はじめに
 

 21日(日)はある学会に参加してきました。最近は日本史の大学院生も減りつつあり、地方史学会も一部を除いては衰退傾向です。会員の高齢化、それに伴う会員数減少(若い人が入会しない)、それに伴う財政難(会費収入減)が問題となっています。

 

 そのような史学全般が厳しい中で、大河ドラマは〝希望の星〟と言えます。ドラマを見て歴史ファンになる人が増えることが期待されます。また、関係する自治体にとっては、観光収入が期待できる貴重なコンテンツです。それゆえ視聴率上昇が至上の命題なのです。

 

 さあ、第7回「奪回」はどうだったのでしょうか!

 

昌幸の虚言癖
 

 今回、あっさりと描かれていましたが、実は滝川一益(役・段田安則)は大変な危機にさらされていたのです。天正10年(1582)6月16日、北条氏政の子息・氏直が、大軍を率いて上野国倉賀野(群馬県高崎市)に攻め込んできます。最初こそ、一益は戦いを有利に進めますが、6月19日の戦いで北条軍に敗北を喫し、倉賀野城をあとにします。これが神流川の戦いです。

 

 6月20日、一益は箕輪城(群馬県高崎市)で宴会を開き、最後の別れを惜しみます。ドラマで一益と真田昌幸(役・草刈正雄)が酒を酌み交わしたのは、このことを指しているのかもしれませんね。翌21日、一益は碓氷峠を越えて、何とか小諸城(長野県小諸市)に到着します。もはや逃亡者です。

 

 それにしても、昌幸は大ぼら吹きというか、虚言癖のような人物に描かれています。そこは大問題です。「頭の切れる人」は、「ずるい人」なのです。たしかに手段を選ばず、汚い手を使うわけですが、ただの「虚言癖」とは違うように思います。その点、のちにも触れますが、昌幸はただ「勘」にだけ頼る、「虚言癖」の人物に描かれているので非常に残念に思えてなりません・・・。

 

 ところで、岩櫃城(群馬県吾妻郡東吾妻町)には「とり」(役・草笛光子)や「きり」(役・長澤まさみ)が人質として捕らわれの身となっておりました。それにしても、「死ぬんじゃないか!」という緊張感のない人質です。「とり」と「きり」の会話は、相変わらず掛け合い漫才そのものですな。緊張感がないのは、一益方も同じ。人質の見張りの兵がたった一人しかおらず、それが水汲みに行くとは!

 

 そこへ信繁(役・堺雅人)が小諸城に侵入し、「とり」や「きり」の救出に動きます。対応した武将の足元が汚れていないのを見て、小諸城の武将だと判断し、自ら滝川方の武将と名乗るのは、機転が利いて良し、といたしましょう。そして、人質を見張っていた滝川方の兵には、小諸城の者であると信繁は言います。まあ、たしかに当時ならば、わかりづらかったかもしれませんね。

 

 ここからコントがはじまります。

 

 信繁は滝川方の兵に飯を食うように言い、見張りを代わることに成功します。部屋に入ると、「きり」が「遅~い」とコンパに遅れてきた男子学生に対するような言葉遣い。ここで非常にがっかりします・・・。これでうまくいくのかと思いきや、「きり」は「大事なものがある」とのことで、信繁からもらった櫛を取りに帰ります。まあ、呑気なこと。生きるか死ぬかなのに・・・。

 

 案の定、信繁らは捕まるのですが、信繁は小諸城の武将と滝川方の武将との狭間にあって、いい加減な嘘を言ったので、対応に困り果てコントがはじまります・・・。小諸城の武将には滝川方の武将のフリをし、滝川方の武将には小諸城の武将のフリをするのですが・・・。まあ、そんなコントみたいな芸が通用するのですかね。

 

 結局、信繁らも捕らわれて人質になってしまうのですが、これは前回申し上げた信繁が滝川方の人質になるという史実とのつじつま合わせだと思います。

 

