タイトル 少年T


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「友ちゃん、お姉ちゃんの下着でなんかした?」
 拍子抜けするとはこういうことかもしれない。いや、僕が絶対絶命のピンチであることは変わらない。
  両親が田舎に帰省して三日目の夜だった。
 菜々子お姉ちゃんの部屋に呼ばれた僕は、最初から嫌な予感がしていた。昨日と一昨日と二日続けて、姉の下着に悪戯をしていたからだ。一昨日なんて僕は姉の下着に精液をぶっかけてしまっているのだ。
 菜々子お姉ちゃんの部屋に入ると、僕はウサギの白い毛のようなふかふかのクッションに座らされた。菜々子お姉ちゃんは自分のベッドに腰かけて、恰好いい大人の女の人がするみたいに足を組んだ。
 それから僕を見下ろす形で、「正直に言わなあかんよ」と囁いた。
 当然、僕は素直に告白などできなかった。無意識にクッションの毛を指で毟ってしまう。
「お父さんやお母さんには言わへんから」
 菜々子お姉ちゃんは明らかに僕のした行為を分かっている。だけど、僕が拍子抜けしたのは、姉の口調や表情だった。自分のパンツで弟がオナニーをしていたのだ。普通に考えると、気持ち悪がったり、怒り狂ったりしてもおかしくない。
 それなのに菜々子お姉ちゃんは、いつもと変わらず落ち着いていた。先ほど「ちょっと私の部屋に来て」と呼びに来た時は、どこか思いつめた顔をしていたけど、部屋で二人きりになった途端、いつもの調子に戻っていた。元々、感情をあまり表に出さないタイプだけに本心はどうなのか分からないけど、とにかく僕はそんな姉の態度に拍子抜けしてしまったのだ。
「大丈夫やって。ちゃんと言って」
 いまこの家には僕たち以外は誰もいないけど、菜々子お姉ちゃんはコソコソと内緒話をするように声を抑えながら言った。
「……ほんま? 絶対に言わへん?」
 つい僕も小さな声になる。
「うん、約束する」
「絶対の絶対?」
「絶対の絶対。というか、やっぱり友ちゃん、お姉ちゃんの下着に何かしてたんやね……」
 指摘されて、僕はようやく「アッ」となった。我ながらアホだと思った。
 小学5年生の僕が高校生の姉に誤魔化すなんて、どだい無理な話だったのだ。
「ごめんなさい」
 僕は恥ずかしさもあって、俯きながら謝った。
「ほんまに、あかんで。あれ、何? ねえ、あれって精子?」
 すぐに僕が顔をあげたのは言うまでもない。真面目で通っている菜々子お姉ちゃんがそんなことを平気で口にするとはとても思えなかったからだ。
「精子……」
 僕は唖然としながらも、聞かれたことをそのまま返した。
「やっぱり、そうなんや。話には聞いた事あったけど、あんなにカピカピになるんや?」
 菜々子お姉ちゃんは僕のしたことよりも、僕が出したものに興味があるようで、前屈みになって身を乗り出すようにしてきた。
 僕は思わず視線が一点に集中した。お風呂上りの菜々子お姉ちゃんは黒のTシャツに、部屋着用の長いスカートを履いていた。Tシャツは随分着古しているもので、襟元もだいぶ弛んでいた。そのせいで、桃みたいな二つの胸の谷間がわずかに見えたのだ。
「へ? あ、うん……」
 柔らかそうな双乳のチラ見えに、僕は生唾を飲みながら生返事をした。
「どうやって、やったん?」
 何が怖いかというと、菜々子お姉ちゃんはそんな質問をしながら相変わらず表情だけは落ち着いていることだ。
「え? どうって……」
「女の人のパンツとか見たら、精子が出てしまうん?」
 真顔で聞かれると、余計に答えづらい。
「いや、そういうんじゃないんやけど」
「ん? 男の子が自分でするって、どういうことなん? オシッコとは違うんやろ?」
「う、うん。オシッコとは違う……」
 気づくと僕はまたしてもクッションの白い毛を引っ張っていた。
「ふぅん。ようわからんけど、お姉ちゃんの下着なんかでも、興奮するものなん?」
「あ、え? あ、うん」
 いつまでこの質問責めが続くのか。僕はさっき牛乳を飲んだばかりだというのに、喉がカラカラになってきた。
「そっか。まあ、とにかくもうあんなことはせんといてな。ほんまはすっごく嫌やねんで。勝手に自分の下着を見られるのは。正直、気持ち悪い」
 ここにきて菜々子お姉ちゃんは一瞬、ムッとした表情を見せた。気持ち悪いと言われたのはショックだったけど、ようやくまともなお姉ちゃんに戻ったような気がして、少しホッとしたところもあった。
「……ごめんなさい」
「うん」
 菜々子お姉ちゃんはこの話はもう終わりとばかりに頷くと、それから緊張の糸がプツリと切れたように「はああ~」と間延びした声をあげながら、背伸びをした。
 両手を万歳にした形で、そのままの体勢で真後ろのベッドに倒れ込んだ。
「なあ、友ちゃん」
 菜々子お姉ちゃんは天井を見上げなら呼びかけてきた。
「なに?」
 僕は投げ出された菜々子お姉ちゃんの白い脚を見ていた。
「お母さんがいないと、ラクやなぁ」
「え? あ、うん」
