はじめに


 すっかり暖かくなりました。テレビの天気予報では、「春をすっ飛ばして、一気に夏に」と言っていましたが、まんざら大袈裟ではなさそうです。自宅前の桜もほぼ散ってしまいました。

 

 4月16日(日)は、江戸川区立西葛西図書館で「井伊直虎の生涯と井伊一族」と題して講演をさせていただきました。特に、直虎が女性なのか男性なのか、ほかに「女戦国大名」と称された女性についても取り上げました。講演は世界中どこへでも参りますので、よろしくお願いします。

 

 今回のサブタイトルは「おんな城主 対 おんな大名」でした。これは、「キングコング対ゴジラ」(1962年)など、複数のゴジラ作品(ほかにもヒーローものの作品のタイトルにもありますが)を〝元ネタ〟としたものでしょう。前者が直虎(役・柴咲コウ)、後者が寿桂尼(役・浅丘ルリ子)です。

 

 今回は、おもしろかったのでしょうか、そうではなかったのでしょうか???

 

今川の沙汰
 

 前回の続きで、直虎が徳政を実行しなかった件について、今川から駿府に出頭して申し開きをせよとの通達がありました。間を取り持ったのは、例のごとく小野政次(役・高橋一生)ですが、その本心がいささかわかりづらいところです。

 

 政次はこの件を受けて、直虎に対し「私に虎松様(のちの直政)の後見を譲られよ」と迫ります。この点はあとで触れますが、直虎はこの申し出を却下します。直虎からすれば、いかに目付とはいえ、一族以外の者から後見を譲るよう要求される筋合いはありません。

 

 いったん直虎に断られたものの、政次はしつこく後見を譲るよう食い下がります。そこで、政次は直虎に懐疑心を抱く「しの」(役・貫地谷しほり)に接近し、「しの」が虎松の後見として、直虎を望んでいないという一筆を書かせようとします。「しの」が望まないならば、直虎を後見の座から引きずり降ろすことも可能と考えたのですね。当初、「しの」は書いても無駄と考えたようですが、「その一筆を今川様に見せれば・・・」という政次の言葉により、早速一筆を認めます。

 

 直虎も屈強な男に負けじとがんばりますが、南溪(役・小林薫)は思いがけない言葉を発します。いざとなったら政次に虎松の後見を譲り、さっと逃げたらよい、と。よく「押しても駄目なら、引いてみな」と申しますが、そうした発想によるのでしょうか。南溪は肩に力の入る直虎に適切なアドバイスをするのですが、禅僧の言葉なので「禅問答」のような気がしないわけでもありません。

 

 こうして直虎は井伊谷を出発するのですが、以前に直親(役・三浦春馬)が今川と思しき軍勢に襲撃されたので、警備はしっかりと固めます。龍潭寺の僧たちが付き添うのですが、日ごろの鍛錬を見ると、まるで比叡山延暦寺の僧兵みたいですね。

 

 ところが、配下の中野直之(役・矢本悠馬)だけは直虎が女性であるから不満を感じるのか(あるいはやることなすこと気に入らないのか)、かなり反抗的な態度を取ります。いくら何でも、ここまでひどい態度の人間がいたものかと目を疑ってしまいます。そのため、直虎の警護を直之は断ります。

 

 直虎の出発後、南溪は直之に「百姓に字を教えるから手伝ってくれ」と申します。これは前回、祝田村の百姓たちが直虎に「字を習いたい」という申し出に対し、代わりに南溪が請け負ったものでしょう。直之は、渋々南溪に従って村に行きます。

 

 村の人々は字を習いたかったので、生き生きとして字を書いてます。しかし、その場で直之が、直虎が徳政の一件で今川氏のもとに行った旨をポロリと話すと、百姓はたちまちいきり立ちます。というのも、直虎が村人のために徳政を実行しなかったことが影響していると感じたからでした。何より村人は、直虎のことを慕っていました。村人は口々に「直虎は女性なので助けに行かないと男ではない」といって、すぐにでも出発する勢いでした。

 

 この様子を見た直之は、いささか心変わりをして、直虎を助けに行くことになるのです。村人の直虎を思う気持ちに感化されたのですね。

 

直虎、襲撃される
 

 直虎の一行は宿に到着しますが、同行した政次は一行の面々からかなり警戒されています。当主とはいえ、直虎はやはり女性です。夜、いきなり直虎は奇声を上げますが、それは敵が襲来したからではなく、単に寝床に蛇が這っていたからでした・・・。まあ、女性は今も昔もか弱かったのでしょうか???

