柚木怜のアトリエ

エロチックファンタジー小説

主に、昭和50年代を時代背景にした思春期の「少年」と「年上女性」の相姦ものを書いています。

キウイ サムね


【前回まであらすじ】
九歳年上で二十五歳のポルノ女優・利香子さんを、学習塾の友達に〝紹介〟した祐介(16歳)。そのあと、利香子さんと最近できた百貨店でデートをして、帰りはとんかつ屋へ。利香子さんの住んでいるアパートの場所も教えてもらえた。さらに、大人の彼女を持つ祐介に、学習塾の友達も一目置くようになり……。

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「男臭いだろ? 悪いな、ちょっと換気しとくか」高橋君はそう言って、自室の窓を開けた。

 近くにキンモクセイがあるみたいで、甘ったるい香りがたちまち部屋に入ってきた。

「まあ、適当に座っといてくれよ。俺、下に行って、飲み物でも取ってくるから」

 高橋君は忙しそうにドタバタと階段を駆け下りていった。適当に、と言われても祐介はまごつくばかりだ。

 友達の家に呼ばれたのは初めてのことで、どこに座っていいのかもわからない。

 高橋君たちに利香子さんを紹介してから、一週間後の土曜日の夕方だった。

 この日、塾の授業を終えたあと、別のクラスの高橋君から「一緒に帰ろうよ」と声をかけられた。最初はバス停のある駅までのつもりだったが、その道中で、「時間あるなら、俺の家に遊びに来いよ」と突然言われたのだ。

 小学・中学と学校では友達とろくに会話もできなかった祐介が、友達の家に遊びに行くなんて、これまで一度もなかった。それだけに、高橋君がさも気軽に誘ってくれた時は心底驚いたし、本当にいいのか、と気後れもした。塾でたまに顔を合わせると、声を掛け合う仲にはなっていたものの、家にお邪魔するとなれば、また話も違ってくる。ちゃんと会話ができるだろうか、粗相の無いように振る舞えるだろうか、心配で仕方なかった。それでもやはり友達の家に誘われたのは嬉しくて、祐介は緊張しながらも「遊びに行きたい」と答えた。

 高橋君の家は、駅の北側にあった。ただ、商店街や飲み屋街のある界隈から逸れた、北東よりの、高台にある新興住宅地だった。最近建てられた洋風の民家が立ち並ぶ一帯で、高橋君の家も洋風の白壁が輝く二階建てだった。

 山間の村にある無駄に広いだけの祐介の生家に比べると、ずいぶんとこぢんまりしているものの、玄関のところから石けんのような清冽な芳香剤の香りが漂っていたし、廊下はピカピカのフローリングだったし、この高橋君の自室も六畳ほどの洋室で、ベッドも置いてある。壁には外国の映画のポスターが貼ってあり、スーパーカーを彷彿させる真っ赤なラジカセもある。それに、これは高橋君専用なのだろうか、十四インチのテレビ、そしていま流行りのビデオデッキも設置されていた。

 階段を駆け上がる音がして、高橋君が二本の缶ジュースを手に戻ってきた。

「あれ? 座っていればいいのに。ほれ、サイダー」

 緑のパッケージのサイダーは、キンキンに冷えていた。

「ありがとう」

「いいって。そんなことより、その辺に座れよ」

「あ、うん……ここでいいの?」

 とりあえず、カーペットが敷かれているその場で正座した。

 高橋君はベッドに腰掛けて、サイダーのプルタブを勢いよく開けた。

「で、さっきの話の続きなんだけどさ。先生なら、どうする?」

 不器用な祐介は、サイダーのプルタブを開けるのも苦手で、爪をひっかけながら、カチカチと苦戦していた。「え? あ、中村さんのこと?」

「そうだよ。この前、藤森に聞いたら、中村さんはいま彼氏がいないみたいでさ。デートに誘いたいんだけど、どう言えばいいのか……」

 家に来るまでの道すがら、高橋君はここだけの話として、中村さんに告白したい旨を祐介に打ち明けてきた。自分がまさか同級生の男子から恋愛相談を受けるなんて思ってもいなかったが、先日、利香子さんを見た高橋君にすれば、祐介は尊敬に値する恋愛マスターのようで、冗談半分ながら「先生」などと呼んでくるのだ。

「うーん……」

 先生はまだサイダーのプルタブを開けられないでいた。

「やっぱり難しいよな。そもそも中村さんって美人だし、男から誘われまくっているだろ。俺なんかが告白しても、だめな気がするんだよな……」

「難しい……」

「え? 先生もそう思うのか?」

「いや。そうじゃなくて……これが」

「なんだ、それ、そんなに固かった? ちょっと貸して」

「ごめん」

 高橋君はいとも簡単にプルタブを開けて、祐介に「はい」と渡してきた。

「ありがとう」

 こぼさないように気を付けて、飲み口に唇を運んだ。

「なあ~。先生はどうやってあんなに色っぽいお姉さんを口説いたんだ?」

「ん? どうやって……えっと……最初は、スーパーに行ったとき……」

 友達の家に来た緊張で、喉も乾いていた。祐介はサイダーをごくごく飲みながら答えた。

「うんうん」

「なんか万引きを疑われて、いったん逃げたんだけど、やっぱり心配になってもう一回戻ったら、なんか仲良くなれて……」

「すげえな、ドラマみたいな展開じゃん! それで?  仲良くなってから、どうやって告白したの!?」

 塾で会うときは、中村さんや藤森さんもいる手前、なかなかこんな話もできなかったのだろう。高橋君は前のめりになって、瞳を輝かせてきた。

 祐介は祐介で、同級生からこんなふうに質問されたことがなかったので、張り切って答えた。

「えっとね……そうだ。一緒に映画を観にいったんだよ。その帰りに、告白したんだ」

「映画か! どんな映画!?」

 熱心に尋ねられて、祐介は一瞬戸惑った。さすがにピンク映画とは言えない。

「ちょっと大人の、恋愛映画かな」

「なるほどー! やっぱり女って、恋愛映画に弱いんだな。さすがだな、先生! よし、俺もその手でいこう。マジでいいことを聞いたよ。ありがとな、先生」

「ううん……役に立てたなら嬉しいよ」

「ついでにもう一つ聞きたいんだけど……先生は、あの色っぽい彼女さんと、セックスもしているんだろ?」

 高橋君が妙にそわそわしながら聞いてきた。これも中村さんや藤森さんのいる前では、聞けなかったことなのかもしれない。

「うん……まあ……」

「いいなあ! 本当に羨ましいよ! 俺なんて、まだ経験ないからね。アダルトビデオでしか、女の裸も観たことないし」

「え!? アダルトビデオ、観たことあるの!?」

「あるよ。なんだ、先生ともあろうお方が、観たことないの?」

「ない……うち、ビデオもまだないし」

「なんだよ。早く言ってくれよ。ちょっと待ってろ。俺、いま持っているから見せてやる」

 祐介を先生と慕っていた高橋君が一変して、自慢げな顔で、にやついた。

「いま、あるの? 買ったの?」

「あるよ。レンタルビデオ屋さんで借りてくるんだ。実は昨日、借りてきたばかりでな」

 言いながら高橋君はクローゼットを開けた。

「でも、アダルトビデオは十八歳以上じゃないと借りられないと聞いたよ」

「大丈夫。別に身分証明書を見せろ、とか言われないし。クラスの男子も、普通にみんな借りているよ。ほれ、これ。三本も借りてきたんだ」

 クローゼットの奥に隠していたみたいで、高橋君は三本の黒いテープを取り出した。

 ずっと気になっていたアダルトビデオがここで観られるとは思っていなかっただけに、祐介も心が躍った。

「観たい」

「おおっ、一緒に観ようぜ」

 男友達とアダルトビデオを観ることも長年の憧れであった。高橋君は祐介の隣に座って、「どれから観る?」とビデオテープを見せてきた。テープにはタイトルが書いてあった。

『とびっきりギャル ぜ~んぶ見せちゃうもん』『先生のちょうだい!』『オナペット女子大生・まみ』。タイトルだけで生唾を飲んでしまった。

「ど、どれでもいいよ」

「じゃあ、まずはこれだな」

 高橋君が手に取ったのは『オナペット女子大生・まみ』だった。

 ガチャ、ツー、ガガガ……壊れないかと心配になるほど奇怪な音を立て、ビデオテープが、ビデオデッキに吸い込まれた。

「あ、やば。音量、下げとかなきゃ。窓も閉めなきゃ」

「俺、窓、閉めるよ」

 友達の家に来た緊張もどこへやら、祐介はさっそうと立ち上がって、窓を閉めた。それから高橋君と真横に座り合って、テレビ画面に釘付けとなった。

 だが、初めて見たアダルトビデオは、祐介の想像していたものと少し違った。のっけから、陽光の差し込むテラスに、茶髪の爽やかな雰囲気のお姉さんが登場して、カメラに向かってニッコリと微笑む。まるでアイドルのプロモーションビデオみたいだ。実際、アイドル並に可愛いルックスなのだが、祐介はさほど惹かれなかった。利香子さんのほうがずっと美人だ。

 そのあと、屋内でインタビューが始まった。お姉さんはピチピチのTシャツにミニスカートといった格好で、革張りの白いソファに腰掛けて、両脚を斜めに揃える。パンツがぎりぎり見えないセクシーな座り方だけど、どこかわざとらしくて、祐介は違和感を覚えた。

 お名前は? という字幕が入り、お姉さんが「沢口まみです」と答える。おいくつですか? 「20歳です。女子大生をしています」。経験人数は? 「二人です」恥ずかしそうに微笑む。オナニーはするの? 「たま~に、うふふ」。

「女もやっぱりオナニーするんだな。しかも、こんな可愛い女子大生でも!」

 高橋君が興奮した口調で、祐介に同意を求めてきた。

「そ、そうだね……」

「このあと、このお姉さんがオナニーをするんだぜ」

「そ、そうなんだ……」

 お姉さんがワンピースを脱いで、下着姿となった。細身で色白の身体だけど、利香子さんほどオッパイは大きくなかった。

 隣で、ごくりと高橋君が唾を飲んだ。

 お姉さんさんはブラジャー、ショーツも脱いで、ソファにもたれかかった。

「すげえだろ」

 高橋君が独り言のように呟くなか、お姉さんは両脚を大きく広げていた。

 股間にモザイクが入っていた。

「目細めてみろよ。ちょっと、アソコが見える感じがするから」

「そうなの? やってみる」

 言われた通りにしたが、あまり変わらなかった。そんななか、お姉さんが指をアソコに這わせて、クチュクチュと淫らな音を奏で始めた。

「あん、ああん!」

 右手をモザイクの奥にあてがい、左手で左の乳首を摘まんで、躍るように悶える。「すげえだろ、な?」高橋君はやたら同意を求めてくる。祐介は「うん」と頷きつつ、頭の中では、ピンク映画で観た利香子さんと真藤琴子の背中合わせのオナニーシーンと比較していた。

 全然、違うじゃないか。確かにアダルトビデオは明るいところで撮影していることもあって、お姉さんの身体も綺麗によく見えるし、モザイクがあることで堂々とお股をおっぴろげたスケベな格好も見せている。

 しかし、利香子さんと真藤琴子が見せた、薄暗いホテルで、パンティの中に指をもぞもぞと差し込んでいたオナニーは、秘め事的なヌメっとしたエロスがあった。

「ハア、ああっ……気持ちいい……クリトリス、気持ちいい!」

 喘ぎ声混じりに卑猥な言葉も口にしているが、祐介はどうにもしらけてしまう。言葉少ないながらも切なげにハアハアと吐息を漏らしていた利香子さんのオナニー姿のほうが、ずっと色っぽかった。

 友達と一緒に観ているせいかもしれないが、祐介はアダルトビデオの世界にのめり込めないでいた。そもそも、女優さんがなぜカメラの前でオナニーをしているのか、その理由もよく分からない。

「なあ、中村さんも、オナニーしていると思うか?」

 ふいに高橋君が不安げな口調で尋ねてきた。

「へ? どうなんだろうね……してるかも」

「ええ!? 変なこと言うなよ。想像つかないよ」

「でも、人にはいろんな一面があるから」

 祐介は利香子さんに教えられたことを、ぽろりとこぼした。

「なんだよ、それ……あ、観ろよ、ここ見どころだぞ」

 お姉さんが蕩けた表情で、腰をぐいぐい浮かせて、喘ぎ声も甲高くなっていた。

「アッ! イキそうです……アアアッ、イク、イク~、イックーーーッ!」

 天井を仰ぐように肢体をのけ反らせながら、ビクビクと震えていた。

 だが、ピンク映画のように、女性の絶頂に合わせて、映像がホワイトアウトすることもなかった。

 イキましたか?

「はい。イッちゃいました。うふふ、恥ずかしかったです」

 にこりと微笑むお姉さんは、汗ひとつかいていなかった。

 何なのだ、これは……。普段は利香子さんの匂いを嗅ぐだけでも即勃起する祐介のペニスは結局、一度も反応することがなかった。

 浮かない顔をしていることに高橋君も気づいたのか、

「あれ? いまいちだった? じゃあ、別のものを見よう。こっちはもっとエロいよ。女がエロエロで、フェラチオして口の中に精液出されたり、顔に精液かけられたりするんだぜ」

 そう言って、続けて他の二本も見せてくれたが、祐介はどれも夢中になれなかった。一応ストーリーもあるようだが、高橋君はセックスシーン以外、早送りしてしまうのだ。

 ただ、一つだけ驚いたことがあった。どの作品でも女優さんと絡む男が一向に射精しないのだ。五分、いや十分はピストンをし続ける。ピストンも、祐介の腰振りがいかにチンケだったか思い知らされるほど、豪快で素早いものだった。高橋君によると、彼らはAV男優と呼ばれるセックスのプロだそうだ。さすがプロだ、常人離れしている、と祐介は感心した。

 高橋君の早送りによって、三本のアダルトビデオもわずか三十分ほどで見終えた。

 思ったよりも興奮できなかったが、それでも友達とアダルトビデオを鑑賞できたのは良い思い出で、祐介は「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えた。

「いや、その顔は満足していないだろ? やっぱり、あんな色っぽい彼女さんとリアルでヤッているから、目が肥えているんだろうな……仕方ない。アレを、見せるしかないな」

 なぜか高橋君はムキになっていて、いったん部屋から出て行った。一分か二分ほど待たされて、高橋君が戻ってきた。手に二本のビデオテープを持っていた。

「これ。隣の兄貴の部屋からパクってきた。うちの兄貴さ、すげえもの隠し持っているんだよ。こっそり隠しているみたいだけど、俺、隠し場所を知っているんだ。だから、たまに兄貴がいないとき、こっそり、これ、見ているんだよ」