小便垂れ・・・
 

 ここで登場する木曾義昌(役・石井愃一)は、信濃国木曾谷に本拠を置く有力な領主でした。ドラマでも取り上げていましたが、もともと武田信玄に仕えていましたが、天正10年(1582)に武田勝頼に反旗を翻し、織田信長に与することになります。これが武田氏滅亡の遠因になるわけです。ドラマで義昌は「武田を滅亡に追い込んだ織田方の武将を通すわけにはいかん!」と啖呵を切りますが、そんなことを言えた義理ではないのです・・・。

 

 ドラマのとおり、一益は逃亡するために苦労します。6月27日、一益は依田玄蕃に小諸城を引き渡し、翌28日に義昌の居城である福島城(長野県木曾郡木曾町)で昌幸の母ら人質を引き渡し、ようやく信濃を離れることができました。しかし、一益は6月27日に催された清洲会議に出席が叶いませんでした。

 

 ドラマでは、木曾義昌が人質の信繁と「きり」を解放するシーンがありましたが、これがいささかドン引きでした・・・。

 

 義昌は一益から人質を引き渡してもらうと、ただちに人質たちと面会をします。その後、義昌はなんと「とり」に平身低頭して挨拶をするのですが、なぜか「とり」に一喝されます。「とり」は若い頃の義昌のことを知っており、「小便垂れ」だったと暴露します。これには、ますます義昌が恥ずかしそうにして「勘弁してくれ」という態度を取ります。

 

 すると、「とり」は義昌に対し、信繁と「きり」を解放せよと迫りました。「とり」に頭が上がらない義昌は、しぶしぶ人質解放を認めることになります。かつて世話になったとはいえ、彼らは義昌の大切な人質です。それなのに、「とり」の要望で(しかも以上のような経緯で)、人質を解放することなどあるのでしょうかねえ・・・。もう少し理にかなった演出が欲しかったです。

 

おもしろい昌幸
 

 一方、昌幸の行動は早く、沼田城(群馬県沼田市)に叔父の矢沢頼綱を送りこみ、岩櫃城を信幸(役・大泉洋)に任せます。その後、上杉景勝(役・遠藤憲一)に誼を通じるのですが、実際にそうなるのは天正13年(1585)7月以降という説もあります。いずれにしても、かなり複雑な情勢だったのですね。

 

 その後、信繁は人質から解放され、昌幸と面会します。昌幸は人質を取り返せなかった信繁の失敗をなじりながら、まだまだ経験不足であると指摘します。つまり、昌幸の「勘」は長年の経験に培われたもので、信繁はまだそこまで至っていないと。一方で兄・信幸は慎重派であるともいいます。

 

 いったいどっちが良いのか?

 

 昌幸は信繁の「勘」と信幸の「慎重さ」が合わさってこそ、効果があるのだと。むむっ、これって毛利元就の「三矢の教え」のパクリ!? つまり、隆元・元春・隆景を矢にたとえ、一本ならぽきりと折れるが、3本まとまればなかなか折れない。だから兄弟で協力し、毛利家を守り立てよと・・・。

 

 いやいやわれわれの世代なら、「超人バロムワン」かもしれませんな。タケシとケンタロウが心を一つにしないと変身できない・・・。もしかしたら、信幸と信繁が合体して変身するかもしれませぬ。

 

おわりに
 

 ほかに気になる点としては、重要な事件の史実にはほとんど触れていないことでしょうか。本能寺の変もそうですが、今回は神流川の戦いも省略されていました。歴史に詳しくない人もいるので、コントに割く時間があるなら、ナレーションでもいいので、少しは解説が欲しいところです。

 

 また、人が死なないのも解せません。私が子供の頃見た「黄金の日々」では、信長を狙撃した杉谷善住坊が鋸引きの刑になるのですが、故・川谷拓三さんが熱演しており、まさしくお涙頂戴でございました。涙する場面がほとんどないのは、いかがなものでしょうかね・・・。

 

 ところで、今回の視聴率は17.5%と少しだけ上がりました。次回は、再度の20%台を期待しましょう! 夢よ、もう一度!

 

 今日はこのへんにしておきましょう。では、来週をお楽しみに! 「ガンバレ! 真田丸」

<了> 



洋泉社歴史総合サイト

歴史REALWEBはこちらから!
yosensha_banner_20130607