追憶彩香をリバーサイドのホテルに連れ込んだ健一は、
拒む彩香の体をムリヤリに奪った。その結果、
健一は、彩香の心を失うことになった。
「もしキミさえよければ…」と、健一が口にしたのは、
一種の「愛人契約」だったが――


 連載・鬼子母神~「愛」を食う母 
 第13章   犯されて…  :原田健一
〈3〉 愛人契約

 R18  本作品は性的表現を含みます。
      18歳未満の方はご退出ください。


バラこの物語の主な登場人物

彩香(本名・篠原彩子)……出張専門のマッサージ店「ラベンダー」に在籍するマッサージ嬢で、同店の人気ナンバー1。年齢22歳。何人もの男たちに、それぞれの形で愛されるが、その心には、だれも踏み込めない壁があった。

松村宣彦……43歳。会社経営。独身。8年間にわたって交際していた彼女と、突然、別れることになり、その寂しさから、デリバリーを利用するようになって、彩香と知り合う。

原田健一……51歳。会社から提示された転職を機に、妻に離婚を突きつけられ、その寂しさから、やはりデリバリーに走って、そこで彩香と知り合い、惹かれていく。

久保田正平……26歳。会社員。仕事で溜まった鬱憤を晴らすために、女を部屋に呼ぶが、そこで彩香に会って劣情をたぎらせるようになる。

村上吉男……43歳。会社員。松村宣彦の友人で、彩香の古い客。松村に「ラベンダー」を紹介したのも、この村上だった。

大原卓也……彩香たちを客の元へ送り迎えするドライバー兼スカウトマン。エリア内なら、1回の送迎で2000円程度が、女の子たちの稼ぎの中から落とされる。

佐藤千鶴子……元は熱海の芸者だったが、のち、マッサージ師に転身。いまは、東京で「出張マッサージ」の店《ラベンダー》を開業している。彩香たちのママ。


クローバー この話は、連載46回目です。最初から読みたい方は、⇒こちら から、
前回から読みたい方は、⇒こちら からどうぞ。

 ここまでのあらすじ  会社でリストラに遭い、関連会社への出向を命じられた原田健一。家族にその話をすると、「私たちは行かない」と言われ、離婚を切り出されてしまう。見知らぬ街でひとり暮らしを始めた健一は、デリバリーで呼んだ彩香に心惹かれ、「この女と人生をやり直すのもわるくない」と思う。しかし、健一の想いは、彩香に拒まれてしまう。その彩香は、「もう、この仕事を上がる」と言う。辞める前には連絡する、と言っていたのに、最近、いつ店に電話しても、彩香は「休んでる」と言われてしまう。もしかしたら、あれがいけなかったのか。その日、健一は彩香に4時間の指名をかけた。近くの居酒屋で一杯やり、川沿いを散歩しているうちに、不意に体に熱いものが息づくのを感じた健一は、彩香をリバーサイドのホテルに連れ込み、「こんなの、イヤ」という彩香をムリやり押し倒した。獣となって自分を犯した健一を、彩香は冷たい視線で見下ろした――。


 彩香がシャワーを浴びている間、健一はベッドの縁に腰かけ、彩香と出会った最初の夜のことを思い出していた。
 「あったか~い」と布団の中に潜り込んできて、健一の胸に体をすり寄せてきた彩香の無邪気な姿が、いまでも健一の脳裏に鮮やかに残っている。
 健一にとっては、あの夜の彩香こそが、「私の彩香」だった。だからきょうまで、あえて彩香には、「仕事」としての男女の行為を求めないできた。いつか自然に、ふつうの男女として結ばれる日が来ればいい。そう思って待ち続けてきた。
 その日は、何度か訪れそうになった。
 しかし、いつも、何かの理由でダメになった。
 健一の体のせいもあった。酒を飲みすぎて、時間がなくなったこともあった。健一のひと言が彩香を怒らせて、そういう雰囲気になれなかったこともあった。
 それはそれでいい――と、健一は思ってきた。
 それをするために女を呼んでおきながら、自分たちは、およそそれとはかけ離れた時間の過ごし方をしてきた。
 そういうふうに時間を過ごすことで、自分と彩香は、「客と女」を超えた関係を作り上げてきたのだ。
 健一は、そう確信していた。
 それなのに、一時の激情に身を任せた自分は、取り返しのつかない過ちを犯してしまった。

       

 浴室からは、まだシャワーの音が聞こえていた。
 それにしても、長い……。
 いささか不安になった健一は、浴室のドアをノックしてみた。

 「大丈夫か、キミ?」

 返事がない。
 それに、シャワーの音はただ流れているというだけという感じで、彩香が体を洗っているという気配でもない。

 「オイ、どうした?」

 健一は、「入るぞ」と声をかけて、ドアノブを手前に引いてみた。
 ドアはロックされていなかった。
 もうもうと湯気が立ちこめるバスルームの床に、彩香はヒザを抱え込むような格好で座り込んでいた。そのヒザの間に顔を埋めたまま、彩香は身動きひとつしない。
 背中に当たるシャワーの飛沫が、あたり一面に激しく飛び散っていた。

 「大丈夫か?」

 シャワーを止めながら、彩香の顔をのぞき込んだ。
 「見ないで」とでも言うように、彩香は顔を背け、健一の体を片手で押し返そうとする。
 その背中が小刻みに震えていた。どうやら、彩香は泣いているらしかった。

