3月21日、大阪府茨木市の茨木神社で行われた鵜鳥神楽(うのとりかぐら)奉納が見られる催しに参加しました。追手門学院大学地域文化創造機構の主催です。鵜鳥神楽(国選択無形民俗文化財・岩手県指定無形民俗文化財)については、2012年9月29日、国立民族博物館へ行った折り、会場の一画に鵜鳥神楽の展示があったことで初めて知り、その時から関心を持っていた民俗芸能です(2012年9月30日付掲載)。民博では、その年の10月21日に企画展「記憶をつなぐー津波災害と文化遺産」関連として鵜鳥神楽が披露されました。

茨木神社での奉納も民博同様、橋本裕之・追手門学院大学地域文化創造機構特別教授の解説で進められました。2012年3月まで盛岡大学教授だった橋本先生は、岩手県文化財保護審議委員会で民俗文化を担当する唯一の委員だったことから、岩手県下閉伊郡普代村(ふだいむら)鳥居に鎮座する鵜鳥神社の獅子頭である権現様を奉じて演じる鵜鳥神楽を、県の無形民俗文化財に指定する際の報告書を作成されました。その登録の手続き中に3.11の震災に遭ったのだそうです。

「これほど有名なのに、これまで登録されていなかった。皮肉にも震災があって注目されるようになった」と橋本先生。先日の国立劇場での上演では皇太子様がご覧になられたほか、震災から3年ぶりに陸中沿岸地方を巡業している様子がテレビでも取り上げられ話題になっています。今はその巡業が終わり、神上げ(神楽のため地上に招いた神霊を、祭ののち天へ送り帰すこと)が終わったばかりなのだそうです。
DSCN7044DSCN7047DSCN7045JR茨木駅、阪急茨木市駅のおおむね中間地点に位置する茨木神社。鳥居の向こうに本殿。丁度神楽衆の参拝と重なりました。東門は、説明文によれば、中川清秀、片桐且元の居城だった茨木城の搦手門を移築したものだそうです。
DSCN7051DSCN7050この日は
儀式殿1階の和室に巡業の際用いる幕を張り、「本格的な神楽家の雰囲気がある場所で、本来の鵜鳥神楽が奉納できる」と喜んでおられました。もちろん見ている方も嬉しい限り。

神楽幕の向こうに神様が居られます。幕の手前、向かって右に太鼓と横笛、左に鉦奏者が座ります。
DSCN7055DSCN7058DSCN7064最初の演目「清祓」。
「悪魔外道がいたら清め申す」と神楽を演じる場を清めます。太鼓を演奏する胴取(どうとり)の三上さん(89歳)と鉦奏者の男性が歌を歌い、賑やかに神楽が始まりました。
DSCN7073DSCN7074DSCN7076続いて「斐の川」。
斐の川の上流に住む八岐大蛇をスサノオが退治する有名な話。先ほどまで鉦を敲いていた人が爺やの役で「8人の娘を取りに来る。もう7人取られてしまった。あぁ、怖いやい、怖いやい」と呟きます。そこへ現れたスサノオは、嘆き悲しむ爺やから事情を聞き、八岐大蛇を退治したらクシナダヒメを貰う約束をします。「じゃ、爺やもあとからついてこい。婆やもあとからついてこいよ」のスサノオのセリフに、すっかり神楽の世界に入り込んでしまった観客の女性が、思わず「ハイハイ」と答えて会場の笑いを誘っていました。
DSCN7077DSCN7079DSCN7081一同が下がった後に登場した八岐大蛇。
スサノオの狙い通り、置いてあった酒を浴びるように飲んで酔っ払います。
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毎年娘を一人ずつ食べたせいか、お腹周りがポッチャリして、怖い顔に似合わず愛らしい。格闘の末、見事スサノオは八岐大蛇を退治してクシナダヒメを娶ります。「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」目出度し、目出度し。後で調べると、茨木神社の祭神の一人がスサノオだったので、相応しい演目ですね。
DSCN7095DSCN7096DSCN7098続いて「羅生門」。主役の工藤さんは本当に芸達者で、若手代表。次の「恵比寿舞」もですが、いくつもの主役をこなし大活躍。
「羅生門」は会場が茨木神社ということで、茨木童子が登場する演目です。平安時代に大江山を本拠に京の都を荒らし回った鬼の一人で、酒呑童子の家来となった茨木童子が、源頼光四天王の一人・渡辺綱と羅生門で戦った故事が演じられます。
DSCN7099DSCN7101DSCN7103大立ち回りの末、茨木童子の腕を切り落とします。「あぁ、息が切れた!」。セリフを忘れた工藤さんに会場から様々な掛け声。すると「あっちこっちから聞こえてわかんなくなる。えー、あと何だっけ?」。爆笑が会場全体を暖かく包みます。

