柚木怜のアトリエ

エロチックファンタジー小説

主に、昭和50年代を時代背景にした思春期の「少年」が主人公の官能小説です。

一緒に帰ろ タイトル2



14『君の膝枕で寝言を言う僕』

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「もうね、私、帰ることにするね……」

10㎝ほどの正方形の白いタイルが張られた北欧風のテーブルは、西荻窪から小平市のアパートに引っ越してきたとき、少し無理をして購入したものだ。

2人用の小さなテーブルであったが、狭いリビングでは存在感が大きかった。

白いタイルの形が「お洒落で可愛い」と言って、多香美にしては珍しく物を欲しがったものだ。

もう一度やり直そうと引っ越してきた時の思い出のテーブルの前で、僕たちはいま別れの話し合いをしている。

夜ではなく日中だった。記憶の片隅にある、あの日のリビングに差し込んでいた陽光を思い出すと、まだ午前中だった気もする。日差しが柔らかかった。

「そうか」

いままで幾度となく別れの危機を回避してきた僕であったが、その時はもう駄々をこねることも逆切れすることもなく、白いタイルを意味もなく眺めながら、頷いた。

「ごめんね……私はもう、ついていけない」

「うん」

7年間である。18歳から24歳まで、安っぽい言葉ではあるが「青春真っ盛りの日々」をともに暮らしてきた。喧嘩もいっぱいしたけど、それ以上にじゃれあって……いや、そんな思い出補正の入った男と女の話など、どうでもいい。

どちらから別れを切り出したかなんて話もどうでもいい。なるべくして、そうなっただけだ。

「お父さんやお母さんも、辛いのならもう帰ってきなさいって……」

「そうか」

多香美の親に黙って、東京に出てきたばかりの頃のことを嫌でも思い出してしまう。

「敬君は新しい仕事、ちゃんと続けていけそう?」

いつも泣き虫の多香美はその時もしくしく泣きながら、心配そうに聞いてきた。

「うん……頑張るよ」

僕はその頃、生まれて初めて就職をしていた。

都内にある中堅の出版社で、編集者として雇われた。携帯電話もようやく持てた。

高卒で24歳までフラフラしてきた僕が正社員に採用されたのは、少し変わった理由だった。

4冊目の本を出版しようと、あちこちの出版社に原稿を持ち込んでいた時、その出版社の社長から「本は出せないけど、君は面白いから、うちで働いてみないか」と誘われたのだ。

3冊の本を出せたものの生活できるほど稼げなく、いわゆるフリーターだった僕にすれば、決して悪い話ではなかった。だけど、多香美はあまりいい顔をしなかった。

「就職したら、本を書く時間がなくなるんじゃないの?」

僕は素直にこう答えた。

「もうええんや。もう……今の自分をやめたい」

別れの理由など一つではないが、おそらく僕のこの決意が多香美にとっては最後の引き金となったんだと思う。

多香美は「ハァ」と大きくため息をついた。

今も心を抉るように残っている、深い悲しみに満ちたため息だ。

 

 

一人で暮らすにはこの部屋は広い。東京に残る僕は引っ越しの準備を始めた。

出版社からも近く、家賃も安いという理由で板橋区に移ることにした。

僕の引っ越しが終わるまで、多香美は小平市のこの部屋でしばらく住んでいた。

板橋区のアパートは駅から徒歩15分離れた、四畳半ほどの狭い部屋だった。風呂とトイレは別で、家賃は5万5千円だった。

今から思えば割高だが、多香美と離れることがショックだったのだろう。僕は物件をほとんど精査せず、選んでしまった節がある。早く部屋を決めて、多香美を開放してあげないといけないと焦っていたようにも思える。

そして、多香美が京都に帰る前日だった。僕はもう板橋区の部屋で一人暮らしを始めていたのだが、最後にもう一度、多香美と会う約束をしていた。

夜に多香美は大きなバッグを抱えて、板橋区の僕の部屋までやってきた。

部屋に入るなり、多香美は「ねえ、雑巾ある?」と言って、のっけから掃除を始めた。

そんなに汚れてもいないのに、小さな台所の周りを懸命に拭いていた。

その後ろ姿を見ていると、心底不安になった。本当に自分は一人でやっていけるのか、と。

ベッドを置けるスペースはないので、布団を敷いていた。

掃除を終えた後、多香美はシャワーを浴びて、僕と一緒に布団に入った。

14インチのブラウン管テレビでバラエティ番組を観ながら、二人でゴロゴロしていた。

一晩明ければ一生会うことがない関係になるというのに、僕たちは驚くほど、いつものように生活をしていた。

部屋の電気を消すと、最後のSEXをした。

コンドームをつけようとしたら、

「つけんでもええよ。敬君、それ、嫌いやもんね」

「ほんま? うん、これ、嫌いやわ」

そんな会話を交わしながら、僕は正常位で死ぬほど大好きなナマ挿入をした。

やっぱり生はナカの温もりが感じられる。ぴったりと繋がって、愛し合っている感じがする。

それにベッドよりも布団のほうがいい。

「布団のほうが、下が硬いから、めっちゃ動きやすいわ」

最後の夜だというのに僕はのんきにも、布団はピストンがしやすいことを口にしていた。

「そうなん? 良かったね」

おちんちんを入れた時から多香美は涙を流していたけど、僕が張り切って激しく突きまくると、可愛い声で喘ぎ声を出してくれた。

射精しそうになると、

「そのまま出していいよ」

多分、この時が初めてだと思う。多香美の中で出したことはあったが、「出していいよ」と言われたのは。

「ほんま? 出すよ、いっぱい」

最高の快感とはナマで入れて、そのまま腰を振りながら、中で射精することだ。

ナマでの外出しは、コンドーム付きよりかマシだけど、やはり最後は自分でペニスをしごくことになるから、少し達成感や満足感が得られない。

「あああ、イクッ」

僕はピストンのスピードを緩めるどころか、射精しながらも猿のように振りまくる。

「んっ……アァ」

射精している間、多香美も気持ちよさそうにウットリとしていた。

それから多香美は独り言のように言った。

「赤ちゃん、出来たらいいのに」

僕は慣れ親しんだ体の上に覆いかぶさりながら、その言葉には返事をできずにいた。

 

 

一体何を話していたのか全く覚えていないが、僕たちは外が白くなってくる明け方までずっと起きていた。そうだ、多香美は朝10時ぐらいの新幹線で帰るから、眠ってしまうと寝過ごしそうだから、このまま起きていようとなったのだ。

