【前回まであらすじ】
九歳年上で二十五歳のポルノ女優・利香子さんを、学習塾の友達に〝紹介〟した祐介(16歳)。そのあと、利香子さんと最近できた百貨店でデートをして、帰りはとんかつ屋へ。利香子さんの住んでいるアパートの場所も教えてもらえた。さらに、大人の彼女を持つ祐介に、学習塾の友達も一目置くようになり……。
「男臭いだろ? 悪いな、ちょっと換気しとくか」高橋君はそう言って、自室の窓を開けた。
近くにキンモクセイがあるみたいで、甘ったるい香りがたちまち部屋に入ってきた。
「まあ、適当に座っといてくれよ。俺、下に行って、飲み物でも取ってくるから」
高橋君は忙しそうにドタバタと階段を駆け下りていった。適当に、と言われても祐介はまごつくばかりだ。
友達の家に呼ばれたのは初めてのことで、どこに座っていいのかもわからない。
高橋君たちに利香子さんを紹介してから、一週間後の土曜日の夕方だった。
この日、塾の授業を終えたあと、別のクラスの高橋君から「一緒に帰ろうよ」と声をかけられた。最初はバス停のある駅までのつもりだったが、その道中で、「時間あるなら、俺の家に遊びに来いよ」と突然言われたのだ。
小学・中学と学校では友達とろくに会話もできなかった祐介が、友達の家に遊びに行くなんて、これまで一度もなかった。それだけに、高橋君がさも気軽に誘ってくれた時は心底驚いたし、本当にいいのか、と気後れもした。塾でたまに顔を合わせると、声を掛け合う仲にはなっていたものの、家にお邪魔するとなれば、また話も違ってくる。ちゃんと会話ができるだろうか、粗相の無いように振る舞えるだろうか、心配で仕方なかった。それでもやはり友達の家に誘われたのは嬉しくて、祐介は緊張しながらも「遊びに行きたい」と答えた。
高橋君の家は、駅の北側にあった。ただ、商店街や飲み屋街のある界隈から逸れた、北東よりの、高台にある新興住宅地だった。最近建てられた洋風の民家が立ち並ぶ一帯で、高橋君の家も洋風の白壁が輝く二階建てだった。
山間の村にある無駄に広いだけの祐介の生家に比べると、ずいぶんとこぢんまりしているものの、玄関のところから石けんのような清冽な芳香剤の香りが漂っていたし、廊下はピカピカのフローリングだったし、この高橋君の自室も六畳ほどの洋室で、ベッドも置いてある。壁には外国の映画のポスターが貼ってあり、スーパーカーを彷彿させる真っ赤なラジカセもある。それに、これは高橋君専用なのだろうか、十四インチのテレビ、そしていま流行りのビデオデッキも設置されていた。
階段を駆け上がる音がして、高橋君が二本の缶ジュースを手に戻ってきた。
「あれ? 座っていればいいのに。ほれ、サイダー」
緑のパッケージのサイダーは、キンキンに冷えていた。
「ありがとう」
「いいって。そんなことより、その辺に座れよ」
「あ、うん……ここでいいの?」
とりあえず、カーペットが敷かれているその場で正座した。
高橋君はベッドに腰掛けて、サイダーのプルタブを勢いよく開けた。
「で、さっきの話の続きなんだけどさ。先生なら、どうする?」
不器用な祐介は、サイダーのプルタブを開けるのも苦手で、爪をひっかけながら、カチカチと苦戦していた。「え? あ、中村さんのこと?」
「そうだよ。この前、藤森に聞いたら、中村さんはいま彼氏がいないみたいでさ。デートに誘いたいんだけど、どう言えばいいのか……」
家に来るまでの道すがら、高橋君はここだけの話として、中村さんに告白したい旨を祐介に打ち明けてきた。自分がまさか同級生の男子から恋愛相談を受けるなんて思ってもいなかったが、先日、利香子さんを見た高橋君にすれば、祐介は尊敬に値する恋愛マスターのようで、冗談半分ながら「先生」などと呼んでくるのだ。
「うーん……」
先生はまだサイダーのプルタブを開けられないでいた。
「やっぱり難しいよな。そもそも中村さんって美人だし、男から誘われまくっているだろ。俺なんかが告白しても、だめな気がするんだよな……」
