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2017年01月

SKY-HI ロングインタビュー:新作『OLIVE』について、そして表現者としての覚悟について語る

司会者「予告通りインタビュー企画ということで」

レジー「はい。今回はアルバム『OLIVE』をリリースしたばかりのSKY-HIへのロングインタビューをお届けします」


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司会者「『OLIVE』、評判ですね」

レジー「今回はその『OLIVE』について、あとはそこから派生して制作や表現についての考え方などについてもいろいろ伺ってきました。やはり信念を持っている人の言葉は強いし引き込まれるなあ、と感じっぱなしのインタビューとなりました。まずは読んでみてください。それではどうぞ」


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2016
年、ロックインジャパンでの「リベンジ」

 

---僕が初めてSKY-HIのライブを見させていただいたのが2013年、ロックインジャパンのDJ BOOTHだったんですけど。

 

「あのときですか!あの少ない数の中にいらっしゃったわけですね(笑)」

 

---ちょうどあの頃にSKY-HIという存在、「AAAの人がこんなことやってるんだ」というのを知って見に行きました。で、日高さんのブログとかを見させていただくと、あの時のステージがご自身にとってかなりトラウマというか、わりと苦戦したという印象を持たれているようなんですが・・・

 

「あの・・・記念すべき一日でした(笑)」

 

---(笑)。あのライブがしんどかった記憶は全くないんですが、日高さんご自身はどう感じたんですか?

 

「ライブそのものに関して、純粋に見ていただいた方に「よくなかった」と言われるようなパフォーマンスでは全然なかったと思います。「MCで舞い上がってしまった」みたいなこともなかったし。ただ、ライブが始まる前に待っていてくれた人が極端に少なかったのは・・・悔しかったというよりは、現実を知ったというか」

 

---なるほど。

 

「あの頃はトーフビーツとの作品があったり(注:トーフビーツの2013年のアルバム『lost decade』に収録の「Fresh Salad feat.SKY-HI」)、イトーヨーカドーのCMに出たり(注:2012年のCM「イトーヨーカドー ネットでチェック」。古坂大魔王、dream5の重本ことりと共演)とトピックがあったので、そういうところから興味を持って見に来てくれた人たちをどうやってロックするかっていうゲームプランを考えていました。ただ、あのフェスのお客さんにはそういう人がほとんどいなかったようで、そのプラン通りにはやれなかった。当時は自分に対するムーブメントみたいなものも感じてはいたんですが、それも今思えばヒップホップ畑が9割で、ああいう場所まで届いていなかったいうか・・・これってたぶんSNSをやっているアーティストが陥りがちな話で、「俺はそうじゃない、そいつらとは違う」と思っていたけど実は自分もそこに陥っていたのかもしれない。「自分はまだまだだ」と思っていたところに、「具体的にどのくらいまだまだか」を見せつけられてしまったという感じでした」

 

---そこから3年経った2016年のロックインジャパンで、そのときのリベンジを果たしたと。

 

「そうですね、とりあえずその時の借りは返したかなと・・・(笑)」

 

---パフォーマンス中から手応えはあったんですか?

 

「そのときは感じられました。向こう側から走ってきてくれる人もいたし、ステージを見づらいところにも人がたくさん入ってくれていたし。それでも入場規制がかかったわけじゃないから、まだまだ頑張らないといけないんだけど・・・ジャパン的には「抜擢」という形での出演だったと思うので、その結果ガラガラの惨敗みたいなことになったら自分以外の人の顔にも泥を塗ってしまうという怖さもあったんですが、実はあの日は正直それどころではなくて(笑)。4月にのどの手術をして、その直後に仕事で海外に行ったんですけど、そこが乾燥している地域だったり飛行機での長距離移動があったりして「こういうことをしてこの後歌えるのかな」って精神的に不安になっちゃったんですよね。そこからジストニアみたいになってしまい、話しているときは普通なんだけどいざ歌おうとすると声が裏返ってしまうというような状況が夏まで続いていたんですよ。ジャパンの前日もまだそういう感じだったので、「やばい、これはもう無理かもしれない」と。「3年かけてやっとリベンジの機会をもらったのに、これで明日ダメダメだったらどうする?」って話をスタッフにもしたんですが、そうしたらそれに対して「もしそうなったらまた3年かけてやり直すしかないね」と言われたんですよね。それを聞いて、「あ、そうか。じゃあそれでいいや」って」

 

---ふとしたことで開き直れたと。

 

「はい。そういう気持ちになれたからか、マイクチェックのときから「あれ、わりかし声が出るぞ」となって、本番でも問題なくやれたんですよね。だからあの日は「ジャパンのステージにもう一回立てた」「そこでたくさんのお客さんに見てもらえた」ということ以上に、「声が出た!まともにやれた!」っていう喜びがすごくあって。それに加えて、声が裏返りまくるライブをやっていたのも知っているダンサーたちが同じように一緒にいて戦ってくれている、そういうシチュエーションにも幸せを感じていたり」

 

---なるほど、ご自身の複数の文脈がきれいにリンクしたのがあの日のステージだったんですね。

 

「でした。だから、自分の歴史、「俺史」の中では・・・(笑)」

 

---(笑)。

 

「俺史では結構大切な場面だったと思います」

 

 

SKY-HIのステージのバックボーン

 

---昨年末のライブを2度ほど見させていただいたときに思ったのですが(注:クリープハイプとの対バン@豊洲PITCOUNTDOWN JAPAN)、今のSKY-HIのライブは歌があって、踊りがあって、バンドとダンサーもいて、さらに自分で楽器も弾いて、もちろんラップもあって、とかなりたくさんの要素が盛り込まれていますよね。ああいうスタイルはどうやって生まれたんでしょうか。

 

「大前提として、自分のライブは「至高のエンターテイメント」であり「究極のコミュニケーション」でありたいと思っています。「来てくれたお客さんにそういうものを提示するために」、つまりは「お客さんを満足させるために」って考えていく中でライブのやり方は常に変わっていっているんですけど・・・新しいことを取り入れていくというよりは、自分のDNAとして存在しているものを出していくって感じですかね。逆に言うと、自分のDNAにないものはやらない」

 

---DNAですか。

 

「そう。自分が中学生の時にドラムを始めてバンドやるようになったこととか、ヒップホップ好きになってそこからジャズもソウルもファンクも好きになったこととか、そういうのが結果的に自分にとっての武器になって、それをライブで出していっているって言えばいいのかな。俺、AAAの最初の5年とかって、もらったお金を全部CDやアナログにつぎ込んじゃってたからほんとに貧乏だったんですよね(笑)。でもそのときそうやって聴いてたものが今の自分を作っている部分はあると思います」

 

---なるほど。たとえば海外のアクトとかから刺激を受けたりとか、そういうのはあるんでしょうか。

 

「うーん、(ジャスティン・)ティンバーレイクとかディアンジェロとかにはかなりやられましたけどね。ただそれは単に楽しかったってだけじゃなくて、彼らの音楽的バックボーンと自分のDNAがシンクロしたからこそ魅力的に感じたって部分も大きいのかな。あと自分にとっては、音楽を好きになるのって人との出会いとセットだったりするんですよね。俺の音楽の師匠みたいな人って2人いるんですけど、1人が中学生の時最初にドラムを教わった人で。いきなり俺の前でドラムの教則本を破り捨てたんですよ(笑)。「こんなもんやっててもうまくならない」って言って、ポリスのドラム譜をくれて。そこからストーンズやって、ドゥービーブラザーズやって・・・そういう中で音楽をすごく好きになって、近所のTSUTAYAの「名盤」ってコーナーにあるCDを片っ端から借りてきて、ライナーノーツまでがっつり読み込んだりしてました。もう1人が189歳のころに知り合ったFM YOKOHAMAのディレクターの方なんですけど、この人もまたちょっとネジの外れた人で(笑)、会うたびにCD200枚くらいくれるんですよ」

 

---すごいですね(笑)。

 

「トライブ(ア・トライブ・コールド・クエスト)が好きって言ったら、周辺のネイティブタン関連の音源をくれて、そこまでは俺もわかるんですけど、さらにそのネタもの、同時期にやってた人っていう感じで・・・「僕の持ってる財産をあげるよ!」とかって言って。もちろん他にもいろんなところから影響を受けてるんだけど、直接的な意味での恩師はこの2人ですね。今は全然会ってないんですけど」

 

---ご自身の中で血肉されているものでライブが構成されていると。

 

「うん。だからいろいろやっているけど器用貧乏みたいな感じにならないんだと思いますよ。・・・そもそもあんま器用じゃない、ってことかもしれないけど(笑)」

 

 

OLIVE』で自分と向き合い、嫌いな自分を肯定する

 

---日高さんの音楽的なバックグラウンドとして様々なジャンルの音楽があることは、『OLIVE』を聴かせていただいてもよくわかります。アグレッシブな曲からメロウな曲、R&Bからロックチューンまでかなりバラエティに富んだ楽曲が収録されていますが、アルバム作りに関しては先ほどまでお話しいただいたようなご自身のルーツを自由に発露させた結果として作品ができていくのでしょうか?それとも事前に設計図みたいなものがあるんですか?

