柚木怜のアトリエ

エロチックファンタジー小説

主に、昭和50年代を時代背景にした思春期の「少年」が主人公の官能小説です。

タイトル 少年A




「お姉ちゃん、大丈夫?」
 盆過ぎの夏の盛りなのに、笹谷夫佐子(ささたに・ふさこ)は二階の自室で、掛布団を頭からすっぽり被っていた。弟の順平(じゅんぺい)が心配そうに声をかけてきた時も、顔を出すことが出来なかった。
「……うん」
 顔を出せないほど、しんどいわけではない。ただただ、順平の顔を見たくなかった。
「お薬持ってこようか?」
「ううん。大丈夫やから。お姉ちゃん、このまま寝るから。ご飯は適当に食べといてくれる?」
 外はもう暗く、いつもなら一階の茶の間で順平と夕食をしている時間だ。溜まった洗濯物も洗わないといけないのだが、とてもそんな気分にはなれなかった。
「……わかった」
 寂しそうな順平の声が暗闇の布団の中に届く。その声を聞いていると、夫佐子は繭のような布団にくるまりながら、さらにこの身を守るように両手で自分の体をかき抱いた。
 ようやく順平が階段を降りていったあとも、夫佐子は掛布団から顔を出せないでいた。
 脳裏を何度もよみがえる、あのおぞましい光景。脇友彦(わき・ともひこ)の前で、全裸となった順平がお尻を突き出していたあの姿がいまだに信じられない。
 男の子同士であんなことを……。
 同性愛というものは知っている。夫佐子のクラスメートにも、女子に告白した女子がいる。好きになる気持ちに異性も同性も関係ないはずで、むしろ、周りから偏見の目を向けられようと愛しあうその姿勢は美しいとまで思っている。
「……」
 順平と友彦の関係だって不道徳なことではない。むしろ、二人の仲の良さを誰よりも知っている自分こそ優しく見守ってあげるべきだ。そう自分に言い聞かせようとしても、やはりあの光景を目撃した時のショックは凄まじく、「なんで、うちの順平が?」と、母親代わりだった夫佐子は自分の育て方が悪かったのか、といった痛恨の思いに駆られた。
 それにもう一つ、悔しいことがあった。
 あの時、順平が友彦の前で夫佐子の下着を穿いていたことだ。
 以前から順平が姉の下着を使ってオナニーしていたことは知っていたが、それは年頃の男の子の性的な好奇心だと思って、見て見ぬふりをしてきた。
 それどころか、夫佐子だってパンツに付着させられた弟の精液の臭いを嗅いで、変な興奮に襲われていたほどだ。
 だが違った。友彦に抱かれていた時の順平は明らかに「女の子」だった。ナヨナヨとした声で喘ぎ、友彦におちんちんをシゴかれながら「イク、イッちゃう」とお尻を振って善がっていた。その姿を見て、夫佐子は気づいた。順平は「女の子」に興味があるというより、姉の下着を穿いて女の子になりきっていたのだ。
 夫佐子は裏切られたような気持ちであった。息子のように溺愛している弟を友彦に奪われたような嫉妬心もあった。
 悔しい。悔しいけど、夫佐子は順平が自分の下着を身に着けていたことを知った時、別の感覚が生まれたのも事実だ。
 
「……ハァ……」

 夫佐子は今一度、両手で自分の身を抱きしめるようにした。
 友彦のギラギラとした視線やねっとりとした話し声がよみがえってくる。思い出すたび、夫佐子は嫌悪感と同時に、なんだか体が火照ってきてしまう。
 そう、あの時。夫佐子は少年同士の性行為を覗き見しながら、あたかも自分が友彦に性的な悪戯をされている錯覚に陥ったのである。
 それはおそらく順平が自分の下着を身に着けていたせいだ。
 色白で華奢な体型の順平は元々、女の子っぽいところがあった。幼少期はよく女の子に間違われていたものだ。ゆえに、胸こそ膨らんでいないものの、小ぶりに張りつめたヒップや細い二の腕、スベスベとした肌だけを見れば女の子といっても不思議ではない。ましてや、女性の下着を穿いているのだから、なおさらだ。
 対して、友彦は体格こそヒョロヒョロだが、順平と同じ歳の12歳と思えないほど毛深く、むさ苦しい大人の男の体をしていた。
 見た目が対照的な二人は、まさに男と女であった。
 友彦がリードする形で順平を責めて、受け入れる側の順平はそこに愛を感じるようにウットリとしていた。
「……アァ」
 夫佐子の下腹部がゾワゾワしてきた。
 あの時も自分は覗いているだけなのに、なぜか順平と体が入れ替わったような気分になった。
「友、彦……くん」
 思わず口にしてから、ハッとなった。
 何を想像しているのだ。
 夫佐子にとって友彦ももう一人の弟のような存在である。順平が外出中、遊びに来た友彦を家にあげて、二人だけで過ごしたこともある。
 容姿こそ「オッサン」とあだ名をつけられている老け顔だが、実際はシャイで礼儀正しい少年だ。育ちも良いのだろう。それに学校で苛められていると聞いてからは、友彦に対して、同情心も抱くようになった。
 友彦に対しても夫佐子の母性が発動されたといっていい。
 だから今も友彦を心底、憎んだりはしていない。むしろ、あの時の友彦は普段と打って変わって、堂々としており、順平のお兄ちゃんのようにしっかりしていた。
 あんな男らしい一面を持っているとは思わなかった。
 友彦の声変わりした野太い声も耳にこびりついている。
 
「ほら、もう少し、足を広げて。お尻ももっとヤラしく突き上げて。このエロ本の女の人みたいに」

 順平と同じように四つん這いで覗いていた夫佐子も、その言葉に誘導されるようにお尻をクイッと突き上げてしまった。
 順平の大きくなったペニスの先端からはトロトロの糸を引く精液のようなものが垂れていた。夫佐子もパンツの中の秘唇が蕩けそうだった。
 それに襖の隙間から漂ってきたあの臭いも忘れられない。順平の精液臭と友彦のオジサンのような臭いがミックスされた独特の雄臭だ。夫佐子の苦手な男の臭いであったが、どういうわけか、あの時ばかりはとてつもなく淫靡な匂いに感じた。
 いまもこの狭いバラック部屋に少年たちの性臭が充満していそうで、夫佐子はどうにも落ち着かない。
「んふぅ」
 こうやって布団にもぐって、自分の殻に閉じこもっているというのに、股間のあたりが妙に疼いて、無意識にも太ももをこすり合わせてしまう。
「だめだ……」
 こんな時期に掛布団など被っているからだ。
 全身が汗ばんで、息苦しい。
 夫佐子はふしだらな淫欲を振り払うように、掛布団を一気に押しのけた。



