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皇室

TBS 「皇室アルバム」でも違いが顕著

映像がアップできない状態が続いている。
週末になるとけっこうこういう「事故」が発生するからとてもストレスになる。

映像があると、一目でわかりやすいのだが、残念。

で、今朝は画像のみの記事。

毎週土曜早朝5:30からTBSで「皇室アルバム」を放映している。
早朝なので寝込んでいると、見逃すのだが、今朝はトイレに起きたので見られた。

サッカー観戦
スポーツ大会に出席する皇太子一家がまず出てきた。
女子サッカーと男子バレーボール大会にたったの20分のお出ましの映像だ。

次に茨城へお出ましの秋篠宮両殿下映像が続いた。

秋篠宮両殿下いばらぎ
秋篠宮両殿下はいばらき総文2014(第38回全国高校総合文化祭)にご出席。
トルコブルーの紀子さまの衣装がすばらしい。



紀子さまファッション5

これもトルコブルーの装いだが、いばらきへお出かけの時の画像なのか確かでない。


そして29日に東宮一家が伊勢に行っている間、秋篠宮殿下と佳子さまがひたちなか市へお出まし。

秋・佳子さま
秋篠宮さまと佳子さまは茨城県ひたちなか市へ高校生の文化の祭典をご覧になりにお出かけ。

佳子さま
佳子さま、目鼻立ちがはっきりしていて美人、可愛い。


東宮一家と秋篠宮ご一家の映像を同時に放映しているのを見ると、やはり秋篠宮家の格が上と感じてしまう。

スポーツ大会だからといって、ジャケットも着ない皇太子さま、パンツとキュロットスタイルの普段着で出かけてくるご一家の後に、きちんとジャケットを着て、紀子妃殿下はトルコブルーの目の覚める装いにネックラインにぴったりの真珠のネックレス、スポーツ大会だからといって決して手を抜く装いはなさらない。

佳子さまもまだ学生の身でいらっしゃるが、パンツやキュロットで公務はなさらない。

こうしてみると、どちらが次期天皇皇后になられるのか、一般庶民が見ても各段の差を感じてしまう。



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皇室ゆかりの品ヤフオク大量流出事件 3

東宮に関して最近覚醒したというコメントを拍手欄などでいただいているので再度掲載する。

皇室ゆかりの品ヤフオク大量流出事件


上はテンポが速い、こちらは一部ゆっくり画像を確かめられる。

皇室ゆかりの品ヤフオク大量流出事件出品物一覧


お宝1
お宝の中にはナルさんがカメラを構えて撮影している品が映っているものもある。
しかし、この件は宮内庁も警察もだんまりである。




第一ティアラ


特に雅子さんご成婚時につけていた第一ティアラ、ネックレス、イヤリング等がもう10年も公に出て来ない。



第一ティアラ2
皇后さまがご成婚時につけてらしたもの。



皇太子さんが政府専用機で海外へ出かけられる時、ジェラルミンケース百個単位も積んでいくという噂。
皇室お宝が海外へも流出しているのでは、とも。

このティアラはダイアモンドをバラバラにして流出か?
疑われたくなければ、公にしてほしいもの。

こちらは過去記事:

2014年4月4日
「皇室お宝流出事件を風化させない」
http://blog.livedoor.jp/remmikki/archives/4653411.html


刑事訴訟法 第239条 2項 
官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない


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宮内庁大失態 秋篠宮ご夫妻のスーツケースの“鍵”忘れた!

こんなニュースが出てきた。

秋篠宮ご夫妻アフリカ訪問 宮内庁が前代未聞の大失態

秋篠宮ご夫妻のスーツケースの鍵忘れた!(14/08/25)


6月にアフリカご訪問をした秋篠宮両殿下のスーツケースの鍵を宮内庁が忘れたという事件があったとのこと。
紀子妃殿下の素晴らしい着物や衣装の数々を拝見したが、それが入っているスーツケースの鍵を宮邸に置いてきてしまい、職員が乗り継ぎ先の香港に急きょ届けて間に合ったという。

秋篠宮ご夫妻は、ザンビアと外交関係樹立50周年を祝う行事に出席するため、6月27日に成田空港から出発されました。宮内庁によりますと、飛行機が出発する直前に宮内庁の職員が、ご夫妻の荷物が入ったスーツケースの鍵をお住まいの宮邸に忘れたことに気付きました。別の職員が急いで鍵を運びましたが、出発には間に合わず、その後の便の航空会社に依頼して、乗り継ぎ先の空港にいた一行に鍵を届けてもらったということです。現地のご夫妻の予定には影響はありませんでした。

宮内庁大失態ではないか。
これまさかわざとか、秋篠宮家を貶めるために画策ではないでしょうね?

