歴史探訪京都から

-旧木津川の地名を歩く会-

盆の釜あき

最近MyCollection に仲間入りした人形を初披露(写真の上でクリックして下さい。拡大表示されます)。
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木彫「盆の釜あき」で、作者は平安有職 永田行一。ちょっと珍しい人形で、私ももちろん初めて見ましたが、売っていた骨董品屋さんも初めてなんだとか。買うか、我慢しようか迷った末、「今買わなければ、一生後悔する」と思って、エイヤ―ッと買いました。静岡から来た別の骨董店主が、私が購入したのを知るや、地団太を踏んで悔しがっていましたから、ちょっといい気分。自分の目を信じて、本当に好きなものを買うのが一番。この骨董店主さん、W大学の先生にたくさんのマジック・ランタンを販売したのだとか。世の中は狭い!幻灯機、覘きからくりの話題でプチ盛り上がり。

さて、この人形一式は、とても小さいもので、全て木彫りで彩色されています。売っていた骨董屋さんも「初めて出して、今並べ終わったところ」だったとか。縁があったんですねェ。京都の旧家から出たそうです。

さて、「地獄の釜の蓋もあく」という言葉があります。「正月の16日とお盆(7月)の16日は、みんな仕事を休みなさい」という意味です。お盆と正月は、鬼でさえ休みがもらえることをご存知でしたか?でも、休みだからといって地獄の責め苦を休むわけにもいかず、鬼たちは大晦日とお盆の前日は、地獄の釜の蓋を閉めて、亡者を蒸し焼きにします。

休みになった鬼たちは、釜の蓋を開けた後、閻魔大王さまに休みをいただくお礼と、これからも一生懸命働きますということを示しに挨拶に行きます。鬼たちが休みをもらっている間、地獄にいる亡者たちも休むことができました。人形はこの場面を表しています。

地獄にいる亡者たちでさえ休むことができるのだから、この世にいる我々も休んでよいだろう、というのがお盆休みの始まりなのだそうです。

休みをもらってリラックスしている鬼たちが可愛らしい。どのように並べたら良いのかわからず、自己流です。売っていた骨董屋さんも同じことをおっしゃっていました。ネットで検索しても、同じような人形は見つかりません。どなたかご存知でしたら、お教えください。

作者筆「盆の釜あけ」の銘入り共箱入り。もちろん私のお気に入り。今は7月15日、地獄で鬼たちが亡者を釜の蓋を閉めて蒸し焼きにしている頃でしょうか?おぉ、怖い怖い。この日に合わせておもちゃ映画ミュージアムで展示しています。今日の研究発表会に参加される皆さま、とくとご覧あれ‼


カラスウリの花

寝苦しい日が続きますね。朝、ぐったりしながら窓を開け、植木への水やりは、この時期欠かせない決まり事。昨日の朝も「気持ちいいねぇ、さぁ、たっぷり飲みなさい、浴びなさい」と水やりをしていると、いつもと違う何かに気が付きました。カラスウリの花、一輪。
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「えぇっ!」と我が目を疑いました。何となく、「カラスウリの花は珍しい」と読んだことがあったような気がしていたからです。

「これから、まさしく咲こうとしているのかしら?」と思い、カメラを取りに行き…と俄かにバタバタ。狭い場所なので、上手く撮れず、ほとんどピンボケ。

でも、残念でした。先ほどネットで検索したら、この花の状態は開花ショーが終わった後でした。まぁ、開花ショーの始まりだったとしても仕事へ急がねばならぬ時間でしたから、いずれにしても観察はできなかったでしょうが。

カラスウリの花について素敵な写真と文章で書いてあったのがこちら。「日没とともに花が咲き始め、夜明け前には閉じてしまうのです」とありますから、毎日夜遅くまで仕事していて帰宅が遅いので、私が蕾に気付くこともなかっただろうとは思います。

それにしても白い糸状、というか白いレース糸で繊細に編んだような花の美しいこと‼ 小さいので「妖艶な」という修飾語は似合わないのでしょうが、それなのに、花言葉に「男ぎらい」というのがあるのが不思議。一夜限りの妖艶な花に、惹かれて、誰が花粉を運ぶのか…。やがて赤いカラスウリの実がなる、だったら良いなぁ。

隣には、2007年10月21日(日)、「木津川の地名を歩く会」第1回目の地名探訪で、京都府南部の南山城村を歩いたときに、山路でみつけたアケビから芽吹いた三つ葉アケビが、小さいけれど鈴なりに実を付けています。昨年より個数は断然多いです。初めて実を付けているのを見つけた日の喜びはこちらに綴っています。桃栗三年、柿八年、アケビも種を撒いてから8年後に実を付けて喜ばせてくれました。

