2019年05月14日

プレゼントを貰ったら、それがどんな物であれめいっぱい喜ぶと良い結果に結びつく

年賀状

帰省した際には必ずお伺いする家があります。
そこのおばあちゃんがですね、私が帰るときには必ず1万円のお小遣いをくれるんですよ。



数年前のことです。
お土産を車に積み忘れないよう確認し、人のいない実家を後に向かう先は伯父の親戚宅。
20歳のときに父親を亡くした私は、帰省時には親戚回りをしなくてはならないことが不思議でならず、そういうものなのだろうから仕方がない、と大した関心も無く義務感を負い伺っていました。
それから10年以上を経過した今、そうは思っていません。
ごく少数でも私の身を案じ、帰ってくることを喜んでくれる人がいるんです。とっても嬉しいことですよ。

その親戚宅へ到着し、まずは亡くなられた伯父の仏壇へお供え物を置き両手を合わせます。
私は10分くらいがお邪魔する頃合いかなと思っていたのですが、叔父の奥さんに次いでおばあちゃんとしばらくお喋りをしていました。
このおばあちゃんはですね、90歳とは思えないほど賢いんですよ。豊富な語彙があり、自身の体験を交えた話は理路整然としていて分かりやすく、かつためになり聞いていて飽きないんです。
もっと言うと、人となりは朗らかでいつもにこにこしており、一歩身を引く奥ゆかしさがあり、他人を大切に想い、だからこそ他人から大切にされています。
知性と慈愛を備えた、まるで観音様のようなおばあちゃん。こんな立派な人が身近にいたとは、と3時間のお喋りの中、私はずっと感嘆としていました。

そのおばあちゃんがですね、私が帰るときにはいつも、必ず1万円のお小遣いをくれるんですよ。
これは私が20歳そこいらのときからずっとそうで、30歳半ばになっても変わらず「まーちゃんまーちゃん(わし)、お小遣い上げる」と真新しい1万円札を差し出してきます。もしかして私を孫のように見てくれているのでしょうか。
ともかく、その1万円を20代のころの私は、もう20歳を過ぎたんだから、と拒み、でも最後には観念したように受け取っていたのですが、今は素直にありがたく受け取るようにしています。
というのも、悲しいことに私はもういい歳したおっさんになってしまいましたので、おばあちゃんの気持ちがよーく分かるんです。人に何かを与えることは「喜び」なんですね。
だから私は感謝の気持ちをしっかりと伝え、差し出された1万円札を笑顔で受け取るようにしています。
ここで断ったり、素っ気なく貰ったりするのはよすべきです。喜んでもらえる期待を裏切る行為になります。
おばあちゃんは、お菓子をあげるだとか自分が気に入っているものをあげるだとかではなく、何にでも変えられる万能なお金をあえて渡してくれるところがまた賢い。
お金を貰って相手は喜び、喜んでもらえたことが自分の喜びとなる。一方的ではなく、相互の関係が正しいと思うようになりました。

要点を言いますと、人から何かを貰えるときは素直に受け取り、すっごい嬉しそうにするとより好ましい関係や結果に結ばれるはずです。サボらずに気持ちをちゃんとお礼を声にするとより良いでしょう。
与える側は相手に喜んでもらえることを暗に期待していますからね、そこはしっかりと応えてあげなきゃいけません。もっと言うと、与える側はあげたがっているんです。

手紙 東野 圭吾



投稿日時: 2019年05月14日 23:46 | 記事URLコメント(0)
カテゴリ日々の雑感
 

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