「難しい……」
「え? 先生もそう思うのか?」
「いや。そうじゃなくて……これが」
「なんだ、それ、そんなに固かった? ちょっと貸して」
「ごめん」
高橋君はいとも簡単にプルタブを開けて、祐介に「はい」と渡してきた。
「ありがとう」
こぼさないように気を付けて、飲み口に唇を運んだ。
「なあ~。先生はどうやってあんなに色っぽいお姉さんを口説いたんだ?」
「ん? どうやって……えっと……最初は、スーパーに行ったとき……」
友達の家に来た緊張で、喉も乾いていた。祐介はサイダーをごくごく飲みながら答えた。
「うんうん」
「なんか万引きを疑われて、いったん逃げたんだけど、やっぱり心配になってもう一回戻ったら、なんか仲良くなれて……」
「すげえな、ドラマみたいな展開じゃん! それで? 仲良くなってから、どうやって告白したの!?」
塾で会うときは、中村さんや藤森さんもいる手前、なかなかこんな話もできなかったのだろう。高橋君は前のめりになって、瞳を輝かせてきた。
祐介は祐介で、同級生からこんなふうに質問されたことがなかったので、張り切って答えた。
「えっとね……そうだ。一緒に映画を観にいったんだよ。その帰りに、告白したんだ」
「映画か! どんな映画!?」
熱心に尋ねられて、祐介は一瞬戸惑った。さすがにピンク映画とは言えない。
「ちょっと大人の、恋愛映画かな」
「なるほどー! やっぱり女って、恋愛映画に弱いんだな。さすがだな、先生! よし、俺もその手でいこう。マジでいいことを聞いたよ。ありがとな、先生」
「ううん……役に立てたなら嬉しいよ」
「ついでにもう一つ聞きたいんだけど……先生は、あの色っぽい彼女さんと、セックスもしているんだろ?」
高橋君が妙にそわそわしながら聞いてきた。これも中村さんや藤森さんのいる前では、聞けなかったことなのかもしれない。
「うん……まあ……」
「いいなあ! 本当に羨ましいよ! 俺なんて、まだ経験ないからね。アダルトビデオでしか、女の裸も観たことないし」
「え!? アダルトビデオ、観たことあるの!?」
「あるよ。なんだ、先生ともあろうお方が、観たことないの?」
「ない……うち、ビデオもまだないし」
「なんだよ。早く言ってくれよ。ちょっと待ってろ。俺、いま持っているから見せてやる」
祐介を先生と慕っていた高橋君が一変して、自慢げな顔で、にやついた。
「いま、あるの? 買ったの?」
「あるよ。レンタルビデオ屋さんで借りてくるんだ。実は昨日、借りてきたばかりでな」
言いながら高橋君はクローゼットを開けた。
「でも、アダルトビデオは十八歳以上じゃないと借りられないと聞いたよ」
「大丈夫。別に身分証明書を見せろ、とか言われないし。クラスの男子も、普通にみんな借りているよ。ほれ、これ。三本も借りてきたんだ」
クローゼットの奥に隠していたみたいで、高橋君は三本の黒いテープを取り出した。
ずっと気になっていたアダルトビデオがここで観られるとは思っていなかっただけに、祐介も心が躍った。
「観たい」
「おおっ、一緒に観ようぜ」
男友達とアダルトビデオを観ることも長年の憧れであった。高橋君は祐介の隣に座って、「どれから観る?」とビデオテープを見せてきた。テープにはタイトルが書いてあった。
『とびっきりギャル ぜ~んぶ見せちゃうもん』『先生のちょうだい!』『オナペット女子大生・まみ』。タイトルだけで生唾を飲んでしまった。
「ど、どれでもいいよ」
「じゃあ、まずはこれだな」
高橋君が手に取ったのは『オナペット女子大生・まみ』だった。
ガチャ、ツー、ガガガ……壊れないかと心配になるほど奇怪な音を立て、ビデオテープが、ビデオデッキに吸い込まれた。
「あ、やば。音量、下げとかなきゃ。窓も閉めなきゃ」
「俺、窓、閉めるよ」
友達の家に来た緊張もどこへやら、祐介はさっそうと立ち上がって、窓を閉めた。それから高橋君と真横に座り合って、テレビ画面に釘付けとなった。