 

「あ、そこに関しては完全に設計図です。アルバムを出した後のシングルから次のアルバムの設計図を作り始めるんですけど・・・今回で言うと、「クロノグラフ」を出す段階では今度のアルバムは大きな意味での「別れ」みたいなものを内包する作品にしたいなと思っていました。「クロノグラフ」のことは「別れを愛する曲」と自分では位置づけていて、この考え方は『OLIVE』が持っている「I LOVE」の精神につながっていったと言えるんですけど、決定的に『OLIVE』の方向性が固まったのは次のシングルの「ナナイロホリデー」ですね。あの曲を作っていく過程で、のどの手術なんかもあって「人生半端じゃねーくらい大変だ・・・まじ面倒くせえ・・・」みたいなことを感じつつも(笑)、バンドのみんなやダンサーのみんなと音楽を共有してそれをたくさんの人に手渡すことのできている今は夢の中よりも喜びに溢れているじゃないかって思ったんですよね。その感覚が自分の中に結構しっくりきたので、次のアルバムは「ナナイロホリデー」で終わる、「現実は夢の中なんかより喜びに溢れている」というメッセージで終わるってことが確定しました。で、じゃあそこに到達するまでの「人生めんどくせえ・・・」をどうやってアルバムの中で展開させていこうかな、というところから映画の脚本を書く感じで必要な楽曲を作っていきました。基本的にはアルバムはいつもこういうプロセスを踏んで制作しています。だから俺のアルバムの作り方は「こういう曲を録ろう」っていうよりは「アルバムの6曲目、こういうシーンに該当する曲を録ろう」「その6曲目に続く7曲目を録ろう」みたいな形で進みます」

 

---なるほど。はっきりした青写真が最初にあって、それに基づいてアルバムを組み立てていくと。

 

「はい。ただ、今回は作っている途中で「『タイタニック』で言うところの2人が船上で手を取り合うシーンがないな」と気づいて。つまりリードトラックがないな、ということになって、それで「アドベンチャー」を追加しました。で、それに合わせて「BIGPARADE」の聴こえ方を少し調整したかな。そのくらいですね、最初のイメージから変わったのは」

 

 

---「曲の寄せ集め」ではなくて、明確なコンセプトアルバムになっていることをとても大事にされているわけですね。

 

「今の時代のアルバムってそうじゃないといけない、とは思ってますね。ダウンロード販売にせよストリーミングにせよ「アルバムの単曲のみ」で聴くことがどんどん簡単になっているわけで、「アルバム」というパッケージを聴かせる以上は小説とか映画とかと同じレベルのものを作る責任があるのかなと。映画なら特定のチャプターだけ売るなんてことはないだろうし、小説だって一部の段落だけ売るとかありえないですよね。アルバムも本来はそういうものだと思うから。たまに中学生や高校生のファンの子に「こんなにちゃんと流れのあるアルバムを初めて聴きました!」みたいに言われることがあって、それはすごく嬉しいんだけど、俺にとってはそれが当たり前のことというか。シングルを集めただけ、というようなアルバムには価値を感じないですね」

 

---「流れ」という話だと、個人的には冒頭の3曲の流れがスカッとするなあと思いました。<君が泣いた世界を壊しに来た>という力強いメッセージとは裏腹にメロウで切ない「リインカーネーション」、<全隊進め!>というような進軍ラッパ的な「BIGPARADE」と来て、世の中に対して一発かましてやるという感じの「Double Down」につながると。2016年の活動について日高さんは「今まで自分を無視し続けてきた音楽シーンが少し手のひらを返した1年」なんておっしゃってましたが・・・

 

「(笑)。はい」

 

---そうやって「何かを戦って勝ち取った」みたいなご自身の気持ちがこの冒頭の流れにこめられていたりするんでしょうか。

 

「えーと、「Double Down」単体ではまさにそういう話とリンクしているんですけど、『OLIVE』の中の位置づけで言うと、その3曲は俺とリスナー、あとはリスナーとリスナー自身、俺と俺自身の出会いの導入って感じですかね。映画とかの山場が終盤に来るのと同じで、『OLIVE』のクライマックスはやっぱり「創始創愛」「Over the Moon」から「クロノグラフ」「ナナイロホリデー」って続くラストの流れだと思っていて。で、「創始創愛」では<僕が愛した君が愛した僕を愛してみるよ>とかって言っているんですけど、本当の意味で自分を愛することって決して簡単なことではないと思うんですよ。そこに到達するには、まずちゃんと自分に向き合わないといけない。そのために必要だったのがアルバムの最初の方の楽曲ですね。だから<君に会いに来た>(「リインカーネーション」)とか<さぁ始めようか>(「Double Down」)とかって言葉は、もちろん俺がリスナーに対して語りかけている言葉ではあるんですけど、一方では「自分の中の自分に会いに来た」みたいな意味だったり自分自身を鼓舞するような意味合いも大きかったりします」

 

 

---なるほど。それで言うと、冒頭3曲に続く「Stray Cat」の<孤独もちゃんと向き合えばいつの間にか相棒になった>もまさに「自分と向き合う」という話とつながってきますね。この<孤独>という言葉とも関連するんですが、僕が今回気になったのが<パレード>というワードです。「BIGPARADE」も含めていくつかの曲で使われる<パレード>ですが、パレードって一人でするものではないですよね。孤独と向き合う、自分と向き合うみたいな話がある一方で、必ず誰かが横にいるであろうパレードという行為がフォーカスされていることに何か意味はあるんでしょうか。

 

「あ、それはね、2つあります。1つ目はもちろん俺自身がみんなを先導して、「不良でも優等生でも、殺人犯でも牧師さんでも、俺のリスナーであることには変わりないから、俺に割いてくれた時間に対して責任を持つよ」というような話。そういう俺の器のデカさを示しつつ・・・(笑)」

 

---(笑)。それは想像できました。

 

「で、もう1つは、「いろんな自分を全部連れていこう」って話ですね。たとえば親としての自分がいれば社会人としての自分がいたり、マイナス思考の自分がいれば意外とあっけらかんとしている自分がいたり、いろんな自分がいるじゃないですか。で、やっぱりあんまり好きじゃない、出したくない自分ってのもありますよね。でも・・・その特定の自分だけ認められない、どこかに置いていきたいとかって、その自分がかわいそうじゃないですか」

 

---ああ、なるほど。そういう人格も含めて自分なんだ、と。

 

「そうです。だから<パレード>にはそういう自分も連れていくよ、って意味も含まれています。結局「自分と向き合う」というのと同じ意味合いになりますね。嫌いな自分も含めて救ってあげるのは大変だけど、それをちゃんとやりたかった」

 

 

宗教、覚悟、反骨精神

 

---「現実は夢の中より素晴らしい」とか「嫌いな自分も含めて救ってあげる」とか、ちょっと宗教に通ずるような強さを感じますね。

 

「最近それ、よく言っていただくんですよね・・・(笑)。いや、全然嬉しいんですけど」

 

---という話とも関係するんですけど、MUSICAで日高さんが2016年のベストアルバムを挙げられていたじゃないですか(※下記参照)。ここで挙がっている海外の作品の多くが、ゴスペル的な世界観を持っていますよね。

 

MUSICA 20171月号より

1 『カタルシス』/SKY-HI

2 Malibu/Anderson .Paak

3 The Life Of Pablo/Kanye West

4 Coloring Book/Chance The Rapper

5 In My Mind/BJ the Cicago Kid

同率5 24K Magic/Bruno Mars

 

「あ、そうですね。確かに」

 

---ゴスペルって、虐げられている人たちが声を上げて、歌っている間は自身の生を肯定するというような機能がかつてはあったと思うんですけど、この辺の作品を踏まえたうえで改めて『OLIVE』について考えると、ここに名前が挙がっているような作品の精神性、モードみたいなものともすごくリンクしているのかなという感じがしました。

 

「そうだと思います。ソウルやゴスペルの精神みたいなのに寄った感覚は少なからずありました。ただ、そうなったのは単にUSの音楽のモードがそうだから、そしてその手の音楽が好きだからっていうだけではなくて、そういう考え方が今現在最も必要なものに感じられたからですね。『カタルシス』を出した時には<愛の無い時代>って直接言えていたんですけど、もはや今はそんなことすら言っている場合ではなくなってきてるというか・・・(笑)。自分を肯定する、そして他者も肯定するっていうのはとても大変で、だけどますます大事なことになっていると思う。そういう時代のあり方と向き合えば、勝手にゴスペル然とした作品が結果として生まれてくるんじゃないかな。それは俺が選んだ作品もそうだし、『OLIVE』もそう。そういう意味では、『カタルシス』を<“愛の無い時代” いや目に見えないからこそ探して生きるのさ>で終えられたのは自分にとってはとても大きかったですね。あそこから『OLIVE』までがつながってる」

 

---なるほど。自分自身を肯定し、そして他者をも肯定する、というのは前作『カタルシス』以前の一つの転機にもなった「カミツレベルベット」の<Everything’s gonnabe alright>というフレーズから今に至るまで日高さんにとっての大きなテーマになっていますよね。今作でも「BIGPARADE」において、<そう悪いことばっかじゃないさ>という前向きなメッセージが出てきます。現実はシリアスになっている、<愛が無い時代>とか言っている場合ですらない、そういう状況でも「肯定」にこだわるのは、「こんな時代だから肯定しなきゃならない」なのか、「肯定したい」なのか・・・

 