 不気味なほど、高橋君はニンマリニタニタしていた。

「それもアダルトビデオ?」

「もっとすげえよ。裏ビデオ……」

 ひひっ、と変な笑い方もしていた。

「裏ビデオ? あっ! エロ本で読んだことがある。モザイクの入っていない、違法のビデオなんだよね?」

「そう! オマンコ、丸見え! 見る?」

「え……どうしよ……」

 祐介はすぐには食いつけなかった。観たい気持ちはもちろん、ある。だけど、利香子さん以外の女性器を見るのは、浮気みたいじゃないか。

「なんだよ。見るだろ? 二本あるんだけど、とりあえずこれがいいかな。もう一本は、なんか、ちょっと内容がヤバいんだよね」

 罪悪感に苛まれる祐介を尻目に、高橋君は早々に一本の裏ビデオをビデオデッキに挿入した。いまさら断ることもできず、祐介は心の中で「利香子さん、ごめん」と謝りながら、テレビの前に正座した。

 数秒ほど砂嵐が続いたあと、真っ青な画面に白文字で『消し忘れ ナオちゃん新妻25歳の寝室』というタイトルが映し出された。

 そして、何の脈略もなく、ベッドで絡み合う素っ裸の男女の姿が飛び込んできた。

 男が女の人に覆い被さって、キスをしながら乳房を揉んでいる。

 男は角刈りの三十代ぐらいで、恰幅がいい。女の人はタイトルに書かれている通り、二十五歳の新妻なのだろうか。セミロングヘアの丸顔で、中肉中背。おっぱいは手のひらで包み込めそうなほど小ぶりだ。アダルトビデオの女優さんのような美人ではないが、普通の奥さんっぽいところが逆に生々しい。

 アダルトビデオと違って、映像も不明瞭だ。素人がホームビデオで撮影したような作りで、寝室も間接照明のみと薄暗く、画質が粗い。

 寝室には、男女以外にカメラマンがいて、二人の性交を記録するように移動しながら撮影している。

 男が女の人の両脚を持って広げた。カメラが女の人の局部を捉えた。

「どう?」

 ほぼ同時に高橋君は声をかけてきた。見たいけど、見てはいけないような、宙ぶらりんな気持ちで、祐介は片目をつむった。

 二十五歳の新妻──年齢が本当なら利香子さんと同じ年だ。

 片目に入ってきたのは、もっさりと恥毛が繁った、ザクロの実を割ったような女穴だった。

「うわ……」

 思わず声を漏らしたのは、一言でいえば、気持ち悪かったからだ。

 利香子さんの花唇はいつ見ても綺麗でウットリするのに、いま目の前にあるのは臓器の肉片みたいで、人体解剖を目撃しているような、おぞましさがあった。

「すげえだろ。オマンコから汁も垂れてる……」

 映像に釘付けの高橋君は、祐介が顔を顰めていることに気づかない。見るんじゃなかったと、祐介は片目をつむったまま、俯いた。

「おい、見ろよ。ほら……」

 高橋君が祐介の肩を軽く叩いて、画面を指さしてきた。仕方なく顔を上げると、男が仰向けに寝て、フェラチオをされていた。思えば、自分以外の勃起したペニスを見るのも初めてで、祐介は「ん?」と首を傾げた。

 十四インチの小さな画面越しだからか、画質が粗いせいか……それにしても、ペニスが小さいように思える。最初は気のせいかと思ったが、じゅるると唾液の音を立てて、女の人が唇をずり下ろしたとき、おちんちんは根元まで咥えこまれた。

 利香子さんの口は、祐介のペニスが半分ぐらいしか入らない。それが普通だと思っていたが、どうなのだろうか。利香子さんは祐介のものをよく「大きい」と言うけど、本当だったのだろうか。それともこの男のおちんちんが極端に小さいのだろうか。

「ねえ、高橋君。この人のおちんちんって、小さい?」

 祐介は自分のペニスが異常なのではないか、と不安になった。

「え? 小さいかなぁ。言われてみれば、うん、小さい気がする……」

 一瞬ギョッとしていたけど、すぐに高橋君は思慮深そうにうなずいた。

「高橋君は勃起したら、もっと大きいよね?」

「な! そ、そうだな。こいつのよりかは、でかいぞ」

「そっか!」

「なんだ……お前のは、これよりでかいのか?」

「ちょっとだけね。だから俺のもいたって普通だよ、普通。たぶん、高橋君と同じぐらい」

 祐介は高橋君に笑顔を向けた。男同士ならではの会話で、こういう経験もしたことがなかったから、祐介はなんだか嬉しくなった。

 そんな話をしているうちに、映像の中では、男と女の人がいよいよ合体していた。女の人が上に覆い被さって、男に抱きついていた。カメラは二人の真後ろに回って、結合している部分をモロに捉えていた。

 この光景には祐介も固唾を飲んだ。まさにズッポリと女性の陰口に男の肉槍が突き刺さっており、動物の交尾という言葉がぴったりだ。祐介のおちんちんも、利香子さんの胎内にこんな感じで入っているのかと思うと、急にムラムラと興奮してきた。裏ビデオを見ても、勃起することはなかったのに、利香子さんとのセックスを思い出した途端、痛いほど屹立してきた。

 もっこり膨らんだ股間を、隣の高橋君に知られるのがちょっと恥ずかしくて、祐介は両手で隠すようにした。だが、逆効果だったみたいで、

「ハハ、勃起してんのか。俺も勃っているから気にするなよ。よし! じゃあ、こっちはどうしようか迷ったんだけど、ちょっと見てみるか!」

 祐介が興奮していることを知ると、高橋君はもう一本の裏ビデオを手にして、騒いだ。

「それは、どんな感じなの?」

「あ~。なんかさ、ヤバい感じ。俺らと年の変わらない女の子が二人、ヤクザみたいな男たちに脅迫されて、無理矢理ヤラれているんだよね。やらせかもしれないけど、どうにも本物っぽいんだよな。まあ、一番怖いのは、兄貴がこんな犯罪的なビデオを持っていることなんだけどな」

 説明しながら、高橋君は新妻の裏ビデオを取りだして、そのヤバいビデオを挿入した。

 再生しても、しばらく砂嵐が続いた。「なかなか始まらないんだよ、これ」高橋君が苛ついた口調で早送りボタンを押した。

 砂嵐、砂嵐、砂嵐……唐突に、コンクリートに囲まれた、無機質な部屋が映し出された。

 タイトルが表記されることもなかった。

 祐介も直感で高橋君の言っていたヤバさに気づいた。映像から漂う雰囲気が違うのだ。

 無機質な部屋の中央には、染みだらけの汚いマットレスが置かれていた。そこに二人の女の子が素っ裸で、黒い布で目隠しをされて、両手を後ろに縛られた状態で座らされていた。

 一人は肩までかかった茶髪で、ややぽっちゃりとした体型だ。おっぱいも大きいが、座った体勢だとお腹の贅肉も目立っていた。もう一人はロングの黒髪で、後ろにひとつに結んでいた。不穏な空気が漂っているものの、祐介はこの子のスタイルに目を奪われた。肩やウエストは華奢で足もすらりと長いのに、おっぱいだけはメロン級の見事な巨乳なのだ。

 彼女たちの周りを、四~五人の男が取り囲んでいる。カメラの画角で部屋全体は映っておらず、全部で何人いるのか分からない。

 ただ、映っている男たちは金属バットやゴルフクラブなど、武器を持っていた。上半身裸の男が二人いて、二人とも背中に刺青が入っていた。

「もう撮ってる?」

 半裸で金属バットを持った男が、カメラに鋭い眼光を向けてきた。

「はい。大丈夫っす」

 撮影している男が答える。

 ぽっちゃり体型の女の子は全身の震えが止まらない様子で、泣いていることも分かった。一方、スタイルのいい女の子は覚悟を決めたように、背筋をまっすぐ伸ばしていた。

 金属バットの男がぽっちゃり体型の女の子に近づいていった。目隠しをされていても気配でわかったのか、女の子は後ろ手に縛られたまま、額をマットレスにこすりつけて、

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」

 泣きわめきながら、土下座をした。とても演技に見えなかった。

 まさに追い詰められた人間の命乞いで、テレビの前の祐介も背筋に悪寒が走った。

 男たちは恐ろしいほど無言で、ぽっちゃり体型の女の子を見下ろしていた。

「お金は必ず返します! 許してください! ごめんなさい、ごめんなさい!」

 ぽっちゃり体型の女の子の金切り声だけが響き渡る。すると、スタイルのいい女の子も同じように額をマットレスにつけて、「許して、ください……」と小さな声で呟いた。

 金属バットを持った男が腰を下ろして、ぽっちゃり体型の女の子の髪を掴みあげた。

「あぐぅ」

 目隠しの布がびっしょり濡れて、唇まで涙の線が繋がっていた。血の気もなく、顔色は真っ青だった。

「店の金、持ち逃げしといて、何いってんのお前……謝って済む問題?」

 男はぼそぼそとした声で呟いたあと、掴んだ彼女の髪を左右に大きく振った。

「痛い! ごめんなさい、ごめんなさい!」

「ああ!? 殺すぞ、お前」

「ごめんなさい、ごめんなさい……お願いします。殺さないでください……ああ……」

 祐介は呼吸することも忘れていた。いったい、これは何なのか。ぽっちゃり体型の女の子の懇願があまりにも凄まじく、周りの男たちの威圧感もテレビドラマや映画で見るヤクザとは明らかに一線を画していた。

 本物だ。隣の高橋君が、祐介の怯えを見て取り、「やばいだろ、マジで」と低い声で囁いてきた。

「俺も初めて見たときは怖すぎて、途中で止めたんだよ……でも、しばらくすると、怖いのにまた観たくなるんだよ、これ。何回か観ていると、大体のことは把握できたよ」

「把握できたって……どういうこと?」

「この女の子たちはキャバクラ嬢で、いま脅されている女の子がたぶん、店の金を持ち逃げしちゃったんだよ。だけど、掴まってしまって、こういう目に遭っているわけ。可哀想なのは、もう一人の女の子でさ。話を聞いていると、何の関係もないんだよ。ただ、持ち逃げした女の子と友達だったから、一緒に謝りにきたら巻き込まれたみたいな……このあと、二人ともヤラれちゃうんだけど。ちょっと早送りするわ。ヤラれるところまで、けっこう長いんだ」

 高橋君が早送りボタンを押し始めた。

「いや……もう、いいよ」

 これ以上見るのはつらかった。ましてや、この二人が強姦されるシーンなど見たくない。だが、高橋君は「ちょっとだけ、見てよ」と聞いてくれなかった。

 早送りが止まった。映像を見るよりも先に、「んぎゃあーー」と大泣きする赤子のような悲鳴が聞こえてきた。祐介はとても目を向けられず、歯を食いしばった。

「ほら」高橋君が、見ろ、と促してくる。

 なぜそこまで見せたがるのか、せっかくできた男友達であるが、この時ばかりは腹立たしく思った。祐介は憂鬱なため息をついてから、片目つむりで映像をちらりと伺った。

 マットレスの上では、ぽっちゃり体型の女の子が目隠しされて、両手を後ろに縛られた姿で、金髪オールバックの男にバックで犯されていた。

「いま、この子、お尻の穴に突っ込まれているんだよ」

 高橋君が信じられないことを囁いてきた。確かによく見ると、ペニスの入っている位置が高い。ぽっちゃり体型の女の子は、マットレスに顔を埋めて、ゼエゼエと息を荒げている。苦しげに頭を左右に振っていると、別の男が彼女の後頭部を足で踏みつけた。

「はい、言って」

 後頭部を踏みつける男が、ぽっちゃり体型の女の子に何か命令した。

「あぐう、はあはあ……ごめんなさい、ごめんなさい。気持ちいい。気持ちいいです……おぢり、気持ちいいです」

 どっと、野太い笑い声が湧いた。カメラを持つ男が、彼女の肛門をアップで捉える。赤黒い肉茎が根元まで嵌り、飴色の花蕾は内側の粘膜がめくれあがっていた。

「おら、もっと締めろって。ガバガバじゃんか、お前」

 アナルを責める男が馬に鞭を入れるように、彼女の臀部を平手打ちする。

「あぎいぃ! ごめんなさい……」

 懸命に踏ん張っているのだろう、ぎちぎちにペニスの詰まった裏の陰花が、わずかながらキュッキュッとうごめいた。

「これ、入れてみます?」

 画面の左から丸坊主頭のチンピラみたいな若い男が入ってきた。手にはゴルフボールが握られていた。「おう、やれやれ」アナルに挿入している男が楽しげにけしかける。

 チンピラふうの男は「了解っす~」と答えると、たこ焼きにソースをかけるように、ゴルフボールにまんべんなくローションを塗りたくった。

 そして、彼女の股間に押し込んだ。

「んはあ、苦しいっ! ああぁ……!」

 手品のように、男の手からはすでにゴルフボールが消えていた。

「反応薄いね~。もう一個、いこうか」

 どこからか男の声がした。「了解っす~」チンピラふうの男がにやつき、先ほどと同じ要領で、二個目のゴルフボールを挿入した。

「はうぅ……はンッ!」

 ヌポッと入り込んだのか、ぽっちゃり体型の女の子は犬のような声を漏らした。むごすぎる仕打ちに祐介がふたたび俯きかけたところで、高橋君が「ここで漏らすんだよ」と呟いてきた。その言葉に思わず反応して、映像を見ると、ぽっちゃり体型の女の子がオシッコを垂らしていた。勢いよくシャーッと真下に噴射して、マットレスに飛沫が跳ねている。

「きたねえなあ、こいつ!」

 また、どっと男たちの笑いが響いた。ぽっちゃり体型の女の子が放尿し終えると、カメラはもう一人のスタイルのいい女の子を探し出した。

 スタイルのいい女の子は、マットレスから二メートルほど離れたコンクリートの床の上で、犯されていた。

 カメラを向けられた時、彼女は仰向けに転がされて、全身刺青の腹の出た中年男にピストンされていた。同じように目隠しされて、両手は後ろ手に縛られたままだ。

 カメラが近づいてきたことに気づいて、中年男はピストンを中断した。

「だめだわ、こいつ。まったく泣かないわ」

 ふうふうと息を荒げながら、呆れたように言った。そういえば、スタイルのいい女の子の悲鳴はいままで聞こえていなかった。

 彼女はまるで人形のように身体を投げ出していた。

「どうする? この子、本当は何も関係ないんだろ。あいつの友達ってだけで」

 中年男はそう言いながら、ずるりとペニスを引き抜いた。

「まあ……そうですけど。ここまでやっちゃっていますからねー。それに、なかなかの上玉じゃないですか」

 カメラを持つ男が、スタイルのいい女の子の裸体を舐めるように撮影し始めた。

 片目をつむっていた祐介は、うっすらと両目を開けた。体中がすでに痣だらけで、痛々しかった。形よい巨乳は、定規のようなもので叩かれたのか、ミミズ腫れしていた。

「俺も加わっていいっすか?」

 プロレスラー体型の男がやってきた。色黒マッチョで、獰猛なゴリラのような凶暴さが全身から溢れでていた。

「ああ、かまわんよ」

 中年男はもう疲れたとばかりに、どうでもよさそうに許可した。すると、マッチョ男はスタイルのいい女の子を持ち上げるように立たせると、自ら床に寝そべった。そして、彼女を自分の上に跨がらせてから、上体を倒させた。