こちらは毎日新聞記事:

毎日新聞社
2014年8月25日 20時16分 (2014年8月25日 20時30分 更新)

<宮内庁>秋篠宮ご夫妻のアフリカ訪問で鍵忘れる

 宮内庁の山本信一郎次長は25日の定例記者会見で、秋篠宮ご夫妻の6月のアフリカ訪問の際、スーツケースの鍵束を同庁職員が忘れ、航空機で出発した後に別会社の後発便で届けてもらったとして「ご迷惑をかけ申し訳なく思っている」と陳謝した。

 この問題は「サンデー毎日」(8月31日号)が報じた。同庁などによると、ご夫妻は6月27日に全日空便で成田空港を出発。乗り換えのため香港に立ち寄った。だが、職員が鍵の束を忘れ、後発のキャセイパシフィック(CX)便に託して香港まで届けたという。

 山本次長は「あってはならないこと。CX側には感謝している。今後は基本を徹底してやっていきたい」と述べた。【真鍋光之】


こちらがサンデー毎日要約:

 6月の秋篠宮御夫妻のアフリカ訪問で宮内庁がスーツケースの鍵を宮邸に
忘れるという不祥事があった。御夫妻の荷物40〜50個分のうち、
紀子さまのスーツケース数十個分の鍵を忘れたと宮家から慌てて
連絡があった。12日間の滞在だったため荷物が多くなったという。

御夫妻は全日空機で成田を立たれ香港で乗り換えられる事になっていた。
香港での滞在期間は二時間、その間に鍵をお届けしないといけない。

宮内庁が全日空などに頼み込んだ結果、幸い出発が三十分遅れていた
キャセイパシフィック(CX)505便が鍵を香港まで届けてくれることになった。
同社によると「皇室のことなので仕方なく引き受けた」と言う。
ところがなかなか宮家から鍵が成田に届かない。

CX側はこれ以上待てませんというのを宮内庁職員が必死で頼んでいるのを
見た人は異様な光景だったと。結局その鍵のためにCX505便の乗客は
出発を更に十数分遅らされたわけだが理由の説明は無かった。

 無事に鍵は香港まで届けられたわけだが、御夫妻にこの件が報告されたのは、
帰国してかなり経ってから、宮内庁がCXに謝意を伝えたのは8月になって
からだった。


アンチ秋篠宮・東宮擁護サイトでは、この事態を喜んでいるようで。
日ごろ廃太子・廃妃と叫ばれている東宮夫妻、こことばかりに廃宮家ですと!
責任は宮家でなく、宮内庁でしょうよ。

東宮家はジェラルミンケース百個単位で政府専用にに積んだことが書かれていたことがあったが、こちらは鍵など忘れたら大事件、決してそれはない。そのケースにはヤフオク事件に出た皇室お宝のお運びだったのでは、と取りざたされていた。

これは、航空法に違反した行為で、密輸にあたる行為だそうですね。詳しい方、ご説明頂けると助かります。
もし、同じことを他の宮家や東宮家がなさったとしたら(ありえませんが)、大バッシングが数か月も続き、「廃宮家」
「廃太子」と大騒ぎになるのではないでしょうか。
秋篠宮家は、何をしても単発記事になるぐらいですね。
なぜ、こんな特権が罷り通るのでしょうか。


そしてやはり同じように宮内庁が海外へ出発なさった両陛下の勲章を忘れた事件を思い出す。

こちらは国会でそれを追求した質疑答弁。

第131回国会 内閣委員会 第7号
平成六年十一月二十四日(木曜日)
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/131/1020/13111241020007c.html

○村上正邦君 ですから今、宮内庁長官は、六月の国内における皇室行事はまあまあ余裕がある、こうおっしゃられましたが、かつて先帝陛下が六月に一度も外国を訪問されてないというのはそれなりのやっぱり私は意味があったんだと。これ以上申しません。

 今回のアメリカの陛下の御日程についても、宮内庁長官にいろいろこの日程について外務省主導で組まれた日程ではないのかということを私どもがお尋ねしたこともございますが、この問題はこれ以上時間がございませんのでお尋ねいたしませんが、私は後々問題を指摘いたしますけれども、年二度の外国訪問というのは、今の宮内庁の体制の中でやっぱり相当の準備期間も必要でございましょうし、かなり無理な日程になる、無理を重ねるからいろいろな不祥事が生まれてくる、こう思っております。