昨日見つけたカラスウリも、実は2017年10月21日に山路で見つけて持ち帰った赤い実の種から咲いたもの。実に10年越しの花というわけです。何だか簡単に実がなるような気がして、植えてしばらくは蔓が伸びるままにして、アケビとカラスウリのグリーンカーテンにしていたのですが、伸びる伸びる。他の植木にもグルグル巻きしてしまうので、手を焼き、限度を超えないようにアケビはどんどん蔓先を切り、待てど暮らせど一向に花が咲かないカラスウリは、雑草に準じた扱いでむしり取るありさま。

それでも、どこからか芽を伸ばし、気が付くとまた植木をグルグル巻きにして、なんとシブトイと思っていた矢先。咲き終わった一輪の花を見て、一転「ういやつよのぉ」と勝手なもの。

「咲かない、ちっとも咲かない」と諦めかけていても、いつか花開く時がくることを、小さな花は教えてくれました。

【後日追記】
朝ゆとりがなく気付かないでいましたが、よく良く見ればカラスウリの花は今が盛りと、あちこちで開花ショーの名残や、これから咲くわよ、という蕾がたくさんありました
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白い糸状の花びらが、開花ショーを終え丸まっていますが、小枝にグルグル巻きついているのがわかります。生存をより強固にという感じかしら。
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花茎の先に小さな可愛いカラスウリの実が膨らみつつあります。
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そして瑞々しい緑色の可愛いカラスウリを見つけました。「なってるやん‼」と嬉しくて、嬉しくて。

そこここにたくさんの花を確認しましたので、順調にいけばこの先、真っ赤なカラスウリの実をたくさん目にできるかも。連日の暑さですが、それも楽しみにして、せっせと水やりに精を出しましょう。

【後日追記その2】
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そして、7月24日19時半ごろ、ついにカラスウリの開花ショーの目撃者になれました。白い糸状の花を広げた直径は約10㎝もありました。暗闇で、手ぶれでひどい写真ですが、実見できた喜びが勝っています。
【後日追記その3】
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7月25日18時41分、「今から咲くわよ」という感じの蕾を見つけました。白いレース状の花弁はきちんと折り畳まれて開花の瞬間に備えています。
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それから1時間ほどで、白いレースを360度全開に。
2日にわたって開花する様子を見ることができて大満足。



万華鏡世界大会から


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おもちゃ映画ミュージアム近くの京都堀川御池ギャラリーで、初めての「万華鏡世界大会」が開催されていると新聞で読んで、夕方、仕事を抜けて自転車で向かいました。着いて早々に今日28日18時で閉館だと聞いて、ギリギリセーフだったことを喜びました。本当は、万華鏡大好きな連れ合いに「観に行けば」と勧めていたのに、忙しくて時間がとれそうもない様子に、しびれを切らして代理のつもりで出掛けました。

広いとは言い難い会場に、大勢の万華鏡ファンと、世界中から参加された著名な万華鏡制作者約70人が集い、凄い熱気に溢れていました。ただ覗いてみるだけではなく、そこに光を当てると、得も言われぬ美しさ。「ほう~っ」と思わず声が漏れます。閉館までわずかな時間しかないので、頭の中では「急いで」と思いつつ、覗いてみるどれもが、手にしたどれもが、あまりに美しく足が止まってしまいます。
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例年はアメリカで開催されている世界万華鏡大会ですが、今年初めて日本で開催され、しかも、今回は特別に昨日と今日の二日間、広く一般にも公開されたのだそうです。しかも気に入った万華鏡は購入できるとあって、最後はどれにしようかと迷うばかり。確か家にも連れ合いが買った同じような万華鏡がいくつもあるなぁと思いつつ…。
そして、赤っぽい色が綺麗で、様々に変化した模様が楽しめるこの万華鏡に決定。.
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作者は、イスラエルからお越しのロイ・コーエンさん。せっかくだからと思い出に記念写真を撮り握手。万華鏡には、私の名前を刻んでくださり、もちろん、ロイさんの名前も。宝物がまた一つ増えて、嬉しいです。
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これは、今年最優秀作品賞に選ばれた中里保子さんの作品を覗いたもの。有田焼の万華鏡です。今回の受賞で最優秀作品賞は5回目で最多。

ミュージアムに戻って購入した万華鏡を連れ合いに見せると、「じゃ、今度家にある、万華鏡を持って来よう。初めてアメリカのサンフランシスコで観て、その美しさにショックを受けた。でもアメリカに着いたばかりで、最初にお金を使ってしまうことを心配して買うことを断念。そのことを後々まで後悔していた。その後、イギリスの骨董市で別の万華鏡を観て、その時は迷わず買った。それからは、万華鏡を集めたいと思ったこともあった」と過ぎ去った昔の思い出を懐かしそうに語ってくれました。
おもちゃ映画ミュージアム2017リーフレット_ページ_1 - コピーおもちゃ映画ミュージアム2017リーフレット_ページ_2 - コピー










































































7月2日には、錦影絵の上演とワークショップを開催します。
この時上演される「花輪車」は、万華鏡の美しさに似ていると私は思っています。こちらの表現には「幻想的」の修飾がふさわしいかもしれません。江戸時代から楽しまれていた伝統芸能のひとつですが、次世代にこうした文化があったことを伝えようと、大阪芸術大学の池田光惠先生と学生さんたちが、一生懸命取り組んでおられます。できることなら、一人でも多くの方にご覧いただきたいと願っています。

