新しい西郷


 今回は元治元年(1864)7月19日の「禁門の変」が終わった直後から、長州征伐が終結する、同年末くらいまでの物語。

 ドラマでは「禁門の変」後、西郷は負傷した足をひきずりながら京の町を視察して歩き、焼け出された「民」の姿を見て悲しむ。そして「オイも、薩摩も、長州も、幕府も、朝廷も悪い」と、わけが分かったようで、よく分からない台詞を吐く。

 それから「民」のため、これ以上戦争を行ってはならぬと、岩国に乗り込み、長州征伐を不戦解兵で終わらせてしまう。この現代的な平和論者の西郷は途中、幕臣の勝海舟や土佐浪士の坂本龍馬とも出会い、シンパシーを感じたりする。しかし、幕府権力のことしか眼中にない一橋慶喜と言い争いになり、訣別する(ドラマでは長州征伐を終えた西郷は京都に戻って慶喜に復命していたが、じっさいはそのまま広島から鹿児島に帰国している)。


 史実の西郷はなかなか好戦的で、謀略をめぐらせる策士である。だから彼はすぐれた武士であり、敵からも味方からも一目置かれた。武士の世界では、戦争は政治問題の解決手段として、ずっと身近にあった。西郷が長州藩と干戈を交えなかったのも、「民」のために平和を望んだのではなく、そうすることで幕府権力が強化されると、危惧したからである。


 今後、ドラマの西郷は「民」を戦争から救うために薩長同盟を締結し、「民」を悪政から救うために慶喜を追い詰め、幕府を倒すのであろう。それが「新しい西郷」だと言えば、新しいのかも知れない。ここまで「民」のことを思う、現代的な平和論者の西郷など見たことがないからだ。

 

時局大河


 ドラマの作り手たちは、いまの日本に「英雄待望論」を巻き起こしたいのだろうか。「西郷隆盛」を絶対的英雄にして、一方的に「明治維新」を正当化するつもりらしい。純粋なドラマとして観れば、それはそれで構わないのだが、近年の大河ドラマ、特に明治維新モノは政権の影がチラついて仕方ないから、いささか不気味でもある。


 現代はエエ年した大人が「明治維新」は正しかった、間違いだった、あの人物は善だ、悪だなどと言い争っている、頭の痛くなるほど馬鹿げた時代だ。その利権に群がる人たちも多い。あらためて言うまでもないが、二極化出来る「歴史」などありえない。善悪で評価出来る人物もいない。半世紀前の「明治100年」の頃と比べても、何やら日本人の思考能力が劣化しているような気がしてならない。

 昭和14年(1939)に施行された映画法により、愛国心や戦意高揚をうたい、国家主義強化を目的とする、いわゆる「時局映画」とか「国策映画」と呼ばれる作品が続々登場したことがある。時代劇は国史を題材とした歴史映画(史劇)が主流になり、中でも最も多く描かれたのが「明治維新」だった。

 詳しくは拙著『幕末時代劇「主役」たちの真実』(講談社+α新書・平成22年)などをお読みいただければと思うが、「建国神話」として「明治維新」は、利用され易い。何十年か何百年か後、何本かの大河ドラマは、その製作決定過程も含めて、「時局大河」「国策大河」と呼ばれているかも知れない。

 

ピストルと刀


 あと、どうでもいいことかも知れないが、「決意」や「覚悟」を表現する方法の安っぽさ、貧弱さにも、ちょっとうんざりした。

 龍馬が初対面の西郷の眼前でピストルをチラつかせたり、西郷が慶喜の前で脇差を抜いて、畳に突き刺したりといった場面である。たとえ武士とは言え、ピストルや刀をこのように扱ったりはしない。基本的に抜いた時は、相手を殺す時である。


 僕が熱心に観ていた四十年ほど前の大河や歴史ドラマには、こんな場面はなかったと思う。たとえば「勝海舟」(昭和49年)や「花神」(昭和52年)にも龍馬は登場したが、撃つ気もないピストルを他人の前で弄ぶような場面があった記憶は無い。その頃は戦後三十年しか経っておらず、武器を相手に向けることの重大さを知る人も多かったはずだ。そのへんの作り手たちの歴史に対する感覚も、やはり「変」なものになりつつあるのかも知れない。

<了>

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