柚木怜のアトリエ

エロチックファンタジー小説

主に、昭和50年代を時代背景にした思春期の「少年」と「年上女性」の相姦ものを書いています。

 こんにちは、柚木怜です。
 4月5日に新刊「姉枕」(匠芸社・シトラス文庫刊=定価770円)が発売されましたので、試し読みとして、〝第一章〟を公開いたします。


姉枕 表紙


 こちらの作品は、ドコモのdブック、auブックパス、DMMブックス、楽天ブックス、コミックシーモア、U-NEXT、Googlebooks、Kindleなど、40以上のオンライン書店で発売されています。(詳細は記事の最後に)



 作品の概要はこんな感じとなっております。

生まれた時から父はおらず、飲んだくれのふしだらな母は、愛人の家に入り浸りで子どもの待つ家にはたまにしか帰ってこない。そんな家庭環境で育った春吉は幼少期に、五歳年上の姉・夏子が「してくれたこと」をずっと忘れられないでいた。

『明君のお母さんと僕』『お向かいさんは僕の先生』などノスタルジー溢れるポルノ小説でおなじみの、郷愁の官能作家・柚木怜が綴る──貧しい生活の中でも逞しく生きようとする、姉弟の禁断性愛ストーリー。

 ちなみに、この作品は目次を見てもらえるとわかるのですが、時系列が変則的になっておりまして、

第一章   東京…………十八歳
第二章   愛鎖…………十七歳
第三章   粘膜…………十六歳
第四章   卒業…………十五歳
第五章   砂州…………十八歳
第六章   誕生…………二十歳
第七章   姉枕…………五歳

 章タイトルの右にある年齢が、主人公の年齢となっております。
 第一章は十八歳、第二章は十七歳、第三章は十六歳、というように、章を追うごとに、過去にもどっていく流れとなっております。
 読み進めるなかで、姉弟のあいだにかつて何があったのか、次第にわかっていく感じです。(第五章でふたたび十八歳の頃の話となります)



 まず、第一章の舞台は、1996年。
 主人公の「僕」こと春吉(はるきち)が、一年前から東京で働いている五歳上の姉の夏子(なつこ)に会いにいくシーンとなっております。
 第一章だけで約3万字とけっこう長いのですが(全編=約16万字)、ここで、この姉弟の人物像や、どういう関係性なのか、できるだけ伝わればと思っております。
 今回の試し読み版ではイメージ画像も交えて、公開させてもらいます。



第一章「東京…………十八歳」


2 愛鎖

一九九六年(平成八年)、九月──。

夏子、二十三歳。
春吉、十八歳。



 寝起きは、目やにがまつげにべったり張り付いていて、すべてがぼやけてみえる。
 そのうえ、空はあいにくの天気だった。テレビでしか見たことのない高層ビルの上には、汚れた綿飴のような雲がうごめいていた。
 初めての大都会はキラキラしているどころか、くすんでよどんでいた。
 岡山駅から深夜バスに乗ったのが昨晩の九時過ぎだったから、十時間以上の長旅だった。
 ここは東京、朝の七時過ぎだというのに、バスが到着した東京駅前はすでに喧噪であふれていた。
 月曜日ということもあって、会社に行く人も多いのだろう。行き交う人々の足取りも速い。バスの乗降口を出たところで、スーツの男性とぶつかりそうになった。僕は慌てて「すみません」と頭を下げたけど、スーツの男性は立ち止まることもなく、見向きもしなかった。
 まるで一方向にしか進めないロボットのように、スーツの男性が走り去っていく。
 僕はまだ半分、夢を見ているような心地だった。
 それでも、寝起きだから、口の中がネバネバして気持ち悪かった。
 歯を磨きたかったし、オシッコもしたかった。
 姉さんは七時半ぐらいに迎えに来るといっていたから、まだ少し時間はある。
 僕はボストンバックを右肩にかけながら、東京駅の中に入ってみた。
 駅構内も人、人、人、だった。
 都会の活気に圧倒されながら、僕はトイレのマークだけを頼りに、迷路のような駅構内を歩いた。
 トイレはデパートの化粧品売り場かと思うぐらい綺麗だった。
 溜まりに溜まっていた黄色いオシッコが、真っ白な便器をペンキのように染めていく。
 長い放尿を終えると、僕は洗面台の前で歯磨きを始めた。
 鏡もピカピカで、自分の顔がいつもよりもブサイクに見えた。
 そのあいだも絶えず、人がトイレに入ってきたけど、僕のことなど、誰も気にしていない様子だった。
 なんだか僕は幽霊みたいだった。他の人からは、僕が見えていない。
 洗面台で顔まで洗ってさっぱりすると、ようやく目も覚めてきた。
 腕時計を見ると、七時半まであと五分。そろそろ姉さんも来ているかもしれない。
 この一年、姉さんには全然会っていないから、ちょっと緊張してきた。
 今一度、自分の顔を鏡で確認した。
 いけね、ヒゲ剃りを忘れた。
 一晩で伸びたヒゲのジョリジョリを手の甲で触りながら、僕は深夜バスの停留所まで戻った。
 姉さんはまだ来ていなかった。
 僕は行きかう人々の邪魔にならないよう歩道の端っこに移動し、ボストンバッグを地面に置いた。それからバッグの口を開いて、姉さんの手紙を取り出した。やっぱり「バスを降りたら、そこにいてね」と書いてある。ここで待っていればいいはずだ。
 最近は携帯電話を持つ人も増えているけど、僕は持っていない。中学卒業後、親方ひとりの植木屋で働いている十八歳の僕では、高価な携帯電話はとても買える道具でなかった。
 だけど去年から東京に出ている姉さんはもう携帯電話を持っていた。
 手紙の最後には、090から始まる携帯番号も記載されていた。
 姉さんは僕よりも五歳年上で、いまは二十三歳。杉並区の阿佐谷というところで一人暮らしをしていて、職場はそこから電車を乗り継いで四十分ぐらいの茗荷谷という場所にある小さな出版社で働いているそうだ。
 滅多に出社しない社長さんのほかに、オジサンの編集者が二人、オバサンの編集者が一人だけのアットホームな職場だと、前に貰った手紙に書いてあった。
 姉さんは昔から本が好きだったから、本を作る会社に就職できて良かったね、と僕は返信したものだ。
 もう少し待ってこなかったら、近くの電話BOXから姉さんの携帯電話にかけてみようと考えていると、
「はる!」