だが、初めて見たアダルトビデオは、祐介の想像していたものと少し違った。のっけから、陽光の差し込むテラスに、茶髪の爽やかな雰囲気のお姉さんが登場して、カメラに向かってニッコリと微笑む。まるでアイドルのプロモーションビデオみたいだ。実際、アイドル並に可愛いルックスなのだが、祐介はさほど惹かれなかった。利香子さんのほうがずっと美人だ。
そのあと、屋内でインタビューが始まった。お姉さんはピチピチのTシャツにミニスカートといった格好で、革張りの白いソファに腰掛けて、両脚を斜めに揃える。パンツがぎりぎり見えないセクシーな座り方だけど、どこかわざとらしくて、祐介は違和感を覚えた。
お名前は? という字幕が入り、お姉さんが「沢口まみです」と答える。おいくつですか? 「20歳です。女子大生をしています」。経験人数は? 「二人です」恥ずかしそうに微笑む。オナニーはするの? 「たま~に、うふふ」。
「女もやっぱりオナニーするんだな。しかも、こんな可愛い女子大生でも!」
高橋君が興奮した口調で、祐介に同意を求めてきた。
「そ、そうだね……」
「このあと、このお姉さんがオナニーをするんだぜ」
「そ、そうなんだ……」
お姉さんがワンピースを脱いで、下着姿となった。細身で色白の身体だけど、利香子さんほどオッパイは大きくなかった。
隣で、ごくりと高橋君が唾を飲んだ。
お姉さんさんはブラジャー、ショーツも脱いで、ソファにもたれかかった。
「すげえだろ」
高橋君が独り言のように呟くなか、お姉さんは両脚を大きく広げていた。
股間にモザイクが入っていた。
「目細めてみろよ。ちょっと、アソコが見える感じがするから」
「そうなの? やってみる」
言われた通りにしたが、あまり変わらなかった。そんななか、お姉さんが指をアソコに這わせて、クチュクチュと淫らな音を奏で始めた。
「あん、ああん!」
右手をモザイクの奥にあてがい、左手で左の乳首を摘まんで、躍るように悶える。「すげえだろ、な?」高橋君はやたら同意を求めてくる。祐介は「うん」と頷きつつ、頭の中では、ピンク映画で観た利香子さんと真藤琴子の背中合わせのオナニーシーンと比較していた。
全然、違うじゃないか。確かにアダルトビデオは明るいところで撮影していることもあって、お姉さんの身体も綺麗によく見えるし、モザイクがあることで堂々とお股をおっぴろげたスケベな格好も見せている。
しかし、利香子さんと真藤琴子が見せた、薄暗いホテルで、パンティの中に指をもぞもぞと差し込んでいたオナニーは、秘め事的なヌメっとしたエロスがあった。
「ハア、ああっ……気持ちいい……クリトリス、気持ちいい!」
喘ぎ声混じりに卑猥な言葉も口にしているが、祐介はどうにもしらけてしまう。言葉少ないながらも切なげにハアハアと吐息を漏らしていた利香子さんのオナニー姿のほうが、ずっと色っぽかった。
友達と一緒に観ているせいかもしれないが、祐介はアダルトビデオの世界にのめり込めないでいた。そもそも、女優さんがなぜカメラの前でオナニーをしているのか、その理由もよく分からない。
「なあ、中村さんも、オナニーしていると思うか?」
ふいに高橋君が不安げな口調で尋ねてきた。
「へ? どうなんだろうね……してるかも」
「ええ!? 変なこと言うなよ。想像つかないよ」
「でも、人にはいろんな一面があるから」
祐介は利香子さんに教えられたことを、ぽろりとこぼした。
「なんだよ、それ……あ、観ろよ、ここ見どころだぞ」
お姉さんが蕩けた表情で、腰をぐいぐい浮かせて、喘ぎ声も甲高くなっていた。
「アッ! イキそうです……アアアッ、イク、イク~、イックーーーッ!」
天井を仰ぐように肢体をのけ反らせながら、ビクビクと震えていた。
だが、ピンク映画のように、女性の絶頂に合わせて、映像がホワイトアウトすることもなかった。
イキましたか?
