レジーのブログ LDB

「歌は世につれ、世は歌につれ」でもなくなってきた時代に。  ※15/4/23 世の中の状況を鑑みてfc2からこちらに移しました

ご連絡はレジーのポータルの「contact」よりどうぞ。(ブログ外の活動もまとめてあります)

2012年09月

15年の深みと37年の重み

レジー「バインのNHKホールのライブが超良かったと聞きまして」

司会者「(前回の予告とは全く違う話するみたいだな・・・)ああ、15周年のライブですね。ファン投票を基に選曲したベスト盤のリリースと合わせて」



レジー「いきなりベスト盤に入ってない曲からやるってのがバインらしいですが

司会者「バインは聞いてたんですか?」

レジー「とりあえず高校卒業の時のライブでスロウをコピーしたね。もちろん僕はボーカルギターです」

司会者「ほう」

レジー「あれは今考えてもかなりいい出来だったと思ってます。バンド2年、アカペラ4年のプレーヤー歴の中での最高傑作ですね。演奏もはまった」

司会者「証拠も何もないので話が全く膨らみません」

レジー「ちなみにそのライブの前に田中氏の写真を持って美容院に行って初めてパーマをかけました」

司会者「大学入学直前の恥ずかしい過去ですね」

レジー「パーマってかけたてはいまいちね。馴染むまでに時間が」

司会者「ちなみにそれに関しては衝撃の事実が。田中さんへの100の質問企画なんですけど

Q62 他人から言われて嬉しい言葉は?
「ええっ! それ天然なんですかぁ!? 」って頭(髪)のこと言われること(笑)。


レジー「ええっ!それ天然なんですかぁ!?」

司会者「リピートされても」

レジー「これはまじでびっくりした。ほんとに知らなかった」

司会者「「スロウ」が入ってるのは「Lifetime」ですね。こちらに過去作品が並んでますが

レジー「こう見ると、ずっとリアルタイムで聴いてたわけではないんだよなあ。「Lifetime」は高校の時かなり聴きましたよ。あと好きなアルバムは「イデアの水槽」ですね」

   

司会者「始まりがかっこいいですね」

レジー「「豚の皿」「シスター」2曲ガツンときて、「ぼくらなら」を挟んで「ミスフライハイ」にたたみ込んでいくのが最高ですな。一番好きなのはラス前の「公園まで」です」

司会者「スピッツのようなイントロのさわやかさが素晴らしいですね」

レジー「振れ幅のあるバンドですよね。混沌とした世界を描いてたかと思えば、土砂降りがあがった後の澄んだ空気みたいな音もあり。出たてのころは「ポストミスチル群」に括られたなんて話題をこの前だしましたが、とんでもない話ですね。あそこに出てたバンドとは引き出しの数が違いますよ。歌詞のレベルも段違いだし。抽象度高いのにテクニックにおぼれてる感じもなく。最近の若いバンドも見習ってほしいですよ」

司会者「他に好きな曲で言うと何かありますか」

レジー「そうですねえ。「光について」はもちろん大好きで、「Reverb」もかなりときめきましたね。「指先」も寒くなると聴きたくなる。あとは「風待ち」から10年経って出た「風の歌」が超沁みた」



司会者「あれいい歌ですよねえ」

レジー「ほんとこういう風を待ってたよ、みたいなね。メロディアスサイドのバインが好きです」

司会者「で、ベスト盤といえば山下達郎のも最近出ました」



レジー「これ早く聴きたいんだよな。全49曲、初のオールタイムベストと」

司会者「ヤマタツは聴くんですか」

レジー「まあもちろん後追いですけどね。ベテラン系のミュージシャンでは今だと一番好きかも。09年のツアー見に行ったんですよ。NHKホール。あんま良くないんだけど大枚をはたいてチケット入手して」

司会者「へえ」

レジー「もうほんと素晴らしかった。動いてるヤマタツを見たのほぼ初めてだったからそういう感動も含めて。バンドもすごいし、何よりも声の伸びがすごいのよ。「RIDE ON TIME」とか、最後一旦オフマイクにしてからフェイクに行くところとかあるんだけど、完全に鳥肌でしたね」

司会者「いいなあ。「RIDE ON TIME」はキムタクのドラマ主題歌でリバイバルしましたね」

レジー「ぶっちゃけそうですね」

司会者「「GOOD LUCK!!」のネタはやめてください。好きな曲とかあれば」

レジー「「RIDE ON TIME」は外せないのと、「いつか晴れた日に」ね。あれはマジで名曲ですよ」

司会者「紹介したいのですがネットに音源がない」

レジー「じゃあこれは金払って聴いてください」

司会者「で、このベスト盤のリリースに合わせて長いインタビューがネットに出てますね」

レジー「はい。とりあえずナタリーHMVのを2つを読みましたが、どっちも超面白かった。ここで全部引用したいくらいですよ。現役のミュージシャンで、自分のやってることのシーンにおける意味だったり、音楽業界の趨勢だったり、そういうものをちゃんと自分の言葉で語れる人って他にいないと思いますよ。まじで必読です。絶対読んだ方がいい。大事なことだから2回言いますけど、必読です」

司会者「特に気になったところとかあれば」

レジー「いっぱいありすぎるんですが、とりあえず「アナログからデジタル」「ProTools」っていう音楽シーンの大波を乗り越えてここまで来てるってことね。音作りにこだわる人であるがゆえに、技術の変容に戸惑うわけで」

司会者「この辺の話はkenzeeさんのブログでも紹介されてましたね」

レジー「それ読んでたから理解も早かったです。あとはベストアルバムに対する意識ね」

基本的にはベストですから時系列にならないとダメなんですよ。新旧絡めたベストもありますけど、僕はそういうの全然好きじゃない。ベストは入門用なのでキャリアがきちっと俯瞰出来る構成じゃないと。(HMVインタビュー)

司会者「こういうスタンスなんだ。既存曲で流れ作ってるバインとは対照的」

レジー「僕はバインみたいにアーティストサイドが「再構成」してるベスト盤好きですけどね。特に達郎さんの曲はどれもタイムレスだから、時系列関係なく組み替えたら面白いと思うけど」

司会者「その「タイムレス感」の秘密も」

──この37年間のさまざまな音楽的流行を横目に見ながら、達郎さんは流行に左右されないオリジナルのサウンドを作り続けてきたわけですよね。

まあ、トレンドを絶対に取り入れない(笑)。だから37年分の曲を並べてそんなに違和感がないとしたら、それはとにかく編曲を全部自分でやってるからです。

──編曲の一貫性がこの統一感を作り出している?