姉

 かなり注意して、姉さんの姿を探していただけに、僕はしこたま驚いた。
 目の前に現われるまで、姉さんだとは気づかなかった。
「姉さん!?」
「よかった~。どこかで迷子になっているんやないかって、心配したで」
 声を聞いて、ようやく姉さんだと認識できたぐらいだ。たかが一年会っていないだけなのに、姉さんは弟の僕があ然とするぐらい、綺麗な大人の女性に変貌していた。
 髪は相変わらず肩ぐらいの長さだったが、明るい茶色に染めていて、ずっとかけていた眼鏡も見当たらない。
 クリクリとした小動物系の瞳も大きくなっていて、どこかエキゾチックに感じた。
 目が大きくなったと感じる一方、顔はずいぶんと小さくなっていた。
「あ、うん……姉さん、痩せた?」
 開口一番そう口にしてしまうほど、姉さんはすらりとしていた。
 ベルトの部分だけが白い黒のワンピースも似合っていた。
 腰まわりが細く絞られているそのワンピースは、ほっそりとした体のラインも浮き立たせていた。
「あ~、少し痩せたかも。だいぶ、待った?」
「ううん。大丈夫、駅のトイレに行っとった」
「そうか。東京駅の中、めっちゃ広かったやろ」
 姉さんは財布しか入らなさそうな小さなバッグを肩にかけ直しながら、朗らかに微笑んできた。
 十数年間も、同じ屋根の下で、誰よりも長く顔をつきあわせていたというのに、僕は姉さんに微笑みかけられて、不覚にも顔が熱くなった。
「うん。広かった。トイレもすごいなぁ。めっちゃ綺麗や。歯も磨けるし、顔も洗えるんやで」
 照れ隠しもあって、僕は早口でまくし立てるように喋った。
 姉さんは「うんうん」と笑顔で相槌を打ち続け、僕が喋り終えたところで、
「でも、あんた、寝癖残ってるで。前髪が爆発しとるわ」
 東京のど真ん中で、我が家にいた頃のように、体を近づけて、僕の寝癖に触れようとしてきた。
 久しぶりに至近距離で感じる姉さんの体からは、ふんわりと甘い桃のような香りがした。
 甘いけど、大人の女の人の香り。それは僕の記憶にない姉さんの匂いでもあった。
「いいって」
 つい姉さんの手を払いのけようとしてしまったのは、照れている自分を誤魔化したかったからだ。
 周りの視線も気になった。
 さっきまで行き交う人々は僕の存在など見向きもしなかったのに、姉さんと立ち話を始めてからは、通りすがりにちらちらと見てくるのだ。
 姉さんは僕が周囲を気にしていることを悟ったのか、そっと体を離すと、
「そや、朝ご飯まだやろ。駅の中で何か食べていこうよ」
 最初からそう計画していたかのように、すらすらと言った。
「うん。お腹はすいた」
 僕は自分で寝癖を弄りながら言った。
「じゃ、いこ。こっち」
 姉さんが先に歩き出す。僕は綺麗になった姉さんと並んで歩くのが恥ずかしくて、後ろからついていくことにした。
 姉さんの後ろ姿も久しぶりに見た。お尻も小ぶりになっていた。歩き方も妙に女っぽくなっていた。一歩踏み出すたび、ワンピースから浮き立つ双臀が、なまめかしく、くねって揺れる。それは高いヒールのせいなのか、それとも姉さんの体が自然にそうさせているのか、わからないけど、僕は気づくと鼻腔を膨らませていた。
 姉さんの、あの匂いを、かすかでもいいから感じようとしていた。
 姉さんは東京駅構内にあるパン屋と喫茶店が合体したようなお店に連れていってくれた。
 僕はカツサンドとオレンジスカッシュ、姉さんはハムサンドとホットコーヒーを頼んだ。
 姉さんは僕と会えたのが嬉しいみたいで、ずっと微笑んでいた。コーヒーカップを口につけるときも、僕から目を離さず、ニヤニヤしていた。僕は姉さんと視線が合うたび、「これ、うまいわ」とか「姉さん、ここよく来るの?」とか目を逸らして、どうでもいい会話をした。
 どうにも落ち着かないまま朝食を食べ終えると、姉さんが信じられないことを言い出した。これからタクシーに乗るというのだ。
「あかんって。めっちゃお金かかるやろ?」
 そもそも僕はタクシーに乗ったことがなかった。姉さんだって地元にいた頃は使ったことがなかったはずだ。
 僕たちは貧乏な家の子である。
「かまへん、かまへん。お姉ちゃん、いまはけっこうお金もあるから」
「でも……」
「ええから。今日は、お姉ちゃんに任せておき」
 姉さんは僕の返事も聞かず伝票を手に、席を立ち、そそくさとレジのほうに歩き出した。
 結局、姉さんの勢いに押されるまま、東京駅のタクシー乗り場から黄緑色のタクシーに乗った。
 姉さんはタクシーに乗ることにも慣れている感じで、さっそうと後部座席に乗り込むと「とりあえず、霞ヶ関までお願いします」と、丁寧な口調で運転手さんに告げた。
「霞ヶ関?」
 僕は聞いた。同時にタクシーがゆっくりと発車した。
「うん。はるに見せてあげたいものがあるねん」
 座席に浅く腰掛けた姉さんは、小さなバッグを膝の上に置いて、両脚を閉じていた。だけど座るとワンピースの裾が少し上がるから、色白のふくらはぎが露出していた。ふくらはぎも、ヒールを履いた足首も、以前よりほっそりしていた。
「そのあとは、お台場に行くからね」
 姉さんの足を見ていると、話しかけられた。
「お台場?」
 霞ヶ関もお台場も、なんとなく聞いたことのある地名だったが、東京のどのあたりにあるのかさっぱりわからない。東京といえば、東京タワーと浅草ぐらいしか知識がなかった。
「お台場、知らない? 今年の七月にジョイポリスっていう遊ぶ場所も出来て、めっちゃお洒落なスポットになっているねん。ほら、レインボーブリッジとか聞いたことない?」
「あ~、聞いたことあるわ。ベイブリッジやろ」
「それは横浜やわ」
 よほど面白かったのか。姉さんがずっこけるように僕に体を寄せて、胸板をポンと叩いてきた。姉さんの桃のような香りが、体温とあいまって、一段と甘ったるく感じた。
「あ、そうなんや……どうせ、俺は田舎もんやから」
 僕は姉さんにくっつかれたことにドギマギしつつも、ちょっと拗ねてみせた。
「ごめんごめん。うちも田舎もんやった」
 姉さんはすぐに謝り、僕から体を離した。
 僕は別に本気で拗ねたわけでもない。むしろ、嬉しかった。同じ田舎者の姉さんが今では東京の人になって、ちゃんとこの街に溶け込んでいると思えたからだ。
 一年前、姉さんが東京に行くとなったとき、僕は田舎者の姉さんが都会でバカにされないか、けっこう心配していたのだ。
 慣れない都会の生活で、ひとり悔しい思いをしていたら、可哀想じゃないか。
 それなのに姉さんは偉そうに都会人ぶって、田舎者の僕を冷やかしてくる。頼もしくもあり、少し安心もできた。
 それにしても、姉さんは何を僕に見せたいのだろう。気になって窓の外を見た。相変わらず天気は曇りだったけど、先ほどよりかは空が明るくなっていた。どんよりとした雲の合間から、うっすらとだが朝の光が反射し始めていた。
「午後からは晴れるみたいやで。まだまだ東京も暑いねん」
 姉さんも同じように窓の外を見ながら言った。暦は九月だけど、タクシーの車内もまだ冷房がかかっていた。姉さんが僕に見せたいものは案外近い場所にあった。
 タクシーに乗って十分ほど経ったところで、
「もうすぐや。急に現れるから、ビックリするで」
 姉さんがそう言って、フロントガラスの前方を見るように指さしてきた。平日の出勤時間帯とあって、車は渋滞気味だったが、とてつもなく広い並木の道路だった。
 タクシーがゆったりと大きなカーブを曲がっていく。すると、
「ほら、あれ」
 もう言わずにはいられないといった感じで、姉さんが声を張り上げて、指さした。
「おおおっ!」
 僕は姉さんの思惑通り、思わず叫んでしまった。まさしくテレビで見たことのある建造物が、そこに堂々とそびえていた。
「知ってる! 国会議事堂や」
 僕はクイズに答えるように、勢いよく叫んだ。
「そう。大きいやろ。私も初めて見たとき、めっちゃ感動したんや。たまたま仕事の帰りに、上司とタクシーに乗っていたときに見たんやけど」
 姉さんが顔をぬぅと近づけて、僕と同じ視線で眺めてくる。
「そうなんや。すげえ~デカ! 実物はこんなにデカいんや?」
「ふふ。良かった」
 姉さんのかぐわしい息を感じながら、僕は国会議事堂の壮大さに息を飲んでいた。
「これを見せたかったんや?」
「そうや。じゃあ、運転手さん、このままお台場までお願いします」
「え? もう終わり?」
「うん。車から見るのが一番ええねん。いきなりドーンと目の前に現われるから」
「そうなんや~」
 国会議事堂を見ただけだというのに、僕は先ほどまでの都会に来たという緊張感が若干、和らいでいた。興奮したのが良かったのかもしれない。姉さんも僕が少しリラックスしたことをわかったのか、
「そういや、はる。仕事のほうは、どうや?」
 急に日常的な話を振ってきた。
「え? あ~、まあ、ちゃんとやってるで。親方に叱られてばっかりやけど。でも、最近は柵を作らせてもらえるようになったで。角材をのこぎりで切るだけやけど」
「へえ、すごいやん。あんた、昔から手先だけは器用やったもんなぁ。あれはやってるの? 剪定だっけ」
「剪定なんか、まだまだやらせてもらえへんで。基本は掃除や。朝から晩まで掃除。植木職人はまず三年間は掃除なんやって。親方に言われているねん」
「石の上にも三年って言ってたもんね。でも、そろそろ三年になるやろ。なんやかんやいって、ちゃんと続けられているから、偉いよ」
「まあな」
 姉さんに褒めてもらえると、僕はやっぱりまんざらでもない。
「半被(はっぴ)はもらえた?」
 一人前になったら、植木屋の家紋入り半被が着られるということを、姉さんは覚えていたようだ。
「まだねんけど。親方がこの前、そろそろ春吉にも半被を作ってやるか、って言ってたよ。まあ、お酒を飲みながらだったから、ほんまかどうかわからん」
「そっかぁ! はるの半被姿、早く見たいわ」
「ああ……姉さんのほうこそ、どうなん? 仕事は」
「うん。楽しくやっているで」
「本、作っているんやろ」
「そうやで。といっても、うちのところは、海外の古典文学とか哲学の本ばかりねんけどな」
「海外の本ってことは、英語?」
「英語だけやないけどな。まあ、お姉ちゃんが編集するのは翻訳されているものだから、全部、日本語やで」
「ふぅーん、楽しいんやったら、ええやん……おおおっ、おおおおっ、姉さん、あれ!」
 姉さんの顔を見ながら話していると、姉さん側の窓の向こうに、東京のシンボルが見えていた。
「あ~。そうや、東京タワー」
 あろうことか、姉さんは忘れていたように言った。姉さんにとっては、東京タワーよりも国会議事堂のほうが、オススメのスポットだったみたいだ。
「早く言えよ。すげえ。ほんまに真っ赤ねんなぁ。格好ええわ」
 僕は姉さんの体に覆い被さるように、窓に近づいて、東京タワーをじっくり見ようとした。
「ふふ。あとで、上までいこっか」
 姉さんの、ふふ、という笑い声が、僕の耳を心地良くくすぐった。
「ほんま? めっちゃ行ってみたい」
 目に飛び込むものすべてが、僕の脳にガンガン刺激を与えてくる。
 十時間前、岡山駅のバスターミナルから深夜バスに乗ったときは、東京の街を見るだけでこんなに高揚するなんて思ってもいなかった。ただただ一年ぶりに姉さんと会えることだけを考えていた。
 東京タワーを車窓から見たあと、垂直に伸びる高層ビルが建ち並ぶエリアに入っていた。
「この辺もすげえ。なんていうの?」
「汐留かな。いろんな大きな会社が入っているで。近くに新橋という駅があって、サラリーマンの町って言われているねん」
「へえー。あ、モノレールや!」
 高層ビルの合間を縫うように、車輪のない電車が高架を走っていた。
「ゆりかもめ、っていうんやで。モノレールみたいやけど、ちょっと違うらしいで」
「どう違うねん」
「さあ……お姉ちゃんもそこはようわからんけどな」
 モノレールみたいな電車を追いかける形でタクシーは進み、高速道路に入った。らせん状の坂道を縫うように走り、やがて海が見えてきた。
「これは東京湾?」
「そう。これからレインボーブリッジを渡るんやで」
「渡るのかぁ」
 僕はもうワクワクが止まらなかった。傍にいるのが姉さんだから、子供の頃に戻ったみたいに、ついハシャぎすぎてしまう。
 いよいよレインボーブリッジにさしかかり、僕の興奮は最高潮に達した。東京はごみごみした街といったイメージだったが、ここはまさに近未来の景色だった。
 レインボーブリッジは西洋の神殿を彷彿させるような白い建築物で、その周りを海の中からそびえたつようにビル群が並んでいた。
 しばし僕は言葉を失い、姉さんに感動を伝えることもできなかった。ようやく出た言葉が、ガッカリしているわけでもないのに「虹色じゃないんだ」だった。
「アハハ。夜になったら、ライトアップされて、虹みたいになるんやで」
「そうなんや」
「レインボーブリッジのライトアップ、東京タワーから見えるから、東京タワーは夜に登ろうか」
「うん!」
 やっぱり姉さんはなんでも知っているなぁ。
 見た目や雰囲気はこの一年で変わっていたけど、こうやっていろいろ教えてくれる姉さんは昔のままで──僕はレインボーブリッジに向けていた視線を、姉さんの小さなバッグが置かれた膝の上に合わせていた。

