青木家8423青木家8422
貴重なお話を聞かせていただいた芦刈山町内の青木さん宅「屏風祭」です。青木さんのお話から、先人の心意気を継承する「町衆」の誇りを感じました。1カ月間に及ぶ祇園祭ですから、大変なご苦労があると思います。青木さんとの出会いは、見えている山鉾の向こうにある山鉾町の人々の「心」に思いを巡らす大切さに気付かせてくれました。
吉田家8426鍾馗さんと幕8428
吉田家の「屏風祭」、モダンな絵柄ですね。あちこちで鍾馗さんを見かけました。昔ながらの京の町家にお祝いの幕が張られ、そこに鍾馗さんがいる・・・それだけで嬉しい眺め。
秦家8402秦家アップ8403
約束の午後4時、太子山の提灯が掲げられている京都市登録有形民俗文化財の秦家に行きました。ずっと眺めていたい素敵な外観です(写真の上でクリックすると拡大表示されます)。左写真の後方に僅かに提灯が写っているのが太子山。太子山町は鉾町では一番西の端に位置しています。

秦さんからいただいた資料によると、江戸時代末期の元治元(1864)年の禁門の変(どんど焼け)で焼失、明治2(1869)年に再建されました。土壁で塗り込めた「虫籠窓(むしこまど)」の中央に木製の看板があります。そこには「奇應丸」の文字が刻まれています。

秦家の創業は元禄13(1700)年で、初代松屋與兵衛さんから12代にわたり薬業の商いをされてきました。小児用の虚弱体質、ひきつけ、乳吐き、夜泣き、大人の癪など何にでも効く妙薬として広く用いられた家伝薬「奇應丸」を製造販売しておられた商家です。
     太子山会所飾り8433
秦家の幕をくぐると、太子山の懸装品が並んでいました。同家は会所飾りの場でもありました。正面の白い布の奥におられるのがご神体の聖徳太子像。しゃがんでみると16歳の太子の顔が拝見できました。町内の人が「明日午前6時から、太子山にこれらの懸装品を飾り付ける」と説明してくれました。

太子山は、聖徳太子が四天王寺(大阪市天王寺区)建立に際し、自ら良材を求めて山に入り、老人に大杉の霊木を教えられ六角堂を建てたという伝説を題材にしています。それぞれの山には神の依り代である真木に松の木が立てられますが、太子山だけはその故事に倣って杉の木を立てています。7月7日朝、太子山町内の人が京都市北区の山林へ「杣入(そまい)り」して切った杉の木は、17日の巡行で真夏の青空に聳えていました。

玄関から案内されて部屋に上がりました。「遠慮」を知らない私は、すすめられるままに奥の座敷に。先客が何人もおられました。床の間に聖徳太子の軸が掛けられています。立派な屏風の前に長い座敷机があり、それを囲んで咲いていた話の輪に厚かましくも参加。そして向かい合う人々がいずれも高名な先生と分かり、赤面するやら興奮するやら・・・。
     秦家庭8430
宇治田原町産の煎茶を水出しで淹れた谷口さんお手製の冷茶を戴きながら、奥座敷から奥庭に目をやると、そこにキリシタン灯籠(写真左端)がありました。『京の町家 おりおりの季節ごはん』などの著書がある秦家のお嬢さん・めぐみさんに「なぜ、ここにキリシタン灯籠があるのか」と尋ねましたら面白い話が聞けました。

川端康成著『古都』の冒頭に描かれているのがこの庭なのだそうです。昔、川端氏が京言葉を調べるために秦めぐみさんのおじいさまを訪ねて来ました。よほど強い印象を受けられたのでしょうか、眺めた庭の様子が千重子の目を通して『古都』に綴られています。

めぐみさんによると、今は小説に描かれたもみじの古木はありませんが、川端氏が秦家を訪問した時には古木があり、確かに幹のくぼみにすみれが咲いていたそうです。そのもみじの根かたに古い灯籠があって、小説の中で、千重子の父はキリシタン灯籠だと教え、「この灯籠は、庭師か石屋が持って来て、すえたんやろ。」と千重子に話しています。

キリシタン禁制の時代、茶人としても有名な古田織部が考案したと伝えられて「織部灯籠」とも呼ばれています。つくばいの鉢明かりとしてセットで据えることが好まれたようです。めぐみさんによれば、このつくばいは水琴窟になっていて、興趣をこらした庭造りです。

店舗棟、住居棟、土蔵を中庭と奥庭の二つの庭がつなぐ「表屋造り」の家で、建物の入り口から奥まで貫く土間は約30㍍もあるそうです。京の町家が「ウナギの寝床」と言われたりするのも納得。素晴らしい京町家を見せていただき、そこで祇園祭の情緒も味わえ、素晴らしい人々との出会いもあり、幸せな時間を過ごすことができました。

秦家では様々な活動をされています。関心がある方はこちらをどうぞ。URL:www.hata-ke.jp
横山商店8437平将門塚8448
西洞院通綾小路南西角の横山商店の屏風祭。森寛斉画「四季耕作図」が正面に飾られています。黒留め袖の絵柄は大河ドラマ「平清盛」に合わせて源平合戦図です。「だんだん、屏風祭をするところが減ってきた」と話しておられました。右の写真は、下京区四条通新町西入ル下ル新釜座町にあった平将門ゆかりの神田神宮です。京に運ばれた平将門の首は、写真奥に見える尖った石の上に晒されたとの伝承があるそうです。
       鷺踊8453
午後6時半から八坂神社で奉納される島根県の石見神楽(無形文化財)で「鍾馗」が奉納されないかと思い、八坂神社へ向かいました。途中、四条通で人集りしていたので覘いてみましたら、鷺踊を奉納していました。真剣な表情が何とも可愛い。
スサノヲ8483DSCN8497
  大蛇(オロチ)を退治するスサノヲ。     大蛇は4匹もいました。

宵山の人混みをかき分け、ようやく辿り着いた八坂神社では大勢の人が能舞台に集まっていました。その演目は「神楽」「天神」「牛若丸」「大江山」「大蛇」で、残念ながら「鍾馗」はなかったです。でも激しい動作で一生懸命演じられる石見神楽に感動しました。蒸し暑い京都でさぞかし大変だったでしょう。今年は『古事記』1300年ということで、7月28日から京都国立博物館で、特別展覧会「大出雲展」が開催されます。それに関連して八坂神社での奉納となったようです。

良いものをたくさん見聞した一日でした。出会った人々皆様に感謝で一杯です。