 マッチョ男の胸板に、彼女の乳房が押しつぶされていった。

「おう、おっぱい、でかいね~」

 にやつきながら、マッチョ男が両手でがっちり彼女の身体をホールドした。

「じゃ、入れさせてもらいますわ」

 中年男にそう言うと、棍棒のような太いペニスを膣に押し込んだ。

「うっ!」

 彼女は一瞬、低い声で呻いた。結合部分を撮影しようと、カメラが二人の背後に回った。

 チカチカと祐介の脳裏で光が点滅した。いま何かとんでもなく恐ろしいものが、視界に飛び込んだ気がした。

「ぎっちぎちっすね~。すごい光景です」

 カメラを持つ男は下っ端のようで、へりくだった敬語を使っていた。

「しっかり撮っておけよ」

 ふんっ! と鼻息を荒げ、マッチョ男が腰を勢いよく突き上げた。

 そこから、ずんっ、ずんっ、ずんっと、力強くリズミカルな突き上げが始まった。

 スタイルのいい女の子は「ンッ、ンッ、んっ」と懸命に声を堪える。

 真後ろからカメラは、ずっぽりとペニスが膣穴に埋没した、動物の交尾を捉えている。

 だが、先ほどの裏ビデオと違って、これはレイプだ。女の子はひたすら耐えているだけで、黒い縮れ毛に覆われた、潰れた無花果の裂け目のような花裂からは愛液がほとんど出ていない。感じていない証拠だ。

 それなのに、なぜだろう。知らない女の子がひどい目に遭わされているというのに、祐介はいつの間にか両目をかっと見開いていた。

 先ほどの裏ビデオ……初めて利香子さん以外の女性器を見て、祐介は生理的な嫌悪感を覚えた。やっぱり利香子さんのアソコでないと、自分はダメなのだと思った。

 ダメなのだ、ダメなのだ、ダメなのだ──。

「ほんと、強情な女だなぁ。おい、お前、このまま、こいつのケツに入れろ」

 マッチョ男がカメラを持つ男に命令した。

「え? いいんですか?」

「ああ。ここまでおとなしくされると、逆にこういう女が、ぎゃんぎゃん騒ぐところを、無性に見たくなったわ。やれ」

「はい!」

 片手にカメラを持ったまま、男がズボンとパンツを脱いだ。スタイルのいい女の子が初めて、身体を激しく揺すった。

「お、抵抗し始めた。怖いか?」

 彼女の耳元で囁いて、マッチョ男はいとも簡単に抑え込む。

 祐介は彼女が乗り移ったかのように、首をぶんぶん横に振っていた。

 違う、絶対に違う。アソコが似ているだけであって、全然、違う。

「へへ、上玉のアナルに突っ込めるなんて、最高っす」

 カメラを持つ男の、下卑た笑いからは、卑屈さがにじみ出ていた。

 祐介は手足の震えが止まらなくなっていた。

 違う! 違う! と否定し続ける自分と、嫌だ! 嫌だ! とすでに認めてしまっている自分がせめぎあい、視界もぼやけてきていた。

「ローションもたっぷり塗ったし……じゃ、いきます」

 あぁ、ピンク映画を観た時もそうだった。彼女はバックの体勢で、ツヤツヤとした逆ハート型の双臀をむき出しにしていた。あの時と同じように男目線で、張りつめたお尻をこうやって見下ろしていた。

「おう……きつい……でも、無理矢理ねじこんじゃおうっと」

 祐介のペニスよりも小ぶりな肉棒が、セピア色の可憐なすぼまりにあてがわれた。本来、異物の侵入など許さないはずの排泄孔も、人類の叡智で作られたヌメリの前ではなすすべもなかった。ローションまみれの亀頭が、彼女の不浄の穴にめりこむ。

 ぐーっと押し込まれると、次第にピンクの肛肉が綻び始めて──。

「んっ! あっ、いや……ぎゃあああーーーーーっ!」

 一番聞きたくなかったのが、声だった。彼女のあの美しい声から、こんな断末魔の悲鳴を聞かされる日がくるなんて、想像もしていなかった。

「ひゃはは! いい声だ! さすがに二穴はきついか!」

 図体とは似つかぬ甲高い声で、マッチョ男がわめいた。

「すげえ! この女のケツんなか、熱くてキツキツですわ」

「おい、お前、あんまり張り切って腰振るなよ。中で、お前のチンポまで分かって、気持ち悪い!」

「すみません! でも、我慢できないっす!」

 祐介は両手で耳を塞いでいた。それでも目はつむれなかった。

 もしかしたら、人違いかもしれない。声もおっぱいもアソコも似ているだけで、顔をみれば、まったくの別人かもしれない。

 ピストンに合わせて、カメラはぶれにぶれていた。

「しゃあない。俺が撮ってやるよ」

 どこにいたのか、中年男がふたたび現れて、カメラを奪いとった。マッチョ男が「入っているところ、お願いします」と言った。

「おうよ」

 下から煽るアングルで、ヴァギナとアヌスに突き刺さった二本の男根がまざまざと映し出された。

 そこは、ケモノどもに荒らされた、無惨なお花畑だった。

「あぐうう、オオオオエッ、おえっ!」

 吐瀉しているような嗚咽が聞こえてきた。

「こら、お前、吐くなよ!」

 中年男があわてた様子で、カメラを彼女の顔に向けた。目隠しをされた彼女は、口の端から大量の涎を垂らしていた。

「どんなひでえ顔になっているんだ~」

 片手にカメラを持ち、もう片方の手を、彼女の目隠しに伸ばした。

「やめろ!」

 祐介は叫んだ。叫ぶと同時に、胃の中にあったサイダーが逆流してきた。

「渋谷!?」

 高橋君の声はもう耳に入ってこなかった。

「おら、顔も撮ってやるよ」

「いやああーーーっ!」

 スタイルのいい女の子の絶叫が、ここから遠く離れたキウイ基地まで轟いた気がした。

 ぐにゃりと世界が歪み、視界も狂った。それでも祐介はテレビ画面から目を離さなかった。

 はらりと舞い落ちる羽毛のように、目隠しが外れた。

 祐介は両手を前について、肩を落とした。そして、思った。

 そうか……高橋君が気づくはずもない。あの時、サングラスを外したのも一瞬だったし、そもそもお姉さんっぽいメイクをしていたんだ……。

 そこにいたのは、祐介がいつも見ているすっぴんの利香子さんだった。

「おえっ!」

 だから言ったじゃないか。友達の家なんかに遊びに行って、粗相をしでかしたら、どうするのだ、と。祐介はせっかくもらったサイダーを、そのまま全部吐いてしまっていた。




キウイ サムね

【前回までのあらすじ】
九歳年上で、二十五歳のポルノ女優・利香子さんと付き合うことになって二週間。祐介は毎日が充実していた。だが、その一方で、知能も精神年齢も三~四年遅れていることに変わりはなく、このままでは、来年も志望校である普通の「公立高校」に合格できそうにないことに気づいていた。将来の夢のため、そしていつかは利香子さんと結婚するため、祐介は変わらないといけない。その第一歩として、これまで怖くて逃げていた「学習塾」に通うことを決意したのだった。


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 学習塾は駅の南側にあった。ちなみに、ピンク映画館があったのは駅の北側で、そちらは商店街を始め、飲み屋町もあり、わちゃわちゃとした界隈だ。一方、南側は比較的閑静なオフィス街である。ただ、南側には最近、大きな百貨店がオープンして、話題になっている。百貨店が誕生したことで、北側の昔ながらの商店街が廃れるのではないか、と祐介の母親なんかは心配していたが、家には百貨店のロゴの入った紙袋が多い。なんだかんだいって、母親も百貨店を利用しているのだ。

 駅の北口にあるロータリーでバスを降りた祐介は、さっそく駅構内を突っ切って、南口に向かった。今日から九月で、学校は二学期の始業式だったのだろう。

午後二時を過ぎたこの時間帯、駅構内には制服姿の学生が数多く見受けられた。

 学習塾のチラシをもう一度確認する。チラシに記載されているMAPには、南口から大通りをまっすぐ下って、例の百貨店を越えた先に、学習塾はあるようだ。

 歩くこと数分で、それはすぐに見つかった。

『未来は自分の手で切り開け!』『最難関 34名が合格!』『成績は必ず上がる!』

 雑居ビルの窓にびっしり張られた看板が、まるでデモ隊が持つプラカードのような威圧感を醸し出していた。

 とりあえず見学だけ、そう思ってきたけど、看板を見て、祐介は早くも足が竦んだ。とてもじゃないが、こんな人生がすべて成績で決まるような場所で、自分が戦えるとは思えない。

 昨日、キウイ基地で利香子さんに「学習塾に通う!」と高らかに宣言したものの、いざひとりで学習塾の前に立つと、祐介はまた悪い口癖を、心の中で呟いた。

自分は知能も精神年齢も遅れているのだ……。

「あれ……渋谷じゃねえの?」

 雑居ビルの前で臆病風に吹かれていると、ふいに声をかけられた。

見ると、紺色ブレザーを着た、祐介よりもわずかに背の高い男子学生が近づいてきていた。

「あっ……高橋君?」

短髪に眼鏡で、ぎょろりとした大きな目が特徴的な男子は、祐介と中学校が同じだった高橋善太君だった。

「おお! やっぱり、渋谷だよな。ビックリしたよ、なんか見覚えのやるヤツがいるなぁと思ったら、お前だったのか!」

 顔を見るのは中学の卒業式以来だ。

高橋君は興奮気味に、大きな目を輝かせながら口早に喋ってきた。

「う、うん……えっと、えっと……」

高橋君とは対照的に、祐介はあわあわと焦ってしまい、ろくに言葉も出てこなかった。

別に高橋君のことが苦手だったわけでもない。むしろ、高橋君は中学時代からけっこう喋りかけてくれる気の優しいクラスメートだった。

「どうした? こんなところで。そういや、お前、いまどこの学校なの?」

 高橋君は祐介の現状を知らないみたいで、矢継ぎ早に質問してきた。

「えっと、いまは……あ、違う。まず、こんなところにいる理由は……」

 早くも祐介はしどろもどろになっていた。高橋君の会話のスピードが速くて、何から答えればいいのか、頭の中で整理が追いつかないのだ。早く答えなきゃ、と焦っている矢先に、

「おーい、こっちこっち! みて、渋谷がいるよ!」

 高橋君が誰かに大きく手を振っていた。

「え?」

 会話の途中でまた新たな変化が起こり、祐介はキョロキョロと挙動不審になるばかりだ。

「渋谷? あ~、あの渋谷君?」「マジで?」

今度は、女性の声だった。顔を見て、すぐに分かった。中学三年生の時にクラスが同じだった中村志保さんと藤森明菜さんだ。二人とも紺色のジャケットに、えんじ色のチェック柄スカートというブレザー制服で、それは祐介が目指している普通の公立高校の制服だった。最近は全国的に、学ランやセーラー服を廃止して、ブレザーを導入する学校が増えていた。

「ほんとだ、渋谷君だ」

 祐介の顔をのぞき込むように中村さんが見つめてきた。

「あう……中村さん……」

 祐介は完全に固まってしまった。

実は祐介、中学三年の一年間、この中村さんに片思いをしていたのだ。

いや、祐介のみならず、クラスの男子の半分以上は中村さんが好きだったのではないかと思う。美少女という表現がふさわしい端正な顔立ちで、モデルのようなスラリとした長身でもあるから、とにかく目立つ女子だった。それでいて、性格はおとなしめの優等生タイプだったから、より男子から人気が高かった。そんな中村さんを祐介はいつも遠目から見ていただけだったから、こんなふうに目を合わせられて喋りかけられたのも初めてだ。たちまち赤面してドギマギしていると、中村さんの隣にいた藤森さんも同じように顔をのぞき込むようにして、

「渋谷、久しぶり~」

 見えていますか~、というように目の前で小さく手を振ってきた。

藤森さんはどちらかというとギャルっぽい感じで、中村さんとは正反対のタイプだけど、小柄で、小動物系の瞳が可愛い。確か中学の時は、学校で一番怖かったヤンキーの男子と付き合っていた。

「や、やあ……」

 祐介はこう返すのが精一杯で、ただ突っ立っているだけなのに、額から汗が出てきた。

「え? もしかして、渋谷君もここの塾に通っていたの?」

 中村さんが驚いたような顔で尋ねてきた。

「いや、えっと……」

「通ってないでしょ? いままで見たことないもん」

 中村さんに向かって、藤森さんが喋りかけた。どうやら三人は、この塾に通っているようだった。

「そもそも渋谷、いまどこの学校行ってんの?」

 高橋君がまた同じ質問をしてきた。そんなふうに取り囲まれて、一斉にわいわい言われると、祐介は久しぶりに頭の中がこんがらがった。最近は家族以外では、利香子さんとしか話していなかったから、自然といっぱいお喋りもできていたけど、同級生を前にすると、自分は以前となんら変わっていない。

「大丈夫? すごい汗よ」

 心配そうに中村さんが祐介をまじまじと見つめながら尋ねてきた。祐介は耐えられず、彼らに背中を向けるようにして、ポケットに突っ込んでいたハンカチを取り出した。

 ハンカチを手にしてから、しまった、と思った。それは昨日の帰り、利香子さんに貸してもらった白の女物のハンカチだった。とはいえ、三人に背を向けていたから、女物のハンカチを持っていることはばれないで済んだ。

