美智子さんは8日日曜日に手術を終え、きょう10日にはもう退院した。

凄い早い、最近の全身麻酔乳がんの手術ってこんなに早いの?

 

下天皇夫妻は病院へのお見舞いへは行かず、吹上仙洞御所に退院した美智子さんを見舞ったそうだ。

下天夫妻がお見舞いをしないので病院へのお見舞いを遠慮された紀子さま。

なんでも「順番が違う」と言われれば従わねばならないのか?

 

昨日予定を早めて秋田から帰京したのだからそのままお見舞いできたはず。

行動の縛りが無い下天夫妻はいい気なものだ。

 

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テレ東 上皇后さま手術終了 (0:26)
 



ANN 上皇后さま退院 乳がん摘出手術後の経過順調 (19/09/10)(0:41)
 


 
ANN 美智子さま乳がん摘出 上皇さま手術室へお見送り
     
(19/09/09) (2:52)





天皇皇后両陛下、退院の上皇后さまお見舞い

日テレニュース 2019/9/10() 18:35配信

https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20190910-00000368-nnn-soci

 

 

乳がんの手術を受けて10日に退院した上皇后さまを、天皇皇后両陛下が見舞われた。

8日に東大病院で左胸の1センチほどのがん組織を摘出する手術を受けた上皇后さまは、10日午後2時頃、執刀医や看護師らに「お世話になりました。ありがとうございました」と感謝の言葉を述べて退院された。

退院後の午後4時頃には天皇皇后両陛下が上皇ご夫妻のお住まいの吹上仙洞御所を訪れ、上皇后さまを見舞われた。

 

 

乳がん終了

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上皇后さまが退院=乳がん摘出手術終え
時事ドットコム 2019/9/10()14:35配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190910-00000047-jij-soci

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東大病院を退院される上皇后さま=10日午後、東京都文京区(代表撮影)

 8日に乳がんの摘出手術を受けた上皇后さま84)は10日午後、東大病院(東京都文京区)を退院された。
 宮内庁によると、手術後の経過はおおむね順調で、食欲も戻りつつあるという。今後の治療は摘出した組織を検査した上で検討される。
 午後2時すぎに病院を出た上皇后さまは、瀬戸泰之院長や執刀医を務めた乳腺・内分泌外科の田辺真彦科長らに「お世話になりました」とあいさつ。報道陣から「ご退院おめでとうございます」と声を掛けられると「ありがとう」と笑顔で応じ、迎えの車に乗り込んだ。 

 

 

 

上皇后さまご退院 乳がん手術終え 体調も徐々に回復

産経新聞 2019.9.10 14:33

https://www.sankei.com/life/news/190910/lif1909100023-n1.html

 

 

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乳がん摘出手術を受けた東大病院を退院される上皇后さま=10日午後2時3分、東京都文京区(宮崎瑞穂撮影)

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 上皇后さまは10日午後、左胸の乳がん摘出手術を受けた東大病院(東京都文京区)を退院された。午後2時5分ごろ、病院入院棟の玄関を出た上皇后さまは、病院長らに「お世話になりました。ありがとうございました」と何度も頭を下げたのち、迎えの車に乗り込み、お住まいの皇居・吹上仙洞御所へと向かわれた。側近によると、上皇さまは吹上仙洞御所で上皇后さまを迎えられる予定という。


 上皇后さまは7月の定期検査で左胸の乳腺に腫瘤(しゅりゅう)が見つかり、組織を採取する検査を行った結果、比較的早期の乳がんと診断された。7日に同病院に入院、8日に摘出手術を受けられた。


 手術後の経過はおおむね順調でリンパ節への転移も見られず、9日には病院の廊下を歩いたり、食事も少しずつ召し上がったりできるまで回復。がんのステージは4段階のうち最も早期の「1」で、約1〜2週間後にホルモン療法など今後の療法が決められる。

 



病院医師団の説明も天皇陛下並みに詳しい。
 

「9日にはお食事や歩行も可能に」 上皇后さま乳がんご手術 宮内庁発表詳報

産経新聞 2019.9.8 23:24

https://www.sankei.com/life/news/190908/lif1909080035-n1.html

 