今もこれを書きながら、時折手を休めて光源に向けて万華鏡をかざしては、その美しさに忘我。今度来館くださった方でご希望がありましたら、ご覧いただくようにしたいと思います。

本当に綺麗ですよ‼

堀川の桜並木

おもちゃ映画ミュージアムのホームページの文章を書くので精一杯で、ほとんど更新できないでいます。書きたいことは山ほどあるのに、書けないのも結構辛いものがあります。あれも書いていない、これも書いていない…の積み重ね。自分でも困っています。

で、余り時間をかけずに書けそうな今朝見てきた光景を、久しぶりに書きます。
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これは、京都市内の堀川通押小路。SNS繋がりの人が、夕べ、ここより北に行った堀川下立売の桜の写真をUPしているのを見て、ミュージアム開館前に自転車を飛ばして見てきました。
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看板の文字が小さいので、読みにくいのですが、堀川は平安京造営時に運河として開削され、大内裏造営用の木材を北山から運ぶ のに用いられました。その後は、木材だけでなく、様々な物資の運搬、貯木場として、あるいは農業用水や友禅染などにも用いられました。

おもちゃ映画ミュージアムは、元は型染友禅をしていた家を改修したものです。友禅板に着尺を広げて乗せ、型紙をその上に置いて、上から染料で絵を描き、北にある庭でそれを干し、そのあと堀川で友禅流しをして余分な染料や糊を洗い流していたのではないかと想像しています。

都市化が進むにつれて水質が悪化し、 豪雨時の浸水被害なども頻繁に発生したことから、幾度も改修工事がなされた結果、堀川の流れが絶えてしまったそうです。私共が所蔵する昔の映像には、豊かな水量を湛えた川が映っているものもあります。

やがて、かつての堀川の清流を復活させたいという声が上がり、京都府・市と市民等が一体となって「新世紀によみがえれ京(みやこ)の堀川」をテーマに活動がスタートし、現在のような美しい堀川が甦りました。ネットで検索すると平成17年度~20年度にかけて行われたようです。

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今朝私が自転車で走ったのは下立売通までですが、桜並木といえば毎年新聞紙面を飾る京都府八幡市の背割堤の延々と続く圧巻の桜並木のような景観を想像しますが、この「京の堀川」沿いは、葉を落とさず、一年中緑であることから「永遠」を意味してめでたい松の木と桜が混在しているのが特徴ではないかしら。
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「ギョイコウ」という黄桜がたくさん植わっていました。黄桜は珍しいと勝手に思い込んでいたこともあり、それも驚きでした。この「ギョイコウ」の写真は「http://annabelle.at.webry.info/200704/article_18.html」さんから借用しました。

濃いピンクの八重桜は、ぼんぼりのようで可愛らしく、それより薄いピンク色の桜もあり、自転車で走りながら美しい眺めを満喫しました。
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粋ないでたちの後ろ姿に「造園屋さんか樹木医さんに違いない」と思って声かけをしましたら、「桜が好きで見に来た」とカメラを手に答えてくださいました。何種類桜があるかを知りたかったのですが、ご存知ではなく、桜の花に魅せられたご同類でした。
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「ギョイコウ」の花は、 周辺の萌えいずる木々の新緑と一緒に春空を埋め、奥に広がる二条城の木々と緑色グラデーションの合奏。
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来月14日に富山から来る同級生たちの京都観光案内は、JR丹波口から出発して、島原にある角屋(重要文化財)を最初の訪問地に、ここ世界遺産二条城まで歩く計画です。題して「大政奉還から150年記念―ゆかりの地を歩く」。この桜を見せてあげられなかったのは残念ですが、写真に見えている大手門が、修復完成記念として特別公開されているので、案内個所の一つに加えています。
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堀川丸太町を少し北に行ったところ。縦に「堀川」 と文字が彫られた真上に、茶色いビルが写っていますが、その1階出口内科クリニックがあるあたりに、日本で最初の映画スターと呼ばれた「目玉の松ちゃん」こと、尾上松之助の家がありました。開館して最初の企画展が「尾上松之助生誕140年記念展」だったこと、青春時代住んでいた場所が堀川下立売西へ入った場所だったこともあり、この周辺は私にとってひと際思い入れがある場所です。
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SNSのおかげで、近場で桜見物できる場所を知ることができました。来年から私の恒例行事に組み込もうと思います。

第46回例会「造幣局の桜の通り抜けと四天王寺界隈を歩く」

今日は、東京で全国で一番早い桜の開花が発表されました。このニュースを聞くと桜前線が気になりソワソワしてきますね。「木津川の地名を歩く会」で引き続き世話をして下さっているメンバーから、先日恒例にしている花見の案内が届きましたので、早速掲載します。

