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「歌は世につれ、世は歌につれ」でもなくなってきた時代に。  ※15/4/23 世の中の状況を鑑みてfc2からこちらに移しました

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2016年05月

Shiggy Jr. 個別インタビュー(3) 池田智子が語るボーカリストとしての覚悟

司会者「Shiggy Jr.個別インタビューも今回でラストです」

レジー「はい。予告通り、ボーカルの池田智子さんのインタビューをお届けします」

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司会者「池田さんは普段のインタビューでも率先して発言していただいていますし、日頃の言動やバンド外での活動も含めてShiggy Jr.のスポークスマン的な存在ですね」

レジー「うん。そんな池田さんには今回のEPの聴きどころに加えて、この1年間のバンドの動きを総括してもらったり、活動を通してご自身が考えていることについてパーソナリティーに関わる部分も含めてお話しいただきました。まずは読んでいただきたいのですが、できれば過去2回分、原田さん森さん諸石さんのインタビューが未読の方はぜひそちらも合わせて読んでいただきたいと思います。それではどうぞ」


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多様な楽曲で見せるボーカリストとしての進化


---元気ですか。

「はい、あ、元気です。健康観察からなんですね・・・(笑)」

---(笑)。じゃあよろしくお願いします。

「お願いします」

---今日池田さんには3つの観点からインタビューさせていただきたいなと思っています。まずは「Shiggy Jr.のボーカリスト」として、という話です。僕、実はShiggy Jr.のライブを最近見れていなくて少し古い話になってしまうんですが、去年の赤坂BLITZでのワンマンに行かせていただいたときに池田さんの歌がすごい良いなーって思ったんですよね。

「おおー、ありがとうございます。嬉しい」

---簡単な言い方になっちゃうんですけど、声がでかくなったなっていう印象がすごくあって。いい歌と声量って不可分なものだと思うから、そこが強化されているのは素晴らしいなと。そのあたり含めて、ご自身のボーカルを良くしようというところで特に気をつけていることなどあれば教えてください。

「バンドを組んだ時からトレーニングはしていて、それが身になってきているっていうのはまずあるのかなと思っています。あとは意識の話で、ライブをするときの恐怖心みたいなものにだんだん勝てるようになってきているかもしれないです。ライブ前はいまだに緊張するけど、精神的に少しずつ強くなってきているというか」

---精神的に強くなるきっかけとかがあったんですか。

「ライブの回数を重ねてきているっていうのが大きいとは思うんですけど・・・最近は、「ライブに来てくれるお客さんは、怯んでいる自分を見に来ているんじゃない」っていうことをよく考えるようになりましたね。お金と時間とエネルギーをかけてライブに来てくれる人たちに対して、仮に声が裏返ってしまったとしても堂々としている自分を見せないとダメなんだ、と。そういう気持ちと恐怖心が毎回戦っている感じです」

---わかりました。では、今回のEPに収録されている4曲についてお聞きしたいんですけど・・・1曲目の「恋したらベイベー」は、例によって原田さんの妄想が歌詞で炸裂しています。

 

「(笑)」

---今回の歌詞をどうやって解釈して自分のものにしていったんですか。

「歌詞を見たときに、すごくキャッチーなキャラクターだなと思いました。好きな人にすごく積極的に行くっていう感じがマンガの主人公みたいだなと。だから自分に重ねるというよりは、その主人公のかわいさみたいなもの、「強気だけどほんとは不安」っていう雰囲気をちゃんと出したいなと考えて歌いました。今回のボーカル、3回録り直しているんですよね。テイクを重ねたとかじゃなくて、「これで完成!」っていうのを3回。たぶん史上最多なんですけど」

---へー。

「最初に録ったのが「GHOST PARTY」をリリースするかしないかのときだったんですけど、そのときはもうちょっと大人っぽい仕上がりになっていたんですよね。今回シングル切れるってなって、じゃあもっと元気な声の方がいいねという話になり、そこから微調整を繰り返して今のものになりました」

---「元気な声」ということだと、あの曲の歌い出しはかなりガツンと来ますね。

「あそこをどのくらいのテンションにするかは結構相談しました。原田くん(原田茂幸、ギター)からも「<べー>の伸ばし方はカーンと抜ける感じがいい」っていう要望があったりして、かなりこだわって録りました」

---一方で、2曲目の「Still Love You」はかなり大人っぽい感じで。すごくこの曲好きなんですけど・・・新しいShiggy Jr.が聴けたな、と思いました。

「ありがとうございます、私もすごく好きなんです」

---サビの池田さんの歌い回しが胸に刺さります。

「やった(笑)。でもこの曲、ほんとに難しいんですよ!今まで録った曲の中で一番難しかったかもしれないです。リズムが肝になる曲だと思ったので、リズム隊のグルーヴを崩さないようにっていうのは特に気をつけていました。あとはこの曲の原田くんのイメージがMISIAさんだったからそういう歌い上げる感じの音源を聴いて練習していたんですけど、あんまりそっちに寄りすぎちゃうと私が歌う面白みがなくなっちゃうから、歌い上げつつも自分らしさは残すようにしたいなと考えていました」

---続く3曲目の「key of life」はまた前2曲と雰囲気が違いますが、他の曲よりもまっすぐ歌っているなあという印象を持ちました。

「ああ、確かにそうかもしれないですね。この曲は生っぽい感じで、音程がちょっと上ずっているところとかも結構残しているんですよ。だからストンとした感じに聴こえるのかも。アニメのタイアップ曲なんで、今見てくれている小さい子が大人になった時に歌ってくれたりするような曲になってほしいなと思っています」

---アニメの主題歌なので、普段Shiggy Jr.を聴かないような人たちも届きそうですね。小さいころ聴いた曲って結構覚えてるし。

「そうなんですよね。いろんな人の心に残っていったらいいなと」

---で、4曲目の「TOWN」は前からライブで演奏されていた曲ですが、今回収録しようとなった理由はどんなところにあるんでしょうか。

「今回メンバーの希望でEPという形をとれるってなったんですけど、他の3曲と並べたときに何が入ったらバラエティに富んだ感じになるかなっていうのを考えていく中でバンドサウンドっぽいものが欲しいという話が出て、「あ、じゃあこれが一番いいじゃん!」となりました。前から音源化したいとは思っていたので、やっと出せるというか」

---なるほど。待望の音源化。

「そうですね(笑)。「Saturday night to Sunday morning」と同じくらいからやっているから」

 

---僕が初めてmona records(※以下モナレコ)で見させていただいたとき(2014年1月)にも演奏されていた記憶があります。

「ほんとに昔からある曲なんで・・・待たせたなって感じです(笑)。いつもは音源を作ってからライブでやることがほとんどなんですけど、今回はライブが先だったんで、レコーディングの段階でお客さんの前で歌った思い出がたくさんあったんですよね。そういうことを思い浮かべながら歌を録ったので、すごく楽しかったです」


「社会人1年目」の楽しさと大変さ


---次に、2つ目の観点として、池田さんはShiggy Jr.のボーカルであるとともに、バンドの広報担当的な・・・

「(笑)。はい」

---先頭に立ってバンドを広めていく、みたいなことをされているポジションなのかなと思うんですが、そんな池田さんから見てこの1年、つまりメジャーデビュー1年目を総括していただきたいなと。良かったこと、改善したいと思ったこと、それぞれあると思うんですけど。

「そうですね、この1年を振り返ってみると、やっぱりスタッフさんがついてくれたことっていうのがとにかく良かったなと思います。自分たちだけではできないことをかなりの部分でサポートしてもらえたし、その中で音源をこだわって作ったり、今まで行けなかった場所にライブをしに行けるようになったりできたので。で、改善したいことは・・・ちょっと抽象的な言い方になっちゃうかもしれないんですけど、メジャーデビュー1年目でわからないことがたくさんあって、いろんなことのバランスに悩むことが多かったなあと」

---バランスですか。

「たとえば、「こだわり」と「わがまま」の境界線はどこなのかとか、どこまで本音を出して良くてどこから隠さなきゃいけないのかとか・・・インディーでやっていた時は「別に私は私でいいじゃん!」って言えちゃっていたのが、いろんな人が関わってくる大きなプロジェクトになっていく中で、「これをやったら誰がどうなっちゃうんだろう」みたいなことを考えたりとか・・・(笑)」

---なるほど。

「そういう状況で、それでも自分を貫いて思ったことを言うときもあれば、もっと良い方法があるならと自分の考えを一旦引っ込めることもあったり・・・そういうバランスで悩むことや学ぶことがたくさんあった1年でした。2年目はもうちょっと自分なりのやり方が見つかっているのかな、という感じです」

---単に「好きにやればいい」みたいなところから、いろいろな責任が発生する環境に変わっていったと。

「まあでも、それが特にしんどいかっていうとそういうことでもなくて、人並みにって感じですね。「私だけがこんなにつらい!」とか「アーティストって苦悩する職業なんだ!」とか・・・(笑)」

---(笑)。

「そういうのではないです。普通の企業で働いている周りの友達を見てもすごく苦労しているし、それと変わらないのかなと。自分の好きなことがやっと仕事になって、だからこそこういう経験ができている、みたいな感覚の方が強いですね。社会人1年目で、「あ、こんなこともあるんだ」って新鮮に感じているというか」

---社会人1年目、なるほど。「会社に所属する」みたいな意味では実際にそうですもんね。

「ちょっと遅いんですけどね(笑)」


「もっと行きたい」という気持ちと「原点回帰」

---この1年でShiggy Jr.の存在は着々と広まりつつあると思うんですけど、池田さん的にこのスピード感はどのように認識されているんでしょうか?想像していた通りなのか、思っていたより速いのか、それとも少し手間取ったなというのが正直なところなのか・・・

「うーん、言い方がすごく難しいな・・・確実に言えるのは、「まだまだだな」「もっと行きたいぞ」って思っているということですね。たぶんメンバー全員そうだと思うんですけど」

---ちょっと意地悪な聞こえ方をしちゃったら恐縮なんですけど、去年「サマータイムラブ」をリリースしたときに「オリコン7位を目指したい」っておっしゃっていたじゃないですか。

 

「ああ、はい」

---僕もそのくらい行くのかななんて思って見ていたんですけど、ふたを開けてみるとそこまで行かなかったですよね。

「うんうん」

---そういうのも含めて、池田さんないし皆さんの中で「もっといけたんじゃないか」みたいな気持ちが多少なりともあるのかな、と思ってさっきの質問をさせていただいたんですけど。

「なるほど。・・・オリコン7位って言った時は、スタッフさんがざわついていたんですよね。まじか!みたいな(笑)」

---(笑)。

「あれは何も知らなかったから言えた部分もあったんですけど・・・でも、いつでも夢は大きく持ちたいし、それにもしその夢を実現したとしても満足するのは一瞬だけだと思うんです。すぐに「もっとできるんじゃないか」って思うはずだし、これからもずっとそうなのかなと」

---今回のリリースを発表する際に、モナレコでイベントがあったじゃないですか。あれに行ったとき、ちょっと懐かしい気持ちがして。

「ああ、そうですよね」

---1年前に渋谷でやったメジャーデビューイベント(@渋谷 duo MUSIC EXCHANGE)の方が華やかではあったけど、それに対して先日のモナレコのイベントは派手ではないけどすごくShiggy Jr.っぽいなという印象を受けたんですよね。今回リリース間隔も少し空いた中でああいうイベントをやったっていうのは、「初心に帰る」みたいな気持ちがメンバーの皆さんにもあったのかなと思ったんですけど。

「ほんとにそういう感じですね。今回EPという形で4曲入りの作品を出すのも「原点回帰」というか、「Shiggy Jr.はいろんなタイプの音楽をやっているんだぞ」っていうインディーの時から変わっていないバンドの良さをちゃんと伝えたいっていう思いもあるんですよね。じゃあその「原点回帰」を一番表せる場所ってどこなんだろうってメンバーで話をして、やっぱりモナレコでやりたいよねってなったという経緯があります。だからメンバー自身もすごく懐かしい気持ちがありました」

---このタイミングで「原点回帰」をするというのは、心のどこかに「一度リセットしたい」というような気持ちがあったんでしょうか。

「・・・もしかしたらあるのかもしれないですね。スタッフさんが変わったりして、年末年始はいろいろバタバタしていたので。リリースが半年くらい空いたこともあってその間に個人個人もすごくいろんなことを考えたし、メンバー4人での話し合いも何度かしました」

---その話し合いっていうのは、バンドの方向性とか・・・

「そうですね。ミーティングもそうだし、メンバー4人だけのLINEがいまだにあるのでそれがたまに動いたりとか。メンバーとの意思疎通の重要性とか、バンドとして何を大事にしなきゃいけないかとか、そういうことをすごく考えた半年間でした」

---Shiggy Jr.の4人はいつも楽しく騒いでいるイメージですけど、そういう本音トークというか深い話もするんですね。

「しますね。仲がいいからこそそういう話ができるというか、意見が違ってもけんかには絶対ならないし。たとえば、自分がいっぱいいっぱいで「あんな言い方しなければよかったな」と思っていても、メンバーは自分が言いたかったことを理解してくれていたりするし、そういう阿吽の呼吸みたいなものが増えてきたかな。メンバーの仲とか信頼関係はどんどん良くなっていて・・・うん、いい感じです」


「根っからハッピーな人間ではない」からこそ頑張れる


---ここまでShiggy Jr.のボーカルとして、次にShiggy Jr.の広報担当としてのお話を伺ってきたんですが、最後に池田智子さんっていう一人の人間についてお聞きしたいと思います。