「それは両方ですかね。「カミツレベルベット」によって自分は救われたんですけど、あの曲によって救われた人が自分以外にもいる、ということを思い上がりではなくちゃんと実感できたんですよね。その過程で、「救う人」としての責任と覚悟が生まれたというか・・・「愛」「平和」を正面切って言うための責任、覚悟、あとは自信。そういうものを「カミツレベルベット」がくれたんです。だから、「BIGPARADE」でもああいうフレーズがさらっと出てくる俺になれたのかな」

 

 

---そういうポジティビティって、気をつけないと非常に無責任なものになっちゃいますよね。

 

「はい。だからこそ昔はそういうことを書けなかったし、「カミツレベルベット」でもそういう意味のことは歌えたけど、それが日本語じゃなくて英語だったというのはまだまだ完全に突き抜けられてはいなかった、責任と覚悟が足りていなかったってことだと思います。今はその責任も覚悟もちゃんとある」

 

---タイトルの『OLIVE』も、花言葉はずばり「平和」ですしね。まさに責任、覚悟、自信がないと掲げられないものだと思います。『カタルシス』で「死」と向き合ったからこそ、いわば対極にあるようなこういうテーマが出てきたという部分はあるんでしょうか。

 

「それはすごくありますね。死生観みたいなものを考え抜いたからこそ、今生きていることの意味を強く感じられるようになったし、いろんなことを愛せるようになったのは間違いないです。『カタルシス』を作る中で死と向き合って逃げずに戦った結果として、愛とか平和とかってちゃんと言えるようになった」

 

---「愛」「平和」という前向きな、すべての人と連帯するようなメッセージが強く出ている今作ですが、日高さんの活動には「色眼鏡で見ていた奴らをぶっ潰してやる」みたいな動機もやっぱりあるのかなとは思います。きっとぶん殴ってやりたい人たちだっていまだにいっぱい・・・

 

「(笑)。ね、まあそれは」

 

---そういうところに対しての「今に見てろよ!」という感情はこれまでのモチベーションとして大きかったと思うんです。ご自身のそういう「負のパワー」みたいなものとはどうやって折り合いをつけていったのでしょうか。

 

「まず・・・「なにくそ、このやろう」みたいな怒れる気持ちはありますよ、ずっと(笑)」

 

---そうですよね。

 

「それはもちろん今もある、いろんなところに対して。ずっとあるんだけど・・・きっと、そういうマイナスの視線を向けられてそれに対して俺がむかついた、そういうことがあったからこそ今の自分があるんだと思ったら、それすらもありがたいって思えるようになったんですよね。この先もむかつくことは間違いなくあると思うけどそれはもうしょうがないし、それでも生きていれば普通に明日が来るから。そういう流れの中で、自分を愛して、周りにも愛を持って接する、それさえできていればいいんじゃないかな」

 

---そうすると、今の日高さんの活動のモチベーションとしては、「自分を認めさせる」というような話よりも「自分を中心にポジティブな世界を作っていく」ということの方が大きい。

 

「『カタルシス』リリース前に比べれば確実にそうなっていると思います。けど・・・今の話に対して即答で「はい!」と言えるかは正直わからないですね。反骨精神みたいなものはもうないです、って言ったら嘘になってしまう。でも、今はそういうレベルのことよりも、スタッフだったりファンだったり、いろいろな形で俺と過ごしている人たちに「SKY-HIと一緒にいて、好きでいて良かった」と思わせたい。そういう気持ちの方がはるかに強いです」

 

 

「一対一で」「誠実に」リスナーと向き合いたい

 

---日高さんはご自身の活動の中で、様々なタイプのクラスターに対してパフォーマンスをしますよね。ロックファンだったり、ヒップホップファンだったり、Jポップやアイドルが好きな人だったり。オーディエンスの質に応じて、ご自身の意識やライブのやり方で変わってくる部分はありますか?

 

「セットリストとかはもちろん細かく違いますけど、それは「同い年の人と喋るときはタメ語」「先輩と喋るときは敬語」くらいの差だから大した話ではないですね。そういうシチュエーションがどう、みたいな話よりは「人と向き合う」という意識をいつでも強く持つようにしています。何年何月何日のこのライブに来ているこんな人、たとえば彼女と付き合って2年目でうまくいっててデートにお金がかかる、でもそこから何とかチケット代を捻出してSKY-HIのライブに来た、テンションが上がって思わずTシャツを買ってしまった・・・自分を見に来てくれている人みんなにこういうストーリーが何かしらありますよね。だから、その場にいる○○ファンとしてのひとかたまりではなくて、いろんなストーリーを持った一人一人が集まっているということを意識したうえで、その一人ずつに届くようなライブをやろうとは心がけています」

 

---なるほど。「CDの売上の数字は「1」の積み重ねだから価値がある」という趣旨のお話を以前からされていると思うのですが、そこともつながる考え方ですね。「まとまり」ではなくて「個」で捉える。

 

「そうですね。それはすごく強いし、そうじゃないとコミュニケーションの本質からずれるんじゃないかな。・・・今話していて思ったんですけど、俺自身いろいろな形で一緒くたに括られて見られることが多くて、それがすごく嫌だったからそういうことを大切にするようになったのかもしれないですね。「アイドルの子が何かやってるらしいね」みたいな見方を俺に対してする人は、俺の裏側のことを何も見ようとしていないわけじゃないですか」

 

---はい。

 

「それと同じで、ファンの人たちをひとまとまりで捉えることって、ひとりひとりのドラマを無視することになっちゃうと思うんですよね。そうじゃなくて、個とちゃんと向き合う。それで、その人にとってのナンバーワンになる。それを続けていくと、世界的に見てもナンバーワンになれる。そんなふうに思っています」

 

---「ナンバーワン」であったり「国民的な存在」であったり、SKY-HIとしての活動において目指しているものはとても壮大ですよね。グループとしてはそういうポジションを獲得できている部分もあると思うんですけど、個人でも「売れたい!」という気持ちを前面に出している。「Jポップの人が、アンダーグラウンドで好きなことを実はやっています。かっこいいでしょ?」という形の方が気楽にやれるんじゃないかな、みたいなことも思ったんですが・・・

 

「今おっしゃっていただいたような「趣味でやってます」みたいな見られ方を絶対にしたくないからこそ、過剰なくらい「ナンバーワンを目指す」と言っている部分はとても大きいですね。AAAの人だからどうこう、という逃げ道を自分で絶っていきたいというか。・・・あの、41日に告白して、ふられたら「いや、エイプリルフールだよ!何本気にしてんの?」みたいなことをやりたくないんですよ(笑)」

 

---なるほど(笑)。

 

「たとえふられる可能性があったとしても、きれいな夜景の見えるところで真剣に交際を申し込まないと、真摯に向き合っているとは言えないと思うんです。だから仮に「ナンバーワンになる、って全然なれてねーじゃん」って言われるリスクを背負うことになったとしても、そういう覚悟を持ってやることが大事だと思っています」

 

---「覚悟を持ってリスクを背負う」ことは「音楽が好き」というような話とダイレクトに結びついてくることでもないと思いますし、たとえば何となく飄々とやってます~みたいなスタイルの方が滑ったときの傷は小さかったりするじゃないですか。

 

「小さいですよね。わかります」

 

---それでも日高さんがあえてそういう道に進んでいくことには何か理由があるんでしょうか。

 

「何なんですかね、両親の育て方が良かったのかな(笑)。大きいこと言いますけど、どうせならすべての人が幸せに死んでほしいじゃないですか。で、俺は不特定多数の人の人生に触れる可能性を持たせてもらっているから、俺に触れた人みんなが触れる前より幸せになってもらいたいと本気で思っているんですよね。そうしないと、ステージに立つ人間として不誠実というか。その境地に辿り着くためにも自分はナンバーワンにならないといけないし、世界に出しても恥ずかしくないナンバーワンのエンターテイメントを提供し続ける必要がある。ぬるいことをやっているって思われないためにも、自分に発破をかける意味でも、こういうことはこの先も言い続けます」

 

 

「キャッチーはエッジー」

 

---今後のSKY-HIの活動において、「ナンバーワン」「国民的な存在」を目指していくためにもっとやっていきたいこと、変えていきたいことがあれば教えてください。

 

「いっぱいあるんですけど・・・まず、このタイミングでヒットソングが欲しいんですよね。シングル、単曲でちゃんとヒットさせたいというのが大きい。あと、ポップスとしてのマナーに則ったものを作るのと同じくらい、とんでもなくエッジーなものを産み落とすことにも貪欲でいたいです。俺、「エッジー」は「キャッチー」だと思ってるんですよ。「すげー!真似できねー!」みたいなことって、誰かをエンターテインするためには必要な要素のはずだし」

 

---なるほど。「エッジーであることがキャッチーにつながる」って話は、SKY-HIとしてのライブの印象にもつながりますね。

 

「ほんとですか?嬉しいです」

 

---突き詰めまくっていびつになった結果として超ポップになっているというか。

 

「そうすね。前から言ってるんだけど、「ポップ」とか「キャッチー」とかって、階段を下りていくことによって作られるものじゃないと思うんですよ。パイの大きそうなところに適応していてもポップなものなんて作れないし、階段を登りきったところにしか「ポップ」も「キャッチー」も存在しないと思う。「KING OF POP」があれだけ尖ってるわけだし」

 

---マイケル・ジャクソンなんてまさにそうですが、誰もやっていないことやるのが一番ポップなんですよね。「目につく」ためには「適応する」よりも「突き抜ける」方が有効というか。