今回は、造幣局の通り抜けに行くことに。そのあと地下鉄で移動して、旧跡が満載の四天王寺界隈を歩くことに決まったそうです。実は私、造幣局の桜の通り抜けは行ったことがないので良い機会と思っています。昨年の花見の例会では、不慮の事態に遭遇し、そのあと9月まで対応で苦慮しました。今年はそういうことがないよう、余裕を持って出掛けようと思っています。

実 施 日  :4月11日(火)… 造幣局の通り抜けの日程が変われば、変更の可能性あり
集合場所:京阪天満橋駅改札口を出たところ
集合時間: 9時31分。
  【例】近鉄新田辺駅8時28分発急行ー近鉄大久保駅8時36分発ー近鉄丹波橋8時44分(2番線着)
     京阪丹波橋駅8時53分発特急ー天満橋駅9時31分(4番線着)
コ ー ス: ①造幣局の桜を見る
      ②地下鉄谷町線夕日ケ丘駅から四天王寺に行き、周辺の名所を見学する。
持 ち 物 :昼食は自由
       雨具
       参加費100円、ほかに交通費、拝観料など
そのほか:小雨決行                                                以上

なお、2月12日初午の日に番外編として、三重県伊賀市島ケ原の正月堂で営まれた修正会の見学会も実施されました。この春祭りは1954年に三重県の無形民俗文化財に指定されていて、以前から地域史研究で正月堂には2度訪れたこともあり興味があったのですが、所用と重なり私は不参加に。参加したメンバーがFacebookでUPした当日の動画を見ると、読経と護摩祈祷の儀式の後、お堂を揺るがすような太鼓と法螺貝の音が響き、松明を持った「火天」と「水天」が堂内を跳び踊り、巡り回るという珍しい達陀行法でした。

最近はおもちゃ映画ミュージアムの運営で忙しく、新しく学ぶことも多いので、好きだった地域史や民俗行事に対する関心はあれども、なかなかフィールドワークできず仕舞いに終わっています。そうこうしているうちに、かつて一生懸命取り組んでいたころの記憶も薄れているのが、本当に悔しい。
せめて、4月11日は、いつもの通りテルテル坊主さんを下げて好天を祈り、久しぶりにメンバーとあちこちキョロキョロ見て歩きたいと思っています。




      

師走の風物詩、吉例顔見世興行の「まねき上げ」見学

おもちゃ映画ミュージアムの活動を通して知り合った井上優さんから教えて貰い、11月25日、師走の風物詩「吉例顔見世興行」の「まねき上げ」を初見学しました。一説には新聞の夕刊締め切りに間に合わせるように、最近は午前9時から式典が行われるそうですが、今年は9時半から開始に変更。
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9時前に南座(京都市東山区)に到着した時には、マスコミ各社と見物人で既に人だかり。
DSC08539 (2)口上は、本来なら11月30日の初日を迎えたら扉の内に入れられるそうですが、南座が耐震改修に向けて休館中で、今年は先斗町歌舞練場で移転開催されのに伴い、12月25日千秋楽を迎えるまでこの場所にずっと置いておかれるのだそうです。

口上にもあるように、今年は七代目中村芝雀さんが、五代目中村雀右衛門を襲名されたことが話題。この看板を見て知ったのですが、「まねき」は漢字で「庵看板」の文字で書くのですね。

写真では小さくて見にくいのですが、ずらりと並んだ「まねき」の下に掲げてある絵が、今年の演目。右から第1部=源平布引滝「実盛物語」、仮名手本忠臣蔵「道行旅路の嫁入」(劇中で雀右衛門さんが襲名口上を述べられます)▼第2部=菅原伝授手習鑑「車引」、「郭文章」(通称「吉田屋」。この劇中で雀右衛門さんが襲名口上を述べられます)、「三升曲輪傘売」▼第3部=双蝶々曲輪日記「引窓」、「京鹿子娘道成寺」。今年は史上初めての三部作公演となっています。
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式典で「顔見世興行は戦争中も途切れず続けた」と挨拶されました。伝統を守ろうとする強い意志と努力が、今日「師走の風物詩」と修飾される伝統行事になっているのですね。

「まねき」は前夜から上げ始められました。数えたら32枚が役者さんの、4枚が囃子方連中、常盤津連中、長唄連中、竹本連中と、計36枚が既に上がっています。
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そしていよいよ9時半、37枚目の「まねき」上げ始め。工務店の人が足場にスタンバイして下から上へ、2段目から3段目へ手渡しで運びます。
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そして向かって右端に片岡仁左衛門さんの「まねき」が上がりました。これで俳優33枚が揃いました。

