歴史探訪京都から

-旧木津川の地名を歩く会-

2015年07月

ブルームーン

7月も今日で終わり。「あれもしなきゃ、これもしなきゃ」と気持ちばかり焦り、中途半端なまま8月を迎えようとしています。時だけが足早に過ぎていく感じ。そんなことを内心呟きながら、ふと夜空を見上げたら、綺麗な満月。
「あっ、そうだ。今日はブルームーンの日だ!!」と思い出しました。
DSC_0076-1 (2)更新できないままのこのブログですが、前回書いた7月2日も満月でした。たまたま目にした新聞のコラムで「月に2回満月が巡ってくることを、ブルームーンと呼び、満月を2回とも見ることができれば幸運が訪れる」と言われていることを知りました。

「明日からの日々に、幸せが訪れたらいいなぁ」と思いながら、お月様を眺めました。

家に戻り、パソコンのメールをチェックしたら、知らない人からの依頼メールが1通。

日本文化を紹介するウェブサイトTadaima Japanのライターさんからでした。2012年9月2日に書いた「近江中山の芋競べ祭り」に掲載した写真を使いたいのだそうです。

村の人たちが伝統を守り、祭りを継承している様子に感銘を受けたこの祭りのことを世界中の人に知っていただける役に立つなら、おやすいご用。「どうぞ」と返信メールを送りました。

で、ふと考えました。これはブルームーンを見たことによる幸運なのではないかと。
振り返ってみれば、人との出会いによる幸運は2日の満月から今夜の満月の間にも訪れていました。
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7月4、5日に台北映画祭に招待されて好評を博した「怒涛のおもちゃ映画特集」上映。10日の星空野外上映は天候の為延期されましたが、後日上映され、大盛況だったようです。


台湾の人に、おもちゃ映画や戦前の日本のアニメーション、映画の保存について関心を持って貰えたことは大きな喜びです。この映画祭を機に来日された人々と交流できたことも幸運のひとつ。
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以下の写真は、順に7月20日の竹上久美子さんの「海の日わくわく親子ライブ」、25日の劇団前進座の協力で開催した「こども隈取(くまどり)体験!」、26日に開催した「第2DSC02712 (2)DSC02718DSC02723回無声映画の夕べ」。


訪れて下さった人々と交わす会話に、様々な幸運が散りばめられていました。ありがたいことだと思います。


8月も、如何ほどのことが達成できるかわかりませんが、自分なりに精いっぱい頑張ろうと思います。


明日からの日々にも、ブルームーンの幸運が訪れますように!!

そして、皆様にも。
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縁をいただいた皆様、ありがとうございました。

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

新聞記事

昨日届いた6月27日付け山陽新聞に、おもちゃ映画ミュージアムについての紹介記事が大きく載っていました。B4サイズはあろうかという扱いで、とっても嬉しいです。WEBでも載りましたので、クリックしてご覧いただければ幸いです。なぜ、山陽新聞かというと、見出しが「映画草創期の大スター 尾上松之助」「埋もれた映像発掘」とあり、ミュージアムでは、岡山市出身の松之助の貴重な映像を発掘して、修復した4本の作品をご覧いただくことができるからです。いずれも家庭で楽しむように玩具映写機に付けて切り売りされていた断片ばかりですが、千本以上主演したと言われている松之助でさえ、現存している作品はごくわずかしかないため、貴重な映像です。

岡山県では、日本最初の国民的スターであり、晩年に多大な社会貢献をした松之助を、郷土の偉人として称え、関心を寄せる人が増えているそうです。そういった背景があっての取材でした。そのような松之助ですが、活躍した京都では「目玉の松ちゃん」と聞いてわかる人が、果たしてどれくらいおられるのでしょうか?今秋には、松之助所縁の地を巡るウオーキングを実施したいと思っています。その下見の最初として、近日、府立鴨川公園に建つ松之助胸像を見てこようと思います。大正14年、松之助は多額の私財を府に寄贈し、それによって南区に低所得者向けの小住宅20戸を建設しています。昭和41(1966)年2月、蜷川虎三府知事のもとで、府は彼の功績を称えてこの胸像を建立しました。来年2月に建立50年を迎えます。そしてこの9月、松之助生誕140年の節目。ミュージアムでも、松之助のことをもっと知ってもらいたいと、様々なイベントを計画しています。

さて、これまでただ忙しくて新聞を読む暇もなく、そればかりかつい先ごろまで、テレビを見る余裕もありませんでした。以前は、興味があるなしを問わず、見出しを見ているだけでも古今東西のことが分かると、欠かせない存在だった新聞ですが、読めない日常に慣れてくると、「読まなくても良いかな」という気分になるのが、自分でも信じられないくらい。でも、知り合いに頼んで、1か月遅れの各紙を貰いまとめ読み(ほぼ見出しだけですが)をしてスクラップは続けています。「もっと先に読んでいれば…」と思う記事もありますが、どうせ自由時間がないからと諦めも早くなりました。

で、昨日届いた山陽新聞も、青春時代、岡山市に本社がある通信教育の会社にいたこともあり、興味深く読みました。新聞社によって名称は異なりますが、山陽新聞では、読者のページが「ちまた」面となっているのも面白いです。この日の記事の中でとりわけ印象に残ったのが、1面の「招集直前 春男の絶筆」「父・小野竹喬が添え書き」の記事です。笠岡市出身の著名な日本画家・小野竹喬の長男・春男が、招集直前に描いたとみられる女性画が、親交があった富山県の寺の襖絵として見つかったという内容です。春男は陸軍兵士として、26歳の若さで中国湖南省で戦死されました。女性像は春男の婚約者ではないかと推測されているそうです。戦争さえなければ、春男はどんな素晴らしい絵を描いたことか、婚約者とどんな幸せな家庭を築いただろうかと想像するだけで辛くなります。

今年は戦後70年。幸いにして大きな戦禍に遭うことなく過ぎた京都、その一角に住まいする松之助遺品保存会の松野さん宅から、松之助の声が入った古いレコードが見つかったと連絡が届きました。残念ながら、この世で唯一のものではないようですが、松野さんの表現を借りれば「大変重みと貫録のある低音」だそうです。それがどのようなものか、今からワクワクしています。皆さんも家の奥の棚や蔵などを探してみてください。ひょっとしたら芸術・文化の歴史を埋めるお宝が見つかるかもしれません。そしてそれが、古いフィルムだったら、捨てないで、ぜひお声かけ下さい。お願いします。

最後にもう一つ、山陽新聞の記事「滴一滴」から。通常は1か月に1回、満月になりますが、月に2回満月が巡ってくることがあり、これを「ブルームーン」と呼ぶそうです。3年ごとにやってきて、今日7月2日と31日がまさにその日。「once in a blue moon」は「めったにない」ことを意味し、満月を2回とも見ることができれば幸運が訪れるともいわれるそうです。先ほど夜空を仰いでみましたが、雲に覆われたまぁるいお月様のシルエットが辛うじて見えました。「よし!次は31日だ!!」。新聞を読まなければ気付かない「ブルームーン」だったかも。「やっぱり読まなきゃ」と再び積み上げた新聞の山に向かう私です。
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