涙のSunshine Day」、ラップの「空が真っ赤に燃えている」、Cメロの「二度と帰らぬ魂の叫び、あの夏の悪夢を永遠の心に」という部分だ。・・・衝撃的なフレーズが多くなかなか絞り切れなかったためダラダラと列挙してしまった。先述したように核戦争をテーマにしているが、特に太平洋戦争末期の原子爆弾投下をイメージしてこの曲が制作されたようにも受け取れる。特に「二度と帰らぬ魂の叫び、あの夏の悪夢を永遠の心には桑田自身の意見であると考えられる。ちなみに本作の16年5ヶ月後に発表されたアルバム「葡萄」収録曲の「平和の鐘が鳴る」では「過ちは二度と繰り返さんと誓ったあの夏の日」とほぼ同義のフレーズを歌っている点からも桑田の強い信念が窺える。
ちなみにこのシングル「PARADISE」はGLAYの大ヒットアルバム「pure soul」と同時発売となっている。

11曲目の「私の世紀末カルテ」はシングル「LOVE AFFAIR~秘密のデート~」のカップリング曲。1番~7番にて構成されていてアコースティックギター、ハーモニカが主体の社会風刺曲となっていて桑田ソロ名義の「孤独の太陽」に収録曲「漫画ドリーム」を彷彿とさせる雰囲気が感じられる。このような意見に対し桑田は発売当時に「”ソロの曲でしょ?”って言われそうだけど、俺もサザンの1人。そこに境界線はない」と話していたという。2007年以降では「愛のプレリュード」「オアシスと果樹園」などソロでも爽やかな曲が多いので当時と現在は正反対の状況かもしれない。
さて歌詞を確認する。この曲ではサラリーマンの主人公が「世紀末」を迎えている当時の世相を歌詞にしている。印象に残ったのは3,6~7番の歌詞。3番では身体目当て女性(恐らく職場で知り合った女性で5番における不倫相手)に迫る場面。下心を悟られないか気にしながら「気前の良さと気さくなジョークによってその場を和ませ」、飲み会を開催している主人公であるが、その主人公のコミュニケーション能力が羨ましくなる。童貞なので分けてほしい。6番では世紀末を迎えている現代社会(当時)の矛盾によって生じる葛藤について歌っている。特に「情に流せば弱気な態度と傍からなじられて、腹から怒鳴ると変わり者だと嗚呼避けられる」「他人の視線と自分の評価にうろたえりゃ春は柳さえユラユラリ」という歌詞が印象的で社会人になってから聴くと、対になっている意見に板挟みになり精神的苦痛になっている主人公の心情が痛いほど伝わってくる。そして7番では自分の子供時代を振り返っている。7番冒頭では「母さんあなたが歌っていた小唄が懐かしい」と歌っているが単に曲の主人公の母親を示しているだけではなく、桑田自身の亡き母親への気持ちの表れにも捉えられる。この曲は仕事などによって精神的に疲労が蓄積している際に聴くと本当に心地良くなってしまう。最初聴いたときは飛ばしたくなるような曲にしか感じなかったが(失礼)、今となってはサザンの隠れた名曲だと感じている。

12曲目の「SAUDADE~真冬の蜃気楼~」はボサノヴァ調の楽曲。タイトルの「SAUDADE」は「哀愁」、「郷愁」と意味しているが、曲全体からは哀愁漂う雰囲気がヒシヒシと伝わってくる。この曲では「カーニバル」「ウルカ」「コルコバードの丘」「イエマンジャー」「アフォシェ」とブラジルに関する固有名詞が歌詞中に度々登場する。主人公の男性は現在ブラジルで生活しており、日本で暮らすかつての恋人への心情を綴っている。主人公は日本からブラジルに移住した後も恋人と連絡を取っていたが、ある日の国際電話を最後に連絡を絶ってしまう。何故連絡を絶ったのかは具体的に記載されていないが、「湘南SEPTEMBER」のレビューでの妄想ストーリーのように単に遠距離に耐えかねた相手に別れを告げられたか、相手に「日本で好きな人が出来たんだ。だから私その人にアタックしたいと思うの」という涙も止まらぬ残酷な知らせの2パターンを想像してしまう。どちらにしても主人公は「激しい愛に抱かれたい」と思うほど相手のことをなかなか忘れることが出来ない様子である。つまり本当に心の底から愛していたことが窺える。私も人生で一度で良いから、このくらい愛し合いたいものである。

13曲目の「GIMME SOME LOVIN' ~生命果てるまで~」は打ち込みサウンド主体でアップテンポなポップナンバーで、本作におけるハイライト的ポジションだと勝手に考えている。この曲はSMをテーマにしている。歌詞から推測するとこのSMナンバーは女性目線であると考えられる。歌詞中の表現も生々しく「愛のInvitation頂戴ね」は男性器の挿入の要求、「嗚呼冷たい手錠と踵で懲らしめて」は文字通り縛りプレイを意味していると推察される。「あのまばゆい御聖水を素顔に振りかけて」は「貴方の濃厚な白濁汁をどうか私の顔面にぶっかけてください」という意味だと解釈してしまう。本当に淫乱すぎる光景がイメージされる。
ここからは完全な自分語りであるため読み飛ばしを推奨する。私自身はこの曲で繰り広げられているような過激なSMプレイにはそこまで憧れを抱いていない。増してや女性を縛って精液を顔面にかけることも考えたことがない。私が憧れてシチュエーションはやはり女性にリードしてもらうシチュエーションである。全裸で仰向けになったところで、そこに乳房や陰部を自分の顔面、胸に擦り付けられる所謂「マグロ」状態になる妄想を夜寝る前、入浴中、トイレ中などにしてしまうことがある。やはり今の時代は「マグロ」だろ(知らんがな)。