 

「ほんとそう思います。『カタルシス』と『OLIVE』、ハードで切迫した空気と愛や喜びに溢れた世界をそれぞれ作れたわけで、「これをやっていけば唯一無二でいられる」っていうのは見えてきたんで。両方の方向を突き詰めていって、他の誰にもできないエンターテイメントを作りたい。エッジーでありつつ、ちゃんと王道感を保っているもの。で、それをできればヒットソングっていう形で帰結させたい、という最初の話につながります」

 

---わかりました。いろいろお話しいただきありがとうございました。

 

「いっぱい喋っちゃいました(笑)」

 

---OLIVE』リリース後にツアーが始まり、ファイナルには日本武道館でのライブが控えています。

 

「今度の武道館で、「向こう10年はこいつだ」っていうのを証明しないといけないと思ってます。たぶんですけど、エッジーでしかも長く残っていくメッセージを生み出せる存在っていうのを神様がこうやって・・・(ふるいにかける仕草)」

 

---選り分けられている最中だと。

 

「音楽家に限らずものを作っている人たちがみんなそういう形でふるいにかけられていて、今のところはそこに残してもらえていると思うんで。そこに残してもらえている存在としてナンバーワンになる、そして関わっている人を全員幸せにする。それを目指してこの先もやっていければと思います」

 

 

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司会者「インタビューは以上になります」

レジー「今の時代に音楽をやることの意味、CDを売ることの意味みたいなことに対してものすごく自覚的な方なので、お話を聞いていてすごく面白かったというのがまず最初の感想ですね。あと自信がものすごくあるけど謙虚さや感謝みたいなものもちゃんとあって、そのバランスも興味深いものがありました。アンチに対しても感謝する、なんて考え方に辿り着いているのはほんとすごい」

司会者「見習った方がいいですな」

レジー「ほんとに。たぶん2017年って男性のポップアクトの動向が結構注目される気がしていて、SKY-HIはまさにその急先鋒って感じだと思います。今後も注目ですな。武道館も楽しみです。改めましてありがとうございました。今回はそういったところで。次回ももう一発インタビューの予定です。しばしお待ちください」

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」 

 

連載:2016年のPerfumeとこれからのPerfumeを巡る五百蔵容さんとの往復書簡 ③収穫

司会者「引き続きこちらの企画をお送りします」

 

2016年のPerfumeとこれからのPerfumeを巡る五百蔵容さんとの往復書簡

 

レジー「第3回目です。前回はあえて辛めに見たときのPerfumeの課題、という切り口で話を進めましたが、今回はよりポジティブな側面にフォーカスしています。それではどうぞ。過去の連載未読の方は、そちらを読んでいただいてから先に進んだ方がより楽しんでいただけるかと思います」

<過去の連載>

①総論と問題提起
②課題
 


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③レジー→五百蔵

 

お返事ありがとうございました。自分が幕張のライブでなぜ物足りなく感じたのか、そこにつながる理由がわかったような気がしました。Perfumeのライブには「生のバンド演奏によるダイナミズム」的なものはないわけで、基本的には事前の企みをもとにして3人がいかに気持ちよく流れに乗ってパフォーマンスするかがカギなわけですよね。で、今回のアリーナツアーはその流れを阻害しかねない(でもはまれば得られる果実は大きい)構成になっていて、それがマイナスに働いてしまった部分があったと。やはり掲げている目標が目標なだけに、そこに至るまでの道は険しくなりますね・・・

 

今回は、そういった課題はありつつも、ツアー含めた2016年の活動の中で良かった点、成長した点などについてお話しできれば。

 

初回でも述べさせていただいた通り、2016年のPerfumeは「FLASH」という新しいキラーチューンと『COSMIC EXPLORER』というキャリアハイとなるアルバムを獲得したことがとにかく大きかったと思っています。で、そういった楽曲面での更新をライブにも反映することができたのが2016年のPerfumeの収穫だという認識を持っています。

 

特にそう感じたのは、今回の長いツアーのファイナルとなったヤフオクドームでのライブで見た「Miracle Worker」と「STAR TRAIN」です。

 

 

Miracle Worker」はケルティックな趣もあれば民族音楽的なムードもある(個人的にはDEEP FORESTとかそういうものを思い出しました)なかなか独特な楽曲かと思います。この曲が「Perfumeの掟2016」の後、「FLASH」と「FAKE IT」「エレクトロ・ワールド」「Party Maker」「だいじょばない」と続く「大爆発コーナー」(と勝手に呼んでいます)をつなぐ役割を果たしていたのはライブのメリハリを考えるうえでとても大きかったのではないでしょうか。「FLASH」からこの4曲に流れるのはアゲアゲすぎてさすがに情緒がないような気がするのですが、ここに「Miracle Worker」という少しニュアンスの違う曲を挟んだことで後ろ4曲の盛り上がりがさらに強調されたように思います(いわば「スイカの塩」的な・・・)。

 

Miracle Worker」は繰り返しのフレーズが多く、曲単体でそこまでドラマチックな展開を持っているわけではありません。こういう曲をライブでしっかりパフォーマンスできるようになったのは、3人のスキルアップの賜物ではないかと思います。そして、この曲は何はなくとも(五百蔵さんも大好きな!)<起こせミラコゥ>ですよね。この部分のキャッチーさは中田ヤスタカ恐るべしとしか言いようがありませんが、幕張ではそこまでハイライトという感じではなかったような印象のあるこのフレーズがドームでは完全に盛り上がりのピークの一つになっていて、ファンの間でも<起こせミラコゥ>が浸透していっていることを実感しました。

 

また、「STAR TRAIN」については、リリース時には「すごい地味な曲だなー」と思ったんですよね。歌詞の内容など3人にとって意味のある楽曲であることは理解しつつも、どうにも乗れていませんでした。幕張で見た際にも、「Puppy love」で終わった方が良かったくらいに感じていたんですが・・・ドームのラストではこれがとても感動的に響きました。この日のシチュエーションによる部分も大きいとは思うのですが(メンバーが結構感極まっていた+ファイナルということでサプライズのペンライト演出あり)、こういうしっとりした終わり方もはまるようになってきたというのはグループとして収穫なのではないかと思います。今思い返せば、09年あたりの「願い」をラストナンバーに置くセットリストは結構背伸びしていたんですかね。

 

Miracle Worker」「STAR TRAIN」いずれも今までのPerfumeのライブでは意外とセットリストに入れづらかったタイプの楽曲のように思います。演出面では毎回多彩な取り組みがなされている一方で、セットリスト自体に関しては「思い切りアッパーに」もしくは「キュートでかわいらしく」という程度しか実は幅がなかったのではないでしょうか(持ち歌としてそこには収まらないタイプの切り口の曲があったとしても、結局ライブでは使いどころがなくなってしまうような状況があったと思います。たとえば「ポイント」であったり「The best thing」であったり)。そんな中でこの2曲をスムーズに、かつライブの見どころとして組み込むことができたのは、今後のPerfumeのライブのクオリティを考えるうえで重要な成果になると思います。やはりいくら最新のテクノロジーを駆使したとしても、視覚面でのサプライズだけで引っ張れる範囲には限界があるかなと。

 

Miracle Worker」に関しては先日のCOUNTDOWN JAPANCDJ)でも披露されていました。とかくフェスのセットリストは有名曲を並べたものになりがちですが、そこにこの曲が入ってきているというのは、ツアーを通じて「Miracle Worker」に対する手ごたえを感じているということではないかと思います。この調子で彼女たちの定番曲として育てていってほしいところです。

 

あとここはポジティブな話題というわけではないのですが、「定番曲」という流れで注文事項にも少し触れさせていただくと、そろそろ「ワンルーム・ディスコ」についても後継曲が欲しいな・・・と感じました。この曲が重宝されているのはドキュメンタリー映画からも伝わってきましたが、あの世界観は今のPerfumeにはしんどいような気がします。あと一番残念だったのは、「FLASH」のアルバムバージョンがなかったことにされてしまったこと。ドームエディションではあちらの具現化を期待していたのですが・・・あ~ちゃんが「踊れー!!」と叫ぶ絵を初めて聴いた時から想像できていたのですが、もうおそらく披露の機会はないのかなと。

 

選曲以外の部分で良かった点として挙げられるのが、前述の「大爆発コーナー」におけるパフォーマンスです。曲の並びを見るだけで勝負に出ている感じがびんびん伝わってきましたが(個人的には3569コーナーをこのパートに差し替えたのはファインプレーだと思っています)、それを体現する3人のダンスが今まで以上にすごかった印象です。特に「FAKE IT」のかしゆかが完全にゾーンに入っていたように思いました。Perfumeのライブは最先端の演出がすごい!」という話がどこでも語られる昨今ですが、全ての起点はこの3人のフィジカルにあるということを大箱のライブで感じることができたのは彼女たちのパフォーマーとしての成長があったからこそなのではないかと思います。

 

そういう意味では、今回のツアーは「「STORY」が2015年の踏襲」かつ「Mステや紅白で展開していたVR的な演出が大胆に投入されているわけでもない」ということで、テッキーな要素そのものをわかりやすく前面に押し出したライブでは必ずしもなかったんですよね(もちろん細かいところで様々な技術が活用されていると思いますが、総体的な印象として)。そんな風に考えると、今回のツアーは「生身の3人の強さを見せる」という部分に実は重きが置かれていたと言うこともできると思いますし、そういう形のツアーを回り切ったのは今後意味を持ってくるのではないかと思います。

