◆今、神社財政を圧迫している支出とは


 前回まで、あわせて
4回にわたって神社経済の歴史を概観したところで、再び、現代の神社界に話を戻そう。

 多くの小規模神社が低収入に悩み、財政難に陥っている現状は、第2回・3回で詳述した通りである。

 では、その原因は何なのかと考えてみると、結局のところ、氏子と参詣者の減少に問題の本質があるといえるだろう。氏子が減れば氏子費や寄付金も減少し、参詣者が少なければ、祈願・授与品の初穂料、お賽銭も望めない。それは、総じていえば、信仰の衰退にもつながる。そして、少子化と地方の過疎化が、氏子や参詣者の減少、引いては信仰衰退に拍車をかけているのだ。

 しかし、じつはこのこと以外に、あまり表には出てこないが、小規模神社の経済を苦しめ、神職たちを悩ませているといわれるものがある。

 それは「神宮大麻」の初穂料をめぐる問題である。これは神社の収入というよりは、支出にかかわってくる問題だが、とにかくこの「神宮大麻」に関連する費用が、とくに氏子が減少傾向にある神社にとって、今、非常に大きな負担となっているのだ。

 今回の記事では、「神社界の闇」ともいわれる、神宮大麻に迫ってみたい。

 

◆伊勢神宮が奉製し、神社本庁が頒布する


 神宮大麻とは、一言でいえば、伊勢神宮の神札(しんさつ)のことである。御真(ぎょしん)と呼ばれる板材をご神体とし、それに和紙を巻き付け、表に「天照皇大神宮」という伊勢神宮内宮の別号を記し、神璽が押されたものだ。大きさに応じて大大麻・中大麻・大麻の
3タイプがあり、伊勢神宮の事務所である神宮司庁で奉製されている。神社本庁では、神宮大麻は「天照大神の御璽(みしるし)」であると説明している。

 この神宮大麻は神社本庁に頒布が委託されていて、さらに神社本庁は都道府県の神社庁を介して全国の神社にその頒布を委託している。そして、各神社の氏子は1年に1度、自分の氏神である神社の神職や総代から神宮大麻を初穂料を納めて受け、それを神棚に祀って奉斎することが推奨されている。神宮大麻の初穂料は現在、大大麻2000円、中大麻1200円、大麻800円となっているが、実際の頒布数の9割以上を800円の大麻が占めている。また、伊勢神宮では、神宮大麻とあわせて神宮暦も頒布しているが、その実数は大麻にくらべるとほんのごくわずかだ。


 要するに、世俗的に表現すれば、伊勢神宮は
1800円のお札の販売を神社本庁に委託し、神社本庁は傘下の神社にその小売りを依頼しているということになる。もちろん、氏子が神宮大麻を受けるかどうか、つまり買うかどうかは、他の神社のお守りやお札と同様に、あくまで任意である。逆に、特定の氏神や鎮守がないという人であっても、神宮大麻は神社本庁の管轄下にある神社なら全国どこででも頒布されているはずなので、望むならば、好きな神社で初穂料を納めて受けることができる。

 

◆遷宮の資金に充てられる神宮大麻の初穂料


 ここで若干話題を転じる。

 言うまでもないが、神社界の頂点に立つ伊勢神宮は、今では国際的な観光名所となってにぎわっており、平成28年(2016)の参拝者数はおよそ900万人だった。当然これだけ集客力があれば、集金力もかなりのものと想像できるが、しかし、伊勢神宮は、他の神社と違って、極端に支出も多いというのも特徴であり、また悩みどころでもある。社殿から神宝に至るまでが一新される、20年に1度の「式年遷宮」に、莫大な費用がかかるからだ。

 直近では平成25年に第62回遷宮が行われたが、このときの遷宮に際しては、伊勢神宮では550億円の予算を計上したという。そのうちの約220億円は、神社界や財界からの寄付で賄われたが、残りの330億円は、伊勢神宮の収益を積み立てることで賄われたという(『週刊ダイヤモンド』2016416日号の特集「神社の迷宮」による)。