14曲目の「SEA SIDE WOMAN BLUES」は後述のシングル「01MESSENGER~電子狂の詩~」のカップリング曲。激しいサウンドのシングルの表題曲とは対照的に静かなサウンドが特徴的になっている。イントロは恐らく木琴楽器から始まり曲の終盤まで比較的スローテンポとなっている。この曲は告白の結果、片想いに終わった無念な男の心情を描いている。「”愛”という字にゃ真心で、”恋”という字にゃ下心」という名言が歌詞中にあるが、ほぼ同じ温度感(HOO)である。「愛」は性を全部抜きにしても、相手といいう1人の人間を好きでいることを示すと思う。具体例で示すとすると性交時の精液噴射後に無愛想となる俗にいう「賢者タイム」が1秒でもある場合は桑田の言う「恋」で、「賢者タイム」1秒たりともない場合は「愛」ということになると考えられる。ちなみに私は意中の女性で「致す」ことはできないタイプである。罪悪感云々というよりは、その女性で致すことが選択肢にないというかその対象として考えられない。この場合はこの曲の歌詞に沿うと「愛」なのだろう。1人の男の失恋という小さな規模から「愛」と「恋」の相違点というスケールの大きな話題まで1つの曲の中で膨らんでいる。このように桑田は発想を膨らます意味でも天才だろう。

15曲目の「(The return of)01 MESSENGER~電子狂の詩(うた)~(Album Version)」はシングル版ではサザン39枚目のシングルとして1997年8月21日に発売され、日産自動車「ルキノ」CMソングとしてタイアップされた。恥ずかしながらシングルバージョンでは聴いたことがないが、Wikipedia情報によると、アルバムバージョンはシングルバージョンにドラムンベースなど大幅にアレンジが加えられたものである。今回は本作「さくら」に収録されているアルバムバージョンについて述べる。
この曲は打ち込み、電子音が多用されたロックナンバー。この曲をシングルとしても発売するとは明らかに比較的ポップであった前作「Young Love」の頃とは路線が差別化を図られている気がしてないない。歌詞を改めて読むと当時広がり始めていたインターネットに対する風刺となっている。インターネットによって「アナログ」の人間関係が希薄になってしまうことや社会全体がインターネットよって支配されることへの危惧がテーマとなっている。現在は当時よりさらにインターネットが発展しTwitter、LINE、InstagramなどのSNSが普及している2017年現在、桑田はどのように感じているのか。ちなみに現時点の最新作である「葡萄」(2015年)収録曲の「バラ色の人生」では歌詞中にSNSが登場する。その曲では「愛のカタチもニオイも知らずに画面の中の恋愛(ロマンス)にゃ情熱(ハート)が燃えないな。皆が集まる架空の広場”SNS”で、このバラ色の人生を分けてあげたいな」と皮肉たっぷりの歌詞を歌っている。前述の「PARADISE」の項でも述べたが、当時と近年の楽曲の歌詞を読み比べても桑田の信念はアラフォーでもアラ還でも変わっていないことが読み取れる気がする。

16曲目の「素敵な夢を叶えましょう」は本作の最後を飾るバラードナンバーで、フジテレビ系ドラマ「こいまち」主題歌としてタイアップがついた。本作の翌年に発売された桑田のエッセイのタイトルにも引用されている。全体的に骨太でロック色の強い本作の中では最も繊細なサウンドとなっている。
歌詞は桑田がデビュー20周年を迎えたサザンのメンバーに捧げた内容となっている。ラスサビでは「お互い素敵な夢を叶えましょう。一緒に歩いた旅路は果てしなく、もう一度輝く星のように輝くLet me wonder、暗い夜空にまたひとつ夢が溢れた。南十字に戯れる星空に願いを」と歌っている。Wikipedia情報によると、「南十字」はサザン自身を、「星空」はサザンのファンを示している。このうち「一緒に歩いた旅路は果てしなく」という部分からサザン6人のメンバーでこれからも支え合いながら活動を続けていきたいという桑田の意思も伝わってくる。しかし、その願いは空しく、皮肉にも本作が6人体制最後のオリジナルアルバムとなっている。この曲を現在、サザンのメンバーや、2001年に脱退した元メンバーの大森が聴いたらどのような感情を抱くのか気になってしまう。

本作は90年代以降のサザンの作品の中では最も王道から外しにかかっている(褒め言葉)作品と言っても過言ではない。社会風刺や内省的な曲が多く収録されていてミスチルの「深海」、桑田ソロの「孤独の太陽」、B'zの「SURVIVE」、稲葉ソロの「マグマ」と同様に陰鬱な気分になった際は無性に聴きたくなる中毒性を含んでいると感じる。
さて、今回のレビューはここまでにする。かなりの長文になってしまったが、内容は薄いかもしれない。今回も読んで頂いて本当にありがとうございました。