「おお!どきどきしますね(笑)」

---(笑)。さっきお話しいただいた「どこまで自分の本音を出すか」みたいな話ともつながるかもしれないんですけど、今のShiggy Jr.における池田さんの役割は「原田さんが作った曲をボーカルとして表現する」というものじゃないですか。で、人前で歌を歌いたい人である以上、「自分の想いを伝えたい」とか「自分の内面を知ってもらいたい」みたいな気持ちも、ないことはないんじゃないかなという気がしていて。そういうところで思い当たることがあるか、それともそんなことは全然考えたことがないということなのか、そのあたり教えていただければなと。

「歌詞の意味とか内容に加えて、自分の気持ちはどうしているのかってことですよね。実は、それは最近よく考えているんですよ。曲を作る人たちはこういう感じで言えない気持ちを歌詞にしたりライブで表現したりするんだなって実感したことがあったので、レジーさんすごいなと思いながら聞いていたんですけど・・・(笑)」

---ありがとうございます(笑)。

「ただ、今はボーカリストとしての自分の役割を全うしたいという気持ちの方が強いです。あとは、自分がライブで歌うときに歌詞の内容を伝えようとするのは当然あるとして、最近はそれに加えて「今日来てくれたお客さん、ハッピーになって帰ってくれよ!」っていう念みたいなものを込めるようになりました。Shiggy Jr.には切ない曲もありますけど、ライブ全体でハッピーなものになるようにしたいって考えているから、その気持ちが伝わってほしいなと」

---今「ハッピー」という言葉が出ましたが、Shiggy Jr.の音楽のベースには「みんなをハッピーにする」っていう使命みたいなものが昔からありますよね。それを強く信じることができる背景には、どういう気持ちがあるんでしょうか。 確か以前インタビューさせていただいたとき、池田さんは「自分は昔インターネットにこもっていた」とおっしゃっていたと思うんですが。

「はい。家にひきこもりすぎて人と話せなくなっていたんで・・・」

---そういうエピソードから考えると、池田さんって必ずしも「全身全霊ポップで元気でハッピーです!」って人でもないのかなと・・・

「そうですね(笑)。違うと思います」

---にもかかわらず、Shiggy Jr.で音楽をやる時には「みんなにハッピーなものを届けるんだ」っていうモードになれる。そのあたりはどんなふうにご自身の状態を持っていっているんでしょうか。

「うーん・・・そこは自分の中でもまだ模索しているところもあります。自分がずーんとなっているときにもライブはあるし、今の自分の状態とライブで表現しないといけないことの間にすごく差がある、どうしようっていう状況もこの半年の間に限ってもなくはなかったし。でも、そういうのって何かしらみんなあると思うんです」

---そうですね、まさにさっきおっしゃっていた通り、社会人であればそういうことは普通にありますよね。

「そうですよね。それでもステージに立つと勝手にスイッチが入ることもあるし・・・自分は根っからハッピーな人間ではないし、昔はずーっと家にこもっていて(笑)、どこかにちゃんと自分の居場所ができたらいいなって思い続けていたから。だからこそ、ほんとは苦手だった人前に立つっていうことも振り切って頑張れているのかなと思います」

---わかりました。では最後に、先ほど「原点回帰」というお話もありましたが、ここからShiggy Jr.というバンドが改めて動いていくにあたって何を目指していくのか、その中で自分は何をやっていきたいかみたいな話をお聞かせいただけますと。

「国民的なポップバンドになりたい、っていうのは相変わらずすごくあります。あとはやっぱりとにかく音楽を続けていきたい、ステージに立って歌を歌って、みんなを元気にするっていうことを続けていきたいんですけど、それをやり続けていく中でShiggy Jr.に関わっている人みんな、メンバーやスタッフさん含めた全員で幸せになりたいですね。あとはもっと大きなところでライブをやりたい、ホールでもやりたいしいつかドームでもやりたいという目標はメジャーデビューの前から変わっていないです。昔は「ホールツアーをやりたい」なんて気軽に言っていて、今はその難しさもリアルにわかってきてはいるけど、やりたいと思う気持ち自体はインディーの頃と全く同じだし、これからもその気持ちのまま進んでいきたいと思います」

---いつか47都道府県ホールツアーとかやってほしいですね。Shiggy Jr.が志向しているものに合いそうな感じがします。

「やりたいですね!そのくらいの大きなことをやりたいなって思っています」


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 司会者「インタビューは以上になります」

レジー「バンドの外向きの顔としての大変さと、それをやり続ける覚悟みたいなものを感じました。100%ポップでハッピーなものをやるためにはいろんなことを飲みこんだり抱えたりしなきゃいけないし、心の内面みたいなものを見せる方がある意味ではよっぽど簡単なんだよね。その辺は先日のいきものがかり水野さんのインタビューとも同じような感触がありました」

司会者「内面やメッセージを見せていくってのはShiggy Jr.じゃないんじゃないか、みたいな話は原田さんのインタビューでもありましたね」

レジー「うん。今回個別にインタビューをしてて、4人が目指しているものとかやろうとしていることっていうのがほんとに揃ってるなあと改めて思いました。ここまで共通認識がばっちりそろっている組織、なかなか作れないよ。文字通りバンド一丸、一心同体って感じがすごくしました。ぜひともこのまま、というかさらに加速して突っ走ってほしいなと切に願っています。今回の企画は作業量としてはなかなか負荷が大きかったんですけど、いろんな話が聞けて面白かったです。読んでいただいた方の中でもこのバンドに関する新しい発見があったら嬉しいですね。改めてShiggy Jr.の皆さまおよび関係者の皆さま、ありがとうございました。それではこんな感じで」

司会者「わかりました。次回はどうしますか」

レジー「ちょっと一旦未定で」

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」

Shiggy Jr. 個別インタビュー(2) 森夏彦・諸石和馬が語るバンドへの愛と信頼

司会者「予告通り、『恋したらベイベー -EP』リリースにあたってのShiggy Jr.個別インタビュー第二弾ですね」

レジー「はい。今回はリズム隊のおふたり、ベースの森夏彦さんとドラムの諸石和馬さんのインタビューをお送りします」

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 (写真左端が諸石、右端が森)

司会者「Shiggy Jr.のインタビューはボーカルの池田さんとギターの原田さんが対応されていることが多いので、このおふたりだけというのはなかなか貴重ですね」

レジー「そうね。この辺はShiggy Jr.を以前から追っているレジーのブログならでは、ということで。今回のインタビューではリズム隊の立場から見たEP収録曲について、それからおふたりにとってのShiggy Jr.というバンド、および池田さんと原田さんの存在などについてお話を伺いました。さすが高校時代からコンビを組んでいるだけあって、息の合ったやり取りを聞かせてくださいました。それではどうぞ」


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改めて考える「Shiggy Jr.らしさ」、そして「Still Love You」との苦闘

---森さんは先日のNegiccoの中野サンプラザは見に行ったんですか?

森「行きましたよ・・・最高でした」

---(笑)。

森「マジでよかった。バンドの演奏もほんとすごかったし。Negiccoの曲はバンドに合いますね」

 

---ほんとはNegiccoの話ももっと聞きたいんですけど・・・

森「今回は趣旨が違いますね(笑)」

---Negiccoの話は1年前のインタビューでも少しさせていただきましたが、「1年前に聞いた話」で言うと、諸石さんはもう「サンキュー」を演奏する際にピリピリしなくなりましたか?

諸石「そうっすね(笑)。最近は自由に楽しめている感じがあります。だいぶ慣れてきたと思います」

---わかりました。ではここから本題に入りたいんですけど、前作「GHOST PARTY」から今回のEPまで少し間隔が空きました。リリースにあたってはどうですか、「やっと出せる」って感じですか。

 

森「そうですね、ちょっと空いちゃったんで」

諸石「7か月?」

森「そう」

---その間って、メンバーの皆さんとしてはどういう雰囲気だったんですか?ライブもありましたし活動が止まっているという感じではなかったと思いますが。

森「ライブはやっていましたけど、リリースがないと不安になる気持ちもやっぱりありましたね。個人的には、新しい作品を発表したいなって思っていました」

---楽曲としては今回EPに入っているどの曲も「GHOST PARTY」からは振れ幅があると思うんですけど、その辺はリズムを担っているおふたりからすると、「結構違う感じのアプローチをしなきゃいけないな」って感じなのか、それとも「まあShiggy Jr.としてはこれくらいの幅の中でやるんだろうな」ってことなのか・・・

諸石「後者だと思います。もともと曲のバリエーションはたくさんあって、どこにでも振り切れる強さがShiggy Jr.の良さでもあると考えているので。今回のEPに関しては、4曲ですごくいいバランスをとれたかなと思います」

森「楽曲の幅の広さに関してShiggy Jr.は寛容っていうか、何をやってもShiggy Jr.っぽくなる、池田(智子、ボーカル)が歌って、しげ(原田茂幸、ギター)が曲作って、俺らが演奏すればそうなるんで、振れ幅がでかいっていうのは特に問題じゃないですね。だからアプローチの仕方も割といつも通りで、曲に合ったラインやリズムパターンを作るということに集中していました」

---森さんが今まさにおっしゃっていた「Shiggy Jr.っぽい」というところについてもう少しお聞きしたいんですが、Shiggy Jr.っぽい曲や音楽ってどういうものだと思いますか?4人が鳴らせば・・・ってのは大前提としたうえで、もう少し言語化することはできますか。

森「そうですね・・・わかりやすさ、キャッチーさ、あとは池田の声とか」

諸石「うん。池田の声は大きいと思う。しげのメロディラインも特徴的だよね」

森「サウンドで言うとどうだろうな・・・「四つ打ちだからShiggy Jr.」でも「速いからShiggy Jr.」でもないし、切ない曲もあるし、でもそういうのも全部Shiggy Jr.っぽいから、音楽ジャンル的な意味では定義しにくいかもしれないです」

---やってみたら今回もShiggy Jr.になったな、みたいな。

森「そうです」

諸石「現状の「Shiggy Jr.っぽさ」で言うと、「サマータイムラブ」とか「恋したらベイベー」のような「ポップ、でもちょっとだけレトロな感じ」みたいなことなのかなと個人的には思っています」



 

---わかりました。今お話にも出た通り今回のEPには4曲収録されていますが、リズム隊のおふたり的に特に大変だったのは・・・

森、諸石「(食い気味に、かつ苦笑しながら)「Still Love You」ですね・・・!」

---間髪入れずにきましたね(笑)。

森「「Still Love You」はね・・・やばいですよあれは・・・」

諸石「ほんとに・・・」

---やばさをぜひ具体的に。

森「とにかく難しいんですよね」

---ベースはいろんな音の隙間に入っていく感じで、かつ弾きすぎないプレイだなと思って聴いていました。

森「まさにそうなんですけど、弾きすぎないシンプルなフレーズをおいしいところに着実にはめていくことが重要だったので、「針の穴に糸を通す」みたいな正確さが求められていたんですよね。それがしんどくて。しかもあの曲のテンポが・・・」

諸石「BPMが絶妙なんですよね。遅くもないし、速くもない。微妙に我慢し続けないといけない」

森「競歩みたいな感じなんですよ。走りたい!って気持ちをずっと抑えながら」

諸石「ドラムはそのテンポの中で16ビートを基本的には同じパターンで刻み続けるっていうのが本当に大変でした。最初に録音した時の、スタジオに漂っていた絶望的な感じは忘れられないです」

森「録り終わった後にみんなで聴いた時、ディレクター含めて全員真顔なんですよ(笑)。その沈黙の中で、「・・・じゃあもう一回やってみようか」って。で、何回やってもできなくて・・・事前に結構練習したんだよね俺ら」

諸石「うん。「これはやばい」って言って2人でかなり仕上げていったつもりだったんですけど・・・」

森「その結果あれだからね。なかなか満足いくものができず、スケジュールも押してしまっていろんな方に迷惑をかけてしまい・・・ほんとに凹みました、音楽辞めようかなってくらいに。終わった後、俺らスタジオのリビングルームみたいなところで動けなかったですから。あれきつかったよな?」

諸石「あれはね・・・」

森「今までで一番辛いレコーディングでした」

---お話を聞いているだけで辛さが伝わってきます。臨場感がすごい。

森、諸石「(笑)」

---でもあの曲、Shiggy Jr.としては新しいですよね。

森「そうですね」

---僕もすごく好きです。

諸石「これはすごいいい曲だなって思いました」

森「あとはライブでどうやるかなんですけど、あれから俺らも修行したので(笑)、もう大丈夫だと思います」


タイプの違う楽曲でリズム隊が果たす役割

---「Still Love You」以外の曲のお話も聞きたいのですが、「恋したらベイベー」はリズムのアプローチで言うと「サマータイムラブ」に近い雰囲気なのかなと思いました。

諸石「そう・・・かな」

森「曲調は確かに近いですよね」

---キックがずっと入って、その上をベースが動いて・・・みたいな組み合わせに近いものを感じたんですけど。

諸石「ああ、そういう意味ではそうですね」

森「ベースも16分音符の同じようなフレーズがあったりしますね。サビがスラップなのも共通しています」

---「サマータイムラブ」の時のインタビューでは「スラップは苦手」とおっしゃっていましたが・・・

森「Shiggy Jr.の曲はほんとスラップ多くて大変なんですけど・・・(笑)。少しずつですけどだんだんうまくなってきました」

---「恋したらベイベー」はあたまのボーカルがインパクトありますよね。

森「ラジオとかで、あそこで掴みたいですね。なんだこれ?って(笑)」

諸石「始まった瞬間の」

森「お店とかで流れて、ちょっと店内ざわついてほしいです。どうしたこの曲?って」

---(笑)。3曲目の「key of life」は、最初聴いた印象だと「バンド感」みたいなものは他の曲より後退しているように思ったのですが、ああいう曲の中でベースとドラムはどういう役割を担おうとする感じなんですか?