この「まねき」の文字は独特で、勘亭流(かんていりゅう)と呼ばれる書体。肉厚で隙間のない勘亭流は、空席が少ないことに通じるというので興業関係で使われています。

今ミュージアムで展示している手書きのポスターは 、南座の「まねき書き」初代竹田猪八郎さんの手によるものです。ミュージアムで委託販売をしている『京都繁華街の映画看板“タケマツ画房の仕事”」の文言を引用すると、「タケマツの若手が木製のバットをスリコギ代わりに使ってすり鉢で削り墨を摺る。板に跨る様にどっかりと腰を掛けた猪八郎は、それに太い筆をたっぷりと浸し的確な筆さばきで書き上げる」(29頁)。
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実際に勢揃いした「まねき」を見上げると、「凄いなぁ‼」 の声が自然と出ます。20代の頃、井上さんは竹田猪八郎さんの「タケマツ画房」で看板を書いておられました。そのことから縁を繋いでいただいて、ミュージアムでたくさんの手描きポスターをお預かりすることになり、皆さまにご覧いただけるようになりました。
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南座支配人さんが、劇場に向かって右、左、そして中央に塩を撒き、続いて見学者にも塩が配られ、ひとつまみを手に、合図に応じて、南座正面に向かって撒きました。期間中の興業の無事と成功を祈る儀式。私も皆さんに混じって塩を撒かせてもらいました。

 本来なら、南座最上部の櫓、二つの梵天の間に、「吉例顔見世興行」と書かれた「興業まねき」が掲げられるのですが、
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今年は、場所を変えて開催されるので、「興業まねき」は、劇場の人が担ぐ駕籠で歌舞練場まで運ばれました。珍しいことでもあり、行列の後からついて歩きました。
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南座を出発した駕籠は、四条大橋の上を進みます。
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四条通りを横断し、花街、先斗町の小路を歌舞練場に向けて練り歩き。録音したものではありますが、お囃子の音色が賑やか。

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そして、歌舞練場に到着。華やかな衣装の舞妓さんたちがお出迎え。
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駕籠から「興業まねき」をおろし、工務店さんがロープをかけます。そして上へ引き揚げられ、








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梵天はありませんが、歌舞練場正面に、「興業まねき」が無事掲げられました。




井上さんが勘亭流で書かれた「まねき」は、総数38枚。12月25日の千秋楽まで、南座と歌舞練場で掲げられます。



歌舞練場の鬼瓦を初めてゆっくり眺めましたが、なかなか愛嬌がある表情ですね。



そうして裃姿の支配人さんが、歌舞練場でも三方向に塩を撒き、
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続いて舞妓さんたちが塩を手にし、
塩を撒いて場を清め、最後に1本締めをして、10時40分ごろ、無事に式典が終了しました。
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イチョウやカエデなど季節の簪をさした舞妓さんたちの艶やかさ。

井上さんに教えてもらったおかげで、南座と先斗町歌舞練場の2か所で式典を見学でき、しかも、先斗町を駕籠行列する様子も見学できて、本当に幸運でした。

井上さんは、「まねき」書きに続き、この日もテレビ局の取材を受けておられ、その様子は11月28日(月)、毎日放送「ちちんぷいぷい」の番組内で放送されるそうです。早速録画予約しました。視聴可能な方は、是非にご覧ください‼

第44回例会「鷹ケ峯辺りの散策」

11月の声を聞くと同時に、各地から初冠雪の便りが届きました。今日は肌寒い一日でしたが、明日はもっと寒くなるそうです。なかなか布団から抜け出しにくい冬が、もうすぐ目の前にスタンバイ。気のせいか秋が短くなっているような。そんな折り、「木津川の地名を歩く会」を引き継いでくれている仲間から、恒例の紅葉狩りウォーキングの案内が届きました。細々ながらも探訪ウォーキングを重ね、今回で第44回目を数えることに。

第42回例会では、休館日に設定してくれたので、久々に参加しようと楽しみにしていたのですが、当日朝、電車に乗ろうと急いでいて、近鉄新田辺駅エスカレーター手前の雨で濡れた床で、滑って仰向けに転倒。背負っていたリュックのおかげで頭を打たず、手足の打撲で済みましたが、近くにいた人がそのはずみでポールに頭を打って瘤ができるというアクシデント。駅に届け出、病院へ、警察へ届けるやらでワタワタし、もちろん例会に参加できるはずもなく、いろんな人に迷惑と心配をかけました。そのアクシデントの解決に5か月もかかるとは、その時想像だにせず…。いろんな人が世の中にはおられるのだと思い知らされました。「急いては事を仕損じる」、余裕を持って出掛けることを肝に銘じました。そして、こういう時のために保険があるのだとも知りました。

第43回例会は、奈良の秋篠寺から西大寺、喜光寺などを探訪するウォーキング。仲間の報告によれば、西大寺奥の院の叡尊塔を見学している時、体性院の寺男の方が奥の院本堂を開けてくださり、休憩場所を提供してくださったのだとか。地蔵菩薩を拝願し、お抹茶もいただいて、ご親切に皆で「ありがたいことだなぁ」と感激したと綴っています。2011年10月の第21回例会で亀岡市内を歩き、金剛寺(応挙寺)を拝観した時にも、同様にご住職ご夫妻に大変親切にしてくださったことがあります。そうしたありがたい思い出は、いつまでたっても忘れられないもの。観光に力を入れているはずの京都市内のお寺では、なかなかそういう体験は…。

