世捨て人の西郷


 今回は奄美大島に流された西郷吉之助が安政6年(1859)11月、愛加那と結婚したところから始まる。

 楽しい新婚ライフを描くのかと思いきや、突然物語は一年前にさかのぼってしまった。前回に続き、奄美大島の風景を楽しめるかと期待していただけに、ちょっと残念である。


 鹿児島での大久保正助らの動向に大半の時間が割かれ、主人公西郷の出番が極端に少ない。大久保は先々代藩主の島津斉興や藩主の父(国父)島津久光に接近して、信頼を得てゆく。斉興は「古き良き薩摩を守れ」と島津久光に遺言して(久光は反発したが)、他界する。


 ナレーションでは「この時吉之助は海の向こうの薩摩で何が起こっているのか、起ころうとしているのか、まったく知りませんでした」とあった。ドラマでは西郷を世捨て人のように描きたいらしいが、それは史実とは異なる。大久保らと文通して、政治にかんする情報を懸命になって集めていたことは、『大西郷全集』に収められた島から発した数通の手紙からもうかがえる。

 たとえば万延元年(1860)11月7日、堀次郎・大久保にあてた手紙には「只々早船の一左右相待ち居り候ところ、天下の形勢も相分かり、追々正義に向かい候模様御同慶存じ奉り候。相替わらず御同志中様方御壮栄欣賀奉り候」などとある。

 

抗う若者たち


 ドラマでは、保守的な斉興に批判的な若き薩摩藩士たちが集まって、気炎を上げている。「花燃ゆ」の時も書いたと思うが、幕末を描くドラマは、時として無意識のうちに現代を映し出す鏡になっており驚かされる。

 若者が理不尽な社会に対して、怒ったり、抵抗しなくなったと言われて久しい。主流は「寄らば大樹の陰」。「忖度」で溢れかえった世の中は、権力の意味を履き違えた「老害」をはびこらせてしまう。
 いま、大変な社会問題となっている日大アメフト部の事件も、そんな風潮が引き起こしたと言えなくもない。ところが、事件を起こした日大の学生が堂々と会見して謝罪したり、大学側の圧力にもかかわらず、反発した学生たちが近く声明文を出すといったニュースに接すると、日本も捨てたものではないと思ったりもする。


 ここのところ、日大の職員や国会議員の自己保身しか考えていないようなウソだらけの答弁が、連日のように報道された。そのような時だからこそ、学生たちの言動を大変清々しく感じられた方が、多かったのではないか。


 現実では「老害」を相手に戦う若者の大半は、報われることなく消されてしまう。それでも理不尽な強者や古い体制に、打算抜きで牙を剥いて奮闘する若者の姿は古今東西関係無く、万人の心を打つ。ドラマや小説で繰り返し描かれる「幕末の志士」の魅力も、そこにある。それも、「維新の精神」のひとつだろう。

 だからこそ、今回のドラマも「老害」に押し潰されそうになっている若者たちの鬱屈したエネルギーを、もっと丁寧に描いて欲しかった。真っ昼間から大声で「隠居を斬る」などと叫んだり、示現流の剣術稽古の立ち木打ちを繰り返したりといった薄っぺらな描写だけでは、共感出来ないのである。

 

大老・井伊暗殺の知らせ


 大久保ら薩摩藩急進派の誠忠組は、亡君島津斉彬の遺志を継ぎ、脱藩して水戸藩の急進派と提携して、大老井伊直弼を暗殺し、東西で蜂起する計画を進める。ところが藩主茂久らが自重を促したため、動かなかった。

 ドラマにも出て来たが、安政6年9月、藩主は誠忠組に対する諭書で、「天朝に忠勤、事変の際挙兵上京」という斉彬の遺志を継ぐことを約束する。これを万延元年(1860)2月26日、藩庁が決定したため、薩摩の藩是となった(佐々木克『幕末政治と薩摩藩』吉川弘文館、平成16年)。

 結局、水戸17人、薩摩1人(有村治左衛門)が万延元年三月三日、江戸城桜田門外で大老井伊直弼を暗殺する。この知らせが奄美大島の西郷のもとに届いた時の様子は、次のようなものだったと伝えられる。

 

「桜田門外で大老井伊直弼が斬られた報知が達すると、翁(西郷)はたちまち立ち上がって、刀を取り抜き放して跣足(はだし)のまま庭に飛び下り、エイエイと掛け声しながら、松の大樹を数回切った。

 この様を見ていた宿の小僧はかねて翁に憎蔵ばかりしていたから、翁はきっと自分を斬るだろうと思って、そのまま逃げ出して姿を隠して三日程出なかった。

 翁はそれとは知らないので、その小僧が見えないから不思議に思って聞いて見ると、かくかくだと答えたので、翁は覚えず吹き出したが、その、何のために刀を抜いて松の大樹を斬ったかは、その後誰にも話さなかったが、こんなに天下は多事の時に、こんなに平和な島の中に、こんなに平和に暮らすのが残念がったためであろう」(拙著『語り継がれた西郷どん』朝日新書、平成30年)

<了>

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