「はい。イッちゃいました。うふふ、恥ずかしかったです」
にこりと微笑むお姉さんは、汗ひとつかいていなかった。
何なのだ、これは……。普段は利香子さんの匂いを嗅ぐだけでも即勃起する祐介のペニスは結局、一度も反応することがなかった。
浮かない顔をしていることに高橋君も気づいたのか、
「あれ? いまいちだった? じゃあ、別のものを見よう。こっちはもっとエロいよ。女がエロエロで、フェラチオして口の中に精液出されたり、顔に精液かけられたりするんだぜ」
そう言って、続けて他の二本も見せてくれたが、祐介はどれも夢中になれなかった。一応ストーリーもあるようだが、高橋君はセックスシーン以外、早送りしてしまうのだ。
ただ、一つだけ驚いたことがあった。どの作品でも女優さんと絡む男が一向に射精しないのだ。五分、いや十分はピストンをし続ける。ピストンも、祐介の腰振りがいかにチンケだったか思い知らされるほど、豪快で素早いものだった。高橋君によると、彼らはAV男優と呼ばれるセックスのプロだそうだ。さすがプロだ、常人離れしている、と祐介は感心した。
高橋君の早送りによって、三本のアダルトビデオもわずか三十分ほどで見終えた。
思ったよりも興奮できなかったが、それでも友達とアダルトビデオを鑑賞できたのは良い思い出で、祐介は「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えた。
「いや、その顔は満足していないだろ? やっぱり、あんな色っぽい彼女さんとリアルでヤッているから、目が肥えているんだろうな……仕方ない。アレを、見せるしかないな」
なぜか高橋君はムキになっていて、いったん部屋から出て行った。一分か二分ほど待たされて、高橋君が戻ってきた。手に二本のビデオテープを持っていた。
「これ。隣の兄貴の部屋からパクってきた。うちの兄貴さ、すげえもの隠し持っているんだよ。こっそり隠しているみたいだけど、俺、隠し場所を知っているんだ。だから、たまに兄貴がいないとき、こっそり、これ、見ているんだよ」
不気味なほど、高橋君はニンマリニタニタしていた。
「それもアダルトビデオ?」
「もっとすげえよ。裏ビデオ……」
ひひっ、と変な笑い方もしていた。
「裏ビデオ? あっ! エロ本で読んだことがある。モザイクの入っていない、違法のビデオなんだよね?」
「そう! オマンコ、丸見え! 見る?」
「え……どうしよ……」
祐介はすぐには食いつけなかった。観たい気持ちはもちろん、ある。だけど、利香子さん以外の女性器を見るのは、浮気みたいじゃないか。
「なんだよ。見るだろ? 二本あるんだけど、とりあえずこれがいいかな。もう一本は、なんか、ちょっと内容がヤバいんだよね」
罪悪感に苛まれる祐介を尻目に、高橋君は早々に一本の裏ビデオをビデオデッキに挿入した。いまさら断ることもできず、祐介は心の中で「利香子さん、ごめん」と謝りながら、テレビの前に正座した。
数秒ほど砂嵐が続いたあと、真っ青な画面に白文字で『消し忘れ ナオちゃん新妻25歳の寝室』というタイトルが映し出された。
そして、何の脈略もなく、ベッドで絡み合う素っ裸の男女の姿が飛び込んできた。
男が女の人に覆い被さって、キスをしながら乳房を揉んでいる。
男は角刈りの三十代ぐらいで、恰幅がいい。女の人はタイトルに書かれている通り、二十五歳の新妻なのだろうか。セミロングヘアの丸顔で、中肉中背。おっぱいは手のひらで包み込めそうなほど小ぶりだ。アダルトビデオの女優さんのような美人ではないが、普通の奥さんっぽいところが逆に生々しい。
アダルトビデオと違って、映像も不明瞭だ。素人がホームビデオで撮影したような作りで、寝室も間接照明のみと薄暗く、画質が粗い。
寝室には、男女以外にカメラマンがいて、二人の性交を記録するように移動しながら撮影している。
男が女の人の両脚を持って広げた。カメラが女の人の局部を捉えた。
「どう?」
ほぼ同時に高橋君は声をかけてきた。見たいけど、見てはいけないような、宙ぶらりんな気持ちで、祐介は片目をつむった。
二十五歳の新妻──年齢が本当なら利香子さんと同じ年だ。
片目に入ってきたのは、もっさりと恥毛が繁った、ザクロの実を割ったような女穴だった。
「うわ……」
思わず声を漏らしたのは、一言でいえば、気持ち悪かったからだ。
利香子さんの花唇はいつ見ても綺麗でウットリするのに、いま目の前にあるのは臓器の肉片みたいで、人体解剖を目撃しているような、おぞましさがあった。