松任谷由実「スユアの波」 東芝EMI 1997年12月5日発売 
(収録曲)
1.セイレーン ★★★☆☆
2.Sunny day Holiday ★★★★
3.夢の中で~We are not alone,forever ★★★★★
4.きみなき世界 ★★★★★+1
5.パーティーへ行こう ★★★★★
6.人生ほど素敵なショーはない ★★★★
7.結婚式をブッ飛ばせ ★★★★★
8.時のカンツォーネ ★★★★
9.Woman ★★★☆☆
10.Saint of Love ★★★★
総評:★★★★★
本作は松任谷由実(以下ユーミン)の29枚目のオリジナルアルバム。本作は1983年発売のアルバム「リ・インカ―ネイション」以来14年ぶりに累計売上が50万枚を割り込んだ。そしてオリコン週間最高順位も当時大ヒット中だった河村隆一「Love」に1位を阻まれ2位となった。アルバムの連続1位記録はこの後もしばらくの間(2013年の「POP CLASSSICO」まで)途切れることとなる。ただ、ユーミンの作品のセールスが落ちたのは完成度が低下したわけではなく、世代交代的な要因が大きいというのは本作を聴けば実感するだろう。この作品は「THE DANCING SUN」と並び90年代のユーミンの作品を代表する1枚だと感じている(主観)。収録曲数は10曲とそこまで多くはないが、内容が濃密で初めて聴いたときも濃厚な白濁汁が股間から溢れ出しそうになった感覚は忘れられない。
本作は「サーフィン」をテーマにしたコンセプトアルバム。この「サーフィン」とは海上でのサーフィンというより、したがって仮タイトルは「時空のサーファー」だった。最終的には「スユアの波」に変更されたが、それは古代マヤ人の言葉で馴染みのないものになっているものの意味は仮タイトルとほぼ同義となっている。

では、収録曲別レビューに。1曲目の「セイレーン」はハワイを舞台にした1曲。サビでは「ひとりにしないで、置いてゆかないで、付いてゆくから。流されて行った、失くして行った青春求め」と言うフレーズがあるが、これはユーミンの「いつでもネットサーフィンを通して青春時代に戻りたい」という願望が込められているのかもしれない。この曲単体の印象はあまり濃くないが、アルバムオープニングを飾る1曲としてなら収録曲の中ではこの曲以外あり得ないと感じる。ちなみに翌年のベストアルバム「Neue Musik」発売にあたり収録曲を決めるための投票キャンペーンが実施された。このキャンペーン投票者にはハワイ旅行券がプレゼントされたが、その参加賞はこの曲が由来となっている「セイレーン賞」という名称になっていた。

2曲目の「Sunny day Holiday」はユーミン31枚目のシングルとして1997年11月12日に発売され、フジテレビ系ドラマ「成田離婚」主題歌としてタイアップがついた。自身にとって8cmシングルとして発売されたのはこの曲が最後となっている。この曲のイントロはキーボードから始まり、その後90年代らしくシンセサイザーの演奏音が展開している点が特徴である。シンセ好きの私としては初めて聴いたときからイキそうになってしまった。
歌詞を確認すると、恋人と大喧嘩した後の男性の心情が歌詞になっている。主人公は恋人と喧嘩した後、気まずい状態になり恋人と距離を置いているのか、「Make me lonely ひとりにして」と述べている。そもそも彼女とどうして喧嘩をしてしまったのだろうか・・・。「君がどんなに大事だったかかみしめている」「愛していればきみはいつでもそばにいると思っていた」「あのときのけんかのわけも、あの涙のわけもわかろうとさえしなかった」とある。恐らく主人公は自分の時間を優先しすぎて、恋人との時間を疎かにしていたのだろう。会う約束をドタキャンしていたこともあったのかもしれない。そうした日々が続き、彼女に限界が訪れ大喧嘩に発展したのだと勝手に推測している。その喧嘩の際も主人公は彼女に対し「うるせぇな!俺にだって時間があるんだよ。」などと反発し、それ以来しばらく会うことがなくなり冒頭の歌詞の状態になったと考えられる(もちろん他の状況にも解釈できなくはないが)。大喧嘩以来、会えなくなってしまったが、彼女を愛する気持ちは変わっていないことが歌詞からうかがえる。曲の終盤では「ぼくの人生のサイドシートには、きみの笑顔をのせたいから」と綴っているが、その後、主人公は彼女と結局仲直りできたのかが気になるところ。