どちらから言い出したのか、僕たちは明け方の町を駅まで歩いた。

多香美のバッグを僕が持って、始発の電車で西荻窪に行った。

最後の最後に、二人の思い出の町を見ておこうとなったのだ。

西荻窪の駅に降り立つと、まだ朝方とあって、ほとんど人気がなかった。

「懐かしいなぁ。朝刊を配達していた頃を思い出す」

「そうやね」

「多香美がバイトしていた雑貨屋さんも見にいこうぜ」

「いいよ……それより、アパートにいこうよ」

駅から歩いて5分ほどの距離だ。アパートまで続く道の景色も少し変わっていたけど、多香美が両親に電話をかけた公衆電話はまだ残っていた。

もちろん、アパートも。

「ちょっと覗いてみるか」

「あかんって。人が住んでいるやろ? 敷地にも入ったらあかんで」

「少しぐらい、かまへん」

僕は多香美の手を引っ張って、玄関のドアの前まで来た。

ふいに浮気がバレて多香美が出て行った時のことを思い出す。

僕は東京駅まで探しに行って、見つからず、ひどい焦燥感に駆られながら戻ってくると、多香美は玄関の前でじっと座っていた。

「はよ、出よ」

今度は多香美が手を引っ張る形で、アパートから出た。

新幹線の時間までまだ十分に余裕があるので、僕たちはアパートの近くの公園に行った。

石のベンチがあったので、僕たちはそこに腰かけた。

「急にやることがなくなったな」

勢い勇んで西荻窪まで来たものの、アパートを見てしまえば、もうやることもなかった。

「うん……早めに東京駅に行こ」

「そうやな」

僕はなんだか眠くなったので、当たり前のように多香美の太ももに頭をつけて寝転がった。

「多香美の鼻の穴が見える」

「やめてよ」

多香美は僕の目を塞ぐように、そっと瞼の上に手を置いた。

とても落ち着く感覚だった。

東京に出てきてからの僕はこの人の優しい手で守られてきた。そんな気がした。

これからは本当に1人なのだ。

多香美に沢山ひどいことをしてきたという罪悪感もある一方、独りぼっちでこの町に取り残されるといった怖さが僕の中を渦巻いていた。

多香美の太ももは柔らかくて、いい匂いがした。

今更ながら僕は彼女と離れたくないと心底思った。

多香美は僕の瞼の上に置いた手をゆっくりと移動させて、頭を撫でてきた。

そうだ。

やっと思い出した。

この時なのだ。

 

一緒に帰ろ……。

 

それは多香美の口からこぼれたものでもなく、僕の吐いた言葉でもない。

口にしてはいけない言葉だったのだ。

お前は、ずっと自分を支えてくれた彼女を捨てたのだ。

大学をやめさせてまで東京に連れてきた挙句、まったく大事にせず、ぼろぼろに傷つけたのだ。何を今更、一緒に帰ろ……などと言えるのだ。

多香美と一緒に帰って、地元でやり直したいのか。

お前では彼女を幸せにできない。そもそも大成もせず、地元に帰るなんて負け犬ではないか。東京に出ることぐらい誰にだって出来ることだ。

何もできなかったくせに、地元に戻ると「俺も若い頃は、東京で夢を追っていたんだよ」などと嘯きながら、平々凡々と慎ましく、ささやかな家庭でも築くというのか。

いやだ。

一緒になんか、帰ってたまるものか!

覚悟を決めろ、甘えを捨てろ、ここからが本当の戦いなのだ。

 

 

僕は眠っていた。

多分、一時間は寝ていた。

その間、ずっと多香美は膝枕をしてくれていた。

「うう、寒っ。寝てもうてた」

「うん。めっちゃ寝言を言っていたで」

「何を言っていた?」

「よくはわからんかったけど、なんかめっちゃ怒ってたで。誰かを怒鳴っているみたいに。いつものことやけど」

多香美は懐かしむように微笑んでいた。

「そうか。ごめんな、足しびれたやろ?」

「ううん。大丈夫」

それから僕たちはまだ時間的には早かったけど、西荻窪駅から東京駅に向かった。

新幹線に乗り込んだ多香美を見送った後、僕は一人で帰った。

多香美も一人で帰った。

 

<お父さんの昔話『一緒に帰ろ…』> おわり。

 

 

 

 

あとがき

 

 

 

僕は小説を書く時、基本的にプロットを立てない。なんとなくのテーマを決めたら、あとは野となれ花となれ、だ。

とくにこの作品は私小説みたいなものなので、当時のことを思い出しながら、ただただ書き進めてきた。

だから「一緒に帰ろ…」という言葉も実際、書き始めた当初は、一体どこで聞いたものなのか、それとも自分が呟いたものなのか、わからないままだった。

家出した時なのか、それとも東京に来てからなのか。もしかして、そんな言葉はなかったのではないか。僕の単なる妄想や思い込みなら、それはそれでいいと思っていた。

結果的に、〝答え〟が見つかって良かったと思っている。

 

 

杉並区の阿佐ヶ谷に、当時、僕の髪をカットしてくれていたSさんという女性の美容師がいる。

元々は多香美の友達で、年齢は3歳ほど年上だった。多香美はSさんのことを姉のように慕っていた。

僕も多香美に紹介してもらった形だ。

Sさんはセンスが良かった。

色弱の僕は、髪の色をいつもSさんにお任せしていたのだが、毎回カラーを変えてもらっても、常に周りからの評判がすこぶる良かった。

それもあって、僕は多香美と別れた後も毎月のようにSさんにカットをお願いしていた。

そして、Sさんは多香美が京都に帰った後も連絡を取り合っていたようだ。

「多香美ちゃん、元気にしているみたいだよ」

さりげなく僕に教えてくれていた。

また、僕が週刊誌のフリーライターになると、

「大丈夫なの? 怪しいよ、その仕事。危ないことも多いのと違う? 多香美ちゃんが知ったら、絶対反対すると思うなぁ、やめときなよ」

などとブツクサとまるで多香美の意見を代弁しているかのようだった。

ところが、第7章の<成り上がりの帰ってくる町>で書いたように、僕は思わぬ幸運が重なって、曲がりなりにも成り上がっていった。

「とにかく仕事が忙しいねん。先月なんて、300万以上稼いだんやで」

僕はうまくやっていることを多香美に知らせてもらいたくて、Sさんに自慢げに話す。

Sさんを通じて、多香美に安心してもらいたかったのだ。

「へえー。完全に金の亡者と化しているね。まあ、ちゃんと稼げているのなら良かった」

Sさんも僕の生活が安定してくると、そろそろ大丈夫だと思ったのだろう。

ようやくずっと黙っていたことを教えてくれた。

「多香美ちゃんね、もう結婚しているよ」

僕もなんとなく気づいていた。

「そうか。良かった。旦那さんはどんな人なの?」

「えっとね~、1歳上の幼馴染だって」

「マジか!? すげえな、あいつ」

それは多香美の初恋の人だった。付き合い始めた頃、聞いたことがあった。幼馴染のお兄さんでずっと片思いだった人がいる……と。僕と付き合うまでは、その男性一筋だったから、処女だったのかもしれない。