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 今日も傍を流れる天神川はドブ臭かった。
 結局、夫佐子は一階の茶の間に戻り、夕食の準備を始めた。突然起きてきた姉に対して、順平は「大丈夫? 寝ててよ」と不安げな表情で、犬のようにちょこちょこと台所までつきまとってきたが、「ちょっと邪魔!」と叱りつけて黙らせた。
 さすがに夫佐子は食欲がなかったので、順平の食事だけ用意すると、そそくさと洗濯機のあるバラック小屋の裏手に回った。
 外灯などないバラック小屋の裏手は真っ暗で、足元もほとんど見えない。むろん、夫佐子は何年もここを行き来しているので、目を瞑っていても洗濯機まで辿り着ける。
 誰かに見られる心配もないから寝起きのまま、タンクトップにノーブラで、下はスウェットスカートという恰好だった。
 起きてきた理由は二つあった。
 一つは順平をやっぱり放っておけなかったからだ。母子家庭で母親が夜遅くまで帰ってこない我が家である。夫佐子が寝込んでしまうと、順平は何も出来ない。
 現に順平は先ほど戸棚にあった食パンを齧ろうとしていた。いくらうちが貧乏だからといっても、夕食に食パンだけというのはあまりに忍びない。周りからは「過保護」と言われるほど普段から世話を焼いている夫佐子は、たった一人の弟にそんな食事をさせたくなかった。
 それでいて、もう一つの理由は息子を見るような目ではなかった。
 夫佐子は洗濯機の前に到着すると、汚れ物を詰め込んだ洗濯籠の中を漁った。
 目的のものはすぐに見つかった。
 何の装飾もない白のパンツである。
 今日の夕方、順平が穿いていたものだ。穿くどころか、友彦の手で射精された時、精液をパンツにわざとかけていた。男性の射精を見たのは初めてで、想像していた以上の勢いで噴出して、量もすさまじかった。白く濁ったオシッコに思えたぐらいだ。
 あれが夢だったとは思っていないが、パンツの汚れを確認しておきたかった。
 案の定、手に取った途端、夫佐子はビクッと身を強張らせた。
 およそ2~3時間前に放出されたばかりとあって、パンツには湿りが残っていた。指先で汚された部分を触ると、まだヌメッとした半固形物がこびりついていた。
「すご……」
 いつもは順平が一人でしているものだと思っていた。だけど、これは友彦の手によって、女の子になりきった順平が撒き散らした快感の証拠だったのだ。
 そう思うと、汚されたパンツから膨らむ妄想も変わってくる。
 誰にも見られていないと分かっているが、夫佐子は周囲を確認した。
 大丈夫、誰もいない。
 順平は今頃食事を終えて、二階の自分の部屋に戻っているはずだ。
 夫佐子は胸の高鳴りが抑えきれない。
 足の裏がフワフワと浮遊するような感覚もあった。
 確認するだけ。夫佐子は自分に言い聞かせながら、唾を一つ飲み、パンツをそっと鼻に押し当てた。
「すぅーー」
 やはりいつもより量が多い。鼻に当てた途端、強烈な精液臭が鼻腔に潜り込み、一気に肺の中にまで充満していった。
 赤ちゃんの素となる男性の体液である。そこに神秘的な魅力を感じる夫佐子は、弟の精液とはいえ、胸がときめいて仕方ない。
「すぅ……ん、すぅ」
 気づくと深く目を閉じて、体の隅々まで染みわたらせるように、ひたすら無言で嗅いでいた。変態的な行為だと分かっているけど、止められない。
 優等生と言われる自分がこんなハレンチな行為をしていることにもゾクゾクしてしまう。
 鼻から吸って、口から息を吐く。
 その呼吸は次第に荒くなっていった。
「スゥ、ハアハア、ス、ハっ、ハぁ……」
 夕方に見た光景がフラッシュバックする。夫佐子は再び、あの場所にタイムスリップした感覚だった。
 順平、すごく気持ちよさそうだった……。
 あんなにだらしなく陶酔しきった弟の表情を見たのも初めてだ。
 人の目をとにかく気にする夫佐子同様、順平も基本的に内向的な性格だ。それなのに友彦の前では、何をされても恥ずかしくないといった感じで、順平はすべてを曝け出していた。
 心のどこかで羨ましいと思った。
 私も、されてみたい。
 精液の臭いを嗅いでいると、夫佐子はだんだん思考が鈍くなり、理性的でなくなる。だから、つい本音がぽつりと漏れてしまった。
「……ハァ」
 気持ち良かった。そうやって心の奥底で渦巻くふしだらな願望を開放すると、自分が自分でなくなるような心地よさがあった。
 脳天がクラクラしてきて、足元もふらついてしまう。
 その拍子に、洗濯機の角に股間が当たった。わざとではなかった、はずだ。
「ああ……」
 スカートは履いているものの、乙女の部分に刺激が走り、思わずハシタない声が漏れた。イケナイと分かっているのに、自制できない。夫佐子はこのままおかしくなりたくて、さらにパンツを強く鼻に押し当て、臭いを吸い込んだ。
「あァ、ハア……」
 パンツがマスク替わりになって、漏れる声も抑え込める。夫佐子は絶えず臭いを吸い込みながら、自然と腰をせり出して秘部を洗濯機の角で圧迫した。
「はあ、ああっ……あん」
 自分の指で触ったことはあったが、その時は途中で怖くなって中断した。それ以上続けると、自分がグチャグチャになりそうだったからだ。
 だけど今は、グチャグチャになりたかった。
 順平と友彦の性行為を目撃してから、心はずっと激しく動揺している。一体、どうすればいいのか、考えもまとまらない。順平が自分の下着を穿いていたこと、友彦という親友と姉に隠れてふしだらな遊びに耽っていたこと、そしてその姿を見て、性的に興奮してしまった自分のこと。
 もうグチャグチャだった。
 だったら一層のこと、もっとグチャグチャになってしまいたい。そのほうがラクになれるような気がした。
 夫佐子はパンツを嗅ぎながら、もう片方の手でスカートの前をまくりあげた。
 さらに強い刺激を求めて、下着の上から洗濯機の角に跨った。
「ああぁ……」
 予想した通り、薄い布だけになると、刺激は一段と高まった。
 赤ちゃんが生まれてくる穴に、洗濯機の角をあてがう。あてがうだけでなく、痒いところをかくように、腰を律動させていた。
 ぬちゅ、ぬちゃ、ぐしゅ……。
 自分でもビックリするぐらい下着が濡れてきていた。オモラシしたようにパンツがグショ濡れになり、洗濯機の角に擦り付けるたび、卑猥な音が鳴り響いていた。
「アァ!」
 濡れた下着から透けるように、敏感な突起も浮き出ていた。腰を前後に揺らしていると、時々、そこに角が当たり、夫佐子は背筋に電流が走るような快美感を覚えた。
「ハアハア、ああっ、はあ、んはァ」
 一度覚えてしまうと、もう止められなかった。気づくと夫佐子はつま先立ちになって、クリトリスだけを角に擦りつけていた。
「……ああっ……はあ、アアッ……!」
 ご近所では「弟思いのお姉ちゃん」と評判の夫佐子が弟の精液の臭いを嗅ぎながら、洗濯機の角でオナニーをしている。そうやって倒錯的な自分の姿を第三者の視線で想像すると、夫佐子は一段と女芯が熱くなった。
 イケナイことは気持ちがいい。
 順平と友彦の姿を覗き見した時も、そうだった。
 脳裏に今度は友彦の容姿が浮かんできた。
 とても順平の同級生とは思えない、あの老け顔。それこそ40歳ぐらいのオジサン顔で、眼鏡をかけているせいもあってか、うだつのあがらない中年サラリーマンみたいだった。そんなオジサン顔の少年が、中性的な顔立ちの順平を女の子のように扱って、ネチネチとしたイヤラしい目で責め立てていた。大人の男性並みの大きな手で、順平のまだ毛の生えていないオチンチンを握り、牛の乳しぼりのように揉みしだいていた。
「あン!」
 夫佐子は慌ててパンツを口元にあてがう。派手に声が出てしまった。
 友彦の顔を思い出すと、なぜかナヨナヨとしたか弱い気分になってしまう。鬱憤を溜めこんだあの陰湿な顔で見つめられることを想像すると、本当に自分がグチャグチャにされてしまいそうで、女芯が震えてしまうのだ。
「んふぅ。ふぅんっ」
 女性にも「イク」という感覚があることはクラスメートの女子から聞いていた。
 どういうものなのか夫佐子はまだ知らないが、いま足の裏あたりから押し寄せてきているこの浮遊感は、生まれてこの方、一度も味わったことのない感覚だ。
「あふぅ! んんっ、んんぅ!」
 このまま波に身を委ねても構わない気がした。
 「イク」という感覚がすぐそこまで押し寄せてきていることは本能が察知していた。
 夫佐子は覚悟を決めて、洗濯機の角にクリトリスを痛いぐらい抉らせていく。不思議と痛みはなかった。気持ちよさのほうが断然、上回っていた。
「アッ……んんふぅうう!」
 下半身から押し寄せてきた浮遊感は、いまや腰骨から背骨にまで這い上がってきていた。夫佐子は思わず背筋をのけぞらせ、肢体を小刻みに震わせた。
 これがイク?
 順平も射精の時、「イク」と口走っていた。小6の弟ですら「イク」ことを知っているのだ。ある意味、夫佐子よりももう大人なのもしれない。
 夫佐子はあの時の順平を真似るように、パンツを塞いだ唇を、
「イク、いく……」
 と動かしていた。
 口にしたことがトドメとなったように、夫佐子は次の瞬間、頭の中が真っ白になった。
「んぐううう! んんっ! ああああっ!」
 意識が飛びそうだった。急降下するジェットコースターに乗っている時と同じ浮遊感だった。何とか踏ん張ろうと全身の筋肉に力が入り、ふくらはぎがこむら返りしそうだった。
「うはああっ」
 ついには前屈みに倒れ、夫佐子は洗濯機に抱き着く形となっていた。
 胸のドキドキが止まらない。さらに、大事な穴の奥にももう一つ心臓があるようにドクンドクンと脈動していた。
「……ハァハァハァ」
 夫佐子は必死に酸素を取り込もうと息を荒げた。自分がイッてしまったことにうっすら感動しながらも、唇は半開きのマヌケな表情となっていた。
 意識も朦朧としていた。
 だから、〝ズッ〟と近くで鳴った足音にも気づかなかった。