3曲目の「夢の中で~We are not alone,forever」は前述の「Sunny day Holiday」のカップリング曲。後述の「時のカンツォーネ」と共に映画1997年版「時をかける少女」主題歌のタイアップがついた。なお、Wikipedia情報によると、シングル(映画)版とアルバム版の2種類が存在し、歌詞が一部異なっている。1番Aメロの歌詞はシングル盤では「冬の朝」となっていたが、アルバム版では「夢の人」に変更されている。映画でタイアップされた際と、サントラ、アルバムに収録される際に歌詞が異なっている曲ではRADWIMPS「前前前世」が記憶に新しい。恥ずかしながらRADWIMPSのこの曲以外に映画版とアルバム版で歌詞が変更されている曲は知らなかったので驚きである。
そしてユーミンの「夢の中で」の話題に戻すが、この曲、次トラック「きみなき世界」、次々トラック「パーティーへ行こう」の連続した3曲は1セットとして考えている。この連続した3曲は本作におけるメインディッシュの役割を担っていると感じる。そのうち「夢の中で」は終始響いているキーボード音が素晴らしいスパイスとなっている。ユーミンの歌い方も切なく、転調で響くオーケストラサウンドと見事に融合している点がこの曲の醍醐味と言える。歌詞を改めて確認すると現実世界で片想いをしている意中の相手に対する主人公の心情が描写されている。主人公はおそらく意中の相手とは現段階では恋人関係まで発展していない。そのため、この曲のシチュエーションは共感してしまう。私自身、今までを振り返ると片想いをしている女の子が夢に登場し、夢の中では仲睦まじく、そして微笑ましくお喋りをしたことは何度もある。したがって歌詞中の「夢のままであなたを待ってるの、いつまでも、いつまでも待ってるの」というフレーズを聴いているだけでも共感のあまり、涙が頬を伝いそうになってしまう。こんな大名曲をシングルA面曲ではなくカップリング曲にするユーミン、そのスタッフはいい意味で奇才。

4曲目の「きみなき世界」は本作で最もお気に入りの大名曲で、Twitterで仲良くさせて頂いている某フォロワーさんも「絶品」と大絶賛されていた。何の作品で聴いたのかは覚えていないが、幼少期から聴いていた気がする1曲でもあるため、非常に思い入れが深い。この曲は前トラック「夢の中で」以上にユーミンのボーカルも切なく聴こえる。このように曲全体に切なく、陰鬱な雰囲気が広がっているため、仕事でかなり疲れた時や気分が落ち込んでいるときに、夜の街を歩きながら無性に聴きたい気分に襲われることもある。そして気づいたら何度もリピートしてしまっているため、中毒性も強い。
歌詞の内容を改めて確認すると大切な相手に対し未練を持ち続ける男性の辛い心情が生々しく描写されている。主人公は「あの時の言い訳をまだ、ぼくは後悔してる。なぜだろう。なぜだろう。それしかなかったのに。寂しくて寂しくて仕方なかった」と叫んでいるが、相手は恋人とも深い関係だった親友とも解釈できる。何が起こったのははっきりとは歌詞中に記載されていないが、とっさの言い訳が原因で人間関係が崩れてしまう人生の教訓にもなる1曲だと感じる。この主人公は相手と音信不通になっていて心が空っぽになっているのがヒシヒシと伝わってきて切なくなってしまう。しかも曲の終盤になっても相手と仲直りをする、もしくはその兆しがある描写は一切されていない点が胸が苦しくなる。おそらくもう相手と仲直りをすることは難しい気がする。この主人公はこの先どのようにして「きみなき世界」で人生を送ることになるのか気になって仕方がない。

5曲目の「パーティーへ行こう」は1997年苗場プリンスホテルCMソングのタイアップがついた。ユーミンの楽曲はその他にも「サーフ天国、スキー天国」「ガールフレンズ」「BLIZZARD」「届かないセレナーデ」「Man In the Moon」と多くの楽曲が苗場プリンスホテルCMソングに採用されている。
そしてこの曲は陰鬱とした雰囲気の前トラック「きみなき世界」とは対照的に明るいポップサウンドが特徴となっている。この振り幅には本当に驚かせられ、ユーミンの才能を改めて実感する。曲中では自分に自信がないのかテンションが低い男性に対し、元気に声掛けリードをしてくれる女性が登場している。私自身、基本的に落ち込んでいるときはそっとしてもらいたい派ではあるものの、たまにはこの曲の主人公のような元気な女性に励まされたくなることもある(わがまま)。特に「泣けちゃうくらい今夜のあなたは、どこから見たってOK!」「いつも悩みの2つや3つあるけど一瞬忘れりゃOK!」と可愛い年上の女性に肩をポンッと叩かれながら言われたいものだ。また、ラスサビでもあなたをきっと輝かせる」というフレーズがあるのが印象的で聴いていると何だか元気づけられる気がする。本当にこの曲は、「きみなき世界」を聴いて胸が苦しく切ない気持ちになったリスナーを救う役割を担っていると感じる。

6曲目の「人生ほど素敵なショーはない」は、人生において肝心な場面で躊躇しなかなか一歩を踏み出せない人の背中を押す応援ソング。ちなみにこの曲について調べていたところ、同名のミュージカル「人生ほど素敵なショーはない~Life is wonderful」が検索ヒットしたのが驚きである。関連性について明記はされていないが、恐らく主催者は高確率ユーミンのファンだと考えられる。自分の好きなアーティストを引用することを想像するとこちらまでニヤニヤしてしまう。
そして曲の話題に戻すが、2番Bメロの「チャンスがなかったわけじゃない。その気ならいつだってとべたはず」というフレーズを聴くと心に突き刺さり活を入れられた気分になる。その他には「人生ほど素敵なショーはない。そんな言葉ばかにしてた。どうせ何も起こりはしないと斜に構えて生きてきたけれど。勇気がひとさじあれば、一歩前に踏み出せば」という部分もドキッとしてしまう。恋愛にも当てはまり、私のような童貞の心にも響いてしまう。座右の銘にもしたい歌詞だと感じた。