森「あの曲は・・・時間がなかったんですよね、レコーディングの時に」

諸石「ぶっちゃけね」

森「だからあんまり変なことはしないで、基本的には曲のボトムを支えることだけやろうと思っていました」

---なるほど。4曲目の「TOWN」はそれこそおふたりが加入する前からある楽曲ですけど、ライブでもお馴染みですよね。

諸石「ライブでやってるのとはアレンジ変えたんだよね」

森「変えたっけ・・・あ、そうだ。バスドラとかね」

諸石「リズムをすごくシンプルにしたんですよね。その分、池田としげの歌の兼ね合いとかホーンとかがバンと前に出るようにアレンジしたつもりです」

---なるほど。改めてですけど、ほんとに4曲ともタイプが違いますよね。

森「(笑)。ただ、さっきの話ともつながりますけど、音楽的な共通点がなくてもどれもShiggy Jr.になっているというか、同じところにいる感じになっていると思っています」


Shiggy Jr.から得た刺激、Shiggy Jr.にもたらしたもの

---今回のEPがちょうどメジャーデビューして1年くらいであるとともに、おふたりはShiggy Jr.に加入されてから2年ちょっと経つということになりますね。加入後いろいろあったと思うんですけど、特に印象深いこととかっていうとどんなことになるんでしょうか。

森「印象深いこと・・・いっぱいあって難しい」

諸石「いろいろあったな・・・」

---今の4人の佇まいってどこからどう見ても違和感がないと思うんですけど、最初は池田さんと原田さんがいるところに森さんと諸石さんが加わったわけですよね。今みたいにぱちっとはまるようになったきっかけって何かあるんですかね。

森「何かの出来事によって一気に変わった感じではないと思いますね。いつの間にこうなったってことだと思うんですけど・・・「この4人は絶対に大丈夫」って感じになったのは2年前の夏くらいかなあ」

---『LISTEN TO THE MUSIC』のリリースパーティーあたり。

 

諸石「そうですね」

森「あの前後はほんとに毎日一緒にいたんで。1か月間連続とか全然あったし」

---すごいですね。夫婦みたい。

森「(笑)。その中で結束が強まりました」

---Shiggy Jr.に加入して、学んだことや刺激や受けたことなどあれば教えていただきたいです。個人的なことでも全然結構なんですけど。

諸石「自分はこれまでアンダーグラウンドのシーンでずっとやっていて、今はShiggy Jr.に入っていわゆるメジャーシーンにいるんですけど。その両側を経験したことで、いろいろ感じることはあります。最近は、もっと自分がプロでありたいとか、もっとたくさんの人に好きになってもらいたいとか、そんなことをより強く思うようになりました」

---アンダーグラウンドのシーンで活動されていた時は、そういう意識はあまりなかったんですか?

諸石「なかったわけじゃないですけど・・・以前自分がいた環境のことを思い返すと、極端な話、誰かに好きになってもらう必要はなかったんですよね。自分たちがかっこいいと思うことをやって、好きだったらついてこいよって感じの空気が強かったから。だからこそシーンとしては尖ったものになっていくんだと思うし、そういうところで音楽をやるのももちろん楽しかったです。ただ、最初は「音楽で売れたい」って思いがあって、そのためにすごい音楽をやろうとしていたつもりだったのに、周りの人同士で認め合うみたいなことを繰り返しているうちに、いつの間にか目的が「広く知ってもらう」とかではなくなってきちゃうというか・・・今振り返ってみるとそんな構造だったなと思います。アンダーグラウンドとメジャーのどっちが良い悪いということではなくて、大きく違うんだなあと」

---なるほど。

諸石「そういう場所から今の環境に来たので、音楽を売ることや音楽をビジネスにすることの大変さを痛感しています。それと同時に、バンドマン同士の憶測ではなくて実際にいろんな経験をしている人の話を聞けたり、過去のデータがあったり、ほんとにいろんな側面からのサポートを受けられているので本当に恵まれているなあと思っています」

---森さんはいかがですか。

森「いろいろあるんですけど・・・単純に、頑張ることって大切だなって思いました。一つ一つの行動に意思とか意味を持ってやり続けていれば、絶対に未来につながっていくんだっていうのをShiggy Jr.に入ってからはよく考えます。池田がやっている「お願いごとノート」はまさしくそういうことだと思っているんですけど、「先のことを意識しながら行動する」のと「目の前のことだけを追う」のは微妙にやることに差が出てくるんだなあと。自分は「大きな目標を意識する」とかほんとにやってきてなくて、それこそ学生時代の試験とかも全部小手先でやっていたから」

---バンド活動の中で、人間性の部分にも影響があるんですね。

森「そうですね。「丁寧に一日を生きる」とか、人としてすごく大事なんだなって。で、Shiggy Jr.っていうバンドはそういうことの積み重ねというか、丁寧に作業をして、適当なことをせずに真摯に進んでいくっていうがすごく合っていると思うから、自分もそういうことができるように頑張っていかなきゃなと」

---「お願いごとノート」のお話もありましたが、森さんが今お話しいただいたのって、池田さんの姿勢と通ずる部分が大きいのかなと思ったんですけど・・・

森「そうですね」

---おふたりから見て、池田さんのパーソナリティー、その中でもバンドを一緒にやっていくうえですごいなと思うところを少し説明していただけますと。

諸石「あの子はプロだから。ほんとにずっとバンドのことを考えてるからね」

森「そうそう。それだけじゃなくて、バンドのプロデュースと言うか、「どう見せるか」みたいな感覚的な部分もすごく鋭いから」

諸石「それがやっぱりShiggy Jr.の根っこにあると思います」

森「それに周りに気も遣うし、礼も欠かさないんで・・・よくできた人間だなあと(笑)」

---(笑)。では原田さんはいかがでしょうか。

森「しげはとりあえずストイック、それで不器用ですね。言われたことは「違うんじゃないか」と思っていたとしても全部やるし、そういうところはほんとにストイックだなと。・・・あれはできないよなあ」

諸石「うん」

森「努力する才能があるんだと思います」

諸石「彼が作る曲の幅、あとは歌詞の世界を広げる能力はほんとに尊敬しています。それに、普通の人が回り道して説明するようなところをしげは一本道で提示できる人間だから、バンドのリーダーとしてもすごいなと思いますね」

森「そうだね」

---おふたりもすごく池田さんと原田さんのことを信頼しているし、池田さんや原田さんと話していてもおふたりへの信頼がすごく伝わってくるんですけど、そういうお互いの信頼こそがShiggy Jr.っていうバンドのコアですよね。

諸石「はい」

森「基本ですよね、そこは絶対」

---逆に森さんと諸石さんがShiggy Jr.に持ち込んでいるものって・・・

森「なんだろ」

諸石「男臭さじゃない?(笑)」

---(笑)。

森「男子校感(笑)」

諸石「うるささと男子校感」

森「以前の雰囲気はわからないですけど、雰囲気は絶対変わったんじゃないかな。たぶんこんなうるさい2人もそんなにいないんで」

---ストイックな原田さんとかプロ意識のある池田さんに対して、いい具合の・・・

森「緩衝剤、潤滑油みたいな(笑)」

諸石「もともと俺ら高校から一緒で・・・もう10年目なんですけど」

森「そうだな」

諸石「言い方がちょっと気持ち悪いですけど(笑)」

---(笑)。10年付き合ってます、的な。

諸石「それが入ったから、やっぱ空気は変わるんだろうね」

森「4人みんな平等だもんね、今。それぞれが各々の場所を見つけている感じです」


楽曲に対する全幅の信頼

---今日のお話で「Shiggy Jr.は楽曲の幅が広い」というテーマが出てきていたと思いますが、一方で森さんも諸石さんもこのバンドでは出していないご自身の音楽性みたいなものがありますよね。Shiggy Jr.のメンバーとして、ではなくてひとりのベーシストとドラマーとして考えたときに、「自分の一番やりたいこと」と「バンドで求められること」のギャップのようなものはないのか、もしあるとすればどうやって折り合いをつけているのか、みたいなことを今日お聞きしたかったんですけど。

森「んー、正直ストレスは全くなくて。そもそもこのバンドの曲が好きだし・・・それに、ポップスってほんと難しいんですよ(笑)。だからShiggy Jr.の曲を通して楽しく勉強しているみたいな部分もあります。もちろん「自分のやりたい音楽」というようなものはありますけど、個人的なことよりもメンバーとしてShiggy Jr.の音楽を良くしたいと思ってます」

---なるほど。原田さんが作ってくる曲とかそこで求められていることが楽しいし、そこで刺激を得ていると。

森「そうですね。毎回違うことをやるから自分の引き出しが増えていっている感じはします。スラップ苦手なのにしょっちゅうやらされるし(笑)。・・・わかんないですけど、たとえばShiggy Jr.が「メロコアしかやりません」みたいに同じような曲しかやらないバンドだったらすぐ飽きてたと思うんですよね。そうじゃないから、楽しくやってます」

---諸石さんはいかがですか

諸石「俺は・・・さっきの森の話とも重なりますけど、もともとしげが作るShiggy Jr.の曲が好きでこのバンドに入って、あいつの感性とか才能を信じて今に至っているから、今ここでドラムを叩けること自体がすごく光栄なんですよね。だから「やりたいことができてない」みたいなことを感じる瞬間はほんとにないし、めちゃくちゃ難しいんですけど、刺激的で楽しいです」

---やっぱり根幹には原田さんが作る楽曲に対してのリスペクトがあるんですね。

森「うん、それはかなり」

諸石「すごく強くあります」

---諸石さんは以前のバンドではメタルをやっていたわけで、Shiggy Jr.とはだいぶ距離がありますが。

諸石「そうですね。そのうちその経験も活かせたらなとは思ってもいます。最近昔の動画とかを見返したりするんですけど、「これもうちょっと持ってこれるんじゃねーか」っていうところがいくつかあって。しげの曲に寄り添ってドラムを叩くっていうのは「ポップスであろうとする」ってことだと思うんですけど、そこに自分の経験を入れていくことで、他の人にできないドラムのアプローチができるんじゃないかなとうっすら考えています」

---わかりました。では最後に、リリース間隔もちょっと空いて、仕切り直しみたいな部分もあるのかなと思っているんですけど、改めて、Shiggy Jr.をどういうバンドにしたいか、もしくは何を目指したいかというところ、プラスそこに向けてご自身でどういうことをやっていきたいか、みたいなお話をお聞かせいただければと思います。

森「「恋したらベイベー」は結構前から温めていて、最初にこの曲を聴いた瞬間にバンドのみんなが「いけるぞ」ってなった曲です。そういう曲を出すにあたって、ジャケットをイラストに変えたりアー写も少し違う雰囲気のものにしたり、いろんなチャレンジをしています。今年最初の作品なんで、ここからShiggy Jr.の再構築じゃないですけど、楽しくてハッピーっていうバンドが伝えたいことを改めてしっかり出していきたいと思っています。収録されている曲はどれもいいし、聴いてもらえたら絶対好きになってもらえるはずなんで。このEPがShiggy Jr.の名刺代わりになるように、自分自身も頑張っていきたいです」

諸石「EPに関しては森が言った通りで、自信作です。それに付け加えると、Shiggy Jr.っていう存在がもっとエンターテイメントになったらいいなと思っていて。Shiggy Jr.の音楽をよりたくさんの人に聴いてもらっていろんな人の共通項になりたいっていう気持ちは昔から変わっていないんですけど、音楽以外の部分からもうちらを好きでいてくれる人をもっとハッピーにできないか、っていうことを今真剣に考えています。楽しみにしていてほしいですね」

---楽しみにしてます。今日はどうもありがとうございました

2人「ありがとうございました!」


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司会者「インタビューは以上になります」

レジー「おふたりとも心からShiggy Jr.というバンドそのものやShiggy Jr.の楽曲のことを愛しているのが伝わってきました。途中「メンバー同士が信頼してるのは基本だ」ってお話があったんだけど、ここまで深いきずなでつながっているバンドは必ずしも多くないんじゃないかなとも思うんだよね。このバンドのライブでステージから感じるポジティブな空気感っていうのはこういうところから作られているんだなと改めて感じました。というわけで次回はこのシリーズのラストということで、ボーカルの池田さんの単独インタビューをお届けします。しばしお待ちください」

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」

Shiggy Jr. 個別インタビュー(1) 原田茂幸が語るソングライターとしての矜持

司会者「引き続きインタビュー企画です」

レジー「はい。いきものがかり水野さんodolのミゾベさんと森山さんに続いて、ここからは本日『恋したらベイベー –EP』をリリースしましたShiggy Jr.の個別インタビューを3回にわたってお送りします」

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 (写真左から2番目が原田)

司会者「初回はShiggy Jr.のギタリストにして作詞作曲を手掛ける原田茂幸さんのインタビューをお送りします」

レジー「これまでもShiggy Jr.についてはボーカルの池田さんと原田さん2人のインタビュー、4人全員でのインタビューとやらせてもらってきましたが、今回は新たな試みとして個別でのインタビューを企画しました。先に予告しておくと、次のエントリで森さん諸石さんのリズム隊インタビュー、その次に池田さん個人インタビューをお届けします」

司会者「原田さんも基本は池田さんと一緒にインタビューに答えてることが多いですよね」

レジー「うん。複数人でのインタビューもそれぞれの役割分担があって面白いんだけど、個々でもちゃんとお話を聞いてみたいなと。今回の原田さんのインタビューでは、新曲の制作に関する話から外部のアレンジャーの方との関わり方、あとはバンド活動の中でどこにプライオリティを置いているかみたいな話をしてきました。それではどうぞ」


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「恋したらベイベー」とShiggy Jr.らしさ

「ひとりインタビューはたぶん初めてだから緊張しますね」

---今日はおひとりでのインタビューなんで、原田さんが喋ってくれないと成立しないんですよ。

「(笑)。困ったときに池田(智子、ボーカル)に振れないっていう・・・」

---(笑)。今回新曲が出るということで、話を聞きにきました。よろしくお願いします。

「お願いします!」

---前作の「GHOST PARTY」のリリースが10月だったので、結構間隔が空きましたね。先日「やっと出せる!」という旨のツイートもされていましたが。


「半年以上経っちゃいましたもんね。曲自体はずっと作り続けていたんですけど、なかなか発表するタイミングがなくて。ほんとはもっとポンポン出した方がいいと思うから、もったいないなという気持ちもありつつ」

---EPに収録されている4曲のうち、「TOWN」はライブでお馴染みの曲ですよね。残りの3曲はいつ頃に作った曲ですか?
 