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「とも、ひこ……くん?」
 バラック小屋の裏手にひょいと現れたのは半袖半ズボン姿の友彦だった。
「シーッ」
 友彦は口に人差し指を当て、今にも驚きで叫びそうな夫佐子を落ち着かせようとしてきた。
「……」
 いつからそこにいたのだろうか。夫佐子は洗濯機の前に立ち尽くしながら、突然の訪問者に目で問いかけるように見つめた。
「大丈夫です……僕、誰にも言いませんから」
 夫佐子の心中を読み取ったように、友彦は小声で窘めるように話しかけてきた。
「……!」
 誰にも言わない。つまり、すべて見られていたということか。
 たちまち夫佐子は目の焦点が定まらなくなり、緊張で動悸も激しくなった。
 一方、友彦は冷静だった。足音を立てないように静かにゆっくりと夫佐子のほうに歩み寄ってきていた。
「え? なに? どうしたの? こんな時間に」
 焦ってはいるが、夫佐子は懸命に平静を取り繕うとした。
 相手は小6の子供である。ましてや顔見知りなのだ。
「順平君に貸してあげると約束していた漫画があって……ちょうどいま、僕の家、誰もいなかったから、持ってきたんです」
 確かに友彦の手には一冊の漫画が握られていた。
「そ、そう……順平だったら、いま二階にいるよ……」
「はい」
「……よ、呼んでこようか?」
「いえ。お姉さんに渡しておきます」
 漫画を手渡せるぐらいの距離まで友彦は近づいてきていた。
 知ってはいたが、こうやって向かい合うと、友彦のほうが背は高い。
「私? あ、うん……じゃあ、順平に渡しておくね」
 夫佐子は恐る恐ると言った感じで右手を差し出し、漫画を受け取った。
「お願いします」
 友彦は軽く頭を下げながらも、ぎょろりと眼鏡の奥の瞳で夫佐子を見上げてきた。
 気持ち悪いほどの上目遣いで覗き込まれて、夫佐子は背筋に悪寒が走った。
 誰にも言いませんから……。
 先ほど友彦はそう口にした。
 それなのに、そのことには触れないまま、いまや至近距離まで迫ってきている。
 だめだ。子供だと思っていたが、夫佐子は身の危険を感じずにいられない。
 夕方のこともあるだけに、夫佐子は友彦に対して、大人の男に言い寄られているような恐怖も覚えた。
「……あの……ねえ」
 夫佐子は恐怖を遮るように声を出したものの、何を話せばいいか分からず、言葉に詰まった。
 一瞬、順平との関係を問いただそうかと思ったが、そんなことをすれば、自分が覗いていたこともバレてしまう。かといって、いま何を見たのかと尋ねるほどの勇気もなかった。
「なんですか?」
 友彦は相変わらず声を潜めながら、夫佐子から目を離さない。中年のオジサンのようなネットリとしたヤラしい視線だと思った。
「……ううん。なんでもない。こんな時間に小学生が一人で外出していたら、あかんよ。早く帰りなさい」
 夫佐子はもう我慢の限界だった。何を見られたのか確認したかったが、それ以上に一刻も早く、友彦の目から逃れたくなっていた。
「……」
 友彦は何も答えず、その場から動こうともしなかった。無言の圧を感じた。
 夫佐子は何度も順平を呼ぼうかと思った。「友彦君が来てるで!」と二階に向かって叫べば、この異様な空間は一瞬で崩れるはずだ。しかし、声が出せなかった。
 本当にすべて目撃されていたとすれば、このことを順平に告げ口されるかもしれないのだ。
「ね……友彦君、いつからそこにいたの?」
 ついに夫佐子は観念したように呟いた。すると友彦はしばし考えこむような表情をした後、
「5分ぐらい前からです。お姉さんが洗濯物のパンツを鼻に当てていた時から……」
 常に視線は外さず、訥々と語ってきた。
「……うそ」
 夫佐子は小6の少年の前で、泣きそうな顔になってしまっていた。
「ごめんなさい。覗くつもりはなかったんです。なんかこっちのほうで人の気配がして、変な声も聞こえてきたから、何だろうと思って……」
「……いやだ」
 夫佐子の切実な呟きは、傍を流れる天神川のせせらぎにかき消された。
「大丈夫です。お姉さん……本当に僕、誰にも言いませんから。だけど……」
 さっきと同じ言葉に思えたが、語尾に少し違いがあった。
「だけど?」
 そこが気になって夫佐子はようやく友彦の目を見つめ返した。
「だけど……誰にも言わないから……少しだけ」
 例のムッと鼻腔をつく大人の男の匂いがした。
「あっ……! ちょ、ちょっと」
 唐突に友彦が抱きついてきた。
 夫佐子は思わず大声を上げそうになって、咄嗟に堪えた。どういう理由であれ、こんなところを順平に見られるわけにいかない。
「少しだけ……少しだけ。僕、誰にも言いませんから」
 力が強い。体の線は細いものの、夫佐子よりも背の高い男子である。欲望のまま全力でしがみつかれると、夫佐子は恐怖で体が硬直してしまった。
「ンんっ! ちょ、やめ……」
 思うように抵抗もできなかった。
 ちょうど友彦の腋の下に夫佐子の顔が挟まっていた。友彦は腋毛もボーボーだった。
 半袖シャツの腋下に密着させられて、夫佐子はそれだけで意識を失いそうになった。目が染みるほどの強烈な雄臭が発散されていたからだ。
 友彦は「誰にも言いません」「少しだけです」の二言を呪文のように繰り返し囁きながら、夫佐子をじりじりと絞め殺すように、抱き着いたまま両手の力を緩めない。
「あッ、嫌」
 夫佐子は脳天がクラクラして、体に力が入らない。
 ずっと苦手だった大人の男の体臭をここまでふんだんに吸い込んだのも初めてで、臭いが移ったように、自分の口の中までねっとりしてくる。
「お姉さん……さっき、ここを……」
 興奮に息を荒げる友彦は、左手で夫佐子の顔を強く抑え込みながら、右手をそっと外してきた。
「え? あ、だめ……」
 友彦の右手が夫佐子のスカートの中に潜りこんできていた。
 咄嗟に両脚を閉じようとしたが、友彦は構わず、太ももの間を撫でてきた。
「ひぃ」
 まだ誰にも触れられたことのない柔肌である。夫佐子は全身が毛羽立つようなおぞましさに小さく悲鳴を漏らした。
 必死に友彦の腕の中で身悶えして振り払おうとしたが、
「ああ、スベスベしている。それに柔らか~い」
 一体どこにこんな力を秘めていたのだろう。学校で苛めを受けているとは思えないほどの腕力だ。
 もちろん、思い切って大声を出したり、もっと激しく暴れたりすれば、この場は逃れられるだろう。だけど、大きな物音を立てたら、間違いなく順平に気づかれてしまう。
「やめな、さい……」
「だって、お姉さん。さっきまで、自分で……」
 友彦の大人の男性と変わらない大きな手が太ももを撫で回す。
 分厚い手のひらやゴツゴツと骨ばった指先が気持ち悪かった。
「お願い……やめて」
 高校生である自分が弟と同じ歳の少年に懇願していた。
「ねえ、お姉さん」
 友彦は夫佐子の懇願など無視して、何かを言おうとしてくる。
「ほんまにやめて。くすぐったい。お願い。変なところ、触らんといて」
 夫佐子は涙目になって友彦を見つめた。もはやか弱い雌となって、同情を誘うぐらいしか手がなかった。
「だって、お姉さん」
 友彦はハアハアと息を荒げて、何度も何度も太ももの間を撫でてくる。なぜかそれ以上、奥に手を進めてこなかった。
 夫佐子は友彦が何か会話をしたがっていると感じた。
「え? なに?」
 抵抗のそぶりは続けながら、問いかけた。
「お姉さん……これ……」
 夫佐子の顔の前に白いものが垂れてきた。
「これ、お姉さん。さっき、このパンツの臭いを嗅いでた……これ……スゥ……精液」
 あろうことか友彦はいつの間にか先ほどのパンツを手に取っていた。
 そして、夫佐子がしていたように、パンツの汚れた部分を嗅いでみせた。
「やめて」
 自分のパンツを目の前で嗅がれたことに焦ったわけではなかった。
「やっぱり……これ、順平君の精液がついているやつや……」
 思えば友彦は知っていて当然なのだ。この下着を穿いた順平と性行為をしていたのだから。
 だけどその時の夫佐子はそこまで頭が回らなかった。
「違う」
「何が違うの? お姉さん、もしかして順平君の精液の臭いを嗅ぎながら、あんなことをしていたん?」
 友彦は真剣な目つきながら、口許をわずかに緩めていた。順平に対して向けていた表情そのもので、夫佐子はまたあの時の光景を思い出してしまった。
「……言わないで」
 何を言わないでほしいのか、もう自分でもよくわからない。弟の精液の臭いを嗅いでいたことか、それともこれから起こりそうであろうことか。
「うん。言わない。だから……」
 友彦は夫佐子の目を見据えたまま、力強く頷いた。こんな状況であるにも関わらず、とても男らしい態度に見えた。
「あっ!」
 そう思ったのもつかの間、太ももの間を撫でていた手がじわじわと這い上がってきた。
「……ちょっと、だめ!」
 パンツはまだ恥ずかしいほど濡れていた。
「お姉さん……すごく濡れてる、ここ」
 友彦は冷やかすように言いながら、下着の表面を指一本でなぞりあげてきた。
「んっ!」
 最初に指の太さに驚いた。自分で触った時とは全く違う感触だ。
 それから初めて他人の手で大事な部分を触られたことに、夫佐子は足をバタつかせるほど戸惑った。
「ハア……すごい柔らかいです……」
 友彦は感動したように囁きながら、パンツ越しに秘肉の感触を確認してくる。
 無遠慮ではあったが、乱暴でもなかった。むしろ、触るか触らない程度の刺激だった。
「あッ……」
 何をしているのだろう。夫佐子は友彦を押しのけることも、両脚を閉じることもしなかった
 弱みを握られているという理由もあるが、夫佐子だって、友彦と順平の関係を知っている。そもそも友彦には順平という〝恋人〟がいるではないか。
 いくらでも友彦を責めたてる材料はあるのに、夫佐子は何も手を打てないでいた。
「お姉さん、ここ、ナデナデされると、気持ちいい?」
 友彦は指一本で、割れ目を何度もツーッとなぞってくる。
「んふぅ……アア」
 夫佐子はそれに答えられない。先ほどの自慰で発火した快感の炎が、少年の指で刺激されることで、再びくすぶり始めていた。
「そっーと、そーっと」
 友彦は腕の中で震える高校生のお姉さんをあやすように、耳元で囁いてくる。
「アぁ、いやあ……お願い、やめて」
「そーっと……と思ったら、急に」
「アアアッ!」
 なんということだ。友彦は夫佐子の反応を楽しむように、刺激に強弱をつけてきた。それまで触るか触らないタッチを繰り返されていたせいか、突然、強い力で押し込まれると、夫佐子はあられもない声を出してしまった。
「今の声、可愛い」
「え?」
 弄ばれていることにムッとした夫佐子だったが、思わずナヨッとしてしまった。
「可愛い。お姉さん。今の声……」
 相変わらず友彦は夫佐子の顔を腋の下に巻き込むようにして、抑え込んでいる。そうしながら、夫佐子の耳の穴をくすぐるように囁いてきた。
「……可愛くないよ」
 自分でも驚くほど夫佐子は恥じらってしまった。今まで男性から告白されたことは何度かあったが、これほどストレートに「可愛い」と言われたことはない。
 しかも、性的に感じてしまった姿を褒められたのだ。
 相手が自分より年下の少年だというのに、夫佐子は反応に困るほど赤面した。
「ううん。すごく可愛い。お姉さん。もっと聞かせてください」
 友彦は何度も「可愛い」と囁きながら、パンツ越しに当てた指をグイグイッと割れ目に食い込ませてきた。
「アっ! だめっ……あぁ」
 下のほう、太もものあたりを無数の虫が這いまわっているような感触に襲われた。それは先ほど起こった絶頂の前兆そのものだった。
「あぁ、すごい……お姉さんのパンツがまたどんどん温かくなってきています」
 友彦は夫佐子の状態を実況中継しながら、指の動きを激しくしてきた。
 パンツ越しとはいえ、割れ目の入口にまで指が潜り込んできていた。
「いやや、言わんといて」
「可愛い。いつもお姉さん、優しくてしっかりしているのに、こんなふうに可愛くなるんだ。ねえ、どうして、こんなにパンツが濡れているの? これって、感じている証拠でしょ」
 この感じ、夫佐子には心当たりがあった。
 優しい言葉をかけながら、意地悪なことを言う。
 夕方、順平が友彦にされていたことだ。
「はあぁ……」
 順平と同じように、夫佐子もいつの間にか媚びるような声になっていた。
「ほら、また可愛い声が出た。ねえ、聞いてよ。この音……グチュグチュしている。高校生のお姉さんなのに、僕みたいな子供に触られて、気持ちよくなるなんて、恥ずかしいね」
 友彦がいよいよ興に乗ってきているのは分かった。
 調子に乗らせてはいけないと思っているのに、夫佐子は嫌々と首を振ることしかできない。
「大丈夫。誰にも言いませんから。もちろん、順平君にも……だから、お姉さん。もうそのまま、気持ちよくなって」
 友彦は最初から知っていたのかもしれない。割れ目よりも少し上のあたりに、指を押し付けてきた。
「アッ、アッ! そこ……」
 つい物欲しそうに口走ってしまった。最も敏感な突起に友彦の指が食い込んできたからだ。
「ここ? お姉さん、ここ?」
 友彦はとぼけたように言いながら、着実に濡れたパンツから浮き出た淫芽を指先で弾く。
「あふぅっ! ハア、やァ、ああン」
 洗濯機の角で刺激した時とは全く違う快感だった。他人の手は予想不可能な動きをするのだ。
 もっと強く触ってほしい。だめ、今の強すぎ。そこ、そのまま続けて。
 口にこそ出さないが、夫佐子は友彦の指の動きに完全支配されていた。自分の思い通りにいかない刺激が、たまらなく気持ちよかった。
「お姉さん、声……」
 友彦に言われて、夫佐子は自分が夢中になっていたことに気づいた。
「あ……」
 目と鼻の先、それこそバラック小屋のトタン板一枚向こうには順平がいるのだ。
「これ……さっきみたいに」
 いきなり口に何かを当てられた。
「んぐうう」
 すぐに臭いで分かった。順平の精液が付着した白いパンツだ。
「グフフ。順平君の精液の臭い、する?」
 友彦はゾッとするほどニヤリと微笑んだ。
 こんな子供にパンツで口を塞がれるなんて、屈辱以外なんでもない。
 それなのに夫佐子はいまや彼に支配されることに歓びを感じていた。
「あんぐう、ふぅう、ふぅうう!」
 夫佐子はもはや観念したように、自分の弱点を友彦に晒すことにした。
 敏感な淫芽を刺激してもらおうと、彼に対して、自ら腰を突き出していた。
 友彦はその期待に応えるように、クリトリスだけを集中的に責めてくる。
 強制的にこのまま高められることは、もう時間の問題だった。
「お姉さん、本当に可愛いです。もうイキそう? 女の人のイクところ、僕、見てみたいなぁ。ねえ、見せて……ほら、こう? ここ? ねえ、ここ?」
 友彦の声変わりした野太い声すらも官能的だった。
 夫佐子は立っているのも辛くなり、腰を突き出しながら、友彦にしがみついていた。
 すると、固いモノがお臍のあたりに当たった。
 これが友彦君の?
 すぐには信じられなかった。
 順平のおちんちんはあの時、見てしまった。幼少期の頃のおちんちんのイメージしかなかっただけに、あんなにも太くなっていたことに驚いたが、友彦の半ズボンの前の膨らみはその比ではない。膨らみを見るだけでも、順平の2倍はありそうだ。そもそも夫佐子は普通のサイズが分からないのでなんとも言えないのだが、とにかく友彦の雄の象徴を感じた途端、全身が燃えるように熱くなった。
「んぐう、ハア、んんんんっ!!」
 夫佐子は必死に声を抑えようと、順平の精液の臭いがしみ込んだパンツに口を押し込む。順平と一緒にイッている錯覚に陥った。
「アァ、お姉さん。イッている……イッてるところ、可愛いよ~」
 友彦は指の動きを止めない。
「はぐううう!」
 他人の手でイカされる歓びはここにもあった。もう限界なのに、絶えず刺激をされる拷問のような快楽責めだ。
 阿鼻叫喚の悦楽に悶える夫佐子は、溢れる蜜も止まらなくなっていた。いまやパンツはビショ濡れどころか、太ももの内側にまで濡れてきていた。
「お姉さん、ほら、ほら、まだ、まだイケるでしょ?」
 友彦は興奮しすぎて壊れた玩具のように、ひたすら指をせわしなく動かす。
 夫佐子は白目をむきそうになりながら、頭の中でうっすらと思っていた。
 