詞や曲もありますけど、一番重要なのは編曲なんです。どんなにいい曲でもアレンジが迎合的だと歴史の試練に耐えられない。アレンジがその曲の耐用年数を決めるんです。(ナタリーインタビュー)


レジー「これは結構名言だと思うんですよね。ほんとスネアや鍵盤の音色で「うわ、古っ!」って感じる曲いっぱいあるもんね。で、こういう自分の作品に関することだけでなくて、シーン全体の動きについてもいろいろ話してます。たとえばこれ」

それにシンガーソングライターだから人のカバーもあんまりやりたくないし。今の安直なカバーブームっていうのは曲が書けないからなのか、わからないけど、だけど新しい曲を作るパッションがまだあるうちは、自分で書いた曲を歌いたいと思ってます。(ナタリーインタビュー)

司会者「過激ですね。思ってても言えないようなことを」

レジー「この人だからこそ「安直」って言い切ってOKなんでしょう。で、このブログで述べてる内容とも関連するようなことも言ってます」

--- 丁度明日から(取材日は8/15)、ビーチボーイズの来日公演がスタートしますが、観に行かれますか?

行きません。僕はビーチボーイズの来日公演は一度も行ったことがない。

--- 意外ですね。。

レコードはもちろん興味ありますけど。
あのイベントは要するにパーティーで、ライブじゃないんですよ。それで盛り上がれればいいんですけど、僕はああいうの好きじゃないので。あ、アメリカ本土で見るのは別です(笑)。

--- パーティーとライブの違いに関して、もう少し詳しく伺いたいのですが。

ライブっていうのは、観客と演奏者が精神的にフィフティーフィフティーで場を共有する一期一会。でもそれはしばしば緊張感のぶつかり合いにもなるんですよ。宇多田ヒカルさんが「ライブは肝試し」って言ってたでしょ?僕の場合は「ライブは果し合い」かな。あと、お客さんにものごとを要求しないのが僕の主義なんでね。たとえば、僕のライブは1曲目でお客さんが立たない事で知られてます。長い間にそういう約束になってる。もし1曲目からお客さんが総立ちになったら、その日でライブはやめます(笑)。最近は若い子もくるので、何人かは最初から盛り上がって立ったりしますけど、「座れ」って言いますよ。「今から立つとくたびれるから座れ」って(笑)。(HMVインタビュー)

司会者「パーティーとライブの違いか。面白い」

レジー「これすごい面白いですよね。音は好きだけど「ビーチボーイズがやって来る!ヤァ!ヤァ!ヤァ!」っていうノリには乗れないと。あ、もちろん元ネタはビートルズです。で、これって僕がロックインジャパンネタで一貫して書いたことですよ」

司会者「一方で達郎さんは最近ライジングとスイートラブシャワーに出ましたね」

レジー「ロックインジャパンじゃないのが何とも言えないな。それは置いとくとして、こういう「音よりもお祭り感が重視されるシチュエーション」とか「同調圧力があるような空間」とかを嫌うヤマタツから今のフェスの景色ってのはどう見えてるのか興味があります。ライジングの後のインタビューとかどっかあるかな」

司会者「もしご存知の方いたらぜひ教えてください。ぼちぼちまとめたいと思いますが、今回取り上げたバインと達郎さんの共通点みたいなものがあれば」

レジー「そうですねえ。超ざっくり言っちゃうと、どっちもロックンロールでありながら音が多様ですよね。淡々としつつじわじわと温度が上がっていく感じだったり、勢い一発じゃないところが。どちらも必ずしも即効性のある音ではないかもしれないけど、聴けば聴くほど体に効いてくるので、ぜひ若い人たちに聴いてもらいたいですね。さすがにバインは若者にも聴かれてるのかな?何となく気をつけてないとスルーされちゃうバンドのような感じがするんだよなバインは」

司会者「あとは山下達郎という存在の特異性というか唯一無二性というか」

レジー「それはほんとそうですね。現役の作家でありながら批評家でもあるってほんとすごいよ。正直今のミュージシャンで20年後そんなふうになってる人とか想像できんわ」

司会者「目配せしてる範囲がジャニーズまでいきますからね」

レジー「いやーほんとすごい。あんなバンドやこんなバンド聴いてる時間があったらヤマタツ作品を順番に聴いた方がいいね。このブログを読んで関心を持った学生さんとか少しでもいたら嬉しいです」

司会者「わかりました。では次回はどうしましょうか」

レジー「ちょうど自宅の引っ越しを挟むんですよ」

司会者「ブログとは関係ないですね」

レジー「それで家のメディア環境がちょっと変わるので、その辺音楽に絡めて何か書ければと思ってます」

司会者「わかりました。できるだけ早めの更新を期待しています」

ロックインジャパンについての雑記7 - 「踊ってはいけない国、日本」のフェス

レジー「磯部涼さんの「踊ってはいけない国、日本」を読みました」



司会者「宮台真司さんはじめいろんな方が参加されていますが」

レジー「津田さんとか開沼さんとか坂口さんとか人選がいいね。今話を聞きたい人たちが揃ってると思う」

司会者「風営法の話から始まって「規制が行き過ぎた社会」みたいなところまで話題が広がるわけですが」

レジー「これはかなり面白いですよ。起点はクラブの取り締まりの話題からですが、今の時代に音楽を聴くとは、音楽を聴きながら踊るとはどういうことか、みたいなことを考えさせられる内容になっています」

司会者「先日のタマフルで磯部さんがこの本について語ってましたね」

レジー「このポッドキャストも並行して聴くといいと思います。で、これ読んでて思ったけど、「規制が進む」「必要以上に漂白される」みたいなことは前回の記事で書いたロックインジャパン話とつながってるような気がしますよ」