「えーっと、基本的には去年の制作期間中のものですかね。「GHOST PARTY」と同じくらいに作ってたのかな」

---なるほど。今回の4曲はどうやって選ばれたんでしょうか。

「まず「恋したらベイベー」をとにかくリード曲として出したいって前から思っていました。で、今回は久々のリリースだからEPにしようって話になり、リードは「恋したらベイベー」、あとアニメのタイアップがついている「key of life」は入れる、ってところまで決まって、それとのバランスで残りの2曲、「Still Love You」と「TOWN」を選びました。「Shiggy Jr.はいろんな曲をやっている」っていうのを伝えたくてタイプの違う4曲を集めたという部分もあります」

---「恋したらベイベー」をリードにしたかったというのはなぜですか?

 

「そうですね、「♪恋したらベイベー」というフレーズが・・・もうそれだけで良い!というか(笑)」

---(笑)。

「俺はあそこだけで十分にキャッチーだなと思ったから。実はこの曲、もともとはマイケル・ジャクソンの「Rock With You」みたいにドラムのフィルで始まる感じだったんですよね。今回出すにあたって、頭にあのフレーズを加えてインパクトを出しました」

---あの一発を初っ端で聴いてもらいたいと。

「はい」

---メジャーデビュー後の「サマータイムラブ」から「GHOST PARTY」への流れはインディーズ時代の「Saturday night to Sunday morning」から「LISTEN TO THE MUSIC」に振った感じを意識されていたとインタビューでおっしゃっていたと思うんですが、それで言うと今回の「恋したらベイベー」は原田さん的にはどういう位置づけになりますか?

 



「・・・ちょうど中間くらいかな。最近「生音なのか打ち込みなのかわからない」くらいの雰囲気の音がかっこいいなと思っていて、そういう音像にしたいと考えながら作っていました。最初はもっと打ち込みの要素が強かったんですけど、ちょっと最近打ち込みやりすぎかなっていう気持ちもあって(笑)。かといって完全に生っぽくするのもどうかなとも思い、この感じになりました」

---両極に振って今回は結果的にその真ん中っていう形で3曲のリード曲を発表しましたが、Shiggy Jr.というバンドとしての得意なことや「今後この辺やったらいいかな、やっていきたいな」みたいなものは見えてきましたか?

「得意不得意っていうと難しいな・・・でも、新しいことをやりたいなとは改めて思いました。今回の曲が新しいと感じるかどうかは人によると思いますけど、新しいことをやり続けたいという気持ちはすごくあります」

---なるほど。ちなみに、原田さん的に「Shiggy Jr.っぽい音とか」ってあったりするんですか?

「んー、最近出しているものを並べると「シンセが入ったキラキラした感じを四つ打ちで」みたいなことになると思うんですけど、昔はバンドサウンドだったし、今やっていることがそのまま「Shiggy Jr.らしい音楽か」っていうとそういうことでもないと思うんですよね。どんな音でも池田が歌えばShiggy Jr.になるって部分も少なからずあるから。あとは・・・メロディと歌詞の組み合わせでちょっとファンタジーっぽい世界観になっていると思うから、そういう感じはShiggy Jr.っぽいと言えるのかな」


バンドの空気感と歌詞の関係

---「ファンタジー」って言葉が今出ていましたが、「恋したらベイベー」の歌詞も結構ファンタジー感が強いですよね。

「そうですね」

---これも「サマータイムラブ」のときと同じく、妄想を繰り広げて。

「うん、ほぼほぼ」

---ああいう感じの女子が好きなんですか?(笑)

「いや(笑)。たまたまああなったんですけど・・・なんだろうな、女の子があんまり弱い感じは良くないんじゃないかみたいな・・・(笑)」

---「良くないんじゃないか」ってどういうことですか(笑)。

「何て言うんだろうな、ちょっと強めの女の子を主人公にした方がなんだかいいな、とそんな感じです」

---「恋したらベイベー」の登場人物は「サマータイムラブ」の登場人物とはタイプが違いますが、曲ごとのそういう差は何に起因して生まれるんですか?

「曲の違いっていうよりは、スタッフの人とかメンバーとかと何気なく会話している内容に影響されることの方が多いかもしれないですね。どんなふうにしようかみたいな話をしている中でそこで出た方向にわかりやすく流れることもあれば、いつの間にか潜在意識に刷り込まれていることもあると思うんですけど」

---なるほど。「メンバーとの会話」とのことですが、自分が書いた言葉を歌う人でもある池田さんからインスパイアされることもあるんですか。

「池田に限らずなんですけど、メンバーと一緒にいる時間が長いし会話もいろいろするから、そういう中でその人のモードとかって何となく感じるんですよね。別に直接聞いたりはしないんですけど。歌詞を書くのは自分だけど、池田がそのとき歌いたくないものとかもあると思うんで、「これだったらいけるかな」とかそういうことを考えたりはします」

---原田さんが書く歌詞にメンバーの空気がうっすらとでも反映されていると思うと面白いです。歌詞に関しては、初めてインタビューさせていただいたときには「曲にうまく乗る言葉であれば歌詞は何でもいい」くらいのことをおっしゃっていましたが、その辺の意識で変わった部分はありますか?

「そこは変わりましたね。歌詞は結構考えるようになりました。・・・まあでも、メロディが良ければいいってのも絶対あるとは思うんですけどね。だってメロは良くて歌詞よくわかんないけど売れている曲もいっぱいあるし」

---(笑)。わかります。

「具体的に言うとあれですけど(笑)。それは置いておくとして、歌詞の重要性はわかってきたので前よりも意識して書くようにはなったと思います。ただ、今のところはメロディを犠牲にしてまで歌詞を優先しようとはしてないですね。メロが良くて、それに歌詞がバチッとはまって、そこにちゃんと意味がある、みたいなものを作りたいと思っています」

---「歌詞を良くしよう」と考えるときに、人によっては自分の内面を掘っていったり、メッセージみたいなものを歌詞に織り込んでいったりもすると思うんですが、原田さんはそういう感じではないですよね。「ファンタジー」の逆、つまり「リアリティを強めていく」みたいな方向にはいかないというか。

「そうですね。別にそういうものをできないわけでもないと思うんですけどShiggy Jr.としてはそうなりたくないというか・・・そもそも池田の雰囲気とも合わないと俺は思っているので。基本的に楽しいとかハッピーとかって感情を伝えたいし、暗い曲があったとしてもそんなに重くなってほしくないっていうのが根底にはあります。ファンタジーを突き詰めている方が、清々しくて好きです」


自分の曲をアレンジしてもらう面白さ

---2曲目の「Still Love You」のお話をしたいんですけど、僕この曲すごく好きなんです。ああいうシックな雰囲気のものは新しいなと思ったんですが、手応え的にはどうでしょうか。

「そうですね、普通にいいと思っています」

---どれもいいと思っていますと(笑)。

「(笑)。もともとこの曲はシングルで出すかみたいな話もあったんですよね。Shiggy Jr.があれを出したとして、ああいう落ち着いたイメージがバンドにつくのはどうなのかなということもあって出さなかったんですけど」

---今回アレンジを松井寛さんに頼んだ理由はなんですか。

「最初に打ち込みでデモが出来上がった時に「これ頼むのは松井さんしかいない」ってなったんですよね。MISIAさんっぽくしたいなと思って、それで本物にお願いしました」

---僕の中で松井さんと言えば東京女子流なんですけど・・・

「この曲、女子流っぽさもありますよね。わかります。松井さんは僕より年齢がだいぶ上なんですけど・・・すごかったです(笑)。弦とか管とかからリズム隊のグルーヴまで全体が見えていて、ちょっとしたところにもすぐ気づくし。あとは打ち込んだ全部のデータをそのままファイルでもらったんですけど、「こうやってるのか・・・」という発見がいろいろありました」

---アレンジに関してはいろいろな方と共同作業をする中で、原田さんは着々とその方々の技をご自身のものにされている感じがします。

「確かにこの1年で結構いろいろ覚えましたね」

---いろんなアレンジャーの方とやっているのはそういう狙い、つまりご自身がレベルアップするためでもあるんですか?

「それもありますけど、たとえば今後アルバムを出すときに全曲タイプが違うようなものにしたいんですよね、ある意味SMAPみたいな。そういうものにするためにも、編曲はいろんな人にやってもらいたいと思っています。この先自分の編曲スキルがもっと上がったとしても、Shiggy Jr.に関しては曲によってそのジャンルの得意な人にアレンジをお願いしたいです」

---ミュージシャンによっては自分が作ったものをいじられるのは嫌という人もいると思うんですけど、原田さんはそういうのは全然ないですよね。

「詞と曲は口出されたらイラッと来ますけど」

---(笑)。

「編曲に関しては、人に頼んで全然違うものが返ってくるのが面白いと思っています」


曲作りは嬉しい、バンドは楽しい


---わかりました。で、ここからは今回のEPとは少し離れた話題になるんですけど、原田さん的にShiggy Jr.の活動において一番楽しいタイミングってどの辺なんですか?曲を自分だけで作るステップがあり、作る前に構想を練っているタイミングもあるだろうし、作った曲をメンバーとシェアする、レコーディングする、ライブをやる、という感じでいろんなフェーズがありますけど。

「音楽に関してですよね?」

---そうですね。あ、音楽じゃなくてもいいですけど(笑)。

「なんだろうな・・・やっぱり、ライブやった後の打ち上げとかかな(笑)」

---ライブが楽しいんですね。

「ライブは楽しいです。あと地方に行くのも単純に楽しいですし。あと何楽しいかな・・・さっきも話しましたけど、編曲が返ってくるのも楽しみですね」

---なるほど。僕の原田さんに対する勝手なイメージとしては、もっと手前の部分というか、ひとりでしこしこやってるときの方が・・・

「(笑)。その言い方は・・・(笑)」

---失礼しました(笑)。自分ひとりで曲を作っているタイミングが楽しいのかなと思ってこの質問をぶつけたんですけど。

「うーん、その時は「作ろう!」と思ってやっているから、楽しいって感じじゃないかもしれないです。「どうしようかな」とか「できねーな」とかそういうのもあるから。曲作りに関してはもう完全にライフワーク化してるかな。朝起きてコーヒー飲むくらいの感じです」

---かっこいいですね。

「(笑)。そのくらいの感じでやり続けないとなってのいうもあります。これをやめたらだめだって。・・・そういう意味では、曲作りは「楽しい」じゃなくて「嬉しい」かもですね。できたときはやっぱり嬉しいから」

---「楽しい」と「嬉しい」、面白いですね。ライブが楽しいと最初に出てくるっていうのは、Shiggy Jr.のメンバーとしては「コンポーザー」というよりも「ギタリスト」という側面の方が大きいのかなとか思ったんですけど。

「いや、それはどうだろうな・・・どっちかというと、作曲の方がやっぱりプライオリティは高いですよ。ギターに関しては役割で弾いているっていう気持ちの方が大きいです。ギタリスト・・・なのかな、みたいな感じです(笑)」

---曲作りはプライオリティ高いけど、それは「楽しい」っていうよりは「やらなきゃいけない」とか「自然にやっちゃう」とかそういうものだと。で、活動の楽しさという部分で言うと、ライブでギターをバーンと弾いて、終わってみんなでお酒を飲むみたいなところがでかい。

「そうですね、楽しさとしては」

---今の質問をした根幹には、原田さんがなぜバンド形態で音楽をやっているのか?っていう問いがあって。ご自身で曲も作れるし歌詞も書けるし歌も歌えちゃう原田さんが、ひとりで音楽をやるんじゃなくてバンドを組んでることにどういう面白さを見出してるのかなってのを聞いてみたいと思っていたんですよね。確かにライブやった後の打ち上げってのは、バンド組んでないとできないよなと思いながら今のお話を聞いていました。

「・・・バンドをやっているっていうのは流れの部分が大きいですけどね、どっちかっていうと。もともと自分はパソコンで曲を作っていて、音楽だけで生きていきたいけどどうしようかなって思っていたところにたまたま池田と会って、いつの間に「バンドやろうぜ」って話になって、いいねいいねってメンバー集めて・・・それで今やっていることが楽しい、だからやっているっていうことでしかないというか」

---違う選択肢を考えるポイントもそんなになかったというか。

「そうですね・・・考えないというか、今こういう流れになっていて、自分にとってやるべきことはこれだなって思っているから、それを一生懸命やっているって感じです」

---特に迷いもなく。

「迷いは全然ないです」

---Shiggy Jr.の曲の中にはバンド然としてない曲も結構ありますが・・・

「バンドだからバンドサウンドをやらないといけない、ってことでもないと思っているので。バンドっぽくない音をバンドでやっている面白さもあるのかなと考えています」

---わかりました。だいぶ話していただいてありがとうございました

「(笑)」

---最後になんですけど、ちょっとリリース間隔も空いて仕切り直し的な部分もあるのかなと思うんですが、改めてShiggy Jr.は何を目指していきたいかとか、それに向けて原田さんとしてはどういうことをやっていければいいかとか、そんな未来に向けた話をしていただけますと。

「何を目指していきたいか・・・でも基本的に、「売れたい」って思いがみんなあるわけじゃないですか。だから、ずっと前から言っている「ホールツアーをできるようになりたい」っていうのは相変わらずあるし、そうならないと困る。それを目指していく中で何をやるかって言われると難しいんですが、結局当たり前のことを当たり前にやり続けることしかないと思っています。いい曲を作るしかないし、ライブを一生懸命やるしかない」