「すげえだろ。オマンコから汁も垂れてる……」
映像に釘付けの高橋君は、祐介が顔を顰めていることに気づかない。見るんじゃなかったと、祐介は片目をつむったまま、俯いた。
「おい、見ろよ。ほら……」
高橋君が祐介の肩を軽く叩いて、画面を指さしてきた。仕方なく顔を上げると、男が仰向けに寝て、フェラチオをされていた。思えば、自分以外の勃起したペニスを見るのも初めてで、祐介は「ん?」と首を傾げた。
十四インチの小さな画面越しだからか、画質が粗いせいか……それにしても、ペニスが小さいように思える。最初は気のせいかと思ったが、じゅるると唾液の音を立てて、女の人が唇をずり下ろしたとき、おちんちんは根元まで咥えこまれた。
利香子さんの口は、祐介のペニスが半分ぐらいしか入らない。それが普通だと思っていたが、どうなのだろうか。利香子さんは祐介のものをよく「大きい」と言うけど、本当だったのだろうか。それともこの男のおちんちんが極端に小さいのだろうか。
「ねえ、高橋君。この人のおちんちんって、小さい?」
祐介は自分のペニスが異常なのではないか、と不安になった。
「え? 小さいかなぁ。言われてみれば、うん、小さい気がする……」
一瞬ギョッとしていたけど、すぐに高橋君は思慮深そうにうなずいた。
「高橋君は勃起したら、もっと大きいよね?」
「な! そ、そうだな。こいつのよりかは、でかいぞ」
「そっか!」
「なんだ……お前のは、これよりでかいのか?」
「ちょっとだけね。だから俺のもいたって普通だよ、普通。たぶん、高橋君と同じぐらい」
祐介は高橋君に笑顔を向けた。男同士ならではの会話で、こういう経験もしたことがなかったから、祐介はなんだか嬉しくなった。
そんな話をしているうちに、映像の中では、男と女の人がいよいよ合体していた。女の人が上に覆い被さって、男に抱きついていた。カメラは二人の真後ろに回って、結合している部分をモロに捉えていた。
この光景には祐介も固唾を飲んだ。まさにズッポリと女性の陰口に男の肉槍が突き刺さっており、動物の交尾という言葉がぴったりだ。祐介のおちんちんも、利香子さんの胎内にこんな感じで入っているのかと思うと、急にムラムラと興奮してきた。裏ビデオを見ても、勃起することはなかったのに、利香子さんとのセックスを思い出した途端、痛いほど屹立してきた。
もっこり膨らんだ股間を、隣の高橋君に知られるのがちょっと恥ずかしくて、祐介は両手で隠すようにした。だが、逆効果だったみたいで、
「ハハ、勃起してんのか。俺も勃っているから気にするなよ。よし! じゃあ、こっちはどうしようか迷ったんだけど、ちょっと見てみるか!」
祐介が興奮していることを知ると、高橋君はもう一本の裏ビデオを手にして、騒いだ。
「それは、どんな感じなの?」
「あ~。なんかさ、ヤバい感じ。俺らと年の変わらない女の子が二人、ヤクザみたいな男たちに脅迫されて、無理矢理ヤラれているんだよね。やらせかもしれないけど、どうにも本物っぽいんだよな。まあ、一番怖いのは、兄貴がこんな犯罪的なビデオを持っていることなんだけどな」
説明しながら、高橋君は新妻の裏ビデオを取りだして、そのヤバいビデオを挿入した。
再生しても、しばらく砂嵐が続いた。「なかなか始まらないんだよ、これ」高橋君が苛ついた口調で早送りボタンを押した。
砂嵐、砂嵐、砂嵐……唐突に、コンクリートに囲まれた、無機質な部屋が映し出された。
タイトルが表記されることもなかった。
祐介も直感で高橋君の言っていたヤバさに気づいた。映像から漂う雰囲気が違うのだ。
無機質な部屋の中央には、染みだらけの汚いマットレスが置かれていた。そこに二人の女の子が素っ裸で、黒い布で目隠しをされて、両手を後ろに縛られた状態で座らされていた。
一人は肩までかかった茶髪で、ややぽっちゃりとした体型だ。おっぱいも大きいが、座った体勢だとお腹の贅肉も目立っていた。もう一人はロングの黒髪で、後ろにひとつに結んでいた。不穏な空気が漂っているものの、祐介はこの子のスタイルに目を奪われた。肩やウエストは華奢で足もすらりと長いのに、おっぱいだけはメロン級の見事な巨乳なのだ。
彼女たちの周りを、四~五人の男が取り囲んでいる。カメラの画角で部屋全体は映っておらず、全部で何人いるのか分からない。
ただ、映っている男たちは金属バットやゴルフクラブなど、武器を持っていた。上半身裸の男が二人いて、二人とも背中に刺青が入っていた。
「もう撮ってる?」