 次の遷宮も15年後に迫っているので、資金面の準備も当然着々と進められていることだろう。


 では、こうした莫大な遷宮費用に充てられる伊勢神宮の収益源は具体的になにかというと、例の神宮大麻がメインとなっているのだ。

 つまり、神宮大麻の「売り上げ」が、遷宮を資金面から支えているのだ。

 そしてじつはその「売り上げ」は、伊勢神宮を「本宗」と位置づける神社本庁(正確には、その地方支部である神社庁)にとっても重要な資金源になっていると思われるのだ。

 

◆神宮大麻のバックマージン


 そのカラクリを、ケースを単純化して解説してみよう。

 A県にあるB神社が、標準タイプの1800円の神宮大麻を100体、氏子に頒布したとしよう。すると、B神社には800円×100体=8万円の初穂料が入ることになる。

 しかし、B神社はその初穂料8万円をまるまるA県の神社庁に納め、さらにそのお金は伊勢神宮のもとにわたる。

 このままだと、B神社はただ頒布を仲介しただけで、1円も手に入らないということになるが、じつはまだこの先がある。

 伊勢神宮は納められた8万円のうちのおよそ半分にあたる金額を神社本庁に「本宗交付金」として交付し、さらにその交付金はほぼそのままA県の神社庁のもとへ流れる。そして、神社庁はその交付金の何割かにあたる金額を「神宮神徳宣揚費交付金」としてB神社に交付し、残りは自分の懐に納めるのだ。

 その「神宮神徳宣揚費交付金」の額だが、筆者が取材した西日本のある地域では、当初の初穂料の2割程度であった。つまり、800円の標準タイプの神宮大麻1体につき約160円が交付されるというかっこうである。ただし、ここから神社庁に若干ピンハネされて、神社庁の下部組織(地区組織、支部組織)にも配分されるので、実際に神社が受け取る手取りの金額は160円よりもさらに少なくなる。また、こうした配分額は全国一律ではなく、都道府県つまり当該地区の神社庁によって若干の上下があるとみられる(また、地域によっては800円の大麻を1000円で頒布している例もみられる)。

 さて、ここで仮に神社の手取りの神宮神徳宣揚費交付金を1体につき150円として計算すると、B神社の「神宮神徳宣揚費交付金」は150円×100体=15000円ということになる。このお金は、いうなれば、伊勢神宮からのバックマージンである。

 つまり、神宮大麻の初穂料は、伊勢神宮と神社庁と神社の三者で配分されるという図式になっている。

 

◆神社には頒布のノルマがある


 神宮大麻がこのようなスキームで頒布されているとするならば、それは神社界にとっては、ある意味、経済面では理想的なシステムだといえるだろう。
1体頒布されれば、その都度、伊勢神宮だけでなく、神社庁も、神社も、たとえ少額とはいえ、利益を得ることができるからだ。そしてもちろん、神札が氏子に頒布されるということは、信仰の布教、神宮・神社の興隆にも寄与することになる。

 だが、現実には、神宮大麻頒布のために、財政が圧迫されている神社が少なくないのだ。

 それは、なぜか。


 西日本の農村部に鎮座する、ある神社の山村章男宮司(仮名)はこう解説する。

「毎年、一方的に決められた数の神宮大麻が神社庁から送られてきて、強制的に買い取らされるのです。私のところは戦後まもないころから〇〇〇体と決められて送られてくるのですが、もちろんそれを全部頒布できたら負担にはならないのですが、どうがんばっても毎年100体ぐらいしか頒布できない。だから、残った×××体分の初穂料はこっちの負担になる。神宮神徳宣揚費交付金をもらっても、結局、赤字です。田舎の神社にとっては、これが結構な負担になるんです」

 つまり、各神社(宮司が常駐している本務神社)には神宮大麻頒布のノルマが事実上、課せられていて、各神社はそのノルマの数量の大麻を買い取り、余った大麻は返却できない、というケースがあるらしいのだ。

 たとえば、仮に先ほどのB神社で標準タイプの1800円の大麻が年間500体ノルマになっていたとして、実際には100体しか頒布できないとすると、残った400体×800円=32万円が、B神社の持ち出しとなる。すでに500体買い取っているので、前述の割合で換算すると、神宮神徳宣揚費交付金として150円×500体=75000円程度がバックされるはずだが、それを差し引いても245000円の赤字だ。神社界の多数を占める年収300万円未満レベルの神社にとっては、痛い出費だろう。