---その辺はメジャーデビュー前、もしくはした直後と変わっていないですよね。

「全然、何も変わっていないですね。いろんな波はあると思いますけど、これからもただやり続けるだけですかね」


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司会者「インタビューは以上になります」

レジー「歌詞作りにメンバーのモードが実は関係している、みたいな話はすごく面白かった。空気感を共有してるバンドゆえって感じがしたなあ、この話は。そういうメンバー間のつながりみたいなものが感じられる話はあと2回のインタビューでもたびたび出てくるので、そんな観点で読んでもらうとより面白いと思います。というわけで次回はリズム隊おふたりのインタビューをお送りしますのでしばしお待ちください」

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」

odol『YEARS』リリースインタビュー:バラエティ豊かな新作に秘めた思いを語る

司会者「前回のいきものがかり水野さんに引き続きインタビュー企画をお送りします」


レジー「はい。今回は今日5/18に2ndアルバム『YEARS』をリリースしたodolのお2人、ボーカルのミゾベリョウさんとピアノの森山公稀さんのインタビューをお届けします」


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司会者「昨年の夏に続いて2度目のインタビューとなります」


レジー「今年入って新曲の「退屈」を聴いたときに「odol変わったな!」って思ったんだよね。前も良かったけど、さらに違うステージに行った感じがして。『YEARS』は、そんな期待にばっちり応えてくれる作品になっていたと思います。ちなみにこのインタビューに先立って『YEARS』のライナーノーツも書かせていただきました。公式サイトで読めますので、未読の方はこちらと合わせて読んでいただけると嬉しいです。それではどうぞ」



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モラトリアムを過ごす中で生まれた「years」


---新作『YEARS』のインタビューということですが・・・このアルバム、超いいですね。普通に聴いてます。


ミゾベ「嬉しい」


森山「ありがとうございます」


---『YEARS』の話に入る前に、前作『odol』への反応についてお聞きできればと思います。アルバムという形で音源を世に問うて、いろいろなリアクションが返ってきたかと思うんですが、そういうものに接して感じたことなどあれば教えてください。


森山「今思い返してみると、『odol』を作っていた時は「誰か気づけよ!」っていう気持ちがすごく強かったんですよね。で、それがリリースされて、ものすごくたくさんではないにしても多くの人に届いたことで、「自分たちの音楽をしっかり聴いてくれる人が、自分たち以外にもいる」ということを体感できたのがすごく大きかったです」


ミゾベ「僕も同じようなことを感じました。『odol』では抽象的な歌詞が比較的多かったと思うんですけど、そこに対していろいろな解釈をして楽しんでくれる方がいて、「こんな感じとり方があるのか」と刺激になる部分もありました」


森山「『odol』を出した後に感じた「聴いてくれる人がいる」という感覚は『YEARS』にもすごく影響しています。その人たちに対して丁寧に自分たちの表現を届けたい、と思いながら制作していたので」


---昨年夏のインタビューでは「やりたいことがどんどん増えている」というお話がありましたが、『YEARS』に収録されている楽曲のバラエティ感はまさにその「やりたいこと」がそのままぶち込まれたかのような印象を受けます。今作における音楽面での広がりの背景にはどんな思いがあるのでしょうか。何か狙いがあったのか、それともただ夢中にやっていたらこうなったのか。


森山「今作はまず全体としてのテーマ、コンセプトみたいなものがあって」


ミゾベ「現状僕らが過ごしている学生生活、社会に出る前のモラトリアム期間のことを表現したいなと思っていました」


森山「そのコンセプトを出発点として、それをいろんな側面から表現した楽曲が8曲収録されている、というのが今回の作品です。ここでいうコンセプトというのは作品に通底する「意味」みたいなものなので、それを音楽として様々な角度からアプローチするとどうなるか、ということをやった結果サウンドとしては多様なものになりました」


---なるほど。「モラトリアム」と一口に言っても人によって想起するものが違うと思いますが、もう少し噛み砕いていただけますと。


森山「ちょうど『odol』が出た直後くらいにミゾベと雑談していて、僕が曲を作ってミゾベが歌詞を書くっていうパターンが多いから、まずはこの2人ではっきりした共通認識を持たないといけないという話になったんですよね。じゃあ自分たちが共有できるものってなんだろうって考えたときに・・・僕たちは中学校から一緒なんですけど、福岡に地元があって、今は東京で学生やりつつ音楽をやっていて、年に1回か2回家族や昔の友達に会って、というリズムは2人とも同じだよなということに気づいたんです。帰省するときに飛行機や新幹線の中でいろいろなことを考える時間だったり、故郷に対しての距離感だったり、この先どうするのかなというぼんやりとした不安だったり。そういう感覚が『YEARS』のベースにはあります」 


---今お話しいただいた内容は、表題曲の「years」でダイレクトに表現されていますよね。




森山「そうですね。その話をして、じゃあそんな感じで考えてみようってことになり、その日に僕が家で作ったのが「years」の冒頭の和音とメロディです。それをミゾベに共有したら気に入ったみたいで」


ミゾベ「最終的な歌詞になった<どんな服を着よう どんな言葉で話そう>っていうフレーズは、このデモを聴かせてもらった時点でできました。とにかく気に入ったんで、仮タイトルを「リード曲」ってつけて」


---(笑)。


森山「勝手につけるっていう(笑)。ただ、僕が続きをすぐには作れなくて止まっちゃうんですよね。結局完成したのは『YEARS』に入っている他の曲の作業が全部終わってからでした」


---この曲はお2人の原風景みたいなものがベースにあるからすごく素朴な感じになっているんだと思うんですけど、『odol』を聴いたときに「素朴」っていう印象を受けた曲はなかったんですよね。そこがすごく新しく感じたというか、バンドとして違ったステージに入ったんだなと思いました。最初おっしゃっていた「ちゃんと聴いてくれる人がいる」という安心感みたいなものがあったからこそ、こういう丸裸というか、ピュアで美しい曲ができたのかなと。


森山「まさにそうですね」


---だから逆に言うと、きっと前作のタイミングだとこの曲は作れなかったんですよね。『odol』があったからこその。


森山「そう思います」


ミゾベ「『odol』のときは斜に構えすぎていたので」


---なるほど(笑)。


森山「レジーさんがライナーノーツに「少年は少しだけ大人になった」ってタイトルをつけてくださったじゃないですか。ほんとにこの通りっていうか、なんでこんなあてはまる言葉があるんだ!みたいな」


ミゾベ「僕ら的にはかなり大人になった気持ちだったし、そもそも『odol』のときも少年だなんて自覚はなかったんですけど。ほんとの大人から見たら、ちょっと大人になったくらいなんだなって・・・(笑)」


森山「改めて「years」を聴くと『odol』の楽曲よりはだいぶ素直に作れたと思うし、そういう意味では少しかもしれないけど大人にはなれたかなと思います」



アンサンブルとリズムへの取り組み


---6曲目に収録されている「退屈」は今年の1月の時点でSoundCloudにアップされていましたが、個人的にはこの曲相当気に入っています。これはどんな狙いで作られた楽曲なんでしょうか。




森山「僕の中で「自分がデモを作って、それを5人でやったら、結果としてこのくらいのものが出てくる」みたいなのがだいぶ見えてきていたタイミングだったので、新しいやり方にトライしようと思って作ったのが「退屈」です。この曲、実は1曲通して3個のコードしか使ってないんですよ。ずっと同じコード進行。で、「今回はこのコードしか使いません」って宣言して、5人でセッションしながら作っていきました」


ミゾベ「だいぶ時間かかったよね」


森山「「years」以外だと一番時間がかかっていると思います。レジーさんも言っていただいていたと思うんですけど、この曲で聴かせたかったのはロックバンドとしてのアンサンブルです。イントロもAメロも全部同じコードなんで、その中で違いを出すために何をしたらいいかっていうのを5人で考え抜きました。そういうやり方で作ったこともあって、それぞれの楽器の絡みみたいなものが強調された仕上がりになったかなと」


---最初に聴いたときに「このリズムの感じすごい!アンサンブルかっこいい!」ってなったんですけど、そこを意識的に作ったんですね。この曲が醸し出している疾走感とか軽やかな感じも、「years」の素朴さと同じで前作にはなかった感触だと思いました。


ミゾベ「高校の頃に森山とやっていたバンドからodolに至るまでBPMの速い曲をあまりやってきていないので、結構新鮮な気持ちで歌いました。歌詞に関しては、「years」が意味に重きを置いているの対して「退屈」とか「綺麗な人」みたいなアップテンポの曲の場合はメロディへの乗り方を重視しています」


---なるほど。リズムに対する取り組みでいうと、「逃げてしまおう」も新境地ですよね。かなりトリッキーなことをやるんだなと。


森山「「逃げてしまおう」は「退屈」とは真逆で、ピアノとドラムとベースは僕が最初に作った譜面から9割がた変わってないです。そういう意味では、バンドっぽくない曲ではあるかもしれないですね。2人(ベースのShaikh Sofianとドラムの垣守翔真)には「完コピしてくれ」ってお願いしたのでかなり苦労してもらいました。途中で「リズムの取り方が違う!」ってちょっとけんかになったりもしたんですが(笑)、最終的にはそれぞれの体にちゃんと入っていきました」


---最近はヒップホップにしろジャズにしろ複雑なリズムを刻む曲がいろいろありますが、そのあたりを意識したりはしていたんですか?


森山「むしろ逆で、この曲は仮タイトルが「ジャズじゃないよ」だったんですよ」


---(笑)。


森山「ジャズっぽく聴こえる和音とかリズムを使っていたんで、それをジャズっぽく弾かれたらダメだと思ったんですよね。「ジャズじゃなくてロックバンドなんだ」っていう思いは強くありました」


ミゾベ「ノリであの感じになったんじゃなくて、あれでジャストです」


森山「そうだね。リズムの揺れに持っていかれちゃう曲にはしたくなかった。最終的にはああいうトラックにもかかわらずちゃんと歌が入ってくる仕上がりになったので良かったです」



『YEARS』で描かれる「対話」


---『odol』の時のインタビューでは歌詞によく出てくる「花火」という言葉についての話をした記憶があるんですが・・・今回の作品には出てこないですね。


ミゾベ「(笑)。夏の歌が少ないからってのが大きいですけど、避けた部分もあります」


---今まで「花火」って言葉に「永遠に続かない」とか「この時間がもっと続いたらいいのになあ」みたいな意味を込めていて、そういう気持ちを歌詞にすることが多いというお話があったかと思うんですけど、そのあたりのモードは変わったんですか?個人的な印象としては、「終わっちゃう」よりも「でも続いていくよね」という雰囲気を今作全体から感じました。


ミゾベ「そうですね・・・「永遠に続かない」っていうのは自分の中では今でもテーマの一つではありますけど、今回は別のコンセプトがあったので一旦そこから離れようと思っていました。モードが変わったかどうかという点については、前作が下を向いているような、後ろを振り返るようなイメージだとしたら、今回はもっと前向きな意識にはなっています」


---よりポジティブな気持ちに。


ミゾベ「はい。あとは使っている言葉が変わったというか、意味がわからないような表現は少なくなったと思うので、そのあたりのはっきりした感じがポジティブな印象につながっている部分もあるかもしれないです」


---抽象的な表現と具体的な表現のバランスは以前から気にされているところだと思うんですけど、今回はやや具体に寄せている感じがします。


ミゾベ「『odol』のときは難しい言葉、すぐには意味が分からないような言葉、あとは誰も使っていないような表現がかっこいいと思っていたんですよね。「飾りすぎていた」ってタイトルとか誰も使ってないと思ったし、これまではそういうのを探していたんですけど、今回は「誰しもが使っている言葉でどれだけオリジナリティを出せるか」というところを一番意識しました。抽象的に言ってもうまく伝わらないというのがわかってきたので」


---なるほど。今のお話ともつながるかもしれないですが、『YEARS』で歌われている言葉は『odol』のときよりも相手がいるというか、対話している感じのものが多い印象があって。「years」の<あの日からのこと話させてよ>とか、「逃げてしまおう」の<君の話を聞かせてみて>、「17」の<今だけは言葉も海に投げよう>も普段は喋っているからこのタイミングでは喋んなくていいみたいなことなのかなとか。前作の言葉は、どちらかというと全体の風景を描写するような・・・


ミゾベ「そうですね」


---で、今回はフェイストゥフェイスというか、人と人との関係によりフォーカスしているような気がしていて。マクロな視点からの言葉か、それともミクロな視点で綴られた言葉かっていうのが結構違うと思うんですけど。


森山「「対話」っていうテーマは、確かにこの作品の真ん中にあることかもしれないです。最初は気づいていなかったんですけど。自分と誰か、僕らと自分、そういう関係性の中にある会話みたいなものがすごく大事で、『YEARS』では一貫してそういうことが描かれているように思います」


ミゾベ「1曲目の「years」の一番強い表現が<話させてよ>で、最後の曲の「夜を抜ければ」の一番強い表現が<話をしよう>になっているので」




---ああ、ほんとだ。


ミゾベ「意味合いは結構違うんですけどね。<話させてよ>は例えば僕が親に言っている感じで、<話をしよう>は親から僕に声をかけてくれているというか。『odol』のときは<○○しようよ>みたいな自分の要望を表現する歌詞は入れたくなかったんですよね、何となく安易な聴こえ方をするんじゃないかなという不安があったので。ただ、「逃げてしまおう」の歌詞を書いているときに、「自分の気持ちは入れない」みたいな形で表現を縛っていると結果的に何も言えなくなっちゃうなって思ったんですよね。そこから、今まではチープだと思っていた表現をいかにチープに聴こえないように使うか、というように意識が変わりました」