司会者「前回の記事では、ロックインジャパンの「昔」と「今」の違いは「ダメな部分を曝け出しているか」というところで、初回のレポートでは「うまくいかなかったステージ」の様子を具体的に伝えていた、ということの紹介で終わりました」

レジー「はい。で、今回注目したのは00年~03年、つまり1回目から4回目までRIJ特集に掲載されていた「365・デイズ・オブ・ロック・イン・ジャパン・フェスティバル」という長文記事です。ちなみに04年のRIJ特集は手元にないので、載ってたかはわかりません」

写真 (7)

司会者「05年、つまり増刊号として出るようになってからは載ってませんね」

レジー「そうですね。で、これかなり読み応えあるんですよ。365デイズ、つまり1年間。フェスができるまで、2回目以降はフェスが終わってから次のフェスが始まるまで、その間にどんなことがあったかってのが生々しく記述されています。1回目から3回目は鹿野さん、4回目は兵庫さんが書いてますね」

司会者「1回目の中止が決定される場面とかショッキングですね」

レジー「ちょっと長いけど引用します」

イエモン終演後、ステージ上に主要スタッフが集まり、ミーティングを開いた。PAスピーカーやモニターがイカレまくってしまったことで、もうストックが無くなっていた。しかもこのまま続けてもPA機材の不調子で音が止まる可能性があると舞台監督が言った。考えた。正直、続けたかった。しかし凄い風だ。ミーティング時は15、6メートル吹いていた。断続的に20メートルを超えている可能性が強かった。これはステージ設計ではなく、人間が何かを表現する場として不適切な環境だった。この条件の中で次のAJICOはやってくれるのか?まず、それを聞きに行こう。その矢先だった----。
バリンッッッッッ!!!!!!
雷が落ちたと、そうに違いないと思った。ステージに落ちたのか?それともまさか!?天井からヒラヒラと照明用のセロファンやゴムの破片みたいなのが落ちてきた。見上げると、ペロンと天井の幕がめくれあがっっている。「これ以上、続けられない。もう修復できない。終了しなきゃ!」
終わりを告げた。全ての失意と落胆を抱え込んで、ロック・イン・ジャパン・フェスは未完の終了を告げた。

司会者「うーん」

レジー「こういう壮絶な話以外にも、PAがどうした、ステージ前の場所取りがどうした、駐車場がどうした、なんてことまで含めて、どういうプロセスを経てこのフェスができあがっていくかがいろいろ書かれてて興味深いです。どんな問題が起こったか、それについてどう考えどう対処したか、ということが詳細に書かれている」

司会者「さっきの引用にAJICOが出てきましたが、2年後にUAが出ることになったけど渋滞に巻き込まれて出演時間に間に合わないかもしれない!みたいな話も書かれていました」

レジー「そう。バンプとの順番入れ替えまで検討したとか。かなり赤裸々」

司会者「今ではすっかりおなじみのみなと屋ができることになった経緯とかもいいですよね」

フジ・ロックの苗場食堂、北海道名産の食い物がずらりと並ぶライジング・サン、会場で鮎の塩焼きや手打ちそばを食えた昔のレインボウ2000など、他のフェスに行く度に「地元のものを食えるのっていいよなあ」と思っていたら、今年から公園とひたちなか市役所が地元の漁協やJAに呼びかけ、みなと屋をオープンしてくれることになったのだ。

レジー「これは2003年のやつね。こういうの読むとありがたみがわかる」

司会者「まあこの辺はフェスの「始まり」だからこそなんじゃないですかね。こういう作り上げてく喜びみたいなものを今のRIJのレポートに求めるのは難しいのでは」

レジー「ちょっとそこについてはひとまず置いておきます。で、この「365・デイズ・オブ・ロック・イン・ジャパン・フェスティバル」で一番面白いと感じるのは、ブッキングに関しての話なんですよ」

司会者「ほう」

レジー「たとえば03年の岡村ちゃん」

それから、ある意味今年のフェスの目玉(という言い方は他のアーティストに失礼なので普段はしないが、今年のこの人に限っては他の皆さんも納得してくれると思う)。岡村ちゃんだ。
来ないかもしれない。
今だから言うが、鹿野が彼の出演OKとってきた日以来、我々の脳裏にこの不安が定住することになった。


司会者「こんなことまで言っちゃっていいんでしょうか」

レジー「ね。この年はHYDEのシークレット枠での出演なんてのもあって、それについても字数が割かれています。あとは01年のゆずとミスチル」

司会者「1年目にはなかったいわゆる「J-POP」的な人たちの出演ですね」

レジー「これに関しても「賛否両輪ある」旨を認めたうえで、なぜ彼らをブッキングしたのか、ということについて書いています」

司会者「しかしこのときのミスチルすごかったですよね」

レジー「目ん玉ひんむいた桜井さんの衝撃ね。で、そのステージが終わった後のこんなやり取りも」

ミスチル終演後、小林武史が僕の胸をグーで突つき、こう言った。「どーよ、これ以上のロックて何よ!」。ありがとう。

司会者「「ロックじゃない奴がなんで出るの?」みたいな人がいることを想定してですよね、このやり取りを載せてるのも」

レジー「たぶんね。あとは翌年の02年だと、バンプから「あまりいいライブができなかった」という報告を受けた、「バンプは野外向きじゃない」なんて声も聞いた、でもそんなカテゴライズはおかしい、みたいなことが書いてあったり」

司会者「なるほど。単に「裏側を見せる」だけじゃなくて、それを通して出演アーティストにどういう期待をしているかってことを読者に伝えてるわけですね」

レジー「そうですね。それによってこのフェスの「物語」をよりわかりやすいものにしてると」

司会者「では翻って「今」のRIJはどうなんですかね」

レジー「それを考えるにあたって、やはり引越しの片づけの過程で09年に10回目記念で送られてきたDVDが見つかったんですが、そこでの山崎さんの発言を引用します」

ロックジャーナリストとして、編集者として、長年いろんなミュージシャン、いろんな作品を通して彼らとコミュニケーションをとりながら、一つ一つのバンドに対する理解とか評価っていうのをしっかりできているっていう自負もあるので、どのバンドを、どういうステージに、どういう物語の中で出していくか、見せていくのか、その日一日の音楽フェスとしての物語、流れっていうものをどういうふうに作るのか、ってことに関しても深く考えられる、そういう部分はロック雑誌の出版社を長年やってきたっていう我々としての特色としてあるんじゃないかと思います。