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入院のため東大病院に到着された上皇后美智子さま=7日午前、東京都文京区(代表撮影)


 宮内庁は8日夜、東大病院(東京都文京区)で同日行われた上皇后さまの左胸乳がんご手術について、術後の経過や、手術前後の上皇ご夫妻の様子について発表した。主なやりとりは次の通り。


 《冒頭、手術の経過と術後の状況について、宮内庁の高橋美佐男・上皇侍従次長と永井良三・皇室医務主管から説明があった》


 高橋上皇侍従次長(以下、高橋)「上皇后陛下には本日、東大病院において、県立静岡がんセンター乳腺外科の医師と、東大病院乳腺内分泌外科の医師による乳がん手術をお受けになった。手術は左乳房部分切除術で行われた。術中にセンチネルリンパ節生検を行い、迅速病理診断の結果、センチネルリンパ節に転移が見られなかったため、腋窩リンパ節郭清(取り除くこと)は行っていない。手術の経過は順調。術後の補助療法については、最終病理診断の結果を待って検討する」


 永井皇室医務主管(以下、永井)「センチネルリンパ節というのは、リンパ節で転移するとしたらここだろうと想定されるリンパ節。やり方としては、手術前日に微量のアイソトープ(放射性同位元素)を皮膚に打ち、それが流れていって最初にたどり着いたのがセンチネルリンパ節と想定する。そこに転移がなければ、他も行っていないだろうと推測する。


 腫瘍の大きさは、術前の診断では1センチ弱。実際はどこまで広がっているかは分からないので少し広めに取り、だいたい5センチ弱くらいの大きさで摘出術をした。この組織についても5カ所ほど、がんがないかどうかを迅速診断し、こちらも大丈夫だった。最終病理診断には約1、2週間かかる。その上で補助療法について方針を決める。最終病理診断を待たないと、結論は言えない段階ではあるが、想定した手術法の中で一番軽い手術で済んだ」

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 −−現状では転移は見られなかったということか

 永井「現状では」

 
−−ステージは変わらない

 永井「術前ステージは1で、術後もステージ1」

 −−脇の下のリンパ節も取らなかった

 永井「センチネルリンパ節は取ったが、郭清といって、広範に取ることはしなかった」

 

−−今後の治療方針は

 永井「ホルモン治療が考えられるが、最終的な病理結果を見て決める」


 −−退院の見通しは

 永井「数日」


 −−手術の執刀は何人くらいの医師が行ったか

 永井「東大、静岡県立がんセンターの先生を中心に3人くらい。周辺のサポートを含めるともっと多い」


 −−経過が順調とは

 永井「意識がはっきりし、お話ができ、お水も飲まれている」


 −−食事は

 永井「明日以降。明日中にはベッドから起き上がって動いて問題ないと思われる」


 《手術前後のご夫妻のご様子についても質問が及んだ》

 高橋「上皇さまと長女の黒田清子さんが手術直前まで上皇后さまに付き添われた。手術室へ向かうエレベーターホールで、上皇さまは上皇后さまに優しく身を寄せ、声をかけられていた。上皇さまが手術の成り行きを案じられていたため、手術が無事に終わったことを医師から麻酔から覚めた上皇后さまにお伝えした際、『陛下にはご心配をいただいているのですぐにこのことを知らせるように』というお話があり、私どもから上皇さまにお伝えした」 


 《手術後の8日夕方、再び病院を訪れた上皇さまは上皇后さま、黒田清子さんとともに医師から説明を受けられた》

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 −−今のところ転移がみられなかったと聞いて、お三方はどんなご様子だったか

 高橋「安堵(あんど)されたご様子。上皇さまは執刀医の先生をはじめ、病院の関係者に丁寧にお礼を述べられていた」


 《手術の結果は、秋田県へ行幸啓中だった天皇、皇后両陛下にも伝えられた》

 高橋「天皇、皇后両陛下は行幸啓先の秋田県から、侍従職を通じてお見舞いのお気持ちを伝えられ、上皇后さまからは『お旅先まで御案じいただいたことに対して、両陛下が御所に戻られてからお礼を伝えるように』というお話があった。秋篠宮ご夫妻からもお見舞いのお気持ちが伝えられたと聞いている」