7曲目の「結婚式をブッ飛ばせ」は終始疾走感溢れる王道ポップナンバー。バックで鳴り響くエレキギターの音色が非常に心地良い。曲の内容とは全く関係ないが、ドライブをしながらこの曲を聴くと似合いそうなメロディに感じる。そしてタイトルと歌詞からこの曲の内容はコメディ要素が強いように感じるのは私だけだろうか。「結婚式をブッ飛ばせ」というコメディドラマがあっても全く不思議ではない気がする。もし実在するとすると相手方の両親役は伊東四朗と野際陽子がピッタリに感じる。ただ、そのキャストでのドラマは二度と実現しないのが残念でならない。
主人公の女性は結婚式の会場で、突如相手との婚約を破棄したいという気持ちに苛まれている。誓いの言葉を必死に考えた結果、本音をつい口にしてしまい、会場はお通夜モードになってしまう。そして結婚式の会場が気まずい空気の中、その後どのような行動をとったのか気になる。おそらくこの流れだとコメディドラマのように会場を飛び出すことが想像できる。なんだかウェディングの姿のまま会場から走る場面を想像すると大ヒットドラマの「ロングバケーション」の始まり方を思い出してしまう(「ロングバケーション」の場合は主人公は婚約破棄される立場ではあるが)。そしてこの歌詞を聴いてもう1点気になるのが、相手の男性について。もし、私がこの男性の立場だったら涙が止まらなくなるだろう。

8曲目の「時のカンツォーネ」は1983年に原田知世に提供した「時をかける少女」の歌詞をベースにし、新しくメロディが作られた曲。この曲は先述の「夢の中で」同様、映画1997年版「時をかける少女」主題歌としてタイアップがついた。歌詞のベースとなった「時をかける少女」よりもテンポが速くメロディがシリアスに感じる。そしてこのシリアスさは「時をかける少女」発表時の20代のユーミンではここまで表現しきれなかったかもしれない。『「時をかける少女」は知ってる』という方にこそお勧めしたい1曲である。歌詞について詳しくはいずれ「時をかける少女」についてレビューを書くときに触れたいが、冒頭でも述べたように本作の仮タイトルの「時空のサーファー」のテーマに沿っている気がする。言い換えると本作は「時をかける少女」を自身で振り返って製作されたアルバムと言えよう。

9曲目の「Woman」は1984年に薬師丸ひろ子に提供した「Woman”Wの悲劇”より」とは全く別の楽曲。2番サビ、ラスサビ後半では転調している。歌詞を読むと別れた恋人への切なき気持ちを描写している。印象的なフレーズは「ちぎられたハートの跡は塞がらないの、引きさかれた運命だから彼に会いたい」の部分。彼を本当に愛していたのだろう。このフレーズを読むとTwitterの某フォロワーさんが「本気で好きな人と別れたら、立ち直れないものだろ。別れても自分の傍にいてくれたことを感謝しかできないだろ。」とツイートされたことをふと思い出すし、その通りだと感じる。

10曲目の「Saint of Love」は本作の最後を飾るバラードナンバー。サビの「愛して愛してもっと愛し合えば」の「愛して」のユーミンの歌い方がたまらない。そしてこの曲ではコーラスも大活躍をしている。特にアウトロ部分でコーラス隊の大合唱によって盛り上がる部分は何度もリピートしたくなる。
この曲でも意中の男性への気持ちを描写している。主人公の意中の相手は学校の同級生や職場の同僚ではあるものの、あまり話をする機会がないのかもしれないと勝手に解釈をしている。「あなたを近くに感じる夜が、なぜかあるの」「岸辺に揺れてるボートが寄り添う、より近く。ああ、なのに心はあなたにつなげない」という部分を聴くとドキドキしてしまう。そしてユーミンはその後にあなたを遠くに感じる夜がなぜかある。言葉も何も通じない世界の果てのよう。ああ、だから心をあなたにつなげたい」と歌っている。ボートで近づけても実際にくっつくのは大変なのが恋愛の醍醐味かもしれない。前述のフレーズを読むとこちらまで甘酸っぱい気持ちになってしまう。中学時代私のクラスでは日直は男女ペア制になっていた。そこで片想いをしていたクラスの女の子と運よく日直がペアになったことがあった。今振り返るとこの曲でいう「ボートが寄り添う」気分であったのかもしれない。そして、その女の子がクラスの中心的な男子と楽しく話を盛り上がっているのを見た際は歌詞中の「言葉も通じない世界の果てのよう」という気分であったのだろう。このように個人的にも思い当たる経験があったため自分自身と重ねてこの曲を聴いてしまう。

この作品は90年代ユーミンを代表する作品。「天国のドア」や「THE DANCING SUN」など90年代ユーミンのダブルミリオン作品の完成度も高いが、本作はそれ以上の完成度を誇っていると言っても過言ではない。中古CDショップでもたまに見かけるので見かけた方は是非手に取って頂きたい1枚である。さて、今回の記事はここまで。今回の記事も勢いで書いた部分ほど内容がスカスカかもしれない。最後まで読んで頂きありがとうございました。