 さっと額の汗を拭う。鼻の下の汗もごしごしと擦る。ハンカチからはふんわりとシトラス系の利香子さんの匂いがした。

ほんの一瞬だが、祐介はキウイ基地にいる気分になった。

「あ、ごめん。大丈夫」

 振り返って、もう一度、三人と向き合った。

 すると、藤森さんがぐいっと身体を寄せてきた。

「やっぱり、変わった……」

 汗を拭き終えた祐介の顔を眺めて、不思議そうに言った。

「だよね? 違うよね。私もさっき会った瞬間、そう思ったもん」

 中村さんも藤森さんと同じように、祐介を見てきた。

「な、なにが?」

 二人の女子に注目されるなんてこともなかったから、祐介は困惑して、目を逸らした。

「なんだろう……雰囲気が変わった。中学の時と」

 藤森さんはそう言って、中村さんに「ね?」と同意を求めた。

 祐介は意味がわからなかった。自分では変わったどころか、相変わらず同級生とまともに会話ができない自分に嫌気が差していたからだ。

 中村さんはなぜか口元をにんまりと緩めていた。それは利香子さんに似た、どこかイタズラっぽい笑みだった。

 そして、祐介の目をのぞき込むようにして、

「渋谷君……彼女、できたでしょ?」

 間近まで身体を寄せてきたから、利香子さんとは違うフルーティーな匂いがした。

「え? あ……」

「ふふ、当たったみたい」

 中村さんは勝ち誇ったように言って、それから「いいなぁ」と独り言のように呟いた。

「そうなのか!? 渋谷!」

 二人の女子のあいだから、高橋君がものすごい勢いで割り込んできた。

「あ、あの……え? え?」

「ちょっと、どいてよ。絶対いるね、これは。誰と付き合っているの? うちらが知っている子? 中学同じ!?」

 高橋君をどけて、藤森さんがぐいぐい迫ってきた。ズバリ彼女がいることを言い当てた中村さんは、二人の後ろで、ニヤニヤしていた。

「いや……」

 祐介はまだ頭の中がこんがらがっていた。

「ねえ、中村さん、どうして、渋谷に彼女がいるって、わかったの?」

 要領を得ない祐介の態度にしびれを切らして、藤森さんが中村さんに尋ねた。

「だって、前よりも男っぽくなっていたから」

「あ~、そうかも。私もね、パッと見た時、ちょっと格好いい、と思ったもん」

 祐介は何かの冗談ではないかと思った。容姿に自信など一切なかったし、そもそも勉強も運動も大の苦手で、女子から男っぽいとか、格好いい、なんて言われたことがなかった。

 どぎまぎする祐介を女子二人はバカにすることもなかった。

それどころか、祐介に彼女がいることを確信したように、

「ねえねえ、誰と付き合っているの? うちらの知っている人? 中学同じ?」

 藤森さんは相手が誰だか、そこばかり聞いてくる。対して、中村さんはおとなしめの優等生タイプだと思っていたのに、

「なんか年上っぽくない? そんな気がする」

 さっきから恐ろしいほど勘が鋭い。

「年上!? そうなの?」

 藤森さんが食いつく。

「いや、えっと……」

「その彼女とは、どこまで進んでるの?」

 中村さんが、祐介の中学時代のイメージを覆す、はすっぱな質問を真顔でしてきた。

「ええ!?」

「A? B? もしかして、C?」

祐介はがくぜんとした。利香子さんと会ったことで、女性が下ネタを話すことにも多少の免疫はついていたものの、奥ゆかしい美少女と思っていた中村さんに、こんな一面があったとは。

藤森さんも触発されて、

「Cまでいったの!? ねえねえ、何個上?」

 まくし立てるように、別々の質問を同時にしてきた。祐介はオロオロしてしまい、さっき汗を拭いたばかりなのに、また怒濤の勢いで、顔中が汗まみれになった。

 それでも中村さんと藤森さんは祐介の返事を待って、らんらんと目を輝かせていた。祐介は視線を泳がせるばかりだ。何から答えればいいのか、Aはキスで、Bはペッティングで、Cはセックスの意味だから、Cといっていいのだろうか。それに正直に答えたところで信じてもらえるだろうか。彼女が、二十五歳で、元ポルノ女優だなんて……。

視線をあちこちに向けていると、ふいに高橋君が目に入った。

高橋君はいつの間にか、女子二人と祐介の輪から外れて、所在なげにしていた。

それは中学時代の自分の姿を見ているようだった。

祐介は自然と、高橋君に歩み寄っていた。

「高橋君、俺ね。高校、全部落ちたんだよ。それでいまは浪人で、ひとりで勉強していたんだけど、なかなか分からないところが多くて。塾に通おうかと思って、ここにきたんだ」

 自分でも驚くほど、すらすらと、高橋君と目を合わせながら話すことができた。

「そうなのか!」

 高橋君の表情がみるみると明るくなった。それが、祐介には嬉しかった。

「うん。でも、あの看板を見て、ビビっちゃってるんだ。最難関とか書いてあるし……俺、普通の高校すらも入れるかどうか、わかんないのに」

 同級生に対して、素直に思っていることを口にできたのも、初めてだった。

「なんだ、そうだったのか、大丈夫だよ! 俺たちだって、別に難しい大学を目指して通っているわけじゃないし。普通のクラスもあるから。公立の高校を狙っているんだろ? それなら、いける、いける」

 まるで昔からの親友のように、高橋君が祐介の肩をどんと叩いてきた。

「そうだよ。うちら中学の時から通っているけど、ちゃんと生徒に合わせてくれるから」

 彼女の話題など忘れたように、藤森さんが真面目な顔で言ってきた。

「うん。渋谷君は、高校受験のクラスになるだろうから、私たちとクラスは違うと思うけど。ここに通えばこうやって会えるだろうし、もし、勉強で分からないところがあったら、私たちに聞いてくれれば、いつでも教えてあげるよ」

 時折、利香子さんが見せる仕草のように、中村さんは髪を耳にかけながら言った。

「ほんと?」

 祐介は三人の顔を見渡した。こんなふうに、みんなと輪になって、ましてや自分が輪の中心になって、普通にお喋りをしていることが、不思議でならなかった。

「ほんとだって。いまから申し込みするんだろ? 一緒に行こうぜ。ほら」

 高橋君が祐介の背中をポンと叩いてきた。

「ありがとう」

 祐介は少し泣きそうなぐらい嬉しかった。

 四人で雑居ビルに入り、階段を上った。塾は雑居ビルの三階に入っていた。

高橋君、祐介、中村さん、藤森さんの隊列で階段を上がっていると、最後尾の藤森さんが「ねえ、彼女の話は~?」と話しかけてきた。

「あ、えっと……いるけど」

 祐介は照れながら答えた。

「やっぱり、いるんだ! 同じ中学?」

「いや、違うんだ」

「違うの? どこで知り合ったの?」

「知り合ったのは、スーパー、かな」

「スーパーでナンパしたの!? すごっ。やるなあ、渋谷」

 藤森さんが心底、感心したように言う。

「マジかよ。今度、紹介してくれよ。見てみたいよ、渋谷の彼女」

 前を歩いていた高橋君が振り返ってきた。

「いや、紹介するほどじゃ……」

「そんなの恥ずかしいよね。渋谷君の彼女だって、そんな見世物みたいなことをされたら、嫌がると思うわ」

 後ろにいた中村さんが助け船を出してくれた。

「うん」

「まあ、そうだよな。じゃあさ、こっそり見せてくれよ。例えば、俺らと帰りの時間が一緒の時、彼女に迎えに来てもらうとか。彼女には俺たちのこと、黙っていて」

 高橋君の提案に、藤森さんが「それ、いいね!」と弾んだ声を上げた。

「あ~。確かに。私も、それならちょっと会ってみたいかも。渋谷君の彼女……もちろん、私たちは、こっそり見るだけにするから」

 中村さんまでそんなことを言ってきたから、祐介は思わずドキッとした。

それでつい、「見るだけなら……」と呟いていた。

同級生とお喋りできたのが嬉しくて、祐介は調子に乗っていたのかもしれない。

 

 



タイトルなし


 

「嫌よ! なんで、私が迎えに行かなきゃいけないのよ!」

 例のことをお願いするや、利香子さんは間髪入れず、断ってきた。

エッチを終えたあとで、祐介は利香子さんと一緒にタオルケットにくるまっていた。お互い横向きに寝て、祐介が利香子さんを後ろから抱きしめていた。

祐介はセックスを終えたあとの、このひとときも好きだった。肌と肌をくっつけて、だらだらとお喋りしていると、すごく楽しい。それに、利香子さんの身体からはまだほんのりと温めたミルクのようなセックスの匂いが立ちこめていて、それに包まれていると幸せすぎて、このままうとうと眠りたくなる。

「だめ?」

 利香子さんのうなじに鼻を当て、祐介は甘えるように言った。うなじには、うなじの匂いがある。利香子さんが使っているシャンプーの香りだろうか、シトラス系に似た爽やかな匂いで、それはまだ行ったことのない彼女の家の香りに思えて、変にワクワクするのだ。

「当たり前でしょ。祐介だって、塾の友達に私を見られたら恥ずかしいでしょ」

 後ろから祐介に抱きしめられながら、利香子さんは塾のチラシを読んでいた。

「なんで? 恥ずかしくないよ」

 むしろ、自慢の彼女なのだ。友達にこっそり見てもらいたいのだ。

「そうなの? いや、やっぱりダメ。私が恥ずかしい」

「友達に見られなきゃ、いい?」

「まあ……でも、万が一、見られたらどうするのよ? 祐介のお母さんだとか思われたら、私が恥をかくわ」

「そんなことはないよ! お姉ちゃん、と思われちゃうかもしれないけど……」

「へ? お姉ちゃん?」

「うん、わかんないけど……」

 つい年齢差のことを口にしそうになって、祐介はあわてて口をつぐんだ。

「お姉ちゃんかぁ……それなら悪くないかも」

「いいの?」

 会話の流れで出た、適当な提案に過ぎなかったが、利香子さんは意外にも乗ってきた。

「うん。もし、祐介の友達に会ったら、私はお姉ちゃんってことにして。それなら、恥ずかしくないから」

「ほんと?」

「ほんと。それに実は私も、祐介と一緒に行きたいところがあるんだよね。お迎えに行ったあと、そこに付き合ってよ」

「付き合う! どこに行くの?」

「内緒……えっと、塾の場所は、ここね。あ~、わかるよ。私、帰り道、ここ、よく通っているから」

 塾のチラシを見ながら、利香子さんが嬉しそうに言った。

「そうなの!?」

「うん。じゃあ、土曜日か日曜日でいい? そしたら、家から直接、迎えにいけるから」

「うん! えっとね、土曜日のほうがいいかな」

 確か土曜日は、あの三人と授業の時間が被っていた。帰りにこっそり見てもらうこともできる。

「土曜日ね。わかった。私は塾の近くにいればいい?」

「うん!」

「ふふ。もし、お友達に会ったら、お姉ちゃんって紹介してよね」

「うん。お姉ちゃん」

 一人っ子の祐介は、本当にお姉ちゃんができたみたいで、それはそれでなんだか嬉しかった。

 結局、なんだかんだと都合が合わず、利香子さんが塾に迎えに来ることになったのは、九月も半ばを過ぎてからだった。そのあいだ、祐介は学習塾に週四で通うようになり、塾のない週三はキウイ基地で利香子さんといつも通り会っていた。

 約束の土曜日は秋晴れの気持ちいい日だった。残暑はまだあるものの、七月や八月の猛暑に比べれば空気も澄みわたり、学習塾の教室の窓から差し込む陽光も柔らかかった。

 授業が終わったのは午後四時で、祐介は教室を出ると、高橋君や中村さん、藤森さんがいる、隣の教室に向かった。ちょうど三人とも帰り支度をしていた。

「おう、渋谷! どう、調子は?」

 いまではすっかり友達になった高橋君が、気軽に話しかけてきた。

「うん。なんとかやってるよ」

「そかそか。お前ももう終わったんだろ、一緒に帰ろうよ」

「うん。あのさ……今日、彼女が迎えに来るんだけど」

「ほんと!?」

 真っ先に藤森さんが食いついてきた。高橋君は「マジ!?」と驚いていた。

「うん」

「え、見たい……私たち、ちゃんと知らないふりしとくから、いい?」

 最後に中村さんが、遠慮がちに微笑みながら尋ねてきた。

「うん。塾の前で待っておいて、と言っておいたから」

 祐介は柄にもなく、ちょっぴり偉そうに言った。

 祐介を最後尾に、四人で雑居ビルを出た。利香子さんはもう来ているだろうか。ドキドキしながら最後に雑居ビルを出たのだが、

「……渋谷、どこにいるの?」

 真っ先に雑居ビルを出ていた藤森さんが振り向いて、祐介に話しかけてきた。

「藤森さん、ダメだって。渋谷君に話しかけたら。彼女さん、私たちのこと、知らないんだから」

 中村さんが注意するなか、高橋君はあたりを見渡していた。

「あれ? いない」

 外に出て、祐介も周囲を確認したが、利香子さんはいなかった。大通りに面しているため、人通りは多いものの、雑居ビルの前で待っている人は一人もいなかった。

「もしかして、すっぽかし? 渋谷、なんか嫌われるようなことやったんじゃないの?」

 藤森さんが肘で祐介の脇腹を突っついてきた。

「おかしいなぁ……四時には来るって言っていたんだけど……ごめん。まだ来ていないみたい」

 みんなに期待させたぶん、祐介は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。三人に向かって、頭を下げようとしたところで、

「祐介」

 背後から、聞き覚えのある綺麗な声がした。祐介が振り向くより先に、「え……」と高橋君が絶句するような声を漏らした。

「ごめんね、遅くなって。あら、祐介のお友達かしら?」

 しゃべり方がいつもと全然違って、変にお上品ぶっていた。いや、問題なのは、そこではない。

彼女が迎えに来たというのに、祐介はあ然として、口もぽかんとなった。

 目の前にいる女性は、ぴったりとボディラインに張り付く、黒のロングワンピースドレス姿だった。

ロケット乳の膨らみを惜しげもなくアピールし、ウエストは異様なほど細く、スリットの入ったスカートから太ももをチラ見えさせていた。背も高い。足元を見ると、十センチはある真っ赤なハイヒールを履いていた。肘からかけているバッグは、祐介でも知っている有名な高級ブランド物だった。

そして、大きなサングラスをかけて、ガムを噛んでいるのだろう。真っ赤なルージュの唇をクチャクチャさせていた。

 まるで芸能人、そう、テレビで見る女優さんのような凄まじいオーラが漂っていた。

「あ、あ、あ……」

 祐介は言葉が出てこない。高橋君も中村さんも藤森さんも、時間が止まったように、固まってしまっていた。

「どうしたの? 祐介、お友達を紹介してよ」

 利香子さんだけが一人冷静で、ガムを噛みながら、にぃと口角をあげて微笑んでいた。

「あ、そ、そうだね。えっと、高橋君と、中村さんと、藤森さん……」

「オッケー。初めまして。いつも祐介が……」

 保護者のように頭を下げようとしたので、祐介はハッとなり、

「ちょ、ちょ、ちょっと利香子さん! こっち来て」

 利香子さんの手を引っ張って、三人から遠ざけようとした。いつもと変わらないのは、シトラス系の香水の香りだけだった。それも、いつもよりキツかった。

「なによ。お友達に、ちゃんと挨拶しないと」

 利香子さんはテコでも動こうとしない。

「いいから! どこにいくんだっけ? ほら、なんか付き合って、と言っていたじゃん」

「もう恥ずかしがっちゃって~。いいでしょ、私は祐介の……」

「利香子さん! 行くよ! じゃ、みんな、またね! ハハ」

 祐介は引きつった笑顔で、三人に向かって大きく手を振った。だが、三人とも呆然と目を丸くして、利香子さんだけを眺めていた。

「ええ~? そんなに照れなくてもいいじゃん。せっかく来たのに~」

不満げな声を漏らす利香子さんを、祐介は凄まじい力で引っ張った。

「あのぉ!」

 とっとと退散しようとしたところで、中村さんが大きな声で呼び止めてきた。

祐介はびくりとなって、足を止めた。

 中村さんは利香子さんをまっすぐに見据えていた。利香子さんもサングラスをかけているものの、中村さんと目を合わせているようだった。

「なに?」

 利香子さんが強めの口調で言った。高校生相手に、大人の女性が取る態度ではないように思えた。

しかし、中村さんはひるまなかった。

「……渋谷君の、彼女ですか?」

 疑うような、険しい視線で問いかけた。

ヤバい、と祐介が肝を冷やしたのは言うまでもない。

 隣では、利香子さんがクチャクチャとガムを噛んでいた。

どこか挑発的で、中村さんを威圧しているように見えた。

咄嗟に祐介は利香子さんに「ごめん」と耳打ちしようとした。

だが、それよりも先に、利香子さんはさっそうとサングラスを外すと、

「そうよ」

 ゾクッとするほど色っぽい一重の瞳で、中村さんを射貫くような視線を送った。

祐介はごくりと息を飲み、高橋君と藤森さんはレーザービームを受けたように一瞬後ずさり、中村さんはただただ棒立ちとなっていた。

すると、祐介の腕に柔らかいものが当たった。

「ふふ。何よ、祐介。お友達に彼女がいるって、話してなかったの?」

 急に人が変わったように、利香子さんが甘えるような声で、祐介の腕に抱きついてきた。

「え?」

「もう~、ちゃんと話してくれないと、みんなもビックリするでしょ。ごめんね、みんな。あらためて、よろしく。祐介の彼女です。これからも祐介と、仲良くしてね」

「あ、はい! 仲良くします!」

 ひとりだけ元気に返事をしたのは高橋君で、中村さんと藤森さんはいまだ信じられないといった顔で、軽くお辞儀だけをした。

「じゃ、いこっか!」

 秋めいてきた空に、利香子さんの綺麗な声が突き抜けた。

 