今の時代にロックバンドを続ける意義とは


---今回の『YEARS』は皆さんにとっても自信作なんじゃないかと思うんですけど・・・


森山「はい」


ミゾベ「自信作です!」


---(笑)。そのうえであえての質問なんですが、今回のアルバムでここはやり足りなかったとかもっとこうしたかったとか、そういう部分はありますか?ここでバンドが解散しちゃうわけでもないですし、そういう思いがこの先の作品につながっていくのかなと。


ミゾベ「僕は・・・このアルバムができた後、森山がメンバーみんなに「ほんとにやりつくしたか」みたいなことを確認したんですけど、そのとき全員が「やりつくした、死ぬ気で120%出した」って答えていたんですよね。それは僕も同じで、たとえばアコギを入れてみるとかストリングスと一緒にやるとか7分の曲を作るとか、やってみたいと思ってまだやっていないことというのはいくつかあるんですけど、少なくとも『YEARS』に関してこうすべきだったとか、『YEARS』を踏まえてこんなことをやりたいみたいなことは、今時点では正直ないです」


---なるほど、出し切ったと。


ミゾベ「きっとまた1か月2か月経ったら違うと思いますけど」


---森山さんはいかがですか。


森山「このアルバムは超自信作なんで絶対みんな聴いた方がいいと思っているんですが(笑)、レコーディングが終わって、ミックスも終わって、完成しましたってなった瞬間に「違うんだよ!」っていう感情が湧いてきちゃったんですよね、実は。完成しちゃったことが悔しいというか・・・完成するまではてっぺんがないけど、完成したらそこで終わりだから。過去の作品を後から聴くともっとできたみたいに感じることってあると思うんですけど、今回はそれができた当日に来ちゃったんですよね。『odol』を作った後の「やりたいことがどんどん増え続けている」っていう状態が今はもっと加速していて、やっていることが考えていることが追い付いていない感じです。次はもっとすごい作品作ります」


---今後に向けて、今現在の興味関心でいうとどのあたりにありますか。


森山「これはバンドとしてというよりは僕の個人的な話と言った方が正しいかもしれないんですけど、僕らは「5人のアーティスト集団」じゃなくて「5人組ロックバンド」だと思っているんですが、なんで「自分たちはロックバンドで音楽をやろうとしているんだろう?」っていうのが・・・「本当に一番やりたいことにはロックバンドというフォーマットが最適なのか?」ってことについては正直まだ自覚的にはなれていないなと思っていて。もちろん楽しいからやっているんですけど、それだけじゃなくてちゃんと言語化できたらもっと面白いものができてくるんじゃないかと思っていて。結局ロックバンドって何なんだ?って話なんですけど、そういう根本的な話から何か新しいことが生まれてくる気がしていて。そのあたりはもっと考えていきたいと思っています」


---「ロックバンドであることの意味」っていうのは、今の時代にバンドをやっている人たちみんな考えざるを得ないことなのかなと思います。今はギターがなくても曲は作れるし、ひとりで作ったものをネットにアップすれば発信もできるし、そういう形で世の中に点在している音楽の中にもかっこいいものはたくさんありますよね。そんな中であえて5人集まって楽器を鳴らして、スタジオ借りて練習して、ライブハウスとってライブやって、っていう一連の流れに何の意味があるのかとか。あまり好きな言葉ではないんですけど、「コスパのいい音楽」ではないですよね、ロックバンドって。


森山「はい」


ミゾベ「それはよく話します」


---「別に音楽やりたいだけならバンドじゃなくても良くない?」って言われたときにちゃんと返答できるバンドかどうかっていうのはこの先すごく重要になってくる気がしていて。それこそ、森山さんは自分で曲を作れるし、ミゾベさんだって歌えるし、もしもバンドがなかったとしても音楽をやることはできるじゃないですか。それでもやっぱり、ロックバンドでありたいっていうのはあるんですかね。


森山「・・・本音ではわかんないんですよ。だからそこをちゃんと考えていきたい。5人でいること自体は楽しい、じゃあその5人で表現する活動をしよう、っていうときに、たとえばDJ集団だったらどうなんだとか。たぶんみんなが本気でやっていればそれも楽しいと思うんですよね。ただ、今5人がロックバンドを選んでいるというところには何かしらの理由があると思っているので。そこを探って、音に落とし込んでいきたいですね」


---わかりました。では最後に、今回のアルバムや今後に向けて、意気込みや言い残したことがあればお願いします。


ミゾベ「これの次の作品はもっとすごいものを作らないといけないから大変だ、と思うくらいのアルバムができたと思っているので、たくさんの人に聴いてもらいたいです」


森山「『odol』と『YEARS』も結構違うと思うんですけど、この先も「前の作品を少しバージョンアップした」みたいなものを作るつもりはないので、またしばらくしたら新しいodolをお見せできると思います。それまで『YEARS』を聴いて、期待して待っていてください」


---今後の活動も楽しみにしています。ありがとうございました。


2人「ありがとうございました!」



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司会者「インタビューは以上になります」


レジー「今回のアルバムほんとにいいからね。2人ともほんとにいいのができた!って感じだったけど、そこに嘘偽りはないと思います。特に面白かったのは最後の話題かな。なぜロックバンドをやるのか?っていうのは哲学的な問いだけど、ぜひそこに何かしら決着をつけてそれを作品にアウトプットしてほしいですね。改めてお2人ありがとうございました。なかなかライブ行けてないので近々行きます。今回はこんな感じで」


司会者「わかりました。次回は」


レジー「インタビュー企画もう1バンド残っているのでそちらで。お楽しみに」


司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」


水野良樹(いきものがかり)ロングインタビュー:国民的グループを引っ張る「面白さ」と「葛藤」を語る

司会者「前回予告した通り、ここからインタビュー記事を連発でお送りします」

 

レジー「はい。今回は今年メジャーデビュー10周年を迎えたいきものがかりのリーダーにしてソングライターでもある水野良樹さんの単独インタビューをお届けします」

 

司会者「まさかの大物」

 

レジー「ね。ほんとに出ていただけるとは」

 

司会者「経緯を説明していただけますと」

 

レジー「水野さんのことはもちろん「いきものがかりでヒット曲をたくさん書いている人」っていうイメージがありつつ、どうもこの人は腹の奥の方に何か秘めてるんじゃないかってのを昔から気になってて。「クリスマスの約束」での発言にもそういうのいろいろあった気がするし、あと僕のその思いが深まったのはこれ」

 

かっこいい風な・・・「ロッキング・オン・ジャパン」とか、あの・・・高校生が目指すような、「フジロック」とか、ああいうのにすごいコンプレックスもあるし、すごいライバル心を持っているんですけど。「なにくそ!」って思ってる部分もあるんですけど。

 

司会者「4年前のテレビ番組「ゲストとゲスト」ですね。自分のコンプレックスみたいな話題での発言でした」

 

レジー「これ見て、やってる音楽とのギャップに驚いて。「なんだそれは」とか、その一方で「なるほど」とかすごくいろんな気持ちがわいたんだよね。で、そういうひねくれてるというか何か抱えてる感じだったり、それに水野さんとは年齢もかなり近くて大学も一緒だったからどこかでニアミスしてる可能性もあったりして、そういう共通点も含めて勝手にシンパシーを感じてたんですよね」

 

司会者「2014年に行われたトークイベント「ポスト『J-POP』の時代――激変する音楽地図とクリエイションのゆくえ」にも行きましたね」

 

レジー「あのときは水野さんが『ソーシャル化する音楽』とか『初音ミクはなぜ世界を変えたのか』とか当時出た音楽関係の本の内容について喋ってて、そういうのにも触れてるんだ!と。で、流れでツイッターでつながったりもしていつかどこかでお話ししたいなーと思ってる中、先日ロッキング・オン・ジャパンにいきものがかりのインタビューが出てたんですけど」

 

司会者「「無私性を貫いているいきものがかりはロック」みたいな趣旨でした」

 

レジー「乱暴にまとめるとね。そのインタビュー読んで、何かもっと掘り下げることができるんじゃないか?と思って、僕が考えていることや聞きたいことをダメもとでぶつけてみたら・・・という感じでこの記事に至ります。本当にありがとうございました。前置きはこのくらいにしたいと思います。今回のインタビューでは、先ほど出てきた「無私性」を貫いていることの意味やそれをやりぬくために感じていることなんかを掘り下げつつ、同世代としての音楽話をしたりもしました。あまり他のメディアには出ていないような内容もあると思うので、長いですがぜひじっくり読んでいただきたいなと思います。それではどうぞ
 

 
ikimono2016_2

 
 

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いきものがかりが「J-POP」と歩んだ10年間

 

---お会いしたかったです。

 

「・・・なんか緊張しますね()

 

---僕も珍しく緊張してます()

 

「文章は拝見させていただいてます。よろしくお願いします」

 

---こちらこそよろしくお願いします。まずはメジャーデビュー10周年ということでデビュー当時のことを振り返っていただきたいんですけど、10年前の時点ではいきものがかりというグループがどうなりたいと考えていたか、そしてそれが今実現しているか、みたいなことからお話しいただきたいなと。

 

「そうですね、ちょうど10周年ということもあって「デビューしたときにどこまで先が見えていたのか?」みたいなことはよく考えるんですけど・・・実際のところ、そんなに見えてはいなかったですね。とにかく目の前のことに精いっぱいだったし、何か言語化できるようなビジョンがあったわけでもないというのが正直なところです。ただ、「お客さんを選ぶようなグループではないだろう」ということはデビュー当初から3人ともすごく感じていました。もともと僕らはテレビで流れているようなヒットソングを聴いて育ってきていて、周りのバンド仲間みたいにマニアックな音楽を知っているわけでもない。だから、「音楽好きに好かれる」とか「特定の世代やグループにものすごく刺さる」みたいなことは難しいと思っていたんですよね。それよりは万人受け---という言葉が正しいかはわからないですけど、広くいろいろな人に聴いてもらえるものを目指すしかないだろうと。そういう考えに至ったのは、僕らの音楽活動が路上ライブから始まっているのも大きいかもしれないです。それぞれ用事があって道を歩いている人たちにたくさん振り向いてもらうためには、基本的には幅広い人に届くものをやるしかなかったので」

 

---なるほど。僕は81年生まれなので82年生まれの水野さんとは同世代と言っていいと思うんですけど、僕らが中学生高校生だった90年代、つまり水野さんが路上で活動し始めた頃って、ほんとにみんなが音楽聴いていたじゃないですか。短冊のシングルCDを学校帰りに買って。

 

「はい、わかります」

 

---その当時といきものがかりがメジャーデビューした2006年だと、すでにだいぶ様子が変わってきていたと思うんですよね。「みんなが聴く」みたいな概念ってその時点でかなり形骸化していたような印象があって。そういう中で、「お客さんを選ばないで広く届ける」みたいな方向を目指したというのは、今思えばあえて道なき道を進もうとしているようにも感じるんですけど・・・

 

「そんなに果敢な感じではなかったんですけどね()。確かに、大学に入学した頃、2000年代に入ったあたりから音楽を聴く人の趣味がどんどん分かれていっているなという肌感覚はありました。そういう環境において、すごく簡単な言い方ですけど「個性豊かな音楽」を目指している人たちが多いなあと。で、自分たちが何とか生き残っていきたいと考えたときに、「あ、真ん中が空いてるな」って何となくですけど思ったんですよ。「みんなが聴くもの」っていうフィールドが実はすごく空いていて、そこでしか僕らが生き延びることはできないだろうな、ということは漠然とですが考えていました」

 

---結果的に、そういうことをやれている数少ないグループになりました。

 

「・・・でもほんとに、インディーズのころライブハウスでやっているときも変な感じで見られていましたからね()。ライブハウスに出ている人たちのほとんどが「自分はどれほど他と違うか」っていうことを主張している中で、「J-POP好きです」とか「みんなが歌う歌が好きです」みたいなことを無邪気に言っていたから、周りからは白い目で見られるようなこともありました」

 

---そういうことがあってもスタンスを変えるようなことはなかったんですね。

 

「そうですね、メジャーデビューするときも「泣き笑いせつなポップ3人組」ってキャッチコピーでしたし・・・ライブハウスに出ていた時代は、自分たちのやり方に対して根拠のない自信がありました。実際それでお客さんも集まっていましたし。しかも、そうやって来てくれるお客さんの多くが「ライブハウスに来たことのない人」だったんですよね。路上ライブで気に入ってくれて、僕らを見るために初めてライブハウスに足を運んだ人だったりとか。ライブハウスに日常的に通うようないわゆる「音楽好き文化」の外にいる人たちが来てくれているというのは大きな自信につながったし、そういう人たちの心を掴み続けることができれば自分たちにもチャンスがあるんじゃないか、みたいなことは当時から思っていたような気がします」

 

---10年間、メジャーデビュー前も含めるともっと長い期間、水野さんは「J-POP」という旗印を掲げているわけですよね。この言葉を発することに関して、周囲の捉え方もその間でだいぶ変わってきているんじゃないかと思うんですけど。

 

「うーん・・・どうだろうな・・・でも確かに、みんなちょっと肯定的になってきているんじゃないですかね。デビュー前後はさっき言ったみたいに「何か変だよね」って思われていたのが、今となっては取材とかで「ずっとJ-POPって言い続けていましたよね!」なんて褒めてもらえるので()

 

---()

 

「「その気概が素晴らしい!」みたいな()。同じことを言い続けてきて、時代のあり方や皆さんの感覚が変わってきて、いつの間にかプラスに捉えてもらえているようになったという気はします。あまりにシーンがバラバラになっちゃったからこそ、それを総括する言葉というか、真ん中を示す概念が求められていたりはするんじゃないでしょうか。実際にそれが本当に「真ん中」なのかはわからないし、そういう意味でJ-POPなんて言葉はファンタジーでしかないと思うんですけど」

 

---ファンタジー・・・確かに。

 