さて、第44回目の例会は、紅葉の名所、鷹ケ峯の本阿弥光悦ゆかりの地を歩く内容です。実施日は11月16日、紅葉狩りに丁度良いころかもしれませんね。

◎実施日:11月16日(水曜)、小雨決行。
◎集合時間と場所:地下鉄北大路駅南口地上に出たところ。
◎コース:北大路バスターミナルから北1佛教大学・玄琢行きに乗車。鷹峯源光庵で下車。
 ①常照寺(要拝観料300円) ②源光庵(同400円) ③光悦寺と洛北の秋庭園(同300円) ④光悦屋敷跡
 ⑤御土居跡 ⑥鷹峯薬園跡 ⑦今宮神社 ⑧大徳寺本坊(同800円)。
昼食は御土居跡を見学した後、付近の公園で。紅葉を楽しみながら広げるお弁当は最高でしょうね。雨具、参加費100円、交通費、拝観料は自費で。

ミュージアム開館日ですので、今回も参加できませんが、好天に恵まれるよう、いつも通り、テルテル坊主さんを下げて祈りましょう。私にできるのは、これぐらいしかありませんから。12月3日には、忘年会が城陽市内で計画されているようなので、これには万難を排して参加するつもりです。その時に、紅葉狩りの報告が聞けることを楽しみに待つとしましょう。





 

アケビ

前回から2か月も更新していない。その間にグリーンカーテンにしていたアケビはグングン蔓を延ばし、そこらじゅうをグルグル巻きにしてしまうため、その先端を切る作業だけは忘れずにしてきた。そうしないと、えらい目にあってしまう。フジ同様に、もの凄い生命力なのだ。その甲斐あってか、昨年は1個だけの収穫だったが、今年は何と8個も実った。
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不思議なことに、今年は蝶番のように2個並んで実を付けたのが3組あった。
    
DSC07880つい先日までは、まだ緑色の大きなそら豆のような実だったが、日ごとに薄紫色にほっぺを染めるようない色合いに。やがて、縦に一筋切れ目が入り、裂け目から黒い種をたくさんくるんだ白い果肉が見えてきた。

もうそろそろ食べ時かと、昨夜一個をハサミで切り、スプーンで口に。

ややねっとりとした果肉はほのかに甘く、子どもの頃食べた記憶が甦ってきた。一緒に食べた下の兄は、もうこの世にいない。ツーンとくる思い出の味。

今朝ゴミ出しに行ったら、私が勝手に「植木のお師匠はん」と呼んでいるご近所さんと久しぶりに出会った。

「あんた、アケビなっているの知ってるか?もう食べんと鳥がやってきてみんな食べられてしまうで」

「うん、わかっている。今年はぎょうさん生ったわ。食べはる?」

「いや、アケビやイチジクみたいにツブツブのあるもんは嫌いや」

子どもの頃庭に大きなイチジクの木があり、たくさん実をつけたが、余り美味しいと思うことはなかった。それが、年を取ってから大好物になった。「木津川の地名を歩く会」を立ち上げ、イチジクが特産の城陽市内の人たちと交流するようになってからのことだ。

アケビは、確かにたくさんある黒い種が面倒で、実際に食べられる果肉はちょびっとしかない。「たらふく食べた」というものでは決してない。それでも「秋を味わった」という幸福感が私には感じられる。
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写真を撮ろうとまじまじとアケビを見ていると、不意にこれまで思いもしなかった事柄を連想してしまって、一人赤面してしまった。

ネットで歌がないかと検索したら次のような都都逸がヒットした。

「山のアケビは何見て開く 下の松茸見て開く♪」
 
かの牧野富太郎先生も「アケビ」の項で「その口を開けたのに向かってじいっとこれを見つめていると、にいっとせねばならぬ感じが起こってくる。その形がいかにもウーメンのあれに似ている。その形の相似でだれでもすぐそう感ずるものと見え、とっくの昔にこのものを山女とも山姫ともいったのだ」と書いておられる。 

昔の連歌に、山女すなわちアケビを見て「いが栗は心よわくぞ落ちにけるこの山姫のゑめる顔みて」があり、歌の返しに「いが栗は君がこころにならひてや此山姫のゑむに落つらん」というのがあり、人の微笑する姿に比せられることもあったようだ。微笑している人の顔に似ているのを見て、いが栗が心打たれて枝から落ちたと。こちらの見方の方がホッとしますね。

アケビは本来この果実の名称で、植物としていう場合は、アケビカズラというのが正しく、我が家のアケビのように三葉のものは「ミツバアケビ」、五葉のものを単に「アケビ」といって植物学会では区別しているそうだ。ミツバアケビの方が紫が美麗で形が大きく、食用には五葉のものより良く、しかも蔓細工で籠を作るにも適しているとのこと。今朝は生ごみの日で、慌てて柔らかで肉厚の皮を捨ててしまったが、牧野先生の書かれたものを読むと、油でいためてから味付けをすると、風流な味わいだそうだ。実の皮は「肉袋子」という名の薬剤として薬屋で売っていたともある。

