ロケのリアリティ

 前回は、西郷が月照とともに錦江湾に入水したところで終わった。今回はひとり蘇生した西郷が「菊池源吾」と改名し、藩命により奄美大島に流されるところから始まる。
 史実では、西郷を乗せた黒糖積船の福徳丸は安政5年(1858)12月26日、薩摩の山川港を出港し、翌6年1月12日、奄美大島の龍郷町阿舟港に入港した。やがて西郷は、島の龍郷という村に落ち着く。


 ドラマでは落ちている砂糖をなめた島の男の子を、「薩摩のお殿様のもんを、盗んじょうるようなもんじゃ」と、役人が打ちのめす。そこに西郷が現れ、子供を助ける(かつて西郷少年も菓子を盗みに、殿様の屋敷に侵入していたが……)。

 はじめは反発していた島娘の「とぅま」は、そんな西郷を見て、心を開いてゆく。異文化の中に入った男が、はじめは理解されないが、やがて打ち解けてゆくというストーリーは古今東西よくあるパターンで、特に目新しさは感じない。ケビン・コスナー扮する南北戦争の英雄が、インディアンの群の中に入ってゆく『ダンス・ウィズ・ウルブズ』なんて名作映画もあった。


 ドラマは冒頭から島唄が流れ、燦々とした太陽が青い海を照らし、南国の雰囲気を盛り上げる。奄美大島で長期ロケが行われたとのことだが、その効果は絶大。このリアリティは、説得力がある。

 これがいつものように、スタジオセットや関東あたりの風景の中で撮影されていたら、目も当てられない出来になっていただろう。


 もちろんドラマとしての難点も、少なくは無い。たとえば、とぅまが「異分子」である西郷に好意を抱いてゆく過程の描き方が、相変わらず恋愛ドラマとしてはかなり雑である。しかし、今回はとにかく現地の風景が、そうした問題を、かき消す位に魅力的だった。

 

斉彬の先見性

 とぅまは西郷に、蘭癖の殿様が死んだ時は島じゅうが喜んだが、何も変わらなかったと言う。殿様とは、島津斉彬のことである。西郷は激怒して、斉彬は民のため、国のために尽くしたのだと反論。

 これは、なかなか興味深い問題提議である。たしかに斉彬は、民や国の行く末を考えて数々の政策を行ったのだろう。だが、そのため民に負担が重くのしかかったのも事実である。政治家の志とは往々にしてそのようなもので、必ずしも、ただちに民の暮らしが楽になるわけではない。とぅまの視点は、貴重である。

 だから斉彬は「蘭癖」と呼ばれ、恨まれたのだ。薩摩藩にしても費用がかかりすぎるとの理由から、斉彬没後、かれの始めた近代軍事工場である集成館を閉じてしまう。文久3年(1863)の「薩英戦争」で、西洋の近代兵器相手に戦うことによって、ようやく斉彬の先見性が評価され、集成館が再興される。

 とぅまは自分たちは民のうちに入っていなかった(つまり奄美大島の者は、差別されている)と言い残し、駆け出して行ってしまう。この時の会話が、ラストの西郷の「藩の金を湯水のように使って来た」という反省の台詞に繋がるのだろうが、もう少し掘り下げて丁寧に描けば、ドラマがもっと深いものになったのではないかと思う。

 

奄美大島の貞操観念

 ドラマのとぅまは、西郷のもとに気軽に通って話をし、手をつないで走ったりしているが、当時の奄美大島の女性の貞操観念は、かなり強かったらしい。昇曙夢『西郷隆盛獄中記』には、

 

「かくれ子(くわ)孕(はら)で産(な)し月やなりゅり、深山わけ登て霧灰(きりふえ)なろい」

 

 という島の小唄が紹介されている。親に隠れて不義の子を宿した娘の苦しみ、悩みを教訓としたもの。

 あるいは「処女が一人で若い男と語らったら、きっと蛇の子を産む」との言い伝えもあるという。

 以前ドラマでは、これから他家へ嫁に行くという糸子を、西郷がおぶって帰宅するといったエピソードがあったが、そのへんの感覚はいつもきわめて現代的であり、しっくり来ない。

 

間抜けな西郷

 拙著の話になるが、二月に朝日新書で出した『語り継がれた西郷どん』には明治の終わりころ、奄美大島に伝わっていた西郷にまつわるエピソードを集めた新聞記事を収録している。

 これを読むと、西郷ははじめ島民たちに「非常に大きな遠島人」として、警戒されていたようだ。

 やがて交流を持つようになった島民からも、「あまり尊敬されていたようには思われない」という。どんくさいので、気の短い島民に殴られたり、子供にからかわれたりといった話が出て来る。次に、2篇ほど紹介しておく。

 

「翁(西郷)の猪猟仲間に宮勇気というのがいたが、勇気はいつも翁に好位置を与えたが、いつも翁は失敗するので勇気は怒って、

『汝は駄目だ』

 叱り飛ばした。翁は、

『今度は違いない』

 とて再三請うて好位置を得たが、また見事に失敗した。

 勇気は血色を替えて怒り、

『この嘘つきめ』

 と言いざまに、突如翁の鬢太を撲って、

『どうしてくれる』

 と息巻くので、翁は平謝りに謝り、帰途豚一頭を買って帰り、翁の宿で屠殺して肴となし、快飲してやっとの事で仲直りした」

 

「翁が鰹釣の仲間に、某という男があった。某は頗る傲慢な男で、しばしば翁を凌辱するの言動があった。翁はとにかく遠島人の事とて不快には思っていたが、顔にも見せず、黙っていた。

 ある日のこと。翁は某と舟に乗って釣に行ったが、二、三匹外釣れなかった。翁は某に向かって、

『ここで料理を喰って還ろうではないか』

 と言うと、某も、

『よかろう』

 と言ったので、翁が庖刀を取って料理。今し方、翁が糞垂れた垢取りの中に盛り、差し出したので、某は怫然として色を作し、一切喰わなかった。

 翁はさもうまそうに、一切残さず、ムシャムシャと喰ってしまった。

 某はこの様を見ていたが、この時から翁が稍々尋常一様の人ではないということを知って、翁に敬意を表するようになった」

 

 もちろん、これだけではなく、良く知られる島の子供の教育、愛加那(とぅま)との結婚、島民の窮乏を救うといった話も美談調に語られている。

 しかし、政争から切り離された奄美大島に舞台を移すことで、ようやく、このドラマが描いて来た、おっちょこちょいでお人よしといった、西郷の魅力が発揮出来そうな気もする。はっきり言って、幕末政争の中での西郷の描き方はひどかった。これから何回続くのか知らないが、西郷の楽しげな島生活を、美しい風景とともに楽しめることを期待している。

<了>

 

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