半裸で金属バットを持った男が、カメラに鋭い眼光を向けてきた。
「はい。大丈夫っす」
撮影している男が答える。
ぽっちゃり体型の女の子は全身の震えが止まらない様子で、泣いていることも分かった。一方、スタイルのいい女の子は覚悟を決めたように、背筋をまっすぐ伸ばしていた。
金属バットの男がぽっちゃり体型の女の子に近づいていった。目隠しをされていても気配でわかったのか、女の子は後ろ手に縛られたまま、額をマットレスにこすりつけて、
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
泣きわめきながら、土下座をした。とても演技に見えなかった。
まさに追い詰められた人間の命乞いで、テレビの前の祐介も背筋に悪寒が走った。
男たちは恐ろしいほど無言で、ぽっちゃり体型の女の子を見下ろしていた。
「お金は必ず返します! 許してください! ごめんなさい、ごめんなさい!」
ぽっちゃり体型の女の子の金切り声だけが響き渡る。すると、スタイルのいい女の子も同じように額をマットレスにつけて、「許して、ください……」と小さな声で呟いた。
金属バットを持った男が腰を下ろして、ぽっちゃり体型の女の子の髪を掴みあげた。
「あぐぅ」
目隠しの布がびっしょり濡れて、唇まで涙の線が繋がっていた。血の気もなく、顔色は真っ青だった。
「店の金、持ち逃げしといて、何いってんのお前……謝って済む問題?」
男はぼそぼそとした声で呟いたあと、掴んだ彼女の髪を左右に大きく振った。
「痛い! ごめんなさい、ごめんなさい!」
「ああ!? 殺すぞ、お前」
「ごめんなさい、ごめんなさい……お願いします。殺さないでください……ああ……」
祐介は呼吸することも忘れていた。いったい、これは何なのか。ぽっちゃり体型の女の子の懇願があまりにも凄まじく、周りの男たちの威圧感もテレビドラマや映画で見るヤクザとは明らかに一線を画していた。
本物だ。隣の高橋君が、祐介の怯えを見て取り、「やばいだろ、マジで」と低い声で囁いてきた。
「俺も初めて見たときは怖すぎて、途中で止めたんだよ……でも、しばらくすると、怖いのにまた観たくなるんだよ、これ。何回か観ていると、大体のことは把握できたよ」
「把握できたって……どういうこと?」
「この女の子たちはキャバクラ嬢で、いま脅されている女の子がたぶん、店の金を持ち逃げしちゃったんだよ。だけど、掴まってしまって、こういう目に遭っているわけ。可哀想なのは、もう一人の女の子でさ。話を聞いていると、何の関係もないんだよ。ただ、持ち逃げした女の子と友達だったから、一緒に謝りにきたら巻き込まれたみたいな……このあと、二人ともヤラれちゃうんだけど。ちょっと早送りするわ。ヤラれるところまで、けっこう長いんだ」
高橋君が早送りボタンを押し始めた。
「いや……もう、いいよ」
これ以上見るのはつらかった。ましてや、この二人が強姦されるシーンなど見たくない。だが、高橋君は「ちょっとだけ、見てよ」と聞いてくれなかった。
早送りが止まった。映像を見るよりも先に、「んぎゃあーー」と大泣きする赤子のような悲鳴が聞こえてきた。祐介はとても目を向けられず、歯を食いしばった。
「ほら」高橋君が、見ろ、と促してくる。
なぜそこまで見せたがるのか、せっかくできた男友達であるが、この時ばかりは腹立たしく思った。祐介は憂鬱なため息をついてから、片目つむりで映像をちらりと伺った。
マットレスの上では、ぽっちゃり体型の女の子が目隠しされて、両手を後ろに縛られた姿で、金髪オールバックの男にバックで犯されていた。
「いま、この子、お尻の穴に突っ込まれているんだよ」
高橋君が信じられないことを囁いてきた。確かによく見ると、ペニスの入っている位置が高い。ぽっちゃり体型の女の子は、マットレスに顔を埋めて、ゼエゼエと息を荒げている。苦しげに頭を左右に振っていると、別の男が彼女の後頭部を足で踏みつけた。
「はい、言って」
後頭部を踏みつける男が、ぽっちゃり体型の女の子に何か命令した。
「あぐう、はあはあ……ごめんなさい、ごめんなさい。気持ちいい。気持ちいいです……おぢり、気持ちいいです」
どっと、野太い笑い声が湧いた。カメラを持つ男が、彼女の肛門をアップで捉える。赤黒い肉茎が根元まで嵌り、飴色の花蕾は内側の粘膜がめくれあがっていた。
「おら、もっと締めろって。ガバガバじゃんか、お前」
アナルを責める男が馬に鞭を入れるように、彼女の臀部を平手打ちする。
