◆神社界懸案の不活動神社問題とは

 昨今の神社界において、神社の運営護持にあたっての懸案の問題としてよく挙げられるものに、「不活動神社」がある。

 不活動神社とは、一般的には、法人格を有する神社のうち、宗教法人としての活動が行われていない神社、不活動宗教法人の状態に陥った神社をさす。宮司(代表役員)が欠員となり、あるいは社殿が荒廃し、その状態がそのまま放置されているケースが想定される。村落の人口減少などにより、氏子がほぼ皆無となった神社もこれに加えられよう。

 また、神社にかぎらず、不活動宗教法人はそのまま放置しておくと、法人格が第三者に売買されて脱税などの違法行為に悪用されるなど、不正行為の温床となる恐れもある。そのため、近年では、文化庁が不活動宗教法人を抱える包括宗教法人に対して何らかの対策を講じるよう呼び掛ける事態にもなっている。

 こうしたこともあってか、神社本庁は平成27年から「不活動神社対策特別推進事業」を実施して、不活動神社の把握や神社の不活動状態の解消に取り組んでいる。不活動神社の実数は、「不活動」の見極めが恣意的なものにならざるを得ないこともあってか、正確には把握されていないようだが、こうした事業が実施されているからには、等閑視できないレベルに達しているのだろう(ただし付言しておくと、不活動神社の問題は昭和50年代頃から指摘されていて、当時は「もともと法人格を所有するのが無理だった神社を、戦後に宗教法人令が施行された際に法人として登記してしまった」というのが問題の原点だ、という声もあがっていた)。

 もっとも、いったん不活動状態に陥った神社に活動を再開させることは、容易ではない。神社の場合、信仰的な次元で考えれば、宮司や氏子がいなくても、たとえ粗末なものであれ祠(ほこら)がひとつ置かれているだけでも、詣でる人がひとりでもいれば、神社として存立しうるはずだ。

 だが、法律の次元で考えると、そうはいかない。その神社が氏子もすっかりいなくなってしまったような状態であれば、仮に代表役員(宮司)を置くことができたとしても、責任役員のなり手を見つけ出せず、宗教法人としての存続はきわめて難しくなる。もちろん、法人格を有している以上は、そのまま放っておけば自然消滅する――ということには決してならない。

 では、現実に活動再開が見込めなくなった法人格を有する不活動神社は、どうすればよいのだろうか。

 

◆現実には極めて難しい宗教法人の解散


 活動再開が見込めない神社については、法律上は、神社の解散もしくは合併という選択肢がある。

 ただし、このうちの解散は、現実的にはなかなかとりえない方策である。

 それはなぜなのか。

 宗教法人の解散には、法律上は、法定解散と任意解散がある。

 法定解散とは、「その宗教法人の意思とは関係なく解散せざるを得なくなるケース」で、その事由としては、宗教法人法によれば、破産したとか、包括宗教法人(神社の場合はおもに神社本庁)がなくなったなどが挙げられる。いくら不活動神社だといっても、こうした理由で解散に至ることは、神社関係者からすれば神道そのものへの信頼にもかかわってくるので、何としても避けたいところだろう。

 また法定解散には裁判所の解散命令によるものもある。それは、たとえばその法人が「著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為をした」「宗教団体の目的を著しく逸脱した行為をした」ことを裁判所が認めたときに、裁判所が解散命令を出すケースだ。わかりやすい例を挙げると、平成7年(1995)、東京地裁はオウム真理教に対して解散命令を出している。――神社のみならず宗教法人としては、解散命令が取り沙汰されるような事態に陥ることもまた避けたいところだろう。

 こうしたことから、不活動神社にとって法定解散が現実的なものではないことは、おわかりいただけるだろう。

 次に任意解散だが、これは、「宗教法人法が定める規則に則って、信者や包括宗教法人の同意や所轄庁の認証を得て宗教法人を解散し、各種の清算手続きを行う」ものだ。しかし、この任意解散も神社の場合は現実的には難しい。手続きが煩雑なうえに、それまでその神社に祀られていた祭神を解散後どう扱うのか、という信仰上の問題が発生する。そのため、任意解散には慎重にならざるを得ないのだ。

 一度誕生した宗教法人をなくすことは、容易ではない、ということである。

 すると、残る選択肢は合併ということになる。

 合併とは、正確に言うと、不活動神社の法人格を、他の近隣の活動状態にある神社の法人格に吸収合併させることで、つまり法人格合併という手段である(ただしこの場合、正確にいうと、法律上は、合併された法人は合併によって解散することになる)。

 合併は、解散に比べれば手続きは楽だといわれていて、祭神もそのまま残すことが可能であり、こちらは、数は決して多いとは言えないが、神社界で現実に実行されている。

 

