7月24日午後、Facebookで繋がっている米国から訪ねてくださったお客様に申し訳ないとお詫びしつつ、急ぎ大阪天満天神繁昌亭へ。親しくさせていただいている活動弁士の大森くみこさんや坂本頼光さんが出演されている有名な館に入るのは初めて。この日17時から開場される第1回桂花團治の会が開催され、連れ合いの名代として一人、出かけて参りました。
DSC05825DSC05846 昨年4月26日に、それまでの桂蝶六から上方落語の名跡「三代目桂花團治」を襲名されました。由緒ある名跡が70年ぶりに復活。池田市で行われたその襲名披露の舞台の案内も受け取っていたのですが、4月1日に連れ合いの左耳が突発性難聴になって失聴してしまい、参加を断念したいきさつがありました。

その後5月にミュージアムを開館したときには応援メッセージも頂戴しました。いつか直接お目にかかって、その時のお礼を申したいと思っていましたので、良い機会となりました。

なかなかお忙しいようで、ミュージアムにはまだお越しいただいてはいませんが、いずれ落語の会もしていただければと秘かに思っていますので、終演後にそのことも直接お願いしてきました。実現すると良いなぁと思っています。

会場周辺は、天神祭を楽しむ人でごった返し。長い天神橋筋商店街は芋の子を洗ったよう。でも、繁盛亭の前は、まだ余裕が。それもそのはず、チケットは既に完売。人気の程がうかがえます。

この日の演目は、「皿屋敷」と桂三枝さん作「お忘れ物承り所」。特別ゲスト桂春若さんの語りは、さすが‼でした。他に囃子座(滑稽音曲)の3人と森乃石松さんも。
DSC05827DSC05828まだ開場には時間があるので、隣の大阪天満宮の境内へ。何度かこの時期に訪れたことはあるのですが、お祭りはいつも心浮き立つものがあります。

大阪天満宮の天神祭は、京都の祇園祭、東京の神田祭と並んで日本三大祭に数えられています。また、生玉神社の生玉夏祭、住吉神社の住吉祭と共に大阪三大夏祭の一つ でもあります。

24日は宵宮。 立派な「登龍門」の前を通って賑やかな囃子に引かれるように歩を進めます。天満宮は天保8(1837)年の大塩の乱で本殿や多くの社殿が焼失しましたが、弘化2(1845)年に再建されました。

「登龍門」の言葉は良く耳にしますが、「龍門」の語源は、中国の黄河上流にある登龍山を切り開いてできた急流のことで、その下に集まった鯉のうち、多くは登りえないが、登ることができれば龍となるという伝説から、この関門を登ることが立身出世への道になるという意となっています。

開かずの門だとばかり思っていましたが、初天神梅花祭(1月24、25日)に限り、この唐門が開けられて、受験生対象に難関通り抜けを祈願する「通り抜け参拝」ができるそうです。
DSC05829DSC05834地車の前で、地車囃子(だんじりばやし)のアップテンポなリズムに合わせて、女性の舞手が踊っています。
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地車の奥「へたり」 で親太鼓、雌・雄の鉦、小太鼓が賑やかな囃子を奏でています。私も吸い寄せられるように人込みの中へ。

ネットで調べると1990年代前半までは、動かずに飾りものでしかなかった三つ屋根「地車」でしたが、そこを舞台に組み込んだ「へたり」で踊りがメインの奉納へと変化したのは、新聞、雑誌、テレビなどのマスメディアが「地車囃子の踊り」を取り上げ、話題を集めたことによるそうです。連動して地車囃子の音楽も広く親しまれるように。

マスコミによって女性の舞も「龍踊り」の呼称が一般化したとか。とっても暑い日でしたが、指を龍に模して、陶酔しているかのように舞っておられたのが印象的でした。
 
DSC05841DSC05844獅子舞の獅子に頭を噛んで貰って、無病息災を願う女の子。

福牛の秋夫君(8歳)も、明日の行列に備えてスタンバイ。

DSC05855満員の天満天神繁昌亭で、落語を楽しんだ後、もう一度大阪天満宮の境内へ。天神橋商店街だけでなく境内周辺にもたくさんの夜店が出ていて賑やか。

またもや地車囃子に誘われて「龍踊り」を見に行きました。すっかり暗くなっていましたが、人出はさらに増えて大賑わい。折しも、以前から一度見てみたいと思っていた催太鼓(もよおしだいこ)も実見できました。

催太鼓は、天神祭の陸渡御の先頭を切る枕太鼓台で、「願人(がんじん)」と呼ばれる若い男性が、3人ずつ向かい合って6人1組になって大太鼓を囲むように座り、叩きます。長く赤い布が垂れ下がった「投げ頭巾」が目を引きます。背中に背ブチと呼ばれる木の棒を背負っています。太鼓の演奏方は独特で、大阪府の無形民俗文化財(記録選択)。DSC05858

DSC05862DSC05871この日は、巡行を見られず、確認できていませんが、太鼓の担ぎ手は、太鼓台の下に挟んだ丸太を軸にしてシーソーのように揺らしながら進み、太鼓台に乗る「願人」は落とされないように縄にしがみつき、「投げ頭巾」が落ちないように気をつけながら太鼓を叩き続けるのだそうです。これを「からうす」といい、縦に揺れる「縦からうす」と横に揺れる「横からうす」があるとか。機会があれば、ぜひ見てみたい。

2009年に夢中になって、参加した御迎人形のスタンプラリーのことを思いだしました。後にそのことも含めて書いたことを思い出し、久々に読み直しました。「願人」を見たいと思っていたのは、5年も前からなんですね。御迎人形は、何度見ても見飽きることはありません。
 
桂花團治さんの落語会が、天神祭の宵宮に設定してくださったおかげで、楽しい落語を堪能し、5年越しの「願人」を実際に見ることが叶いました。

 この日夜はミュージアム傍の京都三条会商店街でもお祭りがあり、連れ合いはお客さまと一緒に見学したそうです。

そのお祭りは、祇園祭・還幸祭で、毎年7月24日17時ごろから始まります。四条御旅所に滞在していた神様が乗る三基の神輿が、それぞれ所定のコースを経て、神泉苑の南にある三条又旅社で神饌を供える「奉饌 祭」が執り行われ、その後、八坂神社に戻られるというもの。私は、今年見られなかったので、来年を楽しみに待つことにします。