東京4



 レインボーブリッジを渡り終えると、タクシーは広々としたまっすぐな道が続く湾岸通りに入った。
 長方形の、倉庫のような建物がやたら多く、ところどころに少年野球ならできそうな空き地もあった。恐竜の首のようなクレーン車が、ビルを建設しているところもあった。
 朝方はどんよりと曇っていた天気もお台場に入ってから嘘のように晴れ渡り、空も高い。倉庫群の上をカモメがゆうゆうと飛んでいた。
 二ヶ月前にオープンしたばかりという東京ジョイポリスは、ショッピングモールのような建物だった。
「うわ、すごい人」
 今ではすっかり都会人の姉さんも驚いているから、これはやっぱり混んでいるのだろう。
 平日の午前中だというのに、東京ジョイポリスの前には三十~四十人ぐらいの行列が出来ていた。
 タクシーを降りると、真っ先に、東京湾からの風に乗って、海の匂いが飛び込んできた。僕は慣れない海の匂いに鼻がむずむずしてしまう。だけど、姉さんは気にする様子もなく、急ぎ足で行列の最後尾に向かう。東京も姉さんもせわしない、と思いながら、僕も置いていかれないように、あとを追った。
 三十分ほどで東京ジョイポリスの中に入ることができた。
 ここでも僕は東京のすごさを見せつけられた。宇宙空間を彷彿させる館内には、レーザービームのような光線があちこちに飛び交い、重低音の効いたベースミュージックが鳴り響いていた。そして、SFの世界に出てきそうなアトラクションの数々。それらは全部、田舎者の僕の体がこれまで受け付けたことのない刺激で、めちゃくちゃ辛いカレーを食べてしまったときみたいに、目がくらくらした。細胞までビックリしているみたいだ。
「大丈夫?」
 あっけに取られている僕に気づいて、姉さんが心配そうに声をかけてきた。そっと体を寄せて、僕にだけ聞こえるように耳元に口を近づけてきた。そうしないと、大勢の人々の笑い声や歓声がうるさすぎて、聞こえないからだ。
「うん。すごいね、ここ」
 僕もマネして、姉さんの耳元で囁いた。姉さんの耳元、正確には綺麗なストレートヘアから、あの桃のような香りがした。姉さんの匂いのもとは、シャンプーの残り香なんだと知った。
「ね! はる、こういうところに来たのは初めてやろ?」
「うん。遊園地みたい。遊園地、行ったことないけど」
「私もや」
 一緒にいたずらをしたみたいに、姉さんがにぃと白い歯を見せて笑う。なぜこの年になるまで遊園地で遊んだことがないのか、その理由もお互い同じだから、わざわざ口にする必要もなかった。僕と姉さんしか知らないことだ。
「いろいろ見て、回ろうよ」
 姉さんは冒険者みたいでもあった。いつのまにか、館内のMAPが書かれたパンフレットも手に入れていて、それを片手に、宝物でも探すようにあちこちを見渡しながら歩きはじめた。ふたたび、僕もあとをついていく。
 とはいえアトラクションはどれも人気で、ほとんど並ばないといけなかった。並ぶということに慣れていない僕は、その中にまぎれることにも若干の恐怖があった。「これ、やってみない?」と姉さんが提案してきても、「人が多い」といってそっぽ向いてしまっていた。
 結果的に、午前中は何一つ乗り物にのれずに終わった。ところがお昼の時間に入ると、大勢の人たちが食事を取るためフードコーナーに集まり始めたようで、比較的すぐに遊べそうなアトラクションも出てきた。業を煮やしたように、姉さんが「あれ、面白そう! 一つぐらい乗ろうよ」とウダウダしている僕の手を、おもむろに掴んできた。一年ぶりにつないだ姉さんの手は、毛穴がないかのようにスベスベしていた。
 姉さんの勢いと、久しぶりに感じた姉さんのナマの肌に圧倒されて、僕はあれよあれよという間に、BOX型の宇宙船のようなアトラクションに連れ込まれていた。
 二人乗りの宇宙船で、前方のスクリーンを見ながら敵機を撃つという体感型のシューティングゲームだった。
「どうすればいいの?」
 隣に座っている姉さんに、僕はすがるように聞いた。
「お姉ちゃんもよくわからん。まあ、この棒みたいなものを握って、赤いボタンを押せばええんと違う? ほら、始まるで」
 スタートするや、いきなり宇宙船が飛び立つ轟音がBOXに大音量で鳴り響き、あたかもほんとうに宇宙に飛び立ったかのようだった。上昇するように、座席も傾いているではないか。僕は「うおお」と驚きと興奮の雄叫びをあげてしまったほどだ。姉さんは大丈夫か、と隣を見たら、楽しそうに目を輝かせていた。スクリーンのチカチカとした光が、口元を緩めた姉さんの横顔を照らし、あたかもステージに立っているアイドルみたいだった。
「はる、前、前!」
 よそ見していると姉さんが叫んだ。宇宙船が左右にぐわんぐわんと揺れだした。僕は振り飛ばされるのではないかと慌てて目の前のレバーを掴んだ。スクリーンには早くも敵機が襲来していた。危機に遭遇すると自然と闘争心が沸くようだ。僕はカッと目を見開き、スクリーンに集中した。東京までやってきて姉さんと一緒にいることすらも忘れて、眼前の敵を倒そうと躍起になった。
 とはいえ、僕も姉さんもこの手のゲームは初体験で、結局よくわからないまま全滅してしまったのだが、僕は運動を終えたようなスッキリとした気持ちになった。
「めっちゃ、おもろかったわ!」
 アトラクションを一度体験したことで、僕の中に眠っていた獣じみたものが目覚めたようだった。
「姉さん、次、あれやろう」
 と、それからは先ほどまでのオドオドがどこへやら、僕は遊ぶことに夢中になった。
 最初は怖くて乗りたくなかったジェットコースターにも、姉さんの手を引っ張って自分から乗りに行った。屋内のコースターで二人乗りとあって、テレビで見る遊園地のようなジェットコースターではなかったけど、それでも初めて味わう落下の浮遊感や激しい横揺れに、僕は興奮の雨あられで乗り終えたあとは、額が汗でびっしょり濡れてしまっていた。
 姉さんは「怖かった」と言っていたけど、意外とけろりとしていて、バッグからハンカチを取り出すと、次はどれに挑戦しようかと熱心にパンフレットを見ている僕の額を拭ってきた。
「次はどれにするの?」
 姉さんがパンフレットを覗き込むようにして、顔を近づけて言う。
「うーん。今考えているのは、コレか、コレか……」
「ねえ、お化け屋敷は? ここで一番人気のアトラクションみたいやで。さっきお化け屋敷の前を通ったとき、それほど並んでいなかったから、けっこう早くに入れそうやで」
「……いや、お化け屋敷は、ちょっとつまんなさそうや」
 あまり触れてほしくなかったので、つっけんどんに僕は言い返した。
「ええ!? はる、あんた、ほんまは怖いんやろ~」
 僕の横腹を突っつきながら、姉さんはあおってきた。
「んなことあるか。お化けといっても、どうせ偽物やん」
「じゃあ、行こうよ。お姉ちゃん、行ってみたいなぁ」
 姉さんがわざとらしく甘えた声で囁いてきた。
「そう? ま、まあ、ええよ。そんなに行きたいんやったら。別に怖くないと思うけど」
 僕は口を尖らせながら了承した。すると、姉さんはうふふ、と笑った。久しぶりに意地悪な姉さんを見た気分だ。
 ずっと同じ屋根の下に暮らしていたから、僕が極度にお化けを怖がることを充分に知ったうえで、誘ってきているのだ。でも、僕だって、もう子供ではない。東京に出て、前よりも綺麗になった姉さんの前でビビっている姿など見せたくなかった。
 お化け屋敷の前はやっぱり長い行列になっていた。女の子ばかりのグループもいたけど、七割以上がカップルで、手をつないでいたり、女の子が男の腕にしがみついたり、逆に男が女の子の腰に手を回したりしていた。
 僕と姉さんだって、周りから見ればカップルに見えるのかな、と思うと、なんだか気恥ずかしい。あらためて並んでいるカップルを見ると、そのほとんどは男のほうが背も高い。僕も姉さんより背が高い。こうやって真横に立って並んでいると、ちょうど姉さんの頭が僕の胸板あたりにある。僕が姉さんの身長を超えたのは確か中二のときだった。姉さんのほうがそのことに気づいて、「うわ、抜かれた」と背伸びして、僕の頭のてっぺんに手を伸ばそうとしてきた。その光景をいまも鮮明に覚えている。
 あのとき、姉さんは純粋に嬉しそうだったけど、僕は少し違ったのだ。上目遣いで姉さんに見つめられて、戸惑っていた。それは、姉さんなのに、可愛い妹が出来たような感覚。か弱いものを守ってあげなきゃ、という男に備わっているもともとの本能が、姉さんに対して芽生えた瞬間でもあった。
 とはいえ、お化け屋敷が怖いことに変わりはなかった。
 徐々に前の人が進み、僕たちの順番が迫ってくる。中の様子は当然見えないけど、女の子の悲鳴は聞こえてくる。
 どれだけの恐怖があの中で待ち受けているのかと思うと、僕は自然と無表情になってしまう。お化け屋敷は、廃墟となった写真スタジオを回るというコンセプトで、
「なんかね、この中に心霊写真が沢山飾ってあるんやって。で、いろんな謎も隠されているから、それを解いていく話みたい」
 のんきにパンフレットを読みながら、姉さんがいちいち説明をしてくる。そうしながらも、僕の表情をうかがって、ニヤニヤしていた。まったく、こういうところは昔と変わっていない。いよいよ僕たちの順番が回ってきた。
「はるが、先頭ね」
 姉さんは入り口のところに来るや、僕の背中に隠れるように回った。
「わ、わかってるよ」
 正直、入る前から足は震えていた。それでもいまさら後には引けず、姉さんに背中を押されるように、お化け屋敷に足を踏み入れた。だけど一歩入ったところで、僕は完全に身が竦んでしまった。まったく見えないのだ。パンフレットに載っていたお化け屋敷の写真はだいぶ明るかったのに、実際は真っ暗で、それこそ自分の足元すら見えない。
「え? 怖い……」
 背中越しに姉さんが呟いた。長年ずっと一緒にいたから、僕はわかる。これは姉さんも本気で恐怖を感じている。
「どうしよ。何も見えない……」
 僕も姉さんにすがるように言った。順路もわからない。足元も見えない暗闇では、一歩進むことすら、すさまじい恐怖なのだ。
「と、とりあえず、前に進んでみれば?」
 姉さんの声は明らかに震えていた。まさかこんなにも真っ暗だとは想像もしていなかったのだろう。
「わかった。ちゃんとついてきてよ」
 僕も震える声で言い、姉さんの存在を常に確認できるように、後ろに手を回した。すると、その手に何かが絡みついてきた。ビクッとしたのは一瞬で、すぐに姉さんの手だとわかった。
 僕の指に、姉さんの指が絡みついていた。姉さんの指から不安や恐怖が感じられた。同時に、姉さんという女の子のか弱さも感じた。姉さんに頼られている気がして、僕は少しだけ気持ちを持ち直した。大丈夫、怖くない、と自分に言い聞かせ、一歩ずつ歩き始めた。
 姉さんの手を握っていないほうの手を前に伸ばして、手探りで障害物を確認しながら、前に進んだ。どこから何が突然、飛び出てくるかわからない状況に心臓はバクバクしっぱなしだったけど、何が起こっても姉さんの手は離さないぞ、と強く決意していた。
 そのおかげで、恐怖も和らいだ。廃墟となった写真スタジオを巡るというコンセプト通り、真っ暗な通路を抜けるたび、古ぼけた心霊写真のパネルが飾ってあるエリアがあった。心霊写真にはさまざまなトリックが仕掛けられていた。
 写真の男の目が動いたり、血が流れ出したりと、恐怖をあおる演出が次から次へと繰り出され、そのたび、姉さんは「ひぃ!」と変な悲鳴をあげた。
 僕は逆に、あまりの恐怖に声が出ず、固まってしまっていた。
 いつの間にか姉さんは手をつなぐだけでなく、僕の腕にしがみついてきていた。姉さんの柔らかい体の感触や、体温、桃のような香り、今にも泣きそうな息遣いまで間近で感じられたが、僕は僕で、常に次は何がくるのかと気を張っている状況だったから、嬉しいのに怖い、という変な心境に陥っていた。
 最後のエリアでは、恐怖に身を寄せ合っている僕と姉さんの姿をパシャリと撮影された。思えば、姉さんと二人で写真を撮ったのはこれが初めてであった。うちには、カメラというものがなく、写真を撮ってくれる人もいなかったからだ。
 やっとの思いでお化け屋敷を出ると、姉さんは急に息を吹き返したようにケラケラと笑い、またしても僕が怖がっていた様子を冷やかしてきた。姉さんだって、と僕は言い返したが、それよりも気になって仕方ないものがあった。もう明るいところまで戻ってきたというのに、姉さんは僕の腕にしがみついたまま、離れようとしないのだ。
「そろそろ、帰る?」
 僕はそのことには触れず、自分より小柄な姉さんを見下ろしながら言った。
「うん。せっかくやから、海も見ていこうよ」
 わざとなのか、たまたまなのか、姉さんがギュウと自分の胸を押しつけるようにしてきた。
 遊びに遊び尽くして東京ジョイポリスを出た頃には、午後五時になろうとしていた。
 ちょうど夕焼けの綺麗な時間帯で、東京湾も茜色に染まっていた。
 ビーチにはたくさんのカップルがいて、僕たちと同じように体を密着させていた。東京に来て、良かったと思った。ここには僕たちを知る人は誰もいない。あの知り合いばかりの集落では、姉弟がこんなふうに体を寄せ合って夕景を眺めるなんてことは、絶対に出来ない。たちまち変な噂が広まって、それこそ村八分にされるだろう。ただでさえ、僕たちは……。
「そうや、東京タワーにも登らないとね。ご飯もあの辺で食べようよ。お洒落な店が多いから、お姉ちゃんが連れていってあげる」
「ほんま?」 
 姉さんはタクシーの中で約束したことを覚えていた。
「うん。帰りは電車でもええか? ゆりかもめも乗ってみたいやろ」
「うん!」
 体はくっつけあっているけど、姉さんはやっぱり姉さんで、ふたたび僕を連れ回すように、東京案内をしてくれた。
 まずは「浜松町」駅で降りて、近くのイタリアンレストランで夕食を食べた。恥ずかしながら、僕はレストランで食事をした経験もなくて、ピザやパスタを食べたのもこれが初めてだった。スプーンやフォークの使い方もよくわかっていなかったけど、姉さんが丁寧に教えてくれた。しかも姉さんは、ワインを注文して、僕にも飲んでみて、と自分のグラスを差し出してきた。一口飲んでみたら、ちょっと苦いけどジュースみたいだったので、「うまいわ」と言ったら、姉さんは生意気だと笑った。
 店を出たときには日もすっかり暮れていて、東京タワーもライトアップされていた。東京タワーを目指して歩くこと、二十分ぐらいだった。
 展望台に上って、レインボーブリッジのライトアップを見ることもできた。確かに綺麗であったが、正直、僕は夜景にうっとりするほどロマンチックな男でもなかった。
 それでも地上に夜空が落ちてきたような東京の夜景を、姉さんと並んで眺めていることが夢のようだった。
「姉さんの家は、どのへん?」
「ええ~。どっちやろ。ここからだと、新宿のもっと奥のほうやから……」
 三百六十度パノラマの展望台の中で、姉さんは真剣に探し回ろうとした。
「まあ、ええわ。これから行くんやし」
「……そうやね」
 姉さんは少しはにかみ、上目遣いでちらりと僕を見上げてきた。
 ここには僕たちを知る人は誰もいない。