「知っているの?」

「いや、顔は知らんけど。あいつの初恋の男やで。いやあ、すげえなあ。しっかりと、巻き返しやがったな」

片思いだった初恋の男性の嫁になったのだから、さすがだな、と思った。

「実は子供もいるの。男の子。しかも来年には2人目が生まれるんだって」

「そっか~。多香美は家庭的でめっちゃ優しいから、絶対いいお母さんになるよ」

「そうだね」

ちなみにこの後、Sさんから当時公開されていたジブリの映画を見に行こうと誘われた。

そして、その日の帰りにSさんとラブホテルに行った。

どういう気の迷いだったのか知らないけど、このことはさすがに多香美に報告しないだろうな、と思った。

しばらくして僕も今の嫁と結婚した。

Sさんとは気まずくなったので、美容院を変えた。

多香美に関する情報も、それ以降は入ってこなくなった。

 

        2020年 2月

         柚木怜

 

 

 

 

 

 

 

 


一緒に帰ろ タイトル2


13『姉か妹のオナニーだった』


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「益田さんという人から電話があったよ」

多香美はベッドに寝て、掛布団をかぶっていた。

掛布団を頭からすっぽりとかぶって、帰ってきた僕に報告をした。

顔も見せてくれない時点で、僕はあぁ終わったな…と確信した。

そろそろヤバイとは思っていた。その日、多香美は珍しく体調が悪くてアルバイトを休んだ。

僕は多香美を看病するどころか、ファンレターをくれた女性と初めて会う約束をしていたので、欲望に負けてのこのこと出かけてしまっていた。

その間に電話があったのだろう。

多香美が電話を受けたという益田さんは、定時制高校の教師である益田礼美さんのことだ。雪降る夜にSEXをした多香美に似た年上の女の人だ。

礼美先生は僕が一人暮らしだと思っていたので、あの日以来、ひんぱんに電話をかけてくるようになっていた。

「そうなん? 何の用だろ……明日にでもかけなおしておくよ」

僕はトボけながらも内心はもはや崖っぷちに立たされたような絶望感に見舞われていた。

多香美と礼美先生の間でどういう会話がなされたのだろう。

礼美先生は驚いたに違いない。

いつものように電話を掛けたら、僕ではなく女の子が出たのだ。

「益田さんって人、私のこと、お母さんだと思ったみたい」

多香美は言う。

「マジで? 失礼な人だね。多香美のほうがずっと若いのに」

へらへらと笑う僕はいま日本で一番醜い男だ。

「残念だったね」

多香美はまだ布団から顔を出さない。

「何が?」

修羅場はもう始まっているにもかかわらず、僕はこの場に及んでもすっとぼける。

それ以外、打つ手がないのだ。

「全部話したから、私。向こうも何も知らなかったんだね」

どうやら想像していた通り、最悪の結果となっていた。

「……そうか」

「まあ、なんとなくは気づいていたんだけどね。この前、朝まで電話してこなかったから。あと、ごめん……」

「なに?」

何を謝ろうとしているのだろう。とにかく僕は突っ立っているのも辛い。貧血になったようにフラフラしてくる。

「敬君の部屋、探っちゃった……だめじゃない。私に見られたら困るような手紙はちゃんと捨てておかないと……」

僕は本当にバカだった。最初の頃は女性からのラブレターのような手紙はしっかりと捨てていたのに、だんだん手を抜くようになって、最近は原稿を入れている封筒に紛れ込ませていた。そのうちまとめて捨てようとは思っていたのだが……。

「今日も、女の人に会いに行っていたんでしょ?」

私がバイトを休むぐらい体調を崩しているにも関わらず……とまでは言われていないが、そんな幻聴が聞こえたような気もした。

「違うよ、今日は本当に、どうしても調べたいものがあって、図書館に行っていたんだよ」

「嘘つかないで!」

叫ぶと同時に掛布団から顔を出して、電光石火のスピードで、多香美は枕を投げつけてきた。

見事に外れて、テービルの上にあったコップを倒した。

ひどい音がした。

東京に来てから約2年、多香美は一度も怒ることがなかった。

どんなに僕がうまくいかない自分の人生の八つ当たりをしようと、家のことなど一切しなくても、黙ってくれていた。

「ごめん」

それしか言えない。

「ごめんじゃないよ! ねえ、どうして!? 私の今までは何だったの?」

あぁ、うるせえなあ、と思った。

「わかったよ。もうしないよ。誰とも会わない。手紙も全部捨てる」

僕は得意の逆切れをする。誤魔化す必要がなくなれば、あとはヤケのやんぱちだ。

「もう捨てたよ!全部」

「……」

じゃあ、この話はもうおしまいだ、とばかりに僕は書斎としている三畳間に向かった。

襖を勢いよく閉めて、一人うなだれる。あたかも自分が悲劇に見舞われた主人公のように、だ。

やがてアパートのドアの開く音がした。

慌てて僕は立ちあがり、今しがた出ていった多香美を追いかける。

薄着の寝巻のままの多香美をアパートの前で捕まえて、「離してよ!」「離さない」と人目もはばからぬ取っ組み合いをした後、最終的には強引に部屋まで連れて帰る。

部屋に帰ると、多香美はひたすら泣きじゃくった。そのせいで体調がますます悪くなってしまって、僕は多香美を連れて近所の病院に駆け込んだ。

個人の病院で、夜も遅かった。40代ぐらいの医者が一人いた。あろうことか、こいつは僕と多香美が診察室に入った時、机に両足を乗せていかにも面倒くさそうな態度を取っていた。チンピラドクターだ。

僕は瞬時に「なんや、お前その態度は!」と叫ぶや、医者の机を蹴飛ばしてやった。医者も医者だが、僕も僕である。もうめちゃくちゃだ。

警察を呼ばれると厄介なので、そのまま多香美を連れて帰り、部屋で看病することにした。多香美は何度か吐いてしまって、布団も汚してしまったので、僕はそれを風呂場で洗った。少しでも許してもらいたかったからだ。