 永井「最後に、今回の診断に至るまでにはいろいろな病院にお世話になった。特に10年以上検診をしてくださった県立静岡がんセンターの先生方には、大変お世話になったことを申し添えたい」

 

 

手術直前もよくまあ出歩いてらした美智子さん。
軽井沢では実妹の恵美子さんの別荘に極秘訪問していた。
軽井沢には友人たちも多いというので毎晩楽しくお出かけになっていたことだろう。
乳がん患っている患者とは思えない。


美智子さま 乳がん闘病のなか、愛妹の別荘に極秘訪問
Newsポストセブン 2019/9/9() 16:00配信
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190909-00000011-pseven-soci

 

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ご闘病中でもある美智子さま(写真/JMPA

 昭和の前期、美智子さま(84)が疎開のために身を置かれたのは、軽井沢の地だった。奇しくもそこは、上皇陛下と出会われ、仲を深められた思い出の地でもある。令和となった今、そんな場所で過ごされた、心安らぐひととき。

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【別写真】これが美智子さまが訪ねられた正田家の別荘

「美智子さまは乳がんを発表されました。“病は気から”です。皆さん、お手振りで応援してください」

自然と文化が香る街・軽井沢(長野県)ゆかりの文豪や詩人らの足跡を展示する施設「軽井沢高原文庫」前の沿道に、823日、多くの人が集まっていた。前日22日から静養のために軽井沢を訪れていた上皇上皇后両陛下を一目見るためだ。交通整理をする地元の警察官はスピーカーつきのマイクで、冒頭のように呼びかけた。

 両陛下の御料車が通りかかると、沿道からは「美智子さま、どうぞお体をお大事に」という奉迎の声が上がった。

 美智子さまはいつもと変わらぬ柔和な笑顔で、館内を見て回られたという。厳しい日差しもやわらぎ、木陰に入ると涼しさも感じられる、軽井沢の夕暮れ時のことだった。

830日にご静養から帰京されると、御所から高輪皇族邸へのお引っ越しのため、荷物の整理に取りかかられているそうです。周囲は“手術まで安静にしてほしい”という思いですが、10月中旬の即位の儀式までに天皇皇后両陛下に御所を譲られたいと、お体に鞭打って動かれているようですよ」(宮内庁関係者)

 美智子さまは91日午後、サントリーホール(東京・港区)で指揮者の小林研一郎氏の演奏会を鑑賞された。

「その日の午前中、東京大学医学部附属病院(文京区)を訪れ、検査を受けられていました。その後の演奏会で見せられた笑顔から、検査はよい結果だったと期待しています。98日に手術を受けられる予定です」(皇室ジャーナリスト)

 5月の御代がわり以降、美智子さまのご体調を不安視する声は大きかった。体重が激減し、体力は急激に低下。6月には検査で中度の心臓の弁の逆流症や不整脈の所見が認められ、白内障の手術を2度にわたって受けられた。8月末の軽井沢ご静養で終始、「色つきのメガネ」をされていたのは、目の具合がまだ不完全だからだろう。

 「軽井沢でのご静養は、心身を回復させることも目的の1つでした。ご年齢や体力の低下もあり、がん手術には合併症など身体的なリスクもありますから。体力的には、訪問されたテニスコートで旧知の友人らと思い出話に花を咲かせ、お元気な姿を見せられるなど、充分に回復されてきたようです。

 また、手術を控えて精神的にもおつらい状況だったと思われますが、軽井沢ご静養中のある夜、気の置けない人たちと、お心がゆっくり休まるようなお時間を設けられ、晴れやかなお気持ちになられたそうです」(皇室記者)

◆“阿吽の呼吸”で見事な連携を披露

 冒頭のように軽井沢高原文庫を訪ねられた翌24日の昼過ぎ、ご夫妻は壬生(みぶ)基博氏の別荘を訪問された。

「壬生氏は、旧宮家出身の東久邇盛厚(ひがしくにもりひろ)氏と、昭和天皇第一皇女成子内親王の次男です。上皇陛下の甥にあたります。現在は山階鳥類研究所理事長を務められ、生物学者である陛下との会話も弾まれたでしょう」(前出・皇室記者)