 

というわけで、初回でも触れた「キラーチューンの獲得」「アルバムでのキャリアハイの更新」ということに加えて、「セットリストの進化」「3人のフィジカル面でのレベルアップ」という観点から2016年のPerfumeの成果について僕なりにまとめてみました。五百蔵さんから見てこの内容についてどう思うか、および他にどんなポジティブな点があったか、ご教示いただけますと幸いです。

 

※ところで少し話は逸れますが、先日のCDJに行った際、会場の前を歩いていたPerfumeファンと思しき女子2人組が「掟見たかったー、あんなにセトリ変わるなんて知らなかったからさー」とぼやいていました。今回のツアーは複数のバージョンで長期に渡って続いたわけですが、そういう状況においていつもの「ネタバレ禁止令」の運用が難しい部分もあったように思います。「バズを作ることで評判が広がる」という側面もある今の時代にこういう形での情報管理に徹するのがほんとにいいことなのか?など、「興行全体に関するチームPerfumeとしての戦い方」みたいなところは次々回以降でお話させていただきたいところです。

 

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③五百蔵→レジー

 

こんにちは。良かった点について記す方がやはり盛り上がりますね。書きたいことがたくさん出て来て困ります(笑)。

 

Perfume自身が標榜した最大級の野心に対して現状どこまで到達しているか?」という枠組みで見ますと前回のようなやや辛い見方にどうしてもなってしまうのですが、ぼくの印象そのものはかなりポジティブです。たとえ達成度の面で物足りなかったとはいえ、2016年に彼女たちが展開した活動はその野心に見合うだけの覇気のある計画に基づいていることを強く感じさせてくれましたし、パフォーマンスのひとつひとつも「Perfumeはまだまだ良くなる!美しくなるに違いない!」という思いを抱かせてくれるものでした。たゆまぬ挑戦、弛まぬ向上心を形にして示し続ける、それこそがこのグループ(チーム)の本領だと思っています。

 

Miracle Worker」はとにかく成長しましたね。ヤスタカ流ミニマリズムの美学に満ち満ちた楽曲で、ぼく的には「シークレットシークレット」に匹敵する名品だと思っています。これで中盤(おっしゃる通り、間に入れるのに最適)踊らせて、あとは「Party Maker」か「FAKE IT」があればどんなセットリストでもアゲアゲ一丁あがりなんじゃないでしょうか。個人的な観測範囲のことで恐縮ですが、静岡でぼくの後ろの席にいた十代と思しき女子グループはこの曲がスタートするやいなや総員ワクワクオーラを出し始め、のっちの<起こせミラコゥ>で頭を抱えて「キャアアアアア!!」と卒倒せんばかりに絶叫していました。エルヴィス・プレスリーや初期ビートルズの歴史的映像でしか知らなかったものを遂に目撃したという思いでいっぱいになるとともに、中田ヤスタカの技とのっちの「女子運動部の超カッコいい先輩」力に感服しました。

 

STAR TRAIN」は、今年のツアーにいくつか参加して「これは文脈の曲なんだなあ」とつくづくと感じました。リリース時の状況的に致し方ないんですが、あの曲はPerfume自身のドラマを観客に押し付けてくるようなところがあり、普遍的な曲になるポテンシャルがあるのにちょっと胃もたれするなと当時は感じていました。それが『COSMIC EXPLOLER』の物語の文脈に置かれると一気に曲内容の普遍性が表に出てきたのを感じて「これは育てていくべき曲かもしれない」と思い始めたんです。彼女たちの他の曲と比べて、「STAR TRAIN」は情緒的にとても成熟しているんですよね。だから物語的な文脈を支えることができる(Perfumeの「物語」だけでなく)。そんな曲だからこそ、「Hold Your Hand」の後(アリーナツアー)では情緒的に濃密な曲の二枚重ねで重たく感じたし、実は切ない系の曲である「Puppy love」との組み合わせ(幕張)でも読後感がどうにももたれるような印象を持ちました。それが、「チョコレイト・ディスコ」の後に配置されたドームエディションではで、すんなり聴けたわけで、そこまでのセットリストの持っていき方(文脈の作り方)でハマり方がかなり変わる曲なんだなと実感した次第です。中田ヤスタカはおそらく今後、これまで以上にPerfumeの年齢と成熟に合わせた楽曲を用意してくるのではないかと想像していますが、そういった未来の曲群の中で「STAR TRAIN」は新たな文脈を主導していく重要な曲になるんじゃないかなあと感じています。あと、ツアーではこの曲のアウトロで観客にシンガロングを求めるのが定番になっていますが、「最後はトラックを落として観客とPerfumeの歌だけが響く」というふうにまとめれば演出としてはより効果的なはずなのに、それをしませんね。これって、「中田ヤスタカの音もWe are Perfumeなんだ、だからそこだけ落としたりはしない」という意思なんでしょうか。レジーさんはどう思いますか?

 

FLASH」のアルバムヴァージョンが無かった感じになっていることについての残念感、同意します。ツアー通じて『COSMIC EXPLOLER』(アルバム)感がどうしても薄くなる要因でもあったと思います。「STORY」〜「FLASH」が、あのアルバムのハイライトのひとつでしたから。美しい演出をつけられる余白のあるアレンジでもありましたし。配信が極めて好調だったシングル版で獲得した新規オーディエンスが本ツアーに多く駆けつけるだろうこと(実際そうでした)、MVを観てもわかる通りシングル版の振付が非常に完成度の高いこと、ライヴでもやはり美しいパフォーマンスと楽曲の強さで観客を引きつけていたことなどを考えると致し方ないのですが……。このツアーでやらなければもうやらないでしょうし、観れなかったのは残念です。

 

「ワンルーム・ディスコ」もですねえ、そうなんですよね。あの曲はひとつ前の「Dream Fighter」とともにPerfume史上の画期を成した重要な曲で、歌詞の内容・楽曲の完成度でも申し分のないポップソングなんですが、「ワンルーム・ディスコ」で描かれたキャラクターの数年後というような曲が、そろそろ欲しい。ひょっとすると「TOKYO GIRL」はそこを狙っているのかも。

 

その他に本ツアーで良かったのは「レーザービーム」をセットリストから押し出す「Pick Me Up」の強さ、率直なダンスチューンに生まれ変わったアルバム版からさらに発展した「Cling Cling」(「Miracle Worker」とのコンビネーションは素晴らしかった!)あたりでしょうか。極上のポップソングである「TOKIMEK LIGHTSI」が途中でセットリストから外れたこと、Perfumeのコレオグラフィーの中でも最も美しいものと言っても過言ではない「Sweet Refrain」のフルヴァージョンが観れなかったのがちょっと残念。

 

3人のパフォーマーとしてのレベルアップは近年著しいですよね。地下アイドル時代から(現場であれネットで出回り始めた動画でであれ)観る者を等しく瞠目させたキレや激しさは年齢とともに落ち着いていっているんですが、それに対して表現上の幅はどんどん増しており、3人ともますます身体・動作ともに美しくなっていると思います。

例えば、のっちは課題だった柔らかさを身につけつつありますよね。とりわけ「Magic of Love」以降流れるように美しくなったグループとしてのダンスの質的向上は、彼女のこの面でのスペックアップがなければ望めなかったでしょう。彼女のダンスのダイナミクスの源泉に実はなっていたと思われる体幹の気まぐれな揺れも鍛え直していると思われるのですが(「エレクトロ・ワールド」でよろめかなくなってきましたね)、そのことで失われる「意味のあるブレ」を新たに会得した「柔らかさ」で結果的に補っているのではと。

また、かしゆかは持ち前の正確さやはかなげな柔らかさを失わないように意識しながら筋力をつけてきていると思います。のっちのように思い切り腕を回してもスピード面での不足がなくなり、それでも止めるところではピタリと止める技も維持している。そのことで、キレやダイナミズムと正確性を高いレベルで両立するという果実を得ることができています。秋のドームでは「Party Maker」 でのっちが担当していたソロダンスを彼女が引き継いで見事なパフォーマンスを見せていましたが、今のかしゆかは「のっちのようにダイナミック」かつ「機械のような精緻さをも表現しうる」という最高の状態にあるんじゃないかと感じています。あと、腹筋も強化しているのか、プラスティックな質感を維持したままに低音部が強くなったことで全体として声量が増しています。今後のグループの発展を展望するにあたり、かしゆかの声のこの強化は心強いポイントになるかと見ています。