「その「ファンタジー」を期待されている感じはします」

 

---2000年代半ばだと「J-POP」って貶し言葉のひとつだった気がするんですよ。ダサい音楽の総称、みたいな。

 

「はい、そうだと思います」

 

---最近だとロックバンドの曲を褒めるときに「J-POPとして成立する」みたいな表現がよくあります。というか僕もたまに使っちゃうんですけど。

 

「なるほど、ポジティブな意味合いで使われているんですね」

 

---さっき水野さんがおっしゃっていた通り、細分化されすぎたがゆえにその境界を飛び越える音楽の価値が上がっているんですよね。で、そこに正面から向き合っている人たちは今実は少ないから、それを「J-POP」というある意味最も一般的な言葉とともにやろうとしているいきものがかりというグループが妙にオリジナルな存在に見えていると。

 

「妙に()。確かにそうなっちゃいましたね」

 

 

時代を相手にする、現象を起こす

 

---先日NHKで放送されていた「MJ Presents いきものがかりの10年がかり」(16320日)で「風が吹いている」を作った時のドキュメンタリー映像が流れていましたが、あの曲に関する水野さんの「時代を相手に曲を書いた」って言葉がめちゃくちゃかっこいいなと思ったんですけど・・・

 


 

()。かっこつけちゃいましたね」

 

---その「風が吹いている」にせよ「ありがとう」にせよ、大きいタイアップがついた楽曲を書くことで、「広い世代に届く音楽を作る」というデビュー当初からうっすらと考えていた自分たちの立ち位置を改めて自覚していく、もっと言うとその役割を引き受けていくというような流れがあるのかなと思うんですけど、そのあたりの意識の変遷とかがあれば教えてください。

 

「デビューからしばらくして、自分たちの楽曲が世間に浸透していくという経験をしていく中で視野が広がっていっている部分はあります。今言っていただいた2曲より前の楽曲でも、たとえば「じょいふる」は「カラオケで若い女子社員がこの曲で騒いでいる」「それを見た上司が“今はこんな曲が流行っているのか”と知る」みたいなシーンとか、「渋谷のビジョンでバーンと流れる」みたいな光景をイメージしていたんですよね」

 


 

---なるほど。

 

「で、あの曲はわりとそのイメージ通りになったんですよ。運動会で流れたり、カラオケで歌われたり、踊りを真似する人が出てきたり。あとは合唱曲として作った「YELL」という曲も、それに青春をかけている合唱部の皆さんの熱さに接していろいろ感じるものがあったり。そういうふうに「歌を通じて現象を起こす」みたいなことってできるんだな、ということを思うようになっていった中での「ありがとう」であり「風が吹いている」なんですよね。で、「風が吹いている」については、2011年に震災があって、社会全体がのっぴきならないものになっていて、しかも世の中の人たちの意見がまあ一致しない状況が続いていて、そんな中で2012年にオリンピックが来てしまうと。「オリンピックを盛り上げよう」っていう人がいる一方で「そんなことをやっている場合じゃない」っていう人もいる、そんな中でオリンピックのテーマソングをどうやって作るべきか?って考えたときに・・・単なるタイアップソングではなくて、2011年や2012年の社会の空気感を10年後20年後にもちゃんと伝えられるものを作りたいと思ったんです。そういう意味で「時代を相手にする」っていう言葉を使ったんですけど、きっとこういう機会はこの先1回あるかないかだと思っていたのでかなり気負って作りました」

 

---あの曲が書けたことによってだいぶ・・・

 

「んー、書けたかどうかは・・・()。いまだにわかんないんですよね。あの当時感じていたのは半分達成感で半分挫折感というか、「自分が思っていたほど世間には刺さらなかったかもしれない」「でも刺さらなかったわけでは決してない」っていう。そのくらいの感じがもしかしたらリアルなのかもしれないですけど」

 

---僕は2014年の国立競技場のイベント(「SAYONARA国立競技場 FINAL WEEK JAPAN NIGHT DAY1 Yell for Japan」、14528日)で「風が吹いている」を聴いたときにものすごく感動した記憶があります。いろいろなものを背負っている感じが伝わってきました。

 

「ありがとうございます」

 

---あと全然関係ないですけど、僕の妻の父70歳がカラオケであの曲を歌うと言っていました。

 

「あ、ほんとですか()。そういうのはすごく嬉しいですね、70代の方って自分とはたぶん価値観が全然違うはずだし、そういう人の好みや感情に結びつくのはとても嬉しいです」

 

 

90年代思春期組の音楽昔話、そして「音楽に疎外される」体験がもたらしたもの

 

---さらに昔の話になるんですけど、水野さんが路上で歌い始めたきっかけって何だったんですか?

 

「これはね・・・暇だったからです()。部活が盛んな高校に行っていたんですけど、まずそこであぶれてしまったんですよね。で、僕は音楽好きだったからバンドやりたいと思って実際にやってもいたんですけど、ちょうどゆずさんが売れてきたタイミングで、どうやら路上ライブが流行っているらしいというのを知って。それで山下(穂尊、ギター&ハーモニカ)とやってみようという話になりました。それで実際にやってみたら、女子校のある駅だったから女子とも仲良くなれるし・・・()

 

---最高ですね()

 

「そういう感じの、よくある高校生的なきっかけですね。ただ、半年くらいやっているうちに、周りの人たちも同じようなことをやっているのがちょっとつまらなくなってきて。自分たちもそうだったと思うんですけど、みんな「もてたい!」っていう同じ顔をしてるから()。それで何かないかなって考える中で、女の子が真ん中にいたらお客さんが増えるんじゃないかと思って今の編成になりました」

 

---なるほど。で、もっと遡ると、そもそも水野さんが音楽の道を志すきっかけとなったのが、ボニー・ピンクの「Heaven’s Kitchen」を聴いたときなんですよね。

 


 

「そうなんですよ、ボニー・ピンク大好きでした。特に「Heaven’s Kitchen」が好きで。うまく説明できないんですけど・・・すごく異色に見えたんですよね。「どんなジャンルで」とか「ルーツがどう」とか全然知らなかったんですけど、とにかく衝撃を受けて。もっと上の世代の人がビートルズを聴いて興奮した、みたいなことに近いと思うんですけど、あれを聴いてこういうかっこいい人になりたい!っていう無邪気な気持ちを持ちました」

 

---あの曲はトーレ・ヨハンソンが関わっている作品でしたよね。トーレ・ヨハンソン起点で他のものを聴いたりは・・・

 

「全然しなかったですね()。何でだろうな・・・たぶんなんですけど、当時僕は「月刊歌謡曲」を毎月買っていて」

 

---コード譜が書いてあるやつですよね。僕もよく買ってました。

 

「本質的に歌うことが大好きなので、あれを見ながら当時のヒット曲をギター弾いて歌ったりしていたんですよ。玉置浩二さん好きだからよく歌っていたし、自分一人でやる分には何やっても恥ずかしくないから、安室奈美恵さん歌ったり。もちろん「Heaven’s Kitchen」も。そういうことをするのが好きだったから、洋楽に行かなかったっていうのはあると思います。英語よくわかんねーって()

 

---トーレ・ヨハンソンに絡めて話すと、僕当時スウェディッシュ・ポップ大好きで、彼がプロデュースしていたカーディガンズを結構追いかけていて、初めて一人でライブハウス行ったのがカーディガンズの来日公演だったんですよ。僕の行っていた中学と高校は海外もの聴いている人が結構いて、そのコミュニティで情報交換とかCDの貸し借りとかをしてました。オアシスとブラーがすごく売れているタイミングだったり、レディオヘッドを教えてもらったり。

 

「・・・すごい世代が近い感じしますね、出てくる単語が()

 

---()。あとは海外のバンドじゃないですけど、ハイスタもそういう流れで知ってよく聴いていました。何が言いたいかというと、さっき水野さんがおっしゃっていた「テレビで流れているようなヒットソング」ではない音楽の世界にぐーっと入っていくタイミングが僕はあったんですけど、水野さんはそういう感じではなかったってことですよね。

 

「結局そうはならなかったですね。なんなんだろうな・・・なんか行けなかったんですよね。行けなかったっていうのは、僕の高校はバンドも盛んだったんですけど、ケムリとかスネイルランプとかそういうのをやっているバンドがあって」

 

---当時はメロコア全盛の時代ですよね。

 

「はい。いわゆる「音楽好き」と言われている層の子たちが、文化祭のライブでメロコアを主にやっていたんですけど」

 

---ちょっとカースト上めの・・・

 

「そう!()。そうなんですよ。で、何て言うのかな・・・そこに入れなかったんですよね()。この感じわかります?」

 

---たぶん共有できていると思います、僕も高校でバンドやっていましたけど、ハイスタをコピーするのは気恥ずかしくてなかなかできなかった記憶があります。

 

「で、うちの高校だと確か当時はバレー部とかが主軸になっていて、みんなでこう、わいわいがやがやなるわけですよ。体育祭とかで中心にいて、「うちの高校素晴らしいよね」なんて言っている感じの・・・」

 

---()

 

「そんな空気がある中で、僕もバンドやってたんですけど・・・バンドのメンバー同士で、「俺らは野党だな」と言い合っていて()。それで誰もビジュアル系とか聴いてないのにビジュアル系のバンドの曲をコピーして、それでビジュアル系好きな女の子の気をひいて、何とか校内での地位を掴みたい!とかっていうモチベーションのよこしまな奴らばっかりで()

 

---高校生っぽいエピソードだなと思います()

 

「・・・ただ、当時まだこの言葉はなかったですけど、いわゆる「リア充」的なノリ、きっとそれが今で言う「フェス文化」みたいなものにつながってくるところもあると思うんですけど、そういうムードにどうにも馴染めなかったのは高校生なりにちょっと寂しかったんですよね。そこで流れている音楽とかそこで醸し出されている空気とかが、自分の何かを代弁してくれている感じが全くしなくて。勘違いかもしれないけど、「音楽に疎外されている」っていう気持ちになったんですよ。この体験は僕にとって結構大きくて」

 

---なるほど。「音楽に疎外される人を作りたくない」っていう想いが今はある。

 

「「音楽に疎外された」ってあの時感じたことが、ポップな音楽に向かっていく大きな理由になっていると思います」

 

 

メッセージを書かなくても影響力を持ち得る -- 「歌」が「個人」を超える可能性

 

---ボニー・ピンクを聴いて音楽やりたい!と思った時は、やっぱり自分の思いのたけを表現したいという気持ちが強かったんですか?

 

「そうですね・・・思春期だったこともあって、「音楽で何か主張をしてやろう」「自分の表現をやってやろう」っていう気持ちがすんごい強かったですね。10代の子が考えがちなことなんでしょうけど、「音楽で自分の気持ちを表現して、今流行っているものを壊してやるんだ」と思っていました」

 

---そんな水野少年の考え方が、「自分たちの音楽は器でいいんだ」というように変わっていった背景にはどういういきさつがあったのでしょうか。一言では言えないと思うんですが・・・

 

「何なんですかね・・・()。「コイスルオトメ」っていう曲が一つの転機になっているとは思うんですけど」

 

---3枚目のシングルですね。

 

「そこまで深い考えもなく女性ボーカルを入れて活動し始めて、最初は音楽を通して自分の気持ちを表現しようと思っていたのに、歌う人が性別も考え方もキャラクターも全然違う。これだと自分の想いを表現できないかもしれない、じゃあ本来やるべきことはこのグループじゃないんじゃないか・・・みたいなことを思っていた時に、事務所のスタッフさん、いわゆる大人たちから「女性ボーカルなんだから、恋の歌も作ってみなさいよ」って言われたんですよね。それで、ほとんどやさぐれながら・・・()

 

---()

 

「じゃあ歌詞はそういうものにしよう、だけど曲に関してはJ-POPの定型的なものを踏まえつつもかつて自分が「Heaven’s Kitchen」に感じたようなものを出そう、そう思って作ったのが「コイスルオトメ」です。そうしたら、自分とは住んでいる世界の全然違うはずの女子高校生が「なんで私の気持ちがわかるんですか?」とか「彼氏のことを思い出した」とか、とにかく自分の話をし始めたんですよね。「コイスルオトメ」っていう曲が、この人たちがまだ誰にも話していないような胸の奥にある感情とつながっている、そう考えたらすごいなと思って。「自分が自分が」って気持ちで曲を作らなくても、自分の書いた曲と聴いている人の秘密にしていることがつながってしまう、これはとてつもないことなんじゃないか?って考えるようになったんですよね。たとえば恋愛じゃなくても、誰かが家族を思う気持ちってその人だけのものじゃないですか。そんなパーソナルな物語に、場合によっては1万人、10万人、100万人ってつながっていくことができたらとんでもない影響力になると思うし、自分個人のメッセージを曲の中にがっつり書き込むよりもよっぽど強いものなんじゃないか。そんなことを考えていたら、それがどんどん面白くなっていったというか」

 

---なるほど。

 

「仮に音楽を通じてメッセージを伝えようとして何とかそれが伝わったとしても、そこから実際の行動につながるかというとまた別問題じゃないですか。ただ、その音楽がもっとナチュラルな形で人々の近くに存在したら、その人たちの価値観やアクションにより強く影響を及ぼすんじゃないかと思うんです。自分のメッセージを込めない、それでも自分が曲を作る意味はあるんだろうかとかってことは今でもよく考えるので、その過程で自分なりに理論武装するんですけど・・・たとえば「上を向いて歩こう」って、何でもない曲としていろんな人のすぐ近くにありますけど、あの曲は人々の価値観に知らないうちにものすごく大きな影響を与えていると思うんですよ。あれを通じて「上を向いて歩く」ということがいつの間にかポジティブな行為として認識されているし、もはや誰もそれを疑っていない。それってとんでもない影響力だなって」

 

---確かにそうですね。

 