「あぎいぃ! ごめんなさい……」
懸命に踏ん張っているのだろう、ぎちぎちにペニスの詰まった裏の陰花が、わずかながらキュッキュッとうごめいた。
「これ、入れてみます?」
画面の左から丸坊主頭のチンピラみたいな若い男が入ってきた。手にはゴルフボールが握られていた。「おう、やれやれ」アナルに挿入している男が楽しげにけしかける。
チンピラふうの男は「了解っす~」と答えると、たこ焼きにソースをかけるように、ゴルフボールにまんべんなくローションを塗りたくった。
そして、彼女の股間に押し込んだ。
「んはあ、苦しいっ! ああぁ……!」
手品のように、男の手からはすでにゴルフボールが消えていた。
「反応薄いね~。もう一個、いこうか」
どこからか男の声がした。「了解っす~」チンピラふうの男がにやつき、先ほどと同じ要領で、二個目のゴルフボールを挿入した。
「はうぅ……はンッ!」
ヌポッと入り込んだのか、ぽっちゃり体型の女の子は犬のような声を漏らした。むごすぎる仕打ちに祐介がふたたび俯きかけたところで、高橋君が「ここで漏らすんだよ」と呟いてきた。その言葉に思わず反応して、映像を見ると、ぽっちゃり体型の女の子がオシッコを垂らしていた。勢いよくシャーッと真下に噴射して、マットレスに飛沫が跳ねている。
「きたねえなあ、こいつ!」
また、どっと男たちの笑いが響いた。ぽっちゃり体型の女の子が放尿し終えると、カメラはもう一人のスタイルのいい女の子を探し出した。
スタイルのいい女の子は、マットレスから二メートルほど離れたコンクリートの床の上で、犯されていた。
カメラを向けられた時、彼女は仰向けに転がされて、全身刺青の腹の出た中年男にピストンされていた。同じように目隠しされて、両手は後ろ手に縛られたままだ。
カメラが近づいてきたことに気づいて、中年男はピストンを中断した。
「だめだわ、こいつ。まったく泣かないわ」
ふうふうと息を荒げながら、呆れたように言った。そういえば、スタイルのいい女の子の悲鳴はいままで聞こえていなかった。
彼女はまるで人形のように身体を投げ出していた。
「どうする? この子、本当は何も関係ないんだろ。あいつの友達ってだけで」
中年男はそう言いながら、ずるりとペニスを引き抜いた。
「まあ……そうですけど。ここまでやっちゃっていますからねー。それに、なかなかの上玉じゃないですか」
カメラを持つ男が、スタイルのいい女の子の裸体を舐めるように撮影し始めた。
片目をつむっていた祐介は、うっすらと両目を開けた。体中がすでに痣だらけで、痛々しかった。形よい巨乳は、定規のようなもので叩かれたのか、ミミズ腫れしていた。
「俺も加わっていいっすか?」
プロレスラー体型の男がやってきた。色黒マッチョで、獰猛なゴリラのような凶暴さが全身から溢れでていた。
「ああ、かまわんよ」
中年男はもう疲れたとばかりに、どうでもよさそうに許可した。すると、マッチョ男はスタイルのいい女の子を持ち上げるように立たせると、自ら床に寝そべった。そして、彼女を自分の上に跨がらせてから、上体を倒させた。
マッチョ男の胸板に、彼女の乳房が押しつぶされていった。
「おう、おっぱい、でかいね~」
にやつきながら、マッチョ男が両手でがっちり彼女の身体をホールドした。
「じゃ、入れさせてもらいますわ」
中年男にそう言うと、棍棒のような太いペニスを膣に押し込んだ。
「うっ!」
彼女は一瞬、低い声で呻いた。結合部分を撮影しようと、カメラが二人の背後に回った。
チカチカと祐介の脳裏で光が点滅した。いま何かとんでもなく恐ろしいものが、視界に飛び込んだ気がした。
「ぎっちぎちっすね~。すごい光景です」
カメラを持つ男は下っ端のようで、へりくだった敬語を使っていた。
「しっかり撮っておけよ」
ふんっ! と鼻息を荒げ、マッチョ男が腰を勢いよく突き上げた。
そこから、ずんっ、ずんっ、ずんっと、力強くリズミカルな突き上げが始まった。
スタイルのいい女の子は「ンッ、ンッ、んっ」と懸命に声を堪える。
真後ろからカメラは、ずっぽりとペニスが膣穴に埋没した、動物の交尾を捉えている。
だが、先ほどの裏ビデオと違って、これはレイプだ。女の子はひたすら耐えているだけで、黒い縮れ毛に覆われた、潰れた無花果の裂け目のような花裂からは愛液がほとんど出ていない。感じていない証拠だ。
それなのに、なぜだろう。知らない女の子がひどい目に遭わされているというのに、祐介はいつの間にか両目をかっと見開いていた。
