他の皇室ブログをもうすでにご覧になっている読者の皆様にはこの記事をなかなかアップすることができなかった。確信は持てないし、さてほんとうにそうなのか?そんなことがあり得るのか?いくら美智子さんでも皇室入内前に朝日の記者と?と疑問は膨らむばかり。

皆様ご存知のでれでれさんと伏見さんのブログからも引用させていただき、まとめてみた。

まずは美智子さんの結婚前の写真。これらの写真はとてもきつい女性のように感じられる。慈愛の美智子さまは結婚後マスコミが作った虚像だったのか?

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左の写真を拝見すると、皇太子妃になってからの下の写真はどこかのクラブのママのよう。こんな所作をなさっていたとは驚き。




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1959410日明仁皇太子と結婚、マスコミによる一大ミッチーブームを引き起こす。
翌年1960223日に浩宮徳仁親王が誕生した。結婚からちょうど10ヶ月で誕生。今でいうハネムーンベビー。


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現在結婚相手とは違う子を妊娠する「托卵女子」が増えているというではないか。恐ろしいことだ。DNAで調べられたら一発でバレる。

托卵(たくらん)とは、卵の世話を他の個体に托する動物の習性のことである。代わりの 親は仮親と呼ばれる(Wikiより)

いくらなんでもそんなこと、あり得ない、と今でもまだ信じられないのだ。
では相手は?

それが婚約前から正田家に出入りしていた朝日新聞記者の佐伯晋。この人のWikiが出てこない、若い頃の写真も出てこない。

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1960年3月12日 ナルちゃん出産後、退院する美智子様
車の窓を開ける美智子様に、牧野純子女官長がきびしい顔

この窓を開けた行為はこれから伝える朝日新聞記者の佐伯氏に撮影させるためだったと言われている。


ところが浩宮さまが托卵では、という噂が流れており、写真の検証までネットでされているのはすでにご存じ。

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<佐伯晋さんプロフィール>

1931東京生まれ。一橋大学経済学部卒。1953年、朝日新聞入社、社会部員、社会部長などを経て、同社取締役(電波・ニューメディア担当)、専務(編集担当)を歴任した。95年の退任後も同社顧問を務め、99年に顧問を退いた。






この人がなぜ正田家にひとりだけ入れたのか、ご自分で書いたものが10項目にわたって証言している。


美智子さま邸へ「潜入」せよ 「秘密のルート」は「裏木戸」 元「お妃選び班記者」の取材ノートから(9)
2012年5月5日 7時40分
http://news.livedoor.com/article/detail/6530022/

(前略)
現地に行ってみると、五反田の高台にある正田邸の正門に向かって2、3軒左隣が疋田さんの実家だった。疋田家の裏口を出るとZ字形の狭い路地があり、正田邸の生け垣に行き当たる形で続いていた。そこに正田邸の裏木戸があった。正門からは完全に死角だけど、当然カギがかかっている。
疋田家に戻って正田邸にいる美智子さんの母、冨美さんに電話をして、「裏木戸を開けて下さい」って頼んだら、冨美さんは笑いながら「いいわよ」と言ってくれた。行くとお手伝いさんが裏木戸を開けて入れてくれた。最初に裏木戸から入った日の時間帯は遅い夕方だったかな。あとはこのパターンの繰り返し。

ご婚約発表の日の美智子さま 記者はご実家の中からお見送りした 元「お妃選び班記者」の取材ノートから(10)
2012年5月6日 10時20分
http://news.livedoor.com/article/detail/6532040/

佐伯 他社の人たちに見られてはまずかろうと、奧に引っ込んでいましたけどね。前日の11月26日夜にも遅くまで正田邸内にいたし、27日も朝早くから邸内にいました。その間、会社や自宅に戻って寝た記憶はないから、近くに待たせていた会社の車の中で仮
眠したのかもしれない。

11月27日の発表当日の朝は天気もよく、美智子さんは「よく眠れた」とすっきりした表情で話していた。美智子さんは7時すぎから入浴したり、父の英三郎さんと2人だけで食事したりして過ごした。宮内庁から派遣された男性も正田邸へ朝から来ていたが、正田家の人から聞いたのか、ぼくが新聞記者だとは気付いていたようだった。「何で記者がこんな所にいるのか」とは思ったろうが、外へ追い出すわけにもいかず、何となく見て見ぬふり、という感じだった。