わかりやすい表現上のフックがある2人に比べて成長が目立ちづらいのがあ〜ちゃんなんですが、目に見える成長を果たしているのっちとかしゆかの間でいつ見ても全く見劣りがしないということ自体が、彼女の成長を示していると言えると思います。実際、オールラウンドに地道に良くなり続けているんですよね。某先生の発言の影響もありPerfumeファンの界隈では古くから「のっちがMIKIKO先生の意図の体現者」というふうに捉えられてきたふしがありますが、(それは結局のところ三人三様にそうであろうという総論は別として)ぼく自身はあ〜ちゃんこそがそのポジションにはまるのではないかと近年特に思うようになっています。MIKIKO先生のコレオグラファーとしての独自性を下支えしているのは「欧米人に比して体躯的なダイナミクスに劣る日本人(とりわけ日本人女性)の魅力を最大限に生かした“日本人ならでは”の表現を編み出す」という野心にあります。アイドルダンサーとして恵まれた身体を早くから持っていたのっちや、やはり極初期からドールライクで個性的な身体を武器とできたかしゆかに比して、普通の日本人女性に近いスタイルなのがあ〜ちゃんです。つまり、MIKIKOスタイルの基盤を仮託するにもっとも相応しい「キャンパス」なのはあ~ちゃんであり、そのことは彼女のパフォーマンスを注視していれば納得できるように思います。腕の長さや体格上のコントラストに依存しない動き、むしろその短さやこじんまりとしたまとまりをきびきび・チャキチャキとした可愛らしいものに見せる表現力……それこそがまさにあ〜ちゃんの担当してきた「パレット」ではないでしょうか。

 

おそらくMIKIKO先生や3人の中では、あ〜ちゃんのパフォーマンスが基準点になって三様の個性が解釈・配分されているのではと思います。中田ヤスタカが彼女の伸びのある声を弦楽器のように位置づけ、ヴォーカルパートの構成を考える基準点にしているのと同じように。

 

というわけで、今のPerfumeは「創造性の基準点となるあ〜ちゃん」「ダイナミクスに美しさを加えたのっち」「アイドルダンサーとしてパーフェクトといえる総合スキルを獲得しつつあるかしゆか」、この3人それぞれが同期した成長曲線を描きながら(ここがすごい!)アイドルダンサーのグループとして孤高の領域を未だに邁進しています。ドームの「大爆発コーナー」のあの見応えは、その現在地なんだなと感じました。年齢を重ねることによって増していく女性らしさも、今後さらに彼女たちの表現に織り込まれていくでしょう。そんな深みがMIKIKOスタイルと組み合わせった時、彼女たちのパフォーマンスはアイドルダンサーの表現しうる上限値をこれまで以上に押し上げていくかもしれません。

 

と、一旦レジーさんの投げかけにお答えする形で論を進めてきましたが、やはり字数が足りない!(笑) ということで、今回はここまでにしたいと思います。続けてこちらから振り出したい話題がありまして、それは「虚実皮膜」というキーワードに関するものです。これまでPerfumeMIKIKO先生は「リアルか?バーチャルか?」といった二項対立を超えたところで演者と観客を一体化させるための取り組みを複数行ってきました。そんなトライが、2016年のライブであれば「3569」、その他の活動であればMステウルトラフェスや紅白歌合戦での「ダイナミックVR」というような新規のアイデアの導入により、いよいよ結実するのではないか?そういった期待を抱かせてくれたのが2016年のPerfumeの大きな収穫だったのではないかとぼくは思っています。次回はそんな話をさせていただければ。


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司会者「3回目は以上になります」

レジー「次回は最後に出てきた「虚実皮膜」というキーワードから話を広げていく予定です。続きをお楽しみに。ブログとしては、一旦インタビュー企画を2つほど挟むことになりそうです。なのでこの連載の第4回目までは少し間が空きますが、しばしお待ちください」

司会者「というわけで次回はインタビューですね」

レジー「レジーのブログ初登場の方のインタビューをお届けする予定です。しばしお待ちください」

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」 

 

連載:2016年のPerfumeとこれからのPerfumeを巡る五百蔵容さんとの往復書簡 ②課題

司会者「前回に引き続きこちらの企画ですね」

 

2016年のPerfumeとこれからのPerfumeを巡る五百蔵容さんとの往復書簡

 

レジー「第2回目です。企画趣旨および初回の内容はこちらでどうぞ。前回は2016年のPerfumeに関する全体的な総括の中で、五百蔵さんの方から「課題があったのでは?」という投げかけで終わりました。今回はその辺をもう少し具体的に掘り下げています。それではどうぞ」

 


 

 

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②レジー→五百蔵

 

返信ありがとうございます。なるほど、2016年のPerfumeの課題・・・

 

個人的には、Perfumeが直面していた最大の課題は「それなりに息の長いグループとして定着しつつも、実は代表曲が「チョコレイト・ディスコ」「ポリリズム」のままである」というところだと思っていたので、ここに関しての回答があった2016年は逆に「長年の課題を解決した年」というような認識でした。

 

そういった前提を踏まえつつ、今年Perfumeについての不満やもうちょっとやれただろうと思ったことがあったとすれば・・・僕にとってそれは幕張でのライブ、『COSMIC EXPLORER』ツアーのスタンディングエディションということになります(僕は幕張の初日と3日目の2回、どちらもスタンディングエリアで見ました。地方のアリーナを見れなかったのが悔やまれます)。

 

今回の幕張でのライブを見た後、Perfumeのライブにしては珍しく「あれ?」と思いました。Perfumeのライブは常に何かしらのレイヤーで「新しさ」というものを強烈に感じるのですが(五百蔵さんが「停滞」を感じたとのことだった「ぐるんぐるん」のツアーでも、レア曲の披露やアニバーサリー的な空気によって形成されたライブとしての親密感にPerfumeのライブのまた違った方向性を見たように思いました)、幕張のライブではそういった感じがあまりしなかったのです。普段であれば「Perfume×テクノロジー」とも言うべきパフォーマンスを見せる中盤の見せ場に配された「Cosmic Explorer」の演出(映像と宇宙船を模したセットの移動)には大きなサプライズを感じませんでしたし(ドームエディションではあれがオープニングになっていて非常にしっくりきました)、「STORY」はやはりすごかったですが初めて見た武道館ほどのインパクトはありませんでした。また、セットリストをサイコロの出目で決める「3569のコーナー」がライブ終盤に唐突に導入されていたことで、(あの企画の大変さや志の高さは理解しつつも)ライブ全体の流れがあそこで分断されてしまったかのような印象を持ちました。また、3569についても「STORY」と同じく初出のインパクトという面では当然のことながら後退していたように思います。

 

STORY」「3569」ともに去年と一緒じゃん!という感想は2015年の武道館のライブを見る機会に恵まれた自分のわがままの部類に過ぎないとは思いますし、今回のツアーが全国各地を回る構成であったことを考えると「地方のファンに「3569」を見せる」というような意味合いがあったこともよくわかります。ただ、直截的な新しさが提示されなかった(ように感じられた)幕張でのライブに言いようのない物足りなさが残ったことは紛れもない事実でした。

 

ここから少しうがった見方になるかもしれませんが、このときの不完全燃焼感は8月頃に思わぬ形で解消されました。リオ五輪閉会式の「トーキョーショー」のスタッフチームにMIKIKO先生やライゾマティクスの名前を見たときに、「この人たちのここ最近のリソースはオリンピックという国家事業のために投入されていたのだな・・・」と感じました。

 


 

おそらく多大な工数を要求され、かつかなりの精神的な負荷もかかるであろうオリンピック関連のイベントを前にして、「Perfumeのライブをアップデートする」という部分へのコミットが普段のライブよりもできなかったのではないか。もちろん本人たちが手を抜いていたなんてことは100%ないと思いますが、「複数の大きなプロジェクトに同じだけのパワーを注ぎ込む」というのは普通に考えてほぼ不可能なのではないでしょうか。

 

というわけで、2016年に顕在化したPerfumeの最大の課題というのは「Perfumeを支えるブレーンであると同時に、もはやPerfumeの一部分と言っても過言ではないMIKIKO先生とライゾマティクスの面々が「見つかってしまった」こと」なのではないかなと。今回の「トーキョーショー」の評判から察するに、2020年に向けてもMIKIKO先生やライゾマティクスがチームの中心になっていく可能性は大いにありますよね。そう考えると、2020年までの今後3年間においても「オリンピックに関するプロジェクトがPerfumeの活動を阻害する」というようなことがどこかで起こってしまうのではないか・・・(ちなみに、この観点から考えても、マディソン・スクエア・ガーデン(以下MSG)は何とか2018年くらいまでにはやりたいですよね。2019年から2020年まではオリンピックの準備が本格化するでしょうし。それ以降となると、Perfumeの年齢的な部分も含めてパフォーマンスレベルが維持できるのかという問題も出てくると思います)。

 

2020Perfumeが関わる、ということがあればまた話は変わってきますが。

 

Perfumeのライブ表現における進化が国際的イベントの動向に影響を受けるかもしれない」というのはある意味では面白いことではありますが、そんなふうに笑ってられない状況だなあという認識も一方ではあります。「スタッフまで含めた総合戦」という形での戦い方を確立したPerfumeが、その自らが作ったフォーマットに足を引っ張られる。そんなしんどい状況が起こってしまう兆しが見えたのが2016年だったのではないか。

 

というわけで、やや無理やりひねり出した感もありますが、僕なりに考える「2016年におけるPerfumeの課題」でした。前回のメールから察するに、五百蔵さんにはもう少し具体的に「課題」を感じている部分があるのかなと思いますので、そのあたりぜひご教示いただければと思います。

 

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②五百蔵→レジー

 

お返事拝見いたしました。ありがとうございます。レジーさんのご意見、問題の核心部分に触っているのではと強く感じました。

 

ひとまず、2016年のPerfumeの活動のうちにぼくが見た課題ですが、

 

「極めて高い目標設定(近い未来におけるMSGでの2days実現)に対して、ライブにおける実装面で生じた多数の問題を吸収・解決しきれないまま終わったのでは?」

 