東京5
 


 ここが姉さんの住んでいる街か。
 浜松町駅から山手線で新宿駅、そこから中央線に乗り換えて約八分で辿り着いた阿佐ヶ谷駅は、未来都市を彷彿させるお台場とは真逆の、時代から取り残された昭和レトロな雰囲気のある下町だった。
 ちょうど午後九時を過ぎた時間帯で、駅構内は仕事帰りの人たちでごった返していた。
 まず、僕が驚いたのは高架下だった。駅のガード下に商店街があった。
 三人以上は並んで通れないほど狭い通路に、定食屋や居酒屋、理髪店などが並び、煙草の吸い殻や空き缶なんかもところどころに散らばっていた。
 換気も悪いのだろう。空気がよどんでいて、なんだか生臭い。人の吐くお酒の匂いとか、長年の雨水が浸透して腐ったような臭気も漂っていた。
 泥酔しているのか、それともホームレスなのかわからない老人が膝を抱えて座っていた。そのそばを、スーツ姿のオジサンやOLっぽいお姉さんが当たり前のように通り過ぎていく。僕の前を歩く姉さんも同じように、老人には見向きもしなかった。
 駅前のロータリーに出ると、バスも多かったけど、タクシーも十台以上、待機していた。
 順番待ちの人々を乗せて走り出すその光景は、工場のベルトコンベアーを使ったライン作業を思わせた。
 ロータリーの周りには、高さがバラバラの雑居ビルが密集していた。
 学習塾やヨガ教室、不動産屋、消費者金融などの看板があり、それらはパチンコのネオンにチカチカと反射していた。
 夜なのに空が明るく、噂には聞いていたけど星が一つも見えなかった。
 雑踏の中で、こっちよ、と姉さんが言った。
 ロータリーのすぐ先に、道幅は広くないが居酒屋やカラオケ屋さんが並ぶ通りがあり、ひときわネオンがきらめいていた。
 道の真ん中には、ミニスカートのギャルが行き交う人々にすり寄っては、ティッシュを配っていた。
「はる、早く」
 先を歩いていた姉さんが振り返り、ちょっとムッとした表情で手招きした。
 キョロキョロしていたのがいけなかったのか、僕は飼い犬のようにちょこちょこと姉さんの横にすり寄った。
「ごめんごめん。なんや、ここはここで、ごみごみしていて、おもろいなぁ!」
「そんなことより、あんた、さっき変な人が近寄ってきていたの、わからんかった?」
「へ? どこ?」
 振り返ると、ひとめで変な人らしき人物を見つけた。『花びら2回転 5000円ポッキリ』と書かれた、でっかい看板を持っている小汚い中年男だ。
「あの看板持っている人のことか?」
「そう」
「花びらって何?」
「知らないけど。たぶん、あれは男の人が行くいかがわしいお店よ」
「あ、風俗ってやつ?」
 風俗というエッチな店があることは知っていたけど、あんなにも堂々と街中で宣伝しているとは思わなかった。
「じろじろ見ない!」
 姉さんがまたしても僕の脇腹を小突いた。
「ごめん。ねえ、姉さんは毎日、この道を通っているん?」
「そうやで。この道が一番近いねん。コンビニもあるし、薬局もあるから、便利やで」
「へえ~」
 うなずきながら、僕はあらためて街の風景を眺めた。
 僕の知らない一年間、姉さんが毎日この景色を見ながら、出勤して、帰宅していたのか。
 ふいに妄想がふくらみ、微笑ましい気持ちになった。
「朝寝坊する?」
 僕は聞いた。
「へ? なんで?」
「いや、姉さんが寝坊して、この道をバタバタ走っている姿が思い浮かんだから」
「アホ。あんたと違うねん。私は一回も寝坊したことないで」
「ほんまに!?」
「はるは、寝坊するんか?」
「たまに……とくに姉さんがいなくなってからは、誰も起こしてくれへんからなぁ」
「あかんやろ! だいたい、私がいないから寝坊するとか、言い訳やで!」
 周りは酔っ払いのダミ声が響いていた。それに負けないぐらいの剣幕で、姉さんは僕を叱ってきた。だけど、それすらも僕は嬉しかった。毎朝、姉さんに怒鳴られてたたき起こされていた日々を思い出していた。
「こっち、こっち」
 姉さんが繁華街の途中で右に折れる小道に入った。路地のような狭い通りで、侘しげな光を放つスナックやラウンジ、小料理屋がびっしりと密集していた。いかにも大人の空間といった感じで、僕一人だったら、ちゅうちょする路地だ。でも、姉さんは通い慣れた道とあって、すたすたと歩く。姉さんは、すっかり阿佐ヶ谷の街に溶け込んでいた。その路地を抜けて、さらに歩くこと数分。あたりは一変した。ネオンの代わりに、青白い街灯が並ぶ住宅街となっていた。
「姉さんのアパートはもうすぐ?」
 僕は言った。
「へ? ああ……そうやね」
 あれ、と思った。姉さんの声のトーンが急に下がったからだ。ひとけが少なく、あたりも静かな場所だからか。あまり大きな声で話すのは良くないのかもしれない。
 住宅街といっても一車線の狭い通りで、古びたアパートが多かった。壁が蔓まみれの幽霊屋敷のようなおんぼろアパートもあり、ブロック塀の上に丸々と太った黒猫が寝そべっていた。黒猫は僕と姉さんがそばを通っても逃げることなく目を光らせて、こちらを見ていた。
 コツコツコツ、と姉さんのヒールの音が響き渡っていた。
 なんとなく姉さんの口数が減ったように思えた。僕もにわかに緊張していた。
 先ほどまであんなに積もる話があったのに、何を喋ればいいのかわからなくなってきた。
 気づくと僕はうつむき、地面を見ながら歩いていた。
 街灯の下を通ると、僕と姉さんの二人の影が浮かんだ。
 細身になったワンピース姿の姉さんのシルエット。ウエスト部分がキュッと細くて、それでいてお尻はふっくらと大きい。
 服装のせいかもしれないが、姉さんの体つきは弟の僕から見ても魅力的だった。
 そう、僕は意識していた。
 ずっと意識はしていたけど、いよいよ姉さんのアパートに行くのだと思うと、気持ちが落ち着かなくなった。いや、正直に言うと、東京に行こうと決意したときから、この瞬間を待っていた。一年ぶりに同じ屋根の下で夜を過ごせる、この瞬間を。
 姉さんはどう思っているのだろうか。今朝、一年ぶりに姉さんと会ったとき、僕は正直、怖じ気づいてしまった。
 姉さんが想像していたよりも綺麗な大人の女性になっていたからだ。もう僕なんかでは手の届かない存在になったように思えた。だけど、姉さんは変わらず仲良くしてくれて、東京の街を案内してくれた。それこそしっかり者の姉気取りで、見る物すべてに驚く僕を見て、嬉しそうに微笑んでいた。そのくせ、お化け屋敷では腕を組んできて、しばらく離そうともしなかった。もしかして、姉さんも……。
 だけど、僕たちの関係は一年前に終わっているはずだった。
 あの事件のあった翌朝、姉さんが僕を置いて出て行ったときに。
 今でも鮮明に覚えているのは、姉さんが家を出る前に見せた笑顔だ。一晩中泣きはらしていた姉さんはむくんだ顔のまま、「手紙、書くからね」と僕に耳打ちしたあと、慈しむように目を細めて微笑んだ。
 それは僕が幼少期に見たことのある〝お姉ちゃんの笑顔〟だった。
 だけどここ数年は見ていなかった。僕がよく見ていたのは、あの秘密の行為を終えたあとの、美味しいものを味わいつくしたような、いやらしくも満足げな笑みだった。
 笑顔が変わったことで、僕は姉さんが普通の姉に戻ったと感じた。
 離ればなれになってからも姉さんは約束通り、月に二回は僕宛に手紙を送ってくれた。
 もともと筆まめな人だったけど、いつも長い手紙で、東京での楽しい生活がつらつらと書かれていた。逆にいえば、一人暮らしの寂しさなどみじんも感じさせなかった。もちろん、僕と姉さんのあいだにあった誰にも言えないことは、二人だけの手紙の中でも触れてこなかった。姉さんは、もうあのことを忘れようとしていると、僕は思った。
 今回、僕が東京に来た理由は二つある。
 一つは、ただただ姉さんに会いたかったからだ。たとえ、姉さんが普通の「姉」に戻っていてもかまわなかった。東京での新生活を楽しんでいる姉さんを、ただ一人の弟として見たいと思った。それ以上のことは期待していない、といったら嘘になるけど、何もなければないで僕も諦めがついて、生まれ変われるような気がした。
 実際、今日一日、僕は弟であろうとした。初めての大都会に感動して、姉さんと遊ぶことを夢中で楽しんだ。
 頭の中では、今夜、姉さんのアパートに泊めてもらうことが常によぎり、だんだんその時間が近づいてくるほど胸はトクトクと高鳴ったが、なるべく意識しないように努めていた。
 僕がどんな気持ちでいようと、姉さんはもう普通の「姉」。腕を組んできたことだって、仲の良い姉弟ならあり得ることだ。
「ここ」
 もっと早くからアパートは見えていたはずなのに、目の前に到着してから、姉さんは教えてくれた。
 くすんだピンク色の外観の二階建ての鉄筋アパートだった。
 一階と二階にそれぞれ三部屋あり、鉄製の外階段がついていた。姉さんからの手紙で、二〇三号室に住んでいることは知っていた。
 外階段を上って、一番奥の部屋の前まで進んだ。
 姉さんがハンドバッグから鍵を取り出す。姉さんの横顔を見ると、どことなくこわばっていた。
 姉さんの白い手が、鍵穴に差し込んだ鍵を、回した。
「どうぞ」
 やはり姉さんも意識しているように思えた。
 つっけんどんな言い方で、そう口にするのが精一杯という感じに聞こえた。
 僕は姉さんに申し訳ない気持ちになった。姉さんを困らせてしまっているのではないか。
 玄関のドアが開くと、姉さんの髪の毛から漂っていた桃のような甘い香りが、より濃密になって、僕の鼻腔をくすぐった。
「うん。えっと、お邪魔します」
 僕は必死に平静を装おうとしていた。
 わざと丁寧な言い方をして、姉さんに突っ込ませようとした。
 だけど姉さんは何もいわず、先に部屋の中に入ってしまった。
 姉さんに続いて、僕は人が一人やっと立てる程度の狭いタタキでスニーカーを脱ぐ。
 手紙にも書いてあったが、姉さんの部屋はロフト付きのワンルームで、お風呂とトイレは別。小さいながらも綺麗な台所があるそうだ。
 純粋に姉さんの部屋を見たいという欲望もあったが、まだ帰ってきたばかりとあって、室内は電気がついていなかった。
「姉さん、電気は? ロフトってどれ?」
 僕は緊張を隠して、姉さんに話しかけた。
「こっち」
 奥の部屋から声がして、僕は暗がりのなか進んでみた。いっそう、桃のような甘い香りが強くなる。足元も心地良い。うちの実家のようなささくれた畳ではなく、フローリングでカーペットが敷いてあった。
「姉さん?」
 ベッドが見えた。シーツが白くて、暗いなかでもうっすらと光っているように見えた。姉さんはそこに腰掛けていた。僕は、思わず足を止めた。
「おいで」
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 姉さんは首の後ろに手を回しながら、囁いた。ネックレスをはずそうとしていた。実はこのときまで姉さんがネックレスをしていることに気づいていなかった。一緒に住んでいた頃、姉さんの髪型が変わったことにも気づかず、よく文句を言われていたことを思い出した。
「う、うん」
 僕はベッドに腰掛けている姉さんの前まで進んだ。姉さんはネックレスをはずし終えると、ベッドから手の届く位置にあった折りたたみ式の白いちゃぶ台の上に置いた。
「ネックレス、綺麗やね」
 いまさらながら僕は言った。
「全然、気づいていなかったやろ」
 ここで姉さんは口元をにやりと緩めた。
 その笑みは普通の「姉」ではなかった。そして、姉さんは棒立ちとなっている僕を見上げて、「早く……」と、潤んだ瞳を向けてきた。
「あ、うん!」
 突然の展開に僕は驚いていたが、体は自然と動いていた。
 昔と同じように、大急ぎでTシャツを脱いで、ズボンのベルトを緩める。
 ズボンを一気にズリ下ろし、パンツも脱ぎ捨てる。
 一人だけ全裸になって、恥ずかしいなんて思わない。ずっとしてきたことだ。
 いつも僕のほうが素っ裸になるのは早かった。姉さんは僕が脱ぐのを見ながら、ゆっくりと自分も脱ぎ始める。このときは、ベッドに腰掛けたまま、お尻をもぞもぞさせて、パンティストッキングから脱ぎだした。
 以前よりも細くなった足をすらりと伸ばして、僕に見せつけるように。
 瞬く間に、むくむくとペニスはそそり勃ち、腹にくっつかんばかりに反り返った。
 姉さんは僕の股間から目を離さない。おちんちんがどんどん大きくなっていく様子を見るのは、姉さんの趣味みたいなものだった。
 期待通りの反応を僕が見せたからか、姉さんはますます口元を好色に緩めていた。ワンピースは後ろにチャックがあるみたいで、姉さんはいったん立ち上がると、「できる?」と僕に背中を向けてきた。
 興奮と緊張で手はわずかに震えていたが、僕はチャックを壊さないように丁寧に下ろした。肩から抜けるように、そろりとワンピースがカーペットの上に落ちていった。
「あぁ、すごい。姉さん。綺麗だ」
 やっぱり姉さんは一年前よりも痩せていた。もともと太っていたわけではないけど、余分な肉がそげて、肩甲骨が美しく浮きだっていた。
「嘘つけ……」
 姉さんは恥じらった。ブラジャーとパンティはレモンイエローで、初めて見る下着だった。姉さんはブラジャーのホックを自分ではずすと、ベッドの上に膝をのせた。
 そのまま体を前に倒して、犬のような格好で、僕にお尻を突き出してきた。姉さんの好きな体勢であった。
 ここからは阿吽の呼吸だった。
 僕もベッドに入り、パンティ越しに、姉さんのむっちりとした双臀を撫で回す。お尻のホッペをマッサージするように手のひらで円を描く。
「ハァぁ」
 一年ぶりに聞く姉さんの吐息。懐かしむような安堵したようなうっとりとした吐息で、姉さんにエッチなスイッチが入ったこともわかる。
 しばらく撫で回してから、パンティが一番食い込んでいる部分に僕は顔を近づけた。これは姉さんが好きというより、僕の好物だった。
「あん……もう。それ、恥ずかしいやつ……」
 拗ねたように姉さんは言うが、続けても怒られないことを僕は知っている。
 思いっきり辱めるように、僕はわざとすぅーと鼻息を立てる。じかに嗅ぐのもいいが、パンティ越しに漂う姉さんの淫臭もたまらないのだ。
 パンティに染み付いた洗剤の香りと、酸っぱいヨーグルトのような媚臭がミックスされて、とてもいい匂いだ。
 姉さんも最初は恥ずかしがるのだが、だんだん諦めたように言葉が少なくなり、甘い吐息ばかりになってくる。
 すると、次第に姉さんのアソコの匂いが強くなり、パンティの匂いは薄くなる。
 あぁ、姉さん。すごく臭いよ、と僕は言う。
 本当は臭いどころか、脳天がとろけるほど素敵な香りなのだが、なぜか姉さんは「臭い」と言われると、さらにエッチなスイッチが入るのだ。
 臭い、臭いと僕は意地悪に呟きながら、パンティ越しに鼻をぐいぐい押しつける。
 案の定、じゅわっと愛液が染み広がってきて、僕の鼻先も濡れてくる。
「アアッ、臭いとか、いわんといて。ああん……」
 姉さんはイヤイヤとお尻を左右に振ってくるが、そうすることで僕の鼻先が敏感な部分に当たる。わざとやっているわけではなさそうだが、、そんな姉さんが可愛くて、僕は自然とにんまりと、悦に浸ってしまう。
「姉さん、もうパンツがビショビショやで。脱がしてあげる」
 これもお約束といえばお約束で、四つん這いの体勢からパンティを脱がしたほうが、姉さんは恥じらい、興奮もしてくれるのだ。じっくりと焦らすようにパンティを剥ぎ取る。
「あぁ……」
 円月のようなヒップが露わになり、剥き出しの淫口は一年前と変わらず、大きなビラビラがよく目立つ。
 飴色のアナルの粘膜には、綺麗な放射状の皺が広がっていた。
 姉さん以外の女性のアソコは見たことがないから比べようもないのだけど、陰毛がビラビラの周りまで生えていて、モジャモジャとしているところがなんとも卑猥だ。
 僕はパンティ越しでもやったように、今度は姉さんの〝女の粘膜〟に顔を近づけた。
 匂いを嗅ぎながら、舌も伸ばした。
「んはああッ、ああっ……! あひぃ、はああ、あああっ、ああんっ」
 じかに舐めると、姉さんはお尻を左右だけでなく、上下にもビクッビクッと踊らせる。
 さらに舐め続けると、上下左右にくねくねと淫らに腰を振るような動きとなる。
 嫌がっているようで、男を誘っているような奇妙な踊りで、その姿を見て僕の興奮はますます高まる。
 割れ目に沿うように舌を上下に這わせると、甘酸っぱい汁が舌の上にまとわりついてくる。
 僕は姉さんの体内から分泌されるソレを味わい尽くすと、舌をさらに潜り込ませて、もっとも敏感な突起を直接舐めに入った。
「アアアーーッ!」
 ひときわ甲高い嬌声をあげて、姉さんがお尻をひょいと浮かせた。
 クリトリスが舐めやすくなって、僕は舌をぐりぐりと押し込み、舌先で尖った淫芽を激しく弾いた。
「あぁ、いいっ。アアアッ、それ好き……アアアッ、あかんっ。ふわぁ、はあああっ」
 もっと舐めてほしいとばかりに、姉さんはお尻を高く突き上げる。
 顔はシーツに沈めた状態だから、背中が綺麗なS字カーブとなっていた。
 姉さんの体の柔らかさには、いつも驚かされていたものだ。
 僕は両手で姉さんのお尻のホッペをつかみ、ぐいっと強く左右に押し広げた。
 愛液まみれの秘裂もくぱぁと広がり、雄の本能を刺激する強烈な雌臭も広がった。
「あ、いやッ!」
 お尻を突き上げたまま姉さんが叫んだ。
 僕はたらふく姉さんの雌の匂いを吸い込むことで脳がとろとろになって、頭もおかしくなってくる。
 気づくと一心不乱に姉さんの女の部分を舐めまくっている。
 とにかく舌を動かして、ワレメもビラビラもクリトリスもまとめて、しゃぶる。そうやって僕が無我夢中になるほど、姉さんも高まってくれる。
「アアアッ、激しいッ! あぁ、もうだめ、あああッ、ああんっ、はあー、イクっ、んはッ、イクッ! あぐうぅ、イクイク! あーーーーっ!」
 相手が気心知れた弟だからか。姉さんはこの体勢で絶頂するとき、僕のことなどおかまいなしに激しく腰を振り、浅ましい姿をぞんぶんに晒してくる。
 僕は何度も姉さんの大きなお尻で鼻をぶたれて、痛い思いをしたことがある。
 文句など言えようもない。
 弟なんだから、しょうがない。
 
 

