生麦事件と薩英戦争


 今回は沖永良部に流された西郷の牢が新築された文久2年(1862)10月から、召還の使者(西郷信吾ら)が来る元治元年(1864)2月までを描く。これまでの遅れを取り戻すためか、一話で一年半ほど話が進んだことになり、珍しく時間が凝縮された回である。


 この間、西郷不在の薩摩藩は生麦事件(文久2年8月)と薩英戦争(文久3年7月)を体験した。薩摩藩の国父である島津久光の真意は、外国人を斬るといった過激な攘夷ではないのだが、ボタンの掛け違いなどもあって、干戈を交えることになってしまう。しかし、近代兵器の威力を目の当たりにした驚きにより、薩摩藩は敵対したイギリスに急接近。国際社会の海原に船出してゆく。一方、イギリスも、勇猛果敢に戦った薩摩藩を評価。歴史が進む上で、この点はすごく重要なのだが、ドラマでは事件の意義を説明するような描写がほとんど無い。

 ちなみにドラマの中でも語られていたが、薩英戦争のさい、西郷信吾ら20人の決死隊がスイカ売りに変装して、イギリス艦ユーリアラスに乗り込んだという話は史実である。結局甲板まで上ったものの、陸からの号砲による合図の指示が無かったため、何も出来ないまま引き上げたという。

 

生麦事件の証言


 生麦事件から半世紀後の大正元年(1912)、その時英人を斬ったという久木村治休が『鹿児島新聞』に談話を発表している。それによると、事件当時の久木村は19歳。毎度のようだが、拙著『語り継がれた西郷どん』(朝日新書)に収めたので、その一部をご紹介する。

 

「初秋の蒼空は拭うたように晴れ渡った日の午近く。時しも横浜の方から砂を蹴立てて四人の異国人が馬上からやって来る。

 その時分は、異国人となると誰も切ってみたい、切ってみたいと焦っておる時で、わしも切ってみたくて、腕が鳴って仕様がなかった。

『切ってみたいもんじゃナァ』

 とは思ったが、無闇に切る訳にもいかず、指をくわえて遣り過ごして行くと、たちまち後列の方でがやがやと、騒々しい物音がする。ハッと思った咄嗟に、

『やったな』

 と、刀の鞘に手を掛けて振り向くと、一人の英人が片腹を押さえて、懸命に駆けて来る。

 いよいよ御馳走がやって来る。

 こんどこそは…と思ったから、その近寄るのを待っておる。

 馬上の英人は右の手で手綱を掻っ繰り、左の手で左の片腹の疵口を押さえておる。

 ちょうど近寄るのを待ち構えて、腰なる一刀スラッと抜き打ちに切った。

 刀は波の平安国の銘刀、二尺六寸五分の業物で、わしのような小男にはちと長過ぎる程じゃった。

 が、たしかに手応えはあった。

 見るとやはり左の片腹をやったので、真っ赤な疵口から血の塊がコロコロと、草の上に落ちた。

 なんでも奴の心臓らしかった。今一太刀と追いかけたが、先方は馬、俺らは膝栗毛じゃからとても追っつかぬ」

 

 実際、英人に致命的な傷を与えたのは、奈良原喜左衛門や海江田信義だとされる。久木村も一太刀浴びせかけたのかも知れないが、談話はかなり誇張されているようだ。ただ、西洋人などまるで人間と思わず、「御馳走」呼ばわりして、積極的に殺そうとする幕末の青年武士の残忍な感覚がうかがえて、とても興味深い。

 なお、薩摩藩は英人を斬ったのは足軽の岡野新助であり、その後行方不明であると幕府に報告している(岡野は架空の人物)。行列を乱された薩摩藩としては、たとえ相手が英人であってもルールに従って行動したまでであり、反省するつもりはない。

 

ナポレオンの伝記


 ドラマでは沖永良部に流された西郷と親交を持つ川口雪篷は、ナポレオンの伝記を愛読している。実際、ナポレオンの漢文の伝記は「志士」たちの間でよく読まれた。長州の吉田松陰は「那波列翁(ナポレオン)を起こしてフレーヘード(自由)を唱えねば、腹悶医(いや)し難し」云々と述べているし、その門下の吉田稔麿もアメリカが起こした独立戦争を、自分たちの攘夷運動と重ねて考えている。奇兵隊陣営の蔵書にも、ナポレオンの伝記があったという。

 沖永良部を去る西郷に、川口はナポレオン伝を餞別に贈る。そして「革命」と大書した旗を振り、「西郷ど~ん」と叫びながら見送る。この川口は薩英戦争のさい、突然「民」を護るのだと言って、島から抜け出そうとしていた。なんでも「民のため」というのは、3年前の大河『花燃ゆ』を想起させる。普通、武士ならば「主君」のためであろう。大半がフイクションであるが、作り手たちが確たる歴史観を持って、このようなエピソードを描いているのかは分からない。

 話は少し逸れるが、先日、東映実録やくざ映画復活を掲げて製作された『孤狼の血』を観た(2回観た)。主人公は役所広司が扮する、やくざと癒着している悪徳刑事。ところがラスト近くで事故に見せかけて殺される悪徳刑事の所業の数々は、すべて「堅気」のためだったという、唐突なオチがつけられており少々呆れた。40年ほど前、似たような悪徳刑事とやくざの癒着を描いた東映実録やくざ映画に『県警対組織暴力』(昭和50年)がある。こちらも菅原文太扮する悪徳刑事は事故に見せかけて殺されるのだが、最後まで悪徳刑事は「悪」のままであった。だから人間としてリアリティがあり、大変面白かった(50回くらい観た)。

 どうも最近は、東映実録やくざ映画の世界ですら、世のため、人のためといった、政治家が唱えるような胡散臭いお題目が必要になっているようだ。そうしないと、認めてくれないような社会になっているとすれば、それは危険である。そういう風潮の中での「明治維新150年」であることを念頭に置きながら、大河を観るのもまた一興であろう。

<了>

  洋泉社歴史総合サイト

歴史REALWEBはこちらから!

yosensha_banner_20130607