◆過疎地域の神社にも合併は有効


 神社の法人格合併は、不活動神社にかぎらず、過疎地などで、兼務宮司はいるものの、氏子減少や管理困難に悩む神社への対策としても有効であろう。神社本庁は、不活動神社対策とは別に「過疎地域神社活性化推進施策」も実施していて、氏子が数戸しかいないような過疎地の神社と不活動神社とを区別しているが、活性化が難しい過疎地の神社に対しては、やはり合併が選択肢として残るはずである。

 現場をあずかる神職の眼にも、神社合併は効果的な対策として映るはずだ。

 たとえば、宮司が本務神社の他に、神職が常駐していない他の複数の神社の宮司を5社、10社、あるいは20社と兼務しているケースが多くみられることは、すでに何度も記した通りだが、そうした兼務神社というのは、往々にして氏子が数戸しかいないような、過疎地の神社である。こういった場合には、宮司は本務神社の他に、広域に点在する複数の小社を管理運営することになり、そのことは経済的にも労力的にも負担がのしかかることにもなろう。

 そのような場合は、とくに兼務社に氏子がほとんどいないような場合は、いっそその神社を本務神社に合併してしまったほうが、合理的で経済的と考えるのがごくふつうだろう。自治体や企業の場合と同じように、神社合併は神社の管理運営の合理化・効率化につながるはずだ。

 

◆兼務社を合併して本務神社の飛び地境内社にする


 ところが、現実には神社合併は、やはり解散同様に手続きが煩雑で、そのうえ、さして効果がないという。

 それはどういうことか。

 実際に、兼務社の本務社への法人格合併を行ったことのある農村部の神社の宮司に、貴重な体験談を聞くことができた。

「兼務社のひとつの××神社がある集落は、人がだれもいなくなってしまい、廃村になってしまいました。残っている家は全部空き家なんです。

 だから、その神社をもうなくしたいと思ったので、神社庁に問い合わせてみたら、法人格をもつ神社の廃社(解散)は非常に難しいと。廃社にして宗教法人をやめるにしても、建物や土地といった財産が残るので、その譲り手が見つからないと、廃社手続きの途中でたいてい頓挫してしまう。そこで、『どうしたらいいんですか』と聞いたら、『合併という方法がある』と教わったのです」

 ところで、××神社は法人格を持っているので、法律上は、代表役員(宮司)のほかに、氏子の中から最低2名責任役員を選出しなければならない。しかし、廃村になっているので、神社はあるが役員の成り手がいない。そこで、この宮司はその集落の出身者(現在は集落外に居住)を2人探しあてて、なかば強引に役員になってもらっていた。

 そしてその役員に「この神社の行く末はないので、合併してとりあえず法的に何とかしたい」と相談して了解をとりつけ、合併の手続きを進めることにした。

 だが、合併の手続きは、想像以上にたいへんだったという。

 宮司はこう説明する。

「神社の法人格合併というのは、具体的には、合併される××神社の建物(社殿)と土地はそのまま残して、その権利だけを合併先の〇〇神社(宮司の本務神社)に譲るというかたちをとります。つまり、××神社を〇〇神社の飛び地境内社という扱いにするのです」

 この形式ならば、信仰上の問題も起きにくいだろう。合併される神社は、宗教法人格はなくすものの、合併する神社の境内社として残るので、合併される神社の祭神は理論上は、そのまま従来通り祀られつづけるということになるはずだからだ。仮に神社を解散したら、祭神そのものも廃棄されることになり、そうすると、これに信仰面から抵抗感を抱いて異を唱える人があらわれることは想像に難くない。


 宮司は具体的な手続きについても説明してくれた。

「手続きの手順としては、まず『これこれこういう理由で合併しますので、許可をお願いします』という具申書を神社本庁に提出します。すると、神社本庁から『傷んでいる建物はどうしますか?』といったような照会があって、それにちゃんと回答すると、書類にハンコがもらえて、合併が神社本庁に正式に承認されます。

 神社本庁の承認の次は、公告です。『××神社は合併します。異議のある方は申し出て下さい』というような公告を一定期間掲げなければいけないのです。

 公告を掲げて異議が出なければ、今度は、宗教法人の所轄庁である都道府県の知事に合併の認証を申請します。申請が受理されて合併が正式に認証されたら、次は法務局に合併の登記申請を行います。

 こうした手続きをへて、やっと合併が完了します。

 実際の手続きは司法書士の方に依頼しましたが、結局、手続きに1年はかかりました」

 

◆合併で役員が不要になるが、経済的にはかわらない


 このような煩雑なプロセスをへてようやく成った合併だが、実際に合併してみると、意外なことに、たいしてメリットがないことにこの宮司は気づいたという。

 まず、メリットとしてはどんなことがあるのか?