「今度は私がしてあげる」
 のっそりとした動きだったけど、姉さんが四つん這いの姿勢を解いて、僕に向き直ってきた。
 うっすらと汗をかいていて、暗い室内でも乱れた髪が数本、頬にへばりついているのが見えた。
 イッたばかりの姉さんは催眠術にかかった人みたいに、目がぼんやりしていて、妙に色っぽい。
 ジッと見つめてしまうと、姉さんはけだるそうに髪をかきあげて、ん? どうした? と尋ねるように首を傾げた。
「あ、うん。してもらう」
 僕はベッドの上で膝立ちとなった。
 いつの頃からか、口でしてもらうとき、僕は仰向けに寝転ぶより、膝立ちの姿勢を好むようになった。
 姉さんを見下ろしながら、おちんちんを舐めてもらうという光景が、とてつもなくイケナイことに思えて興奮するのだ。
 姉さんがふたたび犬の格好となった。
 ベッドに両手をつきながら、顔だけをぬぅと僕の股間に近づけてくる。
 細身ではあるけど、姉さんはおっぱいがけっこう大きい。四つん這いになると、二つの白いグレープフルーツをぶら下げているみたいだ。
「あん……」
 うっとりとした吐息を漏らして、姉さんはまず、おちんちんの匂いを嗅いでくる。
 これもいつの頃からか始まった僕たちの儀式のようなもので、お互い性器を舐める前は匂いを嗅ぐのが当たり前になっていた。
 いや、最初に嗅ぐことを始めたのは姉さんだ。姉のすることを真似てしまうのは弟の性なのか。ただ、同じ儀式でも姉さんと僕では違う点もあった。
「臭い?」
 見下ろしながら、僕は尋ねた。
「うん。臭い……」
 姉さんが、美しい眉根を寄せて囁く。その切なげな表情にもゾクゾクした。
「今日一日、歩き回っていたから」
 パンツの中は蒸れていたし、そもそも僕のペニスは勃起していないとき、半分ほど皮を被っている。チンカスと呼ばれる白い恥垢がカリの溝にたまりやすいから、勃起してズル剥けになると、いっそうムワァ~と臭ってくる。
「うん。汗とおちんちんの混じった匂いがする……」
「もっと嗅いでいいよ」
 四つん這いで顔を近づける姉さんに対して、僕はぐいっと腰を突き出す。そう、匂いを嗅がれて恥じらう姉さんと違って、僕は嗅がせて喜ぶタイプなのだ。そうなってしまった理由も、姉さんのせいだ。
「あぁ……」
 姉さんはつらそうな表情だけど、決して顔を背けない。むしろ、より顔を近づけて、鼻から息を吸い、口から甘い吐息を漏らす。姉さんの生ぬるい吐息が、亀頭の粘膜をくすぐり、そよ風を受けたような甘美感に、おちんちん全体がビクッと反応する。
「姉さん、臭いの好き?」
「うん、好き……」
「ああ、姉さんが……。姉さんが、僕のくっさいチンポの匂い、嗅いでる……」
「あぁ、いわないで。興奮する……」
 すぅ、と鼻息を鳴らして、姉さんはますますとろけた顔になる。臭いのもとでもあるカリの溝部分に、すっと通った高い鼻を当て、涎もたらさんばかりに唇が半開きとなっていた。
 普段の姉さんは綺麗好きで、服の匂いもいつも気にしているのに、なぜか僕のおちんちんは臭いほど嬉しそうな顔となる。姉さんが喜んでくれるから、僕も嗅がせたくなるのだ。
 とはいえ、ひたすら嗅がれるだけでは逆につらい。早く舐めて、とお願いしたいのだが、そこはやっぱり弟で、そんな生意気なワガママを姉さんには言えない。姉さんを見下ろしながら、ひそかに優越感に浸るのが関の山だ。
「ねえ、はる……私、だめ?」
 姉さんが上目遣いで、僕を見上げてきた。それでようやく僕はハッと生唾を飲んだ。
 やはり一年の空白は大きかったようだ。肝心なことを忘れてしまっていた。
「うん。だめやわ。姉さん……」
 これも僕と姉さんのあいだにある決まり事のようなものだった。
「そう……だめよね。弟のおちんちんの匂い、嗅いで……」
「だめな姉さん」
「あぁ……」
 姉さんが目を細めて、小さくうめいた。
 幼いころから僕の面倒を見てくれた姉さん。しっかり者でだめなところなど一つもないが、なぜかこの行為のときは、僕に「だめな姉さん」と言わせたがるのだ。
 最初の頃、僕は姉さんをだめと言うことに抵抗があった。どうして、思ってもいない悪口を言わないといけないのか、と。だけど、姉さんのほうから、「だめな姉さんやろ?」とフェラチオの最中、言い出したのだ。
 だめやないよ、気持ちいいもん。いつもありがとうって思っているよ、と答えたのだが、姉さんは違うと首を振り、「だめな姉さんなの。ねえ、言ってみて」と、必死のまなざしでお願いしてきた。僕は仕方なく、言わされるまま、その言葉を口にした。すると、姉さんはビクッと体を震わせて、「そう、だめな姉さんよ」と呟きながら、ア~ンと口を開いて、おちんちんを咥えこんだのだ。
 それ以来、僕はフェラチオして、とお願いする代わりに、だめな姉さん、と口にするようになっていた。
 一年間会わないうちに忘れてしまっていたのだが、
「だめな姉さん……」
 早く舐めて、という気持ちを込めて、低い声で言った。
「あああっ」
 姉さんは変わっておらず、その言葉に反応して、れろりと長い舌を伸ばして、亀頭を舐めてきた。
「あううっ、だめな姉さん! 弟のチンポ、舐めるなんて、やらしい」
 もっと強い刺激が欲しくて、僕はわざと意地悪な言い方をした。
 姉さんは僕の声に聞き入りながら、舌をせわしなく使ってくる。
「ハアぁ、すごい……お汁もこんなに……」
 我慢汁と呼ばれる粘液を舌ですくって、舐めとりながら、恥垢くさい溝にも舌を潜らせてくる。そうかと思うと、チュッ、チュッと音をたてて、ペニスの裏側にキスの嵐を浴びせてくる。
「ねえ、臭い?」
 なかなか咥えてくれない姉さんを見て、僕はなんとなくそう聞かれたいのではないか、と思った。
「うん。臭いわ……あぁ、私、弟の臭いおちんちんを舐めてる……あぁ、アァ……」
 正解だった。姉さんは自分の唾液で濡れた亀頭をわざとらしくクンクン嗅いで、さらに発情したように、頬をだらしなく緩ませた。
 何度も見てきた光景だけど、今日は姉さんが一人暮らしする部屋のベッドの上である。しかも一年前よりも姉さんは垢抜けた美人になっている。視覚的にも新鮮で、姉さんでありながら、姉さんとは違う女性におちんちんを舐められている錯覚に陥り、我慢汁のトロトロが止まらない。もっと深くまで咥えてほしいと思っていたところで、姉さんはするりと逃げるように、いったんペニスから唇を離した。
「あっ……」
 二人同時に声が出た。姉さんの濡れた唇と僕の亀頭のあいだに、我慢汁の糸が引いていた。
「なんかヤラしい」
 先に僕が言った。姉さんは照れたように微笑み、こくりとうなずいた。一瞬見せた恥じらいの表情はやっぱりいつもの姉さんだったが、
「ねえ、もう一回……あれ言って……」
 すがるような声で囁いてきた。
「……だめな姉さん」
「あぁ……はる……」
 やっと、ペニス全体を包み込むように唇をかぶせてきた。柔らかく湿った口腔粘膜は、体温よりも高いと思えるほど温かい。歯を当てないように口を大きく開きながら、ヌルヌルとした舌をペニスにぴったりと添えるようにくっつけ、姉さんはゆっくりと顔を前後に律動し始めた。ようやく待ちに待った刺激が入り、僕は思わず姉さんの頭を両手で押さえていた。
「ああ、姉さん。だめな姉さん」
 言いながら僕は姉さんの口に向かって、腰を動かす。
「んんっ、あむぅ、んッ……あん」
 弟に頭を押さえつけられても抵抗するどころか、姉さんは唾液を垂らすほどあんぐりと口を開いて、うっすらと目も閉じている。
 弟の性欲処理にされている姉さんを見下ろしていると、本当にだめな姉さんに思えてくる。いや、姉さんだって、このときばかりは姉の威厳など捨てたいのかもしれない。
 僕がもっと小さかった頃は、うるさい母親のように「宿題はやったの!?」とか「洗濯物、そのへんに置かないで!」とか叱りつけていたのが、嘘みたいだ。
 僕は腰をゆったり律動させながら、姉さんのサラサラとしたシルクのようなさわり心地の髪を撫でた。気持ち良すぎて、何かを触っていないと、射精してしまいそうだからだ。
 だけど、姉さんは僕のことなど百も承知なのだろう。
「んんんっ、んっ……あん。また、出てきた……」
 フェラチオを中断して、いたずらに、尿道口からあふれ出た我慢汁をペロペロ舐め始めた。
「あぅ」
 僕は悲しくうめいた。ずっと思っていたことだけど、姉さんはずるい。おめこを舐めさせるときだって、自ら四つん這いになって誘うくせに、気づくと僕のほうが夢中になっている。逆におちんちんを舐めるときは「だめな姉さん」になりきって、浅ましい姿を見せて、僕の興奮をあおってくる。そして、僕が射精しそうになると、さっとやめて、
「姉さん、もう、入れさせて……」
 こんなふうに懇願させるのだ。わざとそう仕向けているようにも見えないけど、僕はやっぱり姉さんには勝てない。姉さんの手のひらで転がされている気分だ。
「はる……」
 切なげな声と濡れた瞳で姉さんが見上げてくる。そんな仕草を見せられたら、僕はますます弟であることを忘れて、暴力的な雄になってしまう。