 順平を射精させたその手で、姉の自分もイカされている。
 
 性に対して潔癖で奥手だった夫佐子が、こんな倒錯に流されてしまうなんて、誰が想像できただろうか。
 
「……お姉さん、大丈夫?」
 ほんの1時間ほど前、同じ言葉をかけられた記憶がある。
「……」
 ただ、心配そうに声をかけてきたのは、順平ではない。
 夫佐子は熱にうなされたように、まだハアハアと吐息を荒げていた。立っているのが辛くて、洗濯機の前で座り込んでしまっていた。
「僕、帰りますね。順平君に、この漫画渡しておいてくださいね」
「……うん」
 遠ざかる足音を聞きながら、夫佐子は今穿いているパンツも洗濯しなきゃと思った。

 


(姉視点3)につづく

タイトル 少年T


「ごめん、遅くなって」
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 銭湯の前で10分ほど待たされた。ようやく女湯の出口から洗面器を抱えた姉が出てきた。笹谷順平(ささたに・じゅんぺい)は姉の夫佐子(ふさこ)を一瞥すると、逃げるように急ぎ足で家路をたどり始めた。
「どうしたん? そんなに急いで」
 小走りで追いかけてきて、夫佐子は順平と並んで歩こうとする。
 残暑厳しい九月半ばの夜だ。銭湯帰りの夫佐子は、Tシャツに下は学校のジャージで、つっかけを穿いていた。まだ乾ききっていない黒髪を後ろで一つに結んでいるから、色白で細い首がいつもより長く見えた。
 夫佐子の洗面器には石鹸箱やシャンプー、リンスが入っていて、歩みに合わせて、容器がカタカタとぶつかりあっていた。
 もう見慣れた姉の銭湯スタイルであったが、
「なんでもないで……」
 順平は激しく動揺していた。懸命に平静を装っているものの、まともに夫佐子を見られないでいた。
「なんか見たいテレビでもあったっけ?」
 夫佐子は順平の顔色を窺うように尋ねてくる。そうした仕草さえも、いまの順平には〝あのこと〟を隠そうとしているように思えてならない。
「ない。はよ帰りたいだけ……」
 順平は一歩でも夫佐子より先に歩こうと歩を進める。トタン板のバラック小屋まではここから迷路のような狭い路地が続く。二人で並んで歩くほどの道幅もないので、自然と夫佐子が順平のあとをついていく形となった。
「あ~、わかった。あんた、宿題やってへんのやろ? そういや、今日の放課後、居残りやったんやろ? ちゃんと先生に教えてもらったか?」
 夫佐子は後ろから何かと話しかけてくる。
「……教えてもらった」
 嘘である。確かに今日は居残りの予定だったが、担任教師に急用が入ったため、中止となったのだ。もちろん、このことは夫佐子に話していない。
 なぜなら夫佐子はその時間帯、順平の帰りが遅くなるとタカをくくって、あんなことをしていたのだから。もし、自分があの時すでに帰宅していたと知ったら、夫佐子はどんな顔をするだろうか。
「なあ、あんた、また石鹸で頭洗ったやろ?」
 不意に夫佐子が背後から、順平の頭を手でワシャワシャしてきた。
「やめろよ!」
 汚らわしい、と言いかけたところで、順平は慌てて口をつぐんだ。その代わり、夫佐子を睨みつけるように振り返った。
「そんなに怒らんでええやん。石鹸で髪洗ったら、ゴワゴワになるで。そろそろシャンプー使いな。お姉ちゃんのもの、半分あげるから」
 夫佐子は突然キレた弟を窘めるように言いながら、順平の横をスルリと通り抜けると、すたすたと先を歩き始めた。
 その瞬間、姉のシャンプーの残り香がふんわりと鼻腔をつき、順平は複雑な面持ちでその場に立ち尽くしてしまった。大好きなお姉ちゃんの匂いなのに、胸を掻き毟りたくなるような切ない気持ちが沸き起こってきた。
 そう、切ないのだ。姉が自分の親友とセックスをしていたことが。
 順平は今にも泣きそうな顔で、入り組んだ路地を突き進む夫佐子の後ろ姿を眺めた。
 Tシャツにジャージという色気も何もない恰好だけど、華奢な撫で肩や折れそうなほど細い腕はとても女性らしい。何よりもジャージ越しに伺えるハート形のお尻がエッチだ。体つきは細いのにお尻だけはむっちりしていて、歩くたび、弾むようにユサユサと揺れている。
 なんでだよ……。
 あれから何度も姉に向かって、心の中で呟いている言葉だ。
 どんどん遠ざかる夫佐子の後ろ姿を見つめながら、順平は今一度「なんでだよ……」と声をかけそうになった。
 脳裏によみがえってくるあの時の〝あの声〟。
 今日の夕方──つまり、ほんの数時間前のことだ。居残り授業が中止となって、まっすぐ家に帰ってきたところで、二階の姉の部屋から艶めかしい喘ぎ声が漏れてきた。
 玄関の引き戸を開ける直前だったので、順平は咄嗟に動きを止めた。
 最初は姉が一人で泣いているのかと思った。すすり泣くような声だったので、学校で辛いことがあったのかと心配になった。
 それがヤラしいことをしている声だと気づいた時には、順平はオロオロといても立ってもいられない焦燥感に駆られ、過呼吸になりそうだった。
 幼少期からほぼ二人きりで過ごしてきた姉に「男」が出来てしまった。
 弟から見ても姉は綺麗な顔をしているだけに、いつかはこんな日が来ることを覚悟していたが、まさかいきなり好きな男と愛し合っている場面に出くわすなんて、心の準備が出来なさすぎだ。
 一体、どんな男なのか。悪い奴だったら、絶対に許さないぞ。お姉ちゃんは僕が守る。
 思えばこの時点では、意気消沈しながらもまだ希望のようなものがあった。だが、それもつかの間だった。あの名前が耳に飛び込んできた瞬間、順平は空が落ちるほどの大地震が自分の足元だけで起こったように、文字通り、視界が揺れに揺れまくった。

「あんっ、はああ、あああんっ! アァ、アア……アアアっ、友彦君!」

 それはない。そんなことはない。あってたまるものか。
 夫佐子は高校2年生である。来年で18歳になる大人の女が、順平と同じ歳の小学6年生の少年に恋をするわけがない。ましてや小学6年生の少年に対して、ナヨナヨと媚びるような声を出すなんて、ありえない話だ。
 順平はずっと同じ屋根の下に住んでいるから知っている。姉の夫佐子はそんなふしだらな女の人ではないのだ。家にはしょっちゅう夫佐子の知り合いを名乗る高校生のお兄さんたちが電話をかけてくるが、その時も夫佐子は甘い声など出さず、淡々とした口調で「ごめんなさい」と何か断りを入れている。姉は真面目な優等生だから、男には興味ないと思っていた。
 それがどうして、よりにもよって順平の唯一無二の親友であり、「彼氏」でもある脇友彦(わき・ともひこ)と──。
 言っておくが、自分のことはいい。確かに友彦と自分は親友以上の秘密の関係だ。当然、夫佐子にもこの関係はバレていない。友彦と部屋にいる時、お互いのおちんちんをシゴいたり舐めあったりしているけど、それは単なる男同士のふざけた遊びに過ぎない。
 夏休み最後の日には、友彦にせがまれて、お尻の穴にも入れられてしまったけど、それだって、ちょっとセックスの真似事をしてみたかっただけだ。
 友彦のことを「彼氏」と呼んだのだって、セックス遊びの時、順平が決まって「女の子」の役をやっているからであって、本気でそんなふうには思っていない。
 実際、順平も友彦も根は女好きなのだ。一緒にエロ本を読んで、おちんちんを勃起させていたことが何よりの証拠だ。
 だから、友彦が女の人とセックスしていようと、裏切られたという気持ちにはならないし、嫉妬も覚えない。むしろ、親友に好きな女性が出来たことを、心から喜ぶ。
 だが、やっぱり「なんでだよ」。
 高校生の、それも順平という親友のお姉ちゃんと、ただならぬ関係になることが出来るのか。ついこの前まで順平のお尻に入れていたおちんちんを、同じ血の繋がったお姉ちゃんのオメコにまで突っ込むなんて、一体、友彦の奴、どうしちゃったというのか。
「……順平?」
 バラック小屋の前で、夫佐子が待っていた。玄関の豆電球の下、不安げな表情でこちらを見ていた。
 順平はそれでも姉から目を逸らして、トボトボとした足取りで家に向かった。
「なんか、今日ずっとおかしいで。大丈夫? 学校で嫌なことがあったんと違うか?」
 玄関前まで到達したところで、夫佐子がいつもと変わらぬ調子で、弟を気遣うように話しかけてきた。
「大丈夫。なんもない」
「ほんまか? 今日だって珍しく順平から銭湯に行こうって誘ってきたし……なんか嫌なことがあったら、ちゃんとお姉ちゃんに言うんやで」
 玄関の引き戸の「丸球捻締り」の金具をぐるぐる回しながら、夫佐子は順平を励ますように優しく微笑んできた。
「うん」
 風呂嫌いの自分が銭湯に誘ったのは、夫佐子の体に友彦の匂いがついていそうで嫌だったからだ。いや、姉だけではない。自分の体に染み付いた友彦の匂いも消したかった。
 匂いといえば、傍を流れる天神川は今夜もドブ臭かった。
 