果実を食べて良し、蔓を編んで良し、皮を食べて良し、皮を煎じて薬に良しと、良いこと尽くしのアケビと今頃知った。明日はアケビをおもちゃ映画ミュージアムに持っていって、飾っておこう。小さな秋を楽しんで貰いたいから。アケビのことを知らない人も、たくさんおられるだろうな。過ぎ去りし故郷の思い出に浸りながら、にわか知識を教えてあげたい。

 

桂花團治の会と天神祭宵宮祭見学

7月24日午後、Facebookで繋がっている米国から訪ねてくださったお客様に申し訳ないとお詫びしつつ、急ぎ大阪天満天神繁昌亭へ。親しくさせていただいている活動弁士の大森くみこさんや坂本頼光さんが出演されている有名な館に入るのは初めて。この日17時から開場される第1回桂花團治の会が開催され、連れ合いの名代として一人、出かけて参りました。
DSC05825DSC05846 昨年4月26日に、それまでの桂蝶六から上方落語の名跡「三代目桂花團治」を襲名されました。由緒ある名跡が70年ぶりに復活。池田市で行われたその襲名披露の舞台の案内も受け取っていたのですが、4月1日に連れ合いの左耳が突発性難聴になって失聴してしまい、参加を断念したいきさつがありました。

その後5月にミュージアムを開館したときには応援メッセージも頂戴しました。いつか直接お目にかかって、その時のお礼を申したいと思っていましたので、良い機会となりました。

なかなかお忙しいようで、ミュージアムにはまだお越しいただいてはいませんが、いずれ落語の会もしていただければと秘かに思っていますので、終演後にそのことも直接お願いしてきました。実現すると良いなぁと思っています。

会場周辺は、天神祭を楽しむ人でごった返し。長い天神橋筋商店街は芋の子を洗ったよう。でも、繁盛亭の前は、まだ余裕が。それもそのはず、チケットは既に完売。人気の程がうかがえます。

この日の演目は、「皿屋敷」と桂三枝さん作「お忘れ物承り所」。特別ゲスト桂春若さんの語りは、さすが‼でした。他に囃子座(滑稽音曲)の3人と森乃石松さんも。
DSC05827DSC05828まだ開場には時間があるので、隣の大阪天満宮の境内へ。何度かこの時期に訪れたことはあるのですが、お祭りはいつも心浮き立つものがあります。

大阪天満宮の天神祭は、京都の祇園祭、東京の神田祭と並んで日本三大祭に数えられています。また、生玉神社の生玉夏祭、住吉神社の住吉祭と共に大阪三大夏祭の一つ でもあります。

24日は宵宮。 立派な「登龍門」の前を通って賑やかな囃子に引かれるように歩を進めます。天満宮は天保8(1837)年の大塩の乱で本殿や多くの社殿が焼失しましたが、弘化2(1845)年に再建されました。

「登龍門」の言葉は良く耳にしますが、「龍門」の語源は、中国の黄河上流にある登龍山を切り開いてできた急流のことで、その下に集まった鯉のうち、多くは登りえないが、登ることができれば龍となるという伝説から、この関門を登ることが立身出世への道になるという意となっています。

開かずの門だとばかり思っていましたが、初天神梅花祭(1月24、25日)に限り、この唐門が開けられて、受験生対象に難関通り抜けを祈願する「通り抜け参拝」ができるそうです。
DSC05829DSC05834地車の前で、地車囃子(だんじりばやし)のアップテンポなリズムに合わせて、女性の舞手が踊っています。
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地車の奥「へたり」 で親太鼓、雌・雄の鉦、小太鼓が賑やかな囃子を奏でています。私も吸い寄せられるように人込みの中へ。

ネットで調べると1990年代前半までは、動かずに飾りものでしかなかった三つ屋根「地車」でしたが、そこを舞台に組み込んだ「へたり」で踊りがメインの奉納へと変化したのは、新聞、雑誌、テレビなどのマスメディアが「地車囃子の踊り」を取り上げ、話題を集めたことによるそうです。連動して地車囃子の音楽も広く親しまれるように。

マスコミによって女性の舞も「龍踊り」の呼称が一般化したとか。とっても暑い日でしたが、指を龍に模して、陶酔しているかのように舞っておられたのが印象的でした。
 
DSC05841DSC05844獅子舞の獅子に頭を噛んで貰って、無病息災を願う女の子。

福牛の秋夫君(8歳)も、明日の行列に備えてスタンバイ。

DSC05855満員の天満天神繁昌亭で、落語を楽しんだ後、もう一度大阪天満宮の境内へ。天神橋商店街だけでなく境内周辺にもたくさんの夜店が出ていて賑やか。

またもや地車囃子に誘われて「龍踊り」を見に行きました。すっかり暗くなっていましたが、人出はさらに増えて大賑わい。折しも、以前から一度見てみたいと思っていた催太鼓(もよおしだいこ)も実見できました。