BUMP OF CHICKEN「jupiter」 トイズファクトリー 2002年2月20日発売
(収録曲)
1.Stage of the ground ★★★★★
2.天体観測 ★★★★
3.Title of mine ★★★★★
4.キャッチボール ★★★★
5.ハルジオン ★★★★★
6.ベンチとコーヒー ★★★
7.メロディ‐フラッグ ★★★★
8.ベル ★★★★★
9.ダイヤモンド ★★★★★
10.ダンデライオン ★★★★★
総評:★★★★★
本作はBUMP OF CHICKEN(以下BUMP)の通算3枚目(メジャーデビュー後1枚目)のオリジナルアルバム。このアルバムは「天体観測」が大ヒットし、BUMPが大ブレイクしている中、発売された。作品名の「jupiter」はご存知の通り木星を意味する。この由来はアルバム名に決める際にボーカル藤原基央がたまたま木星のことを考えていたためであり、本作のジャケットも木星の写真となっている。BUMPには宇宙や天体を連想させるタイトルの作品が数多く存在するが、本作の作品名を決める際にも木星のことを考えているとは藤原はどれだけ宇宙空間のことを愛しているのだろうか。彼は誕生日に天体図鑑を買ってもらうほどの宇宙好きで本当に「J-POP界の宇宙博士」と呼んでも過言ではない。ちなみに藤原自身も誕生日が偶然木曜日だということも本作のタイトルが決定した後に判明した。そして当時は「天体観測」の影響でBUMPの知名度が上がったが、藤原自身は複雑な心境であった。その心境は本作収録曲の「ベル」に克明に綴られているので後ほど詳細に記載する。他にもブレイクして多忙な日々に追われたり、好きなように音楽を出来ず精神的に悩んでいたボーカルとして桑田佳祐(1980年頃)、桜井和寿(1996年頃)、藤巻亮太(2006年頃)が列挙されるが、いずれも天才アーティスト。藤原も当時22歳という現在の私よりも若い年齢でこのアーティストと比肩するレベルの才能の持ち主。ブレイクして精神的に悩むのも天才故だろう。
そして本作の醍醐味はやはり藤原の荒々しいボーカル、粗削りなバンドサウンドが程よくキャッチーなサウンドと見事に融合している点。まず藤原のボーカルについて。当時の荒々しいボーカルは次作の「ユグドラシル」まで見られる。現在の藤原の透明感溢れるボーカルも癒されるが、自分自身がイライラしている際はやはりこの頃のボーカルを欲してしまう。そして粗削りのバンドサウンドも魅力で、デジタルサウンドが多用されている現時点での最新作「Butterflies」とは対極を成している(Butterfliesも好きですが)。この頃のギターの大半はもしかするとギター担当増川弘明ではなく藤原が演奏していたのかもしれない。そう考えると当時の藤原は真のボーカルとギターの二刀流ミュージシャンであったと言えよう。
なお、次作「ユグドラシル」でも藤原の荒々しいボーカルを楽しむことはできるが、曲の世界観が変化し始める。次作では「embrace」「同じドアをくぐれたら」のような落ち着いた雰囲気の楽曲が増えるため、若さに溢れたエネルギッシュで、かつ程よくキャッチーなBUMPを楽しみたい方には、まず本作を勧めたい。

では、収録曲別のレビューに。1曲目の「Stage of the ground」はメンバーの友人に子供が生まれた記念に作られた曲。バンドサウンドが轟いているがメロディはキャッチー。本作の作風を凝縮したアルバム曲。完成度が高いため、シングルとして発売されても不思議ではないと感じてしまう。サビの「迷いながら、間違いながら、歩いていくその姿が正しいんだ。君が立つ、地面はホラ360度全て道なんだ」「那由多に広がる宇宙、その中心は小さな君」というフレーズはその「友人の子供」に宛てたメッセージと考えられる。その子は成長して現在中学3年生くらいだと思われるが、この歌詞を改めて聴いてどう感じているのか是非聞いてみたいものである。
この曲はアルバム曲ながらに有名人にも浸透している。BUMPファンのフィギュアスケートの羽生結弦選手はこの曲の英語詞をプリントしたジャージを着て練習に取り組むこともあるという。

2曲目の「天体観測」はBUMP通算3枚目のシングルとして2001年3月14日に発売された。自身が大ブレイクするきっかけとなったポップ・ロックナンバーで最大のヒット曲となっている。この曲から着想して制作されたフジテレビ系ドラマ「天体観測」の挿入歌となった。なお、このドラマの主題歌は中島美嘉の「WILL」である。ちなみに偶然か必然かは不明だがBUMPも12年後に「WILL」という楽曲を発表しているのが興味深い。BUMPの「WILL」について少しでも気になった方は「RAY」というアルバムを入手すれば聴けるので是非お試しを。
楽曲「天体観測」の話題に戻すが、この曲のイントロは8本のギターを用いて「流れ星」を示しており、藤原と増川によって演奏されている。このイントロはライトリスナーの興味をそそるエネルギーを持っている。21歳でこの曲を考えた藤原は天才としか言いようがない。
この曲では深夜にとある踏切で仲間同士が天体観測を始めるシーンから始まる。この曲は単に星空を眺めて楽しんでいるわけではない。お互いのこれからの人生の出来事1つ1つを夜空に浮かぶ小さな星屑に例えている。余談だが、私も可愛い女の子と2人深夜に天体観測デートをしてみたいものだ。2人で綺麗な星空に酔いしれながら肩を寄せ合って幸せな気分に浸るのもいとをかし。
・・・とこのようにいつも私がしている妄想も先ほどの解釈を踏まえると広い意味で「天体観測」なのかもしれない。ちなみにこの曲と同時発売になったシングルとしてB'zの「ultra soul」が挙げられる。そう考えるとその2曲が同時発売となった2001年3月14日も激動の1日であった。