司会者「今も「物語」を作ってると」

レジー「そのようですね。最近友人から「もうRIJのブッキングに「物語」みたいな視点はないんじゃないか」という指摘を受けたんだけど、作り手としてはまだこういうことを言ってるんですね。じゃあさ、今年ファンモンを出したのにはどんな「物語」があったの?って話ですよ」

司会者「確かに」

レジー「かつてはそういう話を誌面を通じてしてたわけだけど、今はそれがないから単に流行りもの数珠つなぎに見えるんですよね。で、最初の方の「作り上げてく喜びを今のRIJのレポートに期待するのは難しいのでは?」ってところに戻るんですけど」

司会者「はい」

レジー「結局運営に関しても、100%完成されてる状態なんてありえないわけですよね。だからこそステージが増えたり減ったり、今年はシーサイドトレインがなくなったり、ダイブモッシュの禁止が厳格になったりしてるわけで。そこに至るには苦渋の決断もあれば、うまくいってないことだってあるはずなんですよ」

司会者「特に去年は放射線量みたいなデリケートな問題もありましたしね。今年もか」

レジー「そう。それにもちろん、全てのアクトが素晴らしいなんてことは絶対ないわけで、コンディションが悪いバンドもいれば、タイムテーブルの兼ね合いで人が少ないステージだってあるわけで」

司会者「まあそうでしょうね」

レジー「そういう都合の悪いもの、うまくいかなかったもの、これらを全部無視して何でもかんでも「笑顔が溢れた幸せな3日間!」みたいにまとめるのにはすごい違和感を覚えるんですよね。すごく表面的というか、剥き出し感が全くなくなって「体よくコーティングされた感じ」になってるなあと。だからこそWOWOWの「初期のころが面白かった」コメントは衝撃的だったわけですが」

司会者「なるほど。長くなってきたのでそろそろまとめたいんですが、最近の増刊号でいうと最後の方に載ってるこぼれ話みたいなやつくらいですかね裏側っぽい情報は」

レジー「まああれはあれで面白いけどさ、ネガティブな話含めてもっとがっつりしたテキストで読みたいよね。また復活しないかな、「365・デイズ・オブ・ロック・イン・ジャパン・フェスティバル」。鹿野さんと山崎さんの考え方の差とかもあるんだろうけどね」

司会者「10年経ってしがらみみたいなものも圧倒的に増えてるでしょうし」

レジー「いやー、ほんとそうなんだろうね。で、最近RO69でこの会社の最近の姿勢、しがらみにまみれてる状態を端的に表してるレポを見つけたんだけど」

司会者「「ギターが弦楽器かのように」ってやつ?」

レジー「確かにそれもクオリティという面で別の問題をはらんでるけど、それではなくてAIR JAMのレポートです。一か所何やらすごい文章があって」

誤解を恐れずにいえば、初日のステージにはいささかの固さが感じられもしたのだけれど(あくまで個人的見解ですが)、翌2日目のアクトは、もう掛け値なしに、腹の底から素晴らしかった!

司会者「どんだけエクスキューズしてるんだ」

レジー「「誤解を恐れずに言えば」って予防線を張った上で、さらに「(個人的見解ですが)」って公式の意見ではないって打ち消すというね。全体を読めばこれ書いてる奥村さんに揶揄する意図がないのは明確なのに、それでもここまでやらないと外に出せないのかとびっくりしました」

司会者「ハイスタファンは強烈ですからそれに気を使ったのでは」

レジー「まあ僕もツイッターでケンさんに拡散された後に激烈な反応にあったことあるから気持ちはわかるんだけど。でもさ、現状追認するだけじゃ何も生まれんわけで。「活字でロックする」とか言ってる人たちとは思えませんよ」

司会者「それはそうですね」

レジー「まあ勝手に自主規制して息苦しくなってく感じは極めて最近の日本的だし、そんなムードが広がっていくさまが冒頭で紹介した磯部さんの本では丹念に描かれてるんだけど。そういう意味で、RIJ、ひいてはJAPANそのものが「臭いものにフタをする」スタンスになっていってるのは、世の中の動きともリンクしてるのかもしれませんね。あんまり大きな話してもしょうがないので今回はこの辺で。引用が多いと長くなるなやっぱり」

司会者「わかりました。次回はどうしましょうか」

レジー「どうしようかな。ひたちなか以来バタバタしてて一度もライブ行ってないんだけど、来月パスピエが出る対バンとアイドルイベントのチケットとったので、その辺に関連したことでも書くかも。例によって予定は未定ということで」

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」

ロックインジャパンについての雑記6 -JAPANはJAPANをどう伝えるか

司会者「先日のエントリーで90年代の「ポスト・ミスチル」たちを取り上げましたが、それに関して、「ムーンチャイルドが抜けてますよ」というご指摘をいただきました」

レジー「ムーンチャイルドね。もちろん忘れてませんよ。なんたって「Over the rainbow」は高校生の時カラオケで歌いまくってましたから」



司会者「これいい歌ですよね。そして相変わらずクネクネした動きが気持ち悪い」

レジー「彼らについては「Escape」っていう一発があるから、あの流れにはそぐわないかと思い除外しました」

司会者「他のバンドにそんな派手な一発なかったからなあ」

レジー「今考えるとエイベックスが「バンドで儲ける」ための一手だったんだろうねムーンチャイルドは」

司会者「wikiにも「ポストMr.Childrenと期待されたが、それから2年余りの1999年に解散した」なんて記述がありますね

レジー「もし彼らが「Escape」以降もコンスタントにヒットを出してたらどうなってたんだろうとか思うけど、やっぱりあの頃はミスチルスピッツ始めすごいバンドがありすぎたから違う結末が全く想像できないね。この時代はそんなに膨らまなそうだからこの辺で終わりましょう」