という問いにまとめることができるかと思っています。その「実装面での問題」のうちに、レジーさんの挙げられた「Perfumeのアートフォームにとって不可欠なスタッフのリソースが、他の巨大プロジェクトに吸収され減衰するのではないか?」というテーマも含まれているという認識です。

 

「実装面での問題」について考えるにあたって、今回のツアー(ドーム公演は少し位置づけが違うように思えるのでアリーナツアーと北米ツアーにフォーカスします)における構想面でのトライを簡単にまとめておきたいと思います。

 

【春のアリーナツアー】

■セントラルステージとそれを串刺しにする花道、二つのサブステージ

→シンプルな構成のフォルムを用いて1万〜2万規模のアリーナ空間を有効活用する

Perfumeのベーシックなフォーマットを全て詰め込んだ構成

→「楽曲のパフォーマンスと精緻に連動するインスタレーション」「大規模な機構」「映像演出」「ツアーオリジナルのメドレー」「淀みないMC」など、「Perfumeのライブとは?」と言われて思い浮かびそうな要素を全部入りで盛り込む

Perfumeのアートフォームを刷新し大成功した3569の拡張

→ライブ後半の盛り上げフェイズに配置する(事実上の「格上げ」)

 

【北米ツアー】

■アリーナツアーの内容をホールツアー仕様に凝縮した構成

→スペースの都合で大規模な機構、3569は割愛する

→「STORY」のSXSWヴァージョンをセットリストに組み込む 

■割愛した要素に対する北米ツアーオリジナルでの補完

CE:大規模機構を活用するのではなく、ステージを占有するLEDスクリーンとドローンを用いた演出を導入する

3569:「ポケモンGO!」のパロディとなる「PerfumeGo!」を観客とのコミュニケーション要素として導入する

■北米ツアーオリジナルのメドレー

 

かなりボリューミーです。そのうえで、「あくまでも『COSMIC EXPLORER』のアルバムツアーである」という大前提があり、そういった複雑な要件を「MIKIKO先生やライゾマティクスの五輪引き継ぎイベントへの参加」「昨年来の主要スタッフ入れ替え」といったリソース上の不安も抱えながら遂行しようとしました。相当チャレンジングな取り組みだったと思います。が、この先目指すステージ(それは単にMSGでライブをやるというだけにとどまらず、そこでものすごいものを見せられるような世界有数のポップスターになるということも含まれていると思います)のことを考えると「リスク満載でもこのくらいのことをやれなければ」という意気込みだったのではと推測されます。

 

ですが、少なくともアリーナツアーにおけるステージ上のアウトプットだけを見ると、事前の不安ががっつり顕在化してしまったという側面が強かったように感じています。

 

まず、前述のとおり「これまでやってきたことの全部入り」「3569の進化」「アルバムツアー」と多数のテーマが混在するライブとなったことにより、パフォーマンスの焦点が拡散してしまったというのは否めないところかと思います。本来であれば「『COSMIC EXPLORER』をライブでどう表現するか?」に特化されるべきところに「今後を見据えたPerfumeのパワーアップに向けたチャレンジ」という軸が導入されたことで、「ライブとして何を見せるか」という部分についてはぼやけてしまったと言わざるを得ません。

 

次に、「全部入り」+3569」という構成そのものの是非についてなんですが、このやり方によってライブごとのクオリティにぶれが生じたのでは?というのが気になりました。「3569」の出目によってライブの流れが大きく変わってしまうこと、様々な要素を盛り込んだ構成が進行におけるミスを引き起こしやすかったことなどによって、「はまらない日はとことんはまらない(流れが悪い)」というような状況が生まれてしまっていたように思います(ぼくがアリーナツアーで参加したのは静岡エコパアリーナの初日(アリーナ)、2日目(スタンド)、幕張の初日(スタンド)、最終日(アリーナ)の計4回なんですが、このグループのライヴとしてはこれまでに記憶にないほど映像出力やサウンドのオンオフなどスタッフマターの細かいミスや不具合が散見されました)。特に幕張では、会場の広さとステージセットのアンマッチも相まって、なかなか厳しいシチュエーションだったと感じました。

 

ここに関しては、一方で「はまったときの爆発力はすごい」ということの裏返しでもあり、チャレンジとして否定されるべきものではないと思っています。ぼくの参加した静岡の2日目の盛り上がりはこれまでのPerfumeのライブ史上でも屈指の出来栄えだったように思いますし、ネット上で語り草になっている徳島でのパフォーマンスもおそらくそうだったのではないかと思います。ただ、そういったブレを吸収するための策が実質的にはPerfume3人のMC以外に準備されていなかったというのはどうなのかなと感じましたし、その背景にはレジーさんご指摘の話も含めた人的リソース(もしかしたら資金的リソースも?)の問題があるということも十分考えうるな、と。

 

現在のPerfumeの状況について「より深刻な踊り場にさしかかった」という表現を前回使いました。これは、「MSGに相応しい存在となるためには必要だとチームが考えて設定した高い目標レベルまで到達できなかった」「それを乗り越えるための方策が今のところは見えていない」という意味合いです。もちろんチーム内ではこういった考察よりもはるかに深い検討が行われていると思います。「方策が見えていない→危機!」というのは短絡的な見方である可能性も高いでしょう。ですが、外に見えてきているもののみで判断すると「踊り場」と言わざるを得ない、というのがぼくの印象です。こう感じてしまうのは、商業的成功と芸術的達成を高水準で両立しようとするチームPerfumeに対する期待値が高すぎるからかもしれません。ですが、Perfumeはその楽曲とライヴパフォーマンスのトータルクオリティにおいて、世界的に見ても極めてオリジナリティの高いハイ・アベレージな実績をすでに一定の期間重ねてきています。なので、Perfumeの仕事を評価するには「Perfume自身が達成してきたこと」や「彼女たちが目指している場所」を基準点に考えるしかない……。言い換えると、3人とそのチームが「他の追随を許さない孤高の地点」に立っているからこそ生じる特別な困難と直面しているということなのではないでしょうか。

 

以上が、ぼくの感じた「課題」についてです。Perfumeにとってライブの場における表現のアップデートはグループの生命線であり、そこに関して目標とアウトプットのギャップが見えたのは少し危ないなと感じました。ただ、もちろんこのツアーにもいい部分がたくさんあったのはもちろんですし、ドームツアーでは違って見え方をしたところも多数あったと思います(一方でドームについても気になった箇所はいろいろありましたが)。今回少しネガティブな話題に傾いてしまったので、次回はツアー全体での良かった点、今までよりも成長した点について意見交換させていただき、そのうえでドームの内容なども振り返りながら改めてツアーとしての総括、および今後のPerfumeの展望についてお話しできればと思いますがいかがでしょうか。

 

 

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司会者「第2回目は以上になります」

 

レジー「2016年のPerfumeの活動の根幹をなしていたライブに関して、大きなチャレンジが必ずしもうまくいかなかった部分があったのでは?という話をしました。この辺はいろんな見方があると思いますが、グループとしての目標がものすごく高いからこそ課題も生まれるということなのかなと。で、次回はそういう中での収穫について取り上げる予定です。しばしお待ちください」

 

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」

連載:2016年のPerfumeとこれからのPerfumeを巡る五百蔵容さんとの往復書簡 ①総論と問題提起

レジー「今回から先日告知したこちらの企画にお付き合いいただければと思います」

 

2016年のPerfumeとこれからのPerfumeを巡る五百蔵容さんとの往復書簡

 

司会者「企画趣旨は先日の告知ツイートを貼っておきましょうかね」




レジー「こんな感じで、メールでそれぞれの言いたいことを投げかけつつ話を進めていく、というようなことをやっております。2016年のPerfumeはアルバムを出してがっつりツアーをやるという形で「ミュージシャン」としてフル稼働していたわけで、何がどうだったかちゃんと考えておきたいなと思ってPerfume論客としてもお馴染みの五百蔵さんのお力を借りることにしました。たぶん45回の連載になると思いますが、まずは初回ということでどちらかというと総論的なところから話を進めています。それではどうぞ」

 

 

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レジー→五百蔵

 

これから何回かのやり取りを通じて、2016年のPerfumeの活動、特に『COSMIC EXPLORER』のツアーについて総括していければと思います。よろしくお願いします。

 

今回は1回目ということで、総論的に2016年のPerfumeを振り返りたいなと思います。

 

2016年はアルバム『COSMIC EXPLORER』がリリースされた年ではありますが、まずその前段として配信リリースされた「FLASH」が非常に重要だったという認識があります。以前の鼎談記事の際にも話題になりましたが、そろそろPerfumeの代表曲を「チョコレイト・ディスコ」「ポリリズム」から更新してほしい・・・というタイミングで発表された「FLASH」は、映画「ちはやふる」との相乗効果もあり世の中的にかなり「見えた」楽曲になったと思います。先日の福岡のライブでは新規のお客さんがたくさんいたことがMCで確認されました。いろいろな要因があるとは思いますが、「FLASH」が果たした役割も大きいのではないでしょうか。

 

 