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「学校では話しかけないでね」
 友彦にはそう言われていた。順平と一緒にいるのが恥ずかしいという理由ではない。
 苛められっ子の友彦は自分と仲良くしていると順平まで苛めに遭うと危惧していたからだ。友彦の優しさがわかるエピソードであり、姉の夫佐子もこの話を聞いた時、ひどく感動していた。
 夫佐子のあの声を聞いた翌日も、順平は友彦との約束を守り、学校では話しかけないでいた。それでも気になって、ことあるごとに友彦のほうをチラチラと見てしまう。
 教室では基本的に友彦は独りぼっちで、休み時間も椅子に座って本を読んでいることが多い。いつもその姿を見て「ちょっと話しかけようかな」と迷うこともあったが、今は違う。
 順平の両手は無意識に拳を作っていた。
 六時間目の授業が終わり、放課後となった。順平は昨日のこともあるので、一刻も早く家に帰りたかった。自分がいない隙に、また友彦が勝手に家に上がり込まないか心配だった。
「よお、友彦。まだ帰んなよ」
 ランドセルを背負って教室から出ようとしたところで、大杉君の声が聞こえた。
 クラスのガキ大将的な存在である大杉君は仲間を引きつれて、友彦を呼び止めていた。
「いや、僕。今日は早く帰らないといけないから……」
 久しぶりに友彦の声を聞いた気分だ。そういえば姉のあの声が聞こえた時、友彦の声は聞こえなかった。というのも、順平はあの時、衝撃とショックのあまり、その場からすぐに逃げ去ってしまったので、姉や友彦の姿をこの目で確認したわけではなかった。
「なんや? ママに叱られるんか? このボンボンが」
 大杉君は吐き捨てるように言うや、友彦の後頭部に強烈なパンチを叩きこんだ。
「あ、痛……!」
 友彦はランドセルを背負ったまま、体を小さく屈めるようにして蹲った。また友彦苛めが始まったと悟った他のクラスのみんなは、我関せずとばかりにそそくさと教室から出ていく。順平もハッとなったが、なぜか同じように立ち去れなかった。
「おお、順平。お前もこっちにこいよ」
 大杉君は順平の姿を視界にとらえると、嬉しそうな笑みを浮かべて手招きしてきた。
 蹲っていた友彦がチラリと順平に視線を向けてきた。その目は「早く帰って」と訴えているように感じたが、順平は自分でも驚くほど冷静に無視した。
「順平は俺たちの仲間だよな?」
 順平の肩に大杉君は手を回してきた。
「う、うん」
 逆らえるはずがない。
「じゃあ、俺たちと一緒にこいつの服を脱がせようぜ」
 友彦の裸など今年の夏休み中、毎日のように見ていた。見ているどころか、チン毛ボーボーのおちんちんを咥えてもいるのだ。
 夏の熱気が立ち込める部屋で、裸の友彦と汗まみれ精液まみれで抱き合った日々の高揚感が不意に蘇ってきた。
「……わかった」
 順平はランドセルを下ろすと、怯えて蹲っている順平を睨みつけるように見下ろした。
 やはりどんなに自分を誤魔化そうとしても、友彦に対する裏切られた怒りはくすぶっていたのだろう。彼との思い出が秘密めいていて素敵であるほど、どうしようもなく許せない気持ちが高まってくるのだ。
 大杉君の号令とともに、順平は他の男子たちと力を合わせて、友彦の服を無理やり脱がしにかかった。
「やめて! やめてよお」
 友彦は順平を抱いている時とは打って変わって、キィキィと女のような悲鳴を上げる。図体はデカいくせして、相変わらず腕力がない。上半身を抑え込まれると、そのままズボンとパンツを一気にずり下ろされていた。
「ギャハハ! きたねえ!」
「こいつまた前よりもデカくなったんと違う? 気持ち悪っ」
 男子たちは友彦のペニスを見て、口々に罵って嘲笑する。友彦は教室の床に倒れたまま、股間を隠そうと体を横向きに「く」の字に曲げて、情けなく泣き喚いていた。
 こんな弱っちい奴に、僕もお姉ちゃんも……。
 順平の中でふつふつと復讐心のようなものが沸き起こってきた。
「なあ、今日はどうする? 全裸土下座でもさせるか? それともこの前みたいに、掃除用ロッカーの中に閉じ込めて、全員で揺らすか」
 大杉君は王様のように、友彦の机の上にどっかり座りながら、みんなに尋ねた。
「土下座がええと思う」
 誰よりも先に口にしたのは順平だった。大杉君はもちろん、他の男子も一斉に順平を見てきた。一方、順平は友彦だけを一心に見つめていた。
「お、おお。じゃあ、土下座な。早くしろ。ちんたらしてたら、鉛筆をケツに突っ込むぞ」
 大杉君は順平の異様な迫力に若干驚いた様子だったが、すぐに威厳を持って友彦に命令した。
「……うぅ」
 友彦は靴下以外すべて身ぐるみ剥がされていた。年齢にそぐわない濃い体毛が順平の目に飛び込む。ついこの前まで、友彦の毛深い体さえも愛おしく思っていた自分が憎い。
 友彦はわざとだろうか、それとも偶然だろうか。
 教室の床に正座したあと、順平の足元で深々と頭を下げてきた。
「だせえ、こいつ。恰好悪う」
「ほんまに土下座しとる」
 他の男子はここぞとばかりに騒ぎ、勢いに乗って友彦の後頭部を踏みつける者もいた。順平はその光景を鑑賞しつつ、まだ胸の中で渦巻く悪魔が取り払えないでいた。
「どうした?」
 大杉君だけは順平の様子に気づいて、声をかけてきた。
 順平は構わず、教室中に目を配らせた。ふいに目についたのが、一人の女子の机の中だ。確か尾関千沙(おぜき・ちさ)さんの席だ。読書好きの真面目な女子で、顔もそこそこ可愛いから結構男子から人気がある。
 尾関さんの机の中には、縦笛を収納している赤いケースが入ったままだ。
「おい、まさか……」
 尾関さんの縦笛を勝手に取り出した順平を見て、さすがの大杉君も愕然としていた。
 順平はこれ以上ないぐらいニヤリと下卑た笑みを口元に浮かべながら、いまだに全裸土下座で後頭部を踏まれている友彦の前まで戻ってきた。
「もう土下座はええから。なあ、今度はこいつを仰向けにしてくれへん?」
 順平は周りの男子たちにお願いするように命令をした。
「あ、ああ。じゃあ、やるぞ」
 突然のことに驚きつつも男子たちは素直に従い、友彦を押し倒すように仰向けに寝かせた。順平はゆっくりとにじり寄る。友彦はどういうわけか、泣き喚くことなく、覚悟を決めたように両目を強く閉じていた。
 順平は一つ息を吐き、それから友彦の暗褐色の巨根に、尾関さんの縦笛の吹き口をぐりぐりと押し付けた。
「やべえ! お前、それはあかんやろ」
「うわああ。エゲつなぁ~。これ、尾関さんにバレたらどうするねん」
 男子たちは驚愕しながらも、順平の予想外の苛めっぷりを嬉しそうに囃し立てた。
 大杉君だけは何も言わず、その様子をまじまじと眺めていた。
 どうして女子の縦笛を友彦の陰茎に擦り付けてやろうと思ったのか、自分でもよくわからない。自分と姉の「穴」を犯した淫棒を懲らしめたかったわけでもない。どっちかというと、友彦を喜ばせようとしたといっていい。性欲まみれのこの同級生のことだ。クラスの女子が舐めた部分をペニスに触れさせれば興奮するのではないか。
 そう、順平は自分の手で今一度友彦を勃起させたかったのだ。



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 友彦苛めに加担してから、順平の放課後は一変した。それまでは大杉君グループとの接触を避けるように早々と帰宅していたのだが、あれ以来、順平はすっかり仲間の一員として扱われるようになった。
 放課後になると決まって大杉君から声をかけられ、下校のチャイムが鳴るまで、運動場でドッジボールやキックベースに参加させられていた。
 これは大きな誤算だった。友彦と遊ぶ暇もないどころか、放課後の時間帯、自分が家にいないことになる。
 つまり、友彦と夫佐子に秘密を楽しむ時間を与えてしまっているのだ。
 かといって、今さら大杉君たちのグループから抜けることもできない。早く帰りたいと言おうものなら、大杉君は見せしめ的な暴力をふるってくるに決まっているからだ。
 みんなでドッジボールをしている時も、心ここにあらず、だった。
 想像したくないのに、夫佐子と友彦の愛し合う姿がリアルに浮かぶのだ。なぜなら、順平自身が友彦に沢山ヤラしいことをされてきたからだ。
 キス好きの友彦はチクチクとした髭を押し付けるように唇を吸おうとしてくる。最初の頃は男同士のキスに抵抗あったが、唇がふやけるほど舐め回されて、口の中に舌を差し込まれると、だんだん頭がボーッとしてくる。すると、友彦の臭い唾液すらも美味しく思えてきて、順平も自分から舌を出して求めていた。
 その時の自分の姿をそのまま夫佐子に重ねてしまう。
 友彦は最初の頃こそ、何度も歯が当たるほどぎこちないキスだったけど、日に日に上手になっていた。ぶよぶよとしたタラコ唇を巧みに使って、柔らかい感触を与えてくれるのだ。
 今ではキスだけで順平は勃起ペニスから我慢汁が溢れるほどで、あんなテクニシャンなキスをされたら、夫佐子だって赤ちゃんを産む穴がトロトロになるはずだ。
 美人の姉は唇も薄くて上品だ。それを友彦のような老け顔のマセガキに好き放題舐め回されてウットリしているなんて想像するだけで、髪の毛を掻き毟りたくなる。
 キスだけではない。友彦は執拗に体の隅々まで舐めたがる癖がある。それこそ腋の下や膝の裏、足の指までしゃぶろうとするのだ。「くすぐったいからやめて」とお願いしても、友彦は興奮に瞳孔が開いた目で、夢中で舌を這わせてくるから、諦めざるを得ない。そうして一旦、身を任せてしまうと、どこを舐められても体がビクンビクンと反応して、順平は気づくと甘い声を漏らしてしまう。
 お姉ちゃんも今頃、全身のありとあらゆる部分を舐められて、ハシタなく腰を浮かせるほど悶えているのではないだろうか。
 順平はよく姉の脱ぎ捨てたパンティの匂いを嗅いでいた。だから夫佐子のアソコの匂いは分かっているつもりだが、友彦は直に味わっているのだ。姉のオメコはどんな形で、どんな味がするのだろう。友彦はもう実の弟の順平よりも、夫佐子のことを知っているのだ。


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 そして脳裏にしっかりとこびりついているあの時の姉の〝あの声〟。
 