 そこで、不祥事といえば今回のスペインの勲章の紛失問題について触れさせていただきます。
 天皇皇后両陛下は、十月二日から十四日までフランス、スペインを御訪問になられたわけでございます。現地では大変な歓迎をお受けになり、両国の親善友好は一層深まったと伺っております。

 フランスでは、パリのシャンゼリゼ通りに日の丸の旗が翻り、ミッテラン大統領主宰の晩さん会は過去最高の規模で行われたそうでございます。まぶたに浮かぶようでございます。その席で天皇陛下は、フランスから日本がいかに多くのものを学んだかをお述べになるとともに、フランスがいかに日本の文化芸術に学んだかも御指摘になられました。

 パリ在住の日本人芸術家の甲斐やちよさんは、古い歴史と文化の国であるフランスが、やはり古い歴史を持つ今や大国である日本の天皇を、最高の礼を尽くしておもてなししたことを日本人として誇らしく思うと喜びいっぱいに語っておられました記事を私は読みました。これですべてが尽くされているのかなと、こう思います。

 またスペインでは、フアン・カルロス国王主宰の晩さん会において天皇陛下は、日本と交流が始められた十六世紀は世界の強国が自国の領土を拡張しているときでありましたが、この時期既にサラマンカ大学のビトリア教授は、キリスト教徒と非キリスト教徒、ヨーロッパ人と非ヨーロッパ人とを区別することなく、普遍的な世界の法をお説きになりました。今日の世界に思いをいたすとき、四百五十年以上も前にビトリアが掲げた理想は、今なお私どもの追い求めねばならない課題として残っていることを感じますとお述べになりました。

 このように、相手国の文化、歴史を深く尊重しつつ、人種平等の理想をうたいとげられた天皇陛下のお言葉に大変スペインの人たちは感激ひとしおであったと報じられております。同時に、日本の文化のすばらしさも堂々と紹介され、相互理解と相互尊重に基づく親善友好を実現することができたのも、ひとえに天皇陛下であればこそと改めてそのありがたさを痛感した次第であります。

 にもかかわらず、何と申しましょうか、一番大事な点について、随行員が天皇陛下がスペインで着用される予定の勲章の携行を忘れ、日本から取り寄せようとして途中で紛失したというまことにゆゆしき問題が起こったと聞いております。今回の勲章紛失問題を初め、宮内庁、外務省のさまざまな失態が最近目につきます。これは対外的に日本国を代表する天皇陛下の御動静にかかわるばかりでなく、日本の名誉にもかかわる問題だと思うわけであります。紛失した勲章はトアソン・ドール勲章というスペインでも最高級の勲章だと言われていますが、そもそもこの勲章の携行を忘れること自体が信じられません。 

今回、首席随員を務められた中山太郎元外務大臣もスペインから勲章をいただいているそうでありますが、中山先生の方には事前に宮内庁の方から勲章携行を忘れないようにと連絡があったと聞いています。随員にはそうしたチュックをしておいて肝心の天皇陛下の勲章を忘れるとは一体どういうことなのか。宮内庁の担当者は事の重大性に対する認識が欠けているのではありませんか。職務に対するマンネリ化と無責任さがこうした油断を生んだのではないか。加えてその後の処置、機長託送という処置も他力本願で最終的なチェックを怠るなど常識に欠けているのではないか。本当に情けない事件だと私は思っております。

 天皇陛下におかれましては、寛容な御心により、過ぎたさきのことの傷跡にもう触れなくてもという御心とも思われますが、この際、この間の経緯、事実関係を明らかにして、今後、前車の轍を踏むことのないようただすべき責任はきちんとただしておくことが重要であろうかと受けとめております。

 そこで、今回の御訪欧の前に先遣隊というのか先遣団というのか、フランス、スペインに行っていることと思いますが、先遣団はスペイン国王主催の晩さん会にこのトアゾン・ドール勲章が必要であるということをきちんと事前に確認したのかどうか。この事実関係を長官にちょっとお尋ねしておきたいと思います。


答弁は上記サイトへ。

宮内庁たるんどる。皇族方の海外ご訪問に安心して荷物を任せることができないではないか。



Mikkiremmikki  at 07:56コメント(11)トラックバック(0) この記事をクリップ! 