「ごめんね…」

布団を洗い終えて部屋に戻ってくると、多香美は真っ青な顔で謝ってきた。

「俺こそごめん」

空はまだ暗く、夜更けだった。

カラスがカーッとひと声鳴いた。

 

 

喉元過ぎればなんとやら。

その後も僕は度々、浮気をした。そしてバレるたび、多香美は出ていった。

もっといえば、多香美が部屋からいなくなるまで、僕は罪悪感など全くなかった。

家に帰ると多香美がおらず、独りぼっちにされたと思った途端、突如、失いたくないと気付くのだ。

半日以上探し回ってもまったく見つからない時もあった。もしかして実家に帰ろうとしているのでは、と心配になって東京駅まで探しに行ったこともある。

実際、多香美は西荻窪にいたらしく、深夜遅くに僕がアパートに戻ってくると、ひとり部屋の前で座っていた。部屋に入って待っていればいいのに……僕も多香美もまだ若かった。

「良かった。もう……京都に帰ったのかと思った」

「……ねえ、わかって。帰れるわけないでしょ」

僕も多香美も互いの存在が重石になっていたと思う。

そんな日々の中でも僕は書くことだけは続けていた。

1冊目の本から1年後には2冊目の詩歌集が出版されることになった。21歳の時だ。初版は1500部だった。1冊目よりも500部多いうえ、2冊目は都内のそれなりに名前の通った出版社からだった。

しかし、これが恐ろしいほど売れなかった。1冊目の時はNHKを始め、全国紙でも取り上げてもらえたのに今回は全くといっていいほど反応がなかった。

思えば1冊目の本は10代の頃から書き溜めてきたものばかりで、そこには商売感情抜きの情熱のようなものがあった。本物の心の叫びだったからこそ、共感してくれる人も多かったのだと思う。

二冊目の結果に僕はひどく落ち込み、多香美に何かと八つ当たりをしていた。

この頃から多香美の様子もおかしくなりつつあった。

「ごめん。いまの職場ちょっと合わないから、違うところ探すね」

元々誰とでも仲良くなれるタイプの多香美であったが、人間関係がうまくいかなくなり、バイトを転々と変えるようになった。

親を騙して上京しているだけに、当然、親に助けなど求められない。

生活は常にギリギリで、僕も引っ越し屋のバイトを始め、スパ温泉の従業員、書店の店員、カメラマンなど、正直、全部を思い出せないほどの種類のバイトをした。だがどれも長続きせず、結局、東京に来たばかりの時、初めてバイトした新聞販売所にまた戻ってきていた。

今回は配達ではなく、昼間に折込チラシをセットする作業だった。

毎日午前10時ぐらいに出社して、4~5時間ほどで終わるバイトだった。給料は12万円ぐらいだった。

僕と多香美は23歳になっていた。

東京に来た頃、二人で頑張ろうと誓ってたどり着いた西荻窪のこのアパートも家賃がきつくなってきた。

東京23区から離れると、もう少し安い家賃で広い部屋が借りられる。

それにこの部屋は、つらい思い出がありすぎた。

僕と多香美は東京都小平市にある郊外のアパートに引っ越した。

4年ほど住んだ西荻窪にはそれなりに知り合いもいたが、この町には誰もいない。

また二人だけの生活に戻ったように思えたが、それは僕だけだったのかもしれない。

西荻窪にいた頃はバイトを転々としていた多香美だったが、どういう人脈を使ったのか、ある時突然、大手町にある某企業で社員として採用された。

多香美は安いスーツを買ってきていた。会社から携帯電話も支給されたという。

「社員になったから、生活も安定するね。敬君は今まで通り、本を書いていて大丈夫だよ」

多香美のことは疑いたくないが、薄々と感じていたことがある。

就職を世話してくれた男がいるのではないか。

就職してから多香美はたびたび最終電車で帰ってくるようになった。午前様は当たり前で、僕は毎晩、駅まで迎えに行っていた。

小平市は東京都といっても、駅から少し離れると田畑ばかりで、野菜の無人販売所などもあるような田舎だった。そんな辺鄙な場所の夜道を女の子一人で帰らせるわけにもいかない。

「今日も遅かったな」

「うん……疲れた。明日も早いから、お風呂に入ったらすぐ寝るね」

多香美は朝6時起きで、1時間以上かけて出社していたので、この帰り道ぐらいしか会話も出来なかった。

外灯もほとんどのない細いあぜ道で見る疲れ切ったスーツ姿の多香美は、お化粧も濃くなったせいか、なんだか色っぽかった。

僕は多香美に生活を支えてもらいながら、今一度チャンスをつかむべく、執筆をしていた。その甲斐もあって、23歳の冬、三冊目の本の出版が決まった。

初版は3000部だった。自慢するわけではないが、詩歌集という売れないジャンルで、20歳からコンスタントに出版できたのはやっぱり頑張っていたからだと思う。初版部数も増えてきたので、今度こそ……僕はそれこそ毎日、近所の神社に通って神頼みをしていたほどだ。

結果は、散々だった。どれぐらい売れたのか知らないが、取材に来てくれたメディアは当時誕生したばかりの東京MXテレビのみだ。当然、増刷もかからず、本を出してくれた出版社ともあっという間に縁遠くなってしまった。