司会者「はい。で、今回はロックインジャパンでしたっけ」

レジー「そうですね。増刊号が出て、WOWOWの放送があって」

司会者「フェス当日からネットでその日の様子が分かる時代になってますが、増刊号にせよWOWOWにせよまとめて取り上げてくれるメディアはありがたいですね」

レジー「そうね。あとはジャパンカウントダウンとナタリーかなちゃんとやってくれるのは。朝のワイドショーでもちらっとやるけど。しかしこのフェスを取り巻くメディア環境もいろいろ変わってるなあ。1回目はNHKBSで放送だったんだよね」

司会者「この「Viva la Revolution」とかそのときのですよね」



レジー「そうそう。僕がひたちなかで号泣してたやつね。あとは当然ツイッターなんてなくて、相互にやり取りができるのは検閲の入る公式BBSくらいだったな。個人でやってるメーリスとかはあったけど」

司会者「昔話はさておき、増刊号の内容はいかがでしたか」

レジー「相変わらず写真がいいすね。あと岸田と山内君の対談が良かった。もう一つの4人のはまだ読んでないんだよな。あ、そう言えばそっちにkjが参加してるわけだけど、ドラゴンアッシュのライブレポートはちょっとどうなんだろうか」

司会者「具体的には」

レジー「「Fantasista」でkjが声を荒げて客を煽ったみたいなことが書いてあるんだけど、一番大事なのは「お前らは飛べないから俺がいってやる」的なMCと一緒にサビで客席に降りていったところでしょう。そこ削ってどうするっていう。あと以前ブログで書いた「丸くなって!」についても言及なし」

司会者「まあモッシュダイブ禁止のフェスですから仕方ないんじゃないですか」

レジー「それ言っちゃうとそれまでなんだけどさ、何かねえ。超ローカルルールを守るためにライブレポートからハイライトを削除しちゃうのってはどうも不誠実に感じるんだよな。「ルールに抗うのがロックだ」的なことを言う時もあるくせに」

司会者「まあkjはそういう「飼い慣らされるな」みたいなことを意識してやってる部分もあるだろうし、そういう気持ちはJAPANの人たちが最もわかってるはずなんですが」

レジー「kjは以前も確か「百合の花の咲く場所で」の時だったと思うけど、「モッシュダイブ禁止とか言うけどそんなん関係ねーだろ」みたいなMCをしてたことがあった気がするんだよな。テレビで放送されたときにそこだけ編集されてた記憶が」

司会者「あれいつでしたっけね」

レジー「そういうMCするわりには何のお咎めもなく毎年出演するわけで。黙認するなら別にメディアに出しちゃったっていいのにね。誰もそれで矛盾してるとか言わないでしょ。あと似たような話で言うと、きゃりーぱみゅぱみゅのMCも微妙に編集されてた」

司会者「これですか」

(略)中田ヤスタカさんからROCK IN JAPANは楽しいと聞いていました。

レジー「そうそう。これ実際にはこう言ってたと思いますよ」

(略)中田さんからロッキンは楽しいと聞いていました。

司会者「ロッキン」

レジー「勘違いや聞き間違いじゃないと思うんだよね。ちょうどフェスの呼称問題が気になってたときだったので」

司会者「あえて正式名称に戻してると」

レジー「「ジャパン」と「ひたちなか」はたまに見るから、別に愛称を全てカットしてるってわけでもないと思うんだけどどうなんだろう。「ロッキン」を認めない理由でもあるんでしょうかね。何か商標上の問題とか?」

司会者「でもWOWOWだと「ロッキンサイコー!」って言ってる若者グループが出てきてましたよ」

レジー「そう。だからここ一致しないなあと不思議に感じてたんですが、たぶんWOWOWの放送の、少なくともライブシーン以外の制作部分はロッキングオンの手が入ってないんじゃないかという考えに行き着きました」

司会者「ほう」

レジー「その根拠として、こんなコメントが放送されてたんですよ」

初期のころが一番面白かったかな。コアな人たちがいっぱいいたんで。その頃のライブはすごく面白かったですね。最近はいろんな人が来るようになったんで。まあそれはそれで、お子さんも増えたんで、そういうフェスも時代とともに面白いかなと思ってます。

司会者「なんか何とも言えないニュアンスですね」

レジー「これ言ってたのはハイエイタスのTシャツを着た30代後半くらいの男の人でした。年齢微妙だけど、少なくとも「若者」ではない。たぶん初回とかから毎年のように来てる人なんでしょう。で、そんな人が「初期のころが一番面白かった。今のはね、それはそれでいいんじゃないですか」なんてコメントしてると。このコメントは実感としてはすごーくわかりますがまあそれは置いておくとして、もっと好意的なコメントが絶対あったはずなのに、なぜあえてこんなのを流したかって話なんですよ」

司会者「主催者自ら「昔の方が良かった」みたいなコメントをチョイスするとは考えづらいですね」

レジー「WOWOWの中に同じ意見の人がいたのかなあ。単に若い人たちとのバランスをとるためだけに放送するにはオピニオンとして刺激が強すぎる気がする」

司会者「確かにずっと盛り上がってるライブ映像が流れてる中に「昔の方が良かった」なんてコメントが挟まってたらちょっと冷めます」

レジー「まあただここに関しては何を言っても想像の域を出ないのであまり掘り下げても仕方ないのかな。すごく気になるんだけど。で、考えたいのはこのおっちゃんが言ってる「初期のころが一番面白かった」ってのはどういうことなのかってことです」

司会者「単なる「昔は良かった」的ノスタルジーではないんですかね」

レジー「もちろんその側面も否めないと思うんですが、今回は「RIJを伝えるメディア」について取り上げているので、そういう角度から掘り下げたいと思います」

司会者「「RIJを伝えるメディア」というと必然的にJAPAN本誌もしくは増刊号、つまりフェスの作り手が発信するメディアが一番主要なものになりますが」

レジー「そうですね。だから結果的に、「RIJを伝えるメディア」の姿勢にフェスそのものの姿勢が表れてくると。テレビも含めて基本的にコントロールされたメディアからしか発信してないからねこのフェスは。で、「昔」と「今」の一番の違いは「うまくいかない部分も曝け出していた」ってことだと思います」

