菊次郎誕生

 今回は西郷と愛加那との間の第一子、菊次郎が生まれた文久元年(1861)1月2日から、西郷が奄美大島の龍郷を出帆した翌2年1月14日までが描かれる。


 ドラマでは、西郷と愛加那は生まれた子供に「菊太郎」と名付けようとする。しかし、島の長老である龍佐民が反対し、「菊次郎」になる。

 いずれ西郷は鹿児島に帰るだろうが、規則により愛加那は連れて行けない。しかし菊次郎は将来、鹿児島に行くことが出来る。そこで西郷が別の女性と結婚していたら、「菊太郎」では気まずい思いをするというのがその理由だ。当時の規則を、手短に台詞で説明している点は評価出来る。


 ドラマには出て来なかったが、「菊次郎」と命名された理由として、実は西郷の次男だったからとの説がある。

 かつて藩主の密命を受けた西郷が台湾に行ったさい、現地の女性と懇ろになって子供をもうけたという。ならばそちらが、長男なのだ。成人した菊次郎は官吏となり明治28年(1895)、台湾総督府に勤務するが、そのさい腹違いの兄を探して、会いに行ったという話を聞いたことがある。

 

帰りたくない西郷


 文久元年(1861)、薩摩藩では島津久光が小松帯刀・中山尚之助・大久保一蔵・堀次郎(伊知地貞馨)らを側近に抜擢して、実権を握った。久光は求心力を高めるためにも、兄の斉彬が望んで果たせなかった、率兵上京を企てる。

 そのため、朝廷や諸藩の関係者とのパイプを持つ西郷が必要になって来る。こうして11月、西郷のもとに召還状が届く。ドラマでは、召還状を奄美大島まで持参するのが親友の大久保になっていたが、これはフィクション。もっとも大久保は久光に、西郷召還を強く進言したという。


 さて、すでに島で妻子を持ってしまった西郷の心はどう動くか。「義理」と「人情」、「公」と「私」に挟まれた者の苦悩は、ドラマの古典的なテーマである。ここからがドラマの作り手たちの、腕の見せどころだろう。

 ドラマの西郷は100パーセント、鹿児島に帰る気持ちは無い。だから当初、大久保の説得も受け付けない。それどころか、召還命令を取り消すよう藩に嘆願書を書く(フィクションである)。


 以前から何度も述べているが、このドラマは西郷の何が優れているのか、何処が魅力的なのかを、ちゃんと描いて来なかった。その点をサボりまくった。だから、ここに来て西郷が、そこまで薩摩藩に必要とされる理由が、いまひとつ分からなくなっている。さらにはなぜ、帰る気になってゆくのかも、いまひとつ分からない。100パーセント帰る気がなければ、帰らなくても良い気がする。

 愛加那が西郷の帰国を理解し、海の中で抱き合って島唄を歌って別れを悲しむ場面は、美しい。もっともその大半は、ロケで撮影された現地の海の美しさである。

 愛加那はこの時、二人目の子供を身ごもっていた(文久2年7月に生まれる菊草という女子)。それはドラマでも説明されていただけに、妊婦が長時間海に浸かっているというのも、ヒヤヒヤさせられるシチュエーションではある。


 史実では、西郷は愛加那と結ばれた後も鹿児島に帰り、政治に係わりたいと望んでいた。復帰に向けて情報も集めていた。島から発した手紙などを読むと、そのことがうかがえる。税所・大久保にあてた文久元年2月4日の手紙には、息子の誕生を知らせながらも、「天下の形勢ますます衰弱に成り立ち候由、実に歎息の至りにござ候。京師の御様子有難き次第、感涙袖をひたし候儀にござ候」「私には頓と島人に成り切り、心を苦しめ候事ばかりにござ候」などとある。


 それをドラマにするならば、帰りたい気持ち50パーセント、帰りたくない気持ち50パーセントに設定しなければ、心の葛藤が描けない。そのせめぎ合いが「何か」のきっかけで、帰る方に比重がかかるのだ。その「何か」を描くのがドラマであろう。

 作り手たちは、視聴者に西郷を悪く思われたくないようだ。それが徹底し過ぎて、今回は変なドラマになってしまった。大久保という「悪役」を設定し、「大久保が言うから」本人は100パーセント嫌なのだが、鹿児島に帰らなければならない話にしてしまった。

 ここは50パーセントの政治好きの気持ちの方が勝ってしまい、涙ながらに妻子を振り切る西郷(女性から一方的に見ると、残酷な男)を、史実には無い大久保などを挟まずに、描いて欲しかった。そして、人間西郷の心に深い傷を負わせて、以後の人生を歩かせれば、深みが出るはずなのだが……。

 

半分まで進む


 このドラマは、何でも二極化したがる現代日本の風潮を現していると、いつも思う。


 こんな「悪」の要素が無い西郷では、以後、幕末の複雑な政局を引っ掻き回し、権謀術数を駆使して「ヒーさま」こと徳川慶喜の足をすくって権力の座から追い、幕府を崩壊させるようなドラマは期待出来ない。


 いや、正直なところとっくに期待していないのだが、ならば全篇ロケの奄美大島篇をあと半年続けて、最終回で愛加那と別れさせて欲しかった。


 ちなみに、僕はこれまで西郷の生涯を描いたドラマでは、日本テレビの年末大型時代劇『田原坂』(昭和62年)が、抜群に良く出来ていたと思う。20年近く前、脚本の杉山義法に初めてお会いした時、そのことを伝えると「あれはドキュメンタリーのつもりで書いた」と話してくれたのが、忘れられない。

 久々にDVDで見直していたら、西郷が奄美大島から去って行くのが、全篇330分中の53分のところだった。つまり、全体の六分の一である。


 『西郷どん』は一年がかりの大河だが、半分近くを費やして、ようやくここまでたどり着いた。これからどのような時間配分なのかは存じ上げぬが、ちょっとスローペース過ぎるのではないかと、余計な心配をしてしまった。

<了>

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