「いちばんのメリットは法人格をなくせるということです。神社は、たとえ氏子が数戸しかなくても、法人格を有している以上は、氏子の中から責任役員を最低2人たてなければいけません。私の経験では、氏子少数神社の役員の選出というのがとてもキツイ。役員になってくれそうな人はかぎられてくるので、同じ人に任期ごとに繰り返しやってもらわなければならなくなる。そして、その人がいずれ亡くなってしまったら、役員になってくれる人がゼロになる。

 でも、法人格がなくなると、役員が不要になる。私としては、これがいちばんのメリットになります。

 それから、法人格をもつ神社は、年に1回、所轄庁に規定の書類を提出しなければならないことになっているのですが、法人格がなくなれば、それも必要なくなり、書類的な手続きも楽になります」

 ちなみに、この宮司は、本務社の他に、20以上の神社の宮司を兼務している。

「私としては、氏子が少ない神社は、徐々に本務社に合併させて、法人格を減らし、ちょっとでも兼務社を減らしていきたいとは思っています」

 だが、合併にはデメリットも厳存するという。

 宮司は語る。

「合併しても、建物と土地は飛び地境内社としてそのまま残るので、本務社の宮司が従来と同じように管理・維持していかなければならない。これがデメリットですね。山奥にあるような神社で、他にも兼務社がいっぱいありますから、実際にはそんなに行けません。ですから、結局、ほったからしのような状態になります」

 さらに宮司はこう強調する。

「経済的にも負担は以前とほとんどかわりません」

 たしかに、法人格があろうがなかろうが、傷んだ社殿を修繕すれば、かかる費用は同じだろう。

 それどころか、合併手続きそのものが経済的な負担を増やしているという。

 この宮司によれば、司法書士に法人合併の手続きを依頼すると、30万円ぐらいの費用がかかるという。氏子が実質ゼロ、つまり実質的に収入がゼロ円の神社に対して30万円をつぎこむわけである。しかも、合併したからといって、その合併された神社への参詣者が増えるわけでもない。つまり、費用対効果が望めるわけでもない。入るお金はないのに、出ていく金だけが増えた、という図式である。本務神社の資金繰りが潤沢でなければ、多くの宮司はきっと法人合併に二の足を踏むことだろう。

「氏子が50戸ぐらいある神社ならまだ大丈夫だと思いますが、氏子が20戸、10戸といったところは、お祭りで行っても若い人がいなくて、お年寄りばかりで、この先がないなとつくづく思います。お祭りしていても、先のことを考えてしまい、はやく手を打ったほうがいいとは思うのですが……」

 前出の宮司はそう憂慮して不活動神社の増加を懸念する。

 

◆小規模神社を悩ます役員・総代という問題


 ところで、「氏子少数神社の役員選出がキツイ」という話が前出の宮司から出たが、実際のところ、役員や氏子の代表である総代(現実には責任役員が兼任している場合が多い)の選出に頭を悩ましている神職は多い。

 西日本の都市部の郊外地区に鎮座するある神社のベテラン宮司は、こう訴える。

「ここ2030年ぐらい前から、徐々に総代さんの気質が変わってきているように思います。村(共同体)そのものに対する情熱が薄れてきています。核家族化が進んで、お年寄りはなんとかがんばっているけど、若い人たちにそれが伝わっていない。村のためにというよりも、自分の家族とか、おじいちゃん・おばあちゃんの介護を優先して考える。『村のためになんとかしなきゃいかん』という熱い思いをもてなくなる状態に、今、突入しています」

 
  そしてまた、こんなケースが増えているとも指摘する。

 代々総代をやってくれた家があるが、その家の息子は家を出て都市部に移り住み、年に1回ぐらいしか村に帰ってこない。そうすると、その息子の代にその家ではもう村の神社の総代など引き受けてくれなくなる。だいたい、仕事が忙しいので、そんなことをやっている暇がない。これが、現代の神社の総代の現実だという。

「こうして総代の気質が変わってきているがために、神主さんが苦しくなってきています。新しい神主さんは、現状のなかで格差が広がりすぎているので、自分の仕事に情熱がもてなくなっている。ということは、神主さんの気質そのものも変わらざるを得ないんです」

 そういえば、前出の合併を実施しつつ神社の運営にあたっている宮司は、切実な口調でこう述べていた。

「私は親から引き継いで宮司になりましたが、正直言って、いつ夜逃げしてもいい覚悟でやっています。『夜逃げするぐらいなら、いっそ宮司を辞めてしまえばいいじゃないか』と思う人もいるかもしれませんが、仮に神社庁に辞表を出したとしても意味がありません。次の宮司を自分で見つけておかないかぎり、宮司というのは辞められないというシステムに事実上なっているんです……」

 結局、一度創祀された神社は、氏子がいなくなろうが、不活動状態になろうが、そう簡単に消えることはできない。そして、不活動神社は増えつづける。

 それでいて、苦労して神社合併をはたしたとしても、実際問題としては、なにも変わらない。

 矛盾だらけの現実が、地方の神社の宮司たちに突き付けられている。

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