先ほどの裏ビデオ……初めて利香子さん以外の女性器を見て、祐介は生理的な嫌悪感を覚えた。やっぱり利香子さんのアソコでないと、自分はダメなのだと思った。
ダメなのだ、ダメなのだ、ダメなのだ──。
「ほんと、強情な女だなぁ。おい、お前、このまま、こいつのケツに入れろ」
マッチョ男がカメラを持つ男に命令した。
「え? いいんですか?」
「ああ。ここまでおとなしくされると、逆にこういう女が、ぎゃんぎゃん騒ぐところを、無性に見たくなったわ。やれ」
「はい!」
片手にカメラを持ったまま、男がズボンとパンツを脱いだ。スタイルのいい女の子が初めて、身体を激しく揺すった。
「お、抵抗し始めた。怖いか?」
彼女の耳元で囁いて、マッチョ男はいとも簡単に抑え込む。
祐介は彼女が乗り移ったかのように、首をぶんぶん横に振っていた。
違う、絶対に違う。アソコが似ているだけであって、全然、違う。
「へへ、上玉のアナルに突っ込めるなんて、最高っす」
カメラを持つ男の、下卑た笑いからは、卑屈さがにじみ出ていた。
祐介は手足の震えが止まらなくなっていた。
違う! 違う! と否定し続ける自分と、嫌だ! 嫌だ! とすでに認めてしまっている自分がせめぎあい、視界もぼやけてきていた。
「ローションもたっぷり塗ったし……じゃ、いきます」
あぁ、ピンク映画を観た時もそうだった。彼女はバックの体勢で、ツヤツヤとした逆ハート型の双臀をむき出しにしていた。あの時と同じように男目線で、張りつめたお尻をこうやって見下ろしていた。
「おう……きつい……でも、無理矢理ねじこんじゃおうっと」
祐介のペニスよりも小ぶりな肉棒が、セピア色の可憐なすぼまりにあてがわれた。本来、異物の侵入など許さないはずの排泄孔も、人類の叡智で作られたヌメリの前ではなすすべもなかった。ローションまみれの亀頭が、彼女の不浄の穴にめりこむ。
ぐーっと押し込まれると、次第にピンクの肛肉が綻び始めて──。
「んっ! あっ、いや……ぎゃあああーーーーーっ!」
一番聞きたくなかったのが、声だった。彼女のあの美しい声から、こんな断末魔の悲鳴を聞かされる日がくるなんて、想像もしていなかった。
「ひゃはは! いい声だ! さすがに二穴はきついか!」
図体とは似つかぬ甲高い声で、マッチョ男がわめいた。
「すげえ! この女のケツんなか、熱くてキツキツですわ」
「おい、お前、あんまり張り切って腰振るなよ。中で、お前のチンポまで分かって、気持ち悪い!」
「すみません! でも、我慢できないっす!」
祐介は両手で耳を塞いでいた。それでも目はつむれなかった。
もしかしたら、人違いかもしれない。声もおっぱいもアソコも似ているだけで、顔をみれば、まったくの別人かもしれない。
ピストンに合わせて、カメラはぶれにぶれていた。
「しゃあない。俺が撮ってやるよ」
どこにいたのか、中年男がふたたび現れて、カメラを奪いとった。マッチョ男が「入っているところ、お願いします」と言った。
「おうよ」
下から煽るアングルで、ヴァギナとアヌスに突き刺さった二本の男根がまざまざと映し出された。
そこは、ケモノどもに荒らされた、無惨なお花畑だった。
「あぐうう、オオオオエッ、おえっ!」
吐瀉しているような嗚咽が聞こえてきた。
「こら、お前、吐くなよ!」
中年男があわてた様子で、カメラを彼女の顔に向けた。目隠しをされた彼女は、口の端から大量の涎を垂らしていた。
「どんなひでえ顔になっているんだ~」
片手にカメラを持ち、もう片方の手を、彼女の目隠しに伸ばした。
「やめろ!」
祐介は叫んだ。叫ぶと同時に、胃の中にあったサイダーが逆流してきた。
「渋谷!?」
高橋君の声はもう耳に入ってこなかった。
「おら、顔も撮ってやるよ」
「いやああーーーっ!」
スタイルのいい女の子の絶叫が、ここから遠く離れたキウイ基地まで轟いた気がした。
ぐにゃりと世界が歪み、視界も狂った。それでも祐介はテレビ画面から目を離さなかった。
はらりと舞い落ちる羽毛のように、目隠しが外れた。
祐介は両手を前について、肩を落とした。そして、思った。
そうか……高橋君が気づくはずもない。あの時、サングラスを外したのも一瞬だったし、そもそもお姉さんっぽいメイクをしていたんだ……。
そこにいたのは、祐介がいつも見ているすっぴんの利香子さんだった。
「おえっ!」
だから言ったじゃないか。友達の家なんかに遊びに行って、粗相をしでかしたら、どうするのだ、と。祐介はせっかくもらったサイダーを、そのまま全部吐いてしまっていた。