「ほんま、何とかしてほしいわ、あのヒステリック。私、結構、限界なんやけど」
「お姉ちゃん……」
 菜々子お姉ちゃんにしては珍しく、ため息もついていた。
「もう、家、出ていきたいねん。あの病気に付き合わされるのは、ほんまきつい」
「……そうやね」
 同感だった。ヒステリックなのも困るけど、お母さんと会話をしているだけで、こっちまで気が滅入ってくるのがたまらなく嫌だった。
「誰にも言われへん。友達にも恥ずかしくて言えへん。ほんま、友ちゃんしか分かってくれる人はおらん」
「うん。俺も……お姉ちゃんにしか言えへん」
 お母さんの悪口を言っているけど、なんだか嬉しくなった。友達どころか、みんなから学校で苛められている僕にとって、「友ちゃんしか分かってくれる人はおらん」という姉の言葉は、心に響くものがあった。
 てっきり姉に嫌われると思っていたのに、こんな幸せな時間が訪れるなんて、想像もしていなかった展開でもあった。
「あ、そうや……」
 ベッドに寝ころんでいた姉が何かを思い出したように、むっくりと起き上がった。
「あれ……友ちゃんにあげるわ」
 ベッドから立ち上がった菜々子お姉ちゃんはクローゼットのほうに向かう。
 観音開きの扉を開けて、掛けられている沢山の服の下をかいくぐるように、四つん這いでしゃがみこんだ。薄手のスカート越しにハートの形に似たお尻の輪郭が浮かび上がり、僕はそこに目を奪われてしまう。
 菜々子お姉ちゃんは無防備にお尻を突き出したまま、クローゼットの奥を探っている。
「どうしたん?」
「えっと……先に言っておくけど、お姉ちゃんが買ったもんと違うで。友達に一人マセた子がおって、その子が私に『勉強せえ』みたいに言って、無理やり渡してきただけやで」
「勉強?」
「うん。あった。これ」
 クローゼットの奥から菜々子お姉ちゃんが取り出してきたのは、一冊の雑誌だった。
 それを受け取った僕は「うわ」と声を漏らした。それはエロ本だった。表紙には「男のエロス」「生丸見え写真」「少女の下着」といった卑猥な言葉が並んでいた。
「そんなん気持ち悪いから、いらんのに……」
 菜々子お姉ちゃんは言い訳っぽくボヤく。それだったら捨てればいいのに、と思うけど、その時の僕はエロ本を手にした自体が初めてだったので、菜々子お姉ちゃんの言葉などほとんど耳に入ってこなかった。なぜか正座をして、エロ本を手に取っていた。
「貰ってもええの?」
 すでに菜々子お姉ちゃんには恥ずかしすぎる秘密を知られているからか、僕は素直に聞いた。
「ええよ。バレないようにちゃんと隠しておきや。バレても、お姉ちゃんに貰ったとか言ったらあかんで」
「分かってる。もし、お母さんに見つかったら、公園で拾ったとかいうわ」
「そうやな。ねえ、ちょっと中、見てみれば? お姉ちゃんも見たことないんやけど」
 あれだけ汚いものを触るようにエロ本を僕に渡してきたくせに、菜々子お姉ちゃんは一緒に見ようとばかりに、隣にぴったりと体を寄せてきた。
「いま?」
 僕はやっぱり恥ずかしくなった。お風呂から上がったばかりの菜々子お姉ちゃんの体からはバニラっぽいシャンプーの甘い香りが漂っている。それどころか、僕の真横に座って、顔も近づけてくるのだ。お風呂の後、歯磨きもしたのだろう。
「うん。いま。ちょっと開いてみて」
 菜々子お姉ちゃんが口を開くと、フルーティーな風が僕の鼻腔をくすぐった。
「うん」
 正直、エロ本を読む前から、隣にいる菜々子お姉ちゃんのせいで、おちんちんが痛いほど固くなっていた。パジャマ用の薄地の短パンだったから、余計に勃起が目立ってしまう。
「早く」
 菜々子お姉ちゃんは一層、僕に体を当てるように密着させてきた。二の腕あたりがくっつきあう。体の線は細いのに、大福のような柔らかい感触。そのギャップに僕は戸惑いながらも、自然と鼻息が荒くなる。
「ふっ、友ちゃん、鼻息」
 菜々子お姉ちゃんが嬉しそうに鼻で笑った。バカにされた気分であったけど、それよりも勃起に気づかれるほうが怖かった。
 表紙をめくると、白い下着のお姉さんのエッチなグラビアから始まった。
「現役女子大生の恥じらいヌード……だって」
 頼んでもいないのに、菜々子お姉ちゃんがタイトルを読んでくれた。
 次のページではブラジャーを外した女子大生が、丸いオッパイを見せつけていた。菜々子お姉ちゃんは「へえ」とだけ言った。さらにページをめくっていくと、パンツも脱いで、女子大生が生まれたままの姿になっていた。写真とはいえ、生まれて初めて見る女の人の裸だった。つい食い入るように眺めそうになったが、ハッとなった。
 菜々子お姉ちゃんがエロ本ではなく僕の顔を伺うように見ていたのだ。
「え? なに? どうしたん?」
「ううん。ねえ、これが勃起しているってこと?」
 耳の穴をくすぐるような囁きだった。
「へ?」
 僕はその瞬間、素晴らしく姿勢が良い人のように、正座したまま背筋がピンと伸びた。菜々子お姉ちゃんがテントを張った短パンの突き出た部分を、人差し指でつついてきたのだ。



(T視点4)へつづく。