すでに自分の限界を見た気がしたが、僕にはもう書くしか残っていなかった。

四冊目の本を出すため、今まで通りの生活を続けた。

ちょうどその時期だ。

多香美は休日だったから、あれは日曜日だったのだろう。

僕もバイトが休みのため、前日は夜遅くまで執筆をしていた。

いつの間にか自分の部屋で眠ってしまっていた。

もうすでに陽は高く、午前8時ぐらいだった。

寝ぼけ眼のまま、多香美の寝ているベッドのある寝室に入ろうとした。

何やら話し声がした。最初は仕事の電話かと思ったが、どうにも様子がおかしい。

コソコソと聞き取れないほどの小声で誰かと話しているのだ。

僕は嫌な予感がして、寝室のドアを開けられない。

だけど驚くほど冷静でもあった。

「ハァハァ……んっ」

紛れもなく艶っぽい声だった。

最初は本当に聞き取れないぐらいの小さな声であったが、次第に、

「あんっ、ハァ、アアッ……」

僕はいろいろと考えた。テレフォンSEXをしていることは間違いない。

当時、ダイヤルQ2というテレフォンSEX専門の有料番組が流行っていた。

男性の相手をするためのアルバイトがあったのも事実だ。サクラと呼ばれるやつだ。

多香美はそのアルバイトをこっそりやっているのではないか。

「そんなの恥ずかしいよ……」

多香美の声がはっきりと聞き取れるようになってきた。

「あ、ん……んんっ、うん……気持ちイイ」

誰かに言わされているのだろうか。

「気持ちイイ……気持ちイイ……」

うわごとのように続けている。僕以外の男に命令されているのが、気に食わない。

それでもこれがアルバイトならば、仕方ない。僕たちの生活のためにやっているのだ。

だが、もう一つ考えられることがあった。電話の相手が、仕事関係の男であることだ。

恋人なのか、それともセフレなのか。

休日のこの日、どちらかが声を聞きたくなったのかもしれない。

彼氏? まだ寝ているよ。

早く多香美に会いたい。もう朝からアソコがビンビンだ。電話でエッチな声を聞かせてよ。

このような会話を即座に想像してしまうのは、僕自身、過去に彼氏持ちの女性にそういう悪戯を仕掛けたことがあったからだ。

やがて自分の指でも咥えているかのように、チュパチュパという音も聞こえてきた。

「気持ちイイ?」

今度は優しい声で尋ねている。

「んふ、私も……欲しい……」

僕にはこんな言葉を囁いたことがない。

多香美はそれでも僕のことを気にしていたのだろう。

「アアッ、んっ、ああんッ」

おそらく掛布団を頭から被ったのだ。声が高くなるにつれて、くぐもって聞こえた。

それはすなわち本気で感じている証拠で、ベッドの弾む音もする。

「うん。触ってるよ……ああん、そう、クリ……」

僕は頭の中で、多香美のオナニー姿を思い描く

それはなんだか姉や妹といった肉親の自慰をこっそり覗いているような気分でもあった。

多香美は僕とのセックスの時もそうだが、絶頂に達する瞬間、我を忘れたようになる。

きっと、この時もそうだった。

「ああぁっ、イク……」

相手の男にしっかりと伝えるため、「イク」と言葉を発した。

僕とのセックスでは言わないくせに、だ。

相手の男の肉棒で激しく貫かれていることを妄想しているのだろう。

「ああっ、イッちゃう! イクイクイクっ、アアアーーーーッ!」

掛布団を被りながら、大きな声で喘ぎ散らしていた。

ベッドもセックスをしている時のように弾んでいた。

それからようやく多香美は布団から頭を出したようで、「ハァハァ」と荒い吐息が生々しく聞こえてきた。

不思議と僕は最後まで冷静だった。

いや、多香美のテレフォンSEXを聞きながら、ペニスははちきれんばかりに膨らんでいた。

むしろワクワクと楽しんでいたといっても過言ではない。

「うん。また明日……バイバイ」

受話器に手を当てているような小さな声で、嬉しそうに言っていた。

この言葉からして、ダイヤルQ2のアルバイトでないことは確かとなった。

僕はそっとドアの前から離れた。

誰が多香美を責められようか。

僕のほうが、ずっとひどいことをしてきたのだ。

 

 


一緒に帰ろ タイトル2

12『先生の排卵日』


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北関東にある定時制高校から「授業で話をしてもらえませんか?」という依頼がきたのは、2月の寒い時期だった。

学校からの依頼というよりも僕の著書を読んだ益田礼美さんという教師が手紙をくれた形だ。

礼美先生は夜間の定時制高校で3年生のクラスを担任していた。

手紙の内容はうろ覚えだが──定時制高校の生徒は年齢も様々で、昼間は仕事をしている社会人の生徒もいれば、全日制の学校を退学になった生徒もいる。そうした生徒たちに、あなたの話を聞かせてほしい。確か、そのようなことが書いてあった。

NHKの影響もあるのだろう。この頃の僕は学校や社会に馴染めない苦しみを詩や短歌で綴ったひとりの若者的な立ち位置になっていた。

実際はロクに働きもせず、同棲する多香美に食わせてもらいながら、隙を見てはファンレターをくれる数少ない女性たちと会って、性欲を満たすといったクズ人生を送っていたのだが……。

この依頼を引き受けた理由も、高校で話をすれば、興味を持ってくれる女子生徒が1人ぐらい現れて、美味しい思いが出来るのではないかと睨んだからだ。

「来週、〇〇県の定時制高校で話をすることになったよ」

邪な思いを隠して多香美に報告すると、

「ほんと? やったね。どんどんそういう仕事が増えてくるね。授業で何を話すか、ちゃんと考えていかないとね」

純粋に喜んでくれるから、正直騙すのはチョロいと思ってしまう。

「まあ、たいした金にはならんけどな」

「お金なんて気にしなくていいよ。いまは種をまく期間なんだから、お金にならなくても、少しでもいろんな人に知ってもらわないと。その間は私がバイト、頑張るから」

僕に罪悪感はあったのだろうか。一つだけ確かなのは、多香美は何があっても僕から絶対に離れないという変な自信だけはあった。

 

 

東北新幹線に乗って、北関東の某地方都市の駅に着いた時はすでに空は暗かった。

地図を手に定時制高校に向かうと、校門の前で礼美先生が待っていた。

一目見て、真っ先に思ったことがある。

年齢は30歳前後なのだが、その顔立ちやスタイルが多香美に瓜二つといっていいほどソックリだったのだ。

もちろん、当時の多香美はまだ21歳だったので、礼美先生のほうが大人っぽかった。

つまり、多香美の数年後の姿を見ているような感じがしたのだ。

「すみません、本来なら駅までお迎えにいかないといけないのに。新幹線の時間に授業が入っていたので……」

礼美先生は両手を合わせて泣きそうな表情で謝る。そうした仕草も本当によく似ていた。

「いえいえ、全然かまわないです。それにしても、めちゃくちゃ寒いですね」

同じ関東とはいえ、東京よりも断然寒かった。

「まだ降ってはいませんけど、天気予報では今夜、雪といっていましたよ」

どんよりとした厚い雲に覆われた夜空を見上げた小動物系の瞳もソックリだった。

定時制高校での授業は散々だった。

生徒の大半は僕と年齢もさほど変わらないヤンキーで、女子も意外と多かった。彼らは僕の本性を見抜いていたのかもしれない。

机に突っ伏して居眠りする者や漫画を読む者、ずっとメイクをしている者というように、まったくといって話を聞こうとしない。僕の語る薄っぺらな体験など、日々働きながら学校に通っている定時制の生徒たちにとっては、ハンパな不良の戯言に過ぎなかったのだと思う。