3曲目の「Title of mine」は当時の藤原の精神状態が反映された荒々しいロックナンバー。個人的には前トラックの「天体観測」よりも好みかもしれない。ちなみに藤原本人はあまりこの曲が好きではないと言う。この曲はメロディ、歌詞の順に制作されたらしいが、曲を書いた時点では「自分が天才なんじゃないかと思うくらい自信作だったが、歌詞を書いているうちに自分自身と重なり始め、歌うのが辛くなった」と話している。当時の藤原のボーカルは現在よりと比べ物にならないくらいしゃがれていたが、この曲は特に顕著となっているようにも感じる。恐らくそれは「歌うのが辛い」という心境の表れかもしれない。藤原が歌っていて辛くなる歌詞とは一体どのようなものなのか。
1番サビでは「人に触れていたいと思うことを恥じて嗚咽さえもかみ殺して、よくもまぁ、それを誇りと呼んだモンだなぁ」というフレーズがあるが、非常に印象的であった。当時のBUMPは世間で大ブレイクし、注目を浴びてプレッシャーが藤原に重く圧し掛かっていたのだろうか。そしてブレイクする前と生活が大きく変わって困惑もしていたのも考えられる。あくまでも歌詞からの推測だが、藤原はそのプレッシャーや生活の変化によるストレスをBUMPメンバーを始めとした友人、家族に全てを相談せずに1人でもがき苦しんでいたのかもしれない。この曲の最後に藤原は「こんな唄を歌う俺の生きる意味1つもない。あぁ。」と吐露している。ミスチルの桜井和寿に例えると本当に深海期並みに辛かったのだろう。

4曲目の「キャッチボール」の作曲は藤原ではなく増川が担当している。この曲は藤原と増川(他のメンバーの参加は不明)が箱根で合宿を行い完成させたという。作詞にあたり2人は「キャッチボール」ではなくバドミントンをしていた。Wikipedia情報によると、藤原はこの時のバドミントン中の増川をモチーフに作詞をしたと語っている。『「とれるわけないだろう!」と呆れながらも慌てて追う。「とれなくてもいい」と君は微笑んでいた』『「とれるわけないだろう!」と呆れながらも必死でとる。「取れないと思った」と君は驚いてた』という1番と2番のサビの歌詞は読んでいるだけでも微笑ましくなる。映像を見なくても楽しそうに2人がバドミントンをしている映像が勝手に脳内に浮かんでくる。もはや友人を通り越して家族のような関係かもしれない。

5曲目の「ハルジオン」はBUMP通算4枚目のシングルとして2001年10月17日に発売された。曲の開始と同時にボーカルも始まる。先述の「天体観測」と同様、バンドサウンド主体で疾走感溢れるポップナンバー。個人的には「天体観測」よりこちらがお気に入りかもしれない。この曲の主人公は生きる上での目標を見失いかけていることが歌詞から読み取れるが、もしかするとこれも先述の「Title of mine」のように藤原自身を描写している気がしてならない。
ちなみにシングル「ハルジオン」と同時発売のシングルとしてポルノグラフィティの「ヴォイス」、ELT「jump」が挙げられる。

6曲目の「ベンチとコーヒー」は藤原が実際に一日に経験したことをもとに作詞し、ベースの直井由文の誕生日に送った曲とされてる。Wikipedia情報によると、直井は藤原から送られた歌詞を今でも額縁に入れて飾っているという。この曲では藤原が青いベンチで朝の光景を眺めているシーンが描写されている。「駅へ急ぐスーツの人Yシャツの襟が立っていて、それに気づいて直すとき、当たりをキョロキョロ伺って、まるで自分を見る様でもどかしくてまいるなぁ」と綴っている。これは全く同じ温度感(MOO)である。私自身慌てやすい性格なので、このサラリーマンは同じタイプのように感じてしまい涙が出そうになる。
そしてその後には藤原は小学生の男の子?が女の子に「君が好きだよ」と告白をする場面を目撃したという。もしかするとこの小学生は私と同じくらいの年かもしれない。丁度この頃(2001年頃)、私も女の子と路地裏でキスをしたことが思い出される。
またまた、話題が逸れてしまったが、この曲では最後に直井へのメッセージが歌われている。「冷たいコーヒー飲んだら、コーヒー好きなオマエのさ、馴染んだ顔が浮かんだよ」「いつもの顔でコーヒー飲んでるオマエです。いつもの顔で全然ダメな俺のとなりに居ます」「こんな唄を明日オマエに渡せますように」というフレーズを読んで涙が出そうになった。どこまで藤原は直井のことが大好きなのか(いい意味で)。やはりBUMPメンバー間の友情は本物である。現在でもメンバー間の仲が良いのは見るだけでも伝わってくる。あと40年は解散・・・いや活動終了をしないだろう。

