はじめに
 

 桜が満開ですね。私の自宅前は、ちょうど桜並木が広がっています。ただ、少しずつ散りかけているのも事実で、今週末にはおしまいでしょう。はかないものです・・・。

 

 4月8日(土)は、千葉県香取市の佐原に行っていました。お目当ては、伊能忠敬の記念館です。伊能忠敬の資料は、一括して国宝に指定されています。それにしても、電卓やパソコンやGPSもない時代に、よくあれだけ立派な地図ができたものだと感心しました。皆様もぜひお運びください。

 

 今回のサブタイトルは「徳政令の行方」でした。これは、おそらく「真実の行方」(1996年。主演:リチャード・ギア)もしくは「告発の行方」(1988年。主演:ジョディ・フォスター)を参考にしたのでしょう。まあ、こういうタイトルの〝もとネタ捜し〟も楽しみにしておきましょう。

 

 今回は、前回の徳政令の続きですね。どうなったのでしょうか???

 

蜂前神社の禰宜
 

 前回、直虎(役・柴咲コウ)は徳政令を発布しないこととし、代わりに高利貸しの瀬戸方久(役・ムロツヨシ)に瀬戸村、祝田村を支配させ、そこから得られる年貢を借金の返済に充てることにしました。一見すると、グッド・アイデアのように思いましたが、説明不足もあって家臣から反発を受けます。

 

 百姓たちは徳政令が発布されないことに落胆し、蜂前神社の禰宜(役・ダンカン)を頼って、さらに上級権力である今川氏真(役・尾上松也)から徳政令を発布してもらおうとします。これならば、直虎も従わなくてはならないと考えたのでしょう。なお、蜂前神社は祝田にある神社で、井伊氏に関わる文書を所蔵しています。

 

 井伊家の家中も大変揉めます。直親(役・三浦春馬)の妻・しの(役・貫地谷しほり)は、祝田村が子息・虎松の所領でもあったので、大いに怒り狂います。また、井伊家の家臣たちも困惑しますが、なかでも中野直之(役・矢本悠馬)は猛烈に反発し、まあ態度の悪いこと。若くて威勢がある人物像に描きたかったのでしょうが、会社で言えば社長にあたる人に対して、あの態度はないでしょう。大河ドラマには、毎度そういう人が登場しますが、身分制社会だった当時を考えるといささか解せないところです。

 

 間に割って入って、事態を揉めさせるのが小野政次(役・高橋一生)です。政次は直虎の行動が暴挙であると彼ら(井伊家家臣)を吹き込み、自分に任せておけば大丈夫と丸め込もうとします。もはや、政次には幼馴染時代のかわいらしさや、青年期の厚い友情もありません。権力欲剥き出しのただのおっさんです。

 

 とはいいながらも、祝田村と井伊氏は深い関係にありました。天文15年(1546)8月24日、井伊直盛(役・杉本哲太)は祝田(浜松市北区)の百姓中に対して、脇者・下人(最下層の百姓身分の者)が地主に背き、ほかの者と被官関係を結ぶことを禁止しています。この命に背いた場合は、百姓中による地下検断(裁判)により解決するようにとあります(「蜂前神社文書」)。

 

 直盛は井伊谷およびその周辺において、着実な百姓支配を展開しており、確固たる地位を築いた様子がうかがえます。

 

知恵をめぐらす直虎
 

 このままでは、井伊家は危機に陥ります。そもそも当主の提案したことが家中で否決されると、当主の器量が問われることになり、家そのものの存続の問題と言えます。そこで直虎は、知恵袋でもある南溪(役・小林薫)らを交えて、今後のことを協議します。その一つに、方久に与えた土地(瀬戸村・祝田村)の扱いがありました。

 

 そこで、直虎が思いついたのは、方久に与えた瀬戸村と祝田村を龍潭寺に寄進してしまうというものでした。「今川仮名目録追加」の第20条には、かの有名な「不入権」に関する規定があります。次に、現代語訳して示しておきましょう。

 

-----<以下、現代語訳>

 旧規より守護使不入ということは、将軍家が天下一同の御下知をもって、諸国守護職を仰せ付けられた御時のことである。その時代の古い文書に「守護使不入」とあり、その特権が認められていても、今川氏の御下知に背いてよいのだろうか。