 ついでながら、神宮大麻とは別に、各神社は神社本庁あるいは神社庁に対して負担金その他の費用を納めなければならないので、どのみち、神宮神徳宣揚費交付金はそうした支払いで消えてしまうという。

 ちなみに、山村宮司は神社の収入だけでは生活ができないので(自分の給料が出せない)、平日は一般企業に勤務している。

 

◆年々、厳しさを増す神宮大麻の頒布


 山村宮司の神社がある地域では、送られてくる神宮大麻の数は、各神社の氏子数や規模に応じて、在地の神社庁が一方的に決めているらしい。そのノルマを神社側の要望で減らしてもらうことはできないのだろうか。

 山村宮司はこう語る。

「何度お願いしても、『この数は絶対減らすな』ということで、減らしてもらえないんです。氏子数が減っているんだから、大麻の数も減らそうというのが真っ当な意見だと思うんですが、逆に神社本庁の方では増やせという方針なんです」

 神宮大麻の頒布は、毎年9月に伊勢神宮で斎行される「神宮大麻暦頒布始祭」からスタートし、年末から正月にかけての時期を中心に各地で頒布が行われ、3月の「神宮大麻暦頒布終了祭」で終了となる。平成29年度の神宮大麻頒布数は約8564775体だった(『神社新報』平成30312日号)。この「頒布数」には、先に挙げた例のような、実際には頒布しきれずに残ってしまいやむなく神社が買い取ったかたちとなった分も含まれていると思われるが、同紙によれば、昨年度よりは55887体の減体で、平成22年度以降は8年連続の減体だという。ちなみに、戦後のピークは平成6年の約956万体である。翌年から減少に転じたのは、初穂料の値上げが行われたことが影響しているのだろう(標準タイプの神宮大麻が500円から800円に改定)。

 目下、神社本庁側は何としても減体を防ごうと頒布向上計画を策定して各種の啓発活動を行っていて、「増やせ一体、減らすな一体」などという合言葉も筆者は耳にした。現場をあずかる神社庁やその支部の責任者としても、少なくとも現状維持は死守しようと必死になっているのだろう。

 もちろん毎年ノルマを果たして、交付された神宮大麻を残らず氏子に頒布する神社も存在する。そうした神社は氏子組織がしっかりしていて、毎年、総代や当番になった氏子が責任をもって11戸に頒布してゆく。自治会単位で頒布してくれるところもあるという。なかには、アルバイトを動員して頒布を行っている神社や、大麻が足りなくなるような神社もあるという。

 しかし現代では、自治会に神宮大麻の頒布をお願いしても、「信教の自由」を楯に断られるのが当たり前となっている。仮に自治会の会長が地元の氏神の総代や責任役員だったとしても、である。

 山村宮司は「地方の神社の宮司は、どこも神宮大麻のことで頭を悩ましていると思いますよ」と嘆く。式年遷宮は神社界最大ともいえる神聖で晴れやかな神事である。しかしじっと耳を澄ませてみれば、末端に置かれた神社の神職たちの喘ぎが聞こえてきそうだ。

 

◆新聞の「押し紙」と似た構造


 今回、筆者が神宮大麻頒布の実態を取材していて思い起こしたことがある。それは新聞の「押し紙」問題である。

「押し紙」とは、新聞を発行する本社が、実際の読者数をはるかに超える部数の新聞を販売店に買い取らせることをいう。新聞社としては、部数の減少は、購読料の減少になるだけでなく、部数に応じて決められる広告料の単価を下げざるを得なくなるため、多くの新聞社が押し紙に手を染めて、実配部数(読者に配達されている部数)を水増ししているといわれる。

 たとえば、ある地区では某新聞の購読者が1000軒しかないが、新聞社からはその地区の販売店に2000部が輸送され、販売店はそれをすべて規定の卸値で買い取る。販売店には1000部が残るのでその分は負担になるが、折り込み広告が多ければその手数料が入るので、さほど販売店の重荷にはならない。また、買い取り部数が一定量を超えると卸値がさらに下がることもあるという。

 しかし、近年では折り込み広告の量が減少傾向にあり、加えて購読者数も年々減少している。そのため、「押し紙」が多くの販売店を苦しめているという。なかには苦し紛れに、押し紙も含めた新聞社からの送り部数を「実配部数」と偽って広告枚数を受け取り、その枚数分の手数料を得ているケースもあるという。当然、押し紙分の広告枚数はどこへも配達されずに密かに廃棄されるので、これは詐取まがいの行為ということになる。