ユダヤ人が語る天皇制について  再掲載

誰かが当ブログの過去記事を読んでいるようでこの項に「拍手」をくださったので再掲載する。

2009年12月26日
ユダヤ人が語る天皇制について
http://blog.livedoor.jp/remmikki/archives/2009-12-26.html

ネットを見ていたら「ユダヤ人から見た日本国」というテーマで30年前に出版されたという本「日本人に謝りたい〜ある長老の懺悔〜」が紹介されていた。この著者はモデルカイ・モーゼという1907年ウクライナ生まれのユダヤ人だ。父親はロシアの哲学者で革命家、ロシア革命で指導的役割を果たしたが、レーニン没後父親と共にドイツへ亡命した。その後1941年アメリカへ亡命し、彼はルーズベルト大統領のブレーンとして活躍し、対日戦後処理の立案に参画した。この本は日本人以上に日本的な著書のため、著者日本人説、右翼ねつ造説などかなりの波紋を呼んだという。この本の一章に戦前の日本に体現されていたユダヤの理想を書いているという。そして天皇制は古代からユダヤ民族の理想だったと書く。日本民族の最大の財産は天皇制という。

ここで私は目からうろこが落ちる思いだった。よく戦後マッカーサーと昭和天皇が会った時、昭和天皇が命乞いするかと思ったら、自分の命はどうなってもいい、国民を救ってほしい、と言われ、仰天した、という話をよく聞いた。国のトップが自分の命を差し出すなんてあたりまえでないの、なんでそんなに感動するのか私はよくわからなかった。この本の解説を読んで初めてわかった。

西欧では君主はみな大衆の財産の搾取者の地位にあるという。だから追放されたイランの王室もそうだったように亡命する時はすべての財産をもって高飛びする。これが西欧の常識という。ところが日本人には君主制という中にこのような概念がないのだ。かつてのユダヤ人の思想家でフランス革命に大影響を与えたジャン・ジャック・ルソーは「人もし祖国を選べというなら、君主と人民の間に利害関係の対立のない国を選ぶ。自分は君民共治を理想とするが、そのような国は地上に存在するはずもないだろう。したがって自分はやむを得ず民主主義を選ぶのだ」

この話を著者がすると日本人は皆きょとんとした。日本の天皇制には搾取者と非搾取者の関係が存在しないということを著者は知らされた。民主主義というのは君民共治の代替物にすぎないということだ。著者が日本人を最高に尊敬するようになったのはこの天皇制という比類ない本質を知ったからだという。地上にユダヤ人の理想が実在したことがわかったのだ。

そこでマッカーサーと昭和天皇が会った時皇室の資産が16億円と発表された時、日本人はまたしてもきょとんとした。GHQは天皇は君主なみに収奪した財産を持っているはずであり、それを国民にみせしめようと思ったが、国民はそういう考えもあるという反応だったという。そして西洋の君主は戦争、革命、政変があった時、ただちに自己の生命の保証と財産の保全を求めて亡命を計ることを常とする。そしてマッカーサーは昭和天皇も適当な亡命先を懇願しにくると考えたことは無理からぬ話だ。ところが昭和天皇は開口一番自己の生命や財産の保全でなく、国民の財産や生命の保証を求めたから仰天したというのだ。国民を質入れして自己の保身を図る西洋の君主とは逆に、自己を質入れして国民の救済を求めたのだ。そして著者はいう、万世一系の天皇をいただく日本人は幸せだ、と。

なぜかというとヨーロッパの王朝はみな混血王朝だという。歴史上国外から頻繁に国王や王女を輸入した。なぜかというと王朝の権力を弱める必要があったという。というのは国内から昇格させようとすると国内で必ず争いが勃発し、争いが生まれるからだという。その点、外国からの輸入ものだとお飾りなので有効な方法だというのだ。だから万世一系の天皇を持つ日本人は幸せだということにつながる。そして天皇と国民の間に強固な理性的バランスがとれていて、人間精神の最も高尚なものが両者を結んでいるという。そこには物質的欲得などみじんも入り込むすきもない。