「入れたいよ!」
 ギラギラとした目で姉さんを見下ろしながら叫んだ。
「あぁ……そんなに怖い顔しないで。はる。いいよ……犯していいよ。お姉ちゃんのこと、犯していいよ」
 体の力が抜けたように、くね~っと、シングルサイズのベッドに姉さんは仰向けに寝転んだ。犯して、と言いつつ、どういう体位で犯すかは、姉さんのそのときの気分次第だった。今日は、正常位で犯されたい気分のようで、仰向けになって、すでに股も開いていた。
「はあはあ、姉さん……」
 息を荒げて、僕は姉さんに覆いかぶさった。体位など、なんでもよかった。とにかく早く姉さんの中に入りたい。
 僕は姉さんの股のあいだに体を差し込み、上半身を倒した。すぐ犯せるように、両手で姉さんの両足をMの字に押し広げる。やっぱり一年前より脚も細くなっていて、すらりと長い。
「あん」
 股を広げさせられた、姉さんが可愛い声を漏らした。避妊はしなくていいみたいだ。
 危険日ならこの時点で姉さんは「つけなきゃ」と伝えてくるからだ。
 今日は、なまセックスでいいんだ。おちんちんがビクビクと脈動した。
 なまセックス、という卑猥な言葉を教えてくれたのも姉さんだ。だめな姉さんとなまセックス、この二つのワードが脳裏に浮かぶだけで、僕はまだ動いてもいないのに、はあはあと息があがる。仰向けに寝転んでいる姉さんは普段よりも目が切れ長に見えて、すごく色っぽい。
 思えばこの部屋に来て、姉さんの顔をまだまともに見ていなかった。弟にのしかかられた姉さんが、僕をまじまじと見つめてくる。夜の路地裏の黒猫のように、姉さんの目が輝いていた。その瞳に吸い込まれるように、僕は一気に腰を沈めた。
「アァんっ!」
 姉さんは可愛らしく喘ぐと同時に、僕の首に両手を巻き付けてきた。
 ぐちゃぐちゃに潰した果実の中に、おちんちんを突っ込んでいるような感覚。ナマの粘膜同士がぴったりと密着して、ひとつにとろけていく。あまりの心地よさに、おちんちんがビクビクと何度も小刻みに跳ねた。そのたび、姉さんの秘穴も驚いたようにキュッキュッと締め付けてくる。
「おふぅ、姉さん! なまセックスや、なまセックスやで!」
 締め付けてくる膣肉をこじ開けるように、僕は力まかせに腰を打ち付けていた。
「アァ、はるっ! ああん、あん、アアアッ!」
 姉さんも深く受け入れようとして、腰を丸めて、僕にしがみついてくる。
「気持ちええ。すげえ気持ちええ! 熱くて、とろけそうや!」
 大きなスライドで、膣奥におちんちんを叩き込む。腰を律動させるたび、姉さんのアソコのビラビラが、おちんちんのカリ首にひっかかってくるのもわかる。
「あぐうっ、深いっ! あああああっ!」
 奥までペニスが侵入すると、姉さんは本当に犯されているみたいにわめく。姉さんが幼子のようにわんわん泣いている姿など日常生活では見たことないけど、きっと僕が生まれる前は、こんなふうに泣きわめいていたのだろう。僕の知らない姉さんを見ているような心地にもなる。 
「姉さんっ!」
 泣きわめく姉さんを慰めるように、僕は腰を振りつつ、胸の中にかき抱いた。すっぽりと胸板に収まった小柄な姉さんは、アッ、アッ、アッと、可愛い声をだしながら、僕の腋の下に顔を移動させてきた。
「はあはあ、姉さん。腋も臭い?」
「うん。臭い。はるの、男の匂い」
「あぁ、姉さん。僕にも嗅がせて」
 胸の中から姉さんを開放して、僕はすかさず、腋毛のないつるつるの腋窩に顔をうずめた。
「あっ、やだ!」
 嫌がりながらも、姉さんは両手を万歳させた。僕は左手で姉さんの両方の手首をまとめて抑え込み、腋の匂いをわざとスースーと鼻息を立てて吸った。
「姉さんも臭い。女の人の汗のにおい……」
 実際はほぼ無臭なのだが、僕はわざと臭うように言う。そのほうが姉さんは恥じらって、いっそう興奮してくれることを知っているからだ。
「やめて……」
 両手を万歳させられたまま、姉さんは首を左右にぶんぶん振った。だが、おちんちんにまとわりつく生ぬるい蜜の量は一段と増していた。繋がっている部分からは、酸っぱいヨーグルトのような媚臭もきつく漂ってきていた。
 腋の下の匂いを嗅ぐ流れで、僕は姉さんの乳房に顔を向けた。白い双乳に頬ずりして、マシュマロのような柔らかさを確認した。
「あっ……だめ」
 弟におっぱいを頬ずりされて、姉さんは息をのむような声を漏らした。桜色の乳頭がツンと突き立っていて、いかにも舐めてほしそうだった。僕は腰をぐいっと押し込みながら、乳首を口に含んだ。
「ああんっ!」
 ビクッと肢体をのけぞらせて、姉さんは反応よく喘いだ。すでに固くとがっていた乳首は、僕の口の中で転がされると、さらに水分を含んだように膨張してくる。舌先ではじいたり、軽く歯を当てて甘く噛んだりもしてみる。
「ハアぅ、だめ、おっぱい……気持ちよくなっちゃうから~」
 ついに観念したように、くねくねと体を左右に揺らして、姉さんは悶絶した。姉さんの歓喜の嬌声を聞いて、
「姉さんっ、あああっ、好きや」
 ずっとしたかったことを実行に移した。
「あん、はる……」
 姉さんもすぐに察知して、濡れたような瞳を細めた。自然と顔と顔の距離が縮まって、僕は姉さんにキスをした。
 一年ぶりの、近親相姦。この禁断のワードを僕たちは一度も口にしたことはないけど、禁忌に溺れる行為に、うしろめたさを覚えていたのは間違いない。それはキスという行為に一番表れていた。
 姉さんはセックスのときにしかキスをさせてくれなかった。セックスをする前に唇を奪おうとすると、「そういうのは、だめ!」と顔を背けるのだ。なまセックスまでする仲なのに、恋人同士のような、甘いキスを弟と交わすことには抵抗があるようだった。
 僕と姉さんがキスをするのは、畜生にも劣る近親相姦の最中だけだった。
「姉さん……」
 グミのような柔らかい唇を貪るように吸い、唾液も流し込んでいく。
「あむぅ、あぁ……んちゅうぅ」
 生臭い息を漏らして、姉さんも受け止める。舌と舌を絡ませることも誰かに教わったわけでもないのに、自然とやるようになっていた。
「あぁ、姉さん、好き」
 好き、という言葉を伝えられるのも、このときだけだった。
「うん。お姉ちゃんも、好きやで……」
「姉さんの、唾もちょうだい」
「ええよ……べえ~」
 舌の上にたっぷりと唾液をためて、姉さんがおどけた調子で舌を出してきた。僕はそれを一滴もこぼさないように、自分の舌でからめとる。
 世の中の人が見たら、あまりの気持ち悪さに嘔吐するかもしれない。僕だって、実の姉と唾液を交換しあっていると、ふいに背筋がゾクっと寒くなる。それでも、やめられなかった。発情している姉さんの唾液はアソコの味に似て、ちょっと酸っぱい。
「おいしい?」
「うん。もっと、ちょうだい」
 自分からもらいにいくように、僕は舌を突き込んでいく。同時に腰の動きも速くなった。
「あんっ! んむぅ!」
 弟の僕に強く突きこまれながらも、姉さんはぴったりと唇を合わせてくる。体を激しく揺さぶられても、必死にねちょねちょと舌を差し込んで、少しでも唾を僕に与えようとする。そんな姉さんが僕は愛しくて仕方ない。
 そして、姉さんとキスをし始めると、僕は我慢ができなくなるのだ。
「あっ、あかんっ。もう……我慢できひん!」
 いったん唇を離して、僕は切羽詰まった声で告げた。
「んんっ、アン! ええよ、はる……めちゃくちゃにして」
 姉さんはそこまで伝えると、自分から求めるように唇を合わせてくる。互いの嬌声が唇でふさがれて、こもったようになる。声が外に漏れないように、実家のあばら家に暮らしていた頃に、僕と姉さんが編み出した方法でもあった。
「はむうぅ! んんっ、ねえ、さ、んっ!」
「んふぅ、アッ……うん、うん……はううっ」
 互いに息を合わせて、腰を打ち付けあっていた。僕は姉さんの頭を掻き抱くようにして、姉さんは僕の背中にひしっと両腕を巻き付けていた。
 射精直前の現象で、おちんちんが破裂しそうなほど膨らむ。
「んんんっ! はああっ、すごいっ!」
 せっかく声を抑えこんでいたのに、姉さんが唇を離して、のけ反った。腰を反らせたことで、おちんちんがさらに深く入り込んだ。
「うおおおっ!」
 膣の奥壁に、小さなくぼみのようなものが現れていた。そこにペニスの先端がズボッ、ズボッと入り込む。
「あひぃ! あかん、イクっ!」
 先に姉さんが根をあげた。秘穴の入り口と、奥のほうが、同時にギュッギュッと強く収縮した。精液の塊で暴発寸前のおちんちんを、搾り取るような動きだった。
「俺も!」
 そう叫ぶのが精いっぱいだった。実の姉の子宮めがけて、禁断の子種汁が弾丸のように噴出した。射精しながらも僕は腰を振り続け、敏感な亀頭が肉壁にこすれる快感を貪った。
「あ、あ、ああああーーーっ!」
 立て続けに、姉さんは絶頂した。姉さんの乳房のあいだから、強烈な性臭がした。僕はその匂いに飛び込むように、姉さんのおっぱいにぐったりと倒れこんだ。