催太鼓は、天神祭の陸渡御の先頭を切る枕太鼓台で、「願人(がんじん)」と呼ばれる若い男性が、3人ずつ向かい合って6人1組になって大太鼓を囲むように座り、叩きます。長く赤い布が垂れ下がった「投げ頭巾」が目を引きます。背中に背ブチと呼ばれる木の棒を背負っています。太鼓の演奏方は独特で、大阪府の無形民俗文化財(記録選択)。DSC05858

DSC05862DSC05871この日は、巡行を見られず、確認できていませんが、太鼓の担ぎ手は、太鼓台の下に挟んだ丸太を軸にしてシーソーのように揺らしながら進み、太鼓台に乗る「願人」は落とされないように縄にしがみつき、「投げ頭巾」が落ちないように気をつけながら太鼓を叩き続けるのだそうです。これを「からうす」といい、縦に揺れる「縦からうす」と横に揺れる「横からうす」があるとか。機会があれば、ぜひ見てみたい。

2009年に夢中になって、参加した御迎人形のスタンプラリーのことを思いだしました。後にそのことも含めて書いたことを思い出し、久々に読み直しました。「願人」を見たいと思っていたのは、5年も前からなんですね。御迎人形は、何度見ても見飽きることはありません。
 
桂花團治さんの落語会が、天神祭の宵宮に設定してくださったおかげで、楽しい落語を堪能し、5年越しの「願人」を実際に見ることが叶いました。

 この日夜はミュージアム傍の京都三条会商店街でもお祭りがあり、連れ合いはお客さまと一緒に見学したそうです。

そのお祭りは、祇園祭・還幸祭で、毎年7月24日17時ごろから始まります。四条御旅所に滞在していた神様が乗る三基の神輿が、それぞれ所定のコースを経て、神泉苑の南にある三条又旅社で神饌を供える「奉饌 祭」が執り行われ、その後、八坂神社に戻られるというもの。私は、今年見られなかったので、来年を楽しみに待つことにします。

 

あんころもち

ただ忙しく、綴り方をしている余裕がないうちに、8月は一度も更新できずにいました。久しぶりの休みなので、メモリーカードからいくつか取り出して、思い出しながらメモっておこうと思います。
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7月20日、京都市内を自転車で走っていたら、 近所のお餅屋さんの店先に「本日土用の入り、あんころもち」と書いてあるのに気付きました。6月末日には、何回か三角形をした「水無月」を買い求めましたが、「土用の入りあんころもち」とは何ぞやと思い、店内へ。

聞けば、この張り紙は前日から張り出してあり、閏年の今年は土用の入りが一日早かったそうな。

昔から京都では、土用の入りには、暑気あたりしないように 、このあんころもちを食していたそうです。丁寧に由来を書いた紙をくださったのですが、「いつか書こう」と大切に財布の中に入れて持ち歩いていたものの、どこかの時点で「もう書く時間がない!」と断念して、財布から出してしまったような…。

次の機会を待ちます。

ネットで検索すると、昔、宮中では土用の入りの日に、ガガ芋の葉を煮出した汁で糯米の粉を練り、丸めて味噌汁に入れて、暑気あたりをしないよう食す伝統があったそうですが、これが、江戸時代中ごろに「あんころ餠」を食べる風習として関西地方の庶民に広がったという。 

お店のおばさんは「土用の入りでなくても、土用の間中に食べれば良い」と話しながら、包んでくれました。
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早速、ミュージアムに戻って、元気に猛暑を乗り切れるよう祈りながら、頂きました。

餠は古来縁起の良い食べ物。小豆が乗っかった三角形の「水無月」に続き、「あんころ餅」を食したこともあってか、これを書いている9月を迎えても、なんとか無事に日々を過ごせています。ご加護があったのでしょう。ありがたいことです。

翌日立ち寄った元上司がやっている餅屋さんの店先には、「朔日(ついたち)、15日は赤飯の日」と書いてありました。

小豆は厄を払う意味も込められていますから、頻繁に食卓に登場しますね。千年の歴史を誇る京都には、こうした「おきまり料理」も定着しているようです。「京・食ねっと」 を検索すると▼朔日、15日は、小豆ご飯、ニシンと昆布の煮付け、棒鱈と里芋の煮しめ▼八のつく日は、あらめと油揚げの煮物(八の末広がりのめでたさから、良い芽が出るようにとあらめを食べた)▼月末、際の日には、おから(月末は金銭の出入りが多いので、おからを炒る<入る>に因んで。あるいはまた、おからを<きらず>と呼ぶことから、ご縁が切れませんようにという願いを込めてだそうです)。

商いで忙しいから、「今晩何のおかずを拵えようか?」と惣菜で悩むことがないように考えた生活の知恵かと思っていました。 今の京都の人のどれくらいの人が、「おきまり料理」を守っておられるのか興味がありますね。
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