7曲目の「メロディーフラッグ」はWikipedia情報によると、雪の日に転倒して一時記憶を失った友人に送った曲。歌い出しの「疲れたらちょっとさ、そこに座って話そうか」という藤原の低音ボイスを聴いていると同性でも股間が精液でびしょ濡れになってしまう。仕事などで疲れた際はこの藤原の語り掛ける歌声を聴いて癒されたくなってしまう。そして「何もなかったかのように世界は昨日を消してく。」という歌詞を聴くと中島みゆきの永久欠番の歌詞を彷彿とさせられる。永久欠番の歌詞では「どんな記念碑も雨風に削られて崩れ、人は忘れられて代わりなどいくらでもあるのだろう」というフレーズがあるが、BUMPの「メロディーフラッグ」の先述の歌詞の意味がほぼ同様に感じる。中島みゆきと藤原の世界観は一見全く異なっているが、このように近い意味の歌詞を発見すると嬉しくなる。

8曲目の「ベル」は完成した当時、タイトルは未定であった。タイトルの由来は電話の「ベル」である。「天体観測」が大ヒットし、BUMPの知名度が急上昇中だった頃、全く交流のなかった知り合いから電話が掛かってきていて藤原は人間不信に陥っていたという。そこで友人が藤原のことを心配して「大丈夫か?」と心配して電話を掛けてくれたため、本当に救われたという。恐らく藤原の精神状態をどん底に突き落とした電話、藤原を救済した電話という対照的な要素を持つ「ベル」を掛けてこの曲名に決まったのであろう。
歌詞では「話したいことは山程あるけど、なかなか言葉になっちゃくれないよ。話せたとしても話せるのは本音の少し手前」というフレーズが非常に印象的。こんな状態が続くと極度のストレスに襲われるのも無理はない気がする。この曲は先述の「Title of mine」と繋がっている気がしてならない。本音を身近な人にも打ち明けられず極度のストレスに襲われてしまい「俺の生きる意味1つもない」と考えていたと推測される。藤原自身当時の心境を思い出したくなかったのか、楽曲発表後長年にわたりライブで「ベル」が披露されることはなかったという(2016年の結成20周年記念ライブでようやく披露された)。

9曲目の「ダイヤモンド」はBUMP通算2枚目のシングルとして2000年9月20日に発売された。メジャーデビューシングルでもある。この曲は私のような不器用の極みでも勇気づけられる歌詞が連発されている。特に「何回転んだっていいさ。擦り剥いた傷をちゃんと見るんだ」「何回迷ったっていいさ。血の跡を辿り、元に戻ればいいさ。目標なんかなくていいさ。気づけば後から付いてくる。可能性という名の道が幾つも伸びてるせいで、散々迷いながらどこへでも行けるんだ」の部分を聴くと涙が出そうになる。恐らく個々のフレーズは本来はメジャーデビューという新しい船出を迎えるBUMP自身をイメージして歌詞を書いていたのかもしれない。ただ、ここは個人的にも思い入れがある歌詞でもある。Twitterでは打ち明けたが私は1回実習で失敗し留年をしている。留年後、旧同級生に遅れを取っていることに劣等感を感じることも正直あった。だが、そこでこの部分を聴いて「他人は他人。自分は自分。1年遅れても俺にだって可能性はあるかもしれない」という前向きな考えも持津ことができるようになった気がする。そう考えるとこの曲は人生の恩人ならぬ恩曲かもしれない。ちなみにこのシングルと同時発売のシングルとしてaikoの「ボーイフレンド」が挙げられる。

10曲目の「ダンデライオン」はアップテンポなポップナンバー。直井談によると、元々もう少しテンポが遅い曲だったが升秀夫(ドラム担当)が勘違いをして激しくドラムを叩いてしまったために現在の曲調になったという。この曲のタイトルは百獣の王のライオンとタンポポ(Dandelion)を掛けている。これと同様の掛け方は松任谷由実の楽曲「ダンデライオン~遅咲きのたんぽぽ」を彷彿とさせる。BUMPの「ダンデライオン」も松任谷由実の「ダンデライオン」も大好きな曲なので共通点を見つけると、「ついつい微笑んでしまう。
この曲ではライオンからタンポポへの一方的な友情が描写されているという。歌詞中に登場するライオンは仲間と信頼関係を築くのが不器用で、他のライオンに嫌われている。ライオンの心の声を読んでいると、本当に曲中盤まではタンポポからの反応がほとんどなく何とも言えない気持ちになってしまう。ただ、最後の「季節は巡り春は訪れ谷底まで金色の化粧。一面に咲くタンポポの花」というフレーズに救われる。これはタンポポから不器用なライオンへの返事なのだろう。藤原の描く物語の世界観は本当に絵本になりそうだ。

冒頭の「収録曲」には記載しなかったが、ボーナストラックには「In my heart 」「In my Nikke」が収録されているが、恥ずかしながら、TwitterのMy名盤に挙げておきながらしっかり聴けていないので割愛する。また聴き込んだら加筆修正したい。
このアルバムはたまにブックオフでも見かける名盤。聴いて損をしないと思うので特にバンドサウンドが前面に出たポップロックが大好きな方に是非聴いて頂きたい。
さて、今回の記事はここまでとする。今回も内容の薄いレビューを読んで頂きありがとうございました。

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