司会者「ふむ」

レジー「たとえば1回目のRIJ、初日トップバッターのAIRの次に出たハスキンのライブレポートにこんな一節があります」

結果から言うと、この後の本人達の発言からもわかるように現在の彼らの実力を出し切ったライブではなかった。(略)良い点や新しい発見もあった。しかし彼らの一番の魅力、バンド全員の音・声が合わさった時のシンフォニックな爆発力のようなものが、この日のステージではなかなか生まれなかったのである。

司会者「結構辛口ですね」

レジー「で、この後に反省会のようなインタビューが載ってるわけですが。あとは翌日のキングブラザーズのレポもすごいよ。全文引用するわけにはいかないのでここには載せられませんが、ステージのコンディションと自分たちのパフォーマンスがフィットせずにボロボロになっていくさまが克明に描かれています」

司会者「なんでもかんでも「ひたちなかで起きた奇跡!」じゃないんですね」

レジー「そう。「ダメなものはダメ」という当たり前のことがメッセージされてると」

司会者「ところでそんな昔の文章どこから引っ張り出してきたんですか」

レジー「あ、これはですね、ちょうど今引越しの片づけをしていて、雑誌類も整理してるんですよ。で、その過程で出てきたJAPANの2000年10月号です。ちなみにRIJ取り上げてるJAPANと増刊号は04年以外家にありました」

写真 (6)


司会者「懐かしい感じがしますね」

レジー「で、やっぱり古い年の見てると、フェスを取り上げる際のトーンというかノリが結構違うんですよね。「フェスというものの世間的な立場」が異なるから一概には比較できないとは思うんですが、単に書いてる人が違うって話だけでもないような」

司会者「なるほど。では長くなってきたのでその話は次回に回しましょうか」

レジー「わかりました。しかし改めて黎明期のころの言説に触れるのは面白いですね。次回はその辺具体的に話しつつ、何かしら未来につながるファインディングスがあったらいいなあと思います」

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」

「ポスト○○」から大成した人たちっているのかね

レジー「いやー、この前紹介したRAZZ MA TAZZの「サヨナラのキスではじめよう」いい歌だわ」

司会者「最近こういう音あんまないですよね」

レジー「まあ今聴くと音の「強度」みたいなものが決定的にないよね。懐かしさがあるから聴けてる部分はある」

司会者「で、こういうバンドがいくつもあったんだよ、って話で前回終わったわけですが」

レジー「はい。90年代半ばにこんな感じの「バンドサウンドで歌を聴かせる」バンドがぽこぽこ出てきてたんですよ。で、さっきのラズの曲が出たのは95年ですが、その辺の時代背景を確認しときたいと思います。まずは何と言ってもTKの天下ですよね」

司会者「小室哲哉」

レジー「篠原涼子 with t.komuroの「愛しさと切なさと心強さと」が94年7月。trfの「survival dAnce」と「BOY MEETS GIRL」もそれぞれ94年。ここからしばらく小室関連がチャートを荒らすと」

司会者「はい」

レジー「一方で、ミスチルのブレイクも同時期にきてます」

司会者「93年11月に出た「CROSS ROAD」がじわじわ売れて、94年6月に「innocent world」で人気を決定的なものにしてるわけですね。「Tomorrow never knows」もこの年」

レジー「この辺はまさにメガヒット時代の到来って感じですね。僕も8cmシングル買ってました。で、こういう流れとは関係なく急にスピッツがブレイクするわけです」

司会者「まあ「万年ブレイク候補」的な呼ばれ方してたし「急に」でもないとは思いますけどね。95年4月に「ロビンソン」をリリースしてます」

レジー「このあたりから世間的には「ミスチル・スピッツ」っていう「2大ロックバンド」的なパーセプションができあがるわけですね。95年から96年にかけてはウルフルズがブレイクしたりイエモンが市民権を得始めたりバンド周りの動きは他にもあるんだけど、セールスや認知度では圧倒的にこの2バンドが突き抜けてました」

司会者「96年の春には「花」と「チェリー」の発売日が重なるんですよね」

レジー「日本版「オアシスvsブラー」みたいなことを書いてる雑誌もあったな。別に対立構造全くないから何も盛り上がらなかったけど。僕は両方買いました。で、ここで最初の話に戻るんだけど、たぶんこのあたりで「こういう歌もののバンドっていけるんじゃん?」ってことを考えた人がいたと思うんですよね」

司会者「2匹目のどじょう的な」

レジー「そうですね。ビーイング的な「大量生産」でもなく、チャゲアスのような歌謡曲の系譜にあるものでもなく、要は「ミスチル風/スピッツ風のウェルメイドな音」っていうバンドでもうひと山当てられるんじゃないかってムードが出てきてた気がします」

司会者「具体的にはどういうバンドが出てきたんでしょうか」

レジー「たとえば冒頭で挙げたラズマタズはデビューは94年春ですが、本格的に認知されたのは95年春のCMタイアップです。この95年から97年あたりまでに、こういうバンドがぽつぽつ出てきてます。思いつくままに名前出してみましょう。カッコ内はデビュー年です」

ラズマタズ(94年)
スマイル(95年)
ザ・カスタネッツ(95年)
チューインガムウィークエンド(96年)
オセロケッツ(97年)
ザ・タートルズ(97年)
グレイプバイン(97年)
キュリオ(97年)


レジー「たぶんもっとあるはずです。アフターミーとかもこの流れかと思ったけど、あの人らメジャーデビューは99年なのね。「明日の向こう」ってもっと前かと勘違いしてた」

司会者「しかしまあこのB級感はクラクラしますね。って、バインもこの流れに入れていいんですか?ちゃんと続いているバンドだし、音も結構違うと思うんですが」

レジー「今となってはそうなんですけど、当時はこの辺の「ポスト・ミスチル」とか言われてるバンド群の1つだったわけですよバインも」

司会者「「ポスト・ミスチル」って今考えるとすごい呼称だな」

レジー「ね。2010年代まで続くとは思ってなかったんでしょうか。もちろんレミオロメンともフランプールとも関係ないですよ。「ポスト・スピッツ」も同じように言われてましたねたまに」