これを読んで目からうろこだった。そんな海外が羨む天皇制だが、今の東宮妃を取り囲む左翼の暗躍には不安がつきない。


これは下記の本からの引用。

jpg
日本人に謝りたい
〜 あるユダヤ長老の懺悔(ざんげ) 〜

──ユダヤ長老が明かす戦後病理の原像── 

『日本人に謝りたい』
モルデカイ・モーゼ著
(日新報道/1979年出版)

http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E3%81%AB%E8%AC%9D%E3%82%8A%E3%81%9F%E3%81%84%E2%80%95%E3%81%82%E3%82%8B%E3%83%A6%E3%83%80%E3%83%A4%E4%BA%BA%E3%81%AE%E6%87%B4%E6%82%94-%E3%83%A2%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%82%BC/dp/4817404361/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1408611124&sr=8-1&keywords=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E3%81%AB%E8%AC%9D%E3%82%8A%E3%81%9F%E3%81%84


第1章:戦前の日本に体現されていたユダヤの理想

戦後すでに30数年を経た今日、日本人は真の日本歴史を構築してきたという実感を全然感じない、とよくおっしゃる。私にはその意味がよく分るような気がするのである。

それの意味するところは、経済の驚異的高度成長に反比例する精神面の退化現象とこの二者にみる跛行性のことではないだろうか。戦後は虚妄だといわれて久しい。

私がここで考えることは、何よりもこの跛行性の原像を日本人はまだつかんでいないのではないかということである。この病理のルーツが分からないと、治療法も発見できないのは至極当然であろう。

日本をこよなく愛する私としては、この問題を解明して日本人が真の日本歴史を生き生きと構築できるよう側面から及ばずながらお助けしなければならないという強い義務感、責任感におそわれるのである。

何故か。それはこれら病巣のルーツがほとんど誤れるユダヤ的思考の所産であるからに他ならないからである。我々は信じ難いほど頭が悪かったのだ。もともと、我々が犯した誤ちはごく単純そのものの誤ちだったのだ。

しかるに、この小さな誤ちの及ぼした影響は想像以上に大きかった。それは、戦前まで日本が世界に冠絶した類い稀れなものとして誇っていた数々のものを破壊してしまう結果となったのであった。

このことを知るに及んで、我々の心は痛むのである。しかも、その日本が戦前もっていた類い稀れな長所というものが我々ユダヤ民族の理想の具現化されたものでもあったことを知り、ますます我々の苦悩は倍加されるのである。

我々ユダヤ民族は、西洋人にない高尚な理想を常に頭に画いていたのである。しかし日本の皆様もご存知のように、ユダヤ民族は永い永い迫害の悲しい歴史の中ではこれら理想を具現化する余裕など全くなく、ただどうして生命の安全を全うするかということに心血を注ぐのが精いっぱいであった。第二次大戦終結までは我々の解放のための闘いは絶えず続いていたのであり、そのような理想を追求する余裕は残念ながらなかったのであった。

しかるに第二次大戦後、日本が占領政策の結果大幅に改革された結果初めて、戦前の日本に我々の理想とするものが多々実在したことを発見したのであった。


日の丸


ユダヤ人こそ日本人から学ばねばならないという章に続く。

以下上記サイトを参照。

先日紹介したアムステルダム市長の大東亜戦争の日本について、「日本の功績は偉大であり、血を流して戦ったあなた方こそ、最高の功労者です」の言葉にも感激したが、この「ユダヤ長老の懺悔」も読むに値する内容なので紹介する。



Mikkiremmikki  at 21:19コメント(9)トラックバック(0) この記事をクリップ! 

皇太子夫妻の静養についての過去記事

当ブログは2009年5月から書き始めたが、初年度の夏の静養についてはまだ皇室について批判することは控えていた。

しかし、2010年8月に東宮一家の静養についてとうとう書き始めた、下記。
かなり辛辣に批判している。

2010年8月23日
皇室ー静養ばかりの東宮一家
http://blog.livedoor.jp/remmikki/archives/2010-08-23.html

このところ東宮一家の静養に行く行き帰りの映像が写されている。愛子さんは相変わらず無愛想、仏頂面、おじぎもご挨拶もできない。皇太子を後部座席に押し込めて顔半分だしてお手振りさせているのは誰の命令?自らそう望んで?未来の天皇になる人が見ていて情けない。雅子さんもカメラが苦手と言いながら、前の席でお手振りしている。

先週とうとう皇太子は公務がひとつもなかったそうだ。だから那須には9月1日まで行っていられるわけ。東宮の公務表を見ると、「静養からお帰り」という一行が「公務」にカウントされている。帰るだけで公務とは情けない話。那須では那須アウトレットにもお出ましとか。俗っぽいお妃。そんなところで安く買わなくてもいいご身分でしょうに。