 壬生邸で語らいのひとときを過ごされた後、ご夫妻が向かわれたのは壬生邸から5分ほどの距離にある“特別な場所”だった。

 夜7時少し前だった。すっかり暗くなった林道を抜け、生い茂った木々の間でご夫妻を乗せた車が止まると、おふたりはレンガ造りと木造の家が3軒建ち並ぶ方へ向かわれ、そのうちの落ち着いた茶色のレンガ造りの別荘の扉をくぐられた。

 実はその一帯は、美智子さまのご実家である正田家が所有する別荘地だ。美智子さまにとっては思い出深い地でもある。

「美智子さまは幼少の頃から、夏休みを軽井沢の別荘で過ごされてきました。昭和20年の夏、終戦を迎えられた疎開先でもあります。当時10才だった美智子さまは、別荘の庭の桑の木の実でジャムを作られたり、飼っていたヤギの乳搾りなどをされたそうです。

 都内にあった正田邸(東五反田)が2003年に取り壊される際、美智子さまが大事にされてきた白樺の木が、その別荘地に移されたとも聞いています」(前出・皇室ジャーナリスト)

 

 美智子さまは正田家の4人きょうだいの長女として誕生された。別荘地に建つ3軒の物件は現在、4才年上の長兄・巌氏、6才年下の次女・安西惠美子氏、8才年下の次男・修氏がそれぞれ所有している。

 両陛下がその夜に訪ねられたのは、妹の惠美子氏の棟だった。惠美子氏の夫は、昭和電工専務や2002年サッカーW杯組織委員会理事、日本ゴルフ協会会長などを歴任した安西孝之氏だ。

「美智子さまと惠美子さんは、父兄らと離れ、姉妹で手に手をとって、軽井沢で疎開生活を送られたそうです。終戦後、正田家に招かれ紅茶とクッキーでもてなしをされた知人は、幼少の美智子さまと惠美子さんがテキパキとお茶を用意される姿に大変感心されたそうです。美智子さまとは“阿吽の呼吸”の妹さんだそうですよ」(別の皇室ジャーナリスト)

 その夜、美智子さまと惠美子氏らは、2時間のご滞在だった予定を20分も延長され、姉妹水入らずの時間を過ごされた。

「公に知らされない極秘の訪問でした。きっと、ご自身の近況やご病気についてもお話をされたのでしょう。手術を前に、信頼する妹さんとゆっくり話すことができ、美智子さまにとって心安らぐ時間だったのではないでしょうか。帰路につく美智子さまの表情はとても満足げで、サングラス越しにでもうれしそうなご様子が伝わってきました」(前出・皇室記者)

◆黒田清子さんの“ドンマーイン”

 両陛下は翌日25日、おふたりの出会いの場でもある軽井沢のテニスコートを訪れ、プレーを観戦された。コートを11時頃に出発されると、あるペンションに向かわれた。

「そこでは黒田清子さんと一緒にランチをされたようです。清子さんにも、手術の話をされたのでしょう。清子さんは、手術を控え心配なお気持ちを抱えていらっしゃるだろう美智子さまに、子供の頃からの合言葉である“ドンマーイン”と励ましの言葉をかけられたのではないでしょうか」(前出・別の皇室ジャーナリスト)

  ご夫妻は14時過ぎにペンションを出発された。沿道に集まった人たちが手を振ると、ご夫妻は満面の笑みで会釈をされた。

 元宮内庁職員で皇室ジャーナリストの山下晋司さんは、今回の軽井沢でのご静養の持つ意味をこう説明する。

「上皇上皇后両陛下にとって、軽井沢は心休まる、また、英気を養える場です。軽井沢に別荘を持つご友人も多いですし、上皇后陛下は戦時中、疎開もされていました。おふたりの出会いの場でもあります。今回もご友人やご親族とも交流でき、心からお休みになれたと思います」

 思い出の地で、気心の知れた人たちと話をされ、美智子さまはきっと勇気づけられたに違いない。心身共に万全な状態で、手術に臨んでいただきたい。
※女性セブン2019919日号