 まだ暗かった。寝坊したと慌てて跳ね起きたが、閉じられたカーテンの奥はまだ明るくなっていない。いや、違う。そもそも、ここは東京。阿佐ヶ谷にある姉さんの部屋だ。
「目、さめちゃった?」
 あぁ、懐かしい。隣には、掛け布団にくるまっている姉さんがいた。服も着ておらず、全裸のままで、体を横向きに寝かせて、僕の寝顔を見つめていた。毛穴もなさそうなスベスベとした片足の太ももを僕の太ももの上にのせて、しがみつくようにくっついていた。
「俺、すぐ寝てた?」
 ペニスを姉さんの体から抜いた、という記憶すらなかった。
「そうやで。私に抱きついたまま、グーグーってイビキをかいていたんやで」
 夜の暗い部屋の中でも、姉さんの並びのいい白い歯が見えた。
「そっか。ごめん。姉さんは寝てないの?」
「うん。なんか寝付けなくて……はる、まだ寝ててええよ。あんた、昨日の晩から深夜バスに乗ってきたんやから、疲れているんやろ。お酒も、ちょっと飲んだもんね」
「あ、うん……姉さん、おめこは拭いた?」
「あほ!」
 姉さんは元気だ。僕の額をパンと叩いてきた。
「だって……おめこ、拭かないで寝たら、アソコがかゆくなるって、前にいうてたから」
 これまでも姉さんのおめこをティッシュで拭いてあげるのは、僕の役目でもあった。
「ちゃんと拭いたよ。ついでに、はるのおちんちんも拭いてあげたで」
「ほんま? ありがとう」
「早く寝なさい」
 寝付けないと言っておきながら、姉さんは僕に顔を向けながら、静かに瞳を閉じた。きっと、僕を寝かせるための狸寝入りだ。昔から姉さんが先に寝てしまうと、僕はやることがなくなって、眠気に襲われるのだ。
 姉さんの長いまつげが、かすかに震えていた。久しぶりに見る姉さんの寝顔だ。
「ねえ、まだ寝ないで」
「ええ? どうして?」
 やっぱり姉さんは全然寝ていなかった。面倒臭そうに目を開けて、僕の目を覗き込む。
「なんか、もったいない。せっかく姉さんと一緒やのに。いま何時やろ?」
「たぶん、二時ぐらいやで。もったいなくないよ。明日も一緒に過ごせるねんから」
「でも、明日の夜にはまたバスで帰らないといけないから。夜、一緒に寝られるのは今夜だけやん」
 拗ねたように僕は言い、それから一秒でもこの時間を惜しむように、姉さんを抱き寄せた。
「もう……」
 裸で抱き合ってはいるけど、姉さんはいつもの姉さんに戻っていて、ワガママな僕に呆れていた。
「電気つけてもええ?」
「あかん。余計に眠れなくなる。なんで、明るくしたいんや?」
「姉さんの部屋、まだちゃんと見てへんから」
「朝でええやろ?」
 モグモグと口を動かしながら、ふたたび姉さんが狸寝入りを始めようとした。
「イヤや。いま見たい」
 僕は僕で、姉さんにワガママをいうことに一種の快感を覚えていた。
「もう! ここの電気でいいか?」
 ベッドの上に、傘のついたランプがあった。姉さんは片手を伸ばして、手探りで、ランプから垂れ下がっている紐を引いた。
 ぼぉ、と暖色の光が広がり、うっすらとだが、部屋の中の様子がわかった。六畳もなさそうだけど、天井が高くて、壁も白いせいか、広い空間に見えた。天井には球体の可愛らしい照明がぶら下がっていた。部屋の三分の一はベッドで占められていたが、残りのスペースには折りたたみ式の白い机と十四型のブラウン管テレビ、白を基調としたお姫様チックな本棚もあった。窓辺にはボックスタイプの棚が一個置いてあり、名前は知らないけど紫色の花が飾られていた。
「すごい。これ、全部、姉さんが集めたんか?」
「そうやで」
 一年前まで姉さんも過ごしていた実家とは比べものにならない、お洒落な女の子の部屋で、これが姉さんのしたかった生活なのかと、僕は感動しつつも、少し嫉妬に似た感情も覚えた。
「ハシゴもある……」
「そう。あれがロフト。屋根裏みたいなもの」
 相変わらず面倒臭そうに答えながら、姉さんは甘える猫のように、裸体をなすりつけてくる。
「おお、手紙に書いてあったやつか。これがロフトかぁ。上にのぼってみたい」
「だめ。もう遅いんだから、早く寝なさい」
「ええ~。朝になったら、のぼってもいい?」
「ええよ。はい、寝る」
 寝ない子供を叱りつける母親のような言い方で、僕はあらためて思い出した。
 そう、姉さんはずっと僕の母親代わりでもあった。
「待って、姉さん。ひとつ相談したいこともあったんや」
「え? なに?」
「……母さんのことで」
 一瞬にして、姉さんの表情がこわばった。あの事件以降、手紙でも一切、母親のことは触れないようにしていた。姉さんに嫌なことを思い出させたくないからだ。手紙には書きたくなかったから、会ったら直接、相談しようと思っていた。これが、東京に来た二つ目の理由であった。
「お母さんが……どうかしたの?」
 怒りなのか恐怖なのか、姉さんの声は震えていた。
「どうかしたというか、帰ってこないんだ」
「そんなのいつものことでしょ」
 吐き捨てるように姉さんは言った。
「うん。だけど、今回は本当に帰ってこないんだよ。いつもは長くても二週間に一度は、顔を出していたのに……」
「どれぐらい帰ってきていないの?」
「えっと、最後に見たのが七月の半ばかな」
「……二ヶ月かぁ。確かに長いね。でも、以前にも一ヶ月ぐらい帰ってこないときがあったで」
「そうやったっけ?」
「うん。私が高校生の頃やから、もう五~六年前ぐらいやけど。あんた、覚えてへんの?」
「覚えてへん……いないのが、普通になってたからなぁ」
「そのときも、男の家に入り浸っていたんやけど……まあ、あんな女やから、一ヶ月で追い出されたんやろうな。今回もそのうち、帰ってくると思うで」
「そっか。じゃあ、もう少し待ってみるよ。母さんがいなくても、全然問題ないし。なんとなく、何かあったのかもって心配になっていたんやけど、たぶん大丈夫やな」
 正直、どこかで死んでいるのではないか、とまで思っていたほどだ。
「……そうやね。来月になっても帰ってこなかったら、また教えて。じゃあ、今度こそほんまに寝るで」
 言いながら姉さんはまたも手探りで、ベッドランプの紐を引っ張った。
 部屋がふたたび、真っ暗になった。
「うん。姉さんに話せて良かったわ。ちょっと安心した」
「そう……じゃあ、おやすみ」
 掛け布団の中で、姉さんが僕に体を寄せて、そっと手も握ってきた。母さんがいない夜は、いつもこうやって裸で抱き合って寝ていたものだ。つまり、ほぼ毎晩であった。
「姉さん……まだ寝ないでよ」
 手を強く握り返して、僕は駄々をこねるように揺さぶった。
「……」
 姉さんは目を閉じて、寝たふりを決め込む。こういうところが意地悪で、やっぱり、ずるい。
「……ねえ……もう一回、したい」
 結局、僕のほうからお願いすることになるのだ。
「……だと思った」
 姉さんは、パッチリと目を開けて、にっと口角を上げていた。