そうした雰囲気を察して、礼美先生はやたらと僕を持ち上げてくれるのだが、そうするほど場は白けてしまうもので、

「ところで二人はもうヤッちゃったんですか?」

「今夜は礼美先生のところに泊まるんですか?」

しまいには教壇に立っている僕と礼美先生を冷やかす声まで飛び交い始めた。

久しぶりに学校で地獄の時間を味わった気分だった。早くチャイムが鳴ってほしかった。

「せっかく呼んでもらったのに、上手に話せなくて、すみません」

ようやくチャイムが鳴って、礼美先生と職員室に戻る途中、僕はぐったりしながら謝った。

「いえ、そんな。こちらこそ。松田さんの話、すごく良かったです。生徒たちはいつもあんな感じですけど、ああ見えて、ちゃんと話を聞いていますから。やっぱり来てもらってよかったです」

懸命に励ましてくれるあたりも、多香美のように思えた。

「それならいいんだけど……さすがに疲れたな。先生、この後は?」

「え? 私はもう何もないのですが……ご飯でもいきますか?」

礼美先生は多分、僕に気を遣ってくれていたのだと思う。

学校を出ると、天気予報通り、外は雪が降っていた。かなり大粒の雪で、すぐにでも積もりそうだった。

僕たちは駅前の居酒屋に入った。

外の凍てつくような寒さとは裏腹に、店内は南国のように暖かくて心が和む。

きつかった仕事を終えた後の解放感もあった。

礼美先生もようやく教師の立場から解放されたように、饒舌に話すようになった。

元々、礼美先生は僕の本を読んで会いたいと言ってくれた人だ。仕事の依頼はあくまで大義名分であって、本当の目的はこれだったのかもしれない。本に関する質問を始め、自分の10代の頃の話やいまの学校の在り方などを矢継ぎ早に語ってくる。

しっかりしているようで、ちょっと隙のあるところもあった。

話につい夢中になりすぎたのだろう。

「あれ? 松田さん、新幹線の時間……大丈夫?」

細い手首に巻いた腕時計を見てようやく気付いたようだ。

「あ~、どうだろう。新幹線って何時まであるの?」

僕はトボける。実際、終電の時間など調べていなかったが、すでに夜10時半を過ぎている。東京行きの新幹線があるとは思えなかった。

僕は時間に気づいていたが、わざと知らんふりをしていたのだ。

「大変! 田舎だから、終電が早いんです。とりあえず駅まで行きましょう」

今のようにスマホで電車の時間をすぐに調べられるような時代ではなかった。

礼美先生の慌てっぷりはすさまじく、店を出ると、傘もささず大雪の中、駆け出した。

まあ、間に合わないだろうな、と僕は思いつつ、礼美先生の後を追う。

礼美先生はベージュのコートに紺色のロングスカートで、パンプスを穿いていた。

僅かに露出した足首が細くて、色っぽかった。

新幹線はもうなかった。

「ハァハァ、本当にごめんなさい。私がちゃんと時間を考えていなかったから」

普段あまり走ることもないのだろう。礼美先生は息を切らして、胸を押さえるようにしていた。僕はそのセックスを彷彿させる荒い息遣いに耳を傾けてしまう。

「いや、大丈夫ですよ。その辺のホテルに泊まるから」

「じゃあ、ホテル代は私に出させてください」

「いやいや。ホテル代ぐらいは自分で出せるから。ただ、このあたりってホテル、ありますか?」

「駅の近くに一軒、ビジネスホテルがあります。一緒に行きます」

もう今夜は帰れない。状況はしっかりと作れたので、あとは流れにうまく乗ればいい。

地方都市の平日の夜とあって、ホテルの部屋は空いていた。

「よかった。これで野宿しないで済む」

「こんな日に野宿なんかしたら、凍死しますよ」

礼美先生もやっと安心したのか、並びのいい歯を見せて微笑んだ。

「どうせホテルに泊まるんなら、もう少し店で飲んでいても良かったなぁ」

僕は言う。

「そうですよね~」

礼美先生も残念そうに言ったので、僕はここで勝負をかけようと思った。

「飲み直しません?」

言葉にした後、多香美の顔が脳裏をよぎった。

いや、目の前にいる女性が多香美に似すぎているからかもしれない。

なんだか自分の悪事を多香美に見られている気分になった。

一層、礼美先生がこの誘いを断ってくれれば僕も諦めがつく。何の罪悪感もなく、アパートで待つ多香美に「新幹線がなくなったから、泊まっていくよ」と電話も出来る。

「いいの?」

なんだろう、この感覚は。

僕はその時、多香美が僕以外の男性に誘われて、嬉しそうに頷いている光景を想像してしまった。

 

 

思えば、初めての無断外泊だった。

僕は礼美先生には同棲していることを伏せていた。最初は隠すつもりなどなかったが、礼美先生の顔を見るなり、僕は彼女のいない孤独な青年を装うとした。少しでもヤレる率を高める姑息な手段である。

ホテルのバーの近くにあったショットバーで飲み直した。

大人の洒落た雰囲気のある店内とあって、カウンター席で隣に座っている礼美先生が一段と女っぽく見えた。

二人とも大分酔っていたし、どちらから誘うこともなく、そういうムードにもなっていた。礼美先生も僕が冗談を言うとクスクスと笑って、体を揺らしながら密着してくる。もはや一人の教師ではなく、女の人だった。セックスの前の前戯のようにバーで会話を楽しみ、気づいた時にはカウンターテーブルの下で手を繋いでいた。

多香美とはこういう場所で飲んだこともなければ、今はもうセックスをする前にドキドキすることもない。

パラレルワールドというべきか、まるで時空の違う世界で多香美と今また知り合って、男女の仲に陥っていくような感覚だった。

だから、現実世界の多香美に電話をすることもなかった。そもそも礼美先生には嘘をついているので、誰かに電話をするといった怪しい行動を取れなかった。

バーを出ると、外は猛吹雪となっていたが、僕は礼美先生の手を強く握って、ホテルの部屋に連れ込んだ。

「今日会ったばかりなのに……」

礼美先生は部屋に入るまでほとんど無言でついてきたが、部屋で二人きりになった途端、独り言のように呟いた。

僕は構わず、部屋の電気もつけず、そのままシングルベッドに押し倒した。

「あっ……」

礼美先生はだいぶお酒に酔っていた。目がトロンとしていた。

すかさず馬乗りになって、あらためて顔を見つめる。

見下ろした時の顔もゾクッとするほど多香美に似ていた。

罪悪感はない。むしろ、あらゆることが興奮に繋がっていた。

つい数時間前まで一緒に教壇で立っていた礼美先生がいま僕に組み敷かれているという興奮もある。それにもう一つ、変な感覚だが、僕は別人となって、多香美を抱いているような興奮にも駆られたのだ。つまり、多香美の浮気を第三者的に見ているような感覚だ。