 

「もう~! 嘘ついたでしょ。あの子たちに、彼女、紹介するとか言っていたんでしょ!」

 三人から離れるや、案の定、利香子さんは叱りつけてきた。

「ごめん。塾で友達ができたのが、嬉しくて、つい……彼女がいるって話したら、こっそり見せてくれってお願いされて……」

 祐介は素直に白状した。とはいえ、利香子さんが咄嗟の機転で、祐介の彼女、と宣言してくれたから、恥はかかずに済んで、ホッとしていた。

「だったら、最初から言ってよね! 彼女だったら、もっと清楚で可愛い格好で行ってあげたのに。こっちはお姉ちゃんっぽくしなきゃと思って、頑張ってきたのよ!」

 いまも腕を組んでいる利香子さんが、祐介の二の腕を強く摘まんできた。

「いたた! ごめんって……でも、それ、お姉ちゃんっぽいの?」

「色気ムンムンでしょ? こんな美人でセクシーなお姉ちゃんがいたら、祐介も嬉しいかなって。友達だって、祐介に一目置くと思ったんだよね」

「いや、ビックリされるだけだし、逆に疑われるよ」

「何よ! まあ、良かったんじゃない? お姉ちゃんどころか、めちゃくちゃ色っぽい彼女がいるってアピールできたんだし。それに、あの背の高い女の子の顔、見た? 完全に負けていたでしょ、私に」

 何を張り合っているのか、利香子さんは高らかに笑った。

 祐介は周りの目が気になって仕方ない。今日の利香子さんは誰もが振り返る女優的オーラが全開で、地方の町にいる女性とは思えない。テレビでしか見たことないが、それこそ東京の港区あたりでないと、逆に浮いてしまう格好である。

そのうえ、祐介のような芋臭い十六歳の青年と、イチャイチャと腕を組んでいるのだ。とてもカップルには見えないはずで、仲の良すぎる姉弟でもまだ無理がある。

さしずめ、キャバクラ嬢と散歩中のブサイクな犬といったところか。

すれ違う人の中には、チラ見どころか、二度見してくる人もいた。

「ねえ、利香子さん、これ、どこに向かっているの?」

塾から駅に戻る道を進んでいた。

「すぐそこよ。ここ」

立ち止まったのは、百貨店の前だった。

「ここ!? 俺、まだ入ったことない」

「楽しいよ、ここ。ここなら何でも揃うから、正直、北口の商店街なんて、もう必要ないんじゃないかな」

利香子さんは楽しげに言いながら、大きな自動ドアのある、百貨店の入り口に向かった。

 百貨店は三階建てで、一階はお化粧品がメインで、二階はレディースの洋服やジュエリー、カフェが入っていた。三階はメンズの服と、家具や家電、文房具、書店のコーナまであった。

 エスカレーターで三階まで来た。「こっちこっち」と利香子さんがはしゃぎ気味に向かったのは、若者向けのメンズ服売り場だった。

「祐介に、ぴったりのTシャツをこの前見つけたの。こっそり買ってプレゼントしようかと思っていたんだけど、塾に迎えに行くって話になったから、どうせなら一緒に買いにいこって思って」

そう言って利香子さんが手に取ったのは、ネイビー色で、胸元にキウイフルーツのイラストが描かれたお洒落なTシャツだった。

利香子さんがTシャツを広げて、祐介の体に合わせる。

「うん! やっぱりサイズはMでいいみたいね」

 自分のことのように利香子さんは、満足げに微笑んでいた。

 祐介はこそばゆくなった。利香子さんと自分との差を気にしていたものの、これはやっぱりデートじゃないか。

少し恥ずかしい反面、自分がすごいことをしている感動に包まれた。

ちゃんと、利香子さんとデートしている……。

盆前にも二人で町を歩いたけど、あの時はデートというより、利香子さんの出演するピンク映画を見るのが目的だったから、こんな、こそばゆい感情にはならなかった。

「どう? 似合うと思うんだけど」

「う、うん。俺、めっちゃ嬉しい」

「ほんと? 良かった。じゃあ、これ、プレゼントしてあげる」

「俺も……何か、利香子さんにプレゼントしたい」

 すぐにそう思った。自分も、自分の彼女に何か買ってあげたい。

「じゃあ、バッグ買って」

「うん。いいよ!」

「二十万ぐらい、するけど」

「にじゅう!?」

 祐介の驚き方が面白かったみたいで、利香子さんはぷっと吹き出した。そして、セクシーなワンピースドレスなのにお腹を抱えてゲラゲラ笑いだした。

笑いすぎて目から涙も出ていたぐらいだ。

「冗談よ。そうね、アレ、買ってよ。髪留め」

「髪留め? 髪を後ろで縛るゴムみたいなやつ?」

「そう。確か二階にあったから」

 三階から二階に戻って、女性用の小物が売っているコーナーに行った。髪留めといっても、ヘアピンからヘアクリップ、リボンみたいなものもあって、祐介はその場で悩みに悩んだ。

「祐介、どれでもいいよ」

 利香子さんは祐介に選んでもらいたいと言う。

「うーん。コレも可愛いし、コレも可愛いし……こっちもいいんだよなぁ」

「基本、リボンっぽいのが好きなのね」

「うん……よし、これにする!」

 二十分ぐらいかけて最終的に決めたのは、白とピンクのシュシュだ。値段は八百円だった。

「ふふ。ありがと。今度、つけていくね」

 それから二人で百貨店の中をぐるっと回って、お腹も空いてきたので、利香子さんの行きつけだという、とんかつ屋さんに連れていってもらうことになった。

 ふたたび学習塾の前を通り過ぎて、さらに南下すると、閑静な住宅街に入った。

とんかつ屋さんは住宅街の中にあり、昔ながらの民家ふうで、代々から地元に溶け込んでいるような趣があった。

格子戸の入り口をガラガラと開けると、ソース色ののれんがかかっていた。

 店内は七~八人は座れるL字型のカウンター席と、テーブル席が三つあった。土曜日の夜とあって家族連れが多く、テーブル席は埋まっていた。

 当然ながら、利香子さんが店内に入るや、店の主人とその奥さん、お客さんも一斉に、場違いなセクシー美女の登場に、あぜんとしていた。

祐介と利香子さんはカウンター席の端っこに案内された。

「祐介、何にする?」

 利香子さんは周りの目など一切気にせず、祐介に身体を寄せて、手書きのメニューを一緒に見ようとしてきた。祐介は否応なしに勃起してしまったが、いまはお腹が空きすぎているのか、利香子さんはメニューを見ることに夢中だった。

結局、二人とも定番のとんかつ定食を注文した。

「暗くなるのも、早くなったよね」

 コップの水を飲みながら、利香子さんが窓のほうを見た。

「うん。あっという間に、秋が来る……」

 とんかつ屋さんのどこかわびしさを感じる蛍光灯に照らされた、利香子さんの横顔を見ながら、祐介は言った。

今日はお化粧バッチリで一段と大人っぽいけど、蛍光灯の光のせいか、どことなく疲れているように見えた。

 ジュージューと、とんかつを揚げる音が聞こえる。テーブル席では、小学校高学年ぐらいの女の子と、保育園児ぐらいの男の子とその両親が、楽しげに会話していた。

 気づくと、利香子さんもその家族のほうをぼんやりと眺めていた。

 祐介はふいに妙な郷愁に駆られた。

秋の日暮れ時の、住宅街の中のとんかつ屋さんで、利香子さんとカウンター席で二人並んで座っている。初めての経験であるのに、なぜか切なくて、懐かしい気持ちになった。ずっと昔にもこんなことがあったような──前世の記憶が蘇ってくるような、つかみ所のない、ふわふわとした感覚が、胸の中を浮遊していた。

「祐介、今日はありがとね」

「え?」

「これ……」

 シュシュの入った紙袋をさっと手に取り、利香子さんは静かに微笑んだ。

「ううん。俺こそ。キウイのTシャツ、ありがとう」

「ふふ。祐介といったら、キウイフルーツだもんね」

 そう呟くと、利香子さんはカウンター席に頬杖をついて、居眠りするように、瞼を閉じた。

「利香子さん? 疲れた?」

「ん~? そんなことないよ……」

「眠くなった?」

「ううん。違うよ」

「どうしたの?」

「んー。なんかね、不思議だなぁって。なんか昔にもこんなことがあった気がするんだよね」

目を閉じたまま、利香子さんは呟いた。「利香子さん……」。俺もだよ、と言おうとしたタイミングで、とんかつ定食が運ばれてきた。

「よし! さ、食べよ。お腹すいたね!」

 急に元気を取り戻したように利香子さんが弾んだ声で言った。

「うん! 俺も腹ぺこ!」

 同じような郷愁に駆られながら、同じ物を食べる。

なんとなくだけど、こういうことが、普通の幸せなんじゃないかと、祐介は思った。

とんかつ屋を出ると、空には星が出ていた。夜は少し肌寒さを感じる季節になった。

どこかの植え込みにいるのか、コオロギが鳴いていた。「ちょっと寒くなったね」利香子さんはバッグから、クリーム色のカーディガンを取り出し、羽織った。

「利香子さんの家はこの近く?」

「そう。ここから歩いて五分ぐらい。送ってくれる?」

 カーディガンの肩のあたりをつまみながら、利香子さんはさらりと言った。

「も、もちろんだよ。でも、いいの?」

「いいよ。というか、祐介には、うちの場所覚えておいてもらわないと。何かあったとき、助けに来てもらわないといけないからね」

「絶対、覚えとく」

「じゃあ、駅から、ここのとんかつ屋さんまでの道は覚えた?」

「うん!」

「あとは簡単。とんかつ屋さんを出て、左にまっすぐ進めばいいだけ」

そういって歩き出した利香子さんの隣に、祐介はついた。メインストリートから一本外れた小道沿いにある住宅街で、同じぐらいの高さの二階建ての一軒家とアパートがひしめきあっていた。いくつか小さな十字路は過ぎたが、どこかで曲がることもなかった。

しばらく歩くと、利香子さんが「ここ」と、夜なのではっきりと色は分からなかったが、白っぽい外観の二階建てのアパートを指さした。一階と二階にそれぞれ四室あった。階段は建物の外についていた。利香子さんの部屋は教えられるまでもなくわかった。「あの自転車」 いつも利香子さんの乗っている白のママチャリが、一階の右から二番目の部屋の前に置いてあった。ママチャリの横には、新品に近い洗濯機も置いてあった。

「そう。あそこ。覚えた?」

「うん!」

あの部屋の向こうで、利香子さんが毎日過ごしているのだと思うと、祐介はまた一つ、彼女の一面を知れた気持ちになって、自然と頬がゆるんだ。

中に入ってみたい欲望はもちろんあったが、時間がなかった。これからまたバスで一時間かけて村に戻らねばならず、そろそろ駅に向かわないと、最終バスに乗り遅れる。

「覚えたから、俺、いくね」

「うん。ありがとね。今日は土曜日だから、次に会えるのは月曜日ね。その時、これ、つけてく」

 そんなに嬉しかったのか、利香子さんはまたシュシュの入った紙袋をかしゃかしゃと振りながら、にぃと笑った。アパートの外廊下の白色電球を帯びているせいか、セクシーなワンピースドレスの彼女が、いつもの利香子さんに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 



キウイ サムね

【前回までのあらすじ】
ピンク映画を観たあと、キウイ基地にもどってきた祐介と、ポルノ女優の利香子さん。「すごくしたくなった」と利香子さんに誘惑されて、祐介は念願の初体験を遂げた。早漏ながらも、十回は連続で射精できてしまう絶倫ぶりに、利香子さんも参ってしまったのか。最終的には、お付き合いすることに。

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「ごちそうさまでした!」

 かきこむように夕食を平らげると、祐介はさっそうと立ち上がった。食器を両手に持って、台所へ向かう。フフンと食器を洗いながら、鼻歌も歌う。

「さて! 今日も徹夜で勉強するか!」

 聞かれてもいないのに、居間でまだ食事をしている祖父の渋谷不二夫と、母親の渋谷涼子に向かって大声で伝えた。

「あ、ああ……」

 無口で頑固者の祖父は相変わらず、ぶっきらぼうだ。

「無理しないでね……」

 その祖父とこっそり離れで浮気をしている母親は、なぜか呆気にとられていた。

 そんなことも気にならないほど、最近の祐介は一日たりとも欠かさず上機嫌だ。

理由はいうまでもなく、利香子さんと恋人になれたからだ。

 かれこれ利香子さんと恋人になって、二週間ほど経とうとしていた。土日以外、利香子さんは毎日キウイ基地にやって来て、祐介といっぱいお喋りをして、セックスもしてくれる。これほど幸せな毎日があるだろうか。

 しかも明日は八月三十一日で日曜日なのだが、利香子さんと会えることになっていた。なんでも土日出勤の店員が欠勤するらしく、利香子さんが急遽入ることになったらしい。仕事が終わったら、キウイ基地に遊びに来ると言っていた。

 洗い物を終えると、祐介は張り切って自室に戻った。恋に夢中で勉強に身が入らないなんてこともなかった。むしろ、その逆だった。来年こそ、なんとしても高校に入学するのだ。それも祐介にとっては最難関である、普通の公立高校だ。「普通になりたい」というわけではない。せめて普通の高校に入れるぐらい頭も良くならないと、ピンク映画の脚本を書ける人なんてなれない。将来の夢を叶えるためだ。