司会者「印象に残ってる曲とかありますか」

レジー「それはもう、チューインガムウィークエンドの「あの娘をつかまえて」ですよ」



司会者「はまってましたね」

レジー「絶対売れると思ったんだけどな。今聴いても結構ちゃんとしてると思うんだけど」

司会者「こういういい曲持ってるバンドもあったわけですが、なぜみんな売れなかったんですかね。バインは置いとくとして」

レジー「まずそもそもの問題として、「ミスチル風/スピッツ風」って言ったところで実はまだ本家がバリバリ元気だったっていうね」

司会者「ミスチルが止まった時期があったとはいえ、ミリオン連発してましたしね」

レジー「品行方正に歌を聴かせてくれるバンドの枠は2つで十分だったんでしょう。で、それ以外にも90年代半ばから後半にかけてって、シーンがとにかく多様になっていく時代だったわけですよ。芸能界寄りのところで言えば小室系の流れから安室ちゃんが出てきて、その付近にスピードもいて。一方で、さっきちょっと出たウルフルズやイエモン、さらにはエレカシみたいなバンド周りの流れがあるでしょ。バンドで言うとジュディマリなんていう化け物もいればミッシェルも「世界の終わり」を96年に出してるし、アンダーグラウンドではメロコアも蠢いてたわけで」

司会者「そう考えるとすごいな」

レジー「別の場所では前回書いたような渋谷系の流れを汲むシーンもあって、バンドもあればUAみたいな女性ボーカルもいて。で、そういうのが全部合わさったところに「98年」って時代があって、くるりナンバガスーパーカーっていうバンド群もあれば、あゆ宇多田aiko林檎っていう女性ボーカルも出てくるわけですよ」

司会者「刺激的ですね」

レジー「そう。超刺激的だった。僕この辺りちょうど中学から高校になる頃で、ギター始めて音楽によりのめりこむ過程にある時期だったこともあって、いろんなタイプの音楽に触れるのほんと楽しかったんですよ。で、こういう時代に、さっきあげたようなバンドが入ってこれたのかって話ですよね」

司会者「さすがに厳しそうだな」

レジー「いや、そうは言っても僕好きだったんですよあの辺のバンド。ミュージックスクエアでもかかってたし、千葉テレビやTVKでビデオクリップ流れてたし。お金もなければネットもない時代に、努力して聴いてたわけですよ。でもぶっちゃけ、もっと面白い音楽が次々に出てきてたのも事実なんだよな。「普通に良い」では満足できない状況になってしまった。しかも、「普通に良い」を超高水準でミスチルとスピッツがこなしてたわけだから。ちょっとタイアップつくくらいじゃどうにもならなかったですね」

司会者「辛い話ですね。そろそろまとめに入りたいと思うのですが、「ポスト・ミスチル」なんて痛々しい名前で括られてた人たちは今のシーンに何かを残すことができたんでしょうか」

レジー「いやー、残念ながら何も残せてないんじゃないですか。この人たちに影響受けたミュージシャンとか聞いたことないし。その括り全体で捉えたとしても、ミスチルやスピッツの影響下に包含されちゃう気がします」

司会者「うーん」

レジー「あ、でも曲単位で言えば、SMILEの「明日の行方」は一部の音楽好きの間には残ってるんじゃないでしょうか」



司会者「これは名曲」

レジー「さらに言うと、SMILEの浅田信一、オセロケッツの森山公一、ジガーズサンからソロになった坂本サトル、この3人で組んだ「浅森坂」ってユニットのクオリティーは超高いですよ」



司会者「やっぱり才能ある人たちだったんだなあ。時代が悪かったか」

レジー「出てきた時が激動の時代すぎたってことはあるかもしれませんね。でもまだ終わってませんよ。坂本サトルがドロシーリトルハッピーと絡んでるみたいに、アイドルというプラットフォームを通して才能を使うってやり方はあるかもしれない。個人的には、90年代半ばの波に飲まれてしまったミュージシャンが今の時代にアイドルの裏方で復活するみたいな展開は超熱いんですが、なんかないかなそういうの。期待してます」

司会者「浅田信一がAKBの曲書くとかね」

レジー「そうそう、そういうやつをぜひ」

司会者「ではこのあたりで。次回はどうしましょうか」

レジー「そうですね、この前ロックインジャパンのWOWOW放送があって増刊号も出たので、またその辺の話しようかと思ってます」

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」

地上波に生ライブとパンチラが共存する90年代の狂気(音楽の話です)

司会者「前回のエントリーで、「渋谷系」という言葉を26回も使っていますね。タイトルと引用部を含めて」

レジー「もう一生分言ったな」

司会者「そもそもの質問なんですが、渋谷系のシーンど真ん中で音楽聴いてたんでしたっけ?」

レジー「実際はそんなことないですね。僕がいわゆるポップミュージックを聴き始めたのは92年なんですが、フリッパーズギターの解散が91年ですからね。だから本当の意味ではリアルタイムで聴いてるとは言えないですね」

司会者「そういうシーンがあること自体はいつ頃知ったんですか」

レジー「当時オリジナルラブが「接吻」でMステ出たりしてて、そういう流れから「渋谷系」って言葉に触れたのかな。で、95年くらいから都心のタワレコに通うようになって。中2かそのときは。池袋のPダッシュパルコか、リニューアル後の渋谷。学校がその辺だったから定期券使って行ってました。本格的に関心を持ち出したのはその辺りかと思います」

司会者「ちょうどオザケンの王子様フィーバーが起きてた頃ですか」

レジー「そうそう。しかしまああの当時の音楽番組の動画とか見るとすごいね。オザケンなんて毎回アレンジ変えてガチのステージやってるわけで。あんなものが普通に地上波で見れた時代ってなんなんだろうね。当然のように後ろにスカパラいたりするし」

司会者「この辺の動画はオザケン知らない若い方にぜひ見てもらいたいですね」





レジー「こういうテレビ通してオザケンに関心持って、フリッパーズに遡ったりしました。そんなわけで今年初めてライブで見たときにはほんと感激しましたよ。生涯ベストライブかもしれない」