 押し紙問題は「新聞業界の闇」であり、業界の利益構造を見直さずにこの悪弊をいつまでも続けてゆけば、早晩、日本の新聞販売網と新聞メディアは崩壊してしまうともいわれている。昨年平成
29年の暮れ、日本経済新聞社の東京本社ビルのトイレで火災が発生し、前月まで都内で新聞販売店を経営していた男性が死亡するという事件が起きたが、「押し紙問題で経営を苦しめられた元販売店主が本社に対して『抗議の焼身自殺』を遂げたのでは」というのが業界内でのもっぱらの見方だ。

 神宮大麻も、もし全国で、実際の頒布数(世俗的にいえば「実売数」)とは関係なく、規定数の強制買い取りのようなシステムになっているのだとしたら、その構造は新聞の「押し紙」と本質的には同じといえ、いずれ末端の神社のみならず、神社界そのもの基盤をもおびやかすことになりかねない。

 それにしても、頒布できずに残った神宮大麻は、どう処分されるのだろうか。

 

◆罪穢れを除去してくれる御祓大麻が原型


 神宮大麻の起源は、中世・近世に、伊勢の御師(おんし)が檀家に配布した「御祓(おはらい)大麻」にあるとされる。伊勢の御師とは、伊勢神宮の参詣ガイドを務め、祈禱も行った宗教者である。代理人を各地に派遣して、ときにみずから出かけて参詣者を募り、彼らと師檀関係を結び、「伊勢講」「参宮講」などの名で結社をつくった。そして、檀家にそのしるしとして御祓大麻を授けたのである。

 御祓大麻は元来、祓え具の大麻(おおぬさ)(神社のお祓いで用いられる、棒や木に紙垂を付けたもの)を箱に納めたもの(箱大麻)であったらしいが、江戸時代の庶民向けの御祓大麻は、小さい祓串を剣先形に紙で包んで表に「太神宮」などと墨書した神札型のものが主流になっていた。つまり、現在の神宮大麻に近いかたちになっていた。ちなみに、「大麻」という呼び名は、神に祈る際の捧げ物としての幣(ぬさ)に木綿や麻、布帛が充てられ、その幣が祓え具の大麻(おおぬさ)に転化したことによると考えられ、御祓大麻や神宮大麻そのものが、「麻(あさ)」で作られているわけではない。

 御祓大麻は罪穢れを除去してくれる呪力をもつものと信じられ、厄年のときには、それを神棚に祀ったあと、海に流したり、焼却したりすることもあったという。


 しかし、明治
4年(1871)、明治政府は御師が配布する御祓大麻を廃止し、翌年からこれを「神宮大麻」と改称し、神宮司庁から直接全国の家庭に頒布されることになった。そして、「祓え具」としての意義は弱められ、「天照大神の御璽」であると規定された。ちなみに、昭和2年(1927)の「神宮大麻及暦頒布規程」によれば、神宮大麻1体の初穂料は10銭となっている。その初穂料は当然、伊勢神宮の重要な資金源となっていたことだろう。戦時下の昭和19年には頒布数は約1300万体に達している。


 さて、「御璽」という言葉の解釈は難しいところで、何やら深い意味が込められていそうだが、空漠としすぎているような気がしないでもない。

 かつての御祓大麻は伊勢神宮を直接的に信奉する人々だけを対象としたものだった。ところが、神宮大麻は、明治初期の神道国教化の流れに乗せられて、その対象が「全国民」へと強引に押し広げられてしまった。全国の神職は、奉職する神社が天照大神を祀っているか否かにかかわらず、かつての御師と同じような役目を課せられることになってしまった。そのあたりに、ゆがみの遠因があるのではないか。

 山村宮司は神宮大麻頒布のつらさを嘆くなかで、自嘲気味にこうぼやいた。

「結局、伊勢神宮や神社本庁のために、地方の神社が汗水たらしてがんばっているということですよね」

 

【参考文献】

神社本庁総合研究所監修『戦後の神社・神道』神社新報社

 

 洋泉社歴史総合サイト

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