そして、もう一つ。

 もう一つの夢をにんまり思い浮かべてから、祐介は苦手な数学の問題集を開いた。

それから小一時間ほど、勉強をしていると、

「祐介、ちょっといいか」

 ノックもせず、祖父が部屋に入ってきたのは、夜の九時過ぎだった。難しい問題に頭を抱えていた祐介は、突然の祖父の訪問に驚いて、背中をびくりと震わせた。

「どうしたの!?」

 勉強机から振り返ると、夏は決まって甚平姿の祖父が、難しそうな顔で突っ立っていた。その後ろには母親もいた。母親は白のTシャツに、薄地のベージュのロングスカート姿だった。二人揃って、祐介の自室にやってくるなんて珍しく、なにやら重苦しい雰囲気も漂わせていたため、いやな予感がした。

 脳裏に、かつて離れで見たあの光景がよみがえる。

利香子さんの助言もあって、あの日以降、祐介は二人の関係を見て見ぬ振りしていた。同じ屋根の下に暮らす家族であっても、それぞれがそれぞれの一面を持っているわけで、ひとつの一面を見て、ああだこうだ言っても仕方のないことなのだ。よくも悪くも、そう割り切れていた。

そもそも最近の祐介は、そんなこと気にもしていない。利香子さんのことで頭がいっぱいなのだ。

 祖父は部屋に入ってくると、どっかりとあぐらをかいた。続いて、母親も入ってきて、祖父の隣に座り、足を崩した。

 勉強机の椅子に腰掛けている祐介は、二人を見下ろすかたちだ。

 もしかして、この二人。自分たちの関係をわざわざ告白しにきたのではないだろうな。二人とも妙に深刻な顔つきで、祐介に目を合わせもしない。

「俺、勉強してるんだけど……」

「すまんな。お前に言っておきたいことがあってな」

 祖父が苦しそうな顔で見上げてきた。祖父らしからぬ、情けない表情だった。

母親は祖父の隣で、頭を垂れていた。

「な、なに?」

「いや、最近、お前がちょっと心配でな。妙に明るいし、機嫌もいいし……何かあったんじゃないかと思ってな」

 祖父は視線を逸らしながら言った。

「そうよ、祐介。何か無理していない?」

 母親が顔をあげて、心底心配そうな目で見つめてきた。

「な、な、何もないよ! 俺はただ、来年こそ高校に受かろうと思っているんだ」

「そ、そうか。それは素晴らしいことだ。いまは学歴社会だからな。高校ぐらいは行って欲しい、と、じいちゃんも思っておるが……あまりにもお前の様子がおかしいというか、まるで人が変わったみたいになっておるから」

「祐介、あのね」

 祖父の話を遮って、母親が割り込んできた。

「ん?」

「いま頑張っている祐介に、こんなことは言う必要はないのかもしれないけど……今年の春、あなたが受験に失敗したあと、お母さんと一緒に病院へ行ったでしょ」

「あ、ああ……」

「祐介、実はね。あなた……」

 ここまで口にしながら、母親はみるみると涙目になった。

すかさず祖父が母親の肩を抱きしめた。

それで祐介は二人が何の話をしにきたのか理解できた。

「あぁ、そのことか……」

「知っているのか?」

 祖父が目尻の皺を寄せて、険しい顔になった。

「うん。じいちゃんとお母さんがコソコソ話していたのを聞いたから。俺、いろいろと遅れているんだよね」

「祐介……」

 母親は驚いているような、怯えているような表情で、顔をあげてきた。

「まあ、なんとなく自分でもそんな感じはしていたし……」

 祐介は二人にそっぽ向きながら言った。せっかく有頂天でいたのに、嫌なことを思い出さされて、冷や水を浴びせられた気分でもあった。

 祖父と母親はあぜんとした表情で顔を見合わせていた。

 祐介も口をつぐんだ。壁時計の秒針だけが、かちかちとうるさかった。

 沈黙を破ったのは祖父だった。

「そうだったのか。いや、お前がそのことを知ったうえで、勉強を頑張っているなら、それでいいんだ……ずっとお前に伝えていなかったのは、遅れているなんて知ったら、お前が何もかも嫌になってグレてしまうんじゃないか、と心配だったんじゃ」

 祖父は自分に言い訳するように言った。そのような心配をかけていたのかと、祐介は少し申し訳ない気持ちになった。祐介に不良になるほどの度胸はない。

せいぜい、裏山に秘密基地を作って、エロスクラップ帳を制作していたぐらいだ。

「それなら大丈夫だよ……どうして、いまになって教える気になったの?」

 祐介は母親に尋ねてみた。

「だって、最近の祐介、おかしいじゃない。いままで生き辛そうにしていたのに、急にイキイキしてきて、お喋りも好きになったし……逆に怖いの。自分が人よりも遅れていることも知らないまま、何かものすごく高い理想を持ってしまっているんじゃないかって。だから、このさい、真実をちゃんと伝えたほうがいいような気がして……」

 決して悪気はないと思うが、母親の言葉はけっこう祐介の胸をえぐった。

遅れているくせに、高い理想をいだいている……。

「なんだよ、それ……」

 祐介は面白くないとばかりに吐き捨てた。

「誤解しないで。祐介が頑張っていることは、お母さんも嬉しいし、せめて高校には行ってもらいたいと、いまも思っているの。でも、無理に普通の公立高校でなくてもいいからね。こういう言い方は良くないと思うけど、もっとレベルの低い高校でも……」

「そうだぞ、祐介。人には分相応ってものがあるからな。お前も、自分が人よりも遅れていることを知っているなら、無理に高みを目指さなくてもいいんだぞ」

 口々に祖父と母親が、哀れむ視線を投げかけてきた。

遅れている、遅れている……のろいの言葉のように言われて祐介は悲しくなった。

二人が心配していることは、あながち外れていなかったからだ。

確かに利香子さんのおかげで毎日が充実して、ヤル気に満ちあふれているものの、知能も精神年齢も三~四年遅れていることに変わりはなかった。

いや、遅れているからこそ、こんなにも無邪気で考えが浅いのかもしれない。普通の公立高校に行く、将来はピンク映画の脚本家になる、純粋にそう思い込んでいるが、実際はどうなのだろう。

少しずつ勉強もできるようになっているが、いまやっている勉強は中学一年生レベルだ。冷静に、現実を見極めれば、祐介のいまの学力では普通の高校なんて無理かも知れない。

そもそも頭が悪いのに、誰からも教わらず勉強すること自体、無茶な話なのだ。

祐介は勉強机の引き出しを開けた。

「じいちゃん、お母さん……」

 取り出したのは、以前、母親に渡された学習塾のチラシだった。

 ずっと悩んでいた。いや、怖かった。学習塾となれば、今年高校受験を目指す、ひとつ年下の生徒たちと一緒に勉強することになる。普通よりも劣っている祐介は、そこでも馬鹿にされるのではないかと、恐れていた。

 だけど、このところ、そういう気持ちも変わりつつあった。きっかけはやはり利香子さんで、彼女と一緒にいると、くだらないプライドも捨てられるのだ。

これはいい機会かもしれない。

遅れている……祖父と母親に直接言われて、祐介もやっと決意を固められた。

「俺……ここに行ってみようかなと思っているんだ……いいかな?」

「本当に?」

学習塾のチラシを見て、母親は目を丸くしながら呟いた。

祖父はぽかんと口を開けていた。

「うん……まだはっきり決めたわけじゃないけど。一度、見学に行ってみようかな……」

「そ、そう。もちろん、いいわよ!」

 何年ぶりだろうか、こんなにもはしゃいだ母親の声を聞いたのは。

隣で、祖父は何度も、うんうんと頷いていた。



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 八月最後の日で、明日から二学期が始まる。もちろん、浪人生の祐介には関係のない話で、今日も夕暮れ、利香子さんとトレーニングに励んでいた。

トレーニングとは、裏山の麓から、利香子さんをおんぶして登るというものだ。

「イチ、ニ。イチ、ニ」

利香子さんは軽やかに声を出しているが、祐介は口も利けない。

「ひぃ、ふぅ、ひぃ……」

 ひたすら息を荒げ、大量の汗を額から垂れ流していた。

「頑張って! 祐介なら、できる!」

 むぎゅっとおっぱいを押しつけながら、利香子さんはスポ根漫画のコーチさながらに叱咤する。今日も利香子さんはTシャツにデニムという、いつもの格好だった。

祐介は必死の形相で、歯を食いしばる。大腿四頭筋に力を込めて、一歩ずつ踏ん張る。利香子さんを落とさないように、しっかりと両手で彼女の両脚を抱え持つ。

「ファイト!」

 利香子さんが手に持っていたハンカチで、祐介の額の汗を拭いてくる。

友達から恋人になっても、こういうところは変わらない。

 ただ、勉強だけでなく運動も苦手な祐介が、こんなトレーニングを始めたのは、利香子さんが恋人になったからだ。

恋人になった途端、利香子さんは祐介の運動不足を指摘し、「もっと鍛えなきゃ」とハッパをかけてきたのだ。恋人の利香子さんにそんなことを言われたら、祐介も俄然ヤル気になった。

それで毎日、利香子さんをおんぶして、裏山を登ることになったのだ。利香子さんいはく、これは「部活みたいなもの」らしい。

始めた当初はひどいもので、祐介は少し進んだだけで、足がぷるぷると震え、すぐにへばった。すると、利香子さんは心配してくれるどころか、「簡単に諦めないの」「気合いと根性が大事よ」「男の子が、しんどい、とか口に出したらダメ!」と、まるで生前の父親のように、祐介に男らしさとは何かを説いてきたのだ。

もし、学校の先生や同級生に同じことを言われていたら、祐介は自分のふがいなさに落ち込んでいたことだろう。だが、恋人の利香子さんに叱られると、なにくそ、と気持ちが奮い立った。それに、どんなにしんどくても、このトレーニングの場合、利香子さんの柔らかいおっぱいを感じたり、シトラス系の匂いを存分に嗅いだりできるから、祐介は力がみなぎってくるのだ。

そして、今日ついに利香子さんをおぶったまま、キウイ基地まであと少しのところまで来ていた。

「お、祐介。今日は最後までいけるんじゃない?」

 耳元で利香子さんの綺麗な声がした。

「おりゃあ」

 祐介はがらにもなく雄叫びをあげる。こういう男っぽいことができるようになったのも、利香子さんのおかげだ。

それまでは気合いや根性という言葉も嫌いだった。がむしゃらに頑張ることは、みっともないと思っていた。なぜなら、どんくさい自分は必死になればなるほど、周りから笑われていたからだ。だから、これまで全力というものを出したことがなかった。

だが、いまは違う。利香子さんの前では、全身全霊で、獣のように吠えることもできるのだ。二人で汗まみれになって獣のようなセックスをしている仲でもあるのだ。

「いけ! いけ!」

 利香子さんの弾んだ声が心地いい。全力を出し切るのも、気持ちがいい。ひとつの目標に向かって突き進む、自分のことも好きになってきた。

「おりゃあーーーっ」

 一気に駆け上がると、空がひらけて、真っ赤な夏の夕日が降り注いだ。

キウイフルーツの木が、祐介を待っていたようにのびのびと影を伸ばしていた。

「やったーっ!」

 歓声を上げたのは利香子さんだ。キウイ基地に辿り着くなり、さっそうと祐介の背中から飛び降りて、ガッツポーズをした。

祐介はがくりとその場で力尽き、膝をついた。

「はあはあ、はあ、はあ……」

 四つん這いの体勢で、祐介は顔から汗を雨のように滴らせていた。

「祐介、すごいじゃん。すっごく男らしかった」

 利香子さんが駆け寄り、祐介の背中をさすった。

「やった……はあ、はあ」

祐介も喜びを口にして、達成感に満ちた笑顔を向けた。

「うん。やったね~。テントで、横になる?」

「ハアハア、そうする……」

 利香子さんに抱きかかえられるかたちで、祐介はテントの中に入った。

 いまでは二人の秘密基地となったテント内は物が増えていた。

タオルケットにバスタオル、五個入りのティッシュ箱、そして隅っこには、十二個入りのコンドームのパッケージが七箱積まれていた。これらはすべて利香子さんが持ってきた物だ。

「枕、枕」

 利香子さんは歌うように言いながら、収納された状態の寝袋を持ってきた。いつも枕代わりに使っているものだ。

祐介はそれを頭の下に敷き、大の字に寝転がった。足がガクガクでパンパンだった。

汗も一向におさまらない。八月も終わりだというのに、テントの中はむわっとした熱気がこもっていた。

「はい、水」

 利香子さんはテキパキとした動きで、水筒を渡してきた。水筒は祐介が持ってきているものだが、最近は二人分必要だから、満杯にしていた。

顔だけを起こして、ごくりごくりと水を飲んでいると、傍で利香子さんが早くもTシャツを脱ぎ始めていた。

「暑いよね、相変わらず……祐介も水飲んだら、脱ぎなさい」

 恋人になってから、利香子さんは堂々とテントの中で下着姿になる。エッチをするため、というより本当にむし暑いから、できるだけ薄着でいたいようだ。

少しは見慣れたとはいえ、利香子さんがTシャツを頭から抜いたときの、はらりと黒髪が揺れるさまなどはいつ見ても色っぽく、今日は薄いピンクのブラジャーであることがわかると、祐介は疲れを忘れたように、目をらんらんと輝かせた。

 祐介もいったん身を起こして、汗が張り付いたTシャツを脱いだ。そのあいだに利香子さんは立ち上がって、ジーンズも下ろした。ブラジャーと同色のパンティだったが、お尻の部分の面積は狭い。お尻のホッペが半分ほど露出している、エッチ度の高い下着だった。

 下着姿になった利香子さんは、祐介の股間近くで、お姉さん座りした。

「祐介も、ズボン脱いだら?」

「あ、うん」

 言うまでもなく、祐介はすでに勃起していた。脱ぎにくいジーンズを下ろすと、トランクスは見事にテントを張った状態で、やっぱりこれは何度見られても恥ずかしい。

「ほんと元気ね~。あんなにひぃひぃ言いながら、私をおぶっていたのに……ほんとは、まだまだ力が有り余っているんじゃない? 明日から、帰りもおんぶにする?」

 にぃとイタズラに、利香子さんが笑いかける。

「ええ? 帰りはさすがにキツいよ……」

「ふふ。冗談よ。でも、今日は本当に頑張ったね。ご褒美に、マッサージしてあげる」

 利香子さんがおもむろに、右の太ももをぐっと指圧してきた。

「いてて!」

「痛かった? もうちょっと軽めがいい?」

 今度は少し力を加減して、ぐりぐりと両手の親指を押し込んできた。

「あう……」

「気持ちいいでしょ? 今度は、足をこうやって……」

 下着姿の利香子さんが、祐介の股間の前に座った。祐介の右足を抱えあげて、自分の肩に乗せると、ゆっくりと体を前に倒してきた。

太ももの裏を伸ばすストレッチだ。

「おお、おおおっ」

 太もも裏の筋が伸びる気持ち良さに加え、前屈みになった利香子さんの、ブラジャーの胸の谷間がもろに拝めた。エッチな女子マネージャーと、部室でイケナイことをしているみたいだった。