 「もう、出よう。体にわるいから……」

 健一は、いやがる彩香の体を抱き起こしてバスルームから連れ出し、濡れた体をバスタオルでくるんだ。

 「どうして?」と、彩香がつぶやくように言った。
 「エッ?」と、健一は訊き返した。
 「どうして?」

 今度はハッキリ聞こえた。
 彩香は伏せていた顔を上げ、涙の跡を残したままの目で、健一の顔を睨みつけた。

 「どうして? ね、どうして?」

 どう答えたらいいかわからず後ずさりする健一の胸を拳で叩きながら、彩香の「どうして?」がクレッセンドされていった。

 「金で呼んだ女だから、何をしてもいいと思った? ね、そうなの?」

 健一の胸を叩きながら、彩香の言葉がどんどん汚くなっていく。
 叩かれる胸も痛んだが、それ以上に、その胸に突き刺さる言葉の刺のほうが、健一には痛かった。

       

 健一がじっと耐えていると、胸を叩く彩香の拳は、少しずつ力を失っていった。
 やがて、拳は健一の胸の上に止まり、彩香はその拳に額を当てて、またしゃくり上げ始めた。
 健一は、その背中にそっと手を回して、彩香の体を抱き寄せながら言った。

 「私も男だ。ずっとキミとそうなりたかったんだ。だけど、できなかった。ちゃんとしようとすればするほど、体が言うことを聞かなくなるんだ。ちょっとあせってたのかもしれない。いましないと、キミとは永久にできないような、そんな気がして……」
 「私の気持ちは、どうでもいいと思った?」
 「いや、そういうわけじゃ……」
 「ちょっと待って……って言ったでしょ? こういう仕事をしている女にだって、気持ちはあるわ。私は、性感以上のことは、仕事としてはしないことにしてるのよ」
 「わかってる」
 「わかってないわ」
 「いや、違うんだ。あそこで待ってたら、私はまた、ダメになってしまう」
 「それって、結局、自分勝手にしか女を抱けないっていうことじゃないの? やりたい、やらせろ。そういう気持ちでないと、あれができないってことでしょ?」
 「…………」
 「やっぱり、あなたは、女をモノとしてしか見てないんだわ」
 「いや、違う。私は、ここへ来るまでの間、ずっと考えていたんだ……」
 「何を?」
 「どうしたら、この人と永くつき合っていけるだろう……って」
 「ウン……?」というふうに、彩香が顔を上げた。
 「キミはそろそろこの仕事を辞めて、どこかのクラブで働くと言ってたよね。いや、考えたんだけどね。いずれにしても水商売を止められないんだったら、また、どこのだれともわからない男の相手をして、不愉快な思いをするのだったら、たとえば私と週に2回とか3回とか会って、それで月に20万とかっていう……」
 「聞きたくない!」

 彩香は、いきなり、健一の腕を振りほどいた。

 「聞きたくないわ、そんな話」

 バスタオルを健一の手から奪い取るように体に巻きつけると、「私、着替えますから」と、両手で健一の体を押した。

 「誤解しないでくれ」

 ドレッサーに向かって髪を拭こうとしている彩香の背中に声をかけた。

 「愛人になれとか、そういうのじゃないんだ。ほんとは私は、キミと一緒になって、もう一度、人生をやり直したいと思ってる。しかし、それは、キミができないと言うから諦めた。だったら、せめて、こうしてときどき会うようにして、その代わり、キミがもうイヤな仕事をしなくてすむようにしてあげたい……と、ただそう思っただけなんだ」
「イヤな仕事をしないで、女を力ずくで犯すような男に、月いくらで束縛されろ、とおっしゃるんですか?」

 また、あの言い方だ。
 彩香は、怒ったときには、決まって口調が慇懃になる。
 バスタオルで濡れた髪を挟むようにして拭いている彩香の顔が、鏡の中で険しくなっていくのがわかった。

 「だから、きょうのことは謝る。ただ、私は、キミの体だけが目当てのような男たちの相手をして、キミがこれ以上辛い思いをするのを見たくないんだ。少しでもラクができるのなら……と、そう思ったものだから……」
 「そうしたほうがラクだと、私が言いましたか?」

 健一は、言葉に詰まってしまった。
 当然そうだろう、いや、そうに違いない――と思っていたことを根底から否定されて、どう言葉を続けたらいいのか、わからなくなったからだ。

 「いつもそうなんですね、あなたは」

 もう呆れた……という感じで彩香が言った。

 「こいつは、男の相手をするしか能のない、かわいそうな女だから、オレのような男が面倒みてやると言えば、泣いて喜ぶだろう。あなたの顔には、そう書いてあるわ。同情されたり、憐れまれたりするの、嫌いだって、前に言いませんでしたか?」

 そう言えば、前にももそんな話をしたような気がする。

 「服を着ますから、あちらの部屋に行っててくださいますか?」

 背中を押されるようにして、健一はベッドルームに戻り、部屋の床に放り投げたままのシャツを羽織り、パンツに足を通した。
 身づくろいを整えながら、健一は無力感に捕らわれていた。
 取り返しのつかない時間が、なす術もないままに過ぎていくような気がした。
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