ワークショップ2日目のプログラムは、ハリウッドで復元されたばかりの映画「東京オリンピック」(1965年、市川崑監督)を午後から特別鑑賞。それに先駆け午前中は、デジタル復元プロジェクトの責任者・エイドリアン・ウッドさん、音響担当・ジョン・ポリトさんと宮野起さんにご講演いただきました。このプロジェクトは、IOCが世界のオリンピック映画を集め、修復、保存する活動の一環で行われています。今回のワークショップに貴重な時間を割いて遥々ハリウッドからゲスト参加していただいたのは、宮野さんのご尽力の賜物です。
DSCN7900最初にエイドリアン・ウッドさんのお話。
◎フィルムは開催国が権利を持っているが、IOCが直接持っている場合もあり、簡単に素材にアプローチできないので、修復が難しい。素材の探索が、仕事の大きな課題。コレクター、会社など、他の人の助けなしにできるものではない。
◎ほとんど全てのオリンピック映画にはバージョンが複数あり、違いを見つけ、一番いい状態のものに修復する。オリンピックが開催された国で上映されたオリジナルなものを復元するのが基本方針。素材、その比較、バージョンがないか調査する。それによってより正確な修復ができる。画面に違いがなければ、国外版も比較検討した。

◎オリンピックの映像について。
・1912年、ストックホルム大会で、短編作品が記録されるようになる。
・1924年、パリ(夏)、シャモニー(冬)で長編作品が作られるようになった。
・1928年、スイスのサン・モリッツ(冬)の「銀界征服」(アーノルド・ファンク監督。日本では翌年公開)は、日本チームが冬季五輪映画に初めて登場した作品。
・1936年、ベルリン(夏)、ガルミッシュ(冬)、IOC憲章に基づき制作が義務付けられた最初の作品。
・1948年、ロンドンで、最初の公式映画となった。
・これ以降、1980年レークプラシッド冬季大会を除く全ての大会毎に公式映画が制作される。IOCは資金的援助はせず、開催国が制作する。

◎東京大会組織委員会公式報告書を基に「東京オリンピック」制作と公開について。
・1960年、組織委員会は黒澤明監督を指名し、ローマ五輪に招いて調査。黒澤さんは5億数千万円の予算をたてるが、最終的に2億5千万円に減額されたこともあり、降板。結局ニュース専門映画社が共同で制作することになり、オリンピック映画協会ができた。
・1964年1月、市川崑監督に決定。大会前のスポーツイベントでワイドスクリーン、テクノスコープなどいろいろな方法で撮影が試され、最終的に東宝スコープを採用した。市川監督が置きたい場所にカメラを置くことが重要だった。録音はカラースコープのステレオサウンド。
・1964年11月、編集開始。撮影された全てのフィルムを上映すると72時間、音の素材は240時間。30万フィートを先ず10万フィートに縮め、その後2カ月を費やして作品に仕上げた。
・1965年3月10日、天皇、皇后両陛下ご臨席で最初の試写会。さらに別会場で関係者約9,000人が観賞。好意的ではあったが修正が要求され、作業は3月15日までに終了。
・1965年3月20日、東宝系260の映画館で一般公開。最終的に映画は15,226フィート、170分の作品となった。※当時ステレオサウンドトラックをかけられる映画館が少なく、東宝系なら可能だったので、実行委員会が東宝を指名。
・1965年4月上旬、海外版編集が完了(11,634フィート、130分)。5月24日の時点で51カ国への輸出が決まっていた。

◎復元作業について
・1990年代、東京IMAGICAで素材の分析。※今回のフィルムはここで発見されたもの。国内外で素材、記録文書などを探索。複数のカメラで撮ったものがあり、日本版、海外版、韓国版の比較検証をした。
・現存素材を分析することで、大まかな現状把握。結局、懸命に探したが13巻からなるネガはとうとう見つからず、テクノスコープの素材はネガ、フィルムとも見つからなかった。ステレオ音声の素材が全く見つからなかったことに一番がっかりした。今回の修復はステレオで修復することは諦めて、モノラル音声で修復することに決定。
・市川崑監督の「東京オリンピック」に対し、「芸術か、記録か?」論争が起き、改めて記録映画「オリンピック東京大会 世紀の感動」が作られた。他に教育用に競技別記録映画32巻も作られ、その時にオリジナルネガを使用していたことが判明した。
・散逸したフィルムを再構築するのにデジタル技術は有効だった。デジタルの時代だからこそできた修復作業だった。デジタルは難しい作業を可能にしてくれる。成果物は、4K35㍉DIネガ、35㍉ポリエスターベース修復音声音ネガ、35㍉ポリエスターベース保存用シネテープ、35㍉ポリエスターベース上映用プリント、4KDCPなど。
・「世紀の感動」は、日本人が日本人のためにオリンピックを楽しむ記録映画だと思う。※1966年5月に一般公開されましたが、ほとんど観た人はいません。結果がわかっているのですから当然といえば当然ですね。一方の「東京オリンピック」は約1800万人を動員し、空前の大ヒット。カンヌ映画祭国際批評家賞受賞、モスクワ映画祭スポーツ連盟賞を受賞しています。
・素材からベストのフレームを見つけて、最善の復元をめざした。復元に際し、どんな些細なことでも記録した。それがアーキビストとしての仕事、責任である。
・オリジナル素材を保存することは大切なこと。保存と修復は分けて考える必要がある。保存と同時に、観ていられる状態を続けること、いつまでも映画を楽しめる環境を作ることが大切である。
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続いて、音声修復を担当されたオーディオメカニックスのジョン・ポリトさんと宮野起さんによる発表。お二人には、昨年実施した第7回ワークショップで「幕末太陽伝」の音修復、ハリウッドの映画復元事情についてお話しいただきました。今回、宮野起さんは「『東京オリンピック』の音声素材:何がどう作られたか?」のテーマで、ジョン・ポリトさんからは、復元作業の具体的な話を聞かせて頂きました。探索の結果、オリジナルのステレオ12㍉テープのコピーを再コピーした6㍉テープ(モノラル)のみ入手できたそうです。セリフや効果音がある部分では、別の素材を組み合わせることで音の修復をするなど、作業は細心の注意が必要で大変手間がかかっています。
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「修復されたフィルムのメンテナンスは誰がするのか?」という会場からの質問に対し、IOCはスイスの国立アーカイブ「シネテック・スイス」に預けるとの返事でした。この出来たばかりの「東京オリンピック」35㍉復元版も、そこに収まるのでしょう。

会場には、市川崑監督のご子息・市川建美さんも来場され、「この映画が、広く活用されることを願っています」と挨拶されました。

9月8日早朝(日本時間)に、IOC総会で2020年夏季五輪の開催地が決定します。東京はマドリード、イスタンブールと招致を争っていますが、東 日本大震災からの「復興五輪」を全面に出してアピールしています。その努力が報われるのか否か、審判が下るのはもうすぐです。幸いにも、東京が選ばれた暁には、復元版「東京オリンピック」上映の機会があるかもしれません。そうなることを願っています。