「ふふ。上手でしょ?」

 にんまりと見下ろしながら、利香子さんが自慢げにいう。

「うん。どこで覚えたの?」

 ドキドキワクワク、ムラムラしながら祐介は尋ねた。

「中学生のとき、バレーボールをやっていたからね。そのとき、部員同士で、マッサージとかストレッチもやっていたんだよ」

「へえー。利香子さん、バレーボール部だったんだ?」

 知り合ってかれこれ一ヶ月半になるが、利香子さんの学生時代の話はあまり聞いたことがなかった。

「そう。けっこう強かったんだよ。県大会で優勝したこともあるんだから。次はこっちの足」

 右足から左足に持ち替えて、同じようにグーッと前に倒れてきた。

祐介同様、汗っかきの利香子さんも肌がしっとり汗ばんでいた。

「すごい。県大会で優勝したのは、何年生のとき?」

「中三の夏よ。懐かしいな……そっか、もう十年前になるのよね」

 利香子さんは独り言のように言った。

祐介も想像してみた。バレーボールをしている利香子さんのブルマ姿だ。十年前から、おっぱいも大きかったのだろうか。

「ん? 十年前?」

「あ!」

 利香子さんは、目と口を同時に大きく開いていた。こんなにも素っ頓狂な顔を見たのは初めてだ。

「十年前、中三ってことは……利香子さん、いま二十五歳なの?」

「バカ! 余計なことを!」

あせりにあせった口調で、利香子さんは肩にかけていた祐介の左足を外した。そして、今度は真横に引っ張った。

「痛い、痛い、それ、痛い!」

 股間節がビーンと伸びて、引きちぎれそうだ。

「なによ。いま、うわ、おばさんだって顔したでしょ!」

 利香子さんが唾を飛ばしながら怒鳴りつける。

「してない、してない!」

 そもそも二十五歳がおばさんとは思っていない。祐介からみれば、お姉さんだ。最初にあった時も、利香子さんは農協のスーパーにいる、レジのお姉さんだった。

「本当に!?」

「本当だって。利香子さん、映画で、セーラー服だってすごく似合っていたし。全然おばさんじゃないよ!」

 実際、ピンク映画で見た利香子さんのセーラー服姿は現役みたいだった。

「嘘つけ。本当はおばさんがセーラー服着て、気持ち悪ぅ~と思っていたでしょ!」 

 利香子さんが左足をパッと離した。

許してもらえるのかと思ったら、今度は祐介の股間節を強く指圧してきた。

親指を立てて、全体重をかけるようにグーッと押し込む。

「いってえーー!」

 激痛のツボを抑えられていた。

「忘れる?」

 ぐりぐりと指を押し込みながら、利香子さんが怖い顔でにらむ。

「忘れる! 忘れるから、許して! いってぇ!」

 絶対に忘れることはないが、痛みから逃れたい一心で叫んだ。

「次、年齢のこと言ったら、もっと痛いことするからね!」

「もういいません!」

 ちょっと涙が出るぐらい、本当に痛かった。

「そ……じゃ、いいわよ」

急に素に戻って、利香子さんが力を緩めた。

「あぁ、痛かった~。あれ? でも……なんか、足がすっきりした」

 祐介は仰向けのまま、自転車のペダルを漕ぐように足を動かしてみた。股間節がほぐれて、下半身全体が軽くなっていた。

「でしょ。ちょっと痛めぐらいのほうがいいの」

 何事もなかったかのように、利香子さんは髪をかきわけながら言った。いつもの大人っぽい仕草であったが、祐介はいつもと違うように見えた。

 利香子さんはいま二十五歳。祐介よりも九歳年上……。

「利香子さん……」

 祐介は上体を起こして、利香子さんをまじまじと見つめた。

「なによ」

 二十五歳の女性が、ちょっと照れたように視線を逸らした。

「可愛い……」

「はあ? 冷やかさないでよ。生意気ね」

「冷やかしていないもん。本当にすごく可愛い……前から美人だと思っていたけど、なんか、いまはすごく可愛い」

 なんだろう、この感覚は。

祐介はそれまで利香子さんの年齢を二十歳ぐらいと想像していた。思っていたよりも年上だったわけだが、自分より九歳も年上だとわかると、逆に可愛く思えてきたのだ。

いまだって、利香子さんが見せた恥じらいが、可愛くてたまらなかった。

これと似た感覚がもう一つあった。それは、利香子さんがポルノ女優だったという過去だ。

ポルノ女優だから嫌、という意味ではない。

むしろ、利香子さんと一緒にピンク映画を観て以来、祐介はポルノ女優を尊敬していた。大スクリーンの中で綺麗な裸身を見せて、官能的な姿を披露して、多くの観客を魅了するポルノ女優は、まさに裸の女神だった。利香子さんもつい最近まで人気のポルノ女優として活躍していた。いろんな男に裸を見られていたことには嫉妬を覚えるものの、それでも、利香子さんの一面を知れたことで、祐介は以前よりも好きという気持ちが強くなった。

彼女のことを知れば知るほど好きになる──ともいえるが、もっと屈折した愛情のようにも思う。

九歳も年上の彼女が……ポルノ女優だった彼女が……自分のような頭の悪い十六歳のガキと付き合ってくれて、普段はお姉さんぶっているくせに、エッチのときはナヨナヨと恥じらったり、汗まみれになって抱きついたりしてくれると、祐介はとてつもなく愛おしい気持ちになるのだ。

「な、なに?」

 じっと見つめていたのだろう、利香子さんがキョトンとした顔で言った。そういう表情もまた可愛くて仕方ない。

 生意気だといわれようと、祐介は構わなかった。

利香子さんの頬を両手で包み込んで、自分から唇を近づけた。

「アッ……ン」

 不意をつかれたかたちで、利香子さんがかすかに甘い声を漏らした。九歳も年上で、ポルノ女優でもあるのに、だ。

 むしゃむしゃと、桜色の唇を食べるように、祐介は自分の唇を被せた。ねちょっと唾液の交わる音がして、利香子さんのかぐわしい息もかかった。

「あぁ、利香子さん」

 舌をぬぅと差し込み、利香子さんの歯茎をくすぐった。利香子さんと恋人になってまだ二週間ほどしか経っていないが、ほぼ毎日、このテントの中でセックスをしているのだ。多少なりとも、キスだって上手になったはずだ。いろんな面で祐介は同級生より成長が遅いものの、ある意味、性的な知識や技術は一歩、いや二歩も三歩も進んでいたのかもしれない。

「あっ、あぁ……」

 最近は利香子さんもキスをすると、身を任せてくれるようになった。いまもおとなしく目を閉じて、祐介の好きなように舌を差し込ませてくれている。

祐介は生意気にも、キスをしながら、ブラジャーのホックを外しにかかった。

「あン……」

 利香子さんは背中を軽く反らした。いいよ、と言われた気がした。不器用な祐介はそれこそ留め具を外すのに手間取ったが、そのあいだ、利香子さんは唇を重ねて、静かにしていた。

「あ、取れた」

 はらりとブラジャーが滑り落ちると、利香子さんは両手で乳房を隠そうとした。これまでそんな仕草を見せたことはなかった。自分の年齢がバレて、恥ずかしくなったのだろうか。だが、そんな恥じらいの仕草は、祐介をますます興奮させるだけだ。

「見せて」

低い声で囁き、利香子さんの両手をぐっと掴んで、力任せに押し開いた。

「あッ……」

 マッサージをしてくれた時はあんなに力が強かったのに、利香子さんはあっけなく、ふくよかで形の良い双乳を露わにさせた。

「強引ね……最近、生意気だよ」

 十六歳の祐介に両手を掴まれて、二十五歳の利香子さんが拗ねたように囁く。

 祐介は彼女の両手を掴んだまま、胸の谷間に顔を突入させた。

「あ、ちょっと」

 利香子さんはか弱かった。そのまま、ふわっと仰向けに倒れた。

 抵抗など許さないように、祐介は彼女の両手首を強く抑えながら、乳首に吸い付いた。

「あふぅ! あん……だめ……」

 イヤイヤと首を振ったけど、両手に力は入っていない。

みるみると口の中で乳首が尖ってきて、それに連動するように、おっぱい全体が汗ばんできた。利香子さんの温めたミルクのような発情臭が、祐介の鼻腔に飛び込んできた。

 利香子さんも、すごく興奮している! 

 ほぼ毎日、肌を合わせているからか、利香子さんの身体のことも、少しはわかってきたつもりだ。

 汗ばむ乳房にうっとりしながら、左右の乳首をねぶりまくった。

「あ、あぁ! 祐介……ああっ」

 ダメダメと伝えるように利香子さんはしきりに首を振りながら、甘い吐息を漏らしていた。両脚はぴったりと閉じていたが、お尻はもどかしげに振っていた。

 薄ピンクのパンティはまだ穿いたままだ。

 祐介はおっぱいから滑り落ちるように、彼女の下腹部に顔を移動させた。

閉じられた股に、逆三角形のパンティが食い込んでいた。そこからはもう利香子さんのエッチな匂いが漂っていた。二十五歳で、ポルノ女優で、そして祐介の恋人の秘密の匂いだ。

祐介はいったん彼女の手を解いた。パンティに手をかけると、利香子さんはわずかに腰を浮かせた。

懸命にリードしようとする祐介を、いつも利香子さんはさりげなく手助けしてくれていた。

パンティをするすると下ろして、足首から抜いた。

もちろん、利香子さんのアソコは毎回見ているし、触ったり舐めたりもしているのだが、

「あぁ、すごい……」

 両脚をぐっと広げさせるたび、祐介は感動の吐息が漏れてしまう。

 黒い縮れ毛に覆われた、潰れた無花果の裂け目のような花裂。指一本も入らなさそうな狭い膣口には透明の蜜がとっぷりと溜まっていた。そして、何よりも目を奪われるのは真ピンクの宝石のような淫芽だ。他の女性の性器は見たことないからなんともいえないが、利香子さんの秘部は世界で一番、美しい花に思えてならない。

 祐介は花の匂いに群がる虫の気分で、顔を近づけていた。

「アァ」

 とろりとした淫蜜は舐めると、いつもフルーティーな味がする。

「美味しい……」

 思ったことをそのまま口にして、祐介はもっと味わおうと、淫裂をごっそり舐めあげた。

「ああんっ!」

 ぷっくらとした肉厚のラビアが舌先にまとわりつく。

柔らかい秘毛が、鼻先をくすぐる。

んちゅ、ちゅる……。

唇をすぼめて、膣口に溜まっていた蜜を啜る。

「はん、あン、ああッ」

 利香子さんの吐息が荒くなり、わずかながら、ヒクヒクと腰も揺れていた。

 股の間から見上げると、二つのおっぱいの山の頂上にある、乳首もピンと勃起していた。

あ、可愛い……そぉ~と、祐介は両手を伸ばした。

「アアッ!」

 両方の乳首を同時につまむと、利香子さんが肢体を震わせて、のけ反った。舌を差し込んでいた膣肉も強くうねった。どろっと、利香子さんの分泌液も口の中に流れ込んできた。

祐介は一滴もこぼさないように啜り、もっと飲ませて、とオネダリするように、乳首をこねくり回した。

そして、乳首同様、ピンピンに尖ったクリトリスに吸い付いた。

「ああっ! 祐介……! だめ、あああんんっ」

 すべてを投げ出したように、利香子さんが両脚を大の字に広げた。ポルノ女優で二十五歳の彼女の、油断しきった格好を見ると、祐介はますます嬉しくなる。

何かの幼虫のような生々しい感触のクリトリスを、舌で転がし続けた。

「ひぃ! アッ、アッ、アッ!」

 嬌声が一気に甲高くなって、テントの中で木霊するかのようだった。

 美しい喘ぎ声にうっとりしながら、祐介はドリルのように舌を回転させた。

「はああぁン、それ、だめ、……あああッ、ああっ」

 利香子さんがくねくねと身体を揺すった。相変わらず汗っかきで、気づいたときにはいつも全身が汗でヌメヌメしている。彼女がどこまで高まっているのかも、汗の量でわかるようになってきた。

かくいう祐介もすでに全身汗だらけだ。クンニをしている最中は、額から垂れた汗で、利香子さんの下腹部が水たまりのようになってしまう。

汗まみれで興奮はしているものの、やはりこれも成長の証なのか。

祐介はちらちらと利香子さんの反応を伺いながら、クリトリスを素早く舌で弾き、乳首は弱めにつまんでみた。

「あっ! あっ、あっ……」

 利香子さんの喘ぎ方が変わる。これも最近わかったことだが、愛撫に緩急をつけたほうが、利香子さんはエッチになるのだ。汗の量も、一気に増える。

 今度は乳首を強くつねりながら、クリトリスを舐めるのはやめてみる。

「アッ、だめ……ちょっと……アッ……祐介……。もっと、舌……生意気!」

 ナヨナヨと腰を振り始めたら、ふたたび、クリトリスをべろんべろん舐めて、乳首はソフトに弄る。

「あ! もう……おっぱい、が……ああん。バカ、アアッ……生意気……アアアアッ!」

 利香子さんは我を忘れたようになると、祐介をやたら「生意気」だと叱る。

 祐介は祐介で、ポルノ女優で、本当は二十五歳だった利香子さんの悶絶姿を見て、生意気にも、自分の手に落ちたような優越感に浸る。

「だめ、だめ、だめ! 祐介、ストップ、ストップ!」

 もう降参とばかりに、利香子さんは自分から両手を上にあげた。そして、右手で左の手首を掴んだ。

祐介はこれも知っている。利香子さんはイキそうになると、こうやって自分で、自分の両腕を拘束する癖があるのだ。だから、ストップする必要はない。そのまま、指も舌も休めずに責め立てると──。

「……っ」

 一瞬、利香子さんが声を詰まらせた。全身も硬直していた。

毛穴という毛穴から汗が噴出して、温めたミルクのような匂いが濃厚にたちこめた。

「ハアーーーーーッ! いくぅううーーーー!」

 ぐわん、と腰だけつり上げて、利香子さんは裏山全体に響き渡るような絶叫をした。オモラシしたかのように、ピュッピュッと蜜がしぶいていた。

 祐介は声にこそ出せなかったが、心の中で「可愛いっ!」と叫んでいた。



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「暑い~。なんで、こんなに暑いのよ。今日で八月も終わりなのに~」

 あんなに悶絶していたのに、いったん行為を終えると、利香子さんはいつもの利香子さんだ。こういうときのために用意してある、ダークブラウンのバスタオルで、首まわりやおっぱいの汗を拭きながら、けだるそうな顔で文句を言った。