佐伯 ご婚約発表から30年近くたった1987年の秋、朝日新聞主催の催しに皇太子ご夫妻がお出ましになり、社長以下役員が2階のコンコースに並んで送迎した。役員になったばかりで50代半ばのぼくは、端っこの方でお見送りしていた。
美智子さまは通りすがりにぼくの顔に気付き、つと立ち止まって「まあ、お懐かしい」と、しばらくの間、感慨深げにぼくの目を見つめておられたから、お付きの人を含めたご一行の流れが止まってしまい、ご先導役が慌てている様が見えた。ぼくは、感動しながら「ご無沙汰しております」とお答えしました。お元気そうで安心したのを覚えています。



さてここで写真の検証。他の皇室ブログに何度も掲載されている写真だ。

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この向かって左側の男性は上野動物園園長の林寿郎さんとも言われている。
確かに似ているが。
下記は日経ビジネスに掲載された当時上の動物園飼育係長の写真。
1951
(昭和26)年、単身でケニアにカバを買いに行った林寿郎さん。
写真転載禁止というのでサイトを貼った。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090910/204471/?SS=nboimgview&FD=1185582351


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この時の映像が下記でみられる。

浩宮さまの動物園見学:
http://www.gettyimages.co.jp/detail/%E5%8B%95%E7%94%BB/prince-hiro-visits-the-zoo-michiko-takes-prince-hiro-to-ueno-%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9%E5%8B%95%E7%94%BB/492638130

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最後に伏見顕正さんのブログの抜粋:
上の写真を見ながら読むとわかりやすい。
全文は下記サイトへ:
http://blog.goo.ne.jp/duque21/e/07f5a6b110e1e1faaf15adbd4c58dd9a


でれでれ草さんのブログの「お猿の電車」の動画を見ると、良くわかります。美智子の真後ろに座っているのが園長でしょう。向かって右の男性です。まったく「アク」が有りません。屈託のない笑顔です。


その反対に、ナルの後ろの向かって左側の男、横柄な佇まいと不敵な笑み、「釣り目」がナルにそっくりの朝鮮顔です。張本勲から暴力性を抜いて、知的にした感じ(笑)


あの、腕章をつけて、高級な社用車に載って、社旗(旭日旗)を掲げて、威張って乗り込んでいくのです。


★動物園の園長さんが腕章をすることはないし、する必然性は全くないと思

ネットで検索すると、有名な写真が出てきます。美智子がナルを出産して、病院から車で退院するときの写真です。ナルを抱いて、車の窓を開けて、白狐のような顔で微笑む不気味な写真です。

写真を撮ったのは、佐伯で、美智子は佐伯に対して微笑んだのでしょう。それと対照的な隣の牧野女官長の厳しい表情とまなざし、この時牧野女史は、「寒いのに窓を閉めなさい」と注意したそうですが、私には女官長の目がナルを凝視

しているように見えます。この時すでに「皇太子に似ていない」と直感したのではないでしょうか?これは、私の推測です。

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気の毒に牧野女官長と言う人は、正田富美の女性誌(特に女性自身、別名、「美智子自身」)への工作や、朝日の印象操作により、【美智子妃苛めの虚構】が世間に流布され、その中心人物に仕立て上げられてしまいました。

最後は、香淳皇后の力を削ぎたい、入江侍従長が美智子と結託して、有ることない事昭和天皇に告げ口して、宮中から、追い出してしまいました。常磐会の推薦で当時の東宮女官長として送り込まれた彼女は、強い使命感と責任感で

美智子に厳しく臨んだと思います。あの勝気な美智子がへこんだぐらいですから、教育者として厳しい方だったんだろうと思います。「適性の無い女を将来の立派な皇后にする」為に誠心誠意、指導したのですが、「悪役に仕立てられ」て、社会的に抹殺されてしまいました。牧野女史も三流女性誌と朝日新聞の気の毒な犠牲者です。

侍従長の入江相政(すけまさ)は、公家特有の陰湿な側近でした。美智子と男女の仲だったことも、皇宮警察などで根強い噂として語り継がれていますが私は、事実だったと思います。

この噂は「反秋篠宮派」から、うまく利用され、「秋篠宮を貶めるときに入江実父説」として必ず浮上します。しかし、殿下と入江は似ても似つかないし、美智子はナル出産後は、胞状奇胎で流産し、「妊娠不能」になっています。

その入江も昭和60年、80歳を期に9月30日で、退職を決めました。ところが2日前の9月28日に突然急死します。私はこれも不審死だと思います。




さてみなさんはどう思われるか?信じがたいことだが。
いまだにこれが本当なのかわからない。
真実を突き詰めるならDNA鑑定をお願いするしかない。
その鑑定も第三者機関でやってもらうべき。