雅子さんはたった2年しか勤めていなかった外務省だったのに自ら「キャリアと人格を否定された」と海外へ行く直前に皇太子に言わしめた。たった2年のお勤めなんて「キャリア」とは言わず、「腰かけ」と言う。初めてマスコミで雅子さんが報道された時、外務省の有能なキャリア女性がなんで父親のいる職場に入ったのだろう、と素朴な疑問をもった。有能な人なら父親のいる職場なんて選ばない。

2チャンネルを見ていたら、「そもそも外務省では完全なお荷物で、あの仕事歴を「キャリア」だなんて臆面もなく 放言するところからして、完全に社会からは逸脱している。あの発言は雅子が父親に訴えて、 ヒサシ(父親)からの指令があって、それを口伝えに皇太子が記者会見で発したものだと言われて いるけれど、それを考えると、父親もすごいよ。省内では雅子の無能は父親の耳にまで散々 入っていたというに。 (雅子の直接の上司がヒサシに「御嬢さんは何もできないが、いったい何をさせたらよいのか」 というような質問をして、「そんなことをワシに聞くな!」と激怒されたという。)」この話どこまで本当のことかわからないが、十分うなづける内容だ。マスコミのあげあげ報道に全国民だまされたというわけ。

東大だって単位は取れていない、ハーバードだって父親のコネ、外務省から国費留学で行ったイギリスオックスフォード大学では彼女ひとりだけ修士取得失敗、、海外海外と言っても義務教育は国内だっという。紀子妃の方が帰国子女だそうだ。

「雅子さまご優秀伝説」を信じ込んでいる地元の主婦仲間にこういう話をすると皆仰天する。だってマスコミもテレビもこういう内容は書かないし、美容院で見る女性雑誌も「雅子様擁護話」ばかり。最近のマスコミは本当のことを報道しないから、まったく信じてはいけない。雅子妃擁護派はネット難民が多いという。ほんとうの裏話を知ることができない人たち。私のまわりにもそういう主婦がいる。某宗教系か隣国系か。この人たち、紀子妃はいい子ぶって嫌いという。紀子妃は公務をしない東宮一家よりはるかに少ないスタッフと予算で3人も子育てし、真しに公務に励んでいると思う。それに某一家と違い、家族映像を見てとても心が和む。あの一家の映像を見させられると見てはいけないものを見てしまったようないやぁ〜な後味。


そして以来、毎年夏になると批判記事を書いてきた。
下記は昨年から2011年にかけての夏の静養批判記事。

2013年8月23日
両陛下と皇太子一家が静養へ
http://blog.livedoor.jp/remmikki/archives/2013-08-23.html

2013年8月17日
東宮一家沼須崎からご帰還
http://blog.livedoor.jp/remmikki/archives/4517994.html

2013年8月12日
東宮一家須崎へご静養
http://blog.livedoor.jp/remmikki/archives/2013-08-12.html

2012年8月14日
東宮一家下田へ静養
http://blog.livedoor.jp/remmikki/archives/2012-08-14.html

2011年は東日本大震災があった年。
月命日の11日に那須へ。

2011年8月12日
皇太子一家またまた静養へ
http://blog.livedoor.jp/remmikki/archives/2011-08-12.html

東宮の公務表を見ると、「静養からお帰り」という一行が「公務」にカウントされている。帰るだけで公務とは情けない話。

皇室の静養を批判するなんて、とブログ当初は書かなかった。
皇室(東宮)批判もずいぶん当初は抑えていた。
東宮夫妻の勝手気ままぶりに当初から両陛下にも怒りの矛先が向いていた。

毎年書いてきたが、最初は「拍手」3個だけ、あまり賛同を得られてなかった。
まあ、読者もそれほど多くなかったせいもある。

しかし過去記事を見ても現在とまったく変わらない静養ぶりだったことがうかがえる。
多くの国民が気付き始めている。

今回無理して静養に出かけたら、もっと覚醒する人が多かったかも。
こういう時に両陛下はふたりを呼んで昼食し、説得?したらしいとは。

擁護してらっしゃるように見てきたが、説得できるのではないの。
もっともっと、親としても国の象徴としても、次代の天皇皇后に対するご指導はできるようだ。

でもアレラが次代になったらもう説得する人もいなくなり、もっと勝手気ままになるのでは。



Mikkiremmikki  at 07:23コメント(8)トラックバック(0) この記事をクリップ!