実は、神楽衆のメンバーで今回の公演の段取りをしていた深渡さん(普代村教育委員会次長)が急死されるという悲しい出来事がありました(チラシには勿論のこと、私が公演のことを知った2月6日付毎日新聞夕刊にも出演者の一人としてそのお名前があります)。さらに前日から急速に発達した低気圧の影響で北日本は大雪に見舞われ、雪で立ち往生して間に合わなかったメンバーも一人おられました(ちなみに
岩手県久慈市3月21日午前10時の積雪は62㌢で3月としては統計開始から最多)。そのため、急遽何役も務めることになったので、セリフ忘れは致し方ないこと。赤い頬被りをした門番を務めるのは先ほどの爺や役の男性。この方もなかなかの芸達者で笑わせてくれます。
DSCN7106DSCN7109DSCN711080歳に傾く養母が渡辺綱に会いに来て、切った鬼の腕を見せて欲しいと門番に訴えます。「白内障でよく見えんので、手に触らせてくれ」と手を伸ばしますが、門番は代わりに自分の手を触らせて騙そうとします。「随分おじいちゃんのような手」と養母。門番が自分が着ている着物の袖口を丸めて差し出すと「今度は白い布」と養母。「白い布と見えているなら目が悪くないじゃないか」と門番が返します。このやりとりには、ゴーストライター騒動の佐村河内さんを思い出してしまいました。仕方なく門番が、鬼の赤い手を差し出した瞬間、養母はさっと腕を取り返し、茨木童子に変身。
DSCN7111DSCN7118DSCN7119元気になった茨木童子は観客の間に座り込んでリラックスしたり、挙げ句の果ては、急遽引っ張り出された茨木市のキャラクター茨木童子くんに戦わせて、自分は片肘ついて寝そべったり…と気まま。ついには二人とも渡辺綱に切られますが。実は茨木童子は茨木村の出身で、散髪屋の前に捨てられ床屋の子として育てられという伝承があるのだそうです。鵜鳥神楽の「羅生門」はコント仕立てのお芝居で、祈りながら笑って貰う演目。大いに笑わせて貰いました。

余談ですが、3月26日京都の四條南座で「三月花形歌舞伎」夜の部を見ました。出し物は「御摂勧進帳(ごひいきかんじんちょう)」から尾上松緑が熊井太郎を演じる「暫(しばらく)」と同じく弁慶を演じる「芋洗いの弁慶」、尾上菊之助が白拍子花子をあでやかに演じる「京鹿子娘道成寺」。
「御摂勧進帳」には即興のセリフもあり、笑わせてもらいましたが、鵜鳥神楽は華やかで大仕掛けの歌舞伎には及びませんが、その原点を見たように思いました。観客の目と鼻の先で、時には観客と入り交じって、素朴に演じる様は、とても楽しいものでした。陸中沿岸地方の人々が神楽の巡行を楽しみにしている気持ちが良くわかります。

そして最期の演目「恵比寿舞」に入る前に「お花(祝儀)の御礼」がありました。横笛担当の人が「ひとつ金は金一封なり。右は○○様より」と読み上げます。私の故郷富山県砺波市の伝統芸能獅子舞でも「トーザーイ トーザーイ(東西東西)、モークロク(目録)一つ、名義は○○様より」と「お花の御礼」を声を張り上げて述べるので、とても懐かしく思いました。
DSCN7122DSCN7125DSCN7137恵比寿舞は鵜鳥神楽の一番大切な曲。釜石と久慈の間を行き来しながら、ずっと大事にされてきた演目だそうです。

ピンチヒッターとして鉦を担当している橋本先生が、何やら観客の女性の耳元で話しています。どうやら元気よく泳ぐ鯛を演じて欲しいとの依頼のようです。やがて、恵比寿様から投げられた釣り針に鯛を結び付け、鯛は見事に恵比寿様の手元へ。
DSCN7144DSCN7148DSCN7152鯛を釣り上げた恵比寿様の舞で鵜鳥神楽奉納は無事終了しました。鵜鳥神社は漁業の神様として漁業関係者の信仰が篤く、目出度い演目での舞終いです。

この後、参集殿に会場を移して、座談会「震災から3年、神楽と漁業で地域づくり」が行われました。続きは後日。