「アアッ、いいっ、すごい……! アアアっ、おっきい」
 
 順平もお尻に突っ込まれた逞しい肉茎を、夫佐子は文字通り「おっきい」と感動したように口走っていた。
 初めての時は痛かったけど、次第に慣れてくると、体の奥の奥まで支配される歓びに変わってくる。すでに夫佐子も同じ悦楽を教え込まれているから、あんな声が出るのだ。
 友彦のことだ。あいつは後ろから入れるのも好きだけど、最後は毎回、正常位でキスをしながら、パンパンパンと激しく腰を打ち込んでくる。
 あれをされると、もう受ける側は「どうにでもして」となってしまう。他人に体を任せるのは、すごく気持ちがいいのだ。オナニーでは得られない快感で、脳天まで蕩けそうになる。
 夕日を浴びた校舎の長い影が、放課後の運動場に暗雲をもたらすように伸びてきた。
 順平は忸怩たる思いを抱えつつ、どういうわけか股間もムクムクと伸びてきてしまう。
 高校生の姉と小6の少年が全裸で抱き合って、穴に棒を突っ込み、お互いに舌を出しあって、犬のようにハアハアと息を荒げている姿を想像すると悔しいのに、興奮してくる。
 よくよく考えれば歳の差だって関係ない。男同士のセックスもイケナイことなのに、一線を越えてしまえば、性別など気にならなくなった。女子高生と少年のセックスも同じだろう。イケナイと思うのは最初だけで一度禁忌を犯してしまえば、あとは淫欲地獄に落ちるだけだ。
「おい! 順平!」
 声をかけられてハッとなった時には遅かった。鼻柱に正拳を食らったような衝撃が走った。ボールが顔面に当たった。
「いってえ……」
 鼻を抑えた後、手を見ると真っ赤に染まっていた。
「鼻血や! 鼻血出しとるわ、こいつ」
「顔面セーフや。まだ内野に残っとけよ。もう一発くらわしてやるわ」
 敵チームの男子だけでなく、味方からも笑いが起こった。
「へへ」
 順平は力なく笑い、泣かないように耐えた。泣いたら最後、弱虫とみなされて、とことん苛められるからだ。大杉君グループに入ったとはいえ、しょせんは末端だ。順平は今まで以上に周りの目を気にしないといけないようになっていた。
 鼻にティッシュを詰め込んだまま、順平は一人帰る路地で、ようやく泣いた。家に帰るのも怖かった。自分のいない間に、友彦が来ていないか、怖くて仕方なかった。


 夫佐子は何も言わない。普通なら「最近、友彦君、うちに来ておらんけど、喧嘩でもしたんか?」と尋ねてきても、おかしくない。
 お節介なほど姉は弟の学校生活や友人関係を気にするからだ。それなのに、友彦と遊ばなくなって、かれこれ二週間以上経つのに、姉から友彦の話題を振られることがなかった。
 二人だけの夕飯の時の会話も随分と減ったように思う。夫佐子は食事を済ませると、すぐにバラック小屋の裏手で洗濯機を回し始める。それから一人で銭湯に行く。
 もちろん、順平が「俺もお風呂に行く」と言えば一緒に出掛けてくれるし、毎週のアニメ『ニルスの旅』の放送時は二人揃ってテレビの前でワクワクしていた。
 意識しなければ姉弟の関係は何も変わっていない。変わったのは「友彦」の名前が出なくなったことぐらいだ。いや、もう一つ変わったことがあった。
 最近、洗濯籠の中に姉のパンティが入っていないのだ。もしかしたら、姉の下着でオナニーをしていたことがバレたのかもしれない。
 心当たりはあった。友彦だけはそのことを知っていた。友彦と夫佐子が付き合っていれば、弟の所業を告げ口したとも考えられるのだ。
 順平は今日も銭湯に行かないことにした。二階にある自室に戻り、何をする当てもなく、敷きっぱなしの布団の上に寝転ぶ。長年暮らしているバラック小屋なのに、今はこの狭い自室にしか自分の居場所はないようにも思えてしまう。
 相変わらず母親は深夜遅く寝るために帰ってくるだけで、ろくに顔も見ていない。
 姉は友彦の物になった。唯一の心を許せる友達だった友彦は姉に夢中だ。
 かくいう順平は学校で友彦を裏切り、いじめっ子グループの末端となった。
 一体どこで間違ったのか。どこで狂い始めたか。蛍光灯の明かりを見つめながら、順平は「うううっ」と低く呻いた。
 ここ数週間、毎日これの繰り返しだ。いい加減、すべてをハッキリさせたい。
 順平は少し前からうっすらと考えていた計画をいよいよ実行しようと心に決めた。
 明日だ。先ほど夫佐子は友達との電話で「明日は部活がない」と話していた。つまり、早めに帰宅してくるはずで、友彦と何かあるかもしれない。
 順平は布団から身を起こすと、隣の姉の部屋に入った。夫佐子はまだ銭湯なので当分帰ってこない。
 夫佐子の部屋には布団用の押し入れがある。しっかり者の姉なのに、なぜか布団だけは敷きっぱなしの時が多い。友彦とよく遊んでいた頃「汚い靴下でお姉ちゃんの布団を踏むな」と叱られたものだ。だったら、ちゃんと畳んでおけよ、と思ったが、布団の入っていない押し入れなら、順平が隠れるだけのスペースはある。
 
 
 この目で確認するのだ。僕の大好きなお姉ちゃんと、僕を「女」にしてくれた友彦の、本当の姿を。
 
 
 
(弟視点3)につづく
  
 




タイトル 少年T
 

 姉のパンツを使ってヤラしいことをするなんて、私の弟はアホや。

 ましてや汚したパンツをそのまま洗濯籠に戻してしまうなんて。少しは頭を使って、証拠を隠滅するとか、せめて洗っておくとかできないのだろうか。





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 母子家庭で、母親がスナックで働いている笹谷(ささたに)家では、高校2年生の夫佐子(ふさこ)が家事のほとんどをこなしていた。洗濯だって、いつも夫佐子がやっている。昼間は学校があるため、洗濯は基本的に夕食後にしていた。

 夫佐子はお茶碗一杯のご飯とコロッケだけの夕食を終えると、つっかけを履いて、バラック小屋の外に出た。

 家の傍を流れる天神川は今日もドブ臭かった。

 このあたりの集落はまだ道路が舗装されていない土の道だ。七月半ばのこの時期になると、バラック小屋の周囲には雑草が生い茂っていた。

 二層式洗濯機はバラック小屋の裏手にあり、長年の風雨に晒されているとあって、ステンレス部分は錆だらけだ。

 すっかり雑草と同化している洗濯機の蓋を開けると、夫佐子は洗濯籠の中の衣類を槽内に放り込む。

 自分の下着を手にしたところで、ふと動きを止めた。

 ああ、今日もしてる……。

 何の装飾もない薄ピンク色のパンツは、前側がゴワゴワに乾いていた。

 最初にコレを発見した時は、コレが何なのか分からなかった。洗濯籠から取り出した自分の下着が異様に汚れていて、異臭もしたので、変な病気にかかったのではないかと不安になった。

 ようやくその正体が男性の精液だと分かった後も、まさか5歳下でまだ小学6年生の順平(じゅんぺい)の仕業とは思えず、留守中に下着泥棒でも侵入したのではないかと心底震えあがった。

 金目のものなどないが、侵入するのは容易い家だ。

 天神川沿いの集落にあるトタン板のバラック小屋は、路地の一番奥まったところにあり、人目にも付きにくい。玄関の引き戸なんて、鍵は金具をくるくる回すだけの「丸球捻締り」だ。その気になれば簡単に壊せてしまう。防犯なんてあってないようなものだった。

 だが、下着の異様な汚れは翌日もその翌日も起こった。それどころか、寝る前に洗濯籠に入れたパンツが、翌朝汚されていたこともあった。

「なあ、順平。あんた、お姉ちゃんのパンツで変なことしてへん?」

 何度、そう問いただそうと思ったことか。順平が犯人であることはほぼ間違いなかった。外部からの侵入者がいるとは思えず、身内となれば、精液を出せるのは弟しかいない。

 それでも口に出せなかったのは、夫佐子にとって順平はたった一人の弟であり、息子みたいな存在でもあったからだ。

 昼間は漬物工場、夜はスナックで働いている母親はほとんど家にいない。姉と弟の二人暮らしのようなものだ。

 ましてや順平は生まれた時から父親がいない。よその男の子がお父さんと空き地でキャッチボールをしている姿を、羨ましそうにずっと眺めていたこともあった。順平はそういう時、悲しい顔をしない。逆に、まるで自分が遊んでもらっているように、嬉しそうに微笑んでいた。人の幸せを自分のことのように感じられる心優しい子なのだと思った。

 母親も仕事、仕事だったから、順平は幼子の頃から構ってもらえなかった。代わりに夫佐子が順平の面倒を見て、順平も夫佐子を親のように頼りにしていた。

 その姉に恥ずかしい行為を知られたとなれば、家にもいづらくなり、独りぼっちの寂しさを抱えてしまうではないか。それはあまりにも可哀そうだ。

 私が見て見ぬふりをすればいいだけの話。

 それに弟の精液だとわかってからは不思議と「気持ち悪い」といった感情も抱かなくなった。もちろん、別の男にこのようなことをされたら、全身に鳥肌が立ち、汚された下着は即処分しているに違いないが、弟はまだ小学校6年生である。

 大人になったといえば大人になったのだろう。

 ついこの前まで小学生の間で流行った「口裂け女」を本気で信じ、「お姉ちゃんも気を付けてね」と真顔で心配していたくせに、今ではこそこそと一人でヤラしいことをするようになったのだ。

 思春期の男の子が女性の下着に興味を持つのは何もおかしいことではない。姉の下着を使っていたとしても、順平が夫佐子に対して性的な欲望を向けているとも思えない。

 単なる性の芽生え。たまたま女性の下着が目の前にあったから、つい手に取って、興奮してしまっただけ。姉以外の女性の下着を盗んだり、悪戯したりしていないだけマシだ。

 夫佐子はそう自分に言い聞かせることにした。洗えば済むだけの話だし、そのうち飽きるだろうとタカもくくっていた。

 それにしても、この臭い……。

 経験済みの女友達からは「ほんまにあれはイカ臭い」と聞いたことはあったが、確かに変な臭いだ。これが順平の精液だと気づく前はイカ臭いどころか、腐敗した魚のような悪臭に感じて、鼻がもげそうになった。

 今は少し違う。

「スン、スン」

 いつからか洗濯する際、夫佐子はその臭いを嗅ぐ癖がついてしまった。

「ふぅ…ん」

 弟の精液は天神川のドブ臭さもかき消すほど、青草のような瑞々しい匂いだ。

 夫佐子は綺麗に通った鼻筋にパンツを当てて、チリ紙で鼻をかむときのような恰好となって、匂いをかきこんでしまう。

「……はあ、すご」

 今日はいつもより臭いが濃い。すごく元気な感じがする。生命力にあふれている。

 日によって若干臭いが違うのは、体調に関係あるような気がする。以前、順平が風邪気味だった時はちょっと酸っぱい臭いが混じっていた。逆に、日曜日でお昼まで寝ていた時の順平の精液は、青草のような自然な臭いが強い。

 また、日にちの経過も関係あるようだ。いま手にしている薄ピンクのパンツは昨晩、洗濯籠に入れたばかりだ。それが汚されているということは、順平は昨晩のうちか、もしくは今日の夕方に悪戯したはずだ。ゆえに臭いがまろやか。逆に2~3日経過した精液は、熟成されたような香ばしさがあった。

 そういえば男の子は精液が「溜まる」そうだ。溜まると辛いとも聞いた。今日はいつもより量が多いから、順平は溜まっていたのかもしれない。だとしたら、辛かったのだろうか。