覆いかぶさり、唇を重ねていく。

礼美先生は静かに目を閉じて、それを受け入れる。

唇と唇が触れ合うと、お互い軽く吐息が漏れて、もはや特別な関係でなければありえない距離に達したことを実感する。

小ぶりな唇だった。僕は礼美先生の唇を食べてしまう勢いで、むしゃぶりつく。

「あっ、うう、ん……」

襲われることを喜んでいるように礼美先生は唇の力を緩めて、甘い吐息を漏らす。

舌を差し込んで、前歯や歯茎なども舐める。

「う、ン……」

たっぷりと時間をかけてキスをしていると、礼美先生の体の力も抜けていく。

ギュっと強く抱きしめる。細身の体で小柄なところも多香美と同じで、抱きこむと、慣れ親しんだ感覚もあった。

「ああ……」

控えめながら官能的な声を上げる礼美先生が大人っぽかった。このあたりは多香美と違ったものの、もしかしたら、他の男の前ではこういう姿を見せるのかもしれない。

毎日のようにセックスをしているとつい前戯も適当になりがちだが、初めて抱く女となれば話は別だ。男はなるべく優しさをアピールするように、丁寧に女性の体を撫でるものだ。

細い首筋や耳の裏にも舌を這わせていく。

「んふぅ……あ、あ」

くすぐったそうに身をよじりながらも、礼美先生はゆっくりと肢体をのけぞらせて、官能の波に漂っているようだった。

一日中働いて、シャワーも浴びていなかったが、汗の味など一切せず、ほんのりと香水の香りが鼻孔をくすぐる。

妙齢の女教師の匂いにうっとりしながら、僕は服を脱がせにかかった。

上下お揃いの淡いブルーの下着だった。普段からお洒落な下着をつけているようだ。

着やせするタイプのようで、意外と乳房も大きかった。ブラジャーをはぎ取ると、ソフトボールサイズのお椀型の乳房が露わになった。

「先生、オッパイが綺麗」

僕は興奮に鼻息を荒げながら言う。

「そんなことない……それに先生って呼ばれると、なんか照れ臭い」

胸を両手で隠しながら訴える礼美先生が可愛くて仕方ない。

僕はその手を払いのけると、多香美よりも幾分か柔らかい乳房を揉む。あらためて多香美のオッパイのほうがやはり張りはあるんだなとも思った。

指がどこまでも沈み込みそうな柔乳を堪能していると、桜色の乳首もツンと勃ってきた。

早く吸ってほしそうな、女教師の生理的な女の反応がイヤラしい。

僕は吸い付いて、口の中で味わう。

「ああん」

感度も良く、口の中で一段と乳首が硬くなってくる。

乳房に顔を埋めていると、あれは発情した時の雌の匂いなのか。

バニラのような甘い体臭が漂ってくる。それを嗅いでいるだけで、屹立したペニスは勝手にビクンビクンと脈打つ。

「先生、俺のも触って」

乳首を吸いつつ、礼子先生の右手を掴んで、硬くなったペニスに誘導する。

「あ……」

ほっそりとした女の指がしなやかに肉胴に絡みつく。

たまらずペニスがビクッと脈打つと、礼美先生は驚いたような声をあげていた。

「もう出てる?」

「うん。ヌルヌルしたのが出てる」

セックスの時は女教師といえども片言の日本語のような言葉遣いになってしまうようだ。

「先生の指、すごく気持ちイイ」

「本当?」

聞きながらも、自然と指で掴んだペニスをゆっくりと律動させてくる。

僕はシゴかれる快感に酔いしれながら、片方の乳首をついばみ、もう片方の乳首を指で挟みこねくり回す。

「ア、   アア、アアッ」

両方の乳首を刺激すると礼美先生は、ペニスの握る手に力を込める。

心地よい圧迫感にますます我慢汁が溢れてくる。

ネチネチと粘着質な音も聞こえてきた。

やがて僕は礼美先生のパンティにも手をかけた。

ロングスカートからは分からなかったが、すらりとした美脚でもあった。

その脚からパンティをするすると脱がしていく。

全部を脱がし終えると、僕は問答無用に礼美先生の両脚を思いっきり広げさせた。

「あ、いや……恥ずかしい」

長い脚を大きくVの字に広げさせると、礼美先生の秘唇が丸見えとなった。

小陰唇は小ぶりで、その周辺の縮れた恥毛は薄い。脚を広げているせいで、秘唇がぱっくりと開いて、男を受け入れる膣口もモロに露出していた。

中の秘肉は濃い桜色で、ヒクヒクと蠢いていた。

「すげえエロい」

僕は女教師の秘密の穴を凝視しながら、舌を突き出して、膣穴に迫る。

膣口の奥にあるコリコリとした秘肉を真っ先に舐りたかった。

「アアアッ!」

いきなり中まで舌が侵入してきたことで、礼美先生は激しく悶絶した。

僕は礼美先生が脚を閉じないように力で押し広げながら、膣内の恥肉を舐め漁る。

「ふあ、ああ、松田さん……」

礼美先生は僕を「さん」付けで呼ぶ。年上の女教師にそう呼ばれると、僕はますます興奮した。

舌をできるだけ長く伸ばして、膣内のあらゆる部分に這わせた。

「ああ、あああ!」

どこを舐めても快感を得られるようで、膣肉は外にせり出すように収縮する。

うごめく膣肉の隙間から、ラブジュースも大量に溢れ出ていた。

僕もしてほしくなった。

クンニをしながら体を移動させて、礼美先生の顔の上に跨る。

いわば男が上になるシックスナインの体勢となった。

「咥えておくだけでいいからね」

僕が言うと、ペニスは瞬く間に生暖かい粘膜に包み込まれた。

「はぐぅ……」

礼美先生は口の中で肉棒を転がすようにモゴモゴと咥える。

女教師にペニスを舐めさせていると思うだけで、ペニスはビクビクと脈打って暴れまわる。

「はん、んふぅ、んふぅ」

最初は遠慮がちに咥えこんだ礼美先生だったが、すぐに美味しそうに男根全体を舐め回し始めた。

無数の虫が這うような快感に襲われながら、僕は膣内舐めをやめて、いよいよ女教師の淫芽を狙う。舌先で小粒な突起を見つけ出すと、抉るように刺激した。

「んうぐう!」

くぐもった声で悶える礼美先生は、伸ばした両脚にも力が入った。

細い太ももだけど筋肉がうっすらと浮いていた。

僕は礼美先生のフェラチオに負けないように、クリトリスを吸う。

「んふぅ、んふぅう!!」

ますます両脚をピーンと伸ばして、太ももの筋肉を張り詰める礼美先生。