司会者「あれほんと素晴らしかったですね。感激のあまり1人で酒飲んでベロベロになるくらいでしたもんね」

レジー「普段はライブの後いろいろごちゃごちゃ言うのに「良かった!いやー良かった!」しか言ってなかったので、妻に「頭の悪い人みたいになってる」と指摘されました。まあそのくらい良かったってことです」

司会者「渋谷系界隈でオザケン以外に聴いてたのはどのあたりですか?ピチカートとか?」

レジー「それもあるけど、ピチカートは大人になってからベスト盤で改めていいなあと思った感じなんだよなあ。あ、「メッセージ・ソング」は発売時からずっと好きだけど。サニーデイもこの流れに含めていいなら超聴いてましたよ。「東京」から入りましたが、次の次の「サニーデイ・サービス」が大好きでした。あとはそうですね、ソウルセット」

司会者「ああ、確かにはまってましたね」

レジー「なんかテレビでJラップ特集みたいなの見て興味持ったんだよな。「黄昏'95~太陽の季節」に感激して」



司会者「ヒップホップなんですが、当時言われてた「フォーキー」とかそっちの流れともリンクしてますね」

レジー「そう。それではっぴいえんどやらシュガーベイブやらを聴いてみたり。そこからかせきさいだあにも行きましたよ。「じゃっ夏なんで」は残暑にぴったりですね」



司会者「(さすがにこの辺の時代の話は固有名詞ポンポン出てくるな・・・いきいきしてるよこのおじさん。もうちょっと気持ち良くさせとくか)なるほど。他に反応した流れとかありますか」

レジー「はい、外せないのがスウェディッシュポップですね」

司会者「流行りましたねあの頃。カーディガンズとか」

レジー「カーディガンズは97年のブリッツとクワトロ、2回見てますから。クワトロの方はなぜかムーンチャイルドと対バンという不思議なイベントだった」

司会者「へえ」

レジー「他にもクラウドベリージャムとかトランポリンズとかね。キラキラした歌ものが好きなのはこの辺の音が体に刻印されてるからだと思います。クラウドベリージャムも来日公演行きました」

司会者「この手の音楽の発信基地だったスウェーデンのマルメには去年旅行で行きましたね」

レジー「そうなんですよ。ほんと中学生のころからの念願だったので嬉しかった。別に何かあるわけでもなかったけど。スウェーデンいい国だったなあ。また行きたい」

司会者「カーディガンズをプロデュースしてたトーレ・ヨハンソンは日本のミュージシャンともつながってますね」

レジー「その流れでボニーピンクとか原田知世とか聴きましたね。てか今wiki見てて気づいたけど、レミオロメンの「恋の予感から」ってトーレさんプロデュースなんだ。知らなかった」

司会者「手広いですね」

レジー「まあこんな感じでいろいろ聴いてたわけですが、別に「渋谷系だから」って思って聴いたことは一度もないな。ミュージシャン側が名乗ってたわけでもないし、90年代も半ばになるとその切り口での打ち出しも減ってきてた気がする。そういう意味では、僕が「渋谷系」という言葉から直接的に想起するもので一番強烈なのは「今田耕司のシブヤ系うらりんご」ですね」

司会者「また懐かしいネタを・・・しかも半年で終わった平日夕方の泡沫番組」

レジー「今田耕司の初冠番組らしいですからね、超重要ですよ。ナイナイも出てたし」

司会者「理屈こねても無駄ですよ、そんな動機で見てたわけじゃないでしょう。特に金曜日」

レジー「そうですね、その頃は金曜日の企画でアイドルがゲームやってガンガンパンツ見せるのが楽しみでした。しかしあんな番組よく放送できたね。今だったら深夜でもアウトでしょう」

司会者「客席から男選んでアイドルに公開抱きつきとか、考えた奴にもその企画通した奴にも問題がありますね」

レジー「まあ夢のある話ですけど」

司会者「音楽と関係ないのでこの話終わらせていいですか」

レジー「いや、確かにパンチラは関係ないけど、音楽話もあります。この番組はエンディングテーマが毎月変わるんですが、最初は「ロビンソン」だったんですよ」

司会者「あんな低俗な番組の主題歌だったのか」

レジー「ブレイクしたのとは何ら関係ないと思うけどね」

司会者「「シブヤ系」って名前の番組にスピッツ使うってのは何か意図があったんですかね」

レジー「場合によってはスピッツもそっちの文脈で語られるしねえ。ちなみにこの番組は95年の春から始まったんですが、同じタイミングの月9ドラマ「僕らに愛を!」の主題歌がL-Rの「KNOCKIN' ON YOUR DOOR」。渋谷系って言うならこっちだと思うけど」

司会者「売れましたねこの曲」

レジー「この辺からタイアップに使われる曲の雰囲気が変わってる感じもあります。1年前の94年にはミスチルもブレイクしてるし。そんなことを踏まえて先ほどの「シブヤ系うらりんご」の主題歌の変遷を見てください。wikiからの引用です

3~4月 - ロビンソン スピッツ
5月 - ズルい女 シャ乱Q
6月 - あの夏が聴こえてくる MAGIC
7月 - サヨナラのキスではじめよう RAZZ MA TAZZ
8月 - 泣かないぞェ 鈴木蘭々
9月 - 太陽の雫 b-flower


司会者「タイプは違えど蘭々以外はバンドものを使ってるんですね」

レジー「どういう狙いがあったかはわかりませんが、最初2つの曲が売れたわけで同じような展開を期待したのかもしれません。で、注目したいのは7月のRAZZ MA TAZZね」



司会者「特に目立ったヒット曲もないバンドですが」

レジー「確かにそうなんだけど、90年代半ばにこういう「よく言えばシンプル、悪く言えば工夫のない歌ものバンドサウンド」が出てきてるってことには一応流れがあると思っています」

司会者「ほう」

レジー「ラズだけじゃなくてこういう感じのバンドがいくつかあって、僕その辺りのバンド結構好きだったんですよ」

司会者「あんまり語られてないシーンのような気もしますね」

レジー「そう。語られてない。で、語られてないこと自体もしょうがないかなあとも思っている。というわけで、次回は「渋谷系」みたいな華やかな話とはまた違う90年代のシーンのアナザーサイドについて話したいなと」

司会者「わかりました。できるだけ早めの更新を期待しています」
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