「テントの中より、外のほうが涼しいよね」

 祐介は口の周りについたネバネバを手で拭いながら言った。

「ほんと、そうだよね。はい、祐介も……」

 最後に腋の下を拭いてから、利香子さんがバスタオルを手渡してきた。いまでは一枚のバスタオルを分け合って汗を拭くのも二人の自然な行為となっている。

祐介がバスタオルで体を拭いていると、利香子さんは四つん這いでティッシュの箱に手を伸ばして、数枚抜き取り、その体勢のまま、秘毛まで濡れた陰唇を拭きはじめた。

 わざとでもなさそうだけど、小ぶりで張りつめたお尻を突き出した、動物の雌的な姿を見せられると、祐介はもう汗など拭いていられない。そもそもまだ今日は一回も出していないのだ。

「利香子さん」

「汗拭いた? はい、どうぞ」

 四つん這いの利香子さんが、ティッシュの箱の横に置いてある、十二個入りの新品のコンドームを掴んで、無造作に投げつけてきた。

「へへ」

 餌を目にした犬のように祐介はすぐさまコンドームのケースに飛びついた。さっそく、封を切っていると、

「ほんと、暑い。また汗がでてきちゃったよ。ほんと、外のほうがまだマシね」

 少しでも風通しをよくするため、テントの入り口は開放してある。利香子さんは雌犬スタイルのまま、入り口から顔だけ出して、片手で手内輪をした。

 その姿を見て、祐介はイイコトを思いついた。

「そうだ。利香子さん、外でしようよ」

「はあ? そんなこと……」

「絶対、外のほうが涼しいって。大丈夫だよ。ここ俺と利香子さんしかいないんだもん」

 裏山にある、二人だけの秘密基地なのだ。

「もう……そういうスケベなことだけは、よく思いつくのね」

 呆れたように言いながら利香子さんは雄犬を誘惑する雌犬のように、女尻をクネクネさせながらテントの外に出て行った。

九歳年上のポルノ女優らしい、蠱惑的な誘い方だった。

ちょうど外では、夕焼け小焼けの防災行政サイレンが鳴り始めていた。午後六時に鳴るのは八月までで、明日からは一時間早い午後五時からに変わる。

まだまだ暑いとはいえ、一応、今日で夏は終わりだ。

「どこでするのよ?」

 素っ裸にサンダルを履いた利香子さんがテントの前に突っ立って、あたりを見渡す。

同様に、スッポンポンになった祐介はスニーカーだけを履いて、片手には十二個のコンドームを持っていた。

「うーん。そこのキウイの木のところは?」

 木陰になっていて、涼しそうだった。

「ダメ! ドンのお墓なんだよ。バチが当たるよ」

 利香子さんが怖い顔で叱る。とはいえ、鬱蒼と茂った木々を背景に、夕焼け色に照らされている全裸の彼女は、なんだか幻想的で、森の妖精みたいだった。

 見とれていると、利香子さんは急に恥ずかしくなったのか、両手を胸の前にクロスさせて、乳房を隠すようにした。

その仕草の可愛さに、すでに弓なりに反り返っている祐介の肉茎がビクビクと脈動した。

「なんか外で、素っ裸で、堂々とおちんちんを勃たせていると、祐介、本当にケモノみたいね」

 それこそ祐介のペニスは、餌を前に獰猛な獣がだらだらと涎を垂らすごとく、我慢汁が大量に溢れて、地面にまで糸を垂らしていた。

「そう? 利香子さんはすごく綺麗……」

「うるさい。ねえ、あそこは? クヌギの木のところ」

照れているのか、利香子さんは祐介に背中を向けた。クヌギの木の向こうには、この村唯一の自慢でもあるダム湖が広がっていた。この時間帯は、ダム湖の水面に夕日が反射して、キラキラと、宝石をちりばめたような輝きを放っている。

そこに利香子さんのバックショットが重なって、祐介は本当に綺麗だと思った。

「うん! あ、でも、俺、よくクヌギの木のところで立ちションしているよ」

 以前、利香子さんに怒られたこともあった。

「もう……まあ、いいよ。ここ、景観がほんと、いいよね」

 景色に感動しながら、利香子さんがクヌギの木に両手をついた。

立ったまま、両脚は肩幅ほど開いて、くいっと、丸い双臀を突き出した。

 立ちバックと呼ばれる体位だ。

「おお……」

 祐介は興奮のうめきを漏らして、すぐさまコンドームを装着した。

ナマでセックスしたのは最初の時だけで、それ以降は、利香子さんが買ってくる、この避妊具を毎回使用していた。祐介の場合、すぐに射精する代わりに何回もできてしまうため、一日に一ダースを使いきってしまうことも普通だった。

「つけた?」

「うん。ばっちり」

 不器用な祐介でも、すでに数え切れないほど装着しているせいか、いまでは片手でもすんなり嵌められるようになった。

 利香子さんの背後に立って、お尻の下に剛直を潜り込ませた。

「あん。ゆっくりね……祐介の、大きいんだから」

 毎回、利香子さんはそう注意してくる。ほかの男性のペニスなど見たことがないから、本当なのかどうかはわからない。

「うん。ここ?」

 切っ先を、ぬめった部分にあてがう。ゴム鞠のように張りつめたお尻の感触の感触も心地いい。

「うん……ゆっくり来て」

 狭い隙間を強引に押し開くように、もっとも太い亀頭部分が熱い胎内に侵入していく。

「あううっ」

「んんっ! あぁ……ハア……先っぽ、入ったね」

「うんッ。利香子さんの中、狭くて、気持ちいい」

 膣口がクパクパとうごめいて、亀頭をマッサージされている感覚だ。それだけで射精しそうになり、祐介は侵入を中断した。

「ああぁ、すごっ……」

 先っぽが入った時点で、利香子さんもオモラシを我慢する幼子みたいに震えて、両脚が内股となった。

「あ、ちょっと、足閉じたら……あぐっ!」

 亀頭への圧迫感が強まり、なおかつその姿がエロティックすぎて、祐介はあっけなく果てた。

「あッ……ドクドクしてる……イッちゃった?」

「う、うん。ごめん。もう少し持つと思ったんだけど」

 謝りながら、ペニスを引き抜く。コンドームは大量に吐き出された精液の重みで、だらりと垂れ下がり、真っ白に濁っていた。

「大丈夫よ。いつも最初はすぐに出ちゃうもんね」

「うん。もう一回、いくよ」

「もう付けたの? 早い!」

 驚きながらも、利香子さんは同じ格好のまま、待ち構えていた。

 ずぶりと二回目の挿入。今度はしっかりと根元まで入れることができた。

「あああっ! 奥まで押し込まれちゃった……ハア……」

 奥の壁まで亀頭がめりこむと、利香子さんは蕩けたような声を漏らす。

祐介はあまり腰を動かすと、すぐに射精してしまうため、なるべく小さなストロークで、奥をぐりぐり押し込む。

「んはあ、ああっ、ああああっ」

 奥の奥には、利香子さんの赤ちゃんを産む部屋があるはずで、そこをノックするように小突くと、

「いいっ! 気持ちいいよ、祐介」

 利香子さんが勝手に腰を動かし始めるから、祐介の作戦も台無しだ。睾丸がきゅっと窄まり、熱いマグマが怒濤の勢いで、押し寄せてしまう。

 祐介の全身がかっと熱くなり、汗も流れた。

「あ、イク?」

「イク!」

「いいよ!」

 利香子さんの許しを得たときには、ドクドクと放出していた。汗がたらたらと、利香子さんのお尻に垂れてしまう。

気を取り直して、すぐにペニスを抜いて、新しいコンドームを装着した。

 三回目、四回目、五回目……回を重ねるごとに射精までの時間は延びるものの、それでも持って二~三分だ。これで利香子さんを満足させられているのかどうか分からない。

 ただ、アソコはずっと濡れていて、入れれば入れるほど、胎内のうごめきが強くなってくる。九回目、十回目にもなれば、祐介はもちろん、利香子さんも汗だくで、二人ともお風呂上がりのように、全身がビショ濡れだ。

「ハアハア……祐介、あと何個?」

「それが……残り一個になっちゃった」

「そっか。今日はいつもより消化が早いね」

 冗談っぽく利香子さんが言う。

「うん。追加してもいい?」

「だめ。十二個使いきったら、終わり。約束したでしょ」

 コンドームは値段も高いから、一回一ダースまで、という約束だった。

最初の時みたいにコンドーム無しで、入れたまま何回も射精したいのだが、利香子さんは許してくれなかった。理由はもちろん「妊娠しちゃうから」だ。

「もう少し、長く持てばいいのに……」

 祐介はひとり呟きながら、コンドームを装着した。

「じゃあ、何かお話しながら、エッチする? そしたら、気が紛れて、少しは持つかも」

「そっか! 賢いね。それに俺、利香子さんとお話ししたいことがあるんだ」

「そうなの?」

「大事な話なんだ」

 言いながら、祐介は早く入れたい欲望には抗えず、ぬぷりと押し込んだ。

「アン! なに? 大事な話って」

 急かすように利香子さんがお尻を揺すってきた。

「ちょっと、勝手に動かないで。すぐ出ちゃうから」

 くねくねと誘惑する桃尻を鷲づかみにした。

「あッ……で、なに?」

「あのね、俺、塾に行ってみようかと考えているんだ」

 ゆっくりと腰を律動させながら、昨晩決めたことを口にした。

「塾? あン……」

「うん。やっぱり、俺ひとりで勉強しているだけだと、わからないところが多くて」

 パン、パン、パン、と餅をつく感覚で打ち付けた。

「アッ、アッ、アッ……そうなんだ。いいと思うよ」

「来年こそ、普通の高校に受かりたいんだ」

「う、うん。アアッ……奥まで、きた……」

「それで将来はやっぱり、ピンク映画の脚本を書く人になるんだ!」

 自分の決意を伝えようとして、勢いよく押し込んでしまった。

「アアアッ!」

 串刺しされたみたいに、利香子さんが背中をのけ反らせた。背中の汗が夕日に照らされていて、妙に色っぽかった。

「だけど……」

 祐介はいったん腰の動きを止めた。

「ん?」

「塾に通うとなったら、いまみたいに利香子さんと毎日会えなくなっちゃう」

 この夏、利香子さんと何度も一緒に眺めた、夕暮れ時のダム湖の水面を見ながら呟いた。

「あン……週何回ぐらい、通うつもりなの?」

 利香子さんも顔を上げて、ダム湖を眺めていた。

「えっとね。土日を入れて週四で考えていて……平日は、火曜日と木曜日にしようかと思ってる……」

「なんだ、それなら、二日に一回は会えるじゃん」

 軽く振り返ってきた利香子さんは、安心したように微笑んでいた。

「うん……でも、毎日会えないのはやっぱり寂しい……」

 自分で決めたことなのに恨みがましく言って、祐介はピストンを再開した。いまの気持ちを表すような、ねっとりとした腰の動きになっていた。

「あっ、あン。ちょっと……!」

「どうしたの?」

「いや……寂しくても、祐介、自分で頑張ろうと思ったんでしょ?」

「うん……」

 わかっていても寂しいものは寂しい。祐介はその思いを訴えるように、利香子さんのお尻を引き寄せながら、ねちねち突いた。

「あっ、あっ、それ……あ、それ、いい……」

「ほんと? 寂しくても、頑張ろうとしているのはいいこと?」

「うん。あん、すごくいいの……すごく、いい……ああぁ……」

 祐介を応援するように、利香子さんもネチネチとお尻を律動させ始めた。

「あううぅ」

「……祐介……まだダメ。もっと、お話して」

 利香子さんがふたたび軽く振り向いて、泣きそうな顔で懇願してきた。

「お話……そう、俺、もう一つ、夢があるんだ」

 頭の中のスイッチを、お喋りモードに切り替えた。

「聞きたい……どんな夢?」

「えっとね」

 もったいぶるように、祐介は自然と腰を円運動させた。

「アッ! それ、やらしいッ」

「へ? やらしい夢じゃないよ」

「アアアッ。違うの。アン……どんな夢?」

「やっぱり、言うのは恥ずかしいかも」

 急に照れくさくなって、祐介は誤魔化すように激しく腰を回した。

「アアアアッ!」

「でも、言いたい」

 グンと腰を突き込んだ。

「あひぃいい! アアアッ……う、うん。言って……」

「言っても、利香子さん、怒らない?」

「怒らないよ。祐介がイッても、私、怒ったことないでしょ」

「そうだっけ……あ、みて。すごく綺麗だよ」

 顔を上げると、ダム湖の遙か向こうに連なる山々に、夕日が沈もうとしていた。

「ほんとね……」

 利香子さんも同じ景色を見ていた。

祐介はちらりと視線を落とした。自分の分身が、大好きな女性の身体に埋まって、一つに繋がっていた。

利香子さん……。

もう一度、ダム湖に視線を向けて、この夏最後の夕日を眺めた。一生、この夏が終わらなければいいのに、と思った。

 移りゆく季節の寂寥感に駆られて、祐介はぐっとなった。おちんちんも、ぐっとなった。

「アッ……」

 利香子さんがかすかに甘い声を漏らした。

九歳年上で、ポルノ女優で、いつもアッケラカンとしているけど、時折見せる、か弱い感じが好きだ。

たまに意地悪なことを言ってくるけど、いっぱいお喋りをして、祐介と一緒に笑ってくれるところが大好きだ。

初めてできたお友達で、いまは恋人にもなってくれて、すごく感謝している。

夏は終わっても、ずっと一緒にいたいのだ。

「俺、将来は利香子さんと結婚する!」

 高らかに宣言すると、絶対に離さないとばかりにお尻をがっちり掴んだ。

「え?」

そして、思いの丈をぶつけるように全力でピストンした。

「ちょ! バカ、速い!」

「早いかもしれないけど、本気だもん!」

 本能のまま、膣奥をめちゃくちゃに突きまくっていた。

「違う! アアアッ! 速い、速いって、壊れちゃう!」

「結婚したい」

 駄々っ子のように言いながら、利香子さんのお尻を引き寄せて、パンパンパンと打ち付けた。

「アッ、アッ、アッ……! 祐介……!」

 切羽詰まった声を漏らして、利香子さんも離さないとばかりに、内股になった。

 おちんちんが、利香子さんの奥の奥、子宮口に食べられた感覚だ。

「利香子さん!」

 祐介は吠えた。

直後、ひゅうっと一抹の風が、一つに繋がっている二人の身体を通り過ぎた。夏の、肌にじんわりとまとわりつくような熱波ではなく、汗ばんだ身体にひんやりと感じる風だった。

 風に乗って、温めたミルクのような匂いが祐介の鼻腔に飛び込んできた。いや、匂いだけではなかった。秋の気配を感じさせる風が吹き抜けるなか、

「祐介……私、イッちゃう……! アアアッ、イク、イク、好き……!」

 初めて会った時から心惹かれた、利香子さんの綺麗な声も聞こえた。

「俺も! あうううっ!」

 耐えきれず、利香子さんの背中にしがみついて、祐介はこの夏最後の射精をやり遂げたのだった。

 

 

 



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