 このように夫佐子は順平の精液を嗅ぎながら、弟の体の調子も診断していた。もちろん、男の子の体というものに、恥ずかしながら夫佐子も興味があったのも事実だ。

 夫佐子はまだ処女で、男性と付き合ったこともない。

 容姿に関しては小さい頃から「美人」と言われることが多かった。

 貧乏な家の育ちであるが、父親は「沢田研二」にソックリのハンサムで、そんなイイ男を射止めた夫佐子の母親も今でこそケバケバしさが際立っているものの、若い頃の写真を見せてもらうと、どこか寂し気な目元に色香が漂う見目麗しい女性だった。

 美男美女の血を受け継いだ夫佐子は、自分では容姿にコンプレックスを感じている部分も多々あるが、男子から愛の告白を受けることも少なくない。なかには素敵だな、と思う男子もいたが、付き合おうという気持ちは湧かなかった。

 それにはいくつかの理由がある。まず、歳の近い男子は皆、気取ってばかりで、どうにも信用ならない。何より夫佐子は大人の男の体臭に不慣れだった。父親がいない影響なのかもしれないが、中年男性の臭いはもちろん、身体は成人男性と変わらない高校生男子の体臭も苦手だ。女友達にその悩みをそっと打ち明けた時は、「あの臭いは男のフェロモンやで」と笑われた。

 臭いに敏感な夫佐子は、自分の匂いもとにかく気にした。そもそも夫佐子の住むバラック小屋はお風呂がない。近くの銭湯に行くしかないのだが、銭湯代は少ないお小遣いからやり繰りせねばならず、毎日というわけにもいかなかった。さすがに今のような夏場は汗の臭いが気になってほぼ毎日、銭湯に通っているが、それ以外の季節は週に3~4日しか入浴していない。こまめに洗濯をしているのも、自分のためであり、順平が学校で「臭い」と言われないためだ。

 そう、うちは貧しい。これこそが男性を遠ざけている一番の理由であった。物心ついた頃から、夫佐子は自分の育ちを恥ずかしく思うようになった。みんなにバカにされたくなくて、勉強も真面目に頑張ってきた。その成果もあってか、貧乏な家の子供ではなく、優等生という印象を周りに与えられるようになった。

 年頃になって、男の子から声をかけられるようになると、努めて仲良くしないようにした。貧乏な家の娘がふしだらに、色目を使って男をたぶらかしていると思われたくなかったからだ。

 それに普段から家事全般をこなして、順平の面倒も見ないといけない。男の子と遊んでいる時間などなかった。

 夫佐子はそうやって世間の目を気にして、異性との交流を避けてきた。そのため、年齢の割には性的な知識が乏しかった。

 もちろん、子供の作り方ぐらいは知っているし、マスターベーションの知識も少しはあった。

 ちなみに生理後から大体二週間後に下腹部が妙に落ち着かなくなるのは、排卵日が影響しているのだと思う。どうしても体が火照って寝付けず、股の間に枕を挟んで、赤ちゃんが生まれる穴に擦りつけたこともあった。その時はオリモノと違う分泌液がどんどん溢れてきたので、怖くなって中断した。これは、してはいけないことだと感じた。

 それほど性をタブー視する夫佐子が、自分の下着に付着していた謎の残滓が精液だとわかったのは、最近、同級生の女友達の一人に彼氏ができたからだ。

 その女友達は夫佐子同様、勤勉な女生徒で性的な話は全くしないタイプだったのに、彼氏ができた途端、急にソノ手の話題をしてくるようになった。

 どう対応していいかわからず困っていた夫佐子だったが、精液に関する話だけは好奇心を掻き立てられた。

 精液とは、男の子のおちんちんから放出される「赤ちゃんの素」だ。保健体育の授業で少しは習ったものの、具体的にどのような液体で、どんな匂いがして、どれぐらい出るのかは知らなかった。 

 件の女友達が生々しく教えてくれたおかげで、ようやく最近、自分の下着に付いている謎の残滓の正体が判明し、それが順平のものだとわかった時には、まだ子供だと思っていた弟でも赤ちゃんを作れる一人の雄に成長していることに愕然とした。

「すぅーーっ」

 これが精液。パンツにこびりついた臭いを思いっきり吸い込むと、なぜか胸がトクンと高鳴る。生命の神秘のようなものを感じてしまう。

 嗅ぐだけではない。夫佐子はそっと舌を出して、味見もしていた。

「ハぁ……」

 味も日によって違う。しょっぱい時もあれば、甘ったるい時もある。ただ一つ言えるのは、微量であっても唾と一緒に飲み込むと、喉につっかかる感じが残ることだ。

 もう一つ、臭いを嗅いだり、舐めたりしていると、お臍の下あたりが蕩けるようになって、足元がどうにも落ち着かなくなるのだ。それは排卵期に起こる下腹部の疼きと同じで、体が火照り、息が荒くなり、今履いているパンツの中はじゅんわりと濡れてくる。おしっこを少し漏らしたみたいで、誰も見ていないとはいえ恥ずかしい。だけど、濡れてくるほど乙女の花園は、不貞の刺激を欲しがる。

 触ってみたい。一度だけ右手でパンツを握りながら、左手をスカートの中に差し込み、下着の上から割れ目をなぞってみたこともあった。

 その瞬間、腰砕けになりそうな魔悦が走り、赤ちゃんを産む穴がまるで別の生き物が巣食ったように、激しく蠢いた。今まで感じたことのない子宮のトキメキに、夫佐子は驚きのあまり、すぐさまスカートの中から手を引き抜いた。このまま続けてしまうと、自分がおかしくなってしまうという防衛本能が働いた。夫佐子が恐れる「ふしだらな娘」への入り口がここにあると直感で判断したのだ。

「お姉ちゃん!」

 突然、バラック小屋の中にいる順平の声がした。夫佐子はハッと我に返り、手にしていたパンツを慌てて洗濯槽の中に投げ込む。

「なに? どうしたん?」

 洗濯タイマーをひねりながら、務めて平静を装う。

「ニルスのふしぎな旅、もう始まるで~」

 姉弟で毎週楽しみにしているテレビアニメだ。

「わかった。すぐ行く!」

 夫佐子は濡れたパンツに気持ち悪さを感じながらも、急ぎ足でバラック小屋へ戻った。

 

 今から思えば、順平は夫佐子の匂い付きパンツを嗅いだり舐めたりして、自慰に耽っていた。

 一方、夫佐子は順平の精液が付着したパンツを嗅いだり舐めたりして、秘部を濡らしていた。その濡らした下着をまた順平が嗅いだり舐めたりして、精液をべっとり付けてくる。

 まるで交換日記のように、下着を通して姉弟は二人だけの秘密の告白を伝え合っていたことになる。



「お邪魔しています……」

 脇友彦(わき・ともひこ)と初めて会ったのは、夏休み直前の7月半ばだった。

 順平が友達を家に連れてくるなんて滅多にないことなので、夫佐子は思わず目を疑った。

「同じクラスの脇君。脇友彦君」

 さも自慢げに順平が紹介してくれた時も、夫佐子はろくに挨拶もできないほど面食らっていた。

 本当に順平の同級生なのだろうか。ひょろりとした体格だが、身長は160㎝以上ありそうだ。小学6年生ながら、すでに夫佐子よりも背が高かった。

 半袖に半ズボンという少年らしい服装をしているが、太ももなんて毛むくじゃらで、すね毛も濃い。

 何よりも夫佐子をギョッとさせたのは、その顔だった。中学生どころか、高校生でも通用しないほどの老け顔なのだ。一言でいえば、40歳ぐらいのオジサンの顔である。眼鏡もかけているせいか、係長クラスの中年サラリーマンっぽい。よく見ると、顎にも硬質そうな髭が生えていた。

 対して、順平は小さい頃からよく女の子と勘違いされていた中性的な顔である。何度も順平と一緒にいるところを、同級生の女友達たちにも目撃されているが「弟クン、めちゃくちゃ美男子やね」と羨ましがられることが多い。

 それほど対照的な二人が仲良く、膝をくっつけながらゲームウォッチをしている姿は、微笑ましいどころか、違和感がありすぎて不気味だった。

「あまり遅くなったら、あかんで。家の人、心配しはるさかい」

 せっかく弟が友達を連れてきたのだから、姉らしくお菓子でも出してあげたいところだったが、友彦の容姿に圧倒されて、夫佐子はそそくさと自室に退散した。

 とはいえ、順平はすっかり友彦に気を許しているようで、絶えずゲラゲラと笑い転げている声も聞こえてきた。あんな楽しそうに笑っているなんて……夫佐子は少しの嫉妬も覚えた。

「今日も友彦君、来てたん?」

 友彦は三日に一度の割合で、遊びに来るようになった。夫佐子と順平がちゃぶ台を囲んで二人で食事をしている時も、友彦の名前は毎回出るようになった。

「うん。今日はね、ゲームウォッチやったあと、ずっと漫画読んでた」  

 順平は友彦と遊ぶようになってから、以前より表情も声も明るくなった気がする。

「そういや、友彦くんって、ぎょうさんオモチャとか漫画持っているけど。家がお金持ちなんかなぁ」

「どうなんやろ。でも、今度ルービックキューブを買ってもらうって言ってたで。友彦の家は、友彦が欲しいと言ったら、なんでも買ってもらえるんやって」

「ええ!? すごいなぁ。どの辺に住んでいる子なんやろ? 友彦君の家にはいったことあるん?」

「ない。友彦の家はお母さんがめっちゃうるさいらしいから、行かんほうがええんやって」

「ほんま? じゃあ、あまりうちでも遅くまで遊んでたら、あかんよ。友彦くんのお母さんに叱られるやん。うちのお母さん、ほとんど家におらへんのやから、何か言われたら、ちょっと面倒やで」

 家柄にも雲泥の差があるのだ。

「大丈夫やって。友彦が大丈夫って言っているから」

「そうかなぁ。大体、あんたら学校でも毎日遊んでいるんやろ。そんなに一緒にいて、飽きひんの?」

 大の親友を作ったことのない夫佐子の率直な疑問だ。

「学校ではほとんど喋らへんから」

 意外な回答で、順平は若干、表情を曇らせていた。

「え? 同じクラスなんやろ?」

「うん。だけど、友彦が『学校ではあまり喋りかけないほうがいい』って言うねん」

 順平は何か考え事をするように、お茶碗に残ったご飯粒を指で取りながら呟いた。

「どうして?」

 その後、順平から友彦が学校でひどい苛めを受けていることを聞いた。

 友彦という少年は、見た目こそ大人びているが軟弱なようで、軽く蹴飛ばされただけで倒れ込み、放課後の教室で、パンツを脱がされて笑いものにされているそうだ。

「可哀想に……」

 夫佐子の中で、友彦を見る目が変わった。

「うん……」

 順平は息苦しそうにうなずいた。夫佐子は順平の気持ちが痛いほどわかった。友達を助けたい正義感もある一方、自分が同じ目に遭わされたくないという保身も働いているのだろう。