お互い快感を競うように与え合い、口の周りはお互いの体液でベトベトになる。

淫靡な匂いがビジネスホテルの部屋にたちこめて、男と女の秘め事は一段と深みを増してくるようだった。

数分ほど続けていると、ついに礼美先生は限界点に達したようで、

「あああっ!」

口から慌ててペニスを抜いて、

「イク……イク、イクぅ!」

悲鳴のように言葉を発している間も、僕はクリトリスから唇を離さない。

「アアアーッ! もうダメ!」

強すぎる刺激に耐え切れず、肢体を暴れさせて、舌から逃れるまで舐め続けた。

「先生、入れるよ」

まだ絶頂の余韻にグッタリとしている礼美先生を見下ろしながら、僕は正常位で挿入体勢に入る。

ビジネスホテルなので避妊具はない。当たり前のように僕は生で挿入した。

「ううおっ」

肉棒の根元から跳ね上がる快感に僕はたまらず吠える。

絶頂した直後とあってか、礼美先生の膣穴は熱く火照っていて、中の粘膜が柔らかく、ほぐされているようだった。

「ああっ!」

礼美先生はハシタなく両脚を大きく広げた格好で、体の中央を貫かれるように肉杭を打ち込まれている。動物の交尾のように性器を直に挿入されている姿は、実に美しい。

やっぱり生は最高だ。生に勝る快感はない。

多香美はコンドームを装着しないと怒るからダメだ。

そんなことだから、こうやって浮気をされるのだ。

生で入れても何も言わない礼美先生に乗り換えようかと思うほどだ。

「先生のおまんこ、めっちゃ気持ちいい」

僕はペニスにまとわりつく膣粘膜のうごめきを褒めたたえる。

「あ、ン……あの、中では出さないでね」

礼美先生は僕から目を逸らして囁く。

「わかってる。ちゃんと外で出す」

「絶対ね。私、多分、今日が排卵日だから」

奥まで男根を突っ込まれた状態で、礼美先生は言った。

「そうなの?」

僕はすぐに腰を動かすと射精してしまいそうなので、しばらく会話を楽しむ。

礼美先生は静かに頷いたあと、僕のほうを見て、妙に色っぽいことを口にした。

「だから、すごく……男の人が欲しくなったんだと思う」

出会ったばかりの男とセックスをしている自分を言い訳しているようにも聞こえるが、僕はこの言葉にゾクゾクした。

バーでお酒を飲んでいる時から雌の本能が疼いていたのだろうか。それとももっと前から、意識をしていたのだろうか。

何であれ、礼美先生の中に潜む「女」を生々しく感じた。

「いっぱい突く」

僕は宣言して、本格的にピストン運動を開始する。

コンドームがない分、膣粘膜の細やかな蠢きも感じ取れて、射精感がどんどん高まる。

とくに敏感な亀頭が膣奥に当たる生感触は最高で、まさに礼美先生の秘めた部分まで征服している気持ちになるのだ。

「あっ、あっ、あっ!」

礼美先生の喘ぎ声も切なげに高まってくる。

結合した部分から溢れる愛液も粘り気が増して、ヌチャヌチャと卑猥な音を立てる。

「うう、おおお。なんか、馴染んできてる」

僕は思ったことを口にする。

実際、しばらく膣内を掘削するように突いていると、ペニスとヴァギナが一つになるような感覚があった。

まるでペニスが女の体の中で蕩けていくようだ。

「ハアぁ、はああ、ああん!」

礼美先生もいまや肉棒を出し入れされる感覚に集中しているようで、時折、自分からも腰を悩ましく振ってくる。

僕はそんな礼美先生を見下ろしながら、ピストンの速度をさらに速める。

揺れる乳房や乱れる髪、眉根を顰めてよがる表情を見ていると、やはり多香美とそっくりだ。

多香美も僕以外の男に抱かれて、こんな姿を見せることがあるのだろうか。

もしかしたら、僕以外の男とのセックスでは生でヤッているかもしれない。

多香美は一途な女だから、そんなことは決してない。今まで多香美の浮気を想像したことなどなかったが、礼美先生を抱いていると、どうしても思い描いてしまう。

そして、それが僕の中ではトドメとなる興奮に変わった。

パンパンパンと激しく腰を打ち付けて、浮気をしている多香美を懲らしめるように激しく突く。

「アアアっ! すごいっ!」

まさか僕が他の女を想像しているなんて露知らず、礼美先生は嬉しそうによがる。

「だめだ、先生、もうイクよ」

僕はあえて「先生」と呼ぶ。そうでなければ、多香美が脳裏から離れない。

「う、うん……外で」

礼美先生はそう懇願しながらも、膣穴は肉棒を離さんとばかりに締め付けていた。

ぎりぎりのところで僕はペニスを引っこ抜く。

すかさず右手に愛液で濡れた肉棒を掴み、シュッシュッと2~3往復、手淫した。

「うおおお」

自分でもわかるほど強烈な雄臭のする精液が噴出して、礼美先生の白い下腹部に浴びせた。

「ああ……どうして……」

礼美先生は精液を浴びながら、なぜか不満げに呟いた。

「ん?」

「体にかけるの?」

「え?」

外出しの時は女の体に浴びせるのが当たり前ではないか。

「普通はシーツとかバスタオルに出すんじゃないの?」

「いや……俺はこれが普通だと思っていたけど。逆にそんな奴、いるの?」

「うーん……」

礼美先生は何か言いたげだったが、どっちにせよ、僕はやり遂げた感があったので、もうどうでもよかった。

ティッシュ箱からティッシュを抜き取り、自分の精液で汚した礼美先生の体を拭いた。

礼美先生は恥ずかしいのかくすぐったいのか、くすくすと笑っていた。

笑うと目がなくなるほど細くなるところも、多香美とソックリで、僕は今更ながら胸の奥がチクッと痛んだ。

どうしよう。多香美は今頃、心配しているだろうな。

一人の部屋でいつまで経っても帰ってこない僕をどんな気持ちで待っているだろうか。

「しちゃったね」

礼美先生が僕の反応を伺うように言ってきた。

「うん。しちゃった。こっちにおいで」

僕は多香美のことで頭いっぱいになりながらも、多香美に似た女性を抱き寄せて、腕枕をした。

窓にはカーテンがかかっているけど、きっとまだ雪は降っていたと思う。

 

 


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