 

 只今は押し並べて自分の力量をもって、国の法度を申し付け国を静謐するので、守護今川氏の手が入ってならないことはない。とかく申して従わないことがあれば、堅く申し付ける。

-----<以上、現代語訳終わり>

 

 要するに今川氏の治世下においては、「守護使不入」は認めないということになりましょう。この場合の不入は警察権だけでなく、棟別銭、段銭などの諸役が免除されることを含みます。この現代語訳の前段には、今川氏歴代当主の判物を所持している者については、これまで通り不入を認めるが、新儀に関しては以後は認めないと定めています。

 

 直虎は龍潭寺に方久の所領を寄進してしまえば、徳政令が発布されても、寺領には不入権があるので適用されず、徳政令は無効になると考えたのでしょう。ただ、直虎は「寺領については不入」と言っていましたが、それは「今川仮名目録」のどこに書いてあるのか。

 

 一般的なことを申し上げておけば、寺社などに対して「徳政令の適用を除外とする」という特権を与えることはあります。龍潭寺は今川氏から、そのような特権をすでに得ていたということなのでしょうか。私の条文の探し方が悪かったのか。また、徳政令の適用と不入権とは別個の問題のように思いましたので、私にはよく理解できないことでした。

 

 いずれにしても、不入権を認めるか認めないかは、今川氏の掌中にあるので、今川氏が認めないといえば、それまでだったように思うのですが。

 

 ともあれ、直虎はこれで難局を乗り越えたかに見えましたが、政次だけでなく、家中の面々や祝田村、瀬戸村の百姓たちも怒り心頭です。直虎が徳政令の発布を回避したからです。よく考えてみると、きちんと筋道立てて話せばわかったように思うのですが、それを省略したことに原因がありそうです。

 

方久、襲撃・拉致される
 

 ずるがしこい政次は、このままで黙っていません。再び政次は蜂前神社の禰宜に書状を送ると、百姓をけしかけて、方久の居宅を襲撃させます。禰宜は今川が徳政令を発布したものの、井伊家が骨抜きにしたと言ったのです。そして、百姓たちは方久を拉致監禁し、逃散するのです。つまり、耕作地を放棄し、消極的な手段によって抵抗するわけですな。

 

 この一報を聞いた直虎は、たった一人で村に向かいます。常識的に考えると、たった一人で向かうというのは、あまりに危険で考えられません。まあドラマですから、態勢を十分に整えてとか、先に部下を派遣して様子を探らせるのではなく、とにかく直虎が現地に急いで向かうところに価値があるのでしょう。まさしく竜宮小僧の面目躍如たるところですが。

 

 村に着いた直虎は、村人全員が逃散しもぬけの殻になっていることに気が付きます。とうとう「徳政令」を認める文書を蜂前神社の神前で書くはめに陥ります。しかし、そこに亀が現れ、その亀が署名を邪魔するではありませんか。その亀が直親の遺志を示していることに気が付いた直虎は、再び村に向かい、苗代が成長しすぎていることに気付き、このまま田植えのタイミングを逃すとまずいと考えました。そこで、井伊屋敷の近隣の人々などを説得し、夜にもかからず田植えをします。そうすれば、きっと逃げ出した百姓たちも村に帰ってくると、直虎は考えたのです。

 

 この考えはズバリ的中し、百姓たちは村に帰ってきます。最初は反抗的な態度を取っていた百姓でしたが、直虎がこんこんと事情を説明し、ようやく納得するのです。借金の件は先述のとおりですが、今後は方久のような新しい考えを持った、才覚ある人材の登用ということになりましょう。井伊家中の人々も大いに納得するわけです。

 

おわりに
 

 何となくほのぼのする内容でしたが、最初から直虎はきちんと家臣や百姓に説明していれば、こんなに揉めることはなかったでしょう。それを言ったらおしまいですが、直虎が奔走して問題を解決することが、今回の話の「肝(きも)」ということになりましょう。

 

 今回の視聴率は、また12.9%と少し下降しました。おおむね13%前後で固定化しつつありますね。次回は、大いに期待いたしましょう。

<了>


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