大久保家の英和辞書

 今回も、島津斉彬が薩摩藩主として初めてお国入りした、嘉永4年(1851)夏の物語と考えてよいのだろうか。


 相撲大会で斉彬を投げ飛ばした西郷吉之助は、西田下会所の牢に投ぜられ、そこで「謎の漂流者」に出会う。漂流者はジョン万次郎(中浜万次郎)で、西郷の家に引き取られて、やがて心を開いてゆくというのがメーンのストーリー。

 その年1月、漂流してアメリカの捕鯨船に助けられ、同地で生活していた土佐の万次郎が琉球に上陸し、やがて斉彬に迎えられたのは史実だが、西郷の投獄も、万次郎と西郷の出会いや交流も、ほとんどはフィクション。前回の相撲大会に続き、フィクションで覆い尽くされた回である。


 何度も言うが、僕はフィクションが悪いとは微塵も思っていない。だが、このドラマは歴史を「大河」に見立てて描くという課題も背負っているはずだ。前回と今回は一話完結式のエピソードみたいで、「大河」のようにストーリーが流れていない感じがした。たとえフィクションであっても、何かしらの歴史の「真実」を衝いてないと、さすがにうんざりして来る。

 それに4話まで引きずっていた、薩摩藩の農村の窮乏の話は、どうなったのか。隠し田や少女が売られてゆくエピソードは、何だったのだろう。


 一点だけ、大久保正助(利通)の家に英和辞書があった件につき、少し解説しておく。

 江戸時代を通じ、日本における西洋の外国語といえばオランダ語だった。医学をはじめ西洋の新知識は、オランダ語を介して輸入された。しかし幕末に近づくと、幕府も世界の主流が英語であることが分かって来る。


 文政11年(1814)夏に長崎で完成した『諳厄利亜(アンゲリヤ)国語和解』が、日本初の英学書と言われる。英単語の脇に片仮名で発音を記し、和訳を付したものだ。ごく簡単な単語と会話を並べただけの、辞書と呼べるほど網羅的なものではない(豊田実『日本英学史の研究』)。


 物語が嘉永4年とすれば、大久保家にあったのは、この『諳厄利亜国語和解』であろう。しかし、出版されていないから、一般の武士が所持しているものではない。たとえば、水戸藩では完成前のものを文政8年、江戸で数名に書き写させ、翌9年、水戸の軍用司に納めている。この辞書を手に入れるのは、藩を挙げてのプロジェクトだったのだ。


 そんなものが、大久保家にあるわけがないと思うのだが……。そう理解した上でフィクションとして描いたのか、いまひとつ分からなかったので、あえて書き添えておく。

 

恋愛が成就しない理由


 なんといっても今回、正視に堪えなかったのが恋愛ドラマの部分だ。もちろんフィクションなのだが、それは構わない。


 海老原家に嫁ぐことが決まった糸は、実は西郷に恋している。西郷はそれに気づいていない。「ラブ」という言葉に刺激された糸は、ついに意を決し、西郷に告白するため西郷家を訪ねる。ところが西郷は不在で、その父から西郷吉之助の縁談が、親同士の話し合いで決まったと知らされる。


 衝撃を受けた糸は、自分も親が決めた縁談を受け入れようと決意する。そこへ西郷が現れ、ついに糸は気持ちを打ち明ける。なんだか過剰な演出で盛り上げているが、とても「変」な話だ。

 糸は、アメリカでは親が決めた相手ではなく、好きな者同士が夫婦になれる、日本もそんな自由な国になって欲しいと、大そうなことを言う。あげくは、

 

「吉之助さあ、早うそげなよか国になるよう、きばってたもんせ……私は、間に合いもはんじゃったが」

 

 となる。要するに糸の恋愛は、封建制度が原因で成就しなかったというのだ。まるで明治維新後の日本だったら、成就していた「悲恋」とでも言いた気である。


 しかし、ドラマを見る限り、この恋愛のハードルは封建制度ではない。そもそも糸の気持ちに西郷の方が気づいていないのだから、アメリカでも、明治維新後でも、現代でも、そりゃ成就は難しいだろう。それを安易に封建制度のせいにして、良いわけがない。もし、この「悲恋」を、作り手が幕府を倒す大義名分のひとつと考えているなら、噴飯ものである。


 封建制度の理不尽に押し潰される悲恋を描いた映画やドラマは、枚挙に暇無い。百歩譲って封建制度を理由にするとしても、糸にペラペラ全部説明させたら、ドラマは台なしになる。

 ここは、じっと黙って堪え忍ぶ糸の演技ですべての感情を表現し、見せるのが王道であろう。作り手が、男女の心の機微を描くことを放棄したような、雑な恋愛ドラマだった。

<了>

歴史REALWEBはこちらから!

yosensha_banner_20130607