「そういうことができてしまうのが「歌の可能性」なのかなって思っているんですよね。「世界が、社会がこうなってほしい」というものがぼんやりあったとして、それを実現するために僕の場合は歌を作るのが一番の武器ではあるんですけど、そのときに「こうなってほしい!」っていうのを直接書くんじゃなくて聴いてくれる人がいろいろな感情をためることのできる器を提供する、それによって人々の意識が変わっていく、そういうことができたらいいなと」

 

---「強い色」というよりはどちらかというと「無色透明に近いもの」を出すことで、それがどこにでも存在できるようになるし、結果としていろんな人とつながっていけると。

 

「そう思っています。あとは今の話とも関係しますけど、メッセージを強く打ち出してしまうと、分かり合える人としか分かり合えないってことになりますよね。仮にですけど、僕のことを殺そうとする人がいたとして、やっぱりその人のことを僕が好きになるのは難しいと思うんです。これって「個人の限界」だと思っているんですけど、今の時代って分かり合えないことばっかりだから下手するとほんとに殺し合いが始まっちゃうわけで、この状況をどうやって超えていくかっていうのはすごく大事な問題なんじゃないかなと。で、僕の場合は歌を作るわけですけど、「水野は嫌いだけど「ありがとう」は好き」っていうパターンはあり得るわけですよね。これは僕にとっての希望というか、「個人と個人では分かり合えなかったけど音楽を介せばつながれる」っていうことには大きな意味や可能性があると思っているんです。そう考えたときに、自分と誰かの間に立ってくれるものまで自分色に染めてしまうと「分かり合えない人とは永遠に分かり合えない」ということになっちゃうので、それじゃつまらないなと。半分言い訳もありますが、そういう気持ちで曲を作っています」

 

 

「自分を出さない」ことへの葛藤

 

---とても納得感のあるお話で、水野さんの問題意識もよく理解できました。ただ、揚げ足を取るようで恐縮ですが、今のお話の中で「理論武装」や「言い訳」という表現を使われていましたよね。やはり水野さんとしては理論武装や言い訳をしないといけない何かもやっとしたものがあるんでしょうか。もしくは、自分の気持ちを思いっきり出したいという気持ちもまだあったりするんですか。

 

「あの・・・ないことはないですね()。「曲を作るのに自分を出さない」っていうのはある意味矛盾している行為だから。そういう矛盾したことをやるのって、結構苦しいんですよ。それに、やっぱり普通にやっているとどうしても自分が出てきちゃうわけで、自分を捨てる方がよっぽど難しいというか」

 

---なるほどなるほど。

 

「吉岡(聖恵、ボーカル)ともよく話すんですけど、彼女は「自分じゃない人が書いた曲を」「自分の気持ちを込めるのではなく、その曲に書かれた物語を表現するために歌う」ということに対しての難しさや苦悩を感じているんですよね。で、それは俺も同じだよと。歌を作る、でもそこに自分のメッセージを入れないっていうことに関して、自分自身必ずしも割り切れているわけではないんです。ただ、これは何の根拠もない話なんですが、そういう矛盾の中にいることが強い作品を生み出すことにつながるんじゃないかなとも思うんですよね。タイトなリズムよりも走っている方がいい演奏になったり、バラードでもプレイ自体は激しい方が聴く人の印象に残ったり、いくつかの矛盾が解決したときにこそいいものができると信じていて。だから・・・そもそもは自分の表現をしたい、個人の思っていることを見せたいって思っていた人間が、何の因果か全然違うチャンネルを持ったメンバーに出会ってしまって、それでも何だかんだ言いながら一緒にやっているっていうのは、「そういう矛盾を乗り越えていいものを作りなさい」っていう天の思し召しみたいなもの---別に宗教をやっているわけじゃないんですけど、そういうことを言われているのかなと思っています。まあそう考えてやってはいるんですけど、すげー苦しいし大変です()

 

---先日関ジャニ∞の番組(「関ジャム 完全燃SHOW」、16313日)に出演されていた際に、同世代、かつ近いエリアで活動していた存在、そして「あの人たちには勝てないな」と思った存在としてRADWIMPSのことを挙げられていたじゃないですか。ラッドの野田(洋次郎)さんの表現って、内面から出てくるもの全てを表現として叩きつけるような・・・

 


 

「まさにそうですね」

 

---そういうことをやっているRADWIMPSといきものがかりは真逆のアプローチをとっていると言えると思うんですけど、本当はああいう表現をやってみたいというような気持ちは今でもあるんですか?

 

「ないわけじゃないですけどね・・・ただ、それをやるのはいきものがかりではないなと思います。それに、RADWIMPSと僕らは真逆のことをやっているようにも見えますけど、10年経ってみて考えると本質的なところではつながっている部分もあるのかなと思っていて」

 

---先日対バンもされましたもんね(「10th ANNIVERSARY LIVE TOUR RADWIMPSの胎盤」、151124日)。

 

「はい。僕たちは自分のメッセージを出さないことで聴いてくれる人とつながろうとしているけど、野田君は自分の「個」を突き詰めることによって他の人たちの「個」の中にあるものとつながっていると思うんですよね。だからアプローチは違うけど目指そうとしていることはもしかしたら大きくは違わないのかもしれないな、とか。同じ山の山頂でばったり出会って、「僕は北から登ってきました。あなたは南から登ってきたんですね」みたいな感じなのかなと思うと、さっき話した割り切ることの難しさを助けてもらえるような気がしているんです。デビュー当初は確かに悩んだ時期もあったんですけど、結局同じことやっているんだよ、って」

 

---なるほど。確かに、聴く人の体験や感情とつながっていくという部分では共通するものがありそうですね。それに先ほどの「上を向いて歩こう」の話ともつながりますが、気づかれずに広まっていった方がもしかしたら与える影響は大きくなるかもしれない。

 

「そうですね」

 

---たとえばですけど、そういう形で悪い考え方を広めることができたら、そっちの方が悪質だったりするじゃないですか。

 

()。そう思います。だから「危険なことをやっている」っていう認識はすごくあります。よく「毒にも薬にもならない」とか言われがちなんですけど---それ自体は別にいいんですけど、実際にはかなり危ないことをやっているんじゃないかなとは思っています」

 

---薬なんだけど薬とは思わずに飲んじゃうみたいな・・・

 

「飲んじゃう。毒薬よりも水の方が飲みすぎると危ない、みたいな話に近いのかなと思います。今の小学校でやっているのかよくわからないですけど、昔は朝の会で「先生おはようございます、友達おはようございます」って挨拶してたじゃないですか。あれだって何の害もないように見えて、実は子どもたちの行動に影響を与えているわけですよね」

 

---無意識に訓練させているようなものですもんね。

 

「訓練ですよね。そういうものって社会にはいっぱいあると思うんですけど・・・僕は今自分の表現に自分のメッセージを直接乗せないようにはしているけど、僕自身は必ずしも客観的な人間ではなくて、言いたいことも思っていることもはっきりあるから。「受け手が気づかないところで何かの意識づけがされてしまう」というのはかなり危険なことだけど、危険であると同時に僕にとっては可能性のあることだとも言えるんじゃないかなと思っています」

 

 

「音楽vs音楽」より「音楽vs“球場”の外にいる人」、そして「J-POPの更新」へ

 

---先ほど「水と毒薬」という例え話がありましたが、音楽の話だと一般的には「毒薬」の方がいろいろな人に持てはやされる傾向はありますよね。そういう空気感に対して、水野さんがフラストレーションを感じているかのような言動をたまに見かけますが・・・

 

 

「そういうポーズをとっている、という部分はあります()

 

---お聞きしたかったのは、最初の方で「音楽ファンみたいな人たちにはあんまり見てもらえないだろうな、というところからいきものがかりは始まっている」という旨の話をされていましたが、やっぱりそうは言っても「わかる人にもわかる」みたいな部分も本音では求めているのかな、というところなんですけどその辺はいかがでしょう。

 

「うーん、まず基本姿勢としては「誰にでもわかってもらいたい」と思っているので、もちろん「音楽好き」というか、ある種のコミュニティの人たちにもわかってもらいたいというのは前提としてはあります。そこにはきっと今のままだと分かり合えないだろう人もいて、だからこそわかってもらいたい、という気持ちもある。ただ、そういうことをすごく気にしていたのは活動期間の前半までですね。最初はすごく気にしていたんですけど・・・だんだんね、どうでも良くなってきて()。これは僕の勝手な感覚なんですけど、僕らがデビューする頃は「自分たちはマイノリティだ」って言っている人の方が多かったような気がするんですよね。そっち側が「メジャーシーン」で、僕らの方が「マイナー」というか。だから、「そういうものに対抗するようなものを作らなきゃ」とか「そういうものを良いという人に評価されなきゃ」みたいな気持ちをエンジンにしていた時期もあったんですが、その「メジャーシーン」だと思っていた場所がだんだん細分化されていくような感じもしたので、そこに対する気負いみたいなものは徐々に少なくなっていきましたね」

 

---4年前のテレビ番組の「ゲストとゲスト」(2012430日)にアンジャッシュの渡部さんと出演されていた際に、水野さんが「フジロックとかロッキング・オンとか、“かっこいいと言われているもの”に対してすごくコンプレックスがある」というお話をされていたと思うんですが。

 

「はいはいはい」

 

---あれを見たのが、水野さんのことを気にし始めたきっかけだったりするんですよね。「この人ほんとは何考えてるんだろう?」と思って。

 

()

 

---そういう気持ちも今となっては多少軽減されているんですか?

 

「だんだん軽減されてきていますね。・・・なぜかそんなタイミングでロックインジャパンに出ることになったんですけど()

 

---それに対して思うところなどはありますか。

 

「いや、特にはないですね。5年くらい前だったらまた違ったと思いますけど・・・現場に行ったら「うわあ・・・」ってなっちゃうような気がしますが()、普段通りやると思います。いろんな経験をして自信がついてきている部分もありますし。それに、今は「僕らの音楽をロックフェスに集まる音楽好きの中でも評価してもらう」とか、そういうことを考えるような状況でもないのかなと思っていて。今の音楽を取り巻く環境って、「厳しい」って言葉以外になかなか出てこないじゃないですか。みんなポジティブに捉えようという努力はしているけど、間違いなく厳しいわけで。昔は大きな球場があって、そこでいろいろな勢力同士が一定のルールのもとに戦っていて、それを見守る観客もたくさんいたのが、今となってはこの球場ごとなくなってしまうかもしれない、みたいな」

 

---確かにそうですね。

 

「音楽と音楽の間でどっちの音楽がもっとこうなったらいいねとか語り合っている間に音楽そのものが文化として必要とされなくなってしまうんじゃないか、やばい!っていうのが今の状況だと僕は思っているので。だからさっきの例えで言うと、いきものがかりみたいなグループは「次の球場をどこに作るのか」とか「球場の外にいる人をどうやってここまで来てもらうか」とかそういうことを考えなきゃいけないと思っているんですよ。だからこそ、別のコミュニティに対するコンプレックスみたいなものが軽減されていったのかもしれないですね。もっと気にしないといけないことが見えてきたというか」

 

---なるほど。まさに今おっしゃっていただいたような、「音楽好き」ではない人にまで含めて音楽を届けようとするいきものがかりのスタンスを評して「J-POPの王道」という言葉を使われることがよくあると思うんですが、水野さんとしては「J-POPの王道」って何だと思いますか?

 

「全然わかんないですよね()。先ほども言いましたけど、J-POPという概念はファンタジーだと思うし、自分たちもそう思いながら「真ん中」という言葉を使っているので。ただ、そのファンタジーを背負える人はなかなかいないと思っているし、願わくばそのファンタジーを更新したいです。なかなか難しいですが」

 

---具体的には、それこそ「上を向いて歩こう」みたいなものを社会に残していくということですかね。

 

「そうですね、そういうことだと思います。「上を向いて歩こう」だって、発表された当時は「王道」って言われるような音楽性ではなかったと思うんですけど、今では日本の音楽のルーツの一つになっていますよね。そういう更新が時代ごとにいくつか行われていて、その集積が今のJ-POPというファンタジーを形作っていると思うんです。だから、自分たちの音楽を通じてそういうことができたら、つまりJ-POPを拡張したり更新したりするようなことができたら・・・まあ大したもんですよね()。それに「上を向いて歩こう」って、当たり前に世の中に存在しすぎていて、もはや音楽として見られてないと思うんですよ。あの曲についてコード進行が云々とかって批評することはもちろんできると思うんですけど、今となってはそういう形で褒める人ってほとんどいないですよね」

 

---なるほど、音楽であることをことさらに主張していないというか。

 

「そういうものになった方が、社会における文化としては絶対強いと思うので。たとえば自分が死んだ後とかにでも、僕らの楽曲がそういう位置づけになればいいなって思っています」

 

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司会者「インタビューは以上になります。何かあれば」

 

レジー「すごく丁寧に話していただいたしこっちもフルパワーで対応したつもりなので基本読んでいただければって感じですね。話のスケールがさすがでかくて刺激的だった。あとは高校時代の話がすごく印象に残ってます。カースト上めの人たちへの斜めな視線が」

 

司会者「そこですか」

 

レジー「いや、でもこれすごいわかるんだよね。「リア充にもオタクにもなれない」みたいな話ってあるじゃないですか。今思い返せば僕の思春期って完全にこれだったんだけど。水野さんが実際のところどうだったかはわからないけど、話しながらそういう温度を勝手に感じたりしていました。その当時の経験が今の立ち位置にも生きてて、でもそのスタンスをとり続けることには苦悩していると。すごく面白かったです。改めて、水野さんありがとうございました。また機会があればこういう場を設けられたらいいなと思っています。というわけで今回はこんな感じで」

 

司会者「わかりました。次回もインタビューですかね」

 

レジー「まただいぶ毛色の違うインタビューをお届けしますのでお楽しみに」

 

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」

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