 

 一方、場面が変わって、南溪が「なつ」(役・山口紗弥加。故・小野玄蕃の妻)と会話を交わします。「なつ」によると、政次は決して悪だくみをしているのではなく、直虎のために動いているのではと申します。つまり、女性である直虎が正面に出て、今川氏と交渉をするのは難しいので、政次が虎松の後見となり、直虎の代わりに井伊家の盾になろうとしているのではないかと。

 

 ここまでドラマをご覧になった方はお分かりのとおり、政次の本心はわかりづらいところです。一見して「直虎のために」という感じがしますが、ときに不気味な表情を見せたりします。決して本心を率直に明かそうとはしません。これが今川と井伊の間にある、目付としての政次の苦悩とでもいうのでしょうか?

 

 この点について南溪は、政次は決して本心を言わない、と申します。理由は本心を言ってしまったら、それが本心でなくなってしまう、と。少しわかりづらい表現ですが、要は日本風の「以心伝心」というものなのでしょうか? 政次が正面切って詳しく説明し、直虎に指図すると、それは意味がないようです。今ならば、「面倒くさい奴・・・」と言われるかもしれませんね・・・。

 

 また場面が変わりますが、ついに今川の手と思しき武装集団が直虎の一行を襲撃します。間一髪、直虎は逃れますが、すぐに敵に囲まれてしまいます。そこへ突如として現れたのが、あの反抗的な直之でした。直之は一刀のもとに、次々と敵を切り伏せます。腕は立つのですね。

 

 こうして直虎は助かるのですが、事態は急展開します。

 

村人の署名
 

 直虎は政次に虎松の後見を譲ると言って、いったん宿所に帰ります。しかし、これではドラマになりません。帰ったふりをしたのですが、直虎は変装して再び宿所を早馬で出発し、何とか寿桂尼の面前にあらわれます。寿桂尼は政次から「虎松の後見は、直虎から政次に譲られた」と聞いていたので、いささか驚いています。

 

 直虎は徳政を実行しなかった理由について、「今川仮名目録」22条を挙げて説明します。ところが、寿桂尼は今川義元が制定した「追加」により、それは否定されたと指摘します。前回も申しましたが、不入の話と徳政令がどう絡み合うのか、いささか理解しがたいところですね。

 

 こうして直虎と寿桂尼との問答があったわけですが、寿桂尼は重ねて直虎に徳政令を実行するように命じます。すると直虎は寿桂尼の言葉を逆手にとって、自分に徳政令を実行せよと命じることは、直虎の後見の立場を認めたものではないか、と揚げ足取りをします。

 

 傍で二人の問答を聞いていた政次は、「しの」が直虎の後見を望んでいないことを記した書状を盾にして、自分が後見役を譲られたと主張します。こうして話が揉めに揉めたところに、井伊家からの使者(中野直之)が到着し、ある書状をもたらします。

 

 その書状とは、祝田村などの村人たちが直虎の後見を認めてほしいと主張する内容のものでした。字は習いたてなので汚く、そこには南溪の添状もありました。これに心動かされたのか、寿桂尼は直虎の後見を認めます。

 

 寿桂尼は直虎に対して、支配の要諦を問いますが、直虎は「民を潤すこと」と答えます。「民を潤すこと」が井伊家のためになり、それが今川家のためにもなる、と。まさしく模範解答と言えましょう。戦国時代は選挙により領主が選ばれるわけではないですが、家臣や領民の支持無くして存立は叶いませんでした。今回は、その一コマということになりましょう。

 

おわりに
 

 ほのぼのとしたドラマです。可もなく不可もなく、さして奇抜な演出もありません。次も地味そうな話ですが、これで10%以上の視聴率を確保できるのですから立派なものですね。

 

 今回の視聴率は、14.4%と少し上昇しました。久々の14%台ですね。なぜ視聴率が上がったのか、理由はよくわかりません。次回も大いに期待いたしましょう。

<了>

 
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