もっとも、2016年は「サイレントマジョリティー」「花束を君に」「前前前世」、そして「恋」(逃げ恥との合わせ技一本)と例年になくメジャーシーンにおけるトピックが多かったため、「FLASH」の位置づけがだいぶ後退してしまっているのが残念ではありますが・・・いずれにせよ、最近は海外ツアーだったりライブのテクノロジーだったり、どちらかというとクローズドな場での活躍ばかりが取り上げられがちだったPerfumeにおいて、「ヒット曲」という誰もがアクセス可能な話題が生まれたのは素晴らしいことだと思いました。

 

FLASH」が世の中ごとになりかけた一方で、『COSMIC EXPLORER』については(オリコン1位にはなったものの)どうにも世間の反応が薄かったような印象があり、ここについては個人的には非常に残念でした。ただ、作品の内容はPerfumeの自己ベストを更新するものであり、「ライブアクト」的なイメージが強くなり始めているPerfumeがまだまだ音源だけでここまで新しいことができるというのを示したことはとても価値があると思います(もしかしたら「Perfumeが」ではなく「中田ヤスタカが」かもしれませんが)。 

COSMIC EXPLORER』の中身そのものの話に入るとそれだけでかなりのボリュームをとってしまいそうなので笑、それぞれの既出文章の紹介で代用したいと思います。

 

Perfumeの新アルバムはなぜ“稀有な音楽体験”を生むのか レジーの『COSMICEXPLORER』徹底考察

■地球に落ちてきた女性たち~STORYとしてのCosmic Explorer 

 

そして『COSMIC EXPLORER』を引っ提げての長いツアーがありました。ツアーのフレーム的なところについては、「3569を地方に持って行ったアリーナエディション」「アメリカのを体感した北米ツアー」「スタジアムアクトとして唯一無二の存在であることを証明したドームエディション」という感じの印象を持っています。この辺についてはメインのアジェンダとしておいおい個別に掘り下げていきたいと思っていますが、個人的には前半のアリーナエディションは昨年の武道館を踏襲した部分が大きいのかなというところでやや物足りなく感じた部分があり、後半のドームエディションについてはアリーナでの懸念点含めて様々な部分が整理されて劇的な飛躍を遂げたライブだったように思いました。

 

また、それ以外で言及しておきたいのは、昨年の「アメトーーク!」での「ライブがすごい!」話あたりに端を発する「イノベーションのアイコン」としてのポジションがさらに強化されている点です。その帰結がユニクロとのコラボなのかなと思いますが、ツイッターでさらっとオープンになっていたナイアンティックへの表敬訪問とポケモンGOをやりこんでいるというエピソードもグループとしてのブランドイメージ強化に寄与しているのではないでしょうか。

 

というわけで、2016年のPerfumeは、

l  FLASH」による久々の代表曲の獲得

l  COSMIC EXPLORER』での音楽的キャリアの更新(と世間の評価とのギャップ)

l  尻上がりに調子を上げていったツアー

l  「イノベーションのアイコン」としてのポジション強化

といった感じでまとめられるかなというのが僕の印象です。

 

ここまでを踏まえてまず五百蔵さんにお伺いしたいのは、

 

2016年のPerfume」について、総体としてどんな印象を持っていますか?またそう思う理由としてどんなトピックがありますか?

 

ということです。ツアーの内容についてはこの先詳細にお話ができればと思っておりますので(ここからの展開は五百蔵さんと僕の話次第!なのでどうやってそこに辿り着けるかまだ青写真はありませんが・・・)、まずは全体的なところから論を始められればと思います。よろしくお願いいたします!

 

 

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①五百蔵→レジー

 

ありがとうございます。では早速・・・と行きたいところですが、その前に、まず今回の考察の前提として、ここ数年のPerfumeの取り組みとそこに関する自分の認識についてお話しさせてください。

 

2013年の東京ドームで、ぼくはPerfumeに関して、ひと段落ともとれるような深い満足感を得ました。それは、これまで映画、音楽、物語・・・など数多くの作り物を受け取ってきたなかでも、屈指のものだったように思えます。これほどのものを表現して、みせてくれた以上、Perfumeに何も求めてはいけない。Perfumeにこれ以上何か求めることがあるとすれば、観客をこれほど幸福にしてきた総量に見合うくらい、彼女たち自身が幸せに一生を過ごして欲しいということくらいである。そんなふうに感じていました。

 

それは2013東京ドームのパフォーマンスがエンターティンメント的に、そして芸術的にそれほどのレベルに達していたから、という意もあります。

 

また同時に、こういう意も含んでいます。

 

OKGOのダミアンが発した「きみたち(Perfume)は自分がどれほどすごいことをしているかわかっていない」という発言のおそらく真意であろう、<Perumeは、Perfume後にどんどん発展していくであろう「デジタルテクノロジーを駆使したエンターティンメントのステージパフォーマンス」のベーシックを定義したオリジネイター、歴史的存在である>という評価の根幹をなす、彼女たちが(とりわけ直角二等辺三角形ツアー以降)作り上げ積み上げてきた他に類を見ないライヴ・フォーマットを「少なくともこのフォーマットではこれ以上のものはもう作れないに違いない」と思えるレベルまで作りきった、極め尽くしたのではないか。ひょっとしたら今後は、この水準を繰り返すこと、維持していくことしかできないのではないか。でも、もしそれが芸術的な停滞になり自己模倣に陥るようなものになってしまったとしても、ぼくらは(少なくともぼくは)それを失望すること、残念がることはできまい・・・

 

実際、翌年の「ぐるんぐるん」ツアーは、パフォーマンスの質はさらに美しく磨かれ(とくにのっちの身体が柔らかさを増し、ゆかちゃんが翌年以降完全に自分のものとするダイナミズムを表現しはじめた)、周年突入のために配された演出が特別なイベント感を強めた満足度の高いステージでしたが、フォーマット自体はこれまでのものをほぼ踏襲しており、アートフォームとしては踊り場に入ったことを感じさせるものでした。

 

ぼくは「Perfumeはこれから、このフォームをやはり繰り返していくのかもしれないが、それを残念に思わないようにはしよう」と、改めて思っていました。

 

その身勝手な思い込み(先走った諦念)は、3569ツアーで心地よく打ち砕かれることになりました。新たに実装された、Perfumeと観客との感情的な同期をより直接的に実現するあらたな仕掛けである3569のコーナー --- セットリストのランダマイズを観客と共謀する仕掛け --- を従前のフォーマットに組み込むことによって、Perfumeのステージパフォーマンスはみごとにヴァージョンアップを果たしていました。そのランダマイズ共謀のシステムには未知なる伸びしろ、ステージパフォーマンス一般の常識を再定義する可能性までもがあり、アートフォームとしてのPerfumeにより一層奥行きのある創造性を再充填しうるものだったとおもいます。しかも、それは彼女たちにテクノロジー・イノベーションの女神としての高位を与えるなんてものではなく、「観客との親密さを高めたい、距離を縮めたいとどれほど思っているか」「観客に幸福な気持ちになってもらいたいとどれほど思っているか」「そして、その気持ちを何とかして伝えることはできないか」いという、Perfume3人(とりわけあ~ちゃん)が昔から(たぶん広島時代から)たゆまず育ててきた強い意志を、これまで以上に強力に表現する手助けとなるアイディアになっていた。それが何より素晴らしかったし、まさにPerfumeの真髄を体現しているものだと思いました(マディソン・スクエア・ガーデン(以下MSG)での実装を狙っていると思われるセントラルステージのデザインとも、それはベストマッチのアイディアでした)。

 

2016年のPerfumeは、パフォーマンスユニットとしては、そういった達成と新しい可能性とともに始まったのではないかと思っています。

 

前置きが長くなってしまいましたが、そういった認識のうえで「2016年のPerfume」の活動総体について考えると・・・

 

Perfume2016年は、大きな期待を感じさせるスタートアップを遂げたのは間違いないと思います。「FLASH」の位置づけと果たした役割についてはレジーさんと同じ認識です。一方で、結果としては通年の活動の中で、これまでの年以上に様々な「大きな課題」「新たな課題」「古くて新しい課題」が浮き彫りとなった一年だったのではないでしょうか。

 

通常であれば「これまでのキャリアの中でも特筆すべきなくらい、充実した活動内容を残した1年」と評されてもおかしくない年だったのは確かだと思います。が、ぼく的には、「近いうちに -- おそらく、パフォーマンスの強度が維持できているうちに -- MSG2daysライヴを行う」という遠大で難易度の非常に高い目標が掲げられた以上、Perfumeのハイ・アベレージなルーチンをもってしてもなお、必要なレベルに届いていないのではないかと思えます。

 

チーム内では当然、ぼくらが気づかない・知りようもない細部までにいたる様々な現状認識と総括がなされ方策が練られているものと思いますし、その難易度に対する2017年以降のチャレンジに期待が持てるのも確かなのですが、2016年の活動終了時点では「ぐるんぐるん」の時に感じられた以上の、より深刻な踊り場にさしかかったという印象をぼく自身は持ちました。

 

レジーさんは前回のメールでは2016年のPerfumeについてポジティブな点を挙げていただいていたと思いますが、一方ではどんな課題があったか(もしくは、そんな課題そのものがあるのかどうかも含めて)について意見交換してみたいところです。

 

 

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司会者「初回は以上になります」

 

レジー「ざっくり今年は良かったよね的な投げかけに対して、いや確かにそうなんだけど今後考えるとこれでもしんどくね?というボールが返ってきたところですね。で、次回はそのあたりをより具体的に掘り下げていきます。しばしお待ちください」

 

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」

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