「それやったら、うちで沢山遊んだらええよ」

 夫佐子はそれぐらいしかアドバイスができなかった。





 学校での話を聞いてから、夫佐子は友彦に対しても、優しくしようと思うようになった。

「あ~、友彦くん。ごめん、いま順平、本屋さんに行っているんや。もうすぐ帰ってくると思うから、部屋にあがって待っていて」

 小学生というのは、遊ぶ約束などしていなくても、ふらりと突然友達の家を訪ねることも多い。順平の留守中に友彦が遊びに来た時は、躊躇なく家に上げるようになった。

 順平を待っている間、夫佐子は友彦にジュースやお菓子を出して、時には一緒にゲームウォッチやルービックキューブなどもやった。

 容姿こそ中年男性のようであったが、話せば順平と変わらぬ小学6年生で、子供っぽいところもたくさんあることが分かった。それにすごくシャイだ。

 夫佐子が少し体を近づけるだけで、友彦はたちまち顔を真っ赤にして、鼻の下にまで汗を滲ませるのだ。そういうところが可愛らしくて、夫佐子はなんだか順平とは違ったタイプの、弟が出来たような気持ちになった。

「暑いね。扇風機、持ってきてあげるわ」

 多分、友達のお姉ちゃんと二人きりの状況に緊張しているのだから、一人にさせてあげたほうがいいのかもしれない。それなのに、世話を焼きたくなるのだ。

 扇風機をもってきて、友彦に風を当ててやる。

「ありがとうございます」

 友彦は律儀に正座して頭を下げた。

「どういたしまして……あっ」

 思わず呟いてしまったのは、扇風機の送風に乗って、友彦の体臭が鼻孔に飛び込んできたからだ。

 それは夫佐子が苦手とする大人の男性特有の匂い──友達の言うところの、雄のフェロも臭であった。

「な、なにか?」

 気の弱さがわかるオドオドした表情で、友彦がこちらをちらりと見てきた。

「ううん。なんでもない……じゃあ、私はあっちの自分の部屋に戻るね。順平、そろそろ戻ってくると思うから、ゆっくりしてて」

 夫佐子は自分の動揺を悟られぬように、慌ててその場から去った。

 以前はあんな臭いしなかったのに……。自室に戻ってからも、夫佐子はしばらくまだあの匂いが鼻の奥に残っていて、複雑な心境になった。

 だが、よくよく考えれば、友彦は小6にしては成長が早い。体臭だって、だんだん「男らしく」なってきているのだろう。

 気にしすぎだ。夫佐子はそのことにも反省した。

 友彦は順平の親友なのだ。姉の自分が弟の親友に対して、怪訝な態度を見せてはいけない。しかも、たかが臭いで。むしろ、これはいい機会だ。友彦を通して、あの臭いにも少しは慣れておこうと思った。

 夏休みに入ってからも、友彦はよく遊びに来ていた。夫佐子は高校ではテニス部に所属しており、夏休み中も部活があったため、毎回、友彦と顔を合わせていたわけでもない。

 お盆を過ぎた頃だ。その日、夫佐子は部活に出かけたものの、炎天下の中で体調が悪くなって、早めに上がらせてもらった。


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 バラック小屋の前まで帰り着いたところで、家の中から変な声がかすかに聞こえた。

「ああんっ」

 玄関の引き戸を開けようとしていた夫佐子の手が止まった。

 今の声はなんだ。順平のようでもあるが、声色がおかしい。まるで、女の子みたいな声だ。

「アッ、アッ、ああぁ!」

 甲高くも、なよなよとした声で、なんだか辛そうでもあった。一瞬、強盗に押し入られて、順平が襲われているのではないか、という妄想が働いた。だとすれば、すぐに飛び込んで助けないといけない。いや、女一人では無力だ。近所の人に知らせて警察を呼んでもらうべきだ。あたふたしていると、

「あ、そこ……だめっ、友彦……!」

 その言葉が耳に飛び込み、夫佐子はホッと胸を撫でおろした。

 なんだ、友彦が遊びに来ているだけか。

 大方、二人でふざけてプロレスごっこでもしているのだろう。あのおとなしい二人が野蛮な男の子の遊びをしているなんて珍しい。

 夫佐子は再び、玄関の引き戸を開けようとした。

「ダメとか言って。順平君のおちんちん、もう精液が出てきているやん」

 聞きなれた友彦の声であったが、夫佐子の思考は一瞬にして停止した。

 順平君のおちんちん? 精液?

 精液といえば、今も順平は毎日のように夫佐子の下着を汚している。そのことに関しては、もう見て見ぬふりをしようと決め込んでいたし、夫佐子だって精液の匂いを嗅ぐという秘密の楽しみにハマっていた。

 ゆえに、その単語が出てきた時、夫佐子はまずそのことを思い出した。

「あ、そこは……お尻は……!」

 ハッと息を飲むような順平の声が聞こえた。

「うん。順平君のお尻の穴。もう俺の指が簡単に入る。みて、指二本も飲み込んだ。嬉しそうにヒクヒクしているし。そろそろ、おちんちんも入るんと違う?」

 すでに声変わりをしている友彦の声は野太い。

「あううっ。ねえ、また、アレして……お願い!」

 対して、声変わりがまだの順平は甲高い声で、友彦に懇願していた。

「なにを? ちゃんと言ってくれないと、わからへん」

「だから、いつものアレ……ああっ、もう……ああっ、お尻に指入れながら、シコシコして」

 夫佐子はまだ頭の中が混乱していて、一体何が起こっているのか、わからないでいた。ただ、いま二階にある順平の部屋で、見てはいけない行為が繰り広げられていることだけは、本能が察知していた。

「可愛いなあ、順平君。いいよ。ちゃんと言えたから、してあげる。ほら、もう少し、足を広げて。お尻ももっとヤラしく突き上げて。このエロ本の女の人みたいに」

「あん……うん。こ、こう? ああ、恥ずかしい」

「恥ずかしいとか言って~、おちんちんからもう精液がだらだら糸を引いて垂れてるよ」

 見てはいけないと心は制止しているのに、夫佐子は自分の体が何者かに乗っ取られたようだった。音を立てないようにそっと引き戸を開いていた。

 靴脱ぎ場には、やはり友彦の運動靴もあった。

 夫佐子は静かに靴を脱ぐと、足音を立てないように全神経を足の裏に集中させながら、ゆっくりと階段を上り始めた。

「アッ、アッ、アッ! いいっ。気持ちいいっ!」

 姉のパンツでヤラしいことをしている弟をちゃんと注意しなかったのがいけなかったのだろうか。

「もっと喘いで。ほんま、順平君は女の子やなぁ」

 弟が連れてきた友達に対して感じた薄気味悪さを、もっと用心すべきだったのか。

「女の子……ああんっ、僕、女の子になってる……あん、友彦。アッ、好きぃ。好きなんや。もっと、めちゃくちゃにして」

 そもそも、もう子供なんかじゃなかったのかもしれない。

「僕も好きやで。あ、すごい。おちんちんの先が、めっちゃ膨らんできてる。もう出る? 出すとこ、見せて。ほら、お尻の穴もここが気持ちいいんやろ?」

「ああああっ! そこ、そこ、漏れそうになる! すごい、すごい!」

 階段を上がって、すぐの部屋が夫佐子の自室だ。今日はまだ布団も畳まず、敷きっぱなしだった。順平と友彦には汚い靴下で、お姉ちゃんの布団を踏まないように注意したこともあった。今そんなことはどうでもいいはずなのに、夫佐子はなぜか、そのことを思い出していた。

 布団の上で夫佐子は身をかがめるように四つん這いとなった。


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 それから隣室に続く襖(ふすま)に顔を近づけた。襖のわずかな隙間から覗き込んだ。

「んはあ! 出る、出るよっ! あああああっ!」

 順平はまさに今の夫佐子と同じ格好になっていた。

 四つん這いでお尻を突き上げていた。違うのは服を着ておらず、股間には夫佐子の持っていない肉竿がついていることぐらいだ。

「出るじゃない。女の子なんだから。イクって言わなきゃ」

 順平の背後では片膝をついた姿勢で、ランニングシャツに半ズボン姿のオジサンが座っていた。いや、オジサンのような顔をした小学6年生だ。

 順平のお尻の穴に指を差し込み、さらにおちんちんを触っていた。

 信じられない光景を目の当たりにして、夫佐子は四つん這いのまま硬直した。

「あぁっ!」

 息子のように可愛がってきた弟が犬のような姿で、おちんちんを勃起させている。

 順平のおちんちんをちゃんと見たのは何年ぶりだろう。銭湯の女湯に一緒に入れない歳になってからは、見たことがなかった。

 相変わらず毛は生えていないようだが、あんなに長く伸びて腫れたように膨らんでいただろうか。

「ほら、言って。イクって」

 友彦は大人の男のような大きな手で、夫佐子の大事な弟の性器を乱暴に擦っていた。夫佐子は思わず、「順平が苛められている」と感じたほどだ。

 むろん、苛めでないことぐらい分かっている。

 順平は恍惚とした表情で、唇は半開きとなって、うっとり目を閉じていた。

「あううぅ、いくぅ~!」

 夫佐子はもう弟の股間から目が離せない。異常な状況にもかかわらず、ついにその瞬間を見ることができると、心のどこかで期待感も沸き起こっていた。

「あーー、イッてる。イッちゃってるよ、順平君!」

 騒ぎ立てる友彦の存在すら気にならないほど、股間の先端を凝視していた。

「うはあああーーー!」

 精液はピュッピュッと出ると聞いていたけど、それは間違いだ。

 我慢していたおしっこを放出するように、大量の液体がドバドバと立て続けに噴出していた。

 夫佐子は無意識に鼻の穴を膨らませていた。襖のわずかな隙間からでも、順平の精液臭と友彦の体臭がミックスされた、複雑な雄臭が漂ってきていた。

「あ~あ、また女の子のパンツを履きながら射精したね。みて、順平君が撒き散らした精液で、パンツもビチョビチョ。エッチなことされて、パンツを濡らすなんて、ほんま女の子やね」

 順平が精液を出し終えると、友彦は少し体の位置をずらした。

「……!?」 

 夫佐子はその時、自分が友彦にヤラしいことをされた錯覚に陥った。もっといえば、順平と自分が入れ替わっているような感覚だ。

 いまも四つん這いの順平の右の太ももあたりに、一枚の白い布がひっかかっていた。

 見覚えのある小さな布切れで、夫佐子はそれが何か気づいた途端、全身の毛穴から汗がにじみ出た。

 意味が分からない。すべてわからない。

 どうして順平は夫佐子のパンツを履いているのか。どうして友彦の前で裸になってお尻を突き出しているのか。どうして女の子みたいと言われて喜んでいるのか。

 いや、一番謎なのは夫佐子自身だ。

 どうしていま夫佐子は自分がされている心地となったのか。

 順平と同じ格好の夫佐子は友彦の言う通り、いま履いているパンツをビチョビチョにさせていた。

 

 

 

(姉視点2)に続く

 


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