第一章「東京…………十八歳」





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姉 10



「そう……だめよね。弟のおちんちんの匂い、嗅いで……」

「だめな姉さん」

「あぁ……」

 姉さんが目を細めて、小さくうめいた。

 幼いころから僕の面倒を見てくれた姉さん。しっかり者でだめなところなど一つもないが、なぜかこの行為のときは、僕に「だめな姉さん」と言わせたがるのだ。

 最初の頃、僕は姉さんをだめと言うことに抵抗があった。どうして、思ってもいない悪口を言わないといけないのか、と。だけど、姉さんのほうから、「だめな姉さんやろ?」とフェラチオの最中、言い出したのだ。

 だめやないよ、気持ちいいもん。いつもありがとうって思っているよ、と答えたのだが、姉さんは違うと首を振り、「だめな姉さんなの。ねえ、言ってみて」と、必死のまなざしでお願いしてきた。僕は仕方なく、言わされるまま、その言葉を口にした。すると、姉さんはビクッと体を震わせて、「そう、だめな姉さんよ」と呟きながら、ア~ンと口を開いて、おちんちんを咥えこんだのだ。

 それ以来、僕はフェラチオして、とお願いする代わりに、だめな姉さん、と口にするようになっていた。

 

 

 

「あぁ……はる……」

 やっと、ペニス全体を包み込むように唇をかぶせてきた。柔らかく湿った口腔粘膜は、体温よりも高いと思えるほど温かい。歯を当てないように口を大きく開きながら、ヌルヌルとした舌をペニスにぴったりと添えるようにくっつけ、姉さんはゆっくりと顔を前後に律動し始めた。ようやく待ちに待った刺激が入り、僕は思わず姉さんの頭を両手で押さえていた。

「ああ、姉さん。だめな姉さん」

 言いながら僕は姉さんの口に向かって、腰を動かす。

「んんっ、あむぅ、んッ……あん」 

 弟に頭を押さえつけられても抵抗するどころか、姉さんは唾液を垂らすほどあんぐりと口を開いて、うっすらと目も閉じている。

 弟の性欲処理にされている姉さんを見下ろしていると、本当にだめな姉さんに思えてくる。いや、姉さんだって、このときばかりは姉の威厳など捨てたいのかもしれない。

 僕がもっと小さかった頃は、うるさい母親のように「宿題はやったの!?」とか「洗濯物、そのへんに置かないで!」とか叱りつけていたのが、嘘みたいだ。

 僕は腰をゆったり律動させながら、姉さんのサラサラとしたシルクのようなさわり心地の髪を撫でた。気持ち良すぎて、何かを触っていないと、射精してしまいそうだからだ。

 

 

 

第一章「東京………………十八歳」より


4月5日発売


楽天ブックス、DMMブックス、コミックシーモア、U-NEXT、紀伊国屋書店、Googleブックス、Kindleなど40以上のオンライン書店で発売

 

匠芸社・シトラス文庫刊


姉枕 表紙


表紙デザイン……彼女、

モデル……………ちづ姉さん

撮影………………夢路歩夢

編集………………若林育実

著者………………柚木怜

 

出版社  匠芸社

レーベル シトラス文庫

 

【作品紹介】

 

生まれた時から父はおらず、飲んだくれのふしだらな母は愛人の家に入り浸りで子どもの待つ家にはたまにしか帰ってこない。そんな家庭環境で育った春吉は幼少期に、五歳年上の姉・夏子が「してくれたこと」をずっと忘れられないでいた。

 

『明君のお母さんと僕』『お向かいさんは僕の先生』などノスタルジー溢れるポルノ小説でおなじみの、郷愁の官能作家・柚木怜が綴る──貧しい生活の中でも逞しく生きようとする、姉弟の禁断性愛ストーリー。

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上記以外にも、U-NEXTやhonto、DMMブックス、ブックライブなど40以上のオンライン書店で発売されます。



著者プロフィール

 

柚木怜(ゆずき・れい)

 

京都出身、東京在住。1976年生まれ。

23歳の頃よりフリーライターとして、週刊誌を中心に記事を執筆。30歳の時、週刊大衆にて、初の官能小説『白衣の濡れ天使』を連載開始(のちに文庫化されて『惑わせ天使』と改題)。

おもに、昭和末期を舞台にしたノスタルジックで、年上女性の母性溢れる官能小説を手がける。

また、YouTubeチャンネル「ちづ姉さんのアトリエ」にて、作品を朗読配信中。

 

著書

 

『惑わせ天使』(双葉社)

『おまつり』(一篇「恋人つなぎ」 双葉社)

『ぬくもり』(一篇「リフレイン」 双葉社)

『初体験』(一篇「制服のシンデレラ」葉山れい名義 双葉社)

『明君のお母さんと僕』(匠芸社 電子書籍)

『お向かいさんは僕の先生』(匠芸社 電子書籍)

『キウイ基地ーポルノ女優と過ごした夏』(匠芸社 電子書籍)

『邪淫の蛇 女教師・白木麗奈の失踪事件 堕天調教編』(匠芸社 電子書籍)

『邪淫の蛇 夢幻快楽編』(匠芸社 電子書籍)



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 いまは二十歳で、今年の夏の誕生日で二十一歳になる姉さん。

 早いのか、遅いのか、それとも結婚まで守るのが正しいのか、女の人の常識はよくわからないけど、昔から姉さんは僕以外の男の人が苦手っぽかった。もしかしたら、誰とでも寝る公衆便所、と陰で囁かれている、お母さんへの反抗心かもしれない。

 そんなふうに考えると、僕は姉さんが可哀想で仕方ない。

 だから、僕が姉さんの全部をもらってあげるんだ。

「姉さん」

 もらう、姉さんの全部を。

 

 

 

 

 

 

第四章「卒業……………十五歳」より

 

 

 

4月5日発売 定価 770円

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匠芸社・シトラス文庫刊


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表紙デザイン……彼女、

モデル……………ちづ姉さん

撮影………………夢路歩夢

編集………………若林育実

著者………………柚木怜

 

出版社  匠芸社

レーベル シトラス文庫

 

【作品紹介】

 

生まれた時から父はおらず、飲んだくれのふしだらな母は愛人の家に入り浸りで子どもの待つ家にはたまにしか帰ってこない。そんな家庭環境で育った春吉は幼少期に、五歳年上の姉・夏子が「してくれたこと」をずっと忘れられないでいた。

 

『明君のお母さんと僕』『お向かいさんは僕の先生』などノスタルジー溢れるポルノ小説でおなじみの、郷愁の官能作家・柚木怜が綴る──貧しい生活の中でも逞しく生きようとする、姉弟の禁断性愛ストーリー。


【先行予約】

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上記以外にも、U-NEXTやhonto、DMMブックス、ブックライブなど40以上のオンライン書店で発売されます。



著者プロフィール

 

柚木怜(ゆずき・れい)

 

京都出身、東京在住。1976年生まれ。

23歳の頃よりフリーライターとして、週刊誌を中心に記事を執筆。30歳の時、週刊大衆にて、初の官能小説『白衣の濡れ天使』を連載開始(のちに文庫化されて『惑わせ天使』と改題)。

おもに、昭和末期を舞台にしたノスタルジックで、年上女性の母性溢れる官能小説を手がける。

また、YouTubeチャンネル「ちづ姉さんのアトリエ」にて、作品を朗読配信中。

 

著書

 

『惑わせ天使』(双葉社)

『おまつり』(一篇「恋人つなぎ」 双葉社)

『ぬくもり』(一篇「リフレイン」 双葉社)

『初体験』(一篇「制服のシンデレラ」葉山れい名義 双葉社)

『